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大阪地方裁判所 平成18年(ワ)8099号 判決 2008年1月11日

原告

同訴訟代理人弁護士

斉藤真行

被告

Y株式会社

同代表者取締役

同訴訟代理人弁護士

森岡利浩

主文

一  被告は、原告に対し、一八八万一〇〇〇円及び別紙(省略)遅延損害金表の内金欄記載の各内金に対する各起算日欄記載の日から支払い済みまで年六%の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

1  被告は、原告に対し、三七六万二〇〇〇円及び別紙(省略)遅延損害金表の内金欄記載の各内金に対する各起算日欄記載の日から支払済みまで年六%の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第二事案の概要

1  本件は、原告が別紙(省略)時間外労働時間一覧表記載の労働を行ったとして、これについての法内残業賃金、時間外手当、深夜勤務手当及び休日勤務手当(以下「時間外手当等」という)の支払い及びその遅延損害金並びに未払い時間外手当等と同額の付加金の支払を求めた事案である。

2  前提となる事実

当事者間で争いのない事実及びかっこ内に摘示した証拠から容易に認められる事実は以下のとおりである。

(1)  当事者等

ア 被告

被告は、織ネーム、プリントネームの製造及び販売、美術印刷製品の製造及び販売、経営コンサルタント及び販売促進の企画、各種コンテンツ・アプリケーションの制作等を業とする株式会社である。主に、衣料品等のブランドのロゴを開発したり、衣料品に付されているタグのデザイン、製造、販売を業務としている(書証省略)。

被告には、①営業グループ、②企画営業グループ、③営業支援グループ、④業務管理グループ、⑤総務・経理グループの五つの部門がある。

また、被告は、大阪に本社を置くほか、東京と上海に支店を有する。

社員数は約四〇名である。うち二〇名から二五名くらいが大阪本社に在籍する(証拠省略)。

イ 原告

原告は、平成一三年八月二〇日、被告に採用され、大阪本社で勤務し、企画営業グループに所属し、平成一七年一二月一五日に退職した。

ウ B(以下「B」という)

被告の取締役であり、ゼネラルマネージャーの地位にある。被告代表者の息子である。被告の全部門の全体的な統括者である。

(2)  賃金の締め日と支払日

被告における賃金の締め日は、毎月一五日、支払日は、当月二五日であった。なお、平成一六年二月一六日から同年三月一五日までを「平成一六年三月度」とするように、期間中の末尾の所属する月で賃金の月度を呼んでいた。

(3)  基本給及び諸手当

ア 平成一六年三月度と同年四月度

基本給 一一万一〇八〇円

職制手当 一四万九〇〇〇円

合計 二六万〇〇八〇円

イ 平成一六年五月度から平成一七年四月度まで

基本給 一一万三五三〇円

職制手当 一五万四〇〇〇円

合計 二六万七五三〇円

ウ 平成一七年五月度から同年一二月度まで

基本給 一一万五七〇〇円

職制手当 一五万四〇〇〇円

合計 二六万九七〇〇円

(4)  勤務時間

始業時刻 午前八時五〇分

終業時刻 午後五時三〇分

休憩時間 正午から午後一時まで(一時間)

所定労働時間 七時間四〇分

(5)  一時間当たりの平均賃金の算出方法

被告における時間外手当を算出するための基礎となる一時間当たりの平均賃金の算出は、基本給と諸手当(家族手当、通勤手当を除く)の合計額を一年における一か月平均所定労働時間数で除する方法により算出される。

