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大阪地方裁判所 平成20年(ワ)5307号 判決 2010年2月26日

原告

同訴訟代理人弁護士

池田直樹

西園寺泰

同復代理人弁護士

荒井俊英

被告

Y1社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

藤谷和憲

被告

Y2労働組合

同代表者

同訴訟代理人弁護士

庄司俊哉

古田敏章

夏目久樹

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告Y1社は、原告に対し、2990万8700円及びこれに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告Y2労働組合は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は、原告が、①平成19年7月25日に行われた原告の女性従業員に対するセクハラ行為があったか否かの事実を確認するための面談(以下「本件面談」という)において、被告Y1社(以下「被告会社」という)から原告の女性従業員に対するセクハラ行為を理由に違法な退職勧奨(実質的には解雇)がなされたとして、被告会社に対して損害賠償を請求するとともに、②原告の退職に当たって、被告Y2労働組合(以下「被告組合」という)は、被告会社と協議調整するなどして原告を救済する義務を果たさなかったなどとして、同組合に対して損害賠償を請求している事案である。

2  前提事実(ただし、文章の末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実、その余は当事者間に争いがない)

(1)  当事者

ア 原告は、昭和53年9月、被告会社(なお、原告入社当時は、「a株式会社」という社名であったが、その後「b株式会社」となり、更に現在の社名に変更された)に入社した。また、原告は、被告組合の組合員である。

イ 被告会社は、各種自動車の販売、修理等を業とする会社である。

(2)  原告の退職届提出に至る経緯等

ア 原告は、平成19年7月25日、被告会社C支店において、当時被告会社c店店長であったE(「以下「E店長」という)立会の下、被告会社のF営業本部第一営業本部次長(以下「F次長」という)と面談(以下「本件面談」という)を行った。

本件面談において、F次長は、原告に対し、原告が被告会社の女性従業員(以下「本件女性従業員」という)に対してセクハラ行為を行った事実の有無を確認したところ、原告は、本件女性従業員の自宅に宿泊したこと及び同従業員とホテルに行って性的関係を持ったことを認めたものの、いずれも本件女性従業員の同意の下で行ったものであり、セクハラ行為ではないと述べた。

イ F次長は、本件面談において、原告に対し、自主退職するか、翌日予定されている賞罰委員会を開催し、原告に対する処分等を決める手続をするかどちらかの選択肢があることを告げたところ、原告は、自主退職する旨述べた上で、被告会社に対し、自己都合を理由とする退職届を提出し、被告会社はこれを受理した(証拠(省略)、弁論の全趣旨)。

ウ その後、原告は、合意退職(自主退職)を前提とした雇用保険被保険者離職証明書等被告会社の退職に関連する書類に署名押印等し、被告会社に提出した(書証省略)。

第3本件の争点

1  被告らの不法行為責任の有無

(1)  被告会社に対する請求について

被告会社ないしF次長の原告に対する退職勧奨行為(以下「本件退職勧奨行為」という)の違法性の有無(争点1)

(2)  被告組合に対する請求について

ア 本請求に係る司法判断の可否(争点2)

イ 原告と被告会社との間における調整義務ないし適切な解決を得られるように尽力する義務があるか否か、及び同義務違反の有無(争点3)

2  原告の損害の有無及びその額(争点4)

第4争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告)

(1) 被告会社による違法行為

以下のとおり、本件退職勧奨行為には合理的な理由がなく、その手段方法も社会通念上相当ではないから、使用者としての地位を利用し、実質的に原告に退職を強いるものであるから、不法行為に該当する。

ア 実体的違法

(ア) セクハラ行為に関する確認行為の懈怠等

ある行為がセクハラ行為であるとされるためには、相手方の意に反する性的な言動があったことが必要であり、個々の外形的行為の客観的評価とは別に、その行為が相手方の意に反すること、すなわち、非任意性が必須の要件とされているところ、特に、原告は、本件女性従業員のマンションに宿泊した点について、他の男性従業員も一緒に同宿し、また、本件女性従業員もその趣旨を理解して、同宿を認めていたものであること、原告が本件女性従業員とドライブをした上でホテルに同宿した行為についても、お互いに合意があったことからすると、被告会社ないしF次長が原告に対して退職勧奨を行う前提として、原告によるセクハラ行為の有無、特に、セクハラ行為があったことを認定するために必要不可欠な要素である本件女性従業員の「非任意性」について十分確認すべきであった。また、本件に関しては、直接本件女性従業員に対して聞き取りを行った被告会社従業員の聞き取り内容に不自然な点が多く、真実ではない蓋然性があることからしても、被告会社としては、原告の本件女性従業員に対するセクハラ行為の有無に関する認定を慎重に行うべく、他の者が本件女性従業員から聞き取りを行う必要があった。にもかかわらず、被告会社は、直接本件女性従業員から事情を確認することもしなかったのであって、本件女性従業員の「非任意性」の有無について十分確かめることを怠ったというべきである。

