大阪地方裁判所 平成20年(行ウ)71号 判決 2009年10月16日
主文
1 被告は、Aに対し、192万0297円及びこれに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
2 被告は、Bに対し、22万6931円及びこれに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償命令をせよ。
3 被告は、Cに対し、169万3366円及びこれに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償命令をせよ。
4 被告は、別紙「請求額一覧表」記載の番号1から28までに対応する同表「請求を求める相手方」欄記載の各人に対し、上記各番号に対応する同表「請求を求める額(円)」欄記載の各金額の金員の支払を請求せよ。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用(補助参加に要した費用を除く。)は被告の負担とする。
7 補助参加に要した費用は被告補助参加人らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 主文1項から3項と同じ。
2 被告は、別紙「請求額一覧表」記載の番号1から28までに対応する同表「請求を求める相手方」欄記載の各人に対し、上記各番号に対応する同表「請求を求める額(円)」欄記載の各金額の金員及びこれらに対する平成20年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。
第2事案の概要
本件は、高槻市の職員らが、勤務時間中に職員団体若しくは労働組合のための活動を行い、又は部落解放同盟等の集会に参加するに当たり、職務専念義務の免除(以下「職務免除」という。)を受けた上、職務免除を受けた期間に対応する給与等の支給を受けたことについて、高槻市の住民である原告が、当該支給は違法であると主張し、高槻市の執行機関である被告に対し、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、高槻市長の地位にあるA(以下「A」という。)を相手方として、不法行為による損害賠償債務として支給した給与等相当額及び遅延損害金の請求をすることを、同じく人事課長の地位にあって専決により給与等の支給を行ったB(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)を相手方として、同額の賠償命令をすることを、給与等の支給を受けた各職員を相手方として、不当利得返還義務として給与等相当額及びこれに対する利息の支払請求をすることを、それぞれ求めた事案である。
1 関係法令の定め
(1) 高槻市職員に対する給与に係る事項については、一般職の職員の給与に関する条例(昭和32年高槻市条例第357号。以下「給与条例」という。乙1。)及び一般職の職員の給与に関する条例施行規則(昭和33年高槻市規則第142号。以下「給与規則」という。乙2。)に規定されている。
給与条例2条は、月例給与につき、正規の勤務時間による勤務に対する報酬たる給料及び手当で構成することを定め、給与条例10条は、給料の算定期間を月の1日から末日までとし、毎月1回その月の15日に、その月の月額の全額を支給する旨定めている。
また、給与条例23条1項は、勤勉手当につき、毎年6月1日及び12月1日(基準日)にそれぞれ在職する職員に対し、基準日以前6か月以内の期間におけるその者の勤務成績に応じて、それぞれ基準日の属する月の市長が定める日に支給する旨定めている。勤勉手当の支給額は、給与条例23条2項の勤勉手当基礎額に、一般職の職員に支給する期末手当及び勤勉手当に関する規則(昭和60年高槻市規則第4号。以下「期末手当等規則」という。甲63。)11条の期間率と同規則14条の成績率を乗じて得た額とされている(給与条例23条2項、期末手当等規則10条)。
(2) 地方公務員法30条は、すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならないとして服務の根本基準につき定め、同法35条は、職員は、法律又は条例に特別の定めがある場合を除くほか、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責めを有する職務にのみ従事しなければならないとして、職務専念義務について定めている。
そして、職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和26年高槻市条例第171号。以下「職務免除条例」という。甲1。)2条は、研修を受ける場合(1号)、厚生に関する計画の実施に参加する場合(2号)、又はこれらのほか任命権者が定める場合(3号)のいずれかに当たる場合は、職員は、あらかじめ任命権者又はその委任を受けたものの承認を得て、職務免除を受けることができる旨定めている。
(3) 給与条例15条は、職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき、任命権者の承認があった場合を除くほか、その勤務しない1時間につき、勤務1時間当たりの給与額を減額して給与を支給する旨定めており、給与規則25条は、上記規定による給与の減額は、当該減額すべき給与額を次の給与期間以降の給料及び地域手当から差し引く方法による旨定めている。また、勤勉手当についても、給与の額を減額された期間に応じて減額されるものとされている(給与条例23条1項、2項、期末手当等規則10条、11条、12条2項4号)。
(4) 地方公務員法55条の2第6項は、職員は、条例で定める場合を除き、給与を受けながら、職員団体のためその業務を行い、又は活動してはならない旨規定しており、同項の定めを受けて、職員団体のための職員の行為の制限の特例に関する条例(昭和41年高槻市条例第676号。以下「ながら条例」という。甲2。)2条は、同法55条8項の規定に基づき適法な交渉を行う場合(1号)、条例の規定する休日及び代休日並びに年次有給休暇並びに休職の期間(2号)に限り、職員が給与を受けながら、職員団体のためその業務を行い、又は活動することができるものと定めている。
2 前提事実(争いがないか、証拠(甲5から59まで、乙4)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。)
(1) 当事者等
ア 原告は、高槻市の住民である。
イ 被告は、高槻市の市長であって、高槻市の執行機関として、損害賠償金又は不当利得返還金の支払を請求する権限及び賠償命令を発令する権限を有する。
