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大阪地方裁判所 平成17年(行ウ)248号 判決 2008年5月12日

原告

同訴訟代理人弁護士

松丸正

有村とく子

波多野進

被告

同代表者法務大臣

鳩山邦夫

処分行政庁

北大阪労働基準監督署長D

同訴訟代理人弁護士

山本哲男

同指定代理人

Eほか6名

主文

1  北大阪労働基準監督署長が原告に対し平成13年9月20日付けでした遺族補償給付及び葬祭料の支給をしないとの処分を取り消す。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,夫であるFの自殺は業務に起因するうつ病によるものであるとして,労働基準監督署長に対し,遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ,労働基準監督署長がいずれも不支給とする決定をしたことに対し,同不支給決定の取消しを請求した事案である。

2  前提となる事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  亡Fの経歴

ア 亡Fは,昭和36年3月,訴外スターライト工業株式会社(以下「本件会社」という。現在は,大阪市旭区所在。)に入社し,徳庵工場に配属された。亡Fは,配置換え,転勤等を経て,平成11年4月から,生産本部営繕チームのリーダーとして勤務していた。

イ 亡Fは,平成12年2月,本件会社徳庵工場のフェノール樹脂関係部門をA有限公司(中華人民共和国江蘇省昆山市所在。以下「現地法人」という。)へ移管するプロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)に参加することとなった。

本件プロジェクトでは,現地に新たな工場を建設する必要があり,亡Fは,その工場建屋の建築を始めとする設備担当の責任者であった。

ウ 亡Fは,平成12年7月29日,同年9月1日付けで現地法人に出向することが決定され,そのころ,同人に内示があった(<証拠省略>)。

(2)  本件プロジェクトに伴う中国への出張

亡Fは,次のとおり,平成12年3月22日から同年9月21日までの間,4回にわたり,合計99日間,中国に出張した。

1回目:3月22日~4月1日

2回目:5月9日~5月26日

3回日:6月22日~7月29日

4回目:8月21日~9月21日

(3)  亡Fの自殺

亡Fは,平成12年9月25日午後10時20分ころ,大阪市<以下省略>所在のマンション「ネオコーポ○○○○」の7階から1階駐車場に飛び降りて,脳挫傷による胸腔内出血により死亡するに至った(以下「本件自殺」という。)。遺書には,「もう疲れました。机上の計画ばかりが先走りして,実体が追いつかない。進言しても聞く耳を持たない。F」と記載されていた(<証拠省略>)。

(4)  原告の請求と不支給処分

原告は,平成13年3月14日,本件自殺が業務上の事由によるものであると主張して,労働者災害補償保険法に基づき,遺族補償給付及び葬祭料給付の各請求をした(<証拠省略>)。

これに対し,北大阪労働基準監督署長は,同年9月20日,遺族補償給付及び葬祭料のいずれも支給しない旨の決定をした(<証拠省略>)。

(5)  審査請求

原告は,平成13年11月22日,大阪労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求をした。

これに対し,大阪労働者災害補償保険審査官は,平成16年7月20日,原告の審査請求を棄却する旨の決定をし(<証拠省略>),同年8月4日,原告に対し通知した。

(6)  再審査請求

原告は,平成16年8月25日,上記(4)の決定を不服として労働保険審査会に再審査請求をしたが,3か月以上経過しても裁決がされない。

(7)  本件訴えの提起

原告は,平成17年12月28日,本件訴えを提起した。

(8)  平成11年9月14日付け労働省労働基準局長通達(基発第544号)「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(<証拠省略>)(省略)

第3争点に関する当事者の主張(省略)

第4当裁判所の判断

1  認定事実

前提となる事実,証拠(<証拠・人証省略>,原告本人)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。

(1)  本件会社

本件会社は,昭和11年に創業し,フェノール樹脂をはじめとする各種樹脂材料による工業用部品の開発・製造を行っており,営業本部・生産本部・品質環境本部・開発技術本部などの事業本部に分かれ,徳庵工場(大阪市鶴見区所在)や栗東工場(滋賀県栗太郡<以下省略>所在)などの工場を有していた。

