大阪地方裁判所 平成21年(ワ)10533号 判決 2011年10月26日
原告
X
被告
Y
主文
一 被告は、原告に対し、八〇二万六四九四円及び内六九三万四七九五円に対する平成二〇年四月二六日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、二〇三四万七六七二円及び内一六六六万九八七八円に対する平成二〇年四月二五日から支払済みまで年五%の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し、交通事故による損害賠償を求める事案である。
一 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) 交通事故の発生(甲一三)
平成一五年一月三日午後五時三五分頃、大阪府茨木市西田中町六―二二付近の交差点において、対面青信号に従って横断歩道上を直進していた原告運転の自転車に、後方から右折してきた被告運転の普通乗用自動車が衝突して、原告を自転車と共に転倒させる交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)
(2) 被告の責任
被告は、本件交通事故により原告が被った損害につき、民法七〇九条及び自賠法三条に基づく損害賠償責任を負う。
(3) 原告の受傷及び入通院(甲二ないし五、一七、一八)
原告は、本件事故により受傷し、以下のとおり入通院治療を受けた。
ア a病院(以下「a病院」という。)
診断傷病名:頭部外傷Ⅰ型、右膝打撲、腰部打撲、右膝擦過傷、頚椎捻挫、左肩鎖関節脱臼、外傷性頚部症候群
入院:平成一五年一月三日~同月五日
通院:同月六日~同年四月七日(実通院二七日)
イ b病院(以下「b病院」という。)
診断傷病名:外傷性頚部症候群、低脊髄圧症候群、髄液減少症
通院:同年四月一〇日~平成一六年一一月一八日(実通院三〇日)
入院:上記期間中の平成一五年五月一〇日~同月一五目
ウ c病院
診断傷病名:外傷性頚部症候群、低脊髄圧症候群
入院:平成一五年七月一六日~同月一七日
通院:同年八月一日~平成一九年一〇月一日(実通院五三日)
エ d病院(以下「d病院」という。)
診断傷病名:低髄圧症候群
通院:平成一六年九月一日~平成一八年一月一一日(実通院九日)
入院:上記期間中の平成一七年六月三日~同月五日及び平成一八年七月三一日~同年八月二日
(4) 原告の症状固定及び後遺障害(甲一一、一二)
ア 原告は、平成一九年一〇月一日にc病院において、次の内容で症状固定の診断を受けた。
傷病名:外傷性頚部症候群、脳脊髄液減少症
自覚症状:顔面のしびれ、右下肢痛としびれ、背部痛、頚部痛、頭頂部のしびれ
他覚所見等:脳脊髄シンチで髄液漏出を認める、長時間の立位で症状が悪化する(自覚症状)
イ 原告は、平成二〇年四月一一日、自賠責保険により、背部痛・頚部痛・顔面部しびれ・頭頂部しびれ等の症状につき、初診時の傷病名は「頭部外傷Ⅰ型、頚椎捻挫」で受傷約三か月後に「外傷性頚部症候群、髄液減少症」との傷病名が追加されているところ、頭部・頚部のXP・MRI画像で外傷性の異常所見が認められないことや、b病院の診断書に脳槽シンチにて胸椎部での異常集積像との検査所見があるものの、その後のd病院やc病院の経過診断書に神経学的所見の記載がないことから、他覚的に証明されるものとはいえないことを理由として、一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当し、右下肢のしびれ等の症状につき、他覚的に証明されるものとはいえないことを理由として、一四級一〇号に該当し、後遺障害等級併合一四級に該当するとの認定を受けた。
二 原告の主張
(1) 原告の症状固定及び後遺障害
ア 症状固定時期について
原告を実際に診察した医師が治療の必要性を認めて入院を含む治療を続けてきた上、その間に症状の改善も認められているのであるから、症状固定日は実際にその診断がされた平成一九年一〇月一日である。
イ 後遺障害等級について
原告の後遺障害は、症状固定の診断当時、既に本件事故から約五年を経過しても残存し、更にその一年後においても症状に変化はないことや、脳脊髄液減少症(低脊髄圧症候群)の診断根拠となる脳脊髄液の漏出や立位での頭痛などの他覚的所見もあり、ICHD―Ⅱや日本神経外傷学会の診断基準も満たすことからすれば、後遺障害等級一二級の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。
また、脳脊髄液減少症に該当するか否かにかかわらず、原告の症状自体から、後遺障害等級一二級に該当するというべきである。
(2) 原告の損害
原告は、本件事故により、以下の損害を被った。
ア 治療費(文書料を含む。) 七二万五二八三円
a病院 六三〇〇円
b病院 五四万三七四五円
c病院 一四万四七八〇円
d病院 三万〇四五八円
イ 入院雑費 二万二一〇〇円
1日1300円×17日間
ウ 通院交通費 一五万五〇二〇円
