大阪地方裁判所 平成19年(レ)7号 判決 2007年9月20日
控訴人(原審原告)
X
被控訴人(原審被告)
株式会社 オリエントコーポレーション
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
牛田利治
坂昌樹
畠山和大
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、二七万六一五〇円を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人が債権執行により控訴人の郵便貯金債権を差し押さえ、これを取り立てて弁済を受けたところ、控訴人が、上記郵便貯金債権は年金を原資とするものであり、差押禁止債権に当たるとして、被控訴人に対し、不当利得又は不法行為に基づき、利得金ないし損害賠償金二七万六一五〇円の支払を求めた事案である。
原審が控訴人の請求を棄却したのに対し、これを不服とする控訴人が本件控訴を申し立てた。
二 前提事実
(1) 被控訴人は、控訴人に対する債務名義に基づき、控訴人の有する郵便貯金債権の差押えを大阪地方裁判所に申し立て(大阪地方裁判所平成一八年(ル)第三六三一号事件)、同裁判所は、平成一八年六月二六日、控訴人の有する郵便貯金債権を二六万四二五九円に満つるまで差し押さえるとの債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)を発付し、同命令は、同月二七日に第三債務者である日本郵政公社に、同年七月一六日に債務者である控訴人に、それぞれ送達された。
(2) 控訴人は、同年六月二七日当時、口座番号<省略>の郵便貯金口座(以下「本件貯金口座一」という。)に一五万一五三九円の郵便貯金債権(以下「本件貯金債権一」という。)を、また、口座番号<省略>の郵便貯金口座(以下「本件貯金口座二」という。)に三八万四三九九円の郵便貯金債権(以下「本件貯金債権二」という。)をそれぞれ有していた。
(3) 本件差押命令によって、同日、本件貯金債権一の全額一五万一五三九円と、本件貯金債権二のうちの一一万二七二〇円の合計二六万四二五九円が差し押さえられ(以下「本件差押え」という。)、被控訴人は、同年八月一五日、本件差押命令による取立権に基づき、第三債務者である日本郵政公社から差押えに係る二六万四二五九円の支払を受けた。
三 当事者の主張
(1) 不当利得に基づく返還請求について
(控訴人の主張)
厚生年金保険法四一条一項は、保険給付を受ける権利は差し押さえることができない旨を定めているところ、本件貯金債権一及び二はいずれも厚生年金を原資とするものであるから、差押禁止債権に当たる。したがって、被控訴人が、本件差押命令による取立権に基づき、第三債務者である日本郵政公社から差押えに係る二六万四二五九円の支払を受けたことは、被控訴人において法律上の原因なく同額の利益を得、これにより控訴人に同額の損失を被らせたこととなる。
また、控訴人は、被控訴人が差押禁止債権に当たる本件貯金債権一及び二を差し押さえたため、同年八月一五日、執行抗告の申立てを余儀なくされ、本件差押命令に対する執行抗告申立費用合計一万一八九一円(抗告状印紙代一〇〇〇円、切手代八九八五円及び諸費用一九〇六円)を支出し、同額の損失を被った。
よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求として、二七万六一五〇円の支払を求める。
(被控訴人の反論)
本件差押命令によって差し押えられた債権は、控訴人の貯金債権であって、年金受給権ではない上、上記貯金債権が厚生年金を原資とするものであったとしても、本件貯金口座一及び二に入金された厚生年金は、控訴人の一般財産に混入しているから、本件貯金債権一及び二は差押禁止債権の属性を承継したものとはいえず、差押禁止債権に当たらない。
また、仮に本件貯金債権一及び二が差押禁止債権に当たるとしても、同債権は民事執行法一五二条一項二号所定の退職年金の一種であり、同号の適用又は準用を受けるから、少なくとも、その支払期に受けるべき給付の四分の一に相当する部分の差押えは差押禁止に反しない。
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求について
(控訴人の主張)
