大阪地方裁判所 平成19年(ワ)13621号 判決 2008年10月31日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
甲田通昭
同
沙々木睦
同
福西咲也子
同
藤本裕己久
被告
大阪運輸振興株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
松下守男
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、240万0195円及び平成19年11月18日から本判決確定の日まで、毎月17日限り、月額34万2885円の割合による金員並びにこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、期間を定めて被告に雇用され、大阪市バスの運転手をしていた原告が、自己に対する更新拒絶の意思表示(雇止めの意思表示)が無効であるとして、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と既発生の賃金及び提訴時以降の賃金並びに各遅延損害金の支払いを求めた事案である。
1 前提事実(証拠等を掲記した事実を除くほかは、当事者間に争いがない)
(1) 当事者等
ア 被告は、大阪市交通局から委託を受けて、大阪市バスの運行及び営業所に関する運営をしている株式会社であり、現在、古市、住之江、長吉、酉島の各営業所を運営している(書証(省略)、弁論の全趣旨)。
イ 原告(昭和○年○月○日生)は、平成16年3月、被告に大阪市バスの運転手として雇用され、同年4月以降、古市営業所に所属し、バスの運転に関する業務に従事していた(書証省略)。
原告は、平成18年2月に大阪市バス大阪運輸振興労働組合(以下「本件組合」という)を結成し、その議長となって組合活動を行っていた(書証省略)。
なお、被告には、本件組合のほか、大阪交通関連企業労働組合と大阪市バス労働組合が存在する(書証省略)。
(2) 労働契約の内容等(書証(省略)、弁論の全趣旨)
ア 原告は、被告との間で、平成16年3月、期間を1年とし、後記イ記載の内容で嘱託社員契約を締結し、平成17年4月及び平成18年4月、同契約を更新した(以下、原告、被告間の労働契約を「本件労働契約」という)。なお、平成18年度の更新に関し、原告の内定は、他の者よりも2ヶ月遅れた。
イ 原告、被告間の平成18年4月1日付けの嘱託社員(自動車運転手)労働契約書(以下「本件労働契約書」という)には、以下の内容が記載されている。
(ア) 雇用の種類 嘱託
(イ) 雇用期間 平成18年4月1日から平成19年3月31日まで(一年契約)
(ウ) 更新の有無 更新する場合があり得る。
(エ) 更新しない場合の判断基準
a 契約期間満了時の事業の縮小・休止・廃止等やむを得ない事業上の場合
b 嘱託社員(自動車運転手)の能力、勤務成績
c 会社の経営状況
d 交通違反等による累積点数7点以上の場合
(オ) 雇止の予告
1年を超えて継続して雇用した嘱託社員(自動車運転手)を更新しない場合は、30日前に予告する。
(カ) 職務内容 路線バスの乗務に関する業務
(キ) 勤務場所 自動車事業部古市営業所
ウ 原告の給与及び支払日等(証拠(省略)、弁論の全趣旨)
(ア) 原告の給与額(健康保険、厚生年金、雇用保険、所得税等の控除前の総支給金額)は、以下のとおりであり、うち本給は月額17万円であった(1円未満四捨五入)。
平成19年1月分 36万9246円
平成19年2月分 36万6606円
平成19年3月分 29万2804円
平成19年1月~3月の平均給与額は34万2885円である。
(イ) 被告における給与は、基本給及び通勤手当につき、当月1日から末日までの分を、同月17日(1月に限り18日)に前払いし、中休手当及び超過勤務手当等については、当月末日締め、翌月17日(1月に限り18日)支払である。
(3) 乗車拒否(運送引受義務違反)事件について
原告は、平成18年9月30日、路線バス運転の業務に従事中、終点停留所で一旦降車した後、直ちに折返しのバスに乗車しようとした身体障害者(以下、「F」という)及びその介護人(以下、「G」という)に対し、その行動について意見を述べ、最終的に当該障害者及びその介護人は原告のバスに乗車しなかったという事件(以下「本件事件」という)が発生した。
(4) 本件停職処分について(書証(省略)、弁論の全趣旨)
ア 被告は、原告に対し、平成18年10月12日付けで、本件事件について、嘱託社員(自動車運転手)就業規則52条1項1号(懲戒解雇事由:「正当な理由がなく、法令及び規程に違反し、又は職務上の命令に従わず著しく職場の秩序を乱したとき」)・3号(懲戒解雇事由:「著しく体面を汚し、又は信用を失墜する行為があったとき」)、52条の2(しゃく量軽減)、51条2項(停職期間、給与不支給)に基づき、停職30日(平成18年10月4日から同年11月2日まで)とする懲戒処分をした(書証(省略)。以下「本件停職処分」という)。
イ 本件停職処分にかかる平成18年10月12日付けの懲戒処分理由書(書証省略)には、以下の内容が記載されていた。
(ア) 原告は、平成18年9月30日大阪市バス46系統に乗務して勤務した際、焼野バス停留所において、乗車の申し込みをされた利用者の乗車を、道路運送法13条各号、被告の自動車乗務員服務規程23条所定の除外事由がないのに拒否した。
(イ) 上記行為は、道路運送法13条で禁止された「運送引受けの拒絶」に当たる違法行為であり、かつ、近畿運輸局の「一般乗合旅客自動車運送事業者に対する違反条項毎の行政処分等の基準」によれば、初めての違反でも30日車の使用停止の処分もあり得る重大なものである。
