大阪地方裁判所 平成20年(む)1367号 決定 2008年10月28日
主文
本件裁定請求を棄却する。
理由
1 裁定請求の趣旨及び理由並びに弁護人の予定主張
(1) 裁定請求の趣旨及び理由
本件裁定請求の趣旨及び理由は,弁護人A作成の平成20年10月7日付け証拠開示命令請求書記載のとおりであるが,要するに,本件開示請求にかかる「被告人の取調べに関する警察官の取調べメモ(手控え),取調べ小票,調書案,備忘録及びこれらの電子データ」(以下「取調べメモ等」という。)は,弁護人が公判で予定している後記主張と関連性を有し,また取調官による暴行の事実を証明するために必要不可欠であるから開示の必要性も認められるので(なお弁護人は,被告人に対する取調べ時における取調官の暴行の事実は取調べの全期間を通じた取調べメモ等を通覧することで明らかとなるのであるから,暴行があった日以外の取調べメモ等についても予定主張との関連性及び開示の必要性があると主張する。),検察官に対しこれらを開示するように命ずることを求めるというものである。
(2) 弁護人の予定主張
証拠開示の前提となる弁護人の予定主張は,同日付け予定主張記載書面「第5 量刑において考慮されるべき事情」以下に記載のとおりであるが,概要,取調べ過程において,被告人は警察官から暴行を受けており,この事実は量刑において考慮されるべきであるというものである。この予定主張においては,平成19年10月10日,同月11日,同月16日及び同年11月7日について,具体的な日付を特定して,警察署の取調べ室においてB警察官等から受けたとする暴行態様をある程度明らかにしているほか,なお書として,「被告人に対するB警察官の暴行は,上記に留まらず,刑事課に入る挨拶(強制されるもの)の際にB警察官から頭を叩かれ,取調べ室では床にうつ伏せに転がされ,B警察官から背中を体重を乗せた膝で押さえつけられ,首を足で踏まれ腰を殴る,首を三角締めされて失神させられるなどの暴行を受けた。なお,これらの暴行は,平成19年10月19日まで,もっぱら続けられた。」として,日付を特定しない形での主張もなされている。
2 検察官の主張
これに対する検察官の主張は,検察官C作成の平成20年1O月17日付け意見書及び同月28日付け求釈明に対する回答書各記載のとおりであるが,要するに,弁護人が開示を請求している取調べメモ等のうち,①B警察官は,取調べ時の被告人の供述要旨を手書きのメモに残していたが,供述調書作成後,保管の必要がないとして廃棄している,②被告人の特異言動があった場合については,B警察官らにおいて,捜査報告書を作成しているが,ほぼ即日作成しているため,そのためのメモは作成していない,③B警察官以外の警察官1名が,取調状況報告書作成のため,取調べ開始時刻,終了時刻を手書きのメモに残していたが,報告書作成後,保管の必要がないとして廃棄している,④取調べ小票は取調べのあった大正警察署では作成していない,⑤取調べ状況につき,備忘のため電子データが作成されたことはないとして,結局弁護人が開示を求めている取調べメモ等は物理的に存在しないというものである。
なお,検察官は,日付を特定して暴行の事実を主張された取調べの状況について,被告人の特異言動等が記載された捜査報告書は,存在しているもの全てを既に開示済みであるとしている。
3 当裁判所の判断
当裁判所は,検察官作成の電話聴取書4通(検察官作成の平成20年10月7日付け意見書及び同月28日付け求釈明に対する回答書各添付のもの。いずれも,上記検察官主張のとおりの警察からの回答が記載されている。)及び既に弁護人に開示済みの証拠の標目を検討し,期日間整理手続の経緯を踏まえ,次のとおり判断する。
(1) 取調べ過程における捜査官による被告人(被疑者)に対する暴行等の違法行為の存在が,量刑上被告人に有利に考慮されるべきか否か,考慮されうるとして,どの程度量刑に反映されるかについては議論があるところである。そして,そのような事情を量刑上考慮しうるという立場においては,本件において,日付を特定して,ある程度具体的に暴行態様が主張されている取調べに係る取調べメモ等は,その内容によっては,関連性・必要性が認め得る場合もあるといえる。しかし,その余の取調べにおける暴行についての弁護人の主張は,上記のとおり,暴行の行われた日付や暴行に至った契機や経緯等も十分明示されておらず,証拠開示に当たって,主張との関連性や必要性の程度等を判断するに足る主張が十分になされているとは言い難い。
(2) もっとも,検察官に対する警察の回答によれば,開示請求に係る被告人の取調べ期間全般にわたる取調べメモ等は,作成されなかったか又は存在したが廃棄されているというのであるから,主張との関連性・必要性等の検討は別論として,まずは上記警察の回答の信頼性が問題となる。
この点,犯罪捜査規範13条の規定に基づき,取調べの経過等が記載された備忘録は,証拠開示の対象となりうるものであるが,同条の趣旨は,主として備忘録が将来の公判で警察官が証言をする際の記憶喚起に資するという点にあると解されるところ,本件では,被告人の特異言動については,B警察官らによる捜査報告書(日付が特定される暴行の主張に対応するものとして,4通の捜査報告書が既に弁護人に開示されている。)がそれぞれ作成されているところであり,当該捜査報告書をもってすれば警察官において当時の状況についての記憶喚起をなしうるともいえる上,それらの報告書はいずれも取調べ当日あるいは翌日に作成されており,記憶のはっきりした時点でメモ等の記載に基づかずに作成したというのであるから,上記警察の回答も一応納得できるものである。また,それ以外の書面を作成していないとする点についてもその信頼性を疑わせる事情はうかがわれない。
(3) そうすると,開示請求に係る取調べメモ等はそもそも作成されておらず,あるいは廃棄され,既に物理的に存在しないことに帰するから,結局,本件裁定請求を棄却するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 並木正男 裁判官 本村曉宏 裁判官 安原和臣)