大阪地方裁判所 平成2年(ワ)809号 判決 1992年9月18日
原告
清水美登里
ほか四名
被告
中尾文男
主文
一 被告は、原告清水美登里に対し、金五二万六九五七円及びこれに対する昭和六二年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告清水徹、同清水由里、同清水穣二、同中野博美に対し各一三万一七三九円及びこれに対する昭和六二年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。
五 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告清水美登里に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告清水徹、同清水由里、同清水穣二、同中野博美に対し各一二五万円及びこれに対する昭和六二年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告運転の普通貨物自動車と清水毅(平成三年四月二三日に膵臓癌で死亡したので原告らが受継、以下「亡清水」という。)運転の普通乗用自動車が衝突して亡清水が受傷した事故につき、亡清水が、加害車両の運転者である被告に対し、民法七〇九条に基づき損害賠償を請求(一部請求)した事案である。
一 (争いのない事実)
1 事故の発生
(1) 発生日時 昭和六二年二月六日午前九時二〇分ころ
(2) 発生場所 岡山県勝田郡勝北町上村一二五番四号先交差点(国道五三号線、以下「本件交差点」という。)
(3) 加害車両 被告運転の普通貨物自動車(岡四四や一一七六)
(4) 被害者 亡清水
(5) 事故態様 交通整理の行われていない本件交差点に西から東に向け亡清水運転の普通乗用自動車(以下「被害車両」という。)が進入したところ、本件交差点で右折するため北から進入してきた被告運転の加害車両前部が被害車両左側面に衝突し、亡清水が受傷したもの
2 亡清水の受傷
亡清水は、本件事故により、前額部打撲創、口腔内咬創、左胸部打撲、左股打撲、頸部捻挫、脳振盪、耳鳴、外傷性頸部症候群の傷害を受けた。
3 責任
被告は、本件交差点に進入するにあたり、前方及び右側の安全確認を怠つた過失により本件事故を惹起し、亡清水に傷害を負わせたもので民法七〇九条の不法行為責任を負う。
4 損害の填補
被告から二二四万八六六〇円(内、津山中央病院の治療費二万八五六〇円、角田医院の治療費一七万〇一〇〇円)、労災保険から一六七万〇〇八一円合計三九一万八七四一円の支払を受けた。
二 (争点)
1 過失相殺
2 本件事故による亡清水の受傷に対する相当治療期間
3 損害額(休業損害、慰藉料)
第三争点に対する判断
一 過失相殺
被告は、本件交差点手前で一旦停止をした後、右折のため、本件交差点に進入したところ、亡清水は時速七〇キロメートルの高速度で本件交差点に進入したから、本件事故が発生したもので、過失相殺すべきであると主張するので、以下検討する。
1 証拠(乙二の1ないし5)によれば、
(1) 本件事故現場は、別紙図面のとおりであり、東西に通じる、制限速度毎時五〇キロメートル、片側各一車線の中央線のあるアスフアルト舗装道路(国道五三号線、車道幅員五・九メートル)に北方向からの幅員三・四メートルの道路と東北方向からの幅員三・六メートルの道路が交差する信号機の設置されていない変則交差点内であり、被告は北方向の道路から南下して右折すべく本件交差点に進入し、亡清水は国道を西から東に進行して本件交差点に進入したところ、亡清水からは被告の進入道路の見通しがブロツク塀により不良であつたこと。
(2) 加害車両は、本件交差点に進入する際、<1>点で一旦停止して、東方五七・八メートル先に被害車両を発見したが、先に右折できるとして発進し、五・六メートル進行したところ、時速約七〇キロメートルで進行してきた被害車両と<×>地点で衝突し、被害車両は<ウ>点で停止したこと
