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大阪地方裁判所 平成21年(わ)3853号 判決 2010年4月26日

部分判決

主文

本件区分事件の各公訴事実につき,被告人はいずれも有罪。

理由

(犯罪事実)

第1(平成21年6月4日付け起訴状記載の公訴事実)

被告人は,平成21年3月17日午後9時40分ごろ,堺市堺区の路上において,タクシーに乗車したが,運転手が女性であったことから,同人を脅して,現金を差し出させるとともに乗車料金の支払いを免れようと考えた。そこで,同日午後10時30分ごろ,大阪市西成区の路上において停車を命じ,そのころ,その場で同タクシーの運転手V1(当時58歳,以下「被害者V1」という。)に対し,「金を出せ」,「命惜しないんか」などと脅すとともに現金を要求し,被害者V1を怖がらせて,同所までの乗車料金5630円の請求を断念させて,その支払いを免れたが,被害者V1に防犯ブザーを鳴らされるなどしたため,その場から逃走した結果,現金を脅し取ることまではできなかった。

第2(平成21年8月24日付け起訴状記載の公訴事実第1)

被告人は,Bと共謀の上,平成21年5月4日午前4時24分ごろ,大阪市中央区の路上において,Bが,同所を歩いていたV2(当時23歳)に後方から近付き,左肘に掛けていた手提げカバン1個(現金約8万円〔V2所有〕及び運転免許証等6点在中。物品〔V2所有又は管理〕の時価合計約7万0100円)をひったくって盗んだ。

第3(平成21年6月19日付け起訴状記載の公訴事実)

被告人は,Bと共謀の上,平成21年5月5日午前8時17分ごろ,大阪市西成区の歩道において,Bが,同所を歩いていたV3(当時61歳)に後方から近付き,右手に持っていた手提げバッグ1個(現金約8万円〔V3所有〕及び運転免許証等11点在中。物品〔V3所有又は管理〕の時価合計約2万6000円)をひったくって盗んだ。

第4(平成21年8月24日付け起訴状記載の公訴事実第2)

被告人は,Bと共謀の上,平成21年5月8日午後零時44分ごろ,大阪市浪速区において,Bが,マンションに歩いて入ろうとしていたV4(当時24歳)の後方から近付き,右手に持っていた財布をひったくろうとしたが,十分につかむことができず,近くの路上に落としたために盗むことができなかった。

第5(平成21年7月13日付け起訴状記載の公訴事実)

被告人は,強盗をしようと考え,平成21年5月11日午前1時29分ごろ,大阪市西区にあるコンビニエンスストアにおいて,店員のV5(当時47歳,以下「被害者V5」という。)の背後からその襟付近をつかみ,首筋にアイスピックを突き付けて,「レジ開けな殺すぞ」などと脅し,反抗できない状態にして,レジスターの中から経営者が所有する現金約14万6000円を奪い取った。

第6(平成21年8月28日付け起訴状記載の公訴事実第1)

被告人は,平成21年5月11日午前11時5分ごろ,大阪市阿倍野区において,V6(当時73歳)が券売機の右横に手提げカバンを置いて切符を購入しているすきに,このカバン(現金約91万円〔V6所有〕及び運転免許証,財布,キャッシュカード,健康保険証等在中。物品〔V6所有又は管理〕の時価合計約14万5000円)を持ち去って盗んだ。

第7(平成21年8月28日付け起訴状記載の公訴事実第2)

被告人は,法定の除外事由がないのに,平成21年5月14日ごろ,大阪市住之江区において,ガラス製のパイプに入れた覚せい剤(フエニルメチルアミノプロパンの塩類)若干量をライターの火で加熱して気化させて吸引して使用した。

(証拠)

括弧内は,検察官請求証拠番号を示す。

第1ないし第7の事実について

・ 被告人の公判供述

第1の事実について

・ 証人V1の公判供述

・ 被告人の検察官調書(乙1,2)

・ V1(甲7〔不同意部分を除く〕),B(甲8)の検察官調書

・ 実況見分調書(甲5,6)

・ 捜査報告書(甲3,4)

第2及び第4の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙8)

第2の事実について

・ V2の警察官調書謄本(甲35)

・ 被害届謄本(甲33)

・ 写真撮影報告書謄本(甲36)

第3の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙3)

・ Bの検察官調書謄本(甲19)

・ V3の警察官調書(甲14,15)

・ 被害届(甲11,12)

・ 捜査報告書(甲17,21)

第4の事実について

・ Cの検察官調書謄本(甲44)

・ V4の警察官調書謄本(甲41)

・ 写真撮影報告書謄本(甲43)

第5の事実について

・ 証人V5の公判供述

・ 被告人の検察官調書謄本(乙6〔不同意部分を除く〕)

・ V5(甲22〔不同意部分を除く〕),C(甲32)の検察官調書

・ B(甲30),D(甲31〔謄本〕)の警察官調書

・ 実況見分調書(甲25)

・ 写真撮影報告書(甲26)

第6の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙9)

・ V6の警察官調書(甲47,48)

・ 被害届(甲46)

・ 捜査報告書(甲49)

・ 盗品等発見報告書(甲51,56)

・ 写真撮影報告書(甲50,54,55,59)

第7の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙13)及び警察官調書(乙10ないし12)

