大阪地方裁判所 平成18年(レ)46号 判決 2006年8月30日
平成18年(レ)第46号,同第84号 損害賠償請求控訴事件,同附帯控訴事件
(原審・佐野簡易裁判所平成17年(ハ)第88号)
大阪市●●●
控訴人(附帯被控訴人)
ライズこと
植松●●●(以下「控訴人植松」という。)
大阪府●●●
控訴人(附帯被控訴人)
関西信用保証こと
濵本●●●(以下「控訴人濵本」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士
●●●
大阪府●●●
被控訴人(附帯控訴人)
●●●(以下「被控訴人」という。)
同訴訟代理人弁護士
木村達也
同
浦川義輝
同
片山文雄
同
松尾善紀
同
中村正彦
同
上将倫
同
岡本慎一
主文
1 控訴人植松の本件控訴を棄却する。
2 控訴人濵本の取引履歴不開示にかかる不法行為に基づく損害賠償請求部分についての控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1)控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して,48万2320円及びこれに対する平成17年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人植松は,被控訴人に対し,5万円及びこれに対する平成17年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
3 控訴人濵本のその余の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第1,2審を通じこれを4分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人らの負担とする。
5 この判決は,第2(1),(2)項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
(1)本件控訴を棄却する。
(2)控訴費用は控訴人らの負担とする。
3 附帯控訴の趣旨(なお,被控訴人は,当審で,控訴人植松に対する遅延損害金請求につき,請求を減縮した。)
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して,66万2320円及びこれに対する平成17年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は第1,2審とも控訴人らの負担とする。
(4)仮執行宣言
4 附帯控訴の趣旨に対する答弁
(1)本件附帯控訴を棄却する。
(2)附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
5 被控訴人の当審における予備的請求の趣旨(主位的請求は,上記3(2)の請求のうち,被控訴人が控訴人らに対し,連帯して39万2320円及びこれに対する平成17年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求である。)
控訴人らは,被控訴人に対し,連帯して,39万2320円及びこれに対する平成18年6月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人の当審における予備的請求の趣旨に対する答弁
被控訴人の当審における予備的請求を棄却する。
第2事案の概要
本件は,被控訴人が,控訴人らに対し,被控訴人と控訴人植松との間の金銭消費貸借契約及び被控訴人と控訴人濵本との間の保証委託契約について,① 控訴人らが,被控訴人から,利息及び保証料の名目で,実質的に出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」と略称する。)による制限金利をはるかに超過する暴利を得たこと,② 控訴人らが,被控訴人に対し,強圧的な取立行為を行ったこと,③ 控訴人植松が,被控訴人の取引履歴開示請求に応じなかったことが,いずれも不法行為に当たるとして,損害賠償(控訴人植松に対しては平成17年4月26日,控訴人濵本に対しては同年5月29日から〔いずれも訴状送達の日の翌日である。〕,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)の支払を求めた事案である。
これに対し,原判決は,被控訴人の請求のうちの一部(44万1364円及びこれに対する平成17年5月29日から支払済みまでの遅延損害金)を認容し,その余の請求を棄却したため,控訴人らがこの認容部分を不服として控訴し,被控訴人がこの棄却部分を不服として附帯控訴した。
なお,被控訴人は,当審において,上記請求のうち,①の不法行為に基づく損害賠償請求(請求元本39万2320円)について,これを主位的請求とし,予備的に,不当利得返還請求(前記第1の5)を追加した。
また,被控訴人は,原審では,上記のとおり,控訴人らに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金を請求していたところ,当審において,控訴人植松との関係においては,遅延損害金の起算点を平成17年5月29日とする旨請求を減縮したものである。
第3基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
1 被控訴人は,●●●の男性であり,平成16年当時,清掃業に従事し,約60万円の年収を得ていたが,貸金業者5社に対し総額約200万円の借受金債務を負う多重債務者であった(原審における被控訴人本人)。
