大阪地方裁判所 平成19年(ワ)13244号 判決 2008年10月02日
原告
株式会社カテル
原告
P1
上記両名訴訟代理人弁護士
小堀秀行
同
二木克明
同
浮田美穂
同
森岡真一
被告
株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ
上記訴訟代理人弁護士
大野聖二
同訴訟代理人弁理士
鈴木守
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 被告は,別紙原告主張方法目録記載の決済方法を使用してはならない。
(2) 被告は,原告らに対し,1000万円及びこれに対する平成19年11月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。
(4) (2)につき,仮執行宣言
2 被告
主文と同旨
第2事案の概要
1 前提事実(争いのない事実)
(1) 当事者
原告株式会社カテルは,インターネットに関連するコンピュータソフトの企画,制作,販売等を業とする会社であり,原告P1は,その代表取締役である。
被告は,電気通信事業等を業とする会社である。
訴外株式会社エムティーアイ(以下「MTI」という。)は,「Music.jp」というウェブサイトを開設し,同サイトにアクセスしてきた携帯電話機に対し,求めに応じて,有料情報である楽曲を送信提供している会社である。
(2) 原告らは,次の特許権(以下「本件特許権」といい,本件特許権の請求項3に係る発明を「本件発明」という。その特許公報(甲2)を「本件特許公報」という。)を共同して保有している。
ア 登録番号 特許第3671375号
イ 発明の名称 決済方法及び該決済方法を採用した決済システム並びに決済管理サーバ
ウ 出願年月日 平成13年6月11日
エ 登録日 平成17年4月28日
オ 特許請求の範囲
【請求項3】
「コンピュータネットワーク上に開設されたホームページにおいて提供されている有料情報等が購入できる認証情報を,該有料情報等を購入する意思表示をした利用者の携帯電話機に対して発行し,当該認証情報によって有料情報等を購入する際に発生する代金を当該コンピュータネットワークに接続された決済管理サーバを介して決済する決済方法であって,決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記携帯電話機から,当該携帯電話機を特定する情報と前記有料情報等の代金に対応した情報とを含む認証情報の発行を希望する希望信号を受信するステップと,決済管理サーバが,前記希望信号を受けて,前記携帯電話機を特定する情報が決済管理サーバのデータベースに記録されているか否かを判断するステップと,決済管理サーバが,前記携帯電話機を特定する情報が前記データベースに記録されていると判断したときに,電話使用料を課金している課金サーバに対して前記有料情報等の代金に対応した利用料金情報を送信するステップと,課金サーバが,前記有料情報等の代金に対応した利用料金情報を受信し,前記有料情報等の代金に対応した利用料金を携帯電話機の電話使用料金に対して加算して課金した後,課金済通知を決済管理サーバに対して送信するステップと,決済管理サーバが,前記課金サーバから前記課金済通知を受信するステップと,決済管理サーバが,前記課金済通知を受けて前記利用料金に基づく有料情報等を購入できる認証情報を生成するステップと,決済管理サーバが,前記生成した認証情報を,前記携帯電話機を特定する情報に関連付けて決済管理サーバのデータベースに記録するステップと,決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記認証情報を前記携帯電話機へ送信するステップとを備えていることを特徴とする決済方法。」
(3) 本件発明を構成要件に分説すると以下のとおりである。
A コンピュータネットワーク上に開設されたホームページにおいて提供されている有料情報等が購入できる認証情報を,該有料情報等を購入する意思表示をした利用者の携帯電話機に対して発行し,当該認証情報によって有料情報等を購入する際に発生する代金を当該コンピュータネットワークに接続された決済管理サーバを介して決済する決済方法であって,
B 決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記携帯電話機から,当該携帯電話機を特定する情報と前記有料情報等の代金に対応した情報とを含む認証情報の発行を希望する希望信号を受信するステップと,
C 決済管理サーバが,前記希望信号を受けて,前記携帯電話機を特定する情報が決済管理サーバのデータベースに記録されているか否かを判断するステップと,
D 決済管理サーバが,前記携帯電話機を特定する情報が前記データベースに記録されていると判断したときに,電話使用料を課金している課金サーバに対して前記有料情報等の代金に対応した利用料金情報を送信するステップと
E 課金サーバが,前記有料情報等の代金に対応した利用料金情報を受信し,前記有料情報等の代金に対応した利用料金を携帯電話機の電話使用料金に対して加算して課金した後,課金済通知を決済管理サーバに対して送信するステップと,
F 決済管理サーバが,前記課金サーバから前記課金済通知を受信するステップと
G 決済管理サーバが,前記課金済通知を受けて前記利用料金に基づく有料情報等を購入できる認証情報を生成するステップと,
H 決済管理サーバが,前記生成した認証情報を,前記携帯電話機を特定する情報に関連付けて決済管理サーバのデータベースに記録するステップと,
I 決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記認証情報を前記携帯電話機へ送信するステップとを
J 備えていることを特徴とする決済方法。
(4) 被告の運営する通信事業にかかる端末の携帯電話機に対し,MTIが有料情報としての楽曲を提供した場合に使用する決済方法(以下「被告方法」という。)の概要は,以下のとおりである。
ア 携帯電話機が,MTIサーバへアクセスし,所望の楽曲のダウンロードを要求する。楽曲のダウンロードに必要なマイメニュー登録がされていない場合には,次のイのマイメニュー登録処理を行い,マイメニュー登録されている場合には,MTIサーバはウの楽曲ダウンロードを行う。
イ 携帯電話機のユーザが楽曲配信サービスを利用するときに,以下の手順により,マイメニュー登録を行う。
イ‐1 MTIサーバは,携帯電話機に対し,マイメニュー登録を要求する画面を送信する。****************************
イ‐8 マイメニュー登録完了画面にMTIサーバが指定したURLへのリンクが含まれており,ユーザがそのリンクを選択すると,携帯電話機は,MTIサーバに接続する。携帯電話機は,所望の楽曲のダウンロードを要求する。
ウ MTIサーバは,アクセスしてきた携帯電話機に付与されたコインの残高から,楽曲のダウンロードに必要なコインを減算し,楽曲を携帯電話機にダウンロードさせる。
エ マイメニュー登録を行った携帯電話機は,コインの残高の範囲内で,楽曲をダウンロードすることができる。
オ MTIサーバは,月が変わるタイミングで,マイメニュー登録された携帯電話機の残高に所定量のコインを加算する。