ア 年間所定労働時間の算出

(ア) 平成一六年三月度から平成一七年四月度まで

被告における休日は、日曜日、国民の祝日、毎月の最終土曜日を除く土曜日であった。そこで、この期間の出勤日は、二六〇日となる。

所定労働時間七時間四〇分に二六〇日を乗じ、一二か月で除すると、一六六と九分の一時間である。

(イ) 平成一七年五月度から同年一二月度まで

この期間、被告は、年間休日カレンダー(書証省略)を作成し、休日を一一四日と定めた。そこで、この期間の出勤日は、二五一日となる。

所定労働時間七時間四〇分に二五一日を乗じ、一二か月で除すると、一六〇と三六分の一三時間となる。

イ 一か月当たりの平均賃金の算出

(ア) 平成一六年三月度及び同年四月度

二六万〇〇八〇円を一六六と九分の一時間で除することにより得られる。

(イ) 平成一六年五月度から平成一七年四月度まで

二六万七五三〇円を一六六と九分の一時間で除することにより得られる。

(ウ) 平成一七年五月度から同年一二月度まで

二六万九七〇〇円を一六〇と三六分の一三時間で除することにより得られる。

(6)  タイムカードの打刻による退勤時刻及び勤怠管理表記載の退勤時刻

別紙(省略)時間外労働一覧表記載のとおりである(書証省略)。ただし、平成一六年六月一五日については、退勤時刻として打刻された時刻は、午後一〇時五四分である。

(7)  原告がBに送信した電子メール(書証省略)

原告は、平成一七年一月一二日、Bに対し、就業規則改定の際に意見を述べる「従業員代表を決めるにあたって、代表者になることができない管理者というのはY社にとって誰が該当するのでしょうか?例えばC支店長代理やD支店長代理も含まれるのでしょうか?該当者を教えていただけるでしょうか?」との内容の電子メールを送信した。

(8)  原告が平成一七年四月の就業規則改定の際の従業員代表となったこと

原告は、被告が平成一七年四月就業規則を改定する際、従業員の代表として意見を述べた。

第三争点に関する当事者の主張

1  本件の争点は、①時間外労働の有無及び②原告の管理監督者性の有無である。

2  時間外労働の有無について

(1)  原告の主張(訴状三頁)

原告は、タイムカード(書証省略)及び勤怠管理表記載(書証省略)のとおりの時間、すなわち別紙(省略)時間外労働時間一覧表記載の時間外労働を行った。これによると、時間外手当、休日手当及び深夜勤務手当は別紙(省略)計算表記載のとおりとなる。ただし、タイムカードの記載(書証省略)にかかわらず、平成一六年六月一五日については、時間外労働をしていないものとした。時間外手当の割増率については、以下のとおり。

時間外手当 〇・二五

休日手当 〇・三五

深夜勤務手当 〇・二五(時間外勤務が深夜勤務に及ぶ場合、〇・五)

なお、一〇月九日の休日手当は、一〇時間一一分勤務し、二万三一二一円となるが、これについては、法内残業賃金や、時間外手当に含めず、時間外手当等合計において加算する方法で計算した。

(2)  被告の主張

原告が別紙(省略)時間外労働一覧表記載の時間外労働を行ったとする点については、否認する。実労働時間は、一日当たり七時間四〇分を超えない。

タイムカードに打刻された時刻をもって退勤時刻と認定すべきではない。原告のようなデザイナー職は、きわめて芸術的かつ知的な作業を職務内容としているので、作業を仕上げるに際しても、固定化された所定労働時間内に行うというより、その日までに仕上げなければならない仕事を所定労働時間とは関係なく、その日のうちに仕上げればよい仕事であって、その間、喫茶店で休憩しようがインターネットで遊ぼうが、使用者より何らクレームが出されない状況であり、パーティションで区切られた区画にいたこともあって、タイムカードの打刻は実労働時間は反映していない。

また、平成一六年六月一五日の退勤時のタイムカードについて、直帰した原告の代わり他の従業員が打刻していることからすると、タイムカードの打刻が退勤時刻であると認めることはできない。また、同日に書証(省略)を印刷した時間については、業務に従事していたとは言えない。

3  原告の管理監督者性の有無について

(1)  被告の主張

以下の事実からすると、原告は、平成一六年五月以降は「監督若しくは管理の地位にある者」(労働基準法四一条二号)である。

ア デザイナーであって、勤務時間について厳格な規制をすることが困難であること

原告は、デザイナーとして勤務していたものであるが、デザイナーは、デザインに煮詰まった際に外出して喫茶店で休憩したり、職場の席についていても、インターネット等を利用して仕事とは無関係のことをすることがあるし、業務の遂行についても、デザイナーのペースで仕事を行っている。

イ パーティションで区切っていたこと

原告の要望により、原告のいたデザイナー業務の部門だけは、他の部署から見えないよう、パーティションが設置されていた。そのため、原告らデザイナーがどのような勤務態度で仕事をしているか全く分からない状態になっていた。