原告は自己の「無知」故の乗車拒否であった旨の弁解をしたが、公共交通機関の運営に従事する者が「運送引受けの拒絶」をしてはならないことは、基本的かつ理解が容易な義務である。
原告の行為は、公共交通機関であるだけでなく、公営の交通機関である大阪市バスに対する利用者の不信を招くものであり、その責任は重大である。
(ウ) 事態の重大性に鑑みて、本来は解雇が相当とすべきところではあるが、原告から提出された平成18年10月10日付けの始末書によれば、反省が認められるので、特に今回限り、30日の停職とする。
(エ) 停職期間は、平成18年10月4日から平成18年11月2日とする。
(5) その後の経過(書証省略)
上記(1)イに記載のとおり、原告は、本件組合の議長を務めているところ、本件組合は、平成18年11月2日付けで、本件停職処分は、不当労働行為であるとして、大阪府労働委員会(以下「府労委」という)に対して救済を申立て、その申立書中に本件事件における原告の行動には問題がないのに、上司が原告に始末書を強制的に作成させたとの趣旨の記載があった。
被告は、原告に対し、平成18年11月13日付けで、この記載が原告の見解か否かを明らかにするよう求めたが、原告は、回答しなかった。
(6) 本件雇止めについて(書証(省略)、弁論の全趣旨)
被告は、原告に対し、平成18年11月24日ころ、平成19年度(平成19年4月1日から1年間)の雇用契約を締結する考えはない旨を伝えた(以下、被告が原告に対して平成19年度に雇用しない意向を示したことを「本件雇止め」という)。
被告は、平成19年4月1日以降、原告との労働契約は終了したとして、原告の就労を拒否している(書証(省略)、弁論の全趣旨)。
2 争点
本件雇止めによる本件労働契約の終了の有無、すなわち、
(1) 本件雇止めについて解雇権濫用法理の類推適用の有無
(2) ((1)が肯定された場合)解雇権濫用の有無
(3) ((1)が肯定された場合)不当労働行為性の有無
3 原告の主張
(1) 解雇権濫用の法理が類推適用されるべきこと
ア 労働条件について
本件労働契約は、雇用期間を1年間に区切る点を除けば、勤務時間、勤務場所、勤務内容、諸手当(ボーナスを含む)、社会保険等、概ね正社員と同内容であった。
イ 雇用継続の可能性について
本件労働契約の契約書(書証省略)には「1年を超えて継続して雇用した嘱託社員」についての「雇止の予告」の規定がある。
また、被告の嘱託社員就業規則(書証省略)の年次有給休暇の項目には「初めて採用された後の研修期間中は、年休を付与しない」と規定している。
したがって、原被告間の雇用は1年以上の雇用を予定するものであった。
ウ 採用時の説明
原告は、採用される際、担当者から契約書のとおり1年限りで辞めてもらう旨の話は一切聞かされておらず、かえって本契約は原則更新されるものであり、65歳まで特別なことがない限り雇用が継続されること、同様に嘱託社員となった者は、毎年更新を繰り返されている旨聞かされていた。
エ 更新拒絶の例のないこと
上記古市営業所では、嘱託社員が契約の更新を拒絶された例はなく、自ら退職を希望する者のほか、そのほとんどが長期間にわたって雇用が継続されていた。
オ 正社員への登用について
平成16年以降、嘱託社員が3年間勤務すれば正社員になれる資格が与えられる制度が採用され、被告の正社員のほとんどが嘱託社員から採用されるようになった。
カ 更新実績について
原告は、平成16年3月に労働契約を締結した後、平成17年及び同18年に各更新し、継続的に稼働していた。
また、被告は450名程度の嘱託社員(全社員の約85%)のうち、運転技能に問題があるような者について毎年7、8名程度の契約更新を拒絶することがあったが、その余の嘱託社員については雇用を継続してきた。
キ 原告の認識
原告の勤務していた古市営業所の運転手約150人のうち半数が嘱託社員であり、これらの嘱託社員がいなければ、被告の業務を継続することは不可能であることから、原告は、臨時に雇われたのではなく、今後も当然に更新を繰り返される性質の契約であると認識していた。
ク まとめ
以上によれば、本件労働契約は、期間の定めのない契約と実質的に異ならないか、そうでなくとも原告が雇用継続を期待することに合理性があり、同契約の更新拒絶の意思表示について、解雇に関する法理が類推適用される。
したがって、本件雇止めについて、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合、無効となる。
(2) 解雇であれば解雇権濫用にあたること
ア 乗車拒否(運送引受義務違反)の事実のないこと
原告は、FとGが自分の運転するバスに再乗車することは、何の目的もない遊びの乗車であり、F及びGが、身体障害者自立支援法に反する方法・態様で介護人付き無料乗車証を不当に利用しているのではないかと考え、介護人の職業介護人としての姿勢に疑問を抱いて、Gに対し、後のバスに乗ること等を含む様々な提案をした。同提案中には「障害者の方がバスが好きなのでというような一言を運転手に言う」、「このバスに乗ってもらってもいいですが、障害者のために何かしてやって下さい」等、そのまま原告の運転するバスに乗車する内容の提案も含まれていたところ、Gは、原告の提案を理解・納得して、乗車を取りやめたのであり、原告は乗車拒否をしていない。
イ 原告に過失のないこと
仮に、原告の行為が運送引受義務違反にあたるとしても、本件において、運送引受義務違反にあたるか否かの判断は、身体障害者福祉法及び障害者自立支援法に基づく障害者移動支援事業の趣旨に関連する高度に専門的な判断を要する。
原告は、被告から、介護人付き無料乗車証の適用範囲について具体的な指導等はなされていなかったのであるから、介護人付無料乗車証の適用外であると判断したことにつき、過失はない。