2 控訴人植松は,「ライズ」という商号により貸金業を営む個人であり,控訴人濵本は,「関西信用保証」という商号により信用保証業を営む個人である。
被控訴人植松は,「他社15件までの方,優遇,その他の条件なし」などという内容の広告をスポーツ新聞等に掲載するなどして,主に多重債務者らを対象として貸付けを行っていた(甲4,弁論の全趣旨)。
3 控訴人植松は,平成16年1月20日(以下,同年については年の記載を省略する。),肩書地の同控訴人方店舗において,被控訴人との間で,下記内容の金銭消費貸借契約を締結した。
貸付金額 3万5000円
利息 年29.2%
支払期日 平成16年1月27日
4 被控訴人は,1月20日,控訴人濵本との間で,上記借受金債務について,同控訴人に保証を委託する旨の保証委託契約を締結した。
5 控訴人植松は,上記貸付金を被控訴人に交付する際,控訴人濵本の保証料名目で6300円を差し引き2万8700円を渡した。また,控訴人植松は,「うちは1週間単位でやっているから。」と被控訴人に言い,1週間後に返済に来るようにと告げた。
6 同月27日,被控訴人は支払のため控訴人植松の店舗に行き,全額の返済は無理であると言ったところ,「利息と保証料だけ持ってくればよい。」との説明を受けた。そこで,被控訴人は,当日までの利息420円及び保証料6300円を支払い,再度,貸付条件は前回と同様で次回返済期日が2月3日と書き込まれた金額3万5000円の借用証書に署名押印を求められて署名押印した。
7 その後,被控訴人は,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおり,11月29日に至るまでに計36回,ほぼ1週間ごとに借換えのため控訴人植松の店舗に通い,借用証書に署名押印を求められて署名押印すると,控訴人植松は,貸付金の利息とともに,控訴人濵本に対する保証委託契約に基づく保証料を被控訴人から受領し,控訴人植松名義の借用書及び利息の領収書並びに控訴人濵本名義の保証料の領収証を被控訴人に渡していた。
なお,被控訴人は,6月8日に5万円,7月30日には7万円と金銭消費貸借契約の金額を変更しているが,借入れの実態は上記と同様であり,その取引経過の詳細は,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおりである(以下,これらの貸付けを総称して「本件貸付け」,利息及び保証料の支払を含めて「本件取引」といい,被控訴人の支払った保証料を総称して「本件保証料」という。)。
8 被控訴人は,12月28日付けで,控訴人植松に対し取引履歴の開示を請求したが,同控訴人はこれに応じなかった(以下「本件不開示」という。)。
9 被控訴人は,平成17年4月14日,控訴人らに対する本件訴えを提起したところ,控訴人らは,同年6月16日付けの準備書面において,被控訴人と控訴人植松間の取引内容は添付の取引経過表のとおりであると主張し,原審被控訴人代理人は同書面を同月17日に受領した。
その後,誤記の訂正や当事者間における協議を経て,本件取引の経過は,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおりであることを当事者双方が認め,被控訴人は,同年11月7日付けの訴えの変更(請求の減縮)申立書により,請求額を当初の68万0800円から66万2320円へと減縮した(顕著な事実)。
第4争点
1 被控訴人と控訴人らとの間の本件取引が不法行為となるか。
2 控訴人らの被控訴人に対する取立行為が不法行為となるか。
3 本件不開示が不法行為となるか。
4 損害の有無及び額
5 控訴人植松が被控訴人に交付した4万1080円又は額面上の貸付元金7万円は,被控訴人の損害から控除されるべきか否か。
6 不当利得返還請求の可否(上記1の請求の予備的請求)
第5当事者の主張
1 争点1について
(被控訴人の主張)
(1)控訴人植松は,多重債務者を対象として「他社15件までの方,優遇,その他の条件なし」などという内容の広告を掲載し,被控訴人に対し,1月20日から利息制限法所定の利息を大幅に超える年29.2%の高利で融資を行っていた。
(2)この貸付けは,控訴人濵本の保証を受けることが条件となっており,保証料は,控訴人植松が,貸付けの際に,控訴人濵本に代わって被控訴人から受領していた。
(3)また,この貸付けは,返済期日が7日後に設定され,1週間単位で借換えを繰り返す方法で行われており,控訴人植松は,この1週間ごとの借換えのたびに,利息とともに保証料を被控訴人から受領し,控訴人濵本名義の領収証を交付していた。
(4)控訴人濵本の保証料は,1週間ごとに,3万5000円の貸付けの場合には6300円,7万円の貸付けの場合には1万2600円となっており,金利として計算すると1週間で18%,年利に換算すると約938%もの超高金利となる。現在保証料の上限金利は法定されていないが,このような異常な高利率は,社会通念上許容される範囲を著しく逸脱するものであり,形式上保証委託契約を締結していたとしても,正常な取引と評価できるものではない。
また,出資法5条7項にいうみなし利息は,① およそ当該貸付行為に関連して貸主が受領する金銭の一切をいい,② 実質的に貸主の所得に帰すべきものであるか否かは問わず,③ 当該費用が借主・貸主のいずれが負担すべきものであるかを問わないものであるから,本件の保証料がかかるみなし利息に当たることは明らかである。
さらに,上記利息及び保証料名義の利息を合わせると年約967%に上る。
(5)被控訴人と控訴人らとの間で授受された金額は,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおりであり,被控訴人が控訴人植松から実際に受け取った金額は4万1080円のみであるのに対し,約1年間に被控訴人が控訴人らに支払った金額は39万2320円と約9.55倍にも及ぶものであって,控訴人らがいかに異常な暴利を貪っていたかを証明するものである。
