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大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)2698号 決定 1991年4月12日

申請人

家田京子

申請人

大浦佳洋子

申請人

小川悦子

申請人

小野千佳子

申請人

野口美保子

申請人

林順子

申請人

原辺紀子

申請人

福田豊

申請人

丸瀬陽子

右申請人ら代理人弁護士

西岡芳樹

岩永恵子

森信雄

池田直樹

被申請人

ザ・チェース・マンハッタン・バンク(ナショナル・アソシエーション)

右日本における代表者

ジャイメ・ガルシア・ドス・サントス

右代理人弁護士

狩野祐光

寺前隆

主文

一  本件各申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人らの負担とする。

理由

(申請の趣旨)

被申請人が平成二年一〇月一五日に申請人らにした同月一二日付で申請人らを被申請人の東京支店へ配転する旨の命令(以下「本件配転命令」という。)の効力を仮に停止する。

(事案の概要及び争点)

一被申請人は、アメリカ合衆国法により設立された資本金七億三八五九万〇八二〇米ドル(一九八二年六月三〇日現在)、同国及び世界数十か国に多数の支店と関連会社を有する世界有数の銀行であって、わが国における営業所(以下「在日支店」という。)として東京支店(平成二年一〇月末日現在の従業員数三九五名)及び大阪支店(同二七名)を置いている。

申請人らは、いずれも被申請人の大阪支店に勤務する従業員であり、同支店に勤務する従業員の一部で組織するチェース・マンハッタン銀行大阪支店従業員組合(以下「組合」という。)の組合員である。

二本件は、申請人らが本件配転命令の無効を主張して、その効力を仮に停止することを求めたものである。

申請人らの主張の理由の要旨は次のとおりである。

1  労働契約違反

申請人らは、いずれも被申請人の大阪支店で現地採用された従業員であり、採用後今日まで大阪支店に勤務していた。申請人らは、採用の際、いずれも勤務地が大阪支店に限定されているとの認識のもとに面接を受けて労働契約締結の申込をし(採用当時、申請人らはいずれも関西に自宅を有し、申請人福田豊を除きいずれも親元に居住していた。)、他方、被申請人も右勤務地の限定を当然の前提とし、転勤がありうることには一貫して全く触れないまま右申込を承諾し、労働契約を締結した。また、被申請人においては、いわゆる資格制度が導入される昭和五〇年四月まで定期採用制度がなく、退職等による欠員の補充と事務量拡大に伴う増員の際に随時行われる不定期採用制度しかなかったところ、申請人小野千佳子及び同丸瀬陽子は昭和五〇年七月に採用されたものではあるが不定期採用者であり、その余の申請人らはいずれも昭和五〇年四月に一般行員の定期採用が開始される前の不定期採用者であった。これらの者は銀行内の事務職や電話オペレーターなどの職務が与えられ、トップマネージメントへの道は前提とされていなかったから、勤務地も大阪支店に限定されていたのである。また、大阪支店では、東京支店への配転は常態としてなされていなかったし、配転がなされる場合でも、当該従業員の同意を得てなされることが労使慣行になっていた。したがって、申請人らの勤務場所は労働契約上大阪支店に限定されているというべきであって、申請人らの同意のない本件配転命令は、労働契約に違反し、無効である。

2  配転権の濫用

申請人らは、いずれも採用後今日に至るまで大阪支店に勤務し、生活の本拠を大阪市またはその近辺に置き、家族ともども生活してきた。申請人ら九名のうち八名が女性であり、更にうち四名が既婚女性で、学齢期の子どもを抱え、本件配転命令により単身赴任を余儀なくされることにより、家庭生活の破壊を招くことは必定であり、また、老親ないし病弱な両親を養う独身女性も親を置いての赴任は不可能を強いるものである。また、申請人らは、今後も大阪支店に勤務して生計を営むつもりで生活設計を立てていたところ、本件配転命令は、申請人らのかかる生活基盤を根底から覆すものである。しかるに、本件配転命令は、これらの申請人らの生活上の個別事情を全く無視した一方的なもので、従前のとおり申請人らの個別的合意をとるとの手続をとっておらず、また、転勤の際にも「行員の最大利益」が尊重されなければならないとする趣旨の就業規則にも違反する。

そして、他方、被申請人が本件配転命令の必要性として主張する経費削減の必要も、本件配転命令によっても被申請人のいう経費削減にはならず、経済的整合性がないのであって、本件配転命令には全く業務上の必要性がない。

また、本件配転命令は、申請人らにとって応じがたい無理な配転命令であって、これに応じないときは、配転対象者のみに適用される特別退職プログラムに応じて退職することを強制されているから、本件配転命令は、実質的には指名による整理解雇に等しく、その効力の有無は、整理解雇の法理に照らして判断すべきところ、本件においては、被申請人は、今回従業員の犠牲を少しでも軽減するための希望退職の募集という手続を全くとっておらず、組合との交渉においても、経費削減の全体プランを示すこともなく、形骸化した交渉を続けているのみで、組合や従業員との間で誠実に十分な協議を尽くしたともいいがたいから、この点においても本件配転命令は権利の濫用である。

したがって、本件配転命令は、人事権を濫用したものとして、無効である。

3  不当労働行為

申請人らの所属する組合は、昭和三六年七月二四日に結成され、以来今日まで数々の高い水準の労働協約を勝ちとるなど組合員らの労働条件の向上に努力してきたが、被申請人は、労働組合の存在を嫌悪し、今日まで一貫して組合攻撃を行ってきた。

大阪支店では従業員二七名のうち一三名が組合員であるところ、本件配転命令の対象となったのは、いずれも組合員たる従業員一〇人に対してであった。その余の三名の組合員のうち一名は平成三年七月に定年退職を控えているため本件配転命令の対象から除外されたのであり(ただし、被申請人から同年一月以降の賃金引下げを予告されている。)、一名は産後休暇中のため特に配転対象とされなかったのである。したがって、組合員数は、同年七月以降、産休明けの従業員を含めてわずか二名となる。また、被申請人は、本件配転命令に先立ち平成二年九月二八日に労働協約の全部の破棄を通告した。

よって、本件配転命令は、組合員たる申請人らに不利益を与えるとともに、このことにより、組合員の組合からの脱退または被申請人からの退職をさせることにより組合組織の極小化ないし壊滅をねらってなされたものであるから、労働組合法七条一、三号に違反し、無効である。

三これに対する被申請人の主張の要旨は、次のとおりである。

1  労働契約違反について

被申請人のする従業員の採用には、現地採用、本社採用の区別はなく、被申請人は、定期採用、中途採用のいずれにおいても、募集に当たり勤務場所をいずれの支店にも限定したことはなく、就業規則にも、行員は、銀行の判断に従い、転勤あるいは担当の仕事を変更させられることがある旨を定めて、配転を命じられた場合従業員にはこれに従うべき義務のあることを明記し(五条)、実際にも被申請人はその業務上の必要に基づき従業員に対し配転を命じてきた。

なお、被申請人においては、従業員を配転する場合に当該従業員の同意を必要とするというような労使慣行はない。

2  配転権の濫用について

本件配転命令は、全世界的な金融再編成とこれに伴う競争激化等銀行経営を取り巻く環境の変化、被申請人の有する中南米向け債権の償却負担及び米国内における不動産融資の焦げつき等により被申請人の持株会社であるチェース・マンハッタン・コーポレーション(以下「CMC」という。)の経営内容が急激に悪化し、未曽有の危機に陥ったのに際し、その存続のため全世界的規模で実施した合理化施策の一つである。すなわち、在日支店は、今回の被申請人の重大な危機に際して各国の支店と同様、大幅な合理化による経費(具体的には年間一〇〇〇万ドルにのぼる。)の削減を平成二年度中に実施する必要に迫られた。このため在日支店としては東京支店に関する種々の施策を講ずるほか、近年とみに業績が悪化し損失を計上していた大阪支店についてその閉鎖の如何まで含めて種々検討した結果、わが国における一大商圏である大阪から完全に撤退するにはビジネス上あまりに危険が大きかったこと、現在大阪支店で行っている業務の多くは東京支店で行えること、業務の東京支店移管により相当程度の経費削減が可能であることなどを勘案し、結局、従来の業務の一部のみを大阪支店に残し、その余は東京支店に移管することとし、かかる高度な経営上の必要性から、残置する業務の遂行に不可欠な者以外の人員を全て東京支店に配転することとしたのである。

そして、申請人ら各人の個別的事情については、組合がこれらの事情を申請人らに個別に接触して聞くことを禁じ、申請人らも東京への転勤の件については一切を組合に任せているとして別個の話合いに応じない旨を通告していたから、被申請人は本件配転命令当時これらの事情の多くを知り得なかった。したがって、被申請人が本件仮処分において初めて明らかにされた事情を考慮せずに本件配転命令をしたとしても、そのことの故に本件配転命令が無効とされるいわれはない。本件においては、申請人らは、予めかかる事情の申告を拒否したのであるから、右申告拒否による不利益は各人が甘受すべきであって、本件配転命令の効力の判断に当たり各人のこれらの事情を考慮すべきではない。また、本件において申請人らが主張する事情は、いずれも本件配転命令を拒否し得るだけの事情ではなく、本件配転命令が人事権を濫用した無効のものとはいえない。

3  不当労働行為について

本件配転命令を受けた者が全て組合員になったのは、今回の合理化対象となった大阪支店の業務部門に在籍する者の殆どを組合員で占めていたこと、被申請人の選別した配転対象者の中には非組合員もいたが、その者は本件配転命令発令前に被申請人の提案した特別退職プログラムを受け入れて退職したことにより、結果的にそのようなことになったに過ぎない。なお、被申請人と組合との間に、組合員を配転対象としないこと、あるいは配転の際の手続について定めた労働協約は締結されていない。

また、被申請人は、今回の合理化計画の実施に当たっては、組合との間で誠実に団体交渉を重ね、その手続の各段階で配転や退職の条件等につき譲歩してきた。

更に東京支店には、組合の属する外国銀行従業員組合連合会(以下「外銀連」という。)傘下の二つの組合があり、申請人らは転勤後このいずれかに属するか、また、申請人ら九名で従前どおりの組織のままで有効に組合活動を続けることができるのであるから、申請人ら各人の組合活動に何ら支障を来すものではない。

