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大阪地方裁判所 平成18年(わ)7804号 判決 2008年10月23日

主文

被告人を罰金10万円に処する。

その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。

本件公訴事実中,業務上過失傷害の点については,被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成18年7月19日午後零時34分ころ,大阪市a区b,c丁目d番e号先南北道路において,普通自動二輪車で南進してきた被害者に傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して同人を救護する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。

(補足説明)

第1争点

本件の公訴事実(第1については訴因変更後のもの)は,第1 被告人は,自動車運転の業務に従事するものであるが,平成18年7月19日午後零時34分ころ,大阪市a区b,c丁目d番e号先の南北8車線道路(南行一方通行)の東側端から普通乗用自動車を運転して発進した後,同所付近に設置されたオーバーハング信号機の東側端から南方約64メートルにある丁字路交差点において西方へ右折進行するため,同道路の西端車線へ向かい進行するに当たり,同道路に北西から通じる6車線道路を上記8車線道路に向けて南進してくる車両の有無およびその安全を確認して発進進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,右後方から上記6車線道路を南進してくる車両の有無およびその安全を確認することなく,漫然発進して,上記8車線道路の西端車線へ向かい右前方に時速約6ないし8キロメートルで進出した過失により,折から普通自動二輪車を運転して上記6車線道路の第2車線を時速約30ないし40キロメートルで南進してきた被害者(当時32歳)に自車との衝突の危険を感じさせて急制動の措置を余儀なくさせ,同人を同自動二輪車もろとも路上に転倒させ,よって,同人に全治約34日間を要する右大腿部挫傷等の傷害を負わせた(以下,同公訴事実を「第1事実」という。),第2 前記日時場所において,前記のとおり,被害者に傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して同人を救護する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時および場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった(以下「第2事実」という。),というものである。

この点について,弁護人は,いずれの公訴事実についても無罪を主張し,被告人も,当公判廷で,第1事実について,自分に注意義務違反はない,漫然と発進したわけではない,被害者が急制動の措置を講じて転倒するときには,自分の車は止まっており,被害者は自車が止まっているのに勝手に転げた等主張し,弁護人の主張に沿う供述をする(なお,被告人は第2事実についてはその事実関係を認める供述をする。)。

そこで,まず第1事実,次いで第2事実について検討する。

第2第1事実について

1  証拠上明らかに認められる事実

この点に関し,関係各証拠によれば,前提事実として以下の事実を認めることができる(同事実に反する事実は,認定することができない)。

① 道路等の状況について

i 本件交通事故現場付近は,北西から南方へ屈曲する一方通行6車線(以下,東側端車線から順に「第①車線」~「第⑥車線」という。)の道路(以下「北西道路」という。)と,北東から南方へ屈曲する一方通行6車線(ただし最も東側の車線は,車一台停車できる程度の幅しかない。)の道路(以下「北東道路」という。)が,南に向かって進行する一方通行8車線(以下,東側端車線から順に「第1車線」~「第8車線」という。第1車線はタクシー乗り場のため,車一台停車できる程度の幅しかない。また第2車線は時間限定のバス優先道路である。)の道路(以下「本件道路」という。)と合流して南進する,交通量の多いY字交差点(以下「本件交差点」という。)である。

上記のとおり一部狭い車線があるものの,それ以外の車線の幅はいずれもほぼ3メートルである。

ii 事故が起こった平成18年7月19日,本件道路付近は,朝から雨が降っており,午後零時34分ころには,小雨になっていたものの,路面は濡れていた。

iii 現地の道路の状況は,おおむね別紙1のとおりであるが,路上に記載されている車線の形状が大幅に異なるほか,最南部に東行きの道路があるのに記載されていないなど,正確に現地を再現したものとまではいえない(なお,現地の正確な形状は,弁護人請求16号証の航空写真のとおりである。)。

② 被害者の事故前の状況について

i 被害者は,被害当時,いわゆるバイク便の仕事に従事し,午前の配送を終えて会社に戻る途中であった。本件道路付近は,仕事で1日平均3,4回以上は必ず通る場所であり,通りなれた道であった。

ii 被害者の運転していた車両は,排気量100CCのスクーターであり,後部荷台には運送物を入れるためのボックスが設置されている。運送会社が所有・使用しているものであり,同会社が自賠責保険に加入している。

iii 被害者は,北西道路の第②車線を通行し,本件交差点の一つ手前の交差点(北西道路から東に向かって湾曲し,北東道路を北東向きに進行する道路と交差する地点。)に設置された信号機で,赤信号で,先頭に停車して待ち,同信号が青になったことから同交差点を発車した。

同交差点では,ほかに信号待ちをしていた車もあったが,被害者車両が一番先頭で進行し,本件交差点付近にさしかかった。北西道路では,被害者は第②車線の右端を進行していたが,本件交差点後,本件道路では,第3車線若干右寄りを進行する予定であった。

