大阪地方裁判所 平成2年(ワ)983号 判決 1991年9月12日
主文
一 被告は原告に対し、金二一一万一一二一円及びこれに対する昭和六二年五月二六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金一〇一六万五六九二円及びこれに対する昭和六二年五月二六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故により受傷した原動機付き自転車の運転者から加害車両の所有者に対し自賠法三条に基づき損害賠償請求を請求した事件である。
一 本件交通事故の発生
1 日時 昭和六二年五月二六日午前八時一〇分頃
2 場所 羽曳野市伊賀四丁目一八八番地先路上
3 加害車両 普通乗用自動車(泉五八ろ八八八)
右所有者 被告
運転者 分離前の相被告小林正一(以下、たんに「小林」という)
4 被害車両 原動機付き自転車(羽曳野市そ三〇二)
運転者 原告
5 事故態様 信号機により交通整理が行われている交差点において、被害車両が直進(南進)するため青色の対面信号に従い同交差点に進入したところ、対向方向(南)から東に右折しようとした加害車両が被害車両に側面衝突した。
6 結果 原告は、本件事故により左脛骨遠位端部骨折の傷害を負い、昭和六二年五月二六日から同年七月一〇日まで(四六日間)及び昭和六三年二月二二日から同月二八日まで(七日間)の合計五三日間いずれも医療法人昌円会高村病院に入院し、さらに昭和六二年七月一一日から平成元年一二月二六日までの期間(実治療日数二六日間)同病院に通院治療を余儀なくされた。
7 後遺障害 原告は、後遺障害としてレントゲン上左足関節に骨棘形、関節面の不整、狭小化等骨の変形が強く出て、外傷性変形性足関節症を呈しているほか、可動域制限がある。原告のこれらの症状は平成元年一二月二六日固定したが、一下肢の三大関節中の一関節に機能障害を残すものとして、自賠責後遺障害等級一二級七号の認定を受けた。
(以上の事実のうち1ないし4は当事者間に争いがなく、5の事実は、甲二の一ないし三、分離前被告小林及び原告の各供述により、6の事実は甲一、甲二の四、甲八、九、一〇の一、二により、7の事実は甲一、甲三によりそれぞれ認められる)
二 損益相殺(自賠責保険三一〇万二三五〇円)
原告は自賠責保険から、傷害による損害として金九三万二三五〇円及び後遺障害による損害として金二一七万円の合計金三一〇万二三五〇円の支払いを受けた。
三 争点(原告の主張)
1(責任原因)
被告は本件加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していた。被告は小林の仲介により本件加害車両を購入したが欠陥があつたため同人に販売元のディーラーまで陸送を依頼し、その陸送中に事故が起きたものであるが、被告は小林に対しデイーラーでの修理のための運行を指示ないし依頼をしたもので運行支配を有しており、運行利益の面でも被告にこそあれ、小林にはない。被告の援用する最判昭和四四・九・一二は本件では適切でない。
2(損害・合計金一三二六万八〇四二円)
(1) 治療費 金 二一万〇六五〇円
右は健康保険自己負担部であるが、そのほか健康保険が自賠責保険に請求し支払を受けた分(一五万一六二一円)がある。
(2) 入院雑費 金 六万三八〇〇円
一日当たり一二〇〇円で五三日間と文書料二〇〇円
(3) 器具(ギブス)購入費 金 一万四八〇〇円
(4) 家屋改造費 金 二一万〇二〇〇円
左足首の骨折のため洋式トイレに改造
(5) 入通院慰謝料 金 一二二万円
(6) 後遺障害による逸失利益 金八四四万八五九二円
原告は症状固定時大学生、昭和六三年男子労働者大学卒の平均年収二六三万二六〇〇円を基礎とし、四四年間労働能力一四パーセント喪失したものとし、中間利息を控除したもの(新ホフマン係数二二・九二三)
(7) 後遺障害慰謝料 金 二四〇万円
(8) 弁護士費用 金 七〇万円
3 被告主張に対する反論
(1) 被告の消滅時効の抗弁について
