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大阪地方裁判所 平成19年(ワ)2684号 判決 2012年2月15日

甲事件原告兼乙事件原告

X(以下「原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

岩城穣

中森俊久

和田香

甲事件被告兼乙事件被告

株式会社Y(以下「被告」という。)

同代表者代表取締役

A1

同訴訟代理人弁護士

竹内隆夫

主文

1  被告は,原告に対し,440万円及びこれに対する平成19年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを9分し,その8を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決の主文第1項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

目次

第1請求の趣旨

(甲事件)

1  原告が被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,別紙1<省略。以下,同じ>「給与」欄記載の各金員及びそれぞれに対する別紙1「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,平成19年3月1日から本判決確定の日まで,毎月末日限り,36万9815円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。

4  被告は,原告に対し,660万円及びうち440万円については平成14年12月26日から,うち220万円については平成17年12月8日から,各支払済みまでそれぞれ年5%の割合による金員を支払え。

(乙事件)

5 被告は,原告に対し,65万0157円及びうち61万0549円に対する平成17年12月9日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,被告の従業員として勤務していた原告が,遅くとも平成14年12月26日までに精神疾患を発症し(以下「本件発症」という。),平成17年12月8日に解雇されたこと(以下「本件解雇」という。)について,精神疾患は,被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反により,長時間労働等の過重労働に従事するなどしたために発症したものであり,本件解雇は無効であって上記各義務違反によるものであると主張して,被告に対し,以下の請求をした事案である。

(甲事件)

(1) 原告が被告との間で労働契約上の地位にあることの確認

(2) 平成17年8月分から平成19年2月分までの未払賃金月額36万9815円(ただし,平成17年8月分は一部支払われており,未払分は24万7226円である。)及びそれぞれに対する給与規定上の支払日の後である翌月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(甲事件の訴訟提起時点で支払期限が経過している分)

(3) 平成19年3月から本判決確定までの上記(2)同様の未払賃金及び遅延損害金の支払(甲事件の訴訟提起時点以降に支払期限が到来する分)

(4) 民法415条又は709条に基づき,①本件発症による慰謝料400万円,弁護士費用40万円及びこれらに対する精神疾患の発症の日である平成14年12月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに②本件解雇による慰謝料200万円,弁護士費用20万円及びこれらに対する本件解雇日である平成17年12月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

(乙事件)

(5) 平成16年5月から同年12月までの毎月の未払超過勤務手当合計61万0549円,各手当に対する給与規定上の支払日の翌日から本件解雇の日である平成17年12月8日までの商事法定利率年6%の割合による確定遅延損害金計3万9608円及び上記61万0549円に対する本件解雇の日の翌日である平成17年12月9日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項,同法施行令1条所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払

2  前提事実

以下の事実は,争いない事実並びに括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる本件の前提となる事実である。

(1)  当事者等

ア 原告は,平成13年3月にa大学大学院工学研究科(土木工学専攻)を修了し,同年4月に被告に入社した。

イ 被告は,建設関係の調査,計画,設計,監理ならびに技術相談等を行う株式会社である。

(2)  勤務状況及び精神症状に関する診断の状況

原告の勤務状況及び精神症状に関する受診ないし診断の状況は,以下のとおりであった。

ア 平成13年4月1日から平成15年4月1日まで(勤務)

平成13年4月1日,被告に入社後,大阪支社の技術第三部(大阪支社は平成17年4月に大阪本社と改称し,技術第三部は平成14年4月に河川部と改称したが,以下では,改称前後を通じて「大阪支社」,「河川部」という。)のA2ことA3次長(以下「A3次長」という。)の班で勤務した。

平成14年12月27日,原告は,平成14年の長時間勤務者として,大阪支社の健康管理室のA4看護師(以下「A4看護師」という。)の面談を受け,それ以降本件解雇まで,月数回ないし10回程度の頻度でA4看護師のカウンセリングを受けた。なお,平成16年3月から平成17年3月までは,A4看護師の代わりにA5看護師(以下「A5看護師」という。)がカウンセリングを担当した。(証拠<省略>)

平成15年2月26日,b診療所のA6医師(以下「A6医師」という。)により,身体表現性障害と診断された(証拠<省略>)。

平成15年3月6日,cクリニックのA7医師(以下「A7医師」という。)により,身体表現性障害及び適応障害と診断された(証拠<省略>)。

平成15年3月19日,A6医師により,身体表現性障害のため,1か月間の休養を要すると診断された(証拠<省略>)。

イ 平成15年4月2日から同年5月1日まで(1回目の在宅期間)

平成15年4月2日から同月30日まで出勤せず,自宅で過ごした。

平成15年4月23日,A6医師により,身体表現性障害につきほぼ寛解状態にあり,同年5月2日以降の就労は可能であると診断された(証拠<省略>)。

ウ 平成15年5月2日から同年11月30日まで(勤務)

平成15年5月2日,大阪支社河川部に復帰し,同月末からA8次長(以下「A8次長」という。)の班で勤務した。

平成15年7月28日,A6医師により,身体表現性障害につき完全寛解と考えていい状態であると診断された(証拠<省略>)。

エ 平成15年12月1日から平成16年5月5日まで(2回目の在宅期間)

平成15年12月1日から平成16年5月5日まで出勤せず,自宅で過ごした。

平成15年12月2日,A6医師により,抑うつ状態のため,2週間の休養を要すると診断された(証拠<省略>)。

平成15年12月17日,A6医師により,抑うつ状態につき,今後の就労は可能と考えると診断された(証拠<省略>)。しかし,被告は,統括産業医であるA9医師(以下「A9統括産業医」という。)の意見等を踏まえて,原告に自宅療養を続けるよう指示した(証拠<省略>)。

平成16年1月7日,A6医師により,抑うつ状態につき,ほぼ寛解状態にあり,同月13日以降,就労は可能と考えると診断された(証拠<省略>)。しかし,同日,原告は,東京でA9統括産業医の診察を受け,A9統括産業医から,医学的観点からは復職が可能であるが,原告と被告との間で雇用上の問題が解決するまでは復職を許可できないとの意見が述べられ(証拠<省略>),被告は,これを受けて原告に自宅療養を続けるよう指示した(証拠<省略>)。

平成16年2月から3月にかけて,A10大阪支社長(以下「A10支社長」という。)ら被告側と面談し,最終的に職場復帰することに合意した。

オ 平成16年5月6日から平成17年4月24日まで(勤務)

平成16年5月6日,大阪支社河川部に復帰した後,班には所属せず,A11部長(以下「A11部長」という。)付として勤務した。

平成16年8月9日,A6医師により,抑うつ状態につき,寛解状態にあり,就労は可能と考えると診断された(証拠<省略>)。

カ 平成17年4月25日から同年12月8日まで(3回目の在宅期間)

平成17年4月25日から出社しなくなり,それ以降本件解雇まで出社しなかった。

平成17年6月17日,d医院のA12医師(以下「A12医師」という。)により,睡眠障害のため,1か月間の通院加療を要すると診断された(証拠<省略>)。

平成17年9月21日,A9統括産業医の診察を受け,同月24日,就労は可能であると診断された(証拠<省略>)。

キ 平成17年12月8日の本件解雇

平成17年12月1日,被告は,同月8日付けで原告を解雇する旨の通知(証拠<省略>)を発送し,同月2日にこれが原告に到達した。

(3)  給料の支払関係(証拠<省略>)

原告の平成16年の給料は,合計443万7790円であった。

被告は,原告に対し,平成17年7月22日以降は正当な理由なく欠勤しているものとして,同年8月分以降(ただし,8月分は一部支払われている)の給料を支払わず,また同年12月8日以降は本件解雇により労働契約が解消されたものとして給料を支払っていないが,それ以前は在宅期間中,休暇の分も含めて全額を支払った。

原告の基準内給与は,平成15年10月から平成16年6月までは1か月26万2500円,同年7月から同年12月までは1か月26万2000円であった。

3  主な争点

本件の主要な争点は,以下のとおりである。

(1)  業務による心理的負荷の有無及び程度(争点1)

(2)  精神疾患の有無及び種類(争点2)

(3)  精神疾患の業務起因性の有無及びそれに関する被告の注意義務違反ないし安全配慮義務違反の有無(争点3)

(4)  本件解雇の有効性(争点4)-請求の趣旨(1)~(3)関係

ア 解雇事由の存否(主張立証責任は被告にある)

イ 労働基準法19条1項違反の有無(主張立証責任は原告にある)

ウ 解雇権濫用の有無(主張立証責任は原告にある)

(5)  未払賃金の有無(争点5)-請求の趣旨(2),(3)関係

(6)  精神疾患の発症に関する慰謝料の額(争点6)-請求の趣旨(4)関係

(7)  精神疾患の発症に関する不法行為に基づく慰謝料請求権の消滅時効の成否(争点7)-請求の趣旨(4)関係

(8)  本件解雇に関する被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反の有無及び慰謝料の額(争点8)-請求の趣旨(4)関係

(9)  未払超過勤務手当の有無(争点9)-請求の趣旨(5)関係

(10)  未払超過勤務手当の請求権の消滅時効の成否(争点10)-請求の趣旨(5)関係

4  争点についての当事者の主張

(1)  業務による心理的負荷の有無及び程度(争点1)

(原告の主張)

ア 1回目の在宅期間関係

原告は,深夜残業及び朝までの勤務をすることが多くあり,平成14年1月から12月まで1年間の労働時間は,業務月報上の在社時間によれば3565.5時間であり,電子メール送受信時刻や電子ファイル保存時刻等により修正すれば3882.65時間であり,昼の休憩の間や電子メール送受信及び電子ファイル保存の後も一定程度勤務をしていたことなどを考慮すれば,実際には4000時間を超えていた。

河川部では,長時間労働や深夜残業が常態化し,必要に応じて休暇をとることもできず,平成14年5月ないし6月は祖父の危篤及び葬儀のために休暇を申請したが拒絶されたこともあった。原告は,新人であったのに,ベテラン社員と同程度のノルマを課せられ,その業務量は多かった。原告は,しばしば発注機関からの厳しい指示及び外注先の能力不足によるトラブル等に悩まされていたが,原告の上司であったA3次長及びA13主任(以下「A13主任」という。)は,いずれも自らの担当業務で忙しく,それらの対応を原告に任せきりにし,適切な助言,指導をしなかったばかりか,朝まで勤務したことにより遅刻してきた原告を厳しく叱責するなどした。A3次長は,平成14年12月26日の忘年会では,他の班員の面前で遅刻について原告を厳しく叱責し,平成15年3月18日には原告の机に「バカタレ」などの激しい文言を記載したメモを置いた。平成15年2月以降,A4看護師及びA14河川部長(以下「A14部長」という。)は,原告に対し,被告の業務に適していないなどとして退職強要又は退職勧奨をした。原告は,平成15年3月19日には休養を要する旨の診断を受け,その診断書を被告に提出したのに,A14部長及びA3次長から,同年4月1日まで勤務するよう命じられた。

イ 2回目の在宅期間関係

原告は,平成15年5月2日に1回目の在宅期間から職場に復帰したが,医師の意見により残業禁止の業務制限がされていた。しかし,復帰後数か月間は従前の業務を引き続き担当させられ,深夜残業及び朝までの勤務を強いられた。原告は,1回目の在宅期間及びその後の業務制限にかかわらずノルマが軽減されないため,ノルマが蓄積していずれ激務となり,そうなると精神症状が再発し,次に休業すれば復職は困難になるなどと予想し,これによる重圧感を感じ,労災認定を受けたいと考えるようになった。そこで,平成15年6月16日以降,原告は,A11部長,A4看護師,A10支社長,A15大阪支社副支社長(以下「A15副支社長」という。),管理本部総務部A16次長(以下「A16次長」という。)ら被告側に対し,労災申請をしたい旨を繰り返し伝えたが,被告側は,労災申請妨害及び退職強要又は退職勧奨をした。平成15年10月以降,蓄積したノルマのために深夜残業の頻度が増え,労働時間は,業務月報上,同月は250時間,同年11月は252時間となった。

ウ 3回目の在宅期間関係

原告は,平成16年5月6日に2回目の在宅期問から職場に復帰したが,A11部長から,ほとんど仕事を与えられずに「窓際族」の状態に置かれ,他の班員に頭を下げて回って仕事をもらうよう命じられるなどの嫌がらせ及び見せしめを受けた。原告は,被告側に通常業務への復帰に向けて適切な支援を求めたが,被告側は,これをすることなく,原告に対し,引き続き労災申請妨害及び退職強要又は退職勧奨を繰り返していた。

(被告の主張)

ア 1回目の在宅期間関係

原告の平成14年9月から平成15年2月まで労働時間は,1095時間(うち時間外労働時間〔1週間当たり40時間を超える労働時間。以下同じ〕は合計210時間,1か月平均約35時間)であり,長時間ではなかった。業務月報上の在社時間は,自己申告に係る出勤時刻及び退社時刻から計算され,客観性のないものであること(特に,原告は遅刻が多かったが,出勤時刻は定時の午前9時と申告されている),夕食休憩や私用による外出等の時間も含むことなどから,実際の労働時間よりも長いものである。電子メールの送受信時刻や電子ファイルの保存時刻は,原告が時刻設定を変えることができるため,労働時間の立証資料にはならない。

原告は,だらだらとした在社が目立ち,退社時刻が遅く出勤時刻も遅いというように生活リズムが乱れていた。A3次長及びA4看護師らは,健康的な生活リズムを取り戻すようにアドバイスしたり,専門医の診察を受けるよう勧めたり,業務量の軽減のために原告に専属アルバイトを付すという通常と異なる措置をとったり,原告の担当業務を派遣社員に移管したりして,原告の業務が過重にならないよう配慮を尽くした。A3次長及びA13主任が原告に注意したことはあるが,それは原告に著しい遅刻を繰り返すことや上司の指示に従わないことなどの業務遂行上の問題が多数あったことによるものであり,A3次長の原告に対する指導は適切であった。被告では,班として内部生産目標はあったが,これは目標に過ぎず,班員にノルマは課されていなかった。人事考課の際に内部生産目標達成の有無を考慮する項目はあったが,それは評価項目の中では比重の低いものであった。

被告側の者が原告に対し,退職強要又は退職勧奨をしたことはない。

イ 2回目の在宅期間関係

1回目の在宅期間から復帰した後,原告は従前の職務の引継ぎを行ったが,その負担は重いものではなかった。A8次長の班に移った後に原告が担当した業務は,原告の健康状態に配慮し,大学院卒の2年目の社員としてはレベルを下げた内容のものであった。労働時間は,平成15年10月が186時間(うち時間外労働時間19時間),同年11月が178時間(同34時間)であり,長時間とはいえない。

被告側の者が原告に対し,労災申請妨害や退職強要又は退職勧奨をしたことはない。

ウ 3回目の在宅期間関係

被告は,原告に写真ライブラリー化の業務を担当させたが,これは全社的に取り組んでいた業務であり,「窓際族」の仕事ではない。A11部長らは,原告に対し,その体調に配慮しつつ,適切に業務を担当させていた。

被告側の者が原告に対し,労災申請妨害や退職強要又は退職勧奨をしたことはない。

(2)  精神疾患の有無及び種類(争点2)

(原告の主張)

ア 原告は,平成14年6月中旬ころから血尿,腹痛,倦怠感及び吐き気の症状が生じるようになった。同年10月以降疲労感が深刻化し,同年12月初旬には朝出社する際に嘔吐するようになり,これが1回目の在宅期間前まで続いた。同月26日の被告の忘年会では,A3次長から,他の班員の面前で厳しく叱責され,嘔吐した後動けなくなるという発作が生じた。平成15年2月26日には身体表現性障害と診断され,同年3月19日には身体表現性障害により1か月の休養を要する旨診断され,同年4月2日以降,1回目の在宅期間に係る自宅療養を余儀なくされた。

イ 原告は,平成15年5月2日の職場復帰以降も,体調が不安定なままであり,同年6月16日には過去の辛い記憶が鮮明によみがえるフラッシュバックがあった。同年7月ないし8月は,比較的体調がよかったものの,依然として胸の痛みや吐き気等の諸症状が続いており,これが次第に悪化して,同年12月1日には,出社できない状態になり,同月2日に抑うつ状態と診断され,2回目の在宅期間に係る自宅療養を余儀なくされた。

ウ 原告は,平成16年5月6日の職場復帰以降も,依然として体調は不安定なままであり,吐き気や食欲不振,胸の痛み等の諸症状が続いており,とりわけ午前中の吐き気は毎朝感じていた。平成17年1月ころから朝方まで眠れない状態となり,次第に出社困難な状態となって,3回目の在宅期間に係る自宅療養を余儀なくされた。

