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大阪地方裁判所 平成19年(ワ)8064号 判決 2008年12月11日

原告

イリノイ ツール ワークス インコーポレイテッド

原告

日本パワーファスニング株式会社

上記両名訴訟代理人弁護士

原清

藤原稔久

上記両名補佐人弁理士

石井暁夫

東野正

西博幸

渡辺隆一

被告

三鈴株式会社

同訴訟代理人弁護士

志村信太郎

上記補佐人弁理士

中尾俊輔

主文

1  被告は,別紙イ号物件目録記載の連結ピンを輸入又は販売してはならない。

2  被告は,前項記載の連結ピンについて,その本店及び営業所並びに工場・倉庫に存する在庫を廃棄せよ。

3  被告は,別紙ロ号物件目録記載のキャリアを輸入してはならない。

4  被告は,前項記載のキャリアについて,その本店及び営業所並びに工場・倉庫に存する在庫を廃棄せよ。

5  被告は,原告イリノイツールワークスインコーポレイテッドに対し,455万8000円及びうち145万円に対する平成19年7月21日から,うち310万8000円に対する平成20年4月10日から各支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

6  原告イリノイツールワークスインコーポレイテッドのその余の請求及び原告日本パワーファスニング株式会社の請求をいずれも棄却する。

7  訴訟費用は,原告イリノイツールワークスインコーポレイテッドと被告との間に生じた費用の3分の2を原告イリノイツールワークスインコーポレイテッドの負担とし,その余は被告の負担とし,原告日本パワーファスニング株式会社と被告との間に生じた費用は原告日本パワーファスニング株式会社の負担とする。

8  この判決は,第1,第3及び第5項に限り,仮に執行することができる。

9  原告イリノイツールワークスインコーポレイテッドのために,この判決に対する控訴の付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告ら

(1)  主文第1ないし4項と同旨

(2)  被告は,別紙被告標章目録記載の被告標章に関して,次のアないしエの行為をしてはならない。

ア 被告標章を表示したパッケージに包装された連結ピンを輸入又は販売する行為。

イ ガスツール用の連結ピン又はガス缶に関する広告(カタログ,チラシ,雑誌,インターネットウエブサイト等)に被告標章を表示する行為。

ウ ガスツール用の連結ピン又はガス缶に関する広告書類であって被告標章が表示されたものを展示し又は配布する行為。

エ 被告標章を付したパッケージに包装されたガス缶を輸入又は譲渡する行為。

(3)  被告は,次のアないしエの物件を焼却又は裁断若しくはその他の方法によって廃棄せよ。

ア 別紙イ号物件目録記載の連結ピン用のパッケージであって被告標章を表示したもの。

イ 別紙イ号物件目録記載の連結ピン又はガスツール用のガス缶のカタログ,チラシその他の広告書類であって被告標章を表示したもの。

ウ 別紙イ号物件目録記載の連結ピンとガスツール用のガス缶とを同梱するパッケージであって被告標章を表示したもの。

エ ガスツール用ガス缶の専用パッケージであって被告標章を表示したもの。

(4)  被告は,原告イリノイツールワークスインコーポレイテッドに対し,3288万6000円及びうち2250万円に対する平成19年7月21日から,うち1038万6000円に対する平成20年4月10日から各支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

(5)  被告は,原告日本パワーファスニング株式会社に対して,1920万円及びこれに対する平成19年7月21日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

(6)  訴訟費用は被告の負担とする。

(7)  仮執行宣言

2  被告

(1)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第2事案の概要

1  前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告ら

原告イリノイツールワークスインコーポレイテッド(以下「原告ITW」という。)は工業用ファスナーや工具類の製造・販売を主たる事業とする米国法人で,米国はもとより世界各地に支店や営業所,子会社,グループ企業を有している。

原告日本パワーファスニング株式会社(以下「原告JPF」という。)は,原告ITWと他の日本法人とが出資して設立された会社を前身としており,原告ITWから商品の独占的供給を受けている。また,原告JPFは,原告ITWから,同社が日本で所有する工業所有権の独占的な実施権・使用権を許諾されている。

イ 被告

被告は,産業用機械器具卸売等を営む会社である。

(2)  本件特許権

ア 原告ITWは,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」という。また,後記イの訂正にかかる請求項1の発明を「本件発明」といい,本件特許権にかかる訂正明細書〔甲3の3参照〕を「本件明細書」という。)を有している。

特許番号 第3900374号

発明の名称 締結具組立体

出願日 平成18年10月3日

分割の表示 特願平10-285401の分割

原出願日 平成10年10月7日

優先日 平成9年10月7日(優先権主張国米国)

優先日 平成10年3月25日(優先権主張国米国)

登録日 平成19年1月12日

イ 訂正審決

原告ITWは,誤記等を理由に,平成19年6月25日,訂正審判を請求し,同年7月31日,訂正を認める審決がなされた(甲3の1~3)。

ウ 本件発明の構成要件

本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりである。

A シャンクの上端に頭部を形成している締結具の複数本と,前記複数本の締結具を左右に並列させた状態に保持するキャリアとから成っており,

B 前記各締結具の下端は尖っている

C 一方,前記キャリアは一体成形品であり,

D このキャリアは,1本の締結具のシャンクが挿入されるスリーブを複数備えており,左右に隣り合ったスリーブは破断可能な架橋部によって連結されているという締結具組立体であって,

E 前記キャリアを構成する各スリーブは,

E1 前記締結具の頭部側に位置して締結具のシャンクを完全に包囲する上カラーと,

E2 前記締結具の下端側に位置して締結具のシャンクを完全に包囲する下カラーと,

E3 上下のカラーの間に位置した中間壁部

とを備えており,

F 前記中間壁部は,締結具のシャンクを完全には包囲しておらずに前後に開口した開口部を挟んで左右に分離しており,

G 前記中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成することにより,前記スリーブの開口部はキャリアの正面視で矩形に形成されている,

H 締結具組立体。

(3)  イ号物件及びロ号物件の構成

被告は,平成19年4月より前から,別紙ロ号物件目録記載のキャリア(以下「ロ号物件」という。)を輸入した上,別紙イ号物件目録記載の連結ピン(以下「イ号物件」という。)を日本国内において販売しているが,イ号物件及びロ号物件の構成は次のとおりである。

ア イ号物件

イ号物件(被告による名称は「ガスピン」)の形態・構造は,別紙イ号物件目録記載のとおりであり,その構成は以下aないしhのとおりである。なお,イ号物件は本件特許の技術的範囲に属する。

a シャンク3の上端に頭部4を形成している10本のピン2と,10本のピン2を左右に並列させた状態に保持する1つのキャリア(ストリップ1)とから成っており,

b ピン2におけるシャンク3の下端は尖っている

c 一方,キャリア1は樹脂の一体成形品であり,

d キャリア1は,1本のピン2のシャンク3が挿入されるスリーブ5を10本備えており,左右に隣り合ったスリーブ5は上下2つの架橋部6,7によって連結されている連結ピンであって,

e キャリア1を構成する各スリーブ5は,

e1 ピン2の頭部4の側に位置した小径の上部分8と,

e2 ピン2の下端側に位置した大径の下部分9と,

e3 上部分8と下部分9とを繋ぐ薄板状の中間部分10

とを備えており,

f 中間部分10は前後に開口した開口部11を挟んで左右に分離しており,

g 中間部分10の前後両側は側面視矩形の凹状に形成されていて,前記スリーブ5の開口部11はキャリア1の正面視で上下に長い矩形に形成されている,

h 連結ピン(ガスピン)。

イ ロ号物件

ロ号物件はイ号物件を構成するキャリアであり,その形態・構造は,別紙ロ号物件目録記載のとおりであり,その構成は前記アcないしgのとおりである。

(4)  本件各商標

原告ITWは,次のアないしウの各商標権を有している(甲4~6〔枝番を含む。〕)。

ア 商標権1(以下「本件商標権1」といい,その登録商標を「本件商標1」という。)

登録番号 第3180173号

登録商標 TRAKFAST

指定商品 第6類 自動釘打機用の金属製くぎ・その他の金属製金具

出願日 平成5年2月22日

登録日 平成8年7月31日

イ 商標権2(以下「本件商標権2」といい,その登録商標を「本件商標2」という。)

登録番号 第3216849号

登録商標 トラクフアスト

指定商品 第6類 自動釘打機用の金属製くぎ・その他の金属製金具

出願日 平成5年2月22日

登録日 平成8年10月31日

ウ 商標権3(以下「本件商標権3」といい,その登録商標を「本件商標3」という。)

登録番号 第3159005号

登録商標 トラックファースト/TRAKFAST

指定商品 第7類 鋲打機その他の金属加工機械器具

出願日 平成5年2月10日

登録日 平成8年5月31日

(本件商標3は当初,原告JPFが出願したが,出願後に原告ITWに出願人名義変更され,原告ITWが登録を受けている。)

(5)  原告JPFの商品表示

原告JPFは,平成5年ころから現在に至るまで,ガスツールを発売開始して以来,「TRAKFAST」「トラックファースト」という商品表示(以下「原告商品表示」という。)を付したガスツールとこれに使用する連結ピン及びガス缶に関して,カタログ,各種の雑誌類,新聞等の各種媒体に広告を行い,また,各種の展示会への展示と販売促進活動を行っている。

原告JPFの連結ピンはガスツールの専用品であり,また,ガス缶はガスツール用の専用品である。「TRAKFAST」「トラックファースト」の名称を付したガスツールのカタログ類や広告・宣伝において,連結ピン及びガス缶を並記したものがあり,また,展示会や営業所・販売店では連結ピン及びガス缶をガスツールと一緒に展示している。

(6)  被告標章及びその使用状態

被告は,別紙被告標章目録記載のとおり,アルファベットで「Trak Quick」と横書した標章(以下「被告標章」という。)をイ号物件のパッケージ(甲11の1~3),ガス缶のパッケージ(甲12の1・2),イ号物件及びガス缶の広告(甲10,甲13の1・2)に使用している。

