大阪地方裁判所 平成2年(ワ)5197号 判決 1992年5月29日
原告
河田唯雄
右訴訟代理人弁護士
井上直行
被告
夏山金属工業株式会社
右代表者代表取締役
夏山享啓
右訴訟代理人弁護士
中島寛
主文
一 被告は原告に対し金二一万六一四円及びこれに対する平成二年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は原告に対し七四万二三〇八円及びこれに対する平成二年九月七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は別紙(略)1の謝罪文を別紙2の送付先に一回送付せよ。
第二事案の概要
本件は、被告の従業員であった原告が、被告に雇用されていた間、時間外手当及び課長役職手当の一部の支払を受けなかったとして、雇用契約に基づき右未払賃金の請求をするとともに、被告が原告の退職にあたり取引先等に送付した通知文が原告の名誉を毀損したとして、損害回復(民法七二三条)のため謝罪文の送付を請求した事案である。
一 争いのない事実等(<証拠略>)
1(一) 原告は、昭和六一年九月一七日、被告に入社し、総務及び経理の責任者として業務に従事した。
(二) 被告は、同六二年三月二一日、旧就業規則を改訂するとともに賃金規定(以下、本件賃金規定という)を作成し、施行したが、(同年五月一日労基署へ届出)、本件賃金規定は役職手当(月額、以下、同じ)につき、課長四万一〇〇〇円、作業長一万六〇〇〇円と定めていた。
(三) 被告は、同年四月、原告を課長に任命し、退職まで役職手当二万円を支給した。
(四) 被告は、原告に対し、その在職中時間外手当を支払わなかった。
(五) 原告は、平成二年三月二〇日、被告を退職した。
(六) 被告は、原告の退職後、別紙3の通知文(以下、本件通知文という)を別紙2の取引先等(但し、別紙4の取引先等を除く)に送付した。
(七) 原告は、被告に対し、同年四月一三日到達の書面により、未払賃金の支払等を請求した。
(八) 被告は、同年五月一〇日、本件賃金規定を改訂し(同日労基署へ届出)、役職手当を、部長四万一〇〇〇円、課長A二万円、同B二万五〇〇〇円、同C三万円とした。
2 被告における就業時間は午前八時三〇分から午後五時三〇分であり、賃金の計算期間は前月二一日から当月二〇までである。
二 争点
1 時間外手当
(原告)
(一) 原告は、昭和六三年三月二一日から平成二年三月二〇日までの間、別紙月別残業時間表記載のとおり時間外勤務(計一一五時間)をした(タイムカード及び服務記録による)。
(二) 原告の平均賃金は、昭和六三年四月(四月分の賃金計算期間を示す。以下同じ)から平成元年三月まで一万二九四五円、同年四月から同二年三月まで一万四七七〇円であった。
(三) したがって、未払時間外手当は、昭和六三年四月から平成元年三月まで一九万二一五二円、平成元年四月から同二年三月まで四万六一五六円、合計二三万八三〇八円である。
(被告)
(一) 被告は、従業員の時間外勤務について、予め所属長に届け出、承認を得る制度を採っているが、原告は履践していない。
(二) 被告は、部、課長に対しては役職手当を支給し、時間外手当を支払わない賃金形態をとっており、原告にも課長の役職手当を支給していた。
(三) タイムカードは従業員の出退社の時刻を記録するに止まり、時間外実働時間を示すものではない。
2 役職手当
(原告)
(一) 本件賃金規定は課長の役職手当を四万一〇〇〇円と定めている。
(二) 原告は、被告の課長であった二四か月間、役職手当として二万円の支給を受けたに過ぎず、五〇万四〇〇〇円が未払いである。
(被告)
本件賃金規定の課長の役職手当額は誤記であり、二万円が正しい。原告は右事実を知悉しており、在職中、何らの不服を述べなかった。
3 本件通知文の送付による不法行為の成否
(原告)
本件通知文は、総務課長であった原告をことさら「経理課長」と表記し、あたかも原告に金銭横領等の不祥事があり、そのため退職を余儀なくされたと匂わす文面であり、原告は本件通知文を受けた者からその旨の疑いを持たれ、名誉を毀損された。被告において他の従業員が退職した際、同様の通知文を出した例はない。
(被告)
原告は総務及び経理の責任者(課長職)であったから、経理課長と呼称することは何ら事実に反しない。本件通知文は一般通例のものであって、原告の名誉を侵害するものではない。本件通知文を送付したのは、原告が対外的な仕事をしていたから取引先に原告の退社を知らせる必要があったためであり、他の退職者とは事情が異なる。
三 判断
1 時間外手当について
(一) 被告の残業指示
被告において、事務職従業員が時間外勤務をする場合、事前に所属長に届出をし、その承認を得る取扱であり、原告が右承認を行っていた(<証拠略>)。ところが、被告においては、役職者に対し、時間外手当を支払わない取扱であったため、原告は時間外勤務をする場合、事前に上司に届け出ることはせず、承認も得なかった(争いのない事実、原告)。しかし、被告の右取扱は、後記のとおり、違法であるから、原告が事前に届けず、承認を得ていないからといって、原告の時間外勤務が被告の指示に基づかないものとすることは許されない。
