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大阪地方裁判所 平成21年(ワ)1193号 判決 2011年9月29日

原告

株式会社コスメック

同訴訟代理人弁護士

村林隆一

井上裕史

同補佐人弁理士

梶良之

瀬川耕司

被告

パスカル株式会社

被告

パスカルエンジニアリング株式会社

被告

パスカルトレーディング株式会社

被告

パスカル大分株式会社

被告

パスカル山形株式会社

上記5名訴訟代理人弁護士

別城信太郎

同訴訟代理人弁理士

深見久郎

森田俊雄

吉田昌司

荒川伸夫

佐々木眞人

高橋智洋

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,各自,別紙イ号物件目録,ロ号物件目録及びハ号物件目録記載の各製品の製造,販売,輸出又は販売の申出をしてはならない。

2  被告らは,各自,前項の各製品及びその半製品を廃棄せよ。

3  被告らは,原告に対し,連帯して,5900万円並びにうち4400万円に対する平成21年1月1日から及びうち1500万円に対する同年2月6日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,発明の名称がいずれも旋回式クランプである後記本件特許権1ないし3-2の特許権を有する原告が,別紙イ号物件目録,ロ号物件目録及びハ号物件目録記載の各製品(以下,順に「イ号物件」ないし「ハ号物件」という。)を製造,販売などする被告らに対し,下記請求をした事案である。

1-1 本件特許権1,同3-1又は同3-2の侵害を理由とする特許法100条1項に基づくイ号物件及びロ号物件の製造販売行為等の差止請求

1-2 上記特許権侵害を理由とする同条2項に基づくイ号物件及びロ号物件並びにその半製品の廃棄請求

2-1 本件特許権2の侵害を理由とする特許法100条1項に基づくイ号ないしハ号物件の製造販売行為等の差止請求

2-2 上記特許権侵害を理由とする同条2項に基づくイ号ないしハ号物件及びそれらの半製品の廃棄請求

3 上記1-1,2-1の特許権侵害行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(イ号物件につき損害額3000万円,ロ号物件につき損害額200万円,ハ号物件につき損害額800万円,弁護士費用400万円の合計4400万円)及びこれに対する不法行為の日の後である平成21年1月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金請求

4 イ号物件の製造販売行為が本件特許発明2の実施行為であることを理由とする特許法65条1項に基づく1500万円の補償金請求及びこれに対する平成21年2月6日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払請求

1  判断の基礎となる事実(当事者間に争いがないか又は弁論の全趣旨により容易に認めることができる。)

(1)  当事者等

ア 原告は,精密機械機器の製造販売及び輸出入などを目的とする会社である。

イ 被告パスカル株式会社(以下「被告パスカル」という。)は,自動制御機器,精密機械機器などの設計,製造などを目的とする会社である。

ウ 被告パスカルエンジニアリング株式会社(以下「被告パスカルエンジニアリング」という。)は,自動制御装置,金属工作機械などの設計,製造などを目的とする会社である。

エ 被告パスカルトレーディング株式会社(以下「被告パスカルトレーディング」という。)は,精密機械・機器の設計,製造などを目的とする会社である。

オ 被告パスカル大分株式会社は,自動制御機器,精密機械機器などの設計,製造などを目的とする会社である。

カ 被告パスカル山形株式会社は,機械器具の製造販売及び輸出入などを目的とする会社である。

(2)  原告の特許権

原告は,いずれも発明の名称を旋回式クランプとする以下の特許権の特許権者である。

ア 特許番号第3621082号の特許権(以下,「本件特許権1」といい,その特許を「本件特許1」,その特許発明を「本件特許発明1」という。)

(ア) 出願日  平成14年10月2日

優先権主張番号  特願2001-346977

優先日  平成13年11月13日(以下「第1基礎出願」という。)

優先権主張番号  特願2001-383987

優先日  同年12月18日(以下「第2基礎出願」という。)

優先権主張番号  特願2002-100851

優先日  平成14年4月3日(以下「第3基礎出願」という。)

