大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)95号 判決 1992年8月28日
原告
高濱登喜一
右訴訟代理人弁護士
大江洋一
被告
堺労働基準監督署長加藤栄一
右訴訟代理人弁護士
井上隆晴
右指定代理人
明石健次
同
岸上温幸
同
山田勇
同
垣内久雄
同
宮林利正
同
井上昭二
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対し昭和六一年二月一八日付けでなした労働者災害補償保険法による療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分を取消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実等<証拠略>
1 業務上災害の発生と補償給付
(一) 原告(大正一五年八月三〇日生)は、朝日新聞南大阪販売株式会社に新聞業務員として勤務していたが、昭和五九年一〇月一一日、新聞梱包を受け取った際、腰痛症を発症し(以下、本件事故という)、同月一七日、市立堺病院において腰部捻挫(以下、原傷病という)と診断された。
(二) 被告は、原告に対し、労災法に基づき、原傷病を業務上傷病と認め休業補償給付を行い、同六〇年六月二六日原傷病は症状固定したとして、同年九月一〇日、同法施行規則別表第一の「局部にがん固な神経症状を残すもの」(第一二級の一二)による障害補償給付支給処分を行なった。
2 本件労災給付請求
(一) 原告は、原傷病が再発したとして、同六一年一月八日、休業補償給付、同月二七日、療養補償給付を各請求(以下、本件各請求という)したが、被告は、同年二月一八日、右再発は認められないとして各不支給処分をした(以下、本件処分という)。
(二) 原告は同年四月二六日大阪労働者災害補償保険審査官に審査請求し、同審査官は同六二年一〇月三〇日右請求を棄却した。原告は労働保険審査会に再審査請求し、同審査会は平成二年七月一八日右請求を棄却した。
二 争点
原傷病の再発の有無
(原告の主張)
1(一) 原傷病は昭和六〇年一一月二六日頃再発し、症状固定時に比べ腰部及び両足神経の痛みが増悪した(以下、現症状という)。
(二) 現症状は原傷病のため生じた腰椎椎間板ヘルニアに起因する。
(三) 腰椎椎間板ヘルニアは治療効果が期待できる。
2 したがって、原傷病は再発したのであるから、本件各請求にかかる療養補償及び休業補償給付がされるべきである。
3 被告の自白の撤回に異議がある。また、時期に遅れた主張である。
(被告の主張)
1(一) 現症状は原傷病の症状固定時の症状と変化はない。また、現症状は私病である脊椎管狭窄症等に起因するものであり、原傷病との間に医学上の相当因果関係はない。
(二) 脊椎管狭窄症に対して手術以外に的確な治療方法はないが、手術適応を積極的に肯定できず、原告も手術を希望していないから、現症状に対し治療効果は期待できない。
(三) したがって、原傷病が再発したとはいえない。
2 被告は、原告の症状が増悪したことを認める旨の自白をしたが、右は真実に反し、錯誤に基づくから撤回する。
第三判断
一 業務上傷病の再発による療養及び休業補償給付請求
労災法上、業務上傷病が再発(右傷病治癒(症状固定)後、症状が増悪し、原傷病である傷病と増悪症状との間に相当因果関係が認められ、かつ、増悪症状に対し治療効果が期待できる場合)した時は、右再発を理由を新たに療養補償及び休業補償給付を請求することができる(争いがない)。
二 原告の症状の推移と医学所見(<証拠・人証略>)
1 本件事故直後の症状と治療
(一) 原告は、本件事故から四日後の昭和五九年一〇月一七日、腰部から右下肢の疼痛を訴え、市立堺病院において受診した。当時の症状は、疼痛性側彎、腰椎前彎の消失が認められ、疼痛のため右片足起立が困難であったが神経症状はなかった。レントゲン写真上、下位腰椎(第三ないし第五、仙椎)の椎間腔狭小を伴う腰椎の変形性変化が著明であった。
同院横山正弘医師は原告の傷病を腰部捻挫と診断し、通院による保存療法を行なった。
(二) その後、原告の症状は改善せず、疼痛部位の拡大、跛行を生じたため、横山医師は、同六〇年一月二八日から同年二月二日まで、原告を検査入院させ、CT検査(同月一日実施)を行い、腰部脊椎管狭窄を認めた。退院後、原告は通院で保存療法、理学療法、投薬、硬膜外ステロイド注射による治療を受けたが、同月六日には間歇性跛行を生じ、同年四月三日には疼痛性側彎が顕著となり、理学療法を続けたが症状に変化はなかった。
2 症状固定時の症状