*******************************
2 原告らの請求
原告らは,被告が,MTIの提供する楽曲の情報料金について,使用する決済方法(被告方法)が,原告らの本件特許権を侵害しているとして,別紙原告主張方法目録記載の決済方法の使用の差止めと特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求として1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年11月1日から支払い済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を求めている。
3 争点
(1) 被告方法が構成要件AないしIを充足するか (争点1)
ア 被告方法の具体的構成 (争点1-1)
イ 本件発明における「決済方法」の行為主体 (争点1-2)
ウ 被告方法に「決済管理サーバ」が存在するか (争点1-3)
エ 被告方法において「認証情報」を用いているか (争点1-4)
オ その他の被告方法の構成要件該当性 (争点1-5)
(2) 損害額 (争点2)
第3争点に係る当事者の主張
1 争点1(被告方法が構成要件AないしIを充足するか)
(1) 争点1-1(被告方法の具体的構成)について
【原告らの主張】
ア 被告方法の詳細を分説すれば,次のとおりとなる。
a 被告が運営する公式サイトのホームページ「iMENU」に表示されている「ミュージック」のリンク先である,MTIが楽曲のダウンロードサービスを提供するウェブページ「Music.jp」において提供されている楽曲がダウンロードできるコインを,該楽曲をダウンロードする意思表示をした利用者の携帯電話機に対して発行し,当該コインによって楽曲をダウンロードする際に発生する代金を当該コンピュータネットワークに接続された「MTIサーバ」を介して決済する決済方法であって
b MTIサーバが,コンピュータネットワークを介して携帯電話機から,被告が運営する公式サイトのホームページ「iMENU」にアクセスできる携帯電話機固有識別情報と前記有料情報等の代金に対応した情報とを含むコインの発行を希望する希望信号を受信するステップと(甲3写真⑦)
c MTIサーバが,前記希望信号を受けて,携帯電話機固有識別情報がMTIサーバのデータベースに記録されているか否かを判断するステップと
d MTIサーバが,前記携帯電話機固有識別情報が前記データベースに記録されていると判断したときに,電話使用料を課金している「iモードサーバ」に対して有料情報等の代金に対応した利用料金情報を送信するステップと(同写真⑧,⑩)
e 「iモードサーバ」が,有料情報等の代金に対応した利用料金情報を受信し,「楽曲」の代金に対応した利用料金を「携帯電話機」の電話使用料金に対して加算して課金した後,課金済通知を「MTIサーバ」に対して送信するステップと(同写真⑧,⑩,⑪,⑫,⑬)
******************************
h 「MTIサーバ」が,前記生成した「コイン」を,携帯電話機固有識別情報に関連付けて「MTIサーバ」のデータベースに記録するステップと
i 「MTIサーバ」が,コンピュータネットワークを介して「コイン」を「携帯電話機」へ送信するステップとを
j 備えていることを特徴とする決済方法。
イ 上記aないしjは,それぞれ,本件発明の構成要件AないしJに該当し,被告方法は,本件発明の構成要件を充足している(「楽曲」が「有料情報等」に,「ダウンロード」が「購入」に,「コイン」が「(有料情報等)が購入できる認証情報等」に,「MTIサーバ」が「決済管理サーバ」に,「iモードサーバ」が「課金サーバ」に該当する。)。
【被告の主張】
ア 原告らの主張アについて
被告方法の詳細と分説は否認する。
被告方法は,別紙被告主張方法目録記載のとおりである。
イ 原告らの主張イについて
争う。
(2) 争点1-2(本件発明における「決済方法」の行為主体)について(構成要件A~J関係)
【原告らの主張】
決済とは,「証券または代金の支払によって売買取引を終了させること」また単に「支払」という意味であり,本件発明でも,これと同じ意味で用いられている。そして,「決済」という言葉は,サービスを購入する取引の場合でも,支払をする側が用いる場合もあれば,支払を受ける側が用いる場合もある。これは,上記決済の定義からして明らかである。すなわち,決済というのは「証券または代金の支払によって売買取引を終了させること」なのであるから,売買取引を終了させる行為は,支払をする側からも支払を受ける側からもなされる。そして,本件発明は,情報提供者側の便宜を図る特許なのであって,その行為主体は情報提供者側である。
よって,本件発明における「決済方法」の行為主体は情報提供者側であると理解できる。
【被告の主張】
ア 本件特許請求の範囲には「代金を‥‥決済する決済方法」と記載され,本件発明において「決済」は,その対象が代金であり,決済を能動的に行う側の行為であることを明示している。そうすると,本件特許は,支払を行う側の行為を実施行為として捉えており,楽曲に対する料金の支払を行うのは,被告でもコンテンツプロバイダーでもなく,本件発明における「決済方法」の行為主体は代金を支払うユーザであると認められる。
イ 本件特許は,認証情報管理者(人)が行う決済の手順(ビジネスを行う方法それ自体)に対して付与されたのではなく,決済の手順を実現するためのシステム(物)の動作の方法に対して付与されたものである。つまり,本件特許は,システムが実行する動作を方法として規定した特許である。
システムが実行する動作方法を使用する者とは,そのシステムを動作させる者,すなわち,起動する者である。システムを準備した者は,システムの生産者ではあっても,そのシステムが実行する動作方法を使用する者には該当せず,システム(物)を準備する行為が方法に係る特許の直接侵害を構成することはない。
本件特許請求の範囲から明らかなように,(決済方法を実行する)決済管理システムを起動させる者は,最初に決済管理サーバに対して希望信号を送信する利用者である。利用者の携帯電話機から希望信号が送信されない限り決済管理システムは動作せず,本件特許の侵害状態が発生しないから,利用者以外には本件特許に係る決済方法の実施主体はない。
以上のように,特許請求の範囲の記載からみても,本件特許に係る方法の実施主体は利用者であり,被告あるいはMTIではあり得ない。
したがって,被告は,本件特許を実施していない。
(3) 争点1-3(被告方法に,「決済管理サーバ」が存在するか)について(構成要件A~D,F,G~I関係)
【原告らの主張】
本件発明の構成要件を見れば明らかなように,情報提供者と決済管理サーバが異なる必要は全くなく,被告方法では,情報提供者であるMTIが,決済管理サーバをも併せて運用している。そして,被告はMTIと契約を締結し,協力して課金の上で楽曲を提供しているところ,その楽曲提供プロセスの中で,(MTIの運用する)決済管理サーバが存在している以上,被告がMTIを通じて決済管理サーバを設置しているのと同じことである。
【被告の主張】
ア 本件特許における「決済管理サーバ」の意義について
