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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)6031号 判決 1992年3月27日

第一事件原告(反訴被告)

森川浩行

第二事件原告

株式会社森川自動車

第一、第二事件

被告(反訴原告) 株式会社テイサンキャブ大阪

主文

一  被告は、原告森川に対し、金二七万〇六五〇円及びこれに対する平成二年八月二九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告会社に対し、金五万円及びこれに対する平成二年一二月二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求並びに被告の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告森川と被告との間ではこれを六分し、その一を同原告の、その余を被告の負担とし、原告会社と被告との間ではこれを一一分し、その一〇を同原告の、その余を被告の負担とする。

五  この判決は一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件

被告は、原告森川に対し、三五万二〇六〇円及びこれに対する平成二年八月二九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件

被告は、原告会社に対し、六七万五〇〇〇円及びこれに対する平成二年一二月二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  反訴事件

原告森川は、被告に対し、一三万四〇〇三円及びこれに対する平成二年六月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、民法七〇九条に基づく賠償請求事件である。

一  争いのない事実

次の交通事故が発生した。

1  日時 平成二年五月三一日午後七時四五分頃

2  場所 大阪市天王寺区堀越町一六番九号先路上(交差点)

3  事故車<1> 普通乗用自動車(なにわ五五あ九〇〇七号。以下「三宅車」という。)

右運転者 三宅隆壽(なお証人三宅の証言によれば、被告が三宅隆壽の使用者であり、本件事故が被告の業務の執行につき発生したものであることを認めることができる。)

右所有者 株式会社テイサンキヤブ大阪(被告。なお、この事実は弁論の全趣旨によつて認める。)

4  事故車<2> 普通乗用自動車(なにわ五六め五九〇四号。以下「森川車」という。)

右運転者 森川浩行(原告森川)

右所有者 株式会社森川自動車(原告会社。なお、この事実は甲二によつて認める。)

5  態様 本件交差点を、東から北へ右折進行しようとした三宅車と、南から北へ直進進行しようとした森川車が接触したもの。

二  争点

1  事故状況及び双方運転者の過失の有無

(一) 原告らの主張

本件事故は、三宅が、対面信号赤色の状態で本件交差点に自車を進入させたため、対面信号青色の状態で本件交差点に発進、進入した森川車に自車を接触させたもので、三宅に全面的な過失がある。

(二) 被告の主張

原告森川が、対面信号が青色に変つたため自車を発進させたことは認める(答弁書第二・三)。しかしながら、本件交差点を東側から進行してきて本件交差点内の右折車のための停止線手前約八・五メートル(接触地点まで約一八・五メートル)の地点に一旦停止し、その後発進して北側に右折する自動車は、発進後本件接触地点に達するのに約七秒を要する。そして、本件事故は、右折青色矢印信号の消灯に前後して右折を開始し、時速一〇キロメートル程度で三宅車が進行していたところに、原告森川が、全赤時間(四秒)の経過後、対面信号が青になつて、自車を発進させるに際し、前方注視を怠つたまま、急激な加速をしたため、発進の三秒後、時速約五五・二キロメートルもの猛速度で自車を接触させたもので、原告森川には全面的な過失がある。

2  損害額

第三争点に対する判断

一  事故状況及び双方運転者の過失の有無について

1  証拠(甲一、甲四、甲九、甲一〇の一及び二、検甲一ないし四、乙二、乙三、検乙一ないし六、証人三宅の証言)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故現場は、JR天王寺駅北西の通称阿倍野橋交差点内である。この交差点は、南北道路と東西道路が交差し、信号機により交通整理がなされている。この交差点の停止線は、北行車線については本件交差点南側に、西行車線については本件交差点東側に設けられている他、本件交差点東側から進行してきて北方に右折進行する車両のための停止線が本件交差点内に設けられている。本件事故当時の天候は、晴であつた。

(二) 本件交差点の北行車線の車両用信号は、西行車線の車両用信号が黄色から赤色に変つた後一四秒(当初一〇秒は、右折青矢印。その後四秒は全赤)経過後に青色となる。

(三) 三宅は、三宅車を運転して、本件交差点を東から北へ右折進行しようとし、原告森川は、森川車を運転して、本件交差点を南から北へ直進進行しようとした。そして、森川車の右側部前側と三宅車の左側部前側が本件交差点の北側の北行車線上において接触した。この接触地点は、本件交差点南側の北行車線停止線から約二三メートル、本件交差点内の右折待機帯停止線から約一〇メートルの地点であつた。また、一般に、本件交差点を東側から進行してきて北側に右折する自動車は、右折待機帯停止線手前約八・五メートル(接触地点まで約一八・五メートル)の地点に停止していたとしても、発進後約七秒もあれば本件接触地点に達する。

(四) 本件事故後、森川車は三宅車が停止したところから北側に一メートルあるかないかという、三宅のほんの目の先の地点に停止した(証人三宅三三項)。

(五) 本件事故により、森川車は右前部ドアの前側付近のフエンダー及び右前部ドアの前側が凹損し、三宅車は左側ヘツドライトの後部付近が凹損したが、いずれの車両についても、その損傷は接触部分に限局され、他の部分に波及するようなものではなかつた。