なお、仮に、原告に何らかの過失があったとしても、原告は、これまで乗車拒否等を行って問題となったことはなく、障害者移動支援事業の趣旨についての知識を深め、本件事件での対応を反省しているのであるから、再発のおそれはなく、雇止めを正当化する程の過失とはいえない。
ウ 被告の主張する信頼関係の喪失について
本件雇止めは、その理由や経緯からすると、懲戒の趣旨でされたものであることは明らかであるところ、原告には、嘱託社員就業規則52条所定の懲戒事由にあたる程の企業秩序維持の見地から見過ごすことができない程度の重大な違反行為はない。
また、本件労働契約書4項の「更新しない場合の判断基準」には、「信頼関係が失われた」との事由は列挙されていないし、かかる抽象的な事由による雇止めは、被告側に全くの自由裁量による雇止めを認めるに等しく、許されない。
仮に、信頼関係が失われたことが雇止めの理由となりうるとしても、被告の列挙する事項(後掲第3、2、(1)ウ(ケ)参照)は、原告に過失のないことであり、かつ、その後に契約の更新もされていることを問題としたり(①関係)、本件組合の行動を問題とするものであること(②ないし④関係)から、いずれも雇止めの理由たり得ない。
なお、原告が始末書等を提出したのは解雇されること等の不利益を示された状況下で、同書面を作成・提出したものであって、被告管理職の不当な指示に従うほかなかったことに鑑みれば、原告が本件組合に相談したことは何ら不当な行為ではなく、被告との信頼関係を喪失させるような行為ではない。
エ まとめ
上記の諸事情に照らせば、本件雇止めにつき、相当と認められるような特段の事情が存せず、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないものとして、無効である。
(3) 本件雇止めが不当労働行為に該当すること
原告は、本件労働組合の議長となり、組合活動を行っていたところ、被告は、これを嫌い、原告の勤務成績が優良であるにもかかわらず、ボーナス査定を平均にするなどの不利益待遇をし、平成18年度の再雇用について、2ヶ月も内定を遅らせた。
このことは、平成19年3月12日に被告から示された雇止めの具体的な理由の②~④の行為が本件組合を主体とするものであり、原告がその議長であることからも明らかである。
したがって、本件雇止めは、本件組合の正当な組合活動を嫌い、その議長である原告をねらい打ちにして不利益を課す不当労働行為に該当し、無効である。
4 被告の主張
(1) 解雇権濫用の法理が類推適用されないこと
被告は、嘱託の運転手に対し、毎年11月ころ、次年度の契約のための面接を実施し、次年度の契約書も作成してきており、その雇用管理のあり方は、期限の定めのある労働契約を期限の定めのないものへと転化させるようなものではなかった。
また、被告には、大阪市バスの運転に従事する運転手で、期限の定めのない労働契約を締結する正社員が存在し、かつ、嘱託運転手から正社員への登用制度も存するところ、両者の違いは期間の定めの有無の点で、より明確になる。
さらに、嘱託運転手のうち、次年度の契約を希望していたにもかかわらず、被告が応じずに雇止めとなる者が毎年存在していた。
したがって、本件労働契約は、期間の定めのある契約であり、期間の経過により終了するものであり、「雇止め」は単なる事実行為であって、その有効性、すなわち解雇権濫用の法理が問題となるべき性格のものではない。
本件労働契約は、期限の定めのある労働契約として、平成19年3月31日の経過をもって、当然に終了し、新契約が締結されなかった以上、原告と被告との労働関係は既に終了している。
(2) 解雇権の濫用にあたらないこと
仮に、本件労働契約につき、解雇権濫用法理の類推適用がされるとしても、本件雇止めの理由は、以下のとおり、本件事件における原告の行為及び本件停職処分後の原告の対応が被告の原告に対するバス乗務員としての服務規律の遵守に関する信頼を喪失させたという合理的な理由に基づくものであり、原告と被告との労働関係は終了している。
ア 本件事件の重大性
運訴引受の拒絶は、道路運送法13条により禁止されており、同違反があった場合、近畿運輸局の「一般乗合旅客自動車運送事業者に対する違反条項毎の行政処分等の基準」(平成15年4月1日制定、平成18年9月22日改正)によれば、初めての違反であっても30日間、車の使用停止の処分もあり得るものである。
イ 本件停職処分について
被告は、実際の違反者が懲戒解雇になりうる重大な事案と考えたものの、原告が反省し、解雇以外の処分であれば甘受する旨の意向を示したことから、原告に対して解雇を回避するために始末書を提出するように勧め、それに応じた原告から始末書(乗車拒否の事実を認めて、反省し、二度と同様の行為はしない旨記載されたもの)の提出を受けた。
その結果、被告は、原告が反省しており、再発のおそれもないと考えて、停職30日の処分とした。
なお、原告は、経過報告の内容を変更した始末書を提出しているが、これは、原告が上司にアドバイスを求め、上司がこれに応じた結果である。
したがって、被告が原告に反省を強要したような事実はない。
その結果、原告は、解雇を免れ、停職30日となった。
ウ 本件停職処分後の原告の行動
ところが、本件停職処分の後、停職期間も終了した後に、原告が議長を務める本件組合から、本件事件に関して原告が被告に提出した書面は、強制的に書かされたものであり、本件停職処分を取り消せとの要求が被告に出され、更には府労委に対する救済申入れがされた。
被告は、原告が本件組合の一組合員ではなく、議長を務める中心的人物であったことから、本件組合の上記行動に納得がいかず、原告に対して真意を確かめようとしたが、原告は回答せず、本件組合から「現時点において返答すべき事象なし」との回答がされただけであった。
エ 信頼関係の破壊
