大阪地方裁判所 平成18年(ワ)1505号 判決 2008年10月23日
原告
日本電動式遊技機特許株式会社
同訴訟代理人弁護士
川下清
同
池垣彰彦
同
沢田篤志
同
伴城宏
同
塩田勲
同
今田晋一
同
藤本尊載
同
坂本勝也
同
梁沙織
同
堀江重尊
同
小林悠紀
同補佐人弁理士
梁瀬右司
被告
アビリット株式会社
同訴訟代理人弁護士
山上和則
同
尾崎英男
同
三山峻司
同
井上周一
同
金尾基樹
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告は,原告に対し6121万7805円及びうち6050万円に対する平成14年7月26日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 被告
主文と同旨
第2事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
被告は,回胴式遊技機(いわゆるパチスロ機)製造等を行う株式会社である。
原告は,遊技機器に関する工業所有権及び著作権の取得,売買,実施権の設定並びに許諾に関する事業等を目的とする株式会社である(記録上明らかな事実)。
(2) パテントプール
ア 契約内容
平成5年7月ころ,当時あったパチスロ機関係の特許会社3社を一元化する旨の合意が締結され,原告が設立された(甲6~8,甲9の1・2)。
その結果,原告は,被告を含むパチスロ機製造業者から,パチスロ機に関する特許権,実用新案権についての再実施許諾権付きで通常実施権の設定を受ける契約をそれぞれ締結し,被告を含むパチスロ機製造業者20社(以下,参加企業を「構成員」という。)に対し,再実施許諾する旨の契約をそれぞれ締結していた(上記各契約が総体として機能するシステムを「本件パテントプール」という。)。
イ 証紙
構成員は,本件パテントプールにおいて再実施許諾された特許権を実施する対価として,パチスロ機1台につき,原告が発行する証紙(1枚2000円)を貼付することとされていた。
ウ 被告の実施許諾した実用新案権
被告は,登録第2148009号実用新案権(以下「本件実用新案権」といい,その登録を「本件実用新案登録」,その考案を「本件考案」という。)を有していたが,前記アのとおり,原告に対し,これを他の特許権等とともに,再実施許諾権付きで通常実施許諾し(以下,本件実用新案権等に関する原告と被告との間の通常実施許諾契約を「本件契約」という。),原告から構成員に対し再実施許諾されていた(甲10,11,乙2)。
(3) 契約解除と提訴
被告は,平成13年5月14日付で本件契約を解除した(以下「本件解除」という。)と主張し,次の構成員5社に対し,本件実用新案権に基づき,損害賠償請求訴訟を提起した(以下「本件各提訴」という。)。
①
構成員
A
提訴日
平成13年10月26日
事件番号
平成13年(ワ)第11259号
請求額
5億円
②
構成員
B
提訴日
平成14年1月9日
事件番号
平成14年(ワ)第98号
請求額
1億5000万円
③
構成員
C
提訴日
平成14年6月11日
事件番号
平成14年(ワ)第5742号
請求額
15億1200万円
④
構成員
D
提訴日
平成14年7月18日
事件番号
平成14年(ワ)第7164号
請求額
114億2400万円
⑤
構成員
E
提訴日
平成14年7月26日
事件番号
平成14年(ワ)第7445号
請求額
10億円
(4) 証紙の不貼付
平成13年4月1日以降,被告は,その製造するパチスロ機に原告の発行する証紙を貼付しなかった。
(5) 構成員5社の応訴と原告の補助参加
構成員5社は,それぞれ本件各提訴に対して応訴し,原告は,これに補助参加した。
原告は,構成員5社に対し,それぞれ1000万円を訴訟費用として支払い,自らの補助参加費用として1050万円を支出した(甲28~33の各1・2)。
(6) 無効審決と請求放棄
Bは,特許庁に対し,本件実用新案登録の無効審判を請求し,特許庁は平成15年6月5日,本件実用新案登録を無効とする審決をした(甲2)。
被告は,上記無効審決を不服として,東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したが(東京高裁平成15年(行ケ)第302号),請求棄却の判決が言い渡され,上告受理を申し立てたが,受理されず,無効審決が確定した。