なお,被告は,イ号物件とガス缶とを同じパッケージに同梱しており,ガス缶のみの注文にも応じるためガス缶専用のパッケージにも使用している。

2  原告らの請求

(1)  原告ITWは,被告に対し,被告によるイ号物件の輸入,販売行為が本件特許権を侵害し,ロ号物件の輸入行為が,原告ITWの本件特許権を間接的に侵害しており,また,被告による被告標章の使用行為が,原告ITWの本件商標権1ないし3を侵害すると主張して,

ア 本件特許権に基づき,連結ピンの輸入又は販売の差止め並びにその廃棄,キャリアの輸入の差止め及びその廃棄を求め,

イ 本件商標権1ないし3に基づき,

(ア) 被告標章を表示したパッケージに包装された連結ピンの輸入,販売等,被告標章の使用の差止め,

(イ) 連結ピン用のパッケージであって被告標章を表示したものの廃棄等を求めるとともに,

ウ 本件特許権及び本件各商標権の侵害に基づく損害金3288万6000円及びうち2250万円に対する訴状送達の日の翌日である平成19年7月21日から,うち1038万6000円に対する訴えの変更申立書送達の日の翌日である平成20年4月10日から各支払済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を求め,

(2)  原告JPFは,被告に対し,被告による被告標章の使用行為が,原告JPFの販売する連結ピン等の周知商品表示と類似し,不正競争行為に該当すると主張し,

ア 不正競争防止法3条,2条1項1号に基づき,

(ア) 被告標章を表示したパッケージに包装された連結ピンの輸入,販売等,被告標章の使用の差止め,

(イ) 被告標章を表示したパッケージ等の廃棄等を求めるとともに,

イ 不正競争防止法4条,2条1項1号に基づく損害金1920万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年7月21日から支払済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を求めている。

3  争点

(1)  本件特許は無効審判により無効とされるべきか否か(争点1)

(2)  ロ号物件の輸入が本件特許権を間接的に侵害するか否か(争点2)

(3)  被告による被告標章の使用行為が本件商標権1ないし3を侵害するか否か(争点3)

(4)  被告による被告標章の使用行為が,原告JPFに対する不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するか否か(争点4)

(5)  損害額(争点5)

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(本件特許は無効審判により無効とされるべきか否か)について

【被告の主張】

本件発明は,本件特許の出願日前に公表された特開平5-87111号公報(乙3。以下「乙3文献」といい,これに記載された発明を「乙3発明」という。)及び実開平6-40427号公報(乙4。以下「乙4文献」といい,これに記載された発明を「乙4発明」という。」)及び米国特許3438487号明細書(乙5の1。以下「乙5文献」といい,これに記載された発明を「乙5発明」という。)の各発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるから,同法123条1項2号の規定により,特許無効審判により無効にされるべきである。

ア 乙3発明について

乙3文献には,本件発明の用途と基本構造が共通した「締結具組立体」が開示されている。

イ 本件発明と乙3発明の一致点と相違点

本件発明と乙3発明の相違点は,乙3発明において円形あるいは楕円形であった開口部が,本件特許において「矩形」になっており,この結果開口部の鋭角に応力集中が生じスリーブの破壊が容易になるという点(本件発明の構成要件G)のみである。

ウ 引用発明における示唆

前記相違点については,平成6年5月31日発行の乙4文献及び1969年(昭和44年)4月15日登録の乙5文献にすでに示されている。

(ア) 乙4発明

乙4文献では,連結釘の連結部を切断するための切り込み(スリット)について,従来技術が乙4文献図3のように円形のスリットであったところを(別紙乙4文献【図3】),半円形の切欠部7においてスリット17,言い換えると0度に限りなく近い鋭角なV溝17を設け(別紙乙4文献【図1】),その先端に応力を集中させてファスナの保持体たるテープを破断する技術が示されている。

(イ) 乙5発明

乙5文献に示されている技術は,連結釘の連結部を切断するために同文献図1の符号20のようなダイヤモンド型の開口部を設けることにより(別紙乙5文献【図1】),ダイヤモンド型の鋭角部に圧力を集中させてファスナの保持体たるテープの破断を容易にするというものである(第4欄18~21行,第6欄22~27行)。

(ウ) 破断箇所を円形からV形に変更することは当業者にとって技術の具体的適用に伴う設計変更であることは明白である。

エ 容易想到性

(ア) 技術分野の関連性

乙3発明及び乙4発明に係る技術分野は,いずれもファスナを並列に保持するファスナストリップ(ファスナ保持体)であり,国際特許分類は「F16B15/08(くぎを集積して一体に形づくられているが,簡単に分解できるもの)」であるため,本件発明の技術分野と関連する。

また,乙5発明に係る技術分野についても,連結釘(ファスナ)を並列に保持するテープ(ファスナ保持体)であり,乙3発明,乙4発明と同様,本件発明の技術分野と関連する。

(イ) 乙3発明と本件発明との共通性

乙3文献に記載された発明の具体的な作用効果の1つとして,上側部分36に凹所40,42を形成してスリーブ32に開口部44,48を形成することにより,上側部分36を破断可能な部分とし,ファスナ12の打込の際にこの上側部分36を割り拡げて破断することを可能としたことが挙げられている(【0007】【0027】)。この作用効果は,スリーブ32の破断の容易性に程度の違いこそあるものの,スリーブの中間付近に形成した凹所によりスリーブに開口部を形成し,ファスナを打ち込む際に開口部を応力集中の発生源としてスリーブの破断を容易にしている点において,本件発明の作用効果と共通する。

(ウ) 乙4,5発明と本件発明との共通性

乙4文献に記載された発明の課題は,手によって軽い力で引き千切ることができる連結釘のテープを提供することであるため(【0008】),本件発明の課題と異なるようにも思われるが,乙4発明の上位概念化した課題及び作用効果は,破断箇所に「何らかの手段」を適用して破断を容易にする点にあり,その観点からすると,乙4発明と本件発明は,課題及び作用効果において共通するといえる。

乙5文献に記載された発明の課題も,軽い力で切断することができる連結釘のテープを提供することであり,乙4文献と同様,破断箇所に「何らかの手段」を適用して破断を容易にする点にあり,乙5発明と本件発明は,それらの課題及び作用効果において共通する。

(エ) 乙3発明における「矩形の凹状に形成する」構成の積極的排除について(原告ITWの主張ア(ア)に対する反論)

a 原告ITWは,乙3発明は,本件発明の構成要件G「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成する」という構成を積極的に排除している旨主張する。

しかし,乙3文献には,開口部の形状が円形以外の形状である場合に開口部による効果を奏しない旨の記載がなく,凹所及び開口部がなぜ湾曲形もしくは円形なのかが明示されておらず,当業者からみても不明である。

むしろ,乙3発明では,スリーブ間のせん断箇所となる上下のブリッジにV形をそれぞれ適用しており,乙3文献は「各スリーブの脆いブリッジは,上側,横及び下側のVノッチが最も深い箇所できれいにせん断される傾向にあり」とその効果を明確に示唆している(【0026】)。つまり,乙3発明はブリッジにおいて応力集中を積極的に利用した技術を適用しており,その技術を他の破断箇所たる開口部に応用することを考えれば,開口部の形状を円形からV形を有する矩形に変更することは自然の流れといえる。また,「開口部を円形から矩形に変更すること」に際し,「中間壁部の前後両側に形成された窪んだ部分(凹所)を湾曲形から矩形に変更すること」を動機付けることについても,開口部の形状変更のために凹所の形状が変更されるのは,スリーブの全体形状に鑑みれば当然の結果であるから,凹所が湾曲形であることは矩形とするにあたって阻害要因にならない。

また,乙3文献において「破断可能な上側部分36の割り拡げられたセグメントは,環状部分(下側環状部分)34と一体のままの傾向がある。しかしながら,1つ又は双方のセグメントが時によって千切れることがあり,」(【0027】)と記載されていることに照らすと,凹所及び開口部の作用効果は,応力集中の発生源となって上側部分36及びセグメントが時として破断することであり,乙3発明ではセグメントが一体のままか千切れるかは重要視されていないというべきである。そうすると,凹所及び開口部の形状が湾曲形もしくは円形であるか矩形であるかは,乙3発明の課題の解決及び作用効果に何ら影響を及ぼさない。

以上のように,乙3発明の課題の解決及び作用効果に鑑みると,乙3発明において,凹所及び開口部の形状は重要事項ではなく,構成要件G「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成する」が積極的に排除されているとはいえない。

b また,原告ITWは,乙3発明において,窪んだ凹所を側面視で湾曲させているのは,ワークへの打ち込み後にスリーブの全体が確実にファスナに残ったままになるように,打ち込み時の圧縮応力を分散させることにより,中間部の付け根箇所に打ち込み時の圧縮荷重に抗して破断しない高い強度を確保させるためである旨主張する。

しかし,乙3文献にはそのような記載が一切なく,むしろ,上記効果を否定しているかのごとき内容が乙3文献の【0027】及び図14に示されている。すなわち,乙3文献には,上側部分36の割り拡げられたセグメントが時によって環状部分(下側環状部分)34から千切れることを想定していたことが記載されており,このことは図14からも明らかである。

以上のように,乙3文献においては原告ITWが主張するスリーブによる圧縮応力分散効果は生じず,むしろ,破断容易効果が示されている。

(オ) まとめ

以上のように,乙4,5文献には,円形の破断箇所に鋭角のV溝(スリット)を形成したり,円形の破断箇所を鋭角のV溝に変更したりすることにより応力集中を利用した破断を容易にする周知・慣用技術が記載されているところ,乙4,5文献に開示された周知・慣用技術は本件発明のスリーブ間のブリッジに相当する部分に形成されたノッチや開口部に適用されており,連結釘の連結部を破断させやすくするための切り込みや空洞部の形状として,円形や楕円形などの曲線で構成される形状ではなく,角部からなる形状を用いることによって,圧力を集中させ破断を容易にすることは公知の技術である。