(6)さらに,控訴人植松は,控訴人濵本の保証料名目の暴利の受領を代行し,領収証も交付するなど,控訴人植松と控訴人濵本とは密接な協力関係にあったことは明らかであり,両者の行為が相伴うことによって,被控訴人から暴利を搾取してきたのである。
(7)控訴人植松と控訴人濵本との人的・経済的関係が不明であるとしても,控訴人植松は,控訴人濵本の保証料が年利に換算すると938%に上ることを熟知しながら被控訴人から取り立てていたのであり,また,控訴人濵本は,控訴人植松が出資法上限金利の年利29.2%の高利で貸しているのを知りながら,さらに保証料名目の金員を控訴人植松が被控訴人から取り立てるのに加担していたのであるから,控訴人らが互いに別個独立した業務を行っていたとは到底考えることはできず,控訴人らの行為が相伴うことにより共同して被控訴人より年利967%にも上る暴利を搾取していたといえる。すなわち,控訴人らの出資法違反の暴利行為は,刑事罰に相当する行為であるとともに,公序良俗にも著しく違反し,被控訴人に対する共同不法行為に該当する。
(控訴人らの主張)
(1)控訴人濵本は,控訴人植松とは法的にも経済的にも独立の実体のある存在で,控訴人濵本は個人で営む保証業者であり,控訴人植松の顧客のみのために保証業務を行っているわけではなく,他の貸金業者のためにも保証業務を行っている。
(2)控訴人濵本は,控訴人植松の顧客のために保証業務を行う際,顧客の審査,保証委託契約書の作成,保証料の徴収等の事務を控訴人植松に委託していたが,それは,このような営業形態をとることが合理的であったからであり,企業者の自由に決定すべき事項であって,公序良俗違反には当たらず,不法行為ともならない。
(3)また,本件においては過酷な取立行為は一切行われていないし,控訴人植松が被控訴人に対し借入れを強制したこともない。
むしろ,被控訴人は,既に多額の借入れをしており容易に新たな借入れをすることができない状況にありながら,控訴人植松に対し借入残高及び収入について虚偽の事実を申告して,具体的な返済の目処も立たないまま本件借入れの申込みを行っており,かかる被控訴人を保護すべき必要性はない。
2 争点2について
(被控訴人の主張)
被控訴人は,控訴人らに対する高利の利息・保証料の支払が困難となり,12月3日の支払が遅れていたところ,同月20日午後8時ころ,控訴人植松の取立部門である控訴人濵本の被用者である石川●●●(以下「石川」という。)が被控訴人宅へ取立てにきた。その際,近所に響き渡るような大声で被控訴人に怒鳴るなどしたため,たまらず110番へ通報し警察を呼ぶまでに至った。パトカーにより警察官2名が来て,午後9時ころまで押し問答をした末,何とか石川は帰ったが,被控訴人は,石川の暴言に耐えきれず手元にあった2万円をその場で払わされ,その後の支払も無理矢理約束させられ,恐怖のため,同月24日ころ,石川がメモした控訴人濵本の銀行口座へ2万円を振り込んだ。石川によるこれらの取立行為は,被控訴人を畏怖・困惑させるものであり,通常の取立ての範囲を逸脱したものであるから,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」と略称する。)に明らかに違反し,刑事罰に相当する不法行為である。
(控訴人らの主張)
控訴人濵本が被控訴人宅へ取立てに行ったのは,同月10日と20日の2回であり,10日に被控訴人宅前の路上で被控訴人に対し支払の請求をしたところ「今日は払えない。」と言われ押し問答になり,被控訴人が警察官を呼び,被控訴人の息子も交えて話し合った結果,「20日なら払える。」とのことだったので,メモ(甲7)を被控訴人に渡して,同メモ記載の銀行口座に振り込んでくれるよう依頼して帰った。ところが,同月20日に振り込みがなかったので,同日夜再び被控訴人方に赴いたところ,「全額は払えない,2万円だけなら払える。」というので2万円を受け取った。その後残金をどうするかで押し問答となり,被控訴人が再び警察官を呼び,そのとりなしもあって,残金を口座に振り込んでくれるよう依頼して帰ったところ,同月24日ころ残金の一部に当たる2万円の振り込みがあったに過ぎないものである。
3 争点3について
(被控訴人の主張)
大阪高裁平成16年12月15日判決や最高裁平成17年7月19日判決等の判例の見解に従えば,控訴人植松は,特段の正当な理由もなく被控訴人の取引履歴の開示要求に応じず,被控訴人の債務整理をいたずらに遅延させ,不安な生活を余儀なくさせたのであるから,本件不開示は,不法行為に該当する。
控訴人らは,取引履歴の開示請求から訴訟提起まで3か月余りしかないと指摘するが,控訴人植松は確信犯的に本件不開示を行ったものであって,その後,時間が経過していたとしても訴訟を提起しなければ自主的に取引履歴を開示することはなかったものであること,取引履歴を開示することは容易であり短時間で行えることからすれば,控訴人らの指摘は当たらない。
(控訴人らの主張)
仮に取引履歴開示義務を債務者に対して負うとしても,本件においては,被控訴人が控訴人植松に対し取引履歴開示要求をしてから本訴が提起されるまでに,わずか3か月余りが経過したに過ぎず,取引履歴の開示には通常2,3か月かかることからすれば,特段の遅れは生じておらず,被控訴人に損害は発生していない。
4 争点4について
(被控訴人の主張)
(1)財産的損害 39万2320円
被控訴人が,控訴人らに交付した金員全額が被控訴人の損害である。
(2)精神的損害