・ 捜索差押調書謄本(甲64)

・ 鑑定書(甲63)

(争点に関する判断)

1  弁護人は,「①第1の犯行につき,被告人が被害者V1を脅して乗車料金の支払いを免れる等したことは間違いがないが,「命惜しないんか」と述べて脅迫したことはない。②また,第5の犯行につき,被告人が被害者V5を脅迫して現金を奪ったことは間違いがないが,「殺すぞ」と述べて脅迫したことはない」旨主張し,被告人も,弁護人の主張に沿う供述をする。

そこで,当裁判所が,被告人が上記各発言をして各被害者を脅迫したと認定した理由を説明する。

2  第1の犯行で,被告人が「命惜しないんか」などと述べて脅迫したと認定した理由

(1)  第1の犯行が以下の経緯・態様のもとで行われたことは関係各証拠から明らかであり,被告人もこれらの事実を認めている。すなわち,

ア 被告人は,乗り逃げをするつもりで,Bと一緒に被害者V1の運転するタクシーに乗り込んだ。

イ 被告人は,同タクシーの運転手が女性と分かり,簡単に現金を脅し取れるのではないかと考え,犯行に及ぶのに適当な場所を探して,被害者V1にタクシーの行き先を指示するうち犯行現場付近に至った。

ウ 被害者V1が被告人の指示に従って犯行現場でタクシーを停め,料金の請求をしようとしたところ,突然,被告人が後部座席から運転席と助手席の間を通って助手席へと移動した。

エ 被告人が「金を出せ」などと脅したにもかかわらず,被害者V1は,現金を差し出そうとしなかった。そこで,被告人は,被害者V1のブレザーのポケットを探るなどしたが,被害者V1もある程度抵抗をした。

オ そのような中,被告人は,被害者V1から「ドライブのままやし,とりあえずパーキングにさせて」などと言われ,シフトレバーをパーキングに入れるのを許した。その際に,被害者V1は,防犯ブザーを押した。防犯ブザーが鳴り響き,被告人らは,その場から立ち去った。

カ 本件犯行後,被害者V1の左手甲と右腕に若干の皮下出血が認められた。

(2)ア  被告人と被害者V1の供述が食い違うのは,被告人が被害者V1に対し,「金を出せ」と脅した際に,併せて「命惜しないんか」と述べて脅したか否かという点と,これに関連した部分に限られている。

イ  被害者V1は,公判で「被告人が助手席に来て,その後の前後関係にはっきりしない点はあるものの,左手をつかまれ,「金を出せ」,「命惜しないんか」,「どこにある」などと言われた。「命惜しないんか」と言われたのは1度だけであったが,このように言われたことは間違いがない。被告人がポケットの中を探る等してきたときにも,まだ左手をつかまれたままで,シフトレバーをドライブに入れたまま右足でブレーキを踏んだ状態であったため,被告人に対し「パーキングにさせて」と頼んで左手を解放してもらった。その際に,併せて右手で防犯ブザーを押した。左手甲のあざは被告人につかまれていたときにできたものだと思う」旨述べている。

ウ  一方,被告人は,公判で「危害を加える意図はなかったから,被害者V1に対し「命惜しないんか」という言葉を発するはずがない。そもそも逮捕されるまで,このような言葉自体を知らなかった。助手席に移ると「金を出せ」と告げて,被害者V1の上着の右襟をつかんで脅した。被害者V1がクラクションを鳴らしたので,そのとき右腕をつかんだ」旨述べている。このほか,検察官調書(乙2)では「被害者V1がパーキングに入れた際に,身体を左右にばたつかせたり,左手で押してきたので,被害者V1の左手を持って押さえつけて「早う金出せ,金はどこやねん」と怒鳴りつけた」旨述べている。

(3)ア  被害者V1は,前記のとおり,記憶の定かでない部分があることを認めた上,左手をつかまれる等して,被告人から脅された際に「命惜しないんか」と間違いなく告げられた旨,具体的かつ明確に供述している。そして,この点の供述は,被害直後に行われた実況見分の際から一貫している。また,左手の甲には被害直後にあざが認められたし,被害者V1の述べる被害状況には,犯行前後の点も含めて特に不自然な点はない。しかも,記憶のはっきりしない点は,その旨述べるなど,捜査・公判を通じて,自らの記憶に従い誠実に供述する態度がうかがわれる。これらの点からすると,被害者V1の供述は,極めて信用性が高いものと認められる。とりわけ,前記脅迫文言は,印象的なもので,そのような言葉が述べられたか否かについて記憶違い等をすることは考えがたく,特にその信用性は高いものと考えられる。

イ(ア)  ところで,弁護人は,「「命惜しないんか」などと脅迫する場合には,危害を加えかねない動作をするのが通常であるのに,被害者V1が,被告人から,そのような動作もなく,いきなり「命惜しないんか」と脅迫されたと述べるのは不自然である」旨主張する。

なるほど,このような言葉を用いて脅迫する場合,相手の恐怖心をあおるために,凶器等を用いるなどという行動を伴うことも少なくないであろう。しかし,このような行動をとることなく,前記言葉で脅迫しても不自然とはいえない。弁護人の主張は理由がない。

(イ)  また,弁護人は,「被害者V1は,記憶していて当然と思われる事柄の記憶が欠落している。前記脅迫文言のみを覚えているのはいかにも不自然で,恐怖の余り誤想等している疑いがある」旨主張する。

