大阪地方裁判所 平成18年(ワ)13143号 判決 2010年4月19日
主文
1 被告は,原告に対し,5768万0393円及びこれに対する平成16年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,主文第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1億1147万8886円及びこれに対する平成16年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原告が運転する普通自動二輪車と,大阪府警警察官A(以下「A警察官」という。)が運転する普通乗用自動車が衝突したため,原告が傷害を負い,原告に損害が生じたとして,原告が,被告に対し,国家賠償法第1条第1項又は自動車損害賠償保障法3条本文に基づき,損害賠償金及びこれに対する不法行為の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 争いのない事実等(証拠により認定した事実は,各項末尾に証拠を摘示した。)
(1) 本件事故の発生
ア 日時 平成16年4月15日午後2時33分ころ
イ 場所 (本件事故当時)大阪府堺市a町b丁c番d号e交差点(以下「本件交差点」という。)
ウ 原告車両 普通自動二輪車
運転者 原告(昭和51年5月27日生:本件事故当時27歳)
エ 被告車両 普通乗用自動車
運転者 A警察官(大阪府警警察官)
オ 事故態様 信号機により交通整理の行われている交差点である本件交差点において,原告車両及び被告車両の対面信号機は青色であったところ,原告は,原告車両で,本件交差点に北から南へ直進して進入し,A警察官は,被告車両を運転して、本件交差点の原告車両進行車線の対向車線を南から東へ右折しようとして本件交差点に進入し,被告車両と原告車両が衝突し,原告は,外傷性クモ膜下出血,尿道損傷,上顎骨骨折,下口唇裂創,外傷性硬膜下水腫,高次脳機能障害,右同名半盲等の傷害を負った。
(2) 被告の責任原因
A警察官は,大阪府警警察官であり,被告はA警察官の使用者である。本件事故は,A警察官の勤務中に発生した。よって,被告は,本件事故に関し,国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償責任を負う。
また,被告は,被告車両を自己のために運行の用に供しているものであるから,自動車損害賠償保障法3条本文に基づく損害賠償責任を負う。
(3) 原告の入通院経過
ア 原告は,本件事故による傷害の治療のため,平成18年2月7日まで,以下のとおり入通院した。
(ア) 入院 合計123日間
a Bセンター(甲189,196)
平成16年4月15日~同年6月2日(同年4月15日~同月25日 集中治療室) 49日間
b C病院(以下「C病院」という。)(甲143,275,276,279)
平成16年6月17日~同年8月13日 58日間
両側慢性硬膜下血腫除去,内尿道切開術
平成17年2月21日~同年3月8日 16日間
ひざ左外側半月板損傷の手術
(イ) 通院 合計実通院日数81日
a C病院
眼科,救急部,内科,歯科,脳神経外科,整形外科,皮膚科,神経精神科,泌尿器科 平成16年6月1日~平成18年2月7日 実通院日数52日
b D病院(以下「D病院」という。)
精神科神経科 平成17年5月31日~平成18年1月31日 実通院日数29日
イ 症状固定
(ア) 原告は,平成18年12月8日に,D病院精神科E医師により,外傷性脳障害による高次脳機能障害との傷病名で,平成17年5月31日症状固定したとの診断を受けた。
同医師が平成18年12月8日付けで作成した自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲27,268)には,自覚症状として,「記憶力の低下」,「感情のコントロールができない」と記載されている。
(イ) 原告は,平成18年2月7日に,C病院のF医師により,慢性硬膜下血腫・外傷性尿道狭窄・動眼神経麻痺・薬疹との傷病名で,同日に症状固定したとの診断を受けた。
同医師が同年12月27日付けで作成した自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲28,269)には,自覚症状として,「物忘れ,複視」と記載されている。
(4) 自賠責保険の後遺障害認定
