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大阪地方裁判所 平成21年(わ)1741号 判決 2010年3月12日

主文

被告人を懲役1年及び罰金10万円に処する。

未決勾留日数中170日をその懲役刑に算入する。

その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は,出会い系サイトを利用して遊客を募る形態の派遣売春デートクラブを経営していたもの,Aは,その従業員として,女性の紹介や送迎,売上金の管理などに従事していたものであるが,被告人及びAは,共謀の上,

第1  平成20年11月23日午後3時ころ,不特定の遊客であるBから電子メールで売春婦紹介の依頼を受けて,売春婦であるC(当時18歳)を,大阪市<以下省略>付近まで派遣し,同所において,同人を上記Bに引き合わせて売春の相手方として紹介し

第2  平成21年2月15日午後11時40分ころ,不特定の遊客であるDから電子メールで売春婦紹介の依頼を受けて,上記Cを,大阪市<以下省略>付近路上まで派遣し,同所において,同人を上記Dに引き合わせて売春の相手方として紹介し

もってそれぞれ売春の周旋をしたものである。

(証拠の標目) <省略>

(事実認定の補足説明)

第1  弁護人は,被告人はデリバリーヘルスを経営していたに過ぎず,A(以下「A」という。)と売春の周旋の共謀をしたという事実はないから無罪であると主張し,被告人も同旨を供述する。

この点,判示第1及び第2の日時場所において,Aが出会い系サイトに女性を装ってアクセスし,それぞれB(以下「B」という。),D(以下「D」という。)にC(以下「C」という。)を売春の相手方として紹介して売春の周旋をした事実は関係証拠上優に認められるところであり,当事者間にも特段の争いはない。

したがって,本件の争点は,被告人と実行正犯であるAとの間で売春の周旋の共謀があるか否かということにあるが,この点を裏付ける積極証拠は,A及びCの各供述しかないので,これら供述の信用性が問題となるということになる。

第2  判断の前提となる事実(関係証拠上,優に認められる事実)

1  被告人は,平成8年ころから,デリバリーヘルスの経営(以下「本件営業」という。)を始めた。

当初は,チラシのポスティング等によって客を獲得していたが,平成16年春ころからは,ミニバンに数名の女性を乗せて待機させ,男性ドライバー等が,出会い系サイトに女性を装ってアクセスして客を探し出して,女性を待ち合わせ場所まで送り出すという営業をしていた。なお,本件当時,被告人やその妻が女性を装って出会い系サイトにアクセスして客を誘引することもあったが,主としてドライバーであり,売上金の管理をしていたAが行うことが殆どであった。

2  被告人は,本件営業に関し,Aを過去に2度雇ったことがあり,本件当時は3度目の雇用であった。

1度目は,平成9年の夏頃から平成10年の1月頃までの間であり,Aはドライバーの一人として,女性の送迎やチラシのポスティングに従事していた。

2度目は,平成11年頃から平成14年頃までの間であり,Aは,前回の仕事内容に加え,出会い系サイトで女性を募集する仕事もしていた。

そして,3度目は平成18年11月ころから本件各当時に至るまでの間であり,Aはタクシー運転手を辞め,交際相手とも別れ,住む家も無くなったとして,被告人を頼って本件営業に3たび関与することとなった。その仕事内容は,ドライバーとして女性らをミニバンに乗せて,客との待ち合わせ場所まで送迎したり,出会い系サイトに女性を装ってアクセスして客を探し出したり,売上の管理をするほか,出会い系サイトで女性を募集することもしていた。

3  本件各当時においては,女性は基本的に2万円で客にサービスを提供し,うち半額を当該女性が受け取り,その残額のうち3割をAが,7割を被告人が取り分として取得していた(なお,ガソリン代等の経費は被告人が負担していた。)。

4  本件各当時においては,被告人が女性らの待機する現場に出てくることは殆どなく,また,被告人やその妻が女性を装って出会い系サイトにアクセスして客を誘引することもあったが,ドライバーであるAが女性の送迎,客の誘引,売上管理をほぼ一手に行っていた。Aは,「現在の状況」という件名で,女性の稼働状況を頻繁に被告人に対して携帯メールで報告していたほか(以下この内容のメールを「状況メール」という。),1日の終わりには,「精算」という件名で,各女性の売上高,ガソリン等の経費やAの取り分といった控除費用,その残高を報告していた(以下この内容のメールを「精算メール」という。)。

本件各当時,本件営業に従事していたのは,被告人とAのほか,女性としては,C,E(以下「E」という。),F(以下「F」という。)の3名である(なお,平成21年2月ころに1日だけ,Gという名称の女性も本件営業に従事したことがある。)。