しかし,被害者V1が,記憶が定かでない旨述べる点は,脅迫行為の順番や,その際に被告人がとっていた体勢,いずれの手で自分の手をつかんできたのか,どのようにして右腕にあざができたのか,クラクションを鳴らしたことがあるのか等といった点である。被害者V1は,いきなり被告人から脅され,その後,もみ合いになる等したのであるから,その間のすべてを覚えていないからといって不自然とはいえない。繰り返し述べるとおり,被害者V1は,記憶のはっきりとしている点とあいまいな点を明確に区別して慎重に供述している。その供述態度や供述内容からみて,被害を殊更に誇張したり,記憶に反して被告人に不利な供述をしているとは考えられない。弁護人の指摘する点から,被害者V1の供述が信用できないとはいえない。

(4)  以上の点からすると,被告人から左手をつかまれる等した前後に「命惜しないんか」と脅迫された旨述べる,被害者V1の供述は十分に信用できる。被告人のこの点に関する供述及びこれに基づく弁護人の主張を考慮しても,その信用性に疑いは生じない。被害者V1の公判供述から,被告人が「命惜しないんか」などと述べて,被害者V1を脅迫したことは間違いがないものと認められる。

3  第5の犯行で,被告人が「レジ開けな殺すぞ」などと述べて脅迫したと認定した理由

(1)  第5の犯行が以下の態様で行われたことは,関係各証拠から明らかで,被告人もこれらの事実を認めている。

ア 被告人は,強盗をしようと考え,あらかじめ準備したアイスピックを持って,被害者V5が一人で店番をする被害店舗に赴いた。そして,他の客がいなくなるのを見計らって犯行を実行することにした。

イ 被告人は,被害者V5がカウンター内にいるままで脅したのでは,非常ベルを押される危険があると考え,カウンターの外におびき出そうと考えた。そこで,被害者V5に対し,「商品棚の下に虫がいる」旨述べて,カウンターの中から誘い出そうとした。しかし,被害者V5は,なかなか外に出てこようとはしなかった。

ウ そこで,被告人が,「虫がいる」旨強く言ったところ,ようやく被害者V5がカウンターの外に出て来て,商品棚の下をのぞき込む体勢をとった。被告人は背後から被害者V5の左襟をつかみ,アイスピックを首筋に突きつけて,「レジ開けろ」などと脅した。

エ 被害者V5は,襟をつかまれた際に驚いて振り返ろうとした。しかし,脅されていたため,それ以上は振り返ろうとはせず,何か言いながら,レジの方へと向かい,カウンターの中に入ってレジの一つを開けた。

オ 被告人が,もう一つのレジを開けさせようと被害者V5の襟から手を離したところ,被害者V5は,レジのカウンターを飛び越えて店外に逃げ去った。そのため,被告人は,もう一つのレジから金を奪うことをあきらめて,開いたレジの中にあった紙幣をつかんで,その場から逃げた。

(2)ア  被告人と被害者V5の供述が大きく食い違うのは,被告人が被害者V5に対し,アイスピックを突きつける等してレジを開けるよう要求した際に,「殺すぞ」と脅したか否か及び,これに関連した部分に限られている。

イ  被害者V5は,公判で「被告人から「虫がいる」と高圧的に言われて,処理しなければいけないと思いカウンターから出て,被告人のもとに向かった。「もっと奥,もっと奥」と言われてのぞき込むと,突然,右肩をびっくりするほど強い力でつかまれて,右首筋辺りに冷たいものを感じた。瞬間的に振り返った際に,被告人の目を見て殺意に満ちた目だと感じた。ドスの効いた声で「レジ開けな殺すぞ」と言われ,本当に殺されるのではないかと感じて,思わず「殺さんといて」と悲鳴を上げた。犯人の顔を見たら殺されると思い,顔をそらしてレジのところに行ってレジを開けた。その際,服をつかむ被告人の力が弱まったので,必死の思いでカウンターを飛び越えて逃げた。被告人が「レジ開けな殺すぞ」という言葉を発したことは間違いがない。この言葉は,はっきりと自分の記憶に残っており,忘れようとしても死ぬまで絶対に忘れられない」旨述べる。

ウ  一方,被告人は,公判で「何とかカウンターの中から被害者V5を出して,後ろに立つと,左手で被害者V5の左襟首を持ち,右手でアイスピックを近づけた。その瞬間,被害者V5が振り返った。被害者V5はしゃがんでいたので,このような体勢からは自分の目を見ることができなかったのではないかと思う。「レジを開けろ」と脅すと,被害者V5は,「分かった。分かった」と言いながら,レジの方に自ら進んで行った」旨述べる。

(3)ア  被害者V5が本件被害に遭い,非常に強い恐怖を感じたことは,レジを飛び越えて現場から逃げ去っていること等から明らかである。そして,被害者V5は,このように強い恐怖を感じた理由の一つとして,被告人から「レジ開けな殺すぞ」と言われたことをあげ,その際に狼狽の余り悲鳴を上げてしまったなどと,具体的かつ迫真性を持って,当時のことを述べている。その述べる内容や供述態度からは,当時,味わった恐怖がいかに大きなものであったか何とか分かってもらいたいとの強い思いがうかがわれる。しかし,殊更に誇張したり,記憶に反して被告人に不利な供述をしようとする態度は認められない。被害者V5の「レジ開けな殺すぞ」と言われた旨の供述は,少なくとも,これと同旨の言葉で脅迫を受けたという点で極めて信用性が高いものと認められる。