以上、本件配転命令が不当労働行為に当たらないことも明らかである。

四したがって、本件の主要な争点は、

①申請人らと被申請人が勤務場所を大阪支店と特定して労働契約を締結したのかどうか

②本件配転命令が権利の濫用といえるかどうか

③本件配転命令が組合員に対する不利益取扱ないし組合に対する支配介入の不当労働行為に当たるかどうか、の三点ということになる。

(労働契約上の勤務場所について)

一疎明(<省略>)及び審尋の全趣旨によれば次の事実が一応認められる。

1  大阪支店は、昭和二四年に設置され、主として貸付及び貿易金融をその営業内容としてきた。設立以来昭和五〇年前半頃までは、各企業が資金需要の多くを銀行からの借入れに依存してきたことや、わが国の順調な経済成長に伴い需要が増大した貿易金融部門の拡張等によって、大阪支店の業績も順調に推移し、その結果、昭和五一年当時においては、大阪支店の従業員数は約一一五名に達していた。ところが、その後、後記の事情に起因する大阪支店における取引量の大幅な減少による収益悪化のため、大阪支店は、数次にわたる希望退職者の募集や配転を行った。その結果、大阪支店の従業員数は、平成二年一〇月当時には二七人に人員が削減されて今日に至っている。そして、大阪支店から東京支店への配転も、右のような業務部門の合理化や東京支店における外国為替売買業務の飛躍的増大等に基因して漸次推し進められ、昭和六〇年から平成二年八月までの間に大阪支店から東京支店に配転された者は、合計二〇人(男性七名、女性一三名)である。

なお、これらの配転対象者としては、その多くが転勤の比較的容易な若年の独身者が選定された。

2  在日支店における従業員の採用、その後の支店内の異動及び東京支店と大阪支店間の異動については、すべて東京支店内の中央人事部が統括管理していた。もっとも、右1のとおり大阪支店の業績が順調に推移し、業績の増大に伴う組織拡大に迫られていた当時、被申請人は、大阪支店に人事担当の責任者を置き、関西地区での従業員の採用業務に従事させていたことがあり、申請人らは、後記のとおり、いずれも大阪支店の人事担当責任者により面接等の採用手続がとられた者である。しかし、このように関西地区で採用された従業員についても、その採用をはじめ、採用した従業員に関する書類の管理、採用後の異動等については、すべて中央人事部の承認の下になされていた。

3  被申請人在日支店の就業規則(<証拠>)には、「行員並びに銀行双方の最大利益の為に、行員は、銀行の判断に従って、転勤あるいは担当の仕事を変更させられることがある。」との規定がある(第五条)ところ、右就業規則は、在日支店のすべての正規社員に適用される。また、被申請人が昭和三三年一一月四日に大阪城東労働基準監督署に届け出た就業規則(<証拠>)にもこれと全く同一内容の定めがあった。

4  被申請人は、東京支店及び大阪支店のほか、昭和六一年一二月まで在日米軍軍人及び軍属に関する銀行業務を行う基地内支店(昭和三〇年当時は全国に八か所あった。)を有していたがわが国における米軍基地の縮小、閉鎖に伴い、昭和三九年から昭和六一年までの間に基地内支店から東京及び大阪の各支店に約一四〇名に及ぶ配転を実施しなければならなかったことなどから、これらの各支店において、昭和五〇年頃までは、いわゆる新卒者を採用することが少なく、大阪支店においても欠員が生じまたは業務量増大による人員増の必要が生じた場合に随時従業員を中途採用することが多かった。しかし、昭和五〇年頃以降は、中途採用の数が減り、新卒者からの採用が増加した。

なお、昭和五〇年四月から従業員の昇格、昇給に関し資格制度が実施されたが、この制度は、従来の昇格等の基準の不明確さを是正し、公平な人事考課をするために、従業員を事務一級から参事までの一一資格に区分し、職務遂行能力を基準としてそれぞれの資格に必要とされる能力の基準をつくり、各人の能力評価によって昇格させるものであって、従業員の採用制度とは直接関係がない。

5  被申請人は、平成三年度の会社案内(募集要項を添付している。)に、わが国における勤務地を東京支店、大阪支店、チェース・マンハッタン証券東京支店及びチェース・マンハッタン信託銀行(東京所在)と記載している。

6  申請人らの採用状況及びその後の勤務状況について

(1) 申請人家田京子(以下「家田」という。)について

申請人家田は、昭和四三年三月に大阪府立大手前高等学校を卒業後、他社に約四年間勤務し、約半年間職業訓練校で英文タイプを習った後、昭和四七年四月一日付で被申請人に入行した。同申請人は、採用に当たり、当時の大阪支店次長であった石井勉(以下「石井次長」という。)の面接を受け、石井次長から「親元から通勤できますか」「少なくとも三年間は働いてもらわないといけない」などといわれたが、転勤のことについては話題に出なかった。

同申請人は、入行後、取立業務、窓口・送金業務、会計業務を経て、業務部貿易業務課(信用状接受事務)に勤務した後、本件配転命令により東京支店トレードサービス(貿易業務)グループへの配転を命じられた。

(2) 申請人大浦佳洋子(以下「大浦」という。)について

申請人大浦は、昭和四七年三月に関西外国語大学を卒業後、同年四月一〇日付で被申請人に入行した。同申請人は、採用に当たり、石井次長による面接を受けたが、その際、転勤のことについては話題に出なかった。

同申請人は、入行後、為替資金業務、貿易資金営業を経て、業務部経理課に配属されていたが、本件配転命令により東京支店ファイナンシャルマネージメント(経理課)への配転を命じられた。

(3) 申請人小川悦子(以下「小川」という。)について

申請人小川は、昭和三九年淀川女子高等学校商業科を卒業後、一時他社に勤務した後、昭和四〇年六月一日付で被申請人に入行した。同申請人は、採用に当たり、石井次長の面接を受け、その際石井次長から「大阪支店で今度やめる人がいるので、その後任として同じ仕事をしてほしい」「短くても五年位はやめることのないようにして下さい」「大阪支店では既婚女性もたくさんいるので、結婚しても働ける」などの説明を受けたが、転勤のことについては話題に出なかった。

同申請人は、入行後、総務、タイピスト等の職務を経て、業務部管理課に配属されていたが、本件配転命令により東京支店アドミニストレーション(管理業務)への配転を命じられた。

(4) 申請人小野千佳子(以下「小野」という。)について

申請人小野は、昭和四九年三月、私立大阪女子学園を卒業し、一年間専門学校に通った後、昭和五〇年七月一日付で被申請人に入行した。同申請人は、採用に当たり、当時の大阪支店人事課長森田進(以下「森田課長」という。)らから面接を受け、「銀行としては親元から通勤することが望ましい」「結婚しても働き続けることができ、男性と同じ定年まで勤められる良い職場です」などの説明を受けたが、転勤のことについての話題は出なかった。

同申請人は、入行後、会計業務、為替資金業務等を経て、業務部貿易業務課(信用状接受事務)に配属されていたが、本件配転命令により東京支店トレードサービス(貿易業務)グループへの配転を命じられた。

(5) 申請人野口美保子(以下「野口」という。)について

申請人野口は、昭和四二年三月に大阪府立桜塚高等学校を卒業し、英語学校への通学や各種団体での勤務を経た後、昭和四八年九月一日付で被申請人に入行した。同申請人は、採用に当たり、森田課長の面接を受け、森田課長から「結婚しても働き続けることができ、定年まで勤められる良い職場です」などと言われたが、転勤のことについての話題は出なかった。

同申請人は、入行後、預金送金業務、会計業務などを経て、業務部送金課に配属されていたが、本件配転命令により東京支店アカウントサービス(会計業務)グループへの配転を命じられた。

(6) 申請人林順子(以下「林」という。)について

申請人林は、昭和四八年三月神戸学院大学文学部英文科を卒業し、職探しのアルバイトの後、同年七月一日付で被申請人に入行した。同申請人は、採用に当たり、石井次長の面接を受け、石井次長から親元から通勤すること、少なくとも三年位勤めるように言われ、また、同申請人が転勤の有無について問うたところ、そんなものはない旨の返答を得た。

同申請人は、入行後、輸出入の取立業務、信用状関連業務等を経て、送金課に配属されていたが、本件配転命令により東京支店ペイメントサービス(送金)グループへの配転を命じられた。

(7) 申請人原辺順子(以下「原辺」という。)について

申請人原辺は、昭和四七年三月平安女学院短期大学家政学部被服科を卒業し、服飾デザイナー関係の専門学校を経て、二年余り他社に勤務した後、昭和五〇年一月六日付で、公共職業安定所から紹介を受けて被申請人に入行した。ところで、同職安の求人票には、事業所名欄に「チェースマンハッタンギンコウオオサカシテン」、採用担当者欄に「ジンジ」、職種名欄に「オウブンタイピスト」との記載があったが、被申請人が同職安に対して提出した就職届(<証拠>)の被申請人の確認欄には、事業所名が東京支店、代表者が当時の人事担当支配人である大森誠一との記載がある。同申請人は、採用に当たり、森田課長の面接を受け、親元から通勤可能な人を採用したいこと及び少なくとも三年位はやめないでほしい旨の説明を受けたが、その際、転勤のことについては話題に出なかった。

同申請人は、入行後、信用状関連業務、審査業務等を経て、業務部貿易業務課に配属されていたが、本件配転命令により東京支店トレードサービス(貿易業務)グループへの配転を命じられた。

(8) 申請人福田豊(以下「福田」という。)について

申請人福田は、昭和二九年三月山口県立萩商工高等学校商業科を卒業し、関西外国語短期大学米英語科夜間部を経て、三年足らず他社に勤務した後、昭和三二年二月一日付で被申請人に入行した。同申請人は、採用に当たり、当時の土井大阪支店次長の面接を受けたが、その際転勤のことについては何ら話題となっていなかった。

同申請人は、入行後、経理業務、貸付業務等を経て、業務部サポート兼アドミニストレーション(管理課)に配属されていたが、本件配転命令により東京支店アドミニストレーション(管理業務)への配転を命じられた。