したがって,破断やせん断を行なう部分がブリッジか否かにかかわらず,その技術を組み合わせ,または置換することは極めて容易である。

【原告ITWの主張】

乙3発明と乙4,5発明から本件発明の構成要件Gを着想することはできず,本件発明は進歩性を有している。

ア 乙3,4,5文献の開示内容

(ア) 乙3発明について

乙3文献には用途と基本構造とが共通した「締結具組立体」が開示されているところ,この乙3文献には,本件発明の開口部に相当する「窪んだ凹所」「窓」の形態に関する記載中,いずれも窪んだ凹所は「湾曲」しており(別紙乙3文献【図6,7】),本件発明の構成要件Gのように「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成することにより,前記シャンクの開口部はキャリアの正面視で矩形に形成されている」という構成は示唆・開示されていない。

そして,乙3発明では出願当初から請求項1において「湾曲する窪んだ凹所」を構成要件としているが,これは,「湾曲する窪んだ凹所」を発明の主要構成の一つとして認識しているからである。窪んだ凹所を側面視で湾曲させているのは,ワークへの打ち込み後にスリーブの全体が確実にファスナに残ったままになるように,打ち込み時の圧縮応力を分散させることにより,中間部の付け根箇所に打ち込み時の圧縮荷重に抗して破断しない高い強度を確保させるためである。

したがって,本件発明の構成要件Gのように「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成する」という構成は積極的に排除しているといえる。

(イ) 乙4発明について

乙4発明は,連結釘用テープに関するものであり,乙4文献に記載しているように,釘を打ち込んでもテープは破断することなく釘打ち機に残ったままである。

そして,このタイプでは釘が抜けた後のテープは釘打ち機の先端部から上向きにはみ出すのであるが,はみ出し量が長くなり過ぎると作業の邪魔になるのである程度の長さになると切除している。その際,作業者が手で簡単に引き千切ることができるように,側板12のうち送り用の孔13を挟んだ上下の箇所にスリット17を形成したものである。

(ウ) 乙5発明について

乙5発明は,乙4発明と同じ連結釘用テープにおいて,引っ張り応力を集中させるものであり,乙5文献には,ダイヤモンド形(菱形)の開口部(20)と上下のノッチ(16a)とを同一線状に設けて,ノッチと開口部とを結ぶ線Sに応力を集中させることで容易に引き裂けるようにすることが開示されている。開口部をダイヤモンド形(菱形)に形成しているのは,開口部の上下をV形と成すことで引き裂き易くしているものであり,したがって,乙5文献にはV溝(ノッチ)による容易化引き裂き手段が記載されているといえる。

イ 具体的な考察

(ア) 乙3発明と乙4,5発明との比較

乙3発明と乙4,5発明との間には,下記aないしeの相違点が認められる。

a 乙3発明と乙4,5発明とは広い意味での締結具組立体(連結ファスナ)として共通するとはいえるが,乙3発明はファスナと一緒にスリーブも後続から離脱してワークに打ち出されるのに対して,乙4,5発明のものは打ち込みによって釘がテープから抜け出るものであり,両者はファスナと保持体(キャリア,テープ)との関係が全く相違しており,両者は技術的親近性が低いといえる(相違点a)。

b そもそも,乙4,5発明には乙3発明のスリーブに相当する部分が存在しない(相違点b)。

c 乙3発明では打ち込みによる圧縮力によってスリーブの中間部が変形するのに対して,乙4,5発明では打ち込み後にテープの形態には変化はない(破断や変形はない。)(相違点c)。

d 乙4,5発明には圧縮によって変形するスリーブは存在しないから,破断しにくくするとか破断し易くするとかいうスリーブの機能・作用に関する課題を乙4,5文献から窺い知ることはできない(相違点d)。

e 乙3発明のスリーブは圧縮力によって変形するのに対して,乙4,5発明のテープは引っ張り応力によって破断するものであり,両者は変形・破断の原理・メカニズムが全く相違している(相違点e)。

f 乙3発明ではスリーブの変形はファスナの打ち込みの度に行われるもので,スリーブの変形は打ち込みシステムの一要素になっているのに対して,乙4,5発明によるテープの切除は作業者の恣意に委ねられた任意的行為であり,したがって,テープを切除しない場合も有り得る(相違点f)。

以上によれば,乙3発明と乙4,5発明とは技術内容が大きく相違しており,乙3発明において打ち込みによって中間部が変形することと,乙4,5発明においてテープを切除することとの間には技術的な関連性は全くない。

(イ) 乙3発明と本件発明との比較

本件発明は,スリーブにおける中間壁部の破断を容易ならしめることを課題として構成要件Gを採用しているが,乙3文献にはこのような課題は全く示唆・開示されていない。逆に,中間部は窪んだ凹所を湾曲させるという応力分散措置を講じているから,乙3発明は,中間壁部の破断を容易ならしめるために本件発明の構成要件Gを採用することを排除していると認められる(すなわち阻害要因がある)。

(ウ) 容易想到性について

乙3発明の中間部は圧縮荷重によって変形するものであるのに対して,乙4,5発明のテープは引っ張り荷重によって千切れるものであり,乙3発明の中間部が変形することと乙4,5発明のテープが千切れることとは,その目的・機能において相違すると共に変形・破断のメカニズムが全く相違しているから,当業者が乙3文献及び乙4,5文献に接しても,両者を組み合わせようと動機付けられることなど全く無い。

当業者が乙3文献と乙4,5文献とから本件発明に想到できるとしたら,当業者は,乙3文献から中間部の破断を容易化するという課題を抽出するステップ(ステップ1)を出発点として,乙4発明のスリット17や,乙5発明のV溝20,16aをスリーブの中間部に適用するという着想を得るステップ(ステップ2),スリットやV溝を改変して窪んだ凹所を側面視矩形に変容させるというステップ(ステップ3)の3つの思考ステップを経る必要がある。しかし,乙3発明はステップ1の思考を排除するものであるから,そもそも乙3文献及び乙4,5文献から本件発明に至るきっかけが存在しないし,また,乙4発明のスリット17も,乙5発明のV溝20,16aもテープを引き裂くためのものであって,乙3発明のスリーブとは無関係のものであるからステップ2の思考に至ることなど有り得ず,更に,乙4発明のスリット17も,乙5発明のV溝20,16aも引っ張り応力を集中させるための手段であって,乙3発明のように圧縮応力を集中させるものにそのまま適用できないことは明らかであるからステップ3の思考など望むべくもない。

(エ) まとめ

以上によれば,乙3文献と乙4,5文献から本件発明の構成要件Gを着想することはできないから,本件発明が進歩性を有していて無効理由を含んでいないことは明らかである。

(2)  争点2(ロ号物件の輸入が本件特許権を間接的に侵害するか否か)について

【原告ITWの主張】

ア ロ号物件の構成

ロ号物件はイ号物件を構成するキャリアであり,前記前提事実(3)アのc~gの構成になっている。

イ ロ号物件の利用状況

ロ号物件はイ号物件を構成するキャリアであるが,イ号物件のキャリアが本件発明のキャリアの構成要件を全て充足しているから,ロ号物件が本件発明におけるキャリアの構成要件を全て充足していることは明らかである。

そして,本件発明においてピンには発明性はなくて発明の特徴は専らキャリアの形態にある。また,ロ号物件はピンを組み込んでイ号物件と成すことで初めて使用価値が生じるものであり,それ自体を他の何らかの用途に使用できるものではない。すなわち,ロ号物件はイ号物件の専用品である。したがって,ロ号物件を輸入する行為は本件特許権の間接侵害(特許法101条1号)に該当する。

【被告の主張】

争う。

(3)  争点3(被告による被告標章の使用行為が本件商標権1ないし3を侵害するか否か)について

【原告ITWの主張】

ア 類否判断の基準について

商標の類否の判断にあたっては、同一又は類似の商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察しなければならない(最高裁昭和43年2月27日判決,最高裁平成4年9月22日判決)。

イ 本件商標1について

本件商標1の指定商品は「金属製金具」であり,被告標章が付されているイ号物件は,釘や鋲に類したものであるから,上記指定商品に含まれる。

本件商標1と被告標章とを対比すると,両者は前半の「TRAK」において共通し,後半の「FAST」と「Quick」とにおいて相違している。しかし,「FAST」も「Quick」も「速い」という意味で共通しており,かつ,「FAST」も「Quick」も英語教育の初期に教えられる基礎的単語であって日本において半ば日本語化しているといえる程に意味が良く知られている。したがって,本件商標1と被告標章とに接した需要者は,両商標から同じ観念を直感するから,同一又は類似商品に使用すると商品の出所に混同を生じる。

なお,鉄筋コンクリート建物では,躯体を施工してから,間仕切壁で室を仕切ることが一般的であり,この場合,断面コ字状の溝型鋼を天井面に固定した溝型鋼(天レール)と床面に固定した溝型鋼(地レール)との溝内に格子状等の枠材(下地フレーム)を嵌め込んで固定し,この枠材に石膏ボード等の壁パネルを固定することが行われているが,この溝型鋼を「trak」「トラック」と称しており,ガスツールの需用者をはじめとした建築関係者にはそのことが知られている。

原告ITWは,建築用ガスツールを製造,販売しており,特に,溝型鋼をコンクリートの躯体にピンで締結するためのガスツールとこれに使用する金具(連結ピン)とに「TRAKFAST」の本件商標1を使用しているが,型鋼材の正式表示である「TRACK」をそのまま使用するのではなくて,「Track」の意味観念を残す(暗示する)用語として「C」がない「TRAK」の文字を使用しており,このような工夫によって原告の「TRAKFAST」はより識別力が強いものになっている。

