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大阪地方裁判所 平成20年(ワ)5191号 判決 2009年3月12日

原告

X株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

太田真美

破産者株式会社a破産管財人

被告

主文

1  被告は、原告に対し、237万7280円及びこれに対する平成19年8月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は、原告が破産者株式会社a(以下「破産会社」という。)の委託を受け、破産会社の従業員9名に対し、平成19年7月分の給料合計237万7280円を第3者として弁済し、破産会社に対し立替払契約に基づく求償権又は委任ないし準委任契約に基づく委任事務処理費用の償還請求権を有するに至り、従業員の給料債権(原債権)を代位取得したとして、237万7280円及びこれに対する前記弁済の日である平成19年8月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実を含む。)

(1)  原告は、日用雑貨品等の販売を業とする株式会社である。(《証拠省略》)

(2)  破産会社は、新聞販売事業等を業とする株式会社であったが、平成19年8月9日、大阪地方裁判所堺支部に破産手続開始の申立てを行い、同月29日午後5時、破産手続開始決定を受けた。

B(以下「B」という。)は、破産会社の代表取締役、C(以下「C」という。)は、取締役であった。被告は、破産会社の破産管財人である。(《証拠省略》)

(3)  原告は、読売新聞社の注文を受け、破産会社に対し、顧客に配る洗剤等の日用品を約20年間にわたって納品していた。(《証拠省略》)

2  争点

(1)  原告による給料の立替払の有無

(原告の主張)

原告は、平成19年8月21日、Bの懇請を受け、破産会社の従業員の同年7月分の給料237万7280円を立て替えた。

破産会社の破産申立書類の債権者一覧表《省略》には237万7280円は、原告の代表者であるA(以下「A」という。)からの借入金である旨の記載があるが、その明細である借入金一覧表の「使途」欄には、賃金立替とあり、破産申立書類中では、借入金か立替金かの区別がなされておらず、破産関係書類の記載から前記の金員が借入金であるとすることはできないし、また、立て替えたのは、原告であり、A個人ではない。なお、Aは、債権届出をしていない。

(被告の主張)

原告が給料を立て替えたことは否認する。

破産会社の破産申立書類の債権者一覧表等に、237万7280円はAに対する借入金である旨の記載があることなどからすれば、原告が請求する債権は、Aの破産会社に対する貸付金である。

(2)  原告の請求の法的根拠

(原告の主張)

ア 立替払契約に基づく求償権を根拠とする代位

(ア) 原告は、破産会社の委託に基づき、平成19年8月21日、同社の従業員9名に対し、別紙支払い給料一覧表《省略》記載のとおり、破産手続開始決定の前月である同年7月分の給料(財団債権)である237万7280円を立替払し、第3者として弁済した。

これにより、原告は、破産会社に対し、237万7280円の求償権を取得し、債権者に以下の①あるいは②により代位した。

① 原告は、破産会社から立替払をしてほしいと委託を受けて管理職従業員9名に対し、7月分給料合計237万7280円を第3者として弁済したので、「弁済をするについて正当な利益を有する者」(民法500条)であるか、少なくともこれに準ずる者である。よって、同法500条により、法定代位した。

原告は、破産会社と立替払契約をし、その履行として従業員に金銭を支払ったのであり、契約に基づく弁済であるから、保証契約に基づいて支払った保証人と同じく「弁済をするについて正当な利益を有する者」である。

② 仮に上記①には当たらなくても、債権者の承諾を得て任意代位をした(同法499条1項)。債務者(破産会社)は、弁済を委任したのであるから、同法499条2項の承諾もある。

破産管財人である被告は破産会社の債務を引き継ぐのであり、同法499条2項で準用される同法467条2項の「第3者」ではないから、同項の対抗要件は必要ではない。

(イ) そして、原告が代位取得した給料債権(原債権)は、財団債権としての性質を有している。

イ 委任事務処理費用の償還請求権を根拠とする代位

原告は、破産会社の委託を受けて平成19年8月21日、第3者として給料の支払(弁済)をし、その額237万7280円は委任事務処理の費用といえるから、委任事務処理費用の償還請求権という求償権を取得した。したがって、この場合も、弁済者の代位を生ずる。

