大阪地方裁判所 平成19年(ワ)16601号 判決 2010年9月29日
原告
X1(以下「原告X1」という。)<他1名>
原告ら訴訟代理人弁護士
小山優子
同
波多野進
被告
株式会社Y1(以下「被告Y1社」という。)
同代表者代表取締役
A<他1名>
被告ら訴訟代理人弁護士
清田冨士夫
同
神原浩
同
夏見陽介
主文
一 被告らは、原告X1に対し、連帯して金二二五〇万五五九六円及びこれに対する平成一七年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告X2に対し、連帯して金三五九三万六五九六円及びこれに対する平成一七年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は、主文第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告X1に対し、連帯して三七二五万七〇二六円及びこれに対する平成一七年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告X2に対し、連帯して四九六八万八〇二六円及びこれに対する平成一七年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、クリエイティブ・ディレクター(以下「CD」という。)として被告らで業務に従事していたB(以下「亡B」という。)が自殺により死亡したことについて、同人の妻である原告X1及び同原告と亡Bとの間の子である原告X2が、被告らに対し、不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求(両者は、選択的に請求する。)として、原告X1につき三七二五万七〇二六円及びこれに対する亡B死亡の日である平成一七年一二月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告X2につき四九六八万八〇二六円及びこれに対する前同様の遅延損害金の各連帯支払を求めた事案である。
二 前提事実(後掲各証拠(特に記載しない限り各枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により認められる前提事実。以下「本件前提事実」という。なお、証拠の記載がない事実は、当事者間に争いがない。) (1) 当事者等
ア 原告X1(昭和三七年○月○日生、平成元年六月八日亡Bと婚姻)は、亡B(昭和三八年○月○日生、平成一七年一二月一二日死亡当時四二歳)の妻、原告X2(平成七年○月○日生)は、亡Bと原告X1との間の長女であり、原告らの他に亡Bの相続人はいない。
イ 被告Y1社は、印刷及び広告代理店業務等を主たる業とし、肩書地に本店を有する株式会社である。
ウ 被告Y2社は、被告Y1社の子会社であり、コンピュータによる情報提供・広告デザインの制作及び広告代理店業等を主たる業とし、肩書地に本店を有している。
なお、被告Y2社の上記本店は、被告Y1社東京支店と同じビルの同一フロア(一〇階)にある。
エ 亡Bは、昭和五七年三月に大阪府立a高等学校を卒業後、平成五年七月に被告Y1社に採用され、同日付けで関連会社である株式会社b(以下「b社」という。)に出向し、平成一三年二月二〇日に、独立して自営するために退職した。その後亡Bは、被告Y1社への再就職を希望し、平成一四年四月に同被告に再雇用された。
亡Bは、上記再雇用と同時に、東京勤務となり、被告Y2社に出向扱いとなったが、平成一七年八月一日に出向解除となり、被告Y1社東京支店の配属となった。
(2) 被告Y1社東京支店及び被告Y2社における業務
被告Y2社は、システム開発及び制作を行う会社として設立され、不動産関連の広告業務なども取り扱っており、被告Y1社と顧客層が異なるところもあったが、従業員は、全て同被告からの出向社員で構成され、前述のとおり、同被告東京支店と同じフロアにおいて業務を行っていた。
そして、被告Y2社の営業担当者及び制作担当者の各業務内容は、被告Y1社東京支店のそれと大きな差異はなかったから、亡Bの同支店と被告Y2社における各業務内容も、大きな差異はなかった(なお、以下の被告らの業務に関する記載は、特記しない限り、亡Bが東京勤務時の業務、すなわち、被告Y1社東京支店及び被告Y2社における業務に関するものをいう。)。
(3) 亡Bの死亡
亡Bは、平成一七年一二月一二日午前零時一五分ころ、東京での住居(《住所省略》、以下「赴任先住居」という。)の最寄り駅であるc駅付近にある《住所省略》所在のマンションの一一階から飛び降り自殺(以下「本件自殺」という。)をして、脳挫傷により即死した(以下「本件死亡」という。)。
(4) 労働者災害補償給付の支給決定等
原告X1は、本件自殺が業務上のものであるとして、平成一八年六月一三日ころ、遺族補償給付、葬祭料及び就学援護費の請求をしたところ、中央労働基準監督署長は、亡Bの本件自殺が業務上の事由によるものと認め、平成一九年三月二八日ころ、給付基礎日額を一万二四三一円として算出した額による遺族補償給付、葬祭料及び就学援護費の支給決定を行った。
これに対し、原告X1は、平成一九年四月二三日ころ、上記決定は、未払の時間外労働、休日労働にかかる割増賃金を給付基礎日額に算入していない点に誤りがあるとして、東京労働者災害補償保険審査官に審査請求したが、同年一二月五日付けで棄却された。
そこで、原告X1は、上記決定を不服として、同年一二月一七日付けで労働保険審査会に再審査請求を行ったところ、平成二〇年一二月一二日付けで処分を取り消す旨の裁決を受けた。これに基づき、原告X1は、平成二一年三月二四日ころには、平均賃金を日額二万〇六四三円として遺族補償年金等の追給等を受けた。
(5) 損害のてん補等
原告X1は、亡Bの本件死亡に関し、遺族補償年金として一二四三万一〇〇〇円を受領した(原告らは、これを原告X1の損害のてん補として、控除することを認める。)。
三 本件の主な争点
(1) 亡Bの業務の過重性(争点一)
(2) 亡Bの発症及び本件死亡並びに同人の業務との因果関係等(争点二)
(3) 被告らの不法行為責任又は債務不履行責任(安全配慮義務違反)(争点三)
(4) 原告らの損害(争点四)
四 当事者の主張
(1) 亡Bの業務の過重性(争点一)
(原告らの主張)
ア 亡Bの業務内容
(ア) 被告らの従業員は、主に、顧客から注文を受け、広告契約をとることを主たる業務とする営業担当者と、同担当者を通じて顧客の意向を把握し、広告物を作成する制作担当者とに分かれて業務を行っていた。
(イ) 亡Bは、制作担当者であり、かつ、東京支店では、唯一、CDの肩書をもっていた。そして、亡Bは、顧客の希望するイメージを把握してたたき台となるラフデザインを制作し、外注デザイナーなどを利用しながらこれをさらに具体的な制作品に仕上げ、営業担当者を通じて顧客の意向を確認し、顧客による変更の指示があればこれに対処し、最終的に顧客の求める広告物のデザインを完成させることを担当していた。
亡Bは、最初のラフデザインの決定、外注デザイナーの選定と手配、デザインに沿った写真などの素材の確保、場合によってはロケの手配等を一手に行い、納期に間に合うようにこれらの工程をスケジューリングし、外注先から仕上がったデザインを検討し、訂正を指示したりして、デザインの完成に至るまでの全工程を進行させ、管理しなければならなかった。
(ウ) 特に、CDである亡Bに割り当てられる業務は、デザイン性が高く、一件当たりの作業量が非常に多かった。また、被告らでは、他の業者に比べ、ラフデザインについても、最終原稿に近い完成度の高いものが求められており、納期も短かった。
(エ) したがって、亡Bの業務は、広範かつ作業量が多く、顧客の要望や外部デザイナーとの折衝など、他人の仕事の進行状況に合わせなければ仕事を進めることができないものであった。また、納期に遅れることは許されなかったから、納期に間に合わせるために、長時間労働を強いられやすい性質の業務であった。
しかも、被告らでは、スケジュール及び納期は、営業担当者と顧客が決め、亡Bのような制作担当者は関与できなかったから、同人が、仕事を自律的にコントロールできる余地はなく、負荷の高い他律的な業務となっていた。
(オ) 亡Bは、少なくとも、平成一七年八月から同年一二月にかけて、別紙一の一記載のとおりの業務を担当させられていた。すなわち、亡Bは、上記期間中七九件の業務を担当しており、受注時期、納期時期が判明している範囲の業務に限っても、同年八月には一四件、九月には二〇件、一〇月には一八件、一一月には一五件、一二月には一二件の案件を実際に処理していた(七九件中二〇件については、受注及び納期が不明のため、案件を処理した時期が不明である。)。平成一七年一二月の案件数は、他の月に比べると一見少ないが、亡Bが、同月一二日に死亡したことを考えれば、同月の前半において、すでに一二件の業務を抱えていたことになる。したがって、亡Bは、同年一二月における業務の負担も非常に大きかった。
このように、平成一七年一一月ころには、亡Bへ業務が集中し、同人は、到底納期を守れない量の業務を抱えるに至った。
イ 長時間労働
(ア) 労働時間の把握
被告らは、従業員の労働時間をタイムレコーダー等の客観的な資料に基づいて把握する義務を有しているにもかかわらず、制作担当者については、従業員自らが出勤日に押印する方式の出勤簿を作成していただけであり、タイムレコーダー等による労働者の始業時間・終業時間の記録はつけていなかった。
このように、被告らが本来果たすべき義務を履行していなかった結果、タイムレコーダー等に基づいて亡Bの労働時間を算出することができない。そこで、本件においては、亡Bの労働時間については、出勤簿、施錠簿、同人使用のコンピュータに残されたファイルの保存期間、同人が業務上のメールを送信した時間、タクシー領収書に記載された降車時間などの諸資料に基づき、始業時間と終業時間を推定する方法によって算定する。