(イ) 以上のとおり、本件女性従業員に対する事実確認を怠った状態の下、F次長は、本件面談において、原告が本件女性従業員宅に宿泊したり、同人と性的関係をもったことが外形的に確認されただけの段階で、原告が本件女性従業員の同意があったと述べているにもかかわらず、原告の行為が本件女性従業員に対するセクハラに当たるとして、それを理由に当日中に退職するか賞罰委員会にかけられるかの選択を迫る働きかけをして、原告をして退職届を提出させて受理したものであって、本件退職勧奨行為は、これを行う正当な実体的要件・根拠を欠いたものである。

(ウ) 以上のとおり、本件退職勧奨行為は、そもそもその前提となる実体的要件を欠き合理的理由がないものであるから違法である。

イ 手続的違法

(ア) F次長は、原告が退職届を提出した後、G管理本部長(以下「G重役」という)に報告し、G重役は、その日のうちに原告が提出した退職届に確認印を押印していること、G重役が、本件面談日夜遅くまで残っていたこと、G重役は、同日、被告組合に対し、本件面談が実施されることを連絡しており、翌日には原告が自主退職した旨連絡していることからすると、本件面談の実質的な主体はG重役であったと思われる。このような状況からすると、F次長は、G重役から本件面談日中に原告から退職届を提出させるよう命じられていたと考えるのが合理的である。そして、F次長の強引な退職強要行為は、被告会社による原告の実質解雇(みなし解雇)であって、本来必要な解雇要件・手続を潜脱する違法な手段であることは明白である。

(イ) 仮に、被告会社(G重役)がF次長に対して、原告をして退職届を書かせるよう命じたことを認定できないとしても、本件面談の目的(被告会社が原告によるセクハラ行為の有無について事実確認をするために設けられたものであること)、本件退職勧奨行為に先立ち、被告会社内では、原告を処分するか否かについて、一切方針を決めていなかったこと、被告会社の顧問弁護士からは、十分に事実を確認するようにとの説明を受けていたことからすると、①F次長が、被告会社の了解なく、原告の本件女性従業員に対する行為をセクハラであると断定した上で、賞罰委員会が開かれ、原告は懲戒解雇になって不利益を受け得ることに触れつつ、退職届の用紙を用意し、月締めで退職する等退職届の文面を指示して退職届を書かせたこと、②F次長が、事実関係を精査することなく、原告がセクハラの一方的な加害者であると決めつけ、原告に適切な熟慮期間を与えることなく、本件面談日中に退職届を提出するか、翌日に賞罰委員会が開かれ、手続を進めるかの選択を迫り、原告の自由な意思決定を妨げて、退職届にサインをさせたことは、被告会社の方針を逸脱したF次長の独断に基づくものであって、違法というべきである。

また、F次長による本件退職勧奨行為は、3時間以上と長時間かつ延長の困難な状況で行われ、後日2回目の面談で場を設けるように求めた原告に対し、F次長は、給与所得者である原告にとって致命的な不利益を示し、意思決定の自由を奪っていった。このような本件退職勧奨行為は社会通念上相当性を欠き違法である。

(3) 原告がした退職の意思表示の瑕疵

原告が、平成19年7月25日、被告会社に対してした同年7月31日で退職する旨の意思表示は、被告会社ないしF次長からの欺罔行為ないし強迫行為による退職勧奨行為に基づくものであり、瑕疵がある。ただし、原告は、退職の意思表示自体を取り消すものではない。

(被告会社)

(1) 原告は、平成19年7月25日、被告会社に対して退職届を提出し、翌日、被告会社はこれを受理したことから、原告は、同月31日をもって、被告会社を自主退職したものである。

(2) 原告が退職の意思表示をしたのは、飽くまでも原告が、F次長との本件面談の結果を踏まえて、自らの意思で決定したものであって、F次長が原告に対して、詐欺ないし強迫して退職届を提出させたというものではなく、また、懲戒解雇を迫ったというものでもない。

2  争点2について

(被告組合)