5  被告人は,平成20年9月ころ,「コンパニオンの仕事の手順」と題する書面(以下「本件マニュアル」という。)を作成した。この書面には,女性の仕事の手順が9項目に分けて記載されているが,その中に「③客と会えたら,デリヘルという事を説明する。」「90分20000円の料金や,本番は出来ない等,サービス内容を詳しく説明」という記載がある。

6  Cは,ホストクラブのツケの支払いに窮していたところ,出会い系サイトに被告人が書き込んだ求人募集に応答し,平成20年10月29日ころ,被告人の面接を受け,被告人から本件マニュアルを示された。Cは同日から平成21年2月16日ころまで本件営業に従事したが,ほぼすべての客との間で売春行為を行った。

7  平成21年1月二四,五日ころ,被告人はCに対し,キスを迫り,胸を揉む等したことがあった。数日後,Cは仕事を辞めたい旨Aに言ったが,Aに慰留されて,以後も本件営業に従事していた(なお,被告人はそのころ交通事故に遭って入院し,以後,被告人とCとが顔を合わせたことはない。)。

8  判示第1及び第2の日時場所において,Aが出会い系サイトに女性を装ってアクセスし,それぞれB,DにCを売春の相手方として紹介して売春の周旋をし,Cは売春行為を行った。それぞれの代金は,Bに対しては2万円,Dに対しては2万5千円であるが,後者については,以前Dが待ち合わせに来なかったという迷惑料や,玩具を使ったプレイをするための5000円が含まれている。

9  被告人及びAは,平成20年9月3日,大阪地方裁判所において,恐喝未遂被告事件の共同被告人として,いずれも懲役2年,5年間の執行猶予の判決を宣告され,同判決は確定している。

第3  Cの供述について

1  Cは,当公判廷において,概要,平成20年10月29日ころ,被告人の面接を受けた際,本番をしてもらう,すなわち売春する旨説明を受けたが,本件マニュアルには,本番は出来ないと書いてあったことから,本番はするのですかと尋ねると,被告人は本番はしてもらうと答えた,その日から平成21年2月16日まで,本件営業に従事し,売春行為を続けていたと供述している。

2  そこでその供述の信用性について検討する。

(1) 前記第2の7に記載のとおり,Cは,平成21年1月二四,五日ころ,被告人からキスを迫られ,胸を揉まれたりしたことがあって,そのため仕事を辞めようと考えたり,公判廷でこの出来事を証言する際も涙ぐむ等していることからすれば,Cが被告人に対して嫌悪感を抱いていることが窺われる。しかし他方で,この出来事の後も,Aに慰留されたとはいえ,被告人の店から離籍せず,その後も仕事を続けていたことに鑑みると,被告人を恨んではいないというCの供述は相応の説得力を有するし,何よりも,被告人が売春行為に関与していたか否かによって,C自身の売春行為の責任は何ら左右されないといえるから,Cに,あえて虚偽の供述までして,被告人に無辜の罪を科そうという動機は見出せない。

(2) 次にCの供述内容についてみると,たしかに,被告人の面接後に初めて仕事をした際に,ゴムを付けろという話をしたのが被告人であったか,Aであったか,Aから本番ありと言われたか否か,Aから車中でどのような説明を受けたか等について曖昧な部分があるが,Cの供述によれば,被告人の面接時に本番行為であるという説明を受けた後,その説明のとおりに仕事を始める過程での出来事に過ぎないのであるから,この点で曖昧な部分があるとしても不合理はない。

むしろ被告人の面接において,被告人から本番をしてもらうという説明を受けたのに,示された本件マニュアルでは本番は出来ないと書いてあり,疑問に思って被告人に本番はするのですかと尋ねたという供述内容は,被告人の店の仕事をする過程で売春行為を続けていたこと,C以外の在籍女性達も基本的に2万円で性的サービスを提供しているのに対し,Cも同額で売春行為を続けていたこと等の事実と整合的で,自然なものである。この供述部分に関し,弁護人は,主尋問と反対尋問との間に変遷があると指摘するが,主尋問においては,本件マニュアルを示された後のことについて検察官から尋ねられ,答えているに過ぎないのであって,主尋問と反対尋問との間に看過しがたい変遷があるものとはいえない。

