大阪地方裁判所 平成18年(行ウ)157号 判決 2008年9月19日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第3当裁判所の判断
1 争点1(本件訴えの適法性)について
(1) 〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件第一監査請求以降本件訴えにおけるまでの手続の経過等に関し、以下の事実を認めることができる。
ア 原告らは、平成18年5月25日、件名を「大阪府立弥生博物館横用地の先行取得に関する件」とし、「和泉市職員措置請求書」と題する書面をもって本件第一監査請求をした。
上記措置請求書によれば、その請求の対象行為は、「大阪府立弥生博物館横用地を、大阪府の依頼で和泉市土地開発公社が先行取得した。その後買い戻し時期が到来しているにも拘わらず、府は買い戻しを行わず、土地の値下がり等で巨額の評価損を抱えている。更に評価損は毎年増加を続けている。和泉市長は、早期に大阪府に買上させるべく法的措置を含めて措置することを求める。」とされていた。
また、上記措置請求書によれば、本件土地の性格について、「本件土地は現在和泉市土地開発公社が保有しているが、和泉市が土地開発公社に業務委託により先行取得したものであり、予算書に金利を含め債務負担行為として計上し、債務保証している。さらに後述するように和泉市の土地開発公社からの買戻しは買い取り価格に金利等を上乗せした価格で買い取ることになっており、土地開発公社が和泉市以外にこれを処分することは出来ないから、形式上は土地開発公社が所有しているものの、実質は和泉市の所有財産となんら変わりがない。又この財産の処分は和泉市と大阪府の間で取り決められ、その結果発生する土地の評価損等の損害は全て和泉市に帰属する。」とされ、本件確認書については、「その内容からして明らかに大阪府がこれを買い上げることを約したものである。法的には大阪府が予約完結権を有した売買の予約であり、大阪府が引き取り義務を有している事に疑いはない。」とされていた。
さらに、上記措置請求書によれば、本件第一監査請求のまとめとして、「和泉市は地価下落が続く中で、損失が必然にも拘わらず大阪府に代わって取得し、且つ大阪府が期限を定めて買い戻しを約した確認書の存在を忘れ、帳簿価格で買い戻して貰えると勝手に解釈し、いたずらに買上期日の延期を続けてきた結果が6億円にも及ぶ巨額の損失を負担せざるを得ない事態をもたらした。同時に大阪府も買い上げ期日を不法に延期し、その結果不当に低い価格で取得出来る可能性が高く所謂不当利得が存在している。これらの損害賠償及び不当利得の返還を求める請求権が和泉市にはあるが、現時点では和泉市は本件土地を土地開発公社から取得し、大阪府に有償譲渡していないので、和泉市には損害が発生していない。従ってこれらに関する損失が確定した段階で損害賠償請求及び不当利得返還請求を行うよう市長に求める監査請求を行う予定である。」と記載されていた。
イ これに対し、前記のとおり、和泉市監査委員は、平成18年6月29日付けで、本件土地は公社の所有地であり、公社の職務行為は住民監査請求の対象外であるとの理由で、本件第一監査請求を却下した(本件第一監査結果)。
ウ 原告らは、平成18年7月6日、本件第一監査請求と同一の件名(大阪府立弥生博物館横用地の先行取得に関する件)で、「和泉市職員措置請求書(再監査請求)」と題する書面をもって本件第二監査請求を行い、その冒頭で、平成10年最判を引用し、「監査委員が適法な住民監査請求を不適法であるとして却下した場合、当該請求をした住民は、適法な住民監査請求を経たものとして、直ちに住民訴訟を提起することができるのみならず、当該請求の対象とされた財務会計上の行為又は怠る事実と同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象として再度の住民監査請求をすることも許されるものと解すべきである。」とした上、請求の対象行為として本件第一監査請求と実質的に同一の内容を記載した(なお、本件第二監査請求は、当初、府に本件土地の買上げを行わせなかった結果として発生した損失について和泉市長及び和泉市教育長に損害賠償を行うことをも求めていたが、平成18年7月10日付けの「文化財保護事業用地住民監査請求補正書」と題する書面において、上記損害賠償に係る部分を取り下げた。)。
