大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)42号 判決 1993年3月01日
原告
近畿システム管理株式会社
右代表者代表取締役
片山省三
右訴訟代理人弁護士
万代彰郎
被告
大阪府地方労働委員会
右代表者会長
清木尚芳
右訴訟代理人弁護士
河合徹子
右指定代理人
藤川康典
同
大宅豊紀
同
小椋裕志
同
木下喜之
同
田村幸靖
被告補助参加人
全国一般労働組合大阪府本部
右代表者執行委員長
岡野修
同
近畿システム管理従業員組合
右代表者執行委員長
安村照雄
同
安村照雄
右被告補助参加人ら訴訟代理人弁護士
河村武信
同
斉藤真行
同
出田健一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告がなした別紙救済命令(以下、本件救済命令という)を取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は主として尼崎信用金庫(以下、尼信という)の現金、書類の輸送及び各支店の建物管理、警備業務等を営んでいる。
2 被告補助参加人近畿システム管理従業員組合(以下、組合という)は原告の従業員が組織する労働組合である。
3 被告補助参加人全国一般労働組合大阪府本部(以下、府本という)は、大阪府下に所在する事業所の労働者と労働組合で組織される労働組合であり、組合の上部組織である。
4 被告補助参加人安村照雄(以下、安村という)は、昭和五七年七月二六日、原告に入社し、組合の執行委員長であった。
5 原告は、昭和五四年頃から、定年(六〇歳)退職者の再雇用を実施し、内規に「原告(ママ)と本人の希望が一致した場合は引き続き一年間嘱託として雇用することができる」と定め、特段の欠格事由がない限り、事前に本人の希望を徴し、希望者を嘱託再雇用するという運用をしてきた。
6 安村は平成元年一月九日定年となったが、原告は再雇用しなかった。
7 安村、組合及び府本は、平成元年二月八日、原告が安村を再雇用しなかったのは不当労働行為であるとして本件救済申立をした。
8 被告は、平成二年四月二七日、本件救済命令を発し、命令書を原告に交付した。
二 争点
原告が安村を再雇用しなかったことは不当労働行為に該当するか。本件救済命令は必要な救済の限度を超えているか。
1 原告の主張
(1) 原告における定年退職者の嘱託再雇用は、内規に基づき、原告が業務上の必要性を勘案し自由な裁量によって決し得るのであり、労使慣行ないし労使慣行に類する制度によるのではないから、嘱託再雇用しないことに特段の理由はいらない。
(2) 原告が安村を再雇用しなかったのは、原告が安村を人材として特に必要としなかったこと、原告は警備会社として特に信用を重んじているが、安村は、昭和六一年一二月から同六二年六月まで、通勤費の水増し請求により譴責処分に付されており、更にキセル乗車の疑いも濃厚であったから、再雇用不適と判断したためである。
したがって、安村の不再雇用を不当労働行為と認定した本件救済命令は誤りである。
(3) 原告における嘱託再雇用期間は一年間であるが、本件救済命令は、実質上、右期間を超える再雇用を命じていることに帰し、不当である。
2 被告及び補助参加人ら(以下、被告らという)の主張
(1) 原告における定年退職者の嘱託再雇用については希望者は再雇用する旨の労使慣行ないし労使慣行に類する制度が確立している。
(2) 原告が安村を嘱託再雇用しなかったのは、安村が組合の運動を主導し、組合の府本加入後は、その副委員長として活動したことを嫌悪したからであり、労働組合法七条一号、三号に該当する。
(3) 本件救済命令は、不当労働行為の是正、原状回復を命じているのであるから、何ら不当ではない。
第三判断
一1 被告らは、原告における定年退職者の嘱託再雇用については、希望者は再雇用する旨の労使慣行ないし労使慣行に類する制度が確立していたと主張する。しかし、前記争いのない事実5、後記認定二1(2)の事実に照らすと、原告における嘱託再雇用は、内規(就業規則と解される)に基づき、原告が必要に応じ行っていたと認められるから、被告らの主張は採用できない。
