大阪地方裁判所 平成2年(ワ)4236号 判決 1991年10月29日
原告
柳邦明
右訴訟代理人弁護士
横山昭二
被告
光和商事株式会社
右代表者代表取締役
松岡光浩
右訴訟代理人弁護士
平井満
主文
一 被告が原告に対し、昭和六三年一二月二四日なした解雇が無効であることを確認する。
二 被告は、原告に対し、金四七五万円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文第一項と同旨
二 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 仮執行の宣言
第二事案の概要及び争点
一 事案の概要(証拠番号を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)
本件は、原告が、被告が原告に対し昭和六三年一二月二四日行った解雇の意思表示が無効であるとして、被告に対し、平成元年一月分から同二年五月分までの給与合計金五五二万五〇〇〇円、平成元年中に支給されるはずであった賞与合計金八五万円、不当解雇により原告が蒙った精神的苦痛に対する慰謝料金三一二万五〇〇〇円及び弁護士費用金五〇万円の合計金一〇〇〇万円の支払を求めた事件である。
1 被告は金融業を主な営業とする会社であり、原告は、昭和六三年一月被告に雇用された。
2 原告は、昭和六三年一二月二五日以降は、全く被告に出社していない(原告本人)。
3 被告の給与の支払方法は、毎月二〇日締めの二五日払であり、また、賞与は毎年七月及び一二月の年二回支給され、支給率は最低一か月から最高五か月の間で被告が査定して支払うこととなっている(人証略)。
4 原告は昭和六三年一二月分の給与として基本給金三二万五〇〇〇円の支給を受け、また、同月に賞与として金四二万五〇〇〇円を支給されている(<証拠略>)。
5 被告代表者である松岡光弘(以下、訴外松岡という。)が代表者をしている株式会社アーイコファイナンス(その所在地は被告と同一ビル内であり、事実上は同一会社といってよい。)の従業員であった谷川英二(以下、訴外谷川という。)は、原告と同時期である昭和六三年一二月二一日訴外松岡から解雇を言い渡されたが、右解雇を不当として、平成元年二月六日大阪地方裁判所に訴えを提起し(当庁平成元年ワ第八六五号事件)、平成元年一二月四日、株式会社アーイコファイナンスが訴外谷川に対し和解金として金八〇〇万円を支払うことを主な内容とする裁判上の和解をした(<証拠・人証略>)。
二 争点
1(1) 原告と被告が、昭和六三年一二月二四日、原、被告間の雇用契約を合意解約したと認められるか。
(2) 被告が、右同日、原告に対して行った解雇の意思表示(以下、本件解雇という。)は権利の濫用となるか。
2 原告が、本件訴訟において解雇無効を主張し、賃金等の支払を求めることは信義則に違反しないか。
3 原告が、賃金等の請求権を喪失したのは何時か。
(被告の主張)
被告は、原告が本件解雇を承認して復職の意思を放棄したのであるから、以後、原告には賃金等の請求権を発生しないと主張し、右承認の時期を、第一次的には本件解雇直後、第二次的には訴外谷川が裁判上の和解を成立させた直後である平成元年一二月中であるとする。
(原告の主張)
原告は、原告が本件解雇を承認して復職の意思を放棄し、これに代わるものとして退職金の支払を求めたのが平成二年五月末であると主張し、したがって、同月分までの賃金等の支払を求める。
4 本件解雇は不法行為となるか。また、原告がこれにより蒙った精神的苦痛を慰謝料として請求できるか。
5 原告は、本件において弁護士費用を請求できるか。
第三争点に対する判断
一 争点1(1)について
被告代表者本人の供述中には、訴外松岡が原告に対し「被告を辞めてもらわな仕方がない。」と言うと、原告がこれに対し「分かりました。」と言った旨述べる部分があるが、右供述は、原告本人尋問の結果に照らして到底措信できず、他に、被告が雇用契約の合意解約を申し入れ、原告がこれを承諾したものと認めるに足りる証拠はない。
二 争点1(2)について
被告代表者本人の供述中には、本件解雇の理由として、昭和六三年一二月ころ、被告に金一億二〇〇〇万円もの債権回収に関する事故が発生したこと、右事故は親和商事の従業員である南某が仕組んだものであるところ、原告は右南の紹介で被告に入社し、入社後も南と気脈を通じていたからであると述べる部分がある。しかし、右事故の発生自体は認められる(原告本人尋問の結果)ものの、右事故が南の仕組んだものであること、原告がそれに関与していたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、原告本人尋問の結果によると、原告は右事故に全く無関係であったことが認められる。したがって、本件解雇は解雇権を濫用したものとして無効である。