また、本件第二監査請求は、本件第一監査結果は本件第一監査請求が公社ではなく和泉市の損害の防止を求めている点を誤認しており、本件第一監査請求は適法であったとした上、その傍証として2件の下級審判例(いずれも平成14年法律第4号による地方自治法改正前のものである。)を引用するところ、それらはいずれも、原告である住民が問題とする普通地方公共団体職員の行為は財務会計行為ではなく、住民訴訟の対象とはならないとの被告側主張に対し、原告らが主張する普通地方公共団体の被告らに対する債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権は当該団体の財産であり、被告らはその行使を「怠る事実の相手方」に当たる旨判断して、当該住民訴訟の提起を適法と認めたものである。
エ 他方、前記のとおり、和泉市監査委員は、平成18年8月10日、本件第二監査請求は、本件第一監査請求と請求の対象及び違法・不当とする主張事実のいずれも同一事項、同一事由であり、再度の住民監査請求として不適法であるとの理由を付し、これを却下した(本件第二監査結果)。
(2) 前記認定事実によれば、本件第一監査請求及び本件第二監査請求は、いずれも、府の依頼により和泉市が先行取得した本件土地について、府は本件確認書に基づく買取義務を負っており、その買取時期が経過しているにもかかわらず、府は財政事情を理由にその買取りを遅らせ、和泉市長もこれを請求せずに放置することにより、本件土地の地価下落及び期間利子の負担による評価損を発生、増加させており、当該評価損は府による本件土地の買取時にはすべて和泉市の損失となることを前提に、和泉市の損害の更なる増加を防止するため、和泉市長に対し、早期に府に本件土地を買い取らせるべく法的手段を含む措置を執ることを求めるものであるから、本件各監査請求は、いずれも、少なくとも、公社に属する本件土地そのものを地方自治法242条1項にいう「財産」ととらえた上、その管理を怠る事実を対象とする趣旨のものでないことは明らかというべきである。
もっとも、前記認定事実等によれば、本訴における主位的請求は、和泉市長の職にある井坂が、府に対し、本件確認書に基づき、本件土地の買取りを直ちに求め、これを実行させることにより、和泉市の損害の拡大を防止すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、和泉市に損害(平成17年度において702万5905円)を与えているから、和泉市は、井坂に対し、債務不履行に基づく同額の損害賠償請求権を有しているところ、被告和泉市長は、和泉市の財産である上記損害賠償請求権(債権)の行使を違法に怠っているという、財産の管理を怠る事実を対象とするものであり、予備的請求は、府と和泉市は、本件確認書に基づき信義則の支配する緊密な関係にあるから、和泉市との間で本件土地の売買契約をその買取時期までに締結しないのは、信義則に反し、府は、和泉市に対し、それに伴う同市の損害(702万5905円)について賠償すべき義務を負うところ、被告和泉市長は、和泉市の財産である同市の府に対する上記の損害賠償請求権(債権)の行使を違法に怠っているという、財産の管理を怠る事実を対象とするものであるから、主位的請求及び予備的請求に係る訴えが住民監査請求の前置に欠けるところがないというためには、本件第一監査請求ないし本件第二監査請求が上記各財産の管理を怠る事実をもその対象として含んでいると解されることが必要である。
しかるところ、前記認定事実によれば、本件第一監査請求においても本件第二監査請求においても、その請求書(「和泉市職員措置請求書」及び「和泉市職員措置請求書(再監査請求)」)には、主位的請求及び予備的請求に係る上記各損害賠償請求権の発生原因事実が明確に記載されているのであって、以上認定説示した本件各監査請求の趣旨にかんがみると、被告和泉市長が井坂及び府に対する上記各損害賠償請求権の行使を怠っている事実をもその対象として含むものと解し得る。
もっとも、前記認定事実等によれば、本件第一監査請求及び本件第二監査請求に係る各請求書には、現時点においては和泉市は本件土地を公社から取得し府に有償譲渡していないので、和泉市には損害が発生しておらず、したがって、これらに関する損失が確定した段階で府等に対する損害賠償請求及び不当利得返還請求を行うよう市長に求める監査請求を行う予定である旨の記載部分が存する。
