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大阪地方裁判所 平成18年(ワ)4533号 判決 2010年4月15日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

斎藤英樹

松本洋介

住所<省略>

亡Y1訴訟承継人

被告

Y2

住所<省略>

被告

Y3

上記2名訴訟代理人弁護士

大森孝参

住所<省略>

被告

Y4

住所<省略>

被告

Y5

同訴訟代理人弁護士

和田宏徳

主文

1  被告Y4及び同Y5は,原告に対し,連帯して1558万5654円及びこれに対する平成16年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告Y2及び同Y3は,原告に対し,各自779万2827円及びこれに対する平成18年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告の被告Y2及び同Y3に対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  この判決は,第1項及び第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文第1項と同旨

2  被告Y2及び同Y3は,原告に対し,各自779万2827円及びこれに対する平成16年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,インカムベストフォレックス株式会社(現在の商号「SEAMEX株式会社」。以下「訴外会社」という。)との間で外国為替保証金取引を行っていた原告が,(1)被告らに対し,被告Y2及び同Y3(以下,併せて「被告Y2ら」ということがある。)の被相続人であるY1,被告Y4(以下「Y4」という。)及び被告Y5(以下「被告Y5」という。)が共謀の上,被告Y5が原告に無断で為替売買を行って損失を発生させ,訴外会社が原告に対して負っている保証金返還債務の額を数字上減らして,訴外会社が原告に保証金を返還できないようにし,保証金相当額の損害を被らせたと主張して,不法行為(民法709条,719条1項前段)に基づく損害賠償として,また,(2)被告Y2ら及び同Y4に対し,①取締役であったY1及び被告Y4が顧客保護のための適法な営業体制を構築する職務執行上の義務を怠ったために被告Y5が上記無断売買を行ったとして,②Y1及び被告Y4が顧客からの預り金を会社の固有資産とは分別管理する義務を怠ったことにより,保証金を返還するための資金が訴外会社に確保されず,原告が訴外会社に預託していた保証金が返還されなくなったと主張して,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)266条の3第1項に基づく損害賠償として,訴外会社から返還されていない保証金相当額1558万5654円及び不法行為の日の後の日である平成16年11月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提となる事実(争いがない事実及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は,昭和43年○月○日生まれの女性であり,訴外会社との取引当時36歳であった。

イ 訴外会社は,外国為替取引に係る売買,媒介及び取次等を業とする株式会社である。訴外会社は,原告との間で下記(2)の取引をした当時,東京に本店を設置し,大阪市内に大阪支店と新大阪支店を有していたが,平成16年9月ころ,新大阪支店は大阪支店に統合された。

その後,訴外会社は,平成17年12月ころ,外国為替保証金取引に関する業務を廃業した。

ウ 被告Y4は,訴外会社の代表取締役である。被告Y4は,専ら訴外会社大阪支店の業務を取り仕切っていた。

エ(ア)Y1は,平成16年9月まで訴外会社の代表取締役の地位にあり,平成17年6月から平成20年6月26日に死亡するまで取締役の地位にあった。

(イ)被告Y2はY1の妻であり,同Y3はY1の子であり,被告Y2らは,Y1の債権債務を各2分の1ずつの割合で相続した。

オ 被告Y5は,訴外会社大阪支店の支店長であり,平成16年9月ころ,訴外会社新大阪支店が大阪支店に統合された後,原告の担当者が退社したため,これを引き継いで原告の担当となった。

(2)  原告と訴外会社との外国為替保証金取引

ア 原告は,平成16年2月18日,訴外会社(新大阪支店)との間で,外国為替保証金取引に関する委託契約を締結し,同年3月3日から同年6月22日までの間,別紙外国為替保証金取引一覧表(以下「本件取引一覧表」という。)記載番号1ないし31の外国為替保証金取引を行い(以下「本件取引」という,),同年6月30日までに,訴外会社に預託した保証金は2400万円に達した。

イ 原告は,平成16年11月11日,訴外会社に対し,未決済建玉のうち,オーストラリアドル186ロットを決済し,保証金残金2493万7180円のうち,2275万円の返還を請求した。

(3)  訴外会社によるデイトレード取引と損失の発生

訴外会社は,原告の計算によるものとして,平成16年11月15日,16日及び17日に,それぞれ本件取引一覧表記載番号32ないし34のデイトレードによる外国為替保証金取引(以下「本件デイトレード」という。)を行った結果,合計1630万円の差引損失が発生した。

(4)  保証金の返還拒否と前件訴訟の提起

ア 本件デイトレードにより上記(3)の差引損失が生じたため,訴外会社は,原告の保証金残高から同額を充当し,原告の上記(2)イの保証金返還請求に応じなかった。

イ 原告は,平成16年,訴外会社を被告として,本件デイトレードは,訴外会社の従業員が無断でしたものであり,その効果は原告に帰属しないとして,訴外会社に対し,上記取引に係る委託契約に基づき,保証金残額1630万円の返還を求めるとともに,理由なく上記保証金の返還を拒絶したことが不法行為であると主張して,慰謝料100万円及び弁護士費用173万円の支払を求める訴訟(以下「前件訴訟」という。)を大阪地方裁判所に提起し,同裁判所は,平成18年2月2日,被告Y5が,原告に無断で本件デイトレードを行ったなどとして,原告の請求を全部認容する判決をし,同判決は確定した。

ウ 訴外会社は,上記判決に先立ち,平成17年11月30日,原告に対し,和解金の一部として344万4346円を支払った。

3  本件の争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  被告Y5による無断売買の有無(争点1)

【原告の主張】

被告Y5は,原告に無断で本件デイトレードを行ったものである。

原告がそれまでに行っていた取引は,20ロット単位のものにすぎなかったのに対し,本件デイトレードは,本来5000万円から6000万円もの保証金が必要な1000から1500ロットという大量のものである上,原告は,その数日前に保証金の返還を求めているのであるから,本件デイトレードのような取引を委託するはずがない。

