大阪地方裁判所 平成20年(ワ)4754号 判決 2009年11月12日
原告
株式会社イシダ
同訴訟代理人弁護士
伊原友己
同
岩坪哲
同
加古尊温
同
速見禎祥
同補佐人弁理士
吉村雅人
同
藤岡宏樹
被告
株式会社島津製作所
同訴訟代理人弁護士
上原理子
同上
原健嗣
同補佐人弁理士
豊岡静男
同
喜多俊文
同
開本亮
同
江口裕之
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告は,原告に対し,6342万3975円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成20年4月18日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 被告
主文と同旨
第2事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 本件特許権1
ア 被告は,次の特許権(以下「本件特許権1」といい,その特許を「本件特許1」という。また,下記「特許請求の範囲」の【請求項1】の発明を「本件特許発明1」という。)を有している。
特許番号 特許第3804687号
発明の名称 X線異物検査装置
出願日 平成18年3月8日
出願番号 特願2006-62993号
分割の表示 特願2004-366932号の分割
原出願日 平成9年12月18日
登録日 平成18年5月19日
特許請求の範囲
「【請求項1】
X線によって被検査物である食品の異物検査を行うX線異物検査装置において,一方の端部を自由端とし他方の端部を支持端として,少なくとも被検査物を移動する搬送機構および該搬送機構によって移動中の被検査物を透過したX線を検出するラインセンサを支持する片持ちフレームと,漏洩X線を防止するために前記搬送機構および前記ラインセンサを被うカバーとを備え,前記カバーは前記片持ちフレームの自由端側において,前記搬送機構の側面や底面を露出自在に開閉する開閉部分を備えるとともに,前記開閉部分の閉鎖状態を保持する固定器具を備えることを特徴とするX線異物検査装置」
イ 本件特許発明1は次のように分説することができる(以下,本件特許発明の構成要件を,下記の符号を付して単に「構成要件1A」などという。)。
1A X線によって被検査物である食品の異物検査を行うX線異物検査装置において,
1B 一方の端部を自由端とし他方の端部を支持端として,少なくとも被検査物を移動する搬送機構および該搬送機構によって移動中の被検査物を透過したX線を検出するラインセンサを支持する片持ちフレームと,
1C 漏洩X線を防止するために前記搬送機構および前記ラインセンサを被うカバーとを備え,
1D 前記カバーは前記片持ちフレームの自由端側において,前記搬送機構の側面や底面を露出自在に開閉する開閉部分を備えるとともに,
1E 前記開閉部分の閉鎖状態を保持する固定器具を備えることを特徴とする
1F X線異物検査装置。
ウ 本件特許発明1に係る明細書及び図面(以下,併せて「本件明細書1」という。)の内容は別紙特許公報1のとおりである。
(2) 本件特許権2
ア 被告は次の特許権(以下「本件特許権2」といい,その特許を「本件特許2」という。また,下記「特許請求の範囲」の【請求項1】の発明を「本件特許発明2」という。)を有している。
特許番号 特許第3656566号
発明の名称 放射線検査装置
出願日 平成13年4月17日
出願番号 特願2001-118629号
登録日 平成17年3月18日
特許請求の範囲
「【請求項1】
放射線発生手段と,その放射線発生手段に対して対向配置された放射線検出手段と,その放射線発生手段および放射線検出手段の間で被検査物を搬送する搬送手段と,上記放射線検出手段からの画素情報を用いてデータ処理を行うデータ処理手段を備えた放射線検査装置において,上記データ処理手段は,上記放射線検出手段からの1つの被検査物に関する全ての画素の濃度情報のうち,あらかじめ設定されている濃度範囲内の画素数を積算し,その積算結果から欠品検査を行うように構成されていることを特徴とする放射線検査装置。」
イ 本件特許発明2は次のように分説することができる(以下,本件特許発明2の構成要件を,下記の符号を付して単に「構成要件2A」などという。)。
2A 放射線発生手段と,その放射線発生手段に対して対向配置された放射線検出手段と,その放射線発生手段および放射線検出手段の間で被検査物を搬送する搬送手段と,上記放射線検出手段からの画素情報を用いてデータ処理を行うデータ処理手段を備えた放射線検査装置において,
2B 上記データ処理手段は,上記放射線検出手段からの1つの被検査物に関する全ての画素の濃度情報のうち,あらかじめ設定されている濃度範囲内の画素数を積算し,その積算結果から欠品検査を行うように構成されていることを特徴とする
2C 放射線検査装置。
ウ 本件特許発明2に係る明細書及び図面(以下,併せて「本件明細書2」という。)の内容は別紙特許公報2のとおりである。
(3) 原告の行為
原告は,業として,別紙物件目録記載の7機種のX線異物検査装置(以下,7機種併せて「原告製品」という。)を製造し,販売した(甲5,弁論の全趣旨)。
(4) 別件訴訟
ア 被告は,平成19年10月31日,本件特許権1及び本件特許権2に基づいて,原告に対し,原告製品の製造販売の差止及び損害賠償として1億円の支払を求める訴えを,当庁に提起した(当庁平成19年(ワ)第13513号特許権侵害差止等請求事件:以下「別件訴訟」という。)。
イ 被告は,別件訴訟の第3回弁論準備手続期日(平成20年12月4日)において,本件特許権2に係る請求をいずれも放棄した。
2 原告の請求
原告は,別件訴訟を提起した被告の行為が不法行為に該当するとして,民法709条に基づき,6342万3975円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成20年4月18日から支払済みまで,民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求めている。
3 争点
(1) 本件特許権1に基づく別件訴訟提起の違法性 (争点1)
(2) 本件特許権2に基づく別件訴訟提起の違法性 (争点2)
(3) 損害の額 (争点3)
第3当事者の主張
1 争点1(本件特許権1に基づく別件訴訟提起の違法性)
【原告の主張】
(1) 本件特許発明1が公然実施された発明であること
ア 公用物件1の構成
被告の子会社である島津メクテム株式会社(以下「島津メクテム」という。)は,原告を介し,遅くとも平成9年5月8日までに,X線異物検査装置「SLDX-1500」(以下「公用物件1」という。)を株式会社加ト吉に販売した。
公用物件1は以下の構成を有する。
1a X線によって被検査物である食品の異物検査を行うX線異物検査装である。
1b 一方の端部が自由端で,他方の端部が支持端である,被検査物を移動する搬送コンベア及び該搬送コンベアによって移動中の被検査物を透過したX線を検出するラインセンサを支持する片持ちフレームを有しており,搬送用のベルトやX線検出器等の補修,清掃,あるいは部品交換等のメンテナンスを行う際には,搬送コンベアの支持脚に設けられたブラケットを解除することで搬送コンベアは片持ち支持状態となる。
1c 漏洩X線を防止するために前記搬送コンベアおよび前記ラインセンサを被うカバー(筐体及び検査室ドア)を有する。
1d 上記カバーは,片持ちフレームの自由端側において搬送コンベアの側面を露出自在に開閉する開閉部分(検査室ドア)を備える。
1e 前記検査室ドアの閉鎖状態を保持する固定器具を備えることを特徴とするX線異物検査装置である。
