大阪地方裁判所 平成19年(行ク)54号 決定 2007年9月19日
(本案 平成19年(行ウ)第159号 町議会議員辞職許可無効確認等請求事件)
主文
1 豊能町議会議長が申立人に対して平成19年3月26日付けでした豊能町議会議員の辞職許可処分の効力は大阪裁判所平成19年(行ウ)第159号町議会議員辞職許可無効確認等請求事件の本案判決確定に至るまでこれを停止する。
2 申立費用は,相手方の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 本案事件は,申立人が,豊能町議会議長(以下「議長」という。)が申立人に対して平成19年3月26日付けでした豊能町議会議員の辞職許可処分(以下「本件処分」という。)は,申立人が議長に対して提出した辞職願が豊能町長A(以下「A町長」という。)を辞職させるための政治的ないわばパフォーマンスによるものであって申立人の真意によらず,議長もその旨を知っていたものであって民法93条ただし書により無効であるにもかかわらず,上記辞職願が形式上残存していたことを奇貨としてされたものであるから当然無効であり,また,手続上重要な事情聴取等を経ていないもので当然に取消しを免れないものであるなどとして,主位的にその無効確認を求め,予備的にその取消しを求めている事案である。
本件は,申立人が,本件処分により,経済的不利益を受け,また,議員としての活動ができないこととなっているなどと主張して,本件処分の効力により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとして行政事件訴訟法25条2項に基づき,本案事件の判決確定に至るまでその効力の停止を求めている事案である。
2 申立人の主張は,別紙1の1及び1の2のとおりであり,相手方の主張は別紙2のとおりである。
第3当裁判所の判断
1 法令等の定め
地方自治法126条は,普通地方公共団体の議会の議員は,議会の許可を得て辞職することができる,ただし,閉会中においては,議長の許可を得て辞職することができると規定する。そして,豊能町議会会議規則(平成3年豊能町議会規則第1号)99条1項は,議員が辞職しようとするときは,議長に辞表を提出しなければならないと規定し,同条2項は,同規則98条2項及び3項の規定は,議員の辞職について,準用すると規定し,同規則98条2項は,辞表の提出があったときは,その旨議会に報告し,討論を用いないで会議にはかってその許否を決めると規定し,同条3項は,閉会中に辞職を許可した場合は,議長は,その旨を次の議会に報告しなければならないと規定する。
2 事実
一件記録によれば以下の各事実が一応認められる(なお,証拠等により一応認めた事実は,末尾に証拠番号(特記しない限り枝番を含む。)等を付記する。)
(1) 豊能町議会及び豊能町環境施設組合について
ア 豊能町議会(以下「町議会」という。)の議員(以下「町議会議員」という。)の定数は,18人であり(豊能町議会の議員の定数を定める条例(平成14年豊能町条例第30号)),平成19年3月26日に本件処分がされた当時,町議会議員は,申立人を含めて18人であった。【疎甲15】
町議会では,遅くとも平成18年12月ころには,下記イの汚染物等の処理に係る問題や,同町が発注した町立中学校の建て替え工事につき,工事の監理委託業務の入札前に予定価格を参加業者に漏らしたとして,同年11月5日,豊能町助役及び町議会議員らが競売入札妨害(偽計)の疑いで逮捕された問題等をめぐって,同年12月20日には,A町長の辞職勧告決議が賛成13名,反対4名で可決され,平成19年1月15日には,A町長の不信任決議案が提案される(採決の結果は否決)など,A町長の責任が追及されていた。【疎甲8,10,14,15,16】
イ 豊能町及び能勢町は,地方自治法284条1項にいう地方公共団体の一部事務組合であるB組合(以下「本件組合」という。)を,大阪府豊能郡α19番地の1に設置したごみ処理施設(以下「本件処理施設」という。)の維持管理及び当該ごみ処理施設に起因する環境の汚染への対策等に関する事務を共同処理するものとして組織している(本件組合の規約(B組合規約(昭和61年4月1日許可)。以下「本件組合規約」という。)2条,3条)ところ,本件組合の議会(以下「本件組合議会」という。)の議員(以下「本件組合議員」という。)の定数は10人,豊能町5人,能勢町5人の区分により,豊能町及び能勢町の議会においてその議会の議員の中から選挙された者をもって充てるものとされており(本件組合規約5条1,2項),本件処分がされた当時,本件組合議員は,申立人を含めて10人であった。なお,本件組合議員に欠員が生じたときは,その組合議員の属していた町の議会は速やかに後任を選挙しなければならず,本件組合議員の任期は,当該町の議会の議員としての任期によるものとされている(本件組合規約6,7条)。【疎甲9】
