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大阪地方裁判所 平成19年(わ)5515号 判決 2008年12月12日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中230日をその刑に算入する。

押収してある封筒3枚(平成20年押第171号の9ないし11),同全国百貨店共通商品券43枚(同号の12,43及び44),同茶封筒2枚(同号の16及び25),同書面2枚(同号の17及び24),同葉書13枚(同号の18),同ノート片7組(同号の19,21ないし23,26及び27)及び同ノート片2枚(同号の20及び33)を被害者Aに還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,かねてより自宅マンションを出て被告人から身を隠していた実母Bの居所を探していたところ,弁護士A及びその事務員C(当時68歳)が実母の居所を知りながら隠し立てをしていると考え,前記Aらを殺害してでも実母の居所が判明する書類を強取しようと企て,平成19年9月10日午前10時ころ,前記Aが看守する大阪市中央区a町b丁目c番d号Dマンションe階f号室のA法律事務所に,殺害に使う釘抜きハンマーを所持して,その出入口ドアから侵入し,1人でいた前記Cの頭部等を前記ハンマーで数十回殴打し,よって,そのころ,同所において,同人を頭部多発挫創による出血性ショック,又は,同出血性ショックにより身動きできない状態になったため生じた頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害した上,同事務所内にあった前記A所有又は管理に係る封筒3枚(平成20年押第171号の9ないし11),全国百貨店共通商品券43枚(各額面1000円。同号の12,43及び44),茶封筒2枚(同号の16及び25),書面2枚(同号の17及び24),葉書13枚(同号の18)及びノート1冊(同号の19ないし23,26,27,33はいずれもその断片)を強取したものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

1  被告人は,公判廷において,当初は本件建造物侵入,強盗殺人の犯人であること自体を否定していたものの,第6回公判期日に至って自らが同事件の犯人であることを含め本件公訴事実を全面的に認め,さらにその後の被告人質問等では,自らが判示A法律事務所(以下,「本件事務所」という。)内に立ち入り,同事務所でCを殺害して,同事務所内からノート及び商品券を持ち出したことは認める一方,「本件事務所内にはCの承諾を得て入った。当初からCを殺して物品を奪う目的があったわけではなく,同人と言い争いになって殺してしまった。ノート及び商品券以外の物は持ち出していない」旨供述を一部変更し,弁護人も,被告人のかかる供述に基づいて,被告人には,建造物侵入罪及び強盗殺人罪は成立せず,殺人罪及び窃盗罪(被害品はノート及び商品券のみ)が成立するにとどまる旨主張するので,以下に,当裁判所が判示のとおりの建造物侵入罪及び強盗殺人罪が成立すると認定した理由を説明する。

2  関係各証拠によれば,本件の背景事情,客観的な事実関係として,以下のことが認められる。

(1)  被告人とその実母Bは,平成14年ころまで大阪府大阪狭山市gh番地のiEマンションj号室(被告人,B及び被告人の兄の共有名義のもの。以下,「被告人方マンション」という。)で同居していたが,そのころ,Bは,被告人からの暴力に耐え切れずに家出をし,かねてから懇意にしていた弁護士Aの協力を得て,被告人から身を隠して生活をしていた。

一方,被告人は,無職で収入がなく,生活費等に窮して被告人方マンションを売却せざるを得ない状況に陥っていたところ,Bが家出をした際に多額の金を持ち出したと考えると共に,同人の居所をAが知っていることを察知して,平成19年8月ころ,本件事務所を訪れ,AやCからBの居所を聞き出そうとしたが,Aらがそれに応じることはなかった。

(2)  同年9月10日午後2時53分ころ,本件事務所に出勤したAは,死亡しているCを発見し,110番通報した。その際,Cは,床の上にうつ伏せに倒れ,頭部を筒型のゴミ箱に突っ込んだ状態になっていた。また,Cの頭部には,非常に多数の挫創等が生じていた。

