大阪地方裁判所 平成20年(ワ)11655号 判決 2010年4月15日
住所<省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
山﨑敏彦
住所<省略>
被告
SMBCフレンド証券株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
鈴木信一
同
池田秀雄
同
吉田修
同
松冨しほ里
主文
1 被告は,原告に対し,805万4308円及びこれに対する平成19年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その7を原告の,その余を被告の各負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は原告に対して,2696万4356円及びこれに対する平成19年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原告が,証券会社である被告に委託して行った株式や投資信託の取引のうち,平成17年12月1日以降の取引(以下「本件取引」という。)において,被告の担当者らによる違法行為(過当取引,一任売買,適合性原則違反,仕切拒否)があり,これによって,合計2696万4363円(取引損及び弁護士費用)の損害が発生したと主張して,被告に対して,不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づき,前記損害2696万4363円のうち2696万4356円及びこれに対する不法行為の日の後である平成19年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実及び証拠によって容易に認定することのできる事実,なお,末尾に証拠を掲記しないものは争いのない事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告は,本件取引を開始した平成17年12月1日当時,62歳であった(昭和○年○月○日生まれ)。
イ 被告は,有価証券の売買,有価証券売買の取次等を業とする証券会社である。
ウ B(以下「B」という。)は,被告の従業員であり,平成17年3月31日から平成18年10月15日まで原告の取引を担当した。
エ C(以下「C」といい,BとCを併せて「担当者ら」という。)は,被告の従業員であり,平成18年10月16日以降,Bの後任として,原告の取引を担当した。
(2) 被告における原告の取引内容
ア 原告は,昭和54年2月8日,ナショナル田林証券株式会社(商号変更,合併を経て被告となる。以下,商号変更,合併にかかわらず,すべて「被告」と表示する。)において保護預り口座を開設した(乙1)。原告は,被告の証券取引口座において,いずれも松下電器産業株式会社(以下,「松下電器」という。)の株式を,①昭和54年2月28日に1000株,②昭和60年7月19日に1000株,③平成4年4月13日に1000株,④平成9年8月18日に1000株,⑤平成11年2月12日に1000株,⑥平成15年2月27日に1000株,それぞれ買い付けた(乙7)。
イ 原告は,平成17年10月24日,被告に委託して松下電器の株式を4000株売り付け,三菱自動車工業株式会社(以下「三菱自動車」という。)の株式2万7000株を買い付けた。そして,原告は,同年11月10日,同株式をすべて売り付け,89万6579円の利益を得た。
ウ 本件取引の経緯
(ア) 原告は,同年17年12月1日,川崎重工業株式会社の株式2万4000株を買い付け,本件取引を開始した(以下,株式の銘柄については「川崎重工業株」のごとく表記する。)。また,原告は,平成18年2月8日,被告に対し,信用取引口座設定約諾書(乙6)を差し入れ,同日より信用取引を開始した。
本件取引の内容は,別紙取引一覧表1(平成21年5月1日付準備書面添付の取引一覧表に訴状のNo.329から342の取引を加えたもの)及び同一覧表2(訴状添付の外貨に関する取引一覧表)記載のとおりである。ただし,同表中,No.53,55ないし60,62,63,80,88,109,160,262,263,335,338の取引の「種類」欄については,原告は信用取引であると主張するのに対し,被告は,決済までに受株をしているから,現物取引であると主張しており,争いがある。
(イ) 原告は,平成18年12月25日,被告高槻支店を訪れ,Cに対し,平成18年分の取引による損失の総額を確認したところ,同人から,約1400万円の損失が発生している旨の回答を得た。
(ウ) 原告は,平成19年1月5日,Cに対し,株取引を終了する意向を伝えた。そして,原告は,同月24日までに別紙取引一覧表1のNo.331記載の住友金属株(同取引の決済日は,平成20年2月6日である。)以外の株取引を順次決済し,平成19年2月13日,被告から,516万5588円を受け取った。
原告は,投資信託の取引は,平成19年1月には終了せず,同表No.31のドイチェ・グローバル好配当株式ファンドについては,同年3月22日に,同表No.260の日興・GW七つの卵については,同年6月20日にそれぞれ決済した。また,同年3月23日には新規にフィデリティ・日本配当成長株・ファンド(同表No.340)を,同年6月27日には外国投資信託であるマックスターン(別紙取引一覧表2)を購入し,各商品の保有を継続している(乙12,13,18の1・2,乙20の1・2,乙19の1・2,乙21の1・2)。