イ 対比
(ア) 公用物件1の構成1aは本件特許発明1の構成要件1Aに相当する。
(イ) 公用物件1の構成1bは本件特許発明1の構成要件1Bに相当する。
被告は,公用物件1の搬送機構は,背面側で片持ち支持されているのではなく,4本の支持脚によって両持ち支持されていると主張する。しかし,本件特許発明1は,「片持ちフレームとすることによってX線異物検査装置の側部方向や底部方向が開放されるため,工具や部品を脚部に干渉されることがなく容易に挿入することができ,メンテナンス操作を行うことができる」との作用効果を奏するものである(本件明細書1の段落【0015】)。したがって,搬送コンベアが,搬送用ベルトのメンテナンス時以外に両持ちであろうと片持ちであろうと無関係である。
(ウ) 公用物件1の構成1cは,別件訴訟における被告の解釈を前提とすれば本件特許発明1の構成要件1Cに相当する。
なぜなら,被告は,別件訴訟で「漏洩X線を防止する『カバー』は,『前記搬送機構および前記ラインセンサ』を全面的に被い包む必要はなく,他の部材と相まってX線の漏洩を防止することができれば,搬送機構及びラインセンサの一部を被っているだけであっても足りる」と主張しており,公用物件1の「底板」(甲9の写真③)や「パネル(遮蔽板)」(乙8の写真3)が,「カバー」の代わりに漏洩X線を防止していても構わないというのが被告の解釈だからである。
(エ) 公用物件1の構成1dは,本件特許発明1の構成要件1Dに相当する。
公用物件1でも開閉カバーを開いた状態でコンベアベルトの補修・取替を極めてスムースになし得る。
(オ) 公用物件1の構成1eは,本件特許発明1の構成要件1Eに相当する。
ウ 以上より,公用物件1は,本件特許発明1の構成要件を全て備える同発明の実施品であって,本件特許発明1の出願前に被告自らの子会社により公然実施されたものであるから,特許法29条1項2号,同法123条1項2号及び同法104条の3により本件特許権1は行使することができない。
被告はこのことを知り又は容易に知ることができたにもかかわらず,別件訴訟を提起し,原告に対し,応訴を余儀なくさせるなどの損害を与えたものであり,上記訴訟提起は不法行為に当たる。
(2) 原告製品が本件特許発明1の技術的範囲に属さないこと
以下のとおり,原告製品は,漏洩X線を防止するために搬送機構およびラインセンサを被うカバー(構成要件1C)や,片持ちフレームの自由端側において搬送機構の側面や底面を露出自在に開閉する開閉部分を備えたカバー(構成要件1D)を備えないので,本件特許発明1の技術的範囲に属さない。
ア 構成要件1Cについて
被告は,別件訴訟において,「カバーは,漏洩X線を防止する目的で搬送機構とラインセンサを被うものであるから,カバー以外の他の部材によって,X線の漏洩を防止することができる場合には,それによって上記目的を達成することができる」とし,「漏洩X線を防止する『カバー』は,『前記搬送機構および前記ラインセンサ』を全面的に被い包む必要はなく,他の部材と相まってX線の漏洩を防止することができれば,搬送機構およびラインセンサの一部を被っているだけであっても足りる」と主張し,「被告物件は,ラインセンサを支持し,これを被うカバーでもあり,また,搬送コンベアを載設するフレームでもある部材‥‥によって,検査室の底面側へのX線の漏洩が防止されているので,搬送機構とラインセンサの底面側が全面的にカバーによって被われる必要はない」との理由により,原告製品は本件特許発明1の技術的範囲に属すると主張した。
被告の解釈に基づけば,被告が別件訴訟において本件特許発明1の充足性の根拠とする「他の部材」(ラインセンサを支持し,これを被うカバーでもあり,また搬送コンベアを載設するフレームでもある部材)は,「搬送機構の側面や底面を露出自在に開閉するカバー」ではないことになるが,公用物件1においても底面は「底板」という「他の部材」によって漏洩X線を防止しており,原告製品と同様である。
そうすると,公用物件1が本件特許発明1の実施品でないとするなら,原告製品も本件特許発明1の技術的範囲に属さないことになり,被告はこのことを知り又は容易に知ることができた。
イ 構成要件1Dについて
本件明細書1の段落【0007】ないし【0009】,【0011】,【0013】及び【0033】の記載によれば,本件特許発明1は,開閉カバーの開放側に脚部や支柱を除いた構成とすることができることに特有の作用効果がある。また,本件明細書1の【図1】及び【図3】によれば,開閉カバーの開放側に脚部や支柱が存在しない構成が開示されている。
したがって,構成要件1Dの「開閉部分」とは,支持脚と干渉しないよう支持脚が開放側に存在しない開閉部分の意味である。
しかるに,原告製品においては,開閉カバーの開放状態において操作者側に支持脚が2本存在し,工具や交換部品と干渉して取扱いや挿入を困難にする場合がある。
したがって,原告製品は,本件特許発明1の作用効果を奏せず,同発明の技術的範囲に属さないのであり,被告はこのことを知り又は容易に知ることができた。
ウ 以上より,原告製品は本件特許発明1の技術的範囲に属さないこととなるが,被告はこのことを知り又は容易に知ることができたにもかかわらず,別件訴訟を提起し,原告に対し,応訴を余儀なくさせるなどの損害を与えたものであり,上記訴訟提起は不法行為に当たる。
【被告の主張】
(1) 本件特許発明1の公然実施について
ア 公用物件1の構成
公用物件1の正確な構成は以下のとおりであり,原告の主張する構成1bないし1dは否認する。なお,写真撮影報告書(甲9)に掲載された構造の装置は,島津メクテムが製造し原告が販売していた「SLDX-1500」とは構成要素が明らかに異なっており(正面側のX線漏洩防止のためのパネル〔遮蔽板〕が取り外されている。),信用できない。
1a X線によって被検査物である食品の異物検査を行うX線異物検査装置
1b1 4本の支持脚にて両持ち支持されている搬送機構
1b2 一方の端部を自由端とし他方の端部を支持端として,搬送機構によって移動中の被検査物を透過したX線を検出するラインセンサを支持する片持ちフレーム
1c1 漏洩X線を防止するために前記両持ち支持脚の正面側支持脚に設置されたパネル(遮蔽板)
1c2 前記搬送機構および前記ラインセンサを覆う検査室ドア
1d 前記検査室ドアは,前記両持ち支持されている支持脚の正面側において,開閉する開閉部分を備えるとともに,前記開閉部分の閉鎖状態を保持する固定器具を備える
1e 以上を特徴とするX線異物検査装置である。
イ 構成要件1Bを備えないこと
公用物件1の搬送機構は,背面側で片持ち支持されているのではなく,4本の支持脚によって両持ち支持されている。正面側の支持脚の上部に備わっているブラケットは,搬送機構と支持脚の係合を解除するものであるが,ブラケットを解除すると,背面側の2本の支持脚だけでは搬送機構の荷重を受けて支えることができず,搬送機構が沈むことになる。したがって,公用物件1の搬送機構は,異物検査時において,搬送機構の重量及び搬送する被検査物の重量(全機長当たり最大30㎏)と支持脚とのバランスの関係から,必ず4本の支持脚で両持ち支持されるものであり,X線発生部の駆動を停止した後,開閉カバーを開けたときには,支持脚が正面側に存在する構成となっている。
この構成は,本件明細書1の段落【0009】や段落【0033】で記載された従来技術に相当するものであって,本件特許発明1と同一の作用効果を奏するものではない。
ウ 構成要件1C,1Dを備えないこと