エ 以上の精神症状は,平成22年3月30日に原告の診察を行ったA17医師(以下「A17医師」という。)の意見のとおり,いずれもうつ病によるものである。原告は,平成14年12月初中旬にうつ病を発症し,これが平成17年12月の本件解雇まで寛解もしていない状態であった。

なお,A9統括産業医は,原告が妄想性人格障害であった旨診断するが,これは,被告側の偏った資料に基づき偏った診断をしたものであり,原告の症状は,妄想性人格障害によるものではない。

(被告の主張)

ア 原告には,1回目及び2回目の在宅期間の前には一定の症状があったとしても,3回目の在宅期間が始まる平成17年4月ころ及びそれ以降には,症状はなかった。

イ 原告は,うつ病や身体表現性障害にはかかっておらず,A9統括産業医の診断のとおり,妄想性人格障害のために社会的不適応を生じ,一定の症状を訴えていたにすぎない。

なお,A17医師は,原告がうつ病であった旨の意見を述べるが,その意見には,MINI<精神疾患簡易構造化面接法>の使用方法を誤っていることや事実と異なる原告の申告をそのまま採用していることなどの問題があるので,A17医師の意見は採用されるべきではない。

(3)  精神疾患の業務起因性の有無及びそれに関する被告の注意義務違反ないし安全配慮義務違反の有無(争点3)

(原告の主張)

原告のうつ病は,被告において,長時間勤務等の過重な業務に従事したこと,自宅療養からの職場復帰の際に適切な環境が整えられなかったこと,労災申請妨害や退職強要又は退職勧奨をされたことなどを原因として発症し,また再燃したものである。したがって,原告の精神疾患は,業務に起因するものである。

被告が,原告に対して適切な業務の軽減を行わなかったこと,職場復帰の際に適切な環境を整えなかったこと,労災申請妨害や退職強要をしたことは,不法行為上の注意義務違反又は労働契約上の安全配慮義務違反に当たる。

(被告の主張)

人格障害は,遺伝的要因及び養育等の環境的要因が根源にあって発症するものであり,業務が原因で人格障害が発症することはあり得ない。したがって,人格障害により原告に生じた症状は,業務に起因するものではない。

被告は,原告に対し,その体調に応じて適切な業務の軽減措置をとり,職場復帰の際にも適切な業務の配分及び職場環境の整備をしており,労災申請妨害や退職強要又は退職勧奨をしていないから,被告に注意義務違反又は安全配慮義務違反はない。

(4)  本件解雇の有効性(争点4)

(被告の主張)

ア 解雇事由の存在

原告は,平成17年7月22日以降,就労が可能であり,被告から出社を命じられ,同年9月24日にはA9統括産業医により就労可能との診断がされていたのに,本件解雇の日である同年12月8日まで,正当な理由なく欠勤を続けた。これは就業規則上の解雇事由である「その他前各号に準ずる程度のやむを得ない相当な事由があるとき」(17条(6))に当たる。

イ 原告の下記主張イは否認する。

原告の精神症状は,業務上のものではない。しかも,原告の身体表現性障害は平成15年7月28日に寛解し,抑うつ状態は平成16年1月7日に寛解している。平成17年12月8日当時,原告は精神疾患にかかっておらず,仮にかかっていたとしても療養のため休業を要する状態ではなかったから,同日された本件解雇は,労働基準法19条1項に反しない。

ウ 原告の下記主張ウは否認する。

本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当と認められるから,解雇権濫用に当たらない。平成17年10月17日に原告からA18総務部長に対して電話があったことは認めるが,A18総務部長は,原告が主張するような約束はしていない。

(原告の主張)

本件解雇は,無効である。

ア 被告の主張アを否認する。

被告は,本件解雇につき,具体的な解雇理由を示していない。

原告は,被告に対し,睡眠障害により休養を要する旨の診断書を提出し,業務上の疾病であることを具体的に説明して自宅療養していたのであって,これは無断欠勤には当たらず,就業規則17条所定の解雇事由があることは否認する。就業規則17条(3)は,「業務上の傷病による療養期間が3年を超え」たときに解雇事由になる旨を定めているが,原告の場合は療養期間が3年を超えていない。

イ 本件解雇は,労働基準法19条1項違反である。

原告は,強度の業務上の心理的負荷を受けたことにより,精神疾患を発症した。そして,本件解雇当時,このように業務上疾病にかかり療養のため休業している期間中であった。

したがって,本件解雇は,「使用者は,労働者が業務上疾病にかかり療養のため休業する期間及びその後30日間は解雇してはならない」とする労働基準法19条1項に違反し,無効である。

ウ 本件解雇は解雇権の濫用である。

平成17年10月17日,原告は,被告の管理本部総務部のA18総務部長(以下「A18総務部長」という。)に電話をかけ,支援してくれる労働団体を探してその団体を交えて被告と協議をしたいのでそれを待ってほしい旨話し,了承を得ていた。しかし,被告は,上記協議を行う旨の約束に反し,一方的に本件解雇をした。上記経緯と前記ア,イの事情に照らせば,本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当なものとは認められないから,解雇権濫用に当たり,無効である。

(5)  未払賃金の有無(争点5)

(原告の主張)

ア 平成17年7月22日以降,原告が出社していないのは,業務上の疾病によるものであるから,これ以降も,原告は賃金請求権を有する。また,同年12月8日にされた本件解雇は無効であるから,同日以降も,原告は,賃金請求権を有している。

イ 原告の給料は,平成16年当時,年額443万7790円であったから,1か月当たり36万9815円となる。原告は,平成17年8月に賃金12万2589円の支払を受けたが,その後,賃金の支払を受けていない。

したがって,平成17年8月分として24万7226円の未払賃金があるほか,平成17年9月以降,本判決確定まで1か月当たり36万9815円の未払賃金がある。

ウ 被告の給与規定上,賃金は,毎月末日締めで当月20日払とされるが,遅延損害金の起算点はそれ以降の日である翌月1日とする。また,被告は会社であるから,商法514条により,遅延損害金の利率は年6%である。

(被告の主張)

原告は,平成17年7月22日から本件解雇まで,正当な理由なく欠勤したものである。また,本件解雇は有効である。よって,未払賃金はない。

(6)  精神疾患の発症に関する慰謝料の額(争点6)

(原告の主張)

ア 原告は,被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反により,長時間勤務等の過重な業務に従事させられ,自宅療養からの職場復帰の際に適切な環境が整えられず,労災申請妨害や退職強要又は退職勧奨をされたことなどから,精神疾患が発症し,また再燃を繰り返したものである。これらにより原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は400万円を下らない。

イ また,上記慰謝料請求のために要した弁護士費用のうち,40万円は被告の上記行為との間に相当因果関係がある。

(被告の主張)

前記のとおり,被告には,注意義務違反又は安全配慮義務違反はない。また,原告の症状は,原告が本来的に有していた妄想性人格障害により生じたものであり,業務が原因で生じたものではない。したがって,精神疾患の発症につき被告に対する慰謝料請求権が生じることはない。

(7)  精神疾患の発症に関する不法行為に基づく慰謝料請求権の消滅時効の成否(争点7)

(被告の主張)

原告の主張によれば,精神疾患は,平成15年7月28日及び平成16年1月7日には寛解したとされている。

本件訴えの提起は,平成19年3月12日であるから,精神疾患の発症に関する不法行為に基づく損害賠償請求権は,時効により消滅しており,被告はこの消滅時効を援用する。

(原告の主張)

被告は,寛解の時期を起算点とする消滅時効を主張するが,「寛解」は症状が軽減したものの,再燃可能性を有する状態を意味するものであって,「治癒」や「完治」とは異なる。したがって,寛解の時期を消滅時効の起算点とすることはできない。

(8)  本件解雇に関する被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反の有無及び慰謝料の額(争点8)

(原告の主張)

被告は,業務上の精神疾患にかかって療養する原告に対し,症状に配慮するどころか,症状を悪化させる行動に終始し,本件解雇に及んだものであり,これは不法行為上の注意義務違反又は労働契約上の安全配慮義務違反に当たる。本件解雇により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は200万円を下らない。

また,上記慰謝料請求のために要した弁護士費用のうち,20万円は被告の上記行為との間に相当因果関係がある。

(被告の主張)

本件解雇は有効である。したがって,本件解雇による精神的苦痛につき被告に対する慰謝料請求権が生じることはない。

(9)  未払超過勤務手当の有無(争点9)

(原告の主張)

ア 原告は,平成16年5月から同年12月にかけて,時間外労働を行ったが,超過勤務手当は,同年11月分として支払われた2万0503円以外には支払われていない。上記期間における未払超過勤務手当の月当たりの金額は別紙2の1<省略。以下,同じ>のとおりであり,合計額は61万0549円となる。

なお,原告は,別紙2の2<省略。以下,同じ>・3のとおり未払超過勤務手当の金額を59万5983円に修正する旨主張したが,請求の減縮の手続はとっていない。

イ 被告の給与規定上,超過勤務手当は,毎月1日から末日の期間について計算された額が翌月20日に支払われることとされるところ,各支払期日から本件解雇までの期間について,別紙2の1のとおり,商事法定利率年6%の割合による確定遅延損害金3万9608円が生じている。

ウ 本件解雇日以降は,上記61万0549円につき,賃金の支払の確保等に関する法律6条1項,同法施行令1条所定の年14.6%の割合による遅延損害金が生じている。

(被告の主張)

ア 平成16年5月に原告が職場に復帰した際,被告は,原告に対し,その体調に配慮し,平日午前9時から午後5時までのみ勤務という就労制限を加えており,時間外勤務を命じたことはない。

イ 平成16年5月から同月12月までの期間に原告が行った業務量は少なく,時間外労働の必要性はなかった。

ウ 上記期間における原告の出社時間は遅かったから,退社時間が遅くても時間外勤務を行ったことにはならない。

エ よって,原告につき超過勤務手当は発生していない。

(10)  未払超過勤務手当の請求権の消滅時効の成否(争点10)

(被告の主張)

ア 原告は,平成16年5月から12月までの時間外労働に対する超過勤務手当を請求しているが,当該請求についての支払督促申立日は,平成18年11月7日である。平成16年9月分以前の時間外労働に関する超過勤務手当の請求権は,支払日が平成16年10月20日以前であり,時効により消滅している。被告は,上記消滅時効を援用する。

イ 原告が主張する書面が被告にファックス送信され,その後支払督促が申し立てられたことにより消滅時効が中断されたことは認める。ただし,平成16年5月6日分及び同月7日分の超過勤務手当の請求は,上記支払督促申立てに含まれておらず,消滅時効が完成している。

(原告の主張)

原告は,被告に対し,平成18年5月8日,原告が所属する被告の労働組合(以下「労働組合」という。)を通じて,超過勤務手当を請求する書面をファックス送信し,それから6か月が経過する前である同年11月7日に支払督促を申し立てている。したがって,消滅時効は中断している。

第3当裁判所の判断

1  事実経過

前提事実,証拠(証拠・人証<省略>,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  被告における業務全般について

ア 被告は,主として建設コンサルタントの業務を行う株式会社であり,東京証券取引所第1部上場企業である。

その主な業務は,国,地方公共団体,公社,公団及び独立行政法人等が公共工事を企画,立案,実施する際に,これらの機関から発注を受けて,上記公共工事に関する調査,計画案の素案作成,設計,管理等を行うものである。例えば,原告が担当した○○川河川整備計画他検討業務は,国土交通省近畿地方整備局から発注され,同整備局が行う河川整備計画策定のための基礎データの収集及び整備計画資料の作成等を行うものであった。

被告の社員数は,平成18年12月当時1083名であり,そのうち技術者は849名,技術士資格を有する者は405名であった。

イ 原告が所属していた大阪支社の河川部では,時期により多少変動があるものの,概ね40名程度の部員がおり,班を単位として業務が遂行されていた。そして,各年度では,班ごとに内部生産目標が設定され,班全体でこれを達成することが目標とされていたほか(証拠<省略>),それを踏まえて各班員の内部生産目標が設定されており,平成14年度には,原告が3435万円,A3次長が4014万円,A13主任が4005万円とされていた(証拠<省略>)。人事考課においては,各班員の内部生産目標の達成状況が反映される項目があり,例えば,平成14年度の原告の考課表では,100点中の10点が配点された「営業目標」の項目で,3400万円の内部生産目標に達すればB評価,これを5%上回った場合はA評価とされ,最高はS評価の10点,最低はD評価の2点であった(証拠<省略>)。

ウ 河川部では,官公庁等からの受託業務の納期が3月末に集中する関係で,例年1月ないし3月が繁忙期であった。

エ 被告における勤務時間は,就業規則上,午前9時から午後5時まで(午後0時から午後1時まで休憩時間)の7時間と定められていた(証拠<省略>)。

被告では,各従業員の労働時間の把握は,パソコン上の業務月報(証拠<省略>)によって行われ,これに各従業員が,日々,(a)出勤時刻,(b)退社時刻,(c)平日定時労働時間,(d)平日残業労働時間(平日午後5時から午後10時まで)及び(e)休日深夜労働時間(休日及び平日午後10時から翌午前6時まで)等を入力し,上司(河川部では班長及び部長)が,各月の前半及び後半に分けて,まとめて承認するという仕組みになっていた。

被告では,「在社時間」と「労働時間」が区別され,「在社時間」とは,上記(a)出勤時刻から(b)退社時刻までの時間から休憩時間1時間を除いた時間を指し,「労働時間」とは,各部員が入力して班長及び部長が承認し,賃金の支払対象とされる(c)ないし(e)の時間の合計を指し,一般に「労働時間」より「在社時間」の方がかなり長くなっていた。

被告では,平成11年の労使協定により,平成12年以降,会社委員及び組合委員から構成される残業問題監視委員会が設置されており,「在社時間」が長時間化していること,「在社時間」と「労働時間」に大幅な乖離がある部室が多数存在することなどの問題が提起され,その解決に向けての協議がされていた(証拠<省略>)。

大阪支社の河川部では,平成13年11月から平成15年11月にかけて,概ね数か月に1回,残業対策会議が開催されていた(証拠<省略>)。各会議における管理職側の説明をみると,平成14年5月の会議では,労働環境の悪化は,主として外的条件(発注者の技術力の低下,仕様書によらない業務依頼,相次ぐ緊急対応)に由来しており,部としての対応に限界を感じているなどとされ(証拠<省略>),同年12月の会議では,昨年に比べて労働時間,在社時間とも大幅に悪化していることが分かり,河川整備計画関係のエンドレスの仕事,人員の減などにより労働環境が悪化しているためと考えられ,実労働時間や在社時間が増加していることに対して,真摯に反省しているなどとされ(証拠<省略>),平成15年2月の会議では,従前の期と比べて大幅に残業が増加していることが分かり,その原因は河川整備計画関連業務に起因すると考えるが,部員に多大な負担をかけていることを申し訳なく思っているなどとされ(証拠<省略>),同年5月の会議では,同年4月以後も引き続き残業が多いなどとされている(証拠<省略>)。

平成14年11月ころ,建設技研報に「大阪支社河川部宣言」と題する文章が掲載されたが,その前文に「生産現場では長時間労働や精神的なストレスに悩む技術者が多く,活き活き楽しく働ける職場からはほど遠い現状である」と記載されていた(証拠<省略>)。

大阪中央労働基準監督署から被告の大阪支社に対し,平成17年6月23日,時間外労働・休日労働に関する労使協定の届出がないにもかかわらず,労働者に時間外労働・休日労働を行わせていることにつき即時是正するよう勧告された(証拠<省略>)。同勧告後に提出された平成17年6月1日付け協定書には,「組合員の1ヶ月の超過勤務時間は,50時間を超えてはならない。ただし,年2回月に限り1ヶ月70時間まで超過勤務できるものとする。この場合,2ヶ月120時間を超えてはならない」との条項があった(証拠<省略>)。

大阪中央労働基準監督署から被告大阪支社に対し,平成18年3月15日,「申告された労働時間と在社時間(拘束時間)との間に相当な乖離が認められ,正確な実労働時間の把握が不十分である」との問題や,「恒常的な長時間労働が認められるとともに,在社時間(拘束時間)も長時間に及んでいる実態が認められる」との問題が指摘され,改善措置を講じるよう指導された(証拠<省略>)。

オ 大阪支社の健康管理室では,産業カウンセラーの資格を有するA4看護師が勤務しており,内科医であるA19医師(以下「A19産業医」という。)が月1回程度,診療に当たっていた。被告における統括産業医は,東京の精神科医であるA9統括産業医であった。