イ  弁護人は「被害者V5は,襟首をつかまれアイスピックを突きつけられた際の状況を誤認しているばかりか,被告人が殺意に満ちた目をしていたなどと述べている。極度におびえて,被害状況を正確に把握できない状況にあったことが明らかである。被害者V5が「一生忘れられない言葉」と述べる,「レジ開けな殺すぞ」という言葉についても変遷がみられることからすれば,被害者V5が恐怖の余り,このように言われたものと誤信している可能性がある」旨主張する。

なるほど,被害者V5が極度の恐怖を感じていたことは間違いがない。アイスピックを突きつけられる等した際の状況は,防犯カメラの映像等からみて,被告人の述べる方が正しいようである。また,被害者V5の検察官調書(甲22)添付の実況見分調書の中では,「「レジを開けやんと殺すぞ」と言われ」などと記載されて,公判で述べたのとは若干異なる脅迫文言になっている。

しかし,突然,背後から襲いかかられたのであるから,襟首をつかまれたのを肩をつかまれたと感じたり,被告人が殺意に満ちた目をしていたと感じたとしても不自然ではない。脅迫文言についても若干の変遷は認められるものの,その趣旨自体は一貫しており,これにより,被害者V5のこの点の供述の信用性に疑いが生じるとは到底いえない。弁護人の主張は理由がない。

(4)  以上の点からすると,「レジ開けな殺すぞ」と脅された旨の被害者V5の供述は,これと同趣旨の言葉で,被害者V5が脅迫されたという点で極めて高い信用性を有するものといえる。被告人の供述及びこれに基づく弁護人の主張を考慮しても十分に信用できる。被害者V5の供述から,被告人が「レジ開けな殺すぞ」などと述べたものと認められる。

(罰条の適用等)

1  第1

(1)  罰条

乗車料金の支払いを免れた点  刑法249条2項

現金を交付させようとした点  刑法250条,249条1項

(2)  科刑上一罪の処理(観念的競合)

刑法54条1項前段,10条(一罪として犯情が重い恐喝利得罪の刑で処断)〔検察官は,「乗車料金の支払いを免れた行為と現金を交付させようとした行為は,包括して刑法249条の罪を構成する」旨主張する。なるほど,同一被害者に対する行為が,刑法249条1項と2項の双方を充足する場合には,双方の罪質の同一性等から,包括して刑法249条の成立を認めれば足りるとするのが判例である。しかし,同判例は,一つの行為が全体として刑法249条に該当すると評価できることが前提になっている。一方が未遂に止まる場合には,このように評価することは困難である。原則どおり,2項の既遂罪,1項の未遂罪が共に成立し,観念的競合になると解すべきである。〕

2  第2,第3

刑法60条,235条

3  第4

刑法60条,243条,235条

4  第5

刑法236条1項

5  第6

刑法235条

6  第7

覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条

平成22年3月5日

大阪地方裁判所第2刑事部

(裁判長裁判官 和田真 裁判官 平城文啓 裁判官 古庄順)

主文

被告人を懲役6年6か月に処する。

未決勾留日数中220日を刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

なお,以下の事実のうち,第2以外の事実は,いずれも部分判決において示したものと同じである。

第1(部分判決の犯罪事実第1)

被告人は,平成21年3月17日午後9時40分ごろ,堺市堺区の路上において,タクシーに乗車したが,運転手が女性であったことから,同人を脅して,現金を差し出させるとともに乗車料金の支払いを免れようと考えた。そこで,同日午後10時30分ごろ,大阪市西成区の路上において停車を命じ,そのころ,その場で同タクシーの運転手V1(当時58歳,以下「被害者V1」という。)に対し,「金を出せ」,「命惜しないんか」などと脅すとともに現金を要求し,被害者V1を怖がらせて,同所までの乗車料金5630円の請求を断念させて,その支払いを免れたが,被害者V1に防犯ブザーを鳴らされるなどしたため,その場から逃走した結果,現金を脅し取ることまではできなかった。

第2(平成21年8月6日付け起訴状記載の公訴事実)

被告人は,タクシー運転手を襲って売上金を奪おうと考え,客を装いタクシーに乗り込み,「うわ,何か変な虫がおる。ちょっと見てくれ」などと騒いで,平成21年5月4日午前3時27分ごろ,大阪市天王寺区の路上でタクシーを停車させた上,「ちゃんと見いや」などと言ってタクシーから降りて,運転手V2(当時53歳,以下「被害者V2」という。)に後部座席を確認するよう指示して車外に誘い出した。そして,後部座席を確認した後,振り向いた被害者V2に対し,そのころ,その場で,いきなり,その脇腹や顎を左拳で,それぞれ1回殴って,被害者V2を反抗できない状態にして,そのベストのポケットに入っていた現金1万7000円を奪い取るとともに,その際,加療8日間を要する右下顎裂創の傷害を負わせた。

第3(部分判決の犯罪事実第2)

