大阪地方裁判所 平成18年(ワ)1824号 判決 2006年11月30日
<住所略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
田村康正
京都市<以下省略>
被告
コトブキ株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
B
主文
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の建物について,大阪法務局北大阪支局平成18年1月27日受付第4369号根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。
2 被告は,原告に対し,1762円及びこれに対する平成18年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを6分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主文第1項同旨
2 被告は,原告に対し,9万1762円及びこれに対する平成18年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告の原告に対する貸付金債権は,利息制限法所定の制限利率による充当計算後の同債権を受働債権,被告の取引履歴不開示による不法行為に基づく原告の被告に対する損害賠償請求権を自働債権とする相殺の意思表示により消滅し,原告所有の建物に設定された被告の根抵当権も消滅したなどと主張して,被告に対し,所有権に基づく妨害排除請求権としての根抵当権設定仮登記の抹消登記手続及び不法行為に基づく損害賠償(但し,上記相殺後の残額。これに対する上記相殺の日の翌日である平成18年6月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を含む。)を求めた事案である。
第3前提となる事実(争いのない事実については,証拠を掲記しない。)
1 被告は,貸金業を目的とする株式会社である。
2 原告は,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。(甲4)
3 原告は,別紙計算書記載のとおり,被告から金員を借り入れ(約定利率は年54.75%),被告に対して返済を行った。(乙3ないし6)
4 被告は,平成17年12月22日,原告との間で,本件建物について,極度額を100万円,被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引による債権,債務者を原告,根抵当権者を被告とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定契約を締結した。(乙2)
5 被告は,平成18年1月27日,本件建物について,上記4の本件根抵当権の設定契約に基づき,極度額を100万円,被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引,証書貸付取引,保証取引及び保証委託取引,債務者を原告,権利者を被告とする根抵当権設定仮登記(大阪法務局北大阪支局平成18年1月27日受付第4369号。以下「本件仮登記」という。)を経由した。(甲4)
6 原告訴訟代理人は,原告から債務整理の依頼を受け,平成18年1月25日,被告を含む原告の債権者らに対し,受任通知及び債権調査への協力依頼を内容とする文書を送付し,同月28日,同文書は被告に到達した。(甲1,弁論の全趣旨)
7 被告は,平成18年2月9日,原告訴訟代理人に対し,原告に対する貸付金債権について,平成17年12月22日から平成18年1月25日までの取引経過を記載した文書をファクシミリにより送付した。(甲2)
8 原告訴訟代理人は,平成18年2月20日,被告に対し,平成17年12月22日以前の原告との取引経過の開示を求める債権再調査依頼書を送付したが,被告は開示しなかった。(甲3)
9 原告は,平成18年2月23日,本件訴訟を提起し,同年3月4日,被告に対して取引履歴の不開示による損害賠償等を求める旨記載された本件訴状が被告に送達された。(顕著な事実)
10 被告は,平成18年3月23日の本件第1回口頭弁論期日に欠席したため,次回期日までに被告から取引経過に関する計算書を提出する旨の記載がある答弁書が擬制陳述され,さらに,同月28日,取引経過に関する書証を次回期日までに速やかに提出するよう求める当裁判所からの事務連絡文書が被告に送達された。(顕著な事実)
11 被告は,平成18年4月24日,平成16年11月1日から平成18年1月25日までの取引経過を記載した法定利息再計算書(乙1)を当裁判所に提出した。(乙1,顕著な事実)