自賠法三条に基づく損害賠償請求権の消滅時効は被害者が運行供用者を知つたときから進行を開始するところ、原告は、小林が加害車両を好意で修理義務を有するデイーラーのところへ運ぶ途中であつたことを小林作成の平成二年八月一六日付け準備書面で始めて知つたから、右にいう開始時点は平成二年八月一六日であるから、消滅時効は完成していない。また後遺障害に基づく損害については、症状固定日の翌日から消滅時効が進行するのであるから、いずれにせよ完成していない。
(2) 被告の過失相殺の主張について
加害車両は二台の先行車の陰から飛び出してきたもので原告は前方を注視していたものの加害車両を発見できなかつた。したがつて原告に前方不注視の過失はない。仮にあつたとしても一割程度である。
四 争点に対する被告の主張と仮定抗弁
1 責任原因について(免責の主張)
被告は自動車の修理販売業者である小林から昭和六二年五月中旬加害車両を新車で購入したが、同車には傷がついていたため、同人にクレームをつけ、小林は被告から同車を預かり、同車のメーカーデイーラーである大阪トヨタ自動車株式会社(八尾営業所)に修理のため陸送中本件事故となつた。一般に、客が自動車修理業者に修理依頼をして自動車を預けた場合、その運行支配は所有者から自動車取扱業者に移転し所有者はこれを喪失すると考えられ(最判昭和四四・九・一二)、本件はまさにこれに適合する。
2 消滅時効(仮定抗弁)
本件事故が発生してから(加害車両の所有者が被告であることは原告は事故後まもなく知つたはずである)本訴提起(平成二年一〇月二三日)まで三年有余が経過しているから、すでに消滅時効が完成している。
なお後遺障害による損害については症状固定時からでなく同障害の存在が予想された時期から消滅時効が開始する。受傷内容から見て、当初入院の後、退院時には予測できたと考えられる。
3 過失相殺(仮定抗弁)
本件事故発生については、原告にも速度違反、前方不注視などの過失がある。したがつて、全損害について過失相殺すべきである。
第三争点に対する判断
一 責任原因
被告が本件加害車両の所有者であることは争いがないから、被告が小林に加害車両を引渡した時点で運行支配や運行利益を喪失したかどうかが問題となる。
証拠(甲二の二、分離前の相被告小林、被告)によれば、小林は従前から小林自動車工業という名で車の修理、車検、販売の仲介をしていたものであり、被告とは同じ地元である(被告の父と顔なじみであつた)ことから幼少のころから顔見知りであつたこと、そして知人の西岡から被告を紹介されて被告の車の修理や車検をするようになつたこと、そういつたこともあつて被告は、小林の仲介で大阪トヨタ株式会社八尾営業所から加害車両を購入したが、納車から四、五日後後部バンパーに傷があるのを発見したので小林にその旨クレームをつけたこと、小林は右損傷はデイーラーである大阪トヨタで処理すべきものと判断して大阪トヨタに連絡したところ、大阪トヨタは小林に対し「忙しいので車を持つてきてほしい」と頼んだこと、そこで小林は仲介人の立場から右依頼を引受け、事故当日の朝被告宅に車を取りに行き、大阪トヨタ八尾営業所に赴く途中本件事故を惹起したことが認められる。
右事実によれば、なるほど小林はデイーラーである大阪トヨタの依頼を受けて加害車両を取りにいつたものであるが、それはもとはといえば被告に加害車両の購入を仲介した関係から被告からのクレームの処理を取り次いだことに起因しているのであり、被告も直接デイーラーにいうより小林を通じた方が便宜がよいため同人にまず連絡したものであつて、そうとすれば、被告は小林が加害車両を運転することを許容し、同人を介し加害車両の運行を支配していたものとみるべきで、被告は加害車両の運行支配を喪失したとはいえない。被告援用の判例は、本件には適切でない。
二 消滅時効
弁論の全趣旨によると、原告は当初、小林が不法行為者かつ運行供用者であるとして損害賠償請求訴訟を提起したが(当庁平成二年(わ)第五二二号)、被告については所有者であることは知りえていたものの、小林が修理業者であることから同人のみ運行供用者と判断して相手方としなかつたところ、前記訴訟において小林から、平成二年八月一六日、本件加害車両を好意で修理義務を有するデイーラーのところへ運ぶ途中であつたから同車両の運行供用者ではないとの趣旨を記載した準備書面の提出を受けて初めて被告が運行支配・運行利益を喪失していないことを知つたものと認めるのが相当であるから、本件訴訟が提起された平成二年一〇月二三日には未だ消滅時効は完成していないと考える。