③ 被告人の事故前の状況等について

i 被告人は,事故直前は,別紙図面3①付近に車を止め,近くにある飲食店で食事をとっていた。

ii 被告人は,飲食を終え,車を運転し,本件道路第8車線まで移動して南進し,本件交差点にかかっている信号機から南に60メートル以上離れた交差点で西方に右折進行する予定であった。

iii なお,被告人の運転する車両は,平成8年式のホンダオデッセイのワゴンで,長さ479センチメートル,幅177センチメートル,排気量2.15リットルである。走行距離は約19万キロメートルであったが,本件当時には同乗者はおらず,荷物も積んでいなかった。

④ 本件事故の状況について

i 本件交差点手前で,被害者は,被告人車両を発見し,横を避けて通ろうと考えてブレーキをかけたが,タイヤをロックさせてしまい,右側に転倒した。

ii その後,被害車両は,別紙図面2A付近を被害者とともに通過し,最終的に被害車両は同file_2.jpgの位置に止まった。

iii 被害者は,事故後,被告人に対して手招きしたが,被告人は,それを認識しながら,そのまま走り去った。

iv 転倒後被害者の服については,右側だけが破れていた。

⑤ 目撃者の状況について

i 警察官である目撃者は,別紙図面2B地点付近におり,転倒の音を聞いてその方向を向いたところ,被害者が被害車両とともに,自転車よりも少し速いスピードで滑走しているのを目撃した。目撃者は,その場所をA付近であると認識した。視界を遮る車両があったことから,1秒から2秒程度の一瞬しかその様子は見えなかった。また,被告人車両も目撃せず,その存在を確認できなかった。

その後,目撃者は,交番に事故の報告をし,横断歩道を通って事故現場付近に行った。

ii その際,被害者は,左側から止まってた車が急に飛び出してきたので,それをよけようと思って転んだ,と述べた。

iii 目撃者はその後,X警察署警察官である甲,乙両警察官に,事件処理の引き継ぎをして,その場から立ち去った。

iv なお,目撃者立ち会いの実況見分の結果,別紙図面2A地点からB地点までは約62.4メートルであり,A地点と東側路肩までの距離は約10.1メートルであった。

⑥ 事故後の状況について

i 事故後,被害者が警察に電話をするなどし,事故後1時間くらいまでの間に,被害者立ち会いの実況見分調書が作成された。

被害者は,同日,病院に行き,右大腿部挫傷,左足挫傷,顔面,右前腕擦過創の診断を受けた。その後,7月25日と8月14日の2度通院し,8月21日ころには症状はなくなった。

ii 本件事故は,ひき逃げ事件として捜査され,登録番号照会の結果,逃走車両については被告人使用車であると割り出された。

事故と同日の午後5時ころ,警察官が被告人に電話したが,被告人は不在であり,同日午後6時ころ被告人からX警察署に連絡があった。その際,被告人は,「私の前で,単車が転倒したことですか」と話した。

iii 被告人は,翌日である7月20日にX警察署に出頭し,同日,大雨の降る中,被告人立ち会いの実況見分が行われた。

iv 事故後,被告人と被害者は,会ったり電話したりするなどしたが,その際,被告人は,自分がきっかけで被害者が転倒したことや,救護せずに立ち去ったことについて謝罪するなどした。

また,被告人が止まっていたところ,被害者がその前で勝手に転んだという趣旨のことも告げたが,被害者に反論されるなどした。

被害者は,反論の中で,被告人が動いて出てきて,急ブレーキをかけなければならなくなって転んだ旨被告人に説明した。

2  争点についての被告人と被害者の供述

本件について,事故状況について直接目撃したのは,被告人と被害者のみである(目撃者は,事故後の滑走状況以降の事実しか目撃していない。)。

そこで,両供述の信用性が問題となるところ,それらの公判廷での供述は以下のとおりである。

① 被害者の公判供述

i 被害者は,北西道路の第②車線を南進し,対面信号機の赤色灯火信号に従って停止していたが,青色灯火信号に変わったので,被害車両を運転して,本件道路に向けて南進し,別紙図面2のfile_3.jpg’地点の若干車線右側寄り(file_4.jpg地点)を時速約30キロメートルで走行していたが,被告人車両が,①地点を止まりそうな感じの,徐行から停止に近い速度で走行しているのを認め,アクセルをゆるめた。被害者は,被告人が自車に気づいたのだと思い,被告人車両が停車するであろうと思って加速し,file_5.jpg地点からfile_6.jpg’地点若干車線右側寄り(file_7.jpg地点)にかけて時速約30ないし40キロメートルで進行すると,file_8.jpg地点において,②地点の被告人車両が,一瞬停止後,そのフロントが浮いてリアが沈むような感じで突然動き出したので,自車の進路をふさぐような感じで急発進してくるように見え,このまま進行すれば,被告人車両と衝突する危険を感じ,急制動の措置を講じた。