(イ) 亡Bの就労状況
被告らでは、土曜日及び日曜・祝日が休みであり、始業時間は午前九時、終業時間は午後五時四五分、休憩時間は四五分であった。
しかしながら、その負担していた仕事量を前提とすると、亡Bは、上記所定労働時間内の就労のみでは、到底、納期に間に合わせることができず、必然的に、連日の残業を強いられる状況であった。また、亡Bは、社外でのロケが必要な案件では、ロケに立ち会い、指示を行わなければならず、現場が遠方の場合には、始業時間前にロケ現場に直行し、ロケ現場から直帰することもあった上、休日にロケを行うこともあった。
(ウ) 亡Bの労働時間の算定
そこで、上記状況を前提に、下記の算定方法に基づいて、亡Bの労働時間を算定すると、別紙二記載のとおりとなる。
〔算定方法〕
a 平日
① 資料のない場合の算定方法
亡Bは、少なくとも他の従業員と同程度の業務を行っていたから、労働時間は、基本的に午前九時から午後九時までと推定する。ただし、本件自殺前約一か月については、亡B自らが作成した入力作業日報(以下「本件日報」という。)が存在するので、終業時刻は、原則としてそれに従う。また、亡Bが、各日四五分間の休憩をとっていたという前提で、労働時間を算定する。
② 電子メール携帯メール等が存在する場合
ファイルの更新日時、携帯メール、電子メール等から、①に実質的な修正を行った。
③ 深夜タクシー利用
深夜タクシーの利用がある場合には、終業時刻を午前零時と推定する。
b 休日
① コンピュータ使用の痕跡がある場合
亡Bが使用していたファイルの修正日時、メールの送信時刻など、コンピュータ使用の痕跡がある場合には、その前後三時間が労働時間であると一律に推定する。ただし、上記三時間の推定時間を超えて作業を行ったことが明らかなときは、その作業時間の始期と終期を労働時間とする。
② 領収書等から現場や取引先に赴いていることが判明する場合
一現場・取引先につき移動時間・面談を合計して三時間と推定した。なお、明らかにこれ以上の時間を要することが分かる場合には、その旨指摘した。
③ 撮影について
休日に撮影が行われた場合には、一〇時間とした。なお、平成一七年八月二日は、五時間とした。撮影後、会社で仕事を行っている点は評価していない。なお、休日の場合には、休憩時間は存在しないという前提で算出する。
(エ) 労働時間数のまとめ
以上を前提に、亡Bの本件自殺前六か月間の時間外労働時間数をまとめると、以下のとおりとなる(別紙二参照)。なお、月日は、いずれも平成一七年である(以下においても、特に記載しない場合は、同様とする。)。
六か月前(六月一五日から七月一四日まで) 八七時間二七分
五か月前(七月一五日から八月一三日まで) 四〇時間二〇分
四か月前(八月一三日から九月一二日まで) 一二〇時間〇九分
三か月前(九月一三日から一〇月一二日まで) 九二時間三八分
二か月前(一〇月一三日から一一月一一日まで) 八八時間〇七分
一か月前(一一月一二日から一二月一一日まで) 八八時間〇一分
(オ) 中央労働基準監督署等(以下「労基署」という。)の認定
本件では、労基署も以下のとおり、亡Bが時間外労働に従事していたことを認定し、同人の過重労働を認定している。亡Bの時間外労働時間数が、労基署の認定したそれを下回ることはない。
一二月一日から同月一二日まで 三九時間四九分
一一月一日から同月三〇日まで 五五時間四一分
一〇月一日から同月三一日まで 九七時間二三分
九月一日から同月三〇日まで 七九時間三九分
八月一日から同月三一日まで 九八時間三分
七月一日から同月三〇日まで 八一時間五〇分
六月一日から同月三〇日まで 八四時間五五分
ウ 被告らによる心理的負荷
(ア) 利益に関する数値目標と外注費抑制による心理的負荷
被告らは、制作担当者の売上額、粗利額、利益率を毎月算定して、これを比較し、一定の数値目標を課していたから、亡Bには、外注費を抑える要請が強く働き、外注費を抑えるために、可能な限り外注部分を少なくし、自身が制作を行う必要があった。
(イ) 亡Bの業務に対する無理解・支援のなさによる心理的負荷
被告らは、亡Bの業務内容や従業員の労働時間を把握・理解しておらず、これに対する支援も行わなかった。
(ウ) C被告Y1社東京支店長(以下「C支店長」という。)からのパワーハラスメントによる影響
亡Bは、赴任当初からC支店長とそりが合わず、同支店長からは特に理不尽な扱いを受けることが多かった。
a C支店長による担当業務の指示
亡Bは、C支店長から指示された業務を担当することもあり、中には同支店長の担当案件を途中で引き受けるように指示されたこともあった。その中には、十分な引継ぎもなく、C支店長がトラブルを起こした案件の事後処理も多くあった。したがって、亡Bは、C支店長が困難な状態になった仕事ばかりをあえて引き受けさせているとの印象を抱いていた。
b C支店長による理不尽な叱責
亡Bは、C支店長の指示どおりに仕事をしていたにもかかわらず、非難され、言いがかり的な叱責を受ける等、理不尽な扱いを繰り返し受けていた。
c C支店長による退職勧奨
亡Bは、いずれ大阪に転勤することを期待していたが、東京勤務が続き、しかも業務負担が過重であったことから、平成一七年春ころ、C支店長に対し、大阪転勤の希望を伝えたが、同支店長は、①現状のままで東京に骨を埋める、②有給休暇を活用して他社の求職活動をする、又は、③家族を東京に呼び寄せるとのいずれかの選択を迫った。亡Bは、大阪で購入したマンションの残債務が多額のためにオーバーローン状態であって、上記③は事実上不可能であり、C支店長もこのことも熟知していた。
したがって、C支店長が迫った選択は、結局のところ、現状のまま過重な労務に耐えるか、退職するかの二者択一を迫るものであり、過重な労務に耐えられないのであれば辞職せよという、事実上の退職勧奨行為であった。
d 会社外の打合せの事実上の禁止
亡Bが担当していた広告物の具体的なデザインの変更・調整には、外注先デザイナーの事務所において直接デザイン画を修正させ、修正後のデザイン画を直ちに確認しながら、完成させる方が効率的に仕事を進められたので、亡Bは、従前から社外で打合せをすることが多かった。
ところが、亡Bは、平成一七年に至り、外注先との打合せについては、外注先を訪れるのではなく、外注先に来社させて打合せをするよう指示されたため、仕事を進めにくい状況に陥った。
e C支店長による携帯電話の停止
亡Bの業務には、携帯電話や携帯メールの使用が欠かせなかったが、被告Y1社東京支店では、平成一七年一一月ころ、経費削減を理由に、従前制作部に貸与されていた携帯電話が一台に減らされ、亡Bが使用していた携帯電話が削減の対象となった。亡Bは、携帯電話の貸与を停止されたため、やむなく自己所有の携帯電話を業務に使用せざるを得なくなった。
(被告らの主張)
ア 亡Bの業務内容
(ア) 亡Bの業務は、過重ではなかった。また、その業務量は、非常に少なかった上、高度な能力や質が求められるものではなかった。
(イ) 亡Bは、CDの肩書きを有していたが、これは、被告らでは、役職ではなく、大手広告代理店におけるCDとも異なる。亡Bは、外部的なイメージを考え、単に顧客向けにCDを名乗っていた一制作担当者に過ぎず、CDの肩書は、業務量等に一切影響を及ぼしていなかった。
したがって、亡Bは、CDの肩書きを有していたものの、特別高度な能力はなく、CDとして特別高度な質の業務に従事したことも、特別な責任を負っていたこともない。
(ウ) 亡Bが、CDであるためにデザインの決定から完成までの業務を一手に引き受け、処理していたとの事実はない。
(エ) 業務の受注及び受注に際して顧客との打合せを行うのは、営業担当者であり、亡Bを含めた制作担当者が打合せに同席するのは一割程度とごくまれである。また、顧客は、デザインの大枠を既にイメージしており、制作担当者がデザインを一から作り上げるということは、ほとんどない。したがって、亡Bを含む制作担当者が、受注やデザインの決定を一手に引き受けていた事実はない。
また、全ての受注案件が制作担当者へ依頼されるのではなく、制作担当者が全く関与しない案件も多数存在するから、亡Bを含む制作担当者が、全ての受注案件についてデザイナー等の選定、発注を行っていた事実はない。そして、制作担当者が外注デザイナー等に発注した後は、デザイナー等のもとへ出向いて打合せをする必要はほとんどない。また、プロのデザイナーへデザインを発注している以上、制作担当者が詳細な指示や指導を付き添って行うことはない。
さらに、デザイン完成後に、顧客が大幅な訂正・変更の要請を行うことはほとんどない上、デザインの訂正・変更自体は、デザイナーが基本的に行い、制作担当者が行うことは少ない。
加えて、現場ロケは、年に数回程度しかなく、撮影場所は、顧客の会社や都内のスタジオがほとんどであり、カメラマンが、撮影の下準備を行うので、制作担当者は、主に顧客の相手をしながらロケに立ち会えばよく、作業密度は低く、比較的楽な部類の業務である。
制作担当者が行う管理は、顧客の納期を踏まえ、いつまでにデザインを完成させるといった非常に単純な管理に過ぎない。
(オ) 亡Bは、上記の業務を行う一制作担当者に過ぎず、他の制作担当者と異なるところがあるとしても、それは、パソコンによるデータ処理が苦手であり、また、細かい作業を避ける傾向があったため、本来、行うべきDTP作業等を、他の制作担当者が代わりに行っていたという点であって、業務量が増加する方向での例外は一切ない。
