大阪地方裁判所 平成20年(ワ)15970号 判決 2009年6月04日
原告
タイガー魔法瓶株式会社
同訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
井上裕史
被告
協和工業株式会社
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告は,別紙物件目録1記載の商品を輸入し,譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。
(2) 被告は,前項記載の商品を廃棄せよ。
(3) 被告は,原告に対し,2500万円及びこれに対する平成20年12月11日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は被告の負担とする。
(5) 仮執行宣言
2 被告
主文と同旨。
第2事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
原告は,魔法瓶,保温容器及びその部分品類の製造販売並びに輸出入等を業とする株式会社である。
被告は,各種金属類加工修理製作販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告物件及び被告物件の販売
ア 原告は,平成19年9月ころから,別紙物件目録2記載の各マグボトル「SAHARA MUG(サハラ マグ)」(以下,併せて「原告物件」という。)の販売を開始した。(甲5,6)
イ 被告は,平成20年1月ころから,別紙物件目録1記載のマグボトル「SAVANNA mini MUG BOTTLE(サバンナ ミニマグボトル)」(以下「被告物件」という。)の販売を開始した。
(3) 原告物件の形態
原告物件は,ステンレス製真空マグボトルである。ステンレス製真空マグボトルとは,2層のステンレスの間に真空空間を作り,内容物の熱の伝導,放射を防ぐことにより内容物の温度を長期間保たせることのできる水筒(いわゆる魔法瓶)をいう。
原告物件の形状(ただし,別紙物件目録2の2記載のボトルのもの),寸法及び材質は,別紙物件目録2の「原告物件説明書」記載のとおりである。
(4) 被告物件の形態
被告物件は,ステンレス製真空マグボトルである。
被告物件の形状,寸法及び材質は,別紙物件目録1の「被告物件説明書」記載のとおりである。
(5) 被告の行為
被告は,被告物件を輸入し,日本国内において販売している。
2 原告の請求
原告は,被告物件を輸入・販売する被告の行為が不正競争防止法2条1項3号の「不正競争」に当たるとして,同法3条1項に基づき被告物件の輸入,譲渡,貸渡し,譲渡若しくは貸渡しのための展示の差止めを,同条2項に基づき被告物件の廃棄を,同法4条に基づき損害賠償として2500万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成20年12月11日から支払い済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求めている。
3 争点
(1) 被告物件の形態は原告物件のそれと実質的に同一といえるか。(争点1)
(2) 被告物件の形態は原告物件のそれに依拠したものといえるか。(争点2)
(3) 損害の額(争点3)
第3争点に係る当事者の主張
1 争点1(形態の実質的同一性)
【原告の主張】
(1) 原告物件
原告物件の形状は,別紙物件目録2の「原告物件説明書」のとおりであり,その特徴は次のとおりである。
A 円柱形であり,
B 上部2cm程度の部分に蓋が存在し,蓋が内側のねじ溝により本体に固定される構成であり,
C 横から見た場合,凹凸や湾曲がほとんどなく,ほぼ直線によって構成されており,
D 幅は,蓋部分を含め頂部から底部にかけてほぼ一定であり,凹凸部分は,①蓋と本体の継ぎ目及び②本体下部5mm程度の位置にある側板と底板との継ぎ目部分の2か所のみであり,
E 上から見た場合,真円の形状を有し,
F 蓋を開け,開口部分から内容物を入れ,口金部分から直接内容物を飲むいわゆる「直飲み」タイプであり,
G 光沢のある銀色単色の
H ステンレス製真空マグボトルである。
(2) 被告物件
被告物件の形状は,別紙物件目録1の「被告物件説明書」のとおりであり,その特徴は次のとおりである。
A 円柱形であり,
B 上部2cm程度の部分に蓋が存在し,蓋が内側のねじ溝により本体に固定される構成であり,
C 横から見た場合,凹凸や湾曲がほとんどなく,ほぼ直線によって構成されており,
D 幅は,蓋部分を含め頂部から底部にかけてほぼ一定であり,凹凸部分は,蓋と本体の継ぎ目の1か所のみであり,
E 上から見た場合,真円の形状を有し,
F 蓋を開け,開口部分から内容物を入れ,口金部分から直接内容物を飲むいわゆる「直飲み」タイプであり,
G 光沢のある銀色単色の
H ステンレス製真空マグボトルである。
(3) 対比
ア 一致点
前記(1)及び(2)のとおり,原告物件と被告物件は以下の点において全く同一の構成を有している。
A 円柱形であり,
B 上部2cm程度の部分に蓋が存在し,蓋が内側のねじ溝により本体に固定される構成であり,
C 横から見た場合,凹凸や湾曲がほとんどなく,ほぼ直線によって構成されており,