ii その結果,被害者は,バランスを崩して被害車両とともに滑走し,被害者はfile_9.jpg地点で転倒停止し,被害車両はfile_10.jpg地点で転倒停止した。

iii 被害者は,急制動の措置をとった時点で,被告人車両が動いているのを目撃しており,転倒停止した際には,被告人車両は③地点まで動いて停止したもので,被告人車両が停止した③地点から,被害者が転倒停止したfile_11.jpg地点までの距離は,約1.8メートルであった。

iv 被害者は,転倒停止したfile_12.jpg地点において,座った状態で,③地点で停止していた被告人に向かって,手招きをしたり,被告人車両を本件道路の端に寄せるように手で合図したが,被告人は,被告人車両から降車することなく,車両を発進させ,本件事故現場から立ち去った。

v 被害者は,事故当日に実況見分に立ち会った。その調書に添付された現場見取図が別紙図面2である(ただし,A,B,file_13.jpg,file_14.jpg部分及び▽1は判決作成時に加えたものであり,file_15.jpg’,file_16.jpg’はそれぞれ元々の実況見分時にはfile_17.jpg,file_18.jpgと記載されてあった。また,図面2左下の,▽1~Aまでの距離と,AB間の距離は,判決作成時に付け加えたものである。)。

その実況見分調書上の記号と,上記の説明における記号は,実況見分調書記載のfile_19.jpg,file_20.jpg地点が,別紙図面2ではfile_21.jpg’,file_22.jpg’にそれぞれ該当するが,それ以外の記号は,実況見分調書と別紙図面2では,すべて同じ記号が対応する。

② 被告人の公判供述

i 本件当時,被告人は,昼食をとるために,本件交差点の東の端の信号機の柱にミラーが掛かるような形で駐車をしていた。その場所は,別紙図面3①の地点である。

ii 昼食を終えて,車に乗り,エンジンを掛けて,後方からの車を確認し,車の流れがとぎれるのを待っていた。北東の車が終わったとき,信号の変わり目で,北西からの車は来ていなかった。発進できる体勢をとろうと思い,ハンドルを目一杯右のほうに切り,指示器を出して約50センチメートルから1メートルぐらい進んだ。そこで,北西道路から車が来るので,その車を確認するために止まった。その地点が同②の位置である。

iii ハンドルを切って止まったと同時ぐらいに,北西道路にかかる横断歩道を少し過ぎた南側に,先頭を切って走る被害者車両を発見した。それがちょうど同file_23.jpgである。

その走行車線は,東側から2つ目の車線の西寄りだった。

iv 被害者車両は先頭で,スピードは速く,時速約60キロメートルぐらい出ていた。初めて被害者を見たとき,被害者は前少し下を見ていた。ただし,時速約60キロメートルというのは感覚である。

v 被害者はそのまま進行して,顔を上げて,三叉路の交差点に差し掛かる車線の切れた辺りで急ブレーキを掛け転倒した。

それは,北西道路の,ちょうど三叉路に入るところで,車線の白線が途切れるちょっと手前のところで,走行車線としては同じようなところだった。

その位置が同file_24.jpgである。

被害者が転倒し始めたとき,自分の車両は止まっていた。

vi 被害者本人は,最終的に,道路を横断する信号の柱の中心付近にある信号の真下の辺りに止まった。その位置は,同file_25.jpgである。

単車は最終的に,本件道路北側の東から2番目の車線のところにあるマンホール2つのちょうど間に止まった。その位置が同file_26.jpgである。

3  被害者供述の信用性

① 被害者供述の信用性を肯定する事情

上記被害者の供述について,検察官は以下のように述べ,信用性が高いとする。

i 供述内容が具体的かつ詳細であり,被害状況は自然である。特にフロントが浮いてリアが沈むように感じた,など,迫真性に富む供述をしている。供述の不合理な変遷もない。

ii 信用性が高い目撃者供述と一致する。

目撃者に虚偽供述をする動機がないことはもちろんであり,また,目撃者の視認状況に問題はないところ,被害者供述はその目撃者の供述に一致する部分がある。

iii 被害直後に本件被害を申告し,実況見分に立ち会っている。

被害者は,被害直後に実況見分に立ち会っている。同実況見分を指揮した甲警察官も,警察からの誘導なく被害者が指示説明したことを証言しており,指示説明は公判供述と一致する。

iv 虚偽供述をする利益がない。

被告人と被害者は,事故以前に面識がない上,被害車両は被害者の勤務先が保険に加入しており,修理費用や治療費についても会社負担となっている。また,被告人車両に損害が発生していないことから,被害者が,被告人に発生した損害を賠償する責任はない。したがって,あえて虚偽供述をする利益はない。

