大阪地方裁判所 平成20年(ワ)13282号 判決 2009年7月23日
原告
村角工業株式会社
同訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
井上裕史
同訴訟復代理人弁護士
速見禎祥
同
張泰敦
被告
株式会社硝英製作所
同訴訟代理人弁護士
吉澤敬夫
同訴訟代理人弁理士
新井全
同
岡崎信太郎
同補佐人弁理士
野口和孝
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告は,原告に対し,6100万円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 被告
主文と同旨
第2事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 本件意匠権
原告は,次の意匠権(以下「本件意匠権」といい,その登録意匠を「本件登録意匠」という。)を有している。
登録番号 第888566号
出願番号 意願平2-37897号
(以下「本件出願」という。)
出願日 平成2年11月8日
登録日 平成5年10月12日
意匠に係る物品 医療検査用細胞容器
登録意匠 別紙2-1(意匠公報)のとおり
(2) 類似意匠
本件登録意匠には,次のアないしウの各類似意匠(平成10年法律第51号による改正前の意匠法10条,22条)が登録されている(甲3:以下,各類似意匠につき,それぞれ類似意匠登録番号を付して「本件類似意匠1」などという。)。
ア 類似意匠登録 第1号
出願番号 意願平2-37898号
出願日 平成2年11月8日
登録日 平成5年10月12日
意匠に係る物品 医療検査用細胞容器
登録意匠 別紙2-2(意匠公報)のとおり
イ 類似意匠登録 第2号
出願番号 意願平8-11545号
出願日 平成8年4月19日
登録日 平成10年11月27日
意匠に係る物品 医療検査用細胞容器
登録意匠 別紙2-3(意匠公報)のとおり
ウ 類似意匠登録 第3号
出願番号 意願平8-11546号
出願日 平成8年4月19日
登録日 平成10年11月27日
意匠に係る物品 医療検査用細胞容器
登録意匠 別紙2-4(意匠公報)のとおり
(3) 本件登録意匠に係る物品
本件登録意匠に係る物品である「医療検査用細胞容器」(以下「本件物品」という。)は,細胞を採取し顕微鏡用標本作成のための処理を施すためのものである(甲2)。
(4) 被告製品の製造販売
被告は,別紙1(被告製品目録)記載の医療検査用細胞容器(以下「被告製品」といい,その意匠を「被告製品意匠」という。)を,業として製造販売し,また販売のために展示している。
2 原告の請求
原告は,被告製品が本件登録意匠に類似し,これを製造販売する行為が本件意匠権を侵害すると主張して,不法行為に基づく損害賠償として6100万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成20年10月1日から支払い済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の各支払いを求めている。
3 争点
(1) 被告製品意匠が本件登録意匠と類似するか。 (争点1)
(2) 損害の額 (争点2)
第3争点に係る当事者の主張
1 争点1(被告製品意匠が本件登録意匠と類似するか)
【原告の主張】
(1) 本件登録意匠及び被告製品意匠の構成態様
本件登録意匠の「基本的構成態様」と,「具体的構成態様」は,別紙3(本件登録意匠の構成態様)の「原告の主張」欄に記載のとおりである。また,被告製品意匠の構成態様は別紙4(被告製品意匠の構成態様)の「原告の主張」欄に記載のとおりである。
(2) 需要者が注視する本件登録意匠の構成
本件物品は,生物標本作製という極めて限定された用途に用いられるものであり,専門的な医療検査従事者が需要者となる。かかる需要者は,本件物品を使用するに際し,作業効率の観点から当該物品を観察するのであり,特に,次の構成に注視する。
ア 透孔の構成(大きさ,形状,配置)
イ 標本収納部の構成(容器内部の構成,仕切りの数・配置)
ウ 蓋と容器本体を固定するための構成(蓋及び容器本体に設けられた各係合部材の構成)
エ 容器本体の横に設けられた段差(ミクロトームに確実に固定されるか)
(3) 本件登録意匠と被告製品意匠との対比
ア 基本的構成態様における類似
本件登録意匠と被告製品意匠とは,基本的な構成態様において同一である。
なお,基本的構成態様のうち容器本体平面の縦と横の構成比は,それが異なれば需要者に異なる美感を想起させるものであるから,類否判断の上で重要な要素となる。そして,両意匠は,縦と横の構成比が全く同一であることから,需要者に同一の美感を想起させるものである。
イ 具体的構成態様における共通点
本件登録意匠と被告製品意匠とは,需要者が特に注視する具体的な構成態様においても全く同一である。
(ア) 容器本体の透孔の共通点について
透孔は検体洗浄時に薬液等の通り道となるため,その配置や形状は,作成される生物標本の出来栄えを左右する極めて重要な要因である。したがって,需要者が透孔の構成に注視する度合いは,当該物品の他の構成に比較して数段大きく,透孔の数及び形状が同一であることは,需要者に類似した美感を強く想起させる。
(イ) 容器本体の標本収納部の共通点について
本件登録意匠と被告製品意匠(以下,本件登録意匠と被告製品意匠を併せて「両意匠」ともいう。)の容器本体の標本収納部に関する共通点は「容器本体内部に仕切りがなく,内部壁面は底面から略垂直になっている」ことであり,仕切りの有無により,需要者が想起する美感は大きく異なる。よって,容器本体の標本収納部の構成が共通していることは,需要者において同一の美感を想起させる。