以上の事実が認められる(なお、被告が一時停止したことは、被告が供述調書(乙二の3)で供述するところであり、本件事故現場の道路状況、発見後衝突までの双方の走行距離に照らし、これを信用することができ、亡清水の供述調書(乙二の4)での供述も「相手が一時停止せずに出てきたように見えました」というに止まるもので、これを覆すに足りない。また、被害車両の速度であるが、時速約七〇キロメートルであることは亡清水が右供述調書で自認するところであり、被害車両のスリツプ痕、停止位置などに照らし、前記のとおり認定できる。)。
2 右の本件交差点の形状、被害車両の速度等本件事故態様等の諸般の事情を総合考慮すると、本件事故の過失割合は、亡清水が三割、被告が七割と認めるのが相当である。
二 本件事故による受傷に対する相当治療期間
1 証拠(甲二の1、2、三、四の1、2、五の1、2、六の1ないし3、七の1ないし3、八ないし一〇、一五の1ないし4、一六の1、2、一七、乙一の1、2、原告清水美登里)によれば、
(1) 亡清水は、昭和六二年二月六日の事故当日、岡山県津山市所在の津山中央病院で診察を受け、前額部打撲創、口腔内咬創、左胸部打撲、左股打撲、頸部捻挫と診断されたが、神経学的異常はなく、レントゲン検査によるも頸椎に加齢変化がみられたが、骨折は認められず、創処置、投薬による治療を同年三月三日まで通院(実日数一二日)して受けた。その間、カルテ(乙四の1)には、二月一〇日に耳鳴、ふらつき、二月一四日に頭重感、二月一七日に物忘れの訴えが記載されているが、一方で、二月一七日に抑うつ傾向もあると記載されている。
(二) その後、昭和六二年三月一一日から津山市所在の角田医院に通院し、頭痛、項部痛、耳鳴、胸部痛、記銘力の低下、集中力の低下を訴え、前額部挫傷、脳振盪、耳鳴、頸部捻挫と診断されたが、頭部C、Tスキヤンでは頭蓋内に出血所見はなく、理学療法による治療などの保存的治療がなされ、同年八月一〇日に軽快治癒(実治療日数三八日)したとして治療が中止されたが、その間、七月四日から八月一〇日までは大阪で治療受けたとして、同医院では治療を受けていない。カルテ(乙三)には、三月一九日に「腰痛もある、耳鳴少し小さくなつた。」旨の記載がされている後には、八月一〇日に「天候が悪いと頭痛、えり首痛あり」との記載がなされるまで、投薬、運動療法、理学療法、牽引療法を行つた旨の定型の記載がなされているのみで亡清水の主訴頭の記載は何らない。
なお、角田医師は、昭和六三年二月一七日付の診断書(甲九)で「昭和六二年八月一〇日、当院としては、治療効果が期待できないので加療を中止しましたが、他医の加療により御本人の症状が減少すれば、加療は必要と思われる」としている。
(3) 亡清水は、本件事故当時単身赴任していた岡山県津山市内から大阪に戻り、昭和六二年八月三一日から東大阪市所在の森外科病院に通院を始めた。
右病院では、外傷性頸部症候群と診断され、当初、主訴は耳鳴を訴えるものであつたが、頭重感、肩凝り、右手背の痺れ感も訴え、レントゲン検査においても頸椎の一部に動揺を認め、第四、第五頸椎神経根に圧痛が認められた。その後、亡清水は、平成二年三月二九日まで九四二日(実通院日数五一〇日)通院し、治療が中止された。
なお、この期間中の治療は、亡清水に明らかに他覚的所見は認められず、同人の主訴に対する治療に終始したともいえるが、担当の森医師(甲一七)によれば、記憶力の回復、耳鳴、腕の痺れの軽減等遅々たるものではあるが快方に向かつていたことが認められる。なお、昭和六二年一一月五日付のカルテには「神経質な男性」との記載があり、また、森医師も長期間の治療について本人の心因的要因を否定はしていない。
以上の各事実が認められる。
2 そこで、検討すると、角田医師は、亡清水は昭和六二年八月一〇日に症状が軽快治癒したとする診断をしながら、その後の診断書では治療効果が期待できないから加療を中止したとするなど、所見が一貫しない嫌いがあり、また、本件事故後一か月後から診察を始め、症状の変化に留意すべきであるにもかかわらず、カルテの記載内容が乏しいうえ、確かに診察当時から証人尋問期間日まで長期間を経ているものではあるが、角田医師は証人尋問においてカルテを示されても必ずしも記憶が喚起されず、亡清水の症状について同人の訴えをどの程度問診し、把握していたか疑問が残り、右事情に照らすと、昭和六二年八月一〇日を以て症状が固定したと認定することはできない。