(1) 労働組合の内部運営は、基本的には外部の圧力を受けずに自由に行えるものでなければならない。すなわち、いかなる規約を定め、機関がいかなる決定を行うのか、それを通じて組合員にいかなる権利を与え、いかなる義務を課すかという点については、労働組合の自由に委ねられている。こうした内部運営の自由、すなわち団体自治の原則は、団体権保障(憲法28条)に内在する要請である。したがって、国家の立法、行政、司法の諸機関はいずれも労働組合の内部運営への介入を原則として禁止され、一定の限界を超えた介入は憲法違反とさえ評価される。したがって、このような団体自治の原則の限界として、一般市民法秩序と直接関係するような権利義務の問題に限って司法審査の対象となると考えるべきである。

(2) この点、本件は、原告(組合員)の被告組合に対する権利が問題とされているが、これは、上記のとおり、労働組合が組合員にどのような権利・義務を与えるかという労働組合の内部運営の根幹に関わる問題であり、原告として司法審査になじまないものである。仮に裁判所が、被告組合に対し、原告に対する明示ではない義務を認めたとすれば、被告組合と他の組合員にも重大な影響を与えるものであり、被告組合が自立的に決めたのではない組合員の権利を、司法が認めたこととなり、被告組合の団体自治を著しく脅かす結果となる。また、組合民主主義的な手順を踏まずに、組合の組合員への義務が強制されることは、組合民主主義の法原則に反するものである。さらに、本件では、原告が被告組合から除名・追放されたものではないこと、被告組合による積極的な違法行為に基づく請求でもないのではないこと、「期待権」という不明確な利益についての問題であることからすると、一般市民法秩序と直接関係するような権利義務の問題とはいえない。

(原告)

本件では、原告が被告会社から実質解雇されている以上、一般市民社会と直接関係するような権利義務の問題、具体的には、原告の期待権の背後には、原告が被告会社から不当に解雇されない権利、利益が控えている。そうすると、本件は、純然たる被告組合の内部運営の問題ではなく、司法審査の対象であることは明らかである。

3  争点3について

(原告)

(1) 労働組合は、組合員のために、労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織されている(労働組合法2条)。そして、組合員の懲戒、解雇等の人事の基準や手続は労働条件その他の待遇に関する事項であり、労働組合が使用者に対して団体交渉を申し入れる際の義務的団交事項とされている。したがって、労働組合は、組合員が退職勧奨を受ける場合も含めて、解雇されるような場合は、その処分に先立って使用者側から事情説明を受け、当該組合員及び関係者から事情聴取し、当該組合員の意向を尊重しながら使用者と団体交渉をする必要がある。このように組合員の解雇が問題となった場合に、当該組合員のために手続を尽くして組合員の利益を守ることは労働組合の義務である。

この点、被告組合は、原告が被告組合に加盟することに伴う当然の合意(黙示の合意)として、組合員の労働条件、特に身分に関わる処分(退職、解雇、配置転換)については、被告会社からの指示を受けて事実関係を調査し、組合員自身から事情聴取し、その意向を聴取した上で、組合員の利益を踏まえ、組合員を擁護する立場から被告会社側と交渉し、適切な解決を得られるよう尽力する義務(以下「会社との協議調整義務」という)を負っているというべきである。

本件において、被告組合は、平成19年7月上旬ころ、原告が本件女性従業員に対してセクハラ行為を行った可能性について報告を受けていたのであるから、被告組合としては、正確な事実関係を把握し慎重に対処するよう被告会社に申し入れ、原告が人事において不当に不利に扱われないように対処すべきであるにもかかわらず、被告会社に対して穏便な対応を依頼したことはなく、原告から事情聴取もしていない。また、原告は、上記のとおり、平成19年7月25日、F次長から突然呼び出された本件面談において、「セクハラを理由に自主退社してくれ。今日時点で自主退社しなければ、懲戒解雇になり、退職金も支給されないし、再就職も出来なくなる」と通告された。その際、原告は、「組合を通してくれているのか」と問い質したところ、F次長は、「組合から一任されている」と回答した。しかし、原告は、今回の解雇について、何ら被告組合から説明されておらず、原告が被告組合に一任した事実もなく、被告組合は、原告の解雇に対して、何ら労働組合としての義務を果たさず、原告の利益を擁護しなかった。このような被告組合の態度は、会社との協議調整義務に違反する行為(不作為)である。

(2) 労働者(組合員)にとって、解雇は、生活破綻に直結する問題であり、十分な調査期間と考慮期間を確保して使用者側から解雇理由を確認し、組合自ら事実調査を行い、対象労働者と協議を重ねた上で、労働者(組合員)の立場に立って尽力することが期待されており、その期待権は労働者が労働組合に参加したことに必然的に伴うものであり、両者間で法的保護に値する。したがって、労働組合が労働者(組合員)に対して、この期待権を侵害する行為があれば、期待権侵害として違法となる。