徳庵工場は,フェノール樹脂の成形を行っており,社内では付加価値率が非常に高い分野を担っており(<人証省略>),栗東工場は,フッ素樹脂を成形する工場であった(<人証省略>)。

(2)  亡Fの経歴等

ア 本件会社入社以降,栗東工場への異動まで

(ア) 亡Fは,昭和36年に入社して以来,平成7年3月まで徳庵工場でフェノール樹脂の生産に携わっていた。

(イ) 亡Fは,平成7年4月,栗東工場への異動を命じられた(<証拠省略>)。製造グループのジェネラルマネージャー(製造部門の総責任者)としての異動であった(<証拠省略>)。

イ 交通事故とうつ病の発症

(ア) 亡Fは,平成7年2月24日,社内行事であるボーリング大会に参加すべく自転車で走行中,自動車にはねられ,頭部打撲,前庭機能低下の傷害を負い,同年3月18日まで入院した。頭部CT上,頭蓋内には異常はなかった。いったんは退院したが,めまい,吐き気等の症状が続き,同年3月20日から同年4月8日まで再度入院していた。その後も平成8年12月まで,2週間に1回の割合で通院していた。以後も雨の降る前日などは頭痛があり,薬を服用することもあり,中国出張にも持参していた(<証拠省略>)。

(イ) 亡Fは,平成8年3月19日,焦燥感,不安感,不眠,食欲不振,意欲低下等を訴えて病院を受診し,うつ病と診断を受け(<証拠省略>),症状が寛解する同年6月22日まで治療を受けた(<証拠省略>)。亡Fは,同年3月20日から同年5月6日の間,有給休暇を取得した(<証拠省略>)。会社関係者は,亡Fが入社以来従事してきたフェノール樹脂の製造工程と全く異なるフッ素樹脂の製造に携わることになり,工場担当者や営業担当者もよく知らない中でひとりで仕事を抱え込んでしまったのではないかと考えていた(<証拠省略>)。

ウ 徳庵工場への復帰

(ア) 亡Fは。有給休暇取得中の平成8年4月1日,このまま栗東工場に配置するのは適当でないと判断した会社により,徳庵工場に工場長付きで戻された(<証拠省略>)。

(イ) 亡Fは,徳庵工場への復帰後,再三,「自分はなんともないので生産ラインに戻して欲しい。」と要求した。その結果,平成9年4月1日,生産管理チームのリーダーに任命された(<証拠省略>)。しかし,営業を通して在庫管理する仕事であり,亡Fはあまり得意ではなく(<証拠省略>),製造技術に関する部門の仕事を希望していた(<人証省略>)。

(ウ) 亡Fは,平成11年4月1日,生産本部営繕チームのリーダーに任命された(<証拠省略>)。亡Fは,この異動にも不満をもらしていたが(<証拠省略>),機械設備や機械の営繕に詳しいことを生かして,経費節減のために,徳庵工場のみならず,栗東工場でも営繕に精力的に取り組んだ(<証拠・人証省略>)。

エ 家族状況

亡Fは,妻である原告とふたりの子と暮らしていた(<証拠省略>)。

(3)  本件プロジェクトの概要

ア 本件プロジェクトの発足

本件会社では,平成12年2月から,徳庵工場を中国に移管することとなり,そのためのプロジェクト(本件プロジェクト)が発足した。

すなわち,フェノール樹脂の製造は,海外メーカーの追い上げがあり,価格競争が激化していた。このため,徳庵工場における採算性は低下し,しかも,設備の老朽化,後継者不足,工場の増設の困難性(工場近隣の住宅化のため)もあり,本件会社では,フェノール樹脂について,海外への生産移転計画が持ち上がった。

これを受けて,平成12年2月,本件プロジェクトが発足した。

徳庵工場長であるB(以下「B工場長」という。)がリーダーとなり,副社長以下役員が推進委員となった(<証拠省略>)。

イ 推進メンバーへの就任

亡Fは,本件プロジェクトの推進メンバーとして専従することになり,中国における工場建屋の規模と配置レイアウトの計画,建物機能と付随設備の決定,建物起工と完成までの管理計画(工場完成までのスケジュールの立案・管理),機械を入れる順序などの使用計画を策定する役割を担うこととなった(<証拠省略>)。それ以外に,徳庵工場での移管生産設備の相談を受ける立場にあった。