登録日  平成16年11月26日

訂正審判確定日  平成21年4月24日特許請求の範囲

【請求項1】

「ハウジング内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドであって,片持ちアームを固定する部分と,上記ハウジングの一端側の第1端壁に緊密に嵌合支持されるようにロッド本体に設けた第1摺動部分と,上記ハウジングの筒孔に挿入したピストンを介して駆動される入力部と,上記ハウジングの他端側の第2端壁に緊密に嵌合支持されるように上記のロッド本体から他端方向へ一体に突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた3つ又は4つのガイド溝を外周部に形成した第2摺動部分とを,上記の軸心方向へ順に設けたクランプロッドと,そのクランプロッドの上記の第2摺動部分に設けた3つ又は4つのガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合具とを備え,上記ピストンの外周に嵌着した封止具の両端方向の外側で同ピストンの外周面と上記ハウジングの上記の筒孔との間に比較的に大きな嵌合隙間を形成することにより,上記ピストンの両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分と第2摺動部分との2箇所で上記クランプロッドを上記ハウジングに緊密に嵌合支持させて同上クランプロッドが傾くのを防止するように構成し,上記の第2摺動部分に設けた上記3つ又は4つのガイド溝を,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とによって構成し,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,前記の第2端壁に緊密に嵌合支持されると共に上記の3つ又は4つのガイド溝が設けられた上記の第2摺動部分について,その第2摺動部分の外周面を展開した状態における上記の旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定し,かつ,上記の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さを,同上のガイド溝の溝幅よりも小さい値に設定した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

(イ) 上記発明は,以下の構成要件に分説することが相当である(なお,後記第3争点に関する当事者の主張欄における,本件特許発明1についての被告らの主張は,以下の分説に従って整理し直している。)。

A ハウジング内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドであって,

B 片持ちアームを固定する部分と,上記ハウジングの一端側の第1端壁に緊密に嵌合支持されるようにロッド本体に設けた第1摺動部分と,上記ハウジングの筒孔に挿入したピストンを介して駆動される入力部と,上記ハウジングの他端側の第2端壁に緊密に嵌合支持されるように上記のロッド本体から他端方向へ一体に突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた3つ又は4つのガイド溝を外周部に形成した第2摺動部分とを,上記の軸心方向へ順に設けたクランプロッドと,

C そのクランプロッドの上記の第2摺動部分に設けた3つ又は4つのガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合具とを備え,

D 上記ピストンの外周に嵌着した封止具の両端方向の外側で同ピストンの外周面と上記ハウジングの上記の筒孔との間に比較的に大きな嵌合隙間を形成することにより,上記ピストンの両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分と第2摺動部分との2箇所で上記クランプロッドを上記ハウジングに緊密に嵌合支持させて同上クランプロッドが傾くのを防止するように構成し,

E 上記の第2摺動部分に設けた上記3つ又は4つのガイド溝を,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とによって構成し,

F 上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,

G 前記の第2端壁に緊密に嵌合支持されると共に上記の3つ又は4つのガイド溝が設けられた上記の第2摺動部分について,その第2摺動部分の外周面を展開した状態における上記の旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定し,かつ,

H 上記の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さを,同上のガイド溝の溝幅よりも小さい値に設定した,

I ことを特徴とする旋回式クランプ。

イ 特許番号第4038108号の特許権(以下,「本件特許権2」といい,その特許を「本件特許2」,その特許発明を「本件特許発明2」という。)

(ア) 出願日  平成14年10月10日

登録日  平成19年11月9日

優先権主張  本件特許権1と同じ

特許請求の範囲

【請求項1】

「ハウジング内に軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドであって,片持ちアームを固定する部分と,上記ハウジングの一端側の第1端壁に緊密に嵌合支持されるようにロッド本体に設けた第1摺動部分と,上記ハウジングの筒孔に挿入したピストンを介して駆動される入力部と,上記ハウジングの他端側の第2端壁に緊密に嵌合支持されるように上記ロッド本体から他端方向へ一体に突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた複数のガイド溝を外周部に形成した第2摺動部分とを,上記の軸心方向へ順に設けたクランプロッドと,その第2摺動部分に設けた複数のガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合具とを備え,上記の複数のガイド溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備え,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,上記ピストンの両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分と第2摺動部分との2箇所で上記クランプロッドを上記ハウジングに緊密に嵌合支持させて同上クランプロッドが傾くのを防止するように構成した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

(イ) 上記発明は,以下の構成要件に分説することが相当である。

A ハウジング内に軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドであって,

B 片持ちアームを固定する部分と,上記ハウジングの一端側の第1端壁に緊密に嵌合支持されるようにロッド本体に設けた第1摺動部分と,上記ハウジングの筒孔に挿入したピストンを介して駆動される入力部と,上記ハウジングの他端側の第2端壁に緊密に嵌合支持されるように上記ロッド本体2から他端方向へ一体に突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた複数のガイド溝を外周部に形成した第2摺動部分とを,上記の軸心方向へ順に設けたクランプロッドと,

C その第2摺動部分に設けた複数のガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合具とを備え,

D 上記の複数のガイド溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備え,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,

E 上記ピストンの両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分と第2摺動部分との2箇所で上記クランプロッドを上記ハウジングに緊密に嵌合支持させて同上クランプロッドが傾くのを防止するように構成した,

