大阪地方裁判所 平成2年(ワ)9677号 判決 1991年8月27日
原告
太田孝一
被告
日本パナユーズ株式会社
右代表者代表取締役
森本恭介
右訴訟代理人弁護士
山崎武徳
外六名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金六三〇万円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五四年三月被告に入社し、平成二年六月三〇日限り退職した者であり、退職時の給料月額は一六万円であった。
2 原告は、被告の業務命令に基づき、昭和五八年二月から平成元年一月まで、阪急伊丹駅において物品販売の取締、避難通路の自転車の撤去、喫茶店等の見回り、火災防止等の業務に従事した。
3 損害賠償関係(責任原因等)
(1) 原告は、被告の業務命令により、従前の派遣先(勤務条件の良好な近鉄不動産)の勤務を中止し、新派遣先(阪急伊丹駅や大洋工作所)で約七年間勤務した。殊に原告は、阪急伊丹駅で午後三時から午後一一時まで業務に従事したが、冷暖房設備・警備室・休憩室もないため、冬季は最悪の現場であった。また、大洋工作所も労働環境の悪い夜勤であった。そのため、原告は身体が冷え、胃や顔色が悪くなり、身体が衰弱し、現場で倒れ、平成元年二月から被告退職後の同二年九月まで休職せざるを得なかった。
(2)<1> 被告は労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下、派遣法という)三四条の就労条件明示義務に違反し、就労条件を明示せずに原告を阪急伊丹駅に派遣した。
<2> 労働安全衛生法(以下、衛生法という)は、労災妨止に関する総合的かつ計画的な対策を立案・実施することにより、労働者の安全と健康を確保し、快適な労働環境の形成を促進するものであるから、被告は衛生法の基準を守り、労働者の安全と健康を確保する義務がある。また、被告には、原告の健康障害を防止するため、衛生委員会を設置し、衛生対策を講じること(衛生法一八条)、阪急伊丹駅が労働保護法規の遵守を約束しない限り、原告を派遣してはならないこと、少なくとも毎週一回作業場等を巡視し、設備作業方法又は衛生状態に有害の虞のある場合には直ちに労働者の健康障害を防止するため、必要な措置を講じること等の義務がある。
(3) しかるに、被告は、右(2)記載の義務に違反して原告を阪急伊丹駅等に派遣したため、原告は(1)のとおり健康等を害し、休職を余儀なくされた。
4 退職金関係
原告は、被告に正社員として一一年間勤務したのであるから、被告主張の二四万八〇〇〇円よりも多額の退職金請求権を有する。
5 よって、被告は原告に対し、慰謝料、休職損害、退職金等として、六三〇万円の支払義務がある。
二 請求原因に対する認否及び主張
1 請求原因1のうち、原告が昭和五四年に被告に警備員として採用され、平成二年六月三〇日付で退職したことは認める。
2 同2は認める。
3 同3は争う。
4 同4のうち、被告が原告に対し、退職金として二四万八〇〇〇円の限度で支払義務のあることを認め、その余は否認する。
5 主張
(1) 警備業務は、約一時間業務に従事し、その後、三〇分休憩するというのが原則である。しかし、勤務場所及び警備内容によっては本人の判断で適宜休憩することになっており、休憩場所も業務に支障がなければ、自由に選定できる。原告の勤務した阪急伊丹駅でも警備員の判断により、随時付近の銀行、店舗の了解を得て、銀行のCDコーナー等で休憩をとっているのが実情である。また、被告は原告らに対し、冬季は防寒服を支給している。結局、原告の阪急伊丹駅における業務内容、勤務時間、休憩時間の取得方法・休憩場所の選定の自由、防寒服の給付の事実に照らすと、原告が休職しなければ、身体の衰弱をきたすような慢性的過労状態にあるとは考えられないから、原告の疾病と業務とは関係がない。
(2) 退職金支給規定による退職金の算定根拠
<1> 原告の勤務年数は約一一年四か月(昭和五四年二月二六日から平成二年六月三〇日まで)であるが、欠勤期間が約一年五か月(同元年一月一九日から同二年六月三〇日まで)あるから、退職金算定の勤務年数は約一〇年である(規定五条)。
<2> 勤続年数一〇年の支給率は五・〇である(別表)。
<3> 計算基礎額は本給(原告の本給は六万七六〇〇円)から規定に基づき一万八〇〇〇円を控除する(規定四条)。
<4>右によれば、退職金額は二四万八〇〇〇円である。
計算式(四万九六〇〇円-一万八〇〇〇円)×五・〇
三 抗弁
1 被告は原告に対し、平成二年七月二七日、退職金二四万八〇〇〇円を現実に提供したが、原告は受領を拒否した。
2 被告は、原告の退職金受領拒絶意思が明確であったので、原告に対し、同三年六月一八日の第六回口頭弁論期日において同金額について口頭の提供をしたが、被告は再び受領を拒否した。
3 被告は、同三年七月一五日、大阪法務局受付同三年度金第一八七三七号をもって原告の「受領拒絶ろを理由に右金額を供託した(以下、本件供託という)。
4 よって、右二四万八〇〇〇円の支払債務は供託により消滅した。
四 抗弁に対する認否