【被告Y5の主張】

本件デイトレードが無断売買であることは否認する。

被告Y5は,平成16年11月12日午後8時ころ,原告と面談した際,デイトレード取引を勧誘し,その取引方法について説明したところ,原告は,「損はしたくないから,利益を取れるようにやってくださいね。」と述べて,デイトレードによる取引を行うことを了解した。

【被告Y4の主張】

被告Y5が無断売買をしたことを否認する。

原告が保証金返還請求をした当時,訴外会社は原告の保証金を十分に支払える現金を保有しており,無断売買を行う必要性はなく,被告Y5が無断売買を行うことは考えられない。

【被告Y2らの主張】

争う。

(2)  被告らの責任原因(争点2)

ア Y1,被告Y4及び同Y5の共同不法行為(民法719条1項前段)

【原告の主張】

(ア) 被告Y5は,被告Y4の指示により,訴外会社に原告に対する保証金の返還を免れさせるため,原告に無断で本件デイトレードを行って訴外会社が原告に対して負っているとされる保証金返還債務の額を形式上減らすなどし,会社をして原告に保証金を返還させなかった。

(イ) Y1は,原告への保証金の返還を認めることなく,被告Y4に対して無断売買を指示し,また,被告Y4は,被告Y5に「俺が責任をとるからやれ」と指示し,上記(ア)のとおり,被告Y5をして無断売買を行わせた。

(ウ) したがって,Y1,被告Y4及び同Y5は,原告に無断で本件デイトレードを行って訴外会社が原告に対して負っているとされる保証金返還債務の額を形式上減らすなどし,会社をして原告に保証金を返還させなかったことについて共同不法行為責任(民法719条1項前段)を負う。

【被告Y4及び被告Y5の主張】

争う。

上記(1)で主張したとおり,本件デイトレードは無断売買ではないから,不法行為責任を負うことはない。

【被告Y2らの主張】

本件デイトレードは,被告Y4が被告Y5に指示して強引に行ったものである。当時,Y1は東京にいて,1週間に1度くらいの割合で東京本社に出社していただけであり,本件取引の報告も受けていなかったし,本件デイトレードが行われた当時は,既に代表取締役を退いており,代表取締役の権限を行使してこれを回避することは不可能であった。

仮に,Y1において,本件デイトレードが行われた当時,被告Y4に対して何らかの監督義務を負っていたとしても,被告Y4に対し,再三にわたって顧客を保証金取引を行う能力がある人に限定すること,リスクを十分説明すること,無断売買・包括一任売買や断定的判断の提供をしてはならないこと,預かり保証金は極力分別保管することなどを申し渡していたものであり,それにもかかわらず,被告Y4が,これに反して強引に本件取引を行ったものであるから,Y1に義務違反はなく,不法行為責任を負うことはない。

イ Y1及び被告Y4の取締役の第三者に対する責任(旧商法266条の3第1項)

【原告の主張】

(ア) 適法な営業体制構築義務違反

a 不特定多数の投資家に対し,外国為替保証金取引を勧誘し,取引を行う場合には,当該業務を営む会社の取締役は,①不適格投資家の勧誘禁止,②投機性の十分な説明,③断定的判断の提供禁止,④無断売買や一任売買の禁止といった適正な業務体制を構築し,従業員を指導する義務を負う。

b 訴外会社は,適合性原則違反,説明義務違反,断定的判断の提供,一任取引,手数料稼ぎのための無意味な反復売買を行ったことなどを理由に,平成17年以降次々と訴訟を提起されるなど,トラブルが多発しており,組織的に違法・不当な勧誘を奨励し,保証金の返還を拒否する手段として,顧客の同意を得ない日計り取引を行っていたところ,被告Y4は,被告Y5に指示し,本件デイトレードについて無断売買を行わせたものであり,被告Y5に対する指導監督を怠ったものであり,Y1は,被告Y5による上記無断売買を推奨ないし黙認していたものであって,いずれも取締役の上記義務を怠ったものであり,被告Y4及びY1には,職務執行の懈怠につき悪意又は重大な過失がある。

c なお,Y1は,登記簿上は平成16年6月18日に取締役を退任したことになっているが,その旨の登記は,平成17年8月12日に同年6月に再び取締役に就任した旨の登記と併せてなされている上,訴外会社の設立時から本件デイトレードが行われる直前まで代表取締役の地位にあり,顧客からの保証金入金・出金や顧客の預り金管理など経理関係を掌握していたこと,旭興産への支払の名目で訴外会社から毎月役員報酬も受けていたこと,被告Y4もY1の同意なく自由に金を出金できなかったことからすると,本件デイトレードが行われた当時,Y1が訴外会社の経営に関与していたことは明らかである。

仮に,Y1が営業等に直接関与していなかったとしても,訴外会社の立ち上げに関わり,東京本社にも出社していたのであるから,被告Y4に報告を求めて適法な営業体制を構築することは可能であったはずであって,それにもかかわらず,被告Y4に訴外会社の営業を一任し,同被告に対する指導監督を放棄し又は同被告の行為を黙認していたことは,それ自体に重大な過失があるというべきである。