F ことを特徴とする旋回式クランプ。

ウ 特許番号第4139427号の特許権(以下,「本件特許権3」といい,その請求項1の特許権を「本件特許権3-1」,その特許を「本件特許3-1」,その特許発明を「本件特許発明3-1」という。また請求項2の特許権を「本件特許権3-2」,その特許を「本件特許3-2」,その特許発明を「本件特許発明3-2」という。

(ア) 原出願日  平成14年10月10日

分割出願日  平成19年10月4日(本件特許権2の分割出願)

登録日  平成20年6月13日

優先権主張  本件特許権1と同じ。

特許請求の範囲

【請求項1】

「ハウジング内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドと,そのクランプロッドの外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた3つ又は4つのガイド溝と,これら3つ又は4つのガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合ボールとを備え,上記3つ又は4つのガイド溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備え,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,上記の3つ又は4つのガイド溝が設けられた上記のクランプロッドの外周部について,その外周部を展開した状態における上記の旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定し,かつ,上記の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さを,同上のガイド溝の溝幅又は上記の係合ボールの直径よりも小さい値に設定した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

【請求項2】

「ハウジング内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドと,そのクランプロッドの外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた3つ又は4つのガイド溝と,これら3つ又は4つのガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合ボールとを備え,上記3つ又は4つのガイド溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備え,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,上記の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは,隣り合う一方の旋回溝の他端部を他方の旋回溝の一端部の近傍に位置させることによって形成し,かつ,同上のガイド溝の溝幅又は上記の係合ボールの直径よりも小さい値に設定した,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

(イ) 本件特許発明3-1は,以下の構成要件に分説することが相当である。

A ハウジング内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドと,そのクランプロッドの外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた3つ又は4つのガイド溝と,これら3つ又は4つのガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合ボールとを備え,

B 上記3つ又は4つのガイド溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備え,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,

C 上記の3つ又は4つのガイド溝が設けられた上記のクランプロッドの外周部について,その外周部を展開した状態における上記の旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定し,かつ,

D 上記の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さを,同上のガイド溝の溝幅又は上記の係合ボールの直径よりも小さい値に設定した,

E ことを特徴とする旋回式クランプ

(ウ) 本件特許発明3-2は,以下の構成要件に分説することが相当である。

A ハウジング内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドと,そのクランプロッドの外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた3つ又は4つのガイド溝と,これら3つ又は4つのガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合ボールとを備え,

B 上記3つ又は4つのガイド溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備え,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,

C 上記の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは,隣り合う一方の旋回溝の他端部を他方の旋回溝の一端部の近傍に位置させることによって形成し,かつ,同上のガイド溝の溝幅又は上記の係合ボールの直径よりも小さい値に設定した,

D ことを特徴とする旋回式クランプ。

(3)  被告らの行為

被告パスカルトレーディングを除く被告らは,イ号ないしハ号物件を共同で製造,販売した(いつまでイ号物件を製造又は販売したかについては争いがある。また被告パスカルトレーディングが上記物件の製造販売に関与したか否かについて争いがある。)。

(4)  原告による本件各特許発明の公然実施

原告は,平成14年4月8日から,「複動スイングクランプLHシリーズ」(以下「スイングクランプLH」という。)の製造販売を開始したが,同製品は,本件各特許発明の実施品に該当する。

2  争点

(1)  本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点1)

(2)  本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点2)

(3)  本件特許3-1は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点3)

(4)  本件特許3-2は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点4)

(5)  イ号物件が本件特許権2の設定登録後に製造販売されたか。また,今後,製造販売されるおそれがあるか(争点5)

(6)  イ号物件及びロ号物件が本件特許発明1の技術的範囲に属するか(争点6)

(7)  イ号ないしハ号物件が本件特許発明2の技術的範囲に属するか(争点7)

(8)  イ号物件及びロ号物件が本件特許発明3-1の技術的範囲に属するか(争点8)

(9)  イ号物件及びロ号物件が本件特許発明3-2の技術的範囲に属するか(争点9)

(10)  損害額(争点10)

(11)  補償金請求(争点11)

第3争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について

【被告らの主張】

本件特許1は,以下の理由により,特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。

(1) 新規性の欠如

本件特許1は,第1ないし第3基礎出願(以下「各基礎出願」という。)を平成14年法律24号改正前の特許法41条2項(本判決において,以下単に「特許法41条2項」と表記する。)による優先権主張の基礎とするが,以下の理由から,本件特許1に関する優先権主張は無効であり,本件特許発明1は新規性を欠如している。

ア 本件特許発明1の構成要件Gのうち旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲に設定するという構成及び構成要件Hの隔壁の最小厚さを,ガイド溝の溝幅よりも小さい値に設定するという構成は,各基礎出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「明細書等」という。)には記載されていない。