破産法が、民法上、一律に一般先取特権が認められている給料債権について、その内在的な固有の性質に着目して破産手続上の優先性を認めているのではなく、破産法上の立法政策における格別の判断において創設的に優先性を付与した面はあるとしても、そのことから、論理的に原告が給料債権を立替払したことで、労働者保護の観点から給料債権を財団債権とした破産法上の趣旨は既に達成されており、原告が代位した給料債権を財団債権として扱う必要性はないということにはならない。原告の債権が破産債権として扱われるのであれば、原告の犠牲において破産法の趣旨が達成されたことになり、それは、原告が不当に不利益に扱われたことになり、債権者の平等に反する。そして、原告の債権を財団債権として扱っても、原告を格別に優遇したことにはならない。

(被告の主張)

ア (原告の主張)アについて

ア(ア)①については、原告は、民法500条の「弁済をするについて正当な利益を有する者」には当たらないし、これに準ずる者ともいえない。

ア(ア)②については、同法499条2項の対抗要件の具備がない。

破産会社の破産管財人である被告は、破産財団に対する差押債権者と類似の法律上の地位が認められており、対抗要件の具備に関しては、差押債権者と同様の第3者とみなされ、同法467条2項の第3者に該当すると解される。したがって、被告は、第3者対抗要件の欠缺を主張する(同法499条2項・467条2項)。

イ (原告の主張)イについて

(ア) 仮に、原告が破産会社の委託を受けて破産会社の給料債務につき第3者弁済をなした結果、原告が破産会社に対し求償権を取得し、同法501条の適用ないし準用が認められたとしても、原告は、財団債権たる給料債権につき、財団債権として代位することはできないというべきである。

原告の主張によれば、原告は、破産会社の破産手続開始決定前の平成19年8月16日、Bの委託を受けて、同月21日、237万7280円の立替払をしたというのであり、そうすると、原告は、破産会社に対し、同額の事後求償権を取得するが、かかる求償権は、破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権といえ、破産債権にすぎない(破産法2条5号)。

そして、仮に民法501条が適用ないし準用されるとしても、原告が取得した求償権と原債権たる給料債権とは別個の債権であり、原告は、自己の取得した求償権の範囲内で、本来第3者弁済により消滅すべき原債権を代位できるにすぎないから、原告が原債権たる給料債権を取得した場合に、必ずしも同債権が財団債権としての性質を当然に有しているとは限らない。

(イ) 破産法が民法上の一般先取特権(民法308条)である給料債権を優先的破産債権とし(破産法98条)、また、破産手続開始前3月間の給料債権に財団債権として特別の保護を与えた(同法149条)趣旨は、労働者を保護してその生活を維持するという政策的目的にあると解される。

他方、破産法が、給料債権のうち財団債権とする部分を破産手続開始前3月間に限り、3か月より前の給料債権については労働者以外の他の債権者との利益調整を図り、優先的破産債権とし、破産手続における取扱いを区別していることからすれば、破産法は、民法上、一律に一般先取特権が認められている給料債権について、その内在的な固有の性質に着目して破産手続上の優先性を認めているのではなく、破産法上の立法政策における格別の判断において創設的に優先性を付与したにすぎないと考えられる。

そうすると、原告が給料債権を立替払したことで、労働者保護の観点から給料債権を財団債権とした破産法上の趣旨は既に達成されており、原告が代位した給料債権を財団債権として扱う必要性はないし、総債権者間の公平平等な配当的満足を志向する破産手続において、原告を他の破産債権者に比し、格別に優遇しなければならない理由はない。

したがって、原告は給料債権に財団債権として代位することはできないと解する。

ウ 結論

原告の破産会社に対する債権は、単なる貸付金債権にすぎず、破産債権である。また仮に原告が破産会社の委託を受けて給料債権の立替払をし、同債権につき法定代位が認められるとしても、原告が取得した求償権は、本来的に財団債権ではないし、また、原債権たる給料債権の財団債権としての性質を代位することはできない。

よって、原告は、いずれにせよ、破産手続によらずして権利を行使することはできないのであり、本件訴えは却下されるべきである。

第3争点に対する判断

1  証拠(証拠《省略》、証人B、同C、同D。なお、書証については枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