(カ) デザイン性に関しても、デザインはデザイナー、文書はコピーライターへ発注するのであるから、そもそも制作担当者の負担が大きいということは考えられない。亡Bの担当案件の完成物を見ても、殊更デザイン性の高いものではなく、一般的なものであり、市販の素材集にある画像をそのまま又は一部加工して使用している場合も多い。したがって、亡Bが非常にデザイン性の高い案件を担当していたとの事実はなく、一案件当たりの作業量は少ない。
イ 長時間労働について
(ア) 亡Bは、長時間労働を行っていない。
(イ) 原告らは、原則として亡Bが午前九時から午後九時まで就業していた旨推定しているが、以下のとおり理由がない。
a 原告らは、亡Bが他の従業員と同程度の業務に従事していたと主張する。しかしながら、他の従業員がだれを指すのかは不明である。そして、亡Bは、制作担当者であるから、営業担当者と同程度の業務に従事していたとはいえない。また、亡Bの業務量は、そもそも他の制作担当者と比べ、非常に少なかった上、業務内容も高度な能力や質が求められるものでなかったから、同人が他の制作担当者と同程度の業務に従事していたともいえない。
b また、施設出入口の開錠・施錠記録簿や警備記録をどのように解釈すれば、亡Bが通常午前九時から午後九時まで業務に従事していたといえるのか全く不明である。
c 原告らは、就業規則により、亡Bの始業時刻を一律午前九時と推定することに合理性があると主張するが、就業規則は、形式的な始業時刻が規定されているに過ぎない。むしろ、亡Bは、出勤時間や勤務時間に非常にルーズであり、午前九時を過ぎて出勤してくることが多かった。
d 原告らは、他の従業員による施錠時間及び警備セット時間から亡Bの終業時刻を通常午後九時であったと主張するが、始業時刻と同様に根拠がない。また、同人が施錠した回数は非常に少ない。
(ウ) なお、原告らは、前記のように、午前九時から午後九時までを基本的な労働時間として推定しつつ、電子メールやタクシーの領収書等により、適宜修正するが、そもそも前記のとおり基本となる推定は成り立たないのであるから、修正の余地も問題とならない。そして、他の労働時間に関連する各証拠、すなわち、出勤簿、従業員休日出勤届、本件日報、亡B使用のカレンダー(以下「本件カレンダー」という。)、同人が作成ないし加工したデータ・ファイルの一覧、同人が外注先等に送付したメール及びその添付ファイル、同人の経費の積算資料、同人の携帯メール並びに原告X1及び亡Bが頻繁に利用していた外注先のD(以下「D」という。)の供述等を検討しても、亡Bの労働時間を認定することはできない。
ウ 被告らによる心理的負荷について
(ア) 利益に関する数値目標と外注費抑制による心理的負荷について
制作担当者にノルマが課された事実はない。
(イ) C支店長との関係について
a C支店長と亡Bが業務に関する話をしている際に、話の流れから同人が立ったままの状態があったかもしれないが、理不尽な叱責ではない。
b C支店長は、亡Bから世間話的に大阪と東京の二重生活はきついと話しかけられ、解決案を二、三提案したが、これを退職勧奨と評価することはできない。
c 被告らが亡Bに対し、社外での打合せを禁止したことはない。なお、C支店長は、制作業務は社内で行うことが十分可能であるから、外注先と個人的に親密な関係となって業務に支障を及ぼさないようにという趣旨で社外での打合せを控えるよう、亡Bに対し、一度話をしたに過ぎない。
d 被告らは、携帯電話の使用を禁止していない。制作担当者に割り当てられた携帯電話の削減は、制作業務が、社内で十分行え、携帯電話を携帯するような外出の必要がほとんどないことから、経費削減の一環として行ったものである。したがって、携帯電話の台数が削減されたからといって、亡Bの業務の負担にはなっていない。
そもそも、携帯電話は、緊急時のために制作担当者に二台が割り当てられており、亡B専用ではなかったにもかかわらず、同人が内一台を独占していたのである。したがって、携帯電話が使用できなくなり不便になったとの原告らの主張は、プライベートが充実したものにならないとの主張に過ぎず、パワーハラスメントとは何の関係もない。
(2) 亡Bの発症及び本件死亡並びに同人の業務との因果関係等(争点二)
(原告らの主張)
ア 長時間労働によるうつ病の発症
亡Bは、単身赴任者で、かつ、心療内科・精神科の受診歴がないため、発症時期を正確に確定することは困難であるが、平成一七年一〇月ころから同年一二月の本件自殺に至るまでの期間に、うつ病のエピソードに該当する事実が繰り返し生じていたから、遅くとも同年一〇月ころから本件自殺に至るまでの期間にうつ病を発病していたことは明らかである。
イ 亡Bのうつ病エピソード
(ア) 平成一七年一〇月ころ
亡Bは、恒常的に長時間の残業を強いられ、平成一七年九月や翌一〇月には、時間外労働時間数がピークに達し、疲労困憊の状態であった。
亡Bは、このころから、表情が乏しく暗くなり、元気がなくなって、やつれて白髪が増え、食欲が減退し、原告X1に対し、不眠を訴えるようになった。また、亡Bは、原告X1に対し、仕事を辞めたいと頻繁に訴えるようになった。さらに、亡Bは、両親に対し、「死にたい。」と自殺願望を口に出したこともあった。
(イ) 同年一一月ころ
亡Bは、神経質な顧客の度重なる要求により、Dにデザインの変更を何度も依頼しなければならない事態が生じたが、その際、同人に対し、深々と一〇秒以上も無言で頭を下げて、謝り続けた。亡Bのこのような態度は、自己評価が低下し、罪責感にさいなまれていた症状の現れと推測される。このころ、亡Bは、Dに対し、当時亡Bがかかえていた仕事の予定表を示し、追いつめられた表情を見せており、抑うつや活動性の減退の症状が現れていた。
(ウ) 同年一二月ころ
亡Bは、同月三日から四日にかけて、原告X2の誕生日に合わせて大阪に帰省した(以下「最後の帰省」ともいう。)。原告X1は、亡Bが、前回帰省した同年九月の終わりころと比べ、面やつれが目立ち、体重も減少していることに驚いた。このとき、亡Bは、自宅では抑うつ気分が強く、原告X2に外出をせがまれてもこれを断るような状態であった。原告X1によれば、亡Bは、何もかもが億劫そうな態度を示しており、抑うつ気分、意欲減退が顕著であった。この夜、亡Bは、午前三時ころに就寝したが、明け方には目を覚まして眠れない様子であり、「これまでの転職や独立は全て失敗だった。」、「自分の努力不足で家族に余計な苦労をかけてきた。」などの独り言を言うなど、自信喪失、罪責感、無価値感も顕著となっていた。
また、亡Bは、原告X1に対し、「俺、今ベランダから飛び降りてええって言われたら、いつでも飛び降りれるで。」、「いっそ死んだら楽になるわ。」といった自殺願望を口に出した。原告X1は、このような亡Bの態度に驚いて、仕事を辞めることを提案したが、同人の自己否定はなかなか止まらず、仕事を辞めるという決断も付けられない状態であった。
このように、このころの亡Bには、将来に対する悲観的な見方や決断力の低下が明確に表れている。
ウ 以上のとおり、亡Bには、平成一七年一〇月以降、多数のうつ病エピソードがみられ、同年一二月の最後の帰省時には、抑うつ症状は非常に顕著になっていたから、この時期にうつ病を発症していたことは、明らかである。そして、その発症原因は、亡Bが従事していた過重業務以外にはあり得ない。亡Bは、心身とも健康な労働者であったが、上記のとおり、同年一〇月ころからは抑うつ症状が現れるようになり、最後の帰省からわずか一週間後の同年一二月一二日に本件自殺を図り、死亡した。
このように、亡Bは、過重労働によって抑うつ状態となり、自殺するに至ったものである。
(被告らの主張)
ア そもそも、亡Bがうつ病を発症したとは、認められない。
イ 亡Bは、精神疾患による入通院を行っていない。また、同人が職場において、うつ病発症を含む心身の変調を疑わせるような言動を取っていた事実もない。
結局、原告らが亡Bのうつ病発症の根拠として主張するところは、原告X1が見分したという亡Bの言動及び同人が頻繁に利用していた外注先のDが感じた亡Bの様子に過ぎない。
そして、亡Bが原告X1に取った言動は、不知であるが、同原告の立場、亡Bの言動に対して原告X1が取った対応が淡泊なものであることからすると、同原告の言動によっても、亡Bのうつ病発症の事実を認定することはできない。また、最後の帰省時に、亡Bと原告X1との間で今後の家族関係及び生活等に関する何らかの話合いが持たれ、その結果が、亡Bにとって必ずしも望ましいものでなかったということも考えられる。
Dについても、同人と亡Bが、通常の発注元担当者と外注先という域を越えて親しい関係を築いていたことからすれば、その供述等は信用できない。
さらに、被告ら従業員はもとより、外注先の供述内容からも、うつ病発症を裏付けるような事実はない。
ウ 以上によれば、亡Bは、うつ病を発症したとはいえないし、同人の業務と本件死亡との因果関係も認められない。
(3) 被告らの不法行為責任又は債務不履行責任(安全配慮義務違反)(争点三)
(原告らの主張)
ア 労働時間管理義務違反
被告らは、労働者たる亡Bの健康に配慮し、その従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して同人の心身の健康を損なうことがないよう、注意する義務(安全配慮義務ないし健康配慮義務)を負っていた。ところが、被告らは、タイムカード等によって亡Bら労働者の労働時間を管理把握することを全く行っていなかった。
イ 労働軽減義務違反
以上のとおり、亡Bは、職場における唯一のCDとして、長期にわたり、反生理的な長時間労働に従事させられていたにもかかわらず、被告らは、過重労働に対する軽減措置をとらなかった。
ウ 被告らは、亡Bの疲労が過度に蓄積しないよう、その労働時間、業務量及び業務内容を管理すべきところ、これを怠っていたから、不法行為責任ないし安全配慮義務違反の債務不履行責任(以下「安全配慮義務違反等」という。)は明らかである。
