大阪地方裁判所 平成20年(ワ)7444号 判決 2009年8月26日
原告
X債権回収株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
北林博
玉城辰夫
被告
株式会社Y
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
裵薫
金奉植
主文
1 株式会社aが平成19年10月1日にした会社分割のうち、別紙物件目録<省略>(1)及び(2)記載の各不動産の承継にかかる部分を取り消す。
2 被告は、上記各不動産について別紙登記目録<省略>1及び2記載の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文第1、2項と同旨
第2事案の概要
本件は、有限会社b(以下「b社」という。)が、株式会社a(以下「a社」という。)に対して4億5528万5687円の保証債務履行請求権を有していたところ、a社が新設分割を行い、新設分割設立会社である被告に対し、別紙物件目録(1)1ないし8記載の土地(以下「本件○○土地」という。)及び同目録(1)9ないし11記載の建物(以下「本件○○建物」といい、これと本件○○土地をあわせて「本件○○不動産」という。)並びに同目録(2)記載の土地(以下「本件「△△土地」といい、これと本件○○不動産をあわせて「本件不動産」という。)を承継させたこと(以下「本件会社分割」という。)が詐害行為に該当するとして、b社から上記保証債務履行請求権の管理及び回収を委託されたサービサーである原告が、詐害行為取消権に基づき、本件会社分割の取消と本件不動産につき別紙登記目録1及び2記載の所有権移転登記(以下「本件登記」という。)の抹消登記手続を求める事案である。
第3争いのない事実及び証拠によって容易に認定することのできる事実(以下「争いのない事実等」という。なお、証拠を付さない事実は、当事者間に争いがない。)
1(1) 信用組合c(以下「c社」という。)は、平成12年12月13日、有限会社d(以下「d社」という。)に対し、以下の約定により5億6000万円を貸し付けた(以下、同契約に基づく貸金債権、利息債権及び遅延損害金債権をあわせて「本件貸金債権」という。)。
ア 弁済期限 平成38年2月28日
イ 利息 年2.5パーセント
ウ 弁済方法 平成13年3月31日から、以後、毎月末日に元利金均等250万8489円宛300回分割
株式会社e(以下「e社」という。)は、平成12年12月13日、c社に対し、本件貸金債権について、連帯保証した(以下「本件保証契約」という。証拠<省略>)。
(2) c社は、平成14年5月10日、株式会社整理回収機構(以下「RCC」という。)に対し、本件貸金債権(同日時点での残元金は5億5596万2343円)を譲渡した。同社は、平成17年9月16日、b社に対し、本件貸金債権(同日時点での残元金は4億5528万5687円)を譲渡した。同社は、同日、原告に対し、本件貸金債権の取立てを委託した(証拠<省略>)。
2 a社は、平成16年8月6日、e社を吸収合併し、本件保証契約に基づく保証債務を承継した(証拠<省略>)。
3(1) a社は、平成19年9月月1日、以下の内容の新設分割計画書(証拠<省略>)を作成した。
ア 被告を新たに設立する。その資本金の額を100万円とし、発行株式の全部にあたる20株をa社に割り当てる。
イ a社の営む不動産の売買、賃貸、仲介、交換、斡旋、管理業に関する営業を被告に分割することとし、その内容は別紙承継権利義務明細表①<省略>のとおりとする。なお、承継の対象となる資産及び負債の評価は平成19年4月30日現在の計算を基礎とし、これに分割期日までの増減を加除して、分割期日において被告に承継する。短期借入金及び未払費用債務については、a社が重畳的債務引き受けを行う。
ウ 分割期日は平成19年10月1日とする。
エ 平成19年9月13日、a社の株主総会において本件計画書の承認決議を得る。
オ a社の代表取締役であるC(以下「C」という。)を被告の代表取締役とする。
(2) Cは、平成19年9月21日、原告を訪問し、a社が負担する債務の返済方法について協議し、弁済計画を提出することを約束した。