しかしながら、前記認定事実によれば、少なくとも本件第二監査請求に係る請求書においては、本件第一監査請求が不適法であるとして却下された(本件第一監査結果)のを受けて、損害賠償請求権が地方自治法242条1項の「財産」としての「債権」に当たるとする下級審裁判例を援用するなどして本件第二監査請求の適法性について論じており、このことにも照らすと、前記認定の「文化財保護事業用地住民監査請求補正書」による補正の経緯をしんしゃくしてもなお、本件第二監査請求については、被告和泉市長が井坂及び府に対する前記各損害賠償請求権の行使を怠っている事実をもその対象として含むものと解するに十分である。
しかるところ、原告らが本件各監査請求の対象としている和泉市の前記各損害賠償請求権が、本件各監査請求から1年以上前にされた財務会計行為が違法又は無効であることに基づいて発生するものであると解すべき根拠も特段見当たらない(原告らの主張は、本件確認書の取り交わしそれ自体又は本件委託契約に基づく公社に対する本件土地の取得依頼それ自体が違法又は無効な財務会計行為に当たるとするものと解し得ず、むしろ、原告らがその存在を主張する損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権は、これらの行為が有効である場合にのみ観念し得るものであることが明らかである。)から、これら債権の行使を「怠る事実」を対象とする本件各監査請求が地方自治法242条2項によって不適法となると解すべき理由もない。また、本件各監査請求には、他に地方自治法上の適法要件を充足していないものと解すべき点も認められない。
そうすると、本件第一監査請求は適法であったにもかかわらず、違法に却下されたものと解すべきところ、適法にされた住民監査請求が違法に却下された場合には、当該請求をした住民は当該監査結果の通知を受けた日から30日以内に住民訴訟を提起することも、地方自治法上の適法要件を満たす限りにおいて再度の住民監査請求を行うことも許されると解すべきである(平成10年最判)。仮に、本件第一監査請求が不適法であるとしても、既に説示したところに照らすと、少なくとも本件第二監査請求は適法と解すべきである。
そして、本件訴えは、本件確認書に基づく本件土地の買取りを府に直ちに求めることを怠って和泉市に損害を与えている井坂に対する損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認を主位的請求として、原告らが本件第二監査結果の通知を受けた日から30日以内に提起されていることが明らかであるから、本件第二監査請求のみが適法であったと解される場合はもとより、本件各監査請求のいずれもが適法と解される場合であったとしても、地方自治法242条の2第2項1号の定める出訴期間内に提起されたものというべきである(平成10年最判参照)。また、府に対する信義則違反(契約準備段階における過失)を理由とする損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認を求める予備的請求は、上記出訴期間を経過した後である平成19年2月に追加されたものではあるが、被告がその追加について特段の異議をとどめずに棄却答弁を行っていることに加え、上記予備的請求は、府が本件確認書に基づいて本件土地の買取義務を負っているにもかかわらずこれを行わないという、主位的請求と同一の事実関係を基にしてこれを再構成したものであるにすぎないことがその主張自体から明らかであって、このような主位的請求と予備的請求との間に存する関係等にかんがみると、追加提起に係る予備的請求に係る訴えを当初の主位的請求に係る訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるというべきである。