乗客とのトラブルが発生し、しかも、それが乗車拒否にかかわるトラブルであれば、バス乗務員としてはもっとも誠実な対応が必要であり、かつ、懲戒解雇が問題となっている場合、従業員は誠実に対応すべきは当然である。
しかるに、原告は、もっとも重要で誠意ある態度が要請される場面で、自己の処分が軽くなるように反省をしているかのような言動をしておきながら、処分後に態度を大きく変更する行動をとっており、被告の原告に対する信頼を破壊するに十分である。なお、被告は、本件組合の行動を理由としているのではなく、原告自身の不誠実な行動を本件雇止めの理由としている。
その結果、被告は、原告との継続的関係である労働関係を継続していくことが出来ないと考え、本件雇止めに至ったのであり、このことは合理的なことである。
なお、かかる信頼関係の破壊は、「契約更新しない場合の判断基準」として示された、本件労働契約の4項(2)「嘱託社員(自動車運転手)の能力、勤務成績」の一要素として斟酌されるものである。
(3) 不当労働行為について
本件雇止めが不当労働行為に該当することは否認する。
第3争点に対する判断
1 解雇権濫用の法理の類推適用の可否について
(1) 前提事実並びに証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
ア 契約期間の定め
本件労働契約の契約期間は、1年間であり、被告の嘱託社員(自動車運転手)就業規則(平成17年4月1日施行のもの)にも毎年4月1日から翌年3月31日までの1年間である旨規定されている。
イ 嘱託運転手の数
被告における嘱託契約による運転手の数は、平成18年当時、440名程度(正社員は、100名程度)、平成20年7月には350名程度(正社員は、150名程度)であり、原告が勤務していた古市営業所の運転手の半分程度が嘱託の運転手であった。
ウ 勤務内容
正社員たる運転手と嘱託の運転手の勤務内容は、基本的に同じである。
エ 更新について
本件労働契約書には、更新の有無として更新する場合があり得ることが記載されるとともに、更新しない場合の判断基準として、嘱託社員の能力・勤務成績、交通違反等による累積点数7点以上等の4項目が挙げられていた。
オ 契約期間管理の状況
被告では、嘱託の自動車運転手との間で、毎年秋ころに翌年度の雇用条件を説明の上、更新の希望聴取ないし更新手続きのための面接を行い、更新する場合は、その都度労働契約書を作成していた。
カ 更新回数及び雇用の通算期間
原告は、平成16年4月に被告に採用され、その後、平成17年4月と同18年4月に2度更新し、同19年3月末まで3年間雇用されていた。
キ 雇用継続の期待に関する制度や更新の状況等
被告は、平成17年4月から、3年以上勤務した嘱託社員の中から期間の定めのない正社員(自動車運転手)を登用する制度を実施している。
被告は、大阪市バスの運転に従事する嘱託社員について、本人の希望を踏まえて、本件労働契約書の「更新しない場合の判断基準」における「嘱託社員(自動車運転手)の能力、勤務成績」等の項目に該当するような場合を除いて、原則として、期間の定めのない正社員として採用するか、又は嘱託社員としての期間1年の雇用契約を更新していた。
なお、嘱託の自動車運転手のうち、次年度の契約を希望していたにもかかわらず、被告が応じずに雇止めとなる者は、事故を起こした者など7、8名程度、毎年存在していた。
(2) 以上を前提に検討する。
ア 上記のとおり、本件労働契約は、契約期間を1年とするものであり、更新する場合があり得る一方、更新しない場合の判断基準が契約書にあげられ、当然に更新されるものではなかった。
また、契約を更新する場合、被告と原告ら嘱託の自動車運転手間において、事前に面接する手続がとられ、更新の希望を確認する等した上、更新の都度、労働契約書が作成されていた。
以上の点に鑑みると、本件労働契約関係が、実質的に期間の定めのない雇用契約と異ならない関係にあるとはいえない。
イ もっとも、上記のとおり、本件労働契約の期間は1年という比較的長い期間であり、更新もあり得るところ、原告は既に2度更新していること、嘱託の運転手は、被告のバス乗務員の約8割を占めており、勤務内容も正社員と基本的に同じであり、被告の事業の主要な部分を担っていると解されること、被告は、平成17年4月以降、3年以上勤務した嘱託社員の中から期間の定めのない正社員(自動車運転手)を登用してきたこと、被告は、嘱託の運転手について、本人の希望を踏まえて、本件労働契約書の「更新しない場合の判断基準」における「嘱託社員(自動車運転手)の能力、勤務成績」等の項目に該当するような場合を除いて、原則として、期間の定めのない正社員として採用するか、又は嘱託社員として期間1年の雇用契約を更新していたというのであるから、原告が被告における雇用の継続を期待することは合理的なものと認められる。
ウ したがって、本件雇止めによる本件労働契約の終了の有無については、解雇の場合における解雇権濫用の法理を類推適用して判断するのが相当である。
2 解雇権の濫用となるか。
(1) 前提事実及び証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(以下、年の記載のない月日は平成18年のものである)。
ア 本件事件について(証拠省略)
原告は、9月30日、46号系統天満橋午後3時55分発焼野行きの路線バスを運転し、同日午後4時36分ころ、終点の焼野バス停留所に到着した。その際、身体障害者である乗客Fが原告に介護人付無料乗車証を提示してバスを降車し、続いて乗客GがFの介護人であると言ってバスを降車した。
その後、原告は、一旦バスを降りて、焼野バス停留所の表示時刻を確認して、再びバスに戻ろうとしたところ、FとGが原告の所に来て、原告の運転する46号系統焼野午後4時42分発天満橋行きのバスに乗車しようとした。