② 被害者供述の信用性を否定する事情

これに対して,供述の信用性を否定する事情としては以下のとおりのものがあげられる。

i そもそも供述内容が物理法則や経験則と矛盾する。

A 別紙図面2file_27.jpg,file_28.jpgの地点の被害者の挙動について。

前記2①iの供述のとおりであると,被害者は,<ア>~<イ>の約10.3メートルを進むうちに,時速30キロメートルからいったんアクセルをゆるめ,被告人が自車に気づいたと思って加速して時速約30ないし40キロメートルで進行し,被告人車両が一瞬停止し,そのフロントが浮いてリアが沈むような感じで突然動き出したのに気づいてfile_29.jpgで急制動の措置を講じたものである。

しかしながら,時速30キロメートルから40キロメートルといえば,秒速約8.33メートルから11.11メートルである。平均時速30キロメートルとするなら,約1.24秒で到達する距離である。

これに,反応時間(検察官主張なら0.6~0.8秒)をも考慮すると,被告人車両の動向を見て減速,加速を繰り返したという上記の経緯は不自然である。

(なお,時速30キロメートルで進行してきたのに,いったんアクセルをゆるめ,その後加速したという経緯だと,file_30.jpgの時点で時速40キロメートルまでに加速した点については疑問がある。)

B 被告人車両が同②から③に移動する際の被告人車両の挙動について

同②から③の距離は,約1.5メートル(別紙図面2参照)であるが,被害者は,②の地点で被告人車両は一瞬停止した後,フロントが浮いてリアが沈んだように感じ,突然急発進した,と述べている。

しかし,そもそも,この②の時点で,被告人が急発進したのであれば,被告人車両が何故に約1.5メートルしか進んでいない③の地点で止まっていたのか説明がつかない。

また,論理的には,車が停止状態から出発する際には,後輪に荷重がかかり,サスペンションが沈む結果,リアが沈み,フロントが浮いたように見えるということがいえるが,この挙動は微妙なものであり,人が認識可能なものかどうかは十分な検討が必要である。実際,被告人作成の実験DVD(弁護人請求24号証)を見ても,どのようにも評価できるものであって,検察官も弁護人も,この証拠を自己に有利に引用している。

さらに,本件のように,時速30キロメートルから40キロメートルで小雨の中走っているスクーター上で,車が停止状態からフロントが浮いてリアが沈み,急発進する状態を確認するというのは非常に困難であるといってよい。

また,被告人車両がゆっくり出発したような場合には,少なくとも人が認識可能なレベルでは,フロントが浮いてリアが沈むような状態にはならないはずである。

C 同file_31.jpgからfile_32.jpg,file_33.jpgに至った時間と,②から③に至った時間を照らし合わせた場合,被告人車両の速度等が不合理である。

file_34.jpgからfile_35.jpgは,約22.4メートルあり,仮に時速40キロメートル(この数値が不自然であることは前記のとおりである。)で直進進行したとしても,約2.02秒かかる距離である(時速30キロメートルなら約2.69秒)。当然,被害者は危険を感じてブレーキをかけ,減速したのであるから,本当はそれ以上の時間がかかったはずである。

(なお,当日は小雨が降っていたことから,路面の摩擦係数μを0.4とした場合,時速30キロメートルなら制動距離8.67メートルで制動時間は2.08秒,時速40キロメートルなら制動距離15.43メートルで制動時間は2.78秒である。実際の停止距離,時間には,それぞれ空走距離・時間が加わる。)。

仮に被害者に最も有利な数値である,約2秒という数値を使い,かつ,被害者がfile_36.jpgの位置に到着した時点以降,被告人が一切前進しなかったとしても,②から③への進行速度は,

1.5(進行距離,メートル)÷2(秒)×(60×60(秒速→時速))=時速2.7キロメートル,である。

歩行速度が時速約4キロメートルであることと比較しても非常にゆっくりしたスピードであるといえ,とうてい,先を急ぐあまり安全確認をせずに急発進して進行した結果のものとは思えない。先ほどのリアが沈んだとの供述とも整合しない。

もっとも,被告人が急発進後,被害者がfile_37.jpgの地点に到達する前,すなわち,動き始めて2秒たたないうちに自ら急停止した可能性も無いわけではないが,どのようなきっかけに基づいて急発進後急停止したのかについて,説明できない。

可能性の一つとして,間近で転倒音を聞いたために急停止したという場面を想定したとしても,以下のとおり無理がある。すなわち,被害者の供述を前提とする限り,被告人が②地点を出発したのを見て,被害者が危険を感じてブレーキをかけるまでに空走時間0.6~0.8秒かかり,それからタイヤがロックして実際に転倒するまでには若干時間(0.5秒程度か。)がかかるところ,被告人がその転倒音を聞いてさらにブレーキを踏むのに同じく空走時間0.6~0.8秒,それに制動時間が加わることになる。そうすると,制動時間を考慮しなくても,1.7秒から2.1秒かかってしまうからである。DVD(弁護人請求弁24号証)を見ても,急発進車は,発進から2秒程度でかなりの距離を進んでいる。

ii 供述が変遷し,実況見分での供述と一致しない。

被害者は,実況見分作成時の被害者の申告内容と公判供述は,実況見分のfile_38.jpg,file_39.jpg地点が上記のfile_40.jpg’,file_41.jpg’にそれぞれ該当するほかはすべて対応している旨供述している。また,甲証人は,被害者の指示説明どおり作成した旨証言している。

