大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)101号 判決 1992年8月28日
原告 久保惠三郎 外七名
被告 大阪市長 大阪市
主文
一 原告西岡の本件許可処分取消請求の訴えを却下する。
二 原告西岡を除くその余の原告らの本件許可処分取消請求を棄却する。
三 原告らの本件損害賠償請求を棄却する。
四 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
一 被告大阪市長が、平成元年一〇月二〇日付でした、アーバンライフ株式会社の別紙物件目録記載建物(以下「本件建物」という。)の建築許可申請に対する建築基準法五九条の二に基づく許可処分を取り消す。
二 被告大阪市は、原告ら各自に対し、一〇〇万円宛支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 アーバンライフ株式会社(以下「訴外会社」という。)は、被告大坂市長に対し、訴外会社が大阪市福島区福島三丁目二一-二、二二、一四二-一三、一四二-一四の各土地(合計一〇五六・三九平方メートル、以下「本件土地」という。)の地上に、本件建物を建築するにあたり、建築基準法(以下「法」という。)五九条の二に基づき、法五二条一項、五六条の容積率及び斜線制限の緩和の許可を求める申立をした。
被告大阪市長は、平成元年一〇月二〇日、右申立に対し、法五九条の二に基づき、本件建物の高さを四四・五〇メートル、容積率を七〇七・三一パーセントとすることを許可した(以下右の処分を「本件許可処分」という。)。
2 原告らは、本件土地の北東側に隣接する土地(以下「隣接土地」という。)上の一三階建(一部一二階建)共同住宅「ドルミ堂島」(以下「ドルミ堂島」という。)に居住している者であり、本件土地・建物と隣接土地・ドルミ堂島との位置関係等は、別紙図面のとおりである。
3 本件土地及び隣接土地を含むその周辺の地域(以下「本件地域」という。)は、都市計画法上の商業地域に指定されている。
4 従前の本件土地上の建物は、二階建であったので、ドルミ堂島に居住する原告らは、それに見合った日照の利益を享受していたが、本件建物が建築されると、原告らの右利益はある程度奪われることになる。
5 被告大阪市長は、「敷地西部及び東部に面した公開空地を確保し、総合設計制度の技術基準に適合しており、市街地環境の整備改善に資すると認められる。」ことを理由に、本件建物について本件許可処分をした。
二 争点
1 原告らは、本件許可処分の取消を求める原告適格を有するか。
2 本件許可処分は適法か。
3 仮に違法とすれば、本件許可処分は、原告らに対する不法行為となるか。右不法行為となる場合の原告らの損害額。
三 争点についての原告らの主張
1 原告適格
法は、商業地域においても、その五二条、五六条などにおいて、当該建築物の近隣住民の日照及び採光を享受する利益を保護している。ところが、本件許可処分に基づいて本件建物が建築されると、原告らは次のとおり日照及び採光について著しい被害を被ることになる。
即ち、原告久保、同本田、同河合、同林、同釘本の居住するドルミ堂島の北西棟についてみると、冬至期において、二階から一三階までの各階六戸の住宅のうち、北西寄りの二戸を除く各階四戸の全部は、おそくとも午前一〇時一一分以後終日日影となり、午前八時から午後四時までの八時間のうち、五時間四九分ないし六時間三二分の日照を奪われる。そして、二階から一三階までの北西寄りの二戸については、そのうち最も北西寄りの各住宅は四時間一九分ないし四時間四三分、北西側から二戸目の各住宅は五時間二三分ないし五時間四三分、それぞれ日照を奪われる。また、原告平林、同田中は、いずれもドルミ堂島の南東棟の西南端に居住しているが、同原告らの居室のうち、その南西側に面した二部屋は一年中完全に日照を奪われ、採光もほとんど零の状態となる。さらに、原告西岡の居室は、本件建物によって日照や採光が阻害される状況にはないが、同原告も、本件建物によってドルミ堂島の出入口がほとんど終日全く日光の入り込まない陰気な状態になることによる被害を被る。
なお、本件建物の建築によってドルミ堂島の市場価格が低下するから、これにより原告らは著しい経済的不利益も被ることになる。
したがって、原告らには本件許可処分の取消を求めるにつき法律上の利益があるから、原告らには原告適格があるというべきである。
2 本件許可処分の違法性
(一) 本件許可処分は、前記のとおり、原告らに著しい日照等の阻害をもたらすものであるから、法五九条の二の「市街地の環境の整備改善に資する」という要件に反している。
(二) 本件許可処分は、大阪市総合設計許可取扱要綱実施基準(以下「実施基準」という。)に違反している。
