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大阪地方裁判所 平成18年(ワ)9212号 判決 2007年8月22日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、金八一五二万一〇一五円及び内金七四四六万四八六五円に対する平成一三年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億四三八二万五七八六円及び内金一億三六七六万九六三六円に対する平成一三年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が運転する普通乗用自動車が、交差点を右折する際、同交差点を直進中の原告が運転する原動機付自転車と衝突した交通事故につき、原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償として、一億四三八二万五七八六円及び内一億三六七六万九六三六円(確定遅延損害金を除く金額)に対する不法行為の日(上記交通事故発生日)である平成一三年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求めた事案である。

一  争いのない事実及び後掲各証拠により容易に認められる前提事実等(以下「前提事実」という。)

(1)  交通事故の発生

平成一三年一二月一七日午後六時〇一分ころ、奈良県御所市大字室五八四番地の三先の信号機による交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)において、被告が運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が、青色信号表示に従い西から南に右折した際、同交差点を東から西に向けて対向直進中の原告(昭和○年○月○日生。当時一七歳)が運転する原動機付自転車(以下「原告車」という。)に衝突する交通事故(以下「本件事故」という。)が発生し、原告は、急性硬膜下血腫、右大腿・下腿骨骨折等の傷害を被った。

(2)  原告は、以下のとおり入通院した。

ア 入院 合計四〇七日間(重複分を除く。)

平成一三年一二月一七日から平成一四年四月二七日まで(一三二日間)奈良県立医科大学附属病院、同日から同年九月一二日まで(一三九日間)平成記念病院、平成一五年三月二九日から同年四月一二日まで(一五日間)平成記念病院、同月二八日から同年七月五日まで(六九日間)奈良県立医科大学附属病院、同日から同年八月四日まで(三一日間)平成記念病院、同年一〇月一四日から同月二〇日まで(七日間)奈良県立医科大学附属病院、平成一六年三月一七日から同月一九日まで(三日間)吉本整形外科・外科病院、平成一七年二月二七日から同月二八日まで(二日間)平成記念病院、同年三月二九日から同年四月八日まで(一一日間)奈良県立医科大学附属病院

イ 通院

奈良県立医科大学附属病院 平成一三年一二月一七日から平成一七年四月五日までの間に一七日

平成記念病院 平成一四年四月二三日から同月二六日まで及び同年九月一三日から平成一六年三月二二日までの間に三七日

(3)  原告は、平成一八年七月一三日、自賠責保険の一括払事前認定手続により、以下のとおり後遺障害の等級認定を受け、これらを併合して後遺障害等級第一級適用と判断された。

ア 脳外傷による精神症状等の程度につき、著しい記憶力低下、会話や表現はいくらかできるが家族以外の他人との意志伝達が困難であること、わずかのことで興奮し、すぐに泣いたり怒ったり笑ったりし、場所をわきまえずに怒って大声を出すなどの性格変化があることなどから、周囲の者による随時介護、看視、付添い等が必要な状態にあるものと捉えられ、「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」として第二級三号に該当する。

イ 左腓骨の仮関節につき、右大腿骨骨接合術の際の左腓骨からの骨採骨(約二〇センチメートル)が認められることから、「一下肢に仮(偽)関節を残すもの」として第八級九号に該当する。

ウ(ア) 右大腿骨骨折に伴う右股関節の機能障害につき、同関節の運動可能領域が健側の四分の三以下に制限されていることから、「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」として、第一二級七号に該当する。

(イ) 右第二趾PIP関節の機能障害につき、同関節の運動可能領域が健側の二分の一以下に制限されていることから、「一足の第二の足指の用を廃したもの」として、第一三級一一号に該当する。

(ウ) 上記(ア)及び(イ)の障害については併合の方法を用いて、第一一級相当に該当する。

エ 右大腿骨、下腿両骨骨折後の右下肢の短縮障害につき、「一下肢を一センチメートル以上短縮したもの」として、第一三級九号に該当する。

オ 頭部外傷に伴う嗅覚障害につき、嗅覚脱失と捉えられることから、自動車損害賠償保障法施行令備考六を適用し、第一二級相当と判断する。

カ 頭部外傷に伴う半盲については、右側同名半盲が認められることから、「両眼に半盲症視野狭さく又は視野変状を残すもの」として、第九級三号に該当する。

キ なお、以下の症状については、自賠責保険の後遺障害として評価することは困難であると判断された。

(ア) 右眼の視力低下(矯正視力〇・二)は、視力低下を裏付ける具体的資料が提出されていない。

(イ) 頭部外傷に伴う味覚障害については、提出された味覚検査表によれば、自賠責保険の後遺障害として評価することは困難である。

(ウ) 頭部外傷に伴う聴力障害については、その症状を裏付ける検査結果等の医証資料が提出されていない。(甲二六)

(4)  損害の填補(以下の金員につき損益相殺の対象となることは、当事者間に争いがない。)

原告は、本件事故に関し、被告付保の任意保険会社から一八〇一万七九五四円の支払を受けたほか、平成一八年八月三〇日、自賠責保険から三〇〇〇万円の支払を受けた。

また、原告は、労働基準監督署から、労災休業補償給付として四九一万四〇〇〇円を受領した。

(5)  なお、原告は、本訴において、上記(1)項記載の事故態様に基づき、被告が、本件交差点で右折するに際し、対向車の有無について前方を確認すべき義務を怠り、本件事故を惹起したものであることを主張しており、被告も、被告に上記過失があること自体は争っていない。