(3)  同日,堺市北区kl丁m番n号所在のFショッピングセンターにおいて,清掃員がゴミ箱内に投棄されている次のものを発見し,警備員を通じて警察官が領置したが,それらのほとんどに血痕様のものが付着していた。

① 封筒(商品券用)3枚(平成20年押第171号の9ないし11)

② 全国百貨店共通商品券10枚(同号の12)

③ 「B様」「弁護士A」等と記載された茶封筒1枚(同号の16)

④ 「A法律事務所C様」「大阪狭山市高齢介護グループ」等と記載された茶封筒1枚(同号の25)

⑤ 「B様」「措置徴収金の納付について」「大阪狭山市福祉事務所高齢介護グループ」等と記載された書面1枚(同号の17)

⑥ 「A法律事務所C様」「高齢介護グループG」等と記載された書面1枚(同号の24)

⑦ 「社会保険庁社会保険業務センター行」などと記載された葉書13枚(同号の18)

⑧ 住所等の記載を含むノート片9点(同号の19ないし23,26,27及び33)

⑨ キャップ帽1個(同号の2),ポロシャツ1枚(同号の29),半袖シャツ1枚(同号の30),下着パンツ1枚(同号の31),靴下1双(同号の32)

なお,Fショッピングセンター内の防犯ビデオには,被告人が,同日午前11時49分から同日午前11時59分までの間に,何らかの物が入った複数のビニール袋を左右の手に持って入店し,同店2階及び3階のエレベーター横の各ゴミ箱にこれらを順次投棄して手ぶらで立ち去る姿が撮影されていた。

(4)  同月18日,被告人方マンションで捜索差押手続が行われた際,同所から,全国百貨店共通商品券合計33枚(平成20年押第171号の43及び44)が発見された。

3  そこで,以上のことを前提として,本件に至る経緯,犯行状況等についての被告人の供述について検討を加えることとする。

(1)  捜査段階の自白供述

被告人は,平成19年9月14日,自ら大阪府東警察署に出頭し,自身が本件の犯人である旨申告したが,いったん否認に転じ,再度犯行を認めた後,同月18日以降は前記のように公判の途中に至るまで全面的に犯行を否認し続けていたところ,それらの供述のうち,犯行を認めるものの内容は,概ね以下のとおりである。

① 被告人は,Bが持って出た金の話を同人としたかったが,AやCは,Bの居所を知っているにもかかわらず,「知らない。」と嘘をついて教えてくれなかった。そこで,何としても,Bの居所を突きとめようと思った。

② 平成19年9月10日午前7時半ころ,事前に買っていたハンマーをビニール袋に入れ,自動車に乗って自宅を出た。ビニール袋には,白っぽいキャップ帽,白色マスク,軍手,タオルも一緒に入れていた。同日午前10時少し前,本件事務所近くに着き,付近の人に顔を見られないようにするため,自動車の運転席でマスクをつけて,キャップ帽を目深にかぶった上,ハンマー,軍手,タオルを紙袋に入れ,自動車を降りて本件事務所に歩いて向かった。AとCのどちらがいたとしても,素直にBの居所を言わなければ,ハンマーで殴りつけて殺してでも,Bの居所がわかる書類を奪おうと思っていた。また,Cらを殺すことによって,恨みのあるBに嫌な思いをさせてやろうという気持ちもあった。