(ア) 本件特許が解決しようとする課題について,本件特許公報には,以下の記載がある。
「前述した通り,前記利用料金は電話会社2が請求しているため,情報提供者8や仮想店舗管理者10等は電話会社2との間で利用料金を課金する契約をしなければならないが,契約待ちの情報提供者8や仮想店舗管理者10等が多数存在し,コンピュータネットワークを利用する商取引において大きな障害となっている。しかも,一つの電話会社2と契約しても複数存在する他の電話会社の電話回線網を使用する携帯電話機の所有者には有料情報等を提供できないという問題点があった。」 (本件特許公報7頁29-34行)
(イ) 上記課題の解決手段について,本件特許公報には,以下の記載がある。
「そこで,本発明者は,情報提供者や仮想店舗管理者等が電話会社との間で利用料金を課金する契約をしなくても,有料情報の閲覧,有料データのダウンロード,商品の購入等の際に発生する代金を受け取ることができる決済方法を提供することを技術的課題として,その具現化をはかるべく研究・実験を重ねた結果,認証情報管理者が電話会社との間で利用料金を課金する従来の契約を締結した課金対象のHPアドレスを保有し,情報提供者の有料情報提供HPや仮想店舗管理者の仮想店舗HP等にて有料情報の閲覧,有料データのダウンロード,或いは,商品の購入等の意思表示をした利用者とその代金とに基づく情報を生成して該情報を前記意思表示をした有料情報提供HPや仮想店舗HP等にて表示させ,携帯電話機から前記情報が送信されることにより,代金と同額の課金対象のHPアドレスに関連付けられた認証情報を介して利用者と情報提供者や仮想店舗管理者等との間で商取引を成立させれば,情報提供者や仮想店舗管理者等が電話会社との間で前記従来の契約をしていなくても,電話会社から受け取った利用料金を情報提供者や仮想店舗管理者等に支払うことができるという知見を得,前記技術的課題を達成したものである。」 (本件特許公報7頁36-48行)
(ウ) 以上の記載によれば,本件特許は,契約待ちの情報提供者や仮想店舗管理者等が多数存在し,コンピュータネットワークを利用する商取引における大きな障害となっているという課題を解決するため,電話会社とは異なる認証情報管理者が,利用者と情報提供者との商取引を成立させることにより,情報提供者や仮想店舗管理者等が電話会社との間で従来の契約をしていなくても,電話会社が受け取った利用料金を情報提供者や仮想店舗管理者等に支払うことができるようにした発明であるといえる。
したがって,決済管理サーバは,電話会社,情報提供者のいずれとも異なる認証情報管理者によって運用されるサーバである。
イ しかし,被告方法には,電話会社である被告と情報提供者であるMTIが存在するが,被告及びMTIのいずれとも異なる認証情報管理者は存在しない。したがって,被告方法には,認証情報管理者が運用する「決済管理サーバ」は存在しない。
*****************************
ウ 以上のように,被告方法においては,決済管理サーバが存在しないから,被告方法は本件特許と本質的に異なるのであって,被告方法は,本件特許のすべての構成要件を充足していない。
(4) 争点1-4(被告方法において,「認証情報」を用いているか)について(構成要件A,B,G~I関係)
【原告らの主張】
ア 認証情報とは,課金済み認証信号のことである。
被告方法で使われるコインが付与された場合,そのコイン数に応じた楽曲のダウンロードができることになるのであり,その付与は,iモードサーバでパスワード認証がなされて利用者への課金が確定した直後になされるから,コインは本件発明における認証情報(課金済み認証信号)に該当する。
イ 被告の主張に対する反論
(ア) 被告は,コインは「楽曲数を管理するために便宜的に用いているだけ」のもので,情報としてやりとりできるのはコインの残高の情報であり,コイン自体をMTIサーバに送信するということは観念できず,被告方法で使われているコインは,認証情報に該当しない旨主張するが,本件発明は,当然のことながら,電子的取引のことをいっているのであって,実体経済上のことではない。実体経済であれば,コインを相手方に交付することになるが,電子的取引なのであるから,「コイン自体をMTIサーバに送信するということは観念できない。」のは当たり前のことである。電子的取引である以上,コインと呼ばれる疑似貨幣についての情報を送信するのである(だからこそ「認証情報」という言葉を用いている。)。つまり被告の主張する「情報としてやりとりするのはコインの残高の情報」で十分なのであり,それを決済管理サーバにおいて生成し(構成要件G),データベースに記録し(構成要件H),それを携帯電話機に対して送信するのであれば,原告らの本件特許発明を侵害していることになる。
(イ) 被告は,「コインの残高は,これをMTIに送信しなければ楽曲をダウンロードできないという性質の情報ではない。」と主張するが,これは,本件発明について,「認証情報を送信(提示)することにより,有料情報等の代金が課金済みであることを示し,有料情報等を得ることができる。」というものである旨断定し,それを前提に批判しているものである。
しかし,本件発明は,課金サーバで課金がなされた後に認証情報が生成され(構成要件E,F,G),その情報が携帯電話機に送信されて(構成要件I),その課金された金額の範囲で有料情報を購入できるシステムであるところ(構成要件A),被告方法では,iモードサーバで課金された後に認証情報(コイン)が生成され,送信されてその課金された金額の範囲内でしか有料情報を購入できないシステムになっている。
(ウ) 被告は,「コインの残高情報では,ユーザや取引を区別することができない。」と主張するところ,その意味は,恐らく,①認証情報で商取引を行い,商品を得るのが本件発明なのであるから,②ユーザや取引を区別できなければそのような商取引はできない,③しかるにコインの残高情報にはユーザや取引を区別する情報が含まれていない,ということであると解される。
たしかに,コインの残高情報だけを他の情報と切り離し,かつ,コインの残高情報のみしかやりとりされていないのであれば,ユーザや取引の区別はできないことになるのかもしれない。
しかし,本件構成要件から明らかなように,本件発明では,コインの残高情報と同時に,ユーザや取引を区別できる情報がやりとりされることになっている。それが「該有料情報等を購入する意思表示」(構成要件A)であり,「当該携帯電話機を特定する情報」(構成要件B)であり,「前記携帯電話機を特定する情報」(構成要件H)である。そして被告方法は,顧客が携帯電話機を操作して携帯電話機から楽曲要求をすることから始まり,携帯電話機から情報を発信する以上,その中には必然的に携帯電話機を特定する情報が含まれる。だからこそ,MTIサーバは,当該携帯電話機にマイメニュー登録を要求することができ,iモードサーバも携帯電話機にパスワード要求や登録完了通知ができるのである。