これを受けて,被告は,平成16年11月1日,本件各提訴にかかる請求をいずれも放棄した。
2 原告の請求
原告は,被告の本件各提訴は,構成員5社に対する不法行為に当たり,原告に対する関係でも,不法行為及び債務不履行を構成するとして,仮に,原告に対する不法行為及び債務不履行を構成しないとしても,民法422条の類推適用があるなどとして,原告が,構成員5社の応訴に要した費用として支払った各1000万円(合計5000万円)及びこれらに対する不法行為の日である各提訴日から平成14年7月25日まで年5%の割合による遅延損害金(合計71万7805円),原告自身の補助参加に要した費用1050万円,並びに,上記5000万円及び1050万円に対する平成14年7月26日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払を求めている。
3 争点
(1) 本件各提訴が構成員5社に対する不法行為を構成する不当訴訟に該当するか
(2) (1)が認められるとして,本件各提訴が原告に対する不法行為を構成するか
(3) (1)が認められるとして,上記各提訴が原告に対する債務不履行を構成するか
(4) 損害(構成員5社に対して支払った応訴費用に相当する金銭を被告に請求できる根拠)
第3争点に関する当事者の主張
1 本件各提訴が構成員5社に対する不法行為を構成する不当訴訟に該当するか
【原告の主張】
(1) 本件実用新案登録について無効理由が存することを知りながら提訴したこと
被告を含む原告の構成員らは,いずれも風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営適正化法」という。),同施行令に定める回胴式遊技機(パチスロ機)の製造業者である。
風営適正化法の改正法(昭和59年法律76号)は,昭和60年2月13日に施行されたが,同法4条3項(当時)は,ぱちんこ店などの営業につき,当該営業所に設置される遊技機が「著しく客の射幸心をそそるおそれがあるものとして国家公安委員会規則で定める基準」に該当するものであるときは当該営業を許可しないことができると定め,同法施行令7条は,上記の基準としてパチスロ機について「1分間に概ね400円の遊技料金に相当する数を超える数の遊技メダルを使用して遊技をさせることができる性能を有する遊技機であること。」と定めている。
被告を含む原告構成員らパチスロ機製造業者は,Fを組織していた。昭和60年の風営適正化法の改正法施行に際して,Fでは,上記基準に適合した遊技機を製造するために内規を制定し,さらに警察庁の規制強化の方針を受けて,その対策について検討を重ねていたが,上記の遊技料金に関する部分は特に議論があり,1分間に400円という基準の規制方法が議論された。
その過程で,「1ゲーム毎に制限時間を設定した回胴式遊技機」は,F組合員間に周知の技術となっていた。
しかも,その検討過程において,制限時間に基づきゲームの進行を制御する手段は,
① メタルを受け付けないようにする。
② 回胴が回転しないようにする。
などの方法しかないことは周知されていた。
本件実用新案権は,上記周知技術からなる考案であり,進歩性を欠如しているところ,特許庁は,本件実用新案権について,制限時間内に次回のゲームの開始操作がなされても,制限時間が経過するまで回胴(リール)の回転開始を制限し,制限時間経過後に回転を開始させることは,当業者が容易に考案できたものとして無効審決を下した。
換言すれば,本件実用新案権は,当時,パチスロ機製造業者らがFにおいて検討協議していた上記基準の具体的規制方法についての検討内容を,被告において,いわば抜け駆けして申請したものに過ぎず,被告自身の考案と評価できるものは全くない。
したがって,被告は,本件実用新案登録に無効事由が存在することを承知していたし,少なくとも,十分に予見可能であった。
(2) 本件解除が無効であることを知りながら提訴したこと
ア 一部解除のあり得ないこと
被告が,解除したと主張する本件契約は,平成8年4月1日付の再実施権付通常実施権の設定契約(乙2)である。
しかし,原告は,平成5年7月ころ,被告を含む構成員20社との間で,本件パテントプールを中核とする継続的集団的契約を締結しており,上記設定契約はその一部で,按分実施料を定めたものに過ぎない。したがって,上記設定契約だけの解除は認められない。
