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大阪地方裁判所 平成20年(ワ)4464号 判決 2010年5月25日

甲事件原告兼乙事件原告

破産者富士設備工業株式会社

破産管財人 X1(以下「原告」という。)

同破産管財人代理

X2

X3

甲事件被告

株式会社フジオフードシステム

(以下「被告会社」という。)

同代表者代表取締役

Y1

乙事件被告

Y1(以下「被告Y1」という。)

上記両名訴訟代理人弁護士

山田庸男

中世古裕之

主文

一  被告会社は、原告に対し、二〇七二万円及びこれに対する平成二〇年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告Y1は、原告に対し、三四三万四二八七円及びこれに対する平成二〇年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告会社及び被告Y1に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、これを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

(1)  主位的請求

被告会社は、原告に対し、一億九二五〇万一三七四円及びこれに対する平成二〇年四月一六日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  予備的請求

被告会社は、原告に対し、一億八八七四万五六八七円及びこれに対する平成二〇年四月一六日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

被告Y1は、原告に対し、二三五六万二六二〇円及びこれに対する平成二〇年六月二九日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  甲事件は、被告会社が経営する飲食店の店舗の内装工事等を継続して請け負っていた富士設備工業株式会社(以下「富士設備」という。)の破産管財人である原告が、被告会社に対し、① 富士設備と被告会社の間における工事請負代金の減額合意につき、公序良俗に反する無効な合意であるとして不当利得返還請求権に基づき、又は、被告会社による違法な減額要求による合意であるとして不法行為に基づき、適正な請負代金額と減額合意後の金額の差額合計一億八四九九万円の支払を求め、また、② 富士設備が行った被告会社に対する接待につき、主位的には、費用負担を強要されたとして不法行為に基づき、接待に支出した費用のうちの七五一万一三七四円の損害賠償を、予備的には、当該接待費用を富士設備において負担する旨の合意が公序良俗に反して無効であり、被告会社が出捐を免れた金額が同被告の不当利得に当たるとして、不当利得返還請求権に基づき、富士設備が支出した金額のうちの半額である三七五万五六八七円の返還をそれぞれ求めるとともに、上記①及び②に対する訴状送達日の翌日(平成二〇年四月一六日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金ないし利息の支払を求めている事案である。

乙事件は、原告が、被告会社代表者である被告Y1に対し、富士設備が同被告の自宅改装工事を請け負い、これを完成、引き渡したとして、請負契約による報酬請求権に基づき、内装工事残代金のうち一三五一万二四〇三円、外装工事代金四〇五万〇二一七円及び浴室入替等工事代金六〇〇万円の合計二三五六万二六二〇円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日(平成二〇年六月二九日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

二  争いのない事実等(末尾に証拠を付さない事実は、当事者間に争いがないか、当裁判所に顕著である。)

(1)  当事者等

ア 被告会社は、平成一一年一一月に設立されたフランチャイズチェーンシステムによる飲食店の加盟店の募集及び経営指導等を業とする資本金一一億五五四八万三九九二円(平成一九年一二月三一日現在)の株式会社であるが、直営事業として、「a食堂」や「b食堂」等の飲食店の経営も行っている。

被告Y1は、被告会社の設立当初からの代表取締役である。

イ 富士設備は、昭和四五年二月に設立された建築工事業、管工事業等を業とする資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、その代表取締役はA(以下「A」という。)が務めていたが、平成一九年一〇月二六日、大阪地方裁判所で破産手続開始決定を受け、原告が破産管財人に選任された。

また、A個人も、平成二〇年一月二八日、大阪地方裁判所で破産手続開始決定を受け、原告が破産管財人に選任された。

(2)  被告会社と富士設備の取引関係等

ア 富士設備は、被告会社の設立当初から、被告会社が直接経営する店舗及び被告会社とフランチャイズ契約を締結した加盟店が経営する店舗などの飲食店の内装工事等を請け負うようになり、破産手続開始決定を受けたころも、被告会社との取引関係は継続していた。

イ 平成一七年五月ころ以降、富士設備が被告会社の直営店舗の内装工事を受注する際は、概要、以下のような流れで行われていた。

(ア) 被告会社が候補地を検討し、採算が合うと判断した場合には、当該候補地ないし候補物件の所有者との間で、賃貸借契約を締結した後、富士設備が当該候補物件の内装工事等に着工するが、請負契約書などは作成せず、着工時点では請負代金額や支払方法等については具体的な合意は存しない。

(イ) 富士設備は、工事完成後、当該工事の工事代金を算定するために原価計算を行って予算表ないし見積書を作成し、これを被告会社に提出していた。

(ウ) 被告会社の担当部長であるB(以下「B部長」という。)が、富士設備作成の予算表や見積書に記載された金額を査定し、減額を求めるなどした後、担当取締役であるC(以下「C部長」という。)が、さらに査定を行い、減額を求めるなどした。

(エ) 上記(ウ)の担当者による査定の後、被告Y1が再度査定を行うこととなっており、ほとんどの工事で更なる減額が行われていた。

(オ) 被告会社は、最終的に、富士設備に対し、上記(エ)の被告Y1による査定で決定された金額を工事請負代金として支払っていた。

(3)  本件の直営店舗内装工事等の受注、施工の経緯等

ア 富士設備は、被告会社との間で、別紙「不当な減額要求認否一覧表」の「現場名」欄記載の各現場の内装工事等(以下、すべて併せて「本件各店舗工事」といい、個別の工事については、「店舗工事一」などと特定する。)の請負契約を締結し、これらを完成させ、被告会社に引き渡した(ただし、個別の工事の引渡日については、別紙「不当な減額要求認否一覧表」記載のとおり、一部に争いがある。)。

イ 本件各店舗工事についても、上記(2)イの流れで受注、施工がなされたところ、その工事代金額につき、富士設備の見積金額は別紙「不当な減額要求認否一覧表」の「見積金額」欄記載のとおりであり、B部長による査定額は、同別紙の「担当者査定額」欄記載のとおりであり、被告Y1による最終査定額は、同別紙の「社長査定額」欄記載のとおりであった。

被告会社は、本件各店舗工事引渡後、富士設備との間で、当該各工事の請負代金額につき、別紙「不当な減額要求認否一覧表」の「社長査定額」欄記載のとおりの金額とする旨合意し(以下「本件各減額合意」という。)、富士設備に対し、当該金額を支払った。

(4)  被告Y1の自宅改装工事等の受注、施工の経緯等

ア 内装工事について

富士設備は、被告Y1との間の請負契約に基づき、別紙物件目録記載の被告Y1の自宅(以下「Y1自宅」という。)の内装改築工事(以下「自宅内装工事」という。)を施工し、平成一七年三月一五日ころ、当該工事を完成させ、被告Y1に引き渡した。

イ 外装工事について

富士設備は、被告Y1との間の請負契約に基づき、Y1自宅の外装改築工事(以下「自宅外装工事」という。)を施工し、当該工事を完成させ、被告Y1に引き渡した。

ウ 浴室入替工事等について

富士設備は、被告Y1との間の請負契約に基づき、Y1自宅の浴室の浴槽入替工事等(以下「自宅浴室工事」といい、自宅内装工事、自宅外装工事及び自宅浴室工事を併せて「本件自宅工事」という。)を施工し、当該工事を完成させ、被告Y1に引き渡した。

なお、上記アないしウの各工事の契約締結時期、請負代金額及び工事の完成引渡時期については当事者間に争いがある。

エ 富士設備は、被告Y1から、自宅の工事の請負代金として一七五〇万円を受領している。

(5)  本件の経緯等

ア 原告は、平成二〇年四月八日、当庁に、被告会社に対する甲事件の訴えを提起し、同年六月二〇日、被告Y1に対する同被告による本件自宅工事の請負代金減額要求及び残代金支払拒絶が、公序良俗に反して無効であるとして、不当利得の返還を求める乙事件の訴えを提起し、平成二一年一〇月五日、乙事件の請求の趣旨及び請求の原因を請負代金請求に変更した。

イ 被告Y1は、平成二二年二月四日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、本件自宅工事の請負代金債権につき、消滅時効を援用するとの意思表示をした。

三  争点及び当事者の主張

(1)  被告会社の不当利得金の有無(本件各減額合意の有効性)(選択的請求)

(原告の主張)

ア 被告会社の富士設備に対する優越的地位

(ア) 被告会社の直営店舗の工事は、店舗デザインに強いこだわりを持つ被告Y1による図面承認が遅れる上に工期が極めて限られていたため、図面が完成していない段階から着工を余儀なくされ、工事途中での変更や工事完成の直前になって変更となることも多かった。しかも、富士設備は、被告会社に対し、工事の完成引渡しが当初予定の時期より遅れた場合に罰金を支払わされていたため、約七割の確率で徹夜の工事を強いられていた。富士設備は、上記のような被告会社からの厳しい工事の受注に応えるべく人的物的な設備を拡充する反面、他の顧客に対する営業活動を行うこともできなかった結果、被告会社の「特約店」に化してしまい、本件各店舗工事を施工していたころには、その売上げの九割を被告会社からの受注に依存しているという状態であった。そのため、富士設備は、被告会社との取引を止めるとたちまち倒産してしまい、容易に取引先を被告会社以外に転換することもできなくなっていた。

(イ) 被告Y1は、富士設備が被告会社以外から受注することを嫌い、特に被告会社の同業種である外食産業からの店舗内装工事の受注につき、企業秘密の漏洩を理由に不快感を示したため、富士設備は、新規の外食産業関係企業や従来からの取引先に対する積極的な営業活動も控えざるを得なかった。

(ウ) 当時、建築工事業や内装業は不況業種であり、いわゆる買い手市場であったところ、被告会社の資本金は富士設備のそれの一一〇倍であるなど、被告会社と富士設備の事業規模には大きな格差があった。