(3) これに対し、被告は、同一の財務会計行為について例外的に再度の住民監査請求が許されるのは必要な補正がされた場合に限られるところ、本件第二監査請求は、必要な補正を経ていないことにより、本件第一監査請求と全く同一の内容であることを理由に却下されているから不適法であり、したがって、本件訴えは、本件第一監査結果の通知を受けた日から30日の出訴期間を経過した以降にされている点で不適法である旨主張する。しかしながら、前記のとおり、適法な住民監査請求を違法に却下された住民が再度の住民監査請求を行うことを選択した場合において、違法な却下理由に応じた何らかの補正を行わなければ再度の住民監査請求を適法に行うことができないと解すべき法令上の根拠は見当たらない(平成10年最判も、当該住民が住民訴訟の提起によらずに再度の住民監査請求を行う際の合理的な動機の一つが住民監査請求の補正にあることを例示したにとどまり、そのような補正を再度の監査請求の適法要件として位置付けているものとは到底解することができない。)から、仮に本件第一監査請求が不適法であったとしても、これと同一の怠る事実を対象とする本件第二監査請求を不適法と解すべき理由はなく、被告の上記主張は採用することができない。なお、本件各監査請求ひいては本件訴えにおいてその管理を怠ることが違法であると主張されている「財産」とは、公社に属する本件土地ではなく、和泉市に属するその債権(前記各損害賠償請求権)であると解されることは、既に説示したとおりである。
(4) したがって、本件訴えは、適法な住民監査請求の前置及び出訴期間の遵守に欠けるところがないというべきである。
2 争点2(主位的請求の当否)について
(1) 原告らは、本件確認書が、府教育委員会を予約完結者とする本件土地に関する売買の一方の予約(民法556条)、又は少なくとも売買の予約であって、府教育委員会は、平成12年度末までに予約完結権を行使するか、少なくとも和泉市からの本契約の申込みがあれば予約義務者としてこれを承諾する義務があった旨主張する。しかるところ、予約完結の意思表示によって売買契約が成立する売買の一方の予約であれ、予約権利者が売買の申込みをした際に予約義務者がその承諾をすることを要する売買の予約であれ、それが有効に成立しているといえるためには、移転されるべき財産権及び支払うべき代金が確定され、又は確定され得るものであることが必要である。それとともに、普通地方公共団体間で取り交わされた売買の一方の予約ないし売買の予約が、両当事者を法的に拘束する効力を持つといえるためには、それが当該普通地方公共団体を適法に代表する権限のある者同士によって締結されたものでなければならないというべきである。
(2) そこで検討するに、確かに、本件確認書において、対象となるべき土地は地番及び面積で特定されており、かつ、その取得価格も、実勢価格に基づいて算定するものとされていることからすれば、当該価格は府と和泉市との間で本件土地に係る売買契約が完全かつ有効に成立した時期における時価(正常価格)として確定され得ると解することができ、これらによれば、本件確認書において成立すべき売買契約は目的及び代金という基本的内容が一義的に確定し得るものとして規定されていたということができる。加えて、前記前提となる事実において摘示したような本件決裁書の表書の記載や、〔証拠省略〕によって認められるA次長(本件確認書において和泉市側を代表していた。)の認識等からすれば、本件確認書を取り交わした際、少なくとも府と和泉市の双方の教育委員会における実務担当者は、本件土地は、公社を通じて和泉市において暫定的に先行取得するが、詳細な時期は不明ながらも、数年以内に府がその時の時価で買い上げることで合意したものと理解していたことが推認されるというべきである。
しかしながら、他方、本件確認書における確認の主体は、府教育委員会と和泉市教育委員会であって、取得価格が8億円を超える本件土地の譲渡について当該普通地方公共団体を代表する権限を有するとは解し難いこと(地方教育行政の組織及び運営に関する法律24条3号、4号は、教育財産を取得し、及び処分すること、教育委員会の所掌に係る事項に関する契約を結ぶことをいずれも地方公共団体の長の職務権限として規定している。)、本件確認書に記名捺印したのも府教育委員会側がその文化財保護課長、和泉市教育委員会側が教育次長であり、それぞれ府及び和泉市のみならず、府教育委員会及び和泉市教育委員会を代表する権限を有しているとも認め難いこと、本件確認書においては、和泉市教育委員会が本件土地を取得することは明確にされているものの、府教育委員会は、「遅くとも池上曽根遺跡にかかる古代ロマン再生事業の最終年度を目途として」本件土地の取得に関する協議を申入れることのみを約束する形となっており、その文言上府が本件土地を平成12年度末までに取得する旨確約しているとは解し難いこと、などからすると、和泉市側で本件決裁書によりその市長までの決裁を内部的に了しているという事実をしんしゃくしてもなお、本件確認書は、和泉市及び府を法的に拘束する売買の一方の予約ないし売買の予約と解することは困難であるというほかない。