大阪地方裁判所 平成17年(行ウ)211号 判決 2007年3月27日
原告(全事件)
X
同訴訟代理人弁護士
田窪五朗
同
河村学
同
佐藤真奈美
被告(全事件)
茨木市
同代表者兼処分行政庁
茨木市教育委員会
同委員会代表者委員長
A
同訴訟代理人弁護士
高坂敬三
同
夏住要一郎
同
間石成人
同
鳥山半六
同
田辺陽一
同
小林京子
同
加賀美有人
同
安西儀晃
同
高坂佳郁子
同
塩津立人
同
鈴木蔵人
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3 争点に対する判断
1 本件条例の解釈について
(1) 本件条例は、何人も公文書の情報公開請求をすることができ、その場合、一定の消極的要件を充足しない限り、実施機関は当該情報公開請求に係る公文書を公開しなければならないと規定しており、情報公開の請求を権利として保障している。また、本件条例は、その目的として、市民の知る権利を尊重し、公文書の公開を請求する権利を明らかにすることなどを挙げていること、情報公開の具体的な消極的要件(非公開情報該当性)として、公にすることによって市の機関が行う事務、事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあることを挙げていることからすれば、この非公開情報該当性は、知る権利に由来する情報公開請求を否定するに十分な合理的根拠を有するものでなければならないというべきであり、その主張、立証責任は被告が負うと解すべきである。
(2) 原告は、本件条例は憲法21条の保障する知る権利を具体化するために制定されたものであるから、本件条例を解釈、適用するに当たっては、知る権利が最大限保障されるようにしなければならず、情報公開の必要性の高い情報については、非公開情報該当性の判断は、より厳格にされなければならないと主張する。
確かに、知る権利は憲法21条の保障する表現の自由を支える重要な権利ではあるが、それ自体は抽象的であって、憲法の解釈によっても具体的な権利の内容が一義的に明らかになるものでもない。その意味で、知る権利は、憲法上は抽象的な権利といわざるを得ず、本件条例によって初めて情報公開請求権として具体的権利性が付与されたものというべきである。そうである以上、本件条例の規定する情報公開請求権の具体的な内容を判断するに当たっては、その立法者意思の反映である本件条例の文言に即して合理的かつ客観的に解釈すべきであり、本件条例を離れて、知る権利の尊重という点から非公開情報該当性を文言以上に限定的に解釈することはできない。そして、本件条例は、非公開情報の一つとして事務支障情報及び人事管理情報を定めているが、その各該当性の判断においては、本件条例が「支障を及ぼすおそれがあるもの」と比較的緩やかな文言を使用して規定していることも考慮すべきである(他の立法例としては、「支障が生じるもの」「著しい支障が生じるもの」「支障が生じることが明らかなもの」等がある。)。また、本件条例は、公開が求められている情報如何によって、消極的要件(非公開情報該当性としての事務支障情報該当性)を変えている訳でもないから、公開を求めている情報の内容によって、非公開情報該当性の基準が変わると解することも相当でない。
2 非公開情報該当性について
(1) 本件評価・育成シート公開請求部分について
ア 前記認定のとおり、本件評価・育成シート公開請求部分には、業績の評価に関する情報、能力の評価に関する情報、次年度に向けた課題、今後の育成方針に関する情報、総合評価に関する情報を記録する欄が設けられている。そして、これらの欄への記載は、被評価者による自己申告部分を除き、概ね評価者の直筆により記載されている(〔証拠略〕)。
イ 本件評価・育成システムは、前記のとおり、教職員が目標設定に向けた個人目標を主体的に設定し、各々の役割に応じて同僚教職員と連携、協力しながら、目標の達成に積極的に取り組み、点検、評価、改善を行うことにより、教職員の意欲、資質能力の向上と教育活動を始めとする様々な活動の充実、学校組織の活性化を一体的に図ることを目指すものであるから、評価者は、本件評価・育成シート公開請求部分に、被評価者に不利益なものを含む、ありのままの評価、課題、育成方針等を具体的に記載することが必要である。
ウ 本件評価・育成シートは、被評価者本人に対しては開示され、被評価者が求めれば、写しの交付も受けられる(証人B)。