(ウ) 容器本体の横の段差の共通点について
容器本体の長辺部に,底面から本体の高さの4分の1程度の高さの位置で,側面に略垂直に突出しさらに底面に略垂直になるように段差が形成されているが(以下「本件段差」という。),この段差の高さは各メーカーにより異なっており,画一的なものではない。そして,両意匠に設けられた本件段差はほぼ同じ高さであるから,需要者に同一の美感を与える。
(エ) 容器本体の左右側面の共通点について
本件物品の蓋を容器本体に装着する方法には,容器本体の左右両側面において,蓋に設けられたレ字状の突起を容器本体の段差に係止する以外にも,蓋の突起の一方を容器本体の長孔にはめ込む方法等,多様な構成が存在する。したがって,蓋を係止するために容器本体に設けられた段差も,需要者に同一の美感を強く想起させる。
(オ) 蓋の平面の共通点について
上記(ア)のとおり,蓋の透孔も需要者に同一の美感を想起させる。
(カ) 蓋の突起の共通点について
上記(エ)と同様に,蓋を係止するために蓋に設けられた突起も需要者に同一の美感を想起させる。
ウ 具体的構成態様における差異点について(被告の主張に対する反論)
本件登録意匠と被告製品意匠とは,次の点において異なるが,これらの差異点の存する構成は,いずれも需要者が注視するところではなく,また,その差異の内容も些細である。
(ア) 容器本体の左右側面の差異点について
被告製品意匠は,別紙5(被告製品の形態)写真1に示すように,開口側の中央領域が切り欠き部となっている(以下「被告切り欠き部」という。)ところ,かかる被告切り欠き部はわずかな隙間にすぎず,蓋を容器本体に嵌合させた場合には,蓋の底面にあるリブによりその存在はさらに認識困難となる。したがって,被告切り欠き部は,需要者が注目する部位でもなく,また,差異の度合いも軽微であるから,被告切り欠き部の有無により需要者が異なる美感を想起することはない。
(イ) 容器本体の正背面・底面・左右側面の差異点について
被告製品意匠の底面には,別紙5写真3に示す12個の脚部が設けられている(以下「被告脚部」という。)ところ,かかる被告脚部は,容器開口部を上向きにしているときは見えず,また,アダプターに設置するため底面を上向きにするときは底面の上にパラフィンが付着しているため,パラフィンに埋もれて見えなくなる。
したがって,需要者は被告脚部に注視しないし,また被告脚部の高さは約0.6mmであり,容器本体の脚部を含まない高さ(7.7mm)の1割にも満たず差異の程度も軽微であるから,需要者に格別の美感を想起させるものではない。
(ウ) 容器本体の平面の差異点について
需要者は,透孔の微妙な配置の違いについてそれほど注意を払わないし,通常に使用している場合,透孔が内壁に密着しているかどうかは容易に判別できない。また,被告製品意匠には,別紙5写真4に示すように,短辺側の開口端面が階段状になっている(以下「被告階段状部」という。)ところ,かかる被告階段状部の有無についても,些末なものである。
よって,これらにより需要者に異なる美感を想起させることはない。
(エ) 蓋の平面の差異点について
被告製品意匠の蓋の平面には,3つの透孔の面積を併せた程度の面積を有する棒状の長孔が周縁部に3箇所設けられている(以下「被告長孔」という。)ところ,かかる被告長孔は鋳型の構造上生じるものであり,本件物品の使用態様等に関与しない。また,被告長孔がレ字状突起を製造するためのものであることは容易に認識できるのであり,むしろ,需要者をして本件登録意匠の特徴的なレ字状突起に注意を集めさせるものである。
また,本件登録意匠の蓋の切り欠きは需要者の注視する箇所ではなく,長手方向の長さに比較して,わずか2%以下の深さで設けられているにすぎず,かかる差異点から需要者が受ける美感は,前記共通点から需要者が想起する類似の美感を凌駕するものではない。
(オ) 蓋の左右側面の差異点について
被告製品意匠の蓋の突起は需要者が注視するものではなく,その寸法自体もわずかであるから,需要者に異なる美感を想起させるものではない。
(カ) 蓋の底面の差異点について
需要者が蓋の裏面を見るのは,蓋を容器本体から外す瞬間だけであり,リブの構成が需要者に注視されることはない。需要者は,蓋を底面から見た場合に限り,同リブを認識し得るにすぎず,通常の使用態様等においては,両意匠のリブは全く同じ構成と認識される。よって,両意匠の共通点から需要者の想起する類似の美感を否定するほどの異なる美感を想起させるものではない。
エ まとめ
前記ア,イのとおり,本件登録意匠と被告製品意匠とは,基本的構成態様及び具体的構成態様において類似しており,具体的構成態様において,前記ウの差異があるものの,これらは異なる美感を生じさせる要素とならない。
【被告の主張】
(1) 本件登録意匠及び被告製品意匠の構成態様
本件登録意匠の構成態様は別紙3(本件登録意匠の構成態様)の「被告の主張」欄に記載のとおりである。
また,被告製品意匠の構成態様は別紙4(被告製品意匠の構成態様)の「被告の主張」欄に記載のとおりである。
(2) 需要者が注視する本件登録意匠の構成について
ア 本件登録意匠の構成のうち,需要者が注視する構成(容器本体の底面)
本件物品の需要者である医療検査従事者は,当該物品に対して高い注意力を払う専門家であるから,透孔,標本収納部,蓋と容器本体とを固定する構成,容器本体に設けられた段差という基本的な機能を超えるような一見すると微細に見える部分の機能的な差異にも着目して製品を選択する。
よって,そのような機能的な差異をもたらす形状部分は,需要者にとってこれらを区別する大きな要素であり,需要者が注視する箇所である。