そして、上記のような本件確認書の体裁及び記載文言等からすれば、本件確認書は、前記のとおり府及び和泉市の各教育委員会の実務担当者間において本件土地を和泉市が先行取得した上府において買い取る旨の合意が成立したことを受けて作成されたものであるとしても、その法的効力については、上記の内容を双方の政治的ないし道義的目標として相互に確認する趣旨の基本合意(取り決め)ないしいわゆる紳士協定にすぎないものと解されるのであって、他にこれが両地方公共団体を法的に拘束するものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。
(3) これに対し、原告らは、①府が、買取期限を過ぎた平成13年度以降、本件土地を駐車場として利用するとしてその賃貸料を公社に支払っているところ、平成13年度及び同14年度の金額は駐車場の賃貸料としては高額に過ぎ、本件土地取得額に対する金利とほぼ同額であることからしても、本件土地の買取りができない代償として府が金利相当分を支出していたものとみ得ること、②府は、本件土地の保有に伴う金利負担のうち駐車場としての賃貸料では不足する部分を平成18年度大阪府市町村振興補助金で補填するよう提案し、和泉市がそのとおり要望した上で上記補助金を平成18年度補正予算の歳入に追加計上していること、③本件決裁書表書の記載、④平成17年9月29日の和泉市市議会における原告X2に対する答弁において、和泉市社会教育部理事が、本件土地は府からの依頼に基づいて先行取得したものである旨答弁していること、⑤A次長が、和泉市担当者の事情聴取に対し、本件土地については府が買い上げるが、とりあえず和泉市が先行取得することが決まったものであり、その約束事として本件確認書を交換したものである旨述べていること、⑥平成19年度大阪府当初予算に対する市町村要望に、府が平成12年度末までに本件土地を買い上げることを約していた旨の記載があること、⑦和泉市が提出した平成9年2月28日付けの「公共事業に伴う用地の取得願いについて(文化財保護事業用地)」において、本件土地の買戻し時期が平成13年3月とされていたこと、等の事情を挙げ、本件確認書が法的に拘束力を有することの証左であるとする。
しかしながら、前記(2)で認定した事実に照らすと、①及び②については、府が、その財政事情の悪化により本件土地の買上げを行う目途が立たないことから、本件確認書の内容及びこれが作成された経緯等にかんがみ、これによる和泉市側の財政的負担を少しでも軽減するための施策の一環として、政策的配慮から賃貸料や補助金の支出を行っているものとみても矛盾はないし、③、⑤及び⑦についても、それ自体は和泉市側の実務担当者、特にA次長の認識を示しているにすぎず、本件確認書の法的性格に関する前記認定と矛盾するものではない(〔証拠省略〕によれば、本件決裁書の表書は、A次長の指示に基づいて記載されたものであることが認められる。)。また、④については、本件土地の取得が府からの依頼に基づくことが認められるとしても、そのことだけから府が当然に本件土地を最終的に和泉市から買い上げるべき法的義務が生じるとは解し難いし、⑥については、〔証拠省略〕上から明らかなとおり、上記要望書は和泉市ではなく自由民主党大阪府議会議員団の要望を記載しているものにすぎず、その内容に和泉市からの陳情等が反映されているとしても、直ちにこれを和泉市の正式な認識と同視することはできないというべきである。
(4) したがって、本件確認書が府教育委員会ないし府を予約完結者とする和泉市との間の本件土地に関する売買の一方の予約であるとか、府教育委員会ないし府を予約義務者とする和泉市との間の売買の予約であると解することはできないから、これを前提とする原告らの主位的請求は理由がない。
なお、主位的請求に係る原告らの主張には、本件確認書自体には直ちに原告らの主張するような法的拘束力は認められないとしても、本件確認書を取り交わした経緯等に照らすと、和泉市長の職にある井坂には、府に対し、本件土地の買取りを直ちに求め、これを実行させることにより、和泉市の損害の拡大を防止すべき法的義務がある旨の主張が含まれるものと解する余地もあるが、後記3において認定説示するところからすれば、井坂に上記のような法的義務を認めることもできないというべきである。
3 争点3(予備的請求の当否)について