控訴人らの違法な本件取引により,被控訴人は約1年間にわたる過酷な高金利の支払を余儀なくされ,生活に困窮し,精神的にも疲弊した。
また,控訴人植松の取立部門である控訴人濵本による違法な取立行為及び控訴人植松による本件不開示によっても,精神的苦痛を被った。
これらの被控訴人が受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は,20万円を下らない。
(3)司法書士費用
被控訴人は,やむなく司法書士に対し原審における本訴の訴訟遂行を委任したものであり,その費用7万円については,控訴人らが負担するのが相当である。
(控訴人らの主張)
否認ないし不知。
5 争点5について
(控訴人らの主張)
(1)被控訴人が現実に控訴人植松から持ち帰った金額は4万1080円であるが,そのほかに2万8920円が,別紙金銭授受表記載のとおり,本来であれば被控訴人が持参した現金で支払うべき利息及び保証料の支払に充てられているので,被控訴人が実際に運用することのできた金額は7万円と解すべきである。
(2)控訴人植松が被控訴人に交付した金員は不法原因給付に該当するから被控訴人に返還義務はないとの主張は,争う。それは債務者丸取りの余りにうますぎる事態を招来し,まさに公序良俗に反する結果となる。
(3)また,仮に不法原因給付に当たり返還義務がないとしても,不法行為に基づく損害賠償は,当該不法行為がなければあったはずの状態に戻すことが目的であるから,損害賠償請求に際しては控除されなければならない。
(被控訴人の主張)
控訴人らの被控訴人に対する貸付けの実態は,前記1の被控訴人の主張のとおりであり,控訴人植松による貸付けは,控訴人濵本とともに,それを呼び水にして被控訴人から保証料名目の法外な超高金利の金員を受領することを目的とするもので,金銭消費貸借契約に名を借りた悪質な違法行為の手段に過ぎず,不法行為に該当し,法律上の保護を受けるに値しないものである。
しかるに,不法行為に基づく損害から損益相殺として債務者が受け取った金銭に相当する金額を控除すると,結局,ヤミ金融業者が「撒き餌」を回収したのと同様の経済的効果が生じることとなり,法は不法に手を貸さないとした民法708条の趣旨に反することとなる。
また,札幌高裁平成17年2月23日判決も「出資法の罰則に明らかに該当する行為については,もはや,金銭消費貸借契約という法律構成をすること自体が相当ではなく,被控訴人(貸金業者)が支出した貸金についても,それは貸金に名を借りた違法行為の手段に過ぎず,民法上の保護に値する財産的価値の移転があったと評価することは相当ではない。」,「被控訴人(貸主)から控訴人(借主)に交付された金員については,実体法上保護に値しないのみならず,訴訟法上の観点から見ても,被控訴人に利益になるように評価することが許されないものというべきである。このことは,たとえば,通常の取引における債権者の不注意に基づく過失相殺の主張が許されても,当該取引が債務者の詐欺や強迫による場合には,当の欺罔行為者又は強迫行為者である債務者からの過失相殺の主張を許さないものとすることと同様に,法の実現の場面における各行為や主張の評価として民法及び民事訴訟法の前提となっているものと解することができる(民法1条,91条,民事訴訟法2条)。」として借主が受け取った金額を損害から控除しなかった。
したがって,被控訴人が控訴人らに交付した金員の全額39万2320円が,控訴人らの不法行為により被控訴人が被った損害となり,控訴人植松が被控訴人に対し交付した金員は損害から控除すべきではない。
6 争点6について
(被控訴人の主張)
貸金業法42条の2は,貸金業を営む者が年109.5%を超える割合による利息の契約をしたときは,消費貸借契約自体が無効となる旨を定めているところ,本件貸付けの名目上の利息は年29.2%であるが,実質的には,出資法の規制を潜脱して年938%もの利息を徴収しているのであるから,本件貸付けは,利息の約定のみならず金銭消費貸借契約全体が無効である。
よって,控訴人らは,被控訴人に対し,不当利得に基づき,連帯して被控訴人が控訴人らに対し交付した金員の総額39万2320円を返還しなければならない。
なお,不当利得による返還請求においては,損益相殺は問題とならない。
(控訴人らの主張)
前記1の控訴人らの主張(3)で主張したとおり,貸付けの過程において借主の自由な意思決定を不当に阻害するような状況になく,他方で被控訴人に保護価値の見られない本件において,金銭消費貸借契約自体を公序良俗に反するものとして無効とすることは,モラルハザードを招くものであり,かえって公序良俗に反する。
仮に本件保証料が利息にみなされるべきものであるとしても,みなし利息とこれに基づく引き直し計算をすれば救済措置として十分であり,これによれば,控訴人らの被控訴人に対する不当利得返還義務は,多くとも35万0929円を超えない。
第6当裁判所の判断
1 前提となる事実
前記第3の基礎となる事実,証拠(甲1ないし4〔枝番含む〕,7,9,乙1ないし30,32,33,原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1)本件取引の経緯
ア 被控訴人は,収入が少なく,生活費に窮したため,新聞広告を見て,1月20日,控訴人植松の営業所を訪れ,借入れを申し込んだところ,従業員から借入申込書(乙32)に記入を求められた。その際,被控訴人は,上記申込みに応じてもらうため,事実ではなかったが,年収額欄に150万円と記入し,負債欄には3社に対し総額50万円の残債務を負っている旨記載した。