これを前提とした場合,実況見分に記載の被害者の指示説明部分について,その信用性はともかくとして伝聞性について問題がないはずである。

そうすると,別紙図面2左上部に記載の指示説明部分の内容は,被害者が実際に現場で申告した内容を記載したと考えることができるが,その内容は,file_42.jpgの地点で①にいる被告人車を発見,file_43.jpgの地点で危険を感じてブレーキをかけたがそのときには被告人車は②の地点にいた,その後,転倒して自分はfile_44.jpg地点で停止し,被害車両はfile_45.jpg地点で停止した,最終的に被告人車は③の位置に止まっていた旨述べていたことになる。

上記の内容は,被害者の公判供述と重要部分で大きく食い違う。

すなわち,被害者は,公判廷では,前記のとおり,<ア>でアクセルをいったんゆるめ,その後被告人車両の動向を見て再び加速,<イ>で②の位置で停車していた被告人が急発進したのを見て危険を感じて急制動をかけた,と供述しているところ,この部分について,実況見分では何ら述べていなかったことになる。

しかも,被告人が①から③まで等速度で移動したと考えた場合(実際には,①から②までの速度と②から③までの速度が同じということは,①から②までの距離の方が②から③の距離に比べて長いのに,<ア>から<イ>の距離の方が<イ>から<ウ>までの距離に比べて短いことから,非常に不自然ということができる。),その想定される平均速度からみて,被害者はブレーキ及びハンドルを適切に操作することによって転倒せずに悠々とこれを避けて通ることができたと判断されることは間違いないので,被告人車両が一旦停止後突然急発進したことに変遷するということは,被害者に有利な変遷に当たる。

iii 目撃者供述と一致しない。

目撃者は,被害者が転倒してバイクもろとも滑走している状況を目撃しているが,ア被告人車両を目撃していない,イ後続車の間から被害者を目撃したので,最終的に停止した位置は分からない旨供述している。

しかしながら,アについては,被害者の供述どおりの位置関係であれば,被告人車両は道路中央部分にかなり進出した格好で停車していたのであるから,目撃者が被告人車両を発見しなかったというのは不自然である。

また,イについて,これを前提にする限り,被害者の滑走・停止しているさらに東側から後続車が被害者及び被害者車両を追い越していったことになるはずである。

しかし,被害者の供述どおりの位置関係では,被害者と被告人の間(<ウ>と③の間)と,被告人車両と歩道との間に車が通過できるようなスペースは無いので,これは不自然であるといってよい。

iv 虚偽供述をする利益がある。

本件で証拠として提出されているのは,勤務先の加入する自賠責保険証である。したがって,現段階で,少なくともバイクの修理費用については保険会社から支払いを受けられるとは限らず,勤務先が負担している可能性がある。したがって,勤務先からの求償を避ける利益が想定できる。

v (前提として,実況見分調書が不正確である。)

実況見分が公判供述と矛盾するし,そもそも,下記のとおり実況見分および同調書作成がずさんである。

まず,ブレーキをかけた時点(かけようと考えた地点か,実際にブレーキを握った時点かが分からない。)と危険を感じた地点が同一場所にあり,空走距離の記載がない。また,転倒地点(滑走開始時点)も不明である。

その上,道路の再現が以下のとおり不正確である。

A 北東道路の車線が描かれていない。

B 本件道路の車線が描かれていない。

C 図面左側に本件道路から東に左折する道路が存在しない。

以上,ABC記載のことから,実況見分調書からでは,現場の正確な状況が分からないし,後に述べるが,車線の実線・波線がない区間における車線間のつながりもよく分からない。

また,

D 測定の基準となった地点が不明である。

実況見分調書の作成が,非接触ひき逃げ事件という非常に特殊な事件の捜査のために作られたにしては,かなりずさんであることは否めない。

4  被告人供述の信用性

① 信用性を否定する事情

これについて,検察官が主張するものとしてはおおむね以下のとおりである。

i 実況見分時及び警察官の取り調べにおける供述から,自己に有利に供述を変遷させている。

実況見分の際には,単車を発見した時点から,実際に停車するまで,約1.5メートル進行したのを認めていたし,実際に実況見分で,甲警察官に聞かれた際に,その趣旨の発言をしたことを認めている。