二  争点

(1)  原告に生じた損害

(原告の主張)

ア 原告は、本件事故により急性硬膜下血腫、右大腿・下腿骨骨折等の傷害を被り、平成一八年一月三一日、症状固定と診断された。原告には、骨髄炎を発症する危険性があったため経過観察をする期間が必要であったため、症状固定日は、平成一八年一月三一日と解すべきである。

しかし、原告には、前記前提事実(3)項記載のとおり後遺障害が残った。そのうち精神神経症状としては、学習障害、記憶力、理解力、判断力、問題解決能力の低下並びに性格変化の残存があり、画像上は著明な脳萎縮が見られる。日常生活では、数分前の出来事や聞いたことをよく忘れ、昨日の出来事を覚えていないといった著しい記憶力低下があり、会話や表現はいくらかできるが家族以外の他人との意志伝達が困難であるし、わずかのことで興奮し、すぐに泣いたり怒ったり笑ったりし、場所をわきまえずに怒ったり大声を出したりする。また、知能評価スケール測定中にも返答中に眠り出すなどといった状態である。

イ 損害

(ア) 治療費 一九八万五八七六円

(イ) 入院雑費 五二万九一〇〇円(1300円×407日=52万9100円)

(ウ) 文書料 六万五八二五円

(エ) 休業損害 一〇八九万二六四〇円

原告は、平成一三年一一月一九日から本件事故発生日である同年一二月一七日まで勤務し、二二万円の給与を得ており、これによれば年収は二六四万円となる。同日から平成一八年一月三一日の症状固定日までは四年四六日であるから、その間の休業損害は一〇八九万二六四〇円である。

264万円×(4+46/365)=1089万2640円

(オ) 入通院慰謝料 五〇〇万円

原告は、本件事故による脳損傷により七日間昏睡状態にあるなど重傷を負ったものであり、四〇七日間入院し、約三年間通院を要した。

(カ) 逸失利益 一億〇一一八万四七〇八円

原告は、中学を卒業した健康な男子であり、本件事故時一七歳と可塑性に富み将来性も見込まれた年齢であった。原告は、症状固定時二一歳であり、後遺障害等級第一級と認定された。

基礎年収を平成一三年産業計・企業規模計・男性労働者・学歴計全年齢平均賃金五六五万九一〇〇円とし、就労可能年数を四六年として対応するライプニッツ係数一七・八八により中間利息控除を行って算定すると、原告の逸失利益は、一億〇一一八万四七〇八円となる。

565万9100円×17.88=1億0118万4708円

(キ) 後遺障害慰謝料 二七〇〇万円

(ク) 入院付添費 二二三万八五〇〇円

5500円×407日=223万8500円

(ケ) 通院付添費・日常生活介護費 六五五万円

5000円×(365×3+215)日=655万円

(コ) 将来付添費 四一〇五万八八五〇円

原告は、平成一八年一月三一日の症状固定時二一歳であり、平均余命は五六年(対応するライプニッツ係数は一八・六九八である。)と解される。原告の母親の生存中は、母親が付添介護をすることが可能であるが、その死亡後は職業介護人を依頼しなければならなくなる。原告の母親(昭和○年○月○日生)は、原告の症状固定時五六歳であり、その平均余命は二八年(対応するライプニッツ係数は一四・八九八である。)と解されるから、母親による付添費は日額五〇〇〇円、職業介護人による付添費は日額一万円として算定すれば、将来付添費は、四一〇五万八八五〇円と算定される。

5000円×365日×14.898+1万円×365日×(18.698-14.898)=4105万8850円

なお、被告が指摘する事実のうち、平成一六年に原告が大阪に一人で外出して負傷したことは、むしろ行動能力の欠如を示すものであるし、原告が、医師に対し名前や年齢を答えられたこと、パチンコ遊技をしていたことは、原告に判断能力や行動能力があることを示すものではない。

(サ) 弁護士費用 一二四三万円

(シ) 自賠責保険金に対する確定遅延損害金 七〇五万六一五〇円

本件事故発生日から四年二五七日後である平成一八年八月三〇日に受領した自賠責保険金三〇〇〇万円に対する支払日までの遅延損害金

3000万円×0.05×(4+257/365)=705万6150円

ウ 上記イ(ア)ないし(コ)の合計は、一億九六五〇万五四九九円となり、既払い金合計五二九三万一九五四円を控除すると、一億四三五七万三五四五円となる。

そうすると、原告に残存する損害金元本は、上記既払い金控除後の金額に弁護士費用(上記イ(サ))を加算した一億五六〇〇万三五四五円となり、確定遅延損害金七〇五万六一五〇円(上記イ(シ))を加えると、損害金額合計は、一億六三〇五万九六九五円となる。

原告は、被告に対し、上記損害額のうち第一(請求)記載の損害賠償金の支払を求める。

(被告の主張)