(3) a社は、平成19年9月26日、更に次の内容の新設分割計画書を作成した(証拠<省略>)。
ア 株式会社f(以下「f社」という。)を新たに設立する。その資本金の額を100万円とし、発行株式の全部にあたる20株をa社に割り当てる。
イ a社の営む遊技場に関する営業をf社に分割することとし、その内容は別紙承継権利義務明細表②のとおりとする。なお、承継の対象となる資産及び負債の評価は平成19年4月30日現在の計算を基礎とし、これに分割期日までの増減を加除して、分割期日においてf社に承継する。
ウ 分割期日は平成19年11月28日とする。
エ 平成19年10月1日、a社の株主総会において本件計画書の承認決議を得る。
オ Cをf社の代表取締役とする。
(4) 平成19年10月1日、上記(1)の新設分割計画書に基づき、被告が設立されてその旨の設立登記がされ、同月12日、本件不動産につき、同月1日付会社分割を原因として、被告を所有権者とする所有権移転登記手続がされた(証拠<省略>)。
(5) a社の第11期確定決算報告書と別紙承継権利義務明細書表①及び別紙承継権利義務明細表②<省略>を対照すると、a社が、平成19年4月30日時点に有していた資産及び負債のうち、865万円あまりの仮受金及び5万6000円の未払消費税を除くすべてが被告又はf社に承継された(証拠<省略>)。
4 本件不動産につき設定されていた担保権について
(1) a社は、平成15年1月30日、g株式会社との間で、リース取引等契約等によってa社がg株式会社に対して負担する債務を担保するため、当時a社が所有していた本件○○不動産について、共同担保として、極度額を1億4400万円とする根抵当権を設定し、同年2月4日、その旨の登記手続をした。
株式会社h銀行は、上記根抵当権設定登記について、平成16年8月12日、同年7月30日付譲渡を原因とする根抵当権移転の付記登記を得、あわせて、被担保債権の範囲を銀行取引等に変更する旨の登記手続をした(以下、この根抵当権を「本件根抵当権①」という。)(証拠<省略>)。
(2) a社は、平成15年8月25日、i信用組合(以下「i社」という。)との間で、信用組合取引等によってa社がi社に対して負担する債務を担保するため、本件○○不動産について、共同担保として、極度額を1億5600万円とする根抵当権を設定し、同年9月1日、その旨の登記手続をした。
a社は、平成18年6月26日、i社との間で、信用組合取引等によってa社がi社に対して負担する債務を担保するため、本件△△土地に極度額を1億5600万円とする根抵当権を設定し、同日、本件△△土地を上記○○不動産につき設定された根抵当権の共同担保とする旨の登記手続をした(以下、この根抵当権を「本件根抵当権②」という。)(証拠<省略>)。
5 被告は、平成19年11月30日、本件△△土地を、買受人(買受人名は不詳)に対し、5100万円で売った(証拠<省略>)。
6 原告は、a社に対し、本件貸金債権のうち3000万円及び平成19年10月20日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで約定の年18.25%の割合による遅延損害金の支払を求める訴えを提起し、平成20年1月25日、原告の請求を全部認容する旨の判決が言い渡された。
第4争点
1 新設分割は詐害行為取消の対象となるか(争点1)
【被告の主張】
新設分割は、以下の理由により、詐害行為取消の対象とはならない。
(1) 会社法は、債務超過の会社であっても、価値を有する事業を生かす道を開くのが妥当だという判断の下、債務超過の会社が分割会社となる会社分割を許容している。また、会社法では、会社分割の無効は、分割後6か月以内に訴えをもってのみ主張することができるとされており、ほかにも、対世的効力や当事者適格の限定などの、法的安定性を確保する制度が設けられている。しかし、詐害行為取消訴訟は、債権者が取消の原因を知ったときから2年間又は行為時から20年間可能であり、また会社法が設けている法的安定性を確保するための制度もない。仮に、会社分割を詐害行為取消の対象とすれば、会社法の趣旨に明確に反することになって妥当ではない。