本件における被告組合の原告に対する対応は、労使協調路線を強調するあまり、個々の労働者(組合員)の利益を無視し、使用者と一体となって行動しており、原告の被告組合に対する期待権を侵害するものである。

(被告組合)

(1) 被告会社との協議調整義務の不存在

被告組合は、原告との間において、原告が主張するような被告会社との協議調整義務を負っていない。

ア 原告が主張するような会社との協議調整義務に関する明文の規定は一切存在しない。

イ 組合民主主義の法原則からすると、労働組合の運営は、組合員の個人的意見・利益に左右されるものではなく、多数決原則によって公正に調整されつつ実施されるという本来的性質を有しているものである。したがって、仮に、組合員から労働組合に対して、権利救済の要請があったとしても、その要請に応えるか否かの判断権は、労働組合に留保されている。

ウ 原告が主張するような会社との協議調整義務は、その範囲及び程度等が特定されておらず、労働組合がどこまでの行為を行えば当該義務を果たしたのかという点も不明確である。

エ 原告は、当該義務の発生根拠について、原告が被告組合に会費を納入してきた点を挙げているが、原告が被告組合に支払ってきた会費は、組合財政を支えるために全組合員から支出されるものであるから、被告組合の原告に対する義務の存否・範囲の確定について、会費納入の事実は何ら影響しない。

オ なお、原告は、被告組合に対し、原告から事情を聴取すべきだったにもかかわらず、これを怠ったと主張するが、原告が行ったと疑われたセクハラ行為は、被告会社の賞罰委員会において審議される対象であり、原告に対して告知聴聞の機会を与えるべき責務は被告会社にあるのであって、被告組合にはないこと、そもそも被告組合には、原告の当該行為について何ら判断すべき権限もなければ立場にもないことからすると、原告が主張するような原告に対する事情聴取義務は存在しない。

(2) 原告が主張する義務違反の不存在

ア(ア) 仮に、原告が主張する被告会社との協調調整義務が認められるとしても、本件においては、セクハラ被害を受けた本件女性従業員も被告組合の組合員であるから、被告組合が、セクハラの被害者の言い分に配慮した場合、加害疑惑のある男性組合員(原告)の利益のみを全面的に擁護する活動を期待することは、利害相反の観点から不可能である。したがって、この点からしても、本件において、被告組合は原告に対して会社との協議調整義務を負っているとはいえない。

(イ) また、原告は、被告会社を自主的に退職した者であるから、そもそも被告組合には、会社の協議調整義務を果たす必要がなかったのである。

(ウ) さらに、被告組合は、原告から、職場復帰や解雇無効で争う等の依頼や申出は一切なかったことから、そもそも被告組合には、会社との協議調整義務を果たす必要はなかった。

イ 仮に、被告組合について、被告会社との協議調整義務が存在し、その義務を果たすべき状況にあったとしても、被告組合は、当該義務を果たしている。すなわち、被告組合のH執行委員長(当事。以下「H委員長」という)は、被告会社に対し、仮に、原告によるセクハラ行為が事実であったとしても、解雇ではなく、店舗異動などで対応できないかどうか、将来的に解雇相当という判断が出そうな場合には、より軽い措置である自主退職を勧めて欲しいという穏便な対応を依頼している。

4  争点4について

(原告)

(1) 被告会社に対する請求について

ア 逸失利益

(ア) 定年までの給与

平成19年度の原告の平均月収から交通費相当分を控除した額は44万円である。そして、平成19年8月から定年(60歳)までの月数は43か月であるから、原告が定年までの間に得べかりし給与の額は、1892万円(44万円×43か月)となる。

(イ) 本来支給されるべき退職金と実際に支給された退職金の差額

原告に対して支給された退職金は、429万5000円であったが、同金額は、自己都合の場合を前提とし、最終の基本給の半分×29によるものである。しかし、本件の場合は、上記した事情からすると、別の係数(40.8)で計算し、更に、「会社都合」であると認められるから、25パーセント増しで計算するのが相当である。そうすると、本来支給されるべき退職金の金額は、758万3700円(29万7400円÷2×40.8×1.25)となるから、現実に支給された退職金(429万5000円)との差額は、328万8700円となる。

イ 慰謝料 500万

原告は、突然退職した理由も説明できず、友人等への説明にも窮する事態となり、得べかりし損害の填補では償えない精神的損害を被った。

ウ 弁護士費用 270万円

(2) 被告組合に対する請求について

ア 慰謝料

被告組合が、組合員である原告の利益を擁護することなく、被告会社にその処分を一任したことは、被告組合に加盟する組合員の信頼を裏切るものであり、このことにより原告が被った精神的苦痛は重く、これを慰謝するためには100万円を下らない。