エ 休業損害 主位的五二八万九三六一円
予備的二八四万一〇五一円
(ア) 平成一五年一月三日~同年八月三一日までの分
原告は、a病院で准看護師として勤務していたところ、本件事故による受傷のため、平成一五年八月三一日までほとんど仕事をできず、その間に有給休暇等を含めて一五二目欠勤し、また、平成一五年上期及び下期の賞与が減額された。
事故前3か月の収入(55万6500円+15万1032円)÷稼働日数65日×欠勤期間152日+上期賞与減額分12万8700円+下期賞与減額分22万2700円=200万5936円
また、原告は、平成一五年四月から夜勤を月四回から月六、七回に増やそうと考えており、夜勤増により一月あたり二万五〇〇〇円の収入増加があるはずであったが、本件事故により、これができなくなった。
月2万5000円×平成15年4月から8月までの5か月分=12万5000円
(イ) 平成一五年九月一日~平成一九年一〇月一日までの分
(主位的主張)
原告は、平成一五年九月一日から勤務を再開したが、それは、右下肢痛や頭部不快、頚部圧迫感、顔面しびれ、耳鳴り、右臀部痛などの諸症状があり通院しながらの労働能力を回復しない中での勤務であり、特別の努力を要したから、同期間分の本来の収入の二割相当額が休業損害として認められるべきである。
(事故前の年収356万8540円+夜勤増による収入増加分年30万円)×(4年+30日÷365日)×2割=315万8424円
(予備的主張)
仮に上記主張が認められないとしても、原告は、上記期間中に通院のために有休・代休等を合計六七日使用した。
(事故前の年收356万8540円+夜勤増による収入増加分年30万円)÷365日×67日=71万0115円
オ 入通院慰謝料 主位的一八九万円
予備的二七九万円
原告は、本件事故による受傷のため、一七日間入院し、四五か月間(実通院一一九日)通院したものであり、入通院慰謝料は一八九万円が相当である。
仮に、上記エ休業損害(イ)の主位的主張が認められない場合には、特別の努力により勤務してきたことを慰謝料で考慮すべきであり、その慰謝料増額分は九〇万円(合計二七九万円)が相当である。
カ 後遺障害逸失利益 七一二万九〇二二円
原告の年収386万8540円(上記の事故前年収+夜勤増分)×労働能力喪失率14%(12級)×13.163(症状固定時45歳から67歳まで22年間のライプニッツ係数)=712万9022円
キ 後遺障害慰謝料 二八〇万円
ク 小計 一八〇一万〇七八五円
ケ 既受領
(ア) 被告(損保会社)から二八五万六三五〇円
(イ) 自賠責保険から平成二〇年四月二五日に七五万円
コ 弁護士費用 一五一万四三五五円
サ 請求額の計算
(ア) ク(小計)からケ(ア)(被告から受領分)を控除した額とコ(弁護士費用)の合計で一六六六万九八七八円
(イ) 上記一六六六万九八七八円に対する事故日(平成一五年一月三日)から自賠責保険金支払日(平成二〇年四月二五日)まで(五年と一一四日間)の遅延損害金四四二万七七九四円に、ケ(イ)(自賠責保険から受領分)を充当すると、確定遅延損害金残金が三六七万七七九四円
(3) 本件請求
よって、原告は、被告に対し、上記損害残元本一六六六万九八七八円及びこれに対する平成二〇年四月二五日から支払済みまで年五%の割合による遅延損害金と、上記確定遅延損害金残金三六七万七七九四円の支払を求める。
三 被告の主張
(1) 原告の症状固定及び後遺障害について
ア 症状固定時期について
b病院の担当医が保険会社の調査に対し、平成一五年七月一七日時点で「症状は固定しているといえば現時点でも固定しています」と述べ、同年九月一一日時点においても「一二月末くらいで症状固定とするのが最もよいように思います」と述べていることなどからすれば、相当治療期間は長くても一年程度であり、その段階で症状固定していたというべきである。
イ 後遺障害等級について
(ア) 局部の神経障害で一二級一三号の認定をするには、他覚的に神経系統の損傷が証明されることが必要であるが、原告の後遺障害につき、自賠責保険では一二級認定は困難とされている。
(イ) 低髄液圧症候群については、ICHD―Ⅱや日本神経外傷学会の診断基準によって判断するのが相当であり、立位での頭痛を含めた症状悪化・臥位での改善という臨床症状、及び、頭部MRIでの脳下垂の所見(慢性化している場合は頭部造影MRIでの静脈うっ血所見)が低髄液圧症候群と診断する最低限の条件というべきである。
そして、a病院の診療録に頭痛の記載はないこと、b病院で平成一五年五月二二日に「脳槽シンチ、小さな漏れ+」とされているが画像上明確ではないことや、その後も症状は一進一退で低髄液圧症候群の特徴的な所見はなく、逆に平成一六年一一月一八日には「頭痛はほとんどない」とされていること、d病院でも髄液漏れと判断されているが、その根拠となった画像は不明確であることや、平成一八年八月二日には髄液漏れはないと判断されていること、にもかかわらず症状があるということは、その症状は髄液漏れによるものではないことを示していること、同病院は「起床時の頭痛、頚部痛がブラッドパッチ後改善した」としているが、そもそも起床時の頭痛や頚部痛は診療録に記載されていないことなどからすれば、原告が本件事故により低髄液圧症候群やそれに類する症状を発症したということはできない。