(イ) 保証金の分離保管義務違反

a 訴外会社は,顧客に対し,保証金を自社の財産と分別管理する旨確約していたことに加え,改正金融先物取引法において分離保管義務が規定されたが(同法91条1項,同法施行規則29条の6第1項),改正前の本件についても,この種の差金取引を扱う業者は,当然に分別保管義務を負うことからすれば,訴外会社においては,顧客預かり保証金の分別管理の体制を整え,預かり保証金を会社経費に流用することのないような経理体制を構築すべき義務を負っていたというべきである。

b しかし,訴外会社は,顧客からの預かり保証金を訴外会社の販売管理費等の経費支払や他の顧客への支払のために充当し,原告の保証金についても分別管理を実施しなかったため,保証金を返還するための金員が会社に確保されず,原告が訴外会社に預託していた保証金を返還することができなくなったのであるから,訴外会社の取締役である被告Y4及び取締役であったY1には,職務執行の懈怠につき悪意又は重大な過失が認められる。

c Y1は,訴外会社の業務立ち上げに協力し,東京本社に出社して経理関係を把握していたのであるから,訴外会社が大幅な赤字状態にあり,保証金が経費に流用されて顧客の保証金に見合う現金や預金を保有していなかったことを把握していたはずであるところ,訴外会社が原告に対して保証金返還義務を負っていることを知りながら,訴外会社の資産を自らのために費消して,故意に原告の保証金返還請求権を侵害したものである。

【被告Y4の主張】

(ア) 適法な営業体制構築義務違反

a 被告Y4が被告Y5に対する指導監督を怠ったことは否認する。

b 被告Y4は,普段から社員に対する教育,委託者へのリスク説明は徹底して行っていた。訴外会社が提起された訴訟については,新大阪支店は被告Y4の管轄外であるし,大阪支店の事件についても,訴外会社の従業員に当該訴訟の原告らが主張するような違法行為はなかった。

(イ) 保証金の分離保管義務違反

a 訴外会社が顧客の保証金を分離保管していなかったことは否認する。

b 訴外会社の経費は,東京本社と大阪支店のみでは2500万円もかかっておらず,保証金を経費に流用する必要はなかった。訴外会社の資金管理はすべて東京本社で行っており,大阪支店を経営していた被告Y4は,これに関与していない。

【被告Y2らの主張】

(ア) 適法な営業体制構築義務違反

a 訴外会社の取締役に適法な営業体制を構築する義務があることについては認める。

b しかし,Y1は,被告Y4が訴外会社の代表取締役に就任した平成15年3月,被告Y4に訴外会社の経営権を実質的に譲渡しており,訴外会社が外国為替保証金取引の営業を実際に開始したのは,被告Y4が代表取締役に就任した後である。Y1は,当初東京本社において訴外会社の業務立ち上げを手伝っていたが,営業,顧客関係はすべて被告Y4が行っていたために関与しておらず,特に,被告Y4が支配していた大阪支店の営業,顧客関係については知ることもできなかったし,訴外会社から利益配当も役員報酬も受領したことがなかった。同年5月ころまでに訴外会社の立ち上げ作業は終了し,Y1は,それ以降は1週間に1度くらいの割合で東京本社に出社し,会社の財務状況をチェックして時々被告Y4に意見する程度であった。Y1は,平成16年3月1日,被告Y4に対し,訴外会社の全株式を譲渡したが,被告Y4が譲渡代金を支払うことができず,同年9月30日を支払期限としたため,同日まで訴外会社の代表取締役の肩書きを残すことにしたが,結局,被告Y4から株式譲渡代金の支払はなされず,前同日,代表取締役を退任したものである。

以上のとおり,Y1は,本件デイトレードが行われた当時,既に訴外会社の代表取締役の地位を外れており,業務執行権を有しておらず,大阪支店の従業員に対する指揮監督権限もなかった。

(イ) 保証金の分離保管義務違反

本件デイトレードが行われた平成16年11月ころは,訴外会社に対して保証金の分離保管を義務付ける法令は存在せず,訴外会社は,顧客に対し,同社における顧客口座での資金管理について分離保管を確約していなかったが,Y1は,被告Y4に対し,保証金等の分離保管を申し渡していた。しかし,被告Y4からは,訴外会社において保証金の返還遅延による紛議が発生した旨の報告を受けたことはなかったし,また,訴外会社の外国為替保証金取引事業の廃業の際には,顧客らの保証金は全額返還されている。そもそも,訴外会社は,本件デイトレードについて被告Y5による無断売買はないとして,原告主張の1630万円の保証金返還請求権の存在を否定していたのであるから,仮に顧客からの保証金一般について分離保管義務を遵守していたとしても,原告の上記保証金については分離保管されることはなかったはずである。

したがって,訴外会社が顧客に対する保証金等の分離保管義務を遵守していなかったとしても,Y1に職務懈怠について悪意,重過失はない。

(3)  損害及び因果関係(争点3)

【原告の主張】

ア 訴外会社は,無断売買による差引損失の発生を理由に保証金1630万円の返還を拒否した。

イ なお,原告は,前件訴訟において,1903万円(保証金1630万円,慰謝料100万円,弁護士費用173万円)を全部認容する判決を受けたが,訴外会社から一部和解金として344万4346円を受領したのみで,残額は受領していない。

上記一部和解金は,前訴訟で認容された慰謝料100万円及び弁護士費用173万円に充当され,その残額が保証金に充当された。仮に上記弁済指定が認められないとしても,民法491条により,まず弁護士費用とその損害金,次に保証金の損害金,最後に保証金の元本に充当される。

ウ よって,原告の損害は,保証金残額相当額の1558万5654円となる。

【被告Y5の主張】

ア 争う。

イ 仮に本件デイトレードが無断売買であったとしても,無断売買の効果は原告に帰属せず,原告が訴外会社に対して有する保証金返還請求権には何らの影響を及ぼさないのであるから,原告に損害は発生していない。

また,原告が最終的に保証金の返還を受けられなかったとしても,それは訴外会社に保証金を返還するだけの資力がなかったことによるのであって,原告の主張する無断売買によって回収不能になったものではない。

したがって,いずれにせよ本件デイトレードによって生じた損害は存在しない。

【被告Y4の主張】

争う。

【被告Y2らの主張】

ア 争う。

イ 仮に,本件デイトレードが行われた当時,被告Y4に対し,Y1が監督権限を有していたとしても,本件デイトレードが原告に無断で行われた経緯は,上記3(2)ア【被告Y2らの主張】において主張したとおりであって,Y1の監督義務違反と本件デイトレードによる原告の損害との間には因果関係がない。