そして、被告らの安全配慮義務違反等により、亡Bは、過度な肉体的・精神的負荷をもたらす長時間過重労働に従事させられ、抑うつ状態に陥り、本件自殺を余儀なくされた。
したがって、被告らの安全配慮義務違反等と亡Bの自殺との間には、相当因果関係が認められる。
エ なお、使用者又は代理監督者が、労働者の外見上、心身の健康を損なった状態を認識していたかどうかは、予見の対象とはならない。
そして、本件においては、C支店長が、施錠管理記録上の施錠時間を認識していたことを認めており、平成一七年一〇月から同年一二月にかけて職場全体が、休日出勤、深夜残業を行っていたとの認識があったことは明らかであることや、同人が制作担当者の一人であるE(以下「E」という。)に業務が集中していたことを認識していたことからすると、被告らが、亡Bの過大な業務負担の状況を認識又は認識しうべき状況にあり、かつ、Eが支援して亡Bの業務負担を軽減できる状況になかったことも明らかに認識していたものである。
以上によれば、被告らには、うつ病罹患による自殺という危険な結果を生む原因となる状態、すなわち亡Bの長時間労働による過大な業務負担及び支援なき体制の状態について、認識又は認識可能性があったのであり、被告らに予見可能性が認められることは明らかである。
(被告らの主張)
ア 労働時間管理について
亡Bの職場では、制作担当者についてタイムカードによる労働時間管理を行っていなかったが、出勤簿による出勤管理、施錠・開錠時間及び施錠・開錠者の記録等によって一定の管理は行われていた。また、平成一七年一一月以降は、制作担当者にも本件日報の提出を義務付け、出勤日における業務内容及びその拘束時間等を記録させ、作業内容及び労働時間等の管理把握体制を整えた。
被告らが制作担当者の勤務時間管理等をタイムカードを用いるなどして厳密に行っていなかったのは、その業務が実質的には裁量労働制に馴染む内容であり、会社側が厳密に時間管理を行うよりも、むしろ各人の裁量により時間配分を行う方が合理的であると考えていたからである。
実際に、亡Bは、出社・退社時間、直行直帰の判断を自ら行い、仕事がなく暇なときなどは、懇意にしていた外注先に足繁く出向くなどしており、被告らの意図と同人の実際の勤務態様との間に齟齬はなかった。
イ 労働軽減義務違反について
被告らでは、亡Bの他に、少なくとも三名が制作担当者として恒常的に同一内容の業務を処理しており、制作担当者の繁忙時などには、営業担当者が同一内容の業務を処理することもあった。そもそも、亡Bが本件自殺前に過酷な業務を強いられていたという事実はなく、平成一七年一〇月ころは、他の制作担当者に比べて亡Bの仕事量が少ないことを心配する声すらあった。
ウ 被告らが、亡Bの健康状態の変調をうかがわせる事実を認識していた事実はないから、予見可能性の観点からしても、被告らの安全配慮義務違反等が認められる余地はない。
エ 以上のとおり、本件では、原告らの主張の前提となる過重労働自体が存在せず、また、原告らの主張するうつ病発症の根拠自体も薄弱であり、いずれにしても、被告らの安全配慮義務違反等と本件自殺との間に相当因果関係があるという原告らの主張は理由がない。
(4) 原告らの損害(争点四)
(原告らの主張)
ア 逸失利益 五二八四万一八六六円
亡Bの本件死亡前三か月間の平均賃金は、日額一万二四三一円、同一年間の賞与額は、八一万八七五〇円であるから、同人の年収は、五三五万六〇六五円(一万二四三一円×三六五日+八一万八七五〇円)である。亡Bは、経済的に一家の支柱であったものであり、生活費控除は三割が相当であり、死亡当時満四二歳であったから六七歳まで二五年間(ライプニッツ係数一四・〇九四)就労可能であったので、同人の死亡による逸失利益は、以下のとおり、五二八四万一八六六円となる。
五三五万六〇六五円×(一-〇・三)×一四・〇九四=五二八四万一八六六円
イ 死亡慰謝料 三〇〇〇万円
亡Bは、被告らの安全配慮義務違反等により、抑うつ状態に陥り、自殺を余儀なくされたものであるから、その精神的苦痛による損害額は、三〇〇〇万円を下らない。
ウ 原告ら固有の慰謝料 六〇〇万円
亡Bが使用従属関係にある被告らにおける過重労働で本件死亡に至ったこと、原告らは働き盛りの大黒柱を失い、通常の家庭生活が根底から覆されたこと等の事実に照らせば、原告ら自身も固有の精神的苦痛を受けており、同苦痛による損害額は、それぞれ三〇〇万円を下らない。
エ 葬儀費用 一五〇万円
原告らは、亡Bの死亡により、一五〇万円の葬儀費用の出捐を余儀なくされた。
オ 弁護士費用 九〇三万四一八六円
原告らは、本件事件に関する交渉及び本件訴訟の提起のために弁護士を委任したことにより、弁護士費用として、九〇三万四一八六円の負担を余儀なくされた。
カ 原告らの請求額
(ア) 原告らの相続
原告らは、亡Bの死亡逸失利益及び死亡慰謝料の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続したから、相続分は、各四一四二万〇九三三円となる。
(イ) 原告X1の損益相殺 一二四三万一〇〇〇円
原告X1は、前提事実記載のとおり、一二四三万一〇〇〇円を遺族補償年金として受給しているから、これを控除する。
(ウ) 原告らの請求額
原告X1は、亡Bの損害金の相続分四一四二万〇九三三円に固有の慰謝料三〇〇万円、葬儀費用一五〇万円の二分の一である七五万円及び弁護士費用九〇三万四一八六円の二分の一である四五一万七〇九三円を加算した総額四九六八万八〇二六円の損害賠償請求権を有する。これに上記(イ)の損益相殺を行った結果、原告X1の請求額は、三七二五万七〇二六円となる。
原告X2の請求額は、亡Bの損害金の相続分四一四二万〇九三三円に固有の慰謝料三〇〇万円、葬儀費用の二分の一である七五万円及び弁護士費用九〇三万四一八六円の二分の一である四五一万七〇九三円を加算した総額四九六八万八〇二六円となる。
(被告らの主張)
いずれも争う。
第三争点に対する判断
一 亡Bの業務及び本件死亡等に関して認められる事実
本件前提事実、《証拠省略》によれば、亡Bの業務内容及び本件死亡等に関し、次の各事実(以下、これらを総合して「本件認定事実」ともいう。)が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 亡Bの経歴及び生活状況等
ア 亡Bの経歴等
亡Bが、被告Y1社に就職し、いったん退職した後、再雇用され、同被告東京支店ないし被告Y2社に配属された経緯は、本件前提事実記載のとおりである。
亡Bは、被告Y1社に就職する前は、グラフィックデザイナーとして広告をデザインしたり、デザイン画を描く仕事をしており、b社では、CDの仕事をしていた。
なお、原告X1は、亡Bがb社で勤務していたころ、広告撮影をする際にモデルの衣装や小物・雑貨等を調達してセッティングをするスタイリストの仕事を独立して行っており、被告Y1社の仕事をしたことがある。
イ 亡Bの生活状況等
(ア) 亡Bは、東京勤務となる前は、平成一〇年か一一年ころに購入した原告ら肩書住所地である大阪のマンションに平成一一年五月ころから原告らとともに居住していたが、東京勤務となってからは、赴任先住居で単身生活をしていた。
(イ) 原告X1と亡Bは、同人が東京勤務となった平成一四年当初は、月に一、二回程度は、原告X1が上京したり、亡Bが大阪に帰省したりして会っていたが、交通費の負担等のため、原告X1が上京することは次第になくなり、もっぱら亡Bが帰省するようになった。
亡Bは、平成一七年中は、正月休み、ゴールデンウィーク、八月初旬ころ、九月の二三日から二五日、一二月の三日から四日に大阪に帰省した。
(ウ) 亡Bは、大阪に帰省する以外に、原告X1とは電話やメールで連絡を取っていた。これも平成十四、五年ころは、原告X1が、平日の午後一〇時か一〇時半ころに電話をかけていたが、平成一七年四、五月ころからは、午後一〇時半ころに電話をかけると、仕事中であることを理由に亡Bから電話を切られるようになった。加えて原告X1は、亡Bが、土曜日も出勤や仕事をしていることが多いようであったため、日曜日の午後に電話をするようにしていたが、同年秋ころからは、同人が電話に出ないことがあった。亡Bは、そうしたときには、後に、原告X1に対し、昨晩の仕事が遅くて仕事がきつく、帰ってきたら倒れるように眠り込んでしまったため、電話に出ることができなかったと話した。
ウ 亡Bの健康状況等
亡Bは、従来、行動的で明るい性格であり、精神科・心療内科等の受診歴はなく、本件死亡までに健康診断等で心身の健康上の問題を特に指摘されたこともなかった。亡Bの飲酒の程度は、人に誘われて一緒に飲みに行くという程度であり、飲酒して行動が乱れたり勤務を休むことはなかった。また、亡Bは、一日一箱程度の喫煙をしていた。
(2) 亡Bの業務
ア 業務体制及び亡Bの肩書き等
(ア) 被告らにおいては、顧客から注文を受け、広告契約をとることを主たる業務とする営業担当者と、広告物を作成する制作担当者とに分かれて業務を行っていた。
(イ) 被告Y1社東京支店の支店長は、C支店長であり、平成一七年八月から一二月ころの被告らの制作課には、企画制作を職務内容とする制作担当者として、亡B、E及びF(以下「F」という。)がいたが、いずれも役職の付いていない平社員であった。このうち、亡BとEとは、一般社員で、Eは、平成一六年一二月に採用された新入社員であった。また、Fは、女性で契約社員であった。なお、G(以下「G」という。)は、平成一七年一二月時点では、被告Y2社の工務課係長であったが、制作担当者と同様に外注及び進行管理も行っていた。