(エ) 上記のような事情を前提とすれば、被告会社は、富士設備に対し、取引上の優越的地位にあったことが明らかである。

イ 本件各減額合意に至る経緯の不当性

(ア) 富士設備は、被告会社の直営店舗の工事においては、被告会社からの前渡金や中間金の支払がなく、工事が竣工しても査定を経て最終支払額が決まるまでは工事代金を一切支払ってもらえなかった上、被告会社の担当者やC部長の査定を経て、さらに被告Y1が査定して減額した金額に異を唱えると、査定自体を拒否されてしまい、代金が全く支払われなくなるという状況であった。また、被告会社の支払は遅れがちであった上、Aは、平成一八年四月以降、被告Y1に対し、請負代金額の増額や早期の支払を懇願した結果、同被告から査定中止や取引停止をほのめかされ、実際に査定を中止されて支払を遅延させられたこともあった。そして、上記のような状況であったことから、被告会社からの支払が止まれば、富士設備において、従業員への給与や下請先への工事代金を支払うことができなくなるため、富士設備としては、少しでも早く支払を受けるために被告会社の過大な減額要求に応じざるを得なかったのである。

(イ) Aは、被告Y1に対し、富士設備の資金繰りの不安を常に訴えていたから、被告Y1は、当時の富士設備の資金的窮状を十分認識していた。

(ウ) Aは、本件各店舗工事の被告Y1による査定の場に同席させてもらえず、意見を言う機会もなかった。

ウ 本件各減額合意の内容の不当性

(ア) 本件各店舗工事における被告Y1による最終査定額は、被告会社の担当者による査定額と比較しても、その減額率が一〇パーセントを超え、通常の値引きの範囲を明らかに超えており、その結果、富士設備において、いずれの工事についても赤字工事となった。

(イ) 被告会社においては、B部長、C部長、被告Y1の順で査定を行っていたところ、この中で建築工事費用関係の経験があったのはB部長だけで、C部長や被告Y1は工事費用等に関しては素人であった。B部長の査定は、自ら竣工検査にも立ち会い、富士設備の詳細な見積書を前提として、使用した材料の単価や使用量、あるいは工賃などを計算し、実質的に積算して行われており、正確であった。

(ウ) B部長ら被告会社担当者が富士設備作成の「御見積書」を検討して査定を行っていた一方、被告Y1は、富士設備作成の予算表も見ず、単純に坪単価に坪数を乗じて査定をしていた。しかし、坪単価はあくまで基本工事の目安にすぎないし、富士設備は、本件各店舗工事のすべてにおいて、基本工事だけでなく多額の基本外工事などを行っていたが、本件各減額合意にはこのような具体的な工事の内容がまったく考慮されていない。

(エ) 富士設備が予算表や見積書を工事に着手前に提出できなかったのは、店舗デザインに強いこだわりを持つ被告Y1による図面承認が遅れたためである。それにもかかわらず、富士設備は、工期の遅延による違約金の支払を避けるため、図面が確定していない段階で工事に着手せざるを得なかった。その結果、材料費や施工代金が割高になるばかりか、工事途中で追加・変更工事が頻発するなどしたため、さらに原価が増加することとなった。

エ まとめ

(ア) 上記アないしウによれば、被告会社が富士設備をして、本件各減額合意に応ぜしめた行為は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(ただし、平成二一年法律第五一号による改正前のもの。以下「独占禁止法」という。)二条九項五号の「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること」(以下「優越的地位の濫用」という。)に該当するところ、独占禁止法違反に該当する行為は、公序良俗に反するものとして私法上も無効であるから、本件各減額合意は、無効である。

また、仮に、本件各減額合意が優越的地位の濫用に該当するとはいえないとしても、上記アないしウの各事情を前提とすれば、本件各減額合意は、公序良俗に反する無効な合意である。

(イ) 本件各減額合意は、いずれも無効であるから、本件各店舗工事の適正な請負代金額と本件各減額合意に基づき被告会社が支払った請負代金額との差額は、被告会社の不当利得に当たるところ、適正な請負代金額は、少なくとも被告会社の担当者による査定額を下回ることはないから、原告は、被告会社に対し、少なくとも別紙「不当な減額要求認否一覧表」の「担当者査定額」欄記載の適正金額と「社長査定額」欄記載の金額の差額合計一億八四九九万円の不当利得返還請求権を有している。

(被告会社の主張)

ア 被告会社が富士設備に対して優越的地位にないこと

(ア) そもそも、独占禁止法の制度趣旨である自由な競争秩序の維持、国民経済の健全で民主的な発展の促進という観点からは、当然、自由な競争状態に影響を及ぼすおそれのあるものだけが、不公正な取引方法が規定する「公正な競争を阻害するおそれがあるもの」としてその規制を受けることになるのであって、少なくとも、行為者が市場支配的な力、準市場や狭い市場における圧倒的な力を濫用して、自由競争の経済的な機能をゆがめて行動することにその本質があるものと解すべきであって、何らかの市場ないしこれに準ずるアプローチが要求されるというべきであり、優越的地位の濫用もこのような観点から考慮すべきである。

(イ) 被告会社と富士設備との間の関係は、外食産業における店舗建設の発注者と請負業者というものであるところ、そこには個別的な取引関係はあっても、被告会社を中心としたある程度閉鎖された市場ないしはその類似物を見て取ることはできないし、外食産業における店舗建設という(準)市場をとらえたときには、外食業界では上場企業だけでも一〇〇社近くが存在し、準大手、中小企業まで含めると無数の企業、店舗が存在するところ、上場企業だけに限定しても、被告会社が売上高、利益、店舗数とも上位を占めるというわけでもない。

(ウ) また、被告会社は、富士設備を自ら自社の特約店化させたこともなければ、被告会社以外の取引先への営業を禁止したわけでもない。

富士設備は、もともと、居酒屋チェーン(「八犬伝」「酔虎伝」「居心伝」等)を展開するマルシェ株式会社(平成二〇年まで上場していた。以下「マルシェ」という。)や外食レストラン(「すかいらーく」「バーミアン」「夢庵」等のすかいらーくグループ)の店舗設計、建設を手がけるテスコ株式会社(平成二〇年まで上場していた。以下「テスコ」という。)の店舗建設を請け負っており、平成一一年度までは、上記マルシェ及びテスコに対する売上げが大半を占めており、被告会社に係る売上げは十数パーセントに過ぎず、平成一二年度においても、被告会社を含めた三社が、それぞれ三分の一ずつ程度の売上構成比であった。Aは、平成一六年ころ、被告Y1に対し、被告会社の店舗建設請負から手を引く旨伝えてきたため、被告Y1もこれを了承したが、その後、急に、再度どうしても被告会社の店舗案件をやりたいと懇願してきたため、被告会社が再び富士設備に発注をするようになったのである。被告Y1は、Aに対し、被告会社の案件では採算が合わないようであれば、無理に受注する必要はない旨申し入れ続けていた。したがって、富士設備は、他の外食産業との取引と被告会社との取引の割合を自ら事業者として判断しうる立場であったにも関わらず、被告会社の案件の受注を優先したため、被告会社に対する売上比率が極端に拡大したにすぎず、被告会社からの受注が増大したのは富士設備の意思に基づくものである。

さらに、図面作成前に着工することとなった工事については、富士設備の事務処理能力の不足のため、図面を作成できなかったことによるのであり、工事途中の変更についても、ほとんど富士設備の施工不良が原因であったのであるから、工事の遅延も富士設備の責めに帰すべき事情によるものである。

(エ) 建設業界自体は全体としては不況であったとしても、富士設備は、被告会社のみを取引先とせずとも、被告会社よりも事業規模の大きいテスコ(すかいらーく)やマルシェの案件を受注することが可能であったし、本店の拡大や社員の倍増により、十分に新規の取引先を開拓することもできたはずである。

(オ) 本件で問題とされているのは、被告会社から発注される直営店舗の内装工事代金であり、被告会社の運営するフランチャイズ店舗の地区本部やフランチャイズ加盟店から富士設備への工事発注については、問題とされていないところ、平成一八年ころ以降においてすら、富士設備における被告会社の直営店舗工事の売上比率は同年九月期が二四・三パーセント、平成一九年九月期が四五・二四パーセントにすぎない。そして、被告会社は、フランチャイズ店舗の内装工事については工事施工業者としての決定権を有していなかったから、被告会社の富士設備に対する優越的地位の有無を検討するのに、フランチャイズ店舗の工事分をも含めた富士設備の売上比率を考慮すべきではない。

(カ) 上記のような事情を前提とすれば、被告会社が富士設備に対する優越的地位を有していたとはいえない。

イ 本件各減額合意に至る経緯の妥当性

(ア) そもそも、被告会社と富士設備との間の被告会社の店舗建設を巡る請負契約について、それが自由競争秩序に悪影響を及ぼすに至る恐れがあるものとはいえないことは明らかであるし、本件のような価格の設定や価格水準自体を直接かつ即時に優越的地位の濫用問題として取り上げることは、自由競争市場の本質からすると、不相当であり、富士設備が一定規模の工事請負事業者であって、取引条件についての専門的知識と経験を有していることからすれば、なおさら不相当である。

(イ) 本件では、被告会社と富士設備との間の価格交渉や価格合意が、被告会社の多数の取引業者(建設施工業者)全体に対する抑圧的行為の一環としてなされているわけでもなく、また、被告会社の組織的制度的なものでもなく、行為の波及性・伝播性も全く見ることはできず、よって、社会的広がりも観念し得ない。

(ウ) B部長は、工事完成前後に提出された富士設備作成の見積書を前提として、実際に当該見積書どおりの工事が行われたものとして積算をしていたにすぎず、実際にそのとおりの施工がなされたことを前提とした査定であったし、B部長及びC部長においても、富士設備にそれだけの費用が発生しているのであるから、支出分を代金として認めることはやむを得ないという観点で査定していた。

一方、被告Y1は、飲食店工事の設計、デザイン等に興味を持ち、研鑽を重ねてきたところ、工事代金を判断するのに必要な知識や経験も有しており、本件各店舗工事の完成・引渡し後のデコレーション作業で実際に完成店舗に赴き、富士設備側の責任による工事の不備、不良、未了、遅延等を確認の上、坪単価のほか、前提とする基本工事以外の工事(外構工事や附帯工事等)の有無、坪数等も考慮して査定していたのであって、B部長やC部長の査定とは観点が異なっている。被告Y1が、Aに対し、強制的に工事代金を減額するよう要求したことはない。

