大阪地方裁判所 平成20年(ワ)17196号 判決 2010年10月29日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
佐伯良祐
同
大川一夫
同
友弘克幸
同復訴訟代理人弁護士
吉村耕介
被告
株式会社Y
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
北本修二
同
七堂眞紀
主文
1 被告は原告に対し,金403万4243円及びこれに対する平成20年9月1日から支払済みまでの年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告に対し,金403万4243円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主文第1項,第2項同旨。
2 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被告は,原告に対し,平成20年8月31日から本判決確定の日まで,毎月末日限り,月額38万円の金員及びこれらに対するそれぞれ支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告に対し,76万円及びこれに対する平成20年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1 事案の概要
(1) 原告は,被告との間で雇用契約を締結し,被告が開設する学習塾(以下「a塾」という。)の講師として就労していたところ,被告は,勤務成績不良等を理由として原告を解雇した。
(2) 本件は,①原告が,被告に対し,同解雇が無効であるとして,雇用契約上の権利を有する地位の確認,②解雇後の未払賃金及び賞与(遅延損害金を含む。)の支払,③平成19年7月5日から平成20年7月5日までの間(以下「本件勤務期間」という。)における法定時間外労働及び休日労働に係る賃金(最終弁済日以降の遅延損害金を含む。)及び付加金の支払を求める事案である。
2 前提事実(ただし,文章の末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実,その余は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 被告は,学習塾の経営等を目的とする株式会社である。被告が開設するa塾は,小中学生を対象とする学習塾であり,平成21年2月当時において,大阪第1学区,第2学区において38教室を開設しており,生徒数は約1万3000名であって,いわゆる有名校受験のための進学塾である(<証拠省略>)。被告において,正社員としての講師は,教室長,副教室長,スタッフがおり,また,正社員以外に常勤,非常勤の講師がいる。
イ 原告は,平成19年7月5日,被告との間で,期間の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した。
なお,原告は,昭和62年4月,被告に入社し,文系講師として勤務していたが,平成15年3月31日,自己都合により退職した。その後,他の学習塾勤務等を経て,本件雇用契約により被告に再度入社した。
(2) 本件雇用契約の内容(原告の業務内容)等
ア 原告は,小学4年生から6年生及び中学生に対して,スタッフである文系講師として,英語,国語,社会の教科を指導する業務に従事していた。
イ 原告に対する賃金額は,基本給38万円及び通勤費2万370円である(<証拠省略>)。同賃金は,毎月末日締め(ただし,休日,欠勤は毎月15日締め)で,毎月末日支払である。なお,休日は,日曜日,祝祭日,夏期休暇,冬期休暇で会社が定めた日である(<証拠省略>)。
(3) 類共同体規約の規定(<証拠省略>。ただし,本件に関係する条項のみ)
22条1項
社員が次のいずれかに該当するときは,除名することがある。
① 略
② 勤務成績又は業務能率が著しく不良で,向上の見込みがなく,他の職務にも転換できない等,就業に適さないとき,
③ 勤務状況が著しく不良で,改善の見込みがなく,社員としての職責を果たし得ないとき
④ 以下 略
(4) 原告に対する解雇の意思表示等
ア 被告は,平成20年7月4日,原告に対し,口頭で,原告を解雇するとの意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。
イ また,被告は,同月11日付けで,原告に対し,解雇理由証明書を交付した。同証明書には,本件解雇理由として,「勤務態度又は勤務成績が不良であること」による解雇であると記載されている(<証拠省略>)。
第3本件の争点
1 本件解雇の有効性(本件解雇事由の有無及び解雇濫用の有無)(争点1)
2 本件解雇以降における未払賃金及び賞与の有無及びその額(争点2)
3 被告の原告に対する法定時間外労働及び休日労働に係る賃金支払請求権の有無及びその額(争点3)
4 付加金請求の成否(争点4)
第4争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(被告)
(1) 本件解雇理由の存在
原告の解雇理由は,塾講師としての勤務成績・勤務状況が著しく不要であり,向上の意欲が全く認められず,再三にわたり研修を受けさせたり,配置換えをする等被告の努力によっても,一向に改善されなかったという点にある。具体的には,①原告については,被告が年4回実施していた生徒に対するアンケート(以下「生徒アンケート」という。)の評価が著しく劣悪であって,本件勤務期間を通じて,全講師中ほぼ最下位の評価が続いたところ,被告は,原告に対し,多数回にわたって研修を受けさせたりして同人の授業能力の向上を図り,あるいは,配置転換を行い,改善を図ったが全く向上しなかった。②生徒,保護者から原告に対する苦情が多発した。被告は,ミーティング等において度重ねて注意したが,全く改善されなかった。③原告は,本件勤務期間中,生徒の名前を覚える努力を怠り,生徒の名前をほとんど記憶していないなど,全く生徒を掌握していなかった結果,生徒の進路・成績指導,問題発生時の対処を適切に行えなかった。④原告は,教科指導上,重要な資料の配付を時々忘れ,苦情を寄せられた上,他の授業や生徒の勉強に支障が生じたというものである。
(2) 本件解雇は,解雇権濫用に該当しないこと
上記(1)の①ないし④記載のとおり,原告の生徒アンケートの結果は低位のままであり,かつ,原告の授業に関しては,生徒及び保護者からのクレームが多発し,退塾,退講する生徒も出たこと,この間,被告は,原告を配属教室での会議等において注意指導したり,本社で行われる若手社員対象の授業技術研修に参加させてきたが,原告の勤務成績,勤務状況は,全く改善しなかった。そこで,やむを得ず解雇したものであって,かかる経緯等からすると,本件解雇については,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であるというべきである。
(原告)
(1) 本件解雇理由が存在するとはいえないこと
ア 生徒アンケート評価の点について
(ア) 原告は,約16年にわたって被告に勤務していた者であり,その間生徒アンケートの結果が劣悪であったということはないし,本件雇用契約締結後も十分にその職責を全うしてきた。生徒アンケートは,授業を受ける生徒の意見に過ぎず,これのみをもって原告の勤務成績等を計ることはできない。
(イ) また,生徒アンケートは,その結果が,回答する生徒の性格,属性に左右されやすい上,生徒と関係していた期間の長短,地域性等によっても評価結果は変動し得ると考えられること,すべての講師が同じ生徒に対して授業を行っているのではないことからしても,その正確性,公平性に問題があるというべきである。
(ウ) さらに,生徒アンケートの結果は,被告にとって最も重要であると思われる生徒の成績を反映するものではない。
