大阪地方裁判所 平成21年(わ)2607号 判決 2009年9月09日
主文
被告人を懲役5年及び罰金350万円に処する。
未決勾留日数のうち70日をこの懲役刑に算入する。
この罰金を全額納めることができないときは,その未納分について1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
裁判所に押収中の次の各物品を没収する。
① 覚せい剤1袋(平成21年押第161号の1)
② 覚せい剤1袋(同押号の3)
理由
【有罪と認定した事実】
被告人は,A,B及びCらと共謀の上,平成21年5月14日,次の各犯罪を犯した。
(1) 営利の目的で,みだりに,大阪府内の関西国際空港において,
① 被告人が,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶約989.26g(主文の没収対象物①は,鑑定で費消した分を除く残部である。)を内部に隠匿した機内手荷物である木製の箱(平成21年押第161号の2)を
② 共犯者Bが,前同様の覚せい剤結晶約822.81g(主文の没収対象物②は,鑑定で費消した分を除く残部である。)を内部に隠匿した機内手荷物である木製の箱(同押号の4)をそれぞれ,事情を知らない同空港関係作業員らに,中華人民共和国瀋陽桃仙国際空港発D航空第611便から運び出させた。これにより,覚せい剤を営利目的で輸入した。
(2) 引き続き,関西国際空港内にある大阪税関関西空港税関支署旅具検査場において,(1)の各覚せい剤がそれぞれその木製の箱内に隠匿されている事実を隠して税関職員の検査を受けたが,同職員に発見された。そのため,輸入禁止貨物(覚せい剤)を輸入しようとしたが,これを果たせなかった。
【法令適用の過程】
(1) 「有罪と認定した事実」に記載の被告人の行為は,次の各刑罰法令に該当する。
営利目的覚せい剤輸入の点((1)の事実)
…刑法60条,覚せい剤取締法41条2項,1項〔無期若しくは3年以上の懲役,又は情状により無期若しくは3年以上の懲役及び1000万円以下の罰金〕
輸入禁制貨物輸入未遂の点((2)の事実)
…刑法60条,関税法109条3項,1項,69条の11第1項1号〔7年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金,又はその併科〕
これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により,1罪として重い営利目的覚せい剤輸入罪の刑(但し,罰金の多額は輸入禁制貨物輸入未遂罪の刑のそれによる。)で処断を行う。
そこで,当裁判所は,後記「量刑の理由」により,その法定刑の中から有期懲役刑及び罰金刑を選択した上,その刑期及び罰金額の範囲内で,被告人を主文の刑に処することとした。
(2) 被告人には未決勾留の期間があるので,刑法21条を適用して,その日数のうち主文の日数をこの懲役刑に算入する。
(3) 罰金を全額納めることができないときは,刑法18条により,主文の期間,被告人を労役場に留置する。
(4) 主文の各没収対象物は,上記各罪に係る覚せい剤であって,①犯人である被告人又は共犯者が所持するものであるとともに,②関税法118条1項但書所定の犯人以外の者の所有に係らないものであるから,覚せい剤取締法41条の8第1項本文及び関税法118条1項本文により,これらを没収する。
【量刑の理由】
1 本件事案の概要
本件は,被告人が,知人の暴力団組長らと共謀の上,多額の小遣い銭目当てに,覚せい剤合計約1800gを中国から飛行機で密輸入し,さらに,税関を通過しようとしたがこの点は未遂に終わったという事案である。
2 量刑上特に考慮した事情
(1) 被告人が輸入した覚せい剤は約1800gもの大量に及び,自ら機内手荷物として日本に持ち込もうとした覚せい剤だけでも約990gの多量にわたるのであって,それ自体,罪が重大であることは明らかである。
検察官が指摘するとおり,我が国においては,若者や芸能人を含め,覚せい剤が蔓延している状況にあり,それが国民の健康を著しく蝕むとともに,暴力団に重要な資金源を提供したり,他の犯罪を誘発したりするなど,一般市民の生活の安全を脅かす存在となっていることは否定できない事実である。覚せい剤の密輸入事犯は,一連の覚せい剤犯罪の給源ともなるべき覚せい剤をもたらす重大犯罪であって,今後の覚せい剤犯罪を未然に阻止するためにも,厳重処罰が求められるのも当然である。
(2) これを前提としつつ,以下,当事者の主張を踏まえて,量刑上重要なポイントとなる事実について,評価も含めて検討を加える。
ア 本件において,まず検討しなければならないのは,被告人の量刑責任の基礎となる覚せい剤輸入量を,共犯者の持ち込み量を含む約1800gとすべきか,被告人の持ち込み量である約990gとすべきかである。
