大阪地方裁判所 平成20年(ワ)12653号 判決 2011年10月31日
当事者の表示
別紙当事者目録記載のとおり
主文
1 甲・乙事件原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、甲事件原告らと被告との間に生じたものは甲事件原告らの負担とし、乙事件原告らと被告との間に生じたものは乙事件原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
甲・乙事件原告らが被告に対し、平成21年4月1日以降、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
第2事案の概要等
1 事案の概要
(以下、甲・乙事件原告らをあわせて、単に「原告ら」といい、また、同各原告について、別紙当事者目録記載の番号に従って、「原告1」、「原告2」等と呼称することがある。なお、以下の証拠の表示は、特に断らない限り甲事件の書証番号を示し、乙事件の書証を挙げる場合には、挙げる証拠番号の前に「乙事件」と表示する。)
本件は、原告らが株式会社a商会(以下「a商会」という。)、有限会社b社(以下「b社」という。)、有限会社c工業(以下「c工業」といい、以下、以上の3社をあわせていう場合には「a商会ら」といい、個々の会社をいう場合には株式会社等を省略していう。)とそれぞれ雇用契約を締結し、被告のd工場に派遣され、その後、平成19年4月1日付けで被告との間で期間の定めのある直接雇用契約(以下「本件直接雇用契約」という。)を締結したが、被告のd工場(以下「d工場」という。)でそれぞれ就労を開始した当初から、被告との間で黙示の直接の雇用契約が成立していた、仮に同雇用契約が成立していないとしても、その後に締結された本件直接雇用契約の期間の定めの部分は①心理留保により無効である、②公序良俗に反し無効であるなどとして、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める事案である。
2 前提事実(ただし、文章の末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実、その余は当事者間に争いのない事実)
(1) 被告等
被告は、内燃関連機器の製造等の事業を行う株式会社で、平成21年3月31日現在の従業員数は連結で2万4464人、単独で9541人である。
被告とa商会らとの間には、資本関係や人事上の交流関係はない。
(2) 原告らとa商会らとの派遣労働契約の締結等
ア 原告1ないし5、17及び22(以下、同原告らをあわせて、「a商会原告ら」という。)は、a商会との間で雇用契約を締結し、平成18年9月1日以降、平成19年3月末日までの間、d工場に派遣され、同工場内の第20工場(なお、同原告らは、18工場と主張する。)1階ESラインの仕上げ工程において、エンジンボックス等の鋳物製品の「バリ取り作業」に従事していた(なお、a商会原告らが同作業に従事していた工場が20工場であることは証拠省略)。
イ 原告6ないし14及び20(以下、同原告らをあわせて、「b社原告ら」という。)は、b社との間で雇用契約を締結し、平成17年8月1日以降、平成19年3月末日までの間、d工場に派遣され、同工場内の第20工場(なお、同原告らは、第18工場と主張する。)2階ESラインの中子製作工程において、エンジンボックス等の鋳物の空洞となる部分をあらかじめ砂に粘結剤等を注入し、加熱して砂を固めて成形する中子製造に従事していた(なお、b社原告らが同作業に従事していた工場が20工場であることは証拠(省略))。
ウ 原告15、16、18、19、21及び23(以下、同原告らをあわせて、「c工業原告ら」という。)は、平成17年8月1日以降、平成19年3月末日までの間、d工場に派遣され、同工場内のシェルコ工場の中子製作工程において、エンジンボックス等、鋳物の空洞となる部分をあらかじめ砂に粘結剤等を注入し、加熱して砂を固めて成形する中子製造に従事していた。
(3) 被告関連会社への大阪労働局の是正指導
被告の関連会社は、平成18年12月、大阪労働局の立入調査を受けたところ、その際、労働者派遣法40条の2第1項の「派遣先は、当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの同一の業務について、派遣元事業主から派遣可能期間を超える期間継続して労働者派遣の役務の提供を受けてはならない」との規定に違反するとの是正指導を受け、その是正のための措置として、「派遣労働者の雇用の安定を図るための措置を講ずることを前提に、上記の違反事項に係る労働者派遣の役務の提供を受けることを中止すること」との指導を受けた。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 原告らの就労開始時から原告らと被告との間で黙示の労働契約が成立していたか(争点1)
(原告ら)
原告らと被告との間には、原告らがd工場で就労を開始した当初から、期間の定めのない黙示の労働契約が成立していたというべきである。
ア 黙示の労働契約の成否に関する判断基準について
パナソニックプラズマディスプレイ事件判決(参照・最高裁判所平成21年12月18日第二小法廷判決民集63巻10号2754頁)(以下「パナソニックプラズマ最高裁判決」という。)は、事例判決に過ぎないため、本件事案に直接あてはまることはない。
そこで、使用者と労働者との間で黙示の労働契約が成立するためにはどのような事情(要因)を考慮すべきか問題となるところ、黙示の労働契約は、労働者と受入企業との間に事実上の使用従属関係があることを前提として、少なくとも、①「労務の提供先が受入企業であること」、②「受入企業が実質的に賃金の支払をしていると評価されること」が認められる場合に、認定されるべきである。ところで、同各事情は規範的・評価的な概念であるため、具体的には以下の事情を総合的に考慮して判断することになる。