(エ) なお,原告としても,生徒アンケート制度そのものを否定するものではない。原告が主張するのは,生徒アンケートの結果のみをもって,原告を解雇することが,社会通念上相当と評価できないということである。被告は,これを認めているからこそ「退講率」を生徒アンケートに加えた評価軸として採用しているのである。
イ 原告に対する生徒及び保護者からのクレームの点について
(ア) 被告は,本件解雇時点において,本件解雇理由として,生徒や保護者からのクレームが多いという点を明確にしていなかった。退職理由証明書にもクレームに関する記載はない。これは,本件解雇当時,原告に対するクレームが多発していなかったことを示している。
(イ) 原告は,被告から,被告作成に係るクレーム一覧(<証拠省略>。以下「本件クレーム一覧表」という。)記載のクレームについて指摘されたことがほとんどない。
被告が提出する原告に関する本件クレーム一覧表は,本件訴訟提起後に作成されたものであり,その限りにおいて,信用性が低いというべきである。したがって,原告に対するクレームが現実に存在したか否かという点は,本件クレーム一覧表の記載内容を頼るべきではなく,その他の資料により検討されるべきである。
(ウ) そもそも大勢の生徒を相手に講義を行う以上,一定数のクレームが存在することはやむを得ないことであり,他の講師に対するクレームの量と原告に対するクレームの量とを比較することなく,原告に対するクレームを問題視することはできない。ところが,本件クレーム一覧表記載の各クレームの量の多寡に関しては,他の講師との比較ができない。電話来訪受付リスト(<証拠省略>)によると,原告以外の講師に対しても,講義内容が分からないというクレームが存在する。したがって,本件クレーム一覧表のみをもって,原告について,クレームが多発していたとはいえない。
(エ) また,本件クレーム一覧表記載の各クレームの内容をみると,その多くが,伝聞によるものであり,その限りで信用することができない。
ウ 模擬授業及び研修の点について
(ア) 模擬授業について
① 平成19年秋ころ,原告がクレーム改善目的で模擬授業を2回行ったことはあった。しかし,原告は,同模擬授業の後,B新大阪教室長(以下「B教室長」という。)やC英語課研修担当(以下「C研修担当」という。)から,このままでは解雇もあり得るなどと言われたことはない。また,同授業終了後,同参加者から,クレーム改善のための施策を具体的に示されることはなく,2回目の模擬授業後,更に模擬授業を課されるということもなかった。
② 原告は,第1回の模擬授業の趣旨目的(原告の授業能力を評価するためのもの)について事前に伝えられていなかった。そのため,原告は,同授業をハイクラスの生徒を対象として行うものと想定して行った。なお,原告がこのとき行った模擬授業は,現実には他の進学塾の講義内容と比較しても特別高度な授業内容ではなかったし,過去のa塾における指導方法・指導レベルに沿ったものであった。
③ 被告から原告に対し,自分を変えようとしない限り授業力も評価も改善されないとの指摘があったことは事実である。無論,原告は,自身の講義によって生徒の学力がより向上するように研鑽を重ねていた。
(イ) 研修について
原告が参加していた研修は,被告所属の全講師を「S」と「一般」という2つのランクに分けたうち,「一般」を対象とする研修である。研修の受講は,被告所属の全講師に義務づけられているものであり,これに参加したことをもって,原告の能力評価が左右されることはない。一般研修に参加する講師は,何も未熟な若手,入社半年以内の中途採用者及び生徒アンケート下位の講師に限られていたわけではない。平成20年6月以降,全講師が研修に参加する必要がなくなったが,参加が免除されたのは,同時期に,他塾との競争が激化する状況下において,講師業よりも営業に力点を置くべき立場にある者であって,授業能力に関する問題の多寡によって参加を免除するか否かが決せられたものではない。研修は,各講師の能力を向上させることを目的とするものであるから,研修に参加した回数をもって,原告の能力を測ることはできない。なお,原告の研修参加回数が多いのは,原告が,被告に復帰する際,研修に参加するよう被告から求められたからであり,原告は,かかる被告の指示・命令に基づいて研修に参加したにすぎない。
エ 教室長等からの注意指導の点について
b教室のミーティングにおいて,原告に対し,生徒アンケートの評価が低迷している原因を探求するよう指摘があったことはなく,また,合同ミーティングにおいてB教室長から原告に対して厳しい叱責があったということもない。
オ 生徒の退塾の点について
被告のシステム上,生徒は,各教科ごとに受講の有無を決定することができる。したがって,仮に,被告の主張どおり原告の講座が不人気であったとしても,当該講座を受講している生徒は,原告の講座のみを退講すればよいのであって,わざわざ退塾して塾自体を変更する必要はない。仮に,退塾した生徒がいたとしても,それは,原告のみが原因となるものではなく,当該生徒が受講していた科目の講師すべての責任なのである。
カ 原告の授業等に関する能力の点について
(ア) 原告の授業等に関する能力は,被告において勤務するに十分なものであり,本件解雇には合理性を見出し難い。すなわち,原告は,以前被告に勤務していたこと,一旦被告を退職した後もc教室で大きな問題もなく講師としてのキャリアを積んできたこと,現在もdセンターにおいて塾講師として勤務していること,原告の塾講師としての経験年数からいって,過去において存在した能力が突如として下落するとは考え難いことからすると,原告の能力は被告において勤務するに十分なものであるというべきである。
(イ) 原告は,平成20年3月から1か月間,本部教材担当部署に配属された。本部教材担当という業務は,生徒に対する教材やテスト問題を作成したりする業務のほか,講師が欠勤せざるを得ない場合において,代理講師としての役割を担うものである。これらの業務は,能力の低い講師では決して完遂できないものである。特に,代理講師は,通常時において授業を行っている講師が臨時的に欠勤する場合において,その代役として派遣されるものであるから,面識のない生徒に対して,これまでの授業の進行程度の検討等事前準備を十分に行う暇もないまま,授業を行わなければならないため難易度が高い。これは,経験が豊富な者でなければ,難しい役割である。本部教材担当の授業員には,比較的ベテランの講師が多い。なお,原告は,本部教材担当当時,幾度も代理講師として授業を行った。仮に,被告が主張するように,原告に講師としての能力がなかったのであれば,原告に代講を命じることはないはずである。特に,原告の場合,粟生教室において,中学2年生の○クラスは最も学習力が高い生徒が所属するクラスである。
その後,原告は,同年4月,講師に復帰し,e教室に配属となった。この点からしても,原告の講師としての能力に何ら問題がなかったというべきである。
(2) 本件解雇が解雇権の濫用に該当すること
ア 本件解雇理由が変遷していること
以下のとおり,被告が指摘する本件解雇埋由は,極めて抽象的であり,かつ,二転三転している。
(ア) 原告は,平成20年7月4日,被告人事担当者D(以下「D」という。)に対し,「解雇理由は何ですか。生徒アンケートが理由になるのですか。」と質問したが,Dが指摘した解雇理由は,「原告が,同年4月から開始された新しい授業方針に対して否定的であり,若手に悪影響を与えてしまう。」というものであった。
(イ) 原告は,平成20年7月8日,被告に対して解雇理由を改めて確認したところ,Dは,「アンケート一点で十分だ。」と返答した。原告が「解雇理由が変わっているのではないか」と指摘すると,Dは,原告が所属する教育長の報告書を基に「教室業務に積極性がない。」との返答も述べた。原告は,同報告書をコピーさせるよう要求したが,Dがこれを拒否したため,同報告書を目視確認するにとどまった。もっとも,原告が確認する限り同報告書には「生徒に対して配布するべき書面を失念した。」等ささいなミスが記載されていた。