公用物件1は,開閉カバーを開けたときには,工具や交換部品の挿入を干渉する位置に,支持脚及びX線漏洩防止用のパネル(遮蔽板)が存在する構成となっているので,工具等の挿入は困難であり,コンベアベルトの補修・清掃などのメンテナンスも困難である。
この構成は,本件特許発明1の従来技術における課題を何ら解決しておらず,構成要件1Dにいう「露出」の構成にはなっていない。
エ 以上のとおり,公用物件1は,本件特許発明1の構成と異なるので,出願前に公然実施された発明ということはできない。
(2) 本件特許発明1の技術的範囲について
ア 被告は,別件訴訟において,「カバー」は,漏洩X線を防止する目的で搬送機構とラインセンサを被うものであるから,カバー以外の他の部材によってX線の漏洩を防止することができる場合にはカバーは必ずしも必要ではない,すなわち本件特許発明1のカバーは,搬送機構及びラインセンサのすべてを全面的に覆い隠す必要はない,と主張しただけである。
原告製品においては,正面側に散乱する漏洩X線を検査室ドアによって防止するとともに,防塵を行っているのであるから,漏洩X線を防止するために搬送機構及びラインセンサを被うカバーを備えている。
イ しかも,原告製品の検査室ドアは,搬送機構の底面を全面的に被い隠してはいないが,検査室ドアを閉じた状態では,底面がカバーに隠れており,底面からメンテナンスのためにアクセスをすることは不可能である。すなわち,同検査室ドアは,左右の各1対の脚部を連結する横棒に相当な幅と長さを有するフレームによって周り止めされているため,検査室ドアを閉めた状態においては,側面部分や底面部分から工具や交換部品を装置内に支障なく挿入することはできない。他方で,検査室ドアを開いた状態においては,検査室ドアは下方に回転移動して大きく開き,その結果,側面部分及び底面部分が開放され,下方に存在する脚部材に全く干渉されることなく,側面部分や底面部分から工具や交換部品を装置内に自由に挿入することができる。そのため,搬送用のベルトやX線検出器等の補修,清掃,あるいは部品交換等のメンテナンスを容易にするという本件特許発明1の目的を達成することができるのである。
ウ そうすると,原告製品の搬送機構の底面は常に「露出」しているということはできず,検査室ドアの開放により「露出」されるのであるから,原告製品のカバーは,片持ちフレームの自由端側において,搬送機構の側面や底面を露出自在に開閉する開閉部分(検査室ドア)を備えている。
エ 以上のとおり,原告製品が,本件特許発明1の技術的範囲に属さないとする原告の主張は誤りである。
2 争点2(本件特許権2に基づく別件訴訟提起の違法性)
【原告の主張】
(1) 本件特許発明2が公然実施された発明であること
ア 公用物件2
(ア) 被告は,遅くとも平成12年3月15日までに,X線異物検査装置である「SLDX-500」(以下「公用物件2」という。)の販売の申出をした。
公用物件2は以下の構成を有する。
2a X線装置(放射線発生手段)と,その放射線発生手段に対して対向配置されたラインセンサ(放射線検出手段)と,X線装置とラインセンサの間で被検査物を搬送する搬送コンベアと,上記ラインセンサからの画素情報を用いて高速画像処理を行う高速画像処理装置を備えたX線異物検出装置である。
2b 上記高速画像処理装置は,被検査物中の1つ1つの物品に関するラインセンサからの最大画素数1024素子の画素データのうち予め設定された感度(濃度)範囲内の画素数を積算し,その積算結果から欠品検査を行うものである。
(イ) 被告は,公用物件2の画像処理がブラックボックスであるかのように主張するが,公用物件2の取扱説明書(甲10)及び事実実験公正証書(甲11)から上記構成を導くことができる。また,公用物件2の画像処理システムに読み出し拒否のプロテクトがかかっていた事実はないのであるから,当業者であればROMから吸い上げたオブジェクトコードを逆コンパイルすることによってその内容を知ることができたことは明らかである。
(ウ) 公用物件2において欠品検査に当たり画素数の積算を行っていることは,事実実験公正証書(甲11)の「実験1-3」(11~13頁,写真23)において,「2個分のアンパン」についてはそれぞれ「211」,「215」という面積値が,また概ね「半欠片2個分のアンパン2個」についてそれぞれ「118」,「127」という面積値が,概ね大きさに比例してモニタ上に現れることから,これらの数値が被検査物品の面積を画素数の積算値として表したものであることは当業者にとって自明である。また,公用物件2では設定された被検査物の検出感度に基づいて2値化を行っていることからも(甲10の82頁),2値化により黒画素「有り」と判定された画素を積算し,その結果に基づき欠品検査を行っていることは当業者にとって自明である。
被告は,公用物件2の「面積」は「画素数の積算値」とは全く異なると主張するが,画素数の積算結果を操作者に読み取り易いものとするために除算等の処理を加えているだけであって,表現上の差異にすぎない。
イ 本件特許発明2との対比
(ア) 構成要件A
公用物件2の構成2aは,本件特許発明2の構成要件Aに相当する。
(イ) 構成要件2B
被告は,別件訴訟において,原告製品のラベリング処理(被検査物に収納された商品の領域を特定して,該特定された領域中の商品の画素数を積算すること)が本件特許発明2の技術的範囲に含まれると主張した。すなわち,被告は,「饅頭(物品)の所定(設定)濃度範囲に入る画素の物品領域(1個の饅頭の存在する領域)に分割し,その領域ごとに所定濃度範囲の画素数を積算し,その画素数が1個の饅頭の合格範囲内にあるものが設定個数あるか否かにより欠品の有無を判定する」ものも,本件特許発明2の範囲に含まれると解釈した。
かかる被告の解釈によれば,公用物件2の構成2bも,本件特許発明2の構成要件2Bに相当する。
ウ 以上のように,被告の解釈によれば,公用物件2は,本件特許発明2の構成要件を全て備える同発明の実施品であり,本件特許発明2は,被告自身によって出願前に公然実施された発明であるから,特許法29条1項2号,同法123条1項2号及び同法104条の3により本件特許権2を行使できない。
被告は,このことを知りながら,別件訴訟を提起し,原告に対し,応訴を余儀なくさせるなどの損害を与えたものであり,かかる行為は不法行為に当たる。
(2) 原告製品が本件特許発明2の技術的範囲に属さないこと
ア 別件訴訟における原告製品の特定
被告は,別件訴訟において,原告製品の構成を以下のように特定した。
① ラインセンサから各画素の濃度情報を1ライン分読み込み,その操作を検査対象物がラインセンサを通過するまで繰り返して,2次元に展開された各素子の濃度情報を得て
② 上記各素子の濃度情報を予め設定されている濃度範囲と比較して,該濃度範囲の画素を特定し
③ ラベリング処理によって個々の物品領域を特定し
④ 上記特定領域に属する画素数を積算し
⑤ 積算された画素数が予め設定された正常範囲内に入れば良品,範囲外であれば不良品と判断し
⑥ 予め設定された正常な良品数と,上記⑤で検出された良品数とを比較して欠品個数を算出するものである。
イ 本件特許発明の構成要件2Bの解釈
本件明細書2の段落【0009】,【0016】,【0017】,【0021】,【0022】,【0023】及び【0025】の各記載を考慮して,構成要件2Bにおける「積算結果から欠品検査を行う」の意義を解釈すると,その意義は,単位当たりの画素数が判明している物品を複数収納した被検査物W(饅頭の包装箱)について,当該被検査物中の全ての物品(饅頭WA)の予め設定された濃度範囲内の画素数を積算し,その画素数の積算結果が合格範囲(欠品の有無を判定する際の合格範囲「ML~MH」)であるか否かによって欠品判定を行うという意味であることは明らかである。だからこそ,本件特許発明2は,「被検査物W内の饅頭WAのパターンを認識して合否判定を行うのではなく」,「画素数を積算し,その積算結果が合格範囲内にあるか否かによって欠品の有無を判定する」ため,「パターン認識による判定に比してそのソフトウエアが極めて簡単ですみ,それに伴ってデータ処理のためのハードウエアも比較的簡単なものですむという効果を奏する」のである。