(ウ) 亡Bは、制作担当者であるとともに、CDの肩書を有しており、名刺やメールの署名欄に同肩書を用いるなどしていたが、被告Y1社東京支店及び被告Y2社において、他にCDの肩書を有している者はいなかった。
(エ) 被告らでは、亡Bの本件死亡後に制作担当者の補充は行われなかった。
イ 業務の流れ及び制作担当者の業務等
(ア) 受注
まず、営業担当者が、印刷物のデザイン及び印刷を受注し、顧客と打合せをする。この打合せの際には、制作担当者が同席することもある。また、デザインの大枠は、顧客が決めていることが多い。
(イ) 制作担当者への制作業務依頼等
営業担当者は、受注後に、基本的には、制作担当者へ制作業務を依頼する。もっとも、営業担当者が、外部のデザイナー等に直接発注を行い、制作担当者が関与しない案件もある。
また、完成品の納期は、営業担当者と顧客との間で基本的には決定されている。
(ウ) 制作担当者の業務等
a 制作業務の依頼を受けた制作担当者は、営業担当者から顧客がイメージするデザインの大枠を聴取した上で、外部のデザイナー、コピーライター、カメラマン等を選定し、発注を行い、進捗管理を行いながら、製品の完成までを行う。
b デザイン業務を伴う案件については、制作担当者が外注先への発注前にまず、たたき台となるラフデザインの制作を行うことがある。また、制作担当者は、デザインに必要な写真等の素材の確保等を行う。
c 制作担当者は、デザインの確認や、進捗状況の確認等のため、外注先デザイナー等と打合せを行うが、同打合せは、電話やメールで行うほか、デザイナー等が制作担当者のもとへ来社したり、制作担当者がデザイナー等のもとへ出向いて行ったりして行われる。
d デザイナーは、制作担当者と打合せ等を行いながら、デザインを完成させるが、デザイナーが一旦デザインを完成させた後を含め、顧客から訂正や変更の要請が入ることがある。この場合には、制作担当者は、基本的には、外注のデザイナー等に指示をして訂正や変更を行うが、案件によっては、自ら行うこともある。制作担当者は、デザイナーが仕上げたものが、発注どおりに仕上がっているかを随時チェックする。
e 案件によっては、現場ロケを行うことがある。制作担当者は、ロケの手配を行い、ロケに立ち会う。ロケの立会業務は、その内容によって要する時間が様々であり、半日程度から、一日かかるものまである。
f また、顧客が、被告らにデザインのデータを直接持ち込んで印刷を依頼するような場合や、調整作業では、制作担当者がパソコンを用いて従来の版下作業に相当するものを制作するDTP処理が必要となる場合もある。
g 制作担当者は、月に五ないし二〇件程度の案件を担当していたが、その内容は、平易なものから複雑なものまで様々である。
(エ) ノルマ等の有無等
制作担当者にノルマは課されていない。もっとも、制作担当者は、制作外注費・制作人件費等を含めた制作予算を作成しなければならないところ、これを営業担当者に示す場合には、営業担当者が大枠を決定する予算金額の中での目標金額に可能な限り近づけることが求められる。また、制作担当者ごとないしは制作担当者を列挙して、各月の売上、利益(粗利)及び利益率が計算された表が作成されるなどしている。
(オ) 各制作担当者の業務
制作担当者は、全員が、制作業務を一通り取り扱うことができる。また、Gは、印刷工程の手配・処理を主に行うが、CDの仕事も一通り行うことができ、F及びEも、亡Bと同様のCDの業務を行うことができる。なお、EやGは、DTP作業を得意としているが、亡Bは、パソコン操作には必ずしも熟達していなかった。
ウ 被告らの業務の特色
外注業者の中には、被告らの発注する案件は、外注業者等が抱えている他社の案件と比べても、納期が短かいとの感想を持つ者がいた。また、被告らのラフデザインでは、タイトルに加え、細かい文章(ボディコピー)を完全に入れた状態のものを作成するなど、完成度の比較的高いものを求められていた。また、営業担当者から広告デザイン等を顧客へ渡す前に修正や変更が入る場合もある。
エ 亡Bの業務の進め方
亡Bは、制作担当者として、前記イ記載の制作担当者の業務を行った。
また、亡Bは、デザイナーとしての経験があったことから、制作担当者の中でもデザインを得意とする一方、パソコンを用いるDTP業務は苦手としており、これを得意とするEに手伝ってもらうことがあった。
亡Bは、外注デザイナー等との打合せを、自らが外注先に赴いて行うことが比較的多く、赴任先住居から外注デザイナー等の事務所等に直行して仕事をし、夕方に出社することや、朝に出社後に外注先に出向いて赴任先住居へ直帰することも少なくなかった。
オ 亡Bの業務状況
(ア) 亡Bは、平成一七年八月から同年一二月までの間に、別紙一の二記載の七九件の案件を担当していた。このうち、受注時期、納期時期が判明しているものは、同年八月が一四件、九月が二〇件、一〇月が一八件、一一月が一五件、一二月が一二件である。これらによれば、亡Bは、常時、複数の案件を担当していたことが認められる。
(イ) 亡Bは、本件死亡の翌勤務日である同年一二月一二日(月曜日)には、d社、e社及びf社の三件のラフチェックを行う予定となっていた。
(ウ) 亡Bが外注先としていたデザイナーのDやH、I広告事務所の屋号でコピーライターを営むIは、亡Bが、広告全体についての客のイメージ、これらを外注先に伝えて依頼すべきことを理解しているなどとして、その仕事ぶりを評価していた。
(3) 亡BとC支店長との関係等
ア C支店長は、他の印刷会社のスタッフ部門に勤務していたが、これを辞め、平成六年一〇月に被告Y1社東京支店に入社すると同時に被告Y2社に出向となり、平成八、九年ころ被告Y1社東京支店の支店長となり、亡Bが東京勤務をしていた間も支店長を務めていた。
C支店長は、平成一四年に亡Bが東京支店に入社した当時、同人の言葉遣いや服装が職務に適していないと考え、注意をしたことがあった。また、同支店長は、亡Bが東京支店に入社後、三ないし六か月のころ、新築のマンションの広告キャンペーンの仕事を半年程度担当させたことがあったが、不動産に関する広告の制作進行管理の扱いに関して、意見が衝突することがあった。
なお、亡Bが、C支店長の前に立ったまま、同支店長と仕事のやり方や仕事に関連した数字の件で話をしたことがあった。
イ C支店長は、亡Bに対し、東京支店において勤務するに当たり、将来のこととしてではあったが、継続就労、退職、家族を大阪から呼び寄せて東京で同居するといったいくつかの選択肢がある旨の話をしたことがあった。
ウ C支店長は、亡Bが社外で打合せをすることが多くしかも根を詰めて仕事をする傾向があるため、外注業者とも一定の距離を持って仕事を行うようにと言って、外注先に出向くことに対し、注意をしたことがあった。もっとも、C支店長が亡Bに対し、出張自体を禁止したことはなかった。
エ また、被告Y1社では、制作担当者で共用する携帯電話として、会社から従前二台が制作担当者に配布されていたが、経費削減のため、平成一七年一一月末ころに一台が削減された。亡Bは、従前の二台のうち、削減された方の携帯電話をもっぱら使用していた。
オ 亡Bは、東京赴任当初、原告X1に対し、C支店長について、仕事のやり方が何も分かっていない、仕事のやり方をアドバイスしたところ、同支店長が立腹し、話し掛けても無視をされたり、態度が冷たくなったと話した。
また、亡Bは、平成一七年の春ころに、C支店長から、家族を東京に呼び出して東京に骨を埋めるか、本社から正式な辞令が出るまでこのまま東京に自分一人でいる、有給休暇を使って大阪に戻り、再就職先を探して会社を辞める方向でいくといういずれかの方法を採ったらどうかと言われ、自分がリストラの対象になっているのではないかと気にして、原告X1に話していた。
加えて、亡Bは、Dら仕事を通じて親しくなった複数の外注先に対しても、C支店長に対する不満を話していた。
(4) 亡Bの心身の状態等に関する事実
ア 亡Bと原告X1とのやり取り等
(ア) 亡Bは、平成一七年秋以降、原告X1に対し、疲れとともに仕事を辞めたい、仕事はもうしたくないと訴えるようになっていた。
(イ) 亡Bは、同年九月二四日に開催された原告X2の運動会を参観するために帰省したにもかかわらず、運動会の間、同原告の演技中は写真を撮るなどしていたものの、他の演技が行われている際には、観覧席で寝転がって眠り込んでいた。亡Bがこのように眠り込むことは、これまでになかった。
(ウ) 亡Bは、原告X1との結婚の仲人をしてくれ、平素から懇意にしていたおじが同年一〇月に亡くなったが、忙しくて帰られないから、代わりに参列するよう原告X1に頼み、自らは葬式には出席しなかった。
(エ) 最後の帰省は、本来、亡Bが、同年一二月二五日に予定されていた原告X2のピアノ発表会に合わせて行う予定であったところ、同年一一月ころ、亡Bから年末に仕事がたてこんでしまったのでクリスマスには家に戻れない、正月休みまでは帰省は無理だろうという連絡があった後に、急遽、同人が、同年○月○日の原告X2の誕生日に合わせて、同月三日から四日にかけて帰省したものであった。
(オ) 原告X1は、帰省した亡Bが、前回の帰省時と比べて頬が痩け、目の下に隈ができており、体重も減少していることに驚いた。亡Bは、表情に力がなく、疲れ切った様子で、原告X2に外出をせがまれてもこれを断るなど、何もかもが億劫そうな態度に見えた。また、亡Bは、絶えず仕事の様子を気にして一人でイライラしており、原告X1が、何度も、仕事を忘れてくつろぐように勧めたが、独り言を言って落ち着かず、時々、「くそっ。はめられた」、「やられたわ」と突然大声を発し、原告X1が「何があったの」と尋ねても、「お前には分からん」と言うだけであった。