(2) 原告の損害について
既受領は認め、その余は否認ないし争う。
第三当裁判所の判断
一 原告の症状固定及び後遺障害について
原告は、本件事故により脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)になったもので、症状固定時期は平成一九年一〇月一日であり、後遺障害等級一二級である旨主張するのに対し、被告は、本件事故により脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)を発症したとはいえず、症状固定時期は本件事故から一年程度であり、後遺障害等級一二級には該当しない旨主張するので、以下検討する。
(1) 原告の症状経過等について
ア まず、後掲各証拠によれば、原告の症状経過ないし治療経過について、以下の事実が認められる。
(ア) 原告は、平成一五年一月三日に本件事故後に遭って、a病院を受診し、主に頭部打撲(頭痛)や右膝擦過傷(右膝痛)を訴え、頭部外傷Ⅰ型、右膝打撲、腰部打撲、右膝擦過傷、頚椎捻挫、左肩鎖関節脱臼と診断された。CT・XP上、異常は認められなかった(なお、脳のMRI撮影は行われていない。)が、当初から頭部違和感や頭痛、両上肢・両下肢の強いしびれ、首痛・後頚部痛などを訴えていた。同病院の医師は、原告の諸症状につき外傷性頚部症候群と診断して保存的加療を施行していたが、症状の改善がみられなかったため、原告にb病院を紹介した。(甲一七の五~二三・三四・四〇~四五頁等)。
原告は、b病院整形外科(主にA医師)を受診して、頚部痛、背部痛、両上肢痛、両下肢痛、腰臀部痛、顔面しびれ、頭部違和感、後頚部~後頭部の痛み、耳鳴などを訴え、症状が三〇分立位で悪化し、臥位で軽減する旨や、立って歩くと痛みが増す旨、体動で症状が増す旨なども訴えていた。そして、同年四月二六日に受けた脳のMRI撮影では異常はみられなかったが、入院(主治医はB医師)して同年五月一二日に脳槽シンチを受けた結果、胸椎二カ所に小さな漏れがあると診断された。A医師は、その検査結果を踏まえて、低脊髄圧症候群と診断した。(甲一八の八~一〇・三五・三七頁等)
(イ) そして、原告は、c病院(主にA医師)も受診して、同年七月一六日に自家血硬膜外注入(ブラッドパッチ)二〇mlを受け、翌一七日、右下肢違和感があるも症状が全般に安定し、頭痛や首痛も認められなくなった状態で退院した(甲一九の一〇・一一頁等)。
(ウ) その後、原告は、b病院において、同年七月二四日には、頚部痛や右下肢違和感、右腕違和感、顔面しびれ等があるが、起床時の頭の違和感や吐気はかなりよくなり、右下肢の痛みや頚部圧迫感はなくなったと述べ、同年七月三一日には、症状が少し増し、頭痛や頭部違和感、右下肢痛があり、左下肢痛や両上肢痛もあるが軽いと述べた。そして、同年八月頃からは、b病院やc病院において、右下肢違和感や頭痛等がある旨や、起床時に立ち上がった時に最も症状が強く、椅子に座ると少し楽になる・臥位でましになる旨、重い首の痛みが週二回程ある旨などを訴えていたが、日常生活動作に特段の問題はないようになっていた(甲一八の一三~一六頁、一九の二頁)。
(エ) 原告は、同年九月一日に復職し、腰ベルトや膝サポーターを付けて仕事を再開した。そして、その後も、b病院やc病院で通院治療を受けていたが、症状は一進一退であった。なお、平成一六年一〇月一三日に脳のMRI検査を受けたが、異常はみられなかった。(甲一八の一六頁等、一九の三二・五六頁等)。
(オ) その後、原告は、平成一六年九月一日にd病院も受診し、頚部痛、両上肢痛、背部痛、下肢痛がある旨や、それらの症状が本件事故後から持続している旨、b病院でブラッドパッチを受け、五〇%改善した旨、二回目のブラッドパッチを受けたい旨などを述べ、経過観察をすることになった。そして、平成一七年二月二一日にMRI胸椎ミエログラフィーを受けた結果、液体貯留の所見があるとされたが、症状は強くないので経過観察を続けるとされた。その後、平成一七年六月三日に二回目のブラッドパッチ(二五ml)を受け、翌四日には、背部痛や腰痛はあったものの、頭部痛や顔面痛、両上肢痛等はなくなり、翌五日に、頭痛等の諸症状が軽減した状態で退院した。(甲二〇の二五~二八・七四・八二・八四・八五・一〇五頁等)
(カ) その後、原告は、c病院で通院治療を受け、同年七月一九日には、左上肢の症状が大きく軽減し、頭痛も軽減しており、ブラッドパッチが効いたと述べた。その後、頭頂部や顔面、背部のしびれ感、右下肢違和感等はあったものの症状は軽減しており、頭痛や両上肢痛、耳鳴りはほとんどなくなっていた。同年一二月頃から、頭痛や首痛、起床時の頭部違和感等もあるようになったが、以前のような重いものではなかった。同病院の医師は、平成一八年二月頃から薬の量を減らしてみたが、薬物療法を数日中止すると症状が悪化する状態であったため、症状に応じて減薬し、悪化すれば元に戻すことを繰り返して全体的な投薬量を減らしていった。(甲一九の四一~四六頁等、二四、二五)