ア(ア) 原告は,平成19年3月6日ころ,自賠責保険に関し,頭部外傷による右眼の視野狭窄は半盲症,左眼の視野障害も半盲症と認められることから両眼に半盲症,視野狭窄又は視野変状を残すものとして,「両眼に半盲症を残すもの」自動車損害賠償保障法施行令(以下「後遺障害等級」という。)別表第二第9級3号に該当し,右眼の視力障害は「1眼の視力が0.6以下になったもの」として,後遺障害等級別表第二第13級1号に該当し,複視は左右上下視(両眼)で認められることから,軽度の頭痛,眼精疲労を訴えることから,後遺障害等級別表備考6を適用し後遺障害別表第二第14級相当であり,右眼の外傷性散瞳が認められることから羞明を訴え労働に支障を来すものとして後遺障害等級別表備考6を適用し後遺障害別表第二第14級相当であり,これらは同一系列内の障害であることから,後遺障害等級別表第二第8級相当と判断された(甲31)。
(イ) 原告は,平成20年12月25日ころ,自賠責保険に関し,本件事故による頭部外傷に起因する障害として,本件事故に起因する脳外傷による高次脳機能障害が残存したものと認められ,その障害程度については,一般人に比較して作業能力が著しく制限されており,きわめて軽易な労務のほか服することができない状況にあるものと捉えられることから,「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」である後遺障害等級別表第二第5級2号に該当し,外傷性尿道狭窄については,自賠責保険の後遺障害には該当せず,両眼の半盲症,右眼の視力障害,複視,右眼の外傷性散瞳等の眼の障害に関する前項の認定(後遺障害等級別表第二第8級)とあわせ,後遺障害等級別表第二併合第3級と認定された(甲244)。
(5) A警察官は,本件事故に関し,業務上過失傷害罪により起訴され,罰金40万円の処分を受け,また,行政処分としては免許停止30日の処分を受けた(甲254,証人A)。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 損害
(原告の主張)
ア 治療費 6万3015円
原告自己負担分
イ 入院雑費 24万6000円
2000円×123日=24万6000円
ウ 特別室使用料 101万2855円
Bセンター及びC病院における特別室使用料(電力使用料,特別療養費,室料差額,治療費等)
エ 休業損害 850万円
原告は,本件事故当時,株式会社G(以下「G」という。)にて飲食店従業員として勤務していたが,本件事故により,平成18年2月1日,退職した。
原告の基本給は,月30万円であり,近々,店長に昇格し,基本給に歩合給を加えた給与に昇給することが決まっていた。
また,Gにおいては,社員が結婚した場合,基本給が5万円昇給することになっていたところ,原告は,本件事故当時,現在の妻と交際しており,その後結婚したから,平成16年5月から平成18年2月までの間に原告が支給を受けることができた給与は,少なくとも基本給の月35万円であった。
原告は,平成15年冬の賞与として15万円の支給を受けており,Gの賞与の支給実績から見て,最低でも20万円の賞与の支給が確実であり,将来的には30万円以上の賞与の支給が受けられる可能性があった。
よって,原告は,平成16年5月から平成18年2月までの間、就労できなかったことにより,以下の給与と賞与を失った。
給与 35万円×22か月=770万円
賞与 20万円×4回=80万円
合計 850万円
オ 逸失利益 9142万3476円
(ア) 基礎収入
前記のとおり,原告の基本給は少なくとも月35万円であり,これに賞与が基本給の4か月分支給されれば,年間の収入は560万円となり,また,歩合給が月10万円支給されれば,賞与が支給されなくとも年間の収入は540万円となる。
よって,原告の基礎収入を,平成16年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・全年齢平均男性労働者平均賃金542万円とすることには合理性がある。
(イ) 労働能力喪失率
原告の後遺障害の内容は,眼について,両眼ともに右半分の視野が失われ,右動眼神経麻痺により左上外斜視を認め,両眼視機能が失われ,動眼神経麻痺による右瞳孔縮不全により羞明が生じ,高次脳機能障害として,健忘症候群と情動のコントロール障害があるというものである。
原告の自賠責保険における後遺障害等級は,後遺障害等級別表第二併合第3級であり,その場合の労働能力喪失率は100%である。
原告は,本件事故当時,飲食店の店長であり,具体的な仕事内容は団体客の獲得等の営業,従業員の勤務シフトの決定・確保,接客及び接客の指示,入出金管理,トラブル処理等の幅広い業務を行っていたところ,原告の後遺障害の内容は,視野の2分の1以上を失い,短期の記憶に障害があり,感情をコントロールできない等の症状等があり,店長としての業務が全くできなくなったのであり,労働能力喪失率は100%である。
自賠責保険において,8級以上に該当する後遺障害等級が2つ以上ある時は,併合して重い方の後遺障害等級を2級繰り上げるというのは,交通事故における損害算定の際の客観的な基準の一つであるというべきである。
