大阪地方裁判所 平成20年(ワ)12806号 判決 2011年3月28日
本訴原告・反訴被告
X
本訴被告・反訴原告
株式会社Y1
本訴被告
Y2株式会社
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金九七二万二九八八円及びこれに対する被告Y2社については平成二〇年七月一日から、被告Y1社については同年一〇月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の本訴請求及び被告Y2社の反訴請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを六分し、その三を原告、その二を被告Y2社、その余を被告Y1社の各負担とする。
四 この判決は、主文第一項につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴請求
被告らは、原告に対し、連帯して三〇二四万三九七四円及びこれに対する平成一五年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴請求
原告は、被告Y2社に対し、九七七万円及びこれに対する平成二〇年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件本訴は、被告Y1社の物流センターにおいて、派遣社員として被告Y2社の作業に従事していた原告が、平成一五年七月一〇日にフォークリフト(以下「原告車」という。)を運転していた際に、他のフォークリフトと衝突して負傷した事故(以下「本件事故」という。)について、被告らに対し、安全配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償として、連帯して三〇二四万三九七四円及びこれに対する本件事故の日である平成一五年七月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
本件反訴は、被告Y2社が、本件本訴請求が事実上又は法律上の根拠を欠くものであることを知りながら本件本訴を提起した原告の行為が、不法行為に当たると主張して、原告に対し、損害賠償として九七七万円及びこれに対する本件本訴の訴状作成日(不法行為の日)である平成二〇年一〇月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 前提事実
当事者問に争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる前提事実等(以下「本件前提事実」という。)は、以下のとおりである。
(1) 当事者等
ア 原告(昭和四八年○月○日生、本件事故当時三〇歳)は、平成一五年七月一〇日当時、有限会社a(以下「a社」という。)のアルバイト従業員であったが、大阪府○○市△△所在の被告Y1社の大阪物流センター(以下「本件物流センター」という。)において、被告Y2社が被告Y1社から請け負っていた食品の仕分け業務に従事していた。
イ a社は、食料品の加工及び販売並びに物品の仕分け、梱包及び配送業務の請負等を目的とする会社である。
ウ 被告Y2社は、梱包業及び労働者派遣事業法による一般労働者派遣事業等を目的とする会社である。
エ 被告Y1社は、一般貨物自動車運送事業等を目的とする会社である。(乙四〇、弁論の全趣旨)
(2) 業務請負契約
ア 被告Y2社とa社は、平成一四年九月一日付けで、被告Y2社がa社に対し、業務の遂行を委託することを内容とする業務請負契約を締結した(乙二一)。
イ 被告Y1社と被告Y2社は、平成一五年四月一日付けで、被告Y1社が被告Y2社に対し、業務の遂行を委託することを内容とする業務請負契約を締結した(丙二)。
(3) 本件事故
原告は、平成一五年七月一〇日午後一〇時三〇分ころ、本件物流センターにおいて、原告車を運転していた際に、A(以下「A」という。)運転のフォークリフト(以下「A車」という。)と衝突し、左足を負傷した。
(4) 原告の負傷及び治療経過
原告は、本件事故当日、摂津ひかり病院で診察を受け、左下腿骨(脛骨)内顆骨折、腓骨遠位端(外顆)骨折、左足関節関節内骨折と診断された。
原告は、その後、以下のとおり、松下記念病院に入院及び通院した。
(入院)
ア 平成一五年七月一二日から同年九月二〇日まで(七一日)
イ 平成一六年八月一九日から同月二六日まで(八日)
(通院)
ア 平成一五年七月一一日
イ 同年九月二一日から平成一六年八月一八日まで(実通院日数七九日)
ウ 同月二七日から平成一七年一月二七日まで(実通院日数二五日)
(甲一、二、四〔枝番を含む。以下、特に断らない限り同じ〕)
(5) 労働者災害補償保険の申請及び給付
ア 原告は、上記傷害について、a社の証明を受けて、大阪北労働基準監督署(以下「本件労基署」という。)長に対し、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)の申請手続を行った。その申請書の「災害の原因及び発生状況」欄には、原告が原付バイクで退勤中に、自宅マンション入口の小さい橋の柱に衝突する交通事故により負傷した旨の、事実と異なる内容が記載されていた(甲三、一一、乙三三)。
イ 本件労基署長は、平成一七年一月三一日付けで、原告の後遺障害について、左足関節の運動可動域が健側に比し二分の一以下に制限されていることにより、労働者災害補償保険法施行規則別表第一(以下「労災等級」という。)第一〇級一〇号の「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当すると認定した(甲三の二、調査嘱託の結果)。
ウ 労災保険給付
原告は、本件事故による傷害及び後遺障害に関して、以下の労災保険給付金の支払を受けた(なお、前記アの申請書の内容から、通勤災害(交通事故)による傷害及び後遺障害と認定されている。)。
(ア) 休業給付額 四一四万五六八八円
平成一五年七月一二日から平成一六年一二月一九日まで
(内訳)休業補償給付 三一〇万九二一六円
休業特別支給金 一〇三万六四七二円
(イ) 療養の費用(装具代金) 一〇万九三八六円
(ウ) 障害給付 三三七万七〇八二円
(内訳)障害補償給付 二九八万七〇八二円
障害特別支給金 三九万〇〇〇〇円
(甲三の二、調査嘱託の結果、弁論の全趣旨)
三 争点
本件の主な争点は、次のとおりである。
(1) 本訴の請求原因関係
ア 被告Y2社の安全配慮義務違反の有無(争点一)
イ 被告Y1社の安全配慮義務違反の有無(争点二)
ウ 原告の後遺障害の程度(争点三)
エ 原告の損害額(争点四)
(2) 本訴の抗弁関係
ア 過失相殺(争点五)
イ 損益相殺(争点六)
ウ 相殺の抗弁―窃盗事件に関する原告の損害賠償債務の有無(争点七)
(3) 反訴の請求原因関係
本訴提起が不法行為に当たるかどうか(争点八)
四 争点についての当事者の主張
(1) 争点一(被告Y2社の安全配慮義務違反の有無)について
(原告の主張)
ア 本件事故の態様
原告は、冷蔵庫から搬出した、ピザを積んだパレットを外に運び出すため、これを原告車に乗せ、出入口の方に進行したところ、出入口の向こう側に人がいたので、その者が冷蔵庫に入ってくるものと思い、出入口の手前で停止していた。すると、A車が原告の方に接近してきたため、原告は、危険を感じてとっさに同車を左足で蹴る動作をしたが、同車の後部左側部分と、原告車の左側部分との間に、原告の左足が挟まれた。
このように、本件事故は、原告の業務中の事故である。
イ 被告Y2社の安全配慮義務違反
(ア) 作業計画が作成されておらず、作業指揮者が存在しなかったこと