亡Fが選ばれたのは,フェノール樹脂に詳しく,適任であるとの理由であった(<証拠省略>)。この選任は,Bの推薦によるものであった(<人証省略>)。亡Fは,大きな仕事を任されたことで,張り切っていた(<人証省略>)。

亡Fは,それまで工場の立ち上げに関わったことはなく,海外での仕事も初めてであった(<人証省略>)。

ウ 亡Fの担当業務

本件プロジェクトにおける亡Fの担当は,主に中国での工場建屋及び設備のレイアウト,設備の受け入れ,生産体制の構築の責任者であった。このほか,徳庵工場における移管生産設備にも関与することとなっていた。

具体的担当部分については,当初の担当範囲が減らされた。すなわち,中国における作業のうち,新規購入設備や徳庵工場から移設する設備の据え付け,試運転計画は亡Fの担当からCに割り代えられた。また,徳庵工場側での移管生産設備の決定についても,担当からほぼ外れることになり,相談に乗るのみの立場となった。

その結果,亡Fが担当していたのは,① 中国での工場建屋の建設計画,② 工場建屋の規模と配置レイアウトの計画,③ 建物機能と付随設備の決定,④ 建物業者選別と発注,⑤ 建物起工と完成までの管理計画,建物の段階的な使用計画,⑥ 新規購入設備導入が主であった。これらのうち,④以外について,亡Fは責任者とされていた(<証拠省略>)。

(4)  中国への出張

ア 亡Fは,平成12年3月22日から同年4月1日までの間,中国の現地法人へ出張し,Cが同行した。出張の主たる目的は,工場建屋に関する場所の決定及び建設会社からの見積書の入手であった。この出張において,亡Fは,工場建屋の場所の確認,敷地内の測量,現地の建築会社と打ち合わせ,現地工作機械会社の調査,工場見学等をした(<証拠省略>)。

イ 亡Fは,平成12年5月9日から同月26日までの間,中国の現地法人へ出張し,Cが同行した。また,この間の同月23日から同月26日までは,Bも同行した。出張の主たる目的は,工場建設に向けての現地設計事務所との打ち合わせ,設備の検討,業者との打ち合わせであった。この出張において,亡Fは,現地設計事務所から概算設計見積もりについて説明を受けたり,消防法等の現地法規の関係を再確認しながら新工場設置予定の場所を再測定したり,電気,水道等の問題点を洗い出したり,レイアウト設計をしたり,現地の機械会社を訪問したりした(<証拠省略>)。現地の業者との交渉には,現地法人の従業員が通訳としてついていたが,相手に十分伝わらないことがあり,仕事が遅れる原因となった(<証拠省略>)。

ウ 亡Fは,平成12年6月22日から同年7月29日までの間,中国の現地法人へ出張した(<証拠省略>)。同年7月9日からは,Cも合流して同行した(<証拠省略>)。出張の主たる目的は,工場建設に向けての現地設計事務所との打ち合わせ,設備関係の打ち合わせであった。この出張において,亡Fは,設備や工場のレイアウトを打ち合わせたり,現地ボイラー会社を訪問して打ち合わせたり,現地設計事務所と打ち合わせたりするなどした(<証拠省略>)。

この帰国の日,Bは,亡Fに対し,正式に中国の現地法人への出向が決まったと告げた。その際の亡Fの反応は,「ああやっぱりそうですか。」という感触で,本件プロジェクトがしんどいのであれば,他の人に代わってもらいましょうかと水を向けられても,出向を断ることはしなかった(<証拠省略>)。

また,帰国した亡Fは,妻である原告に対し,「なかなか計画どおりに進まない,計画がころころ変わる。」とこぼしていた。

エ 亡Fは,平成12年8月21日から同年9月21日まで,現地法人へ出張した(<証拠省略>)。この際は,単身での出張であった。出張の主たる目的は,建設会社の決定と準備調査であった。この出張において,亡Fは,現地の機械会社との打ち合わせに出席したり,現地設計事務所との打ち合わせに出席したり,杭打ちの打ち合わせに出席したり,工事の入札業者のランク付けを行ったりした(<証拠省略>)。