(ア) 「①労務の提供先が受入企業であると評価されるか否かについて」は以下のような要素が考慮されるべきである。
① 請負会社は、労務の提供を受ける企業としてふさわしい人的・物的設備を備えているか。
② 労働者は、請負会社の労働者のみで独立して作業を行っていたか、受入企業の従業員と混在して作業を行っていたか。
③ 労働者の労務管理は、請負会社・受入企業のどちらが行っていたか(就業規則の作成・周知、出退勤管理、懲戒権の行使、社会保険への加入等)。
④ 作業上の指揮監督は、請負会社・受入企業のどちらが行っていたか(日常的な業務上の指示のほか、仕事内容の教育や安全教育を含む。)。
⑤ 労働者の配置は、請負会社・受入企業のどちらが決定していたか。
⑥ 受入企業が従業員の採用にどの程度関与していたか。
ただし、上記各要素は、あくまで考慮されるべき「要素」であり「要件」ではないから、全ての点を満たさなければならないと解するのは相当ではない。
(イ) 「②受入企業が実質的に賃金の支払をしていると評価されることについて」は、以下のような要素が考慮されるべきである。ただし、全ての要素を満たす必要がないことについては、上記(ア)と同様である。また、これらの要素は、通常受入企業と請負会社との間でしか知り得ない事情であるから、立証責任の負担の公平性という見地から基本的に「受入企業が実質的に賃金の支払をしていると評価されるべきではない。」とする事情について、受入企業側が主張立証責任を負うと解すべきである(受入企業は、偽装請負という違法な態様で労働者を利用しているのであるから、その程度の主張立証責任を負わせることは不当ではない。)。
① 受入企業から請負会社に支払われる請負料金額は、「仕事の完成」を基準にして決められているか(あるいは逆に、労務提供の時間や頭数を基準に決められているか)。
② 請負会社は、専ら受入企業への労働者の斡旋以外の事情によっても一定の利益を上げているか(あるいは逆に、労働者の斡旋が受入会社の収益の全て又は大部分を占めているか)。
③ 請負会社が受入企業から受領する代金は、人件費だけに充てられていたか、それ以外の経費(設備投資、原材料調達費、研究開発費、広告宣伝費等)にも充てられていたか。
④ 請負料金額の決定について、請負会社と受入企業とが実質的に対等に交渉を行って決めていたか(あるいは逆に、企業規模・交渉力の差異によって、事実上受入企業が全て決定していたか。)
イ 各論
上記アで記載したことを前提として、以下のとおりの個別的事情を踏まえると、a商会ら各請負会社ごとに原告らと被告との間でその就労当初から黙示の労働契約が成立していたというべきである。
(ア) a商会について
① a商会は、もともとa社長の個人事業であったところ、その息子が入社したことを契機として平成7年10月に法人化した会社であり、業務内容も元々被告から「機械のメンテナンス」のみを請け負っていた業者のようであり、鋳物仕上げ処理・検査作業について、ノウハウを独自に有していたことはない。ところで、a商会が雇用したとする労働者は、a商会原告らだけでも7名にも及んでおり、平成18年5月の労働者名簿らしきもの(書証省略)からしても、その数は最大30名に及んでいた時期もあったと推測されるが、a商会の上記規模からすると、このような人数の労働者を自ら受け入れる人的・物的設備を備えていなかった。
② d工場でa商会ら請負会社が担当していた部分は、製造工程の中の不可欠な一部分であったが、その工程だけを独立して操業することが不可能な部分であった。d工場の生産工程は、全体として不可分一体の一連の作業であったから、a商会原告らを含むa商会の労働者は、被告の従業員とともに混在してそれらの作業を行っていた。
③ 被告は、a商会の平成14年7月1日以降の「臨時従業員就業規則」(書証省略)を証拠として提出する。しかし、a商会がこれ以前に就業規則を作成していたことを示すものはない。また、同就業規則についても、労働基準監督署に届けていたことや周知していたことを示すものもない。a商会は、使用者としての基本的な義務というべき就業規則の作成・届出・周知の義務すら果たしていなかった。
a商会原告らが働いていたd工場の作業現場には、a商会の従業員は常駐しておらず、同原告らの出退勤の管理や残業時間の指示は、被告が行っていた。
a商会は、同原告らの実質的雇用主であった場合、自ら労働者に対して定期健康診断を実施すべき責任を負っていたが、同原告らは、1年に2回、被告従業員らと同じ場所で同じ機会に健康診断を受けていた。
同原告らは、被告のリーダーが主催する朝礼ないしミーティングに必ず参加し、その日に自分のラインでどの型の製品を何個処理するのかといったことも朝礼で伝えられていた。
ところで、被告は、「仮注文書」(書証省略)によってa商会が毎月の必要な労働者数及び配置を決定していたと主張する。しかし、同仮注文書は、1か月ごとの一応の生産計画を示したものに過ぎず、日々の具体的な作業について、a商会が雇用したとする労働者は、当日の朝礼で被告の担当者から示されていた。a商会は、当日の同労働者の配置について決定することはなかった。
また、採用への関与であるが、仕事内容の性質との相関関係で考慮されるべきところ、被告がa商会原告らの採用面接に偶々、直接立ち会っていないなどの事情があったとしても、黙示の労働契約が成立していることと矛盾する、あるいは妨げとなるほどの事情ではない。
以上のような実態からすると、同原告らの労務提供先はa商会ではなく、被告であったと評価するほかない。