なお,その中でも,容器本体の底面は,購入の際に需要者が視認できる領域である上,本件物品においては積極的に需要者に注視される領域でもある。
すなわち,本件物品を使用する上で需要者が最も気を遣う作業は,検体をパラフィンごとミクロン単位で薄く切断する手作業であるところ,その際,パラフィンは容器本体の底面に付着している状態になっている。そのため,容器本体の底面の強度が弱いと底面が歪み又は切断対象が容器からずれてしまうおそれがあり,そうすると検体を切断できなくなる。したがって,容器本体の底面は,需要者に注視される部分である。
イ 本件登録意匠の構成のうち,需要者が注視することをしない構成(原告の主張に対する反論)
原告が主張する構成は,次に述べるとおり,本件物品がもつ基本的な機能をもたらす形状にすぎず,それ自体は特別に注視されるべき箇所とはいえない。
(ア) 透孔の構成
透孔は検体を処理するための薬液や溶融パラフィン(以下「薬液等」ともいう。)の通り道であり,生物標本の出来栄えを左右する要因であるため,需要者に注視されるが,かといって,ありふれた形態までもが注視されるわけではなく,特別な機能を有し,かつ,公知でない形態について,需要者によって注視される。
本件登録意匠の出願日前に丸穴や四角穴を多数並べた透孔の形状自体は公知である。
(イ) 標本収納部の構成及び蓋と容器本体を固定するための構成
いずれも,この種容器に要求される当然の基本的構成であって,この構成があるという理由だけでそれが注視されるわけではない。
なお,標本収納部の構成は,検体を収容する領域であるから需要者が注目する部分である。しかし,仕切りが無く収納部が1つのタイプは40年以上前から現在に至るまで数多く採用されてきた極めてありふれた形態であり,仕切りが無いという物の存在を否定する形態までもが,需要者に注視されることにはならない。
(ウ) 容器本体横に設けられた段差(本件段差)
本件段差はアダプターに固定するための基本的な機能を確保する上で必要な形態であって,そこに独自な美感などない。
(3) 本件登録意匠と被告製品意匠との対比
ア 基本的構成態様について
本件登録意匠と被告製品意匠の基本的構成態様は同一であるが,かかる基本的形態は本件物品の標準的な形態であって,何ら需要を喚起するものではない。
よって,これが同一であることは,両意匠の類否判断に何らの影響を及ぼすものではない。
イ 具体的構成態様における共通点について(原告の主張に対する反論)
原告は,次の各点について,具体的構成態様が類似していると主張するが,いずれも,公知の形態もしくは技術に係る形態であって,両意匠の類否判断に影響を及ぼすものではない。
(ア) 容器本体の透孔の共通点
両意匠は,「小さな正方形のマス目状の透孔が縦7列横10行で設けられている」という点で共通する。しかし,小さな透孔を数える需要者は皆無であり,需要者は一見して多数の小さな孔の集合体と認識するだけである。そして,小さな透孔の集合体は公知の形態であり(乙3,5~9),その形状が正方形であることも公知の形態である(乙6,7)。
(イ) 容器本体の標本収納部の共通点
両意匠は「内部壁面は底面から略垂直になっている」という点で共通するが,これも公知の形態である(乙4,5,11)。
(ウ) 容器本体の横の段差の共通点
両意匠は「容器本体の長辺部に,底面から本体の高さの4分の1程度の高さの位置で,側面に略垂直に突出しさらに底面に略垂直になるように段差が形成されている」(本件段差)という点で共通する。しかし,このような段差を設けることは公知の形態である(乙10,12)。そもそも,この側面の段差はアダプターの爪に係止される部分であり,アダプターの爪の高さによって必然的に決められるものである。
(エ) 容器本体の左右側面の共通点
両意匠は,「左右側面に蓋の突起が係止される段差を有する」という点で共通する。しかし,このように,突起を係止するために段差を設けることは従来から当然に行われている技術に係る形態である(乙3,4,8)。
(オ) 蓋の平面の共通点
両意匠は,「蓋に小さな正方形のマス目状の透孔が,縦7列横10行で設けられている」という点で共通する。しかし,需要者は一見して多数の小さな孔の集合体と認識するだけであり,かかる小さな透孔の集合体は公知の形態である(乙3,5~9)。また,その形状が正方形であることも公知の形態である(乙6,7)。
(カ) 蓋の突起の共通点
両意匠は「蓋の一方の短辺に中央に間隔を開けて2個,他方の短辺の中央部に1個の突起が設けられている」という点で共通するが,そのような突起は公知の形態である(乙3,7,8)。また,両意匠は「突起がレ状になっている」という点でも共通するが,これも従来から当然に行われている技術に係る形態である(乙4,9)。
ウ 具体的構成態様における差異点について
本件登録意匠と被告製品意匠との間には,需要者が注視する具体的構成態様を含め,次の差異点があり,両意匠は類似しない。
(ア) 容器本体の左右側面の差異点
被告製品意匠には,被告切り欠き部が存在するが,本件登録意匠にはかかる切り欠き部は存在しない。被告切り欠き部は従来になかった新しい形態であり,蓋がされることで別紙5写真2に示す溶液入出孔となるので,需要者に特に関心を生じさせる。
(イ) 容器本体の正背面・底面・左右側面の差異点
容器本体の底面は,本件登録意匠の構成の中で,需要者が注視する構成であるところ(前記(2)ア),被告製品意匠の底面には被告脚部が設けられているが,本件登録意匠にはそのような脚部は存在しない。被告脚部は,検体を処理する際に処理籠内において重ねられた容器同士が密着せず,容器間に空間を形成し,同空間から薬液等を流通させることができるという従来の容器にはない新しい効果を発揮する。
また,被告脚部は左右側面,正背面からも視認できる。したがって,被告脚部も需要者に特に関心を生じさせる。