したがって,被告標章は本件商標1に類似し,被告が被告標章をガスツール用連結ピン(イ号物件)に使用する行為は,本件商標権1を侵害する。

ウ 本件商標2について

本件商標2は本件商標1を音訳したものであり,需要者は「トラク」から「TRAK」を想起して「フアスト」から「FAST」を想起するものである。

一方,被告標章からは「トラククイック」又は「トラッククイック」の称呼を生じるが,被告標章の称呼のうち前半の「トラク」又は「トラック」は本件商標2における前半の「トラク」と同一又は酷似している。

そして,需要者は,本件商標2を構成する後半の「フアスト」からは「速い」という意味を直感する一方,被告標章の「Quick」からも「速い」という意味をストレートに受け取る。

したがって,被告標章は本件商標2に類似し,被告が被告標章をガスツール用連結ピン(イ号物件)に使用する行為は,本件商標権2を侵害する。

エ 本件商標3について

本件商標3は片仮名の「トラックファースト」とアルファベットの「TRAKFAST」とを二段併記したものであるが,これらの商標に被告標章が類似することは前記のとおりである。

また,被告標章は,高い識別力を有する「TRAK」の文字を含む点で本件商標1と共通している。

したがって,被告標章は本件商標3に類似し,被告が被告標章をガスツール用ガス缶に使用する行為は,本件商標権3を侵害する。

【被告の主張】

ア 本件商標1について

本件商標1と被告標章は以下のとおり類似しないから,被告の行為は本件商標権1を侵害していない。

なお,被告は,その後,「Trak Quick」に代えて「けいてんやさん」という商標を用いることとし,平成19年7月26日には同商標の商標登録出願のうえ(乙13),遅くとも,同年8月までには「Trak Quick」なる商標の使用を中断している。

(ア) 外観の相違

a 本件商標1は「TRAKFAST」であるところ,被告標章は「Trak Quick」であり「FAST」と「Quick」の単語の相違のみで外観は大きく異なる。

b 本件商標1は全てアルファベットの大文字で表記されているのに対し,被告標章は構成する単語の1文字目のみが大文字でありその余は小文字で表記されている。

その他,本件商標1は連続して等間隔で表記されているのに対し,被告標章は「Trak」と「Quick」の間に間隔が設けられているし,本件商標1は普通の活字であるのに対し,被告標章は斜体となっている。

(イ) 称呼の相違

本件商標1は「トラックファースト」ないし「トラックファスト」と称呼されるのに対し,被告標章は「トラッククイック」と称呼されるものであり,「ファースト」ないし「ファスト」と「クイック」では称呼が大きく異なるものである。

(ウ) 観念の相違

原告ITWは,本件商標1を和訳をすれば,「速い」「トラック」(建築用溝型鋼)を意味すると主張するが,日本において「FAST」と「Quick」自体が明らかに別の言葉であり,ユーザーはそれぞれ「ファスト」「クイック」と理解するのみであり,日本語に意味を変換して商品名を理解するユーザーはおらず,仮に「早い」「速い」という意味であることを理解しても,「Quick」から「FAST」を連想するようなことはない。

また,原告ITWが主張するように,語義を勘案するのであれば「FAST」は「速度的な速さ」を意味するのに対し,「Quick」は「動作などの機敏なさま」を意味するのであるから別語であることは明白である。

イ 本件商標2について

本件商標2は片仮名表記であり,アルファベットで構成されている被告標章と類似しないことは明白である。

ウ 本件商標3について

本件商標3のうち片仮名部分については本件商標2と,アルファベット部分については本件商標1と,それぞれ同じ理由に基づき,被告標章と類似しない。

エ 本件商標1ないし3の識別力について

原告ITWは「TRAK」が原告ITWの工夫によって使用されている旨主張するが,本来の「TRACK」に変えて「TRAK」という表記を用いることは一般的なことであり(乙7),ステンレス鋼を取り扱う会社名でも「TRAK」という表記を用いている(乙8)。したがって,英語を母国語としない日本においては,「TRAK」と「TRACK」は,同語ととらえられているものであるから,原告ITWの主張はあたらない。

オ 出所混同のおそれ

需用者が広く一般消費者である健康補助食品においても,先行商品である「カロリーメイト」と後発類似商品である「カロリーバランス」という商品が市場で混在している(乙9)。しかし,一般消費者にとって「カロリーメイト」という商品は著名であることから,「カロリーバランス」という商品が類似の商品であると認識しても,その出所を混同する恐れはないといえ,同様のことはインスタントラーメンにおける著名な商品である「カップヌードル」「カップスター」にも当てはまる。

上記各商品名が許容されていることを勘案すれば,本件においても,需用者が「Trak Quick」と「TRAKFAST」の出所を混同するおそれはないといえる。

(4)  争点4(被告による被告標章の使用行為が,原告JPFに対する不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するか否か)について

【原告JPFの主張】

ア 原告商品表示とその周知性について

(ア) 原告JPFによるガスツール販売状況

原告JPFは,原告ITWの日本総代理店としての地位に基づき,原告ITWが開発したガスツール,連結ピン並びにガス缶を日本で独占販売している。なお,原告JPFはガスツールについて日本向けに独自の改良を加えており,また,連結ピン及びキャリア(ストリップ)の自社生産も行っている。

原告JPFは,ガスツール,ガスツール用連結ピン,及びガスツール用のガス缶(ガスカートリッジ)の各商品を過去15年以上にわたって日本で独占販売し,その販売台数累計は2万台に達している。

なお,原告JPFのグループ会社としてジェイ・ピー・エフ・ワークス株式会社(以下「JPFワークス」という。)があり,同社が原告ITWとの独占的販売契約はJPFワークスが契約当事者であったこともあり,また,JPFワークスがガスツール等を販売していたこともある。このJPFワークスは原告JPFと同一視できる密接な関係にあり,そして,平成19年1月1日をもって原告JPFに吸収合併されている。したがって,原告JPFとJPFワークスとは一体のものとして理解して差し支えない。

原告JPFは何種類かのガスツールを販売してきているが,その中で主力をなしているのが「トラックファースト/TRAKFAST」の商品表示を付した商品である。すなわち,ガスツールは原告ITWにおいて開発されたものであるが,日本において,「TRAKFAST」は原告JPFの努力により,ガスツールを代表する機種として広く知られている。

なお,ガス式打ち込み工具については,リヒテンシュタインに本社をおくヒルティ社が平成15年半ば頃から参入し,また,平成16年4月頃から日本法人であるマックス株式会社が参入してきたが,両社の販売台数は僅かであり,両社が参入した現在(提訴時点)においても,日本に存在するガス式打ち込み工具はその大半が原告JPFの販売に係るものである。

そして,原告JPFはガスツールの単なる販売店ではなく,例えば銃刀法による規制をクリアーして所持許可なしで使用できるように改良するというように,ツールに様々の改良を加え,かつ,ガスツールの導入当初から多大の費用をかけて広告・宣伝に務めてきている。

このような原告JPFの努力によって初めてガスツールは日本市場(特に建築関係)で普及するに至り,かつ,強力かつ継続的な広告・宣伝により,建築業者の間で,「JPFのガスツール」「ガスツールのJPF」と認識されるに至っているのであり,なかんずく,「TRAKFAST」「トラックファースト」は原告JPFまたは原告JPFのグループ会社の商品であることを示す表示として業界に広く認知されている。

(イ) 広告・宣伝の詳細について

原告JPFは,平成5年ころから現在に至るまで,ガスツールを発売開始して以来,「TRAKFAST」「トラックファースト」のガスツールとこれに使用する連結ピン及びガス缶に関して,カタログ,各種の雑誌類,新聞等の各種媒体に継続的かつ大量の広告を行い,また,各種の展示会への継続的かつ積極的な展示と販売促進活動を行っている。また,原告JPFは,北海道から九州まで多くの支店・営業所を有すると共に,多数の販売店・代理店網を有しており,これら支店・営業所・販売店・代理店からなる販売網を通じたカタログの配布や製品の説明に務めている。

これら継続的かつ強力な広告・宣伝活動及び広い販売網を通じた営業・広告活動,ガスツールの商品の優秀性・使い勝手の良さ,及びガスツールのデザインの斬新さとが相俟って,代表的ブランドである「TRAKFAST」「トラックファースト」の名称は,打ち込み工具及びこれに使用する連結ピンに関して原告JPFまたは原告JPFのグループ会社の商品を表示するものとして,日本の建築業界で広く知られるに至っている。

(ウ) 連結ピン及びガス缶に関する「TRAKFAST」「トラックファースト」の周知性

原告JPFの連結ピンはガスツールの専用品であり,また,ガス缶はガスツール用の専用品である。「TRAKFAST」「トラックファースト」の名称を付したガスツールのカタログ類や広告・宣伝において連結ピン及びガス缶を並記したものも多々あり,また,展示会や営業所・販売店では当然のことながら連結ピン及びガス缶をガスツールと一緒に展示している。したがって,「TRAKFAST」「トラックファースト」の名称の周知性は連結ピン及びガス缶にも及んでいる。

ガスツールを使用している建築現場では多くの職人が出入りしており,連結ピン及びガス缶も,多くの目に触れることになる。その際,ホースも無しに打ち込み作業を軽快に行っている作業状態が人目を引くことも予想される。

このように,ユーザーが「TRAKFAST」「トラックファースト」の表示が大きく施されていて人目につく原告JPFのガスツールを現場で使用する行為は,連結ピンとガス缶を宣伝するのと同じ効果を発揮しているといえるが,「TRAKFAST」「トラックファースト」の名称は原告JPF又は原告JPFのグループ会社の連結ピン及びガス缶を表示するものとして建築業者を中心に広く知られている。

(エ) 以上のように,「TRAKFAST」及び「トラックファースト」は,原告JPF又は原告JPFのグループ会社の商品である連結ピン及びガス缶の表示に該当し,その表示は周知となっている。