④ a商会が最大30名にも及ぶ労働者の労務の提供を受けるに相応しい人的・物的設備を備えていなかったところ、a商会は、被告から受領する代金のうち、自社に利益として保持する部分を除いた大部分をa商会が雇用したとする労働者に賃金として交付していた。a商会と被告との圧倒的な企業規模の差異からすると、両者間で対等な交渉が行われていたと考えることはできず、両者でやりとりされる「請負代金」(派遣代金)額についても被告が事実上単独で決定していたというべきである。
⑤ 上記①ないし④で記載したとおり、a商会原告らによる労務の提供先は、被告であり、同原告らの賃金も実質的に被告が決定していたと見るべきである。そうすると、同原告らと被告との間には、就労開始当初から黙示の労働契約が成立していたと評価すべきである。
(イ) b社について
① b社の実質的構成員は、代表取締役であるBとその弟であるCだけであって、同人らが労働者の管理部門として機能していたことはない。同人らは、せいぜいb社原告ら現場労働者への賃金支払を行うということだけで機能していたに過ぎない。また、b社が高度の技能やノウハウを有していたということはない。したがって、b社の人的・物的設備からすると、b社は、独自の仕事の完成を請け負うだけの能力を備えていたとはいえない。
② b社原告らを含めてb社が雇用したとする労働者は、被告から独立して作業を行っていたことはなく、被告の社員である作業長やリーダーから機械操作、作業の仕方の指導を受け、日常的な業務の指示をも受け、b社の中子製作工程を構成する一員になっていたもので、受入企業である被告の社員と混在して作業を行っていた。
③ 被告は、平成11年10月1日施行のb社の就業規則等(書証省略)を証拠として提出しているが、b社がそれ以前に就業規則を作成していたことを示すものはない。また、同就業規則についても労働基準監督署に届出されたことや周知していたことを示すものはない。
ところで、b社に雇用されているとしてd工場で働く労働者については、b社により出勤簿やタイムカードで勤怠管理がなされていたが、遅刻早退等は、被告が勤怠管理に関与していた。現場には現場労働者以外のb社の管理部門を担当する社員は常駐していなかったため、b社労働者を含めてb社に雇用されているとする労働者の勤怠管理を行っていたのは被告である。
被告の作業長やリーダーは、不良品を出したとか、安全面の配慮が足りないなどの理由で同労働者をb社を通じて解雇させたことが複数回あった(書証省略)。
また、稼働現場では1か月ごとに製造目標が定められていたが、当日の作業予定(当日に製造する中子の種類〔型式〕や数量)は、毎朝被告の事務所で作成されたものがb社に雇用されているとする労働者に配布された。そして、同労働者らは、朝礼にも被告の社員と一緒に参加していたが、その際、被告の作業長やリーダーから当日の作業予定が指示されることもあった。
被告の作業長が同労働者の配置を決定していた(書証省略)。
原告X14については、b社の社長以外に被告の勤労課長と警備員が、訴外メロについては、18工場の担当部長、12工場の担当部長と課長が同席して採用面接を行い、採用された(証拠省略)。また、被告の勤労課長が面接で日本語が全く理解できなかった者を不合格にしたことがあった(書証省略)。
そうすると、b社原告らの労務提供先はb社ではなく、被告であったと評価するほかない。
④ b社は、被告との間で圧倒的な企業規模の差異があり、被告に経済的にも完全に依存していた。また、b社がb社に雇用されているとする労働者に支払っていた賃金は、もっぱら被告から支払われる請負代金を原資としていたものであり、逆にb社が被告から得ていた代金はそのほとんどが労働者の人件費に充てられていた。さらに、被告がb社の労働者の実就労時間を把握していたことや、賃金額の誤りがあった際に被告に確認しなければ修正できなかったことからしても、同労働者の賃金額の計算を被告が行っていたことは明らかである。
⑤ 上記①ないし④で記載したとおり、b社原告らによる労務の提供先は被告であり、同原告らの賃金も実質的に被告が決定していたと見るべきである。そうすると、同原告らと被告との間には、就労開始当初から黙示の労働契約が成立していたと評価すべきである。
(ウ) c工業について
① c工業が被告との間で締結した昭和54年9月16日付け構内作業請負契約書(乙事件・書証省略)には、第2条に「委託業務の範囲は覚書で定める」とされているところ、ここでいう覚書は、被告からもc工業からも提出されていない。実際には両社間においては、委託業務の範囲を定めた「覚書」は存在しなかった。また、c工業は、自ら調達した施設、機械及び装置をもって業務を処理していたのではなく、それらを被告から賃借して業務を処理していたわけでもなく、単に被告に労働力を提供していたに過ぎなかった。
② c工業原告らは、同原告らのみで独立して作業を行っていたことはなく、被告の従業員や他の請負会社の労働者と混在して作業を行っていた。同原告らが従事していた職場は、いずれも被告の主張によれば、「行政の定める請負要件をクリアできていない疑義があったため、早期に派遣契約への転換を行う必要があった作業現場」であったことからすると、前工程及び後工程との間を明確に区別できるようなところではなかった。
③ c工業は、c工業原告らd工場で働く労働者に係る就業規則の作成・届出・提出をしていなかった。ところで、同原告らは、c工業の就業規則(書証省略)については本件訴訟の中で被告から提出されて初めて見た。そうすると、同就業規則は、同原告らには適用されない。
④ c工業には、タイムカードがあったが、それとは別に、c工業が雇用したとする労働者は、職長ハウス内の日報に毎日の労働時間を記載し、被告に提出していた(書証省略)。また、早退、欠勤の連絡は、あらかじめ被告に届け出ていた。このような事実からすると、c工業が行っていた労働者管理は、単にその労働者の出退勤時間の把握に過ぎなかった。