ア 治療費、入院雑費、文書料の損害は、認める。

イ 休業損害について

原告は、平成一七年四月には症状固定している。したがって、休業期間は、平成一七年四月までとすべきである。

ウ 逸失利益について

原告は、特段の資格を有さず、一七歳で高校を中退した後、平成一三年一一月一九日から土木作業員として稼働し始め、就職して一か月足らずの同年一二月一七日本件事故に遭ったものである。そうすると、原告の就労の継続性、安定性を肯定できる蓋然性に乏しいといわざるをえないから、原告の基礎収入としては、症状固定時である平成一七年産業計・企業規模計・男性労働者・中卒・全年齢平均賃金(年額四三八万二〇〇〇円)の七割相当額として算定することが相当である。

また、症状固定時までに相当期間が経過していることにかんがみれば、本件事故発生時から症状固定時までの中間利息の控除を行うべきである。

エ 入院付添費について

原告が入院していた病院は、完全看護体制であったから、入院付添費は認められない。

オ 通院及び将来の付添介護費について

高次脳機能障害も、初期において症状が重く、以後それ以上に悪化することはない。そして、本件事故から約四か月経過後には、名前、年齢が答えられるなど属性に対する識別能力の回復がみられ、診療録に「食事、入浴、用便、更衣、外出、買い物は自立」などの記載もある。平成一六年三月一七日の診療録では「痴呆性自立度→正常」と判断されている。さらに、原告は、平成一六年一月一〇日大阪に外出して負傷し、平成一七年二月二七日パチンコ屋で遊技をしていたことも認められる。これらによれば、介護の必要性の程度を考慮し、通院付添費は日額三〇〇〇円が相当であり、将来付添費についても減額することが相当である。

(2)  過失相殺

(被告の主張)

ア 原告には、ヘルメット不着用の過失があり、同過失は、原告が被った急性硬膜下血腫、硬膜下膿瘍の傷害及びこれらによる後遺障害という損害の拡大に大きく寄与している。

被告が、右折開始前、衝突地点から一四・二メートル手前の地点で、約七〇〇メートル東にある交差点付近にライトを認識していることからすると、原告車は、前照灯をつけていなかったか、又は相当の高速で本件交差点に進入したものと考えられる。

イ これらの事情を考慮すれば、過失割合は、原告:被告=四:六とすることが相当である。

(原告の主張)

ア ヘルメット不着用の事実の有無及び本件事故による結果との因果関係は不知。原告は本件事故当日の記憶を喪失している。

イ 原告が前照灯をつけていなかったことは否認する。原告車の前照灯は、エンジンをかけると自動的に点灯する常時点灯が採用されていた。

原告が相当の高速で走行していたことは否認する。被告車が一四・二メートル進行する間に原告車が七〇〇メートルを進行したとは到底考えられないし、衝突後の原告及び原告車の転倒位置、被告車の損傷程度等からして、原告車が相当の高速で走行していたとは考えられない。

ウ 以上によれば、本件事故の態様に基づく基本的な過失割合は、原告:被告=一五:八五であり、仮に原告がヘルメット不着用であったとしても、過失割合は、原告:被告=二五:七五である。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(原告の損害)について

(1)  原告の本件事故による傷害に対する治療経過、症状の推移等について、前記前提事実に加えて証拠(甲二ないし二六、二八ないし三一(以上、各枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

ア 原告は、平成一三年一二月一七日、本件事故により左側頭部等を打撲し、急性硬膜下血腫、脳挫傷、右大腿・下腿骨骨折等(右大腿骨骨折、右橈骨骨折、右頚骨・腓骨開放性骨折、左尺骨茎状突起骨折)の傷害を被り、奈良県立医科大学附属病院に搬送され、血腫除去術、骨折に対する整復術を受けたが、七日間昏睡状態にあり、平成一四年二月一九日には硬膜下膿瘍に対する骨片除去術を受けた。その入院中の同年四月二三日には平成記念病院を受診し、同月二七日に同病院にリハビリテーション目的で転院し、同年九月一二日退院した(合計入院日数二七〇日)。

同年四月三〇日には、平成記念病院で脳挫傷(左後頭葉脳挫傷)、症候性てんかんと診断され、主に通院で抗けいれん剤による治療を受けたが、平成一七年二月二七日から同月二八日までけいれん発作のため入院した。これらの症状に関し、原告は、同年四月二八日まで同病院に通院し、同日、後遺症として味覚障害、嗅覚障害、知能低下、構音障害を残して治癒(症状固定)と診断された(入院日数二日、同疾患に対する通院日数は明らかでない。)。

また、右大腿骨内固定の金属の一部が抜け出てきて、レントゲン上も骨溶解像が見られたため、平成一五年三月二九日から同年四月一二日まで平成記念病院に入院し、抜釘術を受けたが、右大腿骨髄内から多量の排膿があり右大腿骨骨髄炎が判明したため、奈良県立医科大学附属病院整形外科において骨髄炎の治療を受けることになった。原告は、同月二八日から同年七月五日まで同病院に入院し、抜釘・掻爬術、骨移植術を受け、同日、術後リハビリテーション目的で平成記念病院に転院し、同病院入院中に右橈骨及び右頚骨の抜釘術も受け、同年八月四日退院した。さらに、同年一〇月一四日から同月二〇日まで奈良県立医科大学附属病院に入院して右大腿骨骨髄炎に対する掻爬術を受けた。同症状等に関し、原告は、平成記念病院に同年二月一日から同年四月一七日までの間に一〇日、同年八月五日から同月二八日までの間に二日通院し、奈良県立医科大学附属病院に平成一三年一二月一七日から平成一七年四月五日までの間に一七日通院した(合計入院日数一二一日、通院実日数二九日)。