(ウ) 容器本体の平面の差異点
被告製品意匠の容器本体に設けられた透孔は内壁に密着しているが,本件登録意匠のそれは内壁に密着していない。被告製品意匠のように透孔を隅に配置することで,隅で滞留しやすい薬液等を容易に排出できるという機能的な利点があり,需要者が特に注視する部分の一つである。
また,被告製品意匠には被告階段状部が設けられているが,本件登録意匠にはそのような階段状の部分はない。被告階段状部は,薬液等を円滑に溶液入出孔に導くための切り欠きであって,溶液入出孔と同様に新しい形態であるため,需要者に注視され易い。
(エ) 蓋の平面の差異点
被告製品意匠の蓋の平面には,被告長孔が周縁部に3箇所設けられているが,本件登録意匠にはかかる長孔はない。
また,被告製品意匠は平面視の四辺が直線で形成されているのに対して,本件登録意匠の場合,長手方向の一端部が切り欠かれている。
(オ) 蓋の左右側面の差異点
別紙5写真2のように,被告製品意匠の突起の幅W1は本件登録意匠の突起の幅と比べて小さい。このように,被告製品意匠の突起幅W1が小さいのは溶液入出孔を極力大きくとるためであり,溶液入出孔を目立ちやすくしている。
(カ) 蓋の底面の差異点
被告製品意匠は,別紙5写真5のように,底面視においてロ字状のリブが設けられているが,本件登録意匠のリブは一対の凹字状になっている。これは,被告製品の左右側面に溶液入出孔があるため,溶液入出孔から検体が飛び出すおそれを有効に防止するためである。
エ まとめ
以上,両意匠の各共通点は複数の公知の形態ないしは必然的に定められる形態の寄せ集めであって,特段の斬新な美感を与えるものではない。これに対して,両意匠の差異点は,当該物品の目的・使用態様に鑑みて,需要者が注視すべき部分であり,しかもほとんどの方向から,複数の差異点を同時に視認することもできる。このため,両意匠に接した需要者が上記差異点をして両意匠を容易に区別することは明らかである。
よって,両意匠は需要者,取引者に対して異なった美感を与えるものであるから類似しない。
2 争点2(損害の額)
【原告の主張】
(1) 被告は,被告製品を平成5年1月から平成20年9月末日まで,合計300万個製造販売している。そして,これを原告が製造販売していれば1個につき20円,合計6000万円の利益を得ることができた。
(2) 本件の提起及び追行を弁護士に委任したことにより生じた費用のうち100万円が被告による本件登録意匠侵害行為と相当因果関係がある損害である。
【被告の主張】
否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
1 争点1(被告製品意匠が本件登録意匠と類似するか)について
(1) はじめに
前提事実(3),(4)によれば,本件登録意匠と被告製品意匠とは,物品が同一であることが認められる(争いがない)。そこで,以下では形態上の類否について検討する。
登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者(取引者も含む。)の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行われるものであるから(意匠法24条2項),その判断に当たっては,両意匠の形態の異同が,当該物品の目的,用途及び使用態様等に照らして需要者が注目し得る部分における意匠上の形態に係るものであるかどうか,当該登録意匠の出願時点における公知意匠等を参酌して需要者に新規な美感をもたらし得る形態に係るものであるかといった観点から,両意匠が全体として美感を共通にするか否かを検討するのが相当である。
(2) 本件物品の目的,用途,使用態様
前記争いのない事実,証拠(乙2の2〔2枚目のカセット包埋篭〕),乙14,乙18の1・2〔図19〕,乙21)及び弁論の全趣旨によれば,本件物品の目的等につき,以下のとおりであることが認められる。
ア 目的及び用途
本件物品は,細胞を採取し顕微鏡用標本作成のための処理を施すためのものである。
イ 使用態様
① 容器本体の開口部を上にして作業台に置き,ピンセット等で検体を容器本体内に収納し,別部品である蓋を装着し密閉する。検体を収納した複数の本件物品を積み重ねて自動固定包埋装置の処理籠に収納する。なお,緊急の場合には1つの容器のみで処理を行うこともある。
② その後,検体には,同装置内で自動機的に,脱水剤,脱脂剤,清浄剤の各薬液及び後の標本作成の際にパラフィンを浸透しやすくするための溶融パラフィンが,それぞれ浸透される。これらの薬液等は,容器本体底部及び蓋に設けられた透孔等の空間を通過し,容器内に充填されて,検体を脱水,脱脂及び清浄する。
③ 洗浄完了後,蓋を開けて容器本体から検体を取り出し,トレー内に入れる。そして,容器本体を,その開口部を上にして同トレーの上に蓋をするように載せる。
④ 容器本体上部から,溶融パラフィンを,容器からあふれない程度に注ぐ。溶融パラフィンは,容器本体底部の透孔を通って検体を入れたトレーに充填される。
⑤ パラフィンを充填させた後,冷却して流し込んだパラフィンを固化させる。すると,パラフィン内部に検体が閉じこめられたパラフィン標本が,容器本体底部に付着した状態で完成する。
⑥ パラフィン標本の付着した容器本体を裏返し,その底面を上にして容器本体ごとアダプターに固定し,ミクロトームに設置して,パラフィン標本を水平方向に薄くスライスする。
⑦ ミクロトームでスライスしたものをスライドグラスに載せ,染色等をした上,顕微鏡等で観察し,ガン細胞の有無などを診断する。
(3) 本件登録意匠の構成態様
証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば,本件登録意匠の構成態様について,以下のとおりであると認められる。