(エ) C部長は、被告Y1による査定終了後、Aが被告Y1の最終査定結果を了承したことを確認するという意味で、被告Y1が署名した予算表にA自身による日付とサインの署名を求め、Aは、被告Y1の最終査定額を納得した上でこれに署名していた。

ウ 本件各減額合意の内容の合理性

(ア) 別紙「不当な減額要求認否一覧表」の「認否」欄及び「認否についての補充」欄記載のとおり、本件各減額合意は、下記(イ)及び(ウ)のとおりに算定された坪単価を前提に、工事の不備、未了や竣工遅延が多数みられたことから、これらを減額査定に織り込んだものであり、適正な査定である。

(イ) 被告会社は、富士設備との間で、各店舗の標準坪単価(基本的な工事パターンで目安となる工事金額。たとえば、「c店」であれば標準的な坪単価は五〇万円から五五万円。)について合意していたところ、本件各減額合意で最終的に合意した各工事代金額は、基本的に上記標準坪単価の範囲内の金額であるし、個々の案件ごとの特殊性に応じて、標準坪単価からの増額を認めている。

(ウ) 被告会社の店舗は、そのデザイン及び施工がパッケージ化、均一化されており、案件ごとの大きな個性はあまり生じないし、多数の店舗を短期間で開店させるというチェーン店舗の性格上、個々の案件について個別、具体的にコスト計算、金額査定、交渉、代金合意というステップを踏むことは不適切であること等の事情からすれば、本件において、被告会社が富士設備との間で請負代金額を決定するにあたり、標準坪単価を前提に交渉、合意をすることが、正当な商慣習に照らしても合理的な発注形態である。その上、被告会社が設定していた標準坪単価は、被告会社における店舗工事の経験及び外部の設計会社の判断に基づいて算定されたものであり、富士設備においても、平成一六年ころまでは、同様の内容で、問題なく被告会社の工事を受注していたのであるから、合理的な金額である。

(エ) そもそも、富士設備が作成し、被告会社に対して提示していた見積金額は、水増しされているなど不正確で不当な内容であったから、見積金額との差額が大きいことをもって、本件各減額合意が不当であるとはいえない。

(オ) 本件各減額合意による合意額と、富士設備の原価台帳等の原価を比較すると、本件各店舗工事のうち、原価割れしているのは一部の工事にすぎず、個々の工事についても富士設備が約一〇パーセント程度の粗利益を獲得できていた案件が多数存在しているし、受注規模、件数や出店情報の獲得等の状況をみると、本件各店舗工事に限定せずに、被告会社の店舗工事をトータルでみた場合には、富士設備において、経営を維持できるのに十分な利益を得ていたはずである。

(カ) 本件各減額合意による合意金額は、被告会社から富士設備に発注した被告会社のフランチャイズ店舗の工事代金額、富士設備以外の業者による本件各店舗工事の見積りの結果、本件各店舗工事と同程度の規模の富士設備以外の業者による施工案件の工事代金額及び他ブランドにおける店舗工事代金額と比較しても、ほぼ同程度の金額であり、不当に低額とはいえない。

エ 上記アないしウによれば、本件各減額合意は、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に該当せず、公序良俗に反するものともいえないから、有効な合意である。

そして、被告会社は、富士設備に対し、本件各店舗工事代金として、本件各減額合意に基づく金員を全額支払っているから、被告会社に不当利得はない。

(2)  被告会社による本件各店舗工事の代金減額要求につき、不法行為の成否(選択的請求)

(原告の主張)

上記(1)(原告の主張)アのとおり、被告会社は、富士設備に対して、優越的地位にあったところ、被告Y1は、これを濫用し、富士設備に対し、別紙「不当な減額要求認否一覧表」記載のとおり、継続的に、不当に低額な請負代金を了承するよう要求した。これらの減額要求行為は、取引通念上の減額交渉として許容される限度を超えた違法な行為であり、被告会社には少なくとも過失が存在するから、被告会社の富士設備に対する不法行為に該当する。

富士設備は、上記のように継続的に違法な減額要求行為を受け、これに応ぜしめられたことにより、本件各店舗工事につき、別紙「不当な減額要求認否一覧表」の「社長査定額」欄記載の金額しか支払を受けられず、「担当者査定額」欄記載の適正金額との差額合計一億八四九九万円の損害を受けたから、原告は、被告会社に対し、不法行為に基づき、上記損害額の賠償請求権を有する。

(被告会社の主張)

上記(1)(被告会社の主張)のとおり、被告Y1が、富士設備に対し、優越的地位を濫用して不当に減額要求行為を行ったとの主張及び損害額の主張は争う。

本件各減額合意は、本件各店舗工事の請負代金額として適正な金額の合意であり、被告会社は当該合意に基づく金額を支払っているから、不法行為には当たらず、富士設備には損害が発生していない。

(3)  被告会社による接待強要の不法行為の成否(主位的請求)

(原告の主張)

前記(1)(原告の主張)アのとおり、被告会社は、富士設備に対して優越的地位を有していたところ、被告会社の代表者である被告Y1は、上記地位にあることを奇貨として、これを濫用し、富士設備の代表者であるAに対し、別紙「接待一覧表」記載の接待(以下「本件各接待」という。)を強要したから、上記被告Y1の行為は、被告会社の富士設備に対する不法行為を構成する。

富士設備は、上記の被告Y1の行為により、被告会社のために、別紙「接待一覧表」記載の年月日に、同別紙記載の金額を支出することを強いられたから、原告は、被告会社に対し、不法行為に基づき、上記支出金額合計七五一万一三七四円の賠償請求権を有している。

なお、上記支出金額には、A自身の宿泊費など被告会社が直接費消しなかった費用も含まれるが、Aは、被告Y1などの身の回りの世話をするために宿泊や同行を強要されたものであり、これも富士設備の損害に含まれることは明らかである。

また、上記支出金額に被告Y1がサービスを受けていない費用が含まれているとしても、それらは、富士設備がC部長ら被告会社の担当者を接待した際に支出した費用であるから、そのすべてが被告会社の不法行為による富士設備の損害に該当する。

(被告会社の主張)

ア 本件各接待に対する被告会社の個別的な主張は、別紙「接待交通費関係一覧表」記載のとおりである。

イ 前記(1)(被告会社の主張)アのとおり、被告会社が富士設備に対する優越的地位にあったとはいえず、被告Y1とAは、一緒に食事をしたり、被告Y1がAを自宅に招いたりするなど、非常に親しい関係であった。そもそも、有馬グランドホテルでの宿泊はAが言い出したことであるし、沖縄旅行も現地の加盟店との協議やホテルの内装関係の調査を目的としたものであった。したがって、Aが被告Y1に従わざるを得ないような状況にはなく、被告Y1が本件各接待を強要したこともない。

また、本件各接待の中には、被告会社及び被告Y1とは無関係なものも含まれているところ、それらについては、富士設備において当該費用を負担したとするには疑問がある上、仮にそうであるとしても、被告会社とは無関係である。

ウ 本件各接待のうち被告会社に関係のあるものは、地区加盟店の訪問や工事施工の打合せ等、富士設備の営業行為的色彩の強いものが多く、その費用は富士設備において支出するのが当然である。

また、被告会社も、Aないし富士設備従業員との打合せや接待において、旅費等を負担したことがあり、本件各接待の費用を富士設備が支出したとしても、相互に、自己が支出した分は自己が負担して後日精算しないという黙示の合意をしていた、あるいは、費用負担の際の各当事者の合理的意思解釈としてはそのように考えて支出していたとみるのが最も自然である。

したがって、これらの費用については、社会通念上認められる一般的な接待交際費の範囲内であって、違法性がない。

エ 上記アないしウによれば、富士設備が被告会社に対する接待費用を支出していたとしても、被告会社の不法行為には該当しない。

(4)  接待による被告会社の不当利得金の有無(予備的請求)

(原告の主張)

ア 上記(3)(原告の主張)のとおり、富士設備は、被告Y1から強要され、被告会社関係者らの宿泊費や旅行費用として、別紙「接待一覧表」記載の七五一万一三七四円を出捐させられたから、富士設備には同額の損失が発生した。そして、被告会社は、富士設備が出捐した七五一万一三七四円のうち、自ら負担すべき三七五万五六八七円(七五一万一三七四円の半額。Aや富士設備関係者らの宿泊費などを考慮しても、これを下回ることはない。)の出捐を免れ、同額の利得を得ている。

したがって、原告は、被告会社に対し、上記三七五万五六八七円の不当利得返還請求権を有している。

イ 富士設備と被告会社との間で、上記アの接待費用の全額を富士設備が負担する旨合意していたとしても、前記(1)(原告の主張)のとおり、当該合意は、被告会社が富士設備に対して優越的地位にあることを奇貨として、上記地位を濫用し、強要したものであるから、公序良俗に対し、無効である。

したがって、被告会社の利得には法律上の原因がない。

ウ 被告Y1は、上記イの合意が公序良俗に反し、無効であることを認識していたから、被告会社は、利得を取得した後である本訴状送達日の翌日から年五分の利息の支払義務を負っている。

(被告会社の主張)

上記(3)(被告会社の主張)のとおり、被告会社が富士設備に対して優越的地位にあったとはいえないし、富士設備が被告会社の接待費用を負担していたとしても、社会通念上相当な範囲で行われた相互接待の一環であって、公序良俗に反するものではない。

(5)  被告Y1に対する自宅改装工事等の請負代金請求の可否

ア 請負工事契約の成否

(原告の主張)

(ア) 自宅内装工事

富士設備は、平成一六年八月七日、被告Y1との間で、請負代金三二〇〇万円で自宅内装工事を請け負う旨の工事請負契約を締結し、平成一七年三月一五日、これを完成させ、同日、被告Y1に引き渡した。

したがって、原告は、被告Y1に対し、自宅内装工事の請負契約に基づく請負代金額から既払金一七五〇万円を控除した残代金のうち一三五一万二四〇三円の支払を求める。

(イ) 自宅外装工事

富士設備は、平成一八年七月下旬から同年八月ころ、被告Y1との間で、請負代金四〇五万〇二一七円(消費税込み)で自宅外装工事を請け負う旨の工事請負契約を締結し、同年九月二五日、これを完成させ、同日、被告Y1に引き渡した。