D 幅は,蓋部分を含め頂部から底部にかけてほぼ一定であり,凹凸部分は,①蓋と本体の継ぎ目,及び/又は②本体下部5mm程度の位置にある側板と底板との継ぎ目部分の1ないし2か所のみであり,
E 上から見た場合,真円の形状を有し,
F 蓋を開け,開口部分から内容物を入れ,口金部分から直接内容物を飲むいわゆる「直飲み」タイプであり,
G 光沢のある銀色単色の
H ステンレス製真空マグボトルである。
イ 相違点
上記に対し,相違点としては,Dにおいて①蓋と本体の継ぎ目部分が黒色(原告物件)かグレー(被告物件)か,②原告物件には本体下部5mm程度の位置に側板と底板との継ぎ目部分があるが,被告物件にはそれがないことの2か所のみである。①の部分の色は,全体の内,ごく僅かな部分の色が異なるにすぎず,また,②の継ぎ目部分も,下方のほとんど目立たない部分に極小さな凹凸があるか否かの相違にすぎず,原告物件及び被告物件を全体として観察すると,両者の特徴は全く同一である。
(4) 被告は,原告物件や被告物件(ステンレス製真空マグボトルである魔法瓶)の形態が,同種類の商品が通常有する形態であると主張するが,魔法瓶で本件のような形態を採用したものはない。すなわち,他のステンレス製真空マグボトルは,曲線的なデザインのものであったり,複数色を使い,キャラクターをプリントするなどカラフルであったり,また手提げ用の取っ手を付けるなど,様々な意匠上の特徴を有している。これに対し,原告物件は,単色,細身で,装飾のないシンプルなデザインである点に特徴がある。
【被告の主張】
否認ないし争う。
原告物件と被告物件は,その高さ,直径,容量,蓋と本体底部の曲率(原告物件は丸みがあるが被告物件は角ばっている。),底の形状,飲み口に加工されたねじの形状(原告物件は雌ねじであるのに対し,被告物件は雄ねじである。)などの形態において異なり,同一部分は見られない。
そもそも,原告物件や被告物件の形態は,蓋付きのコップとして同種類の商品が通常有する形態である。
2 争点2(形態の依拠性)
【原告の主張】
原告物件は,平成19年9月に発売されたものであるところ,被告は原告物件と実質的に同一である被告物件を平成20年1月ころから販売開始したのであるから,被告物件は原告物件に依拠したものである。すなわち,被告物件の形態は原告物件のそれと同一又は実質的に同一であるから,かかる客観的形態同一の事実から依拠が強く推認され,被告が独立開発の抗弁を主張,立証しない限り,「模倣」であるとの認定を免れないというべきである。
【被告の主張】
被告物件は,原告が原告物件を販売するより前の平成15年以前から中国国内にて販売されていた商品(以下「中国商品」という。)と同一であり(乙1),被告はこれを輸入したものである。
よって,被告物件の形態は原告物件のそれに依拠して作り出されたものではない。
【原告の反論】
被告の主張は否認する。被告が指摘する乙第1号証に記載された商品は,被告物件と同一ではない。
仮に被告物件が平成15年以前から販売されており,被告がこれを輸入,販売していたとしても,不正競争防止法2条1項3号の不正競争に当たるというべきである。すなわち,不正競争防止法は,我が国の主権内においてのみその効力を有するものであるが,原告物件は,我が国の主権内において原告が資金と労力を投下して我が国の市場に提供した商品であるから,海外における市場の状況にかかわらず,原告は,我が国の市場において先行者として保護されるべきである。
不正競争防止法2条5項の解釈としても,「作り出す」とは市場に置くことであって,製造を意味しないと解すべきである。そうすると,本件において被告は,原告物件が日本国内において流通していたことを知りながら被告物件を輸入し,これを日本国内において譲渡したのであるから,原告物件に依拠して被告物件を作り出したものといえる。
3 争点3(損害の額)
【原告の主張】
(1) 被告は,原告物件の存在を知りながら,平成20年5月ころから被告製品を1万5960個輸入し,日本国内において販売し,販売のために展示している。被告のかかる不正競争行為により,原告は原告物件の販売の機会を喪失した。
被告による不正競争行為がなければ原告が得ることができたはずの利益は,少なくとも2400万円を下らない。
(2) 原告が本件訴えの提起及び遂行を弁護士に委任したことにより生じた費用の内,100万円が被告の不正競争行為と相当因果関係にある損害である。
【被告の認否】
否認ないし争う。
被告は,被告物件を平成20年5月に5360個輸入し,その内1680個を販売しただけであり,その後,被告物件の輸入,販売をしていない。
第4当裁判所の判断
1 争点2(形態の依拠性)について
本件では,事案にかんがみ,争点2から判断することとする。
(1) 被告物件の輸入,販売
証拠(乙4~8)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,浙江剛自達工貿有限公司という会社から,型番が「C021」である「VACUUMMAG」という商品を,平成20年4月29日に大阪港に入港した船便により,輸入し,被告物件として,日本国内において販売したことが認められる。
(2) 中国商品の製造販売時期