その間に、原告は、ブラッドパッチ等の治療後の髄液漏れの状態を確認するため、d病院に入院して平成一八年八月二日に脳槽シンチを受けたところ、髄液漏れはほとんどなく正常化していると診断された。(甲二〇の四二・六二・六五頁等、二八)
原告には、平成一八年一一月頃にも、顔面のしびれ、起床後の頭痛、頚部痛、右下肢違和感などの症状があったが、その程度は当初に比して格段に改善していた。c病院の医師は、全体的な投薬量を当初の一/三程度にまで減薬できていたため、しばらく投薬及び減薬を継続することにした。また、原告は、平成一九年二月頃には、本件事故前と同程度の量の仕事をこなすようになっていた。(甲一九の四七~五〇頁等、二五)
(キ) そして、c病院の医師は、前提事実記載のとおり、平成一九年一〇月一日に症状固定と診断した。
原告は、その後もc病院に通院していたが、顔面、頭頂部のしびれや、右下肢痛、背部痛、頚部圧迫感等の症状に、さしたる変化はなかった。また、原告は、平成二〇年一月頃には、仕事量を増やして夜勤を月六~七回するようになった。(甲一九の五〇~五四頁等、二六)
イ 次に、後掲各証拠によれば、原告の脳槽シンチ等の画像診断等について、以下の事実が認められる。
(ア) b病院の医師は、平成一五年五月一二日に行った脳槽シンチの結果、胸椎二カ所に小さな漏れがあると診断した(甲一八の一〇・二四頁等)。
(イ) d病院の医師は、上記脳槽シンチの画像で、髄液漏出がある、胸~腰椎にかけてクリスマスツリーサインが明らかに見られる、硬膜外への漏れが多いと診断し、平成一七年二月二一日に行った胸椎MRIの結果、硬膜外髄液貯留があると診断し、平成一八年八月二日に行った脳槽シンチの結果、髄液漏れはほとんど認めないと診断した(甲二〇の一八・六五・七八・八四・九四頁等、二八)。
(ウ) c病院の医師は、上記b病院の脳槽シンチの画像で、髄液漏出像が認められる、三か所の漏出の可能性があるが部位の特定は困難であると診断し、上記胸椎MRIミエログラフィーの画像で、一部左右差を認めるが、髄液漏出によるものかどうかは判断困難である(胸椎に接した左胸腔内に液体信号があり、胸髄から漏出した髄液である可能性は否定できない)と診断した(甲一一、二三、二五、二六)。
(エ) また、b病院及びc病院で原告の診療にあたったA医師は、平成一五年七月及び九月の保険会社の調査に対して、原告の臨床症状から神経因性疼痛や低髄圧症候群を疑い、脳槽シンチで髄液漏れを確認し、低髄圧症候群と診断した旨、本件事故は、車対車の追突事故ではなく、自転車で転倒しているので、転倒時に硬膜が牽引されて穴が開いてもいいかと考えた旨、硬膜外ブロックや投薬治療等を行って三か月間観察をしたが症状の変化はなかった旨、自家血硬膜外注入を行った後、症状内容は以前と同じであるが、出現頻度・程度は改善している旨、自家血注入や投薬治療に反応して症状が改善してきているので、直ちに症状固定ではなく、一二月末位で症状固定とするのが良いように思う旨などを返答し、平成一七年七月の保険会社からの照会に対し、自家血硬膜外注入は有効であった旨、最近一か月で症状はさらに改善してきている旨、症状固定時期は未定である旨などを返答し、平成一八年一一月、原告代理人からの照会に対し、他院の検査で漏出がなくなっていること及びなお症状があることについて、症状は当初より格段に改善しており、臨床経過から考えて不合理ではない旨などを返答し、平成二〇年一〇月、原告代理人からの照会に対し、最近一年間でほとんど症状に変化がないので、今後も長期間症状が続く可能性がある旨、不規則な勤務時間、頻回の夜勤、過度の重労働には配慮が必要である旨などを返答し、平成二三年一月、原告代理人からの照会に対し、追突事故、特に軽微な外力と考えられる追突事故後の脳脊髄液減少症については懐疑的であり実際にはほとんど起こらないと考えている(多数の交通事故後の難治性疼痛患者を診療してきたが、その中で追突事故後の長期症状持続患者で脳脊髄液減少症と診断したのは一例だけである)旨、本件で脳脊髄液減少症を疑ったのは、自転車走行中に自動車と衝突して背部から転倒して頭部等を打撲したという受傷機転を聞いたからであり、この受傷機転で発症し、受傷後三か月を経過しても症状が全く軽快しないという病歴からである旨などを返答した。(甲一八の二六頁、二四ないし二七、三二、乙二、三)
(オ) また、d病院の医師は、平成一七年七月の保険会社からの照会に対し、初診時に症状は当初より五割位軽減した状態であった旨、b〔b病院〕RIにより低髄圧症候群と診断する旨、一回目の硬膜外自家血注入の効果が良く二回目を行うことにした旨、実施後に症状が七割位軽減した旨などを返答した。(甲二〇の九三頁)
(2) 脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)の診断基準等について