なぜなら,上記設定契約だけが解除されたとしても,他の構成員の保有する特許権等に関する原告と被告との間の実施許諾契約はそのままである。そうすると,自己の保有する特許権等については構成員各社に実施させないが,自分は他の参加者の特許権などについては実施許諾に基づいて実施することができることになる。このような事態は,他の構成員が関与しない被告の行為によって引き起こされ,しかも,再実施料を支払っている構成員にとって不測の損害を被らせ,解除した保有者に予期しない利益をもたらすことになり,本件パテントプールの趣旨に反する。
イ 信義則違反
被告は,本件各提訴前に,実施料の不払を理由に本件契約を解除する旨通知しているが,実施料の分配ができなくなったのは,被告自身の行為に起因するものであり,本件解除は信義則に反し,権利の濫用であって,無効である。
ウ 解除の撤回
しかも,被告は,原告が供託していた実施料の分配金を受領した。また,本件訴訟中,反訴を提起し,本件契約に基づき,再実施料支払義務を認めた上で,実施料の請求をしている。
したがって,被告は,本件解除を撤回したといえる。
【被告の主張】
(1) 本件実用新案登録の無効について
ア 特許侵害訴訟事件において,不当訴訟として不法行為が成立する場合は,特許が無効とされることが確実であることを認識しながら提訴した場合である。しかし,本件実用新案登録について,少なくとも無効が確実であるような事情はなかった。
イ 前提事実(6)のとおり,被告は,本件各提訴にかかる請求を放棄したが,本件実用新案権にかかる考案は進歩性を有しており,本件実用新案登録についての無効審決は取り消されるべきである。
(2) 本件解除が有効であることについて
ア 被告は,原告が本件契約に基づく実施料を被告に支払わなかったため,債務不履行を理由に平成13年5月14日付で本件契約を解除した。
したがって,被告は,構成員5社が,本件実用新案権等について,再実施権を有していないとの認識のもとに,同5社に対して本件実用新案権侵害を理由として本件各提訴をした。
イ 原告の主張について
(ア) 一部解除の許否について
原告は,本件パテントプールを中核とする継続的集団的契約が存したと主張するが,そのような合意を示す契約書が存するわけではない。
むしろ,本件パテントプールの管理運営会社である原告が,権利者である被告に対し,実施料を支払う義務を履行しないことは,本件契約(乙2)の10条に定める解除事由に該当する。
(イ) 信義則違反について
被告の行為は,実施料を支払わなかった原告の債務不履行に起因するものであり,信義則に違反することはない。
(ウ) 解除の撤回について
争う。
2 本件各提訴が原告に対する不法行為を構成するか
【原告の主張】
被告は,原告に対して再実施許諾権付きで本件実用新案権の実施を許諾しているのであるから,再実施を受けている構成員に対して差止請求を起こす行為は,原告の再実施権に対する侵害であり,原告に対する関係でも不法行為が成立する。
【被告の主張】
争う。
3 本件各提訴が原告に対する債務不履行に該当するか否か
【原告の主張】
被告は,原告に対して再実施許諾権付きで本件実用新案権の実施を許諾している以上,再実施権者に対して侵害訴訟を提起するなど,原告の再実施許諾及びこれに基づく再実施権者の円滑な実施を妨げてはならない義務を負う。
被告のした本件各提訴は,上記義務に反しており,原告との間で債務不履行を構成する。
【被告の主張】
争う。
原告は,被告に対し,実施料を支払わなかったため,前記1【被告の主張】(2)のとおり,本件契約を解除したので,被告が,原告に対し,原告の再実施許諾やこれに基づく再実施権者の円滑な実施を妨げてはならないという義務は負わない。
4 損害(構成員5社に対して支払った応訴費用に相当する金銭を被告に請求できる根拠)
【原告の主張】
(1) 構成員5社の応訴費用
ア 付随的義務の履行
原告は,構成員5社に対し,本件実用新案権を再実施許諾していた。したがって,原告は,構成員5社に対して,本件実用新案権がパテントプールに含まれる権利であることを保証し,かつ権利を適切に管理して権利者から侵害訴訟等権利行使を受けないようにすべき付随義務がある。
被告による本件各提訴の結果,原告の上記付随義務違反が発生し,その結果,原告は構成員5社に対し訴訟費用として各1000万円を支払ったのであるから,原告による上記費用の支出は,被告の本件各提訴と相当因果関係のある損害である。
イ 民法422条の類推適用等(予備的主張)