また、c工業がc工業原告らの雇用主として、自ら定期健康診断を実施したことはない。
c工業は、同原告らに対して、雇用主であればとるべき社会保険加入手続をとらなかった。長い者で就業開始後10年以上も手続をとっていなかった。
⑤ c工業原告らが担当していた業務は多岐にわたるが、いずれの原告も毎日被告の主催する朝礼ないしミーティングに参加し、そこで、具体的な作業上の指示を受けていた。c工業が同原告らの独立の事業者かつ雇用主であったとすると、当然、日常的な作業指示については、現場責任者を通じて行われるはずであるが、そのようなことはなかった。
⑥ 原告X16は、被告の職長、作業長、リーダーから指示されて作業を行っていた。c工業の物的設備等からしても、c工業は、c工業で雇用されているとする労働者の労務を単に提供していたに過ぎず、人員の配置を決定していたことはなかった。
⑦ 原告X16の面接には被告の担当者は立ち会っていないが、面接を行ったc工業ですら応募した者を選考していないという実態がある。同採用実態は、受入企業が採用にどの程度関与していたかという要素がほとんど意味をもっていないことを示している。
⑧ 被告からc工業に支払われる請負代金(派遣代金)額は、労務提供の時間を基準に定められていた。また、c工業と被告との間には企業規模の点で圧倒的な差異があり、c工業が被告に経済的に依存していた。そして、c工業が雇用していたとする労動者に支払っていた賃金は、専ら被告から支払われる請負代金を原資としており、当初から労働者が労務の提供をした時間に応じて支払われていた。そうすると、実質的には同労働者の賃金は、被告が決定していたというべきである。
⑨ 上記①ないし⑧で記載したとおり、c工業原告らによる労務の提供先は、被告であり、同原告らの賃金も実質的に被告が決定していたというべきである。そうすると、同原告らと被告との間には、就労開始当初から黙示の労働契約が成立していたと評価すべきである。
(被告)
ア 雇用契約も契約である以上、使用者と労働者との間に雇用契約締結に向けた意思表示の合致が必要であり、黙示の意思表示が認められるためには、口頭又は書面中の「文字」で表現されたと同視できる程度にある者の意思として明確になっていなければならない。パナソニックプラズマ最高裁判決等の判決を踏まえると、黙示の労働契約が成立するためには、少なくとも、①請負会社又は派遣元が、発注会社又は派遣先との関係で法人格を否認するのが相当であるような場合はもちろん、そこまでの事情がなくても、実質的に発注会社等に資本上、人事上従属し、発注会社等との関係で独自性がないと認められる事情、②発注会社等が単なる発注会社等の立場を超えて、雇用契約上の使用者として請負会社等の従業員の労働条件を決定していたという事情、具体的には採用、失職、就業条件の決定、殊に採用及び賃金を実質的に決定し、賃金の支払を直接行っている事情が必要である。
イ ところが、被告とa商会らとの関係、原告らとa商会らとの関係、被告と原告らとの関係で、上記①及び②の事情は認められず、本件直接雇用契約が成立する以前に原告らと被告との間で黙示の雇用契約が成立していなかったことは明白である。
(ア) a商会らは、被告との間で実質的に資本上、人事上従属し、独自性がないという事情が認められない(上記アの①の要件)
被告は、a商会らの株式等を一切保有せず、また、a商会らに対して役員を派遣しておらず、a商会らとの間には資本的にも人的にも全くつながりがない。
また、a商会らは、それぞれ独自の就業規則や賃金規程(書証省略)を有し、また、原告らも含めてa商会らの従業員は、被告との間で本件直接雇用契約を締結する以前からa商会らの従業員として社会保険、雇用保険に加入していた(証拠省略)
そうすると、被告とa商会らとの関係が法人格否認の法理を適用し得る場合、若しくはそれに準ずるような場合であって、a商会らが実施的に被告に資本上、人事上従属し、被告との関係で独自性がないとまでは到底いえない。
(イ) 被告が原告らの採用、就業条件の決定、殊に採用及び賃金を実質的に決定し、賃金の支払を直接行っている事情もない(上記アの②の要件)
① 採用
被告は、本件直接雇用契約締結以前において、原告らの採用に関与したことはない。
② 給与
a a商会は、賃金の支払者としてa商会の下で働く労働者について、給与明細(書証省略)を作成し、「納品書兼受入伝票 ES職場検査記録」に労働時間を記載するように指示し、その記載(書証省略)によりa商会原告らの労働時間を把握していた。
b b社は、b社の下で働く労働者について、賃金台帳を作成し、賃金を自ら支払っている(書証省略)。
c c工業は、支給する賃金額、昇給するか否かの判断、昇給させる場合の昇給額について、c工業の収益状況を考えて独自に決めていた。
③ 請負代金
a 被告とa商会との間の請負契約に基づいて被告からa商会に支払われる請負代金は、バリなどを研削し、鋳物の表面を平滑にして仕上げた製品の形状、大きさに応じて型式毎に1個当たり190円ないし663円となっていた(書証省略)。
b 被告とb社との間の請負契約に基づいて被告からb社に支払われる請負代金は、中子1個当たり495円となっていた(書証省略)。
c 被告からc工業に対しては、作業に従事していた者につき、出来高ではなく、時間で計算して請負代金が支払われていた事実はあるが(人証省略)、被告から支払われた代金からどの程度を自己の利益として差し引くかは、まさしくc工業が自ら決定すべき事項であって、それに被告が関与していた事実は一切ない。
以上のとおり、本件直接雇用契約を締結する以前、a商会らは、それぞれの従業員に対して、賃金を実質的に決定し、賃金を支払っていた。
④ その他