ア まず、証拠(甲二九、乙四の参考文献一ないし六)及び弁論の全趣旨によれば、脳脊髄液減少症は、髄液の漏出・減少により、頭痛、頚部痛、背部痛、腰痛、四肢痛、吐気、光過敏、耳鳴り、めまい、聴力障害、顔面違和感、悪心、胃腸障害、記憶力低下、集中力低下、全身倦怠感など様々な症状を呈する症候群であり、立位での頭痛の出現・症状の悪化や、臥位での症状の緩和が特徴とされていること、発症後数ヶ月以内の急性期~亜急性期の場合は、MRIで脳の沈下所見や代償性のうっ血所見が得られることが多いが、慢性期ではそれらの所見が得られにくいとの症例報告があること、MRミエログラフィーは機種及び撮影法による差が著しいため、参考所見に留めるべきとの見解があること、現時点では脳槽シンチグラフィーが最も信頼性の高い画像診断法ないし最も多用されている検査法とされていること、治療法として薬物療法や点滴等の保存的治療、硬膜外生理食塩水注入、硬膜外自己血注入などがあること、硬膜外自己血注入により、ほとんどの症例で症状の改善があり、脳槽シンチ上でも改善(髄液漏出の減少)が認められ、効果が三~六か月持続したが、再発して二~三回硬膜外自己血注入を行った症例も一定程度あるとの症例報告がある(なお、後記のICHD―Ⅱの診断基準のコメントでも、初回治療で効果があっても再発するものもあるとされている。)こと、脳脊髄液減少症は、医学界において診断基準等の確立していない新しい病態概念であり、硬膜外自己血注入の注入量や回数等の基準についても統一見解は得られていないこと、医師側が鑑別診断をおろそかにして安易に脳脊髄液減少症の診断をして硬膜外自己血注入を施行しているケースがみられるとの指摘があること、脳脊髄液減少症は、髄液圧は正常範囲内で、症状の原因は髄液圧の減少ではなく、脳脊髄液の減少にあることが多いものの、特発性低髄液圧症候群や特発性低髄液圧性頭痛と極めて類似した病態であると考えられ、後記のようなICHD―Ⅱの診断基準等が脳脊髄液減少症を考える際の基準となるとされてきたこと、近時では保険適用も認められるようになっていること、平成二三年六月には厚生労働省の研究班が、髄液漏れの患者(脳脊髄液漏出症)の存在を認めて、今後、低髄液圧症の診断基準とは別に脳脊髄液漏出症の最終的な診断基準の作成に取り組む旨の中間報告を発表したこと(公知の事実)などが認められる。
イ そして、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、脳脊髄液減少症ないし低髄液圧症候群について、医学界全体で統一的な診断基準が確立しているわけではないものの、現在の主要な診断基準として、以下のものがあることが認められる。
(ア) ICHD―Ⅱ(国際頭痛分類第二版)の特発性低髄液圧性頭痛の診断基準(乙四の参考文献二・四)
A 頭部全体および・または鈍い頭痛で、座位または立位をとると一五分以内に増悪し、以下のうち少なくとも一項目を有し、かつDを満たす。
①項部硬直、②耳鳴、③聴力低下、④光過敏、⑤悪心
B 少なくとも以下の一項目を満たす。
①低髄液圧の証拠をMRIで認める。
②髄液漏出の証拠を通常の脊髄造影、CT脊髄造影、または脳槽造影で認める。
③座位髄液初圧は60mmH2O未満
C 硬膜穿刺その他髄液漏の原因となる既往がない。
D 硬膜外血液パッチ後、七二時間以内に頭痛が消失する。
(イ) 日本神経外傷学会の低髄液圧症候群の診断基準(乙四の参考文献六等)
前提基準 国際頭痛分類の起立性頭痛か体位による症状変化(項部硬直、耳鳴、聴力低下、光過敏、悪心)のいずれか一項目を満たす。
大基準 以下の三項目のうち一項目を満たす。
①造影MRIでびまん性の硬膜肥厚増強
②腰椎穿刺にて低髄液圧(60mmH2O以下)の証明
③髄液漏出を示す画像所見(脊髄MRI、CT脊髄造影、RI脳槽造影のいずれかにより髄液漏出部位が特定されたもの)
(3) 検討
ア 以上を踏まえて、原告の症状が脳脊髄液減少症にあたるか否か等について検討する。
(ア) まず、前提事実記載のとおり、b病院、c病院、d病院の各医師は、原告の症状につき、いずれも脳脊髄液減少症ないし低脊髄圧症候群という診断名を付している。
(イ) また、前記認定のとおり、b病院の医師は、平成一五年五月一二日の脳槽シンチで胸椎二か所に髄液漏れがあると診断し、d病院の医師も同画像で胸~腰椎にかけて髄液漏れがあると診断し、c病院の医師も同画像で髄液漏れが認められると診断している。これらの診断結果は、髄液漏れがあるという点で一致したものであり、また、少なくとも胸椎から髄液漏れがあるという限度で漏出部位の特定がされているものといえる。
(ウ) さらに、前記認定事実によれば、原告の症状には、起立性頭痛や起床時などの立位による頭痛、頚部痛、耳鳴、吐気等の諸症状の悪化もあったところ、二回の自家血硬膜外注入(ブラッドパッチ)後、いずれも翌日ないし翌々日には頭痛の消失・軽減等の症状の改善がみられ、その後も諸症状が続いたり頭痛等が再出現したりしたものの、その程度は以前よりも著明に改善した状態であったことが認められる。