また,警察官の取り調べにおいても,任意性に疑いを残すような無理な取り調べを受けたわけではない。

それにもかかわらず,供述を変遷させていること自体が信用性を減殺させる。

ii 目撃者の供述と食い違う。

被害者が最終的に停止した場所が,目撃者の供述によればいまだ被害者と被害車両が一緒に移動している場所であり,矛盾する。

iii 不合理な供述拒絶をしている。

被告人は,当公判廷で,被告人立会の実況見分調書(検察官請求甲12号証)添付の現場見取図上での指示説明供述を拒絶しているが,不合理である。

iv 信用できる被害者の供述と食い違う。

② 信用性を肯定する事情

i 供述が自然で,不合理な点や矛盾点がない。すなわち,自己矛盾供述や,現場の状況と一致しない供述,常識ではあり得ない供述が含まれていない。

ii 目撃者の供述と一致する部分がある。

被告人の供述どおりであるとすると,目撃者が,被害車両及び被害者の東側を車両が通っていたと証言したことと合致する。

目撃者の供述と食い違うように見える点も,目撃者の目視位置が遠かったことを考慮すれば,大きな食い違いとはいえない。実際,目撃者は,停止位置を見た訳ではなく,通過した位置を見ただけである。

iii 争いのない部分と一致する。

被害者は,本件交差点の一つ手前の交差点に設置された信号機で,赤信号で,先頭に停車して待ち,同信号が青になったことから同交差点を発車したところ,被告人の供述でも,被害者車両が先頭で走ってきたことを供述している。

同事実は,走行してくる車両を確認していないと知覚できない事情であるが,被告人は矛盾なく供述している。

iv 実況見分で,若干の誘導があった。

被告人立ち会いの実況見分は,被告人は③地点まで進出したとなっているが,被告人は、その点に関して「いったん動いたんだったらもう少しこちらに来てないか」と警察官の誘導を受けた旨述べており,甲証人も「この地点じゃないかというやり取りはあった」とそれに沿う供述をしている。

v 実況見分時は,夕方で天候が悪く,交通量も多かったため,あまり実況見分に適した条件下で行われたとはいえない。

検察官請求甲12号証添付の写真を見る限り,実況見分当日の天候は大雨であった。被告人は傘を持ち,レインコートを着た警察官と一緒におり,被告人車両の前のほぼ同じポイントから動いている様子はない。また,夕方で見通しも悪くなりつつあり,通行量も本件道路に1分間で70台あり,交通量も多いという悪い条件が重なっていたのに,実施時間は17分程度と短い。

このような条件下では,ある程度誘導されたまま指示説明をした可能性が否定できないし,被告人として,早く切り上げようとして,その誘導が事実とは違うと分かりながら,指示説明した可能性も否定できない。

vi 供述拒否について

被告人に黙秘権がある以上,質問に答えなかったからといって不利益に扱うことはできないし,そもそも,本件では当初から実況見分調書添付図面が必ずしも現場を正確に表しているわけではないとして,第4回期日間整理手続において,検察官,弁護人で,尋問の際に使用する現場見取図を限定している。

そして,検察官請求甲12号証添付図面は,使用が予定された文書ではないから,被告人が供述を拒絶したことは不合理とはいえない。

5  当裁判所の判断

① 以上によれば,被害者の供述には,合理的疑いを容れる余地が多分にあり,これを採用できない。人間の認知能力の内在的制約として,位置関係や速度,時間等について厳密に知覚できるとは考えられず,したがって,被害者が被告人車両を発見した位置,危険を感じた時のそれぞれの位置,転倒し,停車したときのそれぞれの位置等についての実況見分の記載や,被害者・被告人の車両の速度,挙動等に関する供述が,ある程度感覚的なものになってしまうことはやむを得ないところもあるが,本件の場合は,被害者の公判供述及びこれに利用されている被害者立ち会いの実況見分の結果には,若干の修正では補正し得ないほど不合理な点があると言わざるを得ない。

他方,被告人供述については,被害者の速度を時速60キロメートルだった旨述べている点など,若干疑問の余地がないわけではないが,客観的証拠等と大きな矛盾点はなく,おおむね信用してよいと思われる。

② そうすると,被告人車両は,別紙図面3の③の地点にいたところ,被害者車両が三叉路の交差点に差し掛かる車線の切れた辺りで被害者が顔を上げて被告人車両に気づき,急ブレーキをかけてタイヤをロックさせ,転倒したものと認められる。

そうすると,被告人には,公訴事実に掲げられた過失は認められないというべきである。

したがって,業務上過失傷害の公訴事実については,犯罪の証明が無く,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。

6  補足

① なお,検察官は,被害者供述を前提に,以下のとおりの過失があると主張する。

すなわち,被告人が,被告人車両を発進させて,別紙図面2(以下,この項で使用する記号等は,いずれも別紙図面2記載のものである。)の①地点まで進行させた時点において,被害車両はfile_46.jpg地点を進行しており,被告人車両が①地点から2.1メートルの②地点まで進行させた時点においては,被害車両は,file_47.jpg地点まで進行していたことになるところ,被害者は,file_48.jpg地点からfile_49.jpg地点までの約10.3メートルを時速約30ないし40キロメートルで進行しているので,その間を0.92ないし1.23秒で進行したことになり,他方,被告人車両は,①地点から②地点までの2.1メートルを進行しているので,時速約6ないし8キロメートルで進行したことになる。