本件処理施設は現在廃炉となっているが,ダイオキシンによる土壌等の汚染を引き起こしたとして,汚染物等の処理が社会問題化しており,本件組合は,同問題の処理に当たっているところ,平成19年3月当時,本件組合議会では,汚染物の処理を本件組合から請け負った業者が追加費用が必要として本件組合に提示している見積書に沿った追加費用を平成19年度の本件組合の予算に計上するかどうかが争われていた。【疎甲9,10,11,17,18】
(2) 申立人は,昭和56年ころに初当選して町議会議員となった後,継続して町議会議員を務めている町議会の古参議員であり,平成17年9月25日の町議会議員の一般選挙においても当選し,約2年半の任期を残して本件処分がされるまで町会議員として主にA町長に対立する立場で活動し,豊能町から議員報酬等の支払を受けていた。【疎甲1,2,3,10,12,14,18】
また,申立人は,遅くとも平成18年11月ころ以降,本件処分がされるまで,本件組合の豊能町議会選出の議員として同組合の執行機関(平成18年11月ころから平成19年3月ころまでの本件組合の管理者はA町長が兼務していた。)と対立する立場で活動し,本件組合から報酬の支払を受けていた(平成18年度には3万6000円)。【疎甲9,10,12,18】。
なお,申立人は,平成16年7月以降,○豊能町支部支部長を務めている。また,申立人は,土木請負業を営んでいる。【疎甲2,10,18】
(3) 本件処分に至る経緯
ア 町議会は,平成19年3月7日,平成19年度第2回定例会(以下「第2回定例会」という。)を開会した。開会時の議長はC(以下,同人が議長であった期間は「C議長」といい,その余の期間は「C」という。なお,その余の議長経験者についてもこれにならう。)であり,同定例会では,平成19年豊能町一般会計予算等が審議される予定であった。【疎甲14,疎甲15】
イ 申立人は,同月22日午前9時40分ころ,C議長に対し,「現在の豊能町を考えれば,町長はもちろん議員も住民に対してその信を問う時期であると考えています。よって,この際議員の職を辞し捲土重来の時期まで精進を重ねてまいりますので,許可を頂きます様お願い申し上げます。」と記載し申立人名義の記名押印をした「豊能町議会議長C様」あての同日付けの「辞職願」と題する書面を提出した。C議長は,「これはアカンで」と言って「A町長は自ら辞職する意思はない」旨伝えたが,申立人は「これでもって町長もやめさせるんや」として辞職願を撤回しなかったため,C議長は,これを議会事務局長に預けた。【疎甲5,14】
ウ 同日午後1時2分,町議会本会議(以下「22日本会議」という。)が全町議会議員が出席して開かれた。【疎甲14,15】
22日本会議の議事進行は遅れ,町議会は会議時間を延長して議事を行い,申立人は,各議案について質問や討論を積極的に行った。各議案の採決の結果,町長の提案に係る平成19年度豊能町一般会計予算案は反対多数で否決された。申立人は,3人の町議会議員とともにA町長の不信任決議を提出し,休けいの後,同日午後7時20分すぎに再開された会議において,自ら提案理由を朗読して提案理由説明を行ったが,その内容は,前記(1)アの競売入札妨害やダイオキシン処理問題についての同町長の政治,行政,経営上の責任を問い,町政の刷新のため同町長の辞任を実現するのが議員に課せられた責務であるとするものであった。町議会はこれについて採決をしたが,賛成10,反対7で地方自治法178条3項の可決要件に達せず,否決された。【疎甲14,15,16】
そして,予定されたすべての日程が終了したところで,C議長は,副議長に対し,辞職願を提出し,副議長は,同日午後8時ころ,これを会議で報告したところ,町議会はこれを許可する旨の議決をし,議長の選挙を議事日程に加えることとした後,22日本会議を休けいとした。【疎甲4,14,15】
町議会は,22日本会議を同日午後11時半ころ再開し,同月23日の会議を午前0時に繰り上げて開くこととして再び22日本会議を休けいし(以下,同繰り上げに係る会議も「22日本会議」に含めることとする。),同日午前3時,再開して議長の選挙をし,Dを議長に選出し,議会運営委員会において次期議会の議会運営に関する事項,広報特別委員会において広報の発行について閉会中の審査をすることを許可するなどした後,同日午前3時37分,平成19年度第2回定例会を閉会した。【疎甲4,14,15】