(エ) 被告は,「マイメニュー登録完了場面において,ユーザが有するコインの残高の情報を携帯電話機に送信したり,携帯電話機にて表示することはしていない。」と主張するところ,その意味は,本件発明における構成要件Iで「決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記認証情報を前記携帯電話機へ送信するステップ」と記載されているので,コインの残高情報が携帯電話機に送信されなければならないが,被告方法ではそのステップはない,ということであると解される。
しかし,ステップ10から12までで,決済管理サーバからコンピュータネットワークを介してコインが利用者の携帯電話機に送信されるから,被告方法は構成要件Iを充足している。
そもそも「認証情報」を「携帯電話機へ送信する。」とは,本件に即していえば,「あなたの携帯電話機は300コイン分使えますよ。」と送信することにほかならない。そして「ご登録ありがとうございました。」というメッセージの表示の意味は,月額315円の負担で月々30コイン分の楽曲を購入することができることを携帯電話機利用者に伝えるものである。
よって,被告方法は,構成要件Iを充足している。
【被告の主張】
ア 本件特許における「認証情報」の意義について
(ア) 特許請求の範囲では,「有料情報等が購入できる認証情報を,該有料情報を購入する意思表示をした利用者の携帯電話機に対して発行し」(構成要件A)と規定している。
したがって,「認証情報」は,有料情報等の購入の意思表示をした利用者が,その意思表示に係る特定の有料情報等を購入するための情報である。不特定の者が不特定の商品を購入し得る疑似貨幣(実体経済でいう商品券)ではない。
(イ) 発明の詳細な説明に,本件特許が技術的課題を達成した手段について,以下の記載がある。
「情報提供者の有料情報提供HPや仮想店舗管理者の仮想店舗HP等にて有料情報の閲覧,有料データのダウンロード,或いは,商品の購入等の意思表示をした利用者とその代金とに基づく情報を生成して該情報を前記意思表示をした有料情報提供HPや仮想店舗HP等にて表示させ,携帯電話機から前記情報が送信されることにより,代金と同額の課金対象のHPアドレスに関連付けられた認証情報を介して利用者と情報提供者や仮想店舗管理者等との間で商取引を成立させれば,情報提供者や仮想店舗管理者等が電話会社との間で前記従来の契約をしていなくても,電話会社から受け取った利用料金を情報提供者や仮想店舗管理者等に支払うことができるという知見を得,前記技術的課題を達成したものである。」 (本件特許公報7頁40-48行)
この記載から,本件特許は,
① 商品の購入等の意思表示をした利用者とその代金に基づく情報を仮想店舗HP等に表示し,
② その情報が携帯電話機から送信されることにより,
③ 代金と同額の課金対象のHPアドレスに関連付けられた認証情報を生成し,認証情報を介して商取引を成立させる,
ことにより,「技術的課題を達成」しているといえる。
すなわち,「認証情報」は,利用者が購入の意思表示をした特定の有料情報を購入できる情報である。
(ウ) また,「認証情報」は,有料情報の購入の意思表示をした利用者に対して発行されることから,利用者が特定された情報である。この点は,本件特許公報(実施の形態)中の以下の記載からも分かる。
「前記意思表示をした利用者6,14が所有する携帯電話機1からの接続により前記ページ番号データを受信した場合に該携帯電話機1で利用できる電話回線網3を所有する電話会社2にて課金された,前記代金と同額の利用料金に基づく前記有料情報等を購入できる認証番号を生成し,利用者6,14を特定する固有の情報データに関連付けて認証希望者用データベースに記録し,当該認証番号を介して利用者6,14とHP開設者12,13との間での商取引を成立させる制御をしている。」 (本件特許公報15頁2-7行)
なお,実施の形態には,原告らが主張するような疑似貨幣の態様の認証情報は一切記載されていない。
(エ) 以上のとおり,本件特許において,「認証情報」とは,有料情報等の購入の意思表示をした利用者が,その意思表示に係る特定の有料情報等を購入するための情報であり,また,商取引を成立させるために不可欠な情報である。
したがって,「認証情報」は,不特定の者が不特定の商品を購入し得る疑似貨幣を意味するものではあり得ず,原告らの主張は失当である。
イ 被告方法には,「認証情報」に該当する構成が存在しない。
原告らは,コインが認証情報に該当する旨主張するが,コインは,MTIがダウンロードできる楽曲数を管理するために便宜的に用いているだけである。
MTIは,仮想的なコインの残高によって,ユーザがダウンロード可能な楽曲数を管理している。情報としてやりとりできるのはコインの残高の情報であり,コイン自体をMTIサーバに送信するということは観念することができない。したがって,コインは認証情報に該当しない。
仮に,原告らの主張が,コインの残高が認証情報に該当するというものであるとしても,コインの残高は,これをMTIに送信しなければ楽曲をダウンロードできないという性質の情報ではない。また,コインの残高情報では,ユーザや取引を区別することができない。さらに,マイメニュー登録完了画面において,ユーザが有するコインの残高の情報を携帯電話機に送信したり,携帯電話機にて表示することはしていない(被告方法の概要イ-7)ことも,コインの残高情報が楽曲のダウンロードに必要でないことを示している。
なお,MTIサーバは,ユーザからの要求に応じて,あるいは楽曲のダウンロード時にコインの残高を携帯電話機に表示するが,これは携帯電話機のユーザがMTIサーバで管理されているコインの残高を参照するための処理である。コインの残高の表示は,あと何曲ダウンロード可能かをユーザが知るために行われるのであって,楽曲のダウンロードのためではない(コインの残高を参照したか否かに関わらず,コインの残高が足りてさえいれば楽曲をダウンロードすることができる。)。
以上によれば,コインは認証情報に該当しない。
ウ 以上のとおり,被告方法においては,認証情報に該当する構成を有しないから,認証情報を含む要件である構成要件A,B,G,H,Iを充足していない。
(5) 争点1-5(その他の被告方法の構成要件該当性)
前記争点1-2~4の結論にかかわらず,次に述べるとおり,被告方法は,本件発明の構成要件を充足しない。
【被告の主張】
ア 構成要件Bについて
構成要件Bは,決済管理サーバが,認証情報の発行を希望する希望信号(携帯電話機を特定する情報,代金に対応した情報を含む)を,携帯電話機から受信することを規定している。
*****************************
しかし,被告方法において,マイメニュー未登録の携帯電話機から楽曲要求のアクセスを受けた場合,MTIサーバはマイメニュー登録画面を表示するだけで,コインを発行しない(被告方法イ-5)。また,マイメニュー登録済みの携帯電話機から楽曲要求のアクセスを受けた場合,MTIサーバは,指定された楽曲を配信するだけで,やはりコインを発行しない(被告方法イ-5)。したがって,楽曲要求のアクセスは,認証情報の発行を希望する希望信号に該当しないし,楽曲要求のアクセスには,代金に対応した情報も含まれていない。
したがって,被告方法は,構成要件Bを充足しない。
イ 構成要件Cについて
構成要件Cは,希望信号を受けて携帯電話機を特定する情報が決済管理サーバのデータベースに登録されているか判断することを規定している。