したがって、原告は、被告Y1に対し、自宅外装工事の請負契約に基づき、請負代金額四〇五万〇二一七円の支払を求める。

(ウ) 自宅浴室工事

富士設備は、平成一六年一〇月ころ、被告Y1との間で、請負代金六〇〇万円で自宅浴室工事を請け負う旨の工事請負契約を締結し、同年一一月末日までに、これを完成させ、同日、被告Y1に引き渡した。

したがって、原告は、被告Y1に対し、自宅浴室工事の請負契約に基づき、請負代金額六〇〇万円の支払を求める。

(エ) 被告Y1は、Aとの間で本件自宅工事全体の工事代金額を一七五〇万円とする旨合意したと主張するが、そのような合意はしていない。

(被告Y1の主張)

(ア) 請負契約の締結及び本件自宅工事の完成引渡しは認めるが、契約締結の時期及び請負代金額の合意は否認し、工事の完成引渡しの時期は不知である。

(イ) 被告Y1は、富士設備に対し、自宅内装工事及び自宅浴室工事については平成一六年八月ころに、自宅外装工事については上記の各工事が完成したころにそれぞれ発注したのであって、本件自宅工事については、その全体がほぼ同じ時期に成立した一個の請負契約と理解すべきである。ただ、富士設備の下請業者への指示や監督が悪く、下請代金の支払を怠るなどしていたことから、下請業者が再三交替するなどして、施工の時期が大幅に遅れたにすぎない。

また、当初の三二〇〇万円という金額は概算額にすぎず、被告Y1とAとの間で、最終的に本件自宅工事全体の代金を一七五〇万円とする旨合意している。

イ 一七五〇万円の代金額の合意の有効性

(被告Y1の主張)

(ア) 仮に、本件自宅工事につき原告主張どおりの請負代金額の合意がいったん成立しているとしても、その後、被告Y1は、平成一七年五月一七日に、Aとの間で、本件自宅工事代金につき、全体で一七五〇万円とする旨の合意をした。

(イ) 被告Y1は、上記合意に基づき、原告に対し、一七五〇万円を支払済みであるから、それ以上の請負代金の支払義務を負わない。

(原告の主張)

(ア) 富士設備と被告Y1との間で、自宅内装工事の工事代金を一七五〇万円とする旨の合意をしたことがあることは認めるが、これに自宅外装工事及び自宅浴室工事の工事代金額も含める旨合意したとの点は否認する。

(イ) 仮に、富士設備と被告Y1との間で、本件自宅工事の請負代金を合計一七五〇万円とする旨の合意(以下、自宅工事全体か自宅内装工事に限るかその工事の範囲の如何にかかわらず、本件自宅工事の請負代金を一七五〇万円とする合意を「本件請負代金合意」という。)が成立していたとしても、当該合意は、以下のとおり、公序良俗に反するから、無効である。

a 前記(1)(原告の主張)アのとおり、被告会社が、富士設備に対して優越的地位にあったため、Aないし富士設備は、被告Y1の減額要求を拒否することができない状況であった。

b 被告Y1は、本件内装工事に先立ち、Aに対し、次の骨子の提案を行い、Aはこれを了承した。

(a) 被告Y1は、株式会社池田銀行から本件内装工事代金に充てるものとして三二〇〇万円の融資を受けることになった。

(b) 上記融資を利用し、被告Y1は富士設備に対し、三二〇〇万円で本件内装工事を発注する。

(c) しかし、本件内装工事については、三二〇〇万円未満の金額に抑えた内容のものとし、富士設備から被告Y1に対し、三二〇〇万円と現実の工事代金の差額を返還(キックバック)する。

被告Y1は、平成一六年八月三一日、富士設備の銀行口座に本件内装工事の前払金として三二〇〇万円を振り込み、富士設備は、同年九月一五日、被告Y1の要請に応じてこのうちの二〇〇万円を返還した。その後、富士設備は、自宅内装工事につき、被告Y1からの追加変更工事の発注が相次いだ結果、その原価が総額二六二七万二四〇三円に達したため、自宅内装工事完成後、被告Y1に対し、本件内装工事の原価表などを示して、工事原価が二六二七万二四〇三円であったことや、別途、富士設備が本件建物の防犯設備費用として四七四万円を負担しているため、返還可能額が存在しないことを説明したことから、被告Y1が前述のキックバックについては断念したものと認識していた。しかし、被告Y1は、その後、富士設備に対し、被告会社の株式を購入するためとして、一二五〇万円の返還を要求してきたため、富士設備は、結局、当該要求に屈して、自宅内装工事請負代金を一七五〇万円とする旨の覚書の作成に応じるとともに、被告Y1に対し、一二五〇万円を交付せざるを得なかった。

c 自宅外装工事及び自宅浴室工事についても、施工が杜撰であるという事実はなく、富士設備は、被告Y1に対し、事実上、支払請求できなかったにすぎない。

(ウ) 上記(ア)及び(イ)によれば、富士設備は、本件自宅工事の施工が杜撰であったからではなく、被告会社ないし被告Y1の要求に応じざるを得なかったから、請負代金額を一七五〇万円とする旨合意したのであり、その合意金額は、本件自宅工事の施工に要した下請工事代金等の原価に照らせば、暴利行為であることが明らかである。

したがって、本件請負代金合意は、公序良俗に反して無効であるため、被告Y1は、原告に対し、既払金額を除く本件自宅工事代金の支払義務を負う。

(被告Y1の反論)

(ア) 本件請負代金合意は、以下のとおり、公序良俗に反しない。

a 前記(1)及び(3)の(被告会社の主張)のとおり、被告会社が富士設備に対して優越的地位にあるとか、Aが、被告Y1に従わざるを得ないという状況にはなかった。

b 被告Y1は、後日、家具代購入費用としてその一部を返還してほしい旨説明の上、富士設備に対し、本件自宅工事代金として概算で三二〇〇万円を交付した。そして、被告Y1は、工事完了後の平成一七年五月一七日ころ、Aとの間で協議を行い、本件自宅工事代金を全体で一七五〇万円とすることで合意し、差額の一四五〇万円の返還を受けた。

c 本件自宅工事につき、富士設備が作成した原価表は、実際の原価よりもかなり高く算出して記載されており、実際の工事は、当該原価表記載のとおりに施工されていない部分が多く、施工内容も杜撰で安価な施工にとどまっている。したがって、本件自宅工事の適正な工事代金額は、せいぜい原告請求額の半額程度であり、そうであるからこそ、被告Y1とAとの間で工事代金を合計で一七五〇万円とする本件請負代金合意をしたのであるから、当該合意金額が合理的な価額であることが明らかである。

(イ) したがって、本件請負代金合意は有効である。

ウ 消滅時効の成否

(被告Y1の主張)

(ア) 仮に、請負工事契約の成立及び工事の完成引渡しの時期について原告主張どおりの事実が認められるとしても、いずれの工事についてもその引渡時から三年が経過した。

(イ) 被告Y1は、平成二二年二月四日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、上記(ア)の時効を援用する旨の意思表示をした。

(ウ) なお、原告が本件自宅工事代金の支払を催告したとの原告主張事実は否認し、消滅時効の援用が権利濫用に当たる旨の主張は争う。

(原告の主張)

(ア) 原告は、時効完成前の平成二〇年二月二一日及び同年三月五日、被告Y1に対し、本件自宅工事の残代金の支払を催告した上、同年六月二〇日、乙事件の訴えを提起したから、被告Y1主張の消滅時効は中断している。

(イ) 前記(1)の(原告の主張)のとおり、被告会社が富士設備に対する優越的地位を有しており、被告会社のオーナー兼代表者である被告Y1の機嫌を損ねてしまうと、富士設備が、フランチャイズ工事関係も含めて、被告会社の工事を受注できなくなってしまうため、富士設備は、被告Y1に対し、本件自宅工事代金を請求できなかったのであり、被告Y1も上記事情を十分に認識していた。

被告Y1は、上記事情に乗じて、本件自宅工事代金につき、富士設備の請求を封殺してきたのであり、被告Y1の消滅時効の援用は、権利の濫用として許されない。

第三当裁判所の判断

一  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1)  被告らと富士設備との関係等

ア 被告Y1は、昭和六一年、飲食業の店舗展開等を目的とする株式会社フジセイコーポレーション(以下「フジセイ」という。)を設立し、食堂などの飲食店経営を営んでいた。

富士設備は、平成四年ころから、フジセイが飲食店を出店する際における店舗施工等の受注業者のうち一社であった株式会社ファムの下請業者として、フジセイが経営する飲食店の設備工事を行うなどしていたところ、平成一〇年ころ、株式会社ファムが倒産したため、フジセイから、直接、店舗施工工事を請け負うようになった。

イ 被告Y1は、平成一一年一一月一一日、飲食店の経営及びフランチャイズチェーンシステムによる飲食店の加盟店の募集及び経営指導等を目的とする被告会社を設立してその代表取締役となり、飲食店を直接経営するほか、そのフランチャイズチェーンシステムによる加盟店の募集及び経営指導等も行うようになった。

被告会社は、設立当初から、直営店舗及びフランチャイズ店舗のいずれについても、ビルにテナントとして入居して営業する業態(以下「ビルインタイプ」という。)の飲食店を展開しながら、店舗数と売上げを伸ばすなどして次第に事業規模を拡大し、平成一四年一二月には大阪証券取引所のヘラクレス市場にその株式を上場するに至った。

富士設備は、被告会社設立後、フジセイのみならず、被告会社が展開する直営店舗及びフランチャイズ店舗の施工工事(以下、これらを併せて「被告会社関連工事」という。)も請け負うようになった。もっとも、富士設備は、このころ、居酒屋チェーン(「八犬伝」「酔虎伝」「居心伝」等)を展開するマルシェや外食レストラン(「すかいらーく」「バーミアン」「夢庵」等)の店舗設計、建設を手がけるテスコからも工事を受注しており、被告会社関連工事による売上げは、富士設備の売上げ全体の二、三割程度、月に二、三件程度であった。