控訴人植松ないしその従業員は,被控訴人に対し,3万5000円なら貸し出せること,返済期限は1週間後であることを告げたところ,被控訴人は,これを了承し,貸主を控訴人植松とする借用証書及び控訴人濵本に保証を委託する旨の保証委託申込書兼契約書に署名,押印等をした。そして,控訴人植松ないしその従業員は,被控訴人に対し,保証料として6300円を差し引く旨告げた上,2万8700円と,借用証書の控え(甲2の1)及び控訴人濵本名義の保証料についての領収証(甲1の1)を交付した。
イ 同月27日,被控訴人は,控訴人植松の営業所を訪れ,前記アの貸付けについて,全額返済はできない旨告げたところ,控訴人植松ないしその従業員は,被控訴人に書換えであると告げた上で,前記アの貸付けを新規貸付けに切り替える形で処理することとした。
すなわち,同日付けで被控訴人に新たに3万5000円を貸し付けた上,これを直ちに前記アの貸金元金に充当したこととし,また,被控訴人から同人が持参した6720円を受け取り,うち420円を前記アの貸金の利息として,うち6300円を上記新規貸付けについての控訴人濵本に対する保証料として,それぞれ充てたこととし,かかる形態に合わせて,被控訴人に,控訴人植松に対する借用証書及び控訴人濵本に対する保証委託申込書兼契約書の署名,押印等をさせ,新規貸付けに係る借用証書の控え(甲2の2)及び控訴人濵本名義の保証料についての領収証(甲1の2)を交付した。
ウ 控訴人植松は,その後,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおり,2月3日から5月26日までの間,およそ7日おきで計16回にわたり,同人の営業所を訪れた被控訴人に対し,前記イ同様に,次々に新規貸付けに切り替える形で貸付けを継続し,被控訴人から,貸金の利息として420円,控訴人濵本に対する保証料として6300円をそれぞれ受け取った。
エ 6月8日,被控訴人は,利息及び保証料を用意することができないまま控訴人植松の営業所を訪れたところ,同日の貸付金額を5万円に増額した上,うち3万5000円を前回の貸金元本として,うち420円を前回の貸金の利息として,うち9000円を同日の新規貸付けについての控訴人濵本に対する保証料として,それぞれ充当し,残額の5580円を被控訴人に対し交付するという形で処理されることとなった。
同月16日,控訴人植松は,前記イ及びウと同様の形式により,上記貸付けを新規貸付けに切り替え,被控訴人から,利息として600円,控訴人濵本に対する保証料として9000円をそれぞれ受領した。
オ 7月30日,被控訴人は,再び利息及び保証料を用意することができないまま控訴人植松の営業所を訪れたことから,前記エ同様,同日の貸付金額を7万円に増額した上,うち5万円を前回の貸金元本として,うち600円を前回の貸金の利息として,うち1万2600円を同日の新規貸付けについての控訴人濵本に対する保証料として,それぞれ充当し,残額の6800円を被控訴人に対し交付するという形で処理されることとなった。
カ 控訴人植松は,その後も,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおり,8月5日から11月29日までの間,およそ7日おきで計17回にわたり,同人の営業所を訪れた被控訴人に対し,前記イ及びウ同様に,次々に新規貸付けに切り替える形で貸付けを継続し,被控訴人から,貸金の利息として840円,控訴人濵本に対する保証料として1万2600円をそれぞれ受け取った。
(2)12月20日の取立て(以下「本件取立て」という。)の経緯等
ア 被控訴人は,11月29日付けの貸付けの返済日であった12月3日には,利息及び保証料を用意できなかったため,控訴人植松の営業所へ支払に行かなかった。そこで,被控訴人は,そのころ,控訴人植松の営業所に架電し,事情を説明したところ,同控訴人ないしその従業員から,さらに1週間後に支払に来るよう指示を受けた。
イ しかし,被控訴人は,12月10日に控訴人植松の営業所へ行かなかったところ,同月20日午後8時ころ,控訴人濵本の被用者である石川が,被控訴人の不在中に被控訴人宅を訪れ,応対に出た被控訴人の息子に対し,大きな声で返済を求めるなどしたため,同人は110番通報し,警察官の出動を要請した。
このころ被控訴人が帰宅したところ,石川は,被控訴人に対し,「ライズや。集金に来たんや。」と名乗った上で,「金あるんやったら出せや。」,「返さんかい。」,「払う気あんのか。」等と大きな声で申し向け,返済を求めたため,被控訴人は,近所迷惑になることもあって,石川に対し2万円を支払った。
被控訴人が帰宅後間もなくして,警察官2名がパトカーにより訪れ,石川及び被控訴人から事情を聴取したが,警察官らは,被控訴人に対し,「借りてるのやったら,払わなあかんよ。」と述べたのみで引き揚げた。
石川は,その後も被控訴人と押し問答をした後,被控訴人方を立ち去った。
なお,石川は,かかる取立ての間に,「関西信用保証の石川である。」とも名乗っていた。
ウ 石川は,同日ころ,被控訴人に対し,控訴人濵本名義の銀行預金口座の口座番号を記したメモ(甲7)を手渡し,同口座に7万円を振り込んで支払うよう指示したことから,被控訴人は,石川の指示に従い,同月24日ころ,上記メモに記載された控訴人濵本名義の銀行預金口座へ2万円を振り込んだ。
エ その後,被控訴人は,多重債務のため,支払ができなくなったことから,司法書士に相談し,司法書士から本件取引における利息や保証料等の説明を受けて,ようやく本件取引の内容,実態等を理解した。
2 争点1について
(1)本件保証料のみなし利息該当性について
被控訴人は,本件保証料は,出資法5条7項のみなし利息に当たる旨主張する。
そこでこの点を検討するに,前記第3の3ないし7及び前記1(1),(2)の事実によれば,本件取引の実態は以下のとおりであったと認められる。