2 内規によると、原告は労働契約上定年退職者の再雇用義務を負うものではなく、再雇用するか否かは原告の裁量に属するが、不再雇用が不当労働行為であると認められる場合、被告は原告に対し、救済命令として、再雇用並びに再雇用に付随する救済措置を命じることができると解される。但し、右救済命令は再雇用契約の内容(再雇用期間等の労働条件)を直接規律するものではない。
二 不当労働行為の成否
1 被告ら主張の不当労働行為意思を推認させる事実
(証拠・人証略)の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 安村は、昭和五七年七月二六日、原告に入社し、ビルの保守、警備等の業務に従事した。当時、原告に労働組合はなく、従業員間に、深夜手当が支給されないことについて不満があったこと等から、安村らが中心となって、同五九年三月一〇日、組合を結成し、安村が執行委員長となった。その後、組合は、定期昇給、勤務時間、定年延長関係、勤務手当、定年者の再雇用等待遇改善のための組合活動を行い、安村は中心人物としてこれを推進してきた。しかし、この間、労使間に激しい対立は生じなかった。
(2) 組合は、昭和六三年三月、春闘要求書を原告に提出したが、その中に、現行の取扱では定年退職者が希望しても特段の事由がある場合には再雇用されない場合があるので、希望者全員の再雇用を求める旨の要求も含まれていた。原告の西村亥三男社長は、同年五月、組合と、右要求について小委員会の設置を検討する旨、次期社長に引き継ぐとの覚書を交わした。しかし、その後、社長に就任した南野輝彦は右小委員会の開催を拒否したため、以後、組合との団交は円滑に進まなくなった。
(3) 組合は、昭和六三年一一月一二日開催の第五回定期大会において、府本加盟を緊急動議により決議し、安村が府本執行副委員長となり、組合及び府本は、同月一四日、原告に組合の府本加入通知書を提出し、団交を申し入れた。これに対し、南野社長は「なぜ、急に上部団体に入ったのか。組合と会社が揉めることは非常に対外的に信用を落とすことになる」等と発言した。また、原告神戸営業所長西口貞三は組合文書のコピーに「上部団体加入は大部分の組合員にわからないように話を進める必要があったと考えられるのでは、なぜか急に過激になったみたい、上部団体の目的が最終的に尼(ママ)信というところにあり、会社と組合は利用されているだけなのだろうか?」等とメモ書きした。府本及び組合が、同月一七日、団交日時の設定を要求したところ、南野社長は「上部団体への加入は組合が自主的に判断することなので口を挟まない。しかし、団体交渉に上部団体の同席は認めない。労働協約でも第三者委任はしないとなっている」と回答した。次いで、原告は同月三〇日付で全従業員に対し「組合が上部団体加盟を決定されたことに対して会社としては口を挟むものではない。しかし、会社としてはいきなりその決定を突きつけられ、対応を迫られてもそれに応じるわけにはいかない」等を内容とする文書を配付した。
(4) その後、原告は、府本及び組合の団交要求書を、府本が名を連ねているから受領しないとか、府本幹部が出席する団交には応じないなどの態度を取り続けた。そこで、府本は、平成元年一月一〇日、被告に対し、団交応諾を求める救済申立を行い、被告は、同年五月二五日、原告に対し「昭和六三年一一月一四日付け申入れの要求書に関する団体交渉を府本役員が出席することを理由として拒否してはならない」旨の救済命令を発した。
(5) 原告における定年退職者の再雇用に関する従前の取扱は、該当者に対し、あらかじめ意向打診を行い、希望者は病気、勤務不良等特段の事由がない限り嘱託再雇用するというものであった。なお、昭和六二年以降、再雇用希望者二一名中一八名が再雇用され、三名が再雇用されていないが、右三名のうち一名は病気、二名は勤務不良(一名は勤務中の職場離脱、他の一名は勤務中の居眠り、当日朝連絡しての休暇取得)であった。
(6) 原告は、安村に対して、従前の取扱と異なり、再雇用の希望打診を行わず、昭和六三年一二月一二日付文書で、翌年一月九日定年に達する旨通知し、平成元年一月九日、出勤した安村に、嘱託従業員として取り扱わない旨通告した。組合は、昭和六三年一二月二〇日、原告に対し、安村の再雇用を要請し、その回答を求める文書を提出したところ、原告は「回答の必要性はない」と文書回答をした。