イ 類似・混同

前記(3)【原告ITWの主張】のとおり,被告標章が「TRAKFAST」「トラックファースト」に類似することは明らかであるため,需要者は,被告標章を付したイ号物件が恰も原告JPFの供給に係る商品であるかのように誤認し,このため混同を引き起こすことになる。

近年,インターネットによる商品購入が増えているが,被告の広告にある「Trak Quick」に接した購入者は,「Trak Quick」が「TRAKFAST,トラックファースト」と同じ意味・観念を持つことから,被告商品があたかも原告JPFによる純正品であるかのように誤認することは明らかであり,したがって,混同のおそれは拡大しているといえる。

原告JPFはガスツールを修理又はメンテナンスしているが,修理依頼品には被告のイ号物件が含まれていることが多々あり,この事実からも,需要者が被告のイ号物件を原告JPFの純正品と誤信して使用していることを推認できる。

【被告の主張】

ア 混同のおそれ

ガスツールは建築業者が使用するものであるところ,業者間では,使用する連結ピン及びガス缶について「純正品」とサードパーティー製の互換製品があることは周知されている。すなわち,各業者は,原告JPFの純正品である「TRAKFAST」と,それ以外の商品について,コストと安心感を天秤にかけて,いずれを使用するか判断するが,被告販売商品は,「MiSuZuオリジナル商品(ポスター)」として表示されているものであり,被告のオリジナル商品であることは明確である(乙1)。更には,原告JPFの問題とする段ボール箱には大きく「FUELCELL+PIN」と表記されており(甲10,甲11の1),発売元製造元が明記されている(甲12の2)。

したがって,建築業者は,被告販売商品が原告JPFの純正品でないことを知った上で購入しており,その商品の出所について混同は生じていない。

イ 被告の販売状況

被告は本件各商品が輸入される際の箱に「Trak Quick」と記載されていることからそのまま販売しているだけであり,殊更この名称を強調して販売していない。

本件で問題となる商品は,原告JPFの販売するガス銃に適合する消耗品であるから,被告が,原告JPFの商品の需要者と重なる需要者に対して,商品販売をすることは当然であるが,被告は,原告JPFの商品と混同される,あるいは原告JPFが主張するような誤解を与えるような商品販売を一切していない。

(5)  争点5(損害額)について

【原告らの主張】

ア 原告ITWの損害

(ア) 特許権侵害による損害額

a 原告ITWは,被告の故意または過失に基づく侵害行為により,本件特許権を侵害され,本件特許権の実施料に相当する額の損害を被った。

被告は,遅くとも平成16年8月頃から現在に至るまでイ号物件を販売し続けている。

b 平成19年4月1日から同年6月末日まで

上記期間におけるイ号物件の販売数はピンにして150万本である。

c 平成19年7月1日から平成20年3月末日まで

平成19年7月1日から同年12月末日までの6か月間にイ号物件をピンにして346万2000本販売しており(乙10),1か月あたり57万7000本を販売したことになる。

したがって,被告は,平成19年7月1日以降平成20年3月末日までの9か月間に,少なくともピンにして519万3000本相当のイ号物件を販売したことが推認できる。

〔計算式〕 (3,462,000÷6)×9=5,193,000

d 損害額

本件特許権の侵害によって原告ITWが受けた損害額は実施料相当額が妥当であると思料されるところ,実施料相当額は,ピン1本当たり少なくとも2円であるというべきである。

したがって,本件特許権の侵害によって原告ITWが被った損害額は1338万6000円を下らない。

〔計算式〕 (1,500,000+5,193,000)×2=13,386,000

(イ) 商標権侵害による損害額

a 原告ITWは,被告の故意または過失に基づく侵害行為により,本件商標権1ないし3を侵害され,本件商標権1ないし3の使用料に相当する額の損害を被った。

b 被告はイ号物件及びガス缶について販売当初から被告標章を使用しているが,平成16年8月から平成19年6月末日まで35か月間におけるイ号物件の販売数は,月平均50万本であるとして,少なくとも1750万本を下らない。

〔計算式〕 500,000×35=17,500,000

c 原告ITWが日本国内で本件各商標を使用しているわけでなく,原告JPFに使用許諾していることからすると,本件各商標権の侵害によって原告ITWが被った損害額は商標権使用料相当額が妥当であると思料されるところ,その額は,少なくともピン1本当たり1円であるというべきである。

したがって,本件商標権1ないし3の侵害による原告ITWの損害額は,1750万円を下らない。

(ウ) 弁護士費用及び弁理士費用

原告ITWは,本訴訟に関し要する弁護士費用,弁理士費用のうち,計200万円の損害を被った。

イ 原告JPFの損害

(ア) 原告JPFは,前記ア(イ)bと同様,被告の故意または過失に基づく不正競争行為により,原告JPFの商品表示使用料相当額の損害を被った。

被告は原告JPF及び原告ITWとはなんらの取引関係がないことや,被告が販売するイ号物件は原告JPFが販売しているガスツールに使用されるものであり他に代替性がないこと等を考慮すると,商品表示使用料相当額はピン1本当たり少なくとも1円であるというべきである。してみると,原告JPFが被告の不正競争行為によって受けた損害は,原告ITWが商標権侵害によって受けた損害額と同額の1750万円を下らない。

(イ) 弁護士費用及び弁理士費用

原告JPFは,本訴訟に関し要する弁護士費用,弁理士費用のうち,計170万円の損害を被った。

【被告の主張】

ア 原告ITWの損害について

(ア) 特許権侵害による損害額について

a 平成19年4月1日から同年6月末日まで

上記期間中のイ号物件の販売数がピンにして150万本であることは認める。

b 平成19年7月1日から平成20年3月末日まで

平成19年7月1日から同年12月末日までのイ号物件の販売本数がピンにして346万2000本であることについては認め,その余は否認ないし争う。

平成19年7月1日から平成20年3月末日までの販売本数は444万本である。

c なお,被告は1ピンあたり7円で販売しているが,本件特許権の実施料率は販売価額の3%を超えることはない。

(イ) 商標権侵害による損害額について

ピンの販売本数については認め,その余は否認ないし争う。

(ウ) 弁護士費用及び弁理士費用について

否認ないし争う。

イ 原告JPFの損害について

(ア) 被告と原告らの間で直接に何ら取引関係がないことは認め,その余は否認ないし争う。

(イ) 弁護士費用及び弁理士費用について

否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  イ号物件の本件特許の技術的範囲の属否

イ号物件が,本件発明の構成要件を全て充足し,本件特許の技術的範囲に属することについては,当事者間に争いがない。

2  争点1(本件特許は無効審判により無効とされるべきか否か)について

(1)  本件発明と乙3発明の一致点と相違点について

ア 乙3発明について

(ア) 乙3文献には次の記載がある。

「キャリヤ30がファスナ12のシャンク18の1本宛を保持するための1列に並び,且つ千切れ易いブリッジ74でつながった多数のスリーブ32を備え,その各スリーブを,ファスナのシャンクの先端部20に近い下部を保持する下側環状部分34と,シャンクの頭22に近い上部を保持し,且つファスナの打込みの際にシャンクの頭によって割り拡げられる破断可能な上側部分36とで構成する。」(【構成】1頁1欄10~17行)

「ファスナストリップにおいて,前記ストリップが,複数のファスナと,重合体材料から塑造されるキャリヤとを備え,該各ファスナが,尖った先端部と,頭とを有しワークを貫通して基材に強力に打込まれる様に構成された細長いシャンクを備え,該シャンクが,該頭に結合する個所に外方へ広がるテーパー部分を有し,前記キャリヤが,前記ファスナに関連する個々のスリーブを有し,このスリーブが,環状部分と,該環状部分に一体の破断可能な部分とを有し,ファスナのシャンクの尖った先端部に近い該環状部分と,該ファスナの頭に近い該破断可能な部分とによってファスナのシャンクを掴み,該破断可能な部分が,該環状部分の反対側の端部を有し,更に,前記ワークによって捕捉された後,ワークを貫通してファスナを基材に強力に打込む際に該破断可能な部分の該端部に対してファスナのシャンクのテーパー部分を当接するとき,窪んだ凹所の各々を二等分する垂直面にほゞ沿って少なくとも2つのセグメントに割り拡げられる装置を構成する様に該破断可能な部分を形成する一対の同様な横方向に対向し外方へ開口し連続的に湾曲する窪んだ凹所を有し,前記環状部分が,ファスナの打込まれた後にファスナの頭とワークとの間の間隙を無くする装置を構成し,前記夫々のセグメントが,ファスナの打込まれた後に該環状部分と一体のまゝである傾向を有し,前記キャリヤが,該キャリヤのスリーブの隣接するものゝ間に脆いブリッジを有することを特徴とするファスナストリップ。」(【請求項1】2頁1欄2~27行)

「各スリーブ32は,下側環状部分34と,該環状部分34と一体の破断可能な上側部分36とを有している。」(【0018】4頁6欄35~37行)

「各スリーブ32の破断可能な上側部分36は,一対の同様な横方向に対向し外方へ開口する窪んだ凹所40,42を有している。窪んだ部分40は,後で説明する態様で限定され開口する窓44を有し,関連するファスナ12のシャンク18の部分46は,この窓から現われる。」(【0019】4頁6欄43~48行)

また,図4,6,及び7には,「凹所40,42は,上側部分36の前後両側を側面湾曲状の凹状にすることにより形成され,シャンク18の窓44はスリーブ32の正面視で楕円形に形成されている」ものが開示されている(別紙乙3文献【図4,6,7】)。