(2) 会社分割は、分割会社の営業、すなわち一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値ある事実関係を含む)の全部又は一部を、他の会社に包括的に承継させる手続である。そこで、会社分割によって発生する財産の承継の一部分が詐害行為として取り消された場合には、有機的一体として機能している重要な財産の移転が否定されることによって当該営業が破壊されることになる上に、取消によって新設分割会社と新設分割設立会社との間の法律関係が錯綜し、法的安定性が害される。したがって、個々の財産移転行為を詐害行為取消の対象とすべきではない。
(3) 新設分割のうち、会社法763条12号又は765条1項8号に掲げる事項についての定めのない場合(以下、「新設物的会社分割」という。)において、新設分割会社は、会社分割によって新設分割設立会社に承継させる純資産に等しい子会社(新設分割設立会社)株式という資産を取得するため、分割の前後でその責任財産(純資産)に変動がない。そこで、会社法810条1項2号も、新設分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者につき債権者保護手続を不要という旧商法の規定を踏襲している。そのため、新設分割会社が、所有する子会社(新設分割設立会社)株式を不当に安く第三者に売却した場合に、その子会社株式売買契約が詐害行為取消の対象になることはあっても、会社分割行為や会社分割による個々の資産の移転を詐害行為の対象とすることは、会社法の認める会社分割制度を否定することになる。
【原告の主張】
会社の新設分割の手続が使用されたとの一事をもって、およそ詐害行為取消権の行使が妨げられるものではない。新設分割手続において、新設分割設立会社の株式が新設分割会社の下に留まる場合には債権者保護手続をとる必要がないとされ(会社法810条1項2号参照)、また、会社の新設分割の無効は訴えによってのみ主張することができると規定されているが(同法828条1項)、これは会社法上の手続に関するものであって、詐害行為取消権の行使を排斥するものではない。
2 本件会社分割は詐害行為に当たるか(争点2)
【原告の主張】
a社が所有する被告の株式の価値は、被告の資産の価値に左右され、被告の資産が処分されて消費しやすい金銭にかわることにより、上記株式の責任財産としての価値も減少する。当該株式がおよそ市場性のない株式であればなおさらである。したがって、新設分割設立会社の株式を新設分割会社が全部取得したことのみをもって、a社の資産の責任財産としての価値に変動がないということはできない。
本件不動産の総評価額は2億5564万円であり、本件根抵当権①及び本件根抵当権②の被担保債権額の合計は1億6697万9000円であるから、この差額の限度で本件会社分割を取り消し、本件不動産について、平成19年10月1日付会社分割を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を請求することができる。
【被告の主張】
(1) a社は、本件会社分割により、新設分割設立会社である被告に合計2億4148万3614円の資産及び合計2億3756万2886円の負債を承継させることにより、純資産としては、392万0728円を承継させたことになる。そして、a社は、その見返りに、392万0728円相当の被告株式を新たに取得している。したがって、a社の純資産に変動はない。
(2) 会社分割に基づく資産及び負債の移転は一括して行われるものであり、個々の資産の移転とは異なる。本件での抵当不動産の移転についても、被担保債権のみならず、他の資産及び負債と同時に移転されているのであり、その他の資産及び負債の評価のしん酌した上で、その承継の詐害性を判断すべきである。
本件で被告が承継した債務には、本件不動産に設定された根抵当権に係る被担保債権(債務)合計1億6697万9000円以外にも、短期借入金債務1億9021万4000円及び未払費用債務5183万3886円の合計2億4204万7886円があり、本件会社分割の詐害性を判断するに当たっては、上記負債の承継もしん酌されるべきである。