(エ) 他方、本件証拠上、本件事故以前に、原告に髄液漏出の原因となる既往があった様子は全く窺われないし、本件事故が自動車対自転車の事故であることに照らせば、本件事故により脳脊髄液減少症を来すことも不自然なことではないと考えられる。
(オ) 以上によれば、原告の症状ないし症状経過は、ICHD―Ⅱの診断基準(A①②⑤+B②+C+D)及び日本神経外傷学会の診断基準(前提基準+大基準③)のいずれも満たしているといえ、脳脊髄液減少症にあたると認めるのが相当である。
イ この点につき、被告は、原告の症状が脳脊髄液減少症にあたることを否定し、その根拠として、低脊髄圧症候群(脳脊髄液減少症)という診断名は妥当でないとする医師の意見書(乙四)を提出するが、以下のとおり、採用できない。
(ア) まず、上記意見書の内容は、受傷直後から通院したa病院の診療録に頭痛という記載がないことや診断名は外傷性頚部症候群にすぎなかったこと、b病院の脳槽シンチで小さな漏れがあるとされているが、画像上鮮明ではなく、漏れとされている部分は実際には正常の神経根袖が見えているにすぎない可能性が高いこと、診療録をみても起立性頭痛等の低髄液圧症候群の特徴的な所見が見られないこと、平成一五年七月一六日にc病院で硬膜外自己血注入が行われているが、症状に著変がなかったようであること、b病院の最終受診日である平成一六年一一月一八日の診療録で頭痛はほとんどないと記載されていること、d病院で平成一七年二月二一日撮影の胸椎MRIに写っている液体貯留はどこから流出したものか分からず髄液漏れとは判断できないこと、平成一八年八月二日の脳槽シンチで髄液漏れはないと判断されているのに、症状が継続していたことは、もともとの症状が髄液漏れ(低髄液圧症候群)によるものではなかったことを示していること、低脊髄圧症候群の根拠とされる起床時の頭痛や頚部痛がブラッドパッチ後に改善したかどうかは、元々診療録にそれらの症状の記載がないので確認できないことなどを指摘した上で、原告の後遺症状の原因を推測するのは困難であるが、症状固定時に残存する症状は少なくとも低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症)によるものではないとするものである。
(イ) しかし、a病院の診療録にも頭痛の記載があること(甲一七の六・九・二三頁等)は、前記認定のとおりであるし、同病院の医師が外傷性頚部症候群の診断名しか付していないのは、脳槽シンチで髄液漏れがあるとされる以前の診断である以上当然であり、原告が脳脊髄液減少症であることを否定するものとはいえない。
また、b病院の平成一五年五月一二日の脳槽シンチの画像診断について、上記意見書は画像上鮮明でないとしているにすぎないのに対し、画像上髄液漏れが認められるとの診断は、同病院の医師のみならず、c病院の医師やd病院の医師の一致したものである上、証拠(甲三二)によれば、b病院のA医師は、仮に上記画像の漏れ様のものが正常の神経根袖であれば、平成一八年八月二日の脳槽シンチの画像でも認められるはずであるのに、同画像では消失しているのであって、このことからも、平成一五年には漏れがあったが、自己血パッチにより平成一八年には漏出部が閉鎖されて正常化したと判断されると説明していることが認められるところ、その説明内容に不自然不合理な点は見受けられない。
また、診療録に起立性頭痛等の記載があること(甲一八の八~一〇頁等)や、c病院での硬膜外自己血注入後に症状の改善がみられたこと(翌日には頭痛が消失し、その後も諸症状が続いたり頭痛等が再出現したりしたものの、その程度は著明に改善した状態で、原告本人が五〇%改善したと自覚し、実際に平成一五年九月一日からは復職できるようになったことなど)は、前記認定のとおりである。
また、b病院の最終受診日である平成一六年一一月一八日の診療録では、頭痛はほとんどないと記載されているが、頭痛がないとはされていない上、その他にも顔面しびれ、首痛、背部痛、右下肢痛、両上肢鈍麻等の脳脊髄圧減少症に由来するとされる症状があったことも記載されている(甲一八の二一頁)。
また、d病院で平成一七年二月二一日撮影の胸椎MRIだけでは、そこに写っている液体貯留が髄液漏れによるものとは判断できないという点も、原告の症状が脳脊髄液減少症によるものであることを積極的に根拠づけるものではないといえるに止まり、それを否定するものではないし、そもそも各病院の医師も、上記胸椎MRIの画像を根拠に脳脊髄圧減少症ないし低脊髄圧症候群と診断しているのではない。
また、平成一八年八月二日の脳槽シンチで髄液漏れはないと判断されているのに、症状が継続していたという点も、前記認定のとおり、原告の症状程度等が当初に比して著明に改善していたことや、本件証拠上、脳脊髄液減少症の場合に髄液漏れが止まりさえすれば、症状が著明に改善するというに止まらず全て消失して完治(治癒)するという医学的知見があるとは見受けられないことからすれば、原告の症状が髄液漏れによるものではなかったことを示しているとはいえない。