原告の日常生活の状況に関する証拠としては,原告の妻が自賠責保険の後遺障害等級認定にあたって提出した陳述書に詳細に陳述しており,本件訴訟において,別途陳述書を提出したり,人証申請をする必要はない。
被告は,A警察官が,原告と会話した状況や,原告が一人で外出してることをもって,原告の現在の状況につき主張するが,原告の高次脳機能障害の程度については,医師の判断及び医師の判断に基づく自賠責保険の後遺障害等級認定の方が信用性が高い。
(ウ) 労働能力喪失期間
症状固定時の29歳から就労可能年数である67歳まで38年間(ライプニッツ係数16.8678)
(エ) 算定
542万円×100%×16.8678=9142万3476円
カ 慰謝料
(ア) 入通院慰謝料 400万円
原告は,本件事故により,入院123日間(約4か月間),通院837日間(約28か月間)の治療を受けた。
原告は,当初,意識不明の重体で集中治療室に入り,その傷害の内容も満身創痍の状態というべきであり,前記のとおり手術も受け,自宅からC病院への通院には原告の症状に鑑み家族が付き添わなければならず,Gへの通院には片道2時間を要したのであり,慰謝料を増額すべきである。
よって,原告の入通院慰謝料は,少なくとも400万円となる。
(イ) 後遺障害慰謝料 2440万円
原告の後遺障害に対する慰謝料としては2440万円が相当である。
原告は,症状固定日において29歳であり,若くして重度の後遺障害を負ったこと,原告は,後遺障害の認定を受けるために,訴訟を提起し,診療録の和訳,医師の意見書依頼等に通常以上の労力を費やしていること,原告には妻と子供一人の扶養家族がいること,A警察官は,刑事処分を受けるまでは,全面的に本件事故に関する自己の過失を認め,原告の両親に対し,過失割合が100:0か9:1であると説明して,刑事罰を受けないように嘆願していたにもかかわらず,本件訴訟において,前記と異なる過失割合を主張していること,被告は,後遺障害の労働能力喪失率に関し,当初は原告が自賠責保険の後遺障害等級の認定を受けるべきであり,認定が出ればこれに従うと主張していたにもかかわらず,自賠責保険の後遺障害等級認定が出て,これが被告に不利な内容になるや,これを争っていることなどの事情があり,慰謝料を増額すべきである。
キ 文書費 9万7650円
診断書等
ク コピー代 21万9130円
文書送付嘱託により医療機関から裁判所に送付された診療録及び画像等のコピー代である。
ケ 損害小計 1億2996万2126円
(被告の主張)
ア 治療費 6万3015円
原告自己負担(争いない)
イ 入院雑費 15万9900円
1300円×123日=15万9900円
ウ 特別室(争いない) 101万2855円
エ 休業損害 690万円
原告が、本件事故当時,Gにて現実に支給されていた基本給は,月30万円である。原告主張の賞与は,Gの社長の裁量事項であって不確定であり,昇給は規則等が示されておらず,これを認めるに足りる証拠がない。
よって,原告は,平成16年5月から平成18年2月までの間、就労できなかったことにより,以下の給与と賞与を失ったというべきである。
給与 30万円×23か月=690万円
オ 逸失利益 6529万5253円
(ア) 基礎収入
原告の基礎収入は,平成16年賃金センサス産業計・企業規模計・高卒・全年齢平均男性労働者賃金490万円とすべきである。
(イ) 労働能力喪失率
原告の後遺障害の内容及び現在の回復状況,原告のリハビリを担当したDのE医師の見解,本件事故後のA警察官等の原告との面会,会話から,原告にはかなりの回復が認められることもあわせて総合的に判断すると,原告の後遺障害に関する自賠責保険の等級認定は後遺障害等級別表第二併合第3級であるものの,労働能力喪失率は,後遺障害等級別表第二第5級に基づく79%より低いことは確実である。
自賠責保険において,後遺障害等級別表第二併合第3級とされたのは,後遺障害等級の繰り上げによるものであるところ,これは自賠責保険が当該保険金額の算定のために独自に定めたものであり,結果として3級になったに過ぎず,現実に原告の労働能力が100%喪失しているということではなく,単に後遺障害等級が3級と認定された場合と,原告のように繰り上げの結果の等級の障害の程度は異なる。
原告は,原告の後遺障害の状況につき,現在,原告は本件訴訟における本人尋問に応じることも困難であるなどと主張している。
しかし,原告は本件事故後に結婚し,長男が生まれており,これは原告は通常の社会生活を営むことができることを示している。
原告は,原告の状況に関し原告の母親の陳述書を証拠として提出するが,原告の母親の陳述書は,証人Aに対する証拠調べ終了後に提出されたものであり,時機に遅れたものであり,被告の反対尋問権を侵害するものであるところ,原告の母親の日記によっても,原告がC病院通院中に一人で外出できるようになっていたことが明らかであり,原告が一人で外出していることに関する証人Aの供述には何ら矛盾はない。