原告らとa商会らそれぞれとの間には、雇用契約書が締結されており、その契約書には、雇用先がa商会らそれぞれと明記されていた。また、請負契約当時には、構内作業請負基本契約書及びそれに関連する誓約書が作成され(書証省略)、労働者派遣契約に変わる時点では、労働者派遣契約書及び派遣通知書が作成されている(書証省略)。
(2) 原告らと被告間の平成19年4月1日付け労働契約(本件直接契約)の効力及び同契約における期間の定めの有無及びその効力(争点2)
(原告ら)
ア(ア) 原告らは、被告との間で本件直接雇用契約を締結した際、以下のとおり雇用期間の定めのある同契約ないし同契約の期間の定めのある部分について同意していない。なお、同契約自体が無効な場合、上記(1)で記載したとおりその就労当初から成立していた期間の定めのない雇用契約が維持されることになる。
① 原告らのうち、平成19年4月1日時点で全日本港湾労働組合関西地方大阪支部(以下「本件労働組合」という。)の組合員であることを被告に公然化していた者(原告X1、原告X2、原告X3、原告X5及び原告X4)は、同労働組合を通じて同雇用契約締結の際、同契約の有期雇用である部分及び有期労働契約の更新回数を設けた部分について異議を留めていた。
② 上記①で記載した原告ら以外の原告らについても、平成19年4月以降同年8月までの間に順次、被告に本件労働組合への加入通知を行い、組合員であることを公然化していった。そのような経過の中で原告らは、同年4月以降も同労働組合を通じて継続して同原告らと被告の労働契約のうち有期雇用である点、更新回数を制限している点について異議を留め続けた。
(イ) 仮に上記(ア)に係る主張が認められないとしても、期間の定めのある本件直接雇用契約ないし同契約の期間の定め部分に係る同意は、真意によるものではなく、無効である。なお、同契約自体が無効な場合、上記(1)で記載したとおりその就労当初から成立していた期間の定めのない雇用契約が維持されることになる。
同無効である理由であるが、原告らは、平成19年4月1日以降、d工場で就労するためには、被告の決めた労働条件を丸呑みするしかなかったところ、丸呑みしなければならない雇用契約の内容を十分了解する機会すら与えられないままま、本件直接雇用契約書に署名押印するしかなかったからである。
イ 仮に原告らと被告との間で本件直接雇用契約が成立しているとしても、上記(1)で記載したとおり、原告らと被告との間には原告らが被告において就労を開始した当初から期間の定めのない雇用契約が成立しているところ、本件直接雇用契約における期間の定めは、明らかに労働条件の不利益変更に当たる。そうすると、本件直接雇用契約それ自体が無効、少なくとも同不利益変更に係る同契約における期間の定め部分は無効である。
ウ 平成19年4月1日までに締結された6か月間の有期契約、その後の各契約(平成19年10月1日付け、平成20年4月1日付け、同年10月1日付け)は、いずれも有期契約であるが、そのような雇用期間の定めを設けることについて、原告らは、いずれも承諾しておらず、かつ、被告はそのことを知り又は知り得た。そうすると、同各契約のうち期間の定めを設けた部分は心理留保(民法93条)により無効である。
エ 被告は、原告らに対して、本件直接雇用契約を締結した際、労働条件の変更について、説明義務を尽くしていない。そうすると、このような状況で締結された同契約に係る期間の定め部分は、労働契約法4条1項、3条1項に違反して、無効である。
オ 元々派遣先企業である被告が原告らに対する違法な労働者派遣を是正するため、本件直接雇用契約のような期間の定めのある労働契約を締結することは、労働者派遣法に違反している。同契約の、同期間の定め部分は以下のとおりの公序に反し、無効である。
(ア) 被告は、100パーセント子会社が偽装請負を行っていたと大阪労働局から認定され、是正指導書を受けたことを契機として、自らが同様の指導を受けることを回避するため、請負労働者の直接雇用化を決めた。しかし、被告が決めた直接雇用の条件は、期間の定めを設け、上限を2年とするものであり、要するに、当該請負労働者を2年後に解雇するものであった。
(イ) 平成11年の労働者派遣法改正当時、労働者派遣法の当然の解釈として、派遣受け入れ期間の上限を超えて派遣労働の役務の提供を受けた(偽装請負の期間も含む)派遣先が違法状態を解消するために直接雇用を申し入れる際は、期間の定めのない労働契約を申し込むべきであった。そうすると、この法改正から8年が経過した平成19年4月1日当時は、派遣受け入れ期間の上限を超えて派遣労働の役務の提供を受けた派遣先が違法状態を解消するために直接雇用を申し入れる場合、当然、期間の定めのない労働契約を申し込むべきであり、これが公序になっていたものである。
カ 労働契約は、期間の定めがないことが原則であり、客観的に合理的な理由なく期間を定めることは公序に反する。
原告らは、長年被告のd工場で仕事に従事しており、仕事の内容を熟知しているので、試験によって採用するか否かを決める必要は全くなく、直ちに正社員として採用することが可能であった。そうすると、被告が本件直接雇用契約において、有期契約にすることに合理的な理由は全くなく、この期間の定めは、労働契約法16条に根拠を置く解雇権濫用法理の潜脱であり、同法17条2項の趣旨にも反する。したがって、同期間の定め部分は、公序に反し、無効である。
(被告)
ア 原告らは有期雇用・更新回数の上限規制に異議を留めていないこと