③ 被告人が本件事務所の入口ドアを押すと,鍵がかかっておらず,簡単にこれが開いた。そして,被告人が部屋の中に向かって,「宅急便です。印鑑お願いします。」と宅配業者を装って言うと,奥からCが出てきた。Cは,被告人の姿を見てすぐに被告人だと分かった様子で,「どうしたん。」と言ってきた。そこで,被告人が「Cさん,ええ加減に居所教えてや。」と母の居所を聞くと,Cは「そんなん知らん,知ってるはずがない。」といつものように白を切った。そのため,被告人は,『いくら言っても駄目だ。最初の考えどおり,殺してでも母親の居所を聞き出さなければ。』と思い,本件事務所に入ってドアを閉め,ハンマーを取り出して頭の上まで振り上げて,正対して後ずさりをするCの頭めがけて力一杯振り下ろしたところ,ハンマーはまともにCの頭にあたった。それでも,頭を両手で抱えてうめくCが「知らんもんは知らん。」と白を切り続けたので,今度は立て続けに5回くらいハンマーで殴った。すると,Cは,「分かった,分かった。」と言い,大学ノートくらいの大きさの住所録や通帳を取り出して被告人に手渡すなどしたが,被告人は,『手遅れや。』などと考えて,本件事務所内を逃げるCの頭をハンマーで殴り続けた。

④ そのような中,Cは,相当量出血しながらも入口ドアのほうに逃げ出し,ドアを開けて助けを求めたので,被告人は,Cを後ろから引っ張ってドアに鍵をかけた。そして,被告人がCを床に引き倒したところ,Cは,しばらくして,ぴくりとも動かなくなった。被告人は,Cが死んだとは思ったが,念のため,Cの頭をハンマーで2,3発殴ったところ,Cは動かなかった。そこで,被告人は,さらに確認のため,うつ伏せに倒したCの頭を筒型のゴミ箱に突っ込み,生きていれば息苦しくなり動くだろうと思って見ていたが,Cがまったく動かなかったので死んだことがはっきりわかった。

⑤ その後,被告人は,手や顔の返り血を洗面所で洗い流したり,軍手やタオルでバケツ等に付着した指紋を拭き消したりした上,強盗の仕業に見せかければ少しの間は時間稼ぎができるだろうと考えて,本件事務所内の机の引き出しを開けたところ,商品券の袋が目に入ったことから,これを持ってきた紙袋に入れ,前記住所録もその紙袋に入れた。

⑥ 本件事務所を出た被告人は,歩いて自動車に戻り,これに乗って場所を移動した後,あらかじめ用意していたTシャツ,ジーパン,パンツ,靴下に着替えた。そして,そのままFショッピングセンターまで行き,同店の1階ないし3階の各ゴミ箱に犯行時着ていたポロシャツ等の衣服や靴,ハンマー,住所録,血の付いた商品券等を捨てた。

(2)  最終的な公判供述等

これに対し,被告人は,前記1のとおり,第6回公判期日に至って全面的否認から自白に転じたところ,第7回公判期日(平成20年10月14日)に行われた被告人質問においてはこれを一部修正しており,その内容に被告人作成の同月15日付け及び同月17日付け各書簡(弁8,9)を併せると,その最終的な供述内容は,概ね「①本件事務所に行った目的は,Aに対し,被告人,B,Aの3人で話をする場を設けてもらうことにあった。②ハンマーや手袋等は,当日,たまたまHホームセンターの袋に入って落ちていたのを拾ったものだった。ハンマーを使ってCらを脅すことは考えていたが,殺すことまでは考えていなかった。③シャツや帽子は,汗かきなので,余分に自動車に積んでいた。④本件事務所に入った際,宅急便を装ってはいない。普通に『おはようさん。』と言って入った。そのとき,帽子はかぶっていたが,マスクをしていたかは覚えていない。⑤Bの居所に関してCと言い争いになり,結果的にCを殺してしまった。⑥商品券は,何も考えずに紙袋に入れてしまった。ノートと商品券以外の物は持ち出していない。」というものと解される。

(3)  そこで,前記(1)及び(2)の各供述の信用性について検討する。

① まず,前記(1)の捜査段階の自白供述についてみるに,その内容は,具体的かつ詳細であり,とりわけ,Bの居所を明らかにしようとしないCをハンマーで執拗に殴打した上,同人がBの居所を明らかにするような素振りに転じた後も,『手遅れや。』などと考えて,逃げるCを引き続き殴打して殺害したとする点,あえてCの死亡を確認するための行動をとったとする点,さらに強盗の仕業に見せかけるべく商品券を持ち出すなどしたとする点は,実体験に基づく供述ならではの臨場感と迫真性に富んだものといえる上,特段不合理,不自然な点も認められない。そして,被告人が本件犯行に及んだ心情に関する供述は,前記2(1)にみられる被告人の当時の境遇,本件犯行日に至るまでの行動等とよく符合している。