(2)  入社から本件解雇ないし本件訴え提起に至るまでの事実経過

原告が被告に入社してから本件解雇ないし本件訴えの提起に至るまでの事実経過は,別紙3「事実経過表」のとおりである。

2  争点1(業務による心理的負荷の有無及び程度)について

(1)  1回目の在宅期間前(平成14年1月~平成15年3月)における労働時間について

原告は,平成14年には,年間を通じて平日は午後10時以降まで残業することが多く,午前2時又はそれ以降まで残業したことが50回程度,うち午前6時まで残業したことが10回以上あり,休日出勤も相当数していたこと,年間労働時間は,控えめにみても合計3565.5時間であって,時間外労働時間は月平均約135時間であったことが認められ,このような著しい長時間労働により強度の心理的負荷を受けていたものといえる。また,平成15年に1月ないし3月も,引き続き深夜残業又は朝までの残業が頻繁にあり,3か月間の時間外労働時間は,控えめにみても合計254.7時間,月平均約85時間であったことが認められ,このような長時間労働により引き続き強い心理的負荷を受けていたものといえる。

上記認定の詳細は,以下のとおりである。

ア 前記認定事実及び証拠(証拠<省略>)によれば,平成14年1月から12月までの期間において,①業務月報上,平日は午後10時を超えて勤務することが多く,翌午前2時又はそれ以降まで勤務したことは50回程度,うち翌午前6時まで勤務したことは10回以上あり,休日も勤務したことが相当数あったこと,②業務月報から導かれる「在社時間」は年間合計3565.5時間であったこと,③電子メール送受信時刻や電子ファイル保存時刻等により勤務していたと認められる時刻も考慮に入れて原告が「在社時間」を修正して算定した労働時間(以下「原告修正労働時間」という。)は年間3882.65時間であったことが認められる。

これらによれば,平成14年において,原告は深夜残業及び朝までの残業を度々行っており,年間労働時間は,被告が指摘する後記問題点を踏まえて控えめにみても,業務月報から「在社時間」として導かれる3565.5時間を下回らないというべきである。

そして,労働基準法32条所定の労働時間の上限である1日8時間を前提に,1年間の労働日を業務月報に基づき243日として計算すると年間の労働時間は1944時間となるところ,これを基準とすれば,原告の時間外労働時間は年間1621.5時間(月平均約135時間)となる。

イ 厚生労働省の「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」と題する通達(平成11年9月14日基発第544号)は,「勤務・拘束時間が長時間化した」という出来事があった場合の平均的な心理的負荷の強度を「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」中の「Ⅱ」と位置づけた上で,「出来事の発生以前から続く恒常的な長時間労働,例えば所定労働時間が午前8時から午後5時までの労働者が,深夜時間帯に及ぶような長時間の時間外労働を度々行っているような状態等が認められる場合には,それ自体で,(中略)心理的負荷の強度を修正する」としている(証拠<省略>)。そして,厚生労働省労働基準局労災補償部補償課職業病認定対策室長の都道府県労働局労働基準部労災補償課長宛て平成20年9月25日付け事務連絡においては,「出来事前における恒常的長時間労働については,各種調査結果を踏まえると,1か月平均の時間外労働時間がおおむね100時間を超えるような状態はこれに該当すると考えられるところであるので,かかる場合には,業務による出来事の心理的負荷の強度が適切に修正されるよう留意されたい」とされている(証拠<省略>)。

ウ したがって,原告の平成14年における時間外労働時間(月平均約135時間)は,年間を通じて厚生労働省が示している1か月平均概ね100時間という基準を大きく上回っており,原告は,1年間にわたり,著しい長時間労働により強度の心理的負荷を受けていたといえる。

エ また,前記認定事実及び証拠(証拠<省略>)によれば,平成15年1月ないし3月については,出勤時刻が夕方になるなどの著しい遅刻が頻繁にあったものの,引き続き退社時刻が遅く,業務月報から導かれる「在社時間」及び原告修正労働時間は,それぞれ同月1月が276.5時間及び300.33時間,同年2月が174.7時間及び185.32時間,同年3月が267.5時間及び273時間であったことが認められる。

これらによれば,平成15年1月ないし3月においても,原告は深夜残業及び朝までの残業を度々行っており,月当たりの労働時間は,業務月報から「在社時間」として導かれる276.5時間(1月),174.7時間(2月),267.5時間(3月)を下回らないというべきである。

そして,労働日は,業務月報に基づき1月を19日,2月を19日,3月を20日とすれば,原告の時間外労働時間は124.5時間(1月),22.7時間(2月),107.5時間(3月)となる。

したがって,原告は,平成15年1月及び3月も,長時間労働により強度の心理的負荷を受けていたというべきである。

オ 以上の認定に反する被告の主張は,次のとおり採用することができない。

(ア) 被告は,業務月報には,(a)出勤時刻,(b)退社時刻,(c)平日定時労働時間,(d)平日残業労働時間,(e)休日深夜労働時間等の欄があり,これに各従業員が日々時刻ないし時間を入力し,上司である班長及び部長が各月の前半及び後半に分けて,まとめて承認する仕組みになっているところ,(c)ないし(e)の各「労働時間」は,賃金額に直接影響するために上司が正確性を確認して承認している一方,(a)出勤時刻及び(b)退社時刻は,賃金に影響しないために上司が承認の対象と考えておらず,各従業員の完全な自主申告に委ねられているから正確性がなく,実際の労働時間は,(a)及び(b)から導かれる「在社時間」ではなく,(c)ないし(e)の各「労働時間」を合計した時間である旨主張する。

しかしながら,上記主張には以下の問題点がある。

a 業務月報(証拠<省略>)の体裁上,上記(c)ないし(e)欄のみが上司の承認の対象であるとは明示されておらず,上記(a),(b)欄が承認の対象から除外されていない。少なくとも,上司には,承認の際に(a),(b)欄が目に入るようになっており,これに明らかに事実に反する時刻が入力されていれば,当該従業員に事実確認ないし注意をすることができるから,一般的には,当該従業員としても,これに明らかに事実に反する時刻を入力する可能性は低い(もっとも,原告が労災申請を現実的に考えるようになった平成16年5月の復職以降は別の検討を要することは後記(5)のとおりである)。

b 業務月報の(a),(b)欄から導かれる「在社時間」については,被告も一定の意味を有するものと扱っていた。すなわち,前記認定事実によれば,被告では年間の「在社時間」が長い従業員がリストアップされ,健康管理室において,看護師がフォロー面談をしたり,SDS(自己評価式抑うつ性尺度)検査を受けさせたりしていることが認められ,これによれば,被告側も,「在社時間」が長い従業員には,心身の健康状態が悪化している危険性があると考えていたといえる。また,前記認定事実によれば,被告と労働組合との間で,「在社時間」と「労働時間」に大幅な乖離がある部室が多数存在する問題につき協議がされていたことが認められる。

以上によれば,上司としても,一般的に,明らかに事実に反する出勤時刻及び退社時刻の入力を許容していたものとは解されない。

c 例えば,平成14年5月20日から6月10まで22日間の業務月報(証拠<省略>)を見ると,(b)退社時刻欄は午前4時以降が11回となっているのに対し,平日午後10時までの残業時間を入力する(d)欄には1ないし4時間しか入力されておらず(遅くとも午後9時に退社したことになる),平日午後10時を超える残業時間を入力する(e)欄には全く入力がされていない。

前記認定事実によれば,○○川浸水想定区域図の納期である平成14年6月10日まで数週問は,原告が極めて忙しく,連日朝方までの勤務を続け,納期間際は徹夜で勤務したことはA3次長も認めているところ,この事情は,(b)退社時刻欄の記載によく整合する一方,(d)平日残業欄や(e)休日深夜欄の記載とは整合せず,賃金の支払対象となる(d),(e)欄に実際より相当少ない残業時間が入力されていたことを示すものといえる。

d 平成14年を通じて,業務月報上,(d)平日残業欄に4時間以上の記入がされることはなく(遅くとも午後9時に退社していたことになる),(e)休日深夜欄に平日に記入されることはなかった。

しかしながら,前記認定事実によれば,当時,被告では,残業問題監視委員会や残業対策会議が開催され,全社的に残業が長時間に及んでいることや「在社時間」と「労働時間」に大幅な乖離がある部室が多数存在することについて問題提起され,その対策が協議されていたこと,河川部の部会において,管理職側から,平成14年に大幅に残業が増加したのは,河川整備計画関連業務に起因すると考える旨の説明がされていたこと,A3次長は,平成14年7月後半から10月半ばころまでは,流域委員会で説明する頃だったので,節目には徹夜もあった旨述べていることが認められ,証拠(証拠<省略>)によれば,原告と同じA3班に所属していたA20課長は「当時のクライアント(○○川河川事務所工事課係長)も癖のある人間で,平気で深夜の2時,3時に電話して,翌日の対応を求められていたのも事実です」旨述べていたこと(証拠<省略>)が認められる。

これらの事情は,業務日報における(b)退社時刻欄に整合する一方,残業時間として記入される(d),(e)欄の記載に整合せず,(d),(e)欄に実際より相当少ない時間が入力されていたことを示すものといえる。

e 以上によれば,労働時間を認定する際には,業務月報に残業時間として入力された(d),(e)欄の時間は採用することができず,基本的に(a)出勤時刻及び(b)退社時刻から導かれる「在社時間」を採用するのが相当である(なお,平成16年5月の復職以降は別途の考慮を要することは後記(5)のとおりである)。

よって,被告の前記主張は採用することができない。

(イ) 被告は,原告修正労働時間に関して,原告が使用するパソコン内の時刻設定を変更すれば電子メール送受信時刻や電子ファイル保存時刻等は自由に変えられるし,これらのデータを訴訟で提出する前に改ざんすることも容易であるから,信用できない旨主張する。

しかしながら,原告が平成14年ないし平成15年当時の段階で,使用しているパソコン内の時刻設定を変更する必要性があったとは窺われず,むしろその変更により発注先や外注先との連絡時刻の記録につき不便が生じると解されるから,上記時刻設定の変更がされていた可能性がある旨の被告の主張は容易に採用することができない。また,上記データは,被告が原本を所持しており,原告がそのコピーを取得して訴訟に提出したものと解されるが,その改ざんがされた場合には,被告が原本を確認すればこれが容易に判明するから,原告がそのような改ざんをした可能性は考えにくい。他に,電子メール送受信時刻や電子ファイルの保存時刻が正確ではないと解すべき事情を認めるに足りる証拠はない。

よって,被告の上記主張は採用することができない。

そして,業務月報の(b)退社時刻欄に記入された時刻以降に電子メールが送受信されたり,電子ファイルが保存されたりしている場合は,原告がその時点まで職場にいて勤務を続けていたものと推認される。加えて,最後の電子メールの送受信の直後に勤務を終了することが多いとはいえないから,その時点以降もしばらくの間は勤務をしていたとも推認することができる。

(ウ) 被告は,「在社時間」は,夕食休憩や私用で外出する時間が含まれているから,実際の労働時間よりも相当長い旨主張する。

しかしながら,まだ業務が残っている状態で業務を中断して長時間をかけて夕食をとることは普通ではないといえるし,私用で外出することが多かったことを示す証拠はないこと,他方で昼の1時間の休憩の間にも勤務することもあったと窺われること,前記のとおり電子メールの送受信時刻等から業務月報に退社時刻として入力された時刻以降も勤務していたことがあったと認められることなどの事情によれば,被告の指摘する上記点をもって,直ちに「在社時間」よりも実際の労働時間が相当短かったと認めることはできない。

よって,被告の上記主張は,採用することができない。

(エ) 被告は,「在社時間」とされている時間の中で,原告が電子メールの受信操作を1時間以上していない時間帯が頻繁にあり,その間は原告が勤務をしていなかったと解すべきである旨主張する。

しかしながら,原告は,1日の勤務のうちに電子メールの受信操作は数回しかしないのが通常である旨主張しているところ,確かに,資料を検討したり,発注先,外注先,上司,同僚及びアルバイト従業員等との協議等を行ったりしてパソコンに向かっていない時間はあると解されるし,パソコンに向かっていても,氾濫計算等をしている間には,電子メールの受信操作をしないことは十分考えられるというべきであるから(なお,A3次長は,原告が業務に関連する電子メールのチェックを怠り,社内事務連絡を見逃すことがあった旨述べている(証拠<省略>)),電子メールの受信操作を1時間しなかったことをもって,直ちにその間原告が勤務していなかったと解することはできない。

よって,被告の前記主張は採用することができない。

(オ) 被告は,原告は遅刻することが多く,定時である午前9時に出社していなかったのに,業務月報の出勤時刻欄に午前9時と入力していたところ,「在社時間」のうち,遅刻した時間分は労働時間に当たらず,その時間は相当長時間に及ぶ旨主張する。

確かに,平成16年5月から平成17年4月にかけては,著しい遅刻が度々あったことが証拠上認められるのに,業務月報の(a)出勤時刻欄にはすべて定時の午前9時と入力されており,これが事実に反する記載であると解されることは後記のとおりである。

しかしながら,平成14年についてみると,5月までの間も業務月報の(a)出勤時刻欄に午前9時より後の時刻の入力が一定の頻度でされており(2月は2回,3月は1回,4月は1回),6月以降は午前9時より後の時刻の入力がかなりの頻度でされている(6月は4回,7月は4回,8月は5回,9月は6回,10月は20回(うち2回は昼食休憩以降),11月は5回,12月は4回)。そして,上記のとおり入力された出勤時刻の推移は,A3次長が原告につき作成した指導育成ノート(証拠<省略>)の平成14年4月欄に「出社時間が遅い」,同年5月欄に「出社時間が一定してきた」,同年7月18日欄に「また,出社時間がルーズ」などの記載があることや,A3次長が同年10月後半からは昼ごろの出社となったと述べていること(証拠<省略>)に概ね整合するものといえる。また,A4看護師(時期によってはA5看護師)が出来事を逐次ノートに記入して作成した健康管理室メモ(証拠<省略>,以下「健康管理室メモ」という。)の平成14年7月22日の欄に,A3次長がA4看護師に対し,原告の遅刻が多いことなどについて相談した旨の記載があることにも沿うものといえる。

したがって,平成14年ころの業務月報の(a)出勤時刻欄記載の時刻は,実際の出勤時刻に概ね近いものと認められる。なお,証拠(証拠<省略>)から,徹夜に近い状態の場合に,午前9時に来ることが厳格に求められておらず,多少の遅刻の場合は,上記(a)欄に午前9時と記入することは許容されていたものと窺われるが,その場合の遅刻の程度はさほど大きなものではなかったと解される。

よって,被告の上記主張は,採用することができない。

(カ) 被告は,「在社時間」のうち,原告が平成14年4月4日の花見,同年5月29日の歓迎会及び同年6月24日の歓迎会に出席していた時間は,労働時間に含められるべきではない旨主張する。

しかしながら,原告は,上記各会について,準備には関与したものの,業務の繁忙のためいずれにも出席せずに勤務していた旨主張するところ,原告がこれに出席していた旨の被告の主張を裏付ける証拠はないから,直ちにこれを採用することはできない。また,仮に原告がこれらの会に出席していたとしても,その時間は各2ないし3時間程度のものと解され,平成14年度の年間労働時間の認定に大きく影響するものとまではいえない。

(キ) 以上検討したところを総合すれば,「在社時間」以外に勤務していた時間と,「在社時間」内に勤務していなかった時間の双方があるといえるが,後者が前者を上回ることはないものと解され,原告の労働時間は,控えめにみても「在社時間」を下回るものではなかったと認めるのが相当である。

(2)  1回目の在宅期間前(平成14年1月~平成15年3月)における労働時間以外の心理的負荷について

ア 職場の雰囲気

前記認定事実及び証拠によれば,①河川部では,部全体として残業が長時間に及んでいる状況があったこと,②管理職側は,労働環境の悪化は,主に外的条件(発注者の技術力の低下,仕様書によらない業務依頼,相次ぐ緊急対応)に由来しており,部としての対応に限界を感じていると分析しているのであって,単に各従業員が早く帰宅すれば解決する問題とはされていなかったこと,③A3次長が平成15年5月の大阪支社報「あまがえる」中の「転勤のご挨拶」の中で「年度の区切りなく365日,24時間体制を強いられております。うーん,うしみつ時には眠れる草木がうらやましい」などと述べていること(社外秘の支社報における挨拶であり,多少脚色していることは考慮すべきであるとしても,職場で深夜残業が恒常化していた雰囲気は現れているものといえる),④A3次長は,原告から平成14年4月に休暇をとりたいとの申し出があったが,特に成果が出ていないとして拒絶したことや,同年11月以降も原告から休暇をとりたい旨の申し出があったが,作業準備があって休みをとっていいとはいえなかったことなどを自認していること(証拠<省略>),⑤平成14年5月ころ,原告が祖父の危篤の連絡を受けたが,業務により休暇がとれなかったため,駆けつけることができず,結局葬儀にも出席できなかったこと,⑥河川部の部会では,全部員の「在社時間」及び「労働時間」リストが配布されることがあり(例えば,平成15年4月21日の部会,証拠<省略>),部員が互いに「在社時間」の長さ及び超過勤務手当の対象となる「労働時間」の申告時間が分かるようになっていたこと,⑦平成15年2月6日午後9時52分に先輩の班員であるA21から原告に対し「もう遅いんで帰った方がええと思うで。A3さんにも,A22さんにも気兼ねは要りません。みんなそれぞれの仕事に忙しいだけで,X君は付き合う必要はありません」などの記載がある電子メールが送信されており(証拠<省略>),これは,原告がA3次長らに気兼ねして帰宅を躊躇している状況をA21が察し,原告の体調を心配して帰宅するよう勧めていたものと解されることが認められる。