ア 基本的構成態様
(ア) 蓋と容器本体からなる。
(イ) 容器本体は,上面を開口した直方体で,その平面は縦と横の構成比が約3対4の横長の長方形で,四隅が扇形の形態(丸みを帯びた形態)から成り,正面は高さと横の構成比が約1対4であり,底面には多数の透孔が存在する。
(ウ) 蓋は,薄い板状で多数の透孔が存在する。また,底面の左右の短辺に容器本体に取り付けるための突起が存在する。
イ 具体的構成態様
(ア) 透孔の構成
容器本体及び蓋の透孔は,小さな正方形のマス目状であり,縦7列横10行で配列されている(透孔の総数70個)。容器本体の透孔は内壁に密着していない(蓋の底面のリブの厚さとほぼ同じ間隔がある。)。
(イ) 標本収納部の構成
容器本体内部には仕切りがなく,内部壁面は底面から略垂直になっている。
(ウ) 蓋と容器本体を固定するための構成
a 蓋を容器本体に固定するために,蓋の一方の短辺に,中央に間隔を開けて2個,他方の短辺の中央部に1個の突起が,それぞれ設けられている。
b 当該突起はレ字状となっており,容器本体の左右側面には同レ字状突起と結合する段差が,突起の幅より広い範囲で設けられている。
(エ) 容器本体の横に設けられた段差
容器本体の長辺部には,底面から本体の高さの4分の1程度の高さの位置で,側面に略垂直に突出し,さらに底面に略垂直になるように段差(本件段差)が形成されている。
なお,本件段差は,容器本体の長辺部から短辺部に回り込み,前記(ウ)bの段差へ垂直に結びつくことによって,容器本体の左右側面に逆凹字状の形状を形成している。
(オ) 蓋
a 蓋の長手方向の一端部が切り欠かれている。
b 蓋の底面には,一対のコ字状のリブが,透孔の集合体を囲うように(透孔の集合体を囲うリブの左右の短辺中央が欠けた状態で)設けられている。
(4) 被告製品意匠の構成態様
証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品意匠の構成態様について,以下のとおりであると認められる。
ア 基本的構成態様
(ア) 蓋と容器本体からなる。
(イ) 容器本体は,上面を開口した直方体で,その平面は縦と横の構成比が約3対4の横長の長方形で,四隅が扇形の形態(丸みを帯びた形態)から成り,正面は高さと横の構成比が約1対4であり,底面には多数の透孔が存在する。
(ウ) 蓋は,薄い板状で多数の透孔が存在する。また,底面の左右の短辺に容器本体に取り付けるための突起が存在する。
イ 具体的構成態様
(ア) 透孔の構成
本件容器及び蓋の透孔は,小さな正方形のマス目状であり,縦7列横10行で配列されている(透孔の総数70個)。容器本体底部の透孔は内壁に密着するように配置されている。
(イ) 標本収納部の構成
a 容器本体内部には仕切りがなく,内部壁面は底面から略垂直になっている。
b 短辺側の開口端面が階段状になっている(被告階段状部)。
c 開口部の短辺側中央領域が切り欠き部となっており,別紙5写真1のように,中央領域の高さH1が,両端部の高さH2に比べて低くなっている(被告切り欠き部)。
d 容器本体の底面には,2個の透孔の面積を合わせた程度の底面積をもつ脚部が長辺側に沿って3個ずつ,それよりやや細い脚部が短辺側に沿って3個ずつ(合計12個)設けられている(被告脚部)。
(ウ) 蓋と容器本体を固定するための構成
a 蓋を容器本体に固定するために,蓋の一方の短辺に,中央に間隔を開けて2個,他方の短辺の中央部に1個の突起が設けられている。
b 当該突起はレ字状となっており,容器本体の左右側面には同レ字状突起と結合する段差が,突起の幅よりも広い範囲で設けられている。
(エ) 容器本体の横に設けられた段差
容器本体の長辺部には,底面から本体の高さの4分の1程度の高さの位置で,側面に略垂直に突出し,さらに底面に略垂直になるように段差(本件段差)が形成されている。
(オ) 蓋
a 蓋の平面には,小さな正方形のマス目状の透孔が縦7列,横10行で配列されており,また,2つないし3つの透孔の面積を合わせた程度の面積を有する棒状の長孔(被告長孔)が,3つの突起(前記(ウ))の内側に設けられている。
また,蓋の平面視における四辺が直線で形成されている(切り欠きがない。)。
b 右側面における突起幅W1が蓋全体幅W2の約18%となっている(別紙5写真2)。
c 蓋の底面には,ロ字状のリブが,透孔の集合体を囲うように設けられている。
(5) 本件登録意匠において需要者が注視する構成態様(要部)
ア 基本的構成態様
本件登録意匠における基本的構成態様は,前記(3)アのとおりである。
ところで,本件出願時に公知であった意匠(乙3の第1図,乙5のFIG.1,乙6の2枚目,乙7の第1図,乙8のFIG.1,乙9の第1~第6図,乙10の2枚目左側の写真,乙11の図2,乙12の2枚目及び乙19の5)によれば,本件物品は,本件登録意匠の基本的構成態様である蓋と容器本体からなること,容器上面を開口した直方体で,その平面は縦と横の構成比が約3対4の横長の長方形で,四隅が扇形の形態(丸みを帯びた形態)から成ること,容器の底面には多数の透孔が存在すること,蓋は薄い板状で多数の透孔が存在し,底面の左右の短辺には容器本体に取り付けるための突起が存在することは,いずれも本件出願当時,既に周知であり,本件物品においてありふれた形態であったと認められる。
したがって,本件登録意匠の基本的構成態様において要部となるべき部分はないというべきである。
イ 具体的構成態様
(ア) 透孔の構成
本件登録意匠における透孔の構成は,前記(3)イ(ア)のとおりである。