また、富士設備は、平成一四年ころには、被告会社との間で、フランチャイズ契約を締結し、被告会社のフランチャイジーとして、食堂を二店舗経営するようになった。

ウ 被告会社は、平成一五年ころから、ビルインタイプに加え、郊外のロードサイドで営業する業態(フリースタンディングタイプ、以下「フリスタタイプ」という。)の飲食店をも展開することとし、直営店を開店するとともに、フランチャイズ加盟店の募集を開始し、フリスタタイプの店舗についても、富士設備に施工工事を発注するようになった。

一方、富士設備は、平成一六年ころから、被告会社が所有するビルの一部を賃借し、自らの事務所として使用するようになった。

被告会社は、平成一七年には、フジセイを合併し、全国的に、「a食堂」、「b食堂」、「c店」及び「d店」等様々な業態の飲食店を直営するほか、フランチャイズ加盟店を募集・指導するなどして、さらに店舗数を増やしていった。

エ 被告会社は、資本金五〇〇〇万円で設立されたが、株式公開時には、資本金が三億二〇〇〇万円を超え、平成一九年末には資本金が一一億五五四八万三九九二円、従業員数四三四名に達するなど、急成長を遂げた。

また、被告会社の売上げは、株式公開時である平成一四年一二月期に約四〇億円、平成一五年一二月期に約四八億円、平成一六年一二月期に約五三億円と漸増していたところ、平成一七年一二月期には約一二一億円、平成一八年一二月期には約一八七億円と急増し、売上げと同様に店舗数も急激に増加したため、これに伴い、富士設備における被告会社関連工事の受注件数も増加することとなり、その結果、富士設備の売上げ全体に占める被告会社関連工事による売上げの割合も拡大していった。特に、平成一七年から平成一九年ころは、直営店舗とフランチャイズ店舗を併せた被告会社における新店舗の開店数のピークであったため、富士設備における被告会社関連工事の受注件数も急増することとなり、本件各店舗工事も、このころに施工されたものである。

オ 富士設備で作成された決算報告書に記載された同社の売上げは、平成一二年九月期には約一三億円、平成一三年九月期には約二〇億円、平成一四年九月期には約三五億円と増加した後、平成一五年九月期に約二四億円、平成一六年九月期に約一八億円、平成一七年九月期に約一九億円といったん減少したが、平成一八年九月期には六五億円を超え、平成一九年九月期にも約五一億円に達するなど急激に増加した。そして、富士設備の売上げが急増した時期は、上記エの被告会社における新店舗出店件数のピーク時期と重なっており、平成一八年ころには、富士設備の売上げの九割程度が被告会社関連工事による売上げとなった。もっとも、富士設備においては、被告会社関連工事による売上げのうちの半分以上は、フランチャイズ加盟店からの受注による売上げであった。

富士設備の事業規模は、被告会社が設立された平成一一年ころ以降、資本金一〇〇〇万円であり、その役員のほとんどがAの親族であり、従業員数も三〇人から四〇人程度であったところ、Aは、平成一八年ころ、上記エのとおり、急増する被告会社関連工事の受注に対応するため、富士設備の人員を約二倍に増員した。

しかしながら、富士設備は、結局、上記のような急激な受注件数の増加に対応するのに十分な管理体制をとることができなかったばかりか、その決算報告書には、平成一七年九月期には約一八億円であった売上原価が平成一八年九月期には約六〇億円に、平成一七年九月期には約四億円であった一般管理費が平成一八年九月期には約五二億円になった旨記載され、売上げの増加とともに経費も増大したため、利益の増加にはつながらず、資金繰りに窮するようになり、平成一九年一〇月ころ、大阪地方裁判所に自ら破産手続開始の申立てをするに至った。

カ 上記アないしオのとおり、富士設備と被告会社との関係が強くなるに伴い、被告Y1とAの関係も深いものとなり、Aは、富士設備の従業員を引き連れ、被告Y1及び被告会社の従業員ないし取引先との出張に頻繁に同行するようになり、海外出張に同行したり、被告会社の決起集会に参加したりすることもあった。また、Aは、被告Y1と一緒に私的な旅行やゴルフにも頻繁に出かけるようになり、被告Y1の自宅を訪問し、被告Y1の家族と食事をともにしたり、被告Y1の家族旅行に同行したりすることもあった。

被告Y1は、Aとの旅行やゴルフの際、悪ふざけの意図で、Aの髪の毛にガムを押しつけたり、眠っているAに水をかけたり足をライターであぶったり、また、鼻毛カッターでAの眉毛を剃ったりして、困った顔をしたAを見ておもしろがっていたが、Aは、被告Y1のこれらの行為に対して強く抗議をすることはできなかった。

(2)  被告会社と富士設備との間の具体的な取引内容等

ア フジセイ及び被告会社においては、全国的に多数の飲食店をチェーン店として展開するという業務の性質上、直営店とフランチャイズ店とにかかわらず、各店舗の施工工事については、業態ごとに、標準施工図面が存在し、基本的な内装工事代金の目安となる標準坪単価が設定されており、富士設備においても、そのことを認識して施工を行っていた。

もっとも、ビルインタイプの店舗については、入居予定のビルの形状等により、フリスタタイプの店舗についても、居抜き物件の場合は物件により、それぞれ工事内容が異なることもあるし、各店舗ごとに、基本的な内装工事のほかに、解体工事、ガスや水道の工事及び追加工事等の基本的な内装工事以外の工事や追加工事等が必要となる場合がほとんどであり、特に、直営店に関しては、被告Y1において、使用材料や照明器具等の仕様に強いこだわりを持ち、店舗ごとに異なる施工内容となることも多かったため、上記標準施工図面や坪単価のみで、すべての工事の施工内容と請負代金額が決定されるわけではなかった。

イ そこで、フジセイ又は被告会社の直営店舗工事においては、最初に被告Y1がゾーニング図を作成し、当該ゾーニング図を基に、富士設備内の設計業務担当者が平面図を作成した上、富士設備と被告会社との間で打合せを行いながら検討を重ね、被告Y1が当該図面を承認し、当該図面上にサインをすることにより平面図を確定させた後、これに基づき、被告会社が委託していたデザイン会社や富士設備内の担当者が内装及び仕様に関する図面を作成し、これについても被告Y1の承認を得て確定するという流れで、工事内容を確定していた。また、フランチャイズ店舗についても、図面の確定には被告Y1の了解があったことを明らかにするために当該図面上に同人の自署(サイン)を得ることとなっていた。

被告会社と富士設備の各担当者は、上記のとおり、図面を確定するため、頻繁に打合せを行っており、被告Y1自身もその場に出席していた。

ウ 富士設備は、被告会社の直営店舗については、被告会社との間で、直接工事請負契約を締結していたが、いずれの工事についても正式な契約書並びに注文書及び注文請書等が作成されることはなかった。

また、富士設備は、被告会社の直営店舗工事につき、開店日並びにテナントとして入居するビル及び店舗の敷地の賃料発生日が決まっていたことから、工期が限られ早期に工事を完成する必要があったことや、基本的な内装工事の内容は標準化され、その部分から施工を開始することも物理的に不可能ではなかったことなどから、上記イの流れで図面が未だ確定していない段階でも、可能な部分から取りあえず工事に着手することも多かった。被告会社は、そのような場合、富士設備に対し、事前に見積書を提出するよう要求したが、富士設備においては、図面が確定しておらず、使用材料や使用器具等も決定していなかったため、見積書を作成することができず、結局、請負代金額について合意が成立しないまま着工することとなっていた。その結果、富士設備自身、実行予算を組むことができないまま工事に着手し、施工しながら工事内容を確定していくこととなるため、工事途中に追加工事や変更工事が必要となることも多く、結果として、引渡予定日を守れないこともあった。

被告Y1は、いずれの工事にあっても、その完成直前ころ、ほとんどの店舗の工事現場を直接訪問し、自らデコレーションを行っていたところ、その際の被告Y1の指示や、引渡直前の被告会社側の指示により、更に追加工事が発生することもあった。

エ 富士設備は、上記ウのとおり、請負代金額につき合意が成立しないまま着工した工事については、着工後から工事完成引渡後までの間に、施工しながら工事内容を確定しつつ、それに基づき見積書や予算表を作成し、被告会社に提出していた。被告会社では、富士設備から上記見積書及び予算表が提出された後、これらを検討して査定し、最終的な請負代金額を決めていた。

被告Y1は、平成一六年ころまでは、上記のとおりの経過で富士設備から提出された見積書や予算表について、Aとの間で、個別の工事ごとに直接折衝し、減額査定を行い、最終的な請負代金額を決定していた。その際には、基本内装工事については坪単価を目安とし、これに減額査定した基本工事以外の工事代金額を加算するなどして算定されていた。

オ しかしながら、上記(1)エ及びオのとおり、富士設備においては、平成一七年ころになると、被告会社関連工事の受注件数が急増し、被告会社直営店舗については、受注時には開店日や賃料発生日が既に決まっており、いつも工期が限られていたことや、富士設備における人的物的体制が十分整っていなかったことも相まって、図面の作成や請負代金額の検討が間に合わなくなり、工事内容や請負代金額につき確定しないまま着工する工事の割合が大きくなっていった。また、富士設備は、着工後の見積書及び予算表の作成や被告会社への提出についても、次第に遅れるようになり、工事完成直前や工事完成後となることが多くなり、さらに、施工自体も工期に遅れがちとなった。

一方、平成一七年ころ以降、店舗工事の積算、見積等の経験を有するB部長が被告会社に入社し、C部長が店舗開発及び店舗企画担当役員となったことなどから、被告会社においては、被告Y1による請負代金額の査定の前に、B部長及びC部長が査定を行うこととなった。

そのため、富士設備は、工事完成直前や工事完成後、ようやく原価計算を行い、当該工事の予算表及び見積書を作成すると、最初にB部長の減額査定を受け、その後、C部長による減額査定を受け、さらに被告Y1による減額査定を受けるようになった。なお、予算表には詳細な工事内容は記載されておらず、大まかな工事項目とその請負代金額が記載されているのみであったため、具体的な使用材料等を知るためには見積書を見る必要があった。B部長は、見積書等を参考に積算を行い、原価を算定し、さらに富士設備の利益分をも考慮して請負代金額を査定していた。これに対し、被告Y1や元々はレストランの接客を担当していたC部長は、工事費用の積算に関する専門的な知識や経験を有さず、主として、上記アの標準的な坪単価との差額が大きすぎないかという観点を重視し、工期の遅れや施工不良等も加味して査定を行っていたため、坪単価に坪数を乗じた金額を、そのまま基本工事以外の工事も含めた請負代金額とすることもあった。