したがって,本件特許発明2は,個々の商品を識別(パターン認識)してその各々の画素数がそれぞれ設定範囲内にあるか否かにより欠品判定を行うものではない。
ウ 原告製品の構成についての被告の認識
原告製品は,ラインセンサからの画像データを2値化し,収縮と膨張処理を行い,該処理後の画像データにラベリング処理を行い,孤立領域の抽出をするものである。すなわち,個々の商品を識別(パターン認識)してその各々の画素数がそれぞれ設定範囲内にあるか否かにより欠品判定を行うものであって,全ての商品の画素数の積算結果が設定範囲内にあるかにより合否判定を行うものではないのであり,被告はこのことを知っていた(前記(1))。
ラベリング処理とは,入力画像に含まれる情報から個体識別(孤立領域の抽出)を行うものであり,本件明細書2において本件特許発明2から排除されているパターン認識そのものである。そして,公用物件2においてもラベリング処理が行われていることは,公用物件2の割れ欠け検査設定において,「『個数』:検査対象物の合格個数の最小値および最大値を設定します」との記載が取扱説明書にあることから,被告は十二分に了知していた(したがって,仮に,公用物件2と構成が同一の原告製品が本件特許発明2の技術的範囲に属するなら,本件特許発明2は公用物件2に基づき無効理由を有することについて,被告は悪意であったことになる。)。
エ 請求放棄に至る経緯
被告は,別件訴訟において本件特許権2に係る請求を放棄した理由について,当初,原告が原告製品につき画素数を単純に積算していたと主張していたにもかかわらず,画素数を単純に積算することなく,収縮や膨張といった煩雑な処理をしていると主張を変遷させたためであると主張する。
しかし,原告の原告製品の内容に関する主張に変遷はない。
被告が本件特許権2に係る請求を放棄せざるを得なかったのは,原告製品と全く同一の構成を有する公用物件2の存在を原告から指摘され,本件特許発明2の技術的範囲に「個々の商品を識別(パターン認識)してその各々の画素数がそれぞれ設定範囲内にあるか否かにより欠品判定を行う」方法も含まれているという被告の主張が採用される余地がなくなったためか,あるいは仮に上記方法が含まれているとするのであれば本件特許発明2の新規性が喪失することが明らかとなったためである。
オ 以上より,被告は,原告製品が本件特許発明2の技術的範囲に属さない(仮に,原告製品が本件特許発明2に属するとの解釈を採れば本件特許発明2に無効理由が存在することになる。)ことを知り又は容易に知り得たにもかかわらず,別件訴訟を提起し,原告に対し,応訴を余儀なくさせるなどの損害を与えたものであり,上記訴訟提起は不法行為に当たる。
【被告の主張】
(1) 公然実施の主張について
ア 公然実施に係る発明の認定について
「公然実施」といえるためには,不特定多数の者の前で実施をしたことにより当該発明の内容を知り得る状況となったことを要するものであり,単に当該発明の実施品が存在したというだけでは特許取得の妨げとはならない。すなわち,内部に発明がある製品を公衆の面前で実施しても,その内容を第三者が知り得ない場合には,公然実施されたとはいえない。
公用物件2における割れ欠け検査は,面積及び個数の範囲を設定した後に検査を行うものであるところ,検査における具体的画像処理内容は,ブラックボックスとなっている判定アルゴリズム等によるものであって,仮に製品を分解して電気信号を解析したところで,これを解析することは困難であり,その全容を知ることは事実上不可能である。
また,製品を購入した者は,検査を実施するに当たり,画面を見ながら現象面での検査の内容を知り,妥当な結果を得ることができれば足りるのであって,具体的画像処理内容を知る必要はないのである。
のみならず,公用物件2における画像処理システムは,キリンテクノシステム株式会社(以下「キリンテクノ」という。)が開発したものであり,被告が同社に発注して納入されたシステムを,そのまま製品に組み込んだものである。したがって,製品を製造・販売する者としても,取扱説明書に記載された現象面における事項を理解しておれば足りるのであり,具体的な画像処理内容を知る必要もなければ,また,知らされることもなく,知ることもできなかった。
したがって,公用物件2において,公然実施に係る発明とは,検査を行って画面などから知り得る現象面の事項及び取扱説明書に記載された事項に限られる。
イ 本件特許発明2と公用物件の対比について
公用物件2に本件特許発明2の構成要件2Bが備わっていることは否認する。
(ア) 公用物件2に用いられているラインセンサは,有効検出領域が440mm,1024画素で構成され,コンベアの流れ方向に直交する向きに配置されている。原告は,直径60mm程度のパンをサンプルとして公用物件2で検査を行なっているが(甲11),画面上に表示された「面積」の値は210程度である(例えば,甲11の写真19では「210」,「211」,「217」,同写真21では「211」,「217」である。)。しかし,直径60mm程度の円形体の場合,ラインセンサ幅の1/7程度となり,約150画素相当となるから,これを検査対象とする場合,「画素数の積算値」は約1万8000画素(π×75×75)程度となる。それにもかかわらず,上記パンの「面積」として表示されている値は210程度なので,公用物件2の「面積」は「画素数の積算値」とは全く異なる。
さらに,公用物件2の取扱説明書には,「面積」の上限・下限に設定可能な値の上限が「9998」であることが記載されている。すなわち,「9999」以上の値を設定できないのであるから,上記「面積」の上限・下限として設定する値は「濃度範囲内の画素数の積算値」ではない。
(イ) 公用物件2の取扱説明書には,画素数を積算する旨の記載がないことはもとより,「面積」をどのようにして算出しているかについて何らの記載もない。面積の求め方としては,画素数の積算値以外にも,輪郭点を多角形近似や楕円近似をして面積を算出する手法,濃度ヒストグラムより算出する手法などがあるのであるから,画素数の積算値とは全く異なる数値が表示される公用物件2に接した当業者であれば,公用物件2の「面積」は,本件特許発明2の「濃度範囲内の画素数の積算値」とは全く別のものであると認識することは明らかである。
ウ 以上のとおり,公用物件2の「面積」は,濃度範囲内の「画素数の積算値」であると認定することができるものではなく,公用物件2には,本件特許発明2の構成要件2Bが備わっていない。
したがって,公用物件2は,本件特許発明2の構成と異なるので,出願前に公然実施された発明ということはできない。
(2) 技術的範囲の主張について
ア 当初開示された原告製品の構成
構成要件2Bに係る原告製品の構成は,前記【原告の主張】(2)アに掲げた①ないし⑥のとおりであり,これは別件訴訟の提起前に原告から開示されたものである。
イ 構成要件2Bとの対比
(ア) 原告製品の構成①は,検査対象物に関する全ての画素の濃度情報を得ることであって,構成要件2Bの「上記放射線検出手段からの1つの被検査物に関する全ての画素の濃度情報」を得ることに相当する。
(イ) 原告製品の構成②は,構成要件2Bの「あらかじめ設定されている濃度範囲内」か否かを比較して,該濃度範囲内の画素を特定することに相当する。