エ 申立人は,同日,第2回定例会の閉会直前の休けい中,前記イの辞職願と同じ表題及び文面で,日付けを同日22日付けとし,議長名を「D」とした書面を作成してD議長に提出したが,同議長はその受理を拒否してこれを申立人に返戻した。申立人は,閉会後,前記イの辞職願と同じ表題及び文面で日付けを同月23日付けとし議長名を「D」とした書面(以下「23日付け辞職願」という。)を改めて作成して議会事務局を通じて町議会議長に提出した。【疎甲5,6】
オ D議長は,豊能町議会議長として,平成19年3月26日,申立人の辞職を許可する旨の処分(本件処分)をし,「平成19年3月23日付けで提出された辞職願は,平成19年3月26日許可したので通知します。」と記載した「辞職許可について(通知)」と題する書面(疎甲6。以下「本件許可通知書」という。)をもって,申立人に通知した。【疎甲6】
平成19年3月28日,申立人が同月23日に,議員辞職願を提出し,同月26日付けでD議長から辞職を許可された旨の報道が日刊紙の朝刊においてされた。【疎甲11】
(4) 本件組合議会は,平成19年3月27日,第2回臨時会(申立人は欠席)において,平成18年度B組合一般会計補正予算案及び本件処理施設の処理過程で新たに発生したダイオキシン汚染土壌の追加処理費用約2億1000万円を計上した平成19年度B組合一般会計予算案を原案どおり可決した。【疎甲11,17】
(5) 申立人は,平成19年4月13日,大阪府知事に対し,本件処分につき審決の申請をし,大阪府知事は,同年7月23日,これを棄却する旨の審決をした。
(6) 町議会は,本件処分につき議員辞職許可に対する調査特別委員会を設けて調査をしたが,同委員会は,委員会としての採決をすることができないまま閉会するなど,本件処分の是非をめぐって紛糾し,D議長は,町議会による「議長職辞職勧告決議」を受けて平成19年6月29日,議長の職につき辞表を提出し,許可の議決を得て議長の職を辞職した。【疎甲4,14,18】
Dに代わって前記調査特別委員会の委員長を務めたEが町議会の議長に選出された。【疎甲4,13】
(7) 町議会は,平成19年9月5日から同月21日までの予定で第4回定例会を開会中であり,同月20日に本件組合議員の選出を含む役員改選を実施する予定である。【疎甲18,19】
3 「処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるか否かについて
申立人は,①本件処分によって議員の地位を喪失し,町議会議員としての活動や職務の遂行等ができなくなるところ,議員の職務の遂行は,住民の代表として議会における質疑,討論,報告その他の発言及び表決による意思決定に参加して住民の福祉向上に努力することをその本来の目的とするところ,このような議員の地位の性格,申立人の町議会における地位及び役割を併せ考慮すれば,申立人が本案判決確定に至るまで議員としての権利を行使することができないならば重大な損害を被るおそれがあるのみならず,町議会の会議で平成19年9月20日に予定されている役員改選に当たり,申立人には被選挙権がないこととなり,本件組合の議員となり得ず,ひいては重大な損害を被ることは必至である,②本件処分によって議員報酬が全額不支給となり,また,本件処分が報道されたことによる信用不安からか申立人の土木請負業等の業務にまで多大な影響が徐々に出始めてきており,このままでは取り返しのつかない損害を被ることは必定であるところ,これは後日の金銭賠償によって回復することは困難である,などと主張して,申立人にはこれらの損害を避けるため緊急の必要があるなどと主張する。
そこで検討するに,行政事件訴訟法25条2項にいう重大な損害が生ずるか否かの判断に当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するとともに,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案し(同条3項),当該処分の内容及び性質を勘案するに当たっては,当該処分がその内容及び性質において申立人に与える影響のみならず,当該処分が広く多数の者の権利義務に対してどのような影響を与えるものであるかどうかを含めて,当該処分の執行を停止することによる影響を適切に考慮すべきものと解される。