(9) 申請人丸瀬陽子(以下「丸瀬」という。)について

申請人丸瀬は、昭和四九年三月関西学院大学文学部仏文科を卒業し、大阪電話学院で電話のオペレーターの資格を取り、昭和五〇年七月一日専属の電話オペレーターを募集していた被申請人に入行した。同申請人は、採用に当たり、森田課長らから面接を受け、森田課長らから、「当行は女性にとって働きやすい職場であり、長く勤めて欲しい」などと言われたほか、親元からの通勤を確認されたが、転勤のことについては話題に出なかった。

同申請人は、入行後、総務、計算課等を経て、送金課に配属されたが、本件配転命令により東京支店ペイメントサービス(送金)グループへの配転を命じられた。

二勤務場所の特定の有無に関する当裁判所の判断

申請人らは、まず、いわゆる資格制度が導入される昭和五〇年四月までは大阪支店においては定期採用がなく、欠員が生じたときと増員時に随時人員を募集する不定期採用制度がとられていたところ、申請人小野及び同丸瀬は資格制度導入後の採用であるが不定期採用者であり、それ以外の申請人らは、いずれもそれ以前の入行であって、トップマネージメントへの道は前提とされていなかったから、勤務場所も大阪支店に限定されていた旨主張する。しかし、いわゆる資格制度は、採用後における昇格等の人事考課のための資格区分制度にすぎず、この制度の導入により正規社員の採用制度がこれまでと根本的に異なることになったとはにわかに認めがたい。また、不定期採用者か定期採用者かの差によって、それぞれ適用される就業規則が異なるなどその労働条件に制度上の区別があるわけではなく、不定期採用者には一律にトップマネージメントへの道が前提とされていなかったとの申請人ら主張事実は、これを一応認めるに足りる疎明もない。したがって、申請人らは他の正規社員と同様いずれも在日支店の就業規則の適用を受け、被申請人との間でこれと同一内容の労働契約関係を成立させているというべきである(申請人らが右就業規則の適用を受けること自体は、申請人らもとくに争っていない。)。そして、右就業規則は、被申請人にその判断に基づき従業員に対し勤務場所及び担当職務を変更する権限を与え、従業員はこれに従うべきことを定めており、被申請人がこれらの権限を行使するに際し当該従業員ないし組合の同意を得ることを義務付ける規定はない。申請人らは、配転に関する就業規則の定めに、転勤が行員の最大利益の為になされるとの文言があることを根拠に、同規定を、転勤が当該従業員の同意の下でなされ得ると解釈すべきである旨主張するが、右のとおり、同規定には転勤は銀行の判断により行われる旨が明記され、右判断が「行員並びに銀行双方の最大利益の為」(行員のみの最大利益のためではない。)という基準に従うべきものとしても、これ自体きわめて抽象的な規準であって、かかる文言のみを根拠に右規定を申請人ら主張のように解釈することは到底できない。そして、被申請人は、右就業規則に基づき、同一職場内での配転換えはもとより、実際にしばしば基地内支店を含む各支店間の配転を実施しており、その際、個々の従業員の個別的な同意がなければ配置換えないし配転を実施しない旨の労使慣行があったとする<証拠>の記載は信用できず、他にかかる労使慣行の存在を一応認めるに足りる疎明もない。

また、申請人らは、大阪支店により現地採用された従業員であり、各自の採用の際の担当者の言動からして、いずれも勤務場所が大阪支店に限定された労働契約を締結した旨主張する。しかし、大阪支店に「現地採用」されたとはいっても、その内容は、その採用手続が大阪支店の担当者によりとられたというにすぎず、かかる従業員も、他の形態で採用された従業員と同様、その採用行為及びその後の処遇等についてはすべて中央人事部の承認、管理のもとに行われ、採用形態如何によってその後の担当職務、昇格等の労働条件が異なっていたわけでもない。したがって、大阪支店の担当者が採用手続をとった従業員のみについて、他の従業員と異なり勤務場所を大阪支店に限定する旨の労働契約を締結したというのは不合理であり、仮に申請人林が当時の担当者から転勤はない旨の説明を受けていたとしても、これをもって被申請人が同申請人につき就業規則の配転条項の適用を特に除外し、勤務場所を大阪支店に限定する趣旨の労働契約を締結したとみることはできない。申請人林以外の申請人らについては、そもそも面接の際に担当者が転勤の有無について触れなかったというにすぎない。また、申請人原辺についても、職安の求人票記載の事業所名が大阪支店とされているものの、前記諸事情及び<証拠>の記載に照らすと、右求人票の記載のみを根拠に同申請人が勤務場所を大阪支店に限定する労働契約を締結したとはいえない。

以上のとおり、申請人らと被申請人との労働契約は、いずれもその勤務場所を大阪支店に限定する趣旨の合意が含まれているものではないというべきであり、このほか、申請人らの入行前の経歴、担当職務歴及び東京支店において予定されている申請人らの職種等前記認定の諸事実にかんがみても、本件配転命令が申請人らと被申請人との間の労働契約に違反し無効であるということはできない。

(配転権の濫用について)

一右のとおり、被申請人は、就業規則中の配転条項に基づき、一般的に申請人ら従業員に対し配転命令を行う権限を有するものであるが、もとよりこの権限の行使は無制限に許容されるものではなく、具体的事案において配転の業務上の必要性の程度とその配転によって労働者が被る不利益の程度とを比較衡量し、その他諸般の事情を考慮した上、業務上の必要性に比べて労働者の被る不利益ないし損害が著しく大きい場合には、当該配転命令は権利の濫用として無効になる場合があるというべきである。

この点に関し、被申請人は、組合は本件配転命令に至るまで、被申請人が申請人らに個別的に接触してその事情を聴取することを禁じ、申請人らも東京支店への転勤に関する件については一切を組合に任せてあり個別の話合いには応じない旨を被申請人に通告していたから、配転を行うに際し考慮すべき各人の生活状況で、申請人らが本件仮処分で初めて明らかにした事情は、申請人らが自発的に申告しない限り被申請人には知り得ないことであるから、かかる事情を考慮せずに本件配転命令が行われたとしても、その効力が否定されるべきいわれはなく、ひいて申請人らが予めかかる事情の申告を拒否していた本件においては、かかる申告拒否による不利益は各人が負担すべきであって、本件配転命令の効力の判断に当たっては右個別的事情を考慮すべきでない旨を主張する。

たしかに、申請人らがこれら個別的事情を本件配転命令前に被申請人に申告することを拒んだという事実自体は、本件配転命令が権利を濫用したものか否かを判断する上で申請人らに不利に働く事情となり得る。しかし、それだけの理由で申請人らが本件仮処分手続で主張、疎明した個別的事情を判断資料から一切排除する根拠がないことも明らかであるから、この点に関する被申請人の主張は失当である。

なお、一方、本件のように仮の地位を定める仮処分を求める場合、争いのある権利関係について著しい損害を避けもしくは急迫な強暴を防ぐためなどその保全の必要性があることを要するから(民事保全法附則二条による改正前の民訴法七六〇条)、本件配転命令の効力を仮に停止することについて、かかる意味での保全の必要性があるかどうかも検討されなければならない。

二本件配転命令の業務上の必要性について

疎明(<省略>)及び審尋の全趣旨によると、次の事実が一応認められる。

1  一九八〇年代以降の銀行経営は、世界的な預金金利の自由化(米国における預金金利の自由化は、一九八六年に完了し全ての金利規制が撤廃された。)による銀行間の競争激化、銀行以外の金融業(ノンバンク)及び多国籍企業による金融業への進出によるこれらの金融機関との間の競争激化、企業の資金調達方法の多様化(銀行からの借入れによる資金調達(間接金融)から株式、社債発行等の証券市場からの資金調達(直接金融)への移行)による企業の借入需要の減退や、被申請人のような外資系銀行について昭和五六年に実施されたインパクトローン(使途無制限の外貨貸付)の自由化による貸付額の減少及び昭和六〇年以降の急激な円高の進行により、相当の収益圧迫を余儀なくされてきた。

このため、銀行は、貸付、預金等の伝統的な業務に代わり、新たな収益源として債権・外為売買、債券保護預かり、決済及び企業財務への助言等の総合的サービスや、為替金利スワップ、金融先物、オプション等の新商品を開発したが、これらの業務による収益が従来の貸付による利息収入等とは異なり、多分に変動的要素を持っていることから、収益性確保のため、たえず業務全般の見直しを迫られていた。このため、被申請人も、収益性確保のため、証券会社の買収あるいは設立等によって証券業界に進出したり、銀行業務自体においても収益率は高いがリスクも大きい大型企業買収関連融資あるいは不動産関連融資に傾斜していった。

2  ところが、一九八九年末から、被申請人のメキシコ、ベネズエラなどの中南米諸国向け債権の償却負担が巨額に達した上、米国内における不動産市況の悪化により不動産関連融資が急速に不良債権化した。すなわち、被申請人の持株会社であるCMCの一九九〇年第三・四半期(同年七月ないし九月)において、中南米向け債権を除いた米国内延滞債権は総額二五億ドル(前期比約二〇パーセント増)に、また、これに伴う貸倒引当金の積増額は六億五〇〇〇万ドル(前期比約三倍)に達し、その結果、CMCの同期の税引後純損失の額は約六億二三〇〇万ドルに上り、急激に収益が悪化した。このため、CMCは、資産規模では全米第二位(一九八九年一二月現在)であったのにかかわらず、時価総額では大手一〇行中最下位に転落し、後記経営再建計画発表後の同年九月二六日に、米国の格付け会社であるムーディ・インベスターズ・サービスは、CMCの普通社債の格付けを、一九八二年までは最上級のAaa(トリプルA)であったのを不動産融資や負債比率の高い企業への融資などを収益圧迫につながる懸念材料とし、これを理由に最下位に近いBaa3に引き下げた(その直前はBaa2)。

3  そこで、CMCは、一九九〇年末に予定されていた新経営陣を急遽第二・四半期の中途に当たる同年六月二〇日に発足させ、新経営陣に合理化等の経営再建計画を立案させ、同年九月二一日これを発表した。その骨子は次のとおりである。