仮に,原告が,構成員5社に対して訴訟費用を支払う義務がなかったとしても,次のいずれかの法的構成により,原告は被告に対し請求することができる。
民法422条の類推適用
事務管理の求償を基礎とする民法499条,500条の適用
費用償還請求
被告の負担割合が100%である場合の不真正連帯債務者間の求償
(2) 原告の補助参加費用
原告は,被告の構成員5社に対する訴訟に補助参加したが,その費用として1050万円を支出した。
構成員5社が敗訴した場合,同5社から求償を受ける立場にあったのであるから,極めて強い利害関係を有しており,原告の補助参加費用と被告の本件各提訴との間には相当因果関係がある。
【被告の主張】
(1) 構成員5社の応訴費用について
原告が構成員5社に対し,応訴費用を支出したとしても,それは,構成員との契約に基づく原告自身の付随義務を履行したに過ぎず,原告が最終的に負担すべきものである。
したがって,民法422条の類推適用,民法499条,500条等による代位の主張も成り立たない。
(2) 原告の補助参加費用について
原告は自らの意思で補助参加したものであるから,不当訴訟の成否にかかわらず,原告の要した補助参加費用と本件各提訴との間に相当因果関係はない。
第4当裁判所の判断
1 本件各提訴に至る経緯
前提事実,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。
(1) 原告の設立
ア 特許会社の設立
昭和59年3月,パチスロ機製造業者9社が参加して,特許権等の利害調整のため,G1(後に「G2」と商号変更した。)を設立した。
一方,平成2年,上記会社と同様の目的をもって,H(9社参加)が,平成4年,I(22社参加)がそれぞれ設立された(甲4)。
イ 3社の統合
パチスロ機製造会社の特許権等の利害調整のための会社が設立されたものの,3社に分かれていたため,結局,特許権等の利害の調整に困難を来していた。
このため,これらの会社を統合する機運が高まり,平成5年2月2日,G2とHの2社間で,一本化に向けた合意書が取り交わされた(甲6)。
その後,平成5年7月22日,さらに数社が加わった後,特許会社を一本化する旨合意された(甲7)。
ウ 原告の設立
上記イの合意に基づき,平成5年10月8日,原告が設立され,20社のパチスロ機製造会社が構成員となった(甲9の1・2)。
(2) 本件パテントプールの概要
原告は,被告を含む20社の構成員との間で,構成員らが現在及び将来有するパチスロ機に関する特許権・実用新案権等の財産権について,再実施許諾権付きで実施許諾を受け,構成員らに対してそれらの財産権を再実施許諾する旨の契約を締結した。
再実施料の徴収については,原告が発行する証紙(1枚2000円)を構成員の製造販売するパチスロ機に貼付させることにより徴収し,特許権等を有する構成員に対する実施料の支払については,原告が構成員に対し特許権等の実施状況についてのアンケート調査を行い,その1年間(当年4月1日~翌年3月31日)の実施実績をもとに,翌年度の各構成員に対する実施料を算定し,各構成員と個別に,特許権等の再実施許諾契約を締結した上で支払っていた(甲10,11,甲13の1・2,甲14の1・2,甲15の1・2,乙2)。
その結果,被告(もしくは,被告から許諾を受けた専用実施権者)に対する実施料は,平成6年度(平成6年4月1日~平成7年3月31日)は製品1台当たり200円(甲10),平成7年度(平成7年4月1日~平成8年3月31日)は219円(甲11),平成8年度(平成8年4月1日~平成9年3月31日)は222円(乙2)であった。
(3) 風営適正化法
昭和60年2月13日に施行された改正法(昭和59年法律76号)による風営適正化法4条3項(当時)は,ぱちんこ屋などの営業につき,当該営業所に設置される遊技機が「著しく客の射幸心をそそるおそれがあるものとして国家公安委員会規則で定める基準」に該当するものであるときは当該営業を許可しないことができると定め,同法施行令第7条は,上記の基準としてパチスロ機について「一分間におおむね400円の遊技料金に相当する数を超える数の遊技メダルを使用して遊技をさせることができる性能を有する遊技機であること。」と定めた。