(ウ) 原告製品の構成③及び④は,構成要件2Bの「画素数を積算」することに相当する。また,原告製品の構成⑤及び⑥は,構成要件2Bの「その積算結果から欠品検査を行うように構成されている」ことに相当する。
ウ 構成要件2Bにおける「その積算結果から欠品検査を行う」の解釈
本件明細書2の記載(段落【0005】,【0006】,【0009】及び【0026】)によれば,本件特許発明2の技術的意義は,画像処理により透視像のパターンを認識して検査をするのではなく,放射線透視像を構成する画素のうち,あらかじめ設定された濃度範囲内にある画素数を積算し,その積算結果を用いて欠品の有無を判定するという簡単なデータ処理をすることにより,低コスト化を図り,かつ,包装内の欠品の有無を確実に判定することができるという点にある。また,本件明細書2に記載されている実施例(段落【0016】~【0021】)においては,包装箱WB内に6個の饅頭WAが収容されている商品を例にとり,包装箱WB内全ての所定濃度範囲内の画素数を積算しているが,饅頭1個ごとに合格範囲を設定することが示唆されていること,ラベリング処理が周知の技術であることを考慮すれば,本件明細書2には,饅頭1個ごとの欠品検査をすることも,当業者にとって実施可能な程度に開示されている。
このように,本件特許発明2は,透視像のパターンを認識して検査をするのではなく,あらかじめ設定された濃度範囲内にある画素数の積算結果を用いて欠品の有無を判定することに技術的意義があるのであって,構成要件2Bの「その積算結果から欠品検査を行う」についても,1つの被検査物全体のあらかじめ設定された濃度範囲内の画素数の総和(積算結果)から欠品検査を行うものに限定解釈されるべきではなく,個々の物品の画素数の積算結果から欠品検査を行うことも含まれると解釈すべきである。
エ 原告製品の充足性
上記ウの解釈によれば,構成要件2Bの「あらかじめ設定されている濃度範囲内の画素数を積算し,その積算結果から欠品検査を行うように構成されている」とは,ラベリング処理などによって個々の物品領域を特定し,同領域に属するあらかじめ設定されている濃度範囲内の画素数を積算した上,その積算結果が予め設定された正常範囲内に入れば良品,範囲外であれば不良品と判断し,予め設定された正常な良品数と,良品と判断された数とを比較して欠品個数を算出することによって欠品検査を行うように構成されているものを含むことになる。
したがって,原告製品の構成③ないし⑥は,本件特許発明2の構成要件2Bの「あらかじめ設定されている濃度範囲内の画素数を積算し,その積算結果から欠品検査を行うように構成されている」を充足するものであり,原告製品が,本件特許発明2の技術的範囲に属さないとする原告の主張は誤りである。
オ 請求放棄に至る経緯
原告は,当初,被告が主張した原告製品の上記データ処理手段の事実を争っていなかったが,公用物件2を挙げて,公用物件2には本件特許発明2の構成がすべて備わっていると主張し,仮に,公用物件2が本件特許発明2の技術的範囲に属さないならば,原告製品は公用物件2と同一の構成を有しているので,原告製品も本件特許発明2の技術的範囲に属さないと主張し始めた。
仮に,変更された原告の上記主張が事実であれば,被告の見解によっても,原告製品は本件特許発明2の技術的範囲に属さないということに帰結する。よって,被告は,どちらが真実であるか立証するのが困難であることが判明したので,諸般の事情を考慮し,別件訴訟請求のうち,本件特許権2に基づく差止め・廃棄請求部分を取り下げようとしたが,被告がこれに同意しないため,本件特許権2に係る請求を放棄した。
3 争点3(損害の額)
【原告の主張】
(1) 弁護士費用相当額
原告は,別件訴訟の事務処理を弁護士に依頼するに当たり,代理人弁護士に対し,旧日弁連報酬基準に基づき,標準額(2571万0750円)の1.3倍である3342万3975円の支払い義務を負担した。
なお,上記金額のうち1671万1987円は,本件特許権2に係る別件訴訟への対応に要した費用である。
(2) その他の損害
ア 別件訴訟提起時点における損害の算定
原告は,被告による別件訴訟の提起により従業員(代理人弁理士ほか)を正規業務から別件訴訟対応にシフトさせる等の煩瑣な処理を強いられた。また,これによって利益獲得の機会を喪失した。
このことにより原告が被った損害(前記弁護士費用相当額を除く。)は,本訴提起時点において,3000万円を下らない計算であったが,その後,後記イ,ウのとおり,損害額は増えている。
イ 立証費用
(ア) 原告は,公用物件2を士幌町農業協同組合から取得するに当たり,購入費用201万5607円の負担を余儀なくされた。
また,公用物件2を北海道から原告滋賀事業所まで搬送する費用として50万5780円の出費を余儀なくされた。
(イ) 原告は,別件訴訟の応訴のため,通常の従業員の就業シフトを大きく変更せざるを得なくなった。別件訴訟の訴状が原告に送達された平成19年11月6日から平成20年10月3日(本件特許権2に係る請求の取下げを意思表示した日)までの人役(原告従業員が関与した延べ関与時間)は,少なくとも2077時間を下らない。
他方,メーカーである原告において定められている人件費(技術料)は1時間当たり1万6000円である。
したがって,別件訴訟提起後,平成20年10月3日までの間に負担したコストは,少なくとも3323万2000円(¥16,000×2077)を下らない。
ウ さらに,原告は,被告の別件訴訟提起ゆえに,事業機会の逸失あるいは風評による信用毀損の損害等,少なくとも1500万円の有形無形の損害を被った。
(3) 上記損害は被告による別件訴訟の提起と因果関係のある損害である。
【被告の認否】
いずれも否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
1 不法行為該当性について
民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において,同訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
本件において,本件特許権1に基づく別件訴訟は未だ係属中であり,被告が敗訴の確定判決を受けたわけではない。他方,本件特許権2に基づく別件訴訟については,被告が本件特許権2に係る請求を放棄したことにより,当該請求に係る部分については敗訴の確定判決を受けたものと同一の効力が生じている。しかし,かかる効力は,本件特許権2に係る請求権の存否について及ぶにすぎず,請求の放棄があったからといって,直ちに本件特許権2に係る被告の主張が事実的,法律的根拠を欠くものであったということにはならない。
そこで,本件では,上記の点についても留意しつつ,別件訴訟における訴訟物たる権利等に係る被告の主張につき,事実的,法律的根拠を欠くことについて,提訴者である被告がそのことを知り又は通常人(別件訴訟のように技術的事項が問題となる事件である以上,当業者であることが想定される。以下,本件で通常人というときも同様である。)であれば容易にそのことを知り得たかどうかという観点から,当該訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるかどうかを判断することとする。
2 争点1(本件特許権1に基づく別件訴訟提起の違法性)について
(1) 本件特許発明1が公然実施された発明に当たるかどうかについて
原告は,本件特許発明1は,出願前に島津メクテムが原告を介して販売した公用物件1と同一の構成を有することから公然実施発明(特許法29条1項2号)に当たるところ,それにもかかわらず,被告が本件特許権1に基づいて別件訴訟を提起したことが違法であると主張する。