ウ 原告の待遇

原告が管理監督者となった平成一六年五月以降、原告は、営業一一級の職制にあって、被告から毎月一五万四〇〇〇円の職制手当の支給を受けている。

ほとんどの被告の社員の職制手当は、八万五〇〇〇円から一二万四〇〇〇円の間にある。原告より高額の職制手当が支給されているのは、業務管理グループのE(職制はマネージャー六級で職制手当は一六万二〇〇〇円。後に一六万八〇〇〇円)と営業グループにあって東京支店を統括するF(職制はリーダー九級で職制手当は一六万九〇〇〇円。後に一七万四〇〇〇円)の二名のみであり、いずれも管理職である。取締役でもあるBの職制手当は一六万〇〇〇〇円で、基本給は月額一五万〇〇〇〇円である。

以上からすると、原告の職制手当は、極めて高額である。

エ 原告自身。管理監督者であると認識していたこと

原告は、通常の労働者であれば時間外手当が請求できることを認識していたにもかかわらず、退職するまで時間外手当の請求を一切していなかった。これは、原告自身、自らが管理監督者であることを認識していたことの証左である。

オ 原告が採用面接を担当したことがあること

原告は、採用面接を担当し、参考意見を述べたこともあった。

カ 原告が企画営業グループ所属の従業員の昇給について意見を述べたこと

原告は、企画営業グループ所属の従業員の昇給について、Bに意見を述べていた。

キ 原告が企画営業グループ所属の従業員の大型有給休暇の取得希望のとりまとめをしていたこと

原告は、企画営業グループ所属の従業員の夏休みやゴールデンウィークの取得希望のとりまとめをしていた。

ク アートディレクターの地位にあったこと

原告は、もともと幹部候補生として採用された。企画営業グループの管理監督については、デザインについての知識を有することが必要で、B等がこれを行うことが無理であり、だからこそ原告を管理監督者とすべく採用したものである。

営業グループが新規案件や大型案件の仕事を獲得してきた場合、営業担当者は、まず、原告に話を持っていっていた。デザインの全体的なアウトラインについては、原告が営業担当者等と打ち合わせて決め、その上で、必要となるそれぞれのデザインにつき、原告が担当者を決め、担当者が作成した何種類かのデザインのうちから原告が善し悪しを決定していた。このことからすると、原告は、アートディレクターの地位にあったものといえる。実際に、Bは、原告を管理監督者とした際、原告に対し、アートディレクターの肩書きを持つよう指示したが、原告が断ったため、肩書きが付されなかったという経緯がある。

また、東京から送られるものも含め、印刷工場へデータを提出する際は、他のデザイナーの分を含めて全て原告が行っていた。すなわち、原告が他のデザイナーのデザインをチェックしていた。

ケ 就業規則の改定の際の従業員の意見のとりまとめ役であったこと

原告は、被告の就業規則の改定の際、従業員の意見のとりまとめ役をしており、労務管理に携わっていた。

コ 原告がデザイン集計表の作成を担当していたこと

原告は、デザイン集計表の作成を担当していた。これは、①原告が管理監督者として、企画営業グループ所属の従業員の収支を把握するため、②収支の悪い社員に対し、直接指導を行うことができるようにするため、③原告にデザイナー間で仕事量に不公平が生じている場合に調整させるようにするため、④効率の悪いデザイナーに対する指導をさせるためであった。

サ 原告が企画営業グループの仮払い手続きを管理していたこと

原告は、企画営業グループの仮払い手続きを管理していた。

シ Bの存在が原告の管理監督者性を妨げないこと

前記のとおり、従業員の採用については、原告の意見を聴取していた。

Bが従業員の出勤、欠勤、遅刻等の管理をしていたことは事実であるが、これは、総務担当者としての職責を果たしたからに過ぎない。旅費交通費や仮払い精算の決裁についても、総務の責任者であったために行ったもので、原告が管理監督者であることを否定することにはならない。Bは、大学の経済学部を卒業し、金融機関に勤務した後、被告で勤務するようになったもので、企画営業グループの本来的業務であるデザイン内容について口出しすることはなかったし、その能力もなく、日報に基づいて指導をするようなことはなかった。デザイン集計表に基づき、各部門の責任者に指示をすることがあったことは事実であるが、これは、全部門の統括者として当然のことである。これらをもって原告の管理監督者性が否定されることにはならない。