12 原告は,被告が提出した法定利息再計算書(乙1)は信用できないとして,平成18年4月25日,被告に対する文書提出命令の申立てを行った(当裁判所平成18年(モ)第3020号)。(顕著な事実)
13 被告は,平成18年4月28日の本件弁論準備手続期日において,法定利息再計算書(乙1)を提出したが,その内容に誤りがあるとして,取引経過に関する書類を整理し,書証として提出すると述べ,同年5月12日,訂正した法定利息再計算書(乙6)を当裁判所に提出した。(乙6,顕著な事実)
14 原告は,平成18年6月8日付け請求の趣旨減縮及び請求原因変更の申立書において,被告の原告に対する貸付金の残元金及びこれに対する遅延損害金の各請求権を受働債権,被告の取引履歴不開示による不法行為に基づく原告の被告に対する損害賠償請求権を自働債権として,これらを対当額において相殺する旨の意思表示をし,同申立書は同月6日に被告に到達した。
第4争点及びこれに対する当事者の主張
1 取引履歴不開示による不法行為の成否
(原告の主張)
被告は,被告の認める受任通知受領時である平成18年1月28日から起算して約3か月半の期間にわたって取引履歴を開示せず,しかも取引履歴不開示をも理由とする本件訴訟を提起されても,いったんは虚偽の取引履歴を提出した上で,ようやく取引履歴の開示に至ったものである。
そして,原告による取引履歴の開示要求が濫用にわたると認められる事情など存在しなかったのであるから,被告の不当な取引履歴不開示は不法行為を構成するというべきである。
なお,被告は,法定利息再計算書(乙1)を作成する際,入力ミスがあった旨主張するが,顧客台帳(乙3)には,平成16年10月13日の50万円の貸付けに始まり,同月18日,20日,25日,27日,同年11月1日,同月5日その他の各返済について記載されているにもかかわらず,法定利息再計算書(乙1)には,原告の記憶に基づく推計計算において貸付日とされた同月1日の借入れに始まり,同月5日以降の返済のみが記載されており,入力ミスとしてはいささか不自然というほかない。
(被告の主張)
原告による取引履歴の開示請求が濫用にわたると認められる事情が特段存在しなかったこと,被告が当初提出した法定利息再計算書(乙1)が実際の取引内容と異なっていたことは認めるが,被告はあえて虚偽の取引履歴を提出したのではない。
すなわち,被告においては,顧客の取引履歴を顧客台帳(乙3)の形で管理しており,契約の切替えがあった際には,いったん従前の取引は終了し,新たな取引が始まるとの理解の下,取引ごとに管理している。原告の場合,平成16年10月13日に被告との間で取引を開始し,同年12月15日,平成17年2月2日,同年3月15日,同年5月24日,同年7月28日,同年10月27日,同年12月22日にそれぞれ契約の切替えを行っているため,顧客台帳が8枚にわたっている。
そして,被告の顧客管理のシステム上,これらの取引を自動的に一連のものとして利息制限法所定の利率で再計算することはできないため,利息制限法所定の利率で再計算する場合には,借入れや返済の年月日及び金額を別の計算ソフトに改めて手入力する必要があるところ,被告が当初提出した法定利息再計算書(乙1)について手入力する際,入力のミスがあったために,実際の取引内容と異なる内容となってしまったのである。
また,被告は,受任通知を受領してから約3か月経過後に法定利息再計算書(乙1)を提出しているが,これは上記のとおり,改めて借入れや返済の年月日及び金額を手入力する必要があるため,相応の期間を要したものであり,被告がいたずらに取引履歴の開示を遅らせたのではない。
したがって,被告が本件訴訟提起後に原告との取引履歴を開示したことが,不当な取引履歴不開示に当たるものではなく,ましてや不法行為を構成するものでもない。
2 損害の有無及び額
(原告の主張)
(1) 慰謝料 30万円
原告は多重債務者であり,経済的立ち直りと生活再建のために弁護士に任意整理を依頼した。しかし,被告が取引履歴を開示しないため,被告との交渉において著しく不利な立場に立たされていると同時に,全体としての任意整理が進展せず,原告の経済的立ち直りと生活再建が妨げられた。その結果,原告は不安定な状態のままに放置されているのであって,著しい精神的苦痛を受けている。
また,このような状況を打開するためには取引履歴不開示に基づく損害賠償請求を内容とする訴訟手続を取るほかなくなった。この訴訟提起のために,原告は記憶に基づく取引履歴の再現に時間と労力を費やさなければならなかった。本件訴訟提起後も,原告は,複雑な訴訟手続や文書提出命令の申立てなどを強いられ,裁判の長期化とともに,その精神的苦痛は大きくなった。
このように,被告の取引履歴不開示によって原告が被った精神的苦痛を総合的に金銭評価すると,30万円を下らない。
(2) 弁護士費用 10万円
