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大阪地方裁判所 平成2年(行ク)35号 決定 1991年4月02日

申立人

大阪市

右代表者市長

西尾正也

右申立代理人弁護士

江里口龍輔

主文

一  本件補助参加の申立てを却下する。

二  申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一申立の趣旨

申立人が、別紙当事者目録記載の当事者間の当裁判所(行ウ)第一五号違法支出金補填請求事件に、被告らを補助するために参加することを許可する。

第二申立の理由

一住民訴訟は、執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしはその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断が相反する場合に、住民が自己の個人的利益や地方公共団体そのものの利益のためにではなく、もっぱら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を図ることを目的とする訴訟である。

基本事件は、損害補填に関する住民訴訟であって、地方公共団体である申立人が有する損害賠償請求権を住民が代位行使する訴訟形式が採られているが、右に述べたような住民訴訟の本質に照らすならば、基本事件の訴訟物を、右の損害賠償請求権の存否であると解するのは相当ではなく、原告らが住民固有の立場において有する、地方公共団体である申立人がした違法な財務会計処理の補正請求権ないし申立人が選択した財務会計処理の違法性であると解すべきである。仮に、訴訟物自体を右のように解することができないとしても、申立人が選択した財務会計処理の違法性の有無が基本事件の実質的な訴訟物であって、これが基本事件の争点として裁判所の認定判断の内容となるのであるから、参加の利益の有無を判断するに当たっては、右財務会計処理の適否についての利害関係も、訴訟物に関するそれと同一に取り扱われるべきである。

右のような観点からみてみるならば、基本事件の実質的訴訟物ないし争点は、昭和五五年六月一一日付職員局長決済に依拠して、交通局及び水道局以外の大阪市全職員に対して昭和五五年六月から平成元年一二月までに支払われた超過勤務手当(以下「本件超過勤務手当」という。)の支出という申立人の行為の適否のいかんである。本件超過勤務手当の支出を違法であるとする原告らと、これを適法であるとする申立人とでは、その判断ないし利害が対立することが明らかであるから、申立人は、基本事件の実質的訴訟物ないし争点に関し、被告らとその判断ないし利益を共通にする第三者として、被告らを補助するために基本事件に参加する利益がある。

二また、住民訴訟においては、執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしはその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断が相反し、対立していることは前述のとおりであり、申立人は、申立人の執行機関ないしはその職員である被告らが行った財務会計上の行為が適法であると判断し、原告らとは、その判断ないし利害が対立するのであるから、この点においても、申立人において、被告らを補助するために基本事件に参加する利益がある。

三仮に基本事件において被告らが敗訴した場合、申立人は、適法かつ妥当に支出したと考える本件超過勤務手当に関し、被告らから損害賠償を受領することを余儀なくされ、ひいては、関係する財務会計処理の見直しまで要求されることになる。このような影響もまた、基本事件の判決主文に関する法律上の利害関係であるといえる。

四更に、基本事件が、被告とされた個人に対する損害賠償請求訴訟であることに拘泥して、申立人の参加を認めないことが訴訟審理上も不合理であることは以下に述べるとおりである。

基本事件の実質的訴訟物ないし争点が、本件超過勤務手当の支出という申立人の行為の適否であることは、前述したとおりであって、被告らが基本事件の被告の地位に置かれるのは、必ずしも、被告らの個人責任を追及するためではなく、地方公共団体である申立人の財務会計処理についての司法統制を、裁判の形式によって遂行するために採られた形式にすぎないのである。したがって、申立人は、基本事件においてその適否が実質的訴訟物ないし争点とされている本件超過勤務手当の支出の行為主体であり、基本事件の紛争主体であるということができる。

しかるに、本件参加の利益を否定した場合、申立人は、本件超過勤務手当支出の適法性の主張・立証を、被告とされた個人に委ねざるを得ない。財務会計上の行為に係る複雑な行政意思決定過程につき、個人が主張・立証することは困難であって、申立人にあって初めてこれを適切に行うことができることや、同じ住民訴訟でも、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく差止請求訴訟や同項三号に基づく違法確認請求訴訟では、被告とされた行政庁が、当該財務会計上の行為の適法性について、行政庁としての立場から十分な主張・立証をすることができることをも考慮するならば、本件超過勤務手当支出の行為主体である申立人が、自己の行為の適法性について主張・立証の機会を与えられないことの不合理は極めて明らかである。