エ 本件取引による取引損失は,合計2451万4363円であり,手数料(消費税を含まない。)は,合計1257万0701円である。なお,本件取引のうち,フィデリティ・日本配当成長株・ファンド(同表No.340)及び外国投資信託であるマックスターン(別紙取引一覧表2)の取引による損益は,同損失には含まれない。
第3争点及び争点に対する当事者の主張
1 本件取引の違法性(争点1)
(原告の主張)
(1) 適合性原則違反
適合性原則とは,顧客の知識,経験,財産の状況,投資目的に反する勧誘を違法とする原則であり(金融商品取引法40条1号参照),この原則に著しく逸脱した勧誘による取引は,不法行為法上も違法となる。
ア 原告の属性
原告は,本件取引当時62歳であり,中学校を卒業後,a社の子会社で工員として勤務して,平成14年に退職しており,退職後は実質的には無職であった。
イ 資産,投資経験
原告は,本件の取引の直前に松下電器株を売り付け,三菱自動車株を買い付け,売り付けた以外には,a社の社員持株会等で,同社の株式1万4000株を持っていただけで,投資目的で株式を買付けた経験はなかった。
ウ 投資意向
総合取引申込書(乙3。平成11年2月12日付)によれば,原告は「中・長期バランス投資」との投資意向を有していた。それにもかかわらず,担当者らは,後述(2)のように,短期間かつ頻繁に売買をしたのであり,原告の投資意向に反している。
さらに,原告は,平成18年12月には,Cに対し,「500万円以上の損失は困ると最初に言っておいた。」旨の苦情を述べたのであるから,少なくとも,この時点以降,原告に投資を続けさせることは不適当であった。
エ 以上のとおり,本件において,担当者らは,原告の資産状況や投資意向の実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を連日,積極的に勧誘したのであって,適合性原則から著しく逸脱した勧誘というべきであるから,本件取引の違法性は明らかである。
(2) 過当取引(手数料目的の取引)の違法性
ア 取引の過当性
(ア) 年次資金回転率とは,新規取引の総額を,取引期間の各月末時点での投資残高の平均値で除し,1年間に換算した数値である。そして,株式は,配当にこそ価値の源泉があり,株価の値上がりは,短くても半年毎の各期の業績,配当に帰結するものであるから,年間資金回転率が2回以上を超える取引は,過当取引として違法性が疑われる。
(イ) 本件取引の年次資金回転率は,平成17年12月から,原告が株取引を終了した19年1月までの期間の取引について見れば,19.37回にも及んでおり,すさまじい頻繁取引である。また,本件取引においては,株式の保有日数は,数日から30日程度というものがほとんどである。
このように,短期間かつ頻繁に株式売買が継続されたため,原告が得られる利益は小さいにもかかわらず,損失は多額となり,さらに手数料が確実に大量に増加することになったのであって,本件取引により被告が得た手数料は,原告が被った取引損の5割を超えている。
(ウ) 以上のとおり,本件取引は,異常に頻繁であり,原告にとって有害無益な取引であった。
イ 口座支配性,悪意性
原告は,本件取引までは,勤務先のa社の株式を主に社員持株会等で買っており,証券会社で一般の株式を売買した経験は全くなかった。原告の知識,経験,能力からして,1日や数日単位での取引を自ら積極的に行える状況ではなく,被告が主張する電話は1分間程度のものが多く,まともな情報提供や説明,相談,検討がされたはずがないから,原告が,担当者らから言われるままに売買するしかなかったことは明らかである。
原告は,平成18年1月12日ころ,Bに対して,「500万円の損くらいなら仕方ないが,大きな損が出ないようにしてくれるなら」と条件を付けて,取引を承諾したのである。原告は,各個別の売買の結果は報告書で一応理解できたものの,損失の総額はほとんど分からないまま推移したのである。
以上より,本件取引について,口座支配性(投資判断及び投資選択を証券会社が行い,証券会社が一連の取引を支配的に主導したこと)及び担当者らの悪意性(顧客の利益を無視して経済的合理性に欠ける過度な証券取引を繰り返し,売買委託料等の利益を獲得しようとする意図)は明らかである。
ウ このような手数料稼ぎの取引,過当取引は,原告に対する背信行為,信義則違反の違法な行為となる(金融商品取引法36条,40条参照)。
(3) 一任売買
原告は,担当者らから,株式の紹介をされたことはあるが,特定の銘柄の株式を売買するとの連絡を事前に受けたことはなく,買付けについては,事後的な報告はあったが,売付けについては,事後的な報告もなかった。また,被告が主張する,担当者らから原告に対する電話は,ほとんどが数秒から1分程度の通話時間であり,このような短時間に原告から具体的注文をすることはできない。
原告は,Bから,「もっと儲かりますから,銘柄は任せてください」などといわれ,証券取引の経験,知識がほとんどない原告は,特に苦情を述べることはなく取引を継続していたのであり,担当者がCに変わっても,同様であった。
したがって,本件取引は,事前に売買の銘柄,株数等の指示がなされることなく,実質的に一任売買により行われたものであり,違法な取引である(金融商品取引法2条8項12号,28条4項参照)。