三 争点2について
1 前記第二の一2及び5の事実と証人谷川英二、同平岡弘伸の各証言、原告、被告代表者各本人尋問の結果を総合すると、原告が、被告を解雇された後本件訴訟を提起するまでの経緯として、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、昭和六三年一二月二四日、訴外松岡から突然「今すぐ会社から出ていけ。」と言い渡され、当日は訳もわからないままとりあえず鞄だけを持って退社した。
(2) 原告は、右松岡の言動が何を意味するのかさえ理解できなかったので、翌日ころ、被告に電話し、平岡弘伸(以下、訴外平岡という。)にそれを確認したところ、右平岡から「要するに首や、しゃあない」と言われ、自らが解雇されたことを確認した。
(3) しかし、原告としては、解雇理由として思い当たる事実はなく、また、もし可能なら被告で引き続き働く希望も持っていたことから、同時期に被告から解雇され、その無効を主張して被告に対し訴えを提起していた訴外谷川と連絡を取り、また、原告が元勤務していた親和商事の代表者であり訴外松岡とも親しい新開某(以下、訴外新開という。)にも相談して、訴外谷川の訴訟の推移をみて被告の解雇に対する自らの態度を決定することにした。
(4) そして、原告は、遅くとも平成元年一二月中には、訴外谷川、被告間の訴訟が前記認定のとおりの内容で解決したのを知り、自らも復職は断念する代わりに退職金あるいは和解金名下に谷川と同額程度の金員の支払を求め得るものと考え、被告に対し、右金員を請求したが、被告はこれを拒否した。
(5) そこで、原告は、原告訴訟代表者に対し、不当解雇を理由とする損害賠償請求訴訟の提起を依頼し、平成二年六月七日本訴が提起された。
2 右事実によると、原告は、本件解雇後、本訴提起に至る一年六か月の間、被告に対し、これを争う姿勢を示したことはなかったことが認められる。
しかし、原告が、訴外谷川と被告間の訴訟が終了する平成元年一二月までの間に、解雇を承認するような行動をしたと認めるに足りる証拠はないこと、原告は本訴において従業員たる地位の確認を求める前提として解雇の無効を主張している訳ではなく、未払賃金等を請求する前提としてそれを主張しているにすぎないことからすると、単に一年六か月の間解雇の無効を主張しなかったとの一事をもって、右主張が信義則に違反するものとは到底いい難く、他に右主張が信義則に違反すると認めるに足りる証拠はない。
四 争点3について
三1で認定した事実によると、原告は、平成元年一二月中には、被告への復職を断念し同人に対し退職金等の請求をすることにより、本件解雇を承認して労務提供の意思を喪失したことが認められる。
したがって、原告は、平成二年一月以降の賃金及び賞与の請求権を喪失したものというべきである。
五 争点4について
二及び三1で認定した事実によると、本件解雇は、不法行為に該当するものと認めるのが相当である。
しかし、一般に、解雇された労働者が蒙る精神的苦痛は、解雇期間中の未払賃金が支払われることにより慰謝されるものというべきであり、本件原告に、解雇時からこれを承認するまでの間の未払給与及び賞与が支払われてもなお償えない特段の精神的苦痛があったと認めるに足りる証拠はない。
六 争点5について
本件において、不法行為に基づく損害賠償請求が認められないことは五で判示したとおりである。また、未払賃金の請求等金銭債務の不履行による損害賠償として弁護士費用の請求をすることはできないと解するのが相当である。
第四結論
以上によると、原告の請求のうち、本件解雇が無効であることの確認を求める部分は理由があるから認容し、未払賃金等を請求する部分については、平成元年一月から一二月分までの基本給合計金三九〇万円(原告の昭和六三年一二月分の基本給である金三二万五〇〇〇円の一二か月分)及び同年中の賞与合計金八五万円(これについては、第二の一4で認定したとおり原告が昭和六三年一二月に支給された賞与が金四二万五〇〇〇円であることから金八五万円と認定する。右認定を覆すに足りる証拠はない。)の合計金四七五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野々上友之)