これに対し,被告人は,第7回公判期日の被告人質問において,捜査段階の自白供述の中には捜査官が作出したものや自己の真意に反するものが含まれているかのような弁解をするが,その弁解内容ははなはだ曖昧である上,被告人の自白にかかる供述調書及び供述書は,いずれも捜査段階の初期のうちに作成されており,かかる段階で捜査官が前記のような臨場感等のある供述を勝手に作出し得るとは相当に考えにくく,とりわけ,被告人の強盗殺人に関する犯意がかなり明確に記載されている供述書(乙5)は,被告人が大阪府東警察署に自ら出頭した平成20年9月14日当日(本件発生の4日後)に作成されており,そのように本件発生後早い段階で自ら進んで警察署に出頭した被告人に対して,捜査官が敢えて被告人の意に沿わない供述を押しつけたり示唆したりしたとはまったく考えられない。したがって,被告人の前記弁解は信用できない。

以上によれば,被告人の前記(1)の捜査段階の自白供述には高い信用性が認められる。

② 次に,前記(2)の最終的な公判供述等についてみるに,(ア)3人で話をする場を設けてもらう目的で本件事務所に行ったとしながら,Bの居所に関してCと言い争いになったり,Cの殺害後にノートを持ち出したりするというのは論旨一貫していないこと,(イ)たまたまハンマーなどが落ちているのに気付いたということ自体,いかにも偶然に過ぎること,(ウ)夏場(本件当日は9月10日)に着替えを用意することはありうるとしても,あらかじめ帽子,シャツ,パンツ,靴下(いずれも着替え後のものがFショッピングセンターで発見されている)のすべてを用意するというのはかなり不自然であること,(エ)商品券を持ち出した理由につき,いったん全面的に自白に転じた後,これを一部修正した第7回公判期日においてさえ,被告人は強盗に見せかける目的であった旨明確に供述していたにもかかわらず,その後に作成した書簡(弁8)において,前記(2)のように供述を変遷させていること,(オ)第7回公判期日の被告人質問自体についても,尋問者如何等によって,内容が必ずしも一貫していないこと,(カ)前記(1)の捜査段階の自白供述に高い信用性が認められることを考慮すれば,被告人の公判供述中,前記(1)の捜査段階の自白供述に反する部分は信用できない。

③ なお,被告人が持ち出した物品につき,被告人は,公判廷においては,前記(2)のとおり,ノート及び商品券だけであり,それ以外の物品(その趣旨からして,前記2(3)③ないし⑦の茶封筒2枚,書面2枚,葉書13枚を指しているものと解される。)は持ち出していない旨供述し,被告人の捜査段階の供述についてもその点に関しては曖昧といえるところ,前記2(3)③ないし⑦の茶封筒等は,その記載内容等からして,本件事務所内から持ち出されたものであることが明らかである上,Bの居所を探していた被告人がそれらの物品をその手がかりとして持ち出すことには十分な合理性があること,それらの物品と共に,被告人が投棄したことに争いのない商品券や衣類等が発見されている上,商品券や衣類等と同様,それらの物品のほとんどに血痕様のものが付着していることからすれば,それらの物品は,被告人がCを殺害した際,Bの居所を探し出す手がかりにしようと考えて持ち出したとしか考えられない。