ところで,本件出願時に公知であった意匠(乙3,5~12及び乙19の5〔いずれも前記アで掲記した図面等〕)によれば,本件物品において蓋と容器本体の底面に多数の透孔を設けることは本件出願当時,既に周知であり,また,その形状を略四角形とすることも周知であったことが認められる(乙6,7)。
また,本件登録意匠における透孔の数や配列が,上記公知意匠(乙6,7)における透孔の数や配列と比べ,特に異なる印象を与えるものとも認められない。
本件物品の使用態様に照らしてみても,透孔は検体を処理するための薬液等を透過させるために設けられるものであるから,需要者としては,薬液等の透過が十分確保できる程度の大きさ・数の透孔が設けられているかどうかを確認すれば足りるのであって,それ以上に,透孔の形状,具体的な配列方法や総数について注目するとは考えにくい。
(イ) 標本収納部の構成
本件登録意匠における標本収納部の構成は,前記(3)イ(イ)のとおりである。
ところで,本件出願時に公知であった意匠(乙3,5及び8〔いずれも前記アで掲記した図面〕)によれば,本件物品において容器本体収納部に仕切りを設けないという点については,本件出願当時,既に周知であったと認められる。
また,本件物品の容器本体内部壁面が略垂直であるという点についても,同様に本件出願時に公知であった意匠(乙5のFIG.1~4,乙8のFIG.1~5及び乙9の第1~第6図)によれば,本件出願当時,既に周知であったと認められる。
このように,容器本体の収納部の構成についても周知の形態にすぎない。
(ウ) 蓋と容器本体を固定するための構成
本件登録意匠における蓋と容器本体を固定するための構成は,前記(3)イ(ウ)のとおりである。
ところで,本件出願時に公知であった意匠(乙7の第1図及び乙8のFIG.1)によれば,本件物品において蓋の一方の短辺に中央に間隔を開けて2個,他方の短辺の中央部に1個の突起を設けることは本件出願当時,既に周知であったと認められる。また,箱体一般の構成ではあるものの,本件出願時において,蓋にレ字状の突起を設け,容器本体にこれと結合する段差を設ける構成は公知であったことが認められる(乙4の第1~第3図)。
また,本件物品の使用態様に照らしてみても,本件物品の需要者としては処理中に蓋が開いて検体が流出しなければ足りるのであり,隙間なく密閉する必要もないのであるから(むしろ隙間がある方が好ましい。),購入するに当たって実際に蓋の開閉具合を確認すれば十分であり,それ以上に具体的な係合に係る構成についてまで注目するとは考えにくい。
そうすると,上記各構成については,これを無視することはできないものの,需要者に与える美感は限定的というべきである。
(エ) 容器本体の横に設けられた段差
本件登録意匠における本件段差の構成は,前記(3)イ(エ)のとおりである。
ところで,本件段差について,本件物品においてかかる段差を設ける構成が,本件出願時において公知ないし周知であったと認めるに足りる証拠はない。
また,使用態様に照らしてみても,本件物品では,パラフィン標本を容器本体底部に付着させた後,これを裏返してアダプターに固定してミクロトームでスライスするというのであり(前記(2)イ⑥),本件段差はアダプターに固定する際に,アダプターの爪に係合するものであることからすれば,本件段差は需要者の注目する部分ということができる。
もっとも,証拠(乙12の3枚目)によれば,本件物品の容器本体側面に段差を設ける構成自体は,本件出願時において公知であったと認められる。よって,本件段差が需要者に新規な美感をもたらすとしても,その程度は必ずしも大きくはない。
(オ) 蓋
本件登録意匠における蓋の構成は,前記(3)イ(オ)のとおりである。
ところで,これらの構成は,いずれも,蓋と容器本体を結合させるための構成であると考えられ,しかも,そのための通常の形態というべきであり,需要者に特段の美感を与えるものとはいえない。
ウ まとめ
以上によると,本件登録意匠の要部は,本件段差(この段差が,蓋の突起を容器本体に係止させるための段差と結びつくことによって,左右側面において形成された逆凹字状の形状を含む。)ということができる。
(6) 本件登録意匠と被告製品意匠の対比
上記認定した本件登録意匠と被告製品意匠の各構成態様によれば,両意匠には以下の共通点と差異点が認められる(下記共通点及び差異点が存在すること自体に争いはない。)。
ア 共通点
基本的構成態様がすべて共通であるほか,以下の具体的構成態様が共通する。
(ア) 容器本体及び蓋には,小さな正方形のマス目状の透孔が縦7列横10行(透孔の総数70個)で設けられている(以下「共通点1」という。)。
(イ) 容器本体の収納部には仕切りがなく,内部壁面は底面から略垂直になっている(以下「共通点2」という。)。
(ウ) 容器本体の左右側面に,蓋の突起と係合する段差が,同突起の幅よりも広い範囲で設けられている(以下「共通点3」という。)。
(エ) 蓋の一方の短辺に,中央に間隔を開けて2個,他方の短辺の中央部に1個の,レ字状突起がそれぞれ設けられている(以下「共通点4」という。)。
(オ) 容器本体の長辺部に,底面から本体の高さの4分の1程度の高さの位置で,側面に略垂直に突出し,さらに底面に略垂直になるように段差(本件段差)が形成されている(以下「共通点5」という。)。
イ 差異点
(ア) 容器本体に係る差異点
a 被告製品意匠の容器本体には被告切り欠き部が設けられているが,本件登録意匠にはかかる切り欠き部は存在しない(以下「差異点1」という。)。
b 被告製品意匠の容器本体底面には被告脚部が設けられているが,本件登録意匠にはそのような脚部は存在しない(以下「差異点2」という。)。
c 被告製品意匠の容器本体底面の透孔は内壁に密着しているが,本件登録意匠の同透孔は内壁に密着していない(以下「差異点3」という。)。