被告Y2社は、原告ら従業員にフォークリフトを用いて作業をさせるに際しては、運転者相互間で事故が生じないように、フォークリフトの運行経路及びフォークリフトによる作業の方法等について作業計画を定め、その作業計画を運転者らに周知させ、また作業の指揮者を定め、その者に作業の指揮をさせるべき安全配慮義務を負っていた(労働安全衛生規則〔以下「安衛則」という。〕一五一条の三、四参照)。
ところが、本件事故当時、上記のような作業計画は作成されておらず、作業の指揮者も存在しなかったのであるから、被告Y2社の安全配慮義務違反は明らかである。
(イ) フォークリフトの運転資格を有しない者にこれを運転させたこと
事業者が、フォークリフトの運転資格を有しない者にこれを運転させることは、労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)六一条、同法施行令(以下「安衛令」という。)二〇条一一号に反し、これに違反した場合は、安衛法一一九条により六月以下の懲役又は五〇万円以下の罰金に処せられる。したがって、被告Y2社は、フォークリフトの運転資格を有しない者にこれを運転させてはならないという安全配慮義務を負っていた。
ところが、被告Y2社は、フォークリフトの運転資格を有しない原告にその運転を要する作業をさせていたものであるから、安全配慮義務違反は明らかである。
(被告Y2社の主張)
ア 原告は、フォークリフトの運転資格を有していなかったのに、休憩時間中に原告車を運転し、A車を運転していたAとふざけて、車両同士でぶつけ合って遊んでいたときに本件事故を起こし、負傷したものである。したがって、原告の負傷は、原告自身が招いたものであり、被告Y2社の安全配慮義務違反によるものではない。
イ 被告Y2社は、原告及びAに対し、ハンドリフトを使って行う冷凍食品の仕分け作業を行わせており、フォークリフトの運転を要する作業を行わせていた事実はない。被告Y2社の現場のリーダー等は、原告やAがフォークリフトを運転しているのを見かけた場合には、注意をしていた。
ウ 被告Y2社は、フォークリフトの運転を要する作業を行う者に対しては、作業計画を定め、これを周知させ、また作業の指揮者も定めてその者に作業の指揮をさせていた。
(2) 争点二(被告Y1社の安全配慮義務違反の有無)について
(原告の主張)
以下の事情によれば、被告Y1社は本件事故当時、原告を自己の従業員に対するのと同様の立場で支配し、従属させていたといえるから、原告に対して安全配慮義務を負う。したがって、被告Y1社には、被告Y2社と同様の安全配慮義務違反がある。
ア 原告が作業に従事していた現場は、被告Y1社が管理する本件物流センター内であり、そこでは、同被告が所有し、提供していたフォークリフト等の作業器具が用いられていた。
イ 原告が従事していた作業は、被告Y1社から受け取ったリストに従って、食品を仕分けするというものであった。
ウ 被告Y1社の従業員であり、本件物流センターで受注した出荷のデータ処理等の業務を担当していたB(以下「B」という。)は、各食品メーカーから食品を搬入するトラックが遅れる場合などに、原告の携帯電話に直接連絡することがあった。
エ 被告Y1社の従業員であるCは、原告に対し、フォークリフトを使って、Cらが荷物を出しやすい位置に荷物を移動するよう指示することがあった。
(被告Y1社の主張)
以下の事実に照らせば、被告Y1社が原告に対して安全配慮義務を負う関係にないことは明らかである。
ア 本件物流センターの業務は、いくつかの段階に分かれているところ、このうち仕分けは、業務請負契約により専ら被告Y2社が行っていたが、これは、被告Y1社の従業員らが行っていたデータによる受注や配送とは、全く異なる業務であった。
イ 本件物流センター内における、被告Y2社の作業員らの就労場所は、被告Y1社の従業員らの就労場所と截然と区別されていた。
ウ 被告Y2社の作業員の指揮監督、労務管理、衛生管理等は、同被告が行っていた。現場には、被告Y2社の統括責任者一名、現場リーダー二名が配置され、業務遂行の手順、人選、配置等は、同被告が決定していた。
エ 被告Y1社は、被告Y2社の作業員らの具体的な作業時間、休憩時間を承知していなかった。
オ 原告は、被告Y2社の仕事を始めてからは、専ら同被告の従業員から業務の指導を受けてきていた。
カ 原告は、a社から給料を受領しており、これについて被告Y1社は、関与していない。
キ フォークリフトは、被告Y2社が自由に使うことができたものであり、安全に関する教育等は、同被告が行っていた。
ク 被告Y1社が被告Y2社の作業員の誰か(原告に限られない)に渡していたリストは、日々の具体的注文にすぎない。これのみでは、細かな作業の段取り、分担までは決めることができず、これらは、原告らの裁量、発案によって工夫して定めていたものであった。
ケ 被告Y1社のCやBから被告Y2社の作業員に対してされていた指示も、「注意深くやってください」など、注文者が通常行う程度の内容にすぎなかった。
(3) 争点三(原告の後遺障害の程度)について
(原告の主張)
ア 原告の後遺障害の内容及び程度は、労災保険の手続で認定されたとおりであり、労災等級第一〇級相当である。
イ 原告は、本件事故後の平成一六年六月に被告Y2社の職場に復帰した後、冷蔵庫に入る作業はほとんどせず、△△スーパーで商品にシールを貼ったり仕分けをしたりするなどの作業をしていた。
ウ 原告が現在のラーメン店で従事している仕事は、痛みに耐えながら行っているものである。
(被告Y2社の主張)
ア 原告には、後遺障害は残存していない。
イ 原告は、平成一六年六月一日に被告Y2社の職場に復帰してからは、障害のない者でも寒さがこたえる低温の環境下で荷物を運搬するなどの作業に従事しており、平成一七年七月には昇給さえしていた。周囲の者は、原告が従前どおり作業をこなしていたので、けがが治ったものと考えていた。
労災保険の手続における労災等級第一〇級の認定は、このように原告が普通に就労していた平成一七年一月にされたものであり、実情に反する。
ウ 原告は、現在、アパートの三階に居住し、らせん階段を普通に上り下りし、歩行動作、歩行速度とも普通と変わらない。そして、ラーメン店を経営し、店の厨房で長時間立った状態で調理をしている。
(4) 争点四(原告の損害額)について
(原告の主張)
ア 入院雑費 一二万円
原告は、入院期間八〇日間につき一日当たり一五〇〇円として合計一二万円の入院雑費を要した。
イ 通院交通費 八万七三六〇円
原告は、平成一五年九月二二日から平成一七年一月二七日まで(実通院日数一〇四日)通院した。一回の往復交通費は八四〇円(バス代片道二二〇円、地下鉄代片道二〇〇円)であるから、合計八万七三六〇円の通院交通費を要した。原告は、自動車で通院していたが、公共交通機関を利用した場合の金額を請求することは、不相当とはいえない。
ウ 後遺障害逸失利益 二二〇六万三〇八二円
基礎収入を四八八万九九〇〇円(平成一五年賃金センサス男性労働者・学歴計・年齢別〔三〇歳ないし三四歳〕平均賃金)とし、労働能力喪失割合を二七パーセント(労災等級第一〇級相当)、労働能力喪失期間を三七年(本件事故当時の三〇歳から六七歳まで、ライプニッツ係数一六・七一一)とすると、後遺障害逸失利益は、二二〇六万三〇八二円となる。
エ 入通院慰謝料 二五七万円
原告は、本件事故により、入院三か月、通院一五か月にわたる治療を要する傷害を負ったところ、それによる精神的苦痛に対する慰謝料は、二五七万円を下回らない。
オ 後遺障害慰謝料 五五〇万円
カ 弁護士費用 三〇〇万円
(被告Y2社の主張)
ア 入院雑費は、一日当たり一三〇〇円として計算すべきである。
イ 原告の自宅から病院までは片道六キロメートル程度であるところ、自動車で通院していたのであれば、通院交通費は、当然自動車での通院交通費の実費(ガソリン代相当額)を請求すべきである。