(1) 三億ドルの経営費用の削減

約五〇〇〇人の人員削減による二億二五〇〇万ドル以上の人件費削減のほか、国内外の不採算部門の整理及び収益部門への人員の配転を進める。人員削減については、米国本土において希望退職制度の実施により同年六月末までに既に一六〇〇人の希望退職が決定していたが、同年末までに更に一八〇〇人削減し、日本を含め五五か国に散在する海外支店においても一六〇〇人の削減を実施する。なお、削減の対象とされた五〇〇〇人の従業員は、全従業員(四万一五〇〇人)の一二パーセントを超える。

(2) 業務再編成等のための三億五〇〇〇万ドルの特別損失の計上

このうち三億ドルは、人員削減に伴う退職金や不採算部門の整理に伴う一時的な費用を計上したものであり、五〇〇〇万ドルは、低収益の貸出金や投資有価証券の売却等、資本の効率的運用を促進するための財務戦略上の見直しにかかる損失計上である。

(3) 貸倒引当金の積増し

主として米国不動産市況の悪化等による不動産関連融資にかかる貸倒れに備えるため、同年度の第一・四半期、第二・四半期における繰入金と比較して四億二五〇〇万ドル増額し、六億五〇〇〇万ドルとする。

これらのほか、海外資産の売却(同年九月一四日にドイツのフランクフルトのオフィスビルを売却し一億一七〇〇万ドルの売却益を得た。)、国内外業務のリストラクチャリング(国内外において不採算部門の整理及び効率的な人員配置を行い、日本を含むアジア・パシフィック地域において、コーポレート・ファイナンス(法人金融)及びリスク・マネージメント部門の効率化を図り、リテール・バンキング部門の再編成を行うこととされた。)及び配当金の削減(一株当たりの配当金額を前記の六二セントから三〇セントとする。)などの施策がとられた。

以上の経営再建計画に基づき、CMCは、被申請人の各国支店に対しても、その実施を指示した。

4  在日支店は、CMCによる右経営再建計画発表以前からニューヨーク本社からより一層の合理化を実施するよう再三にわたり迫られていたが、同計画により在日支店全体で年間約一〇〇〇万ドルに上る経費削減を求められた。

在日支店も、平成元年度の決算において、一〇億〇二〇〇万円の経常損失を計上するなど、その業績が急速に悪化していた。また、大阪支店も、昭和五九年度には三億九四〇〇万円の経常利益を計上していたが漸次業績が悪化し、平成元年度には二億四四〇〇万円の経常損失を計上するに至った。在日支店ないし大阪支店における業績悪化の内容は、次のとおりである。

(1) 貸出金利息の減少

前記のとおり、インパクトローン(使途無制限の外貨貸付)は、従来被申請人のような外国銀行在日支店にのみ許可されていたが、前記金融の国際化、自由化に伴い、中長期(貸出日から元本償還日までが一年を超えるもの)については昭和五五年三月から、短期(同じく一年以内のもの)については昭和五四年六月からそれぞれ自由化され、邦銀もこの業務を取り扱うことができるようになった。インパクトローン業務への邦銀の参入によって、その外国銀行全体の市場占有率が著しく低下し(昭和五五年当時、中長期が59.42パーセント、短期が17.37パーセント)、このため、この分野における邦銀をも交えた銀行間競争が激化し、貸出利ざや(スプレッド)が著しく低下した(中心スプレッドは、昭和五一年当時で一パーセントあったものが、昭和五五年度で0.5パーセント、昭和五八年頃には0.375パーセントまで低下した。)。

このように、貸付金業務による利益率が低下するとともに、かかる利益率の低い貸出金を増加させることは、国際決済銀行(BIS)による自己資本比率基準の達成を危うくすること、大企業の自己資本の充実に伴い、その資金調達方法が、銀行からの借入れからより調達コストの低い資本市場からの調達へと変化し、大企業の借入需要の大幅な減退をもたらしたことなどに基因し、在日支店全体の貸出金利息収入は、昭和五九年度の二七七億八七〇〇万円から平成元年度の二四億〇二〇〇万円に大幅に低下し、大企業に対する貸付金利息をその大きな収益源としていた大阪支店の収益を減少させることとなった(大阪支店の貸出金利息収入は、昭和五九年度の四六億八一〇〇万円から平成元年度の三億二二〇〇万円に低下した。)。

(2) 貿易業務にかかる外国為替受入利息及び手数料の減少

外国為替受入利息は、昭和六一年からの急速な円高とドル金利の低下によってドル建て輸出にかかる金利(メイル・インタレスト)の円換算の利息が激減したことなどにより、昭和六〇年度に在日支店全体で三〇億〇四〇〇万円(大阪支店は八億一四〇〇万円)あったものが、翌昭和六一年度には一六億八一〇〇万円(大阪支店は三億四五〇〇万円)と激減し、その後も漸減を続け平成元年度には在日支店全体で一二億九一〇〇万円となった。

受入手数料も、急激な円高に対処するため企業が生産拠点を海外に移転したこと等により企業の輸出量が減少し、輸出信用状の取扱件数が昭和六二年三月度の八三六件(約三三〇〇万ドル)から平成元年三月には三一三件(約一〇四一万ドル)、平成二年九月には三七三件(約一一七〇万ドル)に減少したことなどに基因し、昭和五九年度には在日支店全体で一三億四四〇〇万円(大阪支店三億〇八〇〇万円)あったものが平成元年度には在日支店全体で六億二六〇〇万円まで減少した(なお大阪支店の貿易業務部門の一部が昭和六三年度から東京支店に移管された。)。

5  在日支店は、近年のかかる業績悪化を受け、同計画策定前においても、収益性のより高い事業への重点移行、オートメーション化による大阪支店の主たる業務の東京支店での集中処理などを内容とする経営合理化のための様々な施策を講じ、その実施のため昭和六〇年及び昭和六二年の二回にわたる希望退職者の募集、新規採用の抑制措置を講じたほか、昭和六一年春に貿易業務のオートメーション化を開始し、これに伴い大阪支店の外国為替売買業務の一部及び貿易業務の一部を東京支店にそれぞれ移管してきた。

そのほか、在日支店は、現時点までに①正規社員の未補充(東京支店における正規社員欠員を臨時社員で補充する数を増やす。)②優良資産の売却(被申請人が昭和五九年に取得した自行ビルである乃木坂事務センタービルを売却する。)③業務の海外への移管(東京システム部二八名のうち二一名分のシステム開発作業を労働力の安く流動性に富んだ香港支店に移管して人件費の削減を図り、アジア全支店共通のシステム開発を行うことにより人的資源の有効利用を実現する。)のほか、④大阪支店の業務及び外為営業部門の東京支店への統合(在日支店全体の効率から現在の東京支店の各種資源を大阪支店のために有効利用するのが適当であるとの考えから、大阪支店を新商品営業のための基地とし、技術的に東京支店へ統合不可能な業務処理のみを大阪支店に残す。)措置がとられることになった。

右④の施策の具体的な内容は、次のとおりである。

6  大阪支店の組織は、大きく営業部門と業務部門に分かれ、営業部門は支店長室(二名)、法人金融営業(三名)、貿易金融営業(一名)、外国為替資金営業(二名)、審査係(一名)、大口個人顧客係(二名)から成り、業務部門は部門責任者(オペレーション・マネージャー)、送金課(五名)、貿易業務課(四名)、管理課(三名)、経理係(一名)から成っていた(業務部門には、これらの人員のほか各業務を補佐する者二名がいた。)。右組織合理化の内容は次のとおりである。

(1) 営業部門について

営業部門のうち今回の合理化の対象とされたのは、外国為替資金営業及び大口個人顧客係であった。

外国為替資金営業は、管理職及び事務職の各一名で運営され、関西地区の大口顧客に対する外為情報の提供と外貨の売買をする窓口業務を行っていたが、関西地区には外為市場がほとんど存在せず、これまでも大阪支店では外為市場でのディーリングを行わず、東京支店を通して海外及び東京市場の動きに関する情報を入手して顧客に伝達し、売買の仲介をするのみであったところ、平成二年八月東京支店に新しくディーリングルームが完成し、顧客に対し逐一最新の情報を伝達できる体制になったため、経費削減等を目的として同部門を東京支店に統合することとした。

大口個人顧客係は、管理職及び事務職の各一名で運営され、大口個人顧客を相手として継続的な投資のあっ旋の業務を行っていたが、経費削減のため在日支店からの撤退が決定された。

これら東京支店に統合され、あるいは廃止されることとなった部署の従業員四名は、いずれも特別退職プログラムを受け入れ退職した。

なお、法人金融営業は、近年その業務の重点を伝統的な貸付業務から新金融商品の販売等の業務に移しており、関西地区に本支店を構える世界的な有名企業に対する右各金融商品の営業は、被申請人の最も重要な経営戦略の一つとされ、合理化の対象とされなかった。また、貿易金融営業も、右各有名企業が顧客となりその取引金額も莫大であることなどから合理化の対象としないこととされた。また、取引先企業の信用調査を行う審査係も銀行にとって不可欠な機能であることから合理化の対象から除外された。

(2) 業務部門について

前記のとおり、業務部門は、従来、送金課、貿易業務課、管理課及び経理係の四部署から成り、それぞれ各部署に所属する従業員は専らその担当業務に従事してきた。ところで、前記のとおり、業務部門のうち送金課の扱う商業貸付が激減し、貿易業務課の扱う輸出信用状の通知件数もここ三年間で半減するなど、業務部門の人員がその業務量と比べて過剰となっていた。そこで、被申請人は、これまでも特別退職プログラムの実施及び独身者を中心とした従業員の東京支店への配転等の方法により右業務量の減少に伴う人員配置の適正化に対応してきたが、今回の被申請人の業績の急速な悪化を契機に更に合理化を押し進め、従来の縦割組織を抜本的に変更して、業務部門全体を一つのグループに再編成し、残存業務量から必要人員数をオフィサー二名、課長代理二名その他事務職一名の計五名と割り出すとともに、現在の多種・少量の仕事に対してより柔軟に対処できるよう必要なときには他の仕事にも従事すべきこととした。