原告は、不審に思い、Gに対し、「行き先を間違ったのですか」、「忘れ物でもしたのですか」、「そのまま同じバスに乗って戻るというのはおかしくないですか」、「我々はお客様を目的地にお送りするのが役目で、そのまま同じバスに乗って戻るというのはおかしくないですか」、「せめてバス停に誰かが来ていて物を渡す、あるいは、一言言葉を交す、あるいは、少し散歩をする、それは、ほんの何十秒でもいいんです。あるいは介護人の方から障害者の方がバス好きなのでというような一言を運転手に言うとかがあってもいいのではないですか、このまま、このバスに乗るのはおかしくないですか」、「このバスに乗ってもらってもいいですが、障害者の方のために介護人として何かしてやって下さい。そして1つ後のバスに乗ったらどうですか」、「私の意見はおかしいですか」などと言った。
原告は、同日午後4時43分ころ、焼野バス停留所から折り返し運転のバスを発車させたが、F、Gはこのバスに乗車しなかった。
その後、本件事件について、Fの母親から大阪市交通局に「うちの子はバスが好きなので、今後もよろしく」等と苦情が寄せられた。
なお、当時の焼野バス停留所発のバスの本数は、約30分に一本程度であった。
イ 本件停職処分に至る経緯(証拠省略)
(ア) 原告は、9月30日午後10時過ぎ、業務を終えて古市営業所に戻ると、同営業所の運行助役は、原告に対し、本件事件について、Fの母から電話で「うちの子はバスが好きなので、今後もよろしく」などと、Fの希望に沿ってバスに乗車させてほしい旨の話があったと伝えた。
(イ) 10月2日、原告は、本件事件について、古市営業所において、C所長(以下「C所長」という)及びD副所長から事情聴取を受けた。その際、C所長は、乗客の了解を得たので乗車拒否ではないと主張する原告に対し、原告の行為は、乗車拒否であり、重大問題であるなどと、叱責しながら説諭し、このことを踏まえた書面を提出するように求めた。
原告は、同日、経過報告(書証(省略)、以下「経過報告」という)を提出した。この経過報告には、本件事件の経過、原告が経験した別件(障害者に関するもの)の経過が記載され、「Fは必ず左最前列座席に座り、独り言・運転席覗き込みなど、運転手にとっては結構プレッシャーがかかるものです」、「私の今後の対応。上記2件の例はもとより、あらゆる事例にもお乗り頂きます。今後の問題提起として、この2件が論じられます事を、お願いいたします」などと記載されていた。
C所長は、この経過報告を見て、原告に対し、乗車拒否をしたことを認める趣旨の自筆の始末書を提出するように求めた。
なお、同日、原告が退勤する際、原告の勤務指示票(書証省略)には、10月3日の勤務は予備である旨が記載されていた。
(ウ) 10月3日、原告が古市営業所に出勤すると、原告の勤務指示票(書証省略)には「今日の勤務は停職です」と記載されていた。
(エ) 10月4日、原告は、本社において、C所長に同日付けの自筆の始末書(書証省略)を提出した。この始末書の内容は、別紙1(省略)のとおりであり、乗車拒否をしたことを認めるとともに、「今回ご迷惑をお掛けしたお客さま及び関係各人に衷心よりお詫びいたします。二度とご迷惑をおかけしないことを誓います。なにとぞ寛大な措置を賜りますようお願い申し上げます」と記載されていた。
(オ) 10月10日、原告は、被告の本社に呼び出され、本社のE部長(以下「E部長」という)から、近畿運輸局長の公示(後記エ(ウ))を示された上、本件事件は法令違反にあたり、会社の存続にも影響しかねない重大なものであるなどと説諭された。
原告は、E部長の指導を受けたことをを踏まえて、10月10日付けの自筆の始末書(書証省略)を提出した。この始末書の内容は、別紙2(省略)のとおりであり、10月4日付けの始末書(別紙1(省略))の「今回の事件は、私の無知による判断で」との記載が、「今回の事件は、日頃の会社での指導に反した、私独断の判断でした」との記載に変更されたものである。この変更は、E部長が、原告に対し、今回の件に関して被告から指導があったのではないかなどと述べたことを受けて記載されたものである。
さらに、原告は、E部長の指導を受けて、10月10日付けの自筆の始末書(書証省略)を作成して提出した。この始末書の内容は、別紙3(省略)のとおりであり、甲20の始末書(別紙2(省略))の記載のほか、「障害者の方に対し、偏見を持ったものではなく、むしろ、障害者の方の自立と社会経済活動への参加の促進の為、介護人の方への忠告として、要介護の方への何らかの自立に対する支援として役立ててもらおうと判断いたしました」との記載が加筆されていた。これは、E部長が、原告に身体障害者に偏見を持っているのかと尋ねたのに対し、原告が自分の考え方を示したことを踏まえて加筆されたものであった。
(カ) 被告では、本件事件に関する原告の処分を決めるにあたり、懲戒解雇すべきとの意見もあったが、原告作成の経過報告と始末書が提出されたこと及び原告の所属する古市営業所のC所長からも原告が反省している旨の報告がされたことを考慮して、停職処分に留めることとなった。
その後、被告は、原告に対し、10月12日付けで、本件事件について、前提事実(4)ア記載のとおり、停職30日(10月4日から11月2日まで)とする本件停職処分をした。
その際に示された懲戒処分の理由は、前提事実(4)イのとおりである。
ウ 本件雇止めに至る経緯(証拠省略)
(ア) 本件停職処分がされ、停職期間が過ぎるまでの間、原告は被告に対し、処分に異議があるようなことは述べなかった。
他方、原告は、本件組合に対し、始末書を無理矢理書かされたことや懲戒処分が重すぎること等を報告した。
この報告を受けて、本件組合は、被告に対し、10月19日、原告作成の経過報告や始末書は強要されたものであるとして、本件停職処分の撤回と会社の責任を問う件につき、団体交渉を開催することを申し入れた。