(2)  原告の主張

原告が管理監督者であるとの主張は争う。

ア 原告の仕事に「芸術性」や「裁量性」はないこと

原告を含むデザイナーの仕事の実態は、営業など他の部署との連携の下で、納期に拘束されて商品を製作する仕事の一環であり、いわば「数をこなす」仕事をしていたというもので、Bに対して、メールで日報や毎月の一覧表を提出するなどをしており、「芸術性」や「裁量性」はなかった。

また、原告は、喫茶店での休憩や、仕事以外でのインターネットの使用をしたことはない。営業担当者からチェックや督促を受けて仕事をしており、時間管理がルーズであるといったことはない。

イ パーティションが管理を妨げないことについて

被告が主張するパーティションは、確かに設置されているが、一・五メートル程度の衝立を二枚立てただけのものであり、同室の営業担当従業員と隔絶されているわけではなく、営業担当従業員が衝立の上から顔を出してデザイナーの仕事の進み具合を問いただしたり、デザイン提出日や納期(最終入稿)の厳守を求めたりすることも日常茶飯事であった。したがって、デザイナーがどのような勤務態度で仕事をしているか全く分からないといった状況はなかった。

ウ 原告の待遇は管理監督者にふさわしくないこと

原告の待遇は、割増賃金不足を補って余りある経済的待遇とはいえず、管理監督者にふさわしくない。原告の職制手当は、管理監督者である故ではなく、勤続年数に応じて増額されてきた結果である。原告の比較対象となる他の社員は、勤続年数が原告より短く、比較対象として不適切である。また、他の社員と比べて多額であるとも言えない。

エ 原告に管理監督者であるとの認識はなかったこと

原告は、管理監督者であるとの認識を持っていたことはない。在職中に時間外手当の請求をしなかったのは、被告代表者らに対して面と向かって主張する気持ちまでは持てなかったために過ぎない。

オ 採用面接の際の原告の意見は反映されなかったこと

原告は、二回、採用面接に加わったことはある。しかし、うち一回は、当時の企画営業グループの上司であるGマネージャーと共に加わったものである。また、もう一回については、原告の意見が反映されないままであった。また、何の権限もなかった。

カ 原告が企画営業グループ所属の従業員の昇給について意見を述べたことはないこと

原告は、企画営業グループ所属の従業員の昇給について、Bに意見を述べたことはない。また、何の権限もなかった。

キ 原告は、他の従業員の大型有給休暇の希望をそのまま取り次いだに過ぎないこと

原告は、大型有給休暇の希望をとりまとめてBにメールで伝えたことはあるが、これは在籍期間が長かったためである。また、原告は、調整をしたことはなく、単に他の従業員の希望をそのまま取り次いだに過ぎず、調整はBが行っていた。

また、休暇の申請書に対する上司の許可は、平成一六年四月までは、企画営業グループの責任者であったGマネージャーがサインをしていたが、同人の退職後、Bがサインをするようになった。

ク 原告がアートディレクターの地位にはなかったこと

幹部候補生として採用された事実はない。平成一六年四月以前は、企画営業グループの責任者はGマネージャーであったが、その後はBが責任者になった。

新規案件や大型案件の話が必ず原告に持ってこられたとは限らない。また、東京の企画営業グループの案件については、原告がいた大阪に話が持ち込まれたこともほとんどない。デザインのアウトラインについて、原告がいた大阪では、原告かもう一人いた企画営業グループの従業員のいずれか、すなわち各担当者自身が行っていた。東京は、大阪と全く別で、原告は、関与していなかった。仕事の割り振りをする権限もなかった。デザインの決定も、原告が行っていたという事実はない。在籍期間の長い先輩格として、他のデザイナーのサポートをしていたに過ぎない。アートディレクターの肩書きもなかったし、そのような地位にあったこともない。また、Bから、アートディレクターとするような提案を受けたこともない。