(六) 本件事故後、原告森川及び三宅は、天王寺警察署に本件事故の発生を届け出た。そして、警察官は両当事者の説明に整合性があるものと認め、森川車の対面信号が青色、三宅車の対面信号が赤色である旨記載した物件事故報告書(乙一)を作成した。

2  原告森川が、対面信号が青色に変つたため自車を発進させたことは当事者間に争いがない。

3  問題は、三宅が自車を発進させた際の信号状況である。

(一) この点について、被告は、三宅は対面信号の右折青矢印が消えるのと前後して、自車を発進させたところ、その後四秒後に対面信号が青色に変つて自車を発進させた原告森川が、自車を発進させるに際し、急激な加速をし、その三秒後、森川車が三宅車に接触した、接触時の速度は、三宅車が時速一〇キロメートルに対し、森川車が時速約五五・二キロメートルであつたと主張する。そして、証人三宅は、本件交差点進入前、東側停止線で赤信号のため停止した、その際前には二、三台の車があつた、信号が青になつて、交差点内に進入し、右折待機帯停止線手前で再び停止した、その後、右折青矢印がでて、前の車がゆつくりと右に折れたため、これについて自分も右に折れようとしたところ事故に至つた、最初の車が曲がり出してから二、三呼吸したぐらいから自車も曲がり出したと供述する。

(二) しかしながら、原告森川が、対面信号が青色に変つたため自車を発進させたことは当事者間に争いがなく、また、西行車線の車両用信号が黄色から赤色に変つた後、北行車線の信号が青色になるまでには、右折青矢印時間一〇秒、全赤時間四秒の合計一四秒を要することや接触地点までの距離関係など前認定の事実からして、対面信号が青色に変つて発進した森川車と接触した三宅車が、一〇秒間もある右折青色時間の初期に右折を開始したのでないことは明らかであつて、右折青色矢印時間の初期に右折を開始したかのようにいう三宅の供述は信用できない。また、三宅の供述中には、暗に右折青色矢印時間の終わり頃に右折を開始したことを前提としているかのようにも解しうる部分もあるが、一方で三宅車が三、四台目の自動車であるといいながら、一〇秒間もある右折青色時間の初期のうちに右折を開始できなかつた事情を全く明らかにしていない以上、三宅が右折青色信号の終わりごろに右折を開始したとも信用できない。(なお、三宅は、原告森川に信号無視があるともいうが、前記争いのない事実に反するだけでなく、前記1(六)に認定の事故直後における三宅の警察官に対する説明とも矛盾しており信用できない。)。

(三) 他方、森川車が、対面信号が青色になつた後、被告主張の三秒の間に本件接触地点に達しうるとは認められない。

森川車が、対面信号が青色になつた後、被告主張の三秒の間に本件接触地点に達することのためには、それまで加速を継続していたと仮定しても、その加速度は〇・五二gであることが必要となるが、この加速度は、<1>まず、サイドブレーキを引く、<2>次いで、アクセルを一杯に踏込み全開にする、<3>クラツチを合せる、<4>サイドブレーキを元に戻すという手順(高速発進法)を用いた場合におけるカタログ上の加速度(約〇・二g、乙一)を大きく上回つているものであつて現実的には相当に困難があると考えられる(なお、被告は、森川車の進路が下り勾配になつていると主張するが、その有無及び程度を証する証拠は存せず、むしろ検甲一ないし四によつて認められる現場付近の状況によれば、原告本人が供述するように、少なくとも、加速に影響しうるような傾斜は存しないものと認められる。)。

(計算式)

S=0.5at2

ただし、s:距離,a:加速度,t:時間(秒),g:重力加速度(9.8m/s2)そして、23=0.5×a×32だからa=5.11(m/s2)=0.52g

のみならず、前認定のように、本件事故後、森川車と三宅車が停止した地点には、差異がほとんどなく、三宅が停止したところから北側に一メートルあるかないかという、三宅のほんの目の先の地点に森川車が停止したこと(このことは、三宅が供述するところでもある。)、また、本件事故による損傷は、いずれの車両についても、接触部分に限局され、他の部分に波及するようなものではなかつたことからすれば、本件接触時における両者の速度差はあまりなかつたものと考えられる(損傷が森川車の方が大きいから、森川車の速度が大きかつたはずであるとする被告の主張は全く根拠がない。)。そして、このことに、一般に、危険を感知してから実際にブレーキが効き始めるまでの間に〇・八ないし一秒程度の時間を要する(「空走時間」という。)と考えられていること、また、実際にブレーキが効き始めてから停止するまでの間にも相応の距離及び時間を要し(「制動距離」及び「制動時間」という。一般に乾燥路面について用いられる摩擦係数〇・七を前提とすれば、時速一〇キロメートルの場合制動距離〇・五五メートル、制動時間〇・四〇秒であるのに対し、時速五五キロメートルでは制動距離一六・六八メートル、制動時間二・一八秒に達する。)、したがつて、本件接触以前において森川車が相当な速度に達していたとすれば、本件接触時より相当以前において森川車の制動は開始されていなければならず、その時間は、制動時間の差である一・八八秒を下回らないこと、などを考えあわせるとその際に必要とされる加速度は更により大きなものにならざるをえず、そのような運転が現実に可能であるとは考え難い。