ウ 逸失利益は、すべて否認する。原告は、平成一六年六月一日から就労している。
仮に、原告について逸失利益が認められるとした場合、基礎収入は、本件事故前三か月間の平均月収によるべきである。また、二七パーセントもの労働能力喪失率は、認められるべきではない。
エ 入通院慰謝料は、相当なものであれば認める。
オ 後遺障害慰謝料は、すべて否認する。原告は、平成一六年六月一日から就労している。
(5) 争点五(過失相殺)について
(被告Y2社の主張)
原告が、フォークリフトの運転資格を有しないのに、休憩時間中にふざけてこれを運転していたこと、A車との衝突直前にふざけて左足を突き出したため、原告車とA車双方のフォークリフトの間に挾まれたことなどによれば、仮に被告Y2社につき、安全配慮義務違反が認められたとしても、九五パーセント程度の過失相殺がされるべきである。
(原告の主張)
原告は、本件事故当時には、被告Y2社の指示を受けて、業務のために原告車の運転をしていたのであり、ふざけてこれを運転していたことはない。また、原告は、フォークリフトを運転するのに資格が必要であることを知らなかったこと、原告が左足を突き出したのは、自己の身体を守るためにとっさに行った行為であったことなどに照らせば、原告に過失として評価されるべき点はない。
(6) 争点六(損益相殺)について
(被告Y2社の主張)
原告は、本件前提事実(5)ウ(ア)及び(ウ)のとおり、合計七五二万二七七〇円の労災保険給付を受領しているから、これを原告の損害から控除すべきである。
(7) 争点七(相殺の抗弁―窃盗事件に関する原告の損害賠償債務の有無)について
(被告Y2社の主張)
ア 原告は、平成一七年八月ころに被告Y2社の事務所に侵入して金品を窃取し(以下「窃盗事件」という。)、同被告は、以下の(ア)ないし(ク)の合計四九万一四八五円の損害を被った。したがって、被告Y2社は、原告に対し、不法行為に基づき同額の損害賠償請求権を有している。
(ア) 机及び机の引出しの破壊 七万五〇〇〇円相当
(イ) 金庫一個(持ち出されたもの) 一万五〇〇〇円相当
(ウ) 原告の給料(金庫に在中) 一六万九九五〇円
(エ) Dの給料(同上) 一一万八七三五円
(オ) 事務費(同上) 三万円
(カ) 印鑑(シャチハタ)二本(同上) 二〇〇〇円相当
(キ) スタンプ台一台(同上) 八〇〇円相当
(ク) 領収書類(同上) 八万円相当
イ 被告Y2社は、仮に原告に対し、何らかの損害賠償債務を負うとした場合には、当該債務と上記の不法行為に基づく損害賠償債権とを対当額において相殺する。
(原告の主張)
ア 原告が平成一七年一〇月に、被告Y2社に勤務していた当時の同僚三人とともに被告Y2社の事務所に入り、原告らの給料の入った手提げ金庫を持ち去ったことは事実である。しかしながら、それは、原告らの給料が未払であったためである。
イ 損害額について
(ア) 机及び机の引出しの破壊について
原告が机及び机の引出しを破壊した事実は立証されていない。仮に同事実があったとしても、損害額は、新しい机の購入額ではなく、当該机の時価とすべきである。
(イ) 金庫一個、事務費、印鑑二本、スタンプ台一台及び領収書類について
金庫内に事務費、印鑑、スタンプ台及び領収書類が入っていた事実は立証されていない。また、領収書類に八万円の財産的価値はない。
(ウ) 原告及びDの給料について
これらは、原告らに支払われるべきものであったから、被告Y2社に損害は生じていない。Dへの給料については、給料袋の封が開いており、五万円不足していた。
ウ 被告Y2社は、窃盗事件を知った後も、これを穏便に済ませることとし、原告らに対して弁償を求めていないから、遅くとも平成一七年一二月までには、原告に対する損害賠償請求権を放棄したといえる。
また、被告Y2社が窃盗事件以降、原告に対して何ら弁償の請求をせず、本訴が提起されてから一年以上が経過した平成二二年二月二五日になってはじめて相殺を請求したのは(反訴の形をとると時効消滅しているために相殺の形をとったことが明らかである)、信義則違反又は権利濫用に当たり、認められない。
(8) 争点八(本訴提起が不法行為に当たるかどうか)について
(被告Y2社の主張)
原告の本訴請求は、事実上又は法律上の根拠を欠き、しかも、原告は、これを知りながら訴えを提起したものであるから、裁判制度の趣旨・目的に照らして、著しく妥当性を欠くものであり、不法行為を構成する。
被告Y2社が原告の上記不法行為により被った損害額は、慰謝料五〇〇万円及び弁護士費用四七七万円の合計九七七万円である。
(原告の主張)
原告が提起した本訴は、一般的な訴訟類型であり、かつ、事実主張は、原告が経験した事実を前提とするものである。万が一、本訴請求の全部ないし一部が棄却されることがあるとしても、それは、裁判所の自由心証による事実認定の結果であり、いかなる意味においても、本件本訴の提起が不法行為に当たることはない。
第三当裁判所の判断
一 事実関係
本件前提事実、証拠(甲一ないし五、八、一〇、一一、乙一、二、一一ないし一三、二〇、二二、二四ないし二六、二八、二九、三三、丙一、三、四、証人E、同F、同G、同H、同I、同B、原告本人、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告の本件物流センターにおける勤務内容
ア 原告は、平成一四年一二月ころ、被告Y1社の本件物流センターにおいて、被告Y2社が被告Y1社から請け負っていた食品の仕分け業務に、アルバイト作業員として従事するようになった。
イ 被告Y2社が請け負っていた業務の概要
(ア) 被告Y2社が、本件物流センターの一階において、被告Y1社から請け負っていた業務は、荷受けのほか、b会社の練り製品、c会社のピザ及びd会社の病院向け食品の各仕分け等の各作業があった(以下、それぞれ「b会社の作業」、「c会社の作業」、「d会社の作業」という。)。
(イ) 原告は、主にd会社の作業を担当するグループに所属していた。同グループは、被告Y2社のアルバイト従業員約五人から構成され、原告のほか、A、J、Kらがいた。これらの従業員の中でシフトが組まれ、実際には三ないし四人で作業を行っていた。
(ウ) 本件物流センターにおいて、被告Y2社の業務全般の総合管理を担当していた現場責任者は、同被告の社員であるI(以下「I」という。)であり、その下に同じく社員であるL(以下「L」という。)がいた。また、b会社の作業を担当するグループのリーダーは、H(以下「H」という。)であった。
なお、d会社の作業を担当するグループのリーダーは明確ではなく、原告は、リーダーではなかったが、アルバイト従業員の中で実質的に作業を取り仕切っていた。
(エ) 被告Y2社のG営業部長(以下「G部長」という。)は、Iの上司であり、本件事故のころは、営業管理、募集広告及び面接・採用の責任者の立場にあった。
ウ d会社の作業の概要は、以下のとおりであった。
(ア) d会社は、毎日多くの病院からの注文に応じて、豆腐、ヤクルト、麺類、こんにゃく等多種類の食品を各病院に販売し、配送する業務を行っていた。そこで、d会社からの依頼を受けた本件物流センターでは、各食品メーカーから食品の荷受けをし、各配送先の注文に応じて仕分けをし、発送していた。
(イ) 被告Y2社の作業員らは、本件物流センターの一階において、各食品メーカーからトラックで搬入された食品の仕分けをし、配送コースごとに並べる作業を担当していた。本件事故当時は、一から二一までのコースがあり、一コース当たり一〇件くらいの配送先があったため、配送先は合計二〇〇くらいあった。
なお、食品を搬入してトラックから降ろすまでの作業と、仕分けが終わった食品をトラックに積み込み、搬出する作業は、被告Y1社の従業員が担当していた。