なお、仮に、上記債務の総額を本件不動産の評価額が上回ったとしても、その差額はa社の取得する被告株式の評価額に反映されるため、結局会社分割の前後において、a社の責任財産の減少はない。
3 a社に詐害意思があったといえるか(争点3)
【原告の主張】
本件会社分割は、以下の事情によれば、本件会社分割当時大幅な債務超過であったa社が、その当時行われていた弁済計画について原告との協議が決裂する場合を見越して、もっぱら原告に対する本件保証契約に基づく保証債務による強制執行を回避するために、主たる資産である本件不動産を本件保証契約に基づく保証債務の責任財産から逸脱させた上、会社分割の形式を借りて、本件不動産を被告に承継させ、被告の下で本件不動産の処分を図ろうとしたものに過ぎない。
(1) Cは、平成19年9月21日、原告会社を訪れ、a社が負担する債務の返済方法について交渉した。本件会社分割は、交渉決裂直後に実行されている。
(2) 本件会社分割によってa社から被告に移転された本件不動産は、a社の不動産取引業における唯一の販売用不動産である本件△△土地と、a社の遊技場(パチスロ)に関する営業に使用されている唯一の店舗である本件○○不動産であり、これらはa社の事業の中核をなす資産であって、a社にはその他責任財産を構成するめぼしい資産はない一方で、被告とf社の新設分割は、a社の重要な資産(営業を含む)をa社から移転する以外にa社の再生計画として特段の内容がない。
(3) 被告は、本件会社分割の直後に第三者に対し本件△△土地を売却した。
【被告の主張】
被告の詐害意思につき否認する。
4 原告の詐害行為取消権の行使は権利の濫用か(争点4)
【被告の主張】
原告の詐害行為取消権の行使は、以下のとおり、権利の濫用である。
(1) a社は、c社とd社らとの間の金銭消費貸借契約には一切関与しておらず、e社がd社の連帯保証人になっていることを知らずにe社を吸収合併し、本件保証契約に基づく連帯保証債務を承継してしまったものである。
(2) 一方、原告は額面約5億5000万円の債権をRCCから取得しているが、取得価格は備忘価格の1万円と推定される。それにもかかわらず、原告が額面どおりの回収を行うことは、不当な暴利行為というべきであり、それにより、原告は被告の事業再生を阻止して倒産に追い込んでいる。
【原告の主張】
原告の請求金額は3000万円である。また、原告は、債権回収業に関する特別措置法に基づく会社(法務大臣許可番号第74号)であり、コンプライアンス、法令遵守をモットーに業務を行っているものであるから、被告の権利濫用の主張には根拠がない。
第5争点に対する判断
1 争点1(新設分割は詐害行為取消の対象となるか
(1)ア 被告は、会社分割が詐害行為取消の対象となるとすれば、債務超過の会社が分割会社となる会社分割を許容する会社法の趣旨に反し、また、詐害行為取消訴訟は、債権者が取消の原因を知ったときから2年間又は行為時から20年間可能であって、会社法が設けている出訴期間の制限、対世的効力や当事者適格の限定などの法的安定性を確保するための制度もないため、詐害行為取消の対象とされるべきではないと主張する。
イ しかし、会社分割は、分割会社から吸収分割承継会社又は新設分割設立会社に対し、資産、債務、雇用契約その他の権利業務を承継させる財産権を目的とした行為であるから、本来、詐害行為取消の対象となりうる行為であるということができる。もっとも、会社分割において、債権者保護手続(会社法789条1項2号、799条1項2号、810条1項2号)の対象となる債権者については、個別に詐害行為取消権の行使はできないと解されており、会社法の規定により、民法上の詐害行為取消権の行使が否定されることもないとはいえないが、債権者保護手続の対象となる債権者につき会社分割についての詐害行為取消権の行使が否定されるのは、債権者保護手続の履践によって、債権者の承継が擬制される(会社法789条4項、799条4項、810条4項)のためである。したがって、債権者保護手続の対象とされていない債権者については、会社分割に対する詐害行為取消権の行使が否定されるべき理由はないのであり、このことは、会社法が、債務超過会社に会社分割を利用する途を開いたからといって影響を受けるものではない。