これらによれば,河川部では,A3次長ら上司の側から,従業員らに対し,できるだけ定時に退社することや休暇をとることを積極的に推奨していた状況はなく,むしろ長時間労働及び深夜残業が恒常化して普通のこととされ,必要があっても休暇をとりにくい雰囲気があったものといえる。

イ 上司等との人間関係

(ア) 前記認定事実及び証拠によれば,平成13年5月から平成14年3月まで原告の直属の上司であったA3次長は,原告について,出勤時間がルーズであり,遅刻のために大事な打合せに出席しないことがあること,報告・連絡・相談が適切にできないこと,人の話を聞く,自分の意見を人に伝えるという基本的なことが稚拙であること,指示を十分に聞かずにしばしば勘違いや取り違えをすること,ミスを繰り返し,何度注意されても改善しないこと,分からないことを周りの人に相談せず,また作業全体の見通しを立てないまま作業を開始すること,間違ったやり方に固執して無駄な作業をすること,周りと協調して作業することが難しいこと,他人の意見を聞かず独断的なところがあり,責任逃れ,責任転嫁,自己正当化が目立つこと,アルバイト従業員への指示が分かりにくくてアルバイト従業員が困惑することがあることなどを指摘して,低く評価していたことが認められる(証拠・人証<省略>)。

他方,原告の側でも,①1回目の在宅期間の前からA3次長に対する不満を多く述べていること(健康管理室メモの平成14年7月23日欄,平成15年2月4日欄),②1回目の在宅期間の後も,自宅療養に至った経緯を説明する際には,A3次長に対する不満や反発を繰り返し述べていること(健康管理室メモの平成15年4月25日欄,同年5月12日欄,同年11月19日欄,同年12月18日欄),③A6医師に対しては,平成15年2月26日の初診時には「上司仕事をしないので自分が尻拭いをする。そのせいで徹夜になる。それに対して不満がある」,同年4月23日には「一番苦手な次長が転勤になったので,気は楽」(A3次長が同月1日に中国支社に転勤したことを指すものと解される)などと述べていること(証拠<省略>),④平成16年1月13日のA11部長及びA4看護師との面談では,「自分にとって,もう耐えれない状態が何というとですね,内部に敵を作っちゃってる。まあ結局は,誰かって言うと,まあ,A3さんとは,ぶつかってたんですよ」などと述べていること(証拠<省略>)などが認められ,これらによれば,原告は,1回目の在宅期間まで症状が悪化した原因として,原告の業務に関するA3次長の対応の悪さや,A3次長との人間関係の悪さを挙げているといえる。

(イ) そして,A3次長は,平成14年4月の人事考課では原告につき最低のD評価とし,面談でこれを原告に伝えたが,原告がこれに不満を持ったことが認められる(なお,後にA14部長によりC評価に改められた)。もっとも,その後も,A3次長は,原告と昼食をともにするなどしてコミュニケーションをとるよう努め(証拠<省略>),平成14年5月から指導育成ノートの作成を始め(証拠・人証<省略>),同年6月に業務改善指示書(証拠<省略>)に具体的な注意事項とともに「わからないこと,あやふやなことは,作業のはじめにきっちり相談してください。私もA21君も協力惜しみません!」などと記載して原告に交付するなど,指導を行う姿勢をみせていたといえる。しかし,A3次長は,原告が遅刻を重ねるようになったころからは,なぜ遅刻を繰り返すのか,その背景に何らかの心身の不調がないのか,遅刻を防止するためにどのような対策をとればよいのかなどの点について話し合おうとしたことがあったとは窺われず,遅刻のたびに単に厳しい叱責を繰り返していたことが認められる(証拠<省略>,原告本人)。さらに,平成15年2月26日に原告は身体表現性障害との診断を受けており,A3次長もこれを認識していたにもかかわらず,その後である同年3月18日夜には,「Xへ ええかげんにしろ!」「バカタレ」などの文言を用紙一杯に手書きしたメモを原告の机に置いたことが認められる。

(ウ) また,前記認定事実によれば,原告と,平成13年5月ころから平成14年5月までともに仕事をしたA13主任との関係が険悪であったことは,A3次長及び原告が一致して述べており,A13主任が原告を厳しく叱責し,書類を投げつけたこともあったことが認められる。

(エ) 以上によれば,原告は,入社直後から平成14年5月までともに仕事をしていたA13主任との関係が険悪であったほか,遅くとも平成14年4月以降,直属の上司であるA3次長との間で互いに不満を持つ状態となり,特に著しい遅刻を重ねるようになった平成14年10月以降,その不満がそれぞれ強くなって関係が悪化し,原告は,頻繁に叱責を受け,これにより継続的に強い心理的負荷を受けていたものといえる。さらに,平成15年3月18日にA3次長が「Xへええ加減にしろ!」「バカタレ」などの記載のあるメモを原告の机に置いた行為によっても,原告が強度の心理的負荷を受けたことは明らかであり,特に当時の原告の状況に照らして,そのようなA3次長の行為は不適切であったというほかない。

(オ) なお,A3次長の原告に対する前記評価については,A3次長が当時から本件訴訟に至るまで,原告を非難し,原告に対する悪感情を隠していないこと(A4看護師に対する平成15年2月3日付け電子メールでは「一緒に飯食ってもおもしろくないヤツなので不味い飯になりますが」と記載している。証拠<省略>)などから,慎重に検討する必要がある。しかし,A3次長の次に原告の直属の上司となり,原告との関係が良好であったA8次長(原告は,平成15年6月4日にA6医師に対し,「今度の上司は悪い人ではない」と述べ(証拠<省略>),平成16年1月13日にA11部長に対し,A8次長の班に代えてもらってありがたく思っている旨を話している(証拠<省略>))も,平成16年1月ころに被告内部で行われた原告の勤務態様に関する事実調査に対し,「自分にわからない事があっても,他の社員に気軽に聞けない」「的を得た『ホウレンソウ』ができない」「先入観や思いこみで物事を見て,行動する」「他人の的確なアドバイスが耳に入らない(聞く耳をもたない)ことがある」「過去の失敗や過ちを次の糧にできていない」「彼の作成した報告書を見る機会があり(中略)妙に詳しく説明する箇所がある一方で,どの資料を使って,どのように計算したのか,全く説明していない(肝心の箇所に多い)。これでは,引き継いだ人も大変です」(証拠<省略>)などと述べているところ,A3次長の原告に対する前記評価は,A8次長の上記評価と一致する範囲では,合理性を有するものと解され,原告の仕事に対する姿勢及び仕事内容にその程度と方法はともかく注意や叱責をされてもやむを得ない一定の問題があったことは否定できない。

ウ 内部生産目標及び業務量

(ア) 前記認定事実によれば,河川部では,班ごとに年間の内部生産目標が設定され,それを踏まえて業務が各班員に配分されて各班員の内部生産目標が設定され,平成14年度(平成14年4月1日からの1年間)には,原告が3435万円,A3次長が4014万円,A13主任が4005万円とされていたこと,人事考課においては,配分された生産目標の達成状況が反映される項目があり,平成14年度の原告の考課表では,100点中の10点が配点された「営業目標」の項目で,3400万円の生産目標に達すればB評価(6点),これを5%上回った場合はA評価(8点)などとされ,最高はS評価の10点,最低はD評価の2点であったことが認められる。

これらによれば,原告は,平成14年当時入社2年目であったが,経験の長いA3次長及びA13主任の7割程度の内部生産目標を配分されているから,業務量は多かったということができ,このことは,原告が前記のとおり長時間労働に従事していたことによっても裏付けられる。また,内部生産目標の達成度は人事考課表の100点の中で最大8点分に影響するものと位置づけられていたこと及び平成13年度の人事評価ではC評価という低い評価をされていたことを考慮すれば,原告は,配分された内部生産目標を達成しなければならないという重圧感を感じていたものといえる。したがって,原告は,業務量及び内部生産目標により,強い心理的負荷を受けていたものというべきである。

(イ) 被告は,平成14年秋ころ以降,原告に専属のアルバイト従業員を付し,また原告の業務の一部を派遣社員に移管したところ,これらは,遅刻の増加等から窺われた原告の心身の不調に配慮した特別の業務軽減措置であり,同時期以降の原告の業務内容は軽いものであった旨主張する。

しかしながら,平成14年に原告に配分されていた業務量がそもそも多かったことは前記のとおりであること,概ね実際の労働時間に近いと解される業務月報上の「在社時間」は,平成14年10月が290時間,11月が261.5時間,12月が235.5時間と,依然として長時間であったこと,この時期にA3次長ら上司から原告に対し,早い時間の退社を積極的に勧めることがあったとは窺われないことなどからすれば,被告がとった業務軽減措置を考慮しても,なお原告の業務量が適切に調整されたとは解されず,上記措置の後も,原告は業務量及び内部生産目標により強い心理的負荷を受けていたものと認められる。

よって,被告の上記主張は採用することができない。

エ 平成15年3月19日以降の就業

(ア) 前記認定事実によれば,原告は,平成15年3月19日にA6医師により「身体表現性障害 以後1か月間の休養を要す」との診断書を受け,これを翌20日に被告に提出したが,その後も午前0時又はそれ以降までの残業を7日以上続け,同年4月1日に引継ぎを行った上で,翌2日からようやく自宅療養に入ったことが認められ,これによれば,既に休養を要するものと診断されていた原告にとって,上記10日余りの深夜残業を含む勤務は,強度の心理的負荷となったというべきである。

(イ) 被告は,原告自身が,平成15年3月20日以降も勤務を続けることを希望した旨主張する。

確かに,健康管理室メモの平成15年3月13日の欄には「役所の検査終了まで自分が3月まで出社して仕事を続けると。今休暇を取ると周りの目が気になり今度来ずらくなる。(中略)4月になったら休みをとりたいと」との記載があり,この時点では,原告が,復職したときの周囲の目を気にして3月末まで勤務を続けたいとの意思を表明していたことが窺われるものの,これは原告が周囲に気兼ねをしていただけであって任意の希望とはいい難いことは明らかであり,直ちに原告が休職を必要としない状態であったと解されない。上司としては原告の心身の状況を十分に確認して休職の必要性を判断することが求められていたというべきである。また,原告からA4看護師に送信された電子メールでは,A6医師から休養を要するとの診断を受けた同月19日に「引継ぎを受ける方がいないという状況が,部長からの説明では3月末日で解消されるとのことですが,次長の説明では,4月末日までは困難な状況のようです(中略)現在の状況が3月末までであっても非常に辛い状況です」(証拠<省略>),同月20日に「休養について部長より話がありました。A3さんが体調を崩したことは事実であり,3月中は無理ということになりました(中略)休養は4月1日より取れるように努力するとのことです」(証拠<省略>)と記載されているのであり,これによれば,遅くとも同月20日の時点では,原告が休養したい旨伝えていたのに対し,A14部長及びA3次長から引継ぎが可能となる4月までは認められない旨の返答がされていたことが認められる。

よって,被告の前記主張は,採用することができない。

オ 退職強要又は退職勧奨が認められないこと

(ア) 原告は,A4看護師が平成15年2月ころ,適応障害と判断された場合には退職してもらうことになるなどと述べて退職強要又は退職勧奨をした旨主張し,健康管理室メモに記載された平成15年2月4日の「仕事は好きだが,4-5年先の状態もこのままであれば,将来を考えると,今は決まっていない」及び同月20日の「今の仕事はしばらく続けたい。2-3年様子をみてダメなら今後の事を考える」などの原告の発言は,退職強要又は退職勧奨がされたのに対する応答であった旨主張する。

しかしながら,上記記載自体から,直ちにA4看護師が退職強要又は退職勧奨をしたと解することはできない。また,証人A4は,退職強要又は退職勧奨をしたことを否定し,産業医や主治医らと連絡をとりながら,原告に対し,病気が治るように,また復職ができるように働きかけてきたこと,自分の業務は相手方の気持ちをまとめて決めてもらうようにカウンセリングをすることが主であり,退職強要又は退職勧奨をするはずがないことなどを供述するところ,これらの供述は,健康管理室メモに逐一記載された経過や,産業医や主治医との連絡文書の内容に整合し,また原告が上記時期以降にも頻繁に健康管理室を訪れてA4看護師のカウンセリングを受けていることとも整合するから,信用することができる。

よって,原告の前記主張は採用することができない。

(イ) 原告は,A14部長が平成15年3月14日及び同年4月1日に休職が1か月以上になれば退職してもらうなどと述べた旨主張する。

しかしながら,被告は,これを否認している。原告は,健康管理室メモの同年3月14日の欄の「A14部長伝える。OK 不適応であれば本人のためにも数ヶ月のうちに方向を決める事も必要」との記載から,上記主張が裏付けられる旨主張するが,上記記載に続いて「だが,大切な人材でもあるため,治るようならきちんと対応はしていきたいと」との記載があり,A4看護師が同月19日にA9統括産業医に送信した電子メールにも「部長の話では,会社にとって人材は資源であるので大切にしたいが,会社に合わないようならお互いの為に早いうちに答えを出すことも必要では…と話されました」とされており(証拠<省略>),これらの記載を総合すれば,A14部長から原告に心理的負荷を与えるような退職強要又は退職勧奨がされたものと認めることはできない。b診療所の診療録には,平成14年3月14日に原告が「会社は『休んで治らないならやめてもらう』と言ってきた」旨述べたことが記載されているが(証拠<省略>),この記載からは,原告がA14部長ら被告側からその旨の発言があったと受け止めたことは認められるものの,A14部長が原告に退職強要又は退職勧奨をしたことを裏付けるものとはいえない。他に,同日及び同年4月1日に,A14部長から原告に対し,退職強要又は退職勧奨がされたことを認めるに足りる証拠はない。

よって,原告の前記主張は,採用することができない。

(3)  2回目の在宅期間前(平成15年5月~同年11月)における労働時間について

原告は,平成15年5月2日に,週5日出社・午前9時から午後5時までの勤務・軽減勤務との条件で復帰したにもかかわらず,同月下旬から6月上旬にかけて午後10時又はそれ以降までの残業を4回行い,うち1回は午前3時まで残業したこと,同年9月以降,午後10時又はそれ以降まで残業することが多くなり,同年11月には,午後10時又はそれ以降までの残業が15回,月間の時間外労働時間が100時間を超える状態になったと認められ,これらの労働時間は,精神症状による自宅療養から職場に復帰していた原告にとっては,強度の心理的負荷になったというべきである。

認定の詳細は,以下のとおりである。

ア 前記認定事実及び業務月報(証拠<省略>)によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 原告は,平成15年4月2日から同年5月1日まで1回目の在宅期間に係る自宅療養をした。

(イ) 平成15年5月2日に,週5日出社・午前9時から午後5時までの勤務・軽減勤務との条件で職場に復帰したところ,復帰直後は午後5時ないし遅くとも午後7時ころには帰宅していたが,同月下旬には,退社時刻が次第に遅くなり,同月23日が午後10時,同月28日が午前3時,同年6月3日が午後10時,同月12日が午後10時となった。

(ウ) 平成15年6月下旬からは,早い時間に退社できるようになり,同年7月28日には,A6医師により,身体表現性障害につき完全寛解との診断を受けた。

(エ) 平成15年9月には,退社時刻が遅くなり,午後10時ないし11時半となったことが8回あった。

(オ) 平成15年10月には,平日に午後10時ないし午前2時まで勤務したことが9回あり,休日出勤をしたことが1回あった。

(カ) 平成15年11月には,平日に午後10時又はそれ以降まで勤務したことが15回あり,休日出勤をしたことが3回あった。同月の労働時間は,252時間であり,労働日18日,法定労働時間8時間を基準とすると,月間の時間外労働時間は108時間となった。