五以上のような諸点を考慮するならば、申立人が、被告を補助するために、民事訴訟法六四条に基づき、基本事件に参加する利益のあることは明らかである。

第三原告らの異議の理由

一原告らは、住民全体の利益のために、申立人に代位して被告らに対する損害賠償請求権を代位行使して、基本事件を提起しているのであって、基本事件の訴訟物は、申立人の被告らに対する損害賠償請求権の存否にほかならない。

基本事件について原告が勝訴した場合には、判決主文によって申立人が被告らに対して損害賠償請求権を有する旨の申立人にとって利益となる判断がされるだけのことであり、逆に被告らが勝訴した場合には、右請求権が存しないという申立人に不利益な判断がされるのである。このように、基本事件においては、申立人は、原告らと利害を共通にし、被告とは利害が相反する関係にあるにあるのであるから、申立人が、被告らを補助して、その敗訴を避けるために補助参加をする利益を認める余地はない。

二申立人の主張に対する反論

1  原告らは、基本事件において申立人の行為の適法性を争っているのではなく、本件超過勤務手当の支出等に関わる財務会計上の行為をした被告ら各人の行為の適法性を争い、その不法行為責任を問うているのであるから、申立人が、基本事件でその適否が審理の対象とされている財務会計上の行為の行為主体であることを前提とする申立人の主張は失当である。

2  また、基本事件において原告らが勝訴した場合に、申立人が損害賠償を受け入れることは、本来、申立人に支払われるべき金員が支払われるという意味において、申立人の利益になることであって、申立人がこれを阻止すべき理由はない。そして、その場合に、財務会計処理の見直しを要求されることは、当該職員による誤った財務会計上の行為が是正されるという利益に伴う事務処理の問題にすぎず、これが申立人について生じる不利益であるとするのは、本末転倒の議論というべきである。

3  更に、申立人は、基本事件で問題とされている本件超過勤務手当の支出を適法かつ妥当と考えていると主張するが、右主張は、基本事件において、被告らが本件超過勤務手当の支出に関してした行為が適正なものであるか否かが問われているにもかかわらず、被告らのこの点に関する判断を申立人の判断と同視するものであって、右主張は、ある種の背理を犯すものであるといわざるを得ない。

第四判断

一民事訴訟法六四条に基づく補助参加が許されるためには、申立人において、被参加人を補助することにつき利益を有することを要する。そして、申立人に参加の利益があるといえるためには、申立人が、当該訴訟の結果すなわち基本事件の訴訟物たる権利ないし法律関係の存否に関する判断について利害関係を有し、かつ、右判断について、被参加人と実体法上の利害を共通にすること、すなわち、被参加人が当該訴訟において勝訴判決を受けることにより、申立人も利益を受ける関係にあることが必要である。

二基本事件は、昭和五五年六月一一日付職員局長決済に依拠して、交通局及び水道局以外の大阪市全職員に対して昭和五五年六月から平成元年一二月までに支払われた本件超過勤務手当の支出に関わる、損害補填に関する住民訴訟であり、原告らの請求及び主張の概要は次のようなものである。

1  主位的請求は、右期間中に、公金の支出命令権者である市長の地位にあった被告大島靖及び同西尾正也が、専決権者である各課長に専決させて本件超過勤務手当の支出命令を発したこと、支出権者である収入役の地位にあった被告遠藤渉、同榎村博及び同高橋修が、給与課長に委任(内部委任)して本件超過勤務手当の支出負担行為の確認をさせたこと、並びに、昭和五五年六月一一日当時の職員局長土井魏が前記職員局長決裁をしたこと(以下、右各行為を「本件財務会計行為」という。)は、いずれも違法な財務会計上の行為に該当するとして、地方自治法二四二条の二第一項四号前段に基づき、申立人に代位して、違法な本件財務会計行為(財務会計上の不法行為)に基づく損害賠償の支払を求めるというものである。