(ウ) 労働能力喪失期間
症状固定時の29歳から就労可能年数である67歳まで38年間(ライプニッツ係数16.8678)
(エ) 算定
490万円×79%×16.8678=6529万5253円
カ 慰謝料
(ア) 入通院慰謝料 325万円
原告の本件事故による傷害の治療のための入通院は,入院123日(4か月),通院284日(10か月)相当(実通院日数81日の3.5倍は,通院期間より短い)であり,入通院慰謝料は,大阪地方裁判所における平成10・14年基準(重傷)によれば,325万円が相当である。
なお,入通院慰謝料の増額要素とは,加害者に飲酒運転,無免許運転,著しい速度制限違反,殊更な信号無視,轢き逃げ等が認められる場合,被扶養者が多数の場合,損害額の算定が不可能又は困難な損害の発生が認められる場合であり,本件においては,このような入通院慰謝料の増額要素はなく,慰謝料の増額は認められない。
(イ) 後遺障害慰謝料 2000万円
後遺障害等級別表第二併合第3級に相当する慰謝料である。
本件においては,後遺障害慰謝料の増額要素はなく,増額は認められない。
キ 文書費 9万7650円
争いない。
ク コピー代 0円
否認する。損害ではなく訴訟費用である。
ケ 損害小計 9677万8673円
(2) 過失相殺
(被告の主張)
ア 本件事故の態様
本件事故の態様は,北行き車線を時速約50キロメートルで走行していた被告車両を運転していたA警察官が,本件交差点において,東側交差道路に右折するため,別紙図面1地点で対面信号が青であることを確認して減速し,同2地点で右折を開始したところ,同交差点内の対向車線の南行き車線には,西側交差道路に右折しようと右側第2車線に右折待ちをしている車両が2台あったものの,北方向に直進してくる車両は見あたらなかったことから,A警察官は時速約20キロメートルで被告車両の右折を開始し,ゆっくりと被告車両を進めていき,同3地点でその進行先である東側交差道路を見たところ,右折場所を間違えていることに気づいたが,そのまま右折することとし,同4地点で対向左側第1車線を見た時には,原告車両が右折待ち車両の陰から同ア地点で飛び出すように進行してきており,A警察官が被告車両の急制動をかけても間に合わず,同5イ地点で衝突し,原告車両は衝突地点である同イ地点に転倒し,原告は同ウ地点に転倒した。
イ 過失割合
(ア) 本件事故において,原告は,2車線ある南行き道路の中央付近を走行していたこと,原告車両は,A警察官にとって,右折待ち車両の陰から飛び出してくる状況であったこと,そして,原告側からも右折待ち車両のため対向車線の北行き道路から右折する車両を確認しにくい状況であったことから,原告車両には少なくとも減速ないし徐行して本件交差点の進路の安全を確認してから進行すべき注意義務があったのに,対向車線から右折してくる車両に注意を払うことなく,南行き道路第2車線の右折待ち車両のすぐ脇から漫然と本件交差点に進行した過失がある。
また,原告車両は,目撃者の供述によれば,本件交差点の三つ前と二つ前の交差点で対面赤信号を無視しながら交差点に進入し南進していたこと,本件交差点の一つ手前の交差点では信号待ちをしたものの,そのエンジン音はかなり大きく,信号が青色に変わるや,急加速して進行し,本件交差点において事故が発生したこと,本件事故後,原告は衝突地点から6.9メートルも先に落下したことから,原告車両は,本件事故当時,非常に速い速度で進行していたものである。
(イ) A警察官が右折場所を間違えたことは,本件事故には影響がない。
A警察官が,視線を対向南行き道路の方向に戻すことが遅れたとしても,その時点では,南行き道路第2車線の右折待ち車両のため,対向南行き車線が完全に見渡せる状況ではなかったことから,A警察官に原告車両を発見することが遅れた過失があるとまではいえない。
(ウ) なお,被告の職員が,原告の両親に,本件事故の過失割合につき,10:0又は9:1であると説明した事実はない。
(エ) よって,本件事故において,原告にも30%の過失がある。
(原告の主張)
ア 本件事故のような事故の基本過失割合は,民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準(いわゆる「赤い本」)によれば,原告車両15%:被告車両85%である。
イ しかし,被告車両は,交差点を右折する車両であるから,交差点内で一旦停止をし直進車両の有無を確認すべき注意義務があるところ,被告車両を運転するA警察官は,本件事故当時,右折する交差点を間違え,対向車線の車両の動きを全く見ていないこと,被告車両は大幅に原告車両走行車線に進入していたこと,A警察官は警察官でありながら一旦停止義務及び前方注意義務に違反していたこと,A警察官は本件事故の過失を認めていたこと,被告の職員は,本件事故後,原告の両親に対し,過失割合が10:0か9:1であると説明していたことなどから,本件事故における被告側の過失はきわめて大きいものがある。