ウ また、会社法は、会社分割の効力を争うためには、分割無効の訴えによるべきものとしているけれども、新設分割無効の訴えを認容する判決が対世効を有する(会社法838条、828条1項10号)のと異なって、詐害行為取消の効果は、取消訴訟の当事者間において当該法律行為を無効とするにとどまり、新設分割設立会社の設立自体の効力を対世的に失わせるものではないから、新設分割について民法424条1項の適用を認めても、会社法838条、828条1項10号の趣旨に反して法的安定性を害することにはならない。
エ したがって、被告の前記アの主張は採用することができない。
(2) また、被告は、会社分割は分割会社の営業の全部又は一部を、他の会社に包括的に承継させる手続であるのに、会社分割によって発生する財産の承継の一部分が詐害行為取消の対象となるのであれば、当該営業が破壊されることになる上に、新設分割会社と新設分割設立会社との間の法律関係が錯綜し、法的安定性が害されるため、新設分割は、その性質上、詐害行為取消の対象とならないと主張する。
しかし、前記(1)ウのとおり、詐害行為取消の効果は当事者間において当該法律行為を無効にするにとどまるため、たとえ新設分割が取り消されたとしても、直ちに承継された営業が破壊されることになるとはいえず、また、詐害行為取消がなされた場合の新設分割会社と新設分割設立会社との間の法律関係も、詐害行為取消権が行使されることによって相対的取消がなされた場合一般と同様に不当利得法により規律されるべきものであって、詐害行為取消権の行使を許容し得ない程度にまで法律関係が錯綜し、法的安定性が害されるということはできない。
したがって、被告の上記主張も採用することができない。
(3)ア さらに、被告は、新設物的会社分割において、新設分割会社は、会社分割によって新設分割設立会社に承継させる純資産に等しい子会社(新設分割設立会社)株式という資産を取得するため、分割の前後でその責任財産(純資産)に変動がなく、新設物的会社分割は詐害行為には当たり得ないと主張する。
イ しかし、不動産の売却行為について、たとえ相当な価額で売却したとしても、原則として詐害行為に当たると解されることからも明らかなとおり、たとえ計数上の総資産額に変動がなくても、当該処分行為によって、債権者のための共同担保としての実質的効力を削減する場合には、詐害行為に当たると解するのが相当である。
これを、新設物的会社分割がされた場合についてみると、新設分割会社は、新設分割により新設分割設立会社が承継する権利義務の対価として、新設分割設立会社の株式を取得するため、新設分割会社が有する総資産額は、計数上、分割の前後で異ならないようにもみえる。しかし、一般に株式は、非公開会社の株式はもとより、そうでない会社の株式であっても、現に換価しようとする際には、証券取引所に上場している場合でなければ換価に困難を伴うことが多く、その換価の困難性に起因する減価が生ずることもあり得る。また、新設分割会社が取得する新設分割設立会社の株式価値は、その後の新設分割設立会社の企業活動によって大きく左右されるため、新設分割の時点において、新設分割設立会社の事業の存続可能性に疑問が存するような場合においては、新設分割会社から新設分割設立会社に承継させた権利義務の価値を、新設分割設立会社の株式価値が下回ることもあり得る。
したがって、新設物的会社分割においても、新設分割会社の不動産等の資産が、上記のように、換価が困難であったり潜在的に減価が生じている恐れのある新設分割設立会社の株式に変わることによって、債権者のための共同担保としての実質的効力を削減することがあり得るものであり、そのような場合には、当該新設物的会社分割は、詐害行為取消の対象となると解される。
ウ したがって、新設物的会社分割も詐害行為に当たる場合があり得るものであるから、被告の上記主張は採用することができない。
(4) 以上のとおり、新設分割も、詐害行為取消の対象となり得ると解するべきである。