(1) 府が本件確認書に基づいて本件土地の取得義務を負っているとは解し難いことは前記2で認定説示したところから明らかであるから、府がこのような義務を負っているにもかかわらず、これを履行せずに和泉市に損害を与えているとする原告らの主張は、その前提において失当である。
(2) もっとも、原告らの主張は、本件確認書自体には直ちに原告らの主張するような法的拘束力は認められないとしても、本件確認書を取り交わしたことにより、本件土地の売買契約の締結に向けて府は和泉市との間でその準備段階に入ったのであるから、信義則上、その過程で和泉市に損害を及ぼさないようにすべき法的義務があるにもかかわらずこれに違反した結果、和泉市は府に対する損害賠償請求権を取得したのであり、和泉市はその行使を怠っているとの趣旨に善解することも不可能ではないので、その当否について念のため以下検討する。
〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の取得前後における経緯等について、以下の事実が認められる(なお、前提となる事実等において既に摘示している事実についても適宜含めることとする。)。
ア 本件土地は、間口北東側約100メートル、奥行北西側約40メートルのほぼ長方形状の画地で、路面と等高の平坦地であり、北東側で府道泉大津美原線(幅員約5メートルの舗装道路)、北西側で市管理道路(幅員約6メートルの舗装道路)に接面している。また、JR阪和線の信太山駅まで徒歩約10分程度の距離にある。
本件土地は、平成9年1月の時点において、一般住宅のほか事業所等が混在する地域に位置しており、都市計画法上の規制は主に第1種住居地域(建ぺい率60パーセント、容積率200パーセント)、一部は準住居地域(同)であり、上水道は整備されているが、都市ガス及び公共下水道は未整備であり、近隣地域も、上水道はおおむね整備されているが、都市ガスは一部で整備されているにすぎず、公共下水道は未整備であった。
イ 公示価格(基準日は1月1日)でみた大阪府内の住宅地の地価動向は、昭和58年を100とした場合、平成3年に304.8を記録した後は平成18年まで一貫して下落しており、平成8年が170.0、同9年が166.0、同10年が163.0、同11年が152.9、同12年が142.9、同13年が132.8であり、同18年は95.6となっていた。地価の対前年変動率は、平成4年に-24.5パーセント、同5年に-16.0パーセントといずれも2桁の下落を記録した後も着実に下落し、平成8年は-4.4パーセント、同9年は-2.4パーセント、同10年は-1.8パーセント、同11年は-6.2パーセント、同12年は-6.5パーセント、同13年は-7.1パーセントであり、同18年は-1.9パーセントとなっていた。もっとも、大阪府内の商業地の地価動向についてみると、平成18年の対前年変動率は平成3年以来15年ぶりに上昇に転じていた(1.2パーセント)。
なお、固定資産評価のために設定された弥生文化博物館北側道路の路線価は、平成9年度から同11年度までが1平方メートル当たり11万7000円、平成12年度から同14年度までが同10万4000円、平成15年度から同17年度までが同8万1000円、同18年度以降は6万1000円となっていた。
ウ 府、和泉市及び泉大津市は、池上曽根遺跡の史跡整備や発掘調査等によって出土した土器や石器等やその調査記録を分散して保管しているが、その分量は、平成18年12月現在で府が1万3190箱、和泉市が5836箱、泉大津市が135箱の計1万9161箱(1箱は内法35センチメートル、54センチメートル及び15センチメートル)となっていた一方、弥生文化博物館には府の保管分のうち675箱が収蔵されていたにとどまっていたため、これらを一か所に集めて調査研究や歴史文化の総合的学習のために活用する必要から、(仮称)池上曽根遺跡研究センターの設置を構想しており、和泉市は、本件土地の公社による取得後、府が主体となって本件土地上においてその設置を行うよう強く働きかけを行っていた。もっとも、上記センターの具体的内容やその設置に向けた段取り等については現時点においてもなお確たるものは存在していない。