すなわち、まず送金課については、従来の業務のうち外為売買取引の処理業務と外国送金業務を東京支店に移管し、再編成後は、国内送金、海外送金の受付、窓口出納(現金の受払、書類の受付)、各種預金の入出金・口座開設・解約、各種預金の残高照会・残高明細表の発送・管理、ドル資金決済及び円資金管理という多様な業務を担当することとされた。貿易業務課の業務も、法人取引については対顧客との窓口業務のみとし、それ以降の処理を東京支店に集中させることとし、再編成後の残存業務を主として輸出信用状の通知業務とすることとされた。管理課について、従来郵便物の受付・発送、用度品の購入、電信文の暗号管理、顧客への書類の集配業務を行っていたが、業務量が少なく、用度品の購入、暗号文の管理も東京支店で集中管理が可能であることから、専任の担当者を設けず、残留する五名で行い、貿易業務の書類の届け及び受取を貿易営業に一部担当してもらうこととした。経理係については、その事務を東京支店財務部で集中処理することとされた。

その結果、申請人らを含む従来の業務部門の従業員一六人のうち一一名が配転の対象となったが、うち一名はたまたま平成三年七月に定年退職する予定の者(課長代理)で、同人の定年まで大阪支店で勤務したいとの希望があったため、被申請人は、特に同人を配転の対象から除外し、平成二年八月に配転された一名を除く申請人ら九名が今回の配転命令の対象とされた。したがって、同年一一月現在の業務部門の従業員数は六名となった。

7  配転対象者の人選について

本件配転命令以前において、大阪支店の業務部門には申請人らを含む一六名の従業員が在籍していた。前記のとおり、業務部門の再編成により同部門の必要人員は五名とされ、残り一一名が配転対象とされたわけであるが、その人選基準は次のとおりである。

まず、業務部門の再編成後、同部門の処理する事務は、多種・少量となるため、これを円滑に処理するためには幅広い知識、経験と柔軟な考え方を持ち、多種類の業務をこなすだけの高い処理能力を有すること、顧客に対して高度な情報を提供でき、更に外国人を含めた顧客及び上級管理者と英語で意思疎通が計れることなどが必要条件とされた。

このような観点から、まず、業務部門のオフィサーである釜江良子及び澤田智子(いずれも非組合員)を再編成後の業務部門に残留させることとされた。すなわち、釜江良子は、昭和五〇年九月事務職として中途採用された後、事務処理能力を高く評価され、平均をかなり上回る早さで昇格し、平成二年四月にセカンド・バイス・プレジデントに昇格して大阪支店の業務部の最高責任者(マネージャー)の地位にある。一方、澤田智子は、昭和五一年四月に採用され、業務部門のほか外国為替資金部及び法人営業の職務を経験するなど銀行業務全般の経験を積んだ後、平成元年一〇月アシスタント・トレジャラーに昇格し、業務サポート部門の責任者として釜江を補佐する地位にある。両名は、残留の条件である前記資質を満たし、再編成後の業務部門の運営に必要な人材とされた。

次に、経理事務については、大阪支店における残存業務がほぼなくなるため、これを担当していた申請人大浦が配転の対象とされた。

次に、管理課業務についても、大阪支店における残存業務がなくなるため、これを行っていた管理課の西垣明(非組合員)、申請人小川及び業務サポートの申請人福田が配転対象とされた(管理課員の大野茂弘(非組合員)は、既に平成二年八月二二日に配転済みである。西垣明は、平成三年七月末日で定年退職予定であり、本人の希望もあって結局配転対象から除外された。)。

次に貿易業務課は、残存業務の大半が輸出信用状の通知業務となり、その業務量等からして一名の事務職がコンピューターの入力操作を行い、オフィサーがその承認を行うことで処理可能と予測された。同課員のうち沖本美知子(組合員)は、約九年間輸出信用状の通知・発行業務に携わり熟練度が高かったことから、オフィサーの澤田智子との組み合わせで合理化後の貿易業務に従事させることとされた。申請人家田は、一応の能力が認められたが、大阪支店での事務処理がなくなった手形買取業務の職歴が長く、その業務量の多い東京支店への配転対象とされ、申請人原辺及び同小野も、貿易業務の職歴が比較的短いことから配転対象とされた。

次に、送金課については、前記のとおり、きわめて多種・少量で多様な業務を受け持つこととされたため、迅速・的確な仕事を行える者を人選する必要に迫られたところ、過去数年間の業務評価及びボーナス査定の記録を調べた結果、平均以上の評価を獲得していた山田和子(非組合員)及び浜名けい子(組合員)を残留させることとし、申請人野口、同林及び同丸瀬を配転対象とした。

三本件配転命令に至るまでの被申請人と組合との交渉等について

疎明(<省略>)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  在日支店は、CMCが新経営陣による合理化計画を一九九〇年九月二四日に発表する以前から、ニューヨーク本社からより一層の合理化の実施を再三にわたり迫られていたところ、従業員に対し、大阪支店の従業員の東京支店への配転を含む合理化計画について協議するため、月毎の労使協議会(組合代表、非組合員及び幹部職員から構成される。)を開催する旨を決め、これを同年八月八日、全従業員に知らせるとともに(<証拠>)、第一回の会合を開いた。この会合において、合理化計画に関する説明が出席者になされたが、組合は、労使協議会の設置そのものが組合を軽視するものとして反発し、出席しなかった。

そして、翌同月九日、在日支店の人事担当支配人アン・ベンボウ及び在日支店業務部マネージャーの三輪恒巳が大阪支店に赴き、二回にわたり説明会を持った。席上、ベンボウ支配人は、被申請人の現状について、一九九〇年第二・四半期におけるCMCの状況、全世界で総額約三億ドル、わが国においては約一〇〇〇万ドルに上る費用削減案、これに対する在日支店の対応として、大阪支店の合理化による東京支店への業務集中の必要等を説明した。また、引き続き三輪恒巳から大阪支店の具体的な合理化計画について、外国為替売買は全て東京支店で行う旨、これに伴い業務部門の外為売買に関連する処理を東京支店へ移管する旨、その他の業務処理についても従来の集中化をより促進し、業務部門の人員を三ないし五名とする予定である旨の説明がなされた。

2  右同日、被申請人からの申し入れにより、被申請人と組合との間で団体交渉が行われ、被申請人は、組合に対し合理化の内容、理由、今後のスケジュール等について説明し、翌同月一〇日に個々の従業員と個人面接を行いたい旨を申し入れた。これに対し、組合は、今回の合理化の全貌を被申請人が明らかにするまで、組合員に対する個別面接は一切認めないと主張した。このため、翌日に行った個人面接には、非組合員のみが応じ、申請人ら九名を含む組合員一一名は、全てこれを拒否した。

3  そして、被申請人は、大阪支店において個人面接が行われた八月一〇日に組合と団体交渉を行ったほか、同月一四日、同月二〇日に東京支店従業員組合とも団体交渉を行った。組合は、同月三一日付で、「チェース・マンハッタン銀行在日支店従業員の雇用と生活と権利を守る要求書」と題する書面(<証拠>)を提出し、今回の合理化計画の全体像を明らかにすること、再編計画にともない改廃する部課が生じる場合には、その都度その必要性、妥当性について組合及び直接関連する各従業員に説明し、当該部課の従業員の処遇について具体的に提案し、配転に当たっては組合及び本人の同意後発令すること等を求めた。

更に、被申請人は、同月二二日に九月四日を実施日とする、同月七日に同月一三日を実施日とする団体交渉を組合に申し入れたが、組合はこれを拒否した。なお、その間、合理化問題以外の議題の団体交渉が九月五日、同月七日及び同月一四日の三回にわたって被申請人と大阪支店、東京支店及び基地内支店の各従業員組合との間で行われ、その際も、被申請人は、合理化問題について説明を行い、組合側の理解を求めた。

4  これらの団体交渉の過程において、合理化問題についての被申請人と組合との間の意見の一致がみられなかったため、被申請人は、九月一三日、大阪支店の全従業員に対し、一〇月五日までに東京支店への配転を受け入れるか、あるいは退職するかの選択を迫り、退職を選択する場合の退職条件を定めた特別退職プログラムを発表し、東京支店への転勤を受け入れない従業員は、右同日までにその旨の意思表明をすれば、被申請人が退職に当たり相応の財政的援助及び再就職の援助を行う旨を文書(<証拠>)により行った。

なお、被申請人は、その際に、東京支店への配転の条件として、被申請人の人事規定(恒久的国内転勤に関する諸条件)に定めるところに従い、一年間に限り被申請人が住宅を提供すること、移転費用は被申請人の負担とすること等を全従業員に告知するとともに、特別退職プログラムの内容として、退職手当の計算は在日支店の退職案に従い銀行都合料率によって行われ、求職手当は一か月分の現金給与総額(年六・八か月で計算した賞与を含む年間給与総額)とし、勤務手当は完全な勤務年数一年毎に一週間分の現金給与総額を支給し、追加手当として、通常の退職年齢までの残りの年数に対し、一年につき現金給与額の一週間分を支払う(ただし、最大限一五週分まで)とする旨も告知した。

被申請人は、その後も九月一一日には同月一四日を実施日とする、同月一七日には同月一八日を実施日とする団体交渉を組合に対し申し入れたが、組合は、いずれもこれを拒否した。

5  組合は、特別退職プログラムの応募締切日である一〇月五日の一週間前である九月二七日、転勤に関する諸要求を提出するとともに、被申請人との団体交渉権、行動指令権及び妥結権を外国銀行従業員組合連合会(以下「外銀連」という。)に委譲した旨を通告した。その際、組合は、今回の合理化に伴う大阪支店から東京支店への配転について、配転先の職種及び勤務地を明示すること、転勤手当(一時金)や単身赴任手当等の支給等の転勤条件を文書により要求し(<証拠>)、退職条件についても種々の要求を提示した(<証拠>)。その後も、被申請人は、組合と一〇月二日、同月三日に団体交渉を行い、組合からの要請で配転対象者(候補者)を告知した。そして、特別退職プログラムの応募締切日の前日である同月四日には、業務担当マネージャーの三輪恒巳が業務部門の従業員とミーティングを持ってその合理化案を説明するとともに、最終的に大阪支店に残る者及び東京支店に配転される者の人選結果を発表した。