イ 弁護士費用 10万円

(被告ら)

すべて争う。

第5当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実並びに証拠(省略)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。なお、月日については、特に断らない限り、いずれも平成19年である。

(1)  6月9日ころ、被告会社c店のIマネージャー(以下「I」という)は、本件女性従業員の様子がおかしかったので、声をかけたところ、本件女性従業員は、泣きながら、「実は、Xさん(原告)と、肉体関係をもってしまったので、もう会社に来たくない。会社を辞めたい、どうしたらいいか分からない」などと述べた。

(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

(2)  7月11日、H委員長は、被告会社c店に勤務するJ副委員長(以下「J副委員長」という)とともに、Iと面会した。その際、Iは、H委員長らに対し、本件女性従業員が、原告にホテルに連れ込まれたこと、本件女性従業員はIにしか相談していないので、内密に話を進めて欲しいこと、原告は、ホテルに連れ込む際に「この場はおとなしく言うことを聞いておいた方がいい、言われるままにしいや」と強制的に迫ったこと、本件女性従業員は、「もう会社に来たくない。原告とも顔を合わせるのが恐い」とも言っていること等本件女性従業員から聞いた話を説明した。H委員長は、両名の話を聞いて、被告組合としては、事件内容の性質と組合員二人の将来を考えると、事を穏便に進めることで被告組合も対応しようと話した。

(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

(3)  7月18日、H委員長は、G重役に対し、原告の本件女性従業員に対するセクハラ行為の問題が発生している旨説明するとともに、「仮に、被告会社が原告の行為がセクハラに該当すると認定するような事態になったとしても、原告を解雇しない方向で処理してほしい。また、仮に、万一、被告会社において、原告に対し解雇が相当という判断になりそうなときでも、原告において自主退職ができるように配慮して欲しい」と要望した。

(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

(4)  7月19日、被告会社において、G重役、F次長等が参加して、原告に対する対応を協議した結果、被告会社の顧問弁護士に相談した上で対応の仕方を検討することになった。

(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

(5)  7月23日、G重役とF次長が被告会社の顧問弁護士と相談した。顧問弁護士は、事実関係を確認する必要があるとアドバイスした。顧問弁護士への相談結果を踏まえ、再度協議した結果、G重役が、本件女性従業員の気持ちや意向を確認すること、F次長が、原告と面談し事実関係を確認すること、それらの結果を踏まえ、同月26日に被告会社の賞罰委員会を開催することが決まった。ただし、賞罰委員会の開催日は、流動的なものであった。

(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

その後、G重役は、Iを通じて、本件女性従業員の意向を確認したところ、本件女性従業員は、原告の行為を許さないと思っており、本問題への対応については被告会社に任せるという意向であることを確認した。

(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

(6)ア  7月25日、上記顧問弁護士との相談結果を踏まえ、F次長は、本件女性従業員に対するセクハラ行為の事実を確認するために、E店長立会の下、原告との面談(本件面談)を行った。原告は、本件面談において、F次長に対し、6月11日、本件女性従業員の自宅マンションに泊まった事実及び本件女性従業員とホテルに行った事実を認めた。もっとも、原告は、本件女性従業員の自宅マンションに宿泊したことについて、その際には別の男性従業員が同行しており、本件女性従業員と3人で深夜遅くまで食事をしていたこと、解散する際に、男性従業員が本件女性従業員に対し、「終電車が出てしまった、泊めてもらえないか」と頼んだところ、本件女性従業員は、了解したこと、しかし、原告は、男性従業員が酒を飲んでおり、不測の事態も起こりかねないと判断し、男性従業員に付きそう意味で、男性従業員と共に本件女性従業員の自宅マンションに宿泊することになったことなどを話した。これに対して、F次長は、本件女性従業員が原告を嫌がっていることを伝え、ホテルに入ることはもちろん、本件女性従業員の自宅マンションに泊まることもセクハラ行為に該当すると説明した。しかし、原告は、納得せず、主として、本件女性従業員宅に宿泊したことがセクハラ行為に該当するかどうかという点について話がなされた。(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

イ  本件面談の途中、一時面談を中止し、休憩時間が設けられた。その際、原告は、元被告組合員であった従業員に会ったところ、原告が同従業員に対して状況を説明すると、同従業員は、原告に対し、「絶対にサインしたらあかんで、サインしたら、もう会社の思うつぼで、思い通りになるからやめときや」と言った。

(証拠省略)