原告は,本件訴訟(慰謝料及び過払金返還請求)の遂行を弁護士に依頼し,弁護士費用として10万円を支払うことを約した。
取引履歴不開示の不法行為に基づく損害賠償請求は,弁護士に依頼しなければできないものであるから,その弁護士費用は,被告の不法行為と相当因果関係のある損害である。
また,原告は,被告の取引履歴不開示という不法行為により,被告に対する債務を整理するため,過払金返還請求訴訟を提起せざるを得なくなり,このような訴訟は,法令等に関する専門的知識を要することから,弁護士に依頼しなければ遂行することができず,その弁護士費用も,被告の不法行為と相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)
争う。
3 根抵当権の消滅・無効
(原告の主張)
原告は,平成18年6月8日付け請求の趣旨減縮及び請求原因変更の申立書をもって,被告の原告に対する貸付金の残元金28万1486円及びこれに対する遅延損害金の各請求権を受働債権,被告の取引履歴不開示による不法行為に基づく原告の被告に対する損害合計40万円の賠償請求権を自働債権として,これらを対当額において相殺する旨の意思表示をし,同申立書は同月6日に被告に到達した(なお,同日までの遅延損害金は2万6752円である。)。
したがって,本件根抵当権の被担保債権である貸付金債権は消滅し,本件根抵当権も消滅した。
仮に,本件根抵当権の消滅が認められないとしても,被告は,出資法の定める日賦貸金業者の要件を満たしていないにもかかわらず,一般の貸金業者を上回る年54.75パーセントの利息を徴収するなど,原告との間で出資法違反の貸付けと弁済受領を繰り返していたのであるから,被告の原告に対する一連の貸付行為は全体として公序良俗に違反するものであり,このような公序良俗違反の貸付金の取立てのために行われた本件根抵当権の設定契約も公序良俗に違反するものとして無効となるというべきである。
(被告の主張)
争う。
第5当裁判所の判断
1 争点1(取引履歴不開示による不法行為の成否)について
貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきであり,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである(最高裁平成17年7月19日判決・民集59巻6号1783頁参照)。
前記第3の前提となる事実,証拠(甲2,乙3ないし5)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,被告との間で,別紙計算書記載のとおり,平成16年10月13日に最初の借入れを行ってから平成18年1月25日に最後の返済を行うまでの間,借入れと返済を繰り返していたところ,原告訴訟代理人は,原告から債務整理の依頼を受け,同日,被告を含む原告の債権者らに対し,受任通知及び債権調査への協力依頼を内容とする文書を送付し,同月28日,同文書は被告に到達したこと,ところが,被告は,同年2月9日,原告訴訟代理人に対し,原告に対する貸付金債権について,平成17年12月22日以降の取引履歴のみを開示した上で,利息制限法上の制限利率により再計算をしても平成18年1月25日現在の残元金が50万8544円である旨通知したこと,原告訴訟代理人は,同年2月20日ころ,被告に対し,平成17年12月22日以前の原告との取引経過を開示するよう求めたが,被告は開示しなかったこと,そのため,原告は,同月23日,本件訴訟を提起し,同年3月4日,本件訴状が被告に送達されたこと,被告は,答弁書の中で,次回期日までに取引経過に関する計算書を提出すると述べた上で,同年4月24日,平成16年11月1日から平成18年1月25日までの取引経過を記載した法定利息再計算書(乙1)を提出したこと,これに対し,原告は,同年4月25日,被告に対する文書提出命令の申立てを行ったこと,これを受けて,被告は,同月28日の本件弁論準備手続期日において,法定利息再計算書(乙1)の内容に誤りがあることを認め,同年5月12日,顧客元帳(乙3)や借用証書等(乙4,5)とともに,平成16年10月13日以降の全ての取引経過を記載した,訂正後の法定利息再計算書(乙6)を提出したこと,以上の事実が認められる。
上記の認定事実を総合すれば,被告は,原告訴訟代理人から事実上の取引履歴の開示請求を受けた後,まず,最後の貸付け以降の取引履歴のみを開示し,本件訴訟提起後も,実際には平成16年10月13日に最初の貸付けが行われていたにもかかわらず,同年11月1日に最初の貸付けが行われたかのように記載された法定利息再計算書(乙1)を提出して,同日以降の取引履歴のみを開示し,その後,ようやく訂正後の法定利息再計算書(乙6)を提出し,平成16年10月13日以降の全ての取引履歴を開示したというのであり,それまでの間,約3か月にわたって,被告は,原告から取引履歴の開示を求められたにもかかわらず,全ての取引履歴を開示しなかったのであるから,このような被告の行為は不法行為を構成するものというべきである。