2 争点2(本件会社分割は詐害行為に当たるか)
(1)ア 抵当不動産の処分行為については、当該処分行為時における目的不動産の価額から、当該不動産が負担すべき抵当権又は根抵当権の被担保債権額を控除した残額の部分が責任財産から逸失することになり、その残額部分について詐害性が認められる。
イ これを本件について検討する。
(ア) a社には、平成19年10月1日当時、販売用不動産であった本件△△土地及び遊戯施設営業を行っていた本件○○不動産のほかに、債務の引当てになるような特段の資産はなく、本件保証契約に基づく保証債務を除いても、債務超過の状態にあった(証拠<省略>弁論の全趣旨)。
(イ) 本件各不動産の鑑定では、平成19年10月1日時点における本件○○不動産の価額を1億4900万円と鑑定している。上記価額は、本件○○土地及び建物の積算価額1億6728万0318円と、ロードサイド型店舗等に用途変更して賃貸に供した場合を想定して収益還元法により算出した収益価額9480万3389円とを3対1の割合で加重平均し、端数調整した上で算出されたものであるところ、上記積算価額については、用途的に類似した同一幹線沿いの取引事例を収集して算出した更地価額に建物の再調達原価を加算し、再調達原価について減価修正を行って求めて試算し、他方、収益価額については、本件○○不動産が業務用の不動産であることから収益性も考慮するため、一般需要層を対象とする賃貸店舗を想定して試算しており、その上で、最も収益性の高いパチンコ店への業態変更した場合を考慮してその場合の収益価額に近い上記積算価額により重きを置いて、上記積算価額3、上記収益価額を1として修正しており、それぞれの資産額や調整方法は合理的なものであるといえる。
他方、株式会社j建設作成の査定報告書及び査定価格に対する意見書(証拠<省略>)は、本件○○土地の価額を1億2771万2000円とする一方、本件○○建物の価額については、老朽化しており、現状の営業形態のままでは収益が見込めない上に、ロードサイド型店舗等への用途変更には多額の費用が必要であるとして、本件○○土地の価額から、建物の解体金額5000万円を差し引いた7771万2000円をもって、本件○○不動産の価額であるとする。しかし、上記査定報告書及び査定価格に対する意見書の見解は、専門的知見を有し、中立的な立場にある前記鑑定人の鑑定意見に反する上に、本件○○建物の解体を前提とする点は、本件○○建物が昭和60年に新築されたもので、平成19年10月1日当時、パチスロ店舗として営業中であり、老朽化が顕著とまではいえないこと及び本件○○不動産が幹線道路である国道□□号線に接しており、ロードサイド型店舗等への用途変更が不可能とはいえないことに照らせば、採用することができない。
(ウ) また、本件△△土地の平成19年10月1日時点の価額は5100万円であった(争いのない事実)。
(エ) 一方、本件各不動産については、本件根抵当権①及び本件根抵当権②以外に抵当権等の負担はなく(証拠<省略>)、本件各不動産の価額から控除されるべき被担保債権額としては、本件○○不動産により担保されるべき根抵当権であった本件根抵当権①の被担保債権額が平成19年10月1日時点で9860万4000円であり、また本件○○不動産及び本件△△土地が共同担保に供されていた本件根抵当権②の被担保債権額が同日時点で6837万5000円であった(証拠<省略>)。
ウ そうすると、本件○○不動産について、不動産の価額である1億4900万円から、第1順位の抵当権である本件根抵当権①の被担保債権額9860万4000円を控除すると、残額が5039万6000円となる。そして、本件○○不動産についての第2順位の抵当権である本件根抵当権②は、本件△△土地をも共同抵当の目的としているから、上記○○不動産についての残額と本件△△土地の価額である5100万円の合計である1億0139万6000円から本件根抵当権②の被担保債権額である6837万5000円を控除した3302万1000円の範囲で、本件不動産の処分につき詐害性が認めるというべきである。