ウ  休憩後、F次長は、原告に対し、原告がセクハラ行為に該当するかどうかはともかく、原告が事実関係自体を認めたことから、本件女性従業員に対するセクハラ問題で賞罰委員会が開催され、そこで手続が進められるであろうという見込みを述べた上で、自主退職の道と賞罰委員会を開催するという道のどちらかを選択するかと言った。また、その際、E店長は、原告に対し、賞罰委員会が開かれて、今回の件が公になるとまずくなるのではないかと言った。これに対して、原告は、F次長に対し、2、3日考えさせて欲しいと頼んだが、F次長は、流動的であるとはいえ、翌日には賞罰委員会の開催が予定されていることを踏まえ、原告に上記選択をするように述べた。

エ  結局、原告は、被告会社を自主退職することに決め、F次長に対し、退職届の文言について相談した上で、その場で、F次長が用意した用紙(退職届という様式の用紙ではなく、通常の便せん。書証(省略))を使用し、退職届を作成した。そして、原告は、F次長に対し、退職届を提出した。本件面談が終了したのは、同日の午後10時過ぎころであった。

(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

(7)  7月28日、被告会社のK総務部課長(以下「K課長」という)は、原告に対して、原告が退職するに当たって必要となる書類及びその説明書を郵送した。

(書証(省略)、弁論の全趣旨)

(8)  8月1日、K課長は、原告宅を訪問し、上記書類を提出に署名押印した上で、提出するよう求めたところ、原告は、その場で、念書等(書証省略)に署名押印した上で、K課長に手渡した。また、その後、原告は、被告会社を退職する際に提出しなければならない書類(離職証明書、退職所得申告書)に署名押印し、被告会社に提出した。原告は、これらの署名押印、書類提出に当たって、被告会社に対し、原告の自主退職が不当違法なものであるなどという苦情を言うことはなかった。また、原告は、平成19年7月31日に自主退職したことを前提として計算された退職金を全額受領した。

(証拠(省略)、弁論の全趣旨)

3  争点1について

上記の認定説示した事実関係を踏まえて、以下、原告の主張について検討する。

(1)  原告は、前記第4の1(原告)(1)アのとおり、本件退職勧奨行為は、その前提となる実体的要件を欠き、合理的理由がないから違法であると主張する。

しかし、上記認定したとおり、そもそも原告の本件女性従業員に対するセクハラ行為の疑いが生じたのは、Iが、直接本件女性従業員から事情を聞いたことがきっかけであり、その際、本件女性従業員はIに対し、涙を流して、原告の言動等について具体的な話をしたこと、G重役は、顧問弁護士からのアドバイスを踏まえて、Iを通じて、改めて本件女性従業員に対して事実確認等を行ったこと(なお、G重役は、直接本件女性従業員に対して事情聴取を行っていない。しかし、本件女性従業員はIに対して、本件は内密に話を進めて欲しいと希望していたことからすると、被告会社の重役自身が直接本件女性従業員に対して事情を聞くことは、本件女性従業員に対する心理的な負担が大きいとも考えられ、Iからの聴取内容が具体的かつ本件女性従業員の意思を明確に表明した内容であることをも併せかんがみると、G重役が直接本件女性従業員に対する事情聴取をしなかったこと自体違法不当であるとはいえない)、原告は、本件面談において、6月11日、本件女性従業員の自宅マンションに泊まった事実及び本件女性従業員とホテルに行った事実についてそれぞれ認めたこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、被告会社ないしF次長が、原告の本件女性従業員に対するセクハラ行為の事実があったのではないかと疑うには十分な合理的理由があったと認められる。確かに、原告としては、本件女性従業員に対する関係で、本件女性従業員との合意に基づくものであり、セクハラ行為ではないとの思いがあり、F次長からの退職勧奨に対して承伏していなかったという面もうかがわれる(証拠省略)が、原告のかかる言動があったからといって、被告会社として、本件女性従業員に対する事実確認を怠ったとまでは言い難い。そうすると、F次長の原告に対する本件退職勧奨行為は、以上のような状況の下で行われたものであるから、原告が主張するような違法性があるとはいえない。したがって、原告の上記主張は理由がない。

(2)ア  原告は、前記第4の1(原告)(2)イ(ア)のとおり、本件退職勧奨行為が、被告会社による実質的な解雇であるということを前提として、手続的に違法であると主張する。