争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。
理由
一 原告が昭和五四年三月被告に入社し平成二年六月三〇日限り退職したこと、原告が被告の業務命令に基づき、昭和五八年二月から平成元年一月までの間、阪急伊丹駅において物品の販売の取締、避難通路の自転車の撤去、喫茶店等の見回り、火災防止等の業務に従事したことは当事者間に争いがない。
二 争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
1 被告は、昭和五四年三月、原告を採用する際、被告の警備業務の内容、勤務形態(二四時間勤務、昼・夜・深夜勤務等の各種があること)、勤務場所(他社への派遣等)につき説明をしたところ、原告も承諾した。しかして、原告は被告の業務命令に従い、派遣先の監視業務等に従事していたが、被告は原告ら警備員に対し、通常、約一時間の業務後、約三〇分間の休憩を認め(休憩場所も警備業務に支障がない範囲で本人の自由)、冬季には防寒服を支給していた。
2 原告は、同五七年頃、近鉄不動産に派遣され、駐車場の車両の整理・誘導、歩行者の安全通行の確保等の業務に従事していた。その後、被告は、同五八年頃、原告に対し、午後三時から午後一一時までの間、阪急伊丹駅構内と周辺付近の巡回、物品販売・ビラ配付等の監視・取締、阪急直営の喫茶店の巡回、構内の放置自転車等の撤去、避難通路等の防災設備の点検等を行うよう業務命令を出し、原告もこれを承諾し、以後、平成元年一月一八日まで右業務に携わっていた。なお、被告には、原告ら従業員が労働条件等について希望と異なり、不満がある場合には、書面による「自己申告制度」があるが、原告は在職中労働条件について自己申告したことはなかった。
3 原告は、平成元年一月一九日から同年二月一八日まで「尿管結石」で尼崎市所在の武庫病院に入院した。しかし、担当医師は「尿管結石」と業務の関連性を何ら指摘しなかった。原告は、退院の際、右症状は完全に消失し、その他の疾病で医師に受診することもなかったが、退院後も自宅療養を継続し、退職日(同二年六月三〇日)まで出勤しなかった。
前記証拠中、右認定に抵触する部分は措信し難く、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
三 休職損害、慰謝料について
右二3認定の事実によると、原告が平成元年一月一九日から同年二月一八日まで入院治療のため欠勤したことは認められるが、原告の休職原因となった「尿管結石」と原告の業務との因果関係を認めることは困難であり(原告の右疾病と業務との因果関係を認めるに足りる証拠はない)、また、右退院時には、「尿管結石」も完治し、他の要治療の疾患もなかったのであるから、被告の阪急伊丹駅への派遣命令により原告が発病し、休職を余儀なくされたということはできない。よって、休職損害の主張は理由がない。
また、前記認定の被告の業務内容、原告の労働契約の内容、阪急伊丹駅での作業内容、労働条件(労働時間、休憩時間、防寒服の供給等)、疾病と業務との関連性、労働条件の不満に関する自己申告制度があること、原告が同制度を利用していないこと等に照らすと、被告の安全配慮義務違反等はもとより、原告に対し法的保護に値する精神的苦痛を与えたと認めることも困難である(なお、原告は大洋工作所への派遣についても労働条件が劣悪であったとするが、具体的内容に関する主張・立証がない)。よって、慰謝料請求も理由がない。
四 退職金について
1 被告が原告に対し、退職金として少なくとも金二四万八〇〇〇円の支払義務あることは、当事者間に争いがない。
原告は、右金額以上の退職金支払請求権がある旨主張するが、右金額を超えて請求しうる根拠を具体的に主張しないのみならず、これを認めるに足りる証拠もないから、その余の請求は失当である(ちなみに、<証拠略>の全趣旨によれば、原告の退職金は、被告の主張5(2)のとおり二四万八〇〇〇円であることが明らかである)。
2 被告は、供託による債務の消滅を主張するので検討する。
証拠(<証拠略>)、弁論の全趣旨によると、被告は原告に対し、原告の退職日から相当期間内である平成二年七月二七日、取引銀行大和銀行市岡支店を支払人とする額面二六万八〇〇〇円の小切手(退職金二四万八〇〇〇円を含む)を振り出したところ、原告は金額の不満を理由にこれを被告に返還したこと、被告は平成三年六月一六日の本件第六回口頭弁論期日において再度退職金として二四万八〇〇〇円を口頭により提供したが、被告は右同様の理由で受領拒絶意思を表明したこと、右経過を辿り、被告は同三年七月一五日、本件供託をしたことが認められる。
右によると、被告は銀行の自己宛小切手ではないものの、自らの「取引銀行の支払小切手」を退職後相当期間内に原告に送付したものであり、その額面も退職金を含む二六万八〇〇〇円程度であることに照らすと、被告は原告に対し、退職金を右小切手で現実に提供したというべきであり、その後も原告の退職金の受領拒絶意思が明確であったため、本件供託を行ったのであるから、原告の退職金請求権は供託により消滅したというべきである(なお、原告は供託所に対し本件供託金の引渡を求めることができる)。
(裁判官 市村弘)