d 被告製品意匠には,容器本体短辺側の開口端面に被告階段状部が設けられているが,本件登録意匠にはそのような階段状部はない(以下「差異点4」という。)。
(イ) 蓋に係る差異点
a 被告製品意匠の蓋の平面には,棒状の被告長孔が周縁部に3箇所設けられているが,本件登録意匠にはかかる長孔はない(以下「差異点5」という。)。
b 被告製品意匠の蓋は,平面視の四辺が直線で形成されているのに対して,本件登録意匠では長手方向の一端部が切り欠かれている(以下「差異点6」という。)。
c 被告製品意匠の蓋に設けられた突起の幅W1は,本件登録意匠の同突起の幅と比べて小さい(以下「差異点7」という。)。
d 被告製品意匠の蓋には底面視においてロ字状(7×10で配列された透孔の集合体を囲む形で)のリブが設けられているが,本件登録意匠のリブは一対の凹字状(コ字状)になっている(左右の短辺において切り欠いている。)(以下「差異点8」という。)。
(7) 類否判断
ア 共通点について
(ア) 基本的構成態様を共通にすることについて
前記(5)アのとおり,本件登録意匠の基本的構成態様は,要部とはいえず,基本的構成態様を共通にすることについては,両意匠の類否判断に大きな影響を与えないものというべきである。
(イ) 共通点1について
前記(5)イ(ア)のとおり,本件登録意匠における透孔の構成は,要部とはいえず,透孔に係る共通点1が両意匠の類否判断に与える影響も大きくないというべきである。
(ウ) 共通点2について
前記(5)イ(イ)のとおり,本件登録意匠における標本収納部の構成は,要部とはいえず,容器本体の収納部の構成に係る共通点2が両意匠の類否判断に大きな影響を与えるものではないというべきである。
(エ) 共通点3及び4について
前記(6)ア(ウ),(エ)のとおり,両意匠において共通点3,4の存することが認められるが,前記(5)イ(ウ)のとおり,本件登録意匠における蓋と容器本体を固定するための構成は,需要者に与える美感は限定的というべきである。
(オ) 共通点5について
前記(6)ア(オ)のとおり,両意匠において共通点5の存することが認められる。
また,前記(5)イ(エ),同(5)ウのとおり,本件段差は,需要者の注視する構成であり,また,両意匠はこの点においても共通しているということができる。
しかし,本件物品の容器本体の正面図を観察すると,本件登録意匠において,本件段差自体の存在のみによって美感を生じているわけでなく,本件段差により,容器本体の下部4分の1程度が,上部より一回り小さな台を形成することにより得られる全体の印象によっても,美感を想起しているということができる。そして,この段差によって分割された下部は,前記(6)イ(ア)bのとおり,被告脚部の存在により,本件登録意匠と顕著な差異点が認められ,その結果,両意匠によって異なる印象を与え,本件段差によって想起される美感は,同じとはいえない。
イ 差異点について
(ア) 差異点1及び4について
被告切り欠き部及び被告階段状部に係る差異点1及び4について,本件物品においてかかる切り欠き部及び階段状部を設ける構成が,本件出願時において公知ないし周知であったと認めるに足りる証拠はない。しかし,被告切り欠き部の深さは決して大きいものではなく,被告階段状部についてもごく小さなものであって,しかも蓋を閉めると蓋の陰に隠れて容易に見ることができなくなってしまうものである。
たしかに,被告が主張するように,被告切り欠き部は溶液等の入出孔としての機能を有するものとは考えられるが,被告の主張によっても,その大きさは両側面合計で約16.08㎟というのであるのに対し,容器本体底面の透孔1つ当たりの面積は3.8416㎟(被告主張),同透孔全体の合計面積は268.912㎟にも上ることからすれば,被告切り欠き部によって形成される溶液入出孔の面積は圧倒的に小さいものというべきである。
被告は,被告切り欠き部によって形成される溶液入出孔により水平方向からの薬液等の流入が期待できる旨主張するが,証拠(乙20の1~10,乙22の1~3)によれば,被告の行ったアンケートによっても,「短辺側側面の薬液入出孔により液が円滑に流れる」旨回答した者は12名中2名にすぎないことが認められる。
そうすると,被告製品においても,需要者が薬液等の透過を期待するのは主として透孔であると考えられ,被告切り欠き部や被告階段状部に注目するとは考えにくい。
よって,被告切り欠き部及び被告階段状部の有無に係る差異点1及び4は,両意匠の類否判断において大きな影響を与えないというべきである。
(イ) 差異点2について
被告脚部に係る差異点2について,本件物品においてかかる脚部を設ける構成が,本件出願時において公知ないし周知であったと認めるに足りる証拠はない。
また,前記本件物品の使用態様によれば,本件物品では,検体を容器に入れて処理した後,トレーに入れ替え,容器本体をトレーに蓋をするように載せて溶融パラフィンを流し込み,容器本体底面にパラフィン標本を付着させ,さらに容器本体を裏返し,その底面を上にしてアダプターに固定してパラフィン標本のスライスを行うというのであり,かかる工程の中で需要者が最も気を遣うのはミクロン単位での標本のスライスを行う作業と考えられる。かかる本件物品の使用態様に照らすと,本件物品において,最も気を遣う作業を行う際の作業台となる容器本体底面の構成は,需要者に注目される重要な部分となるものと認められる。