また、被告Y1は、C部長が査定を行うようになってからは、Aと直接折衝せずに査定をすることが多くなり、そのような場合には、被告Y1による最終的な査定額は、C部長を通じてAに伝えられていた。

B部長、C部長及び被告Y1は、それぞれ、予算表に自らの査定額を手書きし、署名又は押印し、Aも、当該予算表に署名するなどして、請負代金額につき合意し、富士設備は、その後、当該請負代金額に沿うように、再度、見積書を作成し、被告会社に提出するなどしていた。

Aは、平成一八年ころ以降、B部長、C部長及び被告Y1の順で請負代金額を減額され、最終的には、当初の提示額から大幅に減額されることが予想されたことから、これを見越して、原価に二五パーセント程度の粗利を上乗せして予算表及び見積書を作成するなどした。また、富士設備は、予算表や見積書の作成が間に合わず、複数の工事現場について一括して一通の予算表を作成し、被告会社側の査定を受けることもあった。

カ 被告会社と富士設備との間では、通常の請負契約では一般的な着工時及び中間期に請負代金の一部を支払う旨の合意はなされておらず、被告会社は、上記ウないしオの手続にのっとって最終的な請負代金額を決定した後、富士設備に対し、工事完成引渡しから相当の期間経過後になって、被告Y1による査定額を当該請負代金額として一括して現金で支払っていた。そのため、富士設備は、材料の仕入先や下請業者への支払はもちろん、従業員の給料等の支払を安定的に行うことができず、絶えず資金繰りに汲々としており、被告会社からの請負代金の一括支払を一刻も早く得ることが富士設備の運営上極めて重大な意味を持っていた。

本件各店舗工事は、いずれもこのころに行われた被告会社直営店舗の施工工事であり、上記の経過で請負代金額の査定が行われ、本件各減額合意が成立した結果、被告会社は、富士設備に対し、本件各減額合意による合意額を支払った。本件各店舗工事については、店舗工事一ないし九の請負代金支払日は、平成一九年七月四日ころから同年八月六日であり、工事引渡しの一か月から二か月程度後、店舗工事二八ないし三一の請負代金支払日は、平成一八年五月九日であり、工事引渡しの二か月程度後、店舗工事三三及び三五の請負代金支払日は、平成一八年七月七日であり、工事引渡しの三か月程度後、店舗工事四二及び四三の請負代金支払日は、平成一八年七月初めころであり、工事引渡しの二か月程度後、店舗工事七六の一及び二の請負代金支払日は、平成一八年一二月七日であり、工事引渡しの三か月程度後、店舗工事九四ないし九五の二の請負代金支払日は、平成一九年二月五日であり、工事引渡しの六か月程度後、店舗工事一〇〇及び一〇一の請負代金支払日は、平成一九年二月五日であり、工事引渡しの三か月ないし四か月程度後、店舗工事一一一の請負代金支払日は、平成一九年八月六日ころであり、工事引渡しの約二六日後であった。

なお、富士設備は、平成一八年七月四日、被告会社との間で、被告会社関連工事の引渡しを遅延した場合、被告会社に対し、一日につき、二万五〇〇〇円及び該当店舗の月額家賃を日割した金額の合計額を遅延損害金として支払う旨合意していたところ、実際に、被告会社が、富士設備に対し、工事請負代金額を支払うに際し、上記遅延損害金を控除して支払ったこともあった。

キ 富士設備は、被告会社のフランチャイズ店舗の施工も請け負っていたところ、ほとんどのフランチャイズ店舗については、着工直後ころまでには、フランチャイズ加盟店との間で、図面、工事内容及び請負代金額を合意し、請負契約書を作成しており、支払方法についても、着工時ないし請負契約書作成時及び施工途中に一時金を支払い、工事完成引渡時に残額を支払う旨合意することが多かった。

二  本件各減額合意による被告会社の不当利得金の有無(争点(1))について

(1)  上記一で認定した事実によれば、① 富士設備は、平成一一年ころから破産手続開始決定を受けるに至るまで、被告会社が発注する店舗施工工事を継続して受注していただけでなく、被告会社のフランチャイジーとなり、被告会社から事務所を賃借するなど、被告会社と密接な関係を有していたこと、② 富士設備における被告会社関連工事の割合は、被告会社の事業規模が拡大するに伴って増大し、特に、本件各店舗工事が行われた平成一八年ころには、富士設備の全受注件数の九割を超えるほどであったこと、③ 被告会社の事業規模は、富士設備のそれと比較すると、はるかに大きく、業種が相違するため売上金額こそ三倍ないし六倍程度であったが、資本金では約一一〇倍にも達し、従業員数や経営利益等についても相当の規模の違いがあったこと、④ 本件各店舗工事を含めた平成一七年ころ以降の被告会社の直営店舗工事については、富士設備において、請負代金額を合意しないまま着工し、工事完成後、富士設備が作成した見積書等を被告会社側で減額査定して請負代金額を確定し、しかも、被告会社からは、富士設備に対する着手金や中間金の支払はなく、工事を完成して引き渡した上、減額査定後に一括して請負代金を支払うことがほとんどであったため、富士設備は、取引先や従業員に対する支払のための資金繰りに窮し、被告会社からの請負代金の一括支払金に依存する割合が極めて高くなっていたこと、⑤ フランチャイズ店舗を含めた被告会社に関する工事の図面の確定には被告Y1の承認が必要である上、工事完成の直前になって、被告会社側からの指示で追加・変更工事が必要となることもあったにもかかわらず、富士設備は、理由の如何を問わず、工事の引渡しが当初の竣工予定時期を遅延した場合には、被告会社に対し、遅延損害金を支払わなければならないこととなっていたことが認められる。

そうすると、本件各店舗工事が行われたころには、富士設備の被告会社に対する取引依存度が極めて大きくなっており、富士設備にとって、被告会社との取引の継続が困難となれば、その事業の継続に大きな支障を生じる状態であり、そのため、被告会社は、富士設備に優越した立場にあり、富士設備において、被告会社から、富士設備にとって不利益な取引条件を要請された場合、これを受け入れざるを得ない関係であったといえるから、被告会社は、富士設備に対し、優越的な地位を有していたといえる。

この点、被告会社は、富士設備における被告会社に関する工事の受注の半分以上は、富士設備が、フランチャイズ加盟店から直接請け負った工事であるから、富士設備の被告会社に対する取引依存度には影響しない旨主張するが、上記⑤のとおり、フランチャイズ店舗工事の図面についても被告Y1の承認が必要であるなど、フランチャイズ店舗工事につき、フランチャイズ本部である被告会社の影響が全くないということは考え難く、Aが、被告会社から取引を停止されればフランチャイズ店舗の工事も受注できなくなるものと考えたとしても、やむを得ないものといえるから、フランチャイズ店舗工事と被告会社が発注する直営店舗の工事を全く別個のものとみることは相当でない。

(2)  そして、上記(1)の③及び④によれば、被告会社は、平成一七年ころ以降、富士設備に対し、工事内容や請負代金額を決定しないまま、しかも、着手金や中間金も支払わないまま着工させ、工事完成引渡後、請負代金額の査定を経て初めて請負代金額を支払っていたことが認められ、本件各減額合意を含めた各工事の最終的な請負代金額の合意は、A及び富士設備としては、既に、材料費や下請代金等、当該工事のための支払が発生しているため、早急に請負代金額を確定した上、その支払を受けなければならなかったのであり、上記一(2)オのとおり、被告Y1による最終査定の場には、Aが同席していないことが多かったことにも照らせば、本件各減額合意は、富士設備において、十分な金額でなくても受け入れざるを得ない状況下でなされたものといえる。

また、前記一(2)オで認定した事実によれば、被告会社では、平成一七年ころ以降、工事費用に関する積算の経験を有するB部長が、富士設備作成に係る見積書を参照しながら請負代金額を査定した後、C部長及び被告Y1によるさらなる減額査定により、最終的な請負代金額を確定するようになったところ、C部長や被告Y1は、工事費用に関する積算の経験がなく、坪単価を目安に算定する程度であり、基本工事の坪単価に坪数を乗じた金額をそのまま請負代金額とすることもあったことが認められ、《証拠省略》によれば、本件各店舗工事についても、店舗工事三、六、八ないし一二、二八ないし三一、四二ないし四四、七六の一及び二、九四、九八ないし一〇一、一〇五並びに一〇七について、C部長又は被告Y1において、坪単価に坪数を乗じた金額とほぼ同じ金額を最終査定額としたこと、これらの工事にはいずれも基本工事以外の工事も含まれていたこと、Aは、少なくとも店舗工事一ないし九については、本件各減額合意による金額に不満を持っていたことが認められる。そうすると、本件各減額合意は、B部長が、見積書等に基づき積算して算定した金額を、C部長及び被告Y1が、基本工事以外の工事が行われているか否かにかかわらず、単に、基本工事の坪単価に坪数を乗じるなどの方法で算定した金額をもとに更に減額し、被告Y1により最終査定額とされた金額につき、Aが渋々これを受け入れたにすぎないものといえる。

以上によれば、本件各減額合意は、被告会社が、富士設備に対し、自己の優越的地位を利用し、富士設備が被告会社の査定金額に応じざるを得ない状況下において、必ずしも個別具体的な工事内容を反映しているわけではない合理性に欠ける減額に応ぜしめたものというべきである。そして、被告会社は、富士設備が原価に三〇パーセント程度の粗利を上乗せして見積書を作成しており、B部長においては、積算の結果算定された原価に、富士設備の利益として一〇パーセント程度を見込んでやるよう指示していた旨主張しているところ、仮に、それを前提とすれば、本件各店舗工事における原価は、別紙「不当な減額要求認否一覧表」の「見積金額」欄記載の金額から三割を減じた金額ということとなり、その合計は、約九億五〇〇〇万円程度ということとなる一方、原価に一〇パーセントの粗利を上乗せしたB部長による査定額の合計は、約一〇億九〇〇〇万円であることとなる。そうすると、本件各減額合意のうち、少なくとも、積算の経験があり、合理性があると思料されるB部長の査定額の八割を下回る部分については、富士設備が支出した原価にも満たない金額であるということができ、被告会社は、自らが優越的地位にあり、富士設備が従属的地位にあることを利用して不当に利益を取得するために本件各減額合意をなしたものといわざるを得ず、本件各減額合意は、独占禁止法二条九項五号に違反しているか否かはさておき、私法上においては、少なくとも上記の限度で、公序良俗に反し、無効であるというべきである。