ウ 被告補助参加人高槻市職員組合(以下「補助参加人職員組合」という。)は、地方公務員法53条及び職員団体の登録に関する条例の規定により登録され、高槻市の職員で組織された職員団体である。
被告補助参加人高槻市現業職員労働組合(以下「補助参加人労働組合」という。)は、高槻市の現業職員で組織された労働組合である。
高槻市役所職員労働組合は、地方公務員法53条及び職員団体の登録に関する条例の規定により登録され、高槻市役所の職員で組織された職員団体である。
エ D、E、F及びGの4名は、いずれも高槻市の職員であり、補助参加人職員組合の構成員である。H、I、J、K及びLの5名は、いずれも高槻市の職員であり、補助参加人労働組合の構成員である。被告補助参加人Z1、同Z2、同Z3、同Z4、同Z5、同Z6、同Z7、同Z8、同Z9、同Z10、同Z11、同Z12、同Z13、同Z14、同Z15、同Z16及び同Z17>の17名(以下「補助参加人Z1ら」という。)は、いずれも高槻市の職員であり、高槻市役所職員労働組合の構成員である。M及びNは、高槻市の職員である。(以下では、以上の高槻市の職員28名を、併せて「本件各職員」といい、E及びZ5を除き、個々の職員については姓のみで略称する。)
オ Aは、平成11年5月1日から現在まで、高槻市長の地位にある者である。
カ Bは、平成17年4月1日から平成19年3月31日までの間、高槻市総務部人事室人事課の人事課長であった者である。Cは、同年4月1日以降、平成19年度中、同課の人事課長であった者である。
(2) 平成19年当時の高槻市における勤務時間中の職員団体のための活動等の取扱い
平成19年当時、高槻市においては、職務免除条例を根拠として、職員が勤務時間中の職員団体及び労働組合のための活動を行う場合、並びに部落解放同盟等の集会に参加する場合について職務免除を認める取扱いをしていた。
具体的には、勤務時間中に上記の活動等を行おうとする職員が、任命権者である被告に対し、当該職務免除により公務に対する支障が生じないことにつき所属長から確認の押印を受けた所定の申請書を提出し、これを受けた被告の補助機関である人事課長が、専決権者としてこれを決裁していた。この場合において、人事課の担当職員は、磁気カード又はタイムカードで把握される出退勤の状況及び職務免除に係る決裁文書により、当該職員の勤務状況を確定させて給与計算を行い、専決権者として人事課長がこれを決裁することにより、当該職員が職務免除を受けた期間についても給与が支給されることを前提として、給与等の支給が行われていた(職務免除が行われた翌月以降においても、職務免除を受けた期間に係る給与の減額が行われることはなく、勤勉手当についても給与の減額がされていないことを前提として計算されていた。前記1(3)参照。)。(以上につき、高槻市事務決裁規程別表第1の3項30号、同表第2の13項1号。甲58。)
(3) 本件各職員の行った活動と給与等の支給
ア 別表1―1から1―3までの「労働組合活動(市長部局:自治労連系)について」のうち「氏名」欄記載の各職員は、平成19年1月から同年11月までの間にかけて、上記(2)の手続に従い、それぞれ、同「職務を免除された期間」欄記載の期間に係る職員団体のための活動につき、職務免除の申請を行い、B又はCは、人事課長として、上記各職員に対し、専決により職務免除を行った。
別表2「労働組合活動(市長部局:自治労系)について」のうち「氏名」欄記載の各職員は、平成19年2月から同年8月までの間にかけて、上記(2)の手続に従い、それぞれ、同「職務を免除された期間」欄記載の期間に係る職員団体等のための活動につき、職務免除の申請を行い、B又はCは、人事課長として、上記各職員に対し、専決により職務免除を行った。
別表3「部落解放同盟(市長部局)関係について」のうち「氏名」欄記載の各職員は、平成19年5月から同年11月までの間にかけて、上記(2)の手続に従い、それぞれ、同「職務を免除された期間」欄記載の期間に係る部落解放同盟等の集会に参加するにつき、職務免除の申請を行い、Cは、人事課長として、上記各職員に対し、専決により職務免除を行った。(以下、これらの職務免除を併せて「本件職務免除」という。)
イ 本件各職員は、本件職務免除を受けた期間、本来の高槻市の職務に従事せず、申請したとおりの職員団体のための活動等を行った。
ウ 人事課長であるB又はCは、本件職務免除を受けた期間につき、給与条例15条に基づく減額を行わずに本件各職員の給与を支給する内容の支出負担行為を専決により行い、同時に、支出命令を専決により発し、本件職務免除に係る各活動のあった翌月の15日、本件各職員に対し、本件職務免除を受けた期間に対応する給与を減額することなく給与の支給をした。平成19年6月及び同年12月に本件各職員に支払われた勤勉手当についても、同様の手続に基づき、上記減額がないことを前提として計算された額を支給した。
エ 本件各職員の1時間当たりの給与額は、別表1―1から1―3までの「労働組合活動(市長部局:自治労連系)について」、別表2「労働組合活動(市長部局:自治労系)について」及び別表3「部落解放同盟(市長部局)関係について」のうち、各「1時間当たりの給与の額(円)」欄記載のとおりであり、本件各職員が本件職務免除を受けた期間に勤務しないことについて任命権者の承認がなかったとした場合に、減額される給与(地域手当を含む。)及び勤勉手当の合計額は、別表1―4及び1―5「自治労連系職員別の損害賠償額について」、別表2「自治労系職員別の損害賠償額について」及び別表3「職員別の損害賠償額について」のうち、各「個人別計」欄記載の金額となる。
(4) 要綱の制定と職員団体のための活動等の取扱いの変更
高槻市は、平成19年12月1日、職務に専念する義務の特例等に関する要綱(平成19年高総人第836号。以下「本件要綱」という。甲59。)を制定し、同日からこれを実施している。同要綱は、労働組合法7条3号ただし書の規定により協議又は交渉を行う場合は、給与の支給を受けて職務免除を受けることができる旨定め(2条9号)、職員団体等(地方公務員法53条及び職員団体の登録に関する条例の規定により登録された職員団体を含む。)の業務のうち当該職員団体等の運営のために必要不可欠な業務と認められるものに従事する場合には、給与の支給を受けないで職務免除を受けることができる旨定めている(3条)。
(5) 本件訴えに至る経緯
ア 原告は、平成20年1月18日、高槻市監査委員に対し、本件各職員が職員組合のための活動等を行うに当たり職務免除を受けた期間に対応する分を減額されることなく給与及び賞与を支給されたのは違法であり、減額されないまま受け取った給与及び賞与の相当額は不当利得であると主張して、住民監査請求を行った(なお、高槻市の職員の給与体系上、ここでいう賞与とは、勤勉手当を指すものと解される。)。