また、印刷工場へのデータの提出の際、原告が校正のためのチェックをしていたことは事実であるが、これは、各担当デザイナーがデザインを提出する際、他のデザイナーが校正するという手順になっていたためで、原告のみが行っていたのではないし、営業担当従業員もチェックをしていた。東京からのデータを原告が受け取ることがあったことも事実であるが、これは、印刷工場が大阪にあったことと、原告が経験年数が長かったことから、工場との調整を原告が担っていたためであるに過ぎず、また、原告が行ったのは、校正のためのチェック程度であった。

ケ 原告が就業規則改定の際の従業員の代表者であったことこそが管理監督者性を否定するものであること

原告が就業規則改定の際、従業員の代表者として意見を述べた事実こそが、原告が管理監督者ではなかったことを示している。また、原告のみが従業員の意見をとりまとめたのでもない。

コ デザイン集計表の作成が管理監督者性を根拠づけるものではないこと

デザイン集計表の作成は、確かに原告の役割であった。しかし、これは、原告が管理監督者になる以前、すなわち平成一六年四月以前、企画営業グループの責任者としてGマネージャーがいたころから原告が作成していたもので、管理監督者であることの根拠とはなり得ない。

むしろ、これがBにのみ送付されていたことからすると、同人が企画営業グループの責任者であったとみるべきである。

サ 原告が仮払い手続きを担当していたことはないこと

原告は、Bから仮払金を受け取る役目を担当していたが、仮払い手続きそのものは、各従業員が行っており、原告がその精算に関与したことはない。

シ 企画営業グループの統括責任者はBであったこと

従業員の採用、グループへの配属権限はBにあった。

原告も含め、グループに所属する従業員の出勤、欠勤、有給休暇、遅刻、早退等の管理は、全てBが行っていた。旅費交通費や仮払い精算の手続きもBの決裁を得ていた。退出時に各従業員が日報を電子メールで送信するため、Bは、各デザイナーの業務内容だけでなく、退出時刻まで把握していた。また、デザイン集計表により、Bは、各デザイナーの売り上げを管理し、指導もしていた。

第四当裁判所の判断

1  認定事実

かっこ内に摘示した証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1)  企画営業グループの職務内容等(証拠省略)

企画営業グループの中心的な職務は、デザイン作業である。営業グループの営業担当者が顧客から発注を受けると、まず、業務管理グループが見積もりや納期の確認を行う。企画営業グループは、営業担当者からデザイン依頼書を受け、打ち合わせを行う。企画営業グループのデザイン担当者は、デザイン提出日や納期(最終入稿日)が具体的に指示されたデザイン依頼書に従ってデザインの制作に着手する。最終デザインの提出まで、デザイン担当者は、営業担当者と打ち合わせをしたり、デザイン案の提出をしたりすることを繰り返す。顧客により最終デザインが決定されると、デザイン担当者は、版下データを業務管理グループに提出し、これが最終入稿となる。業務管理グループは、印刷工場へデータを提出し、最終指示や確認を行った上で生産を行う。その際にも営業担当者が関与を続ける。

ときに、企画営業グループの者が、営業担当者に同行して企画提案を行うこともあった。

具体的なデザイン作業は、マッキントッシュ社製のコンピュータを使用し、「イラストレーター」や「フォトショップ」等のソフトウェアで絵を描いたり、写真を加工する等の方法を行っていた。

(2)  企画営業グループの構成員数等(証拠省略)

企画営業グループの構成員数は、時期によって変動があるが、おおむね四人程度であった。

企画営業グループは、大阪本社と東京支社に置かれていた。

(3)  原告の昇級暦

月度 基本給 職制手当

平成一三年九月度 一〇万五〇〇〇円 一四万五〇〇〇円(書証省略)

平成一四年五月度 一〇万五〇〇〇円 一四万九〇〇〇円(書証省略)

平成一五年五月度 一一万一〇八〇円 一四万九〇〇〇円(書証省略)

平成一六年五月度 一一万三五三〇円 一五万四〇〇〇円(書証省略)

平成一七年五月度 一一万五七〇〇円 一五万四〇〇〇円(書証省略)