そして,地方自治法126条の規定に基づく地方公共団体の議会の議員の辞職許可処分(以下「議員辞職許可処分」という。)は,当該議員の辞職の意思表示を前提に,これを許可することによりその議員としての地位を喪失させる効力を有する処分であって,当該議員は,これにより議員としての地位に基づく権限の行使ができないこととなる。
憲法は,第8章において,民主主義社会における地方自治の重要性にかんがみ,地方公共団体を我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものとして位置付けるとともに,住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は,その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障し,憲法93条2項は,国民主権の原理及びこれに基づく憲法15条1項の規定の趣旨にもかんがみ,地方公共団体にその住民の直接選挙によって選出された議員により構成される議事機関としての議会を設置し,議会が住民の代表機関として意思決定その他の活動を行うことにより,住民の意思に基づく公共的事務の処理を実現するという,地方政治における代表制民主主義を制度として保障したものということができる。これらからすれば,地方公共団体の住民が地方公共団体の議会の議員を選挙する権利は,国民主権の原理及びこれに基づく憲法15条1項の公務員を選定罷免する権利の保障さらには憲法92条にいう地方自治の本旨に由来する住民の地方政治に関与するための重要な権利であることはもとより,住民の選挙によって選出された地方公共団体の議会の議員は,地方政治における代表制民主主義の制度の下において,当該地方公共団体の住民の代表者として,住民の負託にこたえ,その意思を当該地方公共団体の公共的事務の処理に反映させ,もって,自らの地方政治に関与する権利(参政権)を実現するとともに,その活動を通じて当該住民の地方政治に関与する権利(参政権)を実現するものとして,憲法の上記各規定に由来する重要な地位及び職責を有するものということができる。
地方自治法126条の規定に基づく議員辞職許可処分がされた場合,議員としての地位に基づく権限を行使することができなくなるところ,上記のような地方公共団体の議会の議員の地位及び職責の性格及び重要性にかんがみると,議員としての地位に基づく権限を行使することができなくなることにより当該議員に生ずる損害の性質及び程度は重大であり,また,当該権限の行使は議員の任期中時宜に応じて適切にされなければその意味を有しないものであるから,その損害の事後的回復は極めて困難であるのみならず,選挙によって与えられた住民の負託にこたえることができなくなるという点において,住民の地方政治に関与する権利(参政権)にも広く影響を及ぼすものであって,これらからすれば,議員辞職許可処分により生ずる損害は,社会通念上,後日の金銭的補償によって償えば足りるような性質のものとは到底いうことができず,行政事件訴訟法25条2項にいう「重大な損害」に当たるというべきである。
以上を前提に本件について検討するに,前記認定事実によれば,申立人は,町議会議員としての任期をなお約2年残していること,町議会は,現在,平成19年9月21日までの予定で会期中であって,同月20日には役員改選等の重要な議事を予定していること,その議員が町議会議員のうちから選出される本件組合議会は,町議会とは異なる時期に会議を開いていること等の事実が一応認められる上,地方公共団体の議会の常任委員会ないし特別委員会は,議会の閉会中も,議会の議決により付議された特定の事件について審査することができるものとされ(地方自治法109条9項,110条4項ただし書),また,地方公共団体の議会の議員は,一定の要件を満たせば,臨時会の招集を請求することができる(同法101条3項)とされているのであって,本件につき,議員としての地位に基づく権限を行使する余地がほとんどないというような特段の事情は記録上うかがわれない。
よって,本件については,「処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるというべきである。
4 「本案について理由がないとみえるとき」に当たるか否かについて