被告方法において,楽曲要求のアクセスが希望信号に該当しないことは前記のとおりであるが,仮に,楽曲要求のアクセスが希望信号であるとしても,ここでいうデータベースは,構成要件Dにおいて,携帯電話機を特定する情報がデータベースに登録されている場合に課金サーバに利用料金情報を送信することから見て,電話会社への課金が可能か否かを判断するためのデータベースである。
被告方法においては,楽曲要求のアクセスがあると,アクセスしてきたユーザの残りコイン数をチェックするためにデータベースを検索する。しかし,被告方法で用いるデータベースは,課金が可能か否かを確認するためのデータベースではない。したがって,本件特許と被告方法とでは,データベースの内容が全く異なる。
したがって,被告方法は,構成要件Cを充足しない。
ウ 構成要件Dについて
構成要件Dは,携帯電話機を特定する情報がデータベースに記録されていたときに,課金サーバに利用料金情報を送信することを規定している。
*****************************
したがって,被告方法は,構成要件Dを充足しない。
エ 構成要件EないしHについて
構成要件E,Fは,課金サーバが課金後に決済管理サーバに課金済み通知を送信することを規定している。また,構成要件Gは,課金済み通知を受けて,決済管理サーバが認証情報を生成することを規定し,構成要件Hは,その認証情報を携帯電話機を特定する情報に関連付けて記憶することを規定している。
*****************************
したがって,被告方法は,構成要件EないしHを充足しない。
オ 構成要件Iについて
構成要件Iは,決済管理サーバが,認証情報を携帯電話機に送信することを規定している。
被告方法において,MTIサーバは,希望信号を受けて,コインの情報を携帯電話機に送信する処理を行っていない。
したがって,被告方法は,構成要件Iを充足しない。
【原告らの反論】
ア 構成要件Bについて
(ア) 被告の主張について
a MTIサーバーが携帯電話から受信する信号の内容
**********************************************携帯電話からの楽曲要求である以上,携帯電話の固有識別情報(携帯電話機を特定する情報)と一体となってMTIサーバに届いていることは多言を要しない。そうでなければ,MTIサーバが当該携帯電話機にマイメニュー登録要求信号を送ることもできなくなるからである。
b 構成要件Bとコインの発行の要否
*************************************************ここで議論しているのは構成要件Bを充足するかどうかであり,構成要件Bは,MTIの決済管理サーバが希望信号を受信するまでのステップであり,コインが発行されるのは構成要件GないしIの段階である。Bの段階でコインを発行しない,というのは,原告の主張を裏付けこそすれ,その反論となるものではない。
(イ) 被告方法は,まず,利用者が楽曲のダウンロードを希望して,その携帯電話機から情報提供者(コンテンツプロバイダ)であるMTIのHPにアクセスし,希望の楽曲を選択することで始まる。このステップは,楽曲のダウンロードを希望する際,それに必要なコインの発行を求めるものであり,その意思表示がMTIサーバに対してなされる。また,当該意思表示は利用者の携帯電話機からなされ,そこには当然,当該利用者の携帯電話機を特定する情報(携帯電話機固有識別情報)が含まれている。
これをMTIサーバから見れば,携帯電話機固有識別情報と認証情報発行を希望する利用者の携帯電話機からの信号を受信するものである。
イ 構成要件Cについて
(ア) 被告の主張について
課金が可能か否かを判断するためのデータベースというのは,何を意味するのか,その概念が意味不明である。構成要件Cは,決済管理サーバに携帯電話機を特定する情報が記録されているかを問題としているのであって,課金が可能か否かは関係ない。
(イ) 前記アのステップでMTIサーバが携帯電話機の固有識別情報を受信した場合,当然そこで,iモードサーバにおいて電話使用料に課金できる携帯電話機としてMTIサーバのデータベースに記録されているか否かを判断することになる(そこで記録されていると判断するからこそ,MTIサーバはiモードサーバに接続させるためのマイメニュー登録画面の画面データを送信している。)。
ウ 構成要件Dについて
******************************
そして,この利用料金情報の送信は,決済管理サーバから課金サーバに直接送信される必要は全くない。本件はコンピュータネットワークを介して情報がやりとりされているものであることも考慮すれば,なおさらである。
エ 構成要件Eについて
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オ 構成要件Fについて
構成要件Fは,構成要件Eが,課金サーバからの課金済通知を決済管理サーバに送信するについて,送信側のことをいっているのに対し,決済管理サーバから見た受信側のことを述べたに過ぎず,中身は構成要件Eと同じである。
カ 構成要件G,同H,同Iについて
被告方法においても,認証情報を携帯電話機に対して発信しているのは明らかであるから,それがある以上,その元となる認証情報が生成されて存在することは明らかである。被告方法の概要イ-5では所定量のコインを付与するが,これは構成要件Gの「認証情報の生成」に当たる。構成要件Iは,コンピュータネットワークを介して送信されること,言い換えれば途中に幾つかの中継,チェックその他が介在していることを想定している。この場合,課金サーバでもあった「iモードサーバ」は,決済管理サーバから送られてきた認証情報を携帯電話機へ送信する中継局,すなわち,「コンピュータネットワークを介して」の介在局としての役割を果たしているものであり,決済管理サーバで生成記録された認証情報が携帯電話機へ送信されている。このように,認証情報が携帯電話機へ送信されている以上,その認証情報が決済管理サーバで生成され,記録されていることも事柄の性質上当然である。
キ 構成要件Jについて
これは,「備えていることを特徴とする決済方法」というものであって,構成要件Jを充足するのは明らかである。
2 争点2(損害額)について
【原告らの主張】
被告は,その業務内容と収益最近の1年間で,少なくとも,1000万円の利益を得ており,これが原告らの損害であると推定することができる。
【被告の主張】
争う。
第4当裁判所の判断
1 争点1-1(被告方法の具体的構成)について
被告方法の概要については,前提事実(4)のとおりであることについて当事者間に争いはない。
原告らは,前記第3の1(1)のとおり主張し,これをもとに,被告方法と構成要件の対比をすべきであると主張するが,証拠(甲3,4,乙1)に照らし,採用することができない。
以下,被告方法と本件発明との対比においては,前提事実(4)を被告方法として検討する。
2 争点1-2(本件発明における「決済方法」の行為主体)について(構成要件A~J関係)