また,Y1が,訴外会社について適法な営業体制を構築する義務を尽くしていたとしても,被告Y4がそれに従った蓋然性は低く,被告Y5による無断売買を阻止することはできなかったから,Y1の適法な営業体制を構築する義務違反と原告の損害との間には因果関係がない。

さらに,保証金の返還ができないのは,訴外会社の廃業に伴う資力喪失によるものであるから,分離保管義務違反と保証金の返還不能との間にも因果関係がない。

第3争点に対する判断

1  認定事実

上記前提となる事実に加え,証拠(甲3,7の1及び2,甲7の3ないし9,8の1及び3,甲9の2及び7,甲13,14,15の1ないし3,16,17,18の2,甲19ないし21,23,33ないし36,乙ア2,3,乙イ55,証人A,被告Y4本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実を認めることができる。

(1)  当事者等

ア 原告は,昭和43年○月○日生まれの女性であり,訴外会社との取引当時36歳であった。

イ 訴外会社は,外国為替取引に係る売買,媒介及び取次等を事業内容とする株式会社であり,本件取引当時,東京に本店を設置していたほか,大阪市内に大阪支店及び新大阪支店を有していたが,平成16年9月ころ,新大阪支店は大阪支店に統合された。

その後,訴外会社は,平成17年12月ころ,外国為替保証金取引に関する業務を廃業した。

ウ 被告Y4は,平成15年3月20日に訴外会社の代表取締役に就任し,いったん平成16年6月18日に退任した後,平成17年6月23日に再び代表取締役に就任したものであって(ただし,上記退任及び再就任の登記がなされたのは,いずれも平成17年8月12日である。),実質的に訴外会社大阪支店における業務を取り仕切っていた。

Y1は,平成15年1月26日に代表取締役に就任したが,平成16年6月18日に取締役を退任(平成17年8月12日登記)し,同年9月30日に代表取締役を辞任(同年10月14日登記)した後,平成17年6月23日に再び取締役に就任(同年8月12日登記)し,平成20年6月26日に死亡するまで取締役の地位にあった。

被告Y5は,訴外会社大阪支店の支店長であり,平成16年9月ころ,訴外会社新大阪支店が大阪支店に統合された後,原告の担当者が退社したため,これを引き継いで原告の担当となった。

(2)  Y1の被告Y4に対する業務指示等

Y1は,平成15年9月ころから平成16年4月ころにかけて,被告Y4に対し,「保証金が利益で二倍三倍に膨らみながら放置されているのは理解出来ない!!」「このような顧客管理では,もし円安状態が反落しても値洗いのプラスが多少少なくなるだけで,手仕舞いしてもかなりの利益になり返還の危険が大であろう!!」「現状のキャッシュフローからみてこれらの顧客が利食いして返還要請が来たら対処出来ない。極めて危険な状況である,私と君の資産を投入しても対処出来ないのは明白である。状態を良く把握して顧客管理を行うように切望する。」(平成16年3月9日)などというメールを送信して,訴外会社の業績向上を鼓舞し,あるいは,顧客番号を具体的に示して「以下の顧客に対する顧客管理を,充分なる指導力を発揮して万全に行うように」(同月10日)とか,「昨日要請した顧客管理のうち次の口座は,未だ適切な措置が完了していない!早急に適切な顧客管理を実行するように,漫然とした顧客管理では昨日から今日に掛けての変動を営業成績に結びつけられない!」(同月11日)などと記載したメールを送信するなどして,業務について具体的な指示をしていた。

(3)  原告と訴外会社との本件取引等

ア 原告は,平成16年2月18日,訴外会社(新大阪支店)との間で,外国為替保証金取引に関する委託契約を締結し,同月25日に100万円,同年3月3日に300万円(合計400万円)を預託して,オーストラリアドル40ロット(40万ドル)を買い付け,本件取引を開始した。

イ 本件取引の手数料は,1万ドル(1ロット)につき4000円であり,注文時間は午前9時から午後5時までの8時間であった。原告は,訴外会社との間で綿密な情報交換を行い,ほぼ毎日,訴外会社担当者に外国為替の市場状況等を尋ねたり,同担当者から報告を受けるなどしており,売買注文に当たって,個別具体的に取引数量等を指示していた。

ウ その後,円高ドル安傾向が続いて値洗損が拡大したことから,原告は,損失を回避するため,預託保証金を追加するとともに,本件取引一覧表のとおり,オーストラリアドル,英国ポンド,米国ドル,EUユーロ及びニュージーランドドルを1ロットないし20ロットずつ買い足したけれども,値洗損が縮小しないまま,平成16年6月30日時点において,未決済建玉は218ロット,値洗損は907万8200円となり,預託保証金は合計2400万円にまで達した。

エ 原告は,上記ウのとおり,本件取引において多額の損失を出したことから,外国為替取引について知識を得ようと考え,外国為替保証金取引業者である株式会社a社(以下「a社」という。)の求人に応募して,平成16年6月から,同社において,非常勤のファイナンシャルコンサルタントとして働くようになった。

a社における外国為替保証金取引は,手数料が米国ドル10万ドルにつき200ドル(同年11月5日からは100ドルに値下げされた。)で,24時間注文可能であり,ディーリングが設けられていたことから,原告は,訴外会社との取引を控え,a社と取引しようと考え,同年7月6日ころ同社と外国為替保証金取引契約を締結して,自ら売買注文を出すようになった。

オ その後,円安ドル高傾向が進み,平成16年11月5日の時点で値洗益が15万2200円まで回復したことから,原告は,未決済建玉を決済して保証金の返還を求めようと考え,同月11日,被告Y5に対し,未決済建玉のうち,オーストラリアドル186ロットを決済し,保証金残高2493万円余から未決済建玉32ロット分の保証金160万円を控除した残高から2275万円を一括出金するよう依頼した。