(4) 仕切拒否
原告は,平成18年5月10日ないし同月20日ころ,本件取引で500万円ほどの損失が出たと理解したので,取引をやめる旨,Bに告げた。しかし,原告は,高齢で,証券取引の経験や知識が乏しく,証券取引の危険性について十分な理解がなかったために,Bから,損を取り戻すまで取引を続けるように説得され,翻意させられ,取引を終了させてもらえなかった。
Bによる仕切拒否は,違法性が強く,社会的相当性を著しく逸脱する重大なもので,民法上も不法行為を構成する。
(5) 以上の,適合性原則違反,過当取引,一任売買,仕切拒否の各違法性は,それぞれ不法行為を構成するとともに,各違法行為を総合評価すれば,その違法性は社会的相当性を逸脱する重大なもので,民法上も不法行為を構成する。
(被告の主張)
(1) 適合性原則違反の不存在
ア 証券取引の知識,経験
原告が,被告において保護預り口座を開設した年は,昭和54年2月下旬であり,原告の投資経験は長いといえる。そして,原告は,持株会での買付けに加え,持株会を通さずに,自分の口座で株式を買い増しているのであるから,勤務先の株式であることは,原告の取引経験を否定する理由とはならない。
原告は,本件取引開始前の平成17年10月24日に三菱自動車株を買い付けており,この際に,①企業の製品に興味を持ち,②当該企業の株価を調査し,③他の企業と当該企業の株価を比較し,④その結果割安な株価であることを認識し,⑤値上がりする期待をもって買付けを決定したという一連の判断をしており,これは,まさに一般的かつ合理性のある投資判断に他ならない。
また,原告は,単位未満株という概念を理解しており,新聞の株式欄で保有している株の価格を確認していたことから,知識,理解力,情報収集力に欠けるところはない。
イ 投資意向
原告が,松下電器株を積極的に買い増していたこと,及び売買差益を得る目的で三菱自動車株を買い付けていたことからすれば,原告は積極的な投資意向を持っていたというべきである。そして,本件取引で損失が発生した後には,担当者らと協議し,損失を取り戻すために取引を継続したのであるから,原告の投資意向は決して消極的なものではなく,むしろ損失を取り戻すためにさらに新たな銘柄を探して取引を行うという点では積極的であったといえる。
原告は,総合取引申込書(乙3)の「ご投資目的」の欄においては「中・長期バランス運用」にチェックがされていることを強調するが,同書面は,本件取引よりも7年も前に差し入れられており,本件取引の時点の投資目的とは異なる。原告は,三菱自動車株の取引によって,買付けからわずか17日間で89万6579円の利益を得ており,投資に対する意欲が従来以上に積極的になっていたといえる。
さらに,原告は,Bに対して,「500万円の損くらいなら仕方ないですけど」と伝えたと主張するが,損失を限定する条件がBに明示された事実は一切存在しない。
ウ 財産状況
原告は,本件取引当時,松下電器株1万株(1株約2000円)及び現金800万円を所有していたと供述しており,また,信用取引開始直前である平成18年1月当時の被告における原告の預り資産は3700万円以上あったのであるから,原告は相当の資産を有していたと考えられる。
エ 以上のとおり,本件取引は,原告の証券投資に関する知識,経験,投資目的,財産状況に照らして適合性を欠くものではなく,適合性原則違反の主張は理由がない。
(2) 過当取引(手数料目的の取引)の不存在
ア 本来,証券取引は投資家の自己責任で行うものであるから,投資家が頻繁な取引を行うこと自体は違法なものではない。しかし,証券会社が顧客からの信頼を濫用して顧客の利益を不当に無視した取引や経済的合理性を欠く取引を行うときには背信行為に等しいといえるため,違法性が認められるのである。
過当取引が違法とされる根拠が顧客に対する背信行為であることに照らせば,過当取引が違法となるのは,①取引の過当性(当該顧客の投資意向等に照らして取引が過当であること)に加え,②口座の支配性(投資判断及び投資選択を証券会社が行い,証券会社が一連の取引を支配的に主導したこと)という客観的要件,③悪意性(顧客の利益を無視して経済的合理性に欠ける過度な証券取引を繰り返し,売買委託手数料等の利益を獲得しようとする意図)という主観的要件がすべて具備された場合に限られる。
イ 取引の過当性
(ア) 前述アのとおり,過当取引が違法とされる根拠が背信性にあることからすれば,取引が過度か否かの判断には,顧客の投資意向が重要となる。
原告は,本件取引開始前の三菱自動車株の取引において,短期間で利益を得,また,原告が信用取引を開始した平成18年2月8日ころまでに,約347万円の累積利益を得たことにより,原告の投資意向が積極的になっていたことは明らかである。また,損失が発生した後も,損失を取り戻すために新しい銘柄の取引行う意向であり,前向きな投資意向であった。
(イ) また,長期間株式を保有することは,同時に大きな損失を被る危険性があるため,その時点での相場環境や投資目的に照らし,損失を最小限に抑えるために早めに売却することも1つの手法に他ならない。そのような判断の結果として当初の予想より少ない利益しか得られなかったとしても,そのことから直ちに当該取引が経済的合理性を欠くとか,顧客の投資意向を無視するなどということにはならない。