(四) したがつて、被告の主張は採用できず、むしろ右(三)に認定の事実関係などからして、本件事故は、被告主張の三秒の後に発生したもので、三宅は対面信号が完全に赤になつた状態において本件交差点に進入したものと認められることになる。

そうすると、三宅には本件事故につき、赤信号無視の過失があることになる。

4  その他、被告は、西側信号が青色の状態で本件交差点に進入した三宅車には優先通行権があり、原告森川が自車を右折車の進入が予想される第三車線に進入させたこと等に過失がある、危険予見義務違反があるなどと主張するが、前判示のように三宅車が対面信号が青色の状態で交差点内に進入したとは認められないし、全赤時間が四秒もあるという本件交差点の信号状況からして、原告森川が自車を第三車線に進入させたことには過失は存しないし、その他本件全証拠によつても、原告森川に過失があつたとは認められない。

したがつて、本件事故は、専ら三宅の過失によつて発生したものであるということになる。

二  原告森川の損害

1  治療費(請求額八六一〇円) 八六一〇円

前記認定の本件事故の状況及び甲三によれば、原告森川の本件事故による治療費として右金額を要したことを認めることができる。

2  修理費(請求額二四万三四五〇円) 二一万二〇四〇円

甲九、甲一〇の一及び二、原告本人尋問の結果によれば、森川車の修理費として、部品代一〇万〇八〇〇円、工賃一一万一二四〇円の合計二一万二〇四〇円を要し、これを原告森川が負担したことを認めることができる。

(以上、1、2の合計は、二二万〇六五〇円である。)

3  弁護士費用(請求額一〇万円) 五万円

本件訴訟の結果及び被告がその責任を全面的に争つたという審理経過からすれば、弁護士費用のうち、右部分を被告の負担とするのが相当と認められる。

三  原告会社の損害

1  代車料(請求額二万五〇〇〇円) 〇円

これを証する証拠はない。

2  評価損(請求額五五万円) 五万円

原告は、本件事故により森川車の販売価格が五五万円低下したと主張する。また、原告は、一六五万四〇〇〇円(甲八)で購入した森川車を、一〇万円程度の利潤を見込んで販売する予定であつたが、本件事故のため、一三五万円(甲七)で販売せざるをえなくなつたもので、少なくとも、購入価格と販売価格の差三〇万四〇〇〇円が損害となると主張する。

しかしながら、前認定の損傷状況によれば、本件事故による森川車の損傷は、右前部ドアの前側付近のフエンダー及び右前部ドアの前側に限局され、車の骨格にわたるものではなかつたものと認められる。したがつて、その損傷は、関係部品の交換(部品代は一〇万〇八〇〇円)及び修理並びに塗装によつて、外観上においても機能上においても、その損傷のほとんどは回復されたものと認められ、なお一定の減価が生じたにしても、その修理費(二一万二〇四〇円)の約二割相当である四万円程度のものであると認められるが、これを上回るものとは認め難い。

なお、原告は、事故車は一般に四〇ないし五五万円程度低価で取り引きされているとして、オークシヨンブツク(甲五、甲六)を提出するが、事故の内容及び程度によつて、価格低価が生じるか否か、また生じるとして価格低価の程度には自ずから差異が生じるのは当然であるから、甲五、甲六によつて原告主張のような価格低価が生じたことは認めるに足りない。

また、一六五万四〇〇〇円(甲八)で購入した森川車を、一〇万円程度の利潤を見込んで販売する予定であつたが、本件事故のため、一三五万円(甲七)で販売せざるをえなくなつたことがあつたとしても、それは中古車販売業者である原告会社の取り引き上の要請・事情によつて発生した損害といわざるを得ないところ、本件全証拠によるも、本件事故に際し、被告において、原告会社が中古車販売業者であることを予見し又は予見しうるべきであつたものとは認められない以上、原告会社が中古車販売業者であることにより拡大した損害としては、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められないことになる。

3  弁護士費用(請求額一〇万円) 一万円

本件訴訟の結果及び審理経過からすれば、弁護士費用のうち、右部分を被告の負担とするのが相当と認められる。

四  被告の損害

被告は、本件事故により、被告に修理費一一万八四五〇円(他にこれに対する消費税額三五五三円)、休車損害(一日分)一万二〇〇〇円の損害が生じたと主張する。しかしながら、前認定のように、本件事故の発生について、原告森川に過失があつたとは認められないから、その損害額について判断するまでもなく、被告の請求は理由がない。

五  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井英隆)

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