この出張の間,同年9月1日付けで亡Fを現地法人へ出向させる旨の辞令が発出された(<証拠省略>)。また,亡Fは,Cに電話をかけ,中国に来て欲しいと依頼をしたが,徳庵工場が忙しいので行かなくてもいいとのBの指示によりCが中国に赴くことはなかった(<人証省略>)。

(5)  中国での職場環境(<証拠・人証省略>)

中国の昆山の夏の気温は,摂氏38度から摂氏40度くらいである。

食事は,上海料理が主流で,日本料理店は20ないし30店舗くらいあるが,料理油が嫌いなら自炊をせざるを得ず,水については,衛生上,歯磨きやうがいの水もミネラル水を使わざるを得ない状態であった。

治安については,外国であることを常に認識していれば悪くないという程度である。

現地法人の始業時間は午前8時,終業時間は午後5時であり,途中,正午から午後1時まで休憩がある。

定宿は昆山最大のホテルであった。部屋は,日本のビジネスホテルの2部屋か3部屋分くらいの広さであり,空調設備も備え付けられていた。出張中は,ホテルと工場との間を送迎バスで往復する生活となり,近くの日本料理店で,変わり映えのしない食事を毎日食べるだけとなる。通常,夕食は,日本人同士でとっていた。

(6)  本件プロジェクトの遅延について

ア 本件プロジェクトは,平成12年1月段階では,平成13年3月に徳庵工場を撤収し,中国の工場にその機能を移転する予定であった(<証拠省略>)。そのためにも,当初は平成12年9月末に工場建屋の竣工が予定されていた(<証拠省略>)。

しかし,Bが同年2月に現地に出張した際,現地の消防法の問題があることが判明した(<人証省略>)。この問題は,その後の同年3月の亡Fの出張(1回目)の際にも問題となり,当初の工場建屋の場所設定に問題点が多いとして,レイアウトの変更が検討され,工場建屋の位置が宙に浮いた(<証拠・人証省略>)。

イ また,設置する機械等の設備が決まらないと建物の基礎構造が決まらず,工場建屋の基礎図の作成が遅れることになる(<証拠・人証省略>)。しかも,現地設計事務所から,早く基礎図を出すよう求められていた(<人証省略>)。現地設計事務所は,基礎図がなければ設計図面を作成することができず,先に進まないという態度であった(<人証省略>)。

しかし,平成12年6月の出張(3回目)の段階でも設備関係の決定が遅れており,亡Fは,移転設備のデータがそろっていないことをかなり気にしていた(<証拠・人証省略>)。

ウ これらの事情に加え,時間にルーズで納期も守られないという現地の商習慣や,建物の方角についての社長の考慮も影響し,計画は遅延していった。

その結果,平成12年5月の時点において,工場建屋の工事の発注が同年6月,竣工が同年12月と予定が変更され(<証拠省略>),当初予定から3か月遅れとなっていた(<証拠省略>)。

亡Fの同年6月の出張(3回目)の時点では,起工が約5か月遅れている状態であった。

そのころ,平成13年9月を目処に本件プロジェクトを遂げるよう本件会社の社長から厳命が下ったが(<証拠省略>),その後も計画は遅れ,最終的には,平成12年9月末発注,翌年3月中竣工の予定となり,実際に竣工したのは平成13年5月中であった(<証拠省略>)。

エ もっとも,これら遅延により,亡Fや他の担当者が責任を追及されたり,処分を受けたりすることはなかった。

(7)  本件自殺

亡Fは,平成12年9月25日午後10時20分ころ,飛び降り自殺をした(前提となる事実(3))。

(8)  亡Fの性格

亡Fの性格について,目標に対して,一段ずつ,きちっと筋道を立てて進んでいくタイプ(<人証省略>),責任感が強い(<証拠・人証省略>),おとなしく真面目で,仕事は最後まできっちりと行う方(<証拠省略>),仕事を任されると神経質になり,胃潰瘍を起こして仕事を休んだこともあり,几帳面で責任感が強い(<証拠省略>),生真面目でいい加減なことを嫌い,細かいことを気にするタイプ(<証拠省略>),真面目な性格(<人証省略>),責任感が強い(<人証省略>)等の評があり,これらを総合すると,几帳面で真面目な性格であったものと認められる。