(一) 横山医師は、同年六月二六日、原告の症状は一進一退を繰り返し、治療効果が著明でないため、症状固定と診断した。当時の症状は、間歇性跛行(約一〇分歩行すると腰部から右下肢が突っ張る)、腰椎後屈制限(腰椎部可動域・前屈七〇度、後屈〇度、回旋右八度、左一三度、側屈右一八度、左一〇度)、疼痛性側彎が認められた。
(二) 原告の後遺障害の等級認定のため同年八月七日行われた調査において、原告は、左下半身の突っ張りと疼痛、五分から一〇分の歩行での両下肢の疼痛増強と間歇性跛行、座位で疼痛は減少するが膝から下がジンジンし、起立時の疼痛発生(特に左側)等を訴え、他覚的に、前屈姿勢での歩行、歩容の緩慢、直立時の体幹の左傾斜、疼痛による腰椎可動域制限(前屈六四度、後屈〇度、回旋右二六度、左三五度、側屈右一七度、左二六度)が認められた。
3 その後の経過
(一) 原告は症状固定後自宅療養していたが、同年一一月二六日、腰痛と両足神経の疼痛の増悪、歩行困難を訴え、市立堺病院の診察を受けた。横山医師は、疼痛性側彎の増強、上位腰椎の圧痛及び体位変換不能を認めたが、レントゲン写真上、患部の症状に変化はないため、原告の右症状は腰部脊椎管狭窄症によるものと診断し、理学療法と投薬を実施した(同六一年一月七日までの実診療日数は四日)。
(二) 原告は、松浦診療所及び紀和病院において、側彎矯正コルセットの着用、牽引等の治療を受け、同年六月九日、大阪労災病院において、同院土井照夫医師により根性腰痛と診断され、同六二年三月二六日まで、鎮痛消炎剤、温熱療法、牽引等による治療を受けた。
4 現症状
大阪労災病院における診察及び検査結果(同六二年二月二六日から同年三月一〇日まで検査入院)は次のとおりであった。
(一) 原告の愁訴
原告の愁訴は腰部及び両下肢の疼痛と痺れであり、増悪期と軽快期がある。疼痛は歩行で増強し(約一〇分で歩行不能となり、しばしば転倒するため、同年八月二五日には杖歩行を開始)、間歇性跛行も認められ、同月一四日に左頚部痛、同月二五日には排尿障害も認められた。
(二) 他覚所見
片足起立は不安定である爪先立ちや踵立ちは一応可能。伸展下肢挙上テスト・右七〇度から抵抗九〇度、左六〇度から抵抗七〇度(いずれも腰痛のため)。下肢腱反射正常。左足S1領域(甲側)の知覚鈍麻。生理的腰椎前彎の消失、軽度左への側彎。胸腰椎運動性の障害。前屈一五度、伸展〇度、側屈両側とも一〇度、回旋両側とも一〇度、第三ないし第五腰椎棘突起間及び第四―五腰椎棘突起間、第五腰椎―仙椎棘突起間の圧痛。
(三) レントゲン所見
第四―五腰椎椎間がやや狭い。第五腰椎―仙椎間は著明に狭く、上下椎体縁の骨硬化(骨増殖)、骨棘形成を伴う。第一仙椎は腰椎化を示し、横突起が大きく、それに相対する腸骨から骨性の突起が生じ、横突起との間に仮関節状を呈す。腰椎後方各椎間関節は関節症性変化を示し、関節突起の変性性変形もある。第五腰椎―仙椎椎間で後方への骨棘が認められ、脊椎管内へ突出。第三ないし第五及び第七頚椎椎体後方に後縦靭帯骨化を疑わせる像が認められる。
(四) CT検査(同六一年九月二日実施)所見
第三腰椎レベルで脊椎管狭窄。下位腰椎レベルで脊椎管への骨の突出はあるが、狭窄は著明でない。
(五) 脊髄造影所見
第二―第三、第三―第四、第四―第五腰椎椎間の椎間板レベルに脊椎板軟骨の膨隆によるとみられる前方からの脊髄造影柱の圧迫所見。脊髄造影後CT像でも第二―第三腰椎椎間に同様の所見が認められる。
(六) 土井医師の医学所見
土井医師は、以上により原告の現症状は脊椎管狭窄症(腰椎椎間板の変性膨隆・椎間板ヘルニア、椎間関節の関節症性変化の増強と軟部組織の増殖)によるものと診断した。
三 現症状と原傷病の相当因果関係
1 二認定の事実によると、原告の現症状は症状固定時の症状より増悪していると認めるべきであるが(自白の撤回について論じるまでもない)、右症状は脊椎管狭窄症、すなわち腰椎椎間板の変性膨隆(椎間板ヘルニア)、椎間関節の関節症性変化の増強、それに基づく軟部組織の増殖等に起因すること、原告は腰椎の変形性変化、すなわち第三ないし第五腰椎及び仙椎間の椎間腔狭小、上下椎体縁硬化、椎体後方の骨棘形成(第五腰椎―仙椎間では脊椎管内に突出)、腰椎後方各椎間関節の関節症性変化等を有し、狭窄(ヘルニア)部位が多椎間にわたっていることに照らすと、原告の脊椎管狭窄症、椎間板ヘルニアは主として加令等による身体的素因に起因し、外傷、すなわち本件事故ないし原傷病によると認めることは困難であり(<証拠・人証略>)、これを覆すに足りる証拠はない。
2 したがって、原告の現症状と原傷病との間に相当因果関係を認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく現症状は原傷病の再発には該当しない。
三 よって、本件処分は正当であり、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 黒津英明 裁判官 岩佐真寿美)