6  特別退職プログラムの締切日の一〇月五日までに特別退職プログラムを受ける旨申し出た従業員は、オフィサー二名を含む三名の非組合員にとどまり、申請人ら組合員からの応募はなかった。被申請人は、その後においても、合理化を円滑に進めるべく、同月九日に外銀連と団体交渉を行ったが、進展がなかったため、同月一五日、申請人らを含む一〇名に対し、一一月五日までに東京支店に赴任すべき旨の本件配転命令を発した。

7  本件配転命令発令当日の団体交渉において、被申請人は、大阪支店で七五万ドルの経費削減が必要であること及びその内訳は東京への従業員の配転と事務所スペースの合理化及び雑費である旨の説明をした。その後、本件配転命令後の一〇月二三日、被申請人の在日総支配人自ら大阪支店に赴き、配転対象者と三時間半にわたり話し合いを行い、今回の合理化の必要性を力説し、東京支店での職務を用意している旨、大阪支店で職を確保するのは困難である旨等を説明し、引き続き三輪恒巳が業務部門の配転対象者(申請人ら)と各人の東京支店での新しい職種の説明などを行った。また、外銀連と被申請人は、一〇月一五日、同月一六日、同月二五日及び三〇日にわたり、団体交渉を重ねたが、申請人らは、その間の同月二四日、本件仮処分申請に及んだ。その後、同年一二月三一日の団体交渉において、被申請人は、特別退職プログラムの前記退職条件中、金銭給付を増加するとともに(求職手当を一か月分から二か月分にした。)、本件配転命令に応じた場合の借上住宅提供期間を一二か月から一五か月に延長し、転勤後の帰省手当等を新たに支給することとした。そして、その後も被申請人と外銀連等との団体交渉は続けられている。

8  被申請人は、申請人らが本件配転命令に従わず、東京支店において労務を提供していないことを理由に、平成二年一一月二一日以降の給与から年収(諸手当を含む。)の二五パーセント相当額を毎月の賃金の基本給及び一時金算定の基礎となる基本給から差し引く措置を実施し、更に同年一二月二一日からは、右賃金カットの比率を五〇パーセントとして現在に至っている。そして、被申請人は、その後更に申請人家田、同小川及び同福田に対し、降格及び相当額の賃金カットを行った。

このため、申請人らは、平成三年三月八日、大阪地方裁判所に右賃金カット相当額につき賃金仮払仮処分の申立てをした。

四申請人らの個別的事情について

疎明(<証拠>)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  申請人家田について

申請人家田は、四一歳(本件配転命令当時のもの。以下年齢、学年を示す場合において同じ。)で独身であり、現在実母(七二歳)と同居している。実母は、血圧がやや高く、週一度通院治療を受けている。自宅は、実母名義の持ち家である。姉二人と妹一人がいるがいずれも結婚しており、それぞれ大阪府豊中市、名古屋市及び岡山市に居住している。豊中市在住の姉は、夫が脳梗塞で自宅療養中であり、自宅近くでお好み焼屋を経営している。名古屋市在住の姉は、同市内で金物屋を経営しており、夫が小児マヒの後遺症を有するほか受験期の子ども二人がいる。岡山市在住の妹は、専業主婦であり、高校生と小学生の子ども二人がいる。

同申請人は、平成二年九月現在給与として約四四万円(税引後の手取額約三四万円)を支給されていたところ、平成三年一月以降資格を一階級降格されるとともに年収の一〇パーセントをカットされた。

2  申請人大浦について

申請人大浦は、三九歳で実父(七〇歳)、実母(六五歳)、夫(三八歳)、長男(中二)、及び長女(小四)と同居している。自宅は、実父名義の持ち家である。夫は、光洋精工奈良工場に勤務し、月収は手取額約二五万円である。なお、光洋精工は、大阪に本社を有するが、営業所及び工場は東京にも存する。実父は、発作性頻脈症及び上室性期外収縮の傷病で昭和六三年六月から月に、一、二度通院し、内服治療中である。実母は、慢性腎炎で、昭和六二年六月から月に一度、通院治療を受けている。

同申請人は、平成二年九月現在給与として約四三万円(税引後の手取額約三三万円)の支給を受けていた。

3  申請人小川について

申請人小川は、四四歳で夫及び長男(一七歳)と同居している。自宅は持ち家(ローン)であり、ローンの返済残額は約二〇〇万円で夫の親族から借りており、毎月約五万円ずつ返済している。夫は、外資系の空気余熱機、バルブ、脱硫装置の製造販売をしているガデリウス株式会社神戸支社に勤務しており、月収は手取り約三〇万九〇〇〇円であるが、神経系の病気で通院治療を行っている。両親は、その持ち家で居住しており、実父は、過去に二度交通事故に遭い後遺症を残している。同申請人には四歳年上の兄と姉(五三歳)がいるが、姉は、平成二年九月に左腕を骨折し、入院していたことがある。実母は平成元年胃の切除手術をしたが後遺症は残っていない。

同申請人は、平成二年九月現在給与として約四二万円(税引後の手取額約三二万円)の支給を受けていた。

4  申請人小野について

申請人小野は、三五歳で独身であり、現在実父(六二歳)及び実母(六四歳)と借家(月額賃料六万六〇〇〇円)に同居している。両親は、ともに年金受給者であり、受給額は実父が月額約一七万円、実母が月額約四万円である。同申請人には東京のレストランに勤務している独身の弟が一人いる。実父は平成二年一〇月九日、腸閉塞で入院したほか、現在も気管支喘息及び腰痛症で治療中である。実母は肝機能障害、糖尿病で治療中である。また、同申請人自身も現在遊走腎の診断を受け、経過観察を受けている。同申請人は、同年五月一〇日頃、職場内の人間関係等から被申請人に東京支店への転勤を希望し、かつその希望は本件配転命令まで撤回されなかった。

同申請人は、平成二年九月現在約三四万円(税引後の手取額約二八万円)の支給を受けていた。

5  申請人野口について

申請人野口は、四二歳で独身であり、実父(七六歳)及び実母(七二歳)と同居している。兄弟姉妹はいない。実父は、昭和六三年に退職し、年金月額約一五万円を受給している。自宅は実父名義の持ち家である。実母は、糖尿病の持病を持ち通院治療中である。

同申請人は、平成二年九月現在税引後の手取額で月額約三〇万円の支給を受けていた。

6  申請人林について

申請人林は、三九歳で独身であり、かつ一人住まいである。家族は、実母(六七歳)と姉(四二歳)がおり(実父は昭和六〇年に死亡)、この二人が西宮市内で持ち家に同居している。実母は年金年額約一四〇万円を受給し、姉は、独身で楽器店に雇われピアノ教師をしているが、収入が不安定であるため、同申請人が実母に対し月額七万円の援助をし、また、週末には家事の手伝いもしている。また、実母は高血圧症や胃炎のため通院治療を受けている。自宅は持ち家(ローン)で、月々の返済が五万円、ボーナス時の返済が三七万六〇〇〇円である(このうち住宅金融公庫への返済は平成一四年まで、被申請人への返済は平成七年まで継続する。)。

同申請人は、平成二年九月現在約四〇万円(税引後の手取額約三二万円)の支給を受けていた。

7  申請人原辺について

申請人原辺は、三八歳で、在日朝鮮人の夫、長男(小五)及び次男(小二)と同居している。自宅は持ち家(ローン)である。ローン返済額は約七九〇万円残っている。夫は、大阪経済法科大学の入試課に勤務しており、かなり多忙で、平成元年一一月の残業時間数は約一五〇時間を超え、忙しい時期には帰宅時間が深夜に及ぶことも多い。夫の両親は、洋服のプレス業を営んでいる。

同申請人の平成元年度の給与・賞与支払総額は約六三七万円であった。

8  申請人福田について

申請人福田は、五七歳で、妻(五〇歳)及び次女(二四歳)と同居している。次女は、独身で雪印商事株式会社に勤務している。妻は、昭和六三年中に二回目の子宮筋腫の手術を受けた。同申請人自身も平成二年一〇月一六日に「肉眼的血尿」ありと診断され、検査を受けていたが、同年一二月四日現在軽快しているとの診断を受けた。

同申請人は、平成二年九月現在給与として月額約六三万円(税引後の手取額約四六万円)の支給を受けていたが、平成三年一月以降、月額の手取額で約一九万円の賃金カットを受けた。

9  申請人丸瀬について

申請人丸瀬は、本件配転命令当時三八歳で、夫、長男(小六)、長女(小三)及び次女(小一)と同居している。自宅は、持ち家(ローン)で、残額は一〇〇〇万円を超え、月々の返済が約八万円、ボーナス時が一八万円である。夫は、大学の非常勤講師で、五つの大学に計一四コマの講義を受け持ち、月収は手取り約二五万円である。また、夫は、同申請人より帰宅が早く、同申請人が帰宅するまでの間子どもの世話などをしている。義父は、原因不明の進行性難病(筋萎縮性側策硬化症)に罹患し、発語及び歩行が困難な状況にあるが、六六歳の妻と同居し、現時点においてとくに介護を要する状況にはない。