(3) また弁護人は,Cが捜査段階において,「Aに車の中でゴム,つまりコンドームを着けるようにと言っていたことから明らかなとおり,やることをやるとはセックスをすることの意味に間違いありませんし,私もそのように理解しました」と供述していた点を指摘した上で,Cは,被告人から本番をしてもらうと言われたことを理由にせず,あくまでもAからゴムを着けるように言われたことを理由に,セックスの意味に理解したというのであるから,不合理である旨主張するところ,指摘された供述部分がどのような経緯でなされたものか判然としない上,その供述部分だけをみても,Aの「ゴムを着けるように」という言葉の意味をセックスをすると受け取ったことを述べているに過ぎず,その言葉で初めてセックスの意味に理解したとまで述べているとは解されないから,不合理な矛盾があるといはいえない。

(4) さらに弁護人は,Cは,被告人の店で働く以前から,セックスを伴う援助交際をしていたのであり,同様の感覚で被告人の店の仕事をとらえ,被告人の面接時の説明を真剣に聞くことなく,仕事をこなしていた疑いがあると主張するところ,たしかに,Cは以前から援助交際をしていた疑いがないわけではないが,だからといって,本番が出来ないという本件マニュアルを示され,その旨の説明を受けながら,他の在籍女性と同額の値段であえて売春行為を続けることに,何ら得る利益はないこと,EはCが店を通さずに直接客を取っているのではないかと思ったことがあると供述するが,その根拠として供述するところは曖昧で不明確であること等からすれば,弁護人の主張は採用できない。

(5) 以上の点からすれば,Cの供述の信用性は高いといえる。

第4  Aの供述の信用性について

1  Aは,当公判廷において,概要,1度目及び2度目に被告人の店で仕事をしていたときは,普通のデリバリーヘルスの店であったが,3度目に仕事をする際,本番ありのデリバリーヘルスだと説明されて仕事をするようになった,本件マニュアルは,警察対策だと説明されたと供述する。

2  そこでその供述の信用性について検討する。

(1) まず,被告人は判示と同旨の事実で有罪判決を受けて既に受刑中の者であるが,一般に,経営者である被告人の指示によるものであるとして,被告人を首謀者と供述した場合は,それだけ責任軽減の利益を受ける関係にあるし,以前の供述内容を正当化しようとする心理が働くことは当然とも言える。その上,Aは,被告人から,敷金,マージャン費用,前刑での裁判費用等,約200万円程度借金していることが窺えるところ,Aの供述からすると,不法原因給付的な意味合いで捉えているものと思われるが,借金返済の必要はないと考えている旨述べること,被告人は自分を使い走りのように用い,若い嫁を持っていることに腹立たしさも覚えていると述べていること等からすれば,被告人に対して,相応の悪感情を持っていることが窺われる。そうすると,Aの供述内容については,慎重に検討する必要がある。

(2) 次に,Aの供述経過を検討する。

ア その供述経過は次のとおりとなる。

① Aは,平成21年2月16日,別件恐喝被疑事件で逮捕され,引き続き勾留され,同年3月6日に釈放されるものの,同日,売春防止法違反の被疑事実で逮捕され,引き続き勾留された。Aの弁護人は,H弁護人であった。

② Aは,当初,Cが勝手に売春していたものと関与を否定する供述をしていた。

③ 同月13日ころ,Aは,被告人とAが売春の周旋行為をしていたことを自白した。

④ 同月17日ころ,AはH弁護人を解任し,このころ,H弁護人から差し入れられ記入していた被疑者ノートを,警察に任意提出した。

なお,その後,Aには別の弁護人が就いた。

⑤ 同年5月9日ころ,Aは被疑者ノートの還付を受けたが,これを廃棄した。なお,警察においても,被疑者ノートの内容を報告した書面は存在しない。

イ 以上の経過をみると,Aは,自らの関与を認めた当初から,被告人の関与もまた供述しており,あえて自己のみの保身を図った形跡はなく,また,ゴムありの誘引文言を警察に追及され自白したと供述する点も不自然ではない(もっとも,前述のとおり,被告人を首謀者とすることによる責任軽減の利益の危険は依然残る。)。

(3) そこでその供述内容についてみると,本番ありのデリバリーヘルスだと被告人から説明されて仕事を始めたという点は,Cが被告人の店で仕事を始めてから一貫して売春行為に及んでいたとする信用できるCの供述や,現にCが売春行為に及んでいた事実と整合的であるし,本件マニュアルは,警察対策だと説明されたと供述する点は,被告人の面接において,被告人から本番をしてもらうという説明を受けたのに,示された本件マニュアルでは本番は出来ないと書いてあり,疑問に思って被告人に本番はするのですかと尋ねたというCの供述とも整合的である。

また,本件マニュアルが警察対策だと説明されたとする点は,本件マニュアルの制作時期が平成20年9月ころであって,このころ,被告人が執行猶予判決を受けており,被告人が売春の周旋をしていたとするならば,より慎重な警察対策を必要としたであろうと考えられることに馴染むものといえる。