即ち、実施基準の第1の1の(4)<3>(敷地境界線からの建築物の後退)によれば、「建築物の各部分から敷地境界線までの水平距離は、当該部分の高さの平方根の2分の1以上とすること。」となっており、本件建物は高さ四四・五〇メートルで、その平方根の二分の一は三・三五メートルであるから、境界線からの後退距離は、三・三五メートル以上なければならないのに、本件建物は境界線から僅か〇・八八五メートルの位置に建築されている。
(三) 本件許可処分は、総合設計許可準則(昭和六一年一二月二七日付建設省住宅局長通達、以下「許可準則」という。)に違反している。
即ち、許可準則の第2の3の(1)によれば、「道路斜線制限又は隣地斜線制限の緩和を受けることのできる建築物は、法56条1項の規定の適用により道路又は隣地に対して確保されている天空光と同量以上の天空光を確保しうるものであること。」とされているにもかかわらず、前記のとおり、本件建物の建築により、ドルミ堂島の北西棟の居住者及び南東棟のうち南西端の居住者は、その南西側に面する居室の全部についてほとんど天空光を受けられなくなるのであるから、本件許可処分は、右許可準則の規定に違反している。
被告は、総合設計許可準則に関する技術基準(昭和六一年一二月二七日付建設省住宅局長通達、以上「技術基準」という。)の第3の1の定めに従い、本件においては、Si´がSi以下になっているのであるから、天空光は確保されていると主張する。しかし、天空光は高位から隣地にもたらされるのであり、低位からの天空光は極めて微弱であって、これを同一視することはできないうえ、技術基準の考え方は、当該建物より少なくとも一二メートルプラスアルファの地点で成立しうるものであり、本件のように当該隣地に既存の建物が近接して存在している場合には、全く無意味である。すなわち、天空光の確保は、隣地における居住者が享有するものであってこそ意味があるのに、現実の居住者と無関係にかかる基準を用いるのは、許可準則の基本的前提を度外視するものであって、許されない。
3 不法行為責任
違法な本件許可処分を行うにつき、被告大阪市長には過失があった。したがって、被告大阪市は、国家賠償法一条一項に基づき、被告大坂市長の違法な本件許可処分により原告らが被った損害を賠償する責任がある。
前記のとおり、本件許可処分により原告らの被った財産的並びに精神的被害は多額にのぼるが、原告らは、このうち原告一人につき一〇〇万円を請求する。
四 争点についての被告の主張
1 原告適格
建築基準法は、都市の健全な発展という公益を目的とするものであり、その目的を達することにより、たまたま一定の者が住環境上の利益を受けることがあっても、右利益は反射的利益にすぎず、建築基準法上保護されている利益にはあたらない。しかも、本件土地及び隣接土地は、都市計画法上の商業地域内にあり、建築基準法は、商業地域については日照を保護していないから、原告らの主張する日照被害をもって建築基準法上保護された利益とみることはできない。したがって、原告らには本件許可処分の取消を求める法律上の利益はない。
2 本件許可処分の適法性
(一) 総合設計制度について
本件許可処分は、法五九条の二に基づいて行われたものであるが、同条のいわゆる総合設計制度は、適切な規模の敷地における土地の有効利用を推進し、併せて敷地内に日常一般に開放された空地(以下「公開空地」という。)を確保させるとともに、良好な市街地建築物の誘導を図り、もって、市街地環境の整備改善に資することを目的とし、このような望ましい市街地環境の形成に寄与する建築計画に対して、法五二条の容積率制限、五五条の第一種住居専用地域における高さ制限、五六条の建築物の各部分の高さ制限のそれぞれについて、例外的にそれを緩和する許可を行うことができるとする制度である。
そして、総合設計制度については、「許可準則」「技術基準」の各通達がなされており、大阪市の「大阪市総合設計許可取扱要綱」(以下「要綱」という。)及び「実施基準」も基本的には右各通達に準拠している。
(二) ところで、本件土地及び隣接土地は、ほぼ大阪市の中心部に位置し、都市計画法上の商業地域内にあり、法五二条による容積率は、六〇〇パーセントと定められている。そして、本件土地の近隣には八階以上、最高一五階建高層マンションも建てられており、本件土地の属する地域は、今後も高層建物の建築が予想される地域である。
(三) 本件建物は、容積率が七〇七・三一パーセントであり、また法五六条による高さ制限を九・〇七五メートル上回るものであるが、その敷地内に充分な公開空地を有し、右各通達及び実施基準の基準にも適合している。そのうえ、右のような本件土地の地域性に鑑みれば、本件建物の建築計画は、市街地の環境の整備改善に資する良好な計画であって、前記総合設計制度の趣旨に合致するものということができる。