(ウ) d会社の作業は、毎日午後二時ころから始まっていたが、その具体的な作業工程は、概ね以下のとおりであった。
a 仕分け作業開始に先立ち、原告、A又はJらが、本件物流センター二階の事務所にいる被告Y1社のBから、各コースの注文リストを受け取る。
b また、仕分け作業開始に先立ち、本件物流センターの一階に、コースごとにパレット(約一メートル四方のプラスチック製又は木製の台で、荷物を載せてフォークリフトで運ぶもの。以下「パレット」という。)を並べ、その上に「オリコン」と呼ばれる折り畳み式のプラスチック製の箱(以下「オリコン」という。)を置いていく。
c 午後二時ころ以降、各食品メーカーからの食品がトラックで本件物流センター一階に搬入されるため、その荷受けを行う。
d 午後一〇時ころまで、各作業員が、注文リストに従い、コースごとに並べられたパレットの上のオリコンの中に、食品を入れて仕分けをしていく。
e 仕分けが完了した午後一〇時ころ以降、片付けを行う。掃除等と並行して、仕分けされた食品をトラックに積みやすいように、通路のスペースの奥から、出発時刻の遅いコースの順に、オリコンを載せた状態のパレットを並べていく。その際には、パレットの上に別のパレットを載せて、最大三段に積み上げていく。
f 翌朝九時ころ、被告Y1社のトラックの運転手が、上記のとおり仕分けされた食品をトラックに積み込み、各配送先に向けて出発する。
エ d会社の食品の仕分けは、かつては、手押しのかご台車にオリコンを載せ、その中に食品を入れていく形で行われていたが、次第に配送先が増えていったため、上記のとおり、パレット及びフォークリフトが用いられるようになった。
オ 原告は、平成一五年初めころ、Lから指示され、本件物流センターにあった最大荷重一トンのフォークリフトを運転して作業を行うようになった。d会社の作業に関しては、原告のほかAもフォークリフトを運転することがあった。
法律上、最大荷重が一トン以上のフォークリフトの運転業務については、事業者は、一定の技能講習を修了するなどして資格を取得した者でなければ、当該業務に就かせてはならず、それ以外の者は、当該業務を行ってはならないとされている(安衛法六一条一項、二項、安衛令二〇条一一号)が、原告及びAは、フォークリフトの運転資格を有していなかった。
カ 原告は、d会社の作業の手が空いている時間に、c会社のピザの仕分けの作業を担当することもあった。これは、冷蔵庫の中にあるピザを取り出し、仕分けをしてパレットに載せ、フォークリフトで棚に収納するという作業であった。
(2) 本件事故
ア 原告は、平成一五年七月一〇日午後一〇時三〇分ころ、ピザを載せたパレットを冷蔵庫の中から外に運び出すために、原告車に載せ、出入口に向けて進行した。
イ 原告車は、全長一・八三五メートル、全幅〇・九九五メートル、車両重量が二・〇二トン、最大荷重一トンのリーチ型フォークリフトと呼ばれるもので、運転者が立って乗る形式のものであり(丙一)、主に、人が乗る車体部分と、荷物を載せる二本のフォークから構成されていた。
原告は、フォークリフトに乗る場合には、フォークの方向に向かって車体部分に立ち、フォークと逆方向に進行させるのを通常としていた。
ウ 原告は、出入口に向けて上記のように原告車を運転して進行させていたところ、出入口の向こう側に人がいるのを認めたため、出入口手前で方向を変え、フォークを出入口に向けて停止した。
エ すると、d会社の作業をしていたAがA車を運転して、フォークの反対方向から接近してきたため、原告は、危険を感じてとっさに同車を左足で蹴る動作をしたが、同車の後部左側部分と原告車の左側部分との間に、原告の左足が挟まれた。
(3) 本件事故後の状況
ア 原告は、本件事故の後、いずれも被告Y2社のアルバイト従業員であるAとEに肩を借り、本件物流センターの敷地内にある被告Y2社の休憩所に一旦運ばれた。
イ 原告は、被告Y1社の従業員が運転する自家用車の後部座席に乗せられて、摂津ひかり病院に行き、診察を受けた。原告は、医師に対し、フォークリフトを運転していた際の事故であることを説明し、診療録に「作業中にパレットとパレットの間にはさまり受傷される」との記載(甲一・三枚目)がされた。その後、Iが同病院に来て、診察を終えた原告を自動車に乗せて原告宅まで送った。
ウ Iは、本件事故の翌日である平成一五年七月一一日の朝、自動車で原告宅に行き、原告を乗せて松下記念病院に行き、原告とともに診察室に入った。原告は、それに先立ち、Iから、「会社として事故のことはきちんとするので、通勤災害として扱わせてほしい。フォークリフト運転時の事故による負傷であることは、誰にも話さないで欲しい」旨求められていた。
そして、Iは、医師に対し、原告が前日退勤のためバイクで走行中に転倒した事故による負傷である旨を説明し、診療録にその旨の記載(甲二の一・一枚目)がされた。
エ なお、同日朝には、被告Y2社のM社長及びG部長が、松下記念病院を訪れて、原告に見舞金一万円を渡した。
(4) 労災保険給付の申請
原告は、Iの求めに応じて、本件労基署長に対する「通勤災害用の療養給付たる療養の給付請求書」の表面(乙三三)に、当時の住所及び氏名等を記載した。Iは、同請求書の裏面(甲一一)の「災害発生の場所」及び「災害の原因及び発生状況」等の欄に、原告が原付バイクで退勤中に、自宅マンションの入口の小さい橋の柱に衝突する交通事故により負傷した旨を記載した上、自ら現認者として署名した。同請求書の表面(乙三三)には、裏面の「災害の原因及び発生状況」欄等に記載したとおりであることを証明する旨の記載の後に、a社の会社印及び代表者印が押捺されている。
(5) 原告の復職
原告は、平成一五年七月一二日から平成一六年一二月一九日までの期間について、労災保険から休業補償給付を受領した。
ところが、原告は、その間の平成一六年六月一日に被告Y2社に就職し、平成一八年七月ころまで同被告で勤務した。その際、原告は、被告Y2社の社員であるI及びN(以下「N」という。)と協議したところ、同人らの依頼により、本名ではなく、生年月日も変えた(昭和五〇年○月○日生)「O」との偽名を使い、給料の支払を受けることになった。
二 事実認定の補足
被告Y2社は、フォークリフトの運転資格を有しない者にその運転を要する作業を担当させたことはなく、原告にもフォークリフトの運転を要する作業を担当させておらず、本件事故は、原告とAがふざけてフォークリフトを運転し、ぶつけ合って遊んでいた際に生じたものである旨主張するので、以下検討する。
(1) 被告Y2社申請の証人であるG部長、N、H及びIは、一致して上記主張に沿う供述をするとともに、これに沿う陳述書(乙一ないし七、一八、二〇、二四、二六ないし二八)を作成する(以下、これらを合わせて「被告Y2社側の供述等」という。)。
しかしながら、被告Y2社側の供述等には、次のように、証人相互間で食い違いがある部分があり、その内容も原告本人の供述と比べて非常に不自然な部分が多いから、そのまま信用することはできない。
ア 原告申請の証人である上記甲山、F及び原告本人は、被告Y2社側の供述等に反し、被告Y2社では、G部長、I、L及びNらが、フォークリフトの運転資格を有しない作業員に対し、「フォークリフトの運転を覚えないと、仕事ができない」などと言ってフォークリフトの運転を要する作業を担当させ、その運転を教えることもあった旨を一致して供述し、陳述書(甲五、八、一〇)にも同様の記載がある。
イ 証人Iは、本件事故前に原告がフォークリフトを運転するのを見たことがなく、聞いたこともない旨供述する。しかしながら、これは、「原告とAが休憩中にふざけてフォークリフトに乗っているのを頻繁に見かけた。見かける都度注意し、Iに報告して注意してもらったこともあった」旨の証人Hの供述(五頁、一六頁、乙一)と明らかに相反するものである。