2  争点に対する判断にあたって

労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡等について行われるところ(同法7条1項1号),労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには,業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である。また,労災保険制度が,労働基準法の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得ることが必要である。

遺族補償年金等の支給を定める労災保険法12条の2の2第1項は,労働者が故意により事故を生じさせたことによる死亡の場合を労働者災害補償保険の給付対象から除外しているため,自由な意思によって自殺した場合には業務上死亡した場合と認められないが,自殺が業務に起因して発生した精神障害の症状として発現したと認められる場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行わたものと推定し,原則として,故意による事故に該当せず,業務上死亡した場合と認められる(<証拠省略>)。

そして,精神障害の発症については,環境由来のストレスと,個体側の反応性,脆弱性との関係で,精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス-脆弱性」理論が広く受け入れられており,精神障害の業務起因性が認められるためには,ストレスと個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過剰であるといえる必要がある。

社会通念上,客観的に見て,精神障害を発症させる程度に過剰な心理的負荷といえるかどうかは,同種の労働者が精神障害を発症させる程度の強度の心理的負荷といえるかどうかにより検討すべきである。

3  亡Fの精神障害及び発症時期について

亡Fが平成12年6月の3回目の出張の際,設備のデータがそろっていないことを気にしていたこと,この出張から帰国した際,原告に「なかなか計画どおりに進まない,計画がころころ変わる。」とこぼしていたこと,同年9月20日,4回目の出張からの帰国後,「中国を出国するぎりぎりまで現地の社長と仕事の打合せをしていて疲れた。」と言い,「中国の仕事を辞めたい。」「この仕事を断ると会社を辞めざるを得なくなる。」と考え込む様子で漏らしていたこと,翌21日・22日に同僚に業務上の相談をした際,疲れた様子であったこと,同年9月25日,前提となる事実(3)のとおり,本件自殺をしたこと等からすると,亡Fは精神障害を発症しており,上記の経過からして,その発症は,平成12年7月末ころであると推認される(<証拠省略>。以下「本件発症」という。)。

その病名は,ICD-10診断ガイドラインに照らすと「うつ病エピソード」であるが,亡Fの既往歴を考慮すると,ICD-10診断ガイドラインの「F33 反復性うつ病性障害」であるとも認められる(<証拠省略>)。

4  亡Fの精神障害発症の業務起因性

(1)  判断指針について

判断指針は,複数の専門家の検討結果に基づくものであり(<証拠省略>),一応,合理的なものであり,少なくともこの判断指針により,精神障害の発症が業務上と認められるものについては,業務起因性を認めるべきである。

なお,原告は,判断指針における「同種の労働者」(前提となる事実(8)エ参照)について,性格やストレス反応性について多様な状況にある労働者のうち,日常業務を支障なく遂行できる,同種労働者のなかで最も脆弱な者を基準とすべきである旨主張する。

しかし,業務と死亡との間に相当因果関係が肯定され,労災保険の補償の対象とされるためには,客観的にみて,通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者を基準にして,業務自体に一定の危険性があることが必要というべきである。たしかに,労働者の中には,何らかの素因を有しながらも,通常の勤務に就いている者もおり,平均的労働者に,このような労働者も含めて考察すべきであるとしても,原告の主張する「同種労働者の中で最も脆弱である者」をこれと同視することはできない。