(イ) 前記(ア)の記載内容によると,乙3発明の内容は,次のとおりということができる。

「シャンク(18)の上端に頭(22)を形成しているファスナ(12)の複数本と,前記複数本のファスナ(12)を左右に並列させた状態に保持するキャリア(30)とから成っており,前記各ファスナ(12)の先端部(20)は尖っている一方,前記キャリア(30)は一体成形品であり,このキャリア(30)は,1本のファスナ(12)のシャンク(18)が挿入されるスリーブ(32)を複数備えており,左右に隣り合ったスリーブ(32)は破断可能なブリッジ(74,76)によって連結されている,というストリップ(10)であって,前記キャリア(30)を構成する各スリーブ(32)は,前記ファスナ(12)の頭(22)側に位置してファスナ(12)のシャンク(18)を完全に包囲する上側部分(36)と,前記ファスナ(12)の下端側に位置してファスナ(12)のシャンク(18)を完全に包囲する下側環状部分(34)と,前記上側部分(36)と前記下側環状部分(34)との間に位置した中間部とを備えており,前記中間部は,ファスナ(12)のシャンク(18)を完全には包囲しておらずに前後に開口した窓(44)を挟んで左右に分離しており,前記中間部の前後両側を側面視湾曲状の窪んだ凹所(40,42)に形成することにより,前記シャンク(18)の窓(44)はスリーブ(32)の正面視で楕円形に形成されている,ストリップ(10)。」

イ 一致点と相違点

本件発明と乙3発明とは,本件発明が,「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成することにより,スリーブの開口部はキャリアの正面視で矩形に形成されている」のに対して,乙3発明は,「中間部の前後両側を側面視湾曲状の窪んだ凹所(40,42)に形成することにより,シャンク(18)の窓(44)はスリーブ(32)の正面視で楕円形に形成されている」点(本件発明の構成要件Gの点であり,以下「本件相違点」という。)で相違し,その他の点で一致するが,乙3発明と本件発明との一致点と相違点が上記のとおりであることについては,当事者間に争いがない。

(2)  乙4発明について

乙4文献には,以下のとおり記載されている。

「この考案は,釘等のファスナーを並列状に連結する連結釘のテープに関する」(【0001】)「テープの側壁における隣り合う釘保持部の間にスリットを設けたので,使用済のテープを手で引張ると,引張り力がスリットの先端に集中し,スリットの先端から確実に切り裂きが発生し,側壁を軽い力で千切ることができる。」(【0010】)

これらの記載から,乙4発明は以下のとおりと認められる。

「側壁の隣り合う釘保持部の間にスリットを設けて,使用済のテープを手で引張ると,引張り力がスリットの先端に集中し,スリットの先端から確実に切り裂きが発生し,側壁を軽い力で千切ることができる連結釘のテープ。」(別紙乙4文献【図1】)

(3)  乙5発明について

乙5文献には,以下のとおり記載されている。

「図1及び図3に詳示されているように,各ダイアモンド形状の開口20は,ウエブ10aの上端及び下端に形成された1対の対向する切欠き16a間に直接整列配置されている。各ダイアモンド形状の開口20の上部及び下部の尖端あるいは頂点は,各対の対向する切欠き16aの頂点間に延在する共通線S上に位置しており,この整列は,使用されたキャリアストリップの切断を補助する。」(4欄18~26行)

これらの記載から,乙5発明は以下のとおりと認められる。

「ウエブにダイアモンド形状の開口,並びにウエブの上端及び下端に切欠きを設けて,使用されたキャリアストリップの切断を補助するキャリアストリップ。」(別紙乙5文献【図1,3】)

(4)  本件発明の容易想到性について

ア 乙4,5文献における開示内容

前記(2)のとおり,乙4文献には,「側壁の隣り合う釘保持部の間にスリットを設けて,使用済のテープを手で引張ると,引張り力がスリットの先端に集中し,スリットの先端から確実に切り裂きが発生し,側壁を軽い力で千切ることができる連結釘のテープ。」との発明が開示されている。

また,前記(3)のとおり,乙5文献には,「ウエブにダイアモンド形状の開口,並びにウエブの上端及び下端に切欠きを設けて,使用されたキャリアストリップの切断を補助するキャリアストリップ。」との発明が開示されている。

さらに,円形の破断箇所に鋭角なV形を形成したり,破断箇所をV形に変更することにより,破断箇所からの破断を容易にすることは,周知・慣用技術といえる(乙4,5)。

しかしながら,乙4発明,乙5発明及び上記周知・慣用技術には,本件相違点である本件発明の構成要件Gの「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成することにより,スリーブの開口部はキャリアの正面視で矩形に形成されている」との事項は備えられていない。すなわち,従来の締結具では,基体内に打ち込まれると,下環状部(本件発明の下カラーに相当する。)が,締結具の頭部と締結具が打ち込まれる基体との間に挟まれ,更に,2つに割れたスリーブの上環状部(本件発明の上カラーに相当する。)が,通常,下環状部につながったまま残り,いわゆる「テール」(乙3文献に記載されたファスナストリップのようなもの。)として基体からはみ出すということがあったが,本件発明は,締結具が基体内に打ち込まれるときのスリーブの破壊が容易になる,新規な構造のものを提供すること(【0007】【0015】)を目的として,「中間壁部の前後両側の形状を側面視で矩形の凹状とし」,このことにより「キャリアの正面視で,スリーブの開口部の形状を矩形とした」ものである。その結果,締結具の頭部がスリーブを通過する際,頭部に作用する外力のためにスリーブは完全に分解し,締結具と共にスリーブの破片が基体内に侵入したり,破片が締結具と頭部と基体内に挟まることはなくなる(【0040】)。

このように,本件発明では,本件相違点である本件発明の構成要件Gの「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成することにより,スリーブの開口部はキャリアの正面視で矩形に形成されている」ことにより,開口部の隅部に高い応力が集中して,締結具が基体内に打ち込まれるときのスリーブの破壊が容易になるという格別な効果(【0015】)を奏するが,乙4,5発明,及び上記周知・慣用技術には,これらの事項についての記載や示唆はなされておらず,前記のとおり,V溝に応力集中させて破断を容易にするという事項が開示されるのみである。

イ なお,乙3文献に記載のファスナストリップ(本件発明の締結具組立体に相当する。)は,ファスナを基材に打ち込むことによって,スリーブの2つに割れた上側部分(本件発明の上カラーに相当する。)が中間部を介して下側環状部分(本件発明の下カラーに相当する。)につながったまま残るようにしたものであるが,これは,むしろ,ファスナ打込み工具がキャリヤを剪断してファスナ(本件発明の締結具に相当する。)の1本宛を基材に打込む際に,キャリヤの上部がファスナの頭の下で複数のセグメント片に割り拡げられ,ファスナの頭と基材の表面間に間隙が生じることを防止すると共に,工具がファスナに加える衝撃を吸収し,工具の使用寿命を長くするためである。そのために,中間部の前後両側を側面視湾曲状の窪んだ凹所に形成することにより,打ち込み時の圧縮応力を分散させ,特に,下側環状部分と中間部との接続部分を,下側環状部分に向かって末広がり状(別紙乙3文献【図6】)にすることによって,本件発明のような矩形のものに比べて,その接続部分の強度を上げると共に圧縮応力を分散しているものと考えられる。

そうすると,乙3発明は,打ち込みの際に,積極的にスリーブを残すようにしたものであるから,本件発明のようなスリーブを破壊しようとするものを排除しているものであり,構成要件Gを想到するについて阻害要因があると認められる。

ウ そうすると,本件発明は,乙4,5発明,及び上記周知・慣用技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。したがって,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものとはいえない。

(5)  被告の主張について

ア 乙3発明における構成要件Gの排除

被告は,乙3文献は本件発明の構成要件Gを採用することを排除しているとまではいえない旨主張する(第2の4(2)【被告の主張】エ(エ))。

たしかに,乙3文献には,「破断可能な上側部分36の割り拡げられたセグメントは,環状部分34と一体のまゝの傾向がある。しかしながら,1つ又は双方のセグメントが時によって千切れることがあり,破断可能な上側部分34(36の誤記と思われる。)が時によって2つよりも多いセグメントに割れることがあり,或いはこれ等の両者が同時に生じることがある。」(【0027】)と記載されている。

しかし,乙3発明において,スリーブは,セグメントが千切れたとしても下側環状部分(34)は,破壊されずに残るのであって,本件発明のように下カラー(乙3発明の下側環状部分(34)の相当する。)をも含めた破壊(本件明細書【0040】)は想定されていない。しかも,前記(4)で述べたとおり,乙3発明は,中間部の前後両側を側面視湾曲状の窪んだ凹所に形成することにより,打ち込み時の圧縮応力を分散させているのであり,特に,下側環状部分と中間部との接続部分を,下側環状部分に向かって末広がり状(別紙乙3文献【図6】)にすることによって,本件発明のような矩形のものに比べて,その接続部分の強度を上げると共に圧縮応力を分散させているものと認められるから,打ち込みの際に,積極的にスリーブを残すようにしたものであって,本件発明のようにスリーブを破壊しようとする構成を排除していると認められる。したがって,乙3文献から構成要件Gを想到するについて阻害要因があるというべきである。

イ 設計事項

被告は,乙4,5文献には,円形の破断箇所に鋭角のV溝(スリット)を形成したり,円形の破断箇所を鋭角のV溝に変更したりすることにより応力集中を利用した破断を容易にする周知・慣用技術が記載されており,破断箇所を円形からV形に変更することは当業者にとって技術の具体的適用に伴う設計変更であると主張する。

しかし,前記(4)のとおり,乙4文献及び乙5文献には,本件発明の構成要件Gである「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成することにより,スリーブの開口部はキャリアの正面視で矩形に形成されている」との事項についての記載はなく,示唆もされていない。また,本件発明においては,「中間壁部の前後両側を側面視矩形の凹状に形成することにより,スリーブの開口部はキャリアの正面視で矩形に形成されている」(構成要件G)という構成をとることにより,開口部の隅部に高い応力を集中させて,締結具が基体内に打ち込まれるときのスリーブの破壊が容易になるという格別な効果(【0015】)が発生することを目的としているから,本件相違点は,単なる設計変更であるということもできない。