申立人は,本案事件において,22日付け辞職願は,A町長を辞職に追い込むためのいわゆるパフォーマンスとして提出したものにすぎず,その日付け及び議長名を訂正した23日付け辞職願を提出した時点においては,同町長が自ら辞職するという本来の目的が奏功しなかったことが確定していたから,申立人が単独では辞職する意思がないことは客観的に明らかとなっており,D議長は原告が提出した辞職願がその真意ではないことを熟知していたのであるから,申立人が提出した辞職願は民法93条ただし書により無効であり,したがって,これを受けた本件処分も無効である,議員の辞職は,選挙による町民の負託を受けた地位を自ら喪失させるものであって,公益性が強いものであるから,地方自治法126条の趣旨に従い改めて本会議において従前の経緯を十分に聴取した上で行うべきものであり,少なくとも申立人本人からの事情聴取を経ることは必須の手続であるところ,本件処分は,このような手続を全く経ることなく,辞職願が形式上残存していることを奇貨として行われたものであるから,重大な瑕疵がある,などと主張する。
前記認定事実によれば,申立人は,平成19年3月22日,同日の本会議(22日本会議)が開会されるに先立って,C議長に対し,前記2(3)イの辞職願を提出したのみならず,22日本会議の開会中,A町長の提案に係る平成19年度豊能町一般会計予算が否決され,申立人らが提案した同町長の不信任決議案も否決されて,議長がC議長からD議長に交代した後にも,改めてD議長に対し議長名を改めた辞職願を提出しようとしてその受理を拒否され,22日本会議が閉会した後,再度その日付けを改めたD議長あての23日付け辞職願を作成してこれを提出したものであるところ,申立人の主張によれば,申立人は,22日本会議の開会中にD議長に提出した辞職願が返却されたのはその日付けが22日付けになっていたためであろうと考えて,その日付けを23日に訂正した上再度D議長あての23日付け辞職願を提出したというのであり,これらの経緯及び議員の辞職は議長に辞表を提出することによって行うものとする豊能町議会会議規則99条1項の規定の趣旨にかんがみると,申立人は,23日付け辞職願をもって,議員を辞職する旨の最終的かつ確定的な意思表示をしたものとみるほかない。そして,これらの事実に加えて,申立人の主張によっても,少なくとも,申立人は,A町長が辞職するのであれば自らも辞職する意思を有していたというのであり,前記認定に係る23日付け辞職願の文面に照らしても,申立人の上記議員辞職の意思表示には何ら真意に反するところはないというべきである。したがって,申立人の前記心裡留保の主張は,その前提を欠くものというほかない。もっとも,前記認定事実等によれば,申立人は,A町長の辞職を引き出すための手段として23日付け辞職願を含む一連の辞職願を提出したものと一応認められるところ,申立人の上記主張の趣旨によれば,申立人は,A町長が辞職することを条件とする趣旨で23日付け辞職願を含む一連の辞職願を提出したものとみる余地もなくはないが,後記のような地方自治法126条の規定の趣旨からしても,地方公共団体の議会の議員の辞職の意思表示にそのような条件を付することは許されないものと解されるから,23日付け辞職願に係る申立人の辞職の意思表示は,同条の規定の適用においては,そのような条件の付されていないものとして評価せざるを得ないというべきである。
しかしながら,上記のとおり,申立人は,A町長の辞職を引き出すための手段として,23日付け辞職願を含む一連の辞職願を提出したものであり,申立人自身も,A町長の辞職を条件として,自らも率先して議員職を辞することの範を示すことで,他の議員らの同調を得ようと決意して,申立人のそのような基本姿勢を示した22日付け辞職願を提出し,22日本会議において,A町長の提案に係る平成19年度豊能町一般会計予算が否決され,申立人らの提案に係る同町長の不信任決議案も否決されて,申立人の上記基本姿勢が貫徹されないことによる挫折を感じたため,上記基本姿勢をもって第2回定例会の最終日を迎えたことの示しとして,最終的に23日付け辞職願を提出するに至ったものであり,これらの辞職願の提出は,同町長を辞職に追いやるためのいわゆるパフォーマンスであった旨主張している。