ウ 一方,原告には、本件交差点を直進するにあたり,減速したり徐行すべき義務はない。なお,原告車両が第1車線の右側を走行したのは,第1車線左側の歩道から歩行者,足踏自転車等が信号を無視して進入することがあるため,第1車線脇の植木や高速道路支柱の死角から飛び出し等があった際に衝突を避けるためである。
原告は,第2車線を走行していたところ,右折待ち車両があったため,第1車線に車線を変更したものと考えられ,原告が第1車線左側を走行していなかったことにつき,原告に過失はない。
また,原告車両の速度につき,目撃者らの供述は,具体的な速度を示すものではない。
エ なお,労災保険の求償においては,過失割合は原告10%:被告90%を前提とされている。
オ よって,本件事故における原告の過失割合は,0か,多くとも10%に過ぎない。
(3) 既払金
(原告の主張)
ア 労災保険 647万7240円
イ 自賠責保険(平成16年8月16日支払分) 40万円
ウ 自賠責保険(平成19年3月6日支払分) 819万円
エ 自賠責保険(平成20年12月25日支払分) 1400万円
オ 合計 2906万7240円
(被告の主張)
ア 労災保険 876万3581円
イ 自賠責保険(争いなし) 40万円
ウ 自賠責保険(争いなし) 819万円
エ 自賠責保険(争いなし) 1400万円
オ 合計 3135万3581円
(4) 損害残額
(原告の主張)
1億0089万4886円
(被告の主張)
3639万1490円
(5) 弁護士費用
(原告の主張)
損害残額の約10%に相当する1008万円に消費税を加算した1058万4000円が相当である。
なお,自賠責保険の後遺障害等級認定において,高次脳機能障害の認定を受けることはきわめて難易度の高い弁護活動であり,本件において原告が後遺障害等級において高次脳機能障害の認定を受けたことは,原告訴訟代理人の膨大な弁護活動の成果であるから,弁護士費用が損害額の10%を超えて増額されることがあっても,減額されることはあり得ない。
(被告の主張)
本件において,原告は,自賠責保険の後遺障害等級認定の申請を行うことに困難がなく,被告及び裁判所からも勧められたにもかかわらず,あえて後遺障害等級認定の申請を行わず,早期に同申請を行っておれば,相当程度の後遺障害等級認定がされ,対応する相当な額の給付を受けられたにもかかわらず,いたずらに訴訟を遅延させたものであり,公平の観点から,原告のこの不作為は,弁護士費用の減額事由であり,本件における原告の弁護士費用は最大でも損害賠償額の5%とするのが相当である。
(6) 遅延損害金
(被告の主張)
本件訴訟進行の遅延は原告側に大きく起因しており,遅延損害金の全額を被告側に負担させることは,民事訴訟における当事者の公平に欠けるものであり,また,民事訴訟においては,当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を進行しなければならない義務を負っているから(民事訴訟法第2条),原告の遅延行為に対して,遅延損害金の相当額が減額されるべきである。
(原告の主張)
不法行為に基づく損害賠償請求の遅延損害金は,加害者側が賠償金を支払わなかったことに起因して課されるものであり,その趣旨は,支払義務者が支払を遅らせることにより,その間の運用益を確保でき,他方,権利者が支払を受けることが遅れたことにより,その間に得べかりし運用益を失うことにあるから,訴訟の進行や自賠責保険の請求手続の有無にかかわらず,被告が賠償金を支払わなかったという事実により,被告は遅延損害金の支払義務を負うことになる。
なお,本件訴訟の進行においては,被告の行為にも早い時期に可能であったものもあり,被告が原告の訴訟行為を非難することはできない。
第3当裁判所の判断
1 損害額
(1) 損害
ア 治療費 559万6005円
本件事故による原告の傷害に関する治療費のうち原告自己負担が6万3015円であることは争いがない。
そして,本件は,過失相殺が問題になる事案であるから,損害額全体が確定されなければならないところ,証拠(大阪労働局長に対する調査嘱託の結果(平成21年7月13日付け))及び弁論の全趣旨によれば,療養給付として医療機関に支払われた診療費・薬剤費が553万2990円であり,同じく原告に支払われた診断書料が2万4000円であると認められる。
そうすると,本件事故による原告の傷害に関する治療費の合計は559万6005円と認める。
イ 入院雑費 15万9900円
本件事故による原告の傷害に関する入院日数が123日間であることは争いがない。そして本件事故は平成16年に発生したものであるから,その入院雑費は日額1300円とすべきである。