イ 高槻市監査委員は、平成20年3月13日付け通知をもって、原告に対し、上記監査請求には理由がないとする監査結果を通知した。
ウ 原告は、平成20年4月10日、本件訴えを提起した。
3 争点及び当事者の主張
本件の争点は、①本件職務免除を受けた期間に対応する減額をしないまま給与及び勤勉手当の支出命令を発したことの違法性、②損害並びに損失及び利得の発生の有無、③Aの損害賠償責任の有無(故意又は過失の有無)、④B及びCの賠償責任の有無(故意又は重過失の有無)、⑤本件各職員に対して不当利得返還請求をすることの信義則違反の有無である。
(1) 給与及び勤勉手当の支出命令の違法性(争点①)について
(原告の主張)
ア 地方公務員には、職務専念義務が課され、法律又は条例に定める場合を除き、その勤務時間においては職務にのみ従事しなければならず、また、給与は、勤務に対する対価であり、勤務なくして給与を支払うことはできない(「ノーワーク・ノーペイ」の原則)。
イ 本件職務免除の違法性
職務免除条例2条3号は、「任命権者が定める場合」に、あらかじめ任命権者の承認を得て、職務に専念する義務を免除されることができるとあるが、同規定によれば、任命権者が一定の規則を定め、それに基づき承認行為が行われることを前提としている。
しかし、高槻市では、このような規則は何ら制定されていないから、職員団体のための活動等について職務免除を行うこと自体が違法である。
ウ 勤務しないことの承認の違法性
(ア) 高槻市では、職員が申請を行い、これに人事課長が決裁をするという手続にのっとり、職務免除の承認がされているというが、これは職務専念義務を解除するだけの手続であり、当該職務免除だけでは給与の支給はできず、当該職員が、職務免除を受け、職務に従事しなかった時間の給与を受領するためには、さらに、職務免除に加えて勤務しないことの承認を受ける必要がある。
被告は、職務免除の承認があれば、同時に勤務しないことの承認があったものとして給与を支給してきたというが、職務免除の承認と勤務しないことの承認とは、適用条例自体が異なり、許容される基準も異なる上、勤務しないことの承認に関する文書は存在しないのであるから、高槻市においては、任命権者による勤務しないことの承認が行われないまま、違法に給与が支給されてきたものである。
(イ) また、給与を受けながら職員団体の活動をできる場合については、地方公務員法55条8項の規定に基づき、適法な交渉を行う場合に限定されている(ながら条例2条1号)ことからすれば、任命権者がこれに反する勤務しないことの承認をできないことは明らかである。
他方、技能職員が労働組合のために行う活動については、直接の適用はないが、任命権者が職員に勤務しないことの承認を与えることができるとしても、それは、自由に職務免除をした上で給与を支給することを認めるものではなく、地方公務員につき、職務免除が服務の根本基準を定める地方公務員法30条、職務専念義務を定める同法35条の趣旨に反する場合や、勤務しないことの承認が、給与の根本基準を定める同法24条1項の趣旨に反する場合には、給与の支給は違法となる。
そして、総務省等において、昭和41年ころから、労働組合のための活動に従事する期間は、労働組合法7条3号ただし書に規定する協議又は交渉を行う場合を除いて、給与を支給することができないと指導していたのであり、本件における労働組合のための活動において、勤務しないことの承認ができないことは明白である。
被告は、総務省等の指導があっても、実務上の取扱いが分かれていたこと、労使慣行があったこと等を主張するが、労働組合のための活動を有給でさせることは、労働組合法が禁止しているところであり、その違法性は明らかである。
さらに、部落解放同盟のための活動等の人権活動についても、職員団体のための活動のように明文の制約規定はないが、これは任命権者が自由に職務専念義務を免除した上、給与を支給することを認めるものではないことは上記と同様である。
エ 以上からすれば、本件各職員に対して違法な職務免除及び勤務しないことの承認がされた結果、財務会計行為たる給与の支出命令がされたのであるから、違法な行為を前提とする給与の支出命令も当然違法である。
(被告の主張)
ア 職務免除につき、一定の規則が定められていないとしても、平成3年に職員団体との間で許可基準を作成し、かつ、高槻市長の権限行使を専決規程によって人事課長に認めている以上、裁量権を逸脱するような場合はともかく、職務免除条例に基づく職務免除ができないとする法的根拠は存しない。
イ 職員団体のための活動(一定範囲の労働組合活動も同様である。)に対する職務免除及び勤務しないことの承認は、平成3年に作成された許可基準を基に、長年の労使慣行や交渉を重ねた上で行われてきたものであり、これまでの社会状況においては労働者の権利としての側面を有していたことからすれば、その取扱いには相当な理由があるというべきである。
なお、公務員の労働環境を取り巻く現今の社会状況に大きな変容があり、高槻市においては、近年、加入者の減少に伴い職員団体等の組織率が低下しており、職員団体等のための活動に対する評価が変わってきたこともあって、平成18年9月に職員団体等に対し職務免除の取扱いの変更協議を申し入れ、平成19年12月1日からその変更がされている。原告が本件で問題とするのが上記協議中の職務免除に係る行為であること、その支給額にかんがみれば、いずれも裁量権の範囲を逸脱したとはいえない。
また、人権団体のための活動に対する職務免除も、その内容が人権施策に資するか否かを基準に判断しているもので、特定団体の活動に参加することを目的とするものではないことからすれば、職務免除及び勤務しないことの承認をする相当な理由があったというべきである。
さらに、原告は、そもそも本件各職員に対する勤務しないことの承認がされていないと主張するが、高槻市において、職務免除の承認を受けた者については、給与条例15条に規定する勤務しないことについての承認が同時にあったものとして(給与額や出張旅費額等が計算して作成される支出負担行為書及び支出命令書を人事課長が決裁する行為が、勤務しないことの承認行為に当たる。)、減額をしないで給与及び勤勉手当の支出命令をしていたのであり、原告の主張は理由がない。
ウ 原告は、本件職務免除の違法性を主張するが、本件で問題とすべきは、財務会計行為たる支出命令の違法性であり、仮に先行する原因行為に違法事由が存する場合でも、当該原因行為を前提としてされた当該職員の財務会計行為自体が財務会計法規上の義務に違反するのでない限り、違法とはならない(最高裁平成4年12月15日判決)。本件で問題となっている先行行為(職務免除行為)は、後行の財務会計行為(給与等の支出命令)を目的としている関係にないし、給与支給について人事課長に職務上の行為規範に違反する点もなく、また、先行行為が不存在又は予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するとはいえないことからすれば、給与及び勤勉手当の支出命令は違法ではない。