(4)  本件デイトレードと損失の発生

ア 被告Y5は,被告Y4に対し,原告から依頼があった上記保証金の一括出金の決済を求めたところ,被告Y4は,被告Y5に対し,保証金を返還しなくてすむように,できる限り原告との取引を継続すべく,デイトレード取引を勧誘するように指示した。

イ 被告Y5は,被告Y4の上記指示を受けて,平成16年11月12日朝,原告に対し,2275万円の一括返還は難しく,1か月に50万円から100万円程度なら返還できる旨申し出たところ,原告が,これを拒否し,訴外会社の東京本社や大阪支店に再三抗議の電話をかけ,警察を呼ぶなどと言ったため,同日午後8時ころ,大阪市内の飲食店で原告と面談(以下「本件面談」という。)し,原告に対し,同月18日に保証金2275万円を一括して返還すると述べた。

その際,原告が訴外会社の手数料が他社と比べて高いなどと不満を述べたことから,被告Y5は,デイトレードなら通常の手数料の半分であるし,ポンドやユーロなら1日の動きが比較的大きく,目先の数時間の値動きを予想する方が2,3か月先の値段を予想するよりは確率が高いなどと述べて,デイトレード取引を勧誘してみたが,原告は,「デイトレードは,ずっと値段をみていないといけないし,売りたいときに担当の人に電話がつながらないときもあるんじゃない。」などと述べ,訴外会社における注文可能な時間も午前9時から午後5時までであって,他の会社が24時間注文可能であることに比べ,取引がしにくいなどと述べて,訴外会社を通じたデイトレード取引に対し,消極的な態度を示した。

ウ そこで,被告Y4は,Y5に対し,「おれが責任とるから,いいからやれ。」などと述べて,原告に無断でデイトレード取引を行うよう指示し,被告Y5は,同月15日,原告に無断で,英国ポンド1000ロットを売り立てし,同日夕方に決済したところ,50万円の利益が出た。被告Y5は,同月16日午後0時36分ころ,原告に電話をかけ,同月18日には2275万円を一括入金するように手続した旨報告するとともに,「それと,昨日50万円儲かりました。」と言って,原告に対し,デイトレード取引を行ったことを告げたところ,原告は,「私の了承もなしでそんなに取引したら,負けたとき誰が負担するの。」「黙ってまた今度同じことをされても困る。」「事前の承認をもらうのは当然のこと。」などと抗議した。しかし,被告Y5は,同日午後も,原告に無断で1500ロットの英国ポンドを売り立てし,同日夕方に決済したところ,1035万円の損失が発生した(なお,原告は,同日,a社に対し,合計2ロットの英国ポンドの買い注文を出している。)。

エ さらに,被告Y5は,上記1500ロットの英国ポンドのデイトレードにより1035万円の損失を出したことを原告に報告することなく,同月17日午前10時56分,原告に電話をかけ,「今日取引しませんか。」などと勧誘したが,原告の取引内容等についての質問に対して,「ドルとかポンドとか」と言うだけで,売建てか買建ての説明をすることなく,値段についても「まだわからないので,後で電話します。」となどと答えながら,原告に連絡しないまま,同日,原告に無断で1500ロットの英国ポンドのデイトレードを実行し,645万円の損失を発生させた。

(5)  その後の経過等

ア 原告は,同月17日,被告Y5から電話がなく,訴外会社大阪支店に電話をしてみたものの,同人が不在であったことから,訴外会社東京支店に電話をかけたところ,同支店から,同月16日と17日の両日も,原告の名前でデイトレード取引が行われていることを聞いた。被告Y5が,同日午後4時39分ころになって電話を掛けてきたことから,原告は,被告Y5に対し,「本社から聞いたけど,16日と17日に為替売買したの。」と尋ねたところ,被告Y5は,「ええ,1600万円余り負けてしまいました。」などと答えた。これに対し,原告は,「1600万?そんな,私を殺す気ですか。」「これまで7か月も待っていたのに。」「この間も言ったでしょ,事前に連絡してからにしてと。」「値段なんか事前に言ってないでしょ。」などと詰問したが,被告Y5は,「デイトレードでしたから。」などと言うだけで,原告の質問に対して言を左右にして応答しなかったため,「この3日間の取引を取り消して」などと強く抗議した。原告は,同日午後5時36分ころ,電話をかけてきた被告Y5と善後策を協議したが,一向に進展しなかったため,被告Y5に代わって電話に出た被告Y4に対して,被告Y5の無断売買の経緯等を説明して抗議したところ,被告Y4は,原告に対し,取引経過を報告書にまとめてほしい旨依頼するとともに,同月26日までに双方の言い分を聞いて善処する旨回答した。

イ 原告は,同月22日,訴外会社大阪支店を訪れ,被告Y4に対し,本件デイトレードは無断売買であり,直ちに保証金を返還することを要求し,訴外会社の録音テープを確認することを要請した。

ウ しかしながら,訴外会社は,同月26日になっても,被告Y5の無断売買を認めず,本件デイトレードにより1630万円の差引損失が生じ,原告が預託した保証金残金をもって損失に充当したとして,原告の上記(3)オに係る2275万円の保証金返還請求に応じなかったことから,原告は,同月29日,すべての未決済建玉を処分し,保証金残額320万円余の返還を受けた。

(6)  原告の前件訴訟提起等

ア 原告は,本件デイトレードは,訴外会社の従業員が無断でしたものであってその効果は原告に帰属しないとして,訴外会社を被告として,上記取引に係る委託契約に基づき,保証金残額1630万円の返還を求めるとともに,理由なく上記保証金の返還を拒んだことが不法行為に当たるとして,慰謝料100万円及び弁護士費用173万円の支払を求める前件訴訟を大阪地方裁判所に提起した。同裁判所は,平成18年2月2日,原告の請求を全部認容する判決をし,同判決は,確定した。