1300円×123日=15万9900円
ウ 特別室(争いない) 101万2855円
エ 休業損害 690万円
証拠(甲8,222,223,266,267)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,高卒であり,本件事故当時,27歳であり,Gにて飲食店従業員として勤務していたこと,本件事故による障害のため,平成18年2月1日,Gを退職したこと,本件事故の前の平成16年1月から4月までの間,原告の賃金は,月30万円の基本給を前提とするものであったこと,Gにおいては,賞与は社長の口頭の指示により定まるものであった事実が認められる。
しかし,原告が主張するように,店長に昇格した場合や結婚した場合の基本給の増加や,賞与の支給の可能性を認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ない。
よって,原告には,平成16年5月から平成18年2月までの間、就労できなかったことにより,以下の休業損害が発生したと認められる。
給与 30万円×23か月=690万円
オ 逸失利益 6529万5253円
(ア) 基礎収入
前記のとおり,本件事故当時,原告が得ていた収入は,基本給月30万円であり,年間の収入は360万円と認められるところ,原告が主張するような店長に昇格した場合や結婚した場合の基本給の増加や,賞与の支給の可能性を認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ない。
そして,原告の症状固定当時の年齢は29歳であること,平成16年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・25~29歳平均男性労働者賃金は,年395万6200円であり,平成16年賃金センサス産業計・企業規模計・高卒・25~29歳平均男性労働者賃金は,373万5200円であることから,後遺障害逸失利益において,原告が就労可能年数全体にわたり得る蓋然性の認められる基礎収入としては,平成16年賃金センサス産業計・企業規模計・高卒・全年齢平均男性労働者賃金490万円とすべきである。
(イ) 労働能力喪失率
a 当裁判所は,労働能力喪失割合は,後遺障害等級を参考としつつ,障害の部位・程度や被害者の職業等を総合して判断するものであり,自賠責保険において一定の後遺障害等級の認定を受けていたとしても,裁判所の判断が必ずそれと一致するものではないと考える。
b 前記第2の2(1)オ,同(3),同(4)の事実に証拠(甲61~147,153~160,163~227,229~236,240~243)並びに弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,本件事故により外傷性クモ膜下出血,尿道損傷,上顎骨骨折,下口唇裂創,外傷性硬膜下水腫,高次脳機能障害,右同名半盲等の傷害を負い,その治療のため,大阪府立急性期・総合医療センターに救急搬送され,平成16年5月末には,軽度記銘力障害を主体とした脳の高次機能障害,右動眼神経麻痺,両側硬膜下水腫が認められたこと,その後,C病院(眼科,救急部,内科,歯科,脳神経外科,整形外科,皮膚科,神経精神科,泌尿器科)及びD(精神科神経科)において入通院したこと,原告の後遺障害の内容は,眼については,両眼ともに右半分の視野が失われ,右動眼神経麻痺により左上外斜視を認め,両眼視機能が失われ,動眼神経麻痺による右瞳孔縮不全により羞明が生じ,高次脳機能障害としては,健忘症候群と情動のコントロール障害があるというものであること,自賠責保険における後遺障害等級認定は,眼については,後遺障害等級別表第二第9級3号,後遺障害等級別表第二第13級1号,後遺障害等級別表備考6を適用し後遺障害別表第二第14級相当,後遺障害等級別表備考6を適用し後遺障害別表第二第14級相当の同一系列内の障害を総合して後遺障害等級別表第二第8級相当と判断され,脳外傷による高次脳機能障害については,後遺障害等級別表第二第5級2号に該当すると判断され,その結果,8級と5級の併合として後遺障害等級別表第二併合第3級と認定されたこと,自賠責保険における後遺障害等級認定においては,原告の平成16年6月4日の右前頭部打撲の影響は,治療経過や画像データから,あったとしてもわずかなものであると判断されたこと,原告のリハビリを担当したDのB医師は、原告の症状について,初診時は新しい記憶が頭に残らず,喜怒哀楽の差が大きかったところ,リハビリにより記憶障害は部分的に改善したが,人の名前,顔などの記憶は悪く,感情のコントロール障害が目立ち,事故前と同様の就労はきわめて困難であるが,事故前とは違う形での何らかの就労は可能と診断していることなどの事実が認められる。