なお,被告は,法定利息再計算書(乙1)の記載が誤っていたのは作成時の手入力にミスがあったために過ぎず,その提出までに約3か月を要したのも作成時に手入力が必要であったためであるとして,被告の取引履歴不開示は不法行為に当たらないと主張するが,単なる手入力によるミスで,実際には返済がされた日(平成16年11月1日)に最初の貸付けがされたとされ,実際には最初の貸付けがされた同年10月13日から同月27日までの取引履歴を入力しなかったというのは不自然であること,法定利息再計算書(乙1)の内容やこれが提出されるまでに要した期間等にかんがみれば,被告の上記主張は前記判断を左右するものとはいえない。
2 争点2(損害の有無及び額)について
前記前提となる事実及び前記1の認定事実によれば,原告は,原告訴訟代理人に対し,債務整理を依頼し,原告訴訟代理人は,平成18年1月25日,被告を含む原告の債権者らに対し,受任通知及び債権調査への協力依頼を内容とする文書を送付するなどして,原告の債務整理に着手したが,当初,被告からは,平成17年12月22日以降の取引履歴しか開示されなかったため,本件訴訟が提起され,その後も,まず,平成16年11月1日以降の取引履歴のみが開示され,平成18年5月12日になってようやく,平成16年10月13日以降の取引履歴が開示されたこと,そのため,約3か月にわたって,原告の被告に対する債務内容を正確に把握することができず,この間,原告の債務整理を進めることができなかったため,これによって,原告は精神的苦痛を被ったことが認められ,上記認定の被告の原告に対する取引履歴開示に至る経緯やこれに要した期間,上記の取引履歴開示によって明らかとなった原告の債務額に加え,本件訴訟における被告の応訴態度等,本件にあらわれた一切の事情を総合考慮すれば,前記1認定の被告の不法行為によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は25万円,弁護士費用は6万円と認めるのが相当である。
3 争点3(根抵当権の消滅・無効)について
前記前提となる事実によれば,原告は,平成18年6月6日,被告の原告に対する貸付金の残元金及びこれに対する遅延損害金の各請求権を受働債権,被告の取引履歴不開示による不法行為に基づく原告の被告に対する損害賠償請求権を自働債権として,これらを対当額において相殺する旨の意思表示をしたこと,最後の返済後(同年1月25日)における被告の原告に対する貸付金の残元金は,利息制限法所定の制限利率により再計算すると,別紙計算書記載のとおり28万1486円であること,この残元金に対する同日から上記相殺の日である同年6月6日までの利息制限法所定の制限利率の範囲内である年26.28パーセントの割合による遅延損害金は,2万6752円(計算式 28万1486円×132日/365日×0.2628=2万6752円〔1円未満切り下げ〕)であることが認められ,前記1及び2のとおり,原告は被告に対して合計31万円の損害賠償請求権を有しているから,被告の原告に対する貸付金の残元金及びこれに対する遅延損害金の各請求権(合計額30万8238円)は,上記相殺により全部消滅し,かつ,原告は,被告に対して,1762円及びこれに対する上記相殺の日の翌日である平成18年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求権を有していると認められる。
そうすると,本件根抵当権の被担保債務は全て消滅し,原告と被告との間の取引も終了したといえるから,本件根抵当権は消滅したというべきであり,被告は,本件仮登記の抹消登記手続を行わなければならない(根抵当権設定契約証書(乙2)第18条参照)。
なお,被告は,原告に対して毎日集金を行っていた旨主張し,訂正後の法定利息再計算書(乙6)においても,各弁済から次の弁済までの期間のうち,1日のみを利息,その余は遅延損害金の制限利率により計算しているが,原告に対して毎日集金を行っていたことを裏付ける証拠はないから,別紙計算書記載のとおり,上記期間の全てについて,利息の制限利率により計算すべきであり,訂正後の法定利息再計算書(乙6)における計算方法は採用できない。
第6結語
よって,原告の請求は,所有権に基づく妨害排除請求権により本件仮登記の抹消登記手続並びに不法行為による損害賠償請求権に基づき1762円及びこれに対する平成18年6月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 大森直哉)
<以下省略>