さらに、左大腿軟部感染が認められたため、平成一六年三月一七日から同月一九日まで吉本整形外科・外科病院に入院して掻爬術を受けた(入院日数三日)。

原告は、奈良県立医科大学附属病院に平成一七年一月二六日から同年三月二九日までの間に三日通院したうえ、全身状態が改善したと認められ、同日入院して、頭蓋骨欠損に対する頭蓋形成術を受け、同年四月八日頭蓋骨欠損の治癒と診断されて退院した(入院日数一一日、通院実日数三日)。

なお、原告は、上記入院中の同月七日、同病院眼科を受診し、同年五月二六日までに合計三日通院して検査を受け、眼科的には前眼部、中間透光体及び眼底に異常は認められないが、視野障害(同名半盲)が認められると診断された。

イ 原告は、平成一七年四月五日、奈良県立医科大学附属病院整形外科において、右大腿骨骨髄炎につき、同日症状固定と診断され、後遺障害として右大腿短縮による脚長差二・五センチメートル、左腓骨欠損(移植用)があり、跛行の自覚症状が認められた。ただし、骨髄炎の再発の可能性があることが指摘された。また、同月一三日、同病院救急科において、急性硬膜下血腫、硬膜下膿瘍、脳挫傷、症候性てんかん、右大腿・下腿骨骨折、右大腿骨骨髄炎、右橈骨骨折、左尺骨茎状突起骨折につき、同月八日症状固定と診断され、頭部傷害による後遺障害として、嗅覚脱失、味覚脱失、構音障害、言語障害、右同名半盲があると認められた。さらに、同病院眼科においては、同年五月二六日、視野障害(同名半盲)につき、初診時(同年四月七日)と特に著変は認められないとして、同年五月二六日症状固定と診断された。

ウ 原告は、平成一八年一月三一日、平成記念病院を受診し、同日、脳挫傷、右大腿骨骨折、右橈骨骨折、右頚骨・腓骨開放骨折、左尺骨茎状突起骨折につき症状固定した、との診断を受けた。同日付け後遺障害診断書(甲一二)によれば、同病院での最終の通院日は平成一六年三月二二日であり、右大腿骨骨折ないし右大腿骨骨髄炎に関する後遺障害所見として、約二・五センチメートルの右下肢短縮、左腓骨欠損があること(なお、甲一二には「右腓骨」との記載があるが、甲二六に照らせば「左腓骨」の誤りと解される。)、右股関節の他動による運動可能領域が、主要運動である屈曲で左一五〇に対し右一〇〇と健側の四分の三以上制限されていることなどの所見が認められ、五分位立っていると右下肢がだるくなる、走れない、階段で手すりが必要、和式トイレ困難との自覚症状があること、今後の見通しとして、骨髄炎の再燃はありうることが指摘されている。

エ 精神症状について、平成一八年六月一二日、原告に施行された長谷川式簡易知能評価スケールの得点は三〇点満点中五点であり、失見当識、記銘力障害、想起障害とも高度であり、注意の持続も困難であること、行動に制限をかけられるとすぐに閉眼してしまうなど覚醒レベルの保持の障害もあることが認められた。また、家族との交流、意思疎通も困難であり、家族以外の者との意思疎通は、応答に極めて長時間を要し、内容に一貫性が乏しいため極めて困難であること、自宅では欲求が応じられないと興奮しつづけるなど情動の抑制欠如がみられることなど、社会生活、日常生活に極めて重大な支障を来すと思われることが、担当医師により指摘された。

原告の母親は、日常生活上の問題として、洗顔、入浴等の動作に本件事故以前に比べ三倍程度の時間を要するなど動作が緩慢になったこと、これらの日常動作や服薬についても指示や見守りを要すること、落ち着きがなく、指示にしたがった仕事、作業ができないこと、買い物に行っても物の要否を検討せずに買ってしまい、持っているだけの金を使うなど金銭管理ができないことなどを指摘している。

オ 原告は、平成一八年七月一三日、自賠責保険の一括払事前認定手続により、前記前提事実(3)項記載のとおり、脳外傷による精神症状等につき、後遺障害等級第二級三号、左腓骨の仮関節につき第八級九号、右股関節の機能障害につき第一二級七号・右第二趾PIP関節の機能障害につき第一三級一一号に各該当し、併合第一一級相当、右大腿骨及び下腿両骨骨折後の右下肢の短縮障害につき第一三級九号、頭部外傷に伴う嗅覚障害につき自動車損害賠償保障法施行令備考六適用による第一二級相当、頭部外傷に伴う右側同名半盲につき第九級三号に該当するものとして、併合による後遺障害等級第一級適用との等級認定を受けた。