被告人は,Bと共謀の上,平成21年5月4日午前4時24分ごろ,大阪市中央区の路上において,Bが,同所を歩いていたV3(当時23歳)に後方から近付き,左肘に掛けていた手提げカバン1個(現金約8万円〔V3所有〕及び運転免許証等6点在中。物品〔V3所有又は管理〕の時価合計約7万0100円)をひったくって盗んだ。

第4(部分判決の犯罪事実第3)

被告人は,Bと共謀の上,平成21年5月5日午前8時17分ごろ,大阪市西成区の歩道において,Bが,同所を歩いていたV4(当時61歳)に後方から近付き,右手に持っていた手提げバッグ1個(現金約8万円〔V4所有〕及び運転免許証等11点在中。物品〔V4所有又は管理〕の時価合計約2万6000円)をひったくって盗んだ。

第5(部分判決の犯罪事実第4)

被告人は,Bと共謀の上,平成21年5月8日午後零時44分ごろ,大阪市浪速区において,Bが,マンションに歩いて入ろうとしていたV5(当時24歳)の後方から近付き,右手に持っていた財布をひったくろうとしたが,十分につかむことができず,近くの路上に落としたために盗むことができなかった。

第6(部分判決の犯罪事実第5)

被告人は,強盗をしようと考え,平成21年5月11日午前1時29分ごろ,大阪市西区にあるコンビニエンスストアにおいて,店員のV6(当時47歳)の背後からその襟付近をつかみ,首筋にアイスピックを突き付けて,「レジ開けな殺すぞ」などと脅し,反抗できない状態にして,レジスターの中から経営者が所有する現金約14万6000円を奪い取った。

第7(部分判決の犯罪事実第6)

被告人は,平成21年5月11日午前11時5分ごろ,大阪市阿倍野区において,V7(当時73歳)が券売機の右横に手提げカバンを置いて切符を購入しているすきに,このカバン(現金約91万円〔V7所有〕及び運転免許証,財布,キャッシュカード,健康保険証等在中。物品〔V7所有又は管理〕の時価合計約14万5000円)を持ち去って盗んだ。

第8(部分判決の犯罪事実第7)

被告人は,法定の除外事由がないのに,平成21年5月14日ごろ,大阪市住之江区において,ガラス製のパイプに入れた覚せい剤(フエニルメチルアミノプロパンの塩類)若干量をライターの火で加熱して気化させて吸引して使用した。

(証拠)

括弧内は,検察官請求証拠番号を示す。

なお,第2の事実に関するもの以外は,いずれも部分判決において該当事実の証拠として示したものと同じである。

第1,第3ないし第8の事実について

・ 被告人の区分事件審判における公判供述

第1の事実について

・ V1の区分事件審判における公判供述

・ 被告人の検察官調書(乙1,2)

・ V1(甲7〔不同意部分を除く〕),B(甲8)の検察官調書

・ 実況見分調書(甲5,6)

・ 捜査報告書(甲3,4)

第2の事実について

・ 被告人の公判供述

・ 被告人の検察官調書抄本(乙107)

・ V2の検察官調書抄本(甲110)

・ C(甲112),B(甲113)の警察官調書抄本

・ 捜査報告書(甲111)

・ 捜査関係事項照会回答書謄本(甲102)

第3及び第5の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙8)

第3の事実について

・ V3の警察官調書謄本(甲35)

・ 被害届謄本(甲33)

・ 写真撮影報告書謄本(甲36)

第4の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙3)

・ Bの検察官調書謄本(甲19)

・ V4の警察官調書(甲14,15)

・ 被害届(甲11,12)

・ 捜査報告書(甲17,21)

第5の事実について

・ Dの検察官調書謄本(甲44)

・ V5の警察官調書謄本(甲41)

・ 写真撮影報告書謄本(甲43)

第6の事実について

・ 証人V6の区分事件審判における公判供述

・ 被告人の検察官調書謄本(乙6〔不同意部分を除く〕)

・ V6(甲22〔不同意部分を除く〕),D(甲32)の検察官調書

・ B(甲30),E(甲31〔謄本〕)の警察官調書

・ 実況見分調書(甲25)

・ 写真撮影報告書(甲26)

第7の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙9)

・ V7の警察官調書(甲47,48)

・ 被害届(甲46)

・ 捜査報告書(甲49)

・ 盗品等発見報告書(甲51,56)

・ 写真撮影報告書(甲50,54,55,59)

第8の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙13)及び警察官調書(乙10ないし12)

・ 捜索差押調書謄本(甲64)

・ 鑑定書(甲63)

(法令の適用)

罰条

第1

乗車料金の支払いを免れた点  刑法249条2項

現金を交付させようとした点  刑法250条,249条1項

第2   刑法240条前段

第3,第4  刑法60条,235条

第5   刑法60条,243条,235条

第6   刑法236条1項

第7   刑法235条

第8   覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条

科刑上一罪の処理

第1   刑法54条1項前段,10条(犯情の重い恐喝利得罪の刑で処断)

刑種の選択

第2   有期懲役刑を選択

第3ないし第5,第7  懲役刑を選択

併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い第2の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入  刑法21条