(ウ) また,原告は,同日,原告は,被告に対し,解雇通知書及び解雇理由証明書の提出を求めたところ,同月11日,被告は,原告に対し,解雇理由証明書(<証拠省略>)を提出した。同証明書によると,被告が指摘した解雇理由は,「勤務態度又は勤務成績が不良であること(具体的には,あなたの講師評価アンケートが著しく劣悪なこと)」とのことであった。
(エ) 同月18日,被告から,離職票(<証拠省略>)が郵送されてきた。同書面には,会社都合(人員整理)と記載されていた。
イ 仮に,生徒アンケートの結果が悪く,原告を講師としておくことに困難が生じたとしても,教材担当部署において,原告の雇用を継続することが可能であった。現に,同部署における原告の勤務状況については,被告から特段の問題点も掲げられていない。
ウ 以上の点に,上記した本件解雇理由が存在するとはいえないことをも併せかんがみると,本件解雇は,客観的に合理的な理由がなく,社会通念上相当であるとはいえないから,無効であることは明らかである。
2 争点2について
(原告)
(1) 本件解雇以降における未払賃金請求
原告の給与月額は,基本給38万円からなるものであり,被告が主張するような固定時間外手当や扶養手当は存在しない。この点は,給与支給明細書に,固定時間外手当や扶養手当の記載がないことからも明らかである。
(2) 本件解雇以降における賞与請求
平成20年7月支払分の賞与を受給するために必要な資格は,「平成19年10月1日から平成20年3月31日まで被告に在籍し,かつ,賞与支給日に被告に在籍すること」である。本件解雇は無効であるから,原告は,平成19年10月1日から平成20年3月31日まで被告に在籍し,賞与支給日に被告に在籍していたことになるから,賞与受給資格を満たしている。
(3) 損益相殺の点
被告が主張する損益相殺の点については,争う。
(被告)
(1) 本件解雇以降における未払賃金請求の点
平成20年7月(本件解雇時点)における原告の月額給与額は,本給29万円,固定時間外手当7万2600円,扶養手当1万700円の合計37万3300円である。
(2) 本件解雇以降における賞与請求の点
仮に,原告が賞与日に被告に在籍していたとしても,被告において賞与は,部門の業績と生徒アンケート等を基にした個々人の業務評価に基づいて決定されるものである。原告の勤務状況からすると,支給額は零円か著しく僅少な額に止まる。
(3) 損益相殺の点
ア 原告は,雇用保険の失業給付(本給付)を受けたのであるから,当該受給部分は損益相殺の対象となる。
イ また,原告は,本件解雇に近接した時期からdセンターに勤務し,月額33万円の賃金を得ていた。上記のとおり,原告は,本件解雇以降の平均賃金全額の支払を請求するが,以上のような失業保険給付及びdセンターから月額33万円の給与の支給を受けていたことからすると,原告が請求する給与の40%は,損益相殺による控除されるべきである。
3 争点3について
(原告)
(1) 基礎賃金額
ア 原告の1時間当たりの平均賃金額 1965円
1年当たりの労働日数 290日
1年当たりの労働時間 2320時間(290日×8時間)
原告の月額給与 38万円
1年間の給与額 456万円
456万円÷2320時間=1965.5円/1時間
イ 被告が主張する固定時間外手当なるものは,給与明細書に記載がない。原告に対する給与は,飽くまでも1日8時間,週40時間の勤務を前提として支払われるものであり,それ以上の労働の対価として支払われるものではない。
被告は,週休1日制度を採用しているから,給与には固定的に週8時間分の残業代が含まれている旨主張する。しかし,給与明細書からも明らかなとおり,被告は,原告に対して,時間外手当を一切支払っていないこと,仮に,固定時間外手当が存在するということであれば,固定部分を超過した労働に対して時間外手当が支給されてしかるべきところ,かかる支払はないことからすると,原告の給与の中に固定時間外手当が含まれているとはいえない。また,就業規則の中には,固定時間外手当や固定残業代という趣旨で給与が規定されていない。以上の点は,扶養手当についても同様である。
(2) 原告の労働時間等
原告の本件勤務期間中における始業時刻,終業時刻,終了時間,残業時間,休日労働時間は,別紙「残業時間計算書」記載のとおりである。
ア 休憩時間
休憩時間とは,労働者が使用者による時間的拘束から解放されている時間を指すのであって,例えば,具体的な業務がなされていなくとも,使用者の指揮命令下におかれている限りは休憩時間ではなく労働時間である。原告は,被告における在社時間中,完全に使用者である被告の指揮命令下に置かれていない時間帯等は存在しなかった。原告は,昼食すら外食をすることなく,弁当を購入して社内にて食事をとっていたし,食事中であっても電話が架かってくれば対応し,来客があればこれに応対しなければならなかった。
イ 予習時間
(ア) 予習について,被告は学習塾を経営しており,原告は,学習塾の講師であるから,勤務時間中に授業に関する予習をすることは当然である。原告は,被告の指揮命令に従って,授業の予習をしていた。
(イ) 被告は,予習準備活動全般に及び活動が,原告のようなベテラン講師にとって不要であると主張する。しかし,原告は,長年講師を経験してきた者であるから,一般論として,若手の講師と比較した場合,予習に必要な時間は少ないかもしれないが,原告は,授業のために必要があればそれに応じて十分な予習を行ってきたのである。授業を行うことが原告の職務である以上,そのために必要かつ十分な予習を行うことも当然に原告の職務である。そうすると,授業を行うために必要な予習を行うことは,被告から被告従業員に対する指揮命令であることは明らかであっる。
ウ 経営会議への参加
原告は,経営会議(いわゆる劇場会議と呼ばれるもの)に参加していたが,重要事項の全情報を開示されたことはないし,経営内容の決定に関与する機会を与えられたこともない。被告において,従業員のほとんどすべてが取締役になって経営会議に参加することになるが,その際,取締役になった被告従業員のすべてが,被告の重要事項に関する決定権を持つことはない。むしろ,被告は,競合する他塾に情報が漏洩するおそれがある等の理由から,経営会議中に重要事故を開示することを控えていた。したがって,取締役の地位及び経営会議は,形式的なもので実質を持たない。原告には,経営者としての実態は存在しない。原告が労働者である以上,経営会議への出席が被告の指揮命令に基づくものと評価できれば当該会議に出席した時間は労働時間と評価できる。そして,原告は,労働者として,使用者たる被告から経営会議への出席を義務づけられていた。したがって,経営会議への出席時間は,被告の指揮命令によって,原告が勤務していた時間であると評価できる。
エ 勉強会への参加
勉強会に出席することは,被告従業員にとって義務というべきであった。例えば,被告従業員には,勉強会に参加した後にその内容に沿った「投稿(感想文のようなもの)」を起案して被告に提出する義務があった。したがって,勉強会への参加は,何ら従業員の自発性に委ねられたものではない。同勉強会については,被告が参加者の編成を行い,レジュメ配布・検討課題の提起等がなされる。また,勉強会に遅刻したり,欠席すれば,上長から指導を受ける。さらに,参加者には,その結果を踏まえた感想文・意見書のようなものを被告の掲示板へ投稿することも義務づけられている。このような勉強会が指揮命令下にない時間であるとはとても評価できない。そもそも被告がかかる勉強会の時間を把握していること自体,同勉強会が被告の指揮命令下において開催されていることを物語るものである。
オ 活動記録について