団体交渉の場において、あるいは、原告らの所属する本件労働組合から被告宛に発信された書面において、更新回数の制限等に反対である、あるいは、かかる制限を撤回せよとの要求を受けたことはある。しかし、原告らからは、有期雇用や雇用回数の制限について、それを拒絶するとか、同拒絶した上で、雇用契約に対する新たな申込みの意思表示が発せられたことはない。かえって、原告らは、被告に対して、雇用期間の定めのある、また、更新回数の上限規制が定められた契約社員労働契約書を異議を留めることなく提出している。そうすると、同原告らは、被告との間で同契約書どおりの雇用契約が成立したことは動かし難い。
イ 心裡留保がないこと
本件直接雇用契約締結の経緯からして、原告らは、本件直接雇用契約における期間の定めについて、十分認識していたものであって、被告によって真意と異なる意思表示を強要されたとか、効果意思を欠いた意思表示をした(心裡留保)ことはない。そうすると、被告と原告らとの間では同契約が有効に成立している。
ウ 説明義務違反がないこと
被告は、原告らに対し、直接雇用化をする際、直接雇用について説明会を開催し、資料を配付して本件直接雇用契約が6か月の有期雇用であること、更新回数について規制があることなど、詳細な説明をした上、それらについて質疑応答の機会を持った。また、原告らに対して労働条件通知書及び契約社員就業規則の交付を行い、その上で契約社員労働契約書を交付している。しかも、同契約書を渡してから、同契約書の提出期限まで1週間程度置き、原告らを含む派遣社員に慎重に検討する猶予も与えている。そうすると、原告らは、その趣旨・内容を理解した上で、自分の意思により被告との間の直接の雇用契約を締結することを決したというべきである。したがって、被告には本件直接雇用契約に当たって説明義務違反はない。
エ 公序に反することがないこと
そもそも、ある行為が公序に反するとされるためには、当該行為当時、当該行為が取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在することを要する(参照・最高裁判所平成9年9月4日第一小法廷判決民集51巻8号3619頁)。
ところで、行為時点で最新の行政指導の内容に従った措置を実行することが「公序に反する」と評価されることはあり得ない。
本件で、被告が本件直接雇用契約を原告らとの間で締結したのは、労働者派遣に係るその当時の労働基準監督署の最新の行政指導を踏まえたものであった。
そもそも、原告らが主張する雇用契約は期間の定めがないことが原則であり、客観的に合理的な理由がなく期間を定めることは公序に反するという主張は、独自の法解釈を前提とする主張に過ぎない。
第3当裁判所の判断
1 争点1(原告らは、被告との間でその就労開始時から黙示の労働契約が成立していたか)について
(1) 認定事実
前提事実及び証拠(省略)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告は、a商会との間で遅くとも平成17年11月1日ころまでには、鋳物仕上げ処理、検査及び設備保全を委託業務の内容とする構内作業請負基本契約を締結してa商会が雇用した労働者をして構内作業業務を行わせていたところ、a商会との間で同契約を平成18年9月1日又は同年10月6日付けで、派遣先事業所をd工場、派遣料金を時間単価2300円等とする労働者派遣契約に切り替えた。
a商会原告らは、被告とa商会との上記請負契約ないし派遣契約に従って、d工場に派遣され、同工場内で業務に従事していた。
同原告らは、同請負契約当時ないし同派遣契約当時もa商会から同労働の対価としての賃金の支給を受けていた。
(書証省略、弁論の全趣旨)
イ 被告は、b社との間で遅くとも平成15年10月1日ころまでに、機械加工、鋳物加工等を委託業務の内容とする構内作業請負基本契約を締結してb社が雇用した労働者をして構内作業業務を行わせていたところ、b社との間で同契約を平成17年8月1日付けで、派遣先事業所をd工場、派遣料金を時間単価2300円等とする労働者派遣契約に切り替えた。
b社原告らは、被告とb社との上記請負契約ないし派遣契約に従って、d工場に派遣され、同工場内で業務に従事していた。
同原告らは、同請負契約当時ないし同派遣契約当時もb社から同労働の対価としての賃金の支給を受けていた。
(書証省略、弁論の全趣旨)
ウ 被告は、c工業との間で遅くとも昭和54年9月16日ころまでに構内作業請負契約を締結してc工業が雇用した労働者をして構内作業業務を行わせていたところ、c工業との間で同契約を平成17年7月10日付け又は同年8月1日又は同年10月4日付けで派遣先事業所をd工場、派遣料金を時間単価2300円等とする労働者派遣契約に切り替えた。c工業原告らは、被告とc工業との上記請負契約ないし派遣契約に従って、d工場に派遣され、業務に従事していた。
同原告らは、同請負契約当時ないし同派遣契約当時もc工業から同労働の対価としての賃金の支給を受けていた。
(書証省略、弁論の全趣旨)
エ a商会らは、それぞれ就業規則等(書証省略)を作成しており、原告らに対しては、a商会らそれぞれが雇用主として、雇用保険、健康保険、厚生年金保険を掛けていた(書証省略)。
オ a商会らは、被告との間で資本提携のみならず役員の派遣受け入れなどの人的関係はなく、被告とは別個独立の存在としてそれぞれ運営を行っていた(人証省略、弁論の全趣旨)。
(2) 原告らと被告との間で本件直接雇用契約を締結した以前において、直接の雇用契約が認められるか。
原告らは、原告らと被告との間には原告らがd工場で就労を開始した当初から期間の定めのない黙示の雇用契約が成立していた旨主張し、その根拠として、①原告らが被告の従業員とともに混在して作業を行っていたこと、②原告らの出退勤の管理や残業時間の指示は被告が管理していたことなどを挙げる。確かに、派遣先である被告の従業員が原告ら派遣労働者をその業務遂行の過程で直接指揮監督したり、また、労働時間の管理を含めて一定の範囲で労務管理することがあった。しかし、労働者派遣契約に基づいて派遣先の従業員が派遣先で就労する派遣元の労働者に対してその業務遂行過程で指揮監督を行うこと、労働時間の管理を含めて一定の範囲で派遣元の労働者に対して労務管理を行うことは同契約に基づく措置としては当然のことである。そうすると、原告らがその職務遂行の過程で被告の作業長等から直接指揮監督を受けたとしてもそれらのことから直ちに原告らと被告との間で直接の黙示の雇用契約が成立していたと認めることはできない。