同申請人の平成元年度の給与・賞与支給総額は、約六三五万円であり、平成二年九月度の給与支給総額は約四〇万円であった。

五配転権濫用の有無に関する当裁判所の判断

1  業務上の必要性について

被申請人が本件配転命令をするに至った業務上の必要性を基礎付ける事実として当裁判所が一応認定したところを要約すれば、一九八〇年代以降の金融自由化等の銀行経営をめぐる金融環境の変化に伴い世界的に被申請人を含む銀行の収益圧迫要因が拡大していたことを背景に、被申請人の中南米向け債権の償却負担が巨額に達したほか、被申請人がその収益の多くを依存していた不動産関連融資が米国内における不動産市況の悪化により急速に不良債権化したことから、被申請人の持株会社であるCMCの経営内容が一九九〇年第三・四半期決算において急激に悪化し、かかる事態を受けてCMCは、急遽発足させた新経営陣に約五〇〇〇人(全従業員の約一二パーセントに当たる。)の人員削減による約二億二五〇〇万ドル以上の人件費削減を柱とする経営再建計画を策定させたが、この合理化計画は、米国内にとどまらず、全世界的に実施することとされ、近年貸出金利息及び貿易業務にかかる外国為替受入利息と手数料が著しく減少するなど業績が悪化しており、かねて本店から合理化の実施を指示されていた在日支店も一層の合理化の必要に迫られていたものである。そこで、在日支店は、全体的に業績が悪化している在日支店の中でも従来貸出金利息等にその多くの収入を依存し、その収益減少により業績を悪化させていた大阪支店につき、経費削減のため、その業務を可能な限り東京支店に統合することとし、大阪支店の営業部門のうち外国為替資金営業及び大口個人顧客係を東京支店ないし海外支店に移すとともに、申請人らの所属する業務部門についても、前記貸出金利息等の減少等により、その人員が業務量と比べて過剰となっていたことにかんがみ、必要人員をオフィサー二名を含む合計五名と割り出し、その余を東京支店に配転することとしたため、現人員一六名のうち申請人らを含む一一名が配転対象とされたものである。したがって、本件配転命令は、右のとおりCMCにより世界的にとられた大規模な人員削減等の合理化計画の一環として、また、近年相当の業績悪化に陥っていた在日支店の効率的運営をはかるものとして、在日支店がその経営判断に基づき、経費削減のため立案したものの一つである東京及び大阪の各支店の業務の適正な配分を実現するために必要な措置であったということができる。そして、配転の対象とされた業務部員一一名は、引き続き大阪支店に残存することになる業務を適正にこなすことができる者五名を選択し、その余を東京支店に配転するとの基準により選定されたものであって、その人選基準も本件配転命令の合理化としての性格に照らし、不合理とはいいがたい。

そして、被申請人は、在日支店全体で一〇〇〇万ドル、大阪支店だけで七五万ドルの経費削減が必要であった旨を主張し、本件配転命令によって削減できる人件費は、申請人らを含む配転対象者一四名が全員東京支店への配転に応じた場合、銀行は転勤者一人につき月額平均一〇万円の社宅補助を強いられるものの、現在東京支店で月額平均四〇万円の人件費を支払って雇用している臨時社員(テンポラリー・スタッフ)を同数以上の人数分削減することができるから、少なくとも年間五〇四〇万円(社宅補助のなくなる二年目以降は年間六七二〇万円)の削減が可能となり、また退職者がでる場合の将来の賃金負担の削減、事務所スペースの削減による賃借費用等の削減(年間約三〇〇〇万円の見込)及び業務縮小により可能となる営業経費等の一部削減(年間約一〇〇〇万円の見込)が可能となる旨主張する。これは、あくまでも試算であり、直ちにこれが年間七五万ドルの経費削減につながるかどうか疑問もあるが、右のとおり、相当の経費削減効果があることは疑いを容れないところである。

申請人らは、大阪支店の業績が近年悪化したのは、被申請人が大阪支店の業務を東京支店に移すなど大阪支店で利益が計上されないようにした結果であって、意図的につくられたものであり、これを組織再編成の理由にすることは許されない旨主張する。しかし、大阪支店の業績の悪化の原因となった貸出金利息、外国為替受入利息及び手数料の減少は、前記二の4の(1)及び(2)の記載の事情によるものであって、かつ、昭和六三年度から大阪支店の貿易業務部門の一部を東京支店に移管したことが、被申請人において大阪支店の業績を意図的に悪化させることを目的としてなされたと一応認めるに足りる疎明もなく、かえって、右業務の移管は、在日支店の近年における業績悪化に対応する措置の一つであることは前記認定(二の5)のとおりであって、被申請人の経営判断として合理的というべきである。なお、右業務を東京支店に移管した後も、その業務にかかる人件費を大阪支店に計上していたとの事実は、全疎明をもってしても一応認めることができない。

更に、申請人らは、被申請人が過去において希望退職を募ってはその人数分の新規及び中途採用を繰り返し、更に在日支店で平成三年四月に一一名の新規採用を予定していること(争いがない。)からして、被申請人が本件配転命令の理由として主張する「チェース銀行の危機」「経営合理化の緊急の必要性」は全く理由にならない旨主張する。たしかに、これらの事情は、被申請人が新規及び中途採用も一切できないほど経営内容を悪化させているのではないことを窺わせるものである。しかし、そこまで深刻な経営危機の状態に立ち至らない以上、本件配転命令のような形態の配転ができないものということも到底いえず、業績不振の中においても被申請人の企業規模に照らして必要な人員を採用することが企業の人的構成の平準化や活性化のために必要であるともいえるから、これらの事情から、直ちに本件配転命令の必要性を否定するのは相当ではない。

2  申請人らの個別的事情について

以上のとおり、被申請人が本件配転命令を発するに至った業務上の必要性は、一応これを肯認することができる。そこで、次に、申請人らの個別事情に照らし右業務上の必要性と対比して、本件配転命令が申請人らに著しい不利益を与えるか否かについて順次判断する。

(1) 申請人家田について

申請人家田は、現在七二歳になる実母と同居しているところ、三人の姉妹はそれぞれ既に結婚して世帯を別にしており、これらの姉妹の居住場所及び家庭状況等からして、右姉妹が実母を引き取るなどしてその扶養に当たることは容易でないことが窺えないではないから、本件配転命令に応ずるとすれば、同申請人としては、実母を一人残して単身赴任をするか、実母を伴って赴任するかの二者択一を迫られることになる可能性が高いといえる。そして、仮に前者を選択した場合、高齢で必ずしも健康とはいえない実母を一人残して単身赴任する同申請人の不安も理解し得ないではなく、また、同居の場合と比べて経済的負担が増すであろう不利益を被ることも予想される。また、後者を選択した場合、実母が永年住みなれた土地を離れることによる主に精神的な苦痛のほか、東京に永住するとすれば、現在居住している持ち家を売却しなければならなくなる不利益も考えられないではない。

しかし、実母の健康状態は、やや高血圧で週に一度ほど通院治療を続けている程度の比較的軽い症状であって、同申請人が四六時中付き添って看病しなければならない状態でないことは明らかであり、豊中市に実姉が居住していることをも考慮すると、申請人が実母を残して東京に単身赴任することが直ちに実母の健康状態に重大な影響を及ぼすものとはいいがたい。また、二重生活による経済的負担の増加についても、同申請人の現在の収入に照らして(平成三年一月以降の賃金カットを考慮しても)生活に重大な支障を及ぼすほどのものともいえない。次に、実母を伴って赴任する場合に生ずることが予想される不利益についてみても、実母が永年住み慣れた土地を離れることにより受ける苦痛は、多分に主観的なものである上、老親を抱える者の転勤に通常生ずるものであるし、持ち家の売却も、転勤によって直ちにこれを強いられるものでないことも明らかである。

以上のとおり、同申請人が本件配転命令により被る不利益は、転勤に伴い通常予想される程度の不利益の域を超えるものではなく、前記業務上の必要性を上回るものとは到底いえない。また、右のとおり、本件配転命令に応ずることにより同申請人が直ちに著しい損害ないし急迫な強暴を被るということもできないから、その効力を仮に停止すべき保全の必要性も肯認できない。

(2) 申請人大浦について

申請人大浦の家庭は、夫、実父母及び中二、小四の子と同居する共働き家庭であるから、共働きを維持しながら本件配転命令に従うとすれば、夫の勤務場所を東京近辺に見い出せない限り単身赴任を余儀なくされる可能性が高い。そして、同申請人の夫は、隔週夜勤の不規則な勤務形態であり、実父母の健康状態も万全とはいいがたいことから、同申請人が家事の大部分を引き受けていると考えられ、同申請人が単身赴任するとすれば、夫が単身赴任をする場合に比べても、同申請人の家庭に与える影響が大きいといえる。

しかし、他方、実父母は現在月に一、二度通院治療を受けているにすぎず、その病状は比較的軽微であるといえるし、二人の子もすでに年長であって、夫も含めこれらの者が家事を分担することが可能であるといえる(これが不可能であるとの疎明はない。)。また、二重生活による経済的負担の増大も、同申請人及び夫の収入の額に照らして、いまだ同申請人及びその家庭に著しい支障を及ぼすとは認めがたい。

これらの事情を総合すると、同申請人の単身赴任により同申請人ないしその家族が相当の不利益を被ることは理解できるとしても、かかる不利益は、いずれも共働き夫婦の一方が転勤を命じられて単身赴任を余儀なくされる場合に通常生じる程度のものというほかなく、前記業務上の必要性を上回る著しい不利益とまではいいがたい。また、右事情に照らし、本件配転命令の効力を仮に停止すべき保全の必要性も肯認しがたい。

(3) 申請人小川について

申請人小川の家庭は、夫及び一七歳になる長男と同居する共働き家庭である。したがって、共働きを維持しながら本件配転命令に従うとすれば、夫が東京近辺に勤務場所を見い出せない限り、同申請人は単身赴任を強いられる可能性が高いというべきである。そうすると、家事の大部分を同申請人が行ってきたことが窺われる同申請人の家庭に対しては、同申請人の単身赴任によって家庭生活の上で相当の犠牲を強いることになることは否定できない。

しかし、同申請人の長男はすでに年長であって、大学受験を控えていることを考慮しても、日常の世話が不可欠であるとは考えられないし、夫が同申請人に代わってある程度の家事を行うことが全く不可能であるとの疎明もない。また、同申請人の両親も高齢であることに加え健康状態にやや不安なところがあるとはいえ、現在も別居していて、同申請人がその日常の介護をしているわけでもなく、またそれが必要な状態にないことも明らかである。また、単身赴任に伴う家族の経済的負担の増大も、同申請人及び夫の収入に照らし、住宅ローンの支払があることを考慮しても同申請人ないしその家族の経済的破綻をもたらすほどのものともいえない。

そうすると、本件配転命令により同申請人が受ける不利益も、共働き夫婦のうち妻が転勤を命じられ単身赴任をすることにより被るべき通常予想される程度のものというほかなく、その業務上の必要性と対比して同申請人に著しい不利益を及ぼすものとはいえないし、本件配転命令の効力を仮に停止すべき保全の必要性も肯認しがたい。