そして,別紙5写真6及び写真7のように,被告製品の容器本体底部にパラフィン標本を付着させた上で,これを裏返すと,被告脚部は相当に目立つ構成となって需要者の前に現れることになる。しかも,被告が実施したアンケート結果(乙20の1~10,乙22の1~3)によれば,被告脚部は,容器本体底面に付着させたパラフィン標本の動きを規制して剥離するのを防ぐという効果や,被告製品を積み重ねて薬液等による処理を行う際に,容器同士を密着させず,被告脚部の間からも薬液等を流入させるという効果もあると考えられるから,多くの需要者は被告脚部に着目するものと考えられる。現に,上記被告が実施したアンケートの結果によっても,多くの者が被告製品の採用理由として,被告脚部の存在を挙げており,被告脚部が需要者に注目される構成であることが窺える。
なお,原告は,容器本体底面にパラフィン標本を付着させると,被告脚部はパラフィンに埋もれて見えなくなる旨主張するが,容器本体底面に付着させるパラフィン標本の大きさは,溶融パラフィンを充填するトレーの大きさによって異なり得るものであり,必ずしも被告脚部がパラフィンに埋まるとは考えられない。むしろ,証拠(乙19の1の1枚目及び乙21の4枚目)によれば,パラフィン標本は容器本体底面の全面にわたって付着するのではなく,周縁よりも内側に付着するのが通常と考えられるし,被告製品において使用が推奨されている「バイオベッセルトレー」(乙14)の形状からすると,被告製品においても同様と考えられる。そうすると,被告製品において,パラフィン標本を容器本体底面に付着させても,被告脚部がパラフィンに埋もれて見えなくなるとは認められない。
また,原告は,需要者が別紙5写真6及び写真7の撮影方向から本件物品を眺めることはない旨主張するが,仮に全く同じ角度から視認することはないとしても,被告脚部が同各写真の程度露わになっていれば,乙第1号証2枚目に示されるようにミクロトームに設置してスライスする際においても,需要者は被告脚部の存在に容易に気付き得ると考えられる。
以上のように,本件物品における容器本体底部の構成は需要者の注意を惹く部分である上,被告製品には被告脚部という従前には見られない新たな形態が付加されており,被告脚部の有無に係る差異点2は両意匠の類否判断に大きな影響を与えるものというべきである。
(ウ) 差異点3について
容器本体底面の透孔の配置に係る差異点3について,証拠(原告出願に係る特許公報〔乙23〕の段落【0007】,同【0014】及び同【0015】)によれば,被告製品意匠のように透孔が内壁に密着することによってパラフィン溶液等を速やかに排出するという利点があることは認められる。
しかし,本件類似意匠2(別紙2-3)及び3(別紙2-4)においては,容器本体底面に設けられた透孔が内壁に密着している構成が示されていることが認められる。
そうすると,差異点3については両意匠の類否判断に影響を与えないというべきである。
(エ) 差異点5について
被告長孔に係る差異点5についても,本件類似意匠2及び3において,被告製品意匠と同様の長孔を被告製品意匠と同様の箇所に3箇所設ける構成が示されているのであるから,差異点5についても両意匠の類否判断に影響しないというべきである。
(オ) 差異点6について
蓋の切り欠き部に係る差異点6について,本件登録意匠に示される切り欠き部は本件類似意匠2においても示されており,また,本件物品の蓋にかかる切り欠き部を設けることが公知ないし周知であったと認めるに足りる証拠もないことからすれば,かかる切り欠き部は一応新規の形態と評価することができる。
しかし,原告も主張するように,同切り欠き部の深さはわずかであり,本件物品の使用態様に照らしても,特段需要者の注意を惹くとも考えにくいので,差異点6の類否判断における影響は限定的というべきである。
(カ) 差異点7について
蓋に設けられた突起の幅に係る差異点7について,たしかに被告製品意匠に設けられた突起(別紙5写真2)は,本件登録意匠に設けられた突起の幅よりも小さいことは認められるが,その差はわずかである上,本件類似意匠2及び3の蓋に設けられた突起とはほぼ同じ幅になるものと認められる。
被告は,かかる突起について,溶液入出孔を極力大きくとるためのものであると主張するが,その効果が十分発揮できるのか不明である。
そうすると,差異点7は両意匠の類否判断に影響しないというべきである。
(キ) 差異点8について
蓋底面に設けられたリブの形状に係る差異点8について,当該差異自体,決して大きなものとはいい難い上,本件物品の使用態様に照らしてみても,需要者が蓋の底面に注目するとは考えにくく,かかる差異点は,類否判断に影響を与えないものというべきである。
ウ まとめ
以上のように,本件登録意匠と被告製品意匠との共通点のうち,共通点3の本件段差(これが蓋の突起を容器本体に係止させるための段差と結びつくことによって,左右側面において形成された逆凹字状の形状を含む。)自体については,両意匠において共通しているが,本件段差によって生じる美感は,本件段差によって区切られた上部と下部との対比からも起因するところ,差異点2が存在するため,同一の新規な美感をもたらし得るものということができず,これに加えて,差異点2の被告脚部は本件物品において需要者が注目する部分に係る顕著な形態上の差異であり,これらの差異点は,両意匠の類否判断に大きな影響を与えるものといわざるを得ず,限定的ながらも類否判断に影響を与える差異点6の切り欠き部とも相まって,前記共通点1ないし5によってもたらされる両意匠における共通性,類似性を凌駕するものというべきである。
このように,全体としてみても,被告製品意匠は需要者に対して本件登録意匠と同一の美感を与えるものとまでは認められず,被告製品意匠は本件登録意匠に類似するものとは認められない。
2 結論
以上により,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないので,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 達野ゆき 裁判官 北岡裕章)
file_2.jpg別紙