そして,被害者は,file_50.jpg地点からfile_51.jpg地点までを時速約30ないし40キロメートルで走行しているので,その停止距離は,約10ないし22.8メートルとなるが,①地点とfile_52.jpg地点との距離は約31.5メートル,②地点とfile_53.jpg地点との距離は,約22.2メートルであるから,被害者がfile_54.jpg地点で急制動の措置を講じても,②地点の被告人車両と衝突する危険性が極めて高いことになる。

しかも,被告人車両が①地点から②地点まで進行すると,本件道路において被告人車両の右前角が第3車線に入っているところ,被害者は,北西道路の第②車線を進行し,本件道路の第3車線に進行しようとしていたのであるから,被告人車両が②地点に進出することは,被害者の進路妨害に当たることは明白である。

なお,被害者が被告人車両と衝突を回避する方法としては,急制動以外にハンドル操作も考えられるが,急な車線変更は被害車両とほかの後続車との接触や転倒の危険があるのであるから,被害者としては急制動の措置を余儀なくさせられたものである。

以上のとおり,被告人は,被害車両が急制動の措置を講じても衝突する危険性の高いfile_55.jpg地点を進行している時点で,①地点から,被害車両の進路を妨害する②地点まで被告人車両を発進させ,その結果,被害者をして,急制動の措置を講じることを余儀なくさせたものであることは明白であるところ,かかる状況下において本件事故を予見して回避することは可能であったのであるから,被告人が右後方から北西道路を南進してくる車両の有無およびその安全を確認することなく発進した過失が認められることは明らかである。

② 当裁判所の判断は,そもそも被害者の公判供述の信用性は合理的疑いを容れる余地があるというものであるが,仮に事実経過が,明らかに不合理な部分を除き被害者の公判供述どおりだとしても,以下に記載のとおり,上記検察官主張の注意義務違反を認めることはできず,結果的に,被害者の公判供述を前提とした場合,検察官の主張それ自体失当であったといわざるを得ない。

i まず,検察官は,①の地点を被告人が発進した過失を述べているが,これは明らかなとおり,①の地点は被害者が動いている被告人車両を発見した地点であり,被告人が①の地点を発進したわけではない。

ii 仮に,その点は発進と進行の記載を誤っただけとしても,①から②に進行しただけでは,進路妨害とまでは認められず,注意義務違反とはいえない。

すなわち,検察官主張のとおり,②の地点は,本件道路の第3車線部分に該当する部分にさしかかっていた可能性が高い。

しかし,この部分は交差点内であり,路面に車線の表示はない(弁護人請求16号証参照)。検察官は,検察官請求甲4号証実況見分調書添付図面と弁護人請求20号証添付の原図と照合しているようであるが,同原図は,本件道路上の車線の北側の開始位置が誤っているなど正確でない部分もあり,特に車線の照合には不向きである。したがって,②の位置が,明白に第3車線部分にさしかかっていたとまでは断定できない。

そして,そもそも被告人の①から②までの移動は,あえて言うならば道路交通法26条の2の,進路の変更と同様に考えるのが適当と考えられるところ,この場合,その変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度または方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは,車線を変更してはならないとされている。

そして,検察官が上記車線変更による進路妨害であると主張するのであれば,②の地点が第3車線にさしかかっているかどうか,また,それが車線の右側を進行していたという被害者車両と同一の進路といえるかについては,検察官が立証すべきであるはずなのに,これを立証していない。

仮に,②の地点が第3車線内であったとしても,その位置は車線東側ということができるところ,被害者は,第②車線の右端である西側を走行し,第3車線の右端めがけて走行していたのであるから,第②車線から第3車線に向けて進行することが許されていたとしても,被告人車両が②の部分からさらに進行しない限り,進路妨害にはならないと思われる。実際に,本件では,転倒した被害車両は転倒によりほとんど進路を変えていないのに,被告人車両に何ら接触していない。

ところで,そもそも,弁護人請求14号証や,同16号証を見る限り,北西車線第②車線に対応する本件道路の車線は第4車線であり,第3車線ではない。したがって,被害者が第②車線から第3車線に向かって走行していたこと自体,車線を維持して走行していたとは思えない。ウインカーも付けずにこのような進路をとることは,道路の通行方法としては間違っている。

iii また,前記検察官主張事実の前提となる被害者供述のとおり,被告人車両は②で一瞬停止した,被害者も,①から②に向かって進行してくる被告人車両をみて,危険を感じて一旦アクセルを緩めたものの,その後,停車すると思って加速したというのであれば,それ自体は急制動ないし急転把の必要のある危険な行為であったとはいえないし,この行為が,事件に直接的な影響を及ぼしたとはいえない。