(補助参加人労働組合の主張)
ア 明文の規定を求める場合は、その法形式を特定して求めるのであり、職務免除条例2条3号は、「任命権者が定める場合」としか規定していないことからすれば、明文の規定がなくても任命権者は職務免除をすることができる。
イ 高槻市においては、従前から職務免除の場合に給与が減額されない扱いとされていたところ、補助参加人労働組合は、高槻市との間で、平成14年3月29日、労働基本協約を締結した。同協約において、補助参加人労働組合の指名する職員が、一定の場合に、勤務時間中に労働組合のための活動を行うことを認めるとともに、これを有給とする旨定めていた。
そして、補助参加人労働組合の構成員(H、I、J、K及びL)が受けた職務免除は、上部団体の指示による集会あるいは会議に参加するためのものであるから、上記基本協約7条により適法なものである。
(補助参加人職員組合の主張)
ア 上記補助参加人労働組合の主張アと同じ。
イ 職員団体のための活動は、労働組合のための活動と同様、団体交渉に限定されないところ、補助参加人職員組合は、平成3年、当局との間で職員団体のための業務及び活動に関し、許可基準を作成して有給での職務免除についての合意を形成し、慣行を積み重ねてきた。
そして、補助参加人職員組合の構成員(D、E、F及びG)が受けた職務免除は、上記基準にのっとって行われたものであるから、適法なものである。
(補助参加人Z1らの主張)
ア 昭和40年に改正された地方公務員法は、短期的・一時的な組合業務への従事についての有給・無給の扱いが不明確なままであり、在籍専従以外の職務免除の場合は、給与が支給されることが通例であったため、高槻市当局及び被告は、本件要綱が定められるまでの間、従前の取扱いどおり、職務免除条例2条3号に基づき、短期的・一時的な組合業務への従事につき職務免除を行っていたのである。かかる取扱いは、他の地方公共団体においても多くみられるところである。
高槻市においては、平成3年6月以前は、短期的・一時的な職員団体の活動に参加する場合に職務免除に係る具体的な手順を定めた規程や文書はなく、長年の労使慣行に従って認められていたのであり、平成3年7月から平成19年11月までは、職務免除条例2条3号の「任命権者が定める場合」を明確化して文書化した「組合活動に伴う職免の運用について」(丁1)に基づく取扱いがされるようになっていた。
そして、高槻市役所職員労働組合の構成員(補助参加人Z1ら)は、一定の職務免除の手続・取扱いにのっとって、任命権者の承認を得ているものであり、その参加の必要性にかんがみれば、いずれも適法である。
イ 補助参加人Z1らは、職員組合のための活動に参加するために勤務しないことの承認を得たのであり、職員組合のための活動が憲法28条に定める権利の行使であり、かかる憲法上の権利を行使することは、職員の職務と責任に何ら反するものではないことからすれば、本件承認は地方公務員法24条1項の趣旨に合致するというべきである。
(2) 損害並びに損失及び利得の発生の有無(争点②)について
(補助参加人職員組合及び同労働組合の主張)
補助参加人職員組合及び同労働組合の構成員であるH、D、E、I、J、K、L、F及びGは、年次有給休暇につき多くの未消化日数を有していたから、本件職務免除を受けた期間の職員団体及び労働組合のための活動が無給であることが当初から明らかにされていれば、本件職務免除を受けずに年次有給休暇を取得していた。
したがって、本件職務免除により高槻市に損害及び損失が、また、上記各職員に利得が、それぞれ発生したとはいえない。
(原告の主張)
補助参加人職員組合及び同労働組合は、有給休暇を取得していたはずであるという仮定に基づいた主張をするが、本件各職員に未消化の年次有給休暇があったとしても、実際にはその取得手続をとっていないから、損害や不当利得の発生を否定することはできない。
また、本件各職員が有給休暇を残したことと、違法な有給職務免除制度が運用されてきたことには何らの因果関係もなく、本件各職員は、違法な有給職務免除を受けながら、有給休暇をとることもできたのであり、これをとらなかったことは自らの選択による。
いずれにしても、本件各職員は、職務免除及び勤務しないことの承認を濫用して、不正に給与を受け取ってきたのであり、その違法性を指摘されるや、年次有給休暇が残っているから損害や不当利得はないと主張することは、禁反言の原期に照らしても不当なことは明らかである。
(3) Aの損害賠償責任の有無(争点③)について
(原告の主張)
Aは、高槻市長として、職務免除、勤務しないことの承認及び給与支給行為の本来的権限者たる立場にあり、違法な承認を前提とした給与支給が行われている場合には、これを阻止すべき指揮監督義務を負っていた。
本件では、任命権者による個別の勤務しないことの承認がされていないのみならず、高槻市においては、職員団体のための活動等の際に職務免除がされた場合は、勤務しないことの承認があったものとして給与等の減額はしないという違法な基準に基づく運用がされていたのであり、市長の立場にあったAが、こうした違法な基準の存在及びその運用を知らなかったはずがなく、この基準を受け入れて、違法な給与等の支給を認め、誤った運用を阻止すべき指揮監督義務を怠ってきたのであるから、同人には、指揮監督義務違反による損害賠償責任が認められる。
(被告の主張)
勤務時間中の職員団体又は労働組合のための活動の労使慣行に関する法律解釈については異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていたこと、最高裁平成10年4月24日判決において一定の基準が示されるまでは、職員団体のための活動等に対する職務免除、給与支給について見解の相違があったこと、勤務しないことの承認があったとしてされた本件各職員に対する給与の支給が適法であるとすることにも相当な理由があることに照らせば、Aには指揮監督義務違反はなく、損害賠償責任を負わない。
(4) B及びCの賠償責任の有無(争点④)について
(原告の主張)
B及びCは、高槻市の人事課長として、職務免除及び給与等の支給の決裁を行っていたものであるが、その中には本件各職員が本件職務免除を受けて職員団体のための活動等を行っており、実際には勤務に従事していないにもかかわらず、それに対応した減額をしていない違法な給与等の支給が含まれていた。
B及びCは、自ら専決権者として、本件職務免除について決裁を行っていた(被告主張によれば、併せて勤務しないことの承認も行っていた)というのであるから、B及びCがこのような仕組みを知らなかったとは考えられず、違法な支給について故意又は重過失があることは明白である。