c 以上の事実に,前記認定にかかる本件事故当時の原告の職業,年齢等に,原告本人やその家族の尋問を経ていないことも考慮すれば,原告の労働能力喪失率は,眼の障害と高次脳機能障害とをあわせ,79%と認める。
d 確かに,原告の自賠責保険における後遺障害等級の認定は後遺障害等級別表第二併合第3級であり,3級の労働能力喪失率は100%とされているが,原告の3級という後遺障害等級は,複数の後遺障害等級が認められる場合の併合の結果に過ぎないのであり,その他,原告が主張するような100%の労働能力喪失率を認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。
e また,被告は,A警察官が原告と面会した際の様子や原告の生活状況等から,原告の労働能力喪失率は79%より低いと主張するが,原告の後遺障害のうち最も重い障害である高次脳機能障害の症状に照らし,原告が一見社会生活をこなしているように見えても,これだけをもって,原告の後遺障害の労働能力への影響が軽いものであると認めることは困難である。
(ウ) 労働能力喪失期間
前記認定のとおり,症状固定時の原告の年齢は29歳であるところ,原告の後遺障害の内容に照らし,労働能力喪失期間は,就労可能年数である67歳まで38年間と認める(ライプニッツ係数16.8678)。
(エ) 算定
490万円×79%×16.8678=6529万5253円
カ 慰謝料
(ア) 入通院慰謝料 325万円
前記第2の2(3)によれば,原告の本件事故による傷害の治療のための入通院は,入院123日(4か月),通院284日(10か月)相当であると認められ,本件交通事故と相当因果関係のある入通院慰謝料は,大阪地方裁判所における平成10・14年基準(重傷)を参考に,325万円が相当である。
なお,原告の主張する慰謝料増額事由は,原告の傷害を重傷と評価していることにより評価済みである。
(イ) 後遺障害慰謝料 2000万円
前記第2の2(4)及び前記認定にかかる原告の後遺障害の内容程度に照らし,本件交通事故と相当因果関係のある後遺障害慰謝料としては,2000万円が相当である。
なお,原告の主張する慰謝料増額事由は,仮にその各事由が存在するとしても,交通事故の損害賠償請求事件においては,特段,慰謝料を増額すべきものと評価されるものではない。
キ 文書費(争いない) 9万7650円
ク コピー代 0円
原告主張のコピー代は,弁護士費用の要素もしくは訴訟費用の一部となるとしても,本件交通事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
ケ 損害小計 1億0233万5663円
(2) 過失相殺
ア 前記第2の2(1)オの事故態様によれば,本件事故事故は,基本的に,信号機により交通整理の行われている交差点における,直進単車と右折四輪車が双方ともに青信号で交差点に進入して衝突した事故であり,その基本過失割合は,全訂4版別冊判例タイムズ16号【126】によれば,直進単車15%:右折四輪車85%とされている。
イ 証拠(甲282~291,乙1~7,証人A)によれば,本件事故の態様は,A警察官は,被告における警察官としての業務のため,被告車両を運転し,信号機により交通整理の行われている本件交差点に北行き道路から進入し,対面信号機が青色である時に東方向に右折するにあたり,別紙図面2地点で対向車線の南行き道路第2車線に右折待ち車両が2台存在することを認め,対向車線の南行き道路から直進してくる車両が見えにくい状況にあったにもかかわらず,漫然と時速20キロメートル程度で右折を開始し,右折先である東行き道路を見て右折場所を間違えたことに気づき,対向車線の南行き道路を直進する車両の動きに対する注視を怠り,そのまま右折を続けたことから,同4地点に至って,対向車線の第1車線を直進してきた原告車両を約7.4メートル先の同ア地点に認め,急制動の措置をとったが間に合わず,同×地点で被告車両を原告車両に衝突させたものであると認められる。
ウ このように,本件事故の基本的な過失は,A警察官が,被告における警察官としての業務のため,被告車両を運転して本件交差点を右折するにあたり,対面信号が青であり,また,対向車線の直進車の見通しが悪いのであるから,適宜,交差点内に一旦停止したり徐行するなどして,対向車線の直進車の存否動静を十分確認して右折を開始すべき注意義務に反し,右折することと右折場所を間違えたことに気をとられ,直進車である原告車両に気づくのが遅れたことにある。
一方,原告の落ち度については,対面信号が青であっても,対向車線の右折車からの見通しが悪いのであるから,前方を注視し,適宜右折車との衝突を回避できるように原告車両を運転すべきであったといえる。