(キ) 原告は,平成15年12月1日から出社できない状態となった。

イ 被告は,業務月報に記載された出勤時刻及び退社時刻は正確性がない旨主張するが,この主張が採用することができず,控えめにみても,原告の労働時間は,業務月報から導かれる「在社時間」を下回らないものと認められることは,前記同様である。

被告は,原告が遅刻を繰り返していたのに,業務月報の出勤時刻欄に午前9時と事実に反する記入がされている旨を主張するが,A11部長作成の職場状況報告書(証拠<省略>)を見ると,平成15年8月26日に「朝もほぼ9時出社」,同年10月28日に「定時出社も維持されており」と記載されているから,上記主張は採用することができない。

(4)  2回目の在宅期間前(平成15年5月~同年11月)における労働時間以外の心理的負荷について

ア 職場復帰の際の配慮の不足

前記認定事実及び証拠(証拠<省略>)によれば,原告は,平成15年5月2日に職場に復帰し,同月末までは,従前の班で後任者に引継ぎをしながら残務処理をすることになったが,当初は引継関係者が忙殺されていたためにスムーズな引継ぎができなかったこと,その後も1ないし2か月は,従前の業務に関して発注者や後任者からの問合せの電話等に対応していたこと,ときに発注者や後任者の要請に応じて実務作業をしていたこと,これらにより定時よりかなり遅く帰宅することがあったこと,それに負担を感じて後任者からの依頼を断ったことがあったが,それにより後任者との関係が険悪になったこと,同年6月20日にA6医師から「前の班の業務をさせることは病状悪化につながるため,今後させないように」との意見が述べられ,これを受けた被告が過去業務をさせない旨を決定したことが認められる。

以上によれば,平成15年5月2日の復職の際には,原告につき定時勤務・軽減業務の条件が付されていたにもかかわらず,同年6月20日ころまでの間は,上記条件が守られるような配慮が十分にされていなかったことが認められる。

イ 内部生産目標及び業務量

前記認定事実及び証拠(証拠<省略>)によれば,平成15年度(平成15年4月1日からの1年間)に原告に割り当てられた内部生産目標は2260万円とされていたこと,これは前年度の3435万円よりかなり軽減されていたが,原告は,1か月の自宅療養をし,その後も平成15年7月末まで定時勤務のみの軽減勤務をしていたため,この目標を達成できるかどうかについて不安を抱えていたこと,平成15年9月ころから退社時刻が遅くなり,平成15年11月には時間外労働時間が100時間を超えたこと,人事考課表の内部生産高欄には805との記載があり,これは原告が自宅療養に入った平成15年12月1日の時点で内部生産目標2260万円のうち805万円しか達成できていなかったことを示すものと解されることなどが認められる。

これらによれば,原告は,復職に際して,内部生産目標が前年よりもかなり軽減されたものの,自宅療養期間や軽減業務とされていた期間があったためによけいこの目標を達成できるかどうかについて不安を抱えることになり,平成15年9月ころ以降,この目標の達成が難しいことが明らかとなっていくにつれて,この不安が高まり,平成15年11月には時間外労働時間が100時間を超えるまでに業務を処理しなければならない状況に追いつめられたものと認められ,原告は,このような業務量及び内部生産目標により,強い心理的負荷を受けていたものというべきである。

ウ 労災申請妨害及び退職強要又は退職勧奨が認められないこと

(ア) 原告は,平成15年6月16日にA11部長及びA4看護師に対し,過重労働により1回目の在宅期間に係る自宅療養を余儀なくされたことにつき労災申請をしたい旨述べたのに対し,両名から「必要ない」「許さない」と強く言い迫られ,これが労災申請妨害に当たる旨主張する。

そこで検討するに,労働者が業務上の疾病にかかったとして労災保険給付の申請を希望する場合,請求書に必要事項を記載し,また事業主の証明を受けた上,必要書類とともに提出することとされている(例えば,休業補償給付につき労働者災害補償保険法施行規則13条1項,2項)。そして,一般に,事業主が上記証明その他の協力を拒む場合があり得るが,その場合でも,事業主の証明が得られない事情を労働基準監督署に説明して請求書を提出すれば,これが受理される扱いとなっている。これらのことは,通常一般の労働者にとっても,弁護士及び社会保険労務士等の専門家,労働組合等の各種支援団体並びに行政窓口等に相談したり,労災申請手続に関する解説書を読んだりすることにより,知ることができるものといえる(原告本人は,弁護士及や社会保険労務士に相談したことがある旨供述しており,健康管理室メモの平成15年10月21日の欄には「本人,弁ゴ師やA6 Drにも聞いたとの事で労災認定確定していると話する」との記載がある。)。また,事業主にも,労働者との間で,過重な業務に従事させていたことその他労務管理の問題があったことを争う機会が,相当といえる範囲では保障されるべきであるし,労災保険の手続をとらない代わりに会社内部の制度等により損害を補償し,併せて今後の就業の環境を整えるなどといった方向での協議ないし交渉をすることについては特段の問題があるとはいえない。

これらによれば,労働者から労災申請の希望が伝えられた場合,事業主としては,その要件該当性を争っているときにまで,請求書に証明をすることその他積極的にその申請に協力すべきことが法的に義務付けられているということはできない(労働者災害補償保険法施行規則23条2項も,事業主が争っている場合にまで上記のような義務を負わせるものとまではいえない。)。また,事業主が,当該労働者と協議又は交渉を行う過程で,事業主側の立場を主張し,又は事業主側と当該労働者との円満な関係を維持してその就業を促すなどの目的のために,労働者に対し,労災申請をしないように説得することは,その内容がその目的に照らして社会的相当性の範囲内である限り,不当であるということはできない。

本件では,A11部長は,平成15年6月16日に労災申請を希望する旨述べた原告に対し,「今はきちんと治療し,病気を治すことが最優先であり,労災申請については休暇が必要になったときに考えればいいことではないか」などと話したことは認めているところ(証拠<省略>),上記発言は,まず,病気を完全に治して就労することを促しているものであり,またその当時,原告は就労しており,給与は全額支払われ,特段の医療費の負担があったとも認められないのであって,その内容自体が労災申請をしないように圧力をかけるものとはいえず,その目的に照らしても,社会的相当性の範囲内のものというべきであり,これをもって不当な労災申請の妨害に当たるということはできない。そして,平成15年6月16日に,上記の範囲を超えて,A11部長及びA4看護師から,労災申請妨害に当たる言動がされた旨の原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

よって,原告の前記主張は,採用することができない。

(イ) 原告は,平成15年7月29日ころにはA15副支社長に対し,同年10月ないし11月にはA16次長に対し,労災申請をしたい旨及びそれを許さないのであれば就業規則における業務上の疾病と扱ってほしい旨を話したところ,「必要ない」「認めない」などと言われ,とりわけA16次長からは,①仮に労災が認められても,会社としては裁判にかけてでも争う,②原告の出身大学の後輩の内定が2名決まっているのだから考えろなどと述べて,労災申請妨害がされた旨主張する。

しかしながら,A16次長が上記②の発言をしたことを裏付ける証拠はない。また,上記①については,仮にこのような発言がされたとしても,その内容は,会社側の立場を説明ないし主張するという目的に照らして,社会的相当性の範囲内のものといえる。そして,上記の時期に,他にその範囲を超えるような不当な労災申請の妨害行為が,A15副支社長及びA16次長からされたことを認めるに足りる証拠はない。かえって,健康管理室メモの平成15年10月21日の欄には,原告がA4看護師に話した内容として「A16氏からは協力的な言葉受け,今後の治療に専念するよう,今後治らないようであればその時に労災認定についてサポートすると伝えられる。又,労災についてX氏が考えているように保証として効果的かという事も,A16氏から説明あり,得られるものは休みのみであると話あり,労力等かかることも説明受ける」旨の記載があり,これによれば,A16次長が原告に対し,労災申請を妨害するような発言をしていたと認めることはできない。

よって,原告の前記主張は,採用することができない。

(ウ) 原告は,平成15年11月にA10支社長に労災の請求書を提出したが突き返された旨主張する。

しかしながら,事業主側が労災の要件該当性を争っている場合に,労災保険給付の請求書における事業主の証明を義務付けられているとまでいえないことは前記のとおりである。また,平成16年1月13日のA11部長,A4看護師及び原告との面談記録(証拠<省略>)によれば,原告がA10支社長に対し,全く記入していない状態の請求書を持参したことを原告も認めており,そうであれば,A10支社長が必要事項を記入してから改めて持参するよう求めて原告に請求書を返却したとしても,これを不当な対応ということはできない。

よって,原告の前記主張は,採用することができない。

(5)  2回目の在宅期間以降(平成15年12月~平成17年12月)における労働時間について

原告は,平成15年12月1日から平成16年5月5日までは勤務せず,同月6日から平成17年4月22日(金)までは勤務し,同月25日(月)からは勤務していなかったところ,上記勤務していた期間について,長時間労働に従事していたものとは認められない。

認定の詳細は,以下のとおりである。

ア 平成16年5月から同年12月までの期間については,業務月報(証拠<省略>)上,平日はすべて出勤時刻が午前9時,退社時刻が午後5時とされ,休日出勤は同年11月13日(土曜日)の1回のみとされているところ,原告は,電子メールの送受信時刻や電子ファイルの保存時刻から退社時刻を修正すると,一定時間の残業をしていた旨主張する。

しかしながら,原告の上記主張によっても,上記期間における就業規則上の労働時間を超える時間外労働時間は,最も多い平成16年12月でも65時間弱(平成16年12月,証拠<省略>)であり,これは法定労働時間を超える時間外労働時間に計算し直すと45時間程度となる。加えて,後記のとおり,同月ころには,原告が毎日1ないし2時間程度遅刻していたことが認められ,これを考慮すれば,時間外労働はほとんどなかったものといえる。

以上によれば,原告が心理的負荷となるような長時間労働に従事していたとは認められない。

イ 平成17年1月から4月までの期間については,業務月報(証拠<省略>)上,出勤時刻がすべて午前9時とされ,退社時刻は午後8時ないし11時ころとされていることが多い。

しかしながら,前記認定事実によれば,①原告が,平成16年12月21日にA5看護師に対し,定時の午後5時に退社すると周りから冷たい目で見られるため,自分で調整し,午前10時ないし11時に出勤し,午後8時ないし9時に退社している旨を話したこと,②平成17年2月21日に,A23支社長が原告に対し,遅刻が最近特にひどいとして,定時に出社するよう指示したこと,③平成17年3月11日にA11部長が原告に対し,「九時出社,今年になってから一度も達成されていません」との電子メールを送信していること,④平成17年3月28日に河川部の部員が原告につき「最近午前中に出社することはなく,15~16:30に来ている」と話したこと,⑤A11部長は,原告の業務日報について,出勤時間が実際にはあまりに遅いのに午前9時と入力されているのを問題であるとして,同年3月後半から業務月報の承認を行わなくなったこと,⑥原告が平成17年4月18日にA6医師に対し,夕方出勤している旨話したことが認められる。これらによれば,退社時刻がときに午後11時ころになることがあったとしても,出勤時刻が昼ないし夕方ころであったというのであるから,この時期に,原告が心理的負荷となるような長時間労働に従事していたものと認めることはできない。

(6)  2回目の在宅期間以降(平成15年12月~平成17年12月)における労働時間以外の心理的負荷について

ア 業務量及び業務内容について

(ア) 前記認定事実によれば,原告は,平成16年5月に2回目の在宅期間から職場復帰し,しばらくは従前の担当業務の整理をし,同年7月下旬ころから,写真ライブラリー化の業務を担当することになったことが認められる。そして,原告は,平成16年9月ころ以降,A5看護師に対し,仕事はほとんど何もしていない旨を繰り返して話していたことが認められる。したがって,この期間の業務量が原告に強い心理的負荷を与えるものであったとはいえない。

(イ) 原告は,2回目の在宅期間から職場復帰した後,A11部長ら被告側が,原告に対して故意に仕事を与えず,「窓際族」の状態にするという嫌がらせ及び見せしめをした旨主張する。

そこで検討するに,前記認定事実及び証拠によれば,①原告は,平成16年5月6日の復帰以降,しばらくは従前の担当業務の整理をすることとされたこと,②平成16年6月16日に,被告で全社的に写真ライブラリー化の実施(登録枚数1万枚)が決定され,河川部では原告がこれを担当することに決まり,同年7月22日からその稼働が開始されたこと,③原告に対しては平成16年末までに登録枚数2100枚という目標が示されていたこと,④その業務の主な内容として,他の部員に登録方法を指導し,他の部員が撮影した写真の登録を代行するほか,原告自身が現場に行って写真を撮影して登録することも認められていたこと,⑤そのために原告が希望したGPS機能付きカメラの購入が認められたこと,⑥平成16年11月13日(土曜日)には,原告が休日出勤をして△△川災害写真撮影の準備をし,同月22日に△△川現場に行って写真を撮影したが,原告がGPS機能付きカメラを利用したのはこの1回程度であったこと,⑦河川部で登録された写真の枚数は,平成16年7月22日から同年9月9日までが231枚,同日から同年11月4日までは0枚,同日から平成17年1月24日までは769枚であり,同日以降,原告は写真ライブラリー化業務を行わなかったこと,⑧原告は,平成16年10月22日及び同年11月8日に会社側及び労働組合側との三者面談をし,そこでは原告が仕事を与えられないとして不満を述べるなどしていたが,平成17年1月11日に,原告からこの三者面談に参加しない旨をA23副支社長に通告したこと,⑨平成16年12月21日には,A5看護師に対し,「定時の午後5時に退社すると周りから冷たい目で見られるため,自分で調整し,午前10時ないし11時に出勤し,午後8時ないし9時に退社している」旨を話す状態になっていたことが認められる。

そして,証人A11は,職場復帰して定時内勤務のみに就労制限されていた原告について,従前のように班に所属していると班内でうまく行かなくなる可能性があること,発注者とのやりとりが原告に精神的負担を与えるであろうことなどの事情があった一方,写真ライブラリー化の業務は,対外的な責任をとらなくてよいこと,原告が得意とするパソコンで主に処理する業務であったこと,写真を集めるなどの際に他の部員とコミュニケーションをとる業務であったこと,そのコミュニケーションの中で原告に頼みたい他の業務が出てくることが期待されたことなどから,原告に担当させることとし,健康が回復したところで通常業務を担当させることを検討していた旨供述しているところ,このようなA11部長の対応に特段の問題があるものとは解されない。

原告は,写真ライブラリー化の業務は極めて単純な作業であり,正社員が担当するようなものではない旨主張するが,そのように容易にできる作業であれば,定時出勤及び定時退社を徹底して生活リズムを整え,購入したGPS機能付きカメラも活用するなどして積極的に与えられた写真ライブラリー化の業務に取り組み,早期に写真の登録枚数を増やして,対外的な責任のある業務を担当する準備ができていることを示した上で,A11部長に対し,新たな仕事を与えるよう求めるのが合理的な行動であるといえる。

しかし,原告は,写真の登録枚数を十分に増やさなかったが,これを増やさないことにつき十分な理由をA11部長らに説明していたとはいえず,かえって,満足できる仕事が与えられないなどと不満を述べることに終始し,そのような状態が続くうちに原告が再び著しい遅刻を繰り返すようになったことに照らせば,被告が原告に対し,対外的に責任のある業務を配分することができなかったのもやむを得ないというべきである。そして,会社側及び労働組合側が参加する三者面談に,原告の側から参加しない旨を通告したものであって,原告に与えられる仕事内容について労働組合の支援を受けながら協議することができる機会を自ら放棄したものといえる。

以上によれば,原告に対し,写真ライブラリー化業務以外に特段の業務を配分しなかったことをもって,嫌がらせや見せしめに当たるということはできず,原告の前記主張は,採用することができない。

イ 労災申請妨害及び退職強要又は退職勧奨が認められないこと

(ア) 原告は,平成16年1月13日に東京でA9統括産業医の診察を受けた後,喫茶店で食事をとりながらA11部長及びA4看護師と面談した際,両名が別紙4「平成16年1月13日面談における原告指摘の発言一覧」①ないし⑬の発言をし,これらが原告に対して労災申請を妨害する行為及び不当な圧力をかける行為であった旨主張する。