(2) 被告は、本件会社分割により、a社から、本件不動産に設定された根抵当権に係る被担保債務のほか、短期借入金債務及び未払費用債務の合計2億4204万7886円も承継しており、詐害性を判断するにあたっては、これらの負債の承継をも考慮すべきであると主張する。
しかし、本件会社分割において、被告は、確かにa社から短期借入金債務及び未払費用債務を承継しているものの、これらの債務についてはa社が重畳的債務引受けを行っているため、これらの債務に対応するa社の消極財産の減少は生じておらず、責任財産が増加しているとはいえない。したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
また、債務者が取消権行為時までに資力を回復した場合には詐害行為取消権の行使は許されないが、本件において、a社が資力を回復し、債務の引当てになるべき資産を有するに至ったと認めるに足りる証拠はない。
(3) さらに、被告は、a社が、本件会社分割により、被告に承継させた純資産の見返りとして被告株式を取得しており、a社の純資産に変動がないと主張する。
確かに、本件会社分割によりa社が取得した被告会社の株式は、a社が、被告に対し、本件不動産を含む資産を承継させた対価だとみることはできる。しかし、被告は、その株式のすべてをa社が有する同社の完全子会社であって、前記1(3)イのとおり、被告株式の換価は困難であることが推認され、本件会社分割の対価として相当なものであると認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(4) 以上のとおり、本件会社分割は、詐害行為に当たるといえる。
3 争点3(a社に詐害意思があったといえるか)
本件会社分割は、a社において本件保証契約に基づく保証債務を完済することができないことが明らかな状況の下で実施されているところ、被告及びf社は、いずれもa社の代表者であったCを代表取締役として設立されており、本件会社分割は、a社の重要な資産をa社から移転する以外にa社の再生計画として特段の内容がない。また、被告は、本件会社分割の直後に、第三者に対し本件△△土地を売却している。一方、a社は、本件会社分割と、その直後に行われたf社の新設分割とにより、すべての営業用財産を失い、被告及びf社の株式以外には全く資産を保有しない会社となったものである。これに加えて、a社は、Cが、平成19年9月21日、原告を訪問してa社が負担する債務の返済方法について協議し、弁済計画を提出することを約束した後に本件新設分割を実施したものであり、これらの事情によれば、本件新設分割の主たる目的は、本件不動産を含むa社の資産を被告及びf社に移転することによって上記保証債務による強制執行を免れることにあったと推認するのが相当である。
したがって、本件会社分割の際に、a社には詐害意思があったといえる。
4 争点4(原告の詐害行為取消権の行使は権利の濫用か)
被告は、本件不動産の承継を詐害行為として取り消すことは、原告が、低額で譲り受けた本件保証契約に基づく保証債権につき、その債権額による回収を図るものであって暴利行為である等として権利の濫用に当たると主張する。
しかし、債権者がその譲渡人から債権を譲り受けた際の譲受価額が債権額に比して低額であったとしても、債権の譲渡価格は、履行可能性などの諸事情により債権額から乖離することも通常あり得るものである。したがって、原告のような債権回収会社がその譲受債権について、債権額をもって権利主張すること自体は、権利の行使として特段非難されるべきものではなく、他に本件会社分割につき詐害行為取消権を行使することが権利の濫用に当たるとすべき事情を認めるに足りる証拠はない。
5 結論
よって、原告は、詐害行為取消権に基づき、本件会社分割のうち、本件不動産の承継に係る部分の取消を求めることができる。また、本件不動産について設定された各抵当権は、本件会社分割の後に消滅しておらず、逸出した財産自体の回復を認めるべきであるから、原告は、被告に対し、本件不動産について、本件登記の抹消登記手続を求めることができる。
以上によれば、原告の請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小西義博 裁判官 浅井隆彦 井上善樹)