亡Bは、同月三日の夜は、翌四日午前三時ころまで、原告X1と話を続けたが、その際同原告に対し、仕事量の多さや職場で立場が理解されていないこと、仕事を手伝えるスタッフがいないことを訴え、「会社を辞めたいんや」、「俺、今ベランダから飛び降りてええって言われたら、いつでも飛び降りれるで」、「いっそ死んだら楽になるわ」と言った。これに対して原告X1は、仕事を辞めてもよいと伝えたが、亡Bは、「これまでの転職や独立は全て失敗だった」、「自分の努力不足で家族に余計な苦労をかけてきた」と自分を責め、仕事は辞められないと言った。
また、原告X1が翌朝午前八時ころに目を覚ますと、亡Bは、既に起きており、パジャマのままソファに座っており、原告X1が、もう少し寝ることを勧めたにもかかわらず、「寝たいけど、布団に入ったらいろいろ気になって眠れないんや」と答えた。結局、亡Bは、原告X1が強く勧めたため、一旦ベッドに入ったが、目を開けたままじっと天井を見つめ続けたり、起きてソファーに座ること等を繰り返し、結局、眠ることができなかった。亡Bは、原告X1に対し、「俺、最近、ずっとこんなふうに眠れへんのや」と言った。また、亡Bは、東京へ帰る前に両親に電話をかけたが、途中で話しながら泣き出すことがあった。
(カ) 原告X1は、亡Bに対し、「お正月には仕事を辞めよう。これからのことは、お正月にゆっくり話をして決めよう。」、「仕事を辞めるにせよ、一旦は東京に帰らなあかんよ。ちゃんと仕事を辞める段取りをつけないとあかんよ。でもお正月までの辛抱やで。」と言い聞かせて、亡Bを送り出した。
イ 亡BとDとのやり取り等
(ア) Dは、平成一七年八月ころ、亡Bがやつれて、元気がなくなり、これまで同人にあった独特のユーモアが薄れてきたという印象を受けた。また、Dは、亡Bの様子が同月以降、次第に悪化していると感じた。
(イ) 亡Bは、同年一一月ころには、f社の案件で顧客から何度も変更の指示があったため、そのつど外注先のDにデザインの変更を依頼しなければならなかったが、その際、同人に対し、約一〇秒間にわたり、深々と頭を下げた。また、亡Bは、このころ、一〇件前後の案件が書かれていた予定表をDに見せた上、同人からこれを年内にしなければならないのかと尋ねられた際には、無理、無理と首を横に振り、あきらめ顔を見せていた。
(ウ) 亡Bは、本件死亡の前日である同年一二月一一日には、前記f社の案件の訂正に関する打合せのためにDの事務所を訪れたが、全く元気がなかった。このとき、亡Bは、Dが修正作業を終え、データを被告Y1社のサーバーに保存した後、パソコンを貸してほしいと言って、Dのパソコンから同被告の従業員用フォルダを確認したが、同人がこのようなことをしたのは、初めてであった。
また、亡Bは、当日の仕事が終わった際に、突然、Dに対し、「鍋を作って一緒に食べないか」と誘った。Dは予定が入っていたため、これを断ったが、亡Bが突然にこのような誘いをすることを奇異に感じた。
ウ その他の事情等
亡Bは、平成一七年夏ころから、外注先である前記乙原に、頭痛や眠れなくなった旨を訴えたり、外注先のJに、やせた感じがする、仕事のストレスや責任感で食事がのどを通らない、死にたいと言うことがあった。
エ 本件自殺
前提事実記載のとおり、亡Bは、平成一七年一二月一二日午前零時一五分ころ、本件自殺をした。なお、遺書はなかった。
(5) 被告らにおける労働時間の管理等
ア 被告らでは、土曜日、日曜日及び祝日、年末年始、その他会社の定めた日が休日であり、出勤日の始業時間は午前九時、終業時間は午後五時四五分、休憩時間は、午後零時から零時四五分までの四五分と定められていた。
イ 被告らでは、制作担当者は、自らが出勤日に押印する方式の出勤簿を作成していたが、これは、始業時間や終業時間の時刻を記録するものではなかった。また、被告らでは、職場の開錠者及び施錠者が、氏名並びに開錠及び施錠の時刻を記録するようになっていたが、各制作担当者が、タイムカード等で客観的な始業時間・終業時間の記録をつける態勢にはなっていなかった。
もっとも、被告Y1社東京支店では、平成一七年一一月からは、制作担当者に対し、毎勤務日ごとに、作業時間と伝票で特定した作業内容とを合わせて記載する方式の本件日報の作成を義務付けた。
二 争点一について
(1) 労働時間
亡Bの正確な労働時間については、被告らの制作担当者に対する労働時間管理が前記のとおりであるため、これを正確に認定し得る記録がない。したがって、亡Bの労働時間については、前記認定にかかる同人の労働状況を踏まえ、別紙三記載のとおり推定する。なお、個別の推定根拠については、別紙に付記するが、おおむね、以下のとおりである。
ア 平日について
(ア) 始業時間
a 本件全証拠によっても、亡Bの正確な始業時間の全ては明らかではない。しかしながら、本件認定事実記載のとおり、被告らにおける始業時間は、就業規則上、午前九時と定められている上、同時刻ころには、従業員が、おおむね出社していることが認められ、これに反する証拠はない。そして、亡Bについても、基本的には、同時刻ころに出社していたと認めるのが相当であるから、同人の始業時刻は、基本的には午前九時と推定するのが相当である。
b 被告らは、亡Bは時間にルーズであり、日常的に遅刻をしていた旨主張し、《証拠省略》中には、これに沿う部分がある。
しかしながら、亡Bが、日常的に午前九時から大きく遅れた時間に出社をしていたことや、C支店長らがこうした行動をとがめて、亡Bに対して出勤時刻を順守するよう注意をしていたことを的確に認めるに足る証拠はない。また、本件認定事実記載のとおり、亡Bは、朝被告らに出社せずに、赴任先住居から打合せ等のため、直接外注先に出向くことも少なくなかったことが認められるが、こうした外注先での打合せも業務に当たることが明らかであるから、このような場合に亡Bの出社時間が遅くなったからといって、同人が時間にルーズであるとか、業務を行っていなかったということはできない。
c 以上に照らせば、亡Bについては、おおむね午前九時ころから仕事を行っていたものとして、その労働時間を算定するのが相当である。
もっとも、証拠上、亡Bが開錠を行ったことが明らかである日については、同開錠時刻を始業時間とする。また、平成一七年一一月一五日については、亡Bが職場のパソコンから送信したメールの送信時刻である午前八時四三分をもって、始業時刻とする。
d なお、原告らの主張する労働時間の中には、パソコンのファイル等の更新記録に基づいて、午前九時よりも前に始業したと主張するものがある。しかしながら、《証拠省略》によれば、ファイルの更新は、外注先等が行う場合もあり、これが、亡Bの行った更新と区別なく記録されることがあり得ることも認められる。このことに照らせば、上記更新記録があるからといって、これを直ちに亡Bの始業時間とみることはできない。
原告らは、亡Bが携帯電話のメールを送信した時刻に始業したと主張し、《証拠省略》中には、これらのメールの存在をうかがわせる部分がある。しかしながら、本件全証拠によっても、当該メールの内容は明らかではなく、また、亡Bが同時刻にメールを送信したからといって、そのことから直ちに、同人がその時点で業務を行っていたともいえない。したがって、原告らの上記主張は採用できない。
(イ) 終業時間
a 本件全証拠によっても、亡Bの正確な終業時間の全てを明らかにすることはできない。そこで、当裁判所は、被告Y1社東京支店における警備記録の施錠時間、亡Bが施錠を行った際の時刻、C支店長等他の従業員の帰宅時間等を考慮し、基本的には、午後九時をもって終業時間と推定することとする。
なお、《証拠省略》中には、亡Bは、午後九時まで勤務していたことは必ずしも多くなく、午後七時ないし八時には退社していたとの部分もある。しかしながら、これらは、的確な裏付けを伴うものではなく、本件認定事実に照らし、にわかに信用することができない。
また、《証拠省略》によれば、亡Bが作成した本件日報や本件カレンダーにおける仕事の予定等には、午後九時までの仕事内容が必ずしも多く記載されていないことがうかがわれる。しかしながら、本件認定事実に照らせば、亡Bが特にこれらに記載された業務だけを行っていたともいえないから、これらの記載もまた、同人に関する上記終業時間の推定を左右するものではない。
b もっとも、前記認定のとおり、本件日報が作成されるようになった平成一七年一一月以降は、当該日報に時刻の記録が存在する場合には、これを終業時間とし、警備記録から、亡Bが施錠を行ったことが明らかな日は同施錠時刻を、午後九時よりも前に施錠が行われている場合には同施錠時刻を、それぞれ亡Bの終業時間とする。
なお、《証拠省略》によれば、平成一七年一二月五日は、施錠時刻が午後九時一二分であるのに対し、本件日報では午後一〇時一五分まで入力の手配の作業をしたとされていることが認められるが、これについては、社外から指示をした可能性もあるので、本件日報の時刻をもって、終業時刻とすることとする。
c 原告らは、パソコンのファイル等の更新記録や携帯電話のメールの送信時刻から、午後九時よりも遅い時刻を終業時刻として主張するものがある。しかしながら、これらについては、前記(ア)と同様に採用しない。
また、亡Bが深夜タクシーを利用した日においては、飲食後のタクシーの利用の可能性もないではないので、その日の施錠時刻をもって、終業時刻とする。
(ウ) 休憩時間
亡Bは、少なくとも昼食等のために休憩を取っていたことが推測されるから、就業規則上の四五分間を休憩時間とする。
イ 休日について
亡Bが休日出勤届を提出している日は、同人が休日出勤をしたものとし、このうち所要時間の記載がある日は、記載された時刻を始業及び終業時刻とする。本件カレンダー等から判明する撮影立ち会いの日は、原則として午前九時から午後六時までを労働時間とする。その他の日で業務を行っていることがうかがわれ、警備記録や亡Bの仕事に関するパソコンの更新時刻、同パソコンから送信された同人のメールの内容等から労基署が労働日であり、かつその労働時間を推定した日については、明らかにこれに反する証拠はうかがわれないから、労基署が認定した時間を採用する。