4  以上を踏まえて,建造物侵入罪及び強盗殺人罪の成否について検討する。

被告人は,前記3(1)のとおり,CらがBの居所を教えないことを犯行に出る条件としていたものの,あらかじめCらを殺害してBの居所がわかる書類を奪うことを目的として本件事務所に赴き,その目的のとおりに,Cを殺害して住所等の記載がされたノート等を奪取したものと認められるから,被告人に強盗殺人罪が成立することは明らかである(なお,商品券を持ち出した主目的が被告人の供述するように行きずりの強盗を仮装することにあったとしても,その行為が当初の目的であるノート等の奪取とまったく同一機会になされたものであることや,前記仮装目的が当該商品券を自己の所有物としてその経済的用法に従って利用ないし処分する意思と何ら背反する関係に立つものではなく,明らかに血痕が付着したものを除き,実際に被告人がその大部分をそのまま自宅で保管し続けていたことが関係証拠から認められることからすれば,被告人には,当該商品券に対する不法領得の意思もあったと認めるのが相当である。)。

また,前記3(1)③によれば,一見,Cにおいて,被告人が本件事務所に立ち入ること自体は拒絶していないかのようにもみえるが,被告人において前記の目的の下に本件事務所に立ち入ることが正当な理由に基づくものでないことは明らかであり,Cがかかる目的を了知していれば,被告人が本件事務所内に立ち入ることを当然に拒絶したはずであることも優に推定できるから,被告人が本件事務所に立ち入ったことに正当な理由はなかったものと認められ,被告人には建造物侵入罪も成立する。

5  ところで,検察官は,Cの死因につき,起訴状記載の公訴事実においては「頭部多発挫創による出血性ショック」としていたが,第5回公判期日において,これを「頭部多発挫創による出血性ショック等」とする旨の訴因変更請求をしているところ(同期日において変更許可決定済),医師Iの公判供述及び同人作成の鑑定書(甲38)を併せると,Cの直接的な死因は,大量出血に基づく出血性ショックにかかるショック症状自体か,あるいは,当該ショック状態のために,頸部の圧迫状態(前記3(1)④のとおり,被告人がCの死亡を確認するためにその頭を筒型のゴミ箱にうつ伏せに突っ込んだことに起因するものと解される。)を回避できなかったことによる窒息かのいずれかであり,その過程に出血性ショックが介在することは認められるものの,直接的な死因がショック症状ないし窒息のいずれであるかまでは特定することができないので,判示のとおり選択的な認定をした次第である(なお,同公判期日における検察官の釈明によれば,検察官の訴追意思もこれと同旨と解され,弁護人もこの点について特段異議を述べていないから,この認定が被告人の防御権を何ら侵害するものではない。)。

6  以上のとおりであるので,被告人には,判示のとおりの建造物侵入罪及び強盗殺人罪が成立する。

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

本件は,被告人が,実母の居所を探し出すため,実母と懇意にしている弁護士の事務所に侵入し,居合わせた当時68歳の女性事務員の頭部を所携の釘抜きハンマーで殴打するなどして殺害した上,ノート等を強取したという建造物侵入,強盗殺人の事案である。

本件に至る経緯は,前記「事実認定の補足説明」で説示したとおりであって,被告人は,自らの暴力に耐えかねて身を隠していた実母を探し出すことによって自己の経済的苦境を打開すべく,その手段として本件犯行を敢行したものとみられ,身勝手極まりない犯行動機に酌量の余地は寸毫も認められない。この点に関して,被告人は,本件の犯行動機の1つとして,幼少時に実母から性的虐待を受けたことの恨みから実母と親しい被害者を殺害することで実母に打撃を与えようと思ったことを掲げるが,前記虐待に関する供述はまったく曖昧かつ不自然であり,かかる事実があったこと自体相当に疑わしい上,仮にそのような恨みを晴らすことが目的の1つであったとしても,これが本件犯行をいささかも正当化するものとはいえないことは当然である。