なお,被告は,活動記録は労働時間を管理するものではないと主張する。しかし,そもそも使用者は労働者の労働時間を管理する義務がある。この点は,厚生労働省の通達においても明確にされている。仮に,被告が主張するように活動記録が労働時間を管理する目的を有していないとすると,被告は,同通達に違反していることとなる。そうすると,活動記録の目的は,労働者の労働時間を管理するためのものであると理解するのが自然である。
(3) 小括
以上からすると,本件勤務期間に係る原告の被告に対する時間外労働賃金の額は,403万4242円となる。したがって,原告は被告に対し,同金員及び時間外労働賃金の弁済期経過後である平成20年9月1日からの遅延損害金の支払を求める。
(被告)
(1) 本件勤務期間中における原告の1時間当たりの平均賃金額の点について
ア 被告の開設するa塾は,1週6日開講することを原則としているため,週48時間の就業が恒常的に予定されており,給与には週8時間分の時間外労働の対価が含まれている。原告が以前被告に在籍していた際も,週6日勤務を前提として給与が支払われていたことも原告が熟知していたので,月額給与には週8時間分の時間外労働の対価が含まれている。したがって,仮に,原告に時間外労働があったとしても,週8時間までは月額給与のうち,固定残業手当として支払われている。
イ 平成19年7月5日から平成20年3月31日までの原告の月額給与は,以下のとおりである。
基本給 29万5200円
扶養手当 1万1000円
固定時間外手当 7万3800円
(1週につき週40時間を超える8時間分ついて残業割増25%を含む)
合計 38万円
そうすると,原告の1時間当たりの単価は,1722円となる。
29万5000円÷(40時間×30日÷7)≒1722円
ウ 平成20年4月1日から同年7月5日までの原告の月額給与は,以下のとおりである。
基本給 29万円
扶養手当 1万700円
固定時間外手当 7万2600円
(1週につき週40時間を超える8時間分ついて残業割増25%を含む)
合計 37万3300円
そうすると,原告の1時間当たりの単価は,1692円となる。
29万円÷(40時間×30日÷7)≒1692円
なお,扶養手当については,被告給与規定8条に明記されており,原告の参加した昭和62年の給与説明会において説明がなされた。
(2) 本件勤務期間中における原告の法定時間外労働時間数等の点について
ア 原告の労働時間数について
原告は,出勤から退勤までの全在社時間を労働時間であると主張するが,出勤から退勤までの間であっても,休憩等使用者の指揮命令下にない時間は労働時間ではない。原告が主張する労働時間の中には,狭義の休憩時間のほか,予習,経営会議,勉強会等の参加時間が含まれている。これらの活動時間以外の在社時間は,労働時間には含まれないというべきである。
イ 休憩時間
被告においては,食事時間は自由裁量に任されており,昼食を外で取ることも自由であった。原告は本人の意思で弁当を買い,自席で食べていただけである。また,電話や来客対応は受付事務がいるほか,教室には4人の講師がおり,原告本人が食事中に電話や来客対応をする必要はなく,原告が電話受付や来客対応を行ったこともほとんどなかった。
ウ 予習時間
予習は,授業の準備であり,授業研究である。講師を長年経験した者であれば,必ずしも必要ではなく,自発的に行われるべきであって,指示管理された労働時間には当たらない。
エ 経営会議への参加時間
被告の正社員は,一定期間を過ぎれば,全員が取締役であり,株主であり,経営に携わる。被告の正社員は,全員が参加する経営会議(劇場会議と称されている。)において,決定権を行使できる権利を与えられている。その活動の多くは労務提供ではなく,経営者としての地位に基づく裁量性の極めて高いものである。劇場会議の準備のために少人数による担当会議が行われることはあるが,被告の正式決定は飽くまでも経営会議である。会議室にはすべての座席に発言用のマイクが据え付けられており,活発な議論が行われる。参加者には全員に会議レポートが配付され,議題内容や会議決定事項に対して,提案や異議を提示することは可能である。毎月社員全員に対して,全社予測表と呼ばれる経営資料が配付される。同資料には,各月各期の全社及び各部門における売上げ,経費(実測と予測),新規受注状況と受注予測,資産と負債の内訳とその推移,さらに塾部門であれば,生徒数の現況と予測,退塾率等を一覧課した詳細なデータが記載されている。
以上のとおり,被告における経営会議は,被告の全所員が共同経営者としての権限と責任を有することから経営者の立場に基づき,自発的に参加するものであって,労働時間ではない。
オ 勉強会への参加時間
勉強会への参加時間についても,経営会議同様,共同経営者として政治や経済,歴史,環境問題,人々の意識潮流等広く社会状況をつかむための場であり,業務とは直接関係のない小参加者による自主的サークル活動であって,労働時間には該当しない。同勉強会に,仮に欠席したり成果が出なくとも,業務に支障が一切ない活動であり,何らペナルティが課されることはない。現に,原告は,平成19年10月から平成20年3月まで勉強会に参加していない。したがって,勉強会に係る時間は,労働時間には該当しない。
なお,原告が主張する,レジュメ配布,検討課題の提起が行われるのは,勉強会ではなく,仲間会議と呼ばれるものである。同会議は,劇場会議で議論されたことを検証し議論する場であり,レジュメの配布や検討課題の提起が行われることもある。それらに対する意見は,経営問題を議論する被告社内掲示板に投稿されることもあるが,これらは,経営参加の活動である。
カ 活動記録の作成目的
なお,活動記録は,物件毎の採算を計算したり,書院全体の活動を集計し体制上の問題を分析するために,活動領域ごと(経理,広報,募集等),物件毎に活動内容を分類し,本人の自主申告に基づいて記入するという活動統計システム(活動記録)が作られた。同活動統計システムは,個々の自主管理,ひいては組織全体の経営状態を把握して今後に資するためのものであって,労働時間管理のためのものではない。仮に,活動記録が労務管理を目的とするものであれば,労働時間だけを記入すればよく,直接担当業務に無関係な活動を入力する理由はない。
キ 原告の地位
以上のとおり,被告の社員は,自ら出資していること,経営に対する決定権が与えられていること等から労働基準法(以下「労基法」という。)の前提とする使用者と被使用者に明確に区分された存在とは基本的に異なる存在なのである。
4 争点4について
(原告)
被告は,就業規則に該当すると思われる「類共同体規約」(<証拠省略>)2条において,自己の従業員ら各人が経営者であるなどと謳い,一切の時間外手当を支給していない。原告ら一般の従業員は,現実に何ら経営者としての待遇を与えられておらず,相当長時間にわたる勤務を強いられていた。同条には「経営会議への参加の権利と義務を有す」などと記載されているが,原告がかかる会議に参加して自己の意見を述べることができたことなどない。まさに,被告は,従業員を名ばかりの経営者に仕立て上げ,原告をはじめとする各従業員に対して,違法に時間外手当を支給していないのである。そうすると,本件に関しては,被告に対し,制裁的な付加金支払を命じる必要性が極めて高いといえる。したがって,原告は,付加金を請求する。
(被告)
争う。
被告は,昭和47年,建設設計事務所として設立され,a塾部門,j農園,k地所,社会事業等様々な業種に拡大した共同事業体であり,設立当初から現在に至るまで一貫して労働の解放をめざした自主管理の経営を遂行してきた。被告においては,全社員が共同経営者であるとの理念があり,正社員は入社後一定期間を経過すれば,全員が取締役になる。社内の重要事項は全情報を開示し,全員参加の経営会議によって決定される。原告は,昭和62年に被告に入社し,その後,取締役に就任し,平成15年まで在職していた。原告は,被告が自主管理の経営理念に沿った運営をしていること,被告の給与算定方式等を熟知し,同意した上で参加していた。就業規則に相当する類共同体規約には,「出社・退社時刻は自由とする,自由勤務制を基本とする。」としており,勤務をはずれる自由が大幅に認められている。建設設計や教育等においては,労働者の自発的・創造的活動が労働の本来のあり方であって,厳格な時間規制にはなじみにくい。