なお、平成一七年八月二〇日、同月二一日及び同年一〇月二二日については、《証拠省略》中のK(被告Y1社営業担当者)に対する面談確認書の内容から推定した。また、休日については、休憩時間を差し引かないものとする。
ウ 時間外労働時間の算定
以上によれば、別紙三のとおり、亡Bの本件自殺前六か月間の時間外労働時間は、おおむね、次のとおりとなる。
一か月前(一一月一二日から一二月一一日まで) 六六時間二六分
二か月前(一〇月一三日から一一月一一日まで) 七八時間五五分
三か月前(九月一三日から一〇月一二日まで) 七四時間五〇分
四か月前(八月一三日から九月一二日まで) 一〇四時間〇一分
五か月前(七月一五日から八月一三日まで) 三四時間一〇分
六か月前(六月一五日から七月一四日まで) 九二時間〇六分
また、平均時間外労働時間は、本件自殺前二か月間で七二時間四〇分、同三か月間で、七三時間二三分である。
(2) 亡Bの業務の過重性
ア 上記に認定判断した亡Bの労働時間・時間外労働時間によれば、同人の本件自殺六か月間の平均時間外労働時間は、おおむね八〇時間に近く、同四か月前には一〇〇時間を超える時間、同六か月前も一〇〇時間に近い時間に及んでいたことが認められる。また、この間における休日労働も少なくないことが認められる。
イ そして、亡Bは、本件認定事実記載のとおり、制作担当者として多数の案件を同時に抱えていたものである。これらは、事案によって困難性が異なるが、営業担当者を通して顧客の要望を的確に把握し、これを複数の外注先に伝えて完成に至るまでを自らの責任で調整・管理しなければならないものであり、かつ、これら調整・管理が、基本的には顧客の要望に応じて営業担当者が顧客との間で定めた納期内で行う必要があることや、最終的な完成までに顧客や営業担当者から変更の要望等があればこれに対応し、これを外注先に伝えて制作品に反映させる必要があることからすると、作業量も少なくなく、細かな配慮を要するもので、心理的な負荷も大きな業務であったものと解される。
加えて、亡Bには、ノルマがあったとは認められないものの、本件認定事実記載のとおり、他の制作担当者との間で、利益率等を比較されるなどして外注費を抑え、利益率を上げることに対する要請が暗にされていたといえるのであって、このことも、同人の業務の心理的負荷を強めていたものと認められる。
ウ なお、被告らは、亡BはDら懇意にしていたデザイナーの事務所を訪問して長時間過ごしていたり、在職中に先輩の勤務する企画会社に転職する旨を公言するなどして、そのための活動をしていたものであるから、勤務時間が長いからといって、同人の業務は過重なものではなかった旨主張し、《証拠省略》中には、これに沿う部分がある。
しかしながら、前述のとおり、亡Bがデザイナー等のもとにいた時間についても、業務との関係をあながち否定することができないばかりか、前記認定のC支店長による注意を除けば、被告らもまた亡Bの生前には、少なくともこのことを問題とはしていなかったことが認められる。また、上記転職活動についても、その実態を的確に認めるに足る証拠はないばかりか、被告らの主張を前提としても、その時期は平成一六年から一七年にかけてであるというものであるから、仮にそのようなことがあったとしても、本件で問題とされる業務の過重性を左右するに足りないことが明らかである。
エ また、原告らは、C支店長が亡Bにパワーハラスメントを行っていた旨主張する。
しかしながら、本件認定事実に照らせば、原告らが退職勧奨をされたと指摘する点についても、その発言の内容自体を見れば、退職勧奨と評価されるようなものではなく、C支店長が、亡Bが原告らと別居しているのを案じたものであるとも解することができる。また、C支店長が、亡Bに対し、外注先での打合せを制限したことも、Eら他の制作担当者が、あまり外注先で打合せをすることなく業務を行っていること、一般的にみて、制作担当者が、発注条件等において利害が対立する可能性のある外注先と、仕事上の関係を越えて過度に親密となることは、必ずしも望ましいことではないこと等の観点を考慮しての指導であると解される。さらに、携帯電話の削減については、そもそも、亡Bが専ら使用していた携帯電話は、同人専用の携帯電話ではなかったから、経費削減の一環としてこれを削減の対象としたとしても、不当なものであったとはいえない。以上に、《証拠省略》をも勘案すれば、C支店長が亡Bに対して行った上記業務上の指示は、その内容の点において、社会通念に照らし、相当といえる範囲を越えるものであるとは、いまだ認めることができない。
もっとも、前記認定にかかる亡BとC支店長との関係等に照らせば、仕事の方法に対する考え方の違いなどから、表面上は明らかなトラブル等はなかったにせよ、少なくとも、亡Bが、C支店長とは良好な関係にはなかったことは、容易に推察される。このような事情のもとで、C支店長から亡Bに対して業務上の指示がされたことは、後述するように、同人の発病に関する一因となった可能性は、十分に推測されるところである。
オ 以上の状況に照らせば、亡Bの業務は、時間外労働時間が多く、休日出勤も少なくないものであり、かつその内容も業務量が多く、心理的負荷もかかるものであったと認められるから、過重なものであったと認められる。
被告らは、亡Bの業務量は、Eと比べて少なく、亡Bの業務量の少なさを心配する声さえあったから、その業務は過重ではない旨主張する。なるほど、《証拠省略》によれば、Eは、職場における最終施錠者であることが多く、その労働時間・時間外労働時間も長時間に及んでいること及び担当案件の数自体は、亡Bよりも多かったことが認められる。しかしながら、前記認定の亡Bの労働時間、業務量、業務内容に照らせば、Eの業務時間や、手持ち案件の数が亡Bのそれよりも多いからといって、同人の業務が過重でなかったとはいえない。したがって、被告らの上記主張は採用できない。
三 争点二について
(1) 亡Bの発病について
ア 亡Bには、本件死亡前に心療内科・精神科等の受診歴は認められない。
イ しかしながら、本件認定事実(特に、前記一(4)の亡Bの心身の状態等に関する事実)に照らせば、これらの事実は、気分障害(ICD―10分類記号F3)のうち、うつ病エピソード(ICD―10分類番号F32)を満たすものと認められる。
すなわち、これらの事実からすれば、亡Bは、遅くとも平成一七年八月ころ以降、Dをはじめとする気心の知れた外注先や原告X1に対し、疲労感等を訴え、仕事を辞めたいなどと述べ、同年九月の原告X2の運動会でも疲れた様子を見せていたものであり、これらによれば、抑うつ気分に陥っていたものと解される。また、同年一一月のf社の案件に関する亡BのDに対する態度は、亡Bが、罪責感と無価値感を抱えていたことを示している。そして、本件自殺の約一週間前である最後の帰省時には、亡Bは、何もかもが億劫そうな様子、すなわち活力や、活動性の減退が見られた上、自殺を考える等、将来に対する悲観的な気持ちを強くしていた。さらに、亡Bは、最後の帰省時や、外注先への発言からみて、睡眠障害や食欲不振が継続していたことが推察される。
前述したように、亡BとC支店長との関係は良好ではなく、このような関係を背景として、亡Bは、内容それ自体としては上司の指示として相当な範囲内といえる、①外注先での打合せの制限の指示、②携帯電話の削減等の指示、③亡Bの単身赴任状態に関する話合い等についても、C支店長が特に自分に厳しく当たったものと感じるようになったと解される。そして、亡Bは、上記のほかにも、C支店長との日々の仕事上のやりとりを通じて、自分が思うように仕事を行わせてもらえず、また自己が良いと考える仕事の方法が、職場において理解されていないことについて、相当な精神的ストレスを抱えていたものと解される。
ウ 以上によれば、亡Bは、遅くとも本件自殺前には、うつ病を発症していたものと推認できる。
エ 被告らは、亡Bがうつ病を発症しておらず、うつ病エピソードに該当する前記認定事実についても、原告X1やDらの供述等が信用することができないから、認められない旨主張する。
しかしながら、原告X1とDの供述等は、いずれも平成一七年の夏ないし秋以降、亡Bの心身の状況が次第に悪化していく様子を述べるものであり、その内容は具体的で、かつ両供述は、その内容において整合するものであり、相互に信用性を高め合っている。なるほど、原告X1が、亡Bの妻で本件訴訟の原告であることや、Dが亡Bと単なる仕事上の付合いを越えて親しい関係にあったことが認められることに照らし、その内容を慎重に検討しなければならないことはいうまでもないが、それ以上に、両人の供述の信用性を疑わせるような具体的な事情は見当たらない。そうすると、被告らの指摘する事項を考慮しても、両人の供述の信用性がないということはできない。
オ また、被告らは、最後の帰省時に、亡Bと原告X1との間で、今後の家族関係及び生活等に関して何らかの話合いが持たれ、その結果が亡Bにとって必ずしも望ましいものでなかったということが、うつ病発症の原因として考えられる旨も主張する。しかしながら、本件全証拠によっても、被告らが主張するような話合いがあったことを認めることはできない。
したがって、被告らの上記主張は採用できない。
(2) ところで、労働者が過重な業務を継続することにより、精神疾患を発症し、これにより自殺を招来することがあることは、周知の事実である。そして、亡Bは、前記認定のとおり、過重な業務に従事していたものであるところ、本件全証拠に照らしても業務以外に、同人がうつ病を発症する原因となるような事情はうかがえない。そうすると、亡Bは、過重な業務により、前記認定のとおりうつ病を発症し、これによって本件自殺に至ったものであると認められる。