2  時間外労働の有無について

証拠(省略)によれば、別紙(省略)時間外労働一覧表記載のとおりの時間外労働を行ったことが認められる。

被告は、原告の実労働時間がタイムカードの記載より少ない旨主張するが、可能性を指摘するにとどまるもので、喫茶店での休憩や業務外でのインターネットの使用等を裏付ける証拠は見あたらない。デザイナー一般について言えば、確かに被告が主張するような時間管理が困難な態様で業務を行っている場合もあり得る。しかし、被告においては、労働基準法三八条の三所定の手続きを履践した形跡がないこと、他方でタイムカードや勤怠管理表(書証省略)が導入されていたこと、日報がBに日々送信されていたこと(証拠省略)、デザイン集計表がBに送信されていたこと、書証(省略)からうかがわれる企画営業グループの業務の実態は、デザインのアイデアのひらめきを待って一見無為な時間を過ごすような業務形態ではなく、顧客の定めた納期に合わせてデザインを量産する状況であること等からすると、被告の主張は採用できない。

また、被告は、タイムカードの打刻に不正があったことがうかがわれる旨主張するが、全体の信用性を損なうような証拠は見あたらず、希に他の従業員が原告不在のまま打刻したことがあったに過ぎない。

なお、書証(省略)を印刷するのに要する時間は、数秒に過ぎず、これをもって業務に従事していなかった時間があるとの主張は有意ではない。

以上によれば、原告の時間外手当等は別紙(省略)計算表のとおりとなる。

3  原告の管理監督者性の有無について

(1)  被告の主張のうち、勤務時間について厳格な規制をすることが困難であることをいう点については、そもそも、前記のとおり原告の業務は時間管理が困難なものとはいえない。また、デザイナーであることが管理監督者性を基礎づけるとはいえないところ、被告の主張する点は、原告がデザイナーであることに由来するものであって、これをもって管理監督者性を基礎づけることはできない。

(2)  パーティションで区切っていたために、勤務態度についての管理が困難であったことについても、原告らデザイナーが仕事に集中するためにパーティションが設置されていたものであり(書証省略)、自由に休憩をとったりするために設置されていたものではないことからすると、これをもって管理監督者性を基礎づけることはできない。

(3)  原告の待遇が、被告の従業員の中では、相対的に上位にあることは認められる。しかしながら、月々の時間外労働の時間数に見合うほどに高額であるとはいえない。また、原告の月額賃金は、前期認定事実(3)のとおり、おおむね定期的にほぼ同額で上昇してきた結果とみられ、管理監督者としての地位に就任したことによるものとみるのは困難である。

もとより、賃金額のみが管理監督者性を基礎づけるものではないので、他の事由と合わせ後に総合判断することとする。

(4)  原告が管理監督者であると認識していたか否かは、客観的に原告が管理監督者と認められるか否かの問題とは直接結びつかない。

(5)  原告が採用面接を担当したことについては、争いがないが、被告の規模において、管理監督者でない者が採用面接を担当することも考えられないではなく、他の事由と合わせて管理監督者性を基礎づけることができるにとどまる。

(6)  原告が他の従業員の昇級に関して、意見を述べる等して影響を及ぼしていたと認めるに足りる証拠はない。仮にこれをしていたとしても、昇級の判断についての材料提供である可能性もあり、管理監督者というには、単なる意見具申ではなく、昇級の判断についての一定の権限を有することが必要であるところ、そのような権限が付与されていた形跡はない。

(7)  原告が大型有給休暇の取得希望のとりまとめをしていたことについては争いがないが、調整までしていたかどうかについては争いがある。もっとも、仮に調整までしていたとしても、これは勤務経験が他より長いことによるものとみることも十分可能である。また、原告自らの有給休暇についてBの決裁を得る必要があったことからすると(証拠省略)、自らの有給休暇についての管理は許されていなかったことがうかがわれるので、いずれにせよ、この点をもって管理監督者性を根拠付けることはできない。