2  予備的請求は、被告大島及び同西尾が、本件超過勤務手当の支出命令の専決権者である各課長において違法にその支出命令を発しているにもかかわらずその是正をしなかったこと、被告遠藤、同榎村及び同高橋が、本件超過勤務手当の支出負担行為の確認を委任された給与課長において違法な支出負担行為を放置しているにもかかわらずその是正をしなかったこと、並びに、被告土井が前記職員局長決裁をしたこと(以下、右各行為を「本件職務行為」という。)は、いずれも被告らの職務上の義務に違反するものであって、申立人に対する不法行為に該当するにもかかわらず、大阪市長西尾正也は、右各不法行為に基づく損害賠償請求を怠っている(以下「本件怠る事実」という。)ので、地方自治法二四二条の二第一項四号後段に基づき、原告らは申立人に代位して、大阪市長の右怠る事実の相手方である各被告に対して、不法行為に基づく損害賠償請求をするというものである。

三右にみたように、基本事件は、申立人は被告らに対し、実体法上損害賠償請求権を有しているにもかかわらず、その行使をしないため、原告らにおいて、右損害賠償請求権の帰属主体である申立人に代位してこれを行使して提起するというものであるから、その訴訟物は、申立人の各被告に対する損害賠償請求権の存否であるというべきである。そして、基本事件について原告が勝訴した場合には、判決主文によって申立人が被告らに対して損害賠償請求権を有する旨の申立人にとって利益となる判断がされ、逆に、被告らが勝訴した場合には、申立人は右請求権を有しないという申立人に不利益な判断がされることになる。したがって、基本事件の本案判決の主文における判断について、申立人は、被参加人である被告らとその利害が相反する関係にあるから、申立人が、被告らを補助して、その敗訴を避けるために補助参加をする利益を認める余地はない。

四申立人の主張に対する検討

1  申立人は、基本事件は、本件超過勤務手当の支出という申立人の行為の適否がその実質的訴訟物ないし争点であって、申立人は、右行為の行為主体として、自己の行為が適法妥当なものであることにつき、利害関係を有すると主張する。

そこで検討するのに、住民訴訟は、執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしはその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断が相反する場合に、住民が自己の個人的利益や地方公共団体そのものの利益のためではなく、もっぱら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を図ることを目的とする訴訟であると解されていることは申立人の指摘のとおりである(最高裁判所昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決、民集三二巻二号四八五頁)。そして、損害補填に関する住民訴訟は、当該職員又は怠る事実の相手方に対する損害賠償請求権の代位行使という手段方法によって、その個人責任を追求し、地方公共団体が被っている損害を補填する限度において、当該職員がした違法な財務会計上の行為又は怠る事実の是正を図らんとするものである。

これを本件についてみてみると、原告らは、本件財務会計上の行為又は本件怠る事実が違法であることに基づき、申立人が被っている損害の補填を求めることによって、本件財務会計行為又は本件怠る事実についての是正を図ることを目的として、基本事件を提起していることは既に説示したところから明らかであって、基本事件の主要な争点は、被告らがした本件財務会計行為又は本件職務行為が申立人に対する不法行為を構成するか否かの点である。基本事件の実質的訴訟物ないし争点が、本件超過勤務手当の支出の適否という申立人の行為の適否にあるとする申立人の主張は、基本事件についての誤った理解を前提とするものであるのみならず、住民訴訟は、地方公共団体の財務行政事務処理一般に対する是正請求訴訟ではなく、地方自治法二四二条の二第一項各号の訴訟形態によって、地方公共団体の執行機関又は職員等がした個々の財務会計上の行為の是正を図ることを目的とするものであることを看過したものであって、失当というほかはない。

2  申立人は、基本事件においては、審理の対象とされる被告らの財務会計上の行為の適否に関し、原告ら住民と申立人の判断が相反することを理由として、本件参加の利益があるとも主張する。右主張は、原告ら住民と相反する申立人の執行機関である代表者市長の判断が正当なものとして是認されること自体が、申立人の固有の利益であることを前提とするものである。