また、Iは、陳述書(乙二八)において、c会社の作業は、d会社の作業の工程内で入荷待ち時間に行う業務であるとした上、c会社の作業でフォークリフトを使用することはなかった旨述べているが、これは、「c会社の作業ではフォークリフトを使っていた」旨の証人Hの供述(二頁)に反するものである。
このように、被告Y2社側の供述等の中においても、証人Iと同Hの供述とが食い違っているということは、被告Y2社側の供述等の全体の信用性を低下させる事情であるといえる。
ウ 証人Hは、本件物流センター内で原告とAが、休憩中にふざけてフォークリフトに乗ってこれをぶつけ合っており、IやHから注意されると、その場では止めるが、しばらくすると再開し、なかなか止めなかった旨供述する(五頁、乙一)。
しかしながら、本件物流センターのフォークリフトは、被告Y1社が所有し、被告Y2社に提供していた作業器具であり、証人Hは、それが一台四〇〇万円くらいすると聞いている旨供述しているのであるから(六頁)、仮に原告とAがふざけて上記のような行為に及んでいるのであれば、IやHをはじめ、被告Y1社の業務を請け負っている被告Y2社でアルバイト作業員を監督する立場にある者としては、原告とAに厳しく注意し、それでも効果がない場合には、フォークリフトの鍵の管理を厳重に行う、あるいはそのような行為を禁止する旨の業務命令を出すなどの実効的な方策をとるのが自然かつ当然のことであるといえる。ところが、証人Hは、被告Y2社では、そのような厳しい注意はされず、フォークリフトは、作業場所に鍵が差されたまま置いてあったと供述するが、これは、非常に不自然なことといわなければならない。
証人Hの上記供述と比べると、被告Y2社が原告やAに対し、業務としてフォークリフトの運転をさせており、その運転時に本件事故が発生したとする原告本人の供述の方が自然であるといえる。
エ 本件事故は、午後一〇時三〇分ころに発生したものであるが、証拠(証人I、同H、原告本人)によれば、これは、d会社の作業が終わって片付けが行われている時間帯であることが認められるのであり、そのような時間帯に、原告及びAが敢えて休憩をとり、ふざけてフォークリフトに乗っていたという被告Y2社側の供述等は、不自然といわざるを得ない。
これに比べると、片付けが行われる時間帯には、掃除等と並行して、フォークリフトを運転してパレットを積み上げ、並べる作業が行われ、原告がこれに従事していた旨の原告本人の供述の方が自然なものということができる。
オ 前記のとおり、本件事故については、原告が原付バイクで退勤中に、自宅マンションの入口の小さい橋の柱に衝突する交通事故により負傷したものとして、本件労基署長に対する労災保険給付の申請がされている(甲三の二、甲一一)。
その経緯について、証人Iは、「原告から、帰宅途中の交通事故として労災の申請をしてほしいと頼まれた。原告のことが恐かったので、これに応じることとし、事実に反する内容により労災保険給付の申請書を作成した」旨供述し、同人の陳述書(乙二〇)中にも同旨の記載がある。
しかしながら、実際に発生したのとは異なる虚偽の内容の労災事故が発生したとして労災保険給付の申請書を作成し、これにa社の証明を受けた上で労基署に提出するという行為は、虚偽の労災申請をして労災保険金をだまし取るという違法行為に当たることが明らかである。そうすると、上記行為は、仮にこれが露見すれば、被告Y2社やa社という事業主体のみならず、当該申請に関与した関係者についても、刑事上ないし行政上の責任を問われることになりかねないものである。このことは、本件物流センターにおいて被告Y2社の現場責任者を務めていたIにとっても、容易に理解できたはずの事項であるから、単にアルバイト従業員である原告が恐かったとの理由により、上記のような行為に及ぶとは、通常では考え難い。加えて、証人Iは、原告が恐くて上司のG部長にさえ相談できず、同人に対しても、原告の言うとおりの事故態様である旨報告した旨供述しているが、これも非常に不自然な内容といわざるを得ない。
そして、証人Iは、なぜそれほど原告が恐かったのかを質問されても、「うわさによると余りよろしくない人物であり、先々私に嫌がらせなどがあると思った。威圧感があり、恐かった。」などと述べるにとどまり、具体的に何が恐かったのかについて供述しない。
これらによれば、証人Iの上記供述は、いずれも信用できず、これと比べると、Iから「通勤災害と扱わせて欲しい。フォークリフトの運転時の事故による負傷であることは誰にも話さないでほしい」旨求められたとする原告本人の供述の方が、信用性が高いといえる。
(2) 被告Y2社は、従業員を募集し、採用する際、フォークリフトの運転資格を有する者と、そうでない者とを区別し、前者には後者よりも高い時給を支払うとしていること、フォークリフトの運転資格を有しない従業員に技能講習を受けさせて同資格を取得させ、その費用を負担していたことに照らせば、フォークリフトの運転資格のない者にフォークリフトを運転させるということをする必要はなかったはずである旨主張し、証拠(乙六、三一、三二、証人G)中には、これに沿う部分がある。
しかしながら、被告Y2社が指摘する上記事情は、同被告が、従業員の中でフォークリフトの運転資格を有する者を増やそうとしていたことを窺わせるものではあるが、現場でフォークリフトの運転資格を有する者が現に不足している場合に、運転資格を有しない者にフォークリフトを運転させていた実態があったという可能性を排除するものではない。
したがって、被告Y2社の上記主張を直ちに採用することはできない。
(3) 被告Y2社は、A車が接近してきたのに、原告が左足を出したというのは不自然な行動であり、これはふざけて運転していたことを示す事情である旨主張する。そして、接近してくる重さ約二トンのフォークリフトを足で止められるはずはないから、原告が左足を出したことは、合理的な行動とはいえない。
しかしながら、原告本人が供述するとおり、そのような危険に直面した場面で、とっさの行動として左足を出してしまうということがあり得ないものであるとまではいえない。上記事情は、後記のとおり、過失相殺において考慮するが、この点をもって、直ちに原告がふざけていたと断定することはできない。
(4) 以上の検討によれば、被告Y2社が、フォークリフトの運転資格を有しない者にその運転を要する作業を担当させたことはなく、本件事故は、原告とAがふざけてフォークリフトに乗っていた際に生じたものであるとする被告Y2社の主張は、これを採用することができない。
三 本訴の請求原因関係の争点(争点一ないし四)について
(1) 被告Y2社の安全配慮義務違反の有無(争点一)について
ア ①安衛法六一条一項、安衛令二〇条一一号は、最大荷重一トン以上のフォークリフトの運転業務については、事業者に対し、技能講習を修了するなどして資格を取得した者でなければ、当該業務に就かせてはならないとし、②安衛則一五一条の三は、上記のようなフォークリフトによる作業計画を定め、周知させ、これに従って作業を行わなければならないとし、③安衛則一五一条の四は、作業の指揮者を定め、作業計画に基づき作業の指示を行わせなければならないとしている。
イ そして、前記認定事実のとおり、原告車を含め、本件物流センターで原告が運転していたフォークリフトは、全長一・八三五メートル、全幅〇・九九五メートル、車両重量二・〇二トン、最大荷重一トン以上のものであり、しかも、証拠(甲一〇、丙一、証人H)及び弁論の全趣旨によれば、フォークリフトの操作は、駆動輪が後ろであり、ブレーキペダルを離すとブレーキがかかるなど、車の操作と逆のものがあって、難しいといえること、d会社の作業やc会社の作業では、フォークリフトを運転して、本件物流センター一階冷蔵庫の棚の間の通路に入る必要があるところ、そこには人の行き来もあったことなどが認められる。