(8)  原告がアートディレクターに相当する役割を担っていたかについては、当事者間で争いがある。

この点、原告は、基本的には、デザインのアウトラインを決めたり、仕事の割り振りをしたり、デザインの善し悪しを決定したことはないとするものの、①在籍期間や経験の点で先輩格だったために他のデザイナーをサポートする機会が多くなった(書証省略)、②営業担当者がデザインの担当者を漠然としか指定しないときは、原告が話を聞き、自分が忙しい場合には他のデザイナーに仕事を振ることもあった(原告本人四三頁)、③前職で印刷に近いところにいたことから、東京支社の分も含めて印刷会社と話をすることはあった(原告本人五頁)、④基本的には仕事は営業担当者中心で動かしており(原告本人四三頁)、納期の管理は営業担当者が行っていたが、一年に満たない経験しかない営業担当者も多かったので「アドバイスという形で」社内の他部署との連絡を行ったこともあるし(原告本人五頁)、各部署の世話を焼いたこともあった(原告本人七頁)等供述している。助言や連絡、世話焼きは、相手からすると指示に近いものとして受け取られることもあるので、これらの点は、見方によれば、デザイン業務そのものには疎いBではなく、原告が実質的にはアートディレクターとして企画営業グループをとりまとめていたことを示すものともいえなくもない。

しかしながら、これらの点は、原告が述べるごとく、経験や在籍期間の長さにより自然に生ずるものであって、被告における職制上の地位に基づくものではないと見ることも十分可能であるし、単に、いわゆる管理職に相当する役割を担っていたことを示すに過ぎず、管理監督者であることを基礎付ける事情としては不十分である。

(9)  原告が就業規則改定の際、従業員の代表として意見を述べていたことは、社会保険労務士を交えた検討が行われていることからすると(書証省略)、被告において、原告が管理監督者ではないと見ていた事実を示すものと認められるが、そのこと自体は、原告が客観的に管理監督者であったかどうかとは直接関係がない。

(10)  原告がデザイン集計表の作成を担当していたことは認められるが、原告がこれを担当することになったのは入社後二か月を経過してからであって(原告本人二〇頁)、被告が主張する原告が管理監督者となった時期(平成一六年五月以降)よりも前である。また、原告がこれを担当することになった理由は、エクセルというソフトウェアに一番慣れていたためであるというのであるから(原告本人二〇頁)、これをもって原告が管理監督者であったということはできない。

(11)  原告が、企画営業グループの仮払い金をBから受け取る役目をしていたことは認められるが(書証省略)、一万円を上限として保管していた金額のことであり(原告本人二三頁)、これをもって管理監督者性を基礎付けることはできない。

(12)  Bがゼネラルマネージャーとしての役割を有していたことが原告の管理監督者性を認める妨げとならないのは被告が主張するとおりである。

(13)  小括

以上の検討によれば、多少なりとも管理監督者性を基礎付けることのできる事情としては、原告の待遇(前記(3))及び採用面接を担当したこと(前記(5))の二点が挙げられるが、これらの点を総合考慮しても、原告が①労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあり、②労働時間、休憩、休日などに関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務と責任を有し、現実の職務が労働時間の規制になじまないような立場にあって、③管理監督者にふさわしい待遇がなされているとは認められないので、原告が管理監督者であると認めることはできない。

4  付加金について

原告の請求する付加金のうち、法内残業時間の賃金と同額の部分は失当であり、棄却すべきである。

その余の部分について検討するに、原告は、被告における時間外手当不払いが被告の体質に由来する根深いものであるから、付加金の支払いを命じるべきである旨主張する。

確かに、①被告は、時間外手当を「土日出勤」の場合を除いて支払っていないこと(証拠省略)、②平成一七年四月以降はタイムカード制度を廃止して、自己申告による勤怠管理表により勤務時間を管理するようになったこと(書証省略)、③平成一七年七月以降は、勤怠管理表の見本に残業時間を記入しないよう指示していること(書証省略)、④当初は労働基準監督署を交えての話し合いが行われたが、最終的には、一〇時間一九分しか時間外労働が存在しない旨述べていたこと(書証省略)等の事実が認められる。

しかしながら、ともかくもタイムカードや勤怠管理表のほとんどは被告より証拠として提出されていること(書証省略)、原告の勤務態度等について被告から具体的な主張や立証がなされているわけではないこと、被告側は和解による解決を最後まで模索していたこと(証拠省略)等の点からすると、付加金については、これの支払いを命じないのが相当であると判断した。

第五結論

以上の検討によれば、原告の請求のうち、時間外手当等を請求する部分及びこれに対する遅延損害金の請求についてはこれを認容し、付加金を請求する部分については棄却することとし、認容部分については仮に執行することを認め、訴訟費用については、民事訴訟法六四条ただし書、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 足立堅太)

<以下省略>

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