① 控訴人植松は,被控訴人に対し金員を貸し付けるに当たり,控訴人濵本の保証をつけること及び貸付期間を1週間とすることを条件としており,返済期日に返済できない場合は,新規貸付けに切り替える形をとり,その都度それまでの利息に加えて上記保証に係る保証料という名目で本件保証料を徴収していた。
② 本件取引において,控訴人植松は,新規貸付けに切り替えるに際し,6月8日及び7月30日を除いて,被控訴人に対し新たに金銭を交付することはなく,他方で被控訴人においても,約定に従った場合に貸付元本額を実質的に減少させるに足りる額の返済を行ったことはなく,専ら控訴人植松が利息及び新規貸付けに係る保証料を受領し,かかる新規貸付けの体裁を整えるために書類を作成させるのみであった。また,上記両日においても,被控訴人が同日に支払うべきであるとされていた利息及び保証料を用意できなかったことから,その支払資金を捻出するため,貸付元本額を増額することにより従前の契約を継続させたに過ぎないものである。
③ 被控訴人植松は,出資法5条4項において,同条2項の制限利率(上限年29.2%)の適用については,貸付けの期間が15日未満であるときは,これを15日として利息を計算する旨定められていることを利用して,新規貸付けに切り替えるたびに,貸付期間を原則7日間(但し,切替えが遅れた場合には,遅れた日数分新規貸付けの貸付期間が短縮されるなどしている。)とし,毎回年29.2%の15日分(1.2%)に当たる利息を徴収していた。
④ 控訴人濵本は,本件保証料の算定方法については,保証委託申込書兼契約書(乙33)において,委託額に対し控訴人濵本所定の利率・方法により計算された額とする旨の特約を定めるのみであり,しかも,同特約を含む上記契約書に記載された契約条項は,特に被控訴人のような高齢者にとってはとても読めないような極めて小さな文字が使用されていた。その上,同控訴人ないし控訴人植松が,保証の意義及び本件保証料の算定根拠等,保証委託契約の内容について具体的に説明したこともなかった。
なお,本件保証料は,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおり,貸付期間にかかわらず,一律額面上の貸付額の18%とされていたことがうかがわれる。
⑤ 控訴人濵本と顧客との間で締結される保証委託契約については,控訴人植松が顧客の審査,保証委託契約書の作成,保証料の徴収等,控訴人植松の貸付けに対する保証業務に係る一切の事務を行っており,控訴人濵本が控訴人植松に事務手続を委託している形になっている。
⑥ 控訴人濵本の被用者である石川は,ライズを名乗って,控訴人植松の被控訴人に対する貸付けについて,本件取立てを行い,その際,控訴人濵本ないし関西信用保証の銀行預金口座へ振り込んで支払う旨指示していることからすれば,控訴人濵本は,控訴人植松の顧客との間で保証委託契約を締結するだけではなく,貸金債権の取立てにも深く関与していることがうかがわれる。
上記①ないし③認定の本件取引全体の経過を総合すれば,本件貸付けにおいては,返済期間を約1週間という極めて短期間とし,返済期間が到来するたびに被控訴人に出資法上の上限金利を支払わせた上で,形式的には,新たな貸付けが行われて同額の返済がされるということが繰り返され,その旨の書面が控訴人植松と被控訴人との間で取り交わされているものの,貸付元本額にほとんど変動がなく,貸付元本額が増加しているものについても,その増加分はその時点における利息や保証料の支払に充てられているに過ぎないことなどから,実質的には,当初の貸付けにおいて約1週間ごとに利息のみを支払うという契約がされた場合と変わらないものというべきであり,一連の本件貸付けは,当初の貸付けが継続して行われた一体のものと評価すべきものといえる。そうすると,上記④認定のとおり,被控訴人は,本件保証料として,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおり,1月20日から11月29日までの約10か月余の間に,38回にわたって,合計34万2000円を支払っているものの,この本件保証料の額は,最終的な名目上の貸付元本額が7万円に過ぎなかったことに照らし,異常といえるほど高額であって,到底通常の保証料であったとは認められない。
以上に加え,上記①,②,⑤及び⑥のとおり,本件貸付けに際しては,控訴人濵本の保証を付けることが条件とされており,同控訴人と顧客との間で保証委託契約が締結されているが,顧客の審査,保証委託契約書の作成,保証料の徴収等,控訴人植松の貸付けに対する保証業務に係る一切の事務を控訴人植松に委託する形をとっており,また,本件貸付けに際しても,控訴人植松が,保証委託契約書を被控訴人に作成させるとともに,被控訴人から保証料を受領し,あるいは被控訴人に交付すべき貸付元本から保証料を天引きしていること,このようにして控訴人植松が被控訴人から受領した保証料を控訴人濵本に対して交付したことを認めるに足りる証拠はないこと,控訴人濵本が控訴人植松に対して代位弁済した形跡はないにもかかわらず,控訴人濵本の被用者である石川が,ライズを名乗って,控訴人植松の被控訴人に対する貸付けについて取立てをしていること,控訴人濵本は,控訴人植松の顧客のみのために保証業務を行っているわけではなく,他の貸金業者のためにも保証業務を行っていると主張しながら,その点について何ら立証していないばかりか,証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人濵本の営業所があるとされる肩書地は,マンションの一室で,女性が居住しており,店舗や事務所としての実態はない等営業実態があるかどうか極めて疑わしいこと等を併せ考慮すると,控訴人植松は,法を潜脱し,極めて密接な関係にある控訴人濵本に保証料を取得させるという形式をとりながら,実際には自らこれを被控訴人から受領する目的で,被控訴人に控訴人濵本に対する保証委託をさせていたということができるから,本件保証料は,「金銭の貸付けを行う者がその貸付けに関し受ける金銭」として,みなし利息(出資法5条7号)に当たるものというべきである。