したがって、被告大阪市長がした本件許可処分は、法五九条の二により特定行政庁に与えられた裁量の範囲を逸脱するものではなく、適法である。
(四) 原告らは、本件許可処分は、実施基準第1の1の(4)<3>(敷地境界線から建築物の後退)に違反していると主張する。
しかし、右規定は、「建築物の各部分から敷地境界線までの水平距離は、当該部分の高さの平方根の2分の1以上とすること。」との記載に引き続き「ただし、落下物による危険防止の装置を講じたもので、敷地周囲の状況を勘案して支障がないと認められる場合はこの限りではない。」と規定しているのであって、右規定が全体として落下物による危険を防止する目的で定められたことは明白である。そして、本件建物のドルミ堂島側の窓等は、落下物防止用の面格子が施されているか、又は床面から一・五メートル以上の高さに存在するものとして計画されており、落下物による危険の防止装置は講じられているのであるから、本件許可処分は右規定に違反しない。
(五) さらに、原告らは、本件許可処分は、許可準則第2の3の(1)の規定にも違反している旨主張する。
しかし、右規定の具体的基準を示す技術基準の第3の1(1)は「道路傾斜線制限(法第五六条第一項第一号)又は隣地斜線制限(同項第二号)に係る許可を受けることができる建築物は、敷地の各辺においてSi´がSi以下であるものとする。この場合において、Si´とは、Oi(各辺についてその中点から次に掲げる区分に従い、<1>、<2>又は<3>に掲げる距離だけ外側にある点をいう。)を通る鉛直線上の各点を視点とした立面投影面積とし、Siとは、各辺において法第五六条第一項第一号及び第二号の規定によって許容される最大の立面投面積とする。」と定められているところ、本件においては、Si´がSi以下であるから、本件建物は、許可準則の前記規定に反しない。
第三争点に対する判断
一 原告適格について
1 行政処分の取消の訴えは、当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるが(行訴法九条)、右「法律上の利益」を有する者とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消によってこれを回復すべき法律上の利益を有する者に限られ、右にいう法律上保護された利益とは、当該処分の根拠となった行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保護されている利益であると解するのが相当である。
2 そこで、原告らが、本件処分の根拠法規である法五九条の二により保護された利益を有するか否かについて検討する。
同条のいわゆる総合設計制度は、一定規模以上の公開空地を有する建築物の計画に対し、特定行政庁の許可を要件として、法が一般的に規制している容積率(法五二条)や斜線制限(法五六条)等を緩和するという特典を与えてこれを奨励し、もって都市の中に少しでも多くのオープンスペースを確保し、市街地環境の整備改善を図ろうとした制度と解される。
ところで、右の一般的規制のうち、斜線制限は、建築物の敷地の前面道路や隣接地の上空を地上から一定角度で開放し、右道路及び隣接地の日照、採光、通風等を確保しようとする制度であって、少なくとも右規定が、隣接地居住者の個別具体的な生活上の利益を保護の対象としていることは明らかである(容積率については、それが直接隣接地居住者等の個別的利益を保護する趣旨に出たものとまでは解しえない。)そうすると、右の斜線制限を緩和した本件許可処分を受けることによって建築することが可能となる本件建物のために、日照、採光、通風等の面で悪影響を被るおそれのある隣接地の住民は、本件許可処分の取消を求めるにつき、法律上の利益を有するというべきである。
ところで、被告は、原告らが本件許可処分に基づいて本件建物が建築されると原告らは日照等について著しい被害を被ることになると主張するのに対し、商業地域においては、建築基準法上日照の保護が与えられていないのであるから、本件土地及び隣接地が商業地域にある以上、原告らの主張する日照被害をもって法律上保護された利益とみることはできない旨主張するが、商業地域においては、法五六条の二の日影規制による日照利益の保護を受けず、また、斜線制限についても北側斜線制限(法五六条一項三号)による日照利益の保護は受けないものの、法五六条一項二号ロの斜線制限による日照利益の保護は受けるのであるから、被告主張のように、本件土地及び隣接土地が商業地域にあることをもって直ちに原告らがその主張する日照等について法律上保護された利益を有しないとすることはできない。
3 そこで、原告らが、本件建物の建築によって日照及び採光につきどのような被害を受けるかについて検討する。