訴訟費用の不負担  刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,わずか2か月間に,タクシー運転手に対する恐喝や強盗致傷各1件,ひったくり窃盗3件(うち1件は未遂),コンビニ強盗1件,置き引きによる窃盗1件,覚せい剤の自己使用1件の各犯行に及んだという強盗致傷,強盗,恐喝,窃盗,窃盗未遂,覚せい剤取締法違反の事案である。

2(1)  検察官は,「①被告人は,短期間のうちに多数の犯行を犯している。②いずれの犯行も動機や経緯に同情の余地がない。③特に強盗致傷は,プロボクサーが拳で一般人を殴りタクシーの売上金を奪うという悪質なものである。その余の犯行も態様が悪質である。④一連の犯行で生じた結果は重大である。⑤犯行に至った経緯等からみて,被告人が再犯に及ぶおそれも大きい。これらの点からすると,被害者の一部と示談が成立していることなどの有利な事情を考慮しても,被告人を懲役12年に処すのが相当である」旨主張する。

(2)  これに対し,弁護人は,「①被告人が金に困って犯行に及んだ原因は,その性格的な弱さにある。この点は,被告人の生まれ育った環境等にも影響されており,同情の余地がある。②幸い,強盗致傷事件の結果は比較的軽い。プロボクサーが拳で殴った犯行だということを過度に重視すべきではない。③出所後の更生を援助する環境も整っており,いたずらに長期の刑を科すことはかえって,被告人の更生の妨げとなる。④被告人は,今回の犯行で多くのものを失い,後悔し真摯に反省もしている。⑤被害者の多くと示談が成立し,減刑も嘆願されている。以上の点からすると,被告人の一連の犯行は確かに重大であるから実刑に処せられることはやむを得ないとしても,その刑期を懲役5年程度にとどめるのが相当である」旨主張する。

3  そこで,評議においては,以上の当事者双方の主張を踏まえて,被告人が短期間のうちに強盗致傷をはじめとする多数の犯行に及んだことをどのように考え,どのような点を重視し,被告人を,どのような刑に処すのが相当であるかを議論した。

(1)  本件各犯行に至る経緯及び動機について

ア 被告人が本件各犯行に及んだ動機の一部には若干の争いがある。

(ア) 被告人は,公判で,判示第1のタクシー恐喝に及んだ理由について「親の借金に苦しむ知人女性のため,後援会関係者に頼んで250万円を融通してもらった。ところが,その女性が行方をくらまして肩代わりせざるを得ない状況に追い込まれた。その一部を支払う必要があった」旨述べる。また,判示第2のタクシー強盗致傷に及んだ理由についても「自分の交際相手がその友人のCに対し7万円の借金を負っていた。Cに肩代わりを承諾したところ,Cがやくざ関係の人間を使って厳しい取立てをしてきた。そこで,早急に返済資金を調達する必要があった」旨述べている。

(イ) 検察官は,これらの点を裏付ける証拠がなく,被告人の供述はいずれも信用できないと主張する。

(ウ) なるほど,被告人が後援会関係者から250万円を融通してもらったことを裏付ける証拠は存在しない。しかし,被告人のこの点の供述は具体的である。また,被告人の行動パターンに照らして,知人女性のために250万円の融通を頼むということは考えられないことではない。そうすると,被告人が後援会関係者から250万円の返済を迫られていたことが事実に反すると決めつけることはできない。

一方,被告人が,Cに返済しなければ大変なことになると思っていたことは間違いがない。なぜなら,関係者の供述から,被告人が判示第2のタクシー強盗致傷の犯行に及ぶ直前,返済資金を何とか工面しようと焦っていた様子がうかがわれるからである。

(エ) 以上から,本件各犯行に至った経緯・動機を検討する場合,被告人の公判供述を基本にすべきだということになった。

イ 被告人の公判供述等によれば,本件各犯行に至る経緯・動機は概略以下のとおりとなる。すなわち,

被告人は,強盗致傷事件等で少年院に送られたが,少年院の中でもめ事を起こして退院が遅れたため,愛想を尽かした妻から離婚を持ち出され,離婚することとなった。被告人は,妻子が自分を待ってくれなかったことに大いに落胆し,再起を目指すボクシングに集中できない状況になった。そのような中,平成21年2月末ごろ,金欲しさからBと一緒に盗みをするようになった。そして,前記のとおり後援会関係者に250万円を返さなければいけなくなったことから,タクシー代金を踏み倒すとともに返済金の一部を得ようと判示第1のタクシー恐喝に及んだ。その後,前記のとおりCに対しても7万円の肩代わりを約束し,これと後援会関係者に返すべき250万円の残金を,ボクシングの試合のご祝儀等で返済しようと考えていた。ところが,4月19日ごろに予定されていたボクシングの試合を,減量の失敗等のためにキャンセルせざるを得なくなった。怒ったボクシングジムの会長から,引退するよう言い渡されるとともに,生じた損害の一部も賠償するよう言われた。被告人は,このような状況に自暴自棄となって覚せい剤に手を出すようになるとともに,知人女性Eの財布を盗んだ。被告人は,Eの財布を盗んだことで,Eに対してもその弁償として16万円を支払わざるを得なくなった。そのような中,被告人は,Cから前記のように厳しい督促を受け,何とか金を工面しなければいけないと考え,Bと一緒にひったくりをする相手を探した。しかし,適当な相手が見つからなかったため,手っ取り早く現金を得るには単独でタクシー強盗をしようと考え,判示第2のタクシー強盗致傷を起こした。その後,Bと合流し,両名で判示第3ないし第5のひったくり窃盗や窃盗未遂を繰り返した。さらに,BからEへの弁償金を払うよう迫られ,判示第6のコンビニ強盗に及んだ。その他の返済金等に困っていたこともあり,判示第7の置き引き窃盗に及んだ。そして,近々警察に捕まるに違いない,最後に覚せい剤を使おうなどと考え,判示第8の覚せい剤の自己使用に及んだ。