(2)  心理的負荷を与える具体的出来事

前記1(3)のとおり,亡Fは,それまで徳庵工場の営繕チームにいたところ,平成12年2月,本件プロジェクトの設備面の責任者となったのであるから,判断指針別表1の「配置転換」があったに該当するといえるが,本件会社において,海外に新工場を建設するというプロジェクト自体は,本件会社の既存の部署に異動するだけでなく,むしろ,その規模や目的からすると,本件会社において通常行われない,しかも,その存立にかかる重要な事業というべきであり,むしろ,実質的には「新規事業の担当になった」ともいうべきであり,その平均的ストレス強度は「Ⅱ」に該当する(出来事としては,一個の出来事として考えるべきであるから,それだけで強度を修正する必要はないと考える。)。そして,亡Fは,この出来事の後である平成12年7月末に「うつ病エピソード」もしくは「反復性うつ病性障害」を発症している。

なお,原告は,① 中国への度重なる長期出張が「転勤した」に該当すると主張し,② 業務内容の著しい変化があったこと,③ 単身赴任したこと,④ 新工場建設の度重なる遅延や変更のトラブルなどのあったことについても,心理的負荷を与える具体的出来事として主張する(第3の2【原告の主張】(5))。

しかし,長期出張をもって転勤した(前記①)ということはできず,また,単身赴任した(前記③)ということもできない。むしろ,これらの事情は,上記新規事業の出来事の心理的負荷の強度を修正する要素,出来事に伴う変化等を検討する要素として考慮すべきである。

そこで,上記心理的負荷の強度を修正する必要があるかどうかを次に検討する。

(3)  心理的負荷の強度の修正

ア 本件プロジェクト自体の重要性からくる心理的負荷の程度

本件プロジェクトの発足の経緯は,前記1(3)のとおりであり,10億円を投資するだけでなく,価格競争に対処するため,本件会社において重要地位を占める徳庵工場のフェノール樹脂関係部門を中国の現地法人に移管することとし,しかも,新たに現地に工場を建設した上で移管するというプロジェクトである。

原告は,上記事情をもって,本件プロジェクトが困難であるとし,「Ⅲ」に修正されるべきであると主張する。しかし,これらの事情は,「新規事業の担当となった」ということに,当然含まれるべき事情ともいえ,これだけで「Ⅲ」に修正することは困難というべきである。

イ 海外出張を伴うことによる心理的負荷

本件プロジェクトにおける原告の業務は,当然に,海外出張を伴うものであった(前記1(3))。

原告は,この事情をもって,「Ⅲ」に修正すべきであると主張する。

たしかに,同様の作業を日本国内において遂行することに比べ,心理的負荷は高くなるということができる(<証拠省略>)。

しかし,企業活動が国境をまたいで行われることが日常化している今日(現に,本件会社においても,亡Fが出張している当時,中国に現地法人を置いて従業員を配置し,フェノール樹脂以外の生産活動を一部開始しており〔<証拠省略>〕,タイやアメリカにも工場を置いていた〔<証拠省略>〕。),中国への出張を伴うというだけで,その心理的負荷を「Ⅲ」に修正することは困難である。

ウ 本件プロジェクトの困難性

(ア) 本件プロジェクトが遅延したこと

前記1(6)のとおり,消防法の問題があるため,工場建屋のレイアウトの変更を余儀なくされ,また,設置する機械等の設備の選定が遅れ,基礎図が提出できないことを理由に,現地設計事務所が設計図面の提出をしなかったことなどにより,本件プロジェクトの完了時期については,遅延を繰り返していたことが認められる。

たしかに,これらの遅延の原因は,亡Fの責任に帰することのできない事情であるし,本件会社内部で本件プロジェクトの遅延について亡Fを責めるような空気があったことはうかがわれない(<人証省略>)。

また,社長が厳命した最終の納期についても,亡Fに伝えられたという客観的証拠はない。

しかし,本件プロジェクトに対する社長の厳命であるというのであれば,間接的であったにせよ,本件会社の方針として,その指示内容が亡Fに伝えられていたことは十分に考えられる。