被告を含む,構成員らパチスロ機の製造業者は,当時,Fを組織していた。上記法改正に際し,Fでは,上記基準に適合した遊技機を製造するために内規を制定し,さらに警察庁の規制強化の方針を受けて,その対策について検討を重ねていたが,上記の遊技料金に関する部分は特に議論があり,1分間に400円という基準の規制方法が議論された。
(甲1,2,44,甲45の1・2,甲46,47,甲48の1~6,甲49~51)
(4) 本件実用新案権にかかる出願
被告は,本件実用新案権について,昭和62年10月21日に出願し,平成5年8月24日に公告され,平成9年3月12日に設定登録された(甲2,乙1)。
明細書には次の記載がある。
「<考案が解決しようとする問題点>
(略)割当時間の残存期間中は次回のゲーム開始操作を行ってもその操作が無効となるため,遊技者は割当時間の消費後に同じゲーム開始操作を再度行う必要があり,操作が煩雑かつ客サービスに欠けるという問題があった。
この考案は,上記問題に着目してなされたもので,割当時間内に行われたゲーム開始操作を割当時間の消費後に有効化することによって,操作の簡易化と客サービスの向上をはかった新規なスロットマシンを提供することを目的とする。
<問題点を解決するための手段>
上記目的を達成するための手段を(略)説明すると,この考案では,1回のゲームの実行につき所定の割当時間が設定されたスロットマシンであって,前記割当時間の時間消費を計時するための時計手段Aと,この割当時間内に次回のゲームへの進行を禁止するための禁止手段Bと,割当時間が消費されたとき禁止手段Bの禁止動作を解除するための解除手段Cと,割当時間内に次回のゲームの開始操作が行われたとき禁止手段Bの禁止解除を受けて次回のゲームを自動的に開始させるための開始制御手段Dとを具備させることにした。」
(5) 実施料の支払についての紛争
被告としては,アンケートが自己申告で不正確であるとして,原告から支払われる実施料について,不満を持つようになり,平成9年ころからは,被告と同様の不満を有する構成員(J)らとともにアンケートに回答しなくなった。一方,原告は,平成11年4月以降は,被告に対し,実施料を支払わなくなった。
このため,被告は,平成13年4月1日以降,原告から証紙を購入しなくなり,証紙を貼付しないパチスロ機を製造販売するようになるとともに,同年5月14日ころには原告に対し,本件契約を解除する旨通告するに至った。
(以上,甲34~36,甲37の1・2,乙12,13)
原告は,被告に対し,平成14年2月15日,平成10年度ないし13年度の実施料分配金合計2億2921万8814円を提供したが,被告が,1億2608万7125円のみ受領し,残額の受領を拒絶したため(これは,本件契約を解除したことを理由とするものと考えられる。),平成14年4月15日,被告を被供託者として,残額1億0313万1689円を大阪法務局に供託した(甲20)。
その後,原告は,平成15年5月16日,平成16年6月14日にも,被告を被供託者として,実施料を供託した(甲22,24)。
被告は,平成16年10月21日になり,上記供託された金員を受領した。
(6) 本件各提訴を巡る動き
ア 前提事実(3)のとおり,被告は,平成13年5月14日ころ,本件契約を解除した上,平成13年10月26日から平成14年7月26日にかけ,構成員5社に対し,順次,本件各提訴を行った。
イ 補助参加
前提事実(5)のとおり,原告は,前記アの訴訟に補助参加し,1050万円の費用を支出した。
ウ 構成員5社に対する訴訟費用の支払
前提事実(5)のとおり,原告は,構成員5社に対し,それぞれ1000万円を訴訟費用として支払った。
(7) 無効審決と請求放棄
ア 無効審決の確定
Bは,本件実用新案登録の無効審判を請求し,平成15年6月5日,無効審決がなされた。被告から審決取消訴訟が提起されたが(東京高等裁判所平成15年(行ケ)第302号),棄却され,上告が受理されず,上記無効審決が確定した。
その結果,被告は,平成16年11月1日,本件各提訴のかかる各請求を放棄した。
イ 無効審決の内容
上記無効審決の理由の概要は,次のとおりである(甲2)。
前記(3)の法改正を巡る経緯を認定した上,1ゲーム毎に制限時間を設定した回胴式遊技機は,本件考案出願(昭和62年10月21日)前に,当業者にとって周知の遊技機であると認められるとした。
そして,本件考案と上記周知回胴式遊技機との相違点をそれぞれ検討し,
相違点① 本件考案は,割当時間の時間消費を計時するために計時手段を具備している点