(被告の主張)
上記(3)(被告の主張)で述べた事情に照らせば、専決権者たる人事課長が、職務免除条例に基づき本件職務免除を行い、給与条例に基づき給与等の支給を承認したことについて、故意又は重過失があったということはできない。
(5) 信義則違反の有無(争点⑤)について
(補助参加人Z1らの主張)
高槻市は、内部的基準(丁1)を定め、長年にわたり、短期的・一時的な職員団体のための活動等への従事について、職務免除条例に基づき職務免除をする取扱いをしてきたのであり、高槻市議会もかかる取扱いを容認し続けていたのであり、本件各職員は、かかる取扱いに従って、適法かつ適正なものと信じて職務免除を受けた上で職員団体のための活動に従事し、給与を受けていたものである。
したがって、上記取扱いが違法であるとしても、被告が本件各職員に対し、支給済みの給与の返還を求めることは信義則に反し許されない。
(原告の主張)
補助参加人Z1らの主張は争う。
第3争点に対する判断
1 給与及び勤勉手当に係る支出命令の違法性について
(1) 本件各職員に対する勤務しないことの承認行為の存否
地方公共団体の職員は、法律又は条例に特別の定めがある場合を除くほか、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責めを有する職務にのみ従事しなければならないとされている(地方公務員法35条)。そして、高槻市においては、同条の規定に基づき職務免除条例が定められていることからすれば、本件各職員が勤務時間中に職員団体のための活動等を行うためには、職務免除条例に基づく適法な職務免除が行われる必要がある。
また、職務免除が行われた期間に対する給与を受けるためには、給与条例15条に基づいて、勤務しないことにつき任命権者の承認が与えられることが必要とされている。(以上につき、前記関係法令の定め(第2の1)(2)、(3))
本件において、本件各職員が職員団体のための活動等を行った期間につき、本件職務免除が行われたことは前記前提事実(第2の2)(3)アのとおりであるが、原告は、任命権者による勤務しないことの承認がされないまま給与の支給がされていると主張する。
しかし、甲62及び弁論の全趣旨によれば、高槻市の職員の職員団体のための活動等について職務免除を与える場合には、給与を減額する措置がとられたことはなかったというのであり、職務免除を与えた場合の給与の支給に関する手続が前記前提事実(2)のようなものであったことからすれば、高槻市の人事課長が専決により職務免除をした場合には、翌月以降の給与計算の過程において職務免除を受けた期間に対応する減額をすることなく給与の支給を決定し、その支出命令を発することにより、黙示的に勤務しないことの承認を行っていたものと認めるのが相当である。なお、人事課長が職務免除及び給与の支給に関して専決権を有することからすれば、これと表裏の関係にある勤務しないことの承認についても専決権を有していたものと解することができる。
そして、人事課長であるB及びCは、本件職務免除を受けた期間について減額をすることなく翌月以降の給与の支出を決定し、その旨の支出命令をしていたといえるから、本件職務免除を受けた期間についても、勤務しないことの承認が黙示的に行われていたということができる(以下、本件職務免除に対応してされた勤務しないことの承認を「本件承認」という。)。
(2) 本件職務免除及び本件承認の適否
ア 職務免除条例2条は、職務専念義務の免除ができる場合として、研修を受ける場合(1号)、厚生に関する計画の実施に参加する場合(2号)のほかに、「任命権者が定める場合」(3号)を規定しているが、任命権者が具体的にどのような定めを置くことができるのかを明らかにしていない。また、給与条例15条も、任命権者がどのような場合に勤務しないことの承認ができるのか、その要件を定めていない。
しかし、職務専念義務の免除及び勤務しないことについての承認について、明示の要件が定められていない場合であっても、処分権者がこれを全く自由に行うことができるというものではなく、職務専念義務の免除が服務の根本基準を定める地方公務員法30条や職務に専念すべき義務を定める同法35条の趣旨に違反したり、勤務しないことについての承認が給与の根本基準、すなわち、職員の給与がその職務と責任に応ずるものでなければならないことを要求する同法24条1項の趣旨に違反したりする場合には、これらは違法となると解すべきである(最高裁判所平成10年4月24日第二小法廷判決・裁判集民事188号275頁参照)。
そこで、本件職務免除については、職員団体のための活動等に参加するため高槻市の事務に従事させないことが、また、本件承認については、これに加えて、勤務しない期間につき給与を支給することが、それぞれ地方公務員法の上記規定の趣旨に反するか否かを検討する。
なお、原告は、職務免除条例2条3号は、任命権者が一定の規則を定め、それに基づいて職務免除が行われることを前提としており、そうした規則を定めないままされた本件職務免除は違法である旨主張するが、その文言からは、規則を置くこと以外の方法・形式を一切許容しない趣旨とまでは解されず、合理的な基準によって職務免除を行うべきことを規定するにとどまるというべきであり、原告の上記主張は採用できない。
イ 職員団体及び労働組合のための活動について
(ア) 証拠(甲4から53まで、丙1、丁1)及び弁論の全趣旨によれば、高槻市と補助参加人職員組合及び高槻市役所職員労働組合との間において、平成3年7月に「組合活動に伴う職免の運用について」と題する書面(以下「平成3年基準」という。)を取り交わし、一定の職員団体の活動については職務免除を認めるものとしており、さらに、高槻市と補助参加人労働組合との間で締結された平成14年3月29日付けの労働基本協約においては、(1)団体交渉に委員、説明員又は参考人として出席する場合、(2)職員安全衛生委員会に委員として出席する場合、(3)その他高槻市と補助参加人労働組合との協議により高槻市が認めた会議に出席し、又は諸活動に参加する場合について、組合の指名する職員が勤務時間中に組合活動を行うことを認めるものとしており、これらに基づく職務免除に係る運用が行われていたこと、高槻市の職員が職員団体又は労働組合の活動に参加するために職務免除の申請をする場合、補助参加人職員組合、同労働組合及び高槻市役所職員労働組合からも職務免除を依頼する旨が記載された申請書を被告に提出していたことが認められる。