さらに、診療録に起床時の頭痛や頚部痛が記載されていることや、それらの症状がd病院でのブラッドパッチ後に改善した旨が記載されていること(甲一九の三九・四一・四四頁等、甲二〇の二五・二八頁等)も、前記認定のとおりである。
したがって、上記意見書は、原告の症状経過や診療録の記載、脳槽シンチの画像診断など諸処の前提を見誤った不合理なものといわざるを得ず、採用できない。
(ウ) また、被告は、上記意見書(乙四)やICHD―Ⅱ・日本神経外傷学会などの診断基準を踏まえれば、立位での頭痛を含めた症状悪化・臥位での改善という臨床症状及び頭部MRIでの脳下垂の所見(慢性化している場合は頭部造影MRIでの静脈うっ血所見)が低髄液圧症候群と診断する最低条件である旨も主張する。
しかし、ICHD―Ⅱや日本神経外傷学会の診断基準は前記のとおりであって、被告が最低条件とする頭部MRIでの脳下垂の所見等は、それらの診断基準において必要条件とはされていない。また、上記意見書も、上記臨床症状及び頭部MRIでの脳下垂の所見や慢性化している場合は頭部造影MRIでの静脈うっ血所見「など」が必要としているのみである上、頭部MRIでの脳下垂の所見等がないことをもって直ちに低髄液圧症候群であることを否定しているわけではない(そもそも本件では、受傷当初に頭部MRI撮影はされていないのであって、頭部MRIの画像所見のみで低髄液圧症候群か否かを診断するのは困難と考えられる。)。被告の上記主張は独自のものというほかなく、採用できない。
(エ) なお、前提事実記載の自賠責保険による一四級該当(一二級非該当)との認定は、脳脊髄液減少症とは認められないとしたものか、脳脊髄液減少症か否かはさておき現在の症状について他覚的証明がないとしたものか、判然としないが、仮に前者だとしても、その認定理由からして、その判断は自賠責保険に提出された診断書等の限られた資料に基づくもので、b病院での脳槽シンチの画像や具体的な症状経過が記載された診療録等を踏まえたものではないことが明らかであるから、そのまま採用することはできない。
(オ) そして、その他に、本件証拠上、原告の症状ないし症状経過が脳脊髄液減少症にあたるとの前記認定を妨げるに足りる証拠はないから、被告の上記主張は採用できない。
(4) まとめ
ア 以上によれば、本件事故後の原告の症状は、脳脊髄液減少症によるものといえ、平成一八年八月二日の脳槽シンチで髄液漏れはほとんどなく正常化していると診断され、現在では髄液漏れは止まっているものと考えられることに照らせば、原告の現在の症状は、脳脊髄液減少症の諸症状の残存固定症状とみるのが相当である。
イ また、症状固定時期としては、実際に原告を診療していたc病院の医師が平成一九年一〇月一日症状固定との診断をしているところ、被告が症状固定時期と主張する受傷後一年を経過した後も、ブラッドパッチ等の治療により症状の改善がみられたことや投薬量による症状の変化があったことなどに照らせば、上記症状固定日の診断は相当なものというべきである。
ウ そして、原告の後遺障害については、受傷後五年弱を経過した症状固定時においても残存し、その約一年後にもおいてもほとんど変化がないものの、その症状程度は、本件事故前と同程度の就労ができる程度にまで回復していることや、上記のとおり、既にブラッドパッチ等の治療により髄液漏れは止まって正常化していると考えられ、原告の現在の症状(脳脊髄液減少症の残存固定症状)について他覚的な証明があるとはいえないことなどに照らせば、自賠責保険の後遺障害等級としては「局部に神経症状を残すもの」として一四級一〇号(現在の一四級九号)にあたるというべきである。
二 原告の損害について
(1) 治療関係費
証拠(甲二ないし七)及び弁論の全趣旨によれば、原告主張のとおり、原告は、本件事故による受傷の症状固定日(平成一九年一〇月一日)までの治療費(文書料を含む。)として七二万五二八三円、入院雑費として二万二一〇〇円、通院交通費として一五万五〇二〇円を要したことが認められる。
(2) 休業損害
ア 平成一五年一月三日~同年八月三一日までの分
まず、証拠(甲九、一五、三〇)及び弁論の全趣旨によれば、原告主張のとおり、原告は、a病院で准看護師として勤務していたところ、本件事故による受傷のため、平成一五年八月三一日までの間に有給休暇等を含めて一五二日欠勤し、平成一五年上期及び下期の賞与が減額され、下記のとおり合計二〇〇万五九三六円の休業損害を被ったことが認められる。
事故前3か月の収入(55万6500円+15万1032円)÷稼働日数65日×欠勤期間152日+上期賞与減額分12万8700円+下期賞与減額分22万2700円=200万5936円
次に、原告は、夜勤増の予定で収入増加があるはずであったところ、本件事故により夜勤増ができなくなったことも休業損害である旨主張するが、本件証拠上、原告主張の夜勤増の予定が確定的なものであったことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張は採用できない。