イ 訴外会社は,同訴訟の判決までの上記判決に先立ち,平成17年11月30日,原告に対し,一部和解金として344万4346円を支払った。

ウ なお,訴外会社は,平成15年12月,詐欺行為等,適合性原則違反,説明義務違反,過当取引を理由として,顧客から,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起され,平成16年3月,800万円を支払って和解したが,平成17年に入ると,顧客から,上記理由のほか,断定的判断の提供及び無断売買等を理由として,本件を含む8件の不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(請求総額9278万円余)が更に提起され,うち3件については,同年末までに裁判上の和解をした(ちなみに,和解内容は,いずれも請求金額について支払義務を認めた上で,その一部を遅滞なく支払った場合は,残余を免除するというものである。)。

2  争点1(被告Y5による無断売買の有無)について

(1)  上記認定事実によれば,被告Y5が,原告に無断で本件デイトレードを行ったことは明らかというべきである。

(2)ア  この点,被告Y5は,原告が同被告に対し,本件デイトレードの包括的な一任売買取引をなすことを委任した旨主張し,証拠(甲20,21)中にも,被告Y5が本件面談の際に本件デイトレードを勧誘し,その説明をしたところ,原告が「損はしたくないから利益をとれるようにやってくださいね。」と答えたので,「●●●さんに実績出せるように頑張ります。」と答えた旨,上記主張に沿うかのような供述部分がある。

しかしながら,上記認定事実(3)のとおり,原告は,訴外会社との取引を縮小し,有利な投資環境が整っているa社との取引に切り替えようと考えており,平成16年後半から円安ドル高傾向が進み,同年11月5日時点で値洗損が解消したことから,訴外会社における建玉を整理し,預託した保証金を引き上げるべく,訴外会社に対し,預託保証金残高の大半である2275万円の一括返還を強く要求していたものである。これに加え,原告の本件取引においては,英国ポンドが最も少なく,オーストラリアドルを中心として行われ,取引数量は,6月11日の60ロットの売建を除いては,最大20ロットしかないのに比べ,本件デイトレードは,値幅の大きい英国ポンドを取引通貨として,本件取引の50倍ないし75倍に当たる1000ロットないし1500ロットという大量の取引であって,原告がそれまで行っていた本件取引の態様と明らかに異なるものであること,それにもかかわらず,その勧誘に当たって,本件取引開始時に訴外会社が原告に示した取引説明書やリスク開示書面等は全く示されていないし,約諾書等を作成した形跡も窺われず,新たな取引を開始する際に通常なされると考えられる説明や意思確認作業がなされたとは認められないこと,その他その余の上記認定事実に照らし,被告Y5の上記供述は信用することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。同被告の上記主張は採用できない。

イ  また,被告Y4は,原告が保証金返還請求をした当時,訴外会社は原告の保証金を十分に支払える現金を保有しており,無断売買を行う必要性はなかったと主張して,被告Y5の無断売買を争うけれども,上記主張を裏付けるに足りる証拠はない上,そもそも被告Y4は,上記認定事実(4)ウのとおり,被告Y5に対し,「おれが責任とるから,いいからやれ。」などと述べて,原告に無断でデイトレードを行うよう指示していることに照らし,被告Y4の上記主張も採用できない。

(3)  したがって,本件デイトレードは,いずれも原告の委託に基づかない被告Y5の無断売買であったというべきである。

3  争点2(被告らの責任原因)について

(1)  争点2ア(Y1,被告Y4及び同Y5の共同不法行為)について

ア 被告Y4及び同Y5の不法行為責任について

(ア) 上記2で認定判断したとおり,本件デイトレードは,被告Y5が原告に無断で行ったものであり,被告Y4がこれを被告Y5に指示したことは,上記1(認定事実)(4)ウのとおりであるところ,上記認定事実(4)ないし(6)によれば,被告Y4は,被告Y5に対し,保証金を返還することなく,できる限り原告との取引を継続し,デイトレード取引を勧誘するように指示し,原告が上記勧誘に応じないと見るや,本件デイトレードを原告に無断で行うことを指示し,これを行わせたこと,本件デイトレードによって損害が発生した場合は,有効な取引によって損失が発生したものとして,これを理由に原告の保証金返還請求を拒否していたものであることが認められる。本件デイトレードを行うことによって,保証金の返還を免れようとしていたことは,訴外会社において,デイトレードは1ロット当たり往復2000円の手数料が必要であり,手数料は決済時に保証金残高から差し引かれることになっており,本件デイトレードにおいては,平成16年11月15日の取引分について200万円,同月16日及び17日の各取引分について各300万円という多額の手数料が発生していること(甲8の2ないし4)からも裏付けられる(なお,被告Y5は,上記1(認定事実)(4)ウのとおり,無断売買であるにもかかわらず,平成16年11月16日,原告に対し,「昨日50万円儲かりました。」などと報告していることからすると,本件デイトレードで利益が出た場合には,これを理由にして原告に訴外会社との取引を継続させることにより,保証金の返還を引き延ばそうとしていたとも推認されるところである。)。

(イ) そうすると,被告Y5は,被告Y4の指示を受けて,上記の目的を持って,原告に無断で本件デイトレードを行い,被告Y4において,これにより発生した損失を口実に,訴外会社をして一貫して原告の保証金返還請求に応じさせないようにするなどして,原告の保証金返還請求を故意に妨げ,その実現を困難にしたものといえるから,被告Y5及びY4は,同被告らの上記行為により原告が被った損害について,共同不法行為責任(民法719条1項前段)を負うものというべきである。