(ウ) 原告は,売買回転率を根拠に過当取引であると主張しているが,取引実態及び相場環境に基づく具体的議論を全くしていない上,原告が主張する売買回転率の算出方法は,分割注文を形式的に複数回とカウントしており,取引期間も恣意的に選んでおり,不合理である。さらに,信用取引については,6か月という決済期限が存在しており,その期間内での反対売買や品受等の決済が強制されるのであるから,それを形式的に取引回数にカウントすることも不当である。
ウ 口座支配性
原告には,取引経験及び知識があり,担当者らは,事前に資料に基づいて投資対象について説明し,協議の上,承諾を得て取引をしているのであり,取引成立後には約定連絡も行っていた。また,原告自身も取引報告書により,取引内容を把握しており,原告自ら支店に来店し,現金を持参して投資信託を購入していることからも,担当者らが原告の取引を支配したということはない。
エ 悪意性
担当者らが,原告の利益を無視して株式取引を繰り返し,手数料目的で取引を勧めた事実は否認する。担当者らは,損失を回復するという,原告の意向,利益を第一に考えて本件取引を行ったのである。
(3) 一任売買の不存在
Bが,原告に対し,「銘柄は任せてくれれば結構です」といって取引を勧誘した事実は否認する。また,担当者らは,資料を持参して原告宅を訪問し,原告と協議し,原告の承諾を得てから買付け,売付けの発注しており,被告からは取引報告書を送付していた。
原告は,担当者らと原告との通話時間が数十秒単位であるものがあることを問題視しているが,約定連絡であれば,十分可能である。また,担当者らは,事前に原告宅を訪問の上,説明を行っているのであるから,最終的な意思の確認と数量,価格の確認をすることは,数十秒の通話時間で可能である。
(4) 仕切拒否の不存在
Bが,平成18年5月10日ないし同月20日ころに,原告から「もう取引をやめる」旨の指示や要請を受けた事実は存在しない。Bが損失発生について報告した際,原告は,「心配しないで。預けている証券で将来の生活ができなくなるという訳ではない」と述べて,自ら取引の継続を決定したのである。
原告は,仕切拒否があったとする時期からわずか2か月後の平成18年7月3日に,自ら被告高槻支店に現金を持参して,ドイチェ・グローバル好配当株式ファンドを購入しており,仕切拒否されたとの主張と矛盾している。
2 損害額(争点2)
(原告の主張)
(1) 原告は,本件取引により,2451万4363円の損失を被った。
また,原告の負担する弁護士費用のうち,245万円が本件の不法行為と相当因果関係を有する損害である。
したがって,原告の損害は,合計2696万4363円となる。
(2) 本件は,担当者らが原告の知識や理解力等が乏しいことに付け込み,手数料目的の過当取引を行った背任的不法行為事案であるから,過失相殺を認めるべきではない。
(被告の主張)
争う。
第4当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告の属性
ア 原告(昭和○年○月○日生まれ)は,中学校を卒業した後,a1株式会社(後にa社となる。)の工員として勤務し,平成14年に同社を退職した(甲3,原告本人)。
イ 原告は,本件取引開始時に,少なくとも被告において,松下電器株1万株(1株約2000円)を預り有価証券として,三菱自動車株の売却金約830万円を預り金として保有していた。
なお,原告は,平成11年2月12日付総合取引申込書(乙3)において,「年収」欄には,「500万円以上」(1000万円未満)に,「金融資産」欄には,「2000万円以上」(3000万円未満)に,「ご資金の性格」欄には,「余剰資金」に,「ご投資目的」欄には,「中・長期バランス運用」にそれぞれチェックをして回答し,「投資経験」欄には「株式現物」の投資経験20年と回答している。
(2) 本件取引までの取引状況
ア 原告は,勤務先であるa社の株式を持株会を通じて取得していたほか,昭和54年2月8日に被告において保護預り口座を開設し(乙1),被告に委託して,松下電器株を昭和54年2月26日,昭和60年7月19日,平成4年4月13日,平成9年8月18日,平成11年2月12日及び平成15年2月27日に各1000株買い付けた。原告は,平成15年3月4日には,被告における口座に,同社株を1万4000株保有していた(乙7)。
イ 原告は,平成17年10月24日,被告に委託して松下電器株4000株を売り付け,三菱自動車株2万7000株を買い付けた。そして,原告は,同年11月10日,同株式を売り付け,89万6579円の利益を得た(前提事実)。
三菱自動車株の取引は,売買差益を目的としたものであり,原告が同株式を買い付けたきっかけは,原告の弟が乗っていた三菱自動車製の自動車を見て,よい製品であると思い,また,同社の株価が安いと感じたためである。そして,原告は,買付け後に同株式の価格を確認したところ,上昇していたので,原告自身の判断により売り付けた(甲3,原告本人)。
(3) 本件取引の経過
ア 原告は,平成17年11月末ころ,Bからの勧誘を受け,同年12月1日,川崎重工業株2万4000株(1株343円)を買い付けて,本件取引を開始した(前提事実,原告本人)。