そうすると、本件物流センターでフォークリフトを使用する場合には、フォークリフトの運転者が運転を誤り、又は作業所内でのフォークリフトの走行経路と作業員の歩行経路とが複雑に交差して事故が発生する危険性があるものということができるから、d会社の作業において、労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、上記のような事故が発生することのないよう、上記法規制の趣旨・内容をも勘案の上、①前記のようなフォークリフトによる作業計画を定め、これを作業員に周知し、これに従って作業を行うこと、②作業に当たっては指揮者を定め、上記作業計画に基づき作業の指示を行わせること、③フォークリフトの運転を要する業務は、同資格を有する者のみに担当させること、などの安全対策を講ずべき義務があったと解すべきである。
ウ それにもかかわらず、前記認定事実によれば、被告Y2社は、本件事故当時、①前記のようなフォークリフトによる作業計画を定めていたとは解されず(平成二二年二月時点の乙一七のような作業計画が、本件事故当時も作成されていたとは解されない。)、②また、作業の指揮者についても、d会社の作業に関するリーダーが明確ではなく、アルバイト従業員である原告が実質的に作業を取り仕切っており、③さらに、フォークリフトの運転資格を有しない原告及びAに、その運転を要する業務を担当させていたものである。
エ したがって、被告Y2社には安全配慮義務違反があり、その結果、Aがフォークリフトの運転を誤る事態を引き起こし、本件事故を生じさせたものというべきである。
(2) 被告Y1社の安全配慮義務違反の有無(争点二)について
ア 証拠(甲一〇、丙二ないし五、証人B、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被告Y1社と被告Y2社との間で締結された業務請負契約(丙二)の第六条では、「被告Y1社は被告Y2社に対し、本契約の業務遂行にあたって必要な、当該作業場所・関係機器等を無償にて貸与するものとする」とされていた。
(イ) 被告Y2社の作業員らは、上記条項に基づき、被告Y1社の本件物流センター内の一階の冷蔵庫内の作業場所を提供され、d会社の作業等を行っていた。これは、被告Y1社の作業員の作業場所とは一応別の場所であったが、後記のとおり、被告Y1社の従業員が被告Y2社の作業場所を訪れ、指示を行うことがしばしばあった。
(ウ) 被告Y2社の作業員らは、上記条項に基づき、被告Y1社からその所有するフォークリフト、パレット及び台車等の機具を提供され、これらを使ってd会社の作業等を行っていた。
(エ) d会社の作業に必要な仕分けリストは、被告Y1社の従業員であり、本件物流センターの二階の事務室にいるBから、被告Y2社側に手渡されるが、これは、必ずしもIらのようにアルバイト作業員を監督する立場の者に手渡されるわけではなく、現場のアルバイト作業員である原告、J又はAらに対し、直接手渡されることも多かった。
(オ) Bは、本件物流センターから食品を配送したトラックの運転手から、被告Y2社が仕分けをした食品を配送先で検品した際に不足があった旨を伝えられることが、二、三日に一度くらいあった。そこで、Bは、仕分けリストを取りに来た被告Y2社の作業員に対し、そのことを伝え、きちんと確認して作業をするよう求めることがあった。
(カ) Bは、本件物流センターに食品を搬入するトラックの運転手から、食品の搬入が遅れるなどの連絡があった際には、原告の携帯電話に電話をかけて、その旨を伝えることがあった。
(キ) Bは、仕分けリストと異なる仕分けをしなければならないなどの急な連絡が入ったときなどには、本件物流センター内の被告Y2社の作業場所等を訪れ、その旨を伝えることがあった。
(ク) 被告Y1社の従業員であるCは、被告Y2社の作業場所を訪れ、原告らがコースごとに並べた食品を、別の場所に移動させるよう指示することがあった。
(ケ) 被告Y2社側からは、一日の作業が終わると、被告Y1社の次長宛に作業の完了報告書が提出されており、そこには、少なくとも作業終了時刻が記載されていた。
(コ) 本件事故が発生した際、作業現場には被告Y2社の社員はおらず、アルバイト従業員らのみがいる状態であった。原告は、被告Y1社の従業員が運転する自家用車に乗せられて、摂津ひかり病院に搬送された。
イ 上記認定事実によれば、①原告を含む被告Y2社の作業員は、被告Y1社が管理する本件物流センター内に作業場所を提供され、②同被告から提供されたフォークリフト等の機具を使用して作業を行い、③同被告の従業員からの仕分けリストの交付や指示は、必ずしも被告Y2社の現場責任者を介して行われるわけではなく、現場のアルバイト作業員である原告らに直接行われることがしばしばあり、④その際には、被告Y1社の従業員が、被告Y2社の作業現場を訪れたり、原告の携帯電話に連絡を入れたりすることがあり、⑤被告Y2社の作業が終了した際には、少なくとも作業終了時刻が記載された作業の完了報告書が、被告Y1社の本件物流センターの次長宛に提出され、⑥本件事故後には、被告Y1社の従業員が、自家用車を運転して、原告を病院に搬送したというのである。
これらの事情を総合すれば、原告を含む被告Y2社の作業員は、基本的には同被告から直接の指揮監督を受けていたものの、一定の範囲では、被告Y1社の従業員からも直接に指揮監督を受ける立場にあったというべきである。特に、被告Y1社が所有し、提供していたフォークリフト等の機具を用いて行う作業に関しては、同被告の従業員は、日常的にその様子を目にしており、作業に危険な点があった場合には、いつでも注意をすることができる立場にあったといえる。
したがって、被告Y1社は、原告に対し、特にフォークリフト等の機具を用いて行う作業に関しては、指揮監督権を行使することができる立場にあり、実質的に労務の供給を受ける関係にあったと解されるから、信義則上、原告に対し安全配慮義務を負うものといえる。
ウ そして、上記事情に照らせば、被告Y1社は、本件物流センター内で、その所有するフォークリフトを、特段の用途や管理上の制約を付することなく被告Y2社側に提供していたのであるから、被告Y2社がこれを適正に作業員らに使用させ、管理しているかどうかを容易に把握することができ、また把握すべき義務があったというべきであり、これを尽くしていれば、同被告が、運転資格を有しない者にフォークリフトを運転させるなどしていたという前記の実態を把握することができたといえる。
それにもかかわらず、被告Y1社は、上記義務を尽くさなかった結果、AがA車の運転を誤る事態を引き起こし、本件事故を生じさせたものというべきであるから、安全配慮義務違反があったと認めることができる。
(3) 原告の後遺障害の程度(争点三)について
ア 証拠(甲一ないし四、一〇、乙一四、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 原告は、平成一五年七月一〇日の本件事故により、左下腿骨(脛骨)内顆骨折、腓骨遠位端骨折、左足関節関節内骨折の傷害を負い、同月一二日から同年九月二〇日までの七一日間にわたり松下記念病院に入院し、その間の同年七月三〇日には手術が行われた。
(イ) その後も、原告は、平成一六年八月まで同病院に月に五回ないし一〇回の頻度で通院し、同月一九日から二六日までの八日間は、抜釘の手術のため入院した。
(ウ) その後も、原告は、同病院に月四回ないし六回の頻度で通院し、平成一六年一二月一九日ころ、症状固定となった。
(エ) 症状固定の時点で、原告の左足関節の可動域は、健側に比べて二分の一以下に制限されている。
イ 上記認定事実によれば、原告は、本件事故により、左足に骨折等の傷害を負った結果、その左足関節に健側の二分の一以下の可動域制限が残り、これは、労災等級第一〇級一〇号に該当するといえる。