イ Y1の不法行為責任について

なお,原告は,Y1も,訴外会社の資金繰りないしY1の関与する第三者(旭興産)の利益を図るために,被告Y4を通じ,被告Y5をして原告に無断で本件デイトレードを行わせ,損失の発生を理由にして,訴外会社をして原告の保証金の返還請求に応じさせないようにし,原告の保証金返還請求を故意に妨げて,その実現を困難にしたなどとして,被告Y4及び被告Y5とともに共同不法行為責任を負う旨主張し,被告Y4は,本人尋問において,Y1から保証金の出金を止められ,原告にデイトレードを勧めるように指示された旨,原告の上記主張にそう供述をする。

しかしながら,被告Y4の上記供述は,本人尋問において初めてなされたものであって,それまでは,Y1が本件デイトレードに関与していたような主張も供述もなかったものであり,上記本人尋問が行われた時点で既に死亡していたY1に責任を転嫁するために,そうした供述をした可能性も払拭することはできず,被告Y4の供述をそのまま信用することはできない。そして,他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠もない以上,原告の上記主張は,前提を欠き,理由がない。

(2)  争点2イ(Y1の取締役の第三者に対する責任(旧商法266条の3第1項))について

ア 上記1(認定事実)(1)ウに加え,Bが,平成16年6月18日に取締役を退任し,平成17年6月23日に取締役に就任した旨登記されていること(甲2。ただし,上記退任及び再就任の登記がなされたのは,いずれも平成17年8月12日である。)に照らすと,Y1が,平成16年6月18日に取締役を退任し,9月30日に代表取締役を辞任した後,平成17年6月23日に再び取締役に就任し,被告Y4が同日代表取締役に就任するまでの間,新しい取締役及び代表取締役が選任されず,取締役の員数が欠け,また,代表取締役も欠けていたのであるから,旧商法258条1項によれば,平成16年9月30日から平成17年6月23日までの間,Y1が,訴外会社の取締役及び代表取締役としての権利義務を有していたものと認められる。

イ 上記(1)アで認定説示したとおり,被告Y4及び被告Y5は,原告に無断で本件デイトレードを行い,これにより損失が発生したことを口実に,一貫して訴外会社をして原告の保証金の返還請求を拒絶させるなどして,原告の保証金返還請求を故意に妨げて,その実現を困難にしたものというべきところ,上記1(認定事実)(6)ウのとおり,訴外会社は,平成15年12月,詐欺行為等,適合性原則違反,説明義務違反,過当取引を理由に,顧客から,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を起こされ,平成16年3月,和解金800万円を支払って和解したにもかかわらず,その後,平成17年に入るや,顧客から,上記理由のほか,断定的判断の提供及び無断売買等を理由として,更に本件を含む8件の不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(請求総額9278万円余)が起こされたことなどからすると,外国為替保証金取引について,取締役の任務懈怠や従業員の不正行為により顧客の利益を害することのない適正な業務体制が構築されていたとは到底いえない状況であったと認められる。

そして,Y1は,本件デイトレードが行われた当時,上記アのとおり,訴外会社の代表取締役としての権利義務を有しており,業務執行全般について指揮統括する立場にあって,訴外会社の業務である外国為替保証金取引に関する取締役の任務懈怠や従業員の不正行為によって顧客の利益を害することのない適正な業務体制を構築する職責を負っていたものと認められる。しかるに,Y1は,取締役の任務懈怠や従業員の不正行為を誘発するような訴外会社における上記業務体制を是正する具体的措置をとらなかったばかりか,上記1(認定事実)(2)のとおり,被告Y4に対し,メールで訴外会社の業績向上を鼓舞し,あるいは,そのための顧客管理について具体的な指示を与えるなどしていたものであって,Y1が平成15年1月26日から平成20年6月26日に死亡するまでの間,取締役及び代表取締役としての権利義務を有する期間を含め,代表取締役ないし取締役の地位にあったことを併せ考えれば,上記職責を果たすことは十分に可能であったといえ,少なくとも重大な過失によりこれを怠ったというべきである。

ウ この点について,被告Y2らは,Y1は,被告Y4に対し,再三顧客対象は保証金取引を行う能力がある人に限定すること,リスクを十分説明すること,無断売買・包括一任売買や断定的判断の提供をしてはならないこと,預かり保証金は極力分別保管することなどを申し渡していたなどと主張するが,これを裏付けるに足りる証拠はない上,仮に,被告Y4に対し,そうした指示をしていたとしても,上記1(認定事実)(6)ウのとおり,訴外会社が,わずか1年の間に,顧客から8件にも及ぶ不法行為に基づく損害賠償請求訴訟が起こされていることなどからすれば,そのことをもって,Y1が適正な業務体制の構築について代表取締役としての職責を果たしていたといえない。

また,被告Y2らは,Y1が,取締役としての職責を果たし,義務を尽くしていたとしても,被告Y4がそれに従った蓋然性は低かったなどと主張するが,これを裏付ける証拠はないし,むしろ,被告Y4に対し,上記イで認定した内容のメールを送信するなどして,訴外会社の業績回復を鼓舞していたことからすると,被告Y4に対する影響力を少なからず有していたものと認められ,被告Y2らの主張は採用できない。

エ 以上によれば,Y1は,被告Y4及び被告Y5が原告に無断で本件デイトレードを行い,これにより損失が発生したことを口実にして,訴外会社をして原告の保証金の返還請求を拒絶させるなどしたことにより原告が被った損害について,取締役の第三者に対する責任(旧商法266の3第1項)を負うものというべきである。

4  争点3(損害及び因果関係)について

(1)  上記1(認定事実)(5)ウのとおり,訴外会社は,本件デイトレードによって1630万円の差引損益が発生したとして原告に対して保証金1630万円の返還を拒否したものであるところ,上記2及び3で認定説示したとおり,被告Y4及び同Y5の共同不法行為,そしてY2の取締役としての任務懈怠により,無断売買である本件デイトレードにより発生した損失を口実に,一貫して原告の保証金の返還請求を拒むなどして原告の保証金返還請求を故意に妨げ,その実現を困難にした結果,原告は,上記と同額の損害を被ったものと認められる。