これに対し,被告は,別件訴訟及び本件訴訟において,公用物件1は構成要件1B,1C及び1Dを備えないと主張する。
そこで,以下,かかる被告の主張につき,事実的,法律的根拠を欠くことを被告が知り又は通常人であれば容易にそのことを知り得たかどうかについて検討する。
ア 構成要件1Bについて
被告は,公用物件1の搬送機構は4本の支持脚によって両持ち支持されていることから,公用物件1は構成要件1Bの構成を備えないと主張し,別件訴訟でも同旨の主張をしている(乙B3)。
そこで,かかる主張について検討するに,まず,構成要件1Bでは「一方の端部を自由端とし他方の端部を支持端として,少なくとも被検査物を移動する搬送機構および該搬送機構によって移動中の被検査物を透過したX線を検出するラインセンサを支持する片持ちフレーム」を備えることが要件となっている。かかる特許請求の範囲の記載によれば,「被検査物を移動する搬送機構」及び「搬送機構によって移動中の被検査物を透過したX線を検出するラインセンサ」がいずれも「片持ちフレーム」によって支持されなければならないと解することが文理上可能である。
しかるところ,証拠(乙8)によれば,公用物件1の搬送機構は少なくともX線検査時においては4本の支持脚で支持されていることが認められる(この点については原告も明らかに争わない。)。他方で,公用物件1の搬送機構が支持されるコンベアユニットの4本の脚のうち,操作者にとって手前側の2本にそれぞれブラケットが備えられており,操作者がメンテナンス時にブラケットの部分を外すことにより,搬送ベルトを手前側に取り外すことができる構造になっていることが認められ(争いがない。),原告はかかる状態をもって片持ち支持フレームによって搬送機構が支持されていると主張する。しかし,同証拠(19頁)及び弁論の全趣旨によれば,同ブラケットは,搬送機構の荷重を受けてこれを支えるためのL字状の底部が設けられており,また,ブラケットの先端には,係合時に搬送機構を上部に持ち上げてロックするための円錐状の係合部材を備えており,これらの部材により搬送機構の荷重を受ける構造となっていることが認められる。そうすると,公用物件1におけるコンベアユニットのブラケットは,搬送機構を支持する構造のものとも考えられることから,コンベアユニットの構造が片持ちではないと解することができる。
これに対し,原告は,公用物件1でもブラケットを外した場合に片持ち状態になると主張するが,前記構成要件1Bの記載からすれば,構造上,常時片持ちであることを要すると解することができ(本件明細書1の【発明の詳細な説明】においても,かかる解釈を排除する明確な記載があるとは認められない。),被告が主張するように,メンテナンス時において搬送ベルトを取り外す際に一時的に片持ちのようになるというようなものは,構成要件1Bの「片持ちフレーム」に該当しないと解することが十分に可能というべきである。
イ そうすると,公用物件1が構成要件1C及び1Dを備えるかどうかについて判断するまでもなく,本件特許発明1は公然実施発明に当たらないとする別件訴訟における被告の主張が,事実的,法律的根拠を欠くとはいえない。
(2) 原告製品が本件特許発明1の技術的範囲に属するかどうかについて
原告は,原告製品が本件特許発明1の技術的範囲に属さないにもかかわらず,被告が別件訴訟を提起したことが違法であるとも主張する。しかし,特許発明の技術的範囲の解釈に当たっては,特許法上,「願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」と規定されており(特許法70条2項),評価的な側面が大きいものといえる。それにもかかわらず,技術的範囲に属するとの特許権者の主張につき,事実的,法律的根拠を欠くことを通常人であれば容易に知ることができた場合というのは,特許権者として特許請求の範囲の記載や明細書の記載とはかけ離れたような主張をしたとか,あるいは特許権侵害を主張する物品の構成につき事実と異なる主張をしたといった場合をいうものと解する。
そこで,以下,かかる観点から別件訴訟における被告の主張を検討する。
ア 構成要件1Cについて
被告が,別件訴訟において,構成要件1Cの「カバーは,漏洩X線を防止する目的で搬送機構とラインセンサを被うものであるから,カバー以外の他の部材によって,X線の漏洩を防止することができる場合には,それによって上記目的を達成することができる」とし,「漏洩X線を防止する『カバー』は,『前記搬送機構および前記ラインセンサ』を全面的に被い包む必要はなく,他の部材と相まってX線の漏洩を防止することができれば,搬送機構およびラインセンサの一部を被っているだけであっても足りる」と主張し,「被告物件(判決注:本件における「原告製品」を指す。)は,ラインセンサを支持し,これを被うカバーでもあり,また,搬送コンベアを載設するフレームでもある部材‥‥によって,検査室の底面側へのX線の漏洩が防止されているので,搬送機構とラインセンサの底面側が全面的にカバーによって被われる必要はない」との理由により,原告製品は本件特許発明1の技術的範囲に属すると主張した(争いはない。)。
そして,原告は,かかる被告の主張を前提とすると,公用物件1においても底面は「底板」という他の部材によって漏洩X線を防止しており,原告製品と同様であるから,公用物件1が本件特許発明1の実施品でないというなら(前記第3の1【被告の主張】(1),前記(1)参照),原告製品も本件特許発明1の技術的範囲に属さないことになるはずであるとして,被告が別件訴訟を提起したことが違法であると主張する。
しかし,公用物件1の「底板」が構成要件1Cの「カバー」に当たらないからといって,原告製品が「カバー」を備えていないことにはならない(むしろ,乙5,6によると,原告製品の検査室ドアの下端は,搬送機構及びラインセンサの底面側の一部を被うようになっており,構成要件1Cの「カバー」を備えていると考えることができる。)。
したがって,構成要件1Cの「カバー」の有無をもって,公用物件1が本件特許発明1の実施品でないなら原告製品も本件特許発明1の技術的範囲に属さないという原告の主張は,その前提を欠くものであり,被告の主張の当否を論ずるまでもなく,原告の主張には理由がない。
イ 構成要件1Dについて
原告は,原告製品は,開閉カバーの開放状態において,操作者側に支持脚が2本存在し,工具や交換部品と干渉して,取扱いや挿入を困難にする場合があることから,本件特許発明1の作用効果を奏しないにもかかわらず,被告が別件訴訟を提起したことが違法であると主張する。これに対し,被告は,原告製品は,検査室ドアを開けることによって,下方に存在する脚部材に全く干渉されることなく,側面部分や底面部分から工具や交換部品を自由に挿入することができるとして本件特許発明1の作用効果を奏すると主張し,別件訴訟においても同旨の主張をする(乙B3)。そこで,かかる被告の主張について検討する。
証拠(乙6の2-5頁,2-6頁)によれば,原告製品のコンベア底部の下方に支持脚があることが認められるから,いかなる場合にもかかる脚部材に全く干渉されることがないかのような別件訴訟における被告の主張は,その全てを採用することはできないというべきである。しかしながら,証拠(乙6の2-5頁,2-8頁,7-3頁)によれば,原告製品においても,検査室ドアを開けることによってコンベア底面部分へのアクセスが格段に向上するとも認められるのであるから,上記被告の主張が根拠のないものであるとはいえない。