(2)不法行為の成否について
被控訴人は,控訴人らが出資法ないし貸金業法に反し,被控訴人から利息及び保証料を徴収したことは,公序良俗に反し,不法行為に該当すると主張する。
そこでこの点を検討するに,本件において,前記(1)のとおり保証料がみなし利息に当たることを前提として年利を算定すると,1月20日の貸付けを例にとれば,3万5000円の貸付額に対し,7日間で6720円の利息を取っていたこととなり,実質年利は約1001%にも上るものであると認められ,また,出資法5条4項により,貸付けの期間を15日として利息を計算しても,年利は約467%となるものであるが,かかる利率は,出資法において刑事罰の対象とされる利率である29.2%の約16倍に当たるのみならず,貸金業法42条の2において消費貸借契約自体が無効とされる利率である109.5%に比しても約4倍に当たるものであって,このような貸付けを含む本件取引を被控訴人に対して行わせたことは,一体のものとして公序良俗に反する暴利行為として違法であるというほかないというべきである。
そして,前記(1)で認定した控訴人植松と控訴人濵本との関係等にかんがみれば,控訴人らは,共同して,出資法ないし貸金業法を潜脱し,暴利を得る目的で,被控訴人が多重債務者で生活費に窮していた上,高齢であることもあって無思慮で危険性に対する認識を著しく欠いていることに付け込み,しかも,被控訴人に詳しい説明をしないどころか,保証委託申込書兼契約書記載の特約条項は,高齢者にとってはとても読めないような殊更小さな文字を使用するなどの策を弄して,控訴人植松の貸付けのたびに控訴人濵本との間で保証委託契約を締結させ,保証料を支払わせるという形式を利用し,被控訴人に本件取引を行わせたものと認められる。
以上からすれば,控訴人らが,被控訴人に対し本件貸付けを行うことにより,被控訴人に利息,保証料等の金員を交付させた一連の行為は,共同不法行為に当たるものと認められる。
なお,控訴人らは,被控訴人が,本件貸付けを受けるに際し,年収や他社からの借入額について,虚偽の事実を申告したことをもって,不法行為による保護に値しないなどとるる主張するが,被控訴人のかかる行為によって,控訴人らの行為の違法性が否定されるものではないから,上記認定を左右するものではなく,控訴人らの上記主張は理由がない。
3 争点2について
被控訴人は,本件取立ては,貸金業法における取立行為の規制に反するものであり,不法行為に当たると主張する。
そこでこの点を検討するに,貸金業法21条1項は,貸金業を営む者又は貸金業を営む者の貸付けの契約に基づく債権の取立てについて貸金業を営む者その他の者から委託を受けた者は,貸付けの契約に基づく債権の取立てをするに当たって,人を威迫し又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により,その者を困惑させてはならない旨規定し,同法47条の2では罰則も定められている。
これを本件についてみるに,前記1(2)の事実によれば,本件取立ては,暴力的な手段により行われたとまではいえないものの,夜間に近隣に聞こえるような大声,かつ乱暴な言葉で返済するよう要求しているものであり,これに対応した被控訴人の息子が警察官の出動を要請するに至っていることからすれば,その取立態様は,人の私生活の平穏を害するような言動により,被控訴人を困惑させたものということができ,このことに,前記2のとおり,本件貸付けは貸金業法42条の2により消費貸借契約自体が無効となるものであって,被控訴人は,控訴人らに対し,何らの債務も負っていなかったことや,このことは,前記2(1)及び(2)のとおり,出資法及び貸金業法を潜脱する意思を有して本件貸付けに及んだ控訴人らにおいて当然に認識していたものと推認されることを併せ考慮すると,石川による本件取立ては,不法行為に当たるものというべきである。
そして,前記1(2)及び2(1)⑥の事実によれば,石川は形式上控訴人濵本の被用者であるが(控訴人らはこの点を明らかに争っていない。),本件取立ては,控訴人らが共同して行っていた本件取引による債権の取立てであって,石川は,控訴人らによる直接間接の指揮監督の下,同人らの事業の執行につき上記の不法行為に当たる本件取立てを行ったものというべきであって,控訴人らは,いずれも民法715条の使用者責任に基づき,本件取立てにより被控訴人が被った損害を賠償する責任を負うものというべきである。
4 争点3について
被控訴人は,控訴人植松による本件不開示が不法行為に当たると主張する。
そこでこの点を検討するに,貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,その業務に関する帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負い,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきであるところ(最高裁平成17年7月19日第三小法廷判決・民集59巻6号1783頁参照),本件において,被控訴人の取引履歴の開示要求に上記のような特段の事情があったことはうかがわれず,本件不開示により,被控訴人が本件訴訟を提起するに当たって,被控訴人が所持していた書証だけでは取引内容が明確でない部分があり,それについては,被控訴人の記憶に基づいて取引経過及び金銭の授受額を暫定的に算定した上で請求額を決することを強いられ,請求の減縮を要する事態となったものであるから(前記基礎となる事実9,顕著な事実),控訴人植松による本件不開示は違法性を有し,不法行為を構成するものというべきであり,控訴人植松は,本件不開示によって被控訴人が被った精神的損害を賠償しなければならない。