これを本件についてみてみると、申立人の代表者である大阪市長西尾正也が、本件財務会計行為又は本件職務行為を適法なものと判断していることは、本件申立の理由に照らして明らかである。しかし、申立人代表者市長の右判断が正当なものとして是認されること自体が、申立人の利益であることを前提とする申立人の右主張が失当であることは、以下に述べるとおりである。すなわち、申立人代表者市長の右判断が正当なものであり、申立人の正当な権利利益の実現にかなったものであるか否かは、本件財務会計行為又は本件職務行為の適否によって客観的に決せられる性質のものである。住民らは、申立人代表者市長の右判断が誤っている結果、申立人が本来行使すべき損害賠償請求権が行使されていないとして、これを代位行使して、申立人が右損害賠償請求権を有するか否かについての司法判断を求めているのである。右司法判断によって申立人が右損害賠償請求権を有することが確定された場合、このことは、法律上申立人に認められた正当な権利利益の実現にほかならず、これが原告らを含む住民全体の利益にもかなった申立人の利益であることは明らかであって、これに反する申立人代表者市長の判断は、申立人の正当な権利利益を損なう誤ったものというほかはなく、右の判断が正当なものとして是認されること自体が申立人の利益であるとは解し得ない。したがって、本件財務会計行為又は本件職務行為の適否のいかんにかかわらず、申立人代表者市長の右判断が正当なものとして是認されること自体が申立人の利益であることを前提とする申立人の右主張は、失当であって採用できない。

3  申立人は、基本事件において被告らが敗訴した場合、申立人は被告らから損害賠償を受領することを余儀なくされ、ひいては、本件超過勤務手当の支出に関係する財務会計処理の見直しまで要求されることになる点をも、その法律上の利害関係として主張する。

しかし、申立人が被告らに対して損害賠償請求権を有しているとの司法判断が、申立人にとって利益な判断であることは、既に説示したとおりであって、申立人が被告らから損害賠償を受領することは、右利益の実現過程における事務処理の問題であり、これをもって、申立人において、被告らを勝訴させることにつき、法律上の利益があるということはできない。また、申立人が本件超過勤務手当の支出に関係する財務会計処理の見直しを要求されるという点については、これが、被告らに対する損害賠償請求権の存否についての判断に伴う法律上の効果であるとは認め難い。のみならず、仮に、本件財務会計行為又は本件職務行為が申立人に対する不法行為を構成し、申立人に損害を与えるものである旨の司法判断が確定したときは、かかる行為の見直しを図ることが、申立人にとって不利益なものであるとも解し得ない。

4  申立人は、基本事件の実質的訴訟物ないし争点が、本件超過勤務手当の支出という申立人の行為の適否にあるとの理解を前提として、基本事件において、申立人に主張・立証の機会を与えないことが訴訟審理上不合理であるとの主張もする。

しかし、右主張は、その前提において失当であることは既に説示したとおりであり、基本事件において、被告らは、各人がした本件財務会計行為ないし本件職務行為につき、個人責任の原則の下における不法行為責任の有無について攻撃防御を尽くせば足り、関係する行政意思決定過程のすべてについて攻撃防御を尽くさなければならないものではない。したがって、本件参加を認めないことが訴訟審理上の妥当性を欠くとも認めがたい。

五以上のとおりであるから、本件参加の申立は、参加の利益を欠き不適法なものといわざるを得ないから、これを却下することとし、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九四条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官綿引万里子 裁判官和久田斉)

別紙当事者目録

原告 松浦米子

同 小山仁示

同 広川禎秀

同 稲生実子

同 株式会社岩崎経営センター

右代表者代表取締役 岩崎善四郎

原告 柏原明子

同 坂田栄子

同 萬歳昭子

同 山県ハツ子

同 結城恵子

被告 大島靖

同 西尾正也

同 遠藤渉

同 榎村博

同 高橋修

同 土井魏

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