また,被告人は,あらかじめ凶器とすべきハンマー,顔を見られないための帽子及びマスク,犯行後の着替えなどを用意した上,宅配便業者を装って本件事務所に侵入を図っており,その犯行態様は,周到に準備された計画的なものといえる。そして,被害者が実母の所在を教えようとしないとみるや,まったく無防備の被害者の頭部をいきなり所携のハンマーで強打し,その後被害者が被告人の要求に応じようとしたのに,これを許そうとはせず,本件事務所内を逃げまどう被害者を追いかけてまったく身動きできなくなるまで執拗にその頭部を多数回にわたり殴打するなどした暴行態様は非常に冷酷かつ残忍であり,犯行後,本件事務所内の至るところに飛び散っていた被害者の血痕の付着状況からしても,その凄惨さは筆舌に尽くしがたく,極めて悪質というほかない。さらに,被告人は,被害者の頭部をゴミ箱に突っ込んで同人が確実に死亡したかを確認したり,当初から目的としていた住所等の記載されたノートを奪取したりしたのみならず,犯行を行きずりの金品目当ての強盗に見せかける工作として商品券も強取した上,これと前後して同事務所の洗面所で自らの身体に付着した返り血を洗い流し,本件事務所を出た後,途中で着替えも済ませて逃走するという冷静かつ狡猾な行動をとっている。しかも,被告人はその足でスーパーのゴミ箱に本件犯行の証拠品となる血の付いた着衣等や盗品の一部を分散して投棄して証拠隠滅工作を遂げており,犯行後の情状も相当に悪い。

被害者は,A弁護士の信頼の下,長年にわたってA法律事務所に事務員として勤務していたほか,2人の息子や孫にも恵まれ,趣味やボランティアにも精力的に取り組むなどの充実した人生を送っていたところ,本件によって,その尊い命を一瞬にして奪われたものであり,その無念さは察するに余りある。しかも,被害者は,被告人の実母の窮状を見かねて,A弁護士と共に親身になってその相談に乗り,その意向を汲んで被告人の求めに応じなかったことが窺われ,もとより何らの落ち度もないのに,被告人によるまったく理不尽な犯行の犠牲になったものであり,被害者が絶命に至るまで受けた身体的苦痛や,旧知の被告人に襲われた際の驚愕,恐怖には計り知れないものがある。

また,証人となった被害者の2人の息子は,最愛の母を失った悲しみや悔しさを吐露しつつ峻烈な処罰感情を示しており,両名がそろって被告人に対する極刑を求めている心情は当裁判所としても十分理解することができる。

さらに,被告人は,犯行の4日後に警察署に自首していったん犯行を認めたものの,取調べの途中から犯行を完全否認するようになり,12回にわたる本件公判前整理手続を経て第6回公判期日に至るまで1年近くにわたってその態度を貫いて,これにより事件関係者の心情を逆なでし続け,第6回公判期日で犯行を全面的に認める供述態度を示した後においてさえも,前記「事実認定の補足説明」で要約摘示したとおりの自己に有利に働く不自然な弁解を縷々しており,かかる被告人が本件を真摯に反省しているとは考えにくい。そうすると,被告人が前記のとおり自首し,その直後の被告人の自白が本件の解明に資するものであったこと,現時点では本件犯行を大筋では認め,死亡させた被害者に対する謝罪の言葉を述べていることは認められるものの,それらを大きく評価することは相当とはいえない。

加えて,被告人が平成17年12月に府条例違反(公衆にめいわくをかける暴力的不良行為)により懲役8月,3年間執行猶予の判決を受け,その執行猶予中にもかかわらず本件犯行を敢行したことも見過ごせない。

以上によれば,犯情は甚だ劣悪で,被告人の刑事責任は極めて重大といわなければならない。

したがって,前記のような被告人にとって有利な事情を踏まえて検討しても,被告人に対する処断刑である強盗殺人罪の所定刑から選択した無期懲役刑を減軽すべきほどの事情があるとは到底いえず,被告人に対しては,主文の刑をもって臨むほかないものと判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑・無期懲役)

(裁判長裁判官 樋口裕晃 裁判官 橋本健 裁判官 能宗美和)

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