エ 被告は,原告車両が道路左側を走行しなかった過失があると主張するが,確かに道路交通法上,車両は道路左側を走行すべきではあるが,前記のとおり本件事故における基本的過失は,A警察官にあり,これに比して,原告車両が対向車線である南行き道路の第1車線の左側を走行していなかったとしても,依然として第1車線内を走行していたのであるから,過失割合を修正するほどの落ち度であるとは評価しない。
また,被告は,原告車両が相当な速度で走行していたと主張するが,確かに,証拠(乙5,6)によれば,本件交差点に至るまでに原告車両が信号を無視し,決してゆっくりとした速度ではない速度で進行した事実は認められるが,原告車両が本件交差点に進入した際の速度を具体的に認めるに足りる的確な証拠はない。
オ 原告は,証人Aの右折場所を間違えたことに気づいた地点に関する供述を虚偽であるとして批判するが,前記認定にかかる事故態様は,要は,A警察官が右折場所を間違えたことに気づいた位置が何処であるかにかかわらず,本件事故の基本的な過失はA警察官にあると判断するものであり,原告の主張は,本件事故の態様の認定に大きく影響しない。
また,原告は,A警察官が当初は過失を認めていたとか,被告の担当者が過失割合を認めていたとか,労災保険の求償は原告10%:被告90%を前提としていると主張するが,仮にそうであっても,損害賠償請求訴訟においては,証拠により認定した事実に基づき,独自に過失割合を判断することが可能であると考える。
カ 以上の本件に現れた諸事情を勘案すれば,本件事故における過失割合は,原告車両15%:被告車両85%と認める。
(3) 過失相殺後の残額 8698万5313円
前項の過失割合により,前記(1)ケの損害小計1億0233万5663円に対し過失相殺を行うと,残額は8698万5313円となる。
(4) 既払金
ア 労災保険
証拠(泉大津労働基準監督署長に対する調査嘱託の結果(平成21年4月10日付け),大阪労働局長に対する調査嘱託の結果(平成21年7月13日付け))及び弁論の全趣旨によれば,労災保険からの既払金は次のとおりと認められる。
(ア) 医療機関に支払われた療養給付 553万2990円
(イ) 原告に支払われた療養給付としての診断書料 2万4000円
(ウ) 原告に支払われた休業給付 485万7930円
イ 自賠責保険(争いなし) 40万円
ウ 自賠責保険(争いなし) 819万円
エ 自賠責保険(争いなし) 1400万円
オ 総合計 3300万4920円
(5) 既払金控除後の残額 5398万0393円
前記(4)の既払金を前記(3)の過失相殺後の残額に充当するが,前記(4)ア(ア)及び(イ)の労災保険から療養給付として支払われた金額合計555万6990円は,損害のうち,治療費,入院雑費,文書料及び特別室使用料の合計689万0410円に過失相殺を行った残額585万6849円に充当し,前項ア(ウ)の労災保険から休業給付として支払われた485万7930円は,損害のうち,休業損害及び逸失利益の合計7219万5253円に過失相殺を行った残額6136万5965円に充当し,自賠責保険からの支払合計2259万円は損害全体に充当することとし,残額は5398万0393円となる。
(6) 弁護士費用 370万円
本件事故と相当因果関係にある損害として,被告に賠償させるべき弁護士費用としては,事案の経過,難易,そして認容される損害の額その他諸般の事情を考慮し,本件においては,損害残額の7%程度を基本とし,370万円と認める。
(7) 遅延損害金
被告は,本件訴訟の遅延は原告に原因があるとして,遅延損害金の相当額が減額されるべきであると主張する。
確かに民事訴訟において,事案の適正迅速な解決は重要であり,当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を進行しなければならない義務を負う。
しかし,不法行為に基づく損害賠償請求の遅延損害金は当然不法行為時に発生するところ,本件において,被告が主張する事由が認められるとしても,訴訟の進行が様々な要因が影響することと,訴訟の遅延は,原告にとっても紛争の解決が遅れることにもなり,必ずしも原告にとっても有利ではないことなどにも照らし,遅延損害金の減額は認められないというほかない。
2 よって,原告は,被告に対し,A警察官の過失による本件事故の原告の損害につき,国家賠償法第1条第1項に基づき,5768万0393円及びこれに対する本件事故の日である平成16年4月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
第4結論
以上のとおり,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるからこれらを認容し,その余は理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,同法64条を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小倉真樹)