(2)  以上に基づき、以下、原告の被った各損害相当額につき判断するに、本件事故による以下の損害の発生については当事者間に争いがない。

ア 治療費 一九八万五八七六円

イ 入院雑費 五二万九一〇〇円

(日額を一三〇〇円とし、入院日数四〇七日分として算定したもの。)。

ウ 文書料 六万五八二五円

(3)  休業損害 七四一万〇四〇〇円

ア 症状固定日について

原告は、平成記念病院において後遺障害診断を受けた平成一八年一月三一日が症状固定日であり、骨髄炎を発症する危険性があったため経過観察を要したことによるものであると主張する。

しかしながら、前記第三の一(1)項に認定した事実(以下「前記認定事実」という。)によれば、原告は、脳外傷、右大腿・下腿骨骨折及び右大腿骨骨髄炎につき主に奈良県立医科大学附属病院において手術等治療を受けており、平成記念病院においては主にリハビリテーションや術後管理、症候性てんかんの投薬治療のため入通院していたことが認められるところ、原告は、奈良県立医科大学附属病院整形外科において、平成一七年四月五日右大腿骨骨髄炎につき症状固定と診断され、さらに、同病院救急科において、頭蓋形成術により原告の頭蓋骨欠損が治癒したと判断された同月八日をもって、本件事故によるその余の傷害につき症状固定したものと診断され、同病院眼科において、同年五月二六日視野障害につき症状固定と診断されたことが認められる。また、原告の通院経過をみると、同年四月八日以後には、同年五月二六日まで奈良県立医科大学附属病院眼科を受診し、眼科的検査を受けたこと及び同年四月二八日まで平成記念病院において症候性てんかんに対する投薬を受け、治癒(症状固定)したことが認められるものの、他に通院加療を受けた事実は認められない。原告は、その後、平成一八年一月三一日平成記念病院を受診し、後遺障害診断を受けたものであるが、右大腿骨骨髄炎につき主に治療を行っていた奈良県立医科大学附属病院において、同疾患につき平成一七年四月五日症状固定と診断されていることは前述のとおりであり、その後平成一八年一月三一日までの間に右大腿骨骨髄炎に関する治療や経過観察のために平成記念病院を受診した事実も認められない(前記認定事実のとおり、平成記念病院における平成一八年一月三一日付け後遺障害診断書に記載された最終の通院日は平成一六年三月二二日である。)。加えて、奈良県立医科大学附属病院における平成一七年四月五日付け後遺障害診断書(甲一五)と平成記念病院における平成一八年一月三一日付け後遺障害診断書(甲一二)の内容をみても、右大腿骨骨折ないし同骨髄炎に関すると思われる記載(骨移植による左腓骨欠損があり、脚長差二・五センチメートルの右下肢短縮があること、跛行ないし走れないなどの右下肢及び股関節に関する自覚症状があること、症状固定と診断されるが、骨髄炎の再発の可能性があることを指摘する。)は同様のものであって、平成一七年四月五日より後に、症状や治癒の程度等の変化があったことは窺われない。

以上によれば、原告が、平成一八年一月三一日に平成記念病院を受診して同日後遺障害診断を得ていることをもって、同日を症状固定日と認めることはできない。

そして、前記認定事実のとおり、奈良県立医科大学附属病院救急科において、その余の傷害について、平成一七年四月八日をもって症状固定と診断されていること、脳挫傷、症候性てんかんについては平成記念病院において同年二月二七日及び同月二八日の二日間入院した後、同年四月二八日まで通院し、後遺症として味覚障害、嗅覚障害、知能低下、構音障害を残して治癒(症状固定)と診断されていること(甲一〇)、奈良県立医科大学附属病院眼科において、視野障害(同名半盲)について、症状の確認や眼科的異常の有無などの検査が行われ、同年五月二六日症状固定と診断されたこと、同病院眼科の初診時以前から視野障害の症状があったことが認められるが、前記認定事実のとおりの原告の治療経過等からすれば、脳外傷等に関する治療が終了した時点で、眼科的検査を行って視野障害についての後遺障害診断を行うことにも合理性があると考えられることなどを総合すれば、原告の本件事故による全傷害の症状固定日としては、最終的に奈良県立医科大学附属病院眼科における後遺障害診断がなされた平成一七年五月二六日と認めることが相当である。

イ 原告の本件事故発生時の収入について

証拠(甲二八、三一)及び弁論の全趣旨によれば、原告(昭和○年○月○日生)は、本件事故当時一七歳であり、高校を中退して、平成一三年一一月一九日から松平建設株式会社で土木作業員として稼働するようになり、本件事故発生日である同年一二月一七日まで勤務していたこと、同会社においては日給一万円を支給され、上記の稼働期間内に二二日稼働して二二万円の給与を得たことが認められる。

これらの事実に基づけば、原告は、日給制の土木作業員として稼働していたものであるが、就労実績は一か月弱にとどまるから、その間に得た給与額をもって直ちに前記認定の休業期間中の基礎収入を認定することは困難である。しかし、その就労状況や給与額からして、休業期間中の基礎収入は、少なくとも、平成一三年賃金センサス産業計・企業規模計・男性労働者・中卒一七歳までの平均年収一八八万九四〇〇円と同一八歳ないし一九歳の平均年収二四一万七九〇〇円の平均値に当たる二一五万三六五〇円を下回らないものとして算定することを相当と解する。