前記争いのない事実及び甲一号証、九号証、一二号証、一三号証、乙六号証の五によれば、次の事実が認められる。
(一) ドルミ堂島は、間口約二五メートル、奥行き約五五メートルのほぼ長方形の敷地上に建築された、南西側に開口部を持つ北西棟(一三階建、七二戸)及び南東側の堂島川沿いに開口部を持つ南東棟(一二階建、四四戸、但し、各階七号室は北西側にも開口部を持っている。)からなる分譲マンションであり、北西棟の二階から一三階には一ないし六号室が、南東棟の二階から一二階には七ないし一〇号室がそれぞれ配置されている。
(二) 南東棟のうち、各階の八ないし一〇号室には、本件建物による日影が生じることはないし、採光についても特に被害はない。
(三) 南東棟のうち、各階の七号室については、そのうち南西側に面した二部屋が本件建物により北西側開口部からの日照がほぼ終日阻害されるのみならず、採光も著しく阻害される。
(四) 冬至期の午前八時から午後四時までの八時間についてみると、北西棟のうち、各階の一号室は、四時間一三分ないし四時間四三分、各階の二号室は、五時間二三分ないし五時間五七分、各階の三ないし六号室は、五時間四九分ないし六時間二八分、それぞれ本件建物により日影となり、著しく日照等が阻害される。
(五) 原告久保はドルミ堂島一三階二号室、原告西岡は同二階八号室、原告本田は同三階六号室、原告河合は同四階三号室、原告平林は同四階七号室、原告林は同一〇階四号室、原告釘本は同九階六号室、原告田中は同一二階七号室にそれぞれ居住している。
4 右に認定した事実によれば、二階八号室の原告西岡については、同原告が本件建物のために日照及び採光について特に被害を被るものとは認められないから、同原告には原告適格がないというべきである。
しかし、一三階二号室の原告久保、三階六号室の原告本田、四階三号室の原告河合、一〇階四号室の原告林、九階六号室の原告釘本、四階七号室の原告平林、一二階七号室の原告田中については、前記認定のとおり、本件建物によりそれぞれ程度は異なるものの日照等について被害を受けるのであるから、同原告らには本件処分の取消を求める法律上の利益があるというべきである。
二 本件許可処分の適否
1 本件許可処分は、法五九条の二に基づくものであるが、同条は、特定行政庁が計画建築物に対する容積率、斜線制限等を緩和するについて、
<1> その敷地内に政令で定める空地を有し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上の建築物であること。
<2> 交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、その建築面積の敷地面積に対する割合、延面積の敷地面積に対する割合及び各部分の高さについて総合的な配慮がなされていることにより市街地の環境の整備改善に資すると認められること。
という要件を課している。
2 そこで、まず、本件許可処分が右<1>の要件を満たしているか否かを検討するに、乙四号証、七号証によれば、本件建物は、防火地域内の耐火建築物であると認められるところ、建築基準法施行令一三六条、法五三条一項、四項によれば、本件の場合、右<1>の空地とは、敷地面積の二割以上の空地をいい、また、右<1>にいう敷地規模は、一〇〇〇平方メートル以上(但し、規則で五〇〇平方メートル以上と定めることもできる)であることを要するとされている。したがって、本件土地の面積が一〇五六・三九平方メートルで、本件建物の建築面積が六五九・〇八平方メートルであることは当事者間に争いがないから、本件の場合、右<1>の要件は満たされているということができる。
3 次に右<2>の要件の充足の有無を検討する。
(一) 右<2>の要件は、「総合的な配慮」、「市街地の環境の整備改善に資する」という抽象的な文言を含むものであり、その有無の判断は、比較的広範な裁量行為と解されるところ、証人平林孝の証言によれば、大阪市は、右判断のための具体的な基準として、建設省の通達に準拠した実施基準(乙一)を定め、これに適合するか否かにより具体的な許否の処分を行っており、本件においても実施基準に基づいて本件許可処分をしたことが認められる。
そうすると、実施基準が法五九条の二の法意に照らして合理性を有するものであり、かつ、本件建物が実施基準の各規定に適合している場合には、特段の事情のない限り、被告大坂市長のした本件許可処分は、裁量権の範囲内のものとして適法というべきこととなる。
(二) そこで、実施基準の合理性の有無及び本件建物の実施基準適合性の有無について検討する(もとより、ここでは実施基準の全てについて検討を加えるものではなく、本件に直接関係する、商業地域における共同住宅建築の場合の容積率制限及び斜線制限の緩和基準が検討の対象となる。)。