なお、年数については、特に記載のない限り、すべて平成19年を指す。

(1)  破産会社では、従業員の給料は、毎月25日締めで、アルバイトの者(36名)には翌月11日に、正社員(管理職9名、一般従業員7名)には翌月16日に支払うことになっていた。

(2)  破産会社の破産申立て後、破産会社では、売掛金の回収がままならなくなり、中でも金額の大きい売掛先である株式会社朝日オリコミ大阪(以下「朝日オリコミ」という。)と株式会社新広社(以下「新広社」という。)から、通常の支払日である8月中旬の支払が得られそうになかった。

(3)  Bは、8月10日ころ、従業員に対し、7月分の給料はアルバイトについては8月16日、正社員には同月20日になるが、必ず払うとして、支払が遅れることを伝えた。

(4)  破産会社は、8月16日、それまでに回収できた売掛金を原資として、アルバイトの従業員36名に対し、7月分の給料合計263万0967円(源泉所得税等差引後)を支払った。

(5)  破産会社は、8月20日には、一般従業員7名については給料を支払える見込みであったが、管理職9名については朝日オリコミと新広社から売掛金の回収ができなければ同日に支払うことはできない状況であった。

(6)  Bは、8月18日、商品のサンプルを持って破産会社を訪れていた原告の代表者Aに対し、給料は優先債権であり、決して迷惑はかけないとして、従業員の給料約250万円の原告による立替払を懇請した。

(7)  原告は、Bの依頼を受け、破産会社の従業員の給料を立て替えることにした。

(8)  破産会社は、8月21日午前中、一般従業員7名に対し、7月分の給料合計139万4465円(源泉所得税等差引後)を支払った。

(9)  原告の取締役で、会長の立場にあるD(以下「D」という。)は、8月21日午後、破産会社に原告の出資に係る金銭を持参し、その中からDの面前で、破産会社の管理職従業員9名に対し、7月分の給料合計237万7280円(源泉所得税等差引後)が手渡された。その際、D、Cは、原告による立替払である旨を述べていた。

Cは、前記の給料の受領を証するものとして、あらかじめ破産会社の破産申立ての際の代理人弁護士から従業員の人数分渡されていた同弁護士あての受領証の用紙を使用することにし、前記の9名は、それぞれ、破産会社の代理人弁護士あての受領証に署名押印した。

(10)  大阪地方裁判所堺支部は、8月29日、破産会社に対し、破産手続開始決定を行い、被告が破産管財人に選任された。

(11)  原告は、平成20年4月1日、被告に対し、破産規則50条により平成20年3月31日付け財団債権の申出書を提出したが、被告は同年4月18日、異議を申し立てた。

(12)  この点、被告は、原告が請求する債権は、Aの貸付金であるなどと主張するが、破産申立ての際の債権者一覧表に債権者としてAが記載されていること(《証拠省略》)等の書証の記載を考慮しても、237万7280円は、原告が8月21日に立て替えたものである旨の証人B、同C及び同Dの一致する供述ないし陳述書の記載に特に不合理な点はなく、その信用性は高いと認められることに照らし、採用しない。

2(1)  原告は、破産会社の代表者であるBに依頼されて前記の従業員9名の給料を立て替えたのであるから、委任ないし準委任契約に基づいて給料を立て替えたものということができ、破産会社に対して委任事務処理費用の償還請求権(民法650条1項。支出の日である平成19年8月21日以降の利息を含む。)を取得したものと認められる。この場合、原告は、債務者である破産会社のために弁済をした者として、債権者である前記従業員の承諾を得て、債権者に代位をすることができるというべきである(同法499条1項)。そして、前記従業員9名が、前記認定のとおり原告による立替払であると聞いた上で給料を受領して受領証に署名押印しており、異議なく給料を受領していると認められることからすれば、債権者の承諾があったものと認めるのが相当である。また、原告は、破産会社の依頼によって立替払をしたのであるから、債務者の承諾もあるといえる。そして、破産手続開始によって破産財団所属財産の帰属が変動するものではなく、債権者が破産会社に対して主張することができた法律上の地位は、破産管財人に対しても認められるべきであるから、原告は、第3者対抗要件を具備していなくても、債権者としての地位を被告にも対抗し得るものというべきである。