(7) 南野社長は、平成元年一月、組合との団交において、安村を再雇用しない理由について、安村の積極的な希望がないためである旨の発言をした。原告は、本件救済手続において初めて、安村の通勤費不正請求等が不再雇用の理由であると主張するに至った。
(8) 原告は、昭和六三年一二月から平成元年四月まで数回にわたり、ビル保安駐車場警備社員、ビル設備管理技術社員、ビル清掃社員等について新聞広告による求人募集を行った。ビルの警備、清掃は高齢者でも就労し易い業務であるが、当時、業界は慢性的な人手不足であり、原告にとって、定年者を嘱託再雇用して人員を確保することは必要なことであった。安村は健康であり、原告が主張する欠格事由を除けば、取引企業への派遣チームのリーダー役を務めるなど勤務態度に格別の問題はなかった。
2 原告主張の安村不再雇用の理由
(証拠・人証略)の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 安村が、昭和六一、六二年ころ、原告に申告していた通勤経路は、阪急電鉄茨木駅から茨木・梅田駅間の定期券を用いて乗車し、淡路駅、地下鉄堺筋線天神橋筋六丁目駅を経由し、南森町駅で地下鉄谷町線に乗り換え天満橋駅で下車する際、天神橋筋六丁目・天満橋駅間分の回数券を使用すると共に淡路・天神橋筋六丁目駅間の不足乗車料金九〇円を精算するというものであった。ところが、安村は、昭和六一年一二月から同六二年六月まで、被告に対し、右精算料金を一二〇円と申告し通勤費の支給を受けていた。これが発覚し、原告は安村に対し、通勤費の過大請求を理由に始末書を提出させ、就業規則八五条一項一四号の諸手続を怠った者に該当するとして譴責処分に付した。原告は、安村が淡路・天満橋駅間分の回数券を買わずに天神橋筋六丁目・天満橋駅間分の回数券しか買っていなかったことから、帰りは天満橋駅で右回数券を用いて乗車し、淡路・天神橋筋六丁目駅間の乗車料金は支払わないといういわゆるキセル乗車の疑いを持ったが確認できず、これを理由とする処分はしなかった。
(2) なお、安村は、天満橋・地下鉄梅田駅間と天満橋・天神橋筋六丁目駅間の乗車料金は同一の一七〇円であるから、天満橋駅から梅田駅を経由し、阪急電鉄茨木駅まで行けば回数券(天満橋・梅田駅間)と定期券(梅田・茨木駅間)で乗車料金は全部まかなえるから、天満橋駅から梅田駅を通らず南森町、天神橋筋六丁目、淡路駅経由で茨木駅まで帰ったとしても、いわゆるキセル乗車ではないと供述するが、地下鉄乗車区間が長くなると運賃は九〇円増加するのであるから、直ちには頷けない。
3 考察
原告は、安村を再雇用しなかった理由は、同人の通勤費の過大請求及びキセル乗車に対する強い疑惑にあると主張する。それが真実であれば、安村の不再雇用が不当労働行為に当たらないことは言うまでもない。しかし、1認定の事実によると、原告は、組合との団交において、右事実を安村不再雇用の理由として挙げておらず、本件救済手続において初めて主張したものであること(その点の原告の弁明は直ちには首肯できない)、他方、原告において、安村が主導する組合の活動、特に府本への加入、府本の原告に対する団交要求等を嫌悪していたことは明らかであり、その他、1、2認定の諸事情を総合すると、安村不再雇用の理由は一に原告が安村、組合及び府本の組合活動を嫌悪したことにあると認めるのが相当である。したがって、原告が安村を再雇用しなかったことは労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為である。
三 本件救済命令は不当労働行為である安村不再雇用の是正とこれに伴う原状回復を命じるものであり、再雇用契約の内容(再雇用期間等の労働条件)を直接規律するものではないから、必要な救済の限度を超えているとは言えない。
四 よって、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 裁判官 裁判官 岩佐真寿美)