(2)ア  被告Y5は,本件デイトレードが無断売買であったとしても,無断売買の効果は原告に帰属せず,原告が訴外会社に対して有する保証金返還請求権には何らの影響を及ぼさないのであるから,原告に損害は発生していないなどと主張するが,これまで認定説示したきたとおり,本件デイトレード及びこれにより発生した損失を口実にした原告の保証金返還請求に対する拒否等の一連の行為は,飽くまで原告に対する保証金返還を免れる手段として行われたものであり,そして,上記1(認定事実)(2)に係るメールの記載内容からすれば,本件取引当時,訴外会社には顧客からの保証金の返還請求に応じ得るだけの十分な資金がなかったことがうかがわれるところ,上記1(認定事実)(1)イ及び(6)イのとおり,訴外会社は,同訴訟の判決までの上記判決に先立ち,平成17年11月30日,原告に対し,一部和解金として344万4346円を支払っただけで,平成17年12月ころ,外国為替保証金取引に関する業務を廃業したことからすれば,本件デイトレードが行われた時点においても,訴外会社において顧客からの保証金の返還請求に応じ得るだけの十分な資金があったとはいえず,そうすると,本件デイトレードの法律上の効果が原告に帰属するか否かにかかわらず,本件デイトレード及びこれにより発生した損失を口実にした原告の保証金返還請求に対する拒否等の一連の行為が,原告の訴外会社に対する保証金返還請求の行使を著しく困難にするものであったことは明らかであって,それ自体が原告に損害を与えるものというべきである。

また,被告Y5は,最終的に原告が保証金の返還を受けられなかったとしても,それは訴外会社に保証金を返還するだけの資力がなかったことによるのであって,原告に無断で行った本件デイトレードによって回収不能になったものではないから,本件デイトレードと因果関係がない旨主張するけれども,損害についての上記説示に照らし,採用しない。

イ  被告Y2らは,本件デイトレードが行われた当時,仮に,Y1が被告Y4に対して何らかの監督義務を負っていたとしても,被告Y4に対し,再三にわたって顧客を保証金取引を行う能力がある人に限定すること,リスクを十分説明すること,無断売買・包括一任売買や断定的判断の提供をしてはならないこと,預かり保証金は極力分別保管することなどを申し渡していたものであり,それにもかかわらず,被告Y4が,これに反して強引に本件取引を行ったものであるから,被告Y4に対する監督義務違反と本件デイトレードによる原告の損害との間には因果関係がないとか,訴外会社について適法な営業体制を構築する義務を尽くしていたとしても,被告Y4がそれに従った蓋然性は低く,被告Y5による無断売買を阻止することはできなかったから,Y1の適法な営業体制を構築する義務違反と原告の損害との間には因果関係がないなどと主張するが,上記3(2)において認定説示したとおり,適正な業務体制を構築する職責を果たすことは十分に可能であったし,被告Y4に対しても,少なからぬ影響力を有していたものと認められることからして,被告Y2らの主張は採用できない。

なお,被告Y2らは,保証金の返還ができないのは,訴外会社の廃業に伴う資力喪失によるものであるから,Y1の上記職責に関する義務違反と保証金の返還不能との間にも因果関係がない旨の主張をするようであるが,被告Y5の同趣旨の主張と同様,上記アにおける説示に照らし,採用できない。

(3)  そして,原告は,上記1(認定事実)(6)ア及びイのとおり,前件訴訟において1903万円(保証金1630万円,慰謝料100万円,弁護士費用173万円)を全部認容する判決を受けたが,訴外会社から一部和解金として344万4346円を受領しているところ,上記一部和解金を,前訴訟で認容された慰謝料100万円及び弁護士費用173万円に充当し,その残額を保証金に充当した保証金残額相当額1558万5654円をもって原告の損害額と認めるのが相当である。

5  被告らが支払うべき賠償額

(1)  そうすると,被告Y4及び同Y5は,原告に対し,連帯して1558万5654円及びこれに対する不法行為の後の日である平成16年11月18日から支払済みまで年5分の割合による金員(なお,被告Y2及び同Y3とは,それぞれ779万2827円及びこれに対する平成18年5月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員の範囲で連帯)を支払う義務がある。

(2)  上記第2,2(前提となる事実)(1)エ(イ)のとおり,Y1は平成20年6月26日に死亡し,妻である被告Y2と子である同Y3がY1の債務を各2分の1ずつの割合で相続したから,被告Y2らは,原告に対し,それぞれ被告Y4及び同Y5と連帯して779万2827円及びこれに対する平成18年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う義務がある(なお,原告は,旧商法266条の3第1項に基づく損害賠償請求についても,被告Y4及び同Y5に対する請求と同様,平成16年11月18日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めているけれども,旧商法266条の3第1項に基づく損害賠償請求に係る債務は,履行の請求を受けたときから遅滞となるから,被告Y2らは,本件訴状の送達を受けた日の翌日である平成18年5月13日から遅延損害金を支払うべき義務があることになる。)。

第4結論

以上のとおりであるから,原告の本訴請求のうち,被告Y4及び同Y5に対し,連帯して1558万5654円及びこれに対する平成16年11月18日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員(なお,被告Y2及び同Y3とは,それぞれ779万2827円及びこれに対する平成18年5月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員の範囲で連帯)の支払を求める原告の請求は,いずれも理由があるから,これを認容し,被告Y2及び同Y3に対する請求は,それぞれ被告Y4及び同Y5と連帯して779万2827円及びこれに対する平成18年5月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないから,上記限度で認容し,その余を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合裕行 裁判官 塚田有紀 裁判官眞鍋美穂子は,てん補のため署名押印できない。裁判長裁判官 河合裕行)

<以下省略>

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