しかしながら,原告がA11部長らに無断で録音した約100分間にわたる面談記録(証拠<省略>)によれば,A11部長が面談を通じて原告に伝えていた内容の要旨は,(a)被告側は原告の自宅療養につき業務上の疾病によるものとは考えていないこと,(b)したがって,労災申請がされてもこれを争い,最終的には裁判になる可能性があること,(c)現在の問題状況を解決する方法として,労災申請には様々なデメリットがあり,これが得策とはいえないこと,(d)現時点では,労災申請にこだわるよりは,原告が早期に体調を安定させ,職場復帰を目指すのが最善の方法であること,(d)職場復帰に向けて被告に要望する事項があれば,被告側でも検討する用意ができているから,それをA10支社長宛の文書にまとめて提出してほしいことなどであったものと解され,A11部長も概ね上記の内容を伝えたかったものである旨を述べている(証拠<省略>)。

原告が指摘するA11部長及びA4看護師の発言の中には,原告に対し,労災申請をした場合に事実上生じるであろう不利益を挙げ,労災申請をしないように働きかけている部分があるとはいえるが,他方で,A11部長は「決断したら,早めにそっちにするかやな。労災するんやったら,ぶつぶつせんと」,「労災で認めてもらうっていうんやったら,それはそれでかまわんけど」,「職場復帰に関しても,そういう何か文,文面書いて出すとかいうのは,それに対して,文章で回答したやつを残してったらええと思うよ。(中略)だから,5つぐらい要求項目あるけど,これは認められない,これはいいとかいう判断もらって,自分の健康も見て,復帰する価値があるんやったら,復帰したらいいし,これ,労災で突っぱねたらええと思ったら,労災で突っぱねたらええし」などと述べ,A4看護師は「Xさんがそういうふうな書類を申請して(労災保険給付の請求書を会社に提出して),あの,会社がそれを認めるか認めないかというのは,支社長も用紙をもらったら,それで判断しますっていうふうには言ってたんで」などと述べている。これらの発言及び会話全体の流れを見ると,労災申請へのこだわりを見せる原告に対し,A11部長及びA4看護師は,原告が労災申請を選択するのであれば構わないとしつつ,前記(a)ないし(d)のとおり,労災申請にこだわるよりも,まずは体調を整え,被告との間で職場復帰に向けての協議をするのが最善の方法であるなどとして,被告側の立場からの説得を尽くしているものと認められるのであって,面談の最後にA11部長が「せっかく一緒になったんやからさ,なあ,ええ方に解決しようね」などと述べていることも,上記認定に沿うものといえる。したがって,前記面談において,A11部長及びA4看護師が,原告に対し,労災申請をするかどうかについての自由な判断を妨げるような態様及び内容の発言をしていたとは認められない。

そして,A11部長が原告に対し,D評価や降格になるとか,配置転換先が限定されるなどと述べた部分については,これだけを取り出すと問題とする余地がないとはいえないものの,①喫茶店で食事をとりながらの約100分間の面談の中で一時的に現れた話題であり,その状況からみて,D評価,降格及び配置転換等が決定事項として述べられたものでないことは明らかであること,②これらの点について,原告に対し,D評価,降格及び配置転換等の承認その他何らかの行為を迫る発言はされていないこと,③発言の内容も,前後の流れを併せてみれば,会社側の立場,すなわち原告の自宅療養を業務上の疾病によるものと認めない立場からは,自宅療養が続く状態を人事上不利益に扱わざるを得ないことを説明した上で,評価等にこだわらず,まずは病気を治すことに専念し,職場復帰をしてから徐々に通常業務をこなして評価を上げていけばよいではないかなどとし,職場復帰後の人事評価に関して要望事項があるのであれば,それも文書に記載すればよいなどと提案しているものであったことが認められる。

これらによれば,A11部長及びA4看護師は,原告が出勤しない状態が続いているという問題状況を解決する方策について原告と協議する中で,原告との円満な関係を維持してその職場復帰を促す目的及び会社側の立場を明らかにする目的等のために,原告に対し,労災申請をしないように説得し,また人事面の扱いを説明していたものであるところ,原告が指摘する発言の内容は,いずれもその目的に照らして,社会的相当性の範囲内のものということができるから,これが原告に不当に心理的負荷を与えるものということはできない。また,実際にも,原告について降格や減給はされていない。

(イ) 原告は,平成16年3月2日のA10支社長らとの面談において,原告が「労災申請を選択した場合には,懲戒解雇や提訴を行うとうかがっているが,そうか」と尋ねたのに対し,A10支社長が「ああ」と頷いたこと及びA10支社長が最終通告として職場復帰するのか退職して労災申請をするのかの選択を迫った旨主張し,原告の陳述書(証拠<省略>)にはこれに沿う記載があり,b診療所のカルテの同日の欄(証拠<省略>)には,原告がA6医師に「申請したらクビという事と言われた」旨の記載がある。

しかしながら,被告はこれを否認しており,被告側が当該面談のために作成した方針メモ及び面談結果メモをみても,A10支社長らがそのような内容の発言をしたとは解されない(証拠<省略>)。原告が指摘する各証拠からは,原告が,A10支社長らから労災申請をすれば解雇するという意味の発言がされたと受け止めたことは認められるが,それをもって,直ちに実際にA10支社長らがその旨の発言等をしたことを認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって,原告の上記主張はそのまま採用することができない。

(ウ) 原告は,平成17年2月末ころ,A23支社長から,和解金500万円又は労災の打ち切り補償として給与1200日分を支払うのと引き替えに退職するよう求められ,退職強要をされた旨主張し,A23副支社長作成のメモ(証拠<省略>)はこれに沿うものであるとする。

しかしながら,A23支社長からそのような和解案の提示があったとしても,前記認定事実によれば,原告は,平成17年2月末ころには,与えられた写真ライブラリー化の業務をしない状態になっており,著しい遅刻をして昼以降に出勤することが常態化しており,会社側及び労働組合側との三者面談への参加も拒否していたことなどの事情が認められ,これらの状況からは,原告が被告における勤務につき意欲を失っているものと受け止め,問題の解決策の1つとして,被告側が上記のような和解案を提示することは,それが退職の強要に及ぶものでない限り,不当なものとはいえない。そして,実際に原告が平成17年2月末以降も引き続き被告に在職していることを考慮すれば,A23副支社長が退職を強要したものとは直ちに解されず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって,原告の前記主張は,採用することができない。

3  争点2(精神疾患の有無及び種類)について

(1)  1回目の在宅期間に至るまでの精神症状の推移

ア 前記認定事実によれば,原告につき以下の事実が認められる。

(ア) 平成14年6月ころ,腹痛,血尿,下肢腫脹を訴えて通院していたことがあった。

(イ) 平成14年12月ころには,朝出社前の嘔吐や,倦怠感の症状が生じ,同月11日,健康管理室でSDS(自己評価式抑うつ性尺度)検査を受けたところ,やや高い52点という結果であった。

(ウ) A3次長から遅刻を強く注意されていたのに,平成14年12月23日から25日まで3日続けて,午前11時ないし12時に出勤した。

(エ) 平成15年1月15日以降,昼過ぎないし夕方に出勤するという著しい遅刻が常態化し,これが自宅療養に入る同年4月1日まで続いた。

(オ) 平成15年1月31日に会社に連絡せずに欠勤し,同年2月24日にも出社しなかった。

(カ) 平成15年2月26日,A6医師により身体表現性障害と診断され,同年3月6日,A24医師により身体表現性障害及び適応障害と診断された。

イ 以上によれば,原告は,業務が非常に繁忙であった平成14年6月ころに腹痛,血尿及び下肢腫脹を訴えていたことがあり,このころには体調不良が生じていたといえる。そして,同年12月11日ころには,やや抑うつ状態といえる自覚症状が生じており,同月23日から25日にかけては,A3次長から遅刻しないように厳しく注意されていたにもかかわらず,朝の嘔吐等の症状により,3日続けて午前11時ないし12時にしか出勤することができない状態に至っていたものであり,遅くとも平成14年12月26日には精神疾患が発症したものと認められる。

なお,原告は,同日の忘年会で,A3次長から遅刻について厳しく叱責され,嘔吐して動けなくなったことがあり,精神疾患が発症したのは遅くとも同日である旨主張するところ,そのような出来事があったことを裏付ける証拠はないが,上記のとおり,同日の前に3日続けて著しい遅刻をせざるを得ない状況に至っていることから,遅くとも同日には精神疾患が発症したものと解される。

(2)  2回目の在宅期間に至るまでの精神症状の推移

ア 前記認定事実によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 原告は,1回目の在宅期間中の平成15年4月23日,A6医師により,身体表現性障害につき「ほぼ寛解状態にあり,本年5月2日以降の就労は可能である」と診断され,同年5月2日に職場復帰した。

(イ) もっとも,同年4月23日以降も同年10月27日まで,月に1ないし4回通院を続け,通院のたびに通常の処方量の半分程度のメイラックス(神経症や心身症のための薬)の処方を受けていた。

(ウ) 平成15年5月ないし6月に,A4看護師やA6医師に,前の班の仕事を引き続き処理させられる状況に悩みがある旨を頻繁に話したが,その状況がなくなってからは,特に悩みがある旨は話さなくなった。

(エ) 平成15年7月28日,A6医師により,身体表現性障害につき「完全寛解と考えていい状態と考えます」と診断された。

(オ) 平成15年12月1日から出社することができなくなり,同月2日にはA6医師に「本日も会社に行けなかった。このまま行ったら潰れてしまう。Pm5:00までふとんのなかですごす」などと話し,A6医師により抑うつ状態と診断された。同月には,A6医師の診察を11回受けた。

イ 以上によれば,原告の精神疾患は,平成15年4月23日にほぼ寛解状態,同年7月28日に完全寛解の状態となったものの,月1ないし3回の受診及び投薬治療は続けており,完治には至っていなかったところ,同年12月1日に再び発症(再燃)したものといえる。

(3)  2回目の在宅期間以降の精神症状の推移

ア 前記認定事実によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 平成16年1月7日,A6医師により,抑うつ状態につき症状はほぼ寛解状態にあり,同月13日以降就労可能と診断された。

(イ) 同月13日にA9統括産業医の診察を受け,医学的には復職可能であるが,労働関係の問題の解決方針が決まるまでは復職を許可できないとのA9統括産業医の意見により,引き続き自宅療養を続けた。

(ウ) その後,A10支社長らと3回にわたり面談し,それまでの自宅療養につき就業規則における業務上の疾病によるものと扱うとの被告側の譲歩等もあって,平成16年5月6日に職場に復帰した。

(エ) 平成16年5月の職場復帰後にA6医師の診察を受けたのは,平成16年8月9日及び平成17年4月18日の2回のみであった。

(オ) 平成16年12月ころから遅刻がひどくなっていったが,同月21日,A5看護師と面談し,午後5時に帰宅すると周りから冷たい目で見られるため,自分で調整して遅く出勤して遅く退社しているのであって,体力や精神的には問題はない旨話した。

(カ) 平成16年10月22日及び同年11月8日に,会社側及び労働組合側と三者面談をし,仕事内容や人事考課等の不満を述べたが,解決の見込みがないと考えて労災申請を再び強く希望するようになった。

(キ) 平成17年1月11日,A23副支社長に対し,過去の在社時間につき賃金未払分を支払うよう求めた。

(ク) 平成17年2月10日,A5看護師と面談し,考えごとをしていて眠れないことがあるが,病気とは違うので大丈夫である旨話した。

(ケ) 平成17年4月18日,A6医師の診察を受け,現在の状況や,労災申請を巡る被告との関係悪化の経緯を話した上,自宅療養を認める診断書の作成を依頼したが,A6医師から,今は労使紛争の段階であり,もはや対応できないとして断られた。

(コ) 平成17年4月25日以降,出勤しない状態となった。

(サ) 平成17年4月30日,e診療所で診察を受け,自宅療養を認める診断書の作成を依頼したが,A25医師により,被告との労働関係が悪化した経緯を聴き取られた上,診断書の作成を断られた。

(シ) 被告から,休業の必要性を認める診断書を提出するか出勤するかを命じる平成17年6月1日付け及び同月14日付け文書を受領した。

原告は,同年10日にA26部長に対し,会社からの不当な扱いにより身体及び精神の健康を害される可能性があるため,出勤が困難であるなどとする電子メールを送信したが,そこには現に身体及び精神の健康が害されている旨の記載はない。

(ス) 平成17年6月17日,A12医師の診察を受け,睡眠障害との診断を受けた。しかし,A12医師は,A4看護師に対する書面に,上記診断は原告の訴えに基づいたものであり,原告は心身症(心理的ストレス要因に影響された身体疾患)の病態を呈していないことを記載した。

(セ) 平成17年9月21日,A9統括産業医の診察を受け,MMPI検査を受けた。そして,A9統括産業医により,就労は可能と診断された。

(ソ) 平成17年10月7日,全国建設関連産業労働組合連合会副委員長に協力を求める手紙に,出社しても「窓際族」状態で耐えるだけの毎日でとても出社できる状態ではないこと及び睡眠障害で自宅療養の診断書をもらったが,おそらく会社を休むほどではないことを記載した。

イ 以上の事情によれば,原告は,平成16年1月7日にA6医師により,抑うつ状態につきほぼ寛解状態と診断され,その後は特段の精神症状を訴えておらず,遅く寝て遅く起きるという乱れた生活リズムとなり,定時に出勤することができない状態となっていたことは認められるものの,原告を実際に診察した4人の医師(A6医師,A25医師,A12医師及びA9統括産業医)がいずれもこれを精神疾患又は心身症による症状と認めていない。睡眠障害と診断したA12医師も,原告の訴えに基づいてそのように診断したものであって,原告が少なくとも同医師の専門領域である心身症の病状を呈していないと述べており,原告自身もこれを病的なものとは述べていなかったものである。

したがって,原告の精神疾患は,平成16年1月7日ころには寛解状態にあり,それから相当期間が経過した時期すなわち遅くとも平成17年に入ったころには完治していたものと認められる。

ウ 原告は,A12医師が前記(ス)のA4看護師宛書面を作成したのは,偏った情報が記載されたA4看護師作成の診療情報提供書に影響されたためである旨主張する。

しかしながら,上記診療情報提供書を見ると,確かに原告の指摘する原告に有利な事情は書かれていないが,その内容は概ね前記認定事実に沿うものであり,事実に反する情報や,著しく偏った情報が記載されているとまでは解されない。またA12医師としても,これが被告側に近い立場から記載されたことは容易に推察されるところであるといえるから,同医師が全面的にその内容を信用したものとは直ちに解されない。加えて,A12医師作成の上記書面(証拠<省略>)には,原告の訴えに基づいて睡眠障害と診断したものであること,原告が心身症の病状を呈していないこと,精神障害,人格障害,行動障害などパーソナリティに踏み込んだ診察は専門外であることなどが記載されているところ,この説明は,原告を実際に診察した観点から,判断した事項及びその判断過程と,判断することができなかった事項を区別して説明しているものというべきであり,上記診療情報提供書の記載内容に大きく影響されたものとは解されない。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  精神疾患の種類について

原告が,どのような精神疾患にかかっていたかについて,A6医師は「身体表現性障害」(平成15年2月26日診断)及び「抑うつ状態」(同年12月2日),A9統括産業医は「妄想性人格障害」(平成16年1月13日診断),A17医師は「うつ病」(平成22年3月30日診断,発症時期は平成14年12月初中旬),A12医師は「睡眠障害」(平成17年6月17日診断)としており,医師の診断が分かれているといえるため,それぞれについて以下検討する。

ア 身体表現性障害について

平成15年2月26日に,A6医師が身体表現性障害と診断した。確かに,原告の症状は,身体表現性障害のうち「特定不能の身体表現性障害」(症状の持続期間が6か月未満の場合)又は「鑑別不能型身体表現性障害」(症状の持続期間が6か月以上の場合)の診断基準を概ね満たすものといい得る(証拠・人証<省略>)。

しかし,身体表現性障害の診断基準に「その障害は,他の精神疾患ではうまく説明されない」との項目が含まれているところ,原告の症状が人格障害やうつ病等他の疾患に当たるとすれば,この項目に基づき,身体表現性障害に該当しないことになる。

イ 抑うつ状態について

平成15年12月2日にA6医師が抑うつ状態に当たると診断したが,抑うつ状態は,症状であり,これが病名を特定するものではない(証拠<省略>)。

ウ うつ病について

(ア) A17医師は,原告が遅くとも平成14年12月初中旬にはうつ病にかかり,本件解雇時には寛解に至っていなかった旨の意見を述べている(証拠<省略>)。

(イ) そこで検討するに,A17医師が行った診断の過程は以下のとおりであったと認められる(証拠<省略>)。

a 原告から医学意見書の作成を依頼され,本件訴訟記録の大部分を通読した上,平成22年3月30日午後1時から午後11時30分まで約10時間30分にわたり原告と面接した。

b 上記面接では,主にMINI(精神疾患簡易構造化面接法,Mini International Neuropsychiatric Interview)を実施した。

c まず,面接日である平成22年3月30日時点でMINIを一通り実施し,次に,原告が最も心身の状態が悪かったと述べた平成15年2月中旬時点での症状につきMINIを実施した。これは,「もし平成15年2月中旬ころ,これから質問するような質問を受けていたとしたら何と答えていたでしょうか。その根拠とともにお答えください」とした上で,MINIを実施したものである。そして,他に平成13年4月から平成22年3月30日までの間の16の時点でも同様の形でMINIを実施した。