四 争点三について
(1) 亡Bら労働者を雇用する被告らは、雇用契約に付随する義務として、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負い、その具体的内容として、労働時間を適切に管理し、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び作業内容の軽減等適切な措置を採るべき義務を負っている。そして、被告らがこれに違反した場合には、安全配慮義務違反の債務不履行とともに不法行為を構成するというべきである。
なお、本件前提事実及び本件認定事実によって認められる被告らの関係や、亡Bの業務内容に照らせば、同人と直接の雇用関係のある被告Y1社に止まらず、被告Y2社もまた、上記義務を負うことは明らかである。
(2) ところが、被告らは、本件認定事実のとおりの労働時間管理をしていたのみであるところ、本件日報の作成を義務付けた平成一七年一一月以前は、被告らの労働時間管理によっては、各人の労働時間を把握することができないことは明らかである。また、本件日報の作成を義務付けた以降についても、これは、あくまでも自己申告によるものに過ぎないから、各人の労働時間を客観的に把握することはできないといわなければならない。
これに対し、労働時間の管理、労働条件の確保等に関してC支店長をはじめ亡Bの上司が、個別の面談や日々のやりとりその他の方法を通じて、正確な労働時間はともかくとしても、少なくともその概要を適切に把握し、その上で、同人に対して作業時間や作業内容の軽減を図るなど、十分な配慮を尽くしたことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被告らは、亡Bの労働時間管理を適切に行わず、これにより、同人を長時間の時間外労働や精神的負荷のかかる業務に従事させたものである。そして、亡Bは、争点二で認定判断したとおり、これによって疲労を蓄積し、うつ病を発症して本件自殺をするに至ったものである。
以上に照らせば、被告らの亡Bに対する労働管理は、不十分なものであり、被告らが、亡Bの労働時間を適正に管理する義務を怠っていたことは明らかである。
(3) そして、長時間労働や過重な労働により、疲労やストレス等が過度に蓄積し、労働者の心身の健康を損ない、ときには自殺を招来する危険があることは、周知のとおりである。
そうすると、被告らは、亡Bの労働時間を適正に管理しない結果、同人が長時間労働に従事して死亡に至ることを予見することが可能であったというべきである。
(4) 以上によれば、被告らは、亡Bの労働時間を適切に管理せず、同人の労働時間、休憩時間、休日等を適正に確保することなく、長時間労働に従事させ、作業内容の軽減等適切な措置を採らなかったものであるから、安全配慮義務違反が認められる。そして、被告らの上記安全配慮義務違反と本件死亡との間には、因果関係が認められる。
したがって、被告らは、本件死亡について安全配慮義務違反の債務不履行責任あるいは不法行為責任を負うと認められる。
五 争点四について
(1) 過失相殺
ア 被告らの安全配慮義務違反等と亡Bの本件発症及び本件死亡との間に因果関係が認められ、被告らが不法行為責任ないし債務不履行責任を負うことは、前記認定判断のとおりである。
イ しかしながら、本件認定事実によれば、亡Bは、デザイナーとしての経歴、制作担当者としてCDを標榜することの誇りないし仕事に対する責任感と信念に基づいて、顧客の希望する広告物のデザインを最大限実現させた仕事をしようと努力していたことはうかがえるものの、広告代理店ではない印刷会社の一制作担当者としては、コピーライターやカメラマンと同等の目線、感覚、仕事振りで職務を遂行する訳にはいかず、その職務遂行に当たっては、あくまでも自己の立場を客観的に認識し、制作担当者の立場から、手持ちの案件数やその進捗状況等をも勘案し、打合せの方法についても、前記認定のとおりC支店長から指摘を受け、また、Eも供述するように、外注業者に会社に来てもらうことを主とする等工夫したり、営業担当者と相談して納期を延期するなどして、自らの業務の効率化・軽減等を図ることもまた、職務上求められていたというべきである。これに加え、被告らでは、職場で原則として毎日行われる朝会等で、各制作担当者の状況等についての情報を共有し、業務軽減に向けて協議を行う機会もあったのであるから、亡Bとしては、仮に自己の仕事のスタイルを変更しないまでも、少なくとも、このような機会等を利用して、被告らに対し、自己の業務の繁閑状況や、心身の状態等を訴え、必要に応じて業務軽減のための措置を採るよう求めることも、不可能であったとはいえない。
それにもかかわらず、亡Bは、上述した信念を有していたこともあって、結果として上記措置を求めることもなく、心身の状況が悪化する中で過重な業務に従事し、その結果本件自殺に至ったものである。そうすると、結果的には、亡Bにおいても、自己に求められる義務の遂行に当たって不十分な面があるとともに、自らの健康保持に対する配慮も十分ではなかったといわざるを得ない。
ウ 以上に照らせば、亡Bには、本件自殺及び本件死亡について、一定の過失があったというべきであり、本件に現れた諸般の事情を勘案するならば、その割合は、二割と認めるのが相当である。
(2) 亡Bの損害
ア 逸失利益 五二八四万一四九一円
《証拠省略》によれば、亡Bの平均賃金は日額一万二四三一円、死亡前一年間の賞与額は八一万八七五〇円であるから、同人の年収は、五三五万六〇六五円(一万二四三一円×三六五日+八一万八七五〇円)と認められる。
また、原告らの生活は、主として亡Bの収入によっていたものであることを考慮し、生活費控除率は、三割が相当である。そして、本件前提事実記載のとおり、亡Bは、死亡当時満四二歳であったから、六七歳までの二五年間就労可能であったとして、ライプニッツ係数一四・〇九三九を用いて中間利息を控除すると、以下の計算式のとおり、同人の死亡による逸失利益は、五二八四万一四九一円と認められる。
五三五万六〇六五円×(一-〇・三)×一四・〇九三九=五二八四万一四九一円
イ 死亡慰謝料 二六〇〇万円
亡Bは、被告らの過重な業務により本件自殺及び本件死亡を余儀なくされたのであるから、同人の死亡慰謝料は、二六〇〇万円が相当である。
ウ 以上合計 七八八四万一四九一円
(3) 原告X1の損害
ア 固有慰謝料 一〇〇万円
原告X1は、夫であり、原告X2の父である亡Bを失ったものであるから、これによる精神的苦痛を慰謝するには、慰謝料一〇〇万円が相当である。
イ 葬儀費用 七五万円
原告X1は、葬儀費用一五〇万円の二分の一である七五万円の損害を受けた。
ウ 小計 四一一七万〇七四五円
原告X1は、亡Bの死亡により、亡Bの損害賠償請求権を二分の一である三九四二万〇七四五円を相続した。これと上記ア及びイの原告X1の損害金一七五万円を合計すると、四一一七万〇七四五円となる。
エ 過失相殺
前記(1)のとおり、本件においては、二割の過失相殺を行う。
オ 過失相殺及び損益相殺後の金額 二〇五〇万五五九六円
前提事実記載のとおり、原告X1は、一二四三万一〇〇〇円を遺族補償年金として受給したところ、これは、亡Bの損害のうち、逸失利益をてん補すると解されるから、過失相殺後の同人の逸失利益から控除する。
そうすると、以下の計算式のとおり、過失相殺及び損益相殺による各控除後の合計金額は、二〇五〇万五五九六円となる。
[逸失利益に関する控除]
五二八四万一四九一円-(五二八四万一四九一円×〇・二)=四二二七万三一九三円
四二二七万三一九三円÷二=二一一三万六五九六円
二一一三万六五九六円-一二四三万一〇〇〇円=八七〇万五五九六円
[逸失利益以外の損害に関する控除]
(二六〇〇万円÷二+一〇〇万円+七五万円)-((二六〇〇万円÷二+一〇〇万円+七五万円)×〇・二)=一一八〇万円
[上記各控除後の損害]
八七〇万五五九六円+一一八〇万円=二〇五〇万五五九六円
カ 弁護士費用 二〇〇万円
本件訴訟の事案の性質、上記認容額等を考慮し、弁護士費用は、二〇〇万円の限度で認める。
キ 合計 二二五〇万五五九六円
(4) 原告X2の損害
ア 固有慰謝料 一〇〇万円
原告X2は、幼くして父である亡Bを失ったものであるから、これによる精神的苦痛を慰謝するには、慰謝料一〇〇万円が相当である。
イ 葬儀費用 七五万円
原告X2は、葬儀費用一五〇万円の二分の一である七五万円の損害を受けたものと解されるから、葬儀費用として七五万円を損害と認める。
ウ 小計 四一一七万〇七四五円
原告X2の相続分と上記ア及びイの合計とを合わせると、四一一七万〇七四五円となる。
エ 過失相殺
上記ウから二割を控除すると、三二九三万六五九六円となる。
オ 弁護士費用 三〇〇万円
本件訴訟の事案の性質、上記認容額等を考慮すると、本件において原告X2が要した弁護士費用のうち三〇〇万円は、本件事件と因果関係のある損害として認める。
カ 合計 三五九三万六五九六円
第四結論
以上のとおりであるから、原告らの本件請求は、不法行為に基づく損害賠償として、被告らから原告X1につき二二五〇万五五九六円及びこれに対する不法行為の日(亡B死亡の日)である平成一七年一二月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告X2につき、三五九三万六五九六円及びこれに対する前同様の遅延損害金の各支払を求める限度でそれぞれ理由があるから、これらを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中敦 裁判官 宮﨑朋紀 上村海)
別紙一<省略>
別紙二 原告主張労働時間<省略>
別紙三 裁判所認定労働時間<省略>