(二) 役職手当との関係
被告は、部、課長等役職者に対し、役職手当を支給していることを理由に、時間外勤務の多寡に拘らず、時間外手当を支払っていない(<証拠略>)。しかし、本件賃金規定(<証拠略>)は、役職手当は役職者に対する特別手当であり(九条)、時間外勤務手当は労基法の定めによるとしていること(一二条)、役職手当は従業員の残業手当に比べかなり低額であり(<証拠略>)、役職者の基本給を考慮しても時間外手当(割増賃金)としては不足するというべきであり、右事実によると、役職手当に定額時間外手当が含まれているとは認められず、被告の右取扱は労基法に違反するといわざるを得ない。
(三) 原告の時間外勤務
(1) そこで、原告の時間外勤務時間数を検討する。
<1> 被告において、役職者以外の事務職従業員の時間外勤務時間数は、タイムカードを基に時間外勤務の届出と承認に基づく残業承認簿(<証拠略>)によって確定される。役職者について、時間外手当は支給されないため残業承認簿は作成されないが、タイムカードを基に服務記録は作成され、時間外勤務時間数も記載され、賞与や昇給の査定資料となる(<証拠略>)、原告、被告代表者、弁論の全趣旨)。
<2> 原告の時間外勤務時間数は、他に資料のない以上(資料がないのは被告の違法な取扱に起因する)、服務記録によって確定するのが相当である(タイムカードは出退社時刻を示すに過ぎず、実労働時間を明らかにしない)。
<3> 服務記録(<証拠略>)によると、原告は、昭和六三年四月五時間、五月一一時間、六月一五時間、七月一三時間、八月九時間、九月六時間、一〇月五時間、一一月四時間、一二月及び平成元年一月各一〇時間、二月六時間、三月ないし五月各一時間、七月三時間、八月二時間、九月一時間、合計一〇三時間の時間外勤務をしたと認められる。なお、平成元年一月について、タイムカードの記録と服務記録とでは九時間の差異があるが、同月には直帰が一日、押し忘れが二日あり、これらの日に時間外勤務が行なわれたと推認される。
(2) 時間外手当
原告の平均賃金(日額)は、昭和六三年四月から平成元年三月まで一万二九四五円、同年四月から同二年三月まで一万四七七〇円である(証拠略)から、昭和六三年四月から平成二年三月までの未払時間外勤務手当は二一万六一四円である(一万二九四五円÷八時間×一・二五×九五時間=一九万二一五二円、一万四七七〇円÷八時間×一・二五×八時間=一万八四六二円)。
したがって、被告は原告に対し右金員を支払うべきである。
2 役職手当について(<証拠略>原告、被告代表者、弁論の全趣旨)
(一)(1) 旧就業規則に役職手当に関する規定はなかったが、被告は、萩原好成(部長待遇)に四万一〇〇〇円、作業長に一万六〇〇〇円の役職手当を支給していた。
(2) 被告は、原告に対し、旧就業規則の改訂、役職手当について右現実の支給額を成文化するよう指示し、右支給額に関する資料(証拠略)を渡したが、それには「萩原好成・課長四万一〇〇〇円、新改幸夫・作業長一万六〇〇〇円」等と記載されていた(当時課長はいない)。
(3) 原告は右資料に基づき本件賃金規定を策定した。
(4) 萩原の役職手当は本件賃金規定施行後も同額であった。
(5) 原告は、本件賃金規定施行直後、課長に任命され、役職手当二万円を支給されるようになったが、本件賃金規定上の額と差があることにつき異議を述べなかった。
(6) 被告は、原告から役職手当の差額請求を受け、直ちに本件賃金規定を改訂した。
(7) 被告の従業員で役職手当として四万一〇〇〇円の支給を受けたのは萩原のみであるが、同人の役職、基本給は原告より上位にある。
(二) 右事実に照らすと、本件賃金規定に課長手当四万一〇〇〇円とあるのは誤記と認めるのが相当であり、他に原告に役職手当四万一〇〇〇円或いは二万円以上が支給されるべきであると認めるに足りる証拠はない。もっとも、新改は、平成元年四月製造課長になり、役職手当三万円の支給を受けているが(<証拠略>)、課長の役職手当は課の規模によって各別に定められるものであるから(被告代表者)、右説示を覆すに足りない。
したがって、原告の未払役職手当金請求は理由がない。
3 不法行為について
本件通知文は、被告の取引先に対し、原告が被告を退社し、爾後、被告と関係がないことを知らせるとともに在職中の謝意を表明するものであり(被告代表者)、原告を経理課長と呼称したことは必ずしも正確とはいえないが(<証拠略>、原告、被告代表者)、原告の不祥事や解雇を窺わせる文言はなく、客観的に原告の社会的評価を低下させるものとは認め難い。
したがって、原告の不法行為に基づく請求は理由がない。
4 よって、原告の請求は主文一項の限度で理由がある。
(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 岩佐真寿美 裁判官市村弘は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 蒲原範明)