前記(1)(控訴人の主張)のとおり、本件貯金債権一及び二は差押禁止債権に当たるところ、控訴人が、平成一八年七月一七日、大阪高等裁判所に対し、本件差押命令に対する執行抗告の申立てを行い、同抗告状が遅くともその数日後には被控訴人に送達されたことにより、被控訴人は、本件貯金債権一及び二が差押禁止債権に当たることを知り又は知りうべきであったのであるから、被控訴人が、本件差押命令による取立権に基づき、第三債務者である日本郵政公社から差押えに係る二六万四二五九円の支払を受けたことは不法行為を構成する。
(被控訴人の反論)
前記(1)(被控訴人の反論)のとおり、本件貯金債権一及び二は差押禁止債権に当たらないから、被控訴人が、本件差押命令による取立権に基づき、第三債務者である日本郵政公社から差押えに係る二六万四二五九円の支払を受けたことは不法行為とならない。
仮に、年金を原資とする貯金債権の差押えないし取立てが違法と評価される場合があるとしても、債権者において、貯金債権が差押禁止債権の属性をそのまま承継したものであることについて確定的認識があり、強制執行により貯金者の最低限の生活に現実に支障が生じることを意図ないし確定的に予見しながら、積極的に差押命令申立てや取立行為を行った場合に限定されると考えるべきである。本件では、被控訴人自身が本件貯金口座一及び二を管理し原資を把握していた事情はなく、取立ての時点においても、本件貯金口座一及び二に厚生年金が振り込まれている事実を確認することはできなかったのであるから、被控訴人が本件差押命令による取立権に基づき支払を受けたことは何ら違法でない。
第三当裁判所の判断
一 不当利得に基づく返還請求について
厚生年金保険法四一条一項は、保険給付を受ける権利を差し押さえることができない旨規定しているところ、証拠<省略>によれば、本件貯金口座一及び二は控訴人の受給する厚生年金の振込口座となっており、本件貯金債権一及び二には、厚生年金が振り込まれたものが原資の一部として含まれていることが認められる(なお、証拠<省略>によれば、本件貯金債権一のうち、少なくとも一三万二三五二円は年金を原資とし、本件貯金債権二のうち、少なくとも三二万〇二九二円は年金を原資としているものと認められる。)。
しかしながら、厚生年金保険法によって差押えの禁止が定められている給付であっても、いったんそれが受給者の貯金口座に振り込まれた以上、それは年金受給者の日本郵政公社に対する貯金債権となる。年金受給権が国に対して年金の支払を請求できる権利であるのに対し、貯金債権は日本郵政公社に対して貯金の払戻しを請求できる権利であるから、年金受給権と貯金債権は明らかに法的性質を異にするものであり、貯金債権が年金受給権の給付目的の同一性を承継するとはいえない。したがって、貯金債権は年金受給権の差押禁止債権としての属性を承継しないから、貯金債権の全額を差し押さえることは何ら違法となるものではない。
もっとも、厚生年金保険法により差押えの禁止が定められている給付について、それが受給者の貯金口座に振り込まれた場合においても、受給者の生活保持の見地から上記差押禁止の趣旨はできる限り尊重されるべきであるが、上記差押禁止の趣旨を理由として、年金受給権の給付目的を承継しない貯金債権まで差押禁止債権とすることは、法の明文の規定なく責任財産から除外される財産を認めることとなり、取引の安全を害することとなる上、年金を原資とした貯金債権であっても、受給者が年金以外に財産を所有して生計を立てている場合などには差押えを禁止する必要はないことをも考慮すれば、年金を原資とした貯金債権を差押禁止債権とするのは相当でない。上記差押禁止の趣旨に基づく年金受給者の救済としては、民事執行法一五三条一項所定の申立てが可能であり、執行裁判所が、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部又は一部の取消しを行うことによって図られるべきものである。
そうすると、控訴人の不当利得返還請求は、本件貯金債権一及び二が差押禁止債権であることを前提とするものであるところ、その前提が欠けることとなるから、その余について判断するまでもなく理由がない。
二 不法行為に基づく損害賠償請求について
控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求も、本件貯金債権一及び二が差押禁止債権であることを前提とするものであるところ、前記説示のとおり、本件貯金債権一及び二は差押禁止債権とはいえないから、その余について判断するまでもなく理由がない。
三 よって、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は結論において相当であるから、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西忠重 裁判官 眞鍋美穂子 齊藤恒久)