(ア) そもそも願書に添付された図面は,明細書を補完し,特許を受けようとする発明に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図にとどまるものであって,設計図と異なり,当該図面に表示された寸法や角度などは,必ずしも正確でなくても足り,もとより,当該部分の寸法や角度などがこれによって特定されるものではない。本件で原告が主張する各図面も,およそ設計図と同視しうるようなものではない。仮に後記原告の主張を前提としても,各基礎出願の願書に添付された図面に記載されている旋回溝の傾斜角度は20度でなく18.6度である。

また,第1基礎出願の明細書等には,単に旋回ストロークを小さくする旨が記載されているにすぎず,傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定するという技術事項を読み取ることはできない。

他に各基礎出願の明細書等において10度とか30度の数値限定の根拠となるものは,一切記載されていない。

さらに,ガイド溝の溝幅と隔壁の最小厚さとを比較する思想については,端的な記載はもちろん示唆も全くされていない。隔壁及び溝幅の文言すら存在しないのである。しかも,本件特許権1の出願の明細書等では,切削面の説明が追加されているところ,各基礎出願の明細書等には切削面の説明が一切示されておらず,この部分が隔壁に含まれるかさえ不明である。

そうすると,各基礎出願の願書に添付された図面から隔壁の最小厚さ及び溝幅を特定することもできない。

(イ) 原告は,本件特許1に係る審決取消訴訟(知財高裁平成19年(行ケ)第10315号事件)において,被告パスカルエンジニアリングによる「甲13文献(特開平8-33932号公報)には相違点5(傾斜角度Aを10度から30度の範囲内に設定し)に係る構成が開示されている」との主張に対し,「甲13文献の図面は,甲13発明の実施例を表す模式図であるにすぎず,図2等の記載から直ちにその各部の寸法関係を導き出すことは適切でない」などと主張した。

したがって,後記【原告の主張】(1)アは,上記審決取消訴訟における主張と矛盾するものであり,禁反言の原則又は信義則により許されない。

イ 後記【原告の主張】(1)イも,約20度という具体的数値は,当業者が各基礎出願の明細書等のすべての記載を総合することにより認識できる技術的事項ではないし,自然に理解されるものでもないから,前提を欠いている。

上記アのとおり,第1基礎出願の明細書等には,単に旋回ストロークを小さくする旨が記載されているにすぎないのであって,傾斜角度を約20度に設定するという技術事項は記載されていない。

そもそも,第1基礎出願の明細書等によれば,旋回用ストロークを小さくすることができたのは,戻しバネと弾性体の付勢力の合力によって強力に旋回させるようにしたことによるとされている。また,第2基礎出願の明細書等では第2摺動部分の外径寸法を小さくすることにしたことによるとされ,第3基礎出願の明細書等でも旋回溝および係合ボールからなる旋回機構としたこと及び第2摺動部分の外径寸法を小さくしたことによるとされている。

このように,いずれの明細書等においても傾斜角度を約20度に設定したことにより旋回用ストロークを小さくすることができたとは記載されていない。

ウ 公然実施

原告は,本件特許1の出願日である平成14年10月2日より前にスイングクランプLHの販売を開始して,本件特許発明1を公然実施したから,本件特許発明1には新規性がない。

エ 権利濫用の主張に対する反論

原告は,後記のとおり特許法104条の3の主張が権利濫用に当たるなどとるる主張するが,原告の主張は,本件の事実関係に基づかないものであるか,あるいは独自の見解に基づき法律で定められた制度を批判し,さらには被告らの防御権を不当に否定するものであって失当である。

(2) 進歩性の欠如1

ア 主引例

本件特許1の出願前に頒布された実願昭63-130286号の公報(以下「乙20公報」という。)には,以下の発明が記載されている。

A シリンダとカバーとからなるハウジング内にほぼ45度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるピストンなどからなる駆動体であって,

B 片持ちの押し板を固定する部分と,上記ハウジングの一端側のカバーの第1端壁に緊密に嵌合支持されるようにロッド本体に設けた第1摺動部分と,上記ハウジングのシリンダの筒孔に挿入したピストンを介して駆動される入力部と,上記ハウジングの他端側のシリンダの第2端壁に嵌合支持されるように上記のロッド本体から他端方向へ一体に突出されると共に1つのカム溝を外周部に形成した第2摺動部分とを,上記の軸心方向へ順に設けたクランプロッドと,

C そのクランプロッドの上記の第2摺動部分に設けた1つのカム溝に嵌合するように上記ハウジングに支持した1つのピンとを備え,

D 上記ピストンの外周に嵌着した封止具の両端方向の外側で同上ピストンの外周面と上記シリンダの筒孔との間に所定の嵌合隙間を形成することにより,上記ピストンの両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分と第2摺動部分との2箇所で上記ピストンロッドを上記ハウジングに緊密に嵌合支持させて同上ピストンロッドが傾くのを防止するように構成し,