そして、本件職務免除の申請において用件とされた活動が、平成3年基準や上記労働基本協約で定められた活動の範囲外のものと認めるに足りる証拠もないこと、B及びCは、人事課長として上記運用に従って本件職務免除を行ったこと、本件各職員が職務免除を受けた回数や時間も、職員団体又は労働組合の活動として、社会通念上、不相当と認められる限度を超えたものとまでは評価できないことからすれば、補助参加人職員組合、同労働組合又は高槻市役所職員労働組合の活動のためにされた本件職務免除が、地方公務員の最も基本的な公法上の責務を定めた地方公務員法30条、35条の趣旨に反する不合理な取扱いであったとまではいえず、これを違法とみることもできない。
(イ) もっとも、本件における職員団体のための活動は、いずれも地方公務員法55条に定める適法な交渉には当たらず、同様に労働組合のための活動は、いずれも労働組合法7条3号ただし書に定める協議又は交渉に当たらないことについては当事者間で争いがないところ、これらの活動に係る期間についても給与を支給できる旨の特段の条例上の定めはない。
むしろ、地方公務員法55条の2第6項は、職員は、条例で定める場合を除き、給与を受けながら、職員団体のためその業務を行い、又は活動してはならない旨規定し、同項の定めを受けて、ながら条例2条は、職員が給与を受けながら、職員団体のためその業務を行い、又は活動することができる場合として、同法55条8項の規定に基づき適法な交渉を行う場合(1号)等を定めるのみであって、適法な交渉以外の職員団体の活動に有給で従事することを予定していない。労働組合法7条3号の規定もまた、勤務時間中の労働組合のための活動に給与を与えることは、経理上の援助に当たり、原則として無給であることを前提にしていると解される。
そうすると、職員団体のための活動についても、労働組合のための活動についても、地方公務員法55条8項の規定する適法な交渉又は労働組合法7条3号ただし書の規定する協議又は交渉に当たる場合を除くほかは、勤務しないことの承認をすることができると解する根拠はないというべきである。
以上の点については、総務省自治行政局公務員部公務員課長及び総務省自治財政局公営企業課長が平成18年1月24日付けで都道府県の市区町村担当課あてに発した「労働組合の活動に係る職務専念義務の免除等について(通知)」と題する通知(平成18年総行公第9号、総財公第8号。甲3。)においても、労働組合法7条3号ただし書に規定する協議又は交渉を除いた勤務時間中の組合活動については、原則として無給とすべきものであること、この点は昭和43年10月15日付けの通知(自治公一第35号行政局長通知)においても示されていること、ところが、今般実施した「労働組合に係る職務専念義務の免除等に関する調査結果」によると、一部の地方公共団体において、有給で職務専念義務を免除している事例が見受けられたこと等を示した上で、速やかにその適正化に取り組むように求めている。そして、上記通知では、これを受けた市区町村担当課において、各市区町村、企業団及び一部事務組合等に対しても、通知の趣旨を周知させることを求めている。
したがって、補助参加人Z1らが主張するように、職員団体等のための活動が労働者の権利という側面を有し、これについて一定の限度で職務免除が許容されるとしても、これらの活動自体は、職務との関連性を有せず、行政目的の達成という公益上の必要性も認め難いことを考え併せれば、職員が、勤務時間中に職務を離れて行う職員団体のための活動(地方公務員法55条8項の適法な交渉を除く。)又は労働組合のための活動(労働組合法7条3号ただし書の適法な協議又は交渉を除く。)について、勤務しないことの承認をすることができるものとすることは、給与の根本原則について定める地方公務員法24条1項の趣旨に反し、高槻市長に与えられた裁量権の範囲を超え、これを濫用したものとして違法になるといわざるを得ない。
(ウ) 補助参加人職員組合及び同労働組合は、前記(ア)の平成3年基準又は労働基本協約を根拠として、本件承認の適法性を主張するが、平成3年基準及び上記協約は、いずれも、職員団体又は労働組合の構成員が、勤務時間中に一定の職員団体又は労働組合のための活動を行うことを認める旨定めるにとどまり、職務免除を受けた期間につき、有給とすべきことを定めたものとはいえない。のみならず、たとえ高槻市と補助参加人職員組合らとの合意をもって、勤務しないことの承認ができる場合を定め、併せて、その場合に給与が支給できるものと定めたとしても、その規律が給与の根本基準について定める地方公務員法の規定の趣旨に反する以上、本件承認が違法であるという結論に変わりはないのであって、いずれにしても、平成3年基準及び労働基準協約は本件承認が適法であることの根拠とはなり得ないのであり、補助参加人職員組合及び同労働組合の上記主張は採用の限りでない。
ウ 部落解放同盟等の集会への参加について
N及びMは、平成19年5月22日、同年10月10日、同月30日の日程で開催された同和問題解決(部落解放)・人権政策確立要求大阪実行委員会主催の集会(「2007年度部落解放・人権政策確立要求第1次中央行動」、「第16回総会」、「2007年度部落解放・人権政策確立要求第2次中央行動」)、同年11月6日から8日までの日程で開催された部落解放同盟主催の集会(「部落解放研究第41回全国集会」)に参加することを用件として申請した上、職務免除を受けている(甲54から57まで)ところ、被告は、これら人権団体の活動に対する職務免除は、その内容が人権施策に資するか否かを基準に判断しているもので、特定団体の活動に参加することを目的とするものではないことからすれば、職務免除及び勤務しないことの承認をする相当な理由があったと主張する。
しかし、本件の証拠上、任命権者がいかなる人権団体のいかなる活動について職務免除を認めるかについて、何らかの基準を定めていたとは認められない上、これら部落解放同盟等の団体の活動が、高槻市から委託を受けたり、また、高槻市との間で職員の参加について取決めをしたりしていたものであるとも認められず、さらには、高槻市の具体的な人権施策又はN及びMの具体的な職務内容との間の関連性を見いだすこともできない。ちなみに、N及びMのした上記申請には、当該用件が人権施策の推進に資すると思われるので職務免除について配慮を求める旨の高槻市人権室長名の文書が添付されている(甲54から57まで)が、人権室長がそのように判断した根拠は明らかではないし、高槻市監査委員が実施した事情聴取(甲62)においても、人権室長は職員が自主的に行う個人の行動であると理解している旨説明している。仮に高槻市の施策やN及びMの職務と関連性を有するのであれば、任命権者としては職務の一環としてその費用を負担してその参加を命ずるのが本来であるから、職務免除や勤務しないことの承認をして有給とする取扱いが合理的なものであるとも認め難い。