エ 史跡公園は、JR阪和線の信太山駅から徒歩7分、南海本線松ノ浜駅から徒歩20分の距離にあるが、国道26号線と府道池上下宮線が交叉する位置にあるため、自動車での来園も容易であるところ、史跡公園内の駐車場は、いずれも第2期整備事業予定地内の3か所に230台分が臨時駐車場として設置されているのみで、第2期整備事業が終了してしまうと駐車場用地がなくなってしまう関係にあった。現在、府は、本件土地を、弥生文化博物館に大型バスで来館する者のため、来園者が集中する春期の3か月間、公社から借り上げて駐車場として使用している。なお、第2期整備事業は、平成17年度までの時点では同22年度末に完了する予定であったが、同18年度における文化庁との協議の結果、完了時期は同31年度末へと延期されていた。
オ 和泉市教育委員会は、平成9年2月27日、和泉市長に対し、本件土地につき、「公共事業に伴う用地の先行取得願」を提出した。その事業名は「文化財保護事業」とされており、「事業の実施を必要とする理由」には、現在整備事業を実施中の史跡公園と弥生文化博物館を一体化したものとして活用するために、大型車の駐車場及び池上曽根遺跡の総合学習センター建設用地として最適の土地である旨が記載されていた。
カ 本件土地については、平成18年1月に行われた府と和泉市との間の協議において、今後3年の間に解決の具体策を出していく旨が確認されており、これを受けて、和泉市は、平成18年度から同22年度までの5年間を対象とする「土地開発公社の経営の健全化に関する計画」において、本件土地を平成21年度に府との協議により処分することとしている。
(3) 前記前提となる事実等及び前記認定事実を総合すれば、①池上曽根遺跡は、その規模及び内容等に照らし、史跡として高度の文化的価値を有するものと認められ、その整備、保存は、学術研究に資することはもとより、地域住民を始め広く国民の社会教育の振興に寄与するものであること、②本件土地は、史跡としての指定範囲には含まれないものの、その位置関係等に照らし、池上曽根遺跡の整備、保存事業を進める上で様々な用途にその活用が期待され、当該事業に必要かつ有益な土地ということができること、③和泉市が公社に本件土地を先行取得させたのは、府に依頼されたことのみによるものではなく、和泉市としても池上曽根遺跡からの出土品を保管して展示するための施設((仮称)池上曽根遺跡研究センター)の敷地や、史跡公園(和泉市及び泉大津市が管理するものと認められる。)の駐車場用地として本件土地が有効活用されることを期待しており、本件土地の取得はそのための布石という側面をも有していたこと、④(仮称)池上曽根遺跡研究センターについては、その大まかな構想しか存在しておらず、その事業主体や費用の負担割合もいまだ確定していないこと、⑤大阪府がこれまで本件土地の買取りを見合わせてきたのは、その財政事情の悪化によるものであって、池上曽根遺跡の文化的価値及び同遺跡の整備、保存事業における本件土地の必要性、有用性にかんがみると、府が本件土地を取得する可能性が社会通念上皆無であるとはいえない上、府が本件土地を買い取る際の価格についても、今後の地価の動向や本件土地周辺の上下水道及び都市ガス等のいわゆるインフラ等の整備状況、府の財政状況等によっては現在の地価よりも上昇し、その上昇幅が公社による本件土地の取得資金に係る金利相当額等を上回る可能性も否定できないこと、以上のとおり認められる。以上に加えて、そもそも、文化的価値を有する史跡の整備、保存やそれを通じての社会教育の振興等は、国及び地方公共団体(都道府県及び市町村)が適切な役割分担と相互の協力の下に行われるべきものであること、史跡池上曽根遺跡整備事業は、同遺跡の存在する和泉市及び泉大津市が事業主体として実施するものとされていることなどをも併せ考えると、平成8年の時点において府及び和泉市の各教育委員会の実務担当者間において本件土地を和泉市が先行取得した上府において買い取る旨の合意がされ、それを受けて本件確認書が作成された経緯をしんしゃくしてもなお、信義則上、府において和泉市に損害を及ぼさないよう早急に本件土地を買い受けるべき法的義務が生ずるとまでいうことはできないのみならず、現時点において府がその義務に違反して和泉市に損害を与えているということもできない。
(4) したがって、いずれにせよ、原告らの予備的請求も理由がないといわざるを得ない。
第4結論
以上のとおりであるから、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民訴法65条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西川知一郎 裁判官 岡田幸人 石川慧子)