E 上記の第2摺動部分に設けた上記1つのカム溝を,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とによって構成し,

F 前記のシリンダに緊密に嵌合支持されると共に上記の1つのカム溝が設けられた上記の第2摺動部分について,その第2摺動部分の外周面を展開した状態における上記のカム溝の傾斜角度を所定の値に設定し,

G ことを特徴とする旋回式クランプ。

イ 本件特許発明1と主引例との対比

本件特許発明1と主引例とは以下の点で相違し,その余の点では一致している。

(ア) クランプロッドの旋回角度が,本件特許発明1では90度であるのに対し,主引例では45度である。

(イ) ガイド溝の数が本件特許発明1では3つ又は4つであるのに対し,主引例では1つである。これに伴い,本件特許発明1の構成要件F及びHの点でも異なっている。

(ウ) 本件特許発明1の構成要件Dでは,「比較的に大きな嵌合隙間」であるのに対し,主引例では所定の値とされている。

(エ) 本件特許発明1の構成要件Gでは,旋回溝の傾斜角度が10度ないし30度であるのに対し,主引例では所定の値とされている。

(オ) 本件特許発明1が構成要件Hを有するのに対し,主引例はこの構成を有しない。

ウ 副引例

(ア) 本件特許1の出願前に頒布された特願平6-192211の公報(以下「乙18公報」という。)には,以下の発明が記載されている。

A クランプ本体内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドと,そのクランプロッドの外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた3つのカム溝と,これら3つのカム溝にそれぞれ嵌合するように上記クランプ本体に支持した3つの鋼球からなるカム体とを備え,

B 上記3つのカム溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と縦溝とを備え,上記の3つの旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の3つの縦溝を相互に平行状に配置し,

C 上記の3つのカム溝が設けられた上記のクランプロッドの外周部について,その外周部を展開した状態における上記の旋回溝の傾斜角度を約23度に設定し,かつ,

D 上記の隣り合うカム溝の隔壁の最小厚さと,同上のカム溝の溝幅又は上記の鋼球の直径よりも小さい値に設定した,

E ことを特徴とする旋回式クランプ。

(イ) 本件特許1の出願前である,遅くとも平成13年11月13日には,以下の構成を有する被告パスカル製のCTF型クランプ装置に係る発明が公然実施されていた(以下「乙19発明」という。)。

A ハウジング内に90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドと,そのクランプロッドの外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた2つのガイド溝と,これら2つのガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記ハウジングに支持した複数の係合ボールとを備え,

B 上記2つのガイド溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備え,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,

C 上記の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは,隣り合う一方の旋回溝の他端部を他方の旋回溝の一端部の近傍に位置させることによって形成し,かつ,同上のガイド溝の溝幅又は上記の係合ボールの直径よりも小さい値に設定した

D ことを特徴とする旋回式クランプ。

エ 容易想到性

上記イの相違点のうち(ア),(イ)及び(エ)の構成は,上記のとおり乙18公報で開示されていた。

また,(ウ)の構成のピストンにおける嵌合隙間を大きくすることは,周知技術であった。

(オ)の構成についても,上記のとおり乙18公報及び乙19発明で開示されていた。

したがって,本件特許発明1は,乙20公報,乙18公報及び乙19発明に記載された発明並びに周知技術に基づき,当業者が容易に発明することができたものであるから,進歩性がない。

(3) 進歩性の欠如2

仮に原告が後記のとおり主張するように,各基礎出願の願書に添付した図面から旋回溝の傾斜角度及び隔壁の最小厚さとガイド溝の溝幅について部分的な情報を看取できるとしても,これを超える範囲すなわち後の出願において付加された発明について,優先権主張は許されない。

傾斜角度については各基礎出願の願書に添付した図面から10度ないし30度の範囲を読み取ることはできないし,仮にワンポイントの角度(図面から読み取れるとすれば18.6度である)を読み取ることができるとしても,それ以外の角度に係る部分は付加された発明である。

隔壁の最小厚さと溝幅についても,上記明細書等から,ガイド溝が3つの場合を看取することはできない。

そうすると,これらの事項は,本件特許1の出願において付加された発明であるところ,スイングクランプLHで公然実施された発明に照らせば,進歩性がない。

【原告の主張】

(1) 新規性の欠如について

ア 各基礎出願の明細書等には,「従来技術では,上記クランプロッドを円滑に旋回させるには前記の螺旋溝の勾配を大きくする必要があるので,そのクランプロッドの旋回用ストロークが大きくなる。このため,クランプの背丈が大きくなり,そのうえ,クランプ駆動時の圧力流体の消費量も多くなる。本発明の目的は,旋回用ストロークが小さいクランプを提供することにある。」など,旋回用ストロークを小さくするという本件特許発明1と同一の課題が記載されている。