他方,弁護人が指摘するとおり,少なくとも平成21年2月14日から15日にかけて,Aが女性に成り済まして出会い系サイトで客を誘引した際,Cについては,「ゴムあり別2」という表現を使っているのに,EやFについては「別2」という表現を用いているところ,Aは,女性に応じた使い分けをしていたわけではなく,書き込むことのできる文字数の制限や絵文字を使用することとの兼ね合いで「ゴムあり」という言葉を使うかどうか決めていたと供述するのみである。この点は,法廷で取り調べた全証拠によっても,前記日時の1つの携帯で行われた誘引文言しか分からず,経時的な検討が困難であるが,Cが他の在籍女性と同額の値段で売春行為をしていたことは先に検討したとおりであり,さらに,Aは,被告人から,かなり頻繁に状況メールでの報告を求められていたほか,1日の終わりには精算メールの報告を求められる等,相当な監視下にあったのであるから,Aにおいて,あえて,Cにのみ売春行為をさせることによって得る利益は見出すことはできない。

(4) 以上からすると,Aには,いわゆる引っ張り込みの危険が相応にあるといえるが,被告人の関与について供述する部分の内容は,信用できるC供述と整合的で,その内容も,一部曖昧な点はあるとはいえ自然であって,概して信用できるものといえる。

第5  Eの供述の信用性について

1  Eは,当公判廷において,概要,被告人の店で売春をしてしまったことはあるが,店から売春をするよう言われたことはない旨供述する。

2  Eは,自ら売春したという不利な事実も供述している。店に指示されたわけでないのに,基本料金である2万円に,プラス1万円ほどの料金を客と交渉して売り上げていたり,本番行為は出来ないと書いてある本件マニュアルを受け取っても,なお悪びれず売春していたことがあるというのはいささか疑念があるが,大きな破綻を来すほどの不合理さではない。

そうすると,Eの供述は信用できないとして排斥できるほどのものではない。

第6  被告人の供述の信用性について

1  被告人は,当公判廷において,概要,被告人の経営する店は合法的なデリバリーヘルスであって,売春の周旋行為をするものではない,Cを面接する際にも,本件マニュアルを示して売春が出来ないことを説明した,本件マニュアルは,前刑裁判時に女性が辞めてしまい,何人か女性を募集しなければならなくなったことから,仕事の内容を書面化して説明した方が便宜だと思って作成したものであると供述している。

2  被告人の供述内容そのものは,それ自体として大きな破綻を来す矛盾点はなく,店から売春をするよう言われたことはないとするEの供述に整合するものではあるが,他方で,信用できるCやAの供述とは合致しないものである。

第7  総合評価

以上の検討を踏まえ総合的に評価すると,C,Aの各供述はそれぞれ具体性があって,互いに信用性を補強し合う関係にあり信用性が高いのに対し,E及び被告人の各供述は,その内容自体としては破綻を来す矛盾点はないとはいえ,信用できるC,Aの供述内容に反しており,にわかに信用できない。

そうすると,被告人は,経営者として本件営業を行い,Cに売春させる目的で同人を採用し,Aを使って売春の周旋をさせていたのであるから,Aとの間で売春周旋の共謀が認められる。

(法令の適用)

罰条 各行為いずれも刑法60条,売春防止法6条1項

刑種の選択 各罪とも売春防止法15条前段により懲役及び罰金を併科

併合罪の処理 刑法45条前段

懲役刑 刑法47条本文,10条(犯情の重い第2の罪の刑に法定の加重)

罰金刑 刑法48条2項

未決勾留日数の算入 刑法21条

労役場留置 刑法18条

訴訟費用 刑事訴訟法181条1項本文

(量刑の理由)

被告人は,派遣型売春デートクラブを経営して,多額の報酬を得ており,利欲的な犯行である。本件各犯行は,ミニバン内に女性を待機させておき,出会い系サイトで客を誘い出して女性を客に引き合わせるというもので,犯行態様は組織的・悪質であり,被告人は経営者として首謀者的役割を果たしている。被告人は,前刑の執行猶予期間中に本件各犯行に及んでおり,厳しい非難は免れない。

他方,被告人は,犯罪の成否はともかくとして,本件営業からは手を引き,友人の印刷会社で働く等したいと述べること,養育すべき妻と,3歳と1歳に満たない2子を有していること,前刑の執行猶予が取り消され,併せて服役しなければならない可能性が高いこと等,被告人のために酌むべき事情も認められるので,以上の諸事情を考慮し,主文の刑が相当であると判断した。

(求刑 懲役1年6月及び罰金10万円)

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