第5当裁判所の判断
1 争点1について
(1) 本件解雇に至る経緯等
前記前提事実並びに証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア 原告は,平成19年7月5日,再度,被告に入社した後,a塾において,スタッフである文系講師として,英語,国語,社会を担当することとなり,まず,f教室に仮配属され,同教室のほかに,g教室の授業を受け持つこととなった。また,同年7月,8月の夏期講習においては,h教室に仮配属された。
(<証拠省略>,原告,弁論の全趣旨)
イ 同年8月19日及び同月26日に2007年度第2回の生徒アンケートが実施された。同アンケートにおいて,原告は,文系講師70名中68位であった(<証拠省略>)。
ウ(ア) 被告は,同年9月から,原告をi委教室に配属することとし,同教室のほか,b教室の授業も担当させることとした。両教室は,近接しており,他の講師も授業を兼務していた。なお,両教室は,被告においても地域評価の比較的安定していると評価されていた教室であった。
(<証拠・人証省略>,原告,弁論の全趣旨)
(イ) 同年9月下旬ころから,原告に対するクレームが発生した(<証拠・人証省略>)。B教室長及びC研修担当は,原告に対し,同クレームの内容を伝えるとともに,改善を求めた(<証拠・人証省略>)。なお,同教室においては,毎日,授業終了後,講師等が参加して教室ミーティングを開催そ,同日のあったクレーム等について話し合いがなされていた(<証拠・人証省略>)。
なお,生徒や保護者からのクレームがあれば,「電話・来訪受付リスト」に記載がなされることになる(<証拠省略>)。また,講師との面談の中でクレームを告げられることもある(<証拠省略>)。
(ウ) 被告(B教室長)は,同年10月27日の授業終了後,b教室において,原告に対する特別模擬授業を実施した。同授業では,中学2年生の英語を扱ったが,同従業終了後,参加者からは,原告の授業は中身が多すぎること,板書が多すぎること,不必要な高度な内容を話すので,何を言っているのかわからない結果になってしまっていること等の問題点が指摘された。その上で,C副長が,模範授業を展開し,シンプルな板書構成と重要なポイントを強調して語るように説明した。
原告は,同月29日,被告の社内掲示板に,「教室スタッフの協力を得て授業改善をめざす」と題する投稿を行っている。同投稿内容は,「今回のような授業クレームは,過去に経験がないため戸惑っている」,「クレームでは,授業内容や運営の仕方に問題があるのだと思う」「教室スタッフに迷惑をかけて,申し訳なくおもっている」「現状を打破するため,教室スタッフの協力を得て,授業改善のため努力しようと思う。前回の模擬授業でも指摘されたことだが,情報を整除し簡潔な説明をすること,これはすぐに実行しなければならない」等と記載されている。
もっとも,上記投稿後である同月31日,原告は,第1回目の模擬授業と全く同じ範囲を題材に一般研修会において模擬授業を行ったところ,原告の授業内容は,同月27日に指摘された事項が全く改善されておらず,C研修担当をはじめ,出席した講師から改めて同様の指導がなされた。
(<証拠・人証省略>)。
(エ) また,被告(B教室長)は,同年11月3日の授業終了後,原告に対する2度目の特別模擬授業研修を実施した。同授業では,中学1年の国語を題材として扱ったが,原告の説明は,中学1年生にとって難解な言葉が多く,指名せず一方的に説明を続ける等問題点が指摘された。
(<証拠・人証省略>)
(オ) さらに,被告は,同月10日,3回目の特別模擬授業研修を実施した。同授業では,中学2年生の英語が扱われたが,同授業後においても,参加者から,それまでにも指摘されていた板書や解説の量が多すぎること,一方的説明に偏っていること,上記2回の模擬授業参加者からの指摘も聞いているようで聞いていないこと,自分を変えようとしない限り授業力も評価も改善されないこと等が指摘された。同日,B教室長は,原告に対し,このままでは解雇もあり得るので努力してもらいたいと伝えた(<証拠・人証省略>)。
同年10月,11月に実施された2007年度第3回生徒アンケートにおいて,原告は,文系講師69名中69位であった(<証拠省略>)。
このころ,原告の授業に対する苦情はさらに増え,退塾,退講する生徒も出てきた(<証拠・人証省略>)。
(カ) 平成20年1月6日,同月13日に実施された2007年度第4回生徒アンケートにおいても,原告は文系講師68名中68位であり,67位とは10.8ポイントの大差のついた最下位であった(<証拠省略>)。
(キ) 同月28日,b教室とi教室の合同ミーティングが開かれ,原告の生徒アンケートの悪さが問題として取り上げられた(<証拠・人証省略>)。
エ 被告は,同年3月,b教室における原告の低い評価が固定してしまったこと,原告に授業を担当させることによってクレームが多発すると営業的にマイナスであると判断した結果,原告を一旦授業から外し,本部教材担当の補助業務に就かせた。その間,原告は,教材作成に従事するほか,代講として授業を担当することもあった。
(<証拠・人証省略>,原告)
オ(ア) 被告は,同年4月,原告をe教室に配属した。同教室は,a塾で最も旧い教室であり,評価が安定した教室である。
(イ) 被告は,原告を本部で行われる授業研修に毎週参加させ,授業改善に向けた指導を行ったが,異動後も原告の授業内容は改善しなかった。
(ウ) 同月27日,同年5月11日に実施された2008年第1回生徒アンケートにおいても,原告は,文献講師78名中77位であった。なお,78位は入社したばかりの新卒講師であった(<証拠省略>)。
(エ) 生徒,保護者から原告の授業に対する多数のクレームが寄せられ,退塾,退講する生徒も出た(<証拠・人証省略>)。(以上(ア)ないし(エ))について,<証拠・人証省略>,弁論の全趣旨)
カ 被告は,平成20年7月4日,原告に対し,原告には授業能力向上,改善の意欲が認められず,生徒アンケートの評価は最低線から向上しなかったこと等を理由として,解雇を通告するに至った(<証拠・人証省略>)。
なお,本件解雇後の同月6日,13日に実施された2008年第2回生徒アンケートにおいても,原告は,文系講師84名中84位であり,83位とは10.2ポイントの大差がついていた(<証拠省略>)。
(2) 生徒アンケート等について
証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア 被告は,講師が受け持つクラスの全生徒に対して,年4回の生徒アンケートを実施している(<証拠省略>)。
イ 同アンケートは,「教え方」「発声」「板書」「熱心さ」「集中度」「継続」等の項目毎に集計している(<証拠省略>)。このうち,「教え方」が最も評価点比率が高く,300満点中100点が配点され,そのほか「発声」「板書」が各25点,「熱心さ」「集中度」「継続」が各50点が配分されている。同アンケートは,生徒のアンケート元票を光学読み取り方式で電算処理している。以上のような同アンケートの内容や集計方法等にかんがみると,同アンケートは,単なる生徒の人気投票ではなく,教え方,授業への集中後,講師の交代希望等を調査するものであって,各講師の技術力や集客力等の客観的かつ総合的な評価指標となっていると認められる(<証拠・人証省略>。個別具体的なアンケート項目は,<証拠省略>。)。
ウ 被告は,各講師に対し,生徒アンケートの結果をその都度交付し,アンケート総合評点は,講師評価ランキングとともに全講師に配布し公表している(<証拠省略>。なお,原告は,これまで2回しか交付を受けたことはないと主張するが,生徒アンケートの趣旨目的,被告は,同結果を公表していることからして,被告は,その都度各講師に同アンケート結果を交付していたと認めるのが相当であり,原告の同主張は採用することができない。)。