そうすると,①から②に進行し,その帰結として,被害者に急制動の措置を講じることを余儀なくさせたものとは認めることはできず,被告人の注意義務違反を認定することはできないというべきである。

iv むしろ,被害者の公判供述という前提事実の下,被告人の注意義務違反を論じるのであれば,検察官の設定する訴因の点からは若干の問題点があるものの,②の地点から急発進して③に向けて若干進行した点を問題とすべきである。

(ただし,この場合でも,②,③の位置が本件車線でどの位置にあるのか明かではないから,進路妨害それ自体に当たると明確にはいえない。また,前記のとおり,少なくとも,急発進という前提にはかなり無理がある点は重ねて指摘しておく。)

しかし,そのような前提でも,被告人に過失を認めることは困難である。

なぜなら,前記事実によれば,被告人が①の地点で進行しているのを見て,危険を感じて被害者はアクセルを緩めたというのであるが,通常の人間の反応速度から見て,アクセルを実際に緩め始めるのが,目撃から0.6秒~0.8秒後であり,そのときには被告人は②直前にいて,被害者が減速したのを目撃した可能性がある。そのような状態にあった場合,車両の運転者とすれば,逆に相手方が停車するものと信頼,期待して進行を開始することは十分にあり得ることであり,このような場合,これが必ず注意義務違反になるということはできない。

このように,被害者の供述等を前提とし,②の地点を発進した時点をとらえても,被告人に注意義務違反を認めることができないといえる。

③ 最後に,本件の事実関係が,被害者の実況見分時における指示説明どおりであった場合においても,被告人及び被害者双方の速度と位置関係等からみて,雨天であることを考慮しても,被害者としては適切にハンドルを切ったり,ブレーキをかけるなどして悠々と衝突を回避できたと思われるから,被告人の発進,進行に過失があったということはできないと判断できる。

第3第2事実について

1  この点について,前記証拠上明らかに認められる事実および信用できる被告人供述その他関係各証拠によれば,本件事故は,被告人が被告人車両の運転を開始し,停止していたところ,その動向に気をとられた被害者が,雨天に誤って急ブレーキをかけ,二輪車もろとも転倒し,傷害を負った,事故後,被害者は,被告人に対して手招きしたが,被告人は,自分も関与しているのではないかと分かりつつ,その現場から去ったというものである。

そして,二輪車が転倒したという状況それ自体から見て,被告人は,被害者がけがをしているであろうことは認識していたものと認められる。

2  ところで,いわゆる道路交通法上の救護義務や報告義務は,交通事故の当事者に対し,その過失の有無を問わず課せられるものである。非接触事故の場合でも,事故に何らかの影響を及ぼしている限り,交通事故にならない訳ではないし,自動車を停止している時の事故で,運転者に事故についての注意義務違反がない場合でも,これらの義務が免除されるものではない。

また,本件の事故後,被害者が手招きしたという行動や,警察から被告人に最初に連絡がいった時の被告人の受け答えからみて,被告人が交通事故を起こしたことの認識があったことは明らかであり,これは被告人自身が認めている。

3  したがって,公訴事実第2について,弁護人の主張は理由がないというべきである。

(法令の適用)

罰条

救護義務違反の点  平成19年法律第90号附則12条により同法による改正前の道路交通法117条,72条1項前段

報告義務違反の点  同法119条1項10号,72条1項後段

科刑上一罪の処理(観念的競合)  刑法54条1項前段,10条(重い救護義務違反の罪の刑で処断)

刑種の選択  罰金刑選択

労役場留置  刑法18条

執行猶予  刑法25条1項

訴訟費用  刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

(量刑の理由)

本件で有罪となった事実は,被告人が,交通事故を起こして被害者に傷害を負わせたのに,救護義務や報告義務を尽くすことなく逃走したという事案であり,自動車運転者として非常に無責任な行為で,あってはならないことである。被害者の怪我も全治約34日間を要する右大腿部挫傷等の傷害と軽くはなかったのであって,その点からも反省を要するものである。

しかしながら,そもそも上記認定のとおり,その交通事故は,被告人車両が停車中に,被害者が被告人車両に気をとられてタイヤをロックさせて転倒したというもので,被告人に過失は認められないし,交通事故といっても,雨天に平坦地で2輪車が自ら転倒・滑走した事故であって,被告人車両と接触もしていない。後続車等に衝突等しない限り被害者に生命に危険が生じるようなものではなく,被害者はその日の内に実況見分に立ち会うなどしている。

さらに,偶然とはいえ,本件事故は警察官が目撃しており,事件の覚知が遅れたわけでもない。

加えて,被告人自身,けが人の保護をせずに現場から離れた点を反省していること,被告人の妻が監督を誓っていることなど,被告人のために酌むべき事情が認められる。

さらに,本件の審理の経過,法改正前の事件であること,交通事故について過失がない上,事故の態様から見て交通事故の確定的な認識はなかったと思われることなど,諸般の事情を考慮し,主文のとおりの刑に処することにした。

(求刑 懲役10月)

(裁判官 赤坂宏一)

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