また,各基礎出願の願書に添付した各図面は設計図と同視できる内容のものであり,隔壁の最小厚さをガイド溝の溝幅よりも小さい値にすることとの関係で,約20度の傾斜角度の旋回溝が明記されている。

したがって,当業者は,上記各明細書等の記載から,旋回用ストロークが小さいクランプを提供するという目的を達成するため,傾斜角度を小さくし,隔壁の最小厚さをガイド溝の溝幅よりも小さい値にするという技術事項を看取することができる。

また,ガイド溝が直進溝と旋回溝とからなり,その旋回溝の傾斜面が係合具を介してクランプロッドに旋回分力を与えるように機能することは,当業者にとって自明な事項である。そして,旋回溝の傾斜角度を約20度よりも小さくしていって10度の下限値よりも小さくすると,係合具からクランプロッドに作用する旋回分力が小さくなり,クランプロッドを円滑に旋回できなくなる。他方,旋回溝の傾斜角度を約20度よりも大きくしていくにつれて,旋回用のストロークが大きくなり,旋回式クランプの背丈が高くなる。このため,旋回溝の傾斜角度は,20度を中央値とし,上限値として20度から下限値10度を差し引いた10度を中央値に加えることにより,30度に設定することが好ましいのであって,これも当業者にとって極めて自然な思考過程である。

したがって,旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲に設定することは,上記明細書等の記載から当業者にとって自明な事項であり,記載されていると同視される技術事項である。

これらのことからすると,本件特許1の優先権主張は有効であり,スイングクランプLHの公然実施により新規性を欠くことはない。

イ 特許法41条の趣旨は,先の出願における基本的・原理的な発明を出発点として,改良発明や追加発明を包括した権利を取得させる点にあるから,優先権を主張する発明には,先の出願に記載された発明とその後に改良された発明とが渾然一体に出願されていることが当然の前提となっている。

そうすると,基礎出願の願書に添付した明細書等に開示されていない発明を追加したとしても,追加した発明に優先権の効果が及ばないというだけにすぎず,優先権主張が無効となることはない。

本件では,各基礎出願の明細書等において,少なくとも旋回溝の傾斜角度を約20度に設定する構成及び隔壁の最小厚さをガイド溝の溝幅よりも小さい値に設定する構成がいずれも明記されている。

スイングクランプLHはこの発明を公然実施したものであるから,本件特許発明1が新規性を欠くことはない。

ウ 権利濫用

仮に上記優先権主張が許されないとしても,以下の理由から,被告らの新規性欠如を理由とする特許法104条の3の主張は権利濫用に当たり許されない。

(ア) 基礎出願の明細書等に明記された発明について優先権主張を利用した後の出願により権利範囲が減縮されることは,上記特許法41条の趣旨を没却するものであって許されない。

(イ) 特許無効審判では,先の出願に関する特許発明の範囲内で訂正する機会が与えられるのに対し,本件のような場合には訂正の機会がなく,原告にとって一方的に不利である。

(ウ) 被告らは本件特許1の無効審判を請求しており,いつでも上記無効事由を主張することができたから,その保護に欠けるところはない。

(2) 進歩性について

乙20公報に,被告らの主張する発明が記載されていることは否認する。

2  争点2(本件特許2は特許無効審判において無効にされるべきものと認められるか)について

【被告らの主張】

(1) 新規性の欠如1

本件特許2は,各基礎出願を優先権主張の基礎とするが,以下の理由から,本件特許2に関する優先権主張は無効であり,本件特許発明2は新規性を欠如している。

ア 以下の理由から,原告は本件特許2に関する優先権を主張することはできない。

(ア) 後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められない。

(イ) 本件特許発明2の発明の要旨として複数のガイド溝が記載されている。これは,実施例によるとその下端が閉じられて位置決め機能を奏するという特有の効果を有するものである。

また,本件特許発明2の明細書には,旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲に設定するという構成及び隔壁の最小厚さをガイド溝の溝幅よりも小さい値に設定するという構成が記載されている。

これらの構成は,各基礎出願の願書に最初に添付した明細書等に記載されていない上,各基礎出願の明細書等に記載された実施例の効果とは異なる特有の効果を奏するものである。

したがって,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えるから,この部分に関する優先権主張は許されない。