本件プロジェクトは,多額の投資を行って中国に新工場を建設し,これを稼働させ,コスト高の徳庵工場の生産を中止するというものであり(前記1(3)ア),本件プロジェクトが遅延することによる本件会社の損害は大きい。仮に,これらの遅延の原因が,亡Fの責任とはいえないにしても,本件プロジェクトの設備担当の責任者であった以上,設備関係の中心ともいえる工場建屋の建築が,最初の段階から遅延することにより,本件プロジェクト自体が遅延することについて,亡Fが,強い心理的負荷を受けていたと認めるべきである。実際,3回目の出張の時点でも,移転設備のデータが揃っておらず(<証拠省略>),亡Fは,当初,出張では張り切っていたのに,3回目の出張後,原告に「なかなか計画どおりに進まない,計画がころころ変わる。」とこぼすなど,その心理的負荷は強かったというべきである。そして,亡Fの上記反応は,むしろ平均的な労働者にとって,通常の反応というべきであり,これを個人の脆弱性に帰することは相当ではない。

(イ) 現地設計事務所等との折衝による心理的負荷

前記1(6)のとおり,現地設計事務所は,本件会社から基礎図の提出がないことを理由に設計図面を作成しようとしなかったことが認められる。そのこと自体が,直ちに非合理的な態度といえるかどうかは疑問の余地のあるところであるが,亡Fにとって,心理的負荷を高める要素となっていることは否定できない。

なお,亡Fの職務を引き継いだCは,亡Fと正反対の性格で,「(目的が)達成すればよい」「なるようになる」というタイプであったが(<人証省略>),そのCが,現地設計事務所の態度に「頭にきた」(<人証省略>),「予想外のことが連発して,私は何度も切れました。」(<証拠省略>)と述べるとともに,平成12年8月ころまでに体重が8キロくらい落ちたというのであるから(<人証省略>),現地設計事務所等との折衝は,平均的労働者にとって,相当強い心理的負荷が加わるものであったことが推認できる。

(ウ) 本件会社の支援について

原告は,本件会社の支援が不十分であった旨主張し,これに対し,被告は,支援態勢が十分であったと主張する。

本件会社は,亡Fの出張にあたり,同行者を帯同させる配慮をしたり(<証拠省略>),現地法人の中国人従業員で日本語のできる者を通訳もかねて同行させており(<証拠省略>),社内の打ち合わせも相当開催されている(<証拠省略>)等からすると,相応の支援があったことがうかがわれる。

もっとも,現地新工場に搬入する設備のデータや新規の機械の仕様が明らかになっていないため,基礎図が作れず,それを理由に現地設計事務所が設計図面を作成しないという事態が生じており(前記1(3)ウ,(6)イ),そのため亡Fが焦っていたのであるから(<証拠省略>),本件プロジェクトの遅延の大きな原因のひとつが本件会社の徳庵工場の担当者の遅延にあったということができる。

(エ) 被告の主張について

被告は,本件プロジェクトの遅延の責任が亡Fにないことのほか(その点については,前記(ア)参照),亡Fが,本件プロジェクトのハード面の適任者であったこと,本件プロジェクト全体のリーダーではなく,責任者ではなかったことを指摘する。

たしかに,本件プロジェクトの総括責任者は徳庵工場の工場長であるBであったが(<証拠省略>),亡Fは,本件プロジェクトの施設面(ハード面)での責任者であり,平成12年7月当時においては,プロジェクトの遅延は,その施設面において発生していたのであるから,むしろ,適任者であるとして施設面の責任者に選任された亡Fにとって,強い心理的負荷となったことは当然推測され,被告の主張は採用できない。

エ まとめ

以上によると,亡Fが,本件プロジェクトの担当となり,3回目の海外出張を終えるころまでの間に受けた心理的負荷の強度は,既に検討した前記ア,イの事情に,何度も計画が変更し,本件プロジェクト自体が遅延していったことの事情を加えることにより「Ⅲ」に修正されるべきである。

(4)  出来事に伴う変化等を検討する視点により検討する。

ア 労働時間

亡Fは,国内にいる間,通常は午後9時には帰宅していること(<証拠・人証省略>),中国出張中の仕事は定時に終わっていた(<人証省略>)というのであるから,土曜日はほとんど仕事をしていたとしても(<人証省略>),長時間労働の事実は認められない。また,長時間労働の事実が認められないことからすると,仕事の量について大きな変化はなかったものと認められる。