ウ 年収を二一五万三六五〇円とすると、その日額は五九〇〇円であるところ、症状固定日は平成一七年五月二六日であり、前記認定事実のとおりの原告の傷害及び後遺障害の内容、治療経過からすれば、本件事故発生日(甲二八、三一によれば、原告は、同日稼働している。)の翌日である平成一三年一二月一八日から平成一七年五月二六日までの全期間(一二五六日)につき休業を要したものと認められる。

そうすると、休業損害は、以下の算定式のとおり、七四一万〇四〇〇円となる。

(算定式) 5900円×1256日=741万0400円

(4)  入通院慰謝料 四三〇万円

前記前提事実記載のとおり、原告が本件事故による傷害の治療のため入院日数四〇七日、平成一七年五月二六日までに通院実日数五四日程度(前記前提事実記載の日数は入院中の他病院等通院を含むものであり、また他に検査、投薬のための通院もあったことが窺われるところである。)を要したこと、前記認定事実のとおりの原告の傷害内容、治療経過等にかんがみ、入通院慰謝料としては四三〇万円を相当と認める。

(5)  逸失利益 七八七九万二七四二円

ア 前記第三の一(3)イに認定した事実によれば、原告は、本件事故当時一七歳の男子であり、高校を中退して本件事故の約一か月前から土木作業員として稼働し、日給一万円を得ていたことが認められるところであり、当時このような就労状況を変更する具体的な予定があったことは窺われない。また、前記前提事実及び前記認定事実によれば、原告は、症状固定時二〇歳であり、脳外傷による精神症状や下肢の機能障害、視野障害等の後遺障害により後遺障害等級併合第一級に相当すると認定されたものであって、労働能力を一〇〇パーセント喪失し、その後遺障害内容からみて、労働能力の回復は期待できないものといわなければならない。

そうすると、原告の逸失利益を算定する基礎収入としては、上記のとおりの原告の稼働状況のほか、原告は若年者で、就労期間は短期間にとどまっているが就労の意思及び能力はあったものと認められ、生涯賃金としては中卒の男性労働者の平均年収程度の収入を得る蓋然性はあったものということが相当であり、後遺障害の内容、程度を考慮し、後遺障害による損害が具体的に発生したと解される時期(症状固定時)が平成一七年五月二六日であることを総合考慮して、平成一七年男性労働者・産業計・中卒賃金センサスによる全年齢平均年収四三八万二〇〇〇円とすることを相当と認める。そして、就労可能年数を四七年として、対応するライプニッツ係数一七・九八一により中間利息控除を行って算定すると、原告の逸失利益は、以下の算定式のとおり、七八七九万二七四二円となる。

(算定式) 438万2000円×1×17.981=7879万2742円

イ なお、被告は、本件事故発生日から症状固定日までの中間利息控除を行うべきことを主張する。しかし、上述のとおり後遺障害逸失利益については症状固定時に具体的に発生したと解することができ、本件においては同時点を基準として、基礎収入や労働能力喪失期間を定め、逸失利益を算定しているところであり、その算定方法及び算定額は相当性を有するものであると判断する。また、本件事故発生日から症状固定日までの期間は約三年五か月であり著しく長期に及んでいるとまではいえず、被告が本件事故に基づく損害賠償金に対する本件事故発生日からの遅延損害金を負担することを考慮しても、後遺障害による損害につき症状固定日までの中間利息控除を行わなければ、当事者間に不公平を生ずるとまではいえないと解する。よって、本件においては、症状固定日までの中間利息控除は行わないこととする。

(6)  後遺障害慰謝料 二七〇〇万円

前記認定事実に基づき認定した後遺障害の内容、程度その他本件にあらわれた一切の事情を考慮し、二七〇〇万円を相当と認める。

(7)  入院付添費 二〇三万五〇〇〇円

ア 原告の本件事故前の生活状況及び本件事故後の精神症状等については、前記認定事実に加えて証拠(甲三、七、三〇、三一)及び弁論の全趣旨によれば、原告の両親は離婚しており、原告は、本件事故当時、美容室を一人で経営している母親(原告の症状固定日である平成一七年五月二六日当時五五歳である。)との二人住まいであったこと、原告は、本件事故後奈良県立医科大学附属病院に搬送され入院したが、約一週間は昏睡状態が続いたため、原告の母親が付き添って呼びかけを続けるなどしていたこと、意識が戻ってから約二か月間は理由なく暴れるなどの不穏行動が続き、拘束を要する状態であり、原告の母親が身の回りの世話をしたり呼びかけを行ったこと、その後は言動が緩慢になり注意力散漫で徘徊が見られたこと、平成一四年四月二七日に転院した平成記念病院においては、同年九月一二日退院時まで、構音障害、歩行障害及び軽度知能低下のため付添看護を要する旨の医師の付添看護証明書が出されており、平成一五年五月一日から同年六月二七日までの奈良県立医科大学附属病院入院時は、ベッド上安静のため付添看護を要するとの医師の判断がされたこと、同年七月五日から八月四日までの平成記念病院入院時においても付添看護証明書が出されたこと、原告は、通院時の医師の問診の際にも眠るなどして自ら症状を伝えることは困難であったことなどが認められる。