イ 原告は,平成18年1月16日,Bの勧誘により,松下電器株1万株を2505万円で売却し,この売却代金も投資資金に加えて,取引を拡大した。この際,Bと原告との間では,効率よく利益を追求するとの方針は確認されたものの,より具体的な投資の方針は協議されず,Bが原告から投資の意向を聞くこともなかった(原告本人,証人B)。
ウ 原告は,平成18年2月8日,Bの勧誘により,被告において,信用取引口座を開設し,東京鐵鋼株1万株,大崎電気工業株1万株を買い付けて,信用取引を開始した(甲3,原告本人)。
原告は,同日,Bから,「信用取引制度」と題する信用取引制度の説明書を受領し,「信用取引制度説明書受領書兼信用取引ご確認書兼信用取引(与信)の個人情報の利用目的に係るご確認書」に署名,押印し,被告会社に提出した。同書には,「私は,貴社から受領した信用取引制度の内容を確認し,その商品性,取引の仕組み及び投資リスクについて,説明を受けて理解しました。」との記載があるが,原告は,信用取引制度に関するBの説明に対し,「分かった,分かった。」という程度の返答を行い,特段質問をするようなことはなかった(乙5の1・2,証人B)。
エ 原告は,同年5月11日から同月28日までの間,複数の銘柄の株式を保持したまま取引を行わなかったが,Bは,この期間においても,原告に対し,複数回に渡り,電話による勧誘を行っており,原告は,同月29日に取引を再開した(乙14,原告本人)。
オ 原告は,同年7月3日に,被告高槻支店を訪れ,投資信託ドイチェ・グローバル好配当株式ファンドを300口,321万0543円(消費税及び手数料を含む)にて購入した(前提事実,原告本人)。
カ Bは,同年10月1日付で被告梅田支店へ異動となったため,同月16日以降,Cが原告の取引担当者となり,担当者らは,引継の報告と挨拶をするため,原告宅を訪問したが,原告と担当者らとの間で,同時点における原告の取引の累計損についての確認はしなかった。原告は,引継の際,Bの異動について「残念やな。」などと述べた(証人B,証人C)。
キ 原告は,同年12月25日,被告高槻支店を訪れ,Cに対し,平成18年度中に原告に生じた取引損の総額について問い合わせ,約1400万円であるとの回答を得た。原告は,Cからの回答を聞いて,同人に対し,「最初に500万円くらいの損失ならいいといっておいた」旨の苦情を申し出たが,Cはそのような限定については聞いていない旨,返答した。原告は,同日以降も,新規の株取引を行ったが,平成19年1月5日,Cに対し,株取引を終了する意向を伝えた。そして,原告は,同月24日までに別紙取引一覧表1のNo.331記載の住友金属株(同取引の決済日は,平成20年2月6日である。)以外の株取引を順次決済し,同年2月13日,被告から,516万5588円を受け取った(前提事実,証人C)。
ク 原告は,投資信託については,平成19年1月に売却すると損失が大きいことから決済せず,同表No.31のドイチェ・グローバル好配当株式ファンドについては,同年3月22日に,同表No.260の日興・GW七つの卵については,同年6月20日にそれぞれ決済した。また,同年3月23日には新規にフィデリティ・日本配当成長株・ファンド(同表No.340)を,同年6月27日には外国投資信託であるマックスターン(別紙取引一覧表2)を購入し,各商品の保有を継続している(前提事実)。
(4) 本件取引の特性,態様
ア 投資対象
本件取引において,投資対象となったのは,多くは国内上場株式であるが,平成18年11月ころから,外国株及び新興市場株式の取引が開始され,また,投資信託の取引も行っている(乙12,13,弁論の全趣旨)。
イ 取引件数
本件取引について,被告の主張のとおり,同一注文で分割約定がついたに過ぎないもの,実質的には同一の投資判断により分割約定となっているものを1件として数えた場合,新規件数は148件(外国投資信託であるマックスターンを含む),決済件数は146件である。また,平成19年1月24日までの期間については,新規件数146件,決済件数143件である(弁論の全趣旨)。
ウ 年次資金回転率
本件取引期間のうち,平成17年12月から平成19年1月までの年次資金回転率は,原告の主張により算出した場合は,別紙3(回転率一覧表)記載のとおり,19.37回である。
エ 保有期間
本件取引について,別紙取引一覧表1,2によれば,決済件数146件及び未決済の2件を含む148件に占める保有期間の割合は以下のとおりである(件数の算定方法は被告の主張により,同一注文で分割約定がついたに過ぎないもの及び実質的には同一の投資判断により分割約定となっているものを1件とする〔平成20年11月10日付被告準備書面別紙〕)。
0日(日計り) 約15.5%(23件)
1日以内 約28.3%(42件)
3日以内 約35.1%(52件)
10日以内 約60.1%(89件)
30日以内 約77.8%(115件)
オ 取引の態様
(ア) 担当者らは,原告に対し,個別の取引については,取引の前後に取引の確認及び報告の電話をしていたが,同電話の通話時間は,その大半が十数秒から数分程度にとどまっている(同一日に複数銘柄の取引を行った場合でも同様である。)。もっとも,新規銘柄の取引は,担当者らからの勧誘,提案に沿って行われ,原告から担当者らに対し,積極的に取引の提案,指示をすることはほとんどなかった。また,原告が担当者らから提案を受けると,「分かった。分かった。いっとくか。」などと答えてこれに応じ,提案を断ることはなかった(乙11,14,15,証人B,証人C,原告本人)。