相違点② 本件考案は,割当時間内では次回ゲームへの進行を禁止する禁止手段を具備している点
相違点③ 本件考案は,割当時間が消費された時は,次回のゲーム進行禁止手段を,解除手続にて解除する点
相違点④ 本件考案は,割当時間内に次回の開始操作が行われた場合,割当時間が消費されたときに,次回へのゲームを自動的に開始させるものである点
以上の相違点があるとした上,相違点①については,単なる技術的事項であり,相違点②ないし④については,当業者ならば極めて容易に想到することが可能であるとして,本件考案は,進歩性を欠如し,無効であると判断した。
(8) 本訴提起と和解
原告は,被告に対し,平成18年2月16日,本件請求と併せて,2億9159万2000円の再実施料(証紙不貼付分)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて提訴した。
これに対し,被告は,原告に対し,平成18年10月3日,3億8118万円の実施料及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて反訴を提起した(当庁平成18年(ワ)第10317号)。
原告と被告は,平成20年3月4日,被告が原告に対して平成13年4月1日ないし平成17年3月31日までの再実施料として1億2322万8480円の,平成17年4月1日ないし同年6月30日までの再実施料として6506万5630円の各支払義務があることを認め,原告が被告に対して平成10年4月1日以降,本件実用新案権等の実施料の支払義務があることを認め,別途その金額を定めることなどを内容とする和解をした。
2 本件各提訴が構成員5社に対する不法行為を構成する不当訴訟に該当するか
(1) 民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(権利等)が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。
(2) 本件各提訴の根拠となる権利関係について
ア 前提事実(6)のとおり,被告は,本件各提訴について,請求を放棄している。
これは,本件各提訴の請求原因として主張されていた本件実用新案登録の無効審決が確定したことを受けたものであり,同審決の確定により,本件各提訴はその根拠を失ったこととなる。
また,本件実用新案登録の有効,無効にかかわらず,本件契約の解除が無効であれば,やはり,被告の本件各提訴はその根拠を失うこととなる。
そこで,本件各提訴が構成員5社に対する不法行為を構成するか否かについては,被告が,本件各提訴当時,上記の各事情(本件実用新案登録に無効理由があること,本件解除が無効であること)についての認識内容が問題となるので,以下,検討する。
イ ところで,被告は,無効審決及びその取消訴訟の結論を批判し,本件実用新案登録には無効理由がないことを述べるが,上記無効審決は確定しており,その結果について対世効があることを考えると,当訴訟において,本件実用新案登録が無効でないことを主張することは許されないというべきである。
(3) 無効理由についての認識について
ア 原告は,被告が,本件実用新案登録に無効理由があることを知りながら本件各提訴を行ったと主張する。
たしかに,本件実用新案登録に無効理由があることは前記1(7)(前提事実(6))のとおりであるが,その無効理由は,本件実用新案権にかかる考案が,パチスロ機製造業者において周知の遊技機に,計時手段など(前記1(7)イの相違点①~④)を付加したものであるが,付加することが容易に想到することのできるものであって,進歩性を欠如するというものである。
しかし,このような評価がやむを得ないとしても,当然に,出願時において,出願人である被告が,進歩性を欠如していることを知り,もしくは容易に知り得たことまでを推測させるものではない。
むしろ,前記1(2)のとおり,原告の設立後,本件実用新案権が有効であることを前提として,原告と被告との間で,本件実用新案権を含む特許権等の工業所有権につき,実施許諾契約が締結されていることが認められる(乙2)。同じパチスロ機製造業者の集まりである原告との間で,本件実用新案権が有効であることを前提とした実施許諾契約が締結されていることに照らしても,被告が本件各提訴を行った時点において,本件実用新案登録に無効理由があると知り,もしくは,容易に知ることができたとはいえない。