なお,被控訴人は,控訴人濵本に対しても本件不開示による損害賠償を請求するようであるが,被控訴人が取引履歴の開示を要求した相手方は控訴人植松のみであるところ,同控訴人による本件不開示について控訴人濵本が関与していることを認めるに足りる証拠はないから,同控訴人が本件不開示により被控訴人が被った損害を賠償すべき義務を負うとは認められないというべきである。
5 争点4及び5について
(1)本件貸付けに基づき被控訴人が支払った金員に係る損害について
ア 財産的損害について
被控訴人は,不法行為である本件取引に基づき,別紙「原告被告ら間の金銭授受表(再訂正後)」記載のとおり,控訴人らに対し,利息及び保証料等として総額39万2320円を交付しているから,同額が損害になるというべきである。
これに対し,控訴人らは,被控訴人が現実に控訴人植松から持ち帰った4万1080円のほかに,別紙金銭授受表記載のとおり,本来であれば被控訴人が持参した現金で支払うべき利息及び保証料の支払に2万8920円が充てられているので,被控訴人が実際に運用することのできた金額は7万円と解すべきであり,これらは,損害賠償請求に際し,控除されなければならないと主張する。
しかしながら,控訴人植松が被控訴人に交付した合計4万1080円の金員は,前記2(2)で判示したとおり,一連の不法行為である本件貸付けに基づき交付されたものであり,公序良俗に反する行為に基づく給付といえるから,民法708条の不法原因給付に該当するというべきである。なお,被控訴人にも,生活費に窮したとはいえ,債務者にとって極めて不利な契約条件であるにもかかわらず,安易に借入れを申し込んでおり,しかも,借入申込書に虚偽の記載をするなど,軽率あるいは思慮が足りない面があったことは否定できないが,控訴人らの不法性と比較衡量すれば,控訴人らの不法性の方がはるかに大きいというべきである。
そうすると,不法行為に基づく損害賠償請求において,上記損害額から上記利得額を控除することは,実質的に不法原因給付において給付の返還を認めたことと同様の結果となり,これは,自分の行為が不法であることを言い立てて法の保護を受けることはできないという民法708条の趣旨ないし法の理念に反するというべきであるから,控訴人らの上記主張は採用できない。
また,控訴人らは,本来であれば被控訴人が持参した現金で支払うべき利息及び保証料の支払に2万8920円が充てられていると主張するが,そもそも,本件貸付けは,前述したとおり,貸金業法42条の2又は公序良俗違反により無効であり,被控訴人には支払義務がないのであるから,被控訴人が不法行為を原因として財産の減少を免れたという関係にはないというべきであるし,上述したとおり,本件において,損益相殺を認めるのは相当でないことからしても,控訴人らの上記主張も理由がないというべきである。
イ 精神的損害について
仮に,被控訴人が控訴人らの上記不法行為により精神的苦痛を被ったとしても,被害の内容,程度等に照らし,上記不法行為による損害賠償請求において,財産的損害が認められることによって精神的損害もてん補されたものと認めるのが相当であり,上記損害賠償によってはなおてん補されない特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。
したがって,被控訴人の慰謝料請求は認められない。
(2)本件取立てによる損害について
本件取立てにより,被控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,取立ての態様その他本件に現れた諸事情にかんがみれば,5万円が相当である。
(3)本件不開示による損害について
本件不開示により,被控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,被控訴人と控訴人植松との間における取引の期間,被控訴人の記憶等に基づき算定された損失額と実際の取引に基づき算定された損失額の差,控訴人らが本件訴訟において取引履歴を開示するに至った時期等を考慮すると,5万円が相当である。
(4)司法書士費用について
本件事案の内容,審理の経過,認容額等を考慮すると,控訴人らの不法行為と相当因果関係のある司法書士費用としては,4万円が相当であると認める。
第7結語
以上によれば,被控訴人の請求は,控訴人らに対し,連帯して,48万2320円及びこれに対する不法行為後の平成17年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求め,控訴人植松に対し,5万円及びこれに対する不法行為後の平成17年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却すべきである。
よって,控訴人植松の本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴人濵本の本件不開示にかかる不法行為に基づく損害賠償請求部分についての控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき,原判決を上記のとおり変更し,控訴人濵本のその余の控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角隆博 裁判官 大森直哉 裁判官 岩田絵理子)
<以下省略>