3  争点2(ロ号物件の輸入が本件特許権を間接的に侵害するか否か)について

ロ号物件は,イ号物件を構成するキャリアであり,その構成は前提事実(3)アのc~gのとおりであること,上述したとおりロ号物件が本件発明のキャリアの構成要件を全て充足していることは当事者間に争いがない。

ところで,被告は,ロ号物件を輸入し,これにピンを組み込み,イ号物件として販売しているが(前提事実(3)),ロ号物件は,本件発明の主要な部分であるキャリアに相当し,イ号物件の専用品として使用していることが認められ(弁論の全趣旨),一方,他の用途に用いることのできる事情も窺えず,ロ号物件を輸入する行為は,本件特許権の間接侵害となる。

4  本件特許権に基づく差止請求について

前記1ないし3により,被告によるイ号物件の輸入,販売は,原告ITWの本件特許権を侵害し,ロ号物件の輸入は,原告ITWの本件特許権を間接的に侵害していると認めることができる。

したがって,本件特許権に基づく,イ号物件の輸入,販売の差止,イ号物件の廃棄,ロ号物件の輸入,ロ号物件の廃棄を求める原告ITWの請求は,いずれも理由がある。

5  ガスツールの取引の実情等

争点3,4について判断するに先立ち,取引の実情等について検討しておくこととする。

(1)  原告らのガスツール等の取引の実情について

前提事実,証拠(甲23~30〔枝番を含む。〕)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

ア 会社の概要

原告ITWは,工業用ファスナーや工具類の製造・販売を主たる事業とする米国法人で,米国はもとより世界各地に支店や営業所,子会社,グループ企業を有している。

原告JPFは,原告ITWと他の日本法人とが出資して設立された会社を前身とし,原告ITWの日本総代理店としての地位に基づき,原告ITWから商品の独占的供給を受け,原告ITWが開発したガスツール,ガスツール用連結ピン,及びガスツール用のガス缶(ガスカートリッジ)の各商品を過去15年以上にわたって日本で独占販売してきた。原告JPFはガスツールについて日本向けに独自の改良を加えており,また,連結ピン及びキャリア(ストリップ)の自社生産も行っている。原告JPFは,肩書地を本店所在地とし,仙台市,茨城県下館市,東京都中央区,静岡県小笠郡大東町,名古屋市,滋賀県野洲市,山口市に営業所を有している。

なお,JPFワークスが,原告ITWと独占的販売契約を締結し,ガスツール等を販売していたこともあったが,平成19年1月1日,原告JPFに吸収合併された。

イ 商品の販売状況

原告JPFは,平成5年ころから主力商品である「TRAKFAST」のガスツールを独占して販売してきた。その販売台数は累計で2万台近くに達している。

なお,ガス式打ち込み工具については,リヒテンシュタイン国法人のヒルティ社が平成15年半ばころから参入し,また,平成16年4月ころから日本法人であるマックス株式会社が参入したが,日本に存在するガス式打ち込み工具の大半は,今なお原告JPFが販売している。

ウ 広告・宣伝について

原告JPFは,平成5年ころから現在まで,ガスツールとこれに使用する連結ピン及びガス缶に関して,カタログ,雑誌,事典類(「積算ポケット手帳」,「建築材料実用マニュアル」,「建築設備事典」,「建築電気設備要覧」,「積算資料」,「設計資料」,「建設物価」,「建築材料・設備機器メーカーリスト」,「建築資材データベース」,「あと施工アンカー」,「住宅ジャーナル」,社団法人日本ねじ工業協会の「会員名簿」,「会報ねじ」,「日本建材時報」,「建築技術」,「新建築」,「建築知識」,「電気と工事」,「ゴルフダイジェスト」,「日経アーキテクチュア」,「けんざい」),新聞(「金属産業新聞」,「建設工業新聞」,「日刊工業新聞」,「全国鋲螺新聞」)等に写真,図を示した広告を行い,また,展示会への出展や販売促進活動を行っている。また,原告JPFの商品についての紹介記事が雑誌(「施工と管理」,「月刊タイル」,「月刊建築仕上技術」,「設計資料」,「ファスナーレポート」,「橋梁&都市」,「月刊・ねじの世界」,「電気現場技術」,「住宅ジャーナル」),新聞(「産業新聞」,「日刊工業新聞」,「全国鋲螺新聞」,「金属産業新聞」,「日本刃物工具新聞」,「サッシタイムス」)等に掲載されている。

また,原告JPFのガスツールは,積水ハウス株式会社発行の「施行・安全ガイドブック」2002年ないし2004年版,及び大和ハウス工業株式会社発行の「現場用道工具・備品綜合カタログ」の2002年版等に掲載されており,上記ガイドブック及びカタログのいずれにおいても,「トラックファースト」ないし「トラックファーストセット」の文字が使用されている。

(2)  被告標章の使用について

前提事実(6),証拠(甲10,甲11の1~3,甲12の1・2,甲13の1・2,乙12,13)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

ア 被告は,産業用機械器具卸売等を営む会社である。

イ 被告は,被告標章をイ号物件のパッケージ,ガス缶のパッケージ,イ号物件及びガス缶の広告に使用していた。なお,被告は,イ号物件とガス缶とを同じパッケージに同梱しており,ガス缶のみの注文にも応じるためガス缶専用のパッケージも使用していた。

なお,被告は,原告JPFからの警告に対し,平成19年6月22日には商標変更の準備に着手し,被告は「Trak Quick」に変えて「けいてんやさん」という商標を用いることとし,同年7月26日には同商標の商標登録出願のうえ,遅くとも,同年8月までには「Trak Quick」なる商標の使用を中断している。

6  争点3(被告による被告標章の使用行為が本件商標権1ないし3を侵害するか否か)について

(1)  商標の類似性の判断基準

商標の類否は,同一又は類似の商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察するとともに,その商品の具体的な取引状況に基づいて判断すべきである。そこで,前記5で認定した,原告らの商品であるガスツール等及び被告の商品に関する取引の実情を前提として,本件商標1ないし3と被告標章の類似性について判断する。

(2)  本件商標1ないし3について

ア 本件商標1について

(ア) 外観

本件商標1は「TRAKFAST」であり,全て大文字のアルファベットで,各文字は連続して等間隔であり,各文字は普通の活字(ゴシック体)である(甲4の1)。

(イ) 称呼

本件商標1の称呼は,「トラクファスト」「トラクファースト」「トラックファスト」ないし「トラックファースト」であると認めるのが相当である。

(ウ) 観念

本件商標1を構成する「TRAK」の語は,辞書に記載のない造語である(弁論の全趣旨)。

本件商標1を構成する「FAST」の語義として,「英和中辞典」(旺文社,机上版,昭和51年第2刷発行)(甲16の1)には,①急速に動く,速やかな,②(動作などが)すばやい;敏速な;(仕事などが)早く終わる等が記載されるが,その他に,③しっかりくっついた,固着した,④しっかり結ばれた,固い,⑤固く締められた,厳重に閉ざされた等が記載されているが,「TRAK」が造語である上,前記(ア)のとおり,同じ大きさの大文字が連続して等間隔に記載されているため,「TRAKFAST」を「TRAK」と「FAST」に分離して観念を生じているとはいえない。かといって「TRAKFAST」全体として生じる格別の観念はなく,しいていえば,前記5(1)で認定した事実から,ガスツールに関する原告らの商品であるとの観念を生じるというべきである。

なお,原告ITWは,「TRAK」には型鋼材の正式表示である「TRACK」の意味観念が残っており,原告ITWの「TRAK」は,「TRACK/Track」と見た目には酷似していて,しかも称呼は同一としつつ辞書にも存在しない「TRAK」の表示とすることで,「Track/TRACK」のイメージは残しつつ需要者に対する強い訴求力を確保している旨主張するが,日本国内の需用者において「TRAK」に型鋼材の表示として「TRACK」の意味観念が残っていることを認識すると認めるに足りる証拠はない(したがって,本件商標1の要部を「TRAK」と認めることはできない。)。

また,仮に,日本国内の需用者において「TRAK」の意味を型鋼材の表示の意味として捉えることができるというのであれば,本件商標1の指定商品が,自動釘打機用の金属製くぎであり(甲4の1),本件商標1は,「fastener」(留め金具:本件の場合はピン)に関する商品に使用されている商標であることから,「FAST」については,「速い」という観念(上記①,②参照)とともに,「固く締める」という観念(上記③~⑤参照)を生じ,商標全体としては,「型鋼材を素早く,固く締める」という観念を生じるといえる。

イ 本件商標2について

(ア) 外観

本件商標2は「トラクフアスト」で,すべての文字が片仮名表記であり,連続して等間隔で表記されている。

(イ) 称呼

本件商標2は「トラクフアスト」と称呼される。

(ウ) 観念

本件商標2は,本件商標1とともに使用されることがあることが推認されるが,本件商標1の「TRAKFAST」の称呼を片仮名表記したものに過ぎず,本件商標1の観念と同様の観念が生じるというべきである。

ウ 本件商標3について

(ア) 外観

本件商標3は「トラックファースト/TRAKFAST」であり,片仮名表記である「トラックファースト」の文字及びアルファベット表記である「TRAKFAST」が二段併記されていて,片仮名の文字とアルファベットの文字は,それぞれ連続して等間隔で表記されている。

(イ) 称呼

本件商標3のうち,片仮名表記の部分である「トラックファースト」から,本件商標3の称呼は「トラックファースト」であると認めるのが相当である。

(ウ) 観念

本件商標3のうち,アルファベット表記の部分である「TRAKFAST」は,本件商標1と同じであり,本件商標1と同じ観念を生じるといえる。

本件商標3のうち,片仮名表記の部分である「トラックファースト」も,「TRAKFAST」(本件商標1)の称呼を片仮名表記したものに類似しており,本件商標1と同じ観念を生じるといえる。