イ なお,本件実用新案登録の出願は,原告の設立前にされており,被告の本件実用新案登録出願をもって,原告やその構成員に対する関係において,直接的な背信的行為ということはできない。
(4) 解除の効果についての認識について
ア 前記1(5)のとおり,被告としては,本件契約に基づく再実施料の不払があると認識し,本件契約を解除したと認めることができる。
原告において,実際にどの程度の実施料不払があったのか,また,その経緯については,必ずしも明確でないところがあるが,前記1(5)のとおり,少なくとも,平成11年4月分以降,実施料の不払があったことが認められる。
また,本件契約(乙2)10条は「第5条所定の実施料の支払いを3ヶ月間怠ったとき」を解除事由としている(なお,「乙(原告)が解除することができる。」と記載されているが,その解除事由の内容や甲10,11の記載から,甲(被告)においても解除することが可能であると考える。)。
上述した事情を総合すると,上記実施料の不払の事情としては,被告がアンケートに回答しなくなったこともひとつの理由となっていることが窺える。しかし,そのことを考慮しても,なお,被告において,原告による実施料不払を理由に,本件契約を解除することができると判断したことをもって,解除事由の存在しないことを知りながら,又は容易に知りえたにもかかわらず,本件契約を解除した上,本件各提訴をしたと認定することはできないというべきである。
イ 原告の主張について
(ア) 原告は,一部解除があり得ないと主張する。
しかし,平成8年4月1日付の本件契約(乙2)は,外見上少なくとも,独立の契約であり,その契約に債務不履行がある場合,解除できると考えたとしても,直ちに不合理であるとはいえない(仮に,本件契約のみの解除が不相当であったとしても,被告が,他の構成員の有する特許権等を実施することにより発生する法律関係について,別途,解決する必要が生じるに過ぎない。)。
そうすると,解除原因の存否にかかわらず,被告において,解除原因の存しないことを知り,又は,容易に知り得たと認めるに足りる証拠がないことには変わりない。
(イ) 原告は,実施利用の分配ができなくなったのは被告の行為に起因し,本件解除が信義則に違反すると主張する。
このことは,被告が,アンケートに回答しなくなったことをいうものと解される。たしかに,この点により,解除の効果に影響を与える可能性を否定できないが,その一方で,アンケートの集計の取り方について複数の構成員に不満があったこと(前記1(5)),そのことを原因として紛争となったことが窺える。しかも,被告はその時点では証紙の貼付は行っていた。これらのことを考えると,被告がアンケートに回答しなくなったからといって,被告において,原告の実施料不払を理由に本件契約を解除できると考えたとしてもやむを得ない側面を有しており,本件解除を行ったことを信義則に違反するということは困難である。
(ウ) 原告は,被告が,供託金を受領したことや,反訴を提起したことをもって,本件解除を撤回したと主張する。
しかし,これらの行為はいずれも,本件解除や本件各提訴の後の行為であって,本件各提訴の不法行為該当性の有無に影響を及ぼすことはないというべきである。
(5) まとめ
以上によると,被告が,本件各提訴にかかる訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くことにつき,これを知りながら,又は容易に知り得たにもかかわらず,本件各提訴をしたということは困難であり,本件各提訴をもって,構成員5名に対する不法行為を構成するということはできない。
その他,被告が,本件各提訴により,裁判制度の趣旨目的に照らし,著しく相当性を欠くと認められる事情が存すると認めることはできない。
3 本件各提訴が原告に対する不法行為もしくは債務不履行に該当するか否か
本件各提訴を理由とする被告の原告に対する不法行為,債務不履行の主張は,いずれも,本件各提訴が,構成員5社に対する不法行為が成立することを前提としているところ,前記2において検討したとおり,被告の本件各提訴をもって,構成員5社に対する不法行為を構成するということはできず,本件各提訴が,原告に対する不法行為もしくは債務不履行を構成することもないというべきである。
第5結論
以上によると,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 島村雅之 裁判官 北岡裕章)