また,本件明細書1の段落【0013】には,本件特許発明1の作用効果につき,「本発明は片持ちのフレーム構成とすることによって,X線異物検査装置の側面部分や底面部分に,支持のための脚部材が存在しない構成とすることができ,支持脚に干渉することなく工具や交換部品をX線異物検査装置内に挿入することができ,搬送用のベルトやX線検出器等の補修,清掃,あるいは部品交換等のメンテナンスを容易に行うことができる」と記載されているのであり,上記のとおり,原告製品においても,検査室ドアを開けることにより,コンベア底部へのアクセスが格段に向上するのであるから,補修,清掃又は部品交換等のメンテナンスを容易に行うことができるという作用効果を奏するという被告の主張が本件明細書1の記載とかけ離れたものとも認められない。
ウ よって,原告製品が本件特許発明1の技術的範囲に属するという被告の主張について,事実的,法律的根拠を欠くことが明らかとはいえない。したがって,別件訴訟における被告の主張について,事実的,法律的根拠を欠くことを通常人が容易に知ることができたとは認められず,また,被告がこれを知っていたと認めるに足る証拠もない。
(3) 小括
以上より,本件特許権1に基づく別件訴訟の提起が,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き,違法であるとは認められない。
3 争点2(本件特許権2に基づく別件訴訟提起の違法性)について
(1) 本件特許発明2が公然実施された発明に当たるかどうかについて
原告は,本件特許発明2は,出願前に被告が販売の申出をした公用物件2と同一の構成を有することから公然実施発明(特許法29条1項2号)に当たるところ,それにもかかわらず,被告が本件特許権2に基づいて別件訴訟を提起したことが違法であると主張する。
これに対し,被告は,公用物件2は,原告が主張する公用物件2の構成Bを備えず,したがって構成要件2Bも備えないと主張する。
そこで,以下,かかる被告の主張について,事実的,法律的根拠を欠くことを被告が知り又は通常人であれば容易にそのことを知り得たかどうかについて検討する。
ア 公用物件2に係る認定資料について
公用物件2の構成を認定するに当たり,被告は,公用物件2において公然実施に係る発明とは,検査を行って画面などから知り得る現象面の事項及び取扱説明書に記載された事項に限られると主張し,別件訴訟においても同旨の主張をする(乙B3)ので,この点から検討することとする。
(ア) 物の発明においては,当該物が販売された場合,通常,公然実施されたことになるが,当業者が利用可能な分析技術を用いても,当該物が特許請求の範囲に記載されている物に該当するかどうかの判断ができない場合には,公然実施されたものとは認められないと解することができる。
ところで,構成要件2Bはデータ処理手段の具体的内容を定めるものであるところ,これは通常,画像処理システムとして装置に組み込まれているものと考えられる。また,証拠(乙12)及び弁論の全趣旨によれば,公用物件2における画像処理システム(KP-1007)はキリンテクノが被告に納入したものであり,その画像処理アルゴリズムは,「KP-1007」基板において,CPUチップとFPGA(Field Programmable Gate Array)により実装されており,いかなる画像処理アルゴリズムを用いているのかについては,原告が後記(イ)において主張する方法を含め,通常の手段では容易に知ることができないものであることが認められる。
そうすると,公用物件2の検査を行っても画面などから知り得ない事項や取扱説明書に記載されていない事項については,公用物件2の販売によっても「公然実施をされた発明」(特許法29条1項2号)には当たらないという被告の解釈につき,法律的な根拠を欠くことが明らかとはいえない。
(イ) この点,原告は,ROMから吸い上げたオブジェクトコードを逆コンパイルすることによって,その処理内容を把握することは可能である旨主張する。しかし,KP-1007の画像解析プログラム及びFPGAに書き込まれた論理回路を含むハードウェアの構成を精確に解析し,両者の協働によるデータ処理を把握して画像処理アルゴリズムを的確に分析できるかどうかについては疑問の残るところである。
(ウ) そこで,公用物件2の製造販売により公然となった発明の範囲を,公用物件2を使用して検査を行った際に,画面などから知り得る現象面の事項(甲11)及び取扱説明書(甲10)に記載された事項に限られるということを前提に,原告が主張する公用物件2の構成2bを上記事項内において認定できるかについて次に検討する。
イ 公用物件2と本件特許発明2との対比
原告は,公用物件2の取扱説明書(甲10)や事実実験公正証書(甲11)によっても,公用物件2の構成2bを認定することができると主張する。これに対し,被告は,公用物件2のラインセンサの画素数(1042画素)からすれば,公用物件2の取扱説明書に記載されている「面積」は「画素数の積算値」とは異なると主張し,別件訴訟においても同旨の主張をする(乙B3)。
そこで,かかる被告の主張について検討する。
(ア) 証拠(甲10の6頁)によれば,公用物件2の取扱説明書には,ラインセンサの画素数が1024画素であることが認められ,公用物件2における「面積」が画素数の積算値そのものではないことについて,原告も明らかに争わない。原告は,その上で,公用物件2の画像処理手段は,画素数の積算結果を操作者に読み取り易いものとするために除算等の処理を加えているものであると主張するが,除算したこと自体は公用物件2の取扱説明書(甲10)には記載されておらず,かえって,以下の記載のあることが認められる。
「(7) 欠品検出・マスキング機能(オプション)
独自の画像解析手法により,異物検出と同時に,チョコレート等での欠品などの不具合検出が可能となります。」
(甲10の本文2頁)
「(3)高速画像処理装置‥‥‥‥‥1式
装置背面の筐体電装部の中に取り付けられており,デジタルプロセッサ基板の集積から成ります。X線ラインセンサからの一次元画像データを二次元画像に変換し,その画像に各種画像処理を加えて不良品(異物・空洞・欠品)の判定をおこないます。」
(同4頁)
「1)割れ欠け形状レベル・面積・個数の設定(オプション)
①被検査物の欠け(欠品)を検出する場合に有効です。
オプションの形状検出機能がない場合は設定できません。」
(同95頁)
「注記1.被検査物と被検査物とのすき間が7mm未満のときは,1個の被検査物と認識される場合があります。」
(同96頁)
「(16)良品テストサンプルを流して,形状検出されないことを確認します。
形状検出される場合は,②項に戻り,設定をやり直します。」
(同100頁)
「(17)形状異常テストサンプルを流して,形状検出されることを確認します。
形状検出されない場合は,形状レベルを大きくするか,形状面積の範囲(右側の設定値-左側の設定値)を小さくします。」
(同頁)
「注記2.コントラストを変更すると,明エリア・暗エリア・感度・形状レベル・形状面積・形状個数の再設定が必要です。」
(同頁)
これらの記載に接した当業者は,公用物件2においては,画素数の積算としての面積に基づいた単純な欠品検出ではなく,検査物品の形状を検出するための特別な画像処理が行われた上で形状面積によって形状個数が取得され,「割れ」などの形状異常の検出と併せて欠品検出が行われていると考える可能性が高い。
(イ) 原告は,「2個分のアンパン」についてはそれぞれ「211」,「215」という面積値が,また,概ね「半欠片2個分のアンパン2個」についてそれぞれ「118」,「127」という面積値が,概ね大きさに比例する数値がモニタ上に現れることから,該数値は被検査物品の面積を画素数の積算値として表したものであることは当業者にとって自明であるとも主張するが,モニタに表示される数値が「面積」に概ね比例したものであることに加えて,「面積を画素数の積算値として表したもの」とまで理解できるとは認め難い。