浙江剛自達不銹鋼制品有限公司(中国法人)作成の2003年8月のカタログ(乙1)によると,被告が中国国内において販売されていた商品として主張するものは,同カタログ7枚目掲記の型番号「GZD-C021」の商品(中国商品)であり,上記中国法人が,2003年(平成15年)8月ころ,中国商品を製造販売していたことを認めることができる。
なお,原告は,第1回弁論準備期日に上記カタログが提出された後,第3回弁論準備期日において,上記文書の成立を否認する旨述べるが(準備書面(4)),その理由を具体的に明らかにしていないし,他方で,同文書の成立を疑わせる事情も見当たらないから,同文書は真正に成立したものと認めるのが相当である。
(3) 被告物件と中国商品との同一性
ア 前記カタログ(乙1)によれば,中国商品は,原告が被告物件の特徴点として主張する形態(前記第3の1【原告の主張】(2))のうち,Bの「2cm」という寸法以外の全ての点において一致しており,同寸法についても,同カタログには具体的な数値が記載されていないというのみで,形態としてはほぼ一致していることが窺える。したがって,被告物件と中国商品は,外観において形態上の相違点を認めることが困難なほど似通っていることが認められる。
これに対し,原告は,中国商品の容量が260mlとされているのに対し,被告物件の容量は220mlであるなどとして,被告物件と中国商品とは同一ではないと主張する。しかし,中国の工業規格の一つである「中華人民共和国軽工行業標準」(甲9)によれば,保温容器の容量測定に当たっては,容器内に室温の水(5~35℃)を溢れるまで入れた上で,中栓をして重量を測定した結果と,水を入れない容器に中栓をして重量を測定した結果との差を,1g当たり1mlと換算して容量とするものとされている。これに対し,被告物件の取扱説明書(甲2)には,「飲料物は,図の位置まででお願いします」と記載され,容器内部の径の小さくなった部分より約1cm下の位置が図示されており,被告の主張によれば,かかる位置までの容量として「220ml」と表示したというのである。そうすると,中国商品の容量と被告物件の容量とはそもそも測定方法において異なっている可能性があるから,その差異をもって両者が同一でないということはできない。かえって,被告物件を蓋のできるまで飲料を入れた場合の容量は252mlであり(弁論の全趣旨),中国においても表示容量の誤差は±5%まで認められていること(同)に照らすと,「260ml」という表記は許容範囲内ということになる。そうすると,容量の点において,被告物件と中国商品との間に矛盾はないというべきである。
イ 以上のように,中国商品と被告物件とは,その形態において一致し,容量においても矛盾しないこと,被告は,中国商品と同じ型番の商品を輸入し,これを被告商品として販売していたことからすれば,被告物件は中国商品そのものであって,浙江剛自達不銹鋼制品有限公司により,遅くとも平成15年8月には中国国内において製造販売されていたものと同一のものと認められる。
(4) 原告物件の製造販売時期との関係
他方で,原告は平成19年9月から原告物件を販売したものであり(前記第2の1(2)ア),原告従業員の陳述書(甲17)によっても,原告物件のデザイン作成を開始したのは平成18年11月というのであるから,被告物件と同一である中国商品は,原告物件が日本国内において販売されるより先に中国において製造販売されていたものと認められる。
(5) 小括
以上のように,被告物件は原告物件より先に中国国内において製造販売されていたものと認められるから,被告物件が原告物件の形態に依拠して作り出されたものでないことは明らかであり,よって,被告物件が原告物件の形態を模倣した商品に該当しないこともまた明らかというべきである。
(6) 原告の主張について
ア 形態の同一性による依拠の推定
原告は,原告物件と被告物件との客観的形態の同一性から依拠が強く推認されると主張するところ,前述したとおり,被告物件と同じ形態の中国商品が,原告物件の販売開始より前に中国国内で製造販売されており,しかも,被告物件が,上記中国商品と同一である以上,かかる推認の働く余地はないというべきである。
イ 不正競争防止法2条5項の解釈
原告は,仮に被告物件と同一の中国商品が,原告物件が日本国内で販売されるより先に,中国国内において製造販売されていたとしても,かかる商品を原告物件の販売後に日本国内に輸入して市場に置く行為は,不正競争防止法2条5項における「同一の形態の商品を作り出すこと」に当たると主張する。
しかし,市場に置く行為を同項の「同一の形態の商品を作り出すこと」に含めることは,「作り出す」の語義から乖離する上,そもそも同条1項3号が「他人の商品の形態(中略)を模倣した商品を譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しのために展示し,輸出し,又は輸入する行為」を「不正競争」と定義し,模倣行為と輸入等の行為とを分けて規定した上で,後者のみを「不正競争」として規制対象としていることに照らし,輸入等の市場に置く行為を「模倣」に含めることは,同号の規定の構造からしても採用することのできない解釈である。
2 結論
以上により,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないので,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 達野ゆき 裁判官 北岡裕章)
file_2.jpg別紙