ウ 被告Y2社は、平成一六年六月一日に原告が被告Y2社に就職し、低温の冷蔵庫等の中で荷物の運搬等を行うという、障害のない者にとっても厳しい作業に従事していたこと、平成二二年一一月に原告に秘密裏に行った行動調査(乙三七、三八。以下「被告行動調査」という。)の結果、原告の歩行動作等に通常と変わるところがなかったことなどの事情に照らせば、原告が主張するような後遺障害は認められない旨主張する。
しかしながら、本件事故前の時期に原告がa社から得ていた収入(毎月二二万円ないし二七万円程度、乙八)と、平成一六年一月以降の時期に原告が被告Y2社から得ていた収入(概ね毎月六万円ないし一九万円程度。ただし、平成一七年六月分に限り約四五万円とされているが、他の月と比べて著しく多額であるため、支払方法に関して何らかの特段の事情があった可能性が窺われ、この月のみ他の作業者と同様の勤務を行ったとは、直ちに解されない。乙一二)とを比べると、後者の時期の収入は、かなり下がっていたといえる。したがって、原告が他の作業者と全く同様の作業に従事していたとは、直ちに解されない。
また、被告行動調査の際に撮影された映像(乙三八)をみると、原告は、歩行の際には左足をかばうようにしている様子が窺われ、歩行速度は遅く、らせん階段は手すりを支えにしながら降りているのであって、この様子は、原告の左足関節の可動域が健側の二分の一以下に制限されているとの前記認定と整合しないとはいえない。
以上によれば、被告Y2社の指摘する上記事情は、原告に労災等級第一〇級一〇号に該当する左足関節の著しい機能障害が残存している旨の前記認定を覆すものとはいえないから、被告Y2社の上記主張は採用できない。
エ なお、原告は、被告行動調査に係る証拠(乙三七、三八)は、時機に後れた攻撃防御方法である旨主張する。
しかしながら、原告がラーメン店を経営していることが明らかになったのは、平成二二年一〇月一八日に実施された原告本人尋問においてであるところ(当裁判所に顕著な事実)、被告Y2社はそれを契機に、原告に対する行動調査を行ったという経緯であることが認められる。また、上記証拠の内容は、主に映像であり、証拠調べにより訴訟を遅延させることにはならないと解される。
以上によれば、原告の上記主張は採用できない。
(4) 原告の損害額(争点四)について
ア 入院雑費 一〇万二七〇〇円
原告は、平成一五年七月一二日から同年九月二〇日までの七一日間及び平成一六年八月一九日から二六日までの八日間の合計七九日間にわたり入院したところ、入院雑費は、一日一三〇〇円として一〇万二七〇〇円が相当である。
イ 通院交通費 一万八三六〇円
原告は、松下記念病院に自動車で通院していたことを自認しているから、それを前提として、ガソリン代一キロメートル当たり一五円相当の実費を認めるのが相当である。被告Y2社は、原告の当時の住居(大阪府寝屋川市<以下省略>)から松下記念病院(大阪府門真市外島町)までの距離は、約六キロメートルである旨主張するところ、この主張に係る距離は相当なものといえる。
そうすると、松下記念病院への合計一〇二日間(本件前提事実(4)(通院)イ、ウの合計一〇四日から症状固定後の二日間を控除)の通院に要した交通費は、一万八三六〇円と認められる。
(計算式)15円×6km×2×102日=18,360円
ウ 後遺障害逸失利益 一三四二万〇七七八円
基礎収入は、本件事故当時の原告の年齢(三〇歳)も考慮し、本件事故前概ね三か月間の実収入(平成一五年四月分ないし六月分の三か月間合計で七五万一〇〇〇円)である年額三〇〇万四〇〇〇円、労働能力喪失割合を二七パーセント(労災等級第一〇級相当)、労働能力喪失期間を症状固定日当時の三一歳から六七歳までの三六年間(対応するライプニッツ係数一六・五四六八)とすると、後遺障害逸失利益は一三四二万〇七七八円と認められる。
エ 入通院慰謝料 二五〇万円
原告の入院期間(七九日)及び通院期間(約一五か月間、実日数一〇四日)等の事情に照らせば、入通院慰謝料は二五〇万円が相当である。
オ 後遺障害慰謝料 五三〇万円
原告の後遺障害の程度(労災等級第一〇級相当)等の事情に照らせば、後遺障害慰謝料は五三〇万円が相当である。
四 本訴の抗弁関係の争点(争点五ないし七)について
(1) 過失相殺(争点五)について
前記のとおり、原告は、本件事故の際、A車が接近してきたのに対して、左足を出したため、左足に骨折等の傷害を負ったところ、上記行為は、とっさの行動であったとは考えられるものの、事故回避のための行動として、合理的なものとはいえず、本件事故について原告にも過失があったというべきであるから、三割の過失相殺を行うのが相当である。
なお、原告が運転資格を有しないのにフォークリフトを運転していた点については、前記のとおり被告Y2社の指示によるものと認められるから、これをもって原告の過失割合を加重することは相当ではない。
(2) 損益相殺(争点六)について
ア 後遺障害逸失利益一三四二万〇七七八円について、三割の過失相殺を行うと、残額は九三九万四五四四円となる。これから、原告が労災保険から受領した休業補償給付三一〇万九二一六円及び障害補償給付二九八万七〇八二円を控除すると、残額は三二九万八二四六円となる。
イ 被告Y2社は、原告が受領した休業特別支給金及び障害特別支給金も、損害から控除されるべきである旨主張する。
しかしながら、特別支給金の支給は、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり、被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできないから、被災労働者が受領した特別支給金をその損害額を控除することはできない。
したがって、被告Y2社の上記主張は採用できない。
ウ なお、上記労災保険給付は、原告が原動機付自転車で退勤中に交通事故により負傷した旨の、事実に反する申請に基づいてされたものであるから、正当な手続により支払われたものではない。
しかしながら、前記認定のとおり、本件事故が業務災害に当たることは明らかであるから、仮に本件で事実に基づく申請がされたとしても、同様の労災保険給付が支払われたであろうといえるが、被告Y2社は、本件労基署長に対して事実に基づく申請を行っていない。また、被告Y2社は、被告Y1社に対しても、本件事故について報告をした形跡がない(証人Iは、少なくとも自分は上記報告をしていないと供述している〔二五頁〕)。そうすると、上記のとおり本件事故について事実に反する申請が行われたのは、自己の立場又は被告Y1社などとの関係を慮る被告Y2社の都合によるものであったとも推測することができる。
したがって、原告は、上記問題との関係では、少なくとも最終的には上記労災保険給付を正当に受領する権限があるものと解されるから、これを確定的な損害の填補とみて、原告の損害から控除することとする。
エ これに対し、原告は、前記認定のとおり、休業補償給付を受給していた期間(平成一五年七月一二日から平成一六年一二月一九日)のうち、平成一六年六月一日以降は、被告Y2社に就職し、生年月日も変えた偽名を使って給料の支払を受けていたにもかかわらず、これを本件労基署長に通知することなく休業補償給付の受領を続けていたものであるが、これは、違法なものといわなければならないから、同署長から給付金の返還を求められる可能性があるといえる。
もっとも、前記認定のとおり、平成一六年六月一日以降の原告の収入は、本件事故前の収入に比べてかなり減少していたから、原告が同日以降受領した休業補償給付のすべてが不正なものであるとは、直ちにはいえない。そして、原告が本件労基署長から給付金の返還を求められるかどうか、求められるとして、具体的にどの範囲で返還が求められるかは、現時点では明らかではない。