仕事の密度についても,証拠(<証拠省略>)からは,打ち合わせに相当の時間を割いていたことがうかがわれものの,過密となったとまでは認められない。

イ 仕事の質,責任の変化

仕事の内容については,前記1(3)イのとおり,従前の職務の経歴を買われて選任されたとはいえ,新たに工場を,しかも,国内ではなく中国において建設する事業の,設備面での責任者として担当したのであるから,大きな変化があったというべきである。

責任の範囲の変化についても,もともと生産本部営繕チームのリーダーとして工場長であるBを上司として職務に従事しており,責任ある地位にいたとはいえ(前記1(2)ウ),本件プロジェクトの発足経緯からすると,亡Fはその下で主に中国での工場建屋及び設備のレイアウト,設備の受け入れ,生産体制の構築の責任者として配置されていたものであるから(<証拠省略>),日常業務における責任ある地位とは異なり,相当程度の変化があったというべきである。

ウ 仕事の他律性や強制性

前記1(6)のとおり,本件プロジェクトは,数度にわたり,計画変更を余儀なくされ,その結果,当初の予定より大きく遅延していたことが認められる。しかも,本件発症当時,未だ,その状況は改善されておらず,亡Fにとっては,この状態がいつになったら改善されるかについて,明確な見通しを持つことができなかった状態にあったということができる。

エ 中国での職場環境

(ア) 夏の現地の気温は確かに高温ではあるが,空調設備が整えられており,冷えすぎて腹を壊すことはあっても(<人証省略>),炎暑にさらされていたわけではないから,着衣の調整等で対処可能な範囲であったものと認められる。

(イ) 職場の人間環境については,同年齢で「おれ,お前」の友人関係にあり,忌憚なく話のできたBを上司としていたものであるが(<証拠省略>),中国での現場では,親しいCを除くと,日本人は少なく,意思疎通についても困難を伴うものであり,また,出張中は家族と離れて暮らさなければならなかった。

オ 現地法人への出向が告知されたこと

前記1(4)ウのとおり,亡Fは,3回目の出張から帰国した日,Bから,現地法人への出向が決まったことを告げられている。

このことは,これまでに検討した心理的負荷の存する業務をこれからも引き続き担当しなければならないことを強く意識させ,特に,本件プロジェクトが遅滞し,その解決策が見えない状態にあったことを併せ考えると,亡Fにとっては,相当過重であったというべきである。

カ まとめ

以上によると,出来事に伴う変化等については,全体として相当程度過重であったというべきである。

(5)  総合評価

以上の検討によって総合評価するに,業務による心理的負荷の程度は「強」と認めるのが相当である。したがって,亡Fの受けた心理的負荷は,通常,精神障害を発症させるような強度の心理的負荷であったというべきである。

(6)  個体側要因

几帳面で真面目である(前記1(8))という亡Fの性格は,「うつ病親和性性格」であり,実際に,亡Fは,平成8年にうつ病を発症している(前記1(2)イ)。これからすると,亡Fの個体側に脆弱性があったことは否定できないが,その後,回復し,症状が現れることなく勤務していたこと(前記1(2)),本件プロジェクトの担当になった当初は,張り切ってこれに取り組んでいたこと(前記1(3)イ),その後,総合評価として「強」といえる心理的負荷が加わった(前記(5))ため本件発症に至ったことが認められる。そうすると,本件発症は,亡Fの上記脆弱性が有力な原因となって発症したと認めることはできない。他方,本件発症当時,業務外の心理的負荷が存した形跡もうかがえず,本件発症の業務起因性を否定することは相当ではない。

(7)  まとめ

以上によれば,亡Fが受けた心理的負荷の程度は強かったといえ,亡Fの発症した精神障害に業務起因性を認めるべきである。

第5結論

以上の検討によれば,本件発症に業務起因性がないとした本件不支給処分は取り消されるべきであるから,原告の本件請求は理由があり,これを認容することとし,訴訟費用について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 細川二朗 裁判官 足立堅太 裁判長裁判官山田陽三は,差し支えにつき署名押印することができない。裁判官 細川二朗)

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