(イ) 被告は,原告に対し,個別の売買について取引報告書(乙12〔枝番号を含む〕)を送付するとともに,定期的(1か月又は3か月毎)に,対象期間中のすべての取引が記載され,対象期間の末日を基準日とする預り証券の評価額総額及び内訳明細等が記載された取引残高報告書(乙13)を送付していた。
原告は,被告から送付されてくるこれらの書類に目を通し,個別取引の損益については把握するほか,購読していた新聞(一般紙)の株価欄により,取得した株式の価格を確認していたが,取引開始からの累計損益については,把握していなかった(原告本人)。
(ウ) 担当者らは,原告宅を訪問して取引の勧誘及び損益の報告をすることがあった。もっとも,原告は,本件取引を家族に秘していたため,同人らを家には入れず,屋外で立ち話をすることが多かった。
担当者らは,原告を訪問する際には,勧誘のため,株価チャート等を持参して説明することがあったが,原告は,本件取引を家族に秘していたため,これらの資料を受け取ることはほとんどなかった(証人B,証人C,原告本人)。
2 本件取引の違法性(争点1)について
(1)ア 一般に証券取引は,売却時における相場が購入時における相場より上昇していることによる差益の獲得を目的として行われるが,同時に,不確定な要素による相場の変動に起因する危険を伴うものである。したがって,このような証券取引の特性ないし危険性を認識しつつ,自らの判断で同取引に入った者は,自らの責任において取引を行うべきであり,相場の下落による損失が生じたときも,その結果を甘受すべきである。
しかし,証券会社は,相場を左右する諸要因や証券発行会社の業績等に関する高度の専門的知識や情報,予測能力を有する反面,多くの一般投資家は,必ずしもこれらの知識等を有せず,証券会社から得る情報等を信頼して取引の判断をせざるを得ないのが通常である。
イ 以上からすれば,証券取引については,基本的には自己責任の原則が妥当するとしても,専門家たる証券会社又はその使用人には,当該投資者にとって明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘したり(適合性原則違反等),投資者の意向に明らかに反し,あるいは,自由な意思決定を妨げる行為(投資家の意向に反する一任売買や仕切拒否等)を行うなど,社会的に相当性を欠く手段又は方法による勧誘を回避すべき注意義務があるというべきであり,これに反したときは,不法行為法上違法との評価を免れないというべきである。
そして,上記の注意義務違反の有無等は,当該投資対象の特性ないし一般的な危険性の有無及び程度,その周知度,顧客の投資経験,知識,判断能力,投資意向,当該勧誘が行われた際の具体的状況等に照らして判断されるべきである。
(2) 投資対象,取引の特性等
ア 投資対象
前記1(4)のとおり,本件取引の投資対象は,平成18年10月ころまでは,国内の上場株式が中心であるところ,国内の上場株取引は,投資対象としては一般的であり,投資リスクの理解が困難であるとはいえない。そして,同年11月以降の取引においては,外国株の株式の取引が始まっているところ,外国株については,日本国内での知名度が低く,為替リスクも加わり,国内株の取引に比して,リスクの理解及び判断が難しいといえる。
イ 信用取引
信用取引は,顧客が一定の保証金を被告に担保として差し入れ,売付けに必要な株券及び投資信託の受益証券や買付けに必要な資金を被告が顧客に貸し付けて行う取引であり,顧客の資金以上の投資が可能となるため,大きな利益を得られる反面,損失も大きくなり,現物取引に比してリスクが大きいものといえる。
ウ 取引の特性
(ア) 本件取引は,前記1(4)のとおり,本件取引開始(平成17年12月)から原告が被告に対し,株取引を終了するとの意向を伝えた平成19年1月までの14か月間で,新規件数146件,決済件数143件であり,当該期間の年次資金回転率は19.37回,保有期間は10日以内のものが6割を超える(被告は,本件取引の全期間を対象としない年次資金回転率は不当である旨主張する。しかし,原告は,平成19年1月5日に,被告に対し,株取引を終了する意向を伝えているのであり,その後の取引は,同日までにされた取引の決済のための取引及び新たな判断に基づく取引とみるべきであるから,年次資金回転率を同年1月までの期間によって算出するのが不当であるとはいえない。)。
(イ) 本件取引は,開始から1か月間程度の間は,単一の銘柄を買い付け,これを短期間で売り付けることを繰り返したものの,平成18年1月中旬ころ以降,複数の銘柄を同時に保有した上で売買を繰り返すようになり,その保有期間も比較的長期のものと短期間のものが混在するようになった。その直後の平成18年2月以降は信用取引も開始され,以後,信用取引と現物株取引とが混在した状況で売買が繰り返されたということができる。
(ウ) 本件取引を全体としてみると,短期間で決済したものについては利益を計上したものも多く(ただし,その大半はせいぜい10万円程度にとどまる。),反面,20日以上保有したものについては,その大半が損失を計上している。これによれば,本件取引は,短期間の取引による利益取得を指向し,わずかでも利益が出た場合には決済するものの,短期間での利益取得ができなかった結果,比較的長期間の保有を余儀なくされた株式も存在していた状況で推移したものと認められる。このような取引手法は,確かに,個別の取引については利益を確保できるという利点があるものの,後の決済時に損失が確定する可能性の高い株式を保有した状況で短期間での売買が繰り返されることになるため,取引を全体としてみた場合,売買利益に比して手数料の負担が増大し,利益確保による損失補填の効果を減殺させ,また,通算損益の予測を困難にする側面がある。