なお、被告は、前記第2の2(2)(被告の主張)アにおいて、第3者対抗要件の欠缺を主張するが、本件は、破産者が破産手続開始前に法律行為を行った場合の効力が問題となる場合とは異なるのであって、被告は、第3者には当たらないというべきである。

よって、この点に関する被告の主張は採用できない。

(2)  前記1(9)の破産会社の従業員9名の7月分の給料の請求権は、破産手続開始前3月間の使用人の給料の請求権であり、財団債権(破産法149条1項)に当たるところ、原告は、立替払により破産会社に対する委任事務処理費用の償還請求権を取得し、財団債権である給料債権を代位により取得したとしてその支払を求めるものである。

そこで、代位によって取得したとされる給料債権(原債権)が、同法にいう財団債権に当たるか否かについて検討する。

民法499条、500条、501条による代位の制度は、代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保するために、法の規定によって弁済によって消滅するはずの債権者の債務者に対する債権(原債権)及びその担保権を代位弁済者に移転させ、代位弁済者がその求償権の範囲内で原債権及びその担保権を行使することを認めるものである。

そして、移転する債権の効力とは、履行請求権、損害賠償請求権、債権者代位権、債権者取消権などのように、その債権者が有するすべての機能を意味し代位者がこれらを債務者に対して行使し得るものであると解される。

もっとも、破産法は、労働者を保護する観点から、政策的に破産手続開始前の3月間に限って給料債権を財団債権としたものと解されるところ、この場合、原債権がなお、財団債権に当たるかどうかは一義的には明らかではない。

この点、破産法149条1項が破産手続開始前3か月間の破産者の使用人の給料等を財団債権としたのは、当該給料等が労働者の当面の生活を維持する上で必要不可欠のものであり、これについては優先順位を上げる必要性が高いだけでなく、弁済時期についても破産手続開始後直ちに弁済を受けるようにする必要性が高いことから労働債権の一部を財団債権としたものであると解される。

そうすると、第3者が給料の立替払をした場合には、労働者保護の観点から給料債権を財団債権とした破産法上の趣旨が達成されたといえるから、特段の事情のない限り、原則として、財団債権には当たらないというべきである。

そこで、さらに前記特段の事情が認められるか否かについて検討する。

この点、本件において、原告は、業務として破産会社の債務の保証等を行ってはおらず、立替払はそのような義務の履行として行ったものではなく、破産会社の代表者から給料は優先債権であり決して迷惑はかけないとして懇請されてなしたものであること、係る状況下において、代位によって取得した給料債権が財団債権に当たらないとした場合、原告が委任ないし準委任契約の錯誤無効を主張し、従業員に対して立替払した給料の返還請求を行い、その場合、結局従業員が財団債権者となる事態も予想され、労働者の保護という破産法の趣旨が達成されたとはいえなくなることからすれば、本件においては、原告が取得した給料債権(原債権)は、なお財団債権としての優先的な効力を付与すべき特段の事情があるというべきである。

そして、本件の状況下でこのような扱いをすることが原告を格別に優遇することになるとは解されない。

また、前記のとおり、弁済による代位の制度は、弁済者の債務者に対する求償権を確保することを目的として、原債権を代位弁済者に移転させ、代位弁済者が求償権の範囲内で原債権を行使することを認めるものであり、原債権は、求償権に対して附従的な性質を有しており、原告の求償権(費用償還請求権)は、破産債権としての性質を有するものではあるが(破産法2条5号)、原債権が求償権に対して附従的な性質を有していることと、原債権が財団債権としての性質を有するか否かは直接に結びつくものではない。

3  よって、原告が、代位弁済により取得した給料債権は、破産法149条1項の財団債権として保護されるものであるといえる。そして、原告は、237万7280円及びこれに対する平成19年8月21日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めているところ、原債権である給料債権について、前記1(3)によれば遅くとも同月20日には弁済期が到来し、同月21日以降は民法所定の年5分の割合による遅延損害金が発生しているというべきであるから、原告が請求する給料債権(原債権)は、原告の費用償還請求権の範囲を超えるものではなく、原告の請求は理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 目代真理)

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