そもそも,地方自治法126条が,普通地方公共団体の議会の議員の辞職を議会の開会中においては議会の,議会の閉会中においては議長の許可にかからせている趣旨は,住民の直接選挙によって選出された議員が,自己の恣意に基づいてみだりに辞職することを抑止するとともに,議員の辞職に正当な理由があるか否かの判断を,選挙権を有する住民に代わって議会ないしその代表者である議長の裁量にゆだねたものと解される。そして,前記のとおり,憲法は,地方公共団体にその住民の直接選挙によって選出された議員により構成される議事機関としての議会を設置し,議会が住民の代表機関として意思決定その他の活動を行うことにより長その他の執行機関とともに地方政治を実現することを地方自治の本旨として制度的に保障しているのであり,地方公共団体の議会の議員は,選挙によって付与された住民の負託にこたえ,法令により付与された権限を適切に行使することにより,地方政治の円滑な推進に寄与し,ひいては住民の福利を実現すべき職責を負うものであって,議員の地位は,代表制民主主義制度の下における参政権の行使という当該議員の憲法上の重要な権利に基礎を置くものであるにとどまらず,代表制民主主義制度の下においてその権限の適切な行使により選挙人の負託にこたえるという重要な職責を伴うものであり,議員の辞職に正当な理由があるか否かは,このような議員の地位の性格及びその職責の重要性に照らして判断すべきである。しかるところ,前記認定事実等によれば,申立人は,A町長の辞職を引き出すための手段として,議員を辞職する旨の意思表示をしたというのであり,当該辞職の意思表示が選挙人により負託された自己の職責を全うすることができなかったことについての責任をとるなどといった真摯な動機に基づいてされたものであればともかく,少なくとも申立人の主張による限り,当該辞職の意思表示は,町長と政治的立場を異にする申立人が,法令により規定された不信任決議等の手続ではなく,自らの議員の地位を政治的ないわゆるパフォーマンスの手段とすることによって,自己の意図する政治目的の実現を図ろうとしたものと評価せざるを得ないものであり,上記のような動機の存在をうかがわせるに足りる疎明資料はない。他方,前記認定の事実経過にかんがみると,本件処分をしたD議長は,申立人が23日付け辞職願を提出するに至った経緯を熟知していたものと容易に推認されるのであり,当該辞職願に係る申立人の議員の辞職の意思表示が上記のようないわゆるパフォーマンスとして行われたものであることを少なくとも容易に認識し得たものというべきである。上記のような事実関係の下においては,申立人の議員の辞職は,選挙人により負託された重要な地位を自己のいわゆるパフォーマンスの一手段とするものである点において,その職責にもとるものということができ,このような辞職をその経緯を知り又は容易に知ることができながら許可することは,地方自治法126条の規定の趣旨を没却し,ひいては憲法が地方自治の本旨として保障する地方公共団体における代表制民主主義(住民自治)の趣旨に反するものということができる。そうであるとすれば,本件処分は,正当な理由を欠くものとして,地方自治法126条の規定により議長に付与された裁量権の範囲を超え,又はこれを濫用したものといわざるを得ない。申立人の上記主張には,上記のような趣旨の主張が含まれているものと善解することができ,また,以上説示した議員の地位の性格及びその職責の重要性並びに同条の規定の趣旨等にかんがみると,申立人においてその旨の主張をすることが直ちに信義に反し許されないとすることもできない。
以上のとおりであるから,本件については,「本案について理由がないとみえるとき」に当たるということはできない。
5 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に当たるか否かについて
議員辞職許可処分は,処分がされること自体によりその効力を生じるものであるから,上記3の損害を避けるためには,本件処分の効力を停止するよりほかないところ,本件処分の効力の停止により,申立人は町議会議員としての地位を暫定的に回復し,ひいては,その権限及び議員報酬請求権等の権利を回復することとなるが,これによる公共の福祉への影響は重大とは認め難く,他に具体的に公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものと認めるに足りる事情も見当たらないから,本件処分の効力の停止をしたとしても,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」には当たらないものというべきである。
なお,執行停止の期間については,上記3に示した本件処分により生ずる損害の性質及び程度等に照らし,本件処分の効力の停止が公共の福祉に及ぼす影響等諸般の事情を勘案しても,本案判決確定に至るまでとするのを相当とする。
6 結論
以上によれば,本件申立てには理由があるから,これを認容すべきである。よって,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 西川知一郎 裁判官 岡田幸人 裁判官 石川慧子)