被告と本件組合は、10月27日、本件停職処分の件等に関する団体交渉をしたが、被告は本件停職処分について、本件組合は関係ないとして交渉しない旨の対応をした。
(イ) 本件組合は、府労委に対し、11月2日、本件停職処分等が本件組合に対する不当労働行為であるとして、本件停職処分の取消、停職中の賃金相当額の支払等を求める救済を申し立てた(府労委平成18年(不)第53号)。
同申立書には、本件事件における原告の乗客への対応には何の問題もないのに、C所長が原告に対して乗車拒否をした旨の始末書作成を強要し、E部長も原告に対して始末書の書き直しを強要したことや、「所長こそ処罰されるべき」旨が記載されていた。
(ウ) 被告は、原告に対し、11月13日、下記の内容の通知書を送付し、そのころ同通知書は原告に配達された。
記
被告が本件事件で30日の停職処分にしたのは、原告が、経過報告及び始末書によって、事実を認め、真摯に反省をしているとの原告の主張を容れてのものである。
しかるに、原告の加入する本件組合は、府労委に対し、10月10日付けの始末書2通が、被告の強制により書かされたもので、原告の真意に基づくものではなく、原告が反省すべき事情など一切無いかのような趣旨の申立てをした。
もとより、上記申立ては、本件組合の申立であり、本件組合の対応や原告の言動に対する本件組合の解釈理解は原告の関知するところではないかも知れないが、被告としても困惑している。
そこで、原告に対し、上記2通の始末書の内容及び作成経緯に関する本件組合の主張に原告個人として賛同するのか否か、本書面到着後5日以内に文書での回答を求める。回答がない場合は、原告の見解が組合と同じであるとの認識で対応せざるを得ない。
(エ) 原告は、被告に対し、上記(ウ)の通知書に対して回答せず、組合は、被告に対し、11月15日付けの書面で、原告から同通知書を拝見したが、現時点において返答すべき事象なしと回答した。
(オ) 被告は、11月21日、嘱託社員に対する平成19年度の再雇用面接を行ったが、原告に対しては、その意向に反して再雇用面接を行わなかった。
(カ) 本件組合は、府労委に対し、11月22日、被告が原告に前記(ウ)の通知書を送付したこと、原告に対する再雇用面接を拒否したこと等が不当労働行為にあたるとして、原告に対する再雇用面接の早期実施等を求める救済を申し立てた(府労委平成18年(不)第59号)。
(キ) 被告は、原告に対し、11月24日ころ、同日付けの「貴殿との来年度の雇用契約について」と題する書面(書証省略)で、嘱託社員との間で、平成19年度(平成19年4月1日から1年間)の雇用契約の締結につき希望の有無を聴取する手続を進めているが、原告との間で、現時点で平成19年度の雇用契約を締結する考えはなく、希望の有無を聴取する考えもないこと、原告から希望の聴取を行うことは、原告にむなしい期待を抱かせるもので、かえって信義にもとると判断されるため、異例ではあるが通知する旨を伝えた。
(ク) 原告は、被告に対し、平成19年2月23日付けの書面で、平成19年度の再雇用の有無につき正式に文書で示し、雇止めの場合はその理由を開示することを求めた。
(ケ) 被告は、原告に対し、平成19年3月12日ころ、同日付けの「平成19年度の再雇用について」と題する書面で、原告との信頼関係が失われたとして、平成19年度の雇用契約を締結する考えはない旨を通知し、その理由を以下のとおり示した。
① 被告が禁じている回送バスに乗車したことを注意したのに対し、非を認めず、上司の注意・指導を聞き入れなかった。
② 出退勤管理において、被告が調査して十分説明しているにもかかわらず、「記録捏造」との虚偽の主張をなし、関係先への訪問、文書の送付を行うなど、被告の社会的信用を傷つける行為をした。
③ 上司の指導等を受け入れず、所内において、上司の誹謗中傷をするなど、職場秩序を混乱させてきた。
④ 本件停職処分が問題になった際、自ら経過報告及び始末書を作成しながら、これに基づいてなされた本件停職処分に対し、後日、これらの書面が被告の強制により書かされた虚偽のものであるなどと申し立てた。
(コ) 被告は、原告個人に対する照会の対応状況を踏まえ、旅客運送事業に関わるものとして、かつ、自己の懲戒処分が問題となっている場合において、もっとも真摯な対応が望まれる原告が、反省している趣旨の文書を提出して処分の軽減を受けておきながら、後に文書を撤回しようとするだけではなく、被告の強制であったなどと言い立てる行為は、旅客運送事業に関わる者あるいは従業員として、最低限の信頼すら置くことができないと判断し、これを主要な理由として雇止めをするに至った。
エ 本件事件に関する法規の概要(書証省略)
(ア) 道路運送法は、以下の内容の規定をおいている。
13条
一般乗合旅客自動車運送事業者等は、次の場合を除いて、運送の引受けを拒絶してはならない。
1項 当該運送の申込みが11条1項の規定により認可を受けた運送約款によらないものであるとき
2項 当該運送に適する設備がないとき
3項 当該運送に関し申込者から特別の負担を求められたとき
4項 当該運送が法令の規定又は公の秩序若しくは善良の風俗に反するものであるとき
5項 天災その他やむを得ない事由による運送上の支障のあるとき
6項 前各号に掲げる場合のほか、国土交通省令で定める正当な事由があるとき
40条
国土交通大臣は、一般旅客自動車運送事業者が次の各号のいずれかに該当するときは、6月以内の期間を定めて、自動車(中略)の当該事業のための使用の停止若しくは事業の停止を命じ、又は許可を取り消すことができる。
1号 この法律若しくはこの法律に基づく命令若しくはこれらに基づく処分又は許可若しくは認可に付した条件に違反したとき
(その他の各号は省略)
(イ) 被告の自動車乗務員服務規程(平成14年4月1日制定)は、以下の内容の規定をおいている(書証省略)。