したがって、被告会社は、法律上の原因なく、本件各店舗工事ごとの、B部長の査定額の八割に相当する額と本件各減額合意に基づき被告会社が支払った金額との差額の合計相当額の支払を免れ、これにより富士設備は上記相当額の損失を受けたというべきである。そうすると、被告会社は、原告に対し、上記相当額の返還義務を負うこととなり、その金額は、別紙「不当利得金一覧表」記載のとおりであり、その合計は二〇七二万円となる。

(3)  被告会社の反論についての検討

ア 被告会社は、そもそも、飲食店をチェーン展開する業者においては、工事代金を算定するにつき、標準的な坪単価を基準とするという方法が一般的である旨主張するところ、一般的にはそうであるとしても、基本外工事や追加工事が行われれば、別途追加工事代金を支払うこともあり得るのであって、前記一(2)ア及び被告Y1本人によれば、被告会社においても、通常はそのような対応を行っていたことが認められるのであるが、上記(2)で説示したところによれば、本件各店舗工事の中のいくつかの工事は、基本工事以外の工事が含まれていたにもかかわらず、その点を考慮することなく、坪単価のみを基準として減額査定がなされていたことが認められるから、上記被告会社の主張は、上記(2)の判断を左右するものではない。

イ また、被告会社は、本件各減額合意は、坪単価のほか、富士設備の施工遅延や施工不良をも勘案して査定したものであって、適正妥当な請負代金額である旨主張する。

しかしながら、上記(2)で説示したとおり、中には具体的な工事内容を勘案せず、単に、坪単価に坪数を乗じて算定した金額を最終査定額としているものが相当数存在している上、前記一(2)イ、ウ及びカで認定した事実によれば、図面の確定にはすべて被告Y1の承認が必要であり、引渡直前になって被告会社側の指示で追加工事が発生することもあったこと、富士設備は、被告会社との間で、工事の引渡しを遅延した場合、遅延損害金を支払う旨合意し、実際に請負代金額を当該遅延損害金と相殺されるなどしていたことが認められるのであるから、施工が遅延したことにもやむを得ない事情が存する場合もあり、工事が遅延した場合には、遅延損害金として別途相殺勘定で支払代金から控除されるなどしていたというのであるし、被告会社は、施工不良につき、《証拠省略》を提出するが、これらによっても、合意した施工内容と実際の施工状態にいかなる齟齬があり、いかなる不都合が生じているのか判然とせず、その写真も、いずれも平成二二年一月に撮影されたものであり、本件各店舗工事に係る建物の引渡し及び被告会社による使用開始から二年半ないし四年程度経過した後のものであることが認められるから、B部長の査定額の八割を下回るような大幅な減額を正当化するに足りる施工遅延や施工不良があるとまでは認めるに足りない。

なお、被告Y1は、店舗工事三〇については、坪数が七九・七坪と大きく、坪当たりの原価も割安となることを考慮し、坪単価に坪数を乗じた金額を、そのまま、基本工事以外の工事も含めた最終査定額とし、他の要素は考慮していない旨供述するが、店舗工事三一は、坪数が二八坪と小さいにもかかわらず、店舗工事三〇と同様、坪単価に坪数を乗じて査定されていることが認められることに照らせば、上記被告Y1の供述内容をそのまま信用することはできず、これをもって本件各店舗工事の査定がすべて適正に行われていたということはできない。

ウ さらに、被告会社は、A及び富士設備は、平成一七年ころ以降、管理能力が不十分であるにもかかわらず、大量の工事を受注したため、図面や見積書の作成が遅れ、請負代金額を合意できないまま着工せざるを得ない状況となり、施工不良や施工遅延を招き、事後的に見積書を提出するなどしていたのであるから、支払が引渡後となったり、基本工事以外の工事を十分査定に反映できなかったりしたとしても、すべて富士設備側に要因がある旨主張する。

確かに、前記一(1)エ及びオ並びに(2)ウないしオで認定した事実によれば、A及び富士設備においては、平成一七年ころ以降の売上げに見合う件数の工事を受注するのに、十分な管理体制を有してはいなかったことが窺われるが、上記のとおり、図面の確定には被告Y1の承認が必要であり、他方で、工期が限られていた上、工事の引渡しを遅延した場合に遅延損害金を支払う旨の合意が存在していたことなどに照らせば、富士設備が、施工内容や請負代金額について被告会社と十分な打合せができていない段階で着工していた要因は、被告会社にもあったといえるし、富士設備にも責任の一端があることを考慮しても、B部長の査定額の八割を下回るような金額を正当化しうる事由とはいえず、そのことから、被告会社において、不当に低額な請負代金額を支払えば十分であるということにはならない。

エ また、被告会社は、富士設備の見積書どおりの金額を最終査定額としている工事も存在し、本件各店舗工事だけでなく、富士設備と被告会社との取引を全体としてみれば、富士設備には十分な利益が上がっているはずであり、一部の取引のみを取り出して不満をいうのは不当であるなどとも主張する。

しかし、前記一(1)オで認定した事実によれば、平成一七年以降、富士設備における被告会社関連工事の受注件数が急増し、平成一八年ころには売上げの約九割を占めるに至ったが、富士設備においては、利益が増加しないばかりか、資金繰りに窮するようになり、平成一九年一〇月ころには破産手続の開始を申し立てるに至ったことが認められるから、全体としてみても、富士設備には十分な利益が上がっておらず、むしろ、被告会社関連工事の受注件数が増加するに伴い、財産状態が悪化していたと考えられる。

オ 上記アないしエのほか、被告会社は、フランチャイズ店舗の請負契約書や他の請負業者が作成した見積書を提出し、本件各店舗工事の請負代金額が殊更低額とはいえない旨主張するが、これらは、具体的な施工内容や見積時期等、本件各店舗工事と同一の条件下で作成されたものとはいえないし、前記一(2)キによれば、フランチャイズ店舗については、着工前後に図面や請負代金額を合意し、着手金や中間金の支払も合意していたことが認められるから、単純に本件各店舗工事と比較することはできない。また、被告会社は、B部長作成の報告書を提出し、富士設備の原価を前提とすれば、本件各減額合意は適正な金額であるなどとも主張するが、当該報告書に添付された原価表等の合理性や正確性について客観的な裏付けがあるとはいえないし、仮に富士設備で作成した見積書等に何らかの水増部分があったとしても、そのことが直ちに上記(2)の判断を左右するものではない。

カ 以上によれば、被告会社の主張は、いずれも上記(1)及び(2)の判断を左右するものではない。

三  被告会社による本件各店舗工事代金減額要求につき、不法行為の成否(争点(2))について

被告会社に対する本件各店舗工事に関する不法行為に基づく請求は、上記二の不当利得に基づく請求と選択的併合の関係にあるところ、上記二で返還が認められる金額を超える損害が発生することはないから、当該請求については、判断を要しない。

四  被告会社による接待強要につき、不法行為の成否(争点(3))について

確かに、前記一で認定した事実及び《証拠省略》によれば、① 富士設備と被告会社との関係においては、被告会社及び被告Y1の方が、富士設備及びAよりも強い立場にあったこと、② Aは、公私ともに、被告Y1と頻繁に食事や旅行等に出かけていたこと、③ 被告Y1自身、上記②の場合、Aが費用負担をすることが多かったと認識していること、④ 別紙「接待一覧表」記載の日時に、同別紙記載の金額が、A名義で富士設備の銀行口座から支払われていたことが認められる。

しかしながら、平成一九年九月一六日、同月二四日及び同年一〇月一日の有馬グランドホテルに対する支払並びに同年八月一七日のナハテラスに対する支払については、富士設備側において被告Y1ないし被告会社宛の領収書を保管していることから、被告会社側が受けたサービスの代金も富士設備側が支払ったことが窺われるが、上記以外の支払については、富士設備宛のクレジットカードの利用明細が存在しているのみであり、上記④の各支払金額の中に、被告Y1又は被告会社の従業員らの食費や宿泊費等が含まれているか否か、仮に一部含まれているとしてその金額はいくらであるかは証拠上明らかであるとはいえない。また、被告Y1が、Aに対し、別紙「接待一覧表」記載の旅行等への同行や宿泊費等の支払を強要したことを認めるに足りる的確な証拠はなく、前記一(1)認定の富士設備と被告会社の関係からすれば、A自身の判断で、富士設備の営業活動の一環として、被告Y1や被告会社の関係者を接待するということも考えられなくもないし、《証拠省略》によれば、逆に、被告Y1において、Aや富士設備の従業員との食費や旅費等を支払ったことがあったことも窺われる。

以上によれば、被告Y1が、Aに対し、別紙「接待一覧表」記載の費用の支出を強要したとまでは認めることはできず、また、富士設備において、被告会社関係者の食費や宿泊費等を支払ったことがあったとしても、取引関係を継続する中で、営業活動としての意味をも有する相互の接待の一環という範囲を明らかに逸脱するものとまではいえないから、これをもって被告会社による不法行為を構成するとはいえない。

したがって、被告会社に対し、上記接待費用につき、不法行為に基づく損害賠償を求める原告の請求は理由がない。

五  接待による被告会社の不当利得金の有無(争点(4))について

上記四で説示したとおり、別紙「接待一覧表」記載の支出が、それぞれ被告会社関係者のためになされたものであるか否かが不明であるから、その半額以上が被告会社の利得に当たるとまではいえないし、仮に、上記支払の一部が被告会社のためになされたものであるとしても、被告Y1が、Aに対し、同別紙記載の接待を強要したことを認めるに足りる的確な証拠はなく、富士設備において、Aの判断において、営業活動として支出したものと考えられなくもないから、法律上の原因のない不当な利得であると断ずることはできない。