イ 原告は,本件特許2の出願前にスイングクランプLHの販売を開始して本件特許発明2を公然実施したから,本件特許発明2には新規性がない。

(2) 特許法39条1項違反による無効

本件特許2は,下位概念である本件特許1の発明特定事項を上位概念として表現したものであるから,実質的にはこれと同一の発明であり,本件特許1の後願となる。

よって,特許法39条1項により特許を受けることができないものである。

(3) 新規性の欠如2

ア 特願2000-383904号の公報(以下「乙15公報」という。)などに記載された発明

本件特許2の出願前に頒布された乙15公報には,以下の発明が記載されている。

A クランプ本体内に軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動される出力ロッドであって,

B 片持ちのクランプアームを固定する部分と,上記クランプ本体の一端側のロッド貫通孔に緊密に嵌合支持されるように出力ロッドに設けたロッド中央部と,上記クランプ本体のシリンダ穴に挿入したピストンを介して駆動される突起部と,上記クランプ本体の他端側のロッド挿入穴に緊密に嵌合支持されるように上記出力ロッドから他端方向へ一体に突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた3つのガイド溝を外周部に形成したロッド下部とを,上記の軸心方向へ順に設けた出力ロッドと,

C そのロッド下部に設けた3つのガイド溝にそれぞれ嵌合するように上記クランプ本体に支持した3つの球体とを備え,

D 上記の3つのガイド溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた円弧溝と縦溝とを備え,上記の3つの円弧溝を相互に平行状に配置すると共に上記の3つの縦溝を相互に平行状に配置し,

E 上記ピストンの両端方向の外方に配置された上記のロッド中央部とロッド下部との2箇所で上記出力ロッドを上記クランプ本体に緊密に嵌合支持させて同上出力ロッドが傾くのを防止するように構成した,

F ことを特徴とする旋回式クランプ。

イ 本件特許発明2との対比

上記アの発明の「クランプ本体」,「出力ロッド」,「クランプアーム」,「貫通孔」,「ロッド中央部」,「シリンダ穴」,「ピストン」,「突起部」,「ロッド挿入穴」,「ガイド溝」,「ロッド下部」,「球体」,「円弧溝」及び「縦溝」は,それぞれ,本件特許発明2の「ハウジング」,「クランプロッド」,「片持ちアーム」,「第1端壁」,「第1摺動部分」,「筒孔」,「ピストン」,「入力部」,「第2端壁」,「ガイド溝」,「第2摺動部分」,「係合具」,「旋回溝」及び「直進溝」に対応するものである。

そうすると,本件特許発明2は,上記アの発明と同一であり,新規性がない。

なお,仮に上記アの発明が構成要件Dを欠いているとしても,これは周知技術である。そして,治具・取付具実用図集(乙39)には,旋回溝と直進溝とを備えたガイド溝は,回転クランプ機構に最もよく使用されているカムであると記載されている。したがって,上記アの発明について,旋回溝と直進溝とを備えたガイド溝という構成を適用することには,一般に十分な動機付けがある。

そうすると,仮に構成要件Dを欠いているとしても,上記アの発明と本件特許発明2とは実質的に同一のものと評価することができる。

(4) 新規性の欠如3

原告が主張する最先の優先日よりも前に頒布された被告パスカル作成の「PASCAL SWIVEL CLAMP MODEL CTR スイベル(水平旋回)クランプ」という表題の営業資料には,上記(3)アと同じ発明が記載されている。

よって,本件特許発明2は新規性がない。

(5) 特許法29条の2に基づく無効

乙15公報の公開日は,原告が主張する優先権主張に係る基礎出願日より後であるものの,出願日よりは先である。

よって,本件特許権2は特許法29条の2により特許を受けることが許されないものである。

(6) 進歩性の欠如

ア 主引例

乙20公報には,以下の発明が記載されている。

A シリンダとカバーとからなるハウジング内に軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるピストンなどからなる駆動体であって,

B 片持ちの押し板を固定する部分と,上記ハウジングの一端側のカバーの第1端壁に緊密に嵌合支持されるように駆動体に設けた第1摺動部分と,上記ハウジングのシリンダの筒孔に挿入したピストンを介して駆動される入力部と,上記ハウジングの他端側のシリンダの第2端壁に緊密に嵌合支持されるように上記の駆動体から他端方向へ一体に突出されると共に1つのカム溝を外周部に形成した第2摺動部分とを,上記の軸心方向へ順に設けた駆動体と,

C その第2摺動部分に設けた1つのカム溝に嵌合するように上記ハウジングに支持した1つのピンとを備え,

D 上記の1つのカム溝は,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた1つの旋回溝と直進溝とによって構成し,

E 上記ピストンの両端方向の外方に配置された上記の第1摺動部分と第2摺動部分との2箇所で上記駆動体を上記ハウジングに緊密嵌合支持させて同上クランプロッドが傾くのを防止するように構成した,

F ことを特徴とする旋回式クランプ。

イ 副引例

本件特許2の出願前に頒布された特開2001-198754公報(以下「乙21公報」という。)には,以下の発明が記載されている。

A シリンダ本体内に軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるピストンロッドとロッド部材であって,