しかし、上記第5の1で認定した本件面談に至る経緯(G重役、F次長らと被告会社顧問弁護士との相談内容等)及び本件面談におけるF次長と原告との具体的なやりとりの内容等からすると、被告会社ないしF次長が、本件面談に先立って、原告を自主退職させようと考えていたとは認め難く、かえって、被告会社は、顧問弁護士からのアドバイスに基づいて、事実関係の確認を優先し、本件女性従業員及び原告に対する事情聴取を行ったと認められるのであって、被告会社が当初から原告を退職させようとする意図を有していたとはいえない。なお、原告は、上記主張の根拠の一つとして、F次長に退職届を提出した直後、同次長は、携帯電話でG重役に電話連絡をしていた旨主張し、それに沿う供述をしている(原告)。しかし、G重役は、本件面談当日、面談会場となった同じ建物内で仕事をしていたこと(F次長)、G重役は、原告から提出された退職届に押印していること(書証省略)、上記認定説示したとおり、被告会社は、当初から原告を自主退職させる意図があったとはいえないことからすると、本件面談が終了した直後、F次長がG重役に電話連絡をする必要があったとは認め難い。そして、本件面談に同席したE店長は、当該事実を否定していること(人証省略)をも併せかんがみると、原告の上記供述等は採用できない。

以上からすると、本件退職勧奨行為が、被告会社による実質的な解雇であることを認めるに足りる的確な証拠は見出し難く、原告の上記主張は理由がない。

イ  原告は、前記第4の1(原告)(2)イ(イ)のとおり、F次長が、被告会社の意向を踏まえず、独断で、3時間以上にもわたる長時間かつ延長困難な状況において退職勧奨行為を行ったこと自体が違法であると主張する。

(ア) まず、F次長が、被告会社の意向を踏まえずに退職勧奨行為を行った点についてみると、確かに、F次長は、証人尋問において、原告との長い付き合いがあったことから、個人的な意見として、自主退職という選択肢があることを提案したと証言する(人証省略)。しかし、被告会社としては、本件面談において、本件女性従業員に対するセクハラ行為の有無を確認することが目的であったとはいえ、原告が自主退職すること自体を認めないという方針まで有していたとは認められないこと、賞罰委員会の開催日は流動的であったこと、F次長は、飽くまでも個人的な考えに基づいて、原告に対して自主退職という選択肢があることを告げたものであること、以上の点が認められる。そして、上記1(3)で認定したとおり、被告組合(H委員長)が、G重役に対し、「原告に対して解雇が相当という判断になりそうなときでも、原告において自主退職ができるように配慮して欲しい」旨要請していたことをも併せかんがみると、F次長が、個人的な考えに基づいて自主退職の選択肢があることを告げたこと自体、何ら違法不当であるとはいえない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

(イ) 次に、本件退職勧奨行為が、長時間かつ延長困難な状況の下に行われたと主張する点についてみると、上記認定した事実並びに証拠(省略)及び弁論の全趣旨によると、①本件面談は、午後7時ころから午後10時過ぎまで行われたこと、②本件面談の大半の時間は、原告が本件女性従業員宅に宿泊したことがセクハラ行為に該当するかどうかという点について費やされたこと、③本件面談の途中で、休憩時間が設けられ、その際、原告は、元被告組合員であった被告従業員と話をして、被告会社からサインを求められても、拒否するようにアドバイスを受けたこと、④同休憩後、F次長は、原告に対し、自主退職の選択肢があることを告げたこと、⑤原告は、退職届の文言等についてF次長に質問し、F次長と一緒に同届を作成したこと、以上の点が認められる。そうすると、本件面談の時間は3時間を超えてはいるものの、本件退職勧奨行為及び原告が退職届を提出すること自体については、それほど時間を要したとは認められず、F次長が原告に対して激しく詰問したり、退職届を強制的に書かせたというような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。そうすると、F次長の原告に対する本件退職勧奨行為に違法不当な点があったとは認められない。

(ウ) 以上からすると、この点に関する原告の上記主張はいずれも理由がない。

(3)  原告は、前記第4の1(原告)(3)のとおり、F次長による欺罔行為ないし強迫行為によって、退職の意思表示をしたものであって、同意思表示には瑕疵がある旨主張する。