また、上記前提事実及び上記(1)で認定したとおり、①a商会らと被告との間には、何ら資本関係や役員が共通しているなどの人的な交流関係が認められないこと、②a商会らは、被告とは独立してその運営がなされていること、③原告らは、a商会らを雇用主として、雇用保険、健康保険、厚生年金保険に加入していることがある。そして、本件全証拠によるも、④原告らの採用に至る過程で被告が面接に立ち会うなどして関与したとまでは認められないこと、⑤a商会らが原告らに対して支払う賃金額を事実上被告が決定していたといえるような事実も認められない。以上の事実を踏まえると、被告が労働者派遣における派遣先としての地位を超えて使用者として原告らの採用を決めたり、賃金を定めたり、その他主要な労働条件を決定をしたりするようなことは窺われない。そうすると、原告らと被告との間で原告らがそれぞれ被告において就労を始めた当初に雇用契約関係が黙示的に成立していたと認めることはできず、かえって、そのような黙示の雇用契約が成立していなかったことが強く窺われる。
したがって、原告らの上記原告らが被告に就労した当初から被告との間で雇用契約が成立していたとの主張は、理由がない。
2 争点2(原告らと被告間の平成19年4月1日付け労働契約(本件直接契約)の効力及び同契約における期間の定めの有無及びその効力)
(1) 本件直接雇用契約が無効か
原告らは、本件直接雇用契約締結以前に原告らと被告間に期間の定めのない雇用契約が成立していたことを前提として、①原告らは、期間の定めについては同意していない、②期間の定めのある本件直接雇用契約が従前の期間の定めのない契約に比して不利益であるため期間の定めのある本件直接雇用契約が無効である旨主張する。
しかし、上記1で認定説示したとおり、原告らと被告との間で本件直接雇用契約締結以前に、直接の雇用契約が存在したことは認めることができない。そうすると、原告らの同主張は、その前提を欠くため理由がない。
(2) 本件直接雇用契約の期間の定めが無効か
原告らと被告間で本件直接雇用契約締結以前に直接の雇用契約関係が存在していなかったことを前提として、本件直接雇用契約の期間の定め部分が無効か検討することとする。
ア 上記前提事実に証拠(省略)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。
(ア) 原告らが加入する本件労働組合と被告との交渉状況
原告らのうち、原告X1、原告X2、原告X3、原告X5及び原告X4は、平成19年2月1日ころ、被告に対し、本件労働組合に加入し、同組合Y分会を結成したことを通知した。
その上で、同労働組合は、被告に対し、現行の雇用形態は職業安定法違反であり、違法状態を解消するため会社は、組合員を直接雇用するよう要求した。
同労働組合は、同月28日ころ、被告に対し、被告が提示している直接雇用契約の期間の定めについて撤回し、期間の定めのない雇用等を協議事項として団体交渉を申し入れた。
その後も、同組合は、本件直接雇用契約に係る期間の定めを撤回するよう被告に要求を続けた。
(書証省略)
(イ) 原告らと被告間の直接雇用契約の締結
① 被告は、平成19年1月26日、製造派遣社員のうち被告での直接雇用を希望する者を平成19年4月1日付けで契約社員として直接雇用することを決定した。
被告は、同年2月15日から同月23日までの間、原告らを含む被告との直接契約を希望する者に対し、「(株)Y『契約社員』の労働条件等について」と題する書面(なお、同書面には最長勤務期間が2年間で、契約期間が同年4月1日から6か月等も含めて、本件直接雇用契約に係る労働条件が記載されていた。)(書証省略)を交付した上、原告らの母国語での通訳を交えて本件直接雇用契約について、説明会を開催して、その詳細を説明した。なお、その説明会では被告の担当者がそれに参加した者らから出された質問等にも応答している。
原告ら(原告X2を除く。)は、同説明会の後、被告の用意した以下のとおりの記載のある同意書に署名押印して、被告に提出している。
「私は、今回、株式会社Yの契約社員の採用申し込みを受け、その趣旨・内容を理解した上で、自分の意思により、平成19年4月1日より株式会社Yに契約社員として入社します。なお、株式会社Yにおける契約社員採用準備のため、私の所属する派遣会社が、現在私に支払っている給与に関する情報その他採用準備に必要な個人情報を株式会社Yに提供することに同意します。」
② 平成19年3月14日から16日にかけて、被告は、本件直接雇用契約締結に先立って、原告らに対し、以下の記載のある平成19年3月14日付け「契約社員労働条件通知書」及び同契約に係る契約社員就業規則(書証省略)を交付した。
a 期間 平成19年4月1日から平成19年9月30日
ただし、次の条件を満たした場合、契約を更新する場合があります。
【契約更新の判断基準】
① 契約期間満了時の当社の業務量
② 契約社員の健康状態、それまでの期間の勤務成績および勤務態度
上記①②の基準に照らし、当社が更新の必要性があると判断し、また本人の通知がある場合については、契約を更新することがあります。
更新の場合の契約期間は、1回につき6か月とし、最長勤務期間を2年(平成21年3月31日まで)として、最大3回の契約更新を行うことがあります。4回目の契約更新は行いません。
b 就業場所 d工場