そうすると、部落解放同盟等の集会に参加するために行われた本件職務免除は、服務の根本基準及び職務専念義務について定めた地方公務員法30条、35条に反しており、少なくとも、上記職務免除に対応する期間についてされた本件承認は同法24条1項の趣旨に反して、任免権者に与えられた裁量権の範囲を超え、これを濫用したものとして違法になるというべきである。
エ したがって、いずれにしても、本件承認は、地方公務員法24条1項の趣旨に反する違法なものというべきである。
(3) 給与及び勤勉手当に係る支出命令の違法性
上記(2)で判断したとおり、人事課長が行った本件承認は違法なものというべきところ、人事課長は、本件各職員に対して職務免除を与えた期間につき、給与条例15条に基づく減額をすることなく、所定の給与及び勤勉手当について支出命令を行ったのものであり、違法な本件承認を前提にして行われた支出命令は、いずれも違法というべきである。
この点について、被告は、最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決(民集46巻9号2753頁)を引用し、給与の支出命令(財務会計行為)が違法になるのは極めて限定された場合であると主張している。
なるほど、地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づく損害賠償請求訴訟は、財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し、職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の損害賠償義務の履行を求めるよう請求する訴訟であり、専ら財務会計法規上の義務に違反するか否かが問われるものである。
しかし、上記最高裁判決は、原因行為の権限者と、財務会計行為の権限者とが異なる場合に、その権限の配分関係にかんがみて、財務会計行為の権限者としては、原因行為が著しく合理性を欠き、そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過できない瑕疵がある場合でない限り、原因行為を尊重しその内容に応じた財務会計上の措置をとるべき義務があり、これを拒むことは許されないとの前提に立つものである。これに対して、本件で問題となる職務免除及び給与等の支給に係る支出命令並びにこれらと表裏の関係にある勤務しないことの承認については、いずれも高槻市長が本来的権限を有し、人事課長が専決権限を有するというべきであるから、権限の配分関係は問題とならず、そもそも上記最高裁判決とは事案を異にしている。しかも、本件においては、勤務しないことの承認が明示的に行われたわけではなく、職務免除が行われれば、その期間に対応した減額がされることなく、翌月以降の給与の支払を決定し、その旨の支出命令を発することにより、黙示的に勤務しないことの承認を与えていたというのである。そうすると、本件承認は、その権限の所在からみても、具体的な手続からみても、給与に係る支出命令と不可分一体の関係にあるといえ、本件承認が違法であれば、これに対応する支出命令も、財務会計法規上の義務に違反するものとして、当然に違法になるものというべきである。さらに、勤勉手当の額も給与の額が減額された期間に応じて減額される関係にある(前記関係法令の定め(3))ところ、給与の減額が行われなかったことが給与の根本原則に反する違法な措置であることからすると、勤勉手当について所定の減額を行わないでした支出命令も財務会計法規上の義務に違反した違法なものというべきである。
2 損害並びに損失及び利得の発生の有無について
(1) 前記1のとおり、本件承認は違法であり、本件職務免除を受けて職務を行わなかった期間に対しては給与が支払われるべきではないのに、本件各職員は必要な減額を経ないまま給与及び勤勉手当の支給を受けていることからすると、本件各職員に対する給与及び勤勉手当の支出命令のうち、本来減額されるべきであった相当額に係る部分は法令上の根拠を欠いた違法・無効なものであり、本件各職員は法律上の原因なく同額の利得を得たのに対し、高槻市は同額の損失及び損害を被ったということができる。
(2) 補助参加人職員組合及び同労働組合は、本件職務免除が無給であることが当初から明らかにされていれば、本件各職員のうちD、E、F、G、H、I、J、K及びLは、年次有給休暇を取得していたのであり、本件職務免除により損害及び不当利得は発生していないと主張し、それぞれ未消化の年次有給休暇が残っていたことを示す証拠(丙2)を提出している。
しかし、給与を減額する場合は、当該減額すべき給与額を次の給与期間以降の給料及び地域手当から差し引くこととされ、勤勉手当については基準日(6月1日及び12月1日)以前6か月以内の期間における勤務成績に応じて支給することとされていることからすれば、本来減額すべき支給日において、本件職務免除を受けた期間に対応する減額がされないまま給与又は勤勉手当が支払われた段階で、現実に損害並びに損失及び利得が発生しているものというべきである。
また、有給休暇については、事前の請求が原則であり、例外的に急病その他の緊急の事態のためあらかじめ時季指定をすることができずに欠務した場合には事後請求ができるものと解すべきであるが、本件においては、事後請求を認めるべき例外的な事情も見当たらず、実際に事後請求がされた事実もないのであるから、本件各職員が年次有給休暇を取得していたはずであるとの主張は、損害及び損失の発生を避けられた可能性をいうにとどまり、年次有給休暇を仮定的に消費したことを理由にして、その発生を否定することはできないというべきである。
したがって、補助参加人労働組合及び同職員組合の上記主張は採用できない。
(3) 他方、不当利得の返還につき利息を付すことを請求するには、本件各職員が法律上の原因がなかったことにつき悪意であることを要する(民法704条)ところ、給与条例において、勤務しないことにつき任命権者の承認を得たときは給料の減額をしない扱いとされており、給与に係る支出命令と併せて本件承認が行われたものとみるべきこと(前記1(1))からすれば、職員の立場において、本件承認により給与等の減額が行われなかったことが違法無効な措置であることを当然に認識すべきであったとまではいい難い。そうすると、本件各職員が悪意であったと認めることはできず、利息の支払請求をすることもできないというべきである。
3 Aの損害賠償責任について
(1) 地方公共団体の長の権限に属する財務会計上の行為を補助職員が専決により処理した場合には、長は、補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により補助職員が財務会計上の違反行為をすることを阻止しなかった場合に限り、地方公共団体が被った損害につき損害賠償責任を負う。