また、症状固定後の原告の精神症状等については、前記認定事実によれば、原告には、高度の失見当識、記銘力障害及び想起障害があったほか、注意力が持続せず、行動が制限されるとすぐ閉眼するなどの覚醒レベルの保持障害がみられ、日常的な生活行動に指示を要するが、家族との意思疎通も困難で、家族以外の者との意思疎通は極めて困難であり、金銭管理ができず、情動の抑制欠如、易怒性が認められるなど、社会生活、日常生活に重大な支障を生ずる状態が続いており、洗顔、入浴、更衣等の日常生活上の動作自体は一応自立して行うことができるにしても、時間がかかり、適切に行うためには、随時指示、援助や看視を要し、さらに精神症状により社会生活、日常生活に重大な支障を生じる常況にあるため、日常的な看視ないし見守りを要するものと解される。

なお、原告は、活動性を喪失したものではないから、原告が、平成一六年以降に大阪に一人で外出して負傷したことがあったり、パチンコ遊技をしていたことがあったとしても必ずしも前記認定と矛盾するものではないし、これらの事実は、原告に自立的な行動を適切に行う能力があり、要介護の程度が軽いことを推認させる事実であるとまでは直ちに評価できない。

イ 以上に基づき、入院の際の近親者付添いの要否及び相当額を判断する。確かに、入院全期間につき医師による付添いを要するとの医師の判断がされているわけではないし、病院の看護体制上、主たる看護者は医療従事者であったことが推認されるが、上記認定のような原告の精神症状及びその後持続している精神症状等にかんがみれば、入院中、構音障害や知能低下等により、医療従事者との意思疎通や原告の行動を制御して安静を保持するなどのために近親者の付添いによる看護の補助や看視を要する状態であったことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。加えて、特に本件事故後しばらくは原告の精神症状が相当不安定な状態であったこと、原告の母親は一人で美容室を経営していたものであり、他に付添いをする近親者はなかったことなども考慮し、全入院期間四〇七日につき、日額五〇〇〇円の限度で、近親者による入院付添費を本件事故による損害として認める。そうすると、その損害相当額は、以下のとおり、二〇三万五〇〇〇円となる。

(算定式) 5000円×407日=203万5000円

(8)  症状固定日までの通院付添費及び日常生活介護費 三四〇万円

前記認定事実及び前記第三の一(7)ア項に認定した事実によれば、原告は、本件事故発生日から約九か月後に退院し、以後数回の入院期間を除き、自宅で母親とともに生活し、通院するなどしていたことが推認されるところ、原告は、通院に際し、他人との意思疎通が極めて困難であり、医師に症状を適切に伝えることも困難であることなどから母親による近親者付添いを要し、また通院時を含み、日常生活上、近親者による指示や、看視ないし見守り等を主たる内容とする随時介護を要する状態であったことが認められるが、一方で、本件事故発生日から約九か月以上経過し、原告の精神症状もある程度一定化していたと推認されること、自宅での介護を主たる内容とするものであること、ただし、介護者は原告の母親のみであったことなどが認められる。

これらに基づく介護の内容、程度、介護者の負担等を総合考慮し、本件事故発生日から症状固定日である平成一七年五月二六日までの一二五七日間のうち入院期間合計四〇七日間を除く八五〇日間の全期間につき、近親者による通院付添費ないし介護費として、日額を四〇〇〇円として算定した三四〇万円を相当と認める。

(算定式) 4000円×(1257-407)日=340万円

(9)  将来付添費 三五三一万六八一六円

前記前提事実及び前記第三の一(7)ア項に認定した事実に基づけば、原告は、平成一七年五月二六日症状固定となったが、頭部外傷に伴う精神症状として、後遺障害等級第二級三号に相当するいわゆる高次脳機能障害が残存し、日常生活上、看視ないし見守り等を主とし、日常生活動作につき一部指示、援助を行う随時介護を要することとなったこと、将来的に介護を行うことを期待できる近親者は、原告の症状固定時五五歳である母親のみであることなどが認められるところであり、原告の精神症状の内容及び程度等に照らし、明らかな改善は期待し難いものといわざるをえない。

そして、症状固定時、原告は二〇歳であるところ、その平均余命は五七年を下回らないこと及び原告の母親は五五歳であるところ、その平均余命は二九年を下回らないことは、当裁判所に顕著である(厚生省第一八回生命表参照)。

よって、症状固定日以後、原告の母親による介護を期待しうる二九年間(対応するライプニッツ係数一五・一四一一)については日額を四〇〇〇円とし、その後二八年間(57年-29年=28年。対応するライプニッツ係数は、18.7605-15.1411=3.6194)を下回らない期間については職業付添人による介護を要するものとして、日額一万円として、以下のとおり算定した将来介護費三五三一万六八一六円を損害として相当と認める。

(算定式) 4000円×365日×15.1411+1万円×365日×3.6194=3531万6816円

(10)  以上の損害合計額は、一億六〇八三万五七五九円となる。

なお、確定遅延損害金、弁護士費用については、後述する。

二  争点(2)(過失相殺)について

(1)  前記前提事実(1)項記載のとおり、本件事故は、信号機による交通整理の行われている本件交差点において、青色信号表示に従い、被告車が西から南に右折した際、同交差点を東から西に向けて対向直進中の原告車に衝突したものであるところ、証拠(乙一ないし八)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故状況に関し、以下の事実が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