また,被告は,a塾の入塾説明会においては,講師をチェックする体制として生徒による生徒アンケートを重視していること,生徒アンケートの結果が悪ければ教壇に立てないことがあることを保護者に説明している(<証拠省略>)。入塾説明会における説明内容については,経営会議の場で検討されていた(原告)。
エ なお,被告が実施している生徒アンケートについては,他の進学塾等においても実施されており,その結果は人事評価や人事配置上重要視されている(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。
(3) 本件解雇理由の存否の点について
ア 生徒アンケートの点について
(ア) 原告は,生徒アンケートは,同アンケートに回答する生徒の性格,属性に左右されやすい上,すべての講師が同じ生徒に対して授業を怠っているのではないので公正性に問題がある旨主張する。しかし,原告は,平成19年7月,被告に再入社した後,h,i,b,eの4教室において,45クラスを担当し,延べ約1000名の生徒を教えたところ,同アンケートは,これらの多数の生徒を対象としたものであること,原告の後任講師は,おおむね生徒アンケートの評価が大きく改善されていること(<証拠省略>),他の進学塾においても実施されており,その結果は人事評価や人事配置上重要視されていること(<証拠省略>)からすると,同結果については,生徒の性格や属性の影響が大きいとまでは認め難い。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(イ) 上記認定した事実のとおり,a塾の入塾説明会では,講師をチェックする体制として,生徒による生徒アンケートを重視していること,生徒アンケートの評価が悪ければ教壇に立てないことがあることを保護者に説明していること,入塾説明会の上記説明文言は,原告も出席していた経営会議(いわゆる劇場会議)において検討されている上,原告も入塾説明会に何度も参加していること,被告は,生徒アンケートの結果をその都度原告を含む各講師に講師ランキングとともに交付していたことが認められ,これらの点からすると,原告は,生徒アンケートにおける講師に関する評価の重要性については十分に認識,理解していたと認めるのが相当である。
イ 原告に対するクレームの点について
原告は,生徒や保護者からのクレームについて,ほとんど聞いたことがなく,被告が主張するクレーム内容(<証拠省略>)は信用できない旨主張する。しかし,上記認定した事実並びに証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨によると,被告が開設するa塾は,有名校(中学校,高校)への進学を目指す学習塾であること,クレームが発生した場合,「電話・来訪受付リスト」に記載がなされ(<証拠省略>),同リストには,生徒からの欠席等の連絡も記載されていることから,各講師は,必ず同リストに目を通す必要があるとされていること(<人証省略>),クレームが発生した場合には,授業終了後に実施される教室ミーティングで報告がなされ,調査,指導等の対策が講じられていたこと(<人証省略>),原告に対するクレームについては,原告自身が投稿したもの(<証拠省略>)も含めて,被告の社内掲示板に投稿されていたこと(<証拠省略>),以上の点が認められ,これらの点に,本件クレーム一覧表記載の原告に対するクレーム内容(<証拠省略>)にはいずれも具体性があること,原告に係る生徒アンケートの結果は低評価が続いていたこと,をも併せかんがみると,本件クレーム一覧表は十分に信用することができるというべきである。そうすると,原告に対しては,生徒・保護者から多数のクレームが寄せられていたと認めるのが相当である。したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ 模擬授業及び研修の点について
(ア) 模擬授業の点について
① 原告は,第1回の模擬授業に当たって,同授業が何のために行われるのか事前に伝えられていなかった旨主張する。しかし,上記認定説示したとおり,原告の授業に関しては,生徒・保護者からの多数のクレームが寄せられていたこと,原告に対する模擬授業は,教室内でのミーティングにおいて原告の授業の改善のために他の講師からアドバイスをもらうということで決定したこと,同授業は,授業終了後実施されていたこと,原告は,社内掲示板に教室スタッフの協力を得て授業改善のため努力する旨記載していること,以上の点が認められ,これらの点からすると,同模擬授業の趣旨目的については,事前に教室内の共通認識になっており,原告も十分に同趣旨目的を認識,理解していたと認められる。したがって,原告の上記主張は理由がない。
② また,原告は,b教室のミーティングにおいて,生徒アンケートの評価の低迷やクレームに関する指摘はなかったと主張する。しかし,上記認定したとおり,同教室では毎日授業終了後教室内ミーティングを実施しており,クレームが発生した場合には,その都度対応等を協議検討していたこと,原告に関しては,授業終了後,教室内において特別模擬授業が計3回実施されていること,同教室には生徒・保護者からのクレームが寄せられていたことからすると,同教室のミーティングにおいて,この点が話題に出なかったということは考え難い。したがって,原告の上記主張は理由がない。
③ 他方,第1回の模擬授業終了後,他の講師から原告の授業内容に関する感想等が述べられたこと,教室内における特別模擬授業は合計3回実施されたこと,原告は,被告が実施する一般研修においても模擬授業を行ったこと,同授業終了後,参加者から個別具体的なアドバイスや指導注意がなされたものの,原告の授業内容等については改善向上しなかったこと,以上の点が認められ,これらの点からすると,原告は,同模擬授業を実施し,自身の授業内容に問題があるということについて十分に認識,理解し,また,個別具体的なアドバイスを得ていたにもかかわらず,授業内容の改善がなされなかったといわざるを得ない。
(イ) 研修の点について
原告は,被告が実施する授業に関する研修について,参加回数と授業等の能力とは関連性がない旨主張する。しかし,通常,指導内容の大幅な変更等特別の事情がなければ,問題がない講師について,生徒に対する授業時間を削って研修を受けさせるとは考え難く,a塾の講師全員について,毎回研修に参加する義務が課されているとは認められない(被告では,通常入社6か月後に研修会への参加が免除されるのが通例である。<証拠省略>)ところ,原告は,再入社後約1年間にわたり継続して授業研修に参加するよう指示されていたこと,上記したとおり,原告は,授業に関して改善すべき点を何度となく具体的に指摘され,また,教室内において模擬授業を実施したにもかかわらず,改善向上しなかったことからすると,研修への参加回数が多いということは,研修参加を継続せざるを得ない状況が継続したと考えざるを得ない。そうすると,原告の研修参加回数が多いことは,とりもなおさず原告の授業能力に問題があったことを示していると認められる。
エ 原告の授業等に関する能力の点について