三 損害額
1 治療費 金二一万〇六〇五円
甲第八、第九号証、第一〇号証の一、二により医療法人昌円会高村病院の治療費(自己負担分)として二一万〇六〇五円を要したことを認める。
2 入院雑費 金六万三六〇〇円
経験則上、一日当たり一二〇〇円で五三日間を認めるが、原告主張の文書料二〇〇円は認められない。
3 器具(ギブス代)購入費 金一万四八〇〇円
甲第一一、第一二号証により認める。
4 家屋改造費 金一〇万円
甲第六号証、原告の供述によれば、原告は足首を骨折した結果和式トイレでは用便が困難となつたため退院に備えてトイレを洋式に変えたこと、その改造費用として二一万〇二〇〇円を要したことが認められるが、右のうち一〇万円を相当因果関係にある損害と認める。
5 入通院慰謝料 金一〇〇万円
6 後遺障害による逸失利益 金二九二万八二四〇円
原告本人の供述によれば、原告は症状固定時大学生であつたが、平成二年三月(原告二三歳)で卒業し、コンピユーター関連の会社に就職したこと、給与の面で不利益を受けたり仕事の面で他の社員に遅れをとることはなかつたことが認められるが、そのような場合でも現に後遺障害が残存している以上相応の逸失利益を認めるのが相当であるところ、基礎とすべき平均年収額及び労働能力喪失率は原告主張のとおりとしてその期間は一〇年に限定するのが相当である。そうとすると、次の計算式により二九二万八二四〇円となる。
二六三万二六〇〇円〇・一四×七・九四五=二九二万八二四〇円
7 後遺障害慰謝料 金二〇〇万円
8 以上によれば、原告が本件交通事故により被つた損害額は右1ないし6の合計額金六三一万七二四五円に健康保険が自賠責保険に請求し支払いを受けた一五万一六二一円(原告はその分請求を減縮したが、過失相殺の関係で計上する必要がある)を加えた金六四六万八八六六円である。
四 過失相殺
甲第二号証の一ないし三、分離前の相被告小林、原告の各供述、検甲第一ないし第三号証によれば、小林は本件交差点において右折するに当たり前方約二六・三メートルの地点に対行直進してくる原告運転の被害車両を認めたが、同車より先に右折できるものと軽信し、そのまま右折それも交差点内で早回り右折したところ、おりから交差点に時速約三〇ないし四〇キロメートルで進入してきた原告が信号が黄色に変わるのを認めて時速約五〇キロメートルに加速して進行してきた結果衝突したことが認められる。
原告本人の供述中、小林の前に右折車が一台ないし二台待機していたのでそのまま進行したところ突然加害車両が右折してきたとする部分は、取調べ警察官にそのことを話していないことからしてただちには採用しがたい。
以上によれば、本件事故は主として小林が交差点において右折する際直進してくる被害車両を認めながら同車の動静を注視せず早回り右折をした過失によつて発生したものであるが、原告にも交差点を進行するにつき減速せず、また交差点内の安全を十分に確認しなかつた過失があるというべきである。そしてその過失割合は、前認定の事実や加害車両が普通車、被害車両が原動機付き自転車であることなどに照らすと、小林が八割、原告が二割と認めるのが相当である。よつて、原告の前記損害額に過失相殺を行うと、残損害額は金五一七万五〇九二円となる。
五 損益相殺と弁護士費用
原告の自認する損害の填補合計三二五万三九七一円を前記残損害額から差引くと一九二万一一二一円となる。そして本件において原告が被告に対して弁護士費用として請求することができる金額は一九万円が相当である。
六 結論
よつて、原告の本訴請求は、被告に対し金二一一万一一二一円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年五月二六日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 森野俊彦)