ウ 被告人の本件各犯行に至る経緯・動機は,概ね上記のようなものであったものと認められる。被告人は,自分が犯す犯罪のため,被害者にどのような衝撃や迷惑を与え,また,それにより自らがどのようになるかを全く考えることなく,いとも簡単に多数の犯行を繰り返している。どの犯行も極めて短絡的なもので,犯行に及ぶことへのためらいや抵抗感が感じられない。既に少年院に入院し,そこで教育まで受けながら,短期間のうちに,これほどまでに多くの犯行を犯したことは極めて深刻で,強く非難されなければならない。

ところで,被告人が本件各犯行に走った背景には,前記のとおり,妻子に去られて目標を失いボクシングに身が入らなくなったこと,他人のために安易に借金を背負ったことなどがあげられる。

弁護人は,「被告人は,幼いころ,日本語が分からないままメキシコから来日したため周囲からいじめを受け,家族以外に信頼のできる者を見いだせない孤独な生い立ちを経験した。他方で,若くして世界ランカーとなるなどボクサーとして名をなし,破格の収入を得て金銭感覚が麻痺してしまった。これらのことが最愛の妻子に去られてボクシングに集中できなくなったこと,さらには,安易に他人のために借金を作ってしまったことなどと結びついており,同情の余地がある」旨主張する。

なるほど,被告人が妻子に去られて目標を失い,さらに,プロボクサーとしての引退まで迫られ自暴自棄になった心情は理解できなくはない。しかし,妻子に去られたのは,被告人が少年院でもめ事を起こして退院が延びたためで,自らに責任のあることである。また,被告人には,その生い立ちの影響からか,利用されていると分かりながら,他人の歓心を買うため善悪や損得を考えず,頼み事を安請け合いする弱さがある。今回,自分の資力等を考えず,安易に他人の借金を背負う等したのも,この弱さの表れと考えられなくもない。しかし,被告人は,既に少年時に何度も取り巻きに利用されて犯罪を犯し,その挙げ句,少年院に行くなどの失敗を繰り返しているのである。そのときに気付き克服していなければならない問題である。検察官が指摘するとおり,窮地に追い込まれたこと自体が自業自得という面がある。

そうすると,被告人の心情等に若干の同情の余地はあっても,その責任を大きく軽減する事情とはいえない。

(2)  犯行態様について

ア 判示第2のタクシー強盗致傷は,プロボクサーである被告人が,一般人を拳で殴り,一時的に気を失わせて売上金を奪うという悪質かつ危険なものである。被告人は,脇腹や顎を殴れば,相手方にどのような影響が出るかを専門家として十分に分かった上で,その知識や技能を悪用して犯行に及んでいるのである。たとえ,手加減し,また利き手ではない左手で殴ったとしても,元世界ランカーの被告人のパンチが非常に強烈なものであることは疑いようがない。

弁護人は,ボクサーの犯行であることを過大視すべきではないと主張する。しかし,ボクサーが,その技能を犯罪に用いたことは,恥ずべきことである。厳しく非難もされなければならない。また,被告人は,凶器を用いる代わりに,相手方の反抗を封じる十分な手段として自らのパンチ力等を悪用しているのである。凶器を使った強盗と同視できる。検察官の主張するとおりである。

イ 判示第6のコンビニ強盗は,深夜,一人で店番をしていた被害者に対し,いきなり背後から首筋にアイスピックを突き付けるという方法で行われたものである。検察官が指摘するとおり,被害者の動きや反応次第によっては,大きなけがを負わせていた可能性もある。危険な態様ということができる。

ウ その余の犯行についても,たとえば,判示第1のタクシー恐喝においては,女性の運転手に対し,強い脅迫を加えており悪質である。判示第3ないし第5の一連のひったくり窃盗あるいは窃盗未遂も,場合によっては被害者を転倒させてけがをさせかねない危険なものといえる。

エ しかも,被告人は,密室状態で金が奪いやすい,あるいは,金を取りやすいということから,タクシー運転手を相手に強盗や恐喝に及んだり,客のいない深夜のコンビニエンスストアを狙って強盗に及んでいる。また,ひったくりの対象として女性ばかりを狙ったのも,バッグに財布を入れていることが多く現金を取りやすく,逃げやすいからだというのである。卑劣で悪質である。

オ タクシーにおいて犯行に及ぶ際には,防犯カメラを意識して顔を隠したり,防犯ブザーを作動させられないよう,運転手を車外に誘導する等している。また,コンビニ強盗でも店員をレジの外へとおびき出すなど,その手口は手慣れている。

カ 以上のとおり,被告人の犯した一連の犯行の態様は悪く,とりわけ,判示第2のタクシー強盗致傷と判示第6のコンビニ強盗の犯行態様は危険であって,特に強く非難されなければならない。検察官が指摘しているとおり,本件各犯行の態様はいずれも悪質である。