1条(趣旨)
この規程は、旅客自動車運送事業運輸規則(昭和31年運輸省令第44号)41条の規定に基づき、一般乗合旅客自動車運送事業用に供する自動車の運行を確保するため、乗務員が遵守すべき事項及び服務について定める(1項)。
2条(法令等の遵守)
乗務員は、公共交通の使命を達成するため、この規程及び関係諸規程を守り、通達及び指示に従い、業務を安全、確実及び迅速に行うように務めなければならない。
17条(乗務員の禁止事項)
乗務員は、次に掲げる行為をしてはならない。
6号 乗客又は公衆に対して不愉快な観念を与えること。
20条(遵守事項)
乗務員は、次に掲げる事項を守らねばならない。
1号 乗客に対しては、公平かつ懇切な取扱いをすること。
21条(接客心得)
乗務員は、常に次に掲げる事項に留意し、乗客に接するよう努めなければならない。
1号 乗客に対しては常に奉仕の心をもって接すること。
2号 正しい姿勢を保ち、やわらかい態度で接すること。
4号 質問に対する応答は、親切丁寧かつ明快に答えること。
23条(乗車の謝絶)
乗務員は、次に掲げる者の乗車を断らなければならない。
1号 車内で法令又は公序良俗に反する行為に関し、制止若しくは指示に従わない者
2号 危険物を携帯している者
3号 泥酔している者又は不潔な服装をしている者で、他の乗客に迷惑をおよぼすおそれのある者
4号 付添人を伴わない重病者
5号 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に定める一類感染症、二類感染症若しくは指定感染症(入院を必要とするものに限る)の患者(これらの患者とみなされる者を含む)又は新感染症の所見のある者
(ウ) 近畿運輸局長による公示「一般乗合旅客自動車運送事業者に対する違反条項ごとの行政処分等の基準について」(平成15年4月1日制定)は、道路運送法13条の運送引受義務に違反した場合の処分基準について、初犯の場合は30日の自動車の使用停止、再違反の場合は90日の自動車の使用停止と定めている(書証省略)。
(2) 以上を前提に解雇権濫用の有無について検討する。
ア 乗車拒否(運行引受義務違反)の有無について
(ア) 道路運送法13条は、道路運送の利用者における利益の保護及びその利便の増進を図るため(同法1条参照)、一般乗合旅客自動車運送事業者等において、同法13条各号所定の場合を除いて、利用者からの運送申込みに対して、運送の引受けを拒絶することを禁止し、運送引受義務を課している(上記(1)エ(ア))。
また、被告の自動車乗務員服務規程は、乗務員が遵守すべき事項等を定めるとともに、同23条において、乗車を断る義務を有する者を明定している(上記(1)エ(イ))。なお、同条は、道路運送法13条6号の国土交通省令に当たる旅客自動車運送事業運輸規則の13条と同様の内容を定めたものと解される。
さらに、近畿運輸局長が公示した「一般乗合旅客自動車運送事業者に対する違反条項ごとの行政処分等の基準について」は、事業者に対する処分基準として、上記(1)エ(ウ)のとおり、所定期間における事業のための自動車の使用停止を定めている。
そして、被告は、大阪市交通局から委託を受け、公共交通機関である大阪市バスの運行を業としている。
以上によれば、被告のバス乗務員は、市バスを運行する際、道路運送法13条各号所定の場合を除いて、同条の運送引受義務に違反する行為を厳に禁止されており、これに違反する行為があった場合、事業の停止や大阪市交通局からの委託の取り消し等、被告における事業遂行に重大な支障を来すおそれがあるものと認められる。
(イ) これを本件についてみると、まず、焼野バス停までの運送契約は、焼野バス停でF及びGが降車した際に終了しており、その後、F及びGが、再度乗車しようとした態度は、新たな運送契約の申込みと解される。
運送契約の申込みがされた場合、被告の自動車乗務員服務規程23条所定の特別な事情がない限り、バスの運転手としては、申込みを承諾しなければならない。
しかるに原告は、乗客のバス利用の方法に批判的な意見をし、法令の定める除外事由のない乗客をして原告の運転するバスに乗車することを断念させており、この原告の行為は、場合によっては、被告における事業遂行に重大な支障を来すおそれのあるものであったと認められる。
(ウ) 原告は、乗客に対して様々な提案をしたのであって乗車拒否したのではなく、原告の提案に納得して、乗客が自主的に乗車を止めた旨主張する。
しかし、無料乗車証を使用してバスに乗車しようとした者がバスの運転手に「そのまま同じバスに乗って戻るというのはおかしくないですか」、「1つ後のバスに乗ったらどうですか」などと言われれば、原告の見解に同意しなくとも乗車しづらくなるのは当然であり、F及びGが抗議することなく乗車をあきらめたとしても同意したものと評価することは相当ではない(現に、Fの母から「うちの子はバスが好きなので、今後もよろしく」との申入れがされている)。本件事件における原告の対応は、道路運送法13条各号所定の除外事由なくして乗客の運送契約の申込みを拒絶し、運送引受義務に違反したと解するのが相当である。
イ 原告の過失について
原告は、F、Gのバス乗車が、遊び目的で介護人付無料乗車証を利用しようとしたものであったとしても、身体障害者福祉法及び障害者自立支援法に基づく障害者移動支援事業の趣旨に沿うものであること(障害者の外出の機会が増えれば、障害者の自立促進につながること)の判断は容易でなく、その判断において原告に過失はない旨主張する。
しかし、身体障害者が社会に出る機会を増やすという障害者の移動支援事業の一般的趣旨に照らせば、無料乗車証の使用が業務その他正当な行為の場合に限られるとの限定がない限り、バスに乗るのが好きである等の理由でバスに乗車する場合であっても、これを拒否する理由はなく、不正使用には当たらないと解される。