しかし、上記認定説示した本件面談の経緯及びその内容、E店長の原告に対する発言内容(賞罰委員会が開かれて、本件が公になったらまずいことになる)、本件面談の途中、被告会社従業員で、元被告組合員であった者から、簡単に書面にサインをしないようにアドバイスを受けたこと、原告が被告会社に提出した退職届の文言、退職届を提出した後の原告の言動(退職に関する書類を被告会社に提出しており、本件面談や被告会社からの退職勧奨行為について違法不当であるなどと異議を述べていない)、賞罰委員会が開かれ、仮に、懲戒解雇となると退職金が支給されなくなること、F次長が、本件面談において、原告に対して、激しく詰問したり、脅して退職を強要したことを認めるに足りる的確な証拠はないこと、原告は、F次長からの自主退職の選択肢の提案に対して、原告は、最終的には、退職届を提出し、その後、被告会社から送付されてきた退職に関する書類に署名押印していること、原告は、退職届を提出し、同書類に署名押印する時点においても、特段退職勧奨行為に異議等を述べていたとは認められないこと等諸般の事情を総合的に勘案すると、原告は、セクハラ行為に該当するか否かという点について承伏し難い面があったとはいえ、最終的には、被告会社における賞罰委員会が開催されることと、その開催前に自主退職することとを比較検討した結果、真意に基づいて、被告会社に対し、退職届を提出し、退職の意思表示をしたと認めるのが相当である。そうすると、原告の上記主張は理由がない。

3  争点2について

被告組合は、本件が、労働組合の組合員にどのような権利・義務を与えるかという労働組合の内部運営の根幹に関わる問題であり、司法審査になじまないものであると主張する。

しかし、本件における原告の被告組合に対する請求は、原告が主張する法的義務違反に基づいた損害賠償請求であって、被告組合員である原告の被告組合に対する私法上の権利義務関係の存否(損害賠償請求権の存否)が問題となっている事案であって、純然たる労働組合の内部運営の根幹に関わる問題であるとはいえない。また、本件について司法判断を行うことによって、被告組合の団体自治が脅かされたり、被告組合の組合員への義務が強制されるという関係に立つとも解し難く、労働組合民主主義の原則と抵触するともいえない。そうすると、被告組合の上記主張は理由がない。

4  争点3について

(1)  原告は、被告組合に会社との協議調整義務があることを前提として、本件において、被告組合は、当該義務に違反していると主張する。

ア 確かに、労働組合が、組合員のために、労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを目的として組織されていること(労働組合法2条参照)からすると、労働組合は、組合員の労働条件、特に身分に関する処分(解雇、配置転換等)がなされた際には、団体交渉等を通じて、会社との間において、組合員の利益を最大限擁護し、これを実現すべく活動する立場にあると解するのが相当である。しかし、原告が主張するような会社との協議調整義務を定めた法令上の規定は存在しないこと、労働組合が、団体交渉等を通じて、会社との間で当該組合員の利益等を実現すべく協議調整するに当たっては、様々な事情を総合的に勘案して行われるものであるところ、仮に、これらを法的義務であるとすると、労働組合活動の自主性や独立性が阻害される可能性が否定できないことからすると、労働組合が、組合員に対して、会社との協議調整を図る法的義務を負っているとは解し難い。

イ 原告は、組合費を納入している点を挙げるが、組合費納入の事実から直ちに原告が主張するような法的義務が発生するとは解されない。

また、原告は、被告組合による事情聴取義務違反の点を主張するが、団体交渉等に当たって労働組合が組合員から事情聴取を行うことは望ましく、かつ、必要であるとはいえるが、事情聴取をすべき法的義務があるとまでは解し難い。そうすると、この点に関する原告の主張は理由がない。

(2)  以上のとおり、被告組合には原告が主張するような会社との協議調整義務があるとは認められず、その限りにおいて、原告の被告組合に対する主張は失当といわざるを得ない。

なお、仮に、上記の点をおくとしても、上記1(3)で認定したとおり、H委員長は、G重役に対し、「仮に、被告会社が原告の行為がセクハラに該当すると認定するような事態になったとしても、原告を解雇しない方向で処理してほしい。また、仮に、万一、被告会社において、原告に対し解雇が相当という判断になりそうなときでも、原告において自主退職ができるように配慮して欲しい」と要望したことが認められる。また、証拠(省略)によると、本件は、被告組合員同士のセクハラ行為に関する問題であり、本件女性従業員は、本件について内密に話を進めて欲しいと要望していたこともあって、被告組合として、どちらか一方の組合員(原告か本件女性従業員か)の利益を擁護するということは困難な状況にあったこと、原告は、正式に被告組合に対して、本件退職勧奨行為等について相談したとは認められないこと(なお、原告は、J副委員長に確認した旨主張し、それに沿う供述をしているが、正式な形で被告組合に交渉等を依頼したことを認めるに足りる的確な証拠はない)、以上の点が認められ、これらの点からすると、本件に関し、被告組合の原告に対する対応に違法不当な点があったとは認められない。したがって、この点からしても、原告の被告組合に対する請求は理由がない。

5  結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本件各請求は、その余について判断するまでもなく理由がない。よって、主文のとおり判断する。

(裁判官 内藤裕之)

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