エ 以上によれば,本件取引を自己の判断で行うためには,相当の株取引の知識,経験を要すると考えられる。
(3) 原告の取引経験,知識
前記1(2)アのとおり,原告が,被告において口座を開設したのは昭和54年と古く,また,原告は,本件開始直前には,売買差益を目的として三菱自動車株の取引を行っており,同取引は,原告自身が三菱自動車株の相場を予測,判断したものである。しかし,他方で,口座開設から前記三菱自動車株の取引までの原告が被告において行った取引は,勤務先であるa社株を数回に渡り1000株ずつ取得し,持株会を通じて取得した同社株とともに保有し続けるというものであって,売買により利益を獲得することを目的とした取引の経験はなかった。
以上によれば,結局,原告が,売買差益の獲得を目的として行った取引経験は,三菱自動車株の取引のみであったというほかはない。また,原告は身近な会社について,製品の情報を元に株価の変動を判断し,取引をする能力を有していたが,取引の知識も乏しかったものと認められる。
そして,前記(2)ウの各点を併せ考慮すると,本件取引は,上記の原告の取引経験とは著しく乖離した態様のものであったということができ,また,同取引経験に照らして,著しく過大な危険を伴うものであったというほかはない。
(4) 原告の投資意向
被告は,原告が,三菱自動車株の取引及び本件取引開始後の2か月ほどの取引により,短期間に300万円近い利益を得ていたことから,投資に積極的になっていたと主張する。
しかし,前記1(1),(3)のとおり,原告は,平成11年の時点では,余剰資金の限度で投資をする程度の意向であり,また総合取引所の「中・長期バランス運用」の欄にチェックを入れており,短期的,積極的な運用の意向は有していなかったところ,本件取引開始以前の原告の取引は単一銘柄の株式を長期間保有するというもので,売買差益を目的とする取引の経験は三菱自動車株の取引が最初であった。
そして,三菱自動車株の取引を終えた後,本件取引を開始したのはBからの勧誘によるものであることからすれば,原告の投資意向が本件開始時までに,短期かつ積極的なものへと変化したと認めることはできない。
また,原告が,平成18年5月11日から同月28日までの約20日間,取引を控えていたが,Bの勧誘により,取引を再開したこと(前記1(3)エ),平成18年1月の松下電器株の売却,信用取引の開始及び個別の取引が担当者らの勧誘によって行われ,原告が,担当者らからの勧誘を拒否することも,原告から積極的に取引を指示することもほとんどなく,損失が拡大した後も,担当者らと原告との間で取引についての具体的な方針が協議されたことはなかったこと(前記1(4)オ)からすれば,原告は,本件取引開始時においても,短期に頻繁な取引を行う意向を有していなかったものの,担当者らの勧誘に従った結果として,取引が増大していったものと認められる。
(5) 当該勧誘が行われた際の具体的状況について
ア 取引の勧誘の状況等について
前記1(4)オ(ウ)及び証拠(原告本人)によれば,本件取引は,原告とBとの間では,効率的に利益を追求するという程度の方向性が協議されたにすぎず,その具体的な手法等については特段協議もされていない状況で開始され,その後も,具体的な手法等については特に協議することもなく継続されてきたこと,個別の取引の勧誘に関しては,確かに,担当者らが原告を訪問して勧誘したことがあったものの,原告は,本件取引を家族に秘していたため,屋外で立ち話をする程度で,担当者らが持参した資料を持ち帰って検討することもなかったこと,電話による勧誘については,その大半が十数秒から数分の短時間の通話によるものであったこと,原告は,担当者らの勧誘があると,これを断ることもなく承諾してきたことの各点が認められる。
イ 原告の自由な意思決定を妨げる行為の有無(1)(一任売買)
(ア) 原告は,本件取引開始時に,Bから「銘柄は任せてください。」と言われたため,取引をBに一任し,原告は取引についての銘柄,数量等の指示をしていないから,本件取引は,実質的には違法な一任売買であると主張し,これに沿う供述をする。
(イ) しかし,前記1(4)オのとおり,担当者らは,原告に対し,取引の前後に電話をしていたと認められ,原告も,その供述において,担当者らから頻繁に電話があり,企業情報を聞いたり,売却によって生じた取引の損得についての報告は受けていたことは認めているのであるから,これらの電話において,新規取引の勧誘及び約定連絡があったものと考えるのが自然であるから,原告の供述を採用することはできない。
また,原告は,被告から個別取引について売買報告書,定期的に残高報告書の送付を受け,これに目を通して,原告は個別の取引の内容を把握しており,それにもかかわらず,原告が取引について被告に対して苦情を申し出たことはないのであるから,本件取引は,原告の承諾の下で行われていたものと認められる。
なお,原告が,本件取引開始直後,Bの勧誘による取引で利益が出たことから,その後の取引においても,担当者らの勧誘を拒否することなくこれに従っていたと認められるが,これにより,本件取引が違法な一任売買であるということはできない。