確かに、森医院における治療は、本件事故が決して軽微なものではないといつても、当初から入院加療を要したものでもないのに長期間継続され、また他覚的所見に乏しいことも被告指摘のとおりであるが、その通院状況、症状の変化、亡清水の抑うつ傾向等心因的要因等の諸事情を総合考慮すると、亡清水の傷害は、平成二年三月二九日(森医師は三月三一日とするが、証拠上の最終診察日は二九日である。)を以て症状が固定したと認めるのが相当である。
そうすると本件事故当日から平成二年三月二九日までの治療については本件事故と相当因果関係があるものというべきであるが、長期治療を要したことは、亡清水本人の抑うつ傾向等の心因的要因によつていることも否定できないものであるから、本件事故による受傷及びこれに起因して症状固定日まで亡清水に生じた損害を全て被告に負担させるのは公平の理念に照らし相当でないから、民法七二二条の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した亡毅の心因的要因を斟酌することができるというべきである。そして、右事実によれば、平成二年三月二九日までに発生した損害のうちその五割に減額して被告に負担させるのが相当である。
三 損害
1 休業損害(請求額一一四八万二八九四円) 一一四一万三二八八円
証拠(甲一二、一三、乙二の4、七、原告清水美登里本人)によれば、亡清水は本件事故当時五四歳で、水道の取付け金具等の金型設計技術師として設計等の仕事に長年従事し、勤務先の大東機工の倒産後は、岡山県下所在の同業の有限会社大東に昭和六一年八月に単身赴任で就職して、同種の業務に従事していたが、本件事故当日の昭和六二年二月六日から欠勤し、同年六月末には退職したこと、本件事故前三か月の亡清水の収入は八九万四七七〇円であつたことが認められ、右の亡清水の年齢、職業等に前記認定の同人の症状、通院状況、症状固定時期等を総合考慮すると症状固定時期までの休業はやむを得ないものと認めるのが相当である。
そうすると、休業期間は昭和六二年二月六日から平成二年三月二九日までの一一四八日間となり、亡清水の休業損害は一一四一万三二八八円となる。
(計算式)894,770÷90×1148=11,413,288(小数点以下切捨で、以下同様)
2 入通院慰藉料(請求額一五〇万円)
本件事故での受傷による亡清水の入通院期間、受傷程度等に照らすと一〇〇万円が相当である。
3 小計
以上によれば、亡清水の本件事故と相当因果関係のある損害は、請求していない治療費一五〇万八五八八円(甲二ないし七の各2、六及び七の各3、一五の2、3、一六の2)を含めると合計一三九二万一八七六円となるが、心因的要因による五割を相殺したうえで、亡清水の本件事故による三割の過失相殺をし、これから前記既払分三九一万八七四一円を控除すると、九五万三九一五円となる。
(計算式)13,921,876×0.5×0.7-3,918,741=953,915
4 弁護士費用
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は一〇万円と認めるのが相当である。
四 原告らの相続
原告清水美登里は亡清水の妻であり、その余の原告は同人の子であり、右損害賠償請求権を法定相続分に応じて相続した。
五 まとめ
以上によると、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告清水美登里が金五二万六九五七円及びその余の原告らが各金一三万一七三九円並びにこれらに対する不法行為の日である昭和六二年二月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。
(裁判官 高野裕)
別紙 <省略>