本件においては、人事課長が専決により支出命令をしているところ、総務省が平成18年1月に発した本件通知において、労働組合のための活動を行った期間について給与を支給すべきでないことが明示されており、その適正化に取り組むように指導されていたこと、しかも、そこでは、昭和43年にも同内容の通知がされていたことが示されていたこと、さらに、被告の主張によれば、高槻市では平成18年9月に職員団体及び労働組合に対する職務免除の取扱いの変更協議を申し入れていること、その後、本件要綱を定めて、職員団体又は労働組合のための活動に従事する場合には給与の支給を受けないように取扱いを改めていること(前記前提事実(4))からすれば、高槻市長たる地位にあったAは、本件各職員が職員団体等のための活動を行った期間に対応する減額を行わないで給与等の支出命令を発した当時、当該給与等の支給が条例の根拠を欠く違法なものであることについて、容易に知り得たのであり、かつ、これを阻止する手だてを講じることが可能であったというべきである。それにもかかわらず、Aは、人事課長が専決権限に基づいて給与等の支給をすることを阻止することなく漫然と放置していたといわざるを得ず、補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反したというべきである。
また、部落解放同盟等の集会への参加に関しては、本件通知による指導等の直接の対象にされていたわけではないにしろ、いかなる場合に職員に対して職務免除をすべきか、とりわけ、勤務しないことの承認を与えることにより有給の扱いをすべきかについて、適正に判断することが強く要請されていたといえ、そうした状況を踏まえるならば、Aは、その期間に対応する減額を行わないで給与等の支出命令を発したことについても、同様に、指揮監督上の義務に違反したものとみるのが相当である。
(2) これに対して、被告は、職員団体又は労働組合のための活動を行うための職務免除及び勤務しないことの承認については、法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められたので、Aに故意又は過失は認められないと主張する。
なるほど、職務免除条例2条3号において、任命権者が定める場合には職務免除することができる旨定められており、高槻市においては、労使慣行から、職員団体又は労働組合のための活動につき、上記の規定に基づいて職務免除を与え、この期間につき黙示の承認により給与の支給をすることが常態化していたことは、前記前提事実(2)のとおりである。
しかし、違法な労使慣行が長年継続していたからといって、それが違法である場合には、正当性の根拠となるものではないし、総務省の発した本件通知の内容、とりわけ、昭和43年にも同内容の通知を発していること、調査結果によれば一部地方公共団体が同通知の内容に反した扱いを行っていることを示した上で、その是正を求めていることに照らすと、平成19年当時、職員団体又は労働組合のための活動を有給ですることができないとの見解が既に一般的で、かつ、それが周知されていたというべきである。そうすると、他市町村においても同様の取扱いがされていたとしても、法律解釈につき異なる見解が対立していた場合であるとはいえず、相当な根拠があったともいえないから、Aの指揮監督上の義務違反に過失があることを否定できない。
(3) したがって、Aの指揮監督上の義務違反は不法行為に当たり、高槻市に生じた損害(本件職務免除を受けた期間に対応する減額がされることなく支給された給与及び勤勉手当相当額)につき賠償する責任がある。
4 B及びCの賠償責任について
人事課長の地位にあったB及びCは、それぞれ、本件各職員に対する違法な支出命令を専決により行ったものであるところ、上記3のとおり、平成19年当時は、職員団体のための活動等を有給ですることができないとの見解が一般的で、かつ、それが周知されており、ひいては、職務免除及び勤務しないことの承認の適正な運用を強く求められていたにもかかわらず、本件通知の内容を看過して支出命令を発したことからすれば、少なくとも重大な過失により法令の規定に違反して財務会計行為を行ったものというべきであるから、高槻市に生じた損害(本件職務免除を受けた期間に対応する減額がされることなく支給された給与及び勤勉手当相当額)につき、地方自治法243条の2第1項の賠償責任を負う。
なお、本件各職員の勤勉手当について支出命令を行ったのは、いずれも平成19年4月以降、人事課長の地位にあったCであるが、勤勉手当の額は、給与の額が減額された期間に応じて減額される関係にあることからすれば、平成19年3月までの間に人事課長として本件職務免除を行い、本件職務免除の期間に対応する減額をすることなく給与を支給したBは、同期間に対応する減額がされることなく支給された勤勉手当相当額についても責任を負うというべきである。
5 信義則違反の有無について
補助参加人Z1らは、高槻市が定めた取扱いに従って適法かつ適正なものと信じて職務免除を受けた上で職員団体のための活動に従事し、給与の支給を受けていたのであり、このような本件各職員に対して被告が支給済みの給与の返還を求めることは信義則に反し許されないと主張する。
しかし、平成3年基準が、勤務時間中に一定の職員団体のための活動を行うことを認めるにとどまり、職務免除を受けた期間につき、有給とすべきことを定めたものとはいえないこと、職務免除を受けた期間について根拠を欠く違法な取扱いが長年継続していたからといって、それが違法である場合には、正当性の根拠となるものでないことは前記1(2)イのとおりである。そして、平成18年1月には、労働組合の活動に係る違法な取扱いにつき、本件通知により是正が促されており、同年中には高槻市と職員団体等との間で協議が行われていたのであるから、平成19年当時は、職員団体等のための活動について職務免除を受けた期間に対応する減額がされずに支出命令がされることにつき、その違法性を認識することが可能な状態にあったといえる。
そうすると、本件の事実関係の下においては、職員らが、高槻市における職務免除及び勤務しないことの承認の取扱いにつき、適法であると誤信することについて相当な理由があったとはいえず、高槻市が本件各職員に対し、本件職務免除を受けた期間に対応する給与の返還請求をすることが、信義則に反するということはできない。よって、補助参加人Z1らの上記主張は採用することができない。
6 結論
以上のとおり、原告の本訴請求のうち、本件各職員に対する利息の支払請求を求める部分には理由がなく、その余はいずれも理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田徹 裁判官 小林康彦 仲井葉月)
(別紙)当事者目録〔省略〕
(別紙)請求額一覧表〔省略〕
別表1―1~3〔省略〕