(ア) 原告は,平成20年3月から本部教材担当となった際,代理講師として授業を担当し,その後,1か月で東豊中教室に講師として復帰している点をもって,原告の授業内容等に問題はなかった旨主張する。しかし,上記認定した事実及び証拠(<証拠・人証省略>)によると,被告が原告を本部教材担当としたのは,原告の授業に関するクレームが多発したことから,一旦授業を外したものであること,代講は,1回限りの授業であり,クレームが発生するようなことはないこと,4月となって,教材作成業務のピークが過ぎた4月以降も原告を教材担当部署に配置しておくことは余剰人員となること,1か月間原告を授業から外したことによって,原告自身も反省し,新たな気持ちで講師として授業に取り組むであろう期待があったことからe教室に配属したこと,以上の点が認められ,これらの点からすると,本部教材担当になったことやその後e教室に講師として復帰したことをもって,原告の授業能力があったとはいえない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(イ) なお,上記認定したとおり,e教室に配属された後も,原告の生徒アンケートの評価は最低位の成績であり,生徒や保護者からのクレームも発生し,退塾,退講する者も出たのであって,この点からしても,原告の授業内容等に問題がなかったとは言い難い。
オ 小括
以上のとおりであって,原告については,客観的に,被告が本件解雇理由(類共同体規約22条1項②及び③)として挙げる各事由があった認められる。
(4) 本件解雇の解雇権濫用の成否について
ア 上記(1)で認定したとおり,①原告の生徒アンケートの評価はほぼ最下位であったこと,②生徒,保護者からのクレームが多数寄せられていたこと,③被告は,原告に対し,生徒アンケートの評価やクレームがなくなるように改善すべく,授業技術研修を複数回にわたって実施したこと(<証拠省略>),④原告が在籍していたi教室及びb教室においては,3回にわたって特別模擬授業を実施したものの,原告の授業内容が改善向上したとはいえないこと,⑤被告は,原告の配属先での低位の評価を解消すべく,平成19年9月には,配属先を変更し,平成20年3月には,授業から外して本部教材担当補助に配属し,更に,同年4月からはe教室に配置転換したこと,⑥かかる被告の注意指導等があったにもかかわらず,原告の生徒アンケートの評価は向上せず,また,生徒・保護者からのクレームも多く寄せられる状況が続いたこと,以上の点が認められ,これらの点に,⑦被告が開設するa塾は,a塾が進学塾であること,⑧他の進学塾との競争が激しいこと,⑨一般的に進学塾の優劣や生徒・保護者が当該進学塾を選択する要素としては,有名校への進学率もさることながら,担当講師の評価も一要因となっていると考えられることをも併せかんがみると,本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であると認められる。
イ なお,原告は,被告の原告に対する本件解雇理由の説明が二転三転したことを指摘するが,上記認定説示したとおり,本件解雇は,原告の勤務成績及び勤務状況が不良であることを理由とするものであり,この限りにおいて,被告の原告に対する説明は一貫していたと認められるので,原告が指摘する上記の点をもって,本件解雇が解雇権を濫用するものであるとはいえない。
また,原告は,仮に,講師として問題があったとしても,本部教材担当としては問題がなかったのであるから,同担当へ配置転換し,雇用を継続すべきべきであった旨主張するが,そもそも原告は,文系の科目を担当する講師として被告(a塾)に雇い入れられていること,上記①ないし⑨記載の各事情を総合すると,原告が指摘する点をもって,本件解雇が解雇権を濫用するものであると評価することはできないといわざるを得ない。
ウ 以上からすると,本件解雇は有効であると解するのが相当である。したがって,本件解雇が無効である旨の原告の同主張は理由がないといわざるを得ない。
(5) 争点1に関するまとめ
以上のとおり,本件解雇は有効であるから,原告の地位確認に係る請求(争点2に係る本件解雇後の未払賃金等請求の点も含む。)は,いずれも理由がないというべきである。
2 争点3について
(1) 本件勤務期間中における原告の1時間当たりの平均賃金について
ア 被告は,原告の給与の中には,週8時間分の固定時間外手当が含まれていると主張する。しかし,給与明細書上,基本給と時間外手当が明確に区別されているとはいえないこと,賃金規程上も固定時間外手当に関する規定は存在しないこと,その他に被告の上記主張を根拠付ける的確な証拠は見出し難いことからすると,被告の同主張は理由がない(最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決参照)。
イ また,被告は,原告の給与の中に,扶養手当(1万1000円)が含まれていると主張する。確かに,証拠(<証拠省略>)によると,社員が家族を扶養しているときは,その人数及び社員の年齢に応じて扶養手当を支給する旨規定されていること,原告も参加した昭和62年の給与説明会において,給与に関する説明がなされたことが認められる。しかし,原告に係る給与明細書(<証拠省略>)によると,支給項目として,扶養手当の項目は設けられていないこと,類共同体規約(<証拠省略>)によると,被告社員の給与及び賞与については,給与所得規定に定める旨規定されている(同規約15条)ところ,給与所得規定(<証拠省略>)には,扶養手当に関する規程(8条)は設けられているものの,その算定根拠及び算定方法は必ずしも明確とはいえない。この点,昭和62年5月改定の給与規定(<証拠省略>)には,扶養手当の具体的な算定基準等が記載されているものの,同規定(<証拠省略>)が,上記類共同体規約と一体となっている給与所得規定と同一であるとは認め難く(同規定の改正年月日からしても,上記給与規定とは異なるものであるといわざるを得ない。),両者の関係も明らかとはいえない。さらに,平成19年7月に原告が被告に再入社した時点において,原告に対し,上記給与規定(<証拠省略>)あるいは当時適用されていた給与規定に関する説明がなされたことを認めるに足りる的確な証拠はないこと,同時点における扶養手当の算出根拠は必ずしも明確であるとはいえないことをも併せかんがみると,原告の1か月の平均賃金を算定するに当たって,同扶養手当を控除するのは相当とはいえない。したがって,被告の上記主張は理由がない。
ウ なお,被告は,原告に係る平成19年7月から平成20年3月までの基本給額(29万5200円)と平成20年4月から同年7月までの基本給額(29万円)が異なると主張するが,証拠(<証拠省略>)によると,原告の月額基本給は38万円であると認められ,その後同額を減額することについて,原告の同意があったとは認められないこと,上記のとおり,基本給に固定時間外手当及び扶養手当が含まれているとは認められないことからすると,原告の基本給額は,月額38万円であると認めるのが相当である。したがって,被告の上記主張は理由がない。
エ 以上からすると,本件勤務期間中における原告に係る1時間当たりの平均賃金額は,1965円と認めるのが相当である。
(計算式)
1年当たりの労働日数 290日
1年当たりの労働時間 2320時間(290日×8時間)
原告の月額給与 38万円
1年間の給与額 456万円
456万円÷2320時間=1965.5円
(2) 本件勤務期間中における原告の法定時間外労働時間及び休日労働時間について
ア 原告の本件勤務期間中の各日における始業時刻,終業時刻,在社時間,休憩(狭義),予習,経営会議,勉強会,実働労時間等は,同記録は,原告の申告に基づいて作成された活動記録(<証拠省略>。なお,別紙「残業時間計算書」記載の各時間も同様である。)記載のとおりであり,この点については,当事者間に争いはない。
イ 被告は,休憩時間の取得については各講師の裁量に委ねられており,予習時間,経営会議への参加,勉強会への参加は,いずれも労働時間には該当しないと主張する。
(ア) 休憩時間について
休憩時間とは,労働者が使用者による時間的拘束から解放されている時間を指すのであって,例えば,具体的な業務がなされていなくとも,使用者の指揮命令下におかれている限りは休憩時間ではなく労働時間であると解される。