エ ここで、本件評価・育成シート公開請求部分が公開されると、上記のとおり、評価者の記載は直筆によるものが多く、評価者には、文章の特徴や記載方法の癖などもある(〔証拠略〕)ことから、被評価者は、本人に対して開示ないし交付された評価者の筆跡や文章の特徴などを基に、同じ学校に勤務する教職員についての本件評価・育成シートを選別することが、ある程度、可能である。そして、評価書の記載が具体的で、被評価者の担当教科名、クラスの生徒数、担当職務(係や役割)等が記載されている場合、特定の出来事や事件(いじめ、不登校、学級崩壊などを含む。)に触れている場合、生徒名などの固有名詞を含むような場合には、その記載内容自体から同じ学校に勤務する特定の教職員の上記シートを特定できることもある。そして、このような場合、同シートには、業績及び能力の各評価において、S、A、B、C、Dの評価欄もあることから、自己に対する評価と他の教職員に対する評価如何によっては、自己に対する評価に関し、評価者に対する不満を募らせることになる。
また、本件評価・育成シート公開請求部分が公開されると、その記載内容如何によっては、保護者や生徒も、特定の教職員についてのシートを特定することが可能であるが、その評価が低い場合には、そのことだけで、その教職員に対する信頼を失い、同教職員による今後の生徒や保護者に対する指導に支障を来すおそれもある。
そもそも、本件評価・育成シートは、公開を前提として作成されるものではなく、その内容に照らし、第三者に見られることに抵抗感を持つ教職員が相当いることが推認できる。そして、評価者は、本件評価・育成シート公開請求部分が公開され、本人以外の教職員や保護者、生徒がその情報を入手し得る状態になれば、被評価者や保護者、生徒らから上記のような反応がされることを危惧し、無用な摩擦を避けるため、被評価者の特定につながるような具体的な記載を避けようとすることが考えられるし、また、被評価者が特定されても差し支えがないようにと、被評価者に対する不利益な記載を避けることも考えられる。
オ 本件評価・育成システムの本来の趣旨を全うするためには、本件評価・育成シート公開請求部分に、被評価者に不利益なものを含むありのままの評価、課題、育成方針等が具体的に記載されることが必要なことは、前記のとおりである。
しかるに、評価者が、同シート部分に不利益な記載を含む率直な意見や評価の記載を避けるようになると、本件評価・育成シート公開請求部分の記載が形骸化し、教職員の評価、育成を行うために必要な信頼性等を備えた資料とはならなくなって、最終的には評価、育成システムそのものが形骸化するおそれがある。
カ 以上によれば、本件評価・育成シート公開請求部分が公開された場合、本件評価・育成システムの本来の趣旨が達成できなくなるおそれがあるというべきであるから、本件評価・育成シート公開請求部分には、公にすることにより「事務の性質上、当該事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」(本件条例7条6号柱書)情報が記録されているものと認められる。
(2) 本件自己申告票公開請求部分について
ア 前記認定のとおり、本件自己申告票公開請求部分には、設定目標に関する情報、進捗状況に関する情報、目標の達成状況に関する情報、全体の進捗状況及び達成状況に関する情報並びに今後習得したい知識、技能及び今後取り組みたいことに関する情報を記録する欄が設けられている。そして、これらの欄には、生徒や他の教職員の個人名、地名、学校名、生徒に関する健康の状況、障害の状況、指導の状況、教職人個人の思想・心情、成績処理の方法等、担当職務に関連する事項が直筆又はパソコンで記載されており、訂正印が押印されているものもある(〔証拠略〕)。
イ 前記のとおり、本件評価・育成システムの趣旨を達成するためには、自己申告票に、教職員が自己の目標や達成状況、目標設定の背景となる周囲の環境等について、作成者自身に関する記載のみならず、他の教職員や生徒、保護者に関する記載も含め、対象者の利益、不利益を問わず具体的に記載される必要がある。
ウ ここで、本件自己申告票公開請求部分が公開されると、上記の記載内容やその筆跡から申告者の特定ができる場合がある。すなわち、同申告票公開請求部分には、設定目標に関する記載があるが、その目標は、各校の学校目標等をもとに設定するよう指導されており、各校の学校目標等は、教職員の自主的な研究会である教育研究会で冊子としてまとめられ、各学校においてホームページを開設して学校目標を公表する例もあること(証人B)から、特定の自己申告票がどの学校の教職員のものかを推認することが、ある程度、可能である(特に、教職員にとっては、同じ学校に勤務する他の教職員の自己申告票を選別できることが少なくないと思われる。)。そして、上記のとおり、自己申告票には、担当職務に関連する事項が、固有名詞等も含めて具体的に記載されているから、その記載内容から、その申告票を記載した教職員を特定できる場合もあるし、自己申告票が自筆で記載されている場合には、その筆跡と他の情報(例えば、教職員が自筆で記載された学級だよりや連絡ノート。)との対比により、それを記載した教職員を特定できる場合もある。