(ウ) したがって,公用物件2における「面積」が本件特許発明2における「画素数の積算値」とは異なると解する余地は十分にあり,かかる解釈に基づけば,公用物件2は構成2bを備えず,本件特許発明2の構成要件2Bも備えないことになる。
ウ そうすると,本件特許発明2は公然実施発明に当たらないという被告の別件訴訟における主張が事実的,法律的根拠を欠くことが明らかとはいえない。したがって,別件訴訟における被告の主張が事実的,法律的根拠を欠くことを通常人が容易に知ることができたとは認められず,また,被告がこれを知っていたと認めるに足る証拠もない。
(2) 原告製品が本件特許発明2の技術的範囲に属するかどうかについて技術的範囲に属するとの被告の主張について,争点1と同様の観点(前記2(2))から検討することとする。
ア はじめに
構成要件2Bの「その積算結果から欠品検査を行う」との意義について,原告は個々の物品を識別(パターン認識)してその各々の画素数がそれぞれ設定範囲内にあるか否かにより欠品判定をするものは含まれないと主張し,原告製品はかかる処理によって欠品判定をするものであり,被告はこれを知っていたと主張する。
これに対し,被告は,構成要件2Bには,個々の物品の画素数の積算結果から欠品検査を行うことも含まれると解釈すべきであると主張し,別件訴訟においても同旨の主張をする(弁論の全趣旨)。
そこで,以下,かかる被告の主張について,事実的,法律的根拠を欠くことを被告が知り又は通常人であればそのことを知り得たかどうかについて検討する。
イ 構成要件2Bにおける「その積算結果から欠品検査を行う」の解釈
(ア) 構成要件2Bは「上記データ処理手段は,上記放射線検出手段からの1つの被検査物に関する全ての画素の濃度情報のうち,あらかじめ設定されている濃度範囲内の画素数を積算し,その積算結果から欠品検査を行うように構成されていることを特徴とする」ことであるところ,「その積算結果」の意義については,1つの被検査物に関する全ての画素の濃度情報のうち,あらかじめ設定されている濃度範囲のものの積算結果であることは読み取れるが,「1つの被検査物」がいかなるものを指すのか,また「積算」の意義についても,特許請求の範囲から当然に導くことはできない。
(イ) 被告は,本件特許発明2の技術的意義につき,「画像処理により透視像のパターンを認識して検査をするのではなく,放射線透視像を構成する画素のうち,あらかじめ設定された濃度範囲内にある画素数を積算し,その積算結果を用いて欠品の有無を判定するという簡単なデータ処理をすることにより,低コスト化を図り,かつ,包装内の欠品の有無を確実に判定することができるという点にある」と主張する。
たしかに,本件明細書2の段落【0005】の「従来の放射線検査装置においては,被検査物を透過した放射線を1次元もしくは2次元の放射線検出器によって検出し,その画素情報を用いた画像処理により包装内部の透視2次元像のパターンを認識して,欠品の有無等を判定するものであり,高速インライン化に対応するには大がかりな画像処理を必要とし,ハードウエア並びにソフトウエアの双方ともに高価なものとなるという問題があった」との記載,段落【0006】の「従来のような大がかりな画像処理を必要とすることなく,画像処理のためのハードウエア並びにソフトウエアを比較的簡単なものとすることができ」るとの記載,段落【0026】の「従来の放射線を用いた異物検査装置等のように,放射線の透視像のパターンを認識して検査する場合に比して,データ処理が簡単であり,ソフトウエアおよびハードウエアの双方ともに低コスト化することが可能であり,低コストの装置構成のもとに,光を透さない材料等によって包装された物品の欠品の有無等を確実に判定することが可能となる」との記載からすれば,上記のように解することも可能といえる。
(ウ) また,被告は,本件明細書2の実施例の記載(段落【0016】~【0021】)には,饅頭1個ごとに合格範囲を設定することが示唆されていると主張する。
たしかに,本件明細書2には,「包装箱WB内に6個の饅頭WAが収容されている商品」(段落【0016】)を例に取り,「1個の饅頭WAのX線透視像において,濃度範囲XL~XHに入る画素数の平均が100個であったとしたとき,合格範囲ML~MHを例えば540~660程度に設定する」(段落【0021】)ことにより,「包装箱WB内に饅頭WAが1個欠落している場合には,Mの数は平均して500となり,合格範囲ML~MHには入らず,欠品の有無を正確に判別する」(同段落)という実施例が記載されていることが認められる
そして,被告は,本件明細書2には,6個入り饅頭の合格範囲ML~MHを540~660に設定することが記載されており,また,1個の饅頭の平均画素数は100であることが記載されていることからして,1個の饅頭WAの画素数の合格範囲は上記ML540~MH660を6個で除した90~110であることが示唆されていると主張し,また,かかる欠品検査において,包装内の饅頭全部の画素数の総和を積算して良品饅頭6個分あるか否か(合格範囲540~660)を判定するのか,あるいは1個ずつの饅頭の画素数を積算して良品か否か(合格範囲90~110)を判定した上で,良品饅頭が6個あるか否かを判定するのか,いずれの方法によることもできることが明らかとなっていると主張し,別件訴訟においても同旨の主張をする(弁論の全趣旨)。
上記本件明細書2の記載から,被告が主張するような事項まで示唆されているかどうかについては議論の余地を残すものといえるが,上記被告の主張は,一応,本件明細書2の記載を根拠とするものと解することができ,これとかけ離れた解釈を展開しているとまでは認め難い。
(エ) さらに,被告は,ラベリング処理は周知技術であり,当業者にとって,その事項が記載されているのも同様であるとも主張し,別件訴訟においても同旨の主張をするところ(弁論の全趣旨),ラベリング処理が周知技術であることについては原告も明らかに争っていないのであるから,ラベリング処理を適用することが自明事項であるとの被告の主張が全く根拠を欠くものとは認められない。
ウ 以上によると,原告製品が本件特許発明2の技術的範囲に属するという被告の主張について,事実的,法律的根拠を欠くことを通常人が容易に知ることができたとは認められず,また,被告がこれを知っていたと認めるに足る証拠もない。
(3) 小括
以上より,本件特許権2に基づく別件訴訟の提起が,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き,違法であるとは認められない。
なお,被告は,別件訴訟において本件特許権2に係る請求をいずれも放棄した理由や,別件訴訟の提起に至る経緯について縷々主張するが(その詳細は平成20年9月26日付け準備書面2の22頁以降),前述したとおり,これらの事情の有無を認定するまでもなく,原告の主張は理由がない。
第5結論
以上によると,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないので,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田陽三 裁判官 達野ゆき 裁判官 北岡裕章)
別紙物権目録
1 商品名称 X線異物検出装置
2 機種名(型番)
IX-G-2450型
IX-G-2475型
IX-G-2480型
IX-G-4075型
IX-G-4075-A型
IX-G-4080型
IX-G-4080-A型