これを本件についてみると,確かに,証拠(原告,<人証省略>)及び弁論の全趣旨によると,被告の各教室には,電話や来客対応は受付事務がいるほか,複数名の講師がいることが認められる。しかし,原告を含む講師は,生徒からの質問があれば,これに対応する必要があったこと,受付事務職員がいたとしても,来訪者が講師との面談等を求めることもあり,その場合には各講師が対応しなければならないこと,被告においては,休憩時間が明確に設定されていなかったこと,原告の配属先である各教室では,昼食時間中における生徒等に対する対応に関し,当番等を決めて対応していたとは認められないこと,各講師は,授業時間以外の時間において,生徒の成績の記録をつけたり,成績分析をしたり,授業の準備のための予習をしたりする必要があったこと,以上の点が認められ,これらの点からすると,原告は,在社時間中,被告の指揮監督下から解放される時間を有していたとは認め難く,本件全証拠によっても,この点を覆すに足りる的確なものは見出し難い。そうすると,休憩時間に関する被告の上記主張は理由がないといわざるを得ない。
なお,原告は,平成20年3月,本部教材担当の補助業務に従事しており,同業務従事期間については,教室所属の講師とは異なる面がうかがわれるが,この間,原告は,講師が欠席した場合の代理講師を務めていたこと,同期間における活動記録の記載内容(<証拠省略>)に照らしても,原告が,在社時間中に,使用者(被告)による指揮監督下から解放されていた時間が存在したとは認められず,このほかにこの点を認めるに足りる的確な証拠はない。
(イ) 予習時間について
被告は,予習について,飽くまでも授業の準備であり,授業研究であって,講師を長年経験した者であれば,必ずしも必要ではないこと,自発的に行われるべきであることをもって,予習は,被告から指示管理されたものではなく,同時間は,労働時間には当たらないと主張する。
しかし,塾講師が,その業務を遂行する(具体的には授業を行うということ)ために,その授業内容の事前準備を行う時間が不要であるとはいえないこと,予習をして授業の質を高めることは塾講師にとって必須事項であること,講師経験の長短によって予習に必要な時間が異なることはあるということは窺われるものの,全く経験豊富な講師であったとしても,予習が不要となるとは考え難く,原告についても,授業のために必要があればそれに応じて十分な予習を行ってきたこと,以上の点が認められ,これらの点からすると,授業を行うために必要な予習を行うことは,原告の業務の一環であって,同時間については,労働時間であると評価するのが相当である。したがって,被告の上記主張は理由がない。
なお,予習に関しては,授業時間や授業の内容等に応じて,必ずしも客観的に必要な程度内容等が明確であるとはいえず,著しく長時間にわたって予習に費やす場合も考えられ,これらの時間をすべて労働時間であると認めることには疑問がないではない。もっとも,原告の本件休職期間中における予習時間(<証拠省略>)についてみると,原告の担当科目(英語,国語,社会)や原告がa塾に再入社して1年に充たなかったことに照らすと,原告の予習時間については,不必要に長時間にわたるものであるとは認められない。したがって,原告が活動記録に予習時間であると記載している時間については,労働時間であると評価するのが相当である。
(ウ) 経営会議への参加について
被告における経営会議は,被告の全社員が共同経営者としての権限と責任を有することから経営者の立場に基づき,自発的に参加するものであって,労働時間ではないと主張する。しかし,原告は,被告の取締役には就任しておらず,飽くまでも被告の労働者の地位にある者であること,経営会議に参加していたとはいえ,そのことをもって,直ちに原告が直接被告の経営に参画しているとは言い難いこと,経営会議への参加は,それ自体被告の指揮命令に基づくものといわざるを得ず,同参加時間は,被告の指揮命令下に置かれていたと認められ,この点を覆すに足りる的確な証拠は見出し難いこと,以上の点からすると,原告が経営会議に参加した時間は,労働時間であると認めるのが相当である。したがって,被告の上記主張は理由がない。
(エ) 勉強会への参加について
被告は,勉強会への参加は,共同経営者として広く社会状況をつかむための場であり,業務とは直接関連性・対応性がない小参加者による自主的サークル活動であって,仮に欠席したり成果が出なくとも,業務に支障が一切ない活動であり,何らペナルティが課されることはないことから,労働時間には該当しないと主張する。確かに,証拠(<証拠省略>)によると,原告は,平成19年10月から平成20年3月までの間,勉強会に参加していなかったことが認められる。しかし,証拠(<証拠省略>,原告)及び弁論の全趣旨によると,勉強会は,被告によって,予め参加者が割り振られており,日時及び場所が決められていたこと,被告従業員には,勉強会に参加した後にその内容に沿った「投稿(感想文のようなもの)」を起案して被告の掲示板へ投稿するよう求められていたこと,勉強会に遅刻したり,欠席すれば,上長から指導を受けたこと,以上の点が認められ,これらの点からすると,勉強会は,たとえ,参加しなかったからといって何らかのペナルティを課せられるものではなかったとしても,自主的なサークル活動であるとは認め難く,結局のところ,被告の指揮命令下において実施されていたと認めるのが相当である。そうすると,原告が勉強会に参加した時間は,労働時間であると認めるのが相当である。
ウ 以上の点に,原告の業務が,配属教室での授業及び生徒指導が中心であり,原告は,定時に出勤するというのではなく,授業時間に合わせて出勤していたとうかがわれること(<証拠省略>)をも併せかんがみると,原告が配属教室に在社していた時間は,客観的にみて,被告の指揮命令下に置かれていたと認められ,同指揮命令下から解放される時間があったとは認め難い。そうすると,原告の本件勤務期間に係る労働時間は,別紙「残業時間計算書」中の「就業時間」欄記載の各時間(在社時間)であると認められる。
(3) 小括
以上からすると,原告が被告に対して請求できる法定時間外労働及び休日労働に係る各賃金額の合計は,合計403万4243円となる(別紙「残業時間計算書」末尾参照)。
(計算式)
ア 法定時間外労働賃金
1965円×1461時間(法定時間外労働時間)×1.25=358万8581円
イ 休日労働に係る労働賃金
1965円×168時間(休日労働に係る労働時間)×1.35=44万5662円
ウ 合計 403万4243円
3 争点4について
(1) 上記したとおり,被告は,原告に対し,本件勤務期間において,時間外労働賃金を支払っていない。
(2) この点,被告は,その設立経緯等から,被告従業員の全員が取締役となり,経営に参加するという自主管理の経営理念に沿った運営をしていること,自由勤務制を基本としていること等から,厳格な時間規制になじみにくい旨主張する。しかし,被告の設立の経緯や経営理念,さらには,被告従業員は,一定期間が経過すると,被告の取締役に就任するとはいうものの,上記認定説示したとおり,少なくとも原告は,取締役に就任しておらず,実質的にみても原告が被告の経営に参画しているとは認められないこと,被告は自由勤務制を採用しているとはいえ,原告の在社時間中被告の指揮命令下から完全に解放される時間が確保されていたとは認め難いことからすると,被告が原告に対して時間外労働賃金を支給しないことについては,何ら合理的な理由が見出し難い。そうすると,同不支給が,労基法37条に違反していることは明らかというべきである。
(3) そうすると,本件については,原告の請求により,労基法114条に基づいて,被告に対し,原告の法定時間外労働及び休日労働に係る各賃金の認容額と同額の付加金の支払を命じるのが相当である。
4 結論
以上の次第で,原告の本件請求のうち,地位確認及び本件解雇に伴う未払賃金等の請求については理由がないからいずれも棄却することとし,時間外労働等に係る賃金支払及び付加金支払の各請求については,原告の請求に理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤裕之)