ア 本件事故現場は照明により明るく、被告車が下向きの前照灯を点灯して走行した状態で、右折開始地点から三〇・五メートル先の原動機付自転車や運転者をはっきり確認でき、三八メートル先の原動機付自転車をうっすら認識できる状態であった。しかるに、被告は、原告車と衝突するまで原告車を認識しなかった。

イ 被告は、本件交差点手前の停止線付近で、進路遠方約七〇〇メートル先の信号機付近に対向車のライトがあると認識したが、それ以外の対向車は認識していなかった。ただし、被告は、上記停止線付近で進路遠方のライトを一瞬見ただけであった。

ウ 原告車は、前照灯がエンジンと連動し、エンジンをかければ常時点灯する方式の車両であった。本件事故後の警察官が行った実験結果によれば、原告車は、下目のライトが点灯する状態であった。

エ 本件事故直後、原告車が被告車の前部バンパー部の下にめり込むようになって停止し、原告は、原告車から約三・二メートル南側の地点に左側頭部を下にして頭を東に向けた状態で倒れていた。

原告は、ヘルメットを着用していない状態で倒れており、周囲にもヘルメットは見あたらなかった。なお、原告は、本件事故当日の記憶を全く失っており、ヘルメット着用の有無についても記憶していない。

(2)  以上に認められる事故状況に基づけば、被告に本件交差点右折の際の前方不注視の過失があることは明らかであるが、原告にも本件交差点を直進する際の前方の安全確認が不十分であった過失があることは否定し難い。

(3)  被告は、原告にヘルメット不着用の過失、前照灯不点灯又は相当の高速で走行した過失があると主張するところ、前記第三の二(1)項に認定した事実によれば、原告はヘルメットを着用していなかったものと認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。そして、原告が本件事故において、頭部打撲による急性硬膜下血腫等の傷害を負ったことからすれば、原告がヘルメットを着用していなかったことは、本件事故による原告の傷害の結果に相当程度寄与しているものといわざるをえない。

一方、原告が前照灯を点灯していなかった過失、相当の高速で走行した過失については、認めるに足りる証拠がない。乙六ないし八には、本件交差点手前の停止線付近で、約七〇〇メートル先に対向車のライトを見たが、他にライトの光が接近するようなものを見ていないので、原告車は前照灯を点灯していなかったと思う旨の被告の供述があるが、結局は、被告が原告車もその前照灯の光も認識しなかったという主観を述べるにすぎず、前記第三の二(1)ア項に認定した事実のとおりの被告車の前照灯による視認可能範囲や、原告車が常時点灯の方式を採用した車両であったこと、被告は遠方のライトを、認識した後、その動静を注視したものではないことなどからすれば、むしろ被告の見落とし等によるものである可能性が十分に考えられるところであり、乙六ないし八の上記供述部分をもって、原告車が前照灯を点灯していなかったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。また、本件全証拠に照らしても、原告が相当な高速で走行していたために本件事故を惹起したと認めるに足りる的確な証拠もない。

(4)  以上に認められる事故態様を総合すれば、被告の前方不注視が本件事故の大きな要因となっているものと認められるが、一方で、原告にも前方不注視、ヘルメット不着用の過失があるというべきであるから、原告の損害につき二五パーセントの過失相殺を認めることが相当である。

三  前記第三の一(10)項に認定した損害額合計一億六〇八三万五七五九円から、過失相殺として、二五パーセント相当額を減額すると、一億二〇六二万六八一九円となる。

四  損益相殺

ア  原告が受領した既払金のうち労災休業補償給付として受領した四九一万四〇〇〇円相当額を、前項に算定した損害額一億二〇六二万六八一九円のうち休業損害及び後遺障害逸失利益に填補する。

イ  また、原告が受領した、被告付保の任意保険会社から一八〇一万七九五四円及び自賠責保険から三〇〇〇万円の各保険金合計四八〇一万七九五四円を上記損害金に填補する。

ウ  そうすると、損益相殺後の損害額は、六七六九万四八六五円となる。

五  弁護士費用 六七七万円

上記認定に係る損害額、本件事案の内容その他諸般の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として、六七七万円の限度で被告に負担させることを相当と認める。上記損益相殺後の損害額六七六九万四八六五円に弁護士費用六七七万円を加算すると、七四四六万四八六五円となる。

六  確定遅延損害金 七〇五万六一五〇円

平成一八年八月三〇日に原告が受領した自賠責保険金に相当する三〇〇〇万円に関し、本件事故発生日から平成一八年八月三〇日まで(四年二五七日)に発生した遅延損害金は、七〇五万六一五〇円を下回らない。

(算定式) 3000万円×0.05×(4+257/365)年=705万6150円

七  以上によれば、原告が、被告に対し、請求することができる損害賠償金は、七四四六万四八六五円及び確定遅延損害金七〇五万六一五〇円の合計八一五二万一〇一五円となる。

第四結論

よって、原告の請求は、被告に対し、金八一五二万一〇一五円及び内金七四四六万四八六五円に対する不法行為の日である平成一三年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 池町知佐子)

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