確かに,被告人は,帰国に際し,共犯者Bの所持分について認識していたのであり,この点で約1800g全部を基礎として量刑責任を問うということも一応考えられる。しかし,後にも述べるとおり,本件において主犯であるのは共犯者Aであり,被告人は,本件輸入の全体像についてはほとんど知らされず,その輸入に伴う利益についても実際上与ることのないまま,ほぼAの指示に従って,機械的に運び役を務めたにすぎないことを考えると,被告人に約1800g全量を基礎として量刑責任を問うことは酷であり,被告人に対しては,自ら日本に持ち込もうとした約990gの覚せい剤を基礎にその量刑責任を考えるのが相当である。
イ 次に,被告人が,密輸入の対象物品が覚せい剤であることをどの程度認識していたかが問題となる。
この点,弁護人は,「被告人は覚せい剤の認識が極めて薄かった」と主張する。確かに,被告人は,日本を出発する時点においては,Aの話や渡航形態などからして,輸入対象品は覚せい剤かも知れないという程度の認識であったと判断されるが,その後,中国に赴いてからのAの接待状況,あるいは小遣い銭を与えるとの新たな利得話,遅くとも帰国前日までに行われた帰国の際の注意を与えるミーティング等から,次第に,覚せい剤であることの認識を深めていったのであり,少なくとも本件密輸入時点では,公判で被告人自身も認めているように「覚せい剤が入っているのはほぼ間違いない」認識に至っていたことは明らかである。したがって,この点に関する弁護人の主張は採用できない。
ウ さらに,被告人が本件密輸入において果たした役割をどの程度のものと見るべきかが問題となる。
本件は,検察官が指摘するとおり,客観的に見れば,組織的・計画的な犯行であり,被告人が運び役という重要な実行行為を分担したこともまた明らかである。そして,被告人としては,出国時に既に覚せい剤密輸入の疑いも持っていたのであり,Aの誘いを断ることはできたはずであって,その点で被告人に責められるべき点があったのは当然である。しかし,その一方,被告人は,Aから本件犯行の全容等について全く明かされないまま,いわば1回限りの運び役として巧妙に犯行に巻き込まれていき,中国に赴いてAから接待等を受けるうちに,他の運び役ともども,帰国段階ではAの指示を非常に断りにくい状況に至ってしまい,ついに本件犯行に至ったものである。このような本件犯行に至る経過や,被告人の犯行全容に対する認識の程度,組織内での現実の役割,報酬約束等の状況に照らすと,本件の主犯はAであって,被告人は,犯行全体から見ると,従属的な役割を演じたにすぎないと解するのが相当である。
エ また,被告人の犯行に至る経緯・動機に酌むべきものがあるのかが問題となる。
この点,被告人は,出国段階では,金銭的な利得は念頭に置いておらず,覚せい剤のことを疑わしいと思いつつも,あまり深く考えずに渡航したことが認められる。そして,前述のとおり,被告人は,Aから次第に密輸入の犯行に巻き込まれていき,覚せい剤密輸入の認識を深め,その犯行を断りにくい状況に立ち至る一方,自らの認識では50万円~100万円程度の小遣い銭(生活費)等をAからもらえるものとの利欲にも目がくらんで本件犯行に及んだものであり,総じて,その犯行に至る経緯・動機に酌むべきものは乏しいといわざるを得ない。
(3) 最後に,被告人のために酌むべき事情とも考えられる事実について検討する。
ア 弁護人は,実害が生じていないことを被告人に有利に考慮すべきであると主張する。確かに,本件密輸入により,我が国に覚せい剤の現実の害悪を及ぼすことなく終わったことは幸いなことであったが,結果的に税関で発覚したためにすぎないのであって,このことを被告人に有利な事情として過大に評価することはできない。
イ また,被告人は,最終的に公判で,「覚せい剤が入っているのはほぼ間違いない」と認識したなどと,覚せい剤の認識の点を含め,正直に事実を認めており,深く反省する態度が認められる。被告人の母親や友人が被告人の更生を期待し,その帰りを待つとともに,更生への手助けを約束している事実もあり,被告人の更生への動機付けとなることが期待できることも併せ考えると,この点は被告人の刑を軽くする情状と考えられる。
ウ さらに,被告人は,(ア)覚せい剤の密輸入を常習的にやっていた形跡もないこと,(イ)見過ごすことのできない罰金前科があり,交遊関係からしても,直ちに弁護人主張のようにごく普通の生活をしていたとは言い難い面があるものの,ともかくも,懲役・禁錮の前科がないことなどは,一定程度被告人の刑を軽くする情状と考えられる。
3 総合判断
以上検討した諸事情を総合して被告人の量刑責任を考える。
まず,被告人の量刑責任は,その持ち込もうとした約990gを基礎として考えられるべきであるとはいえ,被告人は,その範囲内では,密輸入対象物が覚せい剤であるとのかなり確実性の高い認識をもって本件密輸入を行ったものである。
そして,その犯行に至る経緯・動機に特に酌むべきものが多々あるとは言い難いものの,他方で,被告人は,Aに巧みに利用されて本件犯行に及んだ一面もあることは否定できず,その果たした役割は犯行全体からみると,従たるものに止まっている。
そして,以上を量刑責任の柱として,前に述べたような被告人のために酌むべき諸事情をも考慮すると,本件においては,主文で述べた程度の刑の量定にとどめるのが相当であると判断した(検察官求刑-懲役10年及び罰金500万円。覚せい剤没収。)。
前記判決宣告日同日
(裁判長裁判官 杉田宗久 裁判官 三村三緒 裁判官 大和隆之)