(1) 「決済」の意味につき,国語大辞典(小学館,1988年)(甲5の1)には,「①金銭上の債権,債務を清算すること。②取引所で,現物の受渡しまたは転売,買戻しによる差金の授受を行って売買取引を終了させること。」と記載され,新修広辞典第4版(集英社,甲5の2)には,「①債権や債務を清算すること。②取引所での売買取引を差金の授受,または現物の受渡しによって終了すること。」と記載され,三省堂国語辞典(昭和42年第64版)(甲5の3)には,「売買取り引きを終え,おかねの受け渡しをすませること。」と記載され,例解学習国語辞典第8版(小学館,2004年)(甲5の4)には,「品物や代金の受けわたしをして,取り引きを終えること。」と記載されている。これらの各記載によれば,「決済」の語が,支払をする側の行為を指すか,支払を受ける側の行為を指すかについて,語義から一義的に導き出すことができないから,本件発明における「決済」の語の意味は,本件特許の特許請求の範囲,発明の詳細な説明の記載内容から確定すべきである。
(2) そこで,検討するに,特許請求の範囲の構成要件AないしIにおいて,「決済する」の語が使用されているのは,構成要件Aだけであり,そこでは,その主語は明示されていないが,「決済」の主体は有料情報等が購入できる認証情報を携帯電話機に対して発行する主体と同じであり,構成要件Iによれば,認証情報を携帯電話機に送信する主体は決済管理サーバであるから,構成要件Aにおける「決済する」主体も決済管理サーバであると認められる。
このことは,次のとおり,発明の詳細な説明(甲2)においても,【技術分野】の【0001】及び【課題を解決するための手段】の【0012】において,「決済する」の語が,前記構成要件Aと同様に,支払を受ける側の行為として使用されており,逆の意味で使用されている例は見あたらないことからも認められる。
「【0001】本発明は,コンピュータネットワーク上に開設された有料情報提供サイトや仮想店舗サイトのホームページにおける有料情報の閲覧,有料データのダウンロード,商品の購入等の際に発生する代金の支払を電話会社から利用料金が支払われるシステムに代わってコンピュータシステムを用いて決済する決済方法に関するものである。」
「【0012】また,本発明に係る決済方法は,コンピュータネットワーク上に開設されたホームページにおいて提供されている有料情報等が購入できる認証情報を,該有料情報等を購入する意思表示をした利用者の携帯電話機に対して発行し,当該認証情報によって有料情報等を購入する際に発生する代金を当該コンピュータネットワークに接続された決済管理サーバを介して決済する決済方法であって,決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記携帯電話機から,当該携帯電話機を特定する情報と前記有料情報等の代金に対応した情報とを含む認証情報の発行を希望する希望信号を受信するステップと,決済管理サーバが,前記希望信号を受けて,前記携帯電話機を特定する情報が決済管理サーバのデータベースに記録されているか否かを判断するステップと,決済管理サーバが,前記携帯電話機を特定する情報が前記データベースに記録されていると判断したときに,電話使用料を課金している課金サーバに対して前記有料情報等の代金に対応した利用料金情報を送信するステップと,課金サーバが,前記有料情報等の代金に対応した利用料金情報を受信し,前記有料情報等の代金に対応した利用料金を携帯電話機の電話使用料金に対して加算して課金した後,課金済通知を決済管理サーバに対して送信するステップと,決済管理サーバが,前記課金サーバから前記課金済通知を受信するステップと,決済管理サーバが,前記課金済通知を受けて前記利用料金に基づく有料情報等を購入できる認証情報を生成するステップと,決済管理サーバが,前記生成した認証情報を,前記携帯電話機を特定する情報に関連付けて決済管理サーバのデータベースに記録するステップと,決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記認証情報を前記携帯電話機へ送信するステップとを備えているものである。」
また,次のとおり,発明の詳細な説明の【発明の効果】の【0022】においても,有料情報等の代金を受け取る側の行為として,「決済」の語が使用されていることからも同様のことがいえる。
「【0022】本発明によれば,ホームページにて有料情報等を提供している情報提供者や仮想店舗管理者等が電話会社との間で利用料金を課金する契約をしなくても,有料情報等の代金を受け取ることができ,電話会社との間で利用料金を課金する契約をしている認証情報管理者は情報提供者や仮想店舗管理者等から手数料を受け取ることができる決済方法を提供することができ,該方法を採用する決済システム及び決済管理サーバを提供することができる。」
(3) 以上によれば,特許請求の範囲,発明の詳細な説明を通覧した場合,「決済」の語は,支払を受ける側の行為として使用されているから,本件発明における「決済方法」の行為主体は支払を受ける側であると認めるのが相当である。
したがって,決済の主体を理由に,被告が,本件特許を実施していないということはできない。
3 争点1-3(被告方法に,「決済管理サーバ」が存在するか)について(構成要件A~D,F,G~I関係)
(1) 被告は,被告方法には,電話会社である被告と情報提供者であるMTIが存在するが,認証情報管理者は存在せず,認証情報管理者が運用する「決済管理サーバ」は存在しない旨主張するのに対し,原告らは,本件発明では,情報提供者と決済管理サーバが異なる必要はなく,情報提供者が決済管理サーバも併せて運用する場合でも全く問題ない旨主張している。
(2) 本件発明における決済管理サーバの意義
本件特許の明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を参酌して,「決済管理サーバ」の意義を検討する。
ア 本件特許の「発明の詳細な説明」(甲2)には次のように記載されている。
「【発明が解決しようとする課題】
【0006】 前述した通り,前記利用料金は電話会社2が請求しているため,情報提供者8や仮想店舗管理者10等は電話会社2との間で利用料金を課金する契約をしなければならないが,契約待ちの情報提供者8や仮想店舗管理者10等が多数存在し,コンピュータネットワークを利用する商取引において大きな障害となっている。しかも,一つの電話会社2と契約しても複数存在する他の電話会社の電話回線網を使用する携帯電話機の所有者には有料情報等を提供できないという問題点があった。
【0007】 そこで,本発明者は,情報提供者や仮想店舗管理者等が電話会社との間で利用料金を課金する契約をしなくても,有料情報の閲覧,有料データのダウンロード,商品の購入等の際に発生する代金を受け取ることができる決済方法を提供することを技術的課題として,その具現化をはかるべく研究・実験を重ねた結果,認証情報管理者が電話会社との間で利用料金を課金する従来の契約を締結した課金対象のHPアドレスを保有し,情報提供者の有料情報提供HPや仮想店舗管理者の仮想店舗HP等にて有料情報の閲覧,有料データのダウンロード,或いは,商品の購入等の意思表示をした利用者とその代金とに基づく情報を生成して該情報を前記意思表示をした有料情報提供HPや仮想店舗HP等にて表示させ,携帯電話機から前記情報が送信されることにより,代金と同額の課金対象のHPアドレスに関連付けられた認証情報を介して利用者と情報提供者や仮想店舗管理者等との間で商取引を成立させれば,情報提供者や仮想店舗管理者等が電話会社との間で前記従来の契約をしていなくても,電話会社から受け取った利用料金を情報提供者や仮想店舗管理者等に支払うことができるという知見を得,前記技術的課題を達成したものである。