c 業務の内容 ES処理ライン等
d 賃金 時給1600円又は1680円(毎月15日締め、当月25日支払)
③ 原告らは、被告が用意した「契約社員労働契約書」に署名押印して、被告に交付した。ところで、同契約書には、雇用期間が平成19年4月1日から同年9月30日までの6か月とする旨の記載とともに会社(被告)は、被契約者の労働条件を、事前に、契約社員労働条件通知書及び契約社員就業規則を交付することにより明示した旨の記載がある。
原告らは、同契約書に署名押印して、被告に交付する際、期間の定めについて特段の異議を留めることはなかった。
(書証省略)
(ウ) 原告らと被告間の直接雇用契約の終了
原告らは、被告との間で、本件直接雇用契約を以下のとおり3回更新したが、その後の契約更新は行われなかった。
平成19年10月1日から平成20年3月31日まで
平成20年4月1日から平成20年9月30日まで
平成20年10月1日から平成21年3月31日まで
なお、上記各更新時、被告は、原告らとの間で当初に本件直接雇用契約を締結した際に作成したと同内容の契約書(相違部分は雇用の対象となる雇用期間のみである。)を作成し、それに先立って原告ら契約更新が予想される契約社員に対して労働契約更新の通知等と題する書面を交付している。他方、原告らは、同書面の交付等を受けて更新契約を受け入れる旨記載した同意書等の署名押印して被告に提出している。それらの各書面には、いずれも、更新に係る契約期間が6か月であることが、また、同通知にはそれに加えて同更新による最長勤務期間が平成21年3月31日までであることが明記されていた。
(書証省略、弁論の全趣旨)
イ 原告らは、本件直接雇用契約のうち、期間の定め部分について、①同意していない、②真意ではない、③心裡留保であって、被告もそのことを知っていたから無効である、④説明義務違反、ないし公序に反するとして、意思表示として無効である旨主張する。
しかし、上記アで認定したとおり原告らは、①被告から、本件直接雇用契約の契約期間が最大2年間であることを明記した「(株)Y『契約社員』の労働条件等について」と題する書面の交付を受けた上で説明会で契約期間について説明を受けていること、②その後、原告らが加入する本件労働組合と被告との団体交渉において、組合から期間の定めを設けないことについて要求されたが、被告は、一貫して拒否していたこと、③そのような状況下で原告X2以外の原告らは、平成19年4月1日から被告との間で直接雇用契約を締結することについて、同意書に署名押印し、さらに、期間の定めについて明記された労働条件通知書や就業規則の交付を受けた上で、特に異議を留めることなく本件直接雇用契約書に署名押印して同契約書を被告に交付したものである。
以上の事実を踏まえると、本件直接雇用契約における期間の定め部分について、原告らの承諾の意思表示がなかった、真意でなかった、また、効果意思を欠いた意思表示であった(心裡留保)と認めることはできず、その他、それを認めるに足りる的確な証拠はなく、かえって、そのような事実がなかったことが窺われる。
また、説明義務違反の点についても、上記アの認定事実によれば、本件直接雇用契約にあたって、原告ら主張のような説明義務違反と認められる事実は認定することができず、かえって、被告は、原告らに対して説明会等を設けて、同直接契約内容について期間の定めも踏まえて説明し、さらに、その中で質疑応答をするなど、必要な説明を行ったことが十分窺われる。
そして、期間の定めのある本件直接雇用契約が公序に反するとの点については、原告らは、労働者派遣法改正から8年が経過した平成19年4月1日当時は、派遣受け入れ期間の上限を超えて派遣労働の役務の提供を受けた派遣先が違法状態を解消するために直接雇用を申し入れる場合は、当然、期間の定めのない労働契約を申し込むべきであり、これが公序になっていたとか、雇用契約は、期間の定めがないことが原則であって、客観的に合理的な理由なく期間を定めることは公序に反するなどという経験則を前提にして一定の公序がある旨主張する。しかし、本件全証拠によるも原告らの同各主張するような公序や経験則は認められない上、同各主張はいずれも独自の法解釈を前提とする主張であってにわかに採用することができない。
ウ そうすると、原告らと被告との間の本件直接雇用契約は、有効であって、同契約の内容は、平成19年4月1日から平成19年9月30日(ただし、契約期間の満了時の業務量や原告らの健康状態、勤務成績及び勤務態度により、最長勤務期間を2年(平成21年3月31日まで)として、最大3回の契約更新を行うことがある。)との期間の定めのあるものとなる。
したがって、原告らの同契約の期間の定め部分が無効との主張は理由がない。
3 結論
以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条、65条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤裕之 裁判官 峯金容子 裁判長裁判官中村哲は差し支えのため署名押印することができない。裁判官 内藤裕之)
別紙
当事者目録
甲事件
原告 X1
原告 X2
原告 X3
原告 X4
原告 X5
原告 X6
原告 X7
原告 X8
原告 X9
原告 X10
原告 X11
原告 X12
原告 X13
原告 X14
乙事件
原告 X15
原告 X16
原告 X17
原告 X18
原告 X19
原告 X20
原告 X21
原告 X22
原告 X23
甲・乙事件原告ら訴訟代理人弁護士 永嶋里枝
安由美
友弘克幸
平方かおる
甲事件・乙事件
被告 株式会社Y
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 別城信太郎
浜本光浩
山浦美卯
以上