(ウ) しかし,A17医師の上記診断方法には,以下の問題点があるといえる。

a 「もし平成15年2月中旬ころ,これから質問するような質問を受けていたとしたら何と答えていたでしょうか」として質問をした場合,記憶の正確性の問題があり,患者が正確にその時点での状況に基づいた回答ができるかは疑問の余地が大きいといえる。例えば,平成13年4月時点は,平成22年3月30日の約9年前であり,そのような遠い過去の状況につき十分な記憶喚起ができるとは通常は解されない。

b MINIにより,過去の時点における患者の状況を正確に診断できることについては,これを裏付ける資料がない。かえって,MINIは,ICD-10及びDSM-Ⅳ-TRに準じて作成された診断面接法であるところ(証拠<省略>),DSM-Ⅳ-TRの序文には,「このマニュアルに含まれる診断基準を有効に適用するためには,各診断基準群に含まれている情報を直接評価できるような面接が必要である」「DSM-Ⅳ診断は,通常,その患者に現在みられる状態について適用され,すでに回復してしまった過去の診断を示すためには使用されない」などの記載がある(証拠<省略>)。

c MINIにおける大うつ病エピソードの診断モジュールは,「この2週間以上,毎日のように,ほとんど1日中ずっと憂うつであったり,沈んだ気持ちでいましたか?」「この2週間以上,ほとんどのことに興味がなくなっていたり,大抵いつもなら楽しめていたことが楽しめなくなっていましたか?」との質問のほか,これらをより具体的に尋ねる9個程度の質問に「いいえ」又は「はい」で答えるものであるところ(証拠<省略>),被験者がうつ病との診断を受けたいと考えた場合には,回答を操作することは困難ではないものと窺われる。したがって,特に,精神疾患にかかったことが争われている損害賠償請求訴訟を提起している被験者に対し,上記モジュールによる質問をした場合には,その回答に操作が混入していないかにつき相当慎重な検討が必要であるものと解される。

なお,証人A17は,原告が受けてきたMMPI検査やSPI検査の中でL尺度(嘘つき尺度)が低い点数であったことから,原告が回答を操作した可能性は小さいと供述するが,本件訴訟提起よりも相当前の時期に行われた複数の検査において誠実に回答したという点をもって,本件訴訟提起後に行われたMINIにおいて回答を操作した可能性がないと直ちに推認することはできない。

d 平成15年2月以降平成17年まで原告を実際に診察したA6医師,A24医師,A9統括産業医,A25医師及びA12医師は,いずれも原告がうつ病であったとは診断しておらず,A9統括産業医はうつ病ではないと診断し,A6医師もうつ病の診断基準を満たさなかった旨を述べている。

なお,証人A17は,A9統括産業医の診断について,原告の症状がうつ病の診断基準に当てはまるかどうかを検討している形跡がなく,精神科医としては問題が大きいものである旨述べる。

しかしながら,証人A9は,①精神科医が扱う患者の中で,うつ病患者には自殺の危険があるため,一般に精神科医が初診の際に最も留意するのは,うつ病にかかっているかどうかであること,②長年臨床に携わっている精神科医であれば,うつ病患者に共通する「生気に乏しい,憂うつで疲労感の漂う顔貌,精神運動障害を現す焦燥性,遅滞ないし静止,思考の渋滞」などの所見を読みとることができるところ,当時の原告にはそのような所見が認められなかったこと,③一般にうつ病患者は,自罰的に自分の至らない点を挙げ,自らを必要以上に責めてしまう性向があるが,原告にはそのような性向がみられず,環境側に責任があるとする性向があったことなどを供述しており,上記①ないし③の説明内容は,いずれも合理的なものと解され,上記②,③の点は,前記認定事実に現れた平成14年から平成17年にかけての原告の言動,態度にも概ね沿うものといえる。また,A9統括産業医は,2回の診察に先立ち,いずれもMMPI検査を実施しており,これも参考にした上で診断を行ったものである。

したがって,単に,MINIを実施しておらず,また会話の中でうつ病の診断基準に係る質問をそのままの形でしていないからといって,A9統括産業医の診断に問題があったということはできない。

(エ) 以上によれば,原告がうつ病にかかっていたとするA17医師の意見については,その診断方法に疑問を容れる余地があることに加え,原告を直接診断した多くの精神科医又は心療内科医の意見に整合しないことに照らし,そのまま採用することができない。

エ 妄想性人格障害について

(ア) 証人A9は,原告の病状について,私傷病としての人格障害(おそらく妄想型人格障害)の顕在化の結果生じた適応障害であると判断されると供述する(証拠<省略>の陳述書も同旨)。

(イ) そこで検討するに,A9統括産業医の上記診断に沿う以下の事情が認められる。

a 以下の原告の言動は,人格障害の診断基準(証拠<省略>)及び「他人の動機を悪意のあるものと解釈するといった,広範な不信と疑い深さが成人期早期に始まり,種々の状況で明らかになる」との妄想性人格障害の診断基準(証拠<省略>)にあてはまり得る事情であるといえる。

(a) 平成15年12月1日,原告は,会社に連絡なく出社しなかったところ,原告の寮に,着信したときから保留音が流れ続ける会社発信の電話があったことについて,嫌がらせ電話がされたとして,A4看護師に対し,社内で調査するように求めた。しかし,状況からみて,河川部の部員のいずれかが原告を心配して電話をかけたが,電話がうまくつながらずに保留音が流れたと推察することが十分に可能であり,これをもって嫌がらせ電話がされたものと思うことは通常とはいえない。

(b) 平成16年4月13日にA15副支店長とA11部長が原告宅マンションを訪れ,管理人に名刺を渡して事情を話し,玄関のオートロックを開けてもらい,居室のドアの前まで行ったことについて,その後,これを知った原告が管理人に電話をかけ,プライバシー侵害であるなどと強く抗議した。しかし,原告は,平成16年3月下旬以降同年4月16日ころまで被告側との連絡を絶っていたのであり,上記状況からみて,連絡を絶っていた原告を心配して上記訪問がされたことは明らかであるのに,これに対して抗議した原告の上記言動は,通常とはいえない。

b 平成17年9月21日実施のMMPI検査の結果では,「診断:パラノイド傾向」「なんでもない場面を悪意に解し,不十分なデータに基づいて一足飛びに結論を出してしまう」「疑い深く,他者を信用せず,動機を邪推する」などと評価されている(証拠<省略>)。

なお,原告は,f病院のA27臨床心理士により,同じMMPI検査結果から,人格障害が窺われないとの評価がされた旨主張し,上記臨床心理士作成の心理検査報告書(証拠<省略>)を提出するが,同じ検査結果からは1つのハサウェーコードが導かれるはずであるのに,上記報告書では前記結果とは異なるハサウェーコードが前提とされている旨の被告側の指摘に対し,原告から十分な反論がされていないことに照らし,原告の上記主張は採用することができない。

c 平成15年12月18日実施のMMPI検査では,肯定的な評価もあるものの,否定的な評価として「著しく未熟である。自己顕示欲が強く,気分は変わりやすい。他人から注目と愛情を期待して過度に演技的行動をとる」などの記載がある(証拠<省略>)。

d 平成12年5月25日実施のMMPI検査でも,肯定的な評価が多いものの「いくらか未熟なところがある。自己中心的で暗示にかかりやすく,ややわがままである」などの記載がある(証拠<省略>)。

(ウ) しかし,A9統括産業医の診断には,以下のような問題点がある。

a 証人A9は,平成16年1月13日の初診までに,被告から提供された資料に基づき,原告につき統合失調症か,又は妄想性人格障害に伴う強い妄想反応が起きていると推測した上,上記の初診時の面談により,妄想性人格障害であるとほぼ確定診断した旨供述する。

しかし,被告から提供された資料の中には,①原告のキャラクターに問題がある旨のA3次長の評価や,②原告が,過重性のない業務について過重であると不満を述べている旨の被告側の評価が多く含まれているところ,上記①のA3次長の評価については,前記(2(2)イ)のとおり,A8次長の評価と合致する部分については合理的であるといえるものの,その余の相当部分については,A3次長が原告に対する悪感情に基づき,客観的とはいえない評価をしているものであるといえる。また,上記②については,前記(2(1),(2))のとおり,原告の業務に過重性があったものと認められ,原告がそのような業務について不満を述べたことをもって,不合理であるとはいえない。

したがって,A9統括産業医は,前記認定事実とは異なり,被告側の主張に偏った事情が多く記載された資料に基づいて,原告につき妄想性人格障害の可能性があると予め推定し,それを確認する観点から初診に臨んだという問題がある。

b A9統括産業医が平成15年12月24日にA4看護師にファックス送信した「X manual」には「病気の原因として,業務上で例外的でかつ過大な負荷があったとは会社側は考えていないこと」を原告に伝えるべきであることを指導しているところ,この内容は,原告の業務に過重性があったとの前記認定(2(1),(2))と異なっているのであって,A9統括産業医が,前記認定事実とは異なる被告側の主張どおりの事実を前提として原告の診断をしていたことに留意する必要があるといえる。

c A9統括産業医は,原告の人格障害を示すものとして,約30の言動を列挙しているところ(証拠<省略>),これらの大半は,原告が業務や上司について不満を述べたという内容であるところ,これらも被告側の主張どおりの事実を前提としたものといえる。前記認定(2(1),(2))のとおり,原告が過重性を有する業務に従事しており,上司との関係が悪く,その原因が原告だけにあったとは必ずしもいえないことなどを前提とすれば,いずれの言動も,人格障害の診断基準に直ちに当てはまるものとはいえないから,この点で,A9統括産業医の前記診断は,再検討を要するものといえる。

(エ) 以上によれば,原告が人格障害(おそらく妄想性人格障害)であったとするA9統括産業医の診断については,これに沿う事情もあり,一概に否定することはできないものの,上記問題点に照らせば,上記診断を全面的に採用することはできない。

仮に,原告の精神疾患が人格障害に当たるものであったとしても,その発現には,遺伝的要因のほか環境的要因も寄与し,環境的要因には,生育歴等のほか,過重性のある業務に従事したことなども含まれるものと解される(証拠<省略>)。そして,過重性のある業務というという環境的要因が大きく寄与し,又は最終的な契機となって,はじめて人格障害による精神症状が現れた場合は,過重性のある業務と精神症状が生じたこととの間に相当因果関係が認められるものというべきである。証人A9の供述も,上記認定を否定するものとはいえない。

オ 睡眠障害について

平成17年6月17日に,A12医師が睡眠障害であり,1か月の休養を要する旨の診断書を作成している。

しかしながら,平成17年6月17日当時,原告に病的な睡眠障害があったと認められないことは前記((3)イ,ウ)認定のとおりであるから,原告が精神疾患としての睡眠障害にかかっていたということはできない。

4  争点3(精神疾患の業務起因性の有無及びそれに関する被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反の有無)について

(1)  精神疾患の業務起因性の有無について

ア 1回目の在宅期間について

原告は,①平成14年に控えめにみても年間3565.5時間(時間外労働時間は月平均約135時間)という著しい長時間労働に従事したこと,②長時間労働及び深夜残業が恒常化し,必要に応じて休暇をとることもしにくい職場の雰囲気があったこと,③上司との関係が悪かったこと,④業務量が多く,配分された内部生産目標を達成すべき重圧感を感じていたことなどから,強度の心理的負荷を受けており,それにより,遅くとも平成14年12月26日には精神疾患を発症したものといえる。

そして,平成15年1月から3月にかけても,⑤長時間労働に従事したこと(1月及び3月の時間外労働時間はいずれも100時間を超えていた。),⑥平成15年3月19日には1か月の休養を要する旨の診断書が作成され,休暇を申し出たのに,これを拒絶され,更に同年4月1日まで深夜残業を含む勤務を続けたことなどにより,引き続き強度の心理的負荷を受け,それにより,精神疾患が悪化したものといえる。

精神疾患の内容としては,仮に人格障害に当たるものであったとした場合,周囲の人々との関係悪化や各種精神症状の発現は,平成13年以前には認められず,平成14年ないし平成15年以降に生じたものであること,平成14年に従事した長時間業務の程度は年間を通じて著しいものであったといえることなどに照らせば,人格障害による精神症状が現れたことについて,過重性を有する業務に従事したことなどが寄与したところは相当程度大きかったものといえる。したがって,人格障害の遺伝的要因及び生育歴等の環境的要因は有していても,これが精神症状としては現れていなかったところ,上記のとおり過重性を有する業務に従事したことなどの環境的要因を契機として人格障害による精神症状が発症したものといえる。

また,精神疾患の内容が,人格障害に当たるものではなかったとしても,前記のとおり,過重性を有する業務に従事したことなどにより,身体表現性障害を発症したものといえる。

そうすると,いずれにしても,過重性を有する業務に従事したことなどと,精神疾患の発症との間には,相当因果関係が認められるものというべきである。

イ 2回目の在宅期間について

原告は,その後,精神疾患が寛解したが,完治まではしていない状況であったところ,①平成15年5月から6月にかけて,職場に復帰した直後であり,勤務時間の制限がされていたのに,十分に勤務上の配慮がされず,一定期間,深夜残業をしたこと,②平成15年9月以降,深夜残業を含む勤務をするようになり,同年11月には時間外労働時間が100時間を超える長時間勤務をしたこと,③自宅療養が認められ,又は勤務軽減がされていたものの,内部生産目標の軽減が十分されておらず,内部生産目標を達成すべき重圧感を恒常的に感じていたことなどにより,強度の心理的負荷を受け,それにより,平成15年12月1日に精神疾患が再燃したものといえる。上記のとおり過重性を有する業務に従事したことなどと,精神疾患の再燃との間には,相当因果関係が認められる。精神疾患の内容については,上記同様である。

ウ 2回目の在宅期間後について

原告は,平成16年1月7日に精神疾患が寛解した旨診断され,それ以降,精神症状があったとは認められないから,上記診断から相当期間が経過した時期すなわち遅くとも平成17年1月ころには,精神疾患は完治していたものと認められる。

(2)  被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反の有無

ア 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。労働基準法は,労働時間に関する制限を定め,労働安全衛生法65条の3は,作業の内容等を特に限定することなく,同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが,それは,上記のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の右注意義務の内容に従って,その権限を行使すべきである(最高裁判所平成12年3月24日第2小法廷判決・民集第54巻3号1155頁参照)。

そして,上記義務違反は,使用者において,不法行為上の注意義務違反を構成すると同時に,労働契約上の安全配慮義務違反を構成するといえる。

イ 前記のとおり,原告は,過重性のある業務を担当したことなどにより,強度の心理的負荷を受け,それにより,精神疾患を発症し,その後も寛解しては再燃を繰り返すという経過をたどったものといえる。

前記認定事実によれば,被告においては,かねてから従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており,また従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたといえる。

平成14年から平成15年3月にかけての原告の業務についてみると,A14部長及びA3次長は,平成14年から15年3月にかけて,原告の残業時間の申告が実情より相当少ないものであり,業務遂行のために徹夜まですることもあることを認識していた。そして,平成14年10月ころから原告の遅刻が著しくなり,平成15年1月下旬からは夕方に出勤することを繰り返した上,平成15年2月26日にA6医師に身体表現性障害との診断を受けたことを認識したにもかかわらず,A14部長及びA3次長は,原告の業務の量等を適切に調整するための措置を十分とることなく,平成15年3月18日にはA3次長が「Xへ ええ加減にしろ!」「バカタレ」などの文言を記載したメモを原告の机に置き,同月19日に1か月の休養を要するとの診断書が提出されたのに,その後も約10日間にわたり,深夜残業を含む勤務を継続させたものである。

平成15年5月以降の原告の業務についてみると,A11部長及びA8次長は,精神疾患による自宅療養から職場に復帰した原告が,前の班の業務を引き続き担当することにより時に深夜残業をしていることを認識していたものというべきであり,また平成15年9月以降,深夜残業が増えていき,同年10月ころからは再び著しい遅刻をするようになって,原告の体調が良好な状態ではなくなったことを認識したにもかかわらず,A11部長及びA8次長は,適時に原告の業務の量等を適切に調整するための措置をとらなかったものといえる。