(3)  被告標章について

ア 外観

被告標章は,別紙被告標章目録記載のとおり,全てアルファベットのゴシック体で「Trak Quick」と表記されていて,「Trak」と「Quick」との間に間隔があり,それぞれの各1文字目のみが大文字で表記され,その余の文字は小文字で表記されている。また,被告標章の各文字は斜体であり,白抜きと,そうでないものの2種類がある。

イ 称呼

被告標章は「トラククイック」もしくは「トラッククイック」と称呼される(弁論の全趣旨)。

ウ 観念

弁論の全趣旨によれば,被告標章を構成する「Trak」の語は辞書に記載のない造語であると認められる。

他方,被告標章を構成する「Quick」の語義として,「英和中辞典」(旺文社,机上版,昭和51年第2刷発行)(甲16の1)には,①(動作などが)速い,急速な,すばやい;すぐさまの,即座の,②理解の早い,利口な(intelligent);感じやすい,敏感な(sennsitive),鋭い(acute)等が記載されている。

以上によれば,被告標章は「すばやいTrak」もしくは「Trakにおいてすばやい」との観念が生じるものと認められる。

(4)  本件商標1と被告標章の類似性の有無について

ア 本件商標1と被告標章の対比

(ア) 外観

本件商標1は全て大文字で表記されているのに対し,被告標章は構成する単語の1文字目のみが大文字で表記され,その余の文字は小文字で表記されている。また,本件商標1は連続して等間隔で表記されているのに対し,被告標章は「Trak」と「Quick」の間に間隔が設けられている。さらに,本件商標1は普通の活字であるのに対し,被告標章は斜体となっている。

以上によれば,本件商標1と被告標章は外観において類似しない。

(イ) 称呼

本件商標1は「トラクファスト」もしくは「トラクファースト」「トラックファスト」「トラックファースト」と称呼されるのに対し,被告標章は「トラククイック」もしくは「トラッククイック」と称呼される。

以上によれば,本件商標1と被告標章は称呼において類似しない。

(ウ) 観念

前記(2)ア(ウ)のとおり,本件商標1には格別の観念は生じず,しいていえば,ガスツールに関する原告商品もしくは「型鋼材を素早く,固く締める」と認められるのに対し,被告標章は「すばやいTrak」もしくは「Trakにおいてすばやい」との観念のみが生じるものであり,本件商標1と被告標章は観念において類似しない(被告標章において「Trak」から型鋼材の観念を生じるとしても,全体として「型鋼材すばやい」という観念が生じ,本件商標1の観念と類似しない。)。

原告ITWは,「TRAK」は辞書には搭載されていない文字で,高い識別力を有するから,被告標章を見た需要者は本件商標1を認識する可能性が高い旨主張するが,前記(2)ア(ウ)のとおり,本件商標1は全て大文字のアルファベットで,各文字は連続して等間隔であり,全体が不可分一体のものであると認められるから,本件商標1と被告標章が「TRAK」と「Trak」の部分において共通するからといって,被告標章に接した需要者において本件商標1を認識する可能性が高いということは困難である。

イ 以上によれば,本件商標1と被告標章は,外観,称呼,観念において異なり,類似すると認めることができない。

(5)  本件商標2と被告標章の類似性の有無について

ア 本件商標2と被告標章の対比

(ア) 外観

本件商標2は「トラクフアスト」で,片仮名表記であるのに対し,被告標章は「Trak Quick」で,アルファベットで構成されている。

したがって,本件商標2と被告標章は外観において類似しない。

(イ) 称呼

本件商標2は「トラクフアスト」と称呼されるのに対し,被告標章は「トラククイック」もしくは「トラッククイック」と称呼される。

したがって,本件商標2と被告標章は称呼において類似しない。

(ウ) 観念

本件商標2には格別の観念がなく,被告標章は「すばやいTrak」,「Trakにおいてすばやい」との観念が生じるものであるから,本件商標2と被告標章は観念において類似しない。

イ 以上によれば,本件商標2と被告標章は,外観,称呼,観念において異なり,類似すると認めることができない。

(6)  本件商標3と被告標章の類似性の有無について

ア 本件商標3と被告標章の対比

(ア) 外観

本件商標3は「トラックファースト/TRAKFAST」であり,片仮名表記である「トラックファースト」の文字及びアルファベット表記である「TRAKFAST」により構成されているのに対し,被告標章は「Trak Quick」であり,アルファベットで構成されている。

本件商標3の片仮名表記である部分と被告標章は,前者が片仮名表記で後者がアルファベット表記である点で大きく異なるし,本件商標3のアルファベット表記である部分と被告標章については,本件商標1で述べたとおりである。

したがって,本件商標3と被告標章は外観において類似しない。

(イ) 称呼

本件商標3は「トラックファースト」と称呼されるのに対し,被告標章は「トラククイック」もしくは「トラッククイック」と称呼される。

したがって,本件商標3と被告標章は称呼において類似しない。

(ウ) 観念

本件商標3は本件商標1と同じ観念を生じさせるというべきであり,前記(4)ア(ウ)で述べたとおり,本件商標3と被告標章は観念において類似しない。

イ 以上によれば,本件商標3と被告標章は,外観,称呼,観念において異なり,類似すると認めることができない。

(7)  まとめ

以上のとおり,被告による被告標章の使用は,本件商標権1ないし3を侵害するとはいえない。

7  争点4(被告による被告標章の使用行為が,原告JPFに対する不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するか否か)について

(1)  不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」の類似性の判断は,取引の実情のもとに,取引者又は需要者が両表示の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である。

(2)  原告商品表示(「TRAKFAST」「トラックファースト」)は,本件商標1,3と同一であるところ,前記6で述べたとおり,被告標章と類似すると認めることはできない。

また,原告商品表示を付した原告商品は,一般の需要者が日常頻繁に購入する商品とは異なり,相当程度,商品選択性の強い部類に属し,前記5(1)ウのとおり,原告JPFが「ガスツ-ル」の広告を掲載している雑誌,新聞はほとんどが業界の専門雑誌,専門新聞であることに照らすと,商品を購入しようとする者は業界の製品を知っている者が多く,商品の出所の異同についての関心が比較的高く,ひいては,商品の出所を表示する標章等の異同についても相当の注意を払うものと認められる。これらの取引の実情に照らすと,被告による被告標章の使用行為が,原告商品表示と被告標章との誤認混同を生じさせると認めることはできず,不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するとは認められない。

8  争点5(損害額)について

(1)  前記1のとおり,イ号物件は本件特許の技術的範囲に属することは当事者間で争いがなく,前記2のとおり,本件特許には無効理由があるとは認められない。

そして,被告が,平成19年4月1日以降平成20年3月末日までイ号物件を販売していることは当事者間で争いがないから,被告は,原告ITWの有する本件特許権を侵害していると認められ,その侵害の行為について過失があったものと推定される(特許法103条)。

したがって,被告は原告ITWに対し不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(2)  そこで,以下において,その損害額を検討する。

ア 平成19年4月1日から同年6月末日までの販売数量

被告が,上記期間中,ピンにして150万本のイ号物件を販売していることは当事者間に争いがない。

イ 平成19年7月1日から平成20年3月末日までの販売数量

被告が,平成19年7月1日から同年12月31日までの間にピンにして346万2000本のイ号物件を販売していることは当事者間で争いがない。また,証拠(乙11)及び弁論の全趣旨によれば,被告によるイ号物件の販売数は,平成20年1月が45万4000本,2月が22万8000本,3月が29万6000本であり,平成20年1月から3月までの販売数は合計97万8000本であることが認められる。

以上によれば,平成19年7月1日から平成20年3月末日までの被告によるイ号物件の販売数はピンにして444万本であると認められる。

ウ 実施料相当額

証拠(乙2,10,11〔枝番を含む。〕)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の実施料相当額は売上価格の10%であると認めるのが相当である。

したがって,証拠(乙10,11〔枝番を含む。〕)によると,被告の1ピンあたりの単価は,6円から7.2円の幅があるが,多くは7円であり,平均7円と認めるのが相当である。

そうすると,原告ITWが本件特許権の侵害によって受けた損害額は,特許法102条3項により,415万8000円と認めるのが相当である。

〔計算式〕 (1,500,000+4,440,000)×0.7=4,158,000

(3)  弁護士及び弁理士費用について

本件訴訟に現れた一切の事情を総合考慮すると,被告による特許権侵害行為と相当因果関係のある弁護士及び弁理士費用は,40万円と認めるのが相当である。

9  前件訴訟との関係

なお,被告は,本件訴訟提起が,原告らとの間の前件訴訟(大阪地方裁判所平成17年(ワ)第2190号)の蒸し返しであると主張する。

たしかに,本件訴訟の対象となっているイ号物件は,前件訴訟においても譲渡等の差止を求めた対象物件と同じ構成であるが,本件訴訟とは異なる特許権を根拠としており,販売された時期も異なり,訴訟物が異なる。

また,原告JPFは,前件訴訟においても,不正競争防止法に基づく請求をしているが,原告JPFの商品の形態に基づく周知商品表示を理由としており,本件訴訟において,原告JPFが請求の根拠とする周知商品表示とは表示の内容が異なる。

したがって,前件訴訟の存在により,本件訴訟の適否,結論に影響を及ぼすものではない。

10  結論

以上によれば,原告ITWが,被告に対し,本件特許権に基づき,連結ピンの輸入又は販売の差止め並びにその廃棄,キャリアの輸入の差止め及びその廃棄,民法709条に基づき455万8000円及びうち145万円に対する平成19年7月21日から,うち310万8000円に対する平成20年4月10日から各支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,原告ITWのその余の請求及び原告JPFの請求はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項ただし書を,主文第1,第3及び第5項の仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用し,主文第2,第4項の仮執行宣言については,相当でないから付さないこととし,控訴期間の付加期間について同法96条2項を適用し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 島村雅之 裁判官 北岡裕章)

別紙省略

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