したがって、被告会社に対し、上記接待費用のうちの半額につき、不当利得の返還を求める原告の請求は理由がない。

六  被告Y1に対する自宅改装工事等の請負代金請求の可否(争点(5))について

(1)  富士設備と被告Y1との間で、本件自宅工事の請負契約を締結したこと及び当該工事が完成し、引渡しがなされたことは当事者間に争いがないが、請負契約締結の年月日及び請負代金額について争いがある。

そこで、上記の点を検討するに、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

ア 富士設備は、平成一六年八月七日、被告Y1に対し、工事名称を「Y1邸改修工事」とし、工事代金合計三二〇〇万円(消費税別途)とする見積書を提出した。当該見積書の内訳には、外部改修工事の見積金額が一八〇五万七四〇〇円、室内改修工事の見積金額が一三九七万一三五〇円と記載されており、室内改修工事のうちの浴室工事の見積金額は四五万円と記載されていた。なお、当該見積書の外部改修工事には自宅外装工事は含まれていない。

被告Y1は、株式会社池田銀行に対し、上記の見積書を提出して上記自宅改修工事のための融資を申し込み、同月三一日、同銀行から見積書記載の金額である三二〇〇万円の融資を受け、同日、富士設備の銀行口座に、上記融資額から振込手数料を控除した全額を振り込んだ。

富士設備は、同日ころ、Y1自宅の改修工事に着工したが、その際、施工図面や請負契約書は作成されなかった。

富士設備は、同年九月一五日ころ、被告Y1からの要求に基づき、被告Y1に対し、上記三二〇〇万円のうち二〇〇万円を返還した。

イ 富士設備は、平成一七年三月一五日、工事名称を「Y1邸改修工事」とし、原価総合計二六二七万二四〇三円(消費税込み)とする原価表を作成した。当該原価表の内訳は、浴室改修工事の見積金額二五万九三〇〇円を含むものであった。

富士設備は、同日ころまでに、自宅内装工事及び自宅浴室工事を完成させ、被告Y1に引き渡した。

ウ 被告Y1及び富士設備は、平成一七年五月一七日、以下のとおり記載された「覚書『Y1邸内装改造工事の件』」と題する同日付けの文書(以下「本件覚書」という。)を作成し、それぞれ署名押印した(なお、下記(ア)及び(ウ)のうち、「甲」は被告Y1を、「乙」は富士設備をそれぞれ示している。)。

(ア) 工事代金 金三二〇〇万円を平成一六年八月三一日に前受金として(甲)は(乙)に入金。

(イ) 工事代金 金一七五〇万円に決定。

(ウ) (乙)は、差額 金一四五〇万円を平成一七年五月一七日に現金にて(甲)にご返金。

富士設備は、同日、被告Y1に対し、上記本件覚書(ウ)に従い、一四五〇万円を支払った。

エ 被告Y1は、富士設備に対し、上記イのY1邸改修工事とは別途、自宅の外壁が黒ずんでいるため、すべて塗装し直すよう依頼し、自宅外装工事を発注し、請負契約を締結した(ただし、その発注時期については争いがある。)。

富士設備は、自宅外装工事に着工し、平成一八年九月ころまで、被告Y1とも打合せを行いながら、工事を継続し、その後、これを完成させ、被告Y1に引き渡した。

(2)  自宅内装工事代金請求の可否

ア 原告は、富士設備と被告Y1との間で、自宅内装工事を三二〇〇万円で請け負う旨合意したと主張するところ、確かに、上記(1)ア及びイ認定のとおり、富士設備において、請負代金額を三二〇〇万円とする旨の見積書や原価を二六二七万二四〇三円とする原価表が作成されており、被告Y1が、いったん富士設備に三二〇〇万円を入金していたことが認められる。

しかしながら、まず、三二〇〇万円という請負代金額が合意された旨明記された請負契約書や、被告Y1が上記金額を請負代金額として了承したことを窺わせる注文書等は存在せず、上記(1)の認定事実によれば、① 被告Y1は、自宅改修工事名下に銀行から融資を受けるためには融資金額相当額の見積書を銀行に提出する必要があったこと、② 富士設備は、被告Y1から入金された三二〇〇万円のうち、二〇〇万円を直ちに返還し、その後にも、一四五〇万円を返還していること、③ そもそも、上記見積書作成時点においては詳細な図面は作成されておらず、請負代金額を決めるにしても、概算で決定せざるを得ない状況であったことが認められ、また、上記(1)アの被告Y1の銀行からの借入れやその後の経緯に照らせば、被告Y1は、銀行から自宅の改修資金名下に金員を借り入れる際に、その融資金の一部を別目的に使用することを考えていたことも窺えるのであって、他に、上記請負代金額についての合意の成立を認めるに足りる証拠もないから、富士設備と被告会社との間で、原告主張のとおりの請負代金額の合意が成立していたと認めることはできない。

イ また、仮に、富士設備が、被告Y1との間で、自宅内装工事を三二〇〇万円で請け負う旨の合意が成立していたとしても、その後の平成一七年五月一七日、本件請負代金合意がなされ、同日、当該金額での清算がなされていることは当事者間に争いがない。そこで、本件請負代金合意の有効性が問題となるところ、前記二(1)で説示したところによれば、被告Y1が代表者を務める被告会社が、富士設備に対し、優越的地位にあることは認められるものの、上記合意金額が、施工内容に照らし、著しく不相当な金額であると認めるに足りる証拠はないから、上記合意は、公序良俗に反して無効であるとまではいえない。

ウ したがって、被告Y1に対する自宅内装工事代金支払請求は理由がない。

(3)  自宅外装工事代金請求の可否

ア 原告は、富士設備と被告Y1との間で、自宅外装工事を四〇五万〇二一七円(消費税込み)で請け負う旨合意したと主張するが、当該金額が合意された旨明記された請負契約書等は存在せず、証人Aによれば、富士設備は、上記金額につき、被告Y1の了承を得てはいないことが認められるから、原告主張の請負代金額の合意の成立は認めるに足りない。

もっとも、富士設備は、建築工事業等を目的とする株式会社であり、被告Y1との請負契約に基づき、自宅外装工事を完成させたことは当事者間に争いがないから、富士設備と被告Y1との間では、自宅外装工事の報酬として客観的に相当と認められる金額を授受する旨の黙示の合意が成立していたものと解すべきである。

この点、被告Y1は、自宅外装工事は、自宅内装工事とほぼ同時期に、一個の請負契約として成立し、その請負代金額も、本件覚書の一七五〇万円に含まれている旨主張するが、被告Y1自身、自宅外装工事の発注時期は、自宅内装工事及び自宅浴室工事が完成したころである旨供述しており、発注時期が明らかに両者と異なっているし、前記(1)イないしエで認定した事実によれば、富士設備は、本件覚書作成よりも一年以上後である平成一八年九月ころまでは、自宅外装工事を継続していたことが認められ、Aにおいて、事後的に、自宅外装工事の請負代金を本件覚書で合意した一七五〇万円に含めることを承諾したことを認めるに足りる証拠もないから、自宅外装工事が、自宅内装工事ないし自宅浴室工事と一個の請負契約であるとか、その請負代金額は、本件覚書で合意された一七五〇万円に含まれているということはできない。

そこで、自宅外装工事の相当な報酬額を検討するに、《証拠省略》によれば、富士設備は、自宅外装工事について、実行原価三二七万〇七五〇円である旨の「Y1社長様邸改装工事 収支表」を作成していること、Aは、被告Y1に対する本件自宅工事の支払請求については、被告Y1とAとの関係から、原価で工事を完了し富士設備の利益分を請求する意思がなかったことが認められ、特段、当該原価額が不当であることを窺わせる事情もないから、自宅外装工事の請負代金額として当該原価額に消費税を加算した三四三万四二八七円をもって相当と認める。

イ 被告Y1は、上記アの請負代金債権が時効消滅している旨主張するが、前記争いのない事実等(5)ア及び前記(1)エによれば、富士設備は、少なくとも、平成一八年九月ころまでは自宅内装工事の施工を継続しており、完成引渡しはそれ以降である一方、原告は、平成二〇年六月二〇日、被告Y1に対し、自宅外装工事に関して不当利得返還請求として乙事件の訴えを提起し、その後、請負代金請求に訴えを変更したことが認められるところ、不当利得返還請求と請負代金請求は、原告の主張する事実関係は同一で、富士設備が施工した本件自宅工事の代金相当額を請求する点では変わりないから、乙事件の訴え提起時において、裁判上の請求があったとみるべきであり、同日、これによって消滅時効が中断されたといえる。

ウ したがって、被告Y1は、原告に対し、自宅外装工事の請負代金として、三四三万四二八七円の支払義務を負う。

(4)  自宅浴室工事について

原告が請求する自宅浴室工事の請負代金請求権は、民法一七〇条二号により三年の短期消滅時効が適用されるところ、仮に、原告主張の請求原因事実が認められるとしても、自宅浴室工事の完成引渡しは、遅くとも、平成一六年一一月三〇日であることとなり、平成一九年一一月三〇日を経過したことは、当裁判所に顕著であるから、その工事請負代金請求権の消滅時効が完成していることになる。そして、前記争いのない事実等(5)イによれば、被告Y1は、平成二二年二月四日、上記消滅時効を援用する旨の意思表示をしたから、自宅浴室工事の請負代金請求権は、すでに時効により消滅している。

原告は、時効中断事由の存在や時効援用が権利濫用に当たる旨主張するが、これらの再抗弁を認めるに足りる事情は存在しないことから、原告の主張は採用できない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の自宅浴室工事の請負代金請求は理由がない。

七  結論

以上の次第で、原告の被告会社及び被告Y1に対する請求は、主文記載の限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡寛 裁判官 横田昌紀 黒田香)

別紙 物件目録<省略>

別紙 不当な減額要求認否一覧表<省略>

別紙 接待一覧表<省略>

別紙 接待交通費関係一覧表<省略>

別紙 不当利得金一覧表<省略>

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