(1) 実施基準の内容
ア 容積率制限の緩和について
実施基準は、容積率制限の緩和について、まず敷地条件につき、法令の定める空地率及び敷地規模の要件を満たしたうえ、さらに、幅員が六メートル以上の道路に接していること、歩道のない前面道路には幅員二・五メートル以上の歩道を確保すること、敷地境界線からの建築物の後退距離は、原則として当該部分の高さの平方根の二分の一以上とすること(但し、落下物による危険防止措置を講じたもので、敷地周囲の状況を勘案して支障がないと認めるときを除く)を要求し、公開空地については、これを歩行者が日常自由に通行又は利用できるもので、終日一般に開放できるものであること等と定義したうえ、容積の割増につき、基本的には、敷地面積に対する有効公開空地面積の割合のうち、〇・一をこえる部分に一定の割増係数を乗じた数値を算出し、これを法定内の延面積に乗じることによって割増面積を算出することとしている。
イ 斜線制限の緩和について
実施基準は、斜線制限の緩和について、敷地条件及び公開空地については容積率制限の緩和の際の例によるものとしたうえ、斜線制限緩和の具体的基準としては、敷地の各辺につき、その中点から、一二メートルに計画建築物が隣地境界線から後退した距離を加えた距離だけ外側にある基準点(Oi)を通る鉛直線上の各点を視点とし、敷地各辺の境界線上の鉛直面に水平方向に計画建築物の各部分を投影させることにより得られる立面投影面積(Si´)と法五六条の規定によった場合に許容される最大の立面投影面積(Si)とを比較して、Si´がSi以下であることをもって許可の要件としている。
(2) 実施基準の合理性の有無
法五九条の二のいわゆる総合設計制度は、前記のとおり、都市の中に少しでも多くのオープンスペースを確保し、市街地環境の整備改善を図ろうとした制度と解されるところ、右にみたとおり、実施基準は、容積率制限緩和に関しては、敷地についての要件を加重したうえ、一般の用に供することのできる公開空地の提供を条件に、その空地の割合のうち〇・一をこえる部分に応じて容積の割増を認めているものであって、その基準は、右の法意に照らし合理性を有するものということができる。また、斜線制限に関しても、法五六条の斜線制限によった場合と同等以上の天空光か隣地において確保されることを要件としてこれを緩和することにしているのであって、これにより計画建築物の各部分の高さについても総合的な配慮がされているものとみることができるから、右基準もまた合理的なものということができる。
原告らは、斜線制限の緩和に関し、特定の隣地居住者の視点からの天空光を問題として、Si´がSi以下であることは無意味であると主張するが、実施基準は、「市街地の環境の整備改善」という観点から道路や隣地全体に対する天空光の量を問題としているものと解されるのであり、原告らの右主張は失当である。
(3) 本件建物の実施基準適合性の有無
乙二号証、三号証の一ないし四、四号証及び証人平林孝の証言によれば、本件建物は、実施基準の各規定に適合した建築物であると認められる。
なお、原告らは、本件建物は、敷地境界線からの建築物の後退に関する実施基準の定めに反していると主張するが、右規定は、全体として落下物による危険を防止する目的で定められたことが明白であるところ、証人平林の証言によれば、本件建物のドルミ堂島側の窓等には、面格子を施すなどの落下物による危険の防止装置の講じられていることが認められるから、原告らの右主張は採用できない。
(三) してみれば、本件の場合、右<2>の要件も充足されているというべきである。
4 以上要するに、本件許可処分は、法五九条の二の法意に照らし合理性の認められる実施基準に適合するものというべきであり、これに本件地域が都市計画法上の商業地域内にあって法上の日影規制による日照の保護を受けない地域であることを考え併せれば、前記一の3に認定の原告らの日照被害を最大限考慮しても、被告大阪市長の本件許可処分をもって裁量権を逸脱した違法な処分ということはできず、本件許可処分は適法というべきである。
三 そして、本件許可処分が適法である以上、被告大阪市長には原告らに対して負担する職務上の法的義務の違背もないというべきであるから、被告大阪市長のなした本件許可処分が原告らに対する不法行為となる余地はない。
四 よって、原告西岡の本件許可処分取消請求の訴えは不適法であるから却下し、原告西岡を除くその余の原告らの本件許可処分取消請求及び原告らの本件損害賠償請求は理由がないからこれを棄却することとする。
(裁判官 松尾政行 庄司芳男 井田宏)
別紙
物件目録
建築面積 六五九・〇八平方メートル
延べ面積 八二七三・二五平方メートル
地上一四階地下一階建 鉄骨鉄筋コンクリート造共同住宅
別紙<省略>