そして、無料乗車証の使用について、そのような限定はなく、また、公共団体の運営する公共交通機関における乗車拒否がバス会社にとっても重大な問題であることは、バス運転手において、容易に認識し、あるいは認識すべきことであるところ、仮に原告が単なる遊び目的での乗車は妥当ではないと考えたとしても、軽々に乗車を拒否すべきでない(乗車賃を請求することは別段、乗車自体を拒否することは許されない)ことは、バス運転手として当然に認識できたと言わざるを得ない。
したがって、原告において、F、Gの乗車を承諾しないことが運送引受義務違反に当たるか否かは、判断することが特に困難な事柄であるとは認められず、原告に過失がないとはいえない。
なお、原告が、本件事件以前に乗車拒否を行ったことがあったか否かや反省しているか否かは、原告の過失の有無を左右するものではない。
ウ 信頼関係の喪失について
(ア) 本件事件における原告の行為が、利用者に対して正当な事由なくして運送引受けを拒絶したものであることは、上記のとおりであり、これが運送引受義務違反に該当する以上、本件事件がバス会社である被告にとって重大な問題であることは明らかである。したがって、被告が、原告に対し、本件事件について、注意・指導の上、経過報告や始末書の提出を求めること自体は、従業員に対する指揮監督として当然のことであり、上記認定の被告の原告に対する対応をもって不当な行為があったとは認められない。また、被告が原告に対して本件事件について停職30日の懲戒処分をしたことも被告の裁量を逸脱するものとは認められない。
そして、本件雇止めがされたのは、原告が、被告の事業に大きな影響を与えかねない本件事件を起こし、そのことについて被告幹部の説諭を受けて、乗車拒否の事実を認め、反省の意を示す趣旨の始末書等を提出し、このことも考慮されて停職30日の懲戒処分を受けたものの、他方で、本件組合を介するなどして、本件事件における原告の行為は乗車拒否ではなく、始末書は、上司から強制されて作成し、あるいは文言を修正したものであって、所長こそ罰せられるべき等、被告に対して示した反省を覆す旨の意向を示す言動をとったことから、被告の原告に対するバス乗務員又は従業員として求められる服務規律の遵守に関して信頼を喪失したことを主な理由とするものであるのは上記認定のとおりである。
以上のような本件事件以降の原告の言動に照らすと、被告が原告に対してバス乗務員として求められる服務規律の遵守に関して信頼を喪失したのもやむを得ないというべきである。
(イ) 原告は、本件労働契約書4項の「更新しない場合の判断基準」には、「信頼関係が失われた」との事由は列挙されていないし、かかる抽象的な事由による雇止めは、会社側に全くの自由裁量による雇止めを認めるに等しく、許されない、仮に、信頼関係が失われたことが雇止めの理由となりうるとしても、被告の列挙する事項は、原告に過失のないことでその後も契約の更新がされていること(①関係)、本件組合の行動を問題とするものであること(②ないし④関係)から、いずれも雇止めの理由たり得ない旨主張する。
しかし、本件労働契約書において、雇用期間を1年として、更新する場合がありうるとした上、更新しない場合の判断基準として、運転手の能力、勤務成績や交通違反の累積点数(7点以上)があげられており、その規程文言からして、上記信頼関係の喪失は運転手の勤務成績の一つの内容として更新の是非を判断する際に考慮されうるというべきである。
そして、被告は、本件雇止めの理由として、「貴殿と当社との信頼関係が失われたこと」をあげ、更に具体的な理由の④において、本件停職処分に際して自ら始末書等を作成しておきながら、後日これが強制に基づくと主張したこと自体を信頼関係喪失の具体的理由としてあげていることは明らかであって、本件組合活動を理由とするものではない。
したがって、信頼関係の喪失が雇止めの理由たり得ない旨の原告の主張は理由がない。
なお、原告は、本件雇止めは、懲戒の趣旨でされたものであるとして、その事由の有無を論ずるが、本件雇止めは懲戒処分としてされたものではなく、原告の主張は採用の限りではない。
エ まとめ
以上によれば、原告に対する本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合にあたるとはいえない。
(3) 不当労働行為について
原告は、本件雇止めが、原告の組合活動を理由とするものである旨主張する。
しかし、上記のとおり、本件事件以降における原告の矛盾した言動は、被告と原告との信頼関係を損なう行為であり、本件雇止めをした主な理由も、バス乗務員又は従業員として求められる服務規律の遵守に関して、被告の原告に対する信頼が失われたことにあるのであって、本件雇止めは客観的に合理的で社会通念に照らし相当と認められる。
そして、このような理由の存する以上、本件雇止めが、組合の幹部を排除することを主として意図したものとは認められず、本件雇止めが不当労働行為にあたり許されない旨の原告の主張は理由がない(原告が本件組合の中心になって活動してきたことや本件組合が府労委に不当労働行為の救済申立てを行い、申立書で始末書の内容及び作成経緯等について主張していることは、不当労働行為性の有無に関する上記判断を左右するものではない)。
(4) まとめ
以上のとおり、本件雇止めは、解雇の場合における解雇権の濫用に当たるとは認められず、不当労働行為であるとも認められない。
したがって、本件労働契約は、平成19年3月31日までの期間満了をもって終了しており、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
3 結論
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 中山誠一)
<別紙省略>