【0008】 また,前記携帯電話機と同様のWeb閲覧が可能な表示部と文字や記号等を入力することができる入力部と該入力部より入力された文字列を確定したり,アイテムを選択したりする決定キーとが設けられてブラウザを起動できる機能を備え,WWWサーバ上のCGIプログラムの実行に対応してデータを送受信できる機能を備えている一般家庭や事務所等に設置される据置型電話機(本明細書においては,単に「電話機」と称し,携帯電話機と区別する。)からの接続においても,有料情報等を購入する意思表示をした利用者が加入している電話会社から受け取った利用料金を情報提供者や仮想店舗管理者等に支払うことができるという知見を得,前記技術的課題を達成したものである。さらに,利用料金が既に電話使用料に課金されている認証情報を発行して該認証情報によって有料情報等の利用者と情報提供者や仮想店舗管理者等との間での商取引を成立させれば,情報提供者や仮想店舗管理者等に対して未払いの発生を防ぐことができるという知見を得,前記技術的課題を達成したものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】 前記技術的課題は,次の通りの本発明によって解決できる。
(省略)
【0012】 また,本発明に係る決済方法は,コンピュータネットワーク上に開設されたホームページにおいて提供されている有料情報等が購入できる認証情報を,該有料情報等を購入する意思表示をした利用者の携帯電話機に対して発行し,当該認証情報によって有料情報等を購入する際に発生する代金を当該コンピュータネットワークに接続された決済管理サーバを介して決済する決済方法であって,決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記携帯電話機から,当該携帯電話機を特定する情報と前記有料情報等の代金に対応した情報とを含む認証情報の発行を希望する希望信号を受信するステップと,決済管理サーバが,前記希望信号を受けて,前記携帯電話機を特定する情報が決済管理サーバのデータベースに記録されているか否かを判断するステップと,決済管理サーバが,前記携帯電話機を特定する情報が前記データベースに記録されていると判断したときに,電話使用料を課金している課金サーバに対して前記有料情報等の代金に対応した利用料金情報を送信するステップと,課金サーバが,前記有料情報等の代金に対応した利用料金情報を受信し,前記有料情報等の代金に対応した利用料金を携帯電話機の電話使用料金に対して加算して課金した後,課金済通知を決済管理サーバに対して送信するステップと,決済管理サーバが,前記課金サーバから前記課金済通知を受信するステップと,決済管理サーバが,前記課金済通知を受けて前記利用料金に基づく有料情報等を購入できる認証情報を生成するステップと,決済管理サーバが,前記生成した認証情報を,前記携帯電話機を特定する情報に関連付けて決済管理サーバのデータベースに記録するステップと,決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介して前記認証情報を前記携帯電話機へ送信するステップとを備えているものである。
(省略)
【発明の効果】
【0022】 本発明によれば,ホームページにて有料情報等を提供している情報提供者や仮想店舗管理者等が電話会社との間で利用料金を課金する契約をしなくても,有料情報等の代金を受け取ることができ,電話会社との間で利用料金を課金する契約をしている認証情報管理者は情報提供者や仮想店舗管理者等から手数料を受け取ることができる決済方法を提供することができ,該方法を採用する決済システム及び決済管理サーバを提供することができる。
【0023】 また,本発明に係る決済方法,決済システム及び決済管理サーバを採用すれば,携帯電話機又は電話機からの接続により有料情報等の利用者と情報提供者や仮想店舗管理者等との間での商取引を成立させる認証情報を発行しているから,利用料金は既に電話使用料に課金されており,情報提供者や仮想店舗管理者等に対して未払いの発生を防ぐことができる。さらに,情報提供者や仮想店舗管理者等は異なる電話会社の携帯電話機を所有する利用者又は異なる電話会社と通話サービスを利用する加入契約をしている利用者に対しても有料情報等を提供することができる。
【0024】 従って,本発明の産業上利用性は非常に高いといえる。」
イ 本件特許の「発明の詳細な説明」の記載(前記ア参照)に照らすと,本件発明は,発明が解決しようとする課題として,情報提供者や仮想店舗管理者等は電話会社との間で利用料金を課金する契約をしなければならないが,契約待ちの情報提供者や仮想店舗管理者等が多数存在し,コンピュータネットワークを利用する商取引において大きな障害となっていることや,一つの電話会社と契約しても複数存在する他の電話会社の電話回線網を使用する携帯電話機の所有者には有料情報等を提供できないという問題点があったため(【0006】),情報提供者等が電話会社との間で利用料金を課金する契約をしなくても,有料情報の閲覧等の際に発生する代金を受け取ることができる決済方法を提供することを技術的課題とし,認証情報管理者が電話会社との間で利用料金を課金する従来の契約を締結した課金対象のHPアドレスを保有し,情報提供者の有料情報提供HP等にて有料情報の閲覧等の意思表示をした利用者とその代金とに基づく情報を生成して該情報を前記意思表示をした有料情報提供HP等にて表示させ,携帯電話機から前記情報が送信されることにより,代金と同額の課金対象のHPアドレスに関連付けられた認証情報を介して利用者と情報提供者等との間で商取引を成立させれば,情報提供者等が電話会社との間で前記従来の契約をしていなくても,電話会社から受け取った利用料金を情報提供者等に支払い,情報提供者等に対して未払いの発生を防ぐことができ,さらに,情報提供者等は異なる電話会社の携帯電話機を所有する利用者等に対しても有料情報等を提供することができるという発明の効果を達成しようとしたものである(【0007】)と認められる。
そうすると,本件発明は,電話会社,情報提供者,認証情報管理者及び利用者の4者の存在を前提したものといえる。また,認証情報管理者は,電話会社との間で利用料金を課金する契約をしている者(決済管理サーバ)であり,情報提供者は,電話会社との間で利用料金を課金する契約をしていない者であるから,本件発明は,同一の者が認証情報管理者及び情報提供者を兼ねることを前提としておらず,認証情報管理者(決済管理サーバ)は,情報提供者や電話会社のいずれとも異なることを当然の前提としていることが認められる。
(3) 被告方法及び本件発明との対比
被告方法は,前提事実(4)のとおりであって,MTIサーバは,携帯電話機に対し,コインを付与しているが(イ-5),仮にコインが認証情報であったとしても,情報提供者であるMTIサーバが本件発明の決済管理サーバを兼ねるということはあり得ず,他に,被告方法において,決済管理サーバに相当するものはない。