イ 平成一五年九月一日~平成一九年一〇月一日までの分
(ア) 主位的主張について
原告は、同期間の本来の収入の二割相当額が休業損害となる旨主張する(主位的主張)が、弁論の全趣旨によれば、原告が平成一五年九月一日に勤務を再開した後の上記期間中に、実際に給与等が減額されたわけではないことが認められ、原告に休業損害という現実の損害が生じたというのは困難であるから、原告の上記主張は採用できない。(なお、原告が主張する諸症状があり労働能力を回復しない中での勤務で特別の努力を要したという事情は、入通院慰謝料を算定する際の考慮要素とするのが相当である。)
(イ) 予備的主張について
証拠(甲八、一〇)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、上記期間中に通院のために有休・代休等を合計六七日使用し、下記のとおり合計六五万五〇四七円の休業損害を被ったことが認められる(なお、原告主張の夜勤増による収入増加分の加算は、前記同様認められない。)。
事故前の年収356万8540円÷365日×67日=65万5047円
(3) 入通院慰謝料
原告が、本件事故による受傷のため平成一九年一〇月一日までの間に一七日間入院し四五か月間(実通院一一九日)通院したことや、その間に諸症状がある中で復職し、准看護師という立ち仕事の多い職務に従事する中で、腰ベルトや膝サポーターを付けるという他にも諸症状を我慢したりするなど相当の労苦があったであろうことが容易に推認できることに照らせば、入通院慰謝料は二六五万円とするのが相当である。
(4) 後遺障害逸失利益
前記のとおり、原告は、復職後、実際に給与等が減額されたわけではなく、平成一九年一〇月一日の症状固定日以降も給与減額等による減収が生じているわけではないと推認されるものの、原告には後遺障害(脳脊髄液減少症の残存固定症状)があり、自賠責保険の後遺障害等級としては一四級に該当し、一般的抽象的には労働能力を一定程度喪失しているといえることや、証拠(甲三九)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、後遺障害のため、種々の症状を我慢しながら仕事をしていることや、准看護師から正看護師やリハビリ看護の認定看護師になるのが困難になったことが認められ、それらによる収入増を図ることが困難になったという点で経済的不利益もあるといえること、本件証拠上、脳脊髄液減少症の残存固定症状がどの程度の期間残存するのか等についての医学的知見がある様子は見受けられないこと、証拠(甲二六)によれば、c病院の医師も、症状固定から約一年後の時点において、今後も長期間症状が続く可能性があるとしている(症状が永続するとも数年程度で消失するともしていない。)ことなどを考え併せれば、原告(症状固定時四五才)の後遺障害逸失利益については、後遺障害による経済的不利益の生じる期間を症状固定後一〇年間とし、その期間を通した経済的不利益率を五%として算定するのが相当であり、下記のとおり合計一三七万七七五九円となる。
原告の事故前の年収356万8540円×経済的不利益率5%×10年間のライプニッツ係数7.7217=137万7759円
(5) 後遺障害慰謝料
原告の後遺障害の内容程度(自賠責保険の後遺障害等級としては一四級であること、症状が多様であること、長期間続く可能性があることなど)に照らせば、原告の後遺障害慰謝料は一三〇万円とするのが相当である。
(6) 弁護士費用
本件訴訟の内容、難易、認容額などに照らせば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は九〇万円とするのが相当である。
(7) 小計
以上によれば、原告の損害元本は合計九七九万一一四五円となる。
(8) 既受領
原告が次の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
ア 被告(損保会社)から二八五万六三五〇円
イ 自賠責保険から平成二〇年四月二五日に七五万円
(9) 認容額の計算
ア 原告の計算方法に従い、まず、上記(7)(小計)から(8)ア(被告から受領分)を控除すると、損害残元本が六九三万四七九五円となる。
イ また、上記六九三万四七九五円に対する事故日(平成一五年一月三日)から自賠責保険金支払日(平成二〇年四月二五日)まで(五年と一一四/三六六日間)の遅延損害金一八四万一六九九円に、上記(8)イ(自賠責保険から受領分)を充当すると、確定遅延損害金残金が一〇九万一六九九円となる。
三 結語
よって、原告の本件請求は、上記損害残元本六九三万四七九五円及びこれに対する自賠責保険金支払日の翌日である平成二〇年四月二六日から支払済みまで年五%の割合による遅延損害金、及び、上記確定遅延損害金残金一〇九万一六九九円の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中俊行)