オ 以上によれば、原告の損害との関係では、原告の受領した休業補償給付すべてを控除の対象とすることとし(被告らが不正受給相当額の損害賠償債務を免れたことになる)、今後本件労基署長から不正受給相当額の返還が求められた場合は、被告らを含めてその精算を行うことが相当であると解される。
(3) 相殺の抗弁―窃盗事件に関する原告の損害賠償債務の有無(争点七)について
ア 証拠(甲一〇、乙一五、一六、証人N、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告及びDら合計四名が、平成一七年八月ころ、被告Y2社の事務所に侵入し、原告の給料袋に入った一六万九九五〇円及びDの給料袋に入った一一万八七三五円を窃取する窃盗事件を起こしたことが認められる。
被告Y2社は、窃盗事件の際に、以上に加え、①机及び机の引出しの破壊(七万五〇〇〇円相当)、②金庫一個(窃取されたもの、一万五〇〇〇円相当)、③事務費三万円(金庫に在中)、④印鑑(シャチハタ)二本(金庫に在中、二〇〇〇円相当)、⑤スタンプ台一台(金庫に在中、八〇〇円相当)、⑥領収書類(金庫に在中、八万円相当)の被害も被った旨主張し、証人Nはこれに沿う供述をし、陳述書(乙一五)及び「盗難・損害物品明細」と題する書面(乙三〇)を提出する。しかしながら、上記陳述書等は、いずれも本訴が提起された後であり、窃盗事件からは四年以上が経過した平成二二年二月二〇日に、被告Y2社の社員であるNが作成したものであるから、窃盗事件の際に上記の物品が破壊又は窃取された旨及びその被害額を客観的に証明するものとはいえない。そして、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
イ 上記アによれば、被告Y2社は、窃盗事件に関して、原告に対し、不法行為に基づき二八万八六八五円の損害賠償請求権を有していたといえる。
ウ もっとも、本件では、以下の各事情が認められる。
(ア) 原告らが窃取した二八万八六八五円は、被告Y2社が原告及びDの給料袋に入れて保管していた未払賃金であり、本来原告らに支給されるべきものであった。このことは、被告Y2社も争っていない。
(イ) 証人Nは、窃盗事件についてG部長らと協議した結果、誰が事務所に侵入したのかさえ分かればそれでよく、何も訴える気はなかったし、会社としては穏便に済ませようと考えていた旨供述している。
(ウ) 原告は、窃盗事件により逮捕されたが、平成一八年二月七日に起訴猶予となった(乙一六)。
(エ) 被告Y2社は、原告に対し、窃盗事件から四年以上が経過し、かつ、本件本訴を提起してから約一年五か月が経過した平成二二年三月四日の本件口頭弁論期日に陳述された同年二月二五日付け準備書面(6)において、初めて窃盗事件に関する損害賠償請求権を行使する旨を明らかにしたが、それまでは、窃盗事件に関する弁償を求めた形跡がない。
(オ) 窃盗事件に関する不法行為に基づく損害賠償請求権自体は、時効により消滅している(民法七二四条により時効期間は三年)。
(カ) 原告及びDの被告Y2社に対する未払給料請求権は、時効により消滅している(労働基準法一一五条により時効期間は二年)。
(キ) 原告は、本件事故に関し、不法行為による損害賠償請求権を行使する場合は、相殺の抗弁を対抗されないものの(民法五〇九条)、同請求権は時効により消滅している(民法七二四条)。
(ク) 上記(オ)ないし(キ)の事情によれば、被告Y2社は、窃盗事件に関する不法行為に基づく損害賠償請求権については、消滅時効のために積極的に行使することはできないが、原告が債務不履行に基づく損害賠償請求権を行使してくる場合に限って、これを相殺の抗弁として行使することができ、かつ、原告らからの未払給料請求権に対しては、消滅時効の抗弁を対抗することができる状態になっている。
エ 以上によれば、被告Y2社は、原告らが窃取した現金が、本来は原告らに対して支払うべき未払給料であったという事情もあり、遅くとも原告が起訴猶予とされたころ以降は、原告に対し、窃盗事件に関する損害賠償請求権を行使する意思を有していなかったものの、本件本訴が提起されて約一年五か月が経過したころになって、法律上、本件本訴請求に対する相殺の抗弁の形を取った場合に限り、上記損害賠償請求権を行使することができることに思い至ったものと推認される。
このような上記請求権の行使に至った経緯に加え、窃取に係る金員が本来は原告らに対する未払給料であったこと、その他本件に現れた諸般の事情も考慮すれば、被告Y2社が相殺の抗弁として上記損害賠償請求権を主張することは、権利の濫用に当たり(民法一条三項)、許されないというべきである。
五 本訴の損害額について
(1) 後遺障害逸失利益については、前記四(1)の過失相殺及び(2)の損益相殺の結果、残額は、三二九万八二四六円となる。
(2) 後遺障害逸失利益以外の入院雑費、通院交通費、入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料の合計は、七九二万一〇六〇円となるところ、前記四(1)の三割の過失相殺を行うと、残額は五五四万四七四二円となる。
(3) 弁護士費用
上記(1)及び(2)の合計は、八八四万二九八八円となるところ、この損害額、本件事案の内容その他諸般の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、八八万円を相当と認める。
(4) 損害額の元本
したがって、原告が被告らに対して請求できる損害額は、上記(1)ないし(3)の合計である九七二万二九八八円となる。
(5) 遅延損害金の起算点
ア 原告は、上記損害額の元本に対する本件事故日からの遅延損害金を請求するが、原告の請求は安全配慮義務の債務不履行に基づくものであるから、履行の請求をした日の翌日からの遅延損害金の限度で認められる(民法四一二条三項)。
イ 被告Y2社との関係では、原告が履行の請求を内容とする内容証明郵便を平成二〇年六月二四日に同被告に差し出していること(甲六)、同年七月四日に同被告から原告への返信が差し出されていること(甲七)に照らし、原告の上記内容証明郵便は、遅くとも同年六月三〇日には被告Y2社に到達しているものと解される。したがって、同年七月一日を遅延損害金の起算日と認める。
ウ 被告Y1社との関係では、本件本訴請求の訴状が被告Y1社に送達された日の翌日である平成二〇年一〇月三〇日を遅延損害金の起算日と認める。
六 反訴関係の争点(本訴提起が不法行為に当たるかどうか、争点八)について
被告Y2社は、原告の本件本訴請求は事実上又は法律上の根拠を欠き、しかも、原告は、そのことを知りながら訴えを起こしたから、本件本訴の提起は、不法行為に当たる旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、原告の本件本訴請求は一部理由があり、原告による本件本訴の提起が、訴訟制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くものとはいえないから、これが不法行為に当たるとの被告Y2社の上記主張は採用できない。
第四結論
よって、原告の本訴請求は、被告らに対し、安全配慮義務違反の債務不履行に基づき、連帯して九七二万二九八八円及びこれに対する各履行の請求の日の翌日(被告Y2社については平成二〇年七月一日、被告Y1社については同年一〇月三〇日)から各支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、原告のその余の本訴請求及び被告Y2社の反訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中敦 宮﨑朋紀 上村海)