エ そして、自己申告票は、公開を前提として記載されたものではなく、その内容に照らし、第三者に見られることに抵抗感を持つ教職員が相当数いることが推認できる。特に、他の教職員の能力不足を補うための支援や、問題の多い生徒や保護者に対する対応を固有名詞を挙げて目標の一つに掲げているような場合には、その内容を、少なくとも、上記教職員、生徒及び保護者には知られたくないと思うのが通常である。しかるに、本件自己申告票公開請求部分が公開され、本人以外の教職員や保護者、生徒がその情報を入手し得る状態になれば、これらの者との無用な摩擦を避けるため、あるいは、生徒や保護者への指導に支障を来さないように、さらには、これらの者に不快な思いをさせないようにとの思いから、特定の教職員や保護者、生徒に不利益な記載は避けようとし、結果的に率直な目標設定の記載を回避するおそれが生ずる。
オ 前記のとおり、本件評価・育成システムの趣旨を達成するためには、自己申告票に、教職員が自己の目標や達成状況、目標設定の背景となる周囲の環境等について、作成者自身に関する記載のみならず、他の教職員や生徒、保護者に関する記載も含め、対象者の利益、不利益を問わず具体的に記載される必要がある。
しかるに、申告者が、特定の対象者に不利益な記載をすることを避けるようになると、本件自己申告票公開請求部分の記載が形骸化し、教職員の適切な目標設定が困難となり、最終的には、本件評価・育成システムそのものが形骸化するおそれがある。
カ 以上によれば、本件自己申告票公開請求部分が公開された場合、本件評価・育成システムの趣旨が達成し得なくなるおそれがあるというべきであるから、本件自己申告票公開請求部分には、公にすることにより「事務の性質上、当該事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」(本件条例7条6号柱書)情報が記録されていると認められる。
(3) 原告の主張について
ア 原告は、茨木教職員組合が、組合員等から、本人開示を受けた評価・育成シート及び本件自己申告票を任意に提出してもらったが、これらに被告の主張するような弊害を生じさせる記述はそもそも存在しないし、現に、被告の主張するような弊害は全く生じていないと主張する。
そこで検討するに、〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、平成16年度評価・育成シートが81枚、平成17年度評価・育成シートが111枚、平成17年度自己申告票が5枚、それぞれ茨木教職員組合に提出されたことが認められる。また、証人Bの供述によれば、被告に勤務する教職員は約1200名程度であるが、そのうち、約160ないし170名の教職員が茨木教職員組合による呼びかけに応じて上記評価・育成シートや自己申告票の提出に応じたことが認められる。しかし、上記事実によれば、茨木教職員組合の呼びかけに応じて評価育成シートないし自己申告票を提出したのは全教職員の1割強にすぎないのであり、自己の評価・育成シートや自己申告票を任意に提出した教職員がいたからといって、前記弊害発生のおそれが存在するという前記判断を左右するものとはいえない。かえって、上記各証拠には、評価者や自己申告者が特定し得る記載がされており(筆跡や文章の癖などを含む。)、教職員、生徒又は保護者が読めば、教職員を特定できると思われる具体的情報が記載されているものもあることなどによれば、これらの書面が公開されるとした場合に生じ得る前記弊害のおそれをむしろ裏付けるものというべきである。
したがって、原告の上記主張は、理由がない。
イ 原告は、本件評価・育成システムは、評価者の恣意的な運用を許すものであり、その結果、個々の教職員の教育活動は、迎合的で萎縮したものにならざるを得ず、国民の教育を受ける権利が侵害される危険が生じていること、学校教育は、地域住民と共同しながら実践されており、学校教育に関する情報は、地域住民にとっても重要な情報となっていることなどから、本件評価・育成シート公開請求部分及び本件自己申告票公開請求部分に記録されている情報は、保護者と地域住民と共有されるべきものと主張している。
確かに、地域住民や保護者が、学校教育に関心を有していることは想像に難くないが、これを理由に非公開情報該当性を狭く解釈することができないことは、前記1で述べたところから明らかである。
3 結論
以上のとおりであるから、本件自己申告票公開請求部分及び本件評価・育成シート公開請求部分に記録されている情報には、本件評価・育成システムという処分行政庁(市の機関)が行う事務に関する情報であって、公にすることにより、当該事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの(事務支障情報、本件条例7条6号柱書)が記録されていると認められるから、その余の点を判断するまでもなく、本件自己申告票公開請求部分及び本件評価育成シート公開請求部分についての情報公開請求を棄却した本件非公開決定1、2はいずれも適法である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 廣谷章雄 裁判官 森鍵一 森永亜湖)