(4) 申請人小野について

申請人小野は、独身で、実父母と同居しているものであって、同申請人が本件配転命令に従うとすれば、単身赴任をするかあるいは父母を伴って転勤するかいずれも十分に可能であると考えられるところ、仮に前者を選択するとすれば、二重生活による経済的負担の増大及び実父母の健康状態の懸念が否定できず、後者を選択すれば、大阪と東京との物価水準の差異等に起因する経済的負担の増大等の不利益を同申請人が被ることであろうことは否定できない。

しかし、同申請人が受けるべき右不利益も、親と同居しこれを扶養する者が転勤を命じられた場合に通常予想される程度のものにとどまるというほかない。その上同申請人は、本件配転命令前の平成二年五月一〇日頃、東京支店への転勤を上司に希望していたものであり、以来その希望は本件配転命令に至るまで撤回されたことがないのである。同申請人は、その後実父及び同申請人本人の健康状態の悪化により、東京支店への転勤は全く不可能である旨主張するが、実父の健康状態は、一時の入院を経て現在は通院治療で賄える程度のものであることが窺える上、同申請人の病状も東京支店に転勤した上での治療が不可能であるとの疎明もない。更に、実母の病気も、とくに大阪に居住しなければ治療が不可能なものということもできない。また、いずれの方法をとるにせよ、転勤に伴いある程度の経済的負担が増すとはいえ、同申請人及び実父母の収入に照らすと、このことが同申請人の生活上大きな経済的打撃になるということも認めがたい。

そうすると、本件配転命令がその業務の必要性と対比して同申請人に著しい不利益を及ぼすものとはいえないし、その効力を仮に停止すべき保全の必要性も肯認しがたい。

(5) 申請人野口について

申請人野口は、独身で、実父母と同居しており、他に兄弟姉妹がいないことから実父母の唯一の扶養義務者といえるところ、仮に本件配転命令に従うとすれば、単身赴任をするか、あるいは実父母を伴って東京近辺に移転するかいずれかによらざるを得ないものといえ、いずれも申請人小野と同様の不利益を被るであろうことは否定できない。

しかし、実父母は、いずれも東京への居住移転が全く不可能であるほどにその病状が重篤であると一応認めるに足りる疎明はなく、申請人野口の現在の収入に照らしても、本件配転命令に従い、実父母を伴って東京に住居を移転することにさほどの困難があるとは考えられない(実父母が結婚後約五〇年間住み慣れた家を離れがたいこと自体は理解できなくもないが、多分に主観的なものであり、このことを転勤を困難とする事由とすることはできない。)から、本件配転命令により同申請人が受ける不利益も、親と同居しこれを扶養する者が転勤を命じられた場合に通常予想される程度のものにとどまるというべきであって、本件配転命令がその業務の必要性と対比して同申請人に著しい不利益を及ぼすものとはいえないし、その効力を仮に停止すべき保全の必要性も肯認しがたい。

(6) 申請人林について

申請人林は、独身で、かつ一人住まいであるから、最も本件配転命令に応じやすい者といえる。もっとも、実母及び姉が別に同居しており、姉の収入が同申請人と比べて安定しておらず、同申請人が毎月定額の経済的援助のほか、折にふれ実母方の家事手伝いをしているのであるが、家事手伝いは余人をもって代えがたいものではなく、実母らに対する経済的援助も、同申請人の収入からして東京に転勤した後においても可能というべきであるから、かかる事情を同申請人の東京への配転を困難ならしめる事由とすることはできない。

その他、住宅ローンの支払があることなどの事情を考慮しても、本件配転命令がその業務の必要性と対比して同申請人に著しい不利益を及ぼすものとは到底いえないし、その効力を仮に停止すべき保全の必要性も肯認しがたい。

(7) 申請人原辺について

申請人原辺の家庭は、夫及び小五と小二の男子と同居している共働き家庭である。したがって、共働きを維持しながら本件配転命令に応ずるとすれば、夫が東京近辺に勤務場所を見い出せない限り、同申請人が単身赴任せざるを得ない可能性が高いというべきである。そうすると、夫が多忙な職場に勤務し帰宅時間が深夜に及ぶことも少なくない家庭環境のもとで、事実上家事の殆どを行っていたと推測される同申請人がいなくなることにより、同申請人の家庭に対し相当の犠牲を強いることになることは否定できない。

しかし、同申請人の子らは、比較的年少であるとはいえ、終始手のかかる年齢ともいいがたい上、夫の両親は別に事業を営んでおり、また、同申請人の実父母も健在であって、これら父母らの援助が期待できないとも認めがたい。そうすると、かかる事情は、いまだ前記業務上の必要性を凌駕するものとまでいうことはできず、これもまた共働き夫婦の一方が転勤を命じられることにより通常予想される不利益の域を超えるものということはできない。また、右事情に照らし、その効力を仮に停止すべき保全の必要性も肯認しがたい。

(8) 申請人福田について

申請人福田は、妻及び二四歳の次女と同居しているものであるが、同申請人及び妻の年齢及び健康状態等にかんがみ、同申請人の東京支店への転勤は、同申請人及びその妻に相当の精神的、肉体的苦痛を与えるものであることは否定できない。

しかし、同申請人の病状は現在軽快している上、妻の病状にしても、同申請人とともに東京に住居を移すことが不可能である程度に重篤であるとの疎明はない。また、同申請人は、平成三年一月以降、月額給与を手取額で約一九万円を減額されているが、それ自体の当否はともかく、右給与による夫婦二人での東京での生活が経済的に不可能であるとまでは認めがたい。

したがって、本件配転命令がその業務上の必要性との対比において、同申請人に著しい不利益を及ぼすものということはできないし、右事情に照らしその効力を仮に停止すべき保全の必要性も肯認しがたい。

(9) 申請人丸瀬について

申請人丸瀬の家庭は、大学で非常勤講師をしている夫及び小六、小三及び小一の子と同居する共働き家庭である。したがって、共働きを維持しながら本件配転命令に従うとすれば、夫及び三人の子、または子どものみを伴って東京に住居を移すか、同申請人が単身赴任をするかのいずれかを余儀なくされ、いずれにしても同申請人の家庭に相当の犠牲を強いることになることは否定できない。

しかし、共働き夫婦の一方が転勤を命じられることにより、その家族が生活の本拠を異にすることになり、かつ、二重生活による経済的負担が増加するなどの不利益を被ることは、そのような家庭が通常被ることが予想される不利益の域を出るものではないというほかない。更に、同申請人は、自ら原因不明の進行性難病に罹患している義父を介護する必要がある旨主張するが、現在義父とは同居しておらず、現時点においては同人と同居する義母による看護が期待でき、直ちに同申請人の介護が必要であるわけでなく、将来の不確定な介護の必要性をもって本件配転命令を拒む事由とすることはできない。

したがって、本件配転命令がその業務上の必要性との対比において、同申請人に著しい不利益を及ぼすとまではいうことができないし、右事情に照らし保全の必要性も肯認しがたい。

3 本件配転命令が権利の濫用に当たるか否かについて

以上のとおり、本件配転命令は、申請人らに対しいずれも相当の不利益を及ぼすものであることは否定できないものの、被申請人が本件配転命令をするに至った業務上の必要性も前記のとおり、十分にこれを認めることができ、申請人らが被る右不利益は、いずれも右業務上の必要性を上回るまでには至っていないというべきである。

なお、申請人らは、本件配転命令が申請人らにとって応じがたい無理な配転命令であって、これに応じないときは、特別退職プログラムに応じて退職することを強制されているから、本件配転命令は、実質的には指名による整理解雇に等しく、その効力の有無は、整理解雇の法理に照らして判断すべきところ、本件配転命令は、整理解雇の要件である希望退職募集の手続の履践及び組合との誠実な協議も尽くしておらず、権利の濫用であると主張する。しかし、本件配転命令が申請人らにとって客観的に全く応じがたいものといえないことは右2において述べたとおりであって、被申請人が特別退職プログラムを用意したのは、本件配転命令に応じるか、またはある程度有利な条件で退職するかを申請人らの自由な選択に委ねたものといえるから、本件配転命令を整理解雇と同視し、これを前提に本件においてその要件が満たされていないとする申請人らの右主張は、その前提において失当であり、採用できない。

その他、前記三で認定した組合と被申請人との交渉経過とりわけ申請人らが組合の指示を受け、本件配転命令に先立ち各人の個別的事情を一切被申請人に申告しなかったことのほか、被申請人がとった従業員に対する事前の説明等の措置、本件配転命令に応ずる場合の資金的援助等の内容(ただし、当裁判所は、右資金的援助等の内容が申請人らの受けるそれぞれの不利益の補填として十分であると判断しているわけではなく、被申請人としては、申請人らの受ける不利益の内容を十分理解した上、申請人らが本件配転命令に応ずる場合のこの点に関するより一層の配慮が望まれる。)及び特別退職プログラムに示された優遇措置の内容等に照らすと、被申請人が本件配転命令を発したことを人事権の濫用ということはできない。

(不当労働行為について)

申請人らは、被申請人は、組合結成以来その存在を嫌悪して、一貫して組合攻撃を行ってきたところ、本件配転命令の対象となったのは、いずれも組合員たる従業員に対してであり、その結果、組合員数は平成三年七月以降二人になるなどの事情に照らし、本件配転命令は、組合員たる申請人らに不利益を与えるとともに、このことにより、組合員の組合からの脱退等により組合組織の極小化ないし壊滅をねらってなされたものであるから、労組法七条一、三号に違反し、無効である旨主張する。

しかし、本件配転命令は、前記(配転権の濫用について)の項において詳細に認定、説示したとおり、高度の業務上の必要に基づく措置であって、その人選基準も不合理なところがなく、本件配転命令を受けた者がすべて組合員となったのは、当時の大阪支店の従業員数、これに占める組合員の割合及び配転の規模から結果的にそのようなことになったものというほかない。そのほか、本件配転命令が組合員たる申請人らの正当な組合活動を理由に、申請人らに対する不利益取扱を意図してされたもの、あるいは組合組織の極小化ないし壊滅をねらってされたものであると一応認めるに足りる疎明もない。

(結び)

以上のとおり、本件配転命令は有効であって、申請人らの本件申請は、いずれも被保全権利の疎明がなく、保証を立てさせて右疎明に代えることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官田中俊次)

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