したがって,被告方法は,決済管理サーバを備えておらず,本件発明の構成要件AないしD,F,GないしIを充足しない。
4 争点1-4(被告方法において「認証情報」を用いているか)について(構成要件A,B,G~I関係)
(1) 本件発明の特許請求の範囲には,「有料情報等が購入できる認証情報」(構成要件A),「当該携帯電話機を特定する情報と前記有料情報等の代金に対応した情報とを含む認証情報」(構成要件B),「有料情報等を購入できる認証情報を生成」(構成要件G),「認証情報を,前記携帯電話機を特定する情報に関連付けて決済管理サーバのデータベースに記録」(構成要件H),「認証情報を前記携帯電話機へ送信」(構成要件I)等の記載があり,「認証情報」の意義について争いがある。
(2) 本件発明における「認証情報」の意義
本件特許の明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載(前記3(2)参照)を参酌して,「認証情報」の意義を検討する。
特許請求の範囲(請求項3)の各記載によれば,決済管理サーバは,コンピュータネットワークを介して携帯電話機から,当該携帯電話機を特定する情報と前記有料情報等の代金に対応した情報とを含む認証情報の発行を希望する希望信号を受信した上(構成要件B),その希望信号を受けて,携帯電話機を特定する情報が決済管理サーバのデータベースに記録されているか否かを判断し(構成要件C),携帯電話機を特定する情報がデータベースに記録されていると判断したときは,電話使用料を課金している課金サーバに対して有料情報等の代金に対応した利用料金情報を送信し(構成要件D),課金サーバが,有料情報等の代金に対応した利用料金情報を受信し,有料情報等の代金に対応した利用料金を携帯電話機の電話使用料金に対して加算して課金した後,課金済通知を決済管理サーバに対して送信し(構成要件E),決済管理サーバがその課金済通知を受信した上(構成要件F),利用料金に基づく有料情報等を購入できる認証情報を生成し(構成要件G),その生成した認証情報を,携帯電話機を特定する情報に関連付けて決済管理サーバのデータベースに記録し(構成要件H),決済管理サーバが,コンピュータネットワークを介してその認証情報を携帯電話機へ送信する(構成要件I)という構成になっている。
以上の構成に加え,発明の詳細な記載(前記3(2)参照)によれば,認証情報は,決済管理サーバから携帯電話機に対し送信され,①当該携帯電話機を特定する情報と,②有料情報等の代金に対応した情報を含んでいると解される。
そして,本件特許公報の実施の形態の記載に照らすと,本件発明の認証情報は,利用者が,商品名を特定して,有料情報等を購入する旨の意思表示をした後に,利用者の携帯電話機に対して発行されるものであるから,上記②の有料情報等の代金に対応した情報とは,利用者が提供を希望した特定の有料情報等の代金に対応した情報であると解される。
(3) 被告方法及び本件発明との対比
ア 他方,被告方法を検討するに,前提事実(4)によると,被告方法では,
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したがって,被告方法においては,有料情報等の代金に対応した情報を含む認証情報を有していないというべきであり,本件発明の構成要件A,B,GないしIをいずれも充足しない。
イ また,被告方法のシステムによれば,携帯電話機に対しコインを付与するのは,MTIサーバであるところ,前記3で検討したとおり,被告方法において,MTIサーバは,決済管理サーバとはいえず,他に決済管理サーバに相当するものはない。そうすると,被告方法においては,決済管理サーバが認証情報を生成するステップ(構成要件G),生成した認証情報を,携帯電話機を特定する情報に関連付けて決済管理サーバのデータベースに記録するステップ(構成要件H)をいずれも充足していないというべきである。
5 結論
以上によれば,原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 島村雅之 裁判官 北岡裕章)
別紙原告主張方法目録
被告が運営する公式サイトのホームページ「iMENU」に表示されている「ミュージック」のリンク先である,株式会社エムティーアイが楽曲のダウンロードサービスを提供するウェブページ「Music.jp」において提供されている楽曲がダウンロードできるコインを,該楽曲をダウンロードする意思表示をした利用者の携帯電話機に対して発行し,当該コインによって楽曲をダウンロードする際に発生する代金を当該コンピュータネットワークに接続された「MTIサーバ」を介して決済する決済方法
別紙被告主張方法目録
1 被告方法
「Music.jp」にて有料情報として楽曲を提供し,その情報料金の収納代行を行う方法。
2 構成
楽曲の提供及び情報料金の収納代行は,以下の構成を用いて行う。
(1) ユーザが持つ携帯電話機,株式会社エムティーアイが運用するMTIサーバ,被告が運用するiモードサーバを有する。
(2) 「Music.jp」は,株式会社エムティーアイが提供するサイトで ある。
(3) 携帯電話機は,iモードサーバに接続されており,データ通信を行える。
(4) MTIサーバは,専用線またはインターネットによってiモードサーバに接続されている。
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4 被告方法の概要
(1) 携帯電話機が,MTIサーバへアクセスし,所望の楽曲のダウンロードを要求する。楽曲のダウンロードに必要なマイメニュー登録がされていない場合には,次の(2)のマイメニュー登録処理を行い,マイメニュー登録されている場合には,MTIサーバは(3)の楽曲ダウンロードを行う。
(2) 携帯電話機のユーザが楽曲配信サービスを利用するときに,以下の手順により,マイメニュー登録を行う。
(2‐1) MTIサーバは,携帯電話機に対し,マイメニュー登録を要求す る画面を送信する。**************************************************
(2‐8) マイメニュー登録完了画面にMTIサーバが指定したURLへのリンクが含まれており,ユーザがそのリンクを選択すると,携帯電話機は,MTIサーバに接続する。携帯電話機は,所望の楽曲のダウンロードを要求する。
(3) MTIサーバは,アクセスしてきた携帯電話機に付与されたコインの残高から,楽曲のダウンロードに必要なコインを減算し,楽曲を携帯電話機にダウンロードさせる。
(4) マイメニュー登録を行った携帯電話機は,コインの残高の範囲内で,楽曲をダウンロードすることができる。
(5) MTIサーバは,月が変わるタイミングで,マイメニュー登録された携帯電話機の残高に所定量のコインを加算する。
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5 被告の行為
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