(3)  被害結果について

被告人が犯した一連の犯行による財産的な被害額は合計147万円余りと多額に上っている。また,判示第2のタクシー強盗致傷,判示第6のコンビニ強盗及び判示第1の恐喝の各被害者が受けた恐怖や苦痛,憤りの思いが相当大きいことは明らかである。これらの被害者は,本件各被害にあったため,その後の仕事にも差し障りが生じているというのであり,被告人の心ない犯行が被害者らに及ぼした影響は極めて重大である。

強盗致傷事件の被害者が厳重な処罰を望み,また,恐喝事件の被害者が正当な処罰を望むのは当然のことである。

(4)  被告人の反省状況及び再犯の可能性について

ア 検察官は,「被告人は,少年院で反省の機会を与えられ,教育を施されたにもかかわらず,退院後,短期間のうちに本件各犯行を繰り返している。また,判示第2のタクシー強盗に及んだ後に,『久しぶりに人どついたら気持ちよかった』などと他人の痛みを意に介さない,心ない言動にも及んでいる。また,同事件について『最初から殴るつもりはなかった』旨述べて計画性を否認するなど反省に欠ける態度も見受けられる。これらの点からすると,被告人が今後同様の犯行に及ぶおそれが高く,長期間服役させて徹底した教育を施す必要がある」旨主張する。

イ 先にも述べたとおり,被告人は同種犯行で少年院に入りながら,退院後,短期間のうちに,これほどまでに多くの犯行に及んでいる。確かに,その将来が懸念される。

ウ しかし,被告人は,17歳でプロボクサーとしてデビューし,そのたぐいまれな身体能力により,瞬く間に,世界ランク8位にまで上りながら,事件を起こして少年院に入り,今回もまた本件各犯行を引き起こして,ボクサーとして最も重要な時期を刑務所で送らざるを得ないのである。弁護人が指摘するとおり,自らが招いた結果とはいえ,本件各犯行により被告人が失ったものは余りにも大きい。被告人なりに後悔し,反省していないとは考えがたい。

エ これまでの身柄拘束期間中に,被告人は,自分にとってボクシングがどれほど重要なものかを改めて認識し直したものと考えられる。また,このような事態になっても見放さず,社会復帰後の支援を誓ってくれるボクシングジムの会長や示談のために金策をしてくれた家族に感謝しているようでもある。自分を見つめ直し,どのような点が犯罪につながったのか考えようともしている。

オ 検察官の指摘する,被告人が犯行を楽しんでいるかのような言動は,たとえ事実であっても,虚勢を張っての言動とも考えられ重視されるべきではない。また,タクシー強盗致傷の計画性を否認するかのような言動等についても,これを反省のない証ととらえるのはいささか酷である。

カ 被告人には,支援を申し出るボクシングジムの会長や,今後の監督を誓う母親その他の家族もおり,更生のための環境は整っているといえる。その再犯のおそれは必ずしも大きいとはいえない。

キ 以上によれば,被告人が更生するためにはボクサー等としての再起の機会を与えることが重要ではないかと考えられる。本件各犯行に対する被告人の責任は重大であり,相応の責任を取らせる必要はあるが,殊更に長期の刑を科することは,被告人の更生にとってかえってマイナスであると考えられる。

(5)  コンビニ強盗及び窃盗について示談が成立していること

判示第6のコンビニ強盗,判示第3,第4のひったくり窃盗,判示第7の置き引き窃盗の被害者とは示談が成立している。また,減刑の嘆願も出されている。示談に応じて刑の軽減を望むという,これら被害者の意向は重視されるべきである。

5  以上検討してきた事情をもとに,一連の事件の中で最も重大な強盗致傷の量刑傾向を参考にしながら,被告人にどのような刑を科すのが相当であるかを議論した。

被告人が犯したタクシー強盗致傷は,既に述べたとおり,プロボクサーがその持つ技能を悪用した悪質な態様のものである。他方,被害者の身体に与える危険性という観点からみた場合,相手方にどのような衝撃を与えるかを十分に分かった上で,手加減もして殴ったという点で,刃物等の凶器を使った事案に比べて,その危険性はむしろ低いと評価できる。幸い,被害者の記憶が飛んだのは1分未満の短時間にとどまり,けがの程度も8日間にとどまっている。そうすると,強盗致傷罪の中では軽い方の事案と位置づけることができる。もとより,被告人は,このほかにもコンビニ強盗その他の多数の悪質な犯行に及んでいる。また,同種犯行により少年院送致されながら,退院後わずか5か月程度で一連の犯行を開始しているという点も重視されなければならない。したがって,酌量減軽すべき事案とはいえない。しかし,コンビニ強盗等については示談が成立している。また,被告人が22歳と若く,反省を深めている等の事情も認められる。そして,被告人を更生させるためには,先に述べたとおり,社会復帰後,被告人の努力次第ではボクサー等として再起する機会を与えることも重要と考えられる。

以上の点を総合すると,被告人を懲役6年6か月に処すのが相当と判断した。

(求刑懲役12年)

平成22年4月26日

大阪地方裁判所第2刑事部

(裁判長裁判官 和田真 裁判官 武林仁美 裁判官 古庄順)

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