ウ 原告の具体的意思決定を妨げる行為の有無(2)(仕切拒否)
原告は,平成18年5月10日ころ,Bに対して,「もうやめます。このまま持っておきます。」と伝えたのに,Bから取引をやめないように説得され,やめさせてもらえなかったもので,違法な仕切拒否があった旨主張し,これに沿う供述をする。
そして,前記1(3)エのとおり,原告は,同月11日から同月28日までの間,取引を行っていないことが認められる。
しかし,原告がBに対し,今後の取引をやめる旨明確に伝えたという点についての原告の供述は,曖昧なものであって直ちに採用することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠もない。また,Bは,原告が取引を行っていない期間に,原告に対して複数回に渡り電話をしていることが認められるが,これらの電話はいずれも短時間であること,また,原告は,Bからの説得により取引を継続させられたとするが,その説得あるいは勧誘の内容についてはほとんど覚えていないことからすれば,Bにより,原告が取引を継続するか否かの意思決定を妨げるほど強度の勧誘があったとは認められない。
(6) まとめ
ア 以上を前提に検討すると,原告は,本件取引開始当時,少なくとも,被告において約3000万円の預り資産を有しており,本件で行われた個々の商品に対しては,投資判断をする能力があり,また,当初に短期間で利益を取得するという経験をしたことにより,投資意向がある程度積極的になっていたということはできる。また,本件取引において,担当者らは,各取引の都度,電話又は面談の方法により原告の承諾を得た上で個別の取引を行っており,また,原告の意思決定を妨げる行動を採ったともいえない。
しかし,本件取引は,取引開始後2か月弱で原告が長期間保有してきた全株式を売却し,かつ,約3か月後には信用取引を開始して,短期間かつ頻回に取引を行うというものであって,前記(3)に判示した原告の取引経験及び知識との比較において著しく過大な危険を伴うものであり,かつ,前記(4)に判示した投資意向とも乖離したものであったというべきである。前記(5)に判示した勧誘態様は,原告の前記の取引経験や知識等に鑑みれば甚だ不十分な,原告の取引経験等に照らせば著しく過大な危険を伴う取引に原告を引き込む態様のものというべきであって,到底原告による自由かつ責任ある判断を担保する態様であったとはいえない。
イ したがって,上記のような本件取引を勧誘したことは,前記(1)の注意義務に違反した(著しく過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘した)ものとして,不法行為法上違法となる(ただし,本件取引のうち,No.340の取引及び別紙取引一覧表2記載の取引は,株取引を終了することを伝えてから2か月以上が経過した後に,新規に行われたものであるから,従前の取引と一連の取引とみるべきではなく,違法な勧誘であるとは認められない。)。
ウ そして,担当者らは被告の事業の執行として,違法な勧誘をしたことは明らかであるから,被告は,民法715条に基づき,原告に発生した損害を賠償すべき義務を負う。
3 損害額(争点2)について
(1) 取引による損害
前記前提事実によれば,原告は,本件取引により2451万4363円の損失を被ったものと認められる。
(2) 過失相殺
ア 原告は,売買差益を目的とする投資の経験こそなかったものの,長年にわたり,松下電器株を買い増していたのであるから,金融商品の取引にはリスクを伴うことを抽象的には理解していたものと認められる。そして,原告は,担当者らから,個別取引の約定連絡及び損益について報告を受け,また,被告から取引報告書及び残高報告書の送付を受けており,これに目を通していたことからすれば,原告において,取引の規模,回数及び取引により生じた損失を正確に理解することは容易であった。
しかし,原告は,上記の状況にありながら,平成18年12月に至るまで本件取引により生じた損失の合計額を確認することすらしなかった。加えて,前記2(5)アの勧誘時の状況に照らすと,原告は,取引により損失が発生していること自体は認識していたにもかかわらず,担当者らの勧誘の当否を自ら検討することなく,これに軽率に応じて取引を継続してきたというほかはない。そして,原告のこのような行動は,本件取引による損害を増大させた主たる要因というほかはない。以上によれば,原告には本件取引による損害の増大について過失があり,かつ,上記過失の損害発生・増大に対する寄与度は大きいというべきであるから,原告の過失割合は7割とするのが相当である。
イ したがって,被告が賠償すべき本件取引による損害額は,前記(1)の2451万4363円のうち,735万4308円となる。
(3) 弁護士費用
本件事案の難易度その他諸般の事情を総合考慮すると,本件不法行為と相当因果関係にある損害としての弁護士費用は70万円と認めるのが相当である。
4 結論
以上により,原告の請求は,被告に対し,805万4308円及びこれに対する不法行為の日の後である平成19年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小西義博 裁判官 瀬戸茂峰 裁判官 前田早紀子)
<以下省略>