ウ 以上によれば,原告の上司であるA14部長,A11部長,A3次長及びA8次長には,原告が著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら,その負担を軽減させるための措置をとらなかったことについて過失があり,これにより,被告は不法行為上の注意義務違反又は労働契約上の安全配慮義務違反に基づく責任を負うものというべきである。

5  争点4(本件解雇の有効性)について

(1)  本件解雇の有効性について

ア 前記認定事実によれば,本件解雇に至る経緯について,以下の事情が認められる。

(ア) 原告は,平成17年4月22日に同年6月9日まで年次有給休暇を取得する旨を業務月報に入力し,同年4月25日以降出勤しなかった。

(イ) 被告は,原告に対し,平成17年6月1日付け文書及び同月14日付け文書により,出勤するか,又は休養の必要性を認める診断書を提出するかのいずれかをするよう指示した。これに対し,原告は,同年10日にA26部長に対し,会社からの不当な扱いにより身体及び精神の健康を害される可能性があるため,出勤が困難であるなどとする電子メールを送信するに留まり,出勤しなかった。

(ウ) 原告は,被告に対し,平成17年6月17日以降,約1か月ごとに,1か月間の休養の必要性を認めるA12医師の診断書を提出した。

被告は,この診断の当否を確認する必要があると判断し,原告に対し,①同年7月11日付け文書で産業医の診察を受けるよう指示し,②同年8月4日付け文書で被告がA12医師から医療情報を取得することにつき同意書を送付するよう求めたが,原告は早期にこれに応じず,①については同年9月21日にようやくA9統括産業医の診察を受け,②については被告から退職勧告書を受領した後である同年11月29日にようやく同意書を送付した。

前記の検討に照らせば,A12医師の診断の当否に問題があるとして,原告に上記①,②の指示をした被告の判断は相当であるといえる一方,原告がこれらの指示に早期に応じなかったことに正当な理由があるとはいえない。

(エ) 平成17年7月21日には年次有給休暇がすべて消化され,翌22日以降は欠勤状態となり,これが本件解雇まで約4か月半続いた。

この間,原告が精神疾患にかかっていたとは認められないことは,前記のとおりである。原告は,同年4月には,A6医師及びA25医師の診察を受け,いずれにおいても,休養を要する旨の診断書の作成を依頼したが,これを断られていた。

(オ) 被告は,原告に対し,平成17年8月4日付け文書で,同年7月22日から原告が正当な理由なく欠勤していると扱う旨を通知した。

(カ) 被告は,原告に対し,平成17年9月9日付け文書で,上記(オ)と同様の内容のほか,同年9月分の給与はゼロとなることなどを通知した。

(キ) 原告は,平成17年9月21日にA9統括産業医の診察を受け,同月24日には就労可能との診断がされ,これが同月27日に原告に知らされたが,原告は,その後も就労しなかった。

(ク) 原告は,平成17年10月に,被告の管理本部から出社するよう命じられていたが,A26部長に対し,これを拒絶する電子メールを送信していた。

(ケ) 被告は,平成17年11月7日,労働組合に対し,原告に退職勧告をしたい旨伝えた。

(コ) 労働組合は,原告に対し,平成17年11月8日付け文書で,現状では原告が欠勤扱いとなっていることは当然であり,出勤するか,合理的理由が明記された診断書を提出するかを強く要請すると伝えた。

(サ) 被告は,原告に対し,平成17年11月18日付け文書で,就労可能状態であるとの診断を受けているのに欠勤を続けているとして,退職を勧告した。

(シ) 被告は,原告に対し,平成17年12月1日付けで,正当な理由のない欠勤を続けているとして,就業規則17条(6)に基づく旨明記して,同月8日をもって解雇する旨の解雇予告通知書を送付した。

イ 解雇事由が存在すること

労働契約において,労働者が定められた場所で勤務をすることは,最も基本的な債務というべきであるところ,原告は,上記のとおり,被告から出勤するように求められたのに,約4か月半にわたり出勤せず,かつ,出勤しないことについて正当な理由があったとは認められないから,これは,被告の就業規則17条(6)所定の解雇事由である「その他前各号に準ずる程度のやむを得ない相当な事由があるとき」に該当し,所定の解雇予告手当の支給もしているといえる。

したがって,本件解雇については,解雇事由があったものと認められる。

ウ 労働基準法19条1項に違反しないこと

原告は,前記のとおり,平成16年1月7日には精神疾患が寛解したと診断され,遅くとも平成17年1月ころには,精神疾患が完治していたものと認められる。したがって,本件解雇がされた平成17年12月8日当時は,原告が業務上疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間に当たらない。

したがって,本件解雇が労働基準法19条1項に違反するということはできない。

エ 解雇権濫用に当たらないこと

前記認定事実によれば,本件解雇については,就業規則における解雇事由があることが認められ,客観的に合理的な理由があるといえる。また,被告は,原告が出勤しなくなった平成17年4月25日以降,原告に対し,同年6月1日付け文書,同月14日付け文書,同年7月11日付け文書,同年8月4日付け文書,同年9月9日付け文書を送付することなどにより,原告が欠勤状態と扱われている旨を伝えた上,出勤するか,休養の必要性を認める診断書を提出するかのいずれかをするように,繰り返し求めており,これに応じない原告に対し,被告の労働組合に通知した上で退職勧告書を送付し,本件解雇をしたものであって,解雇に先立ち,適正な手続を踏んでいるといえる。そして,被告の労働組合も,原告の出勤しない状態が欠勤と扱われているのは当然であると認識していたものである。

以上によれば,本件解雇は,社会通念上相当であると認められるから,解雇権濫用に当たるということはできない。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,本件解雇は,就業規則17条(3)に該当しないから解雇事由を欠く旨主張するが,前記のとおり同条(6)の事由があり,被告は,労働基準法や就業規則に従った手続きを踏んだと認められる。同条(3)の該当性にかかわらず,解雇事由があるというべきであり,上記主張は採用することができない。

イ 原告は,本件解雇前の時点で,被告から「窓際族」の状態に置かれて嫌がらせ及び見せしめを受けており,被告からの不当な扱いにより出勤することができなかった旨主張する。

しかしながら,原告が,被告から嫌がらせ及び見せしめがされていたとは認められないこと,当時精神疾患にかかっていたとは認められないことは前記(2(6)ア(イ),4(1)ウ)のとおりである。また,被告における業務内容については,労働組合を加えて被告との間で協議する三者面談(平成16年10月22日,同年11月8日)が行われていたが,原告の側からこれに参加しないとしたのも前記のとおりである。原告としては,仕事内容に不満があったのであれば,出勤した上で,仕事内容について被告と協議すべきであったといえるから,上記の状況で出勤しなかったことに正当な理由があるとはいえない。

よって,原告の上記主張は,採用することができない。

ウ 原告は,平成16年10月17日,A18総務部長に対し,支援してくれる労働団体を探してその団体を交えて被告と協議をしたいのでそれを待ってほしい旨説明及び依頼し,了承を得ていたのであって,被告がその協議を待たずに本件解雇をしたことは,解雇権濫用に当たる旨主張する。

しかしながら,原告がA18総務部長に無断で録音した電話の記録(証拠<省略>)によれば,原告が支援してくれる労働団体を探しており,いくつかの労働団体と接触しているところであって,その団体が被告との話合いを有用と考えて原告が納得すれば,A18総務部長との話合いの場をほしい旨を説明しているのに対し,A18総務部長は「うん」「うん」などと答えた上,それがいつ頃になるかの見通しがあるかを尋ね,原告は見当がつかない旨答えたというやりとりがされていることは認められるが,上記のやりとりからは,原告は上記話合いを積極的に申し入れているものとは解されず,A18総務部長の側でも,上記話合いを必ず行うとか,それがされるまでは解雇をしないなどの約束をしているものとは認められない。

そして,原告は,約4か月半にわたり正当な理由なく欠勤を続けていたこと,被告が前記((1))のとおり適正な手続を踏んだ上で本件解雇をしたこと,労働団体を交えた会社側との話合いの場が設定されるまで出勤すべき債務を免れると解すべき理由はなく,その設定を進めている間も出勤することは求められているといえることに照らせば,本件解雇が解雇権濫用に当たるとはいえない。

よって,原告の前記主張は,採用することができない。

エ 原告は,平成16年10月14日に厚生労働省が作成し,事業者に対して周知をした「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(証拠<省略>)において事業者に求められている復帰支援のうち,被告では,①予め事業場ごとに作成を求められている「事業場職場復帰支援プログラム」が作成されておらず,体制や規程の整備が行われていないこと,②職場復帰可否の判断基準として,適切な睡眠覚醒リズムが整っているか,昼間の眠気がないかなどが検討されていなかったこと,③実際の職場復帰に当たり,事業者が行う職場復帰支援の内容について総合的に示したものであり,事業者の側で作成すべき「職場復帰プラン」を作成せず,原告にこれを作成させたこと,④原告が作成した職場復帰プラン(証拠<省略>)を実施せず,放置したこと,⑤主治医と事業者側で面談をすべきであるのに,被告がA6医師と面談をしなかったことなどについて,問題がある旨指摘しているところ,これは,被告による安全配慮義務違反に当たり,これにより精神症状が悪化した原告を解雇したことは解雇権濫用に当たる旨の主張を含むものと解される。

しかしながら,上記の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は,厚生労働省が「手引き」として事業者に周知を図ったものであるが,事業者に対して直ちに法的義務を課すものとはいえない。また,前記認定事実によれば,被告は,平成16年5月6日に職場復帰した原告に対し,軽減勤務をさせ,諸事情を考慮して原告に最適と考えられた写真ライブラリー化の業務を担当させたこと,原告がこの業務における達成目標を達成しようとせず,またやがて再び著しい遅刻を繰り返すようになったことから,それ以降も対外的に責任のある業務を配分することができなかったこと,原告の作成した職場復帰プランについては,当初は概ねこれに沿う形で業務が与えられており,これが最後まで実施されなかったことについては上記のとおり原告に問題があったといえること,原告の睡眠リズムに問題が生じていた点については,前記のとおり病的なものであるとは認められなかったことなどの事情が認められ,これらによれば,本件解雇に至る被告の原告への対応について,注意義務違反又は安会配慮義務違反があったとは認められず,被告の上記対応をもって,本件解雇を無効であるということはできない。

よって,原告の上記主張は,採用することができない。

また,同様に就業規則で規定される休職制度は病気であることが前提とされているので(証拠<省略>),原告にこの制度を利用させなかったことも解雇権の濫用を基礎付ける事実とはいえない。

6  争点5(未払賃金の有無)について

前記認定事実によれば,原告は,認められた有給休暇をすべて消化した平成17年7月22日から正当な理由なく出勤しない状態となり,同年12月8日に本件解雇がされたことが認められる。

そして,上記出勤しない状態に正当な理由があるとは認められず,本件解雇も有効であると認められることは,前記のとおりである。

したがって,平成17年7月22日以降について,原告が被告に対し,未払賃金請求権を有するものとは認められない。

7  争点6(精神疾患の発症に関する慰謝料の額)について

原告が,平成14年に年間を通じて,頻繁な深夜残業及び朝までの残業を含めて,少なくとも年間3565.5時間という著しい長時間労働に従事させられたこと,それにより入社2年目にして精神疾患を発症し,平成15年4月に1か月間,同年12月からも各自宅療養を余儀なくされたほか,その後の会社員としての人生に非常に大きな影響を受けたことを考慮すれば,被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反により,原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は,400万円をもって相当と認められる。

また,上記慰謝料請求のために要した弁護士費用のうち,40万円は被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反との間に相当因果関係があるものと認める。

以上の合計額は440万円となる。

8  争点7(精神疾患の発症に関する不法行為に基づく慰謝料請求権の消滅時効の成否)について

被告は,精神疾患の発症に関する不法行為に基づく慰謝料請求権の消滅時効を主張するところ,原告は平成19年3月12日に本件訴えを提起したが,前記判示によれば,平成16年3月12日以降は被告の原告に対する注意義務違反に当たる行為があったとは認められないし,原告の精神疾患は平成16年1月7日に寛解し,それ以降症状は徐々に軽快こそすれ悪化したとは認められない。したがって,原告は,平成16年3月12日より前の時点で,損害の発生を現実に認識しており,被告に対するその賠償請求が事実上可能であったといえる。

よって,原告が本件訴えを提起した時点で,精神疾患の発症に関する不法行為に基づく損害賠償請求権については,既に消滅時効が完成しているというべきである。被告は,上記消滅時効を援用した(当裁判所に顕著な事実)。

9  争点8(本件解雇に関する被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反の有無及び慰謝料の額)について

原告は,被告が業務上の精神疾患にかかって療養する原告に対し,症状に配慮するどころか,症状を悪化させる行動に終始し,本件解雇に及んだものであり,これが注意義務違反又は安全配慮義務違反に当たり,被告に対する慰謝料請求権が生じている旨主張する。

しかしながら,前記判示のとおり,本件解雇は有効であること,平成17年1月ころには原告の精神疾患は完治しており,原告が出勤しなかった同年4月以降,原告は精神疾患にかかっていなかったことから,本件解雇に至る被告の原告に対する対応に注意義務違反又は安全配慮義務違反があるとはいえない。

よって,原告の上記主張は採用することができない。

なお,精神疾患の発症に関する債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく慰謝料請求権は,時効により消滅していない。

10  争点9(未払超過勤務手当の有無)について

(1)  原告は,平成16年5月から同年12月にかけての未払超過勤務手当が存在する旨主張し,出勤時刻についてはすべて業務月報(証拠<省略>)上の午前9時とし,退社時刻については業務月報上の午後5時(上記期間につきすべて午後5時とされている)又は最終の電子メールの送受信時刻若しくは電子ファイルの保存時刻の遅い方とすれば,別紙2の1・2のとおりの時間外労働をしたと算定される旨主張する(証拠<省略>)。

(2)  しかしながら,まず,この期間について,出勤時刻がすべて午前9時であった旨の主張は直ちに採用することができない。すなわち,前記認定事実によれば,原告は,平成16年12月21日にA5看護師に対し,定時の午後5時に退社すると周りから冷たい目で見られるため,自分で調整し,午前10時ないし11時に出勤し,午後8時ないし9時に退社している旨を話したことが認められ,これによれば,少なくとも平成16年12月及びそれに先立つ相当期間は,原告の認めるところでも毎日1ないし2時間の遅刻をしていたことが認められる。したがって,この期間について,業務月報における出勤時刻の記載から,直ちに原告が午前9時に出勤していたと認めることはできない。

(3)  また,前記認定事実により認められる以下の事情に照らせば,平成16年5月ないし12月の期間において,原告が所定の労働時間を超えて在社していたとしても,それをもって,当該時間につき被告の指揮命令下に労務を提供していたものと解することはできない。

ア 平成16年5月6日に職場に復帰した際,原告について,被告における医療管理区分C1が適用され,就労時間制限(残業なし)がされており,これが同年12月当時も続いていた。

イ 原告は,平成16年9月ころ以降,A5看護師に対し,仕事が与えられないとの不満を繰り返し話しており,同年10月22日の被告側及び労働組合側との三者面談でも同様の不満を話した。

ウ 原告は,平成16年10月7日ころの全国建設関連産業労働組合連合会のA28副委員長に対する書面に,平成16年5月から11月までは1か月で数時間くらいの写真整理の仕事しかもらわず,何もすることがなく座っているだけの毎日であった旨記載しており,写真ライブラリー化業務において原告が登録した写真の枚数から見ても,実際にした業務は時間がかかるものであったとはいい難い。

エ 原告は,本件訴訟においても,平成16年5月6日の職場復帰以降,十分な仕事を与えられなかった旨主張している。

オ 原告が,午後5時前に他の部員から業務を依頼され,A11部長からこれを帰宅前に処理するように指示された事実は認められない。

(4)  以上によれば,原告が平成16年5月ないし12月に,所定の労働時間を超えて,被告の指揮命令下に労務を提供していたものと認めることはできない。

よって,同期間における超過勤務手当が存在するとする原告の主張は,採用することができない。

11  争点10(未払超過勤務手当の請求権の消滅時効の成否)について

前示のとおり,原告の被告に対する未払超過勤務手当の請求権の存在は認められないから,その消滅時効の成否については判断する必要がない。

第4結論

以上の次第で,原告の請求は,被告に対し,精神疾患の発症に関して,債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償として440万円及びこれに対する甲事件訴状送達の日の翌日である平成19年3月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稻葉重子 裁判官 宮﨑朋紀 裁判官 川崎志織)

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