B 片持ち旋回アームを固定する部分と,上記シリンダ本体の一端側のロッド側シリンダエンド壁に緊密に嵌合支持されるようにピストンロッドに設けた第1摺動部分と,上記シリンダ本体のシリンダ側壁に挿入したピストンを介して駆動される入力部と,上記シリンダ本体の他端側のヘッド側シリンダエンド壁に嵌合支持されるように上記ピストンロッドから他端方向へ固着されて突出されると共に周方向へほぼ等間隔に並べた複数の旋回溝を外周部に形成したロッド部材とを,上記の軸心方向へ順に設けたピストンロッドと,

C そのロッド部材に設けた複数の旋回溝にそれぞれ嵌合するように上記シリンダ本体に支持した複数のボールとを備え,

D 上記の複数の旋回溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備え,上記の複数の旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の複数の直進溝を相互に平行状に配置し,

E 上記ピストンの両端方向の外方に配置された上記のピストンロッドの第1摺動部分とロッド部材の第2摺動部分との2箇所で上記ピストンロッドを上記シリンダ本体に嵌合支持させた,

F ことを特徴とする旋回式クランプ装置。

ウ 容易想到性

本件特許発明2と主引例とを対比すると,本件特許発明2のガイド溝や係合具が複数であることに伴う構成が相違し,他は一致している。

そして,ガイド溝や係合具を複数にする点は副引例で開示されている。

そうすると,本件特許発明2は,主引例における1つの構成に代えて副引例における複数の構成を採用することにより,当業者が容易に発明することができたものであるから,進歩性がない。

【原告の主張】

(1) 優先権主張の有効性

上記1【原告の主張】(1)と同様に,本件特許2の優先権主張は有効なものである。

そもそも,本件特許2では旋回溝の傾斜角度などは,実施例の説明にすぎず,請求項の内容ではない。また,後記のとおり被告らが主張するガイド溝の下端を閉じる構成も請求項の内容ではなく,発明の要旨には含まれない。

したがって,これらの事項が各基礎出願に記載された発明の内容を超えるものであるとする後記被告らの主張は失当である。

よって,上記1【原告の主張】と同様に,本件特許発明2は,スイングクランプLHを製造販売したことにより公然実施とならず新規性を欠くことはない。

(2) 上記【被告らの主張】(2)について

特許法39条の規定する同一発明は実質的に同一のものをいう。本件特許発明2と本件特許発明1は旋回溝の傾斜角度について明らかに相違しており,同一の発明ではない。

したがって,本件特許2は特許法39条1項に違反しない。

(3) 上記【被告らの主張】(3),(4)について

以下のとおり,乙15公報等に記載された発明と本件特許発明2とは,少なくとも構成要件Dについて異なるから,同一の発明ではない。

ア 本件特許発明2の旋回溝は,クランプロッドに加えられた軸心方向の力を旋回力に変換する機能を有する溝を意味する。

これに対し,被告らが旋回溝に対応すると主張する乙15公報等に記載された発明の「円弧溝」は,出力ロッドが回転する間,出力ロッドが下降(退入動作:軸心方向の下方移動)をするのを規制するための動作規制機構の一部であり,役割が全く異なっている。

イ また,円弧溝は,同一円周上に存在し,相互に平行状に配置されていない点でも本件特許発明2の構成要件Dの旋回溝とは異なる。

(4) 上記【被告らの主張】(5)について

争う。

(5) 上記【被告らの主張】(6)について

乙20公報及び乙21公報に被告らの主張する各発明が記載されていることは否認する。

3  争点3(本件特許3-1は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について

【被告らの主張】

(1) 新規性欠如1

ア 優先権主張の無効

上記1【被告らの主張】(1)と同様に,原告は本件特許3-1について優先権を主張することはできない。

(ア) 本件特許発明3-1の構成要件Cにおける旋回溝の傾斜角度を10度ないし30度の範囲に設定するという構成及び構成要件Dにおける隔壁の最小厚さをガイド溝の溝幅よりも小さい値に設定するという構成は,いずれも各基礎出願の願書に最初に添付した明細書等に記載されていない。

(イ) 原告は本件特許3-1の審査手続において,特許出願の願書に添付された図面から正確な寸法を読み取ることはできない旨の主張をして,特許査定を得た。

したがって,第2基礎出願の明細書等の記載から上記各構成を導き出すことができるという原告の主張は禁反言の原則により許されない。

イ 公然実施

原告は,本件特許3-1の出願前にスイングクランプLHの販売を開始して本件特許発明3-1を公然実施したから,本件特許発明3-1には新規性がない。

(2) 特許法39条1項違反による無効

上記2【被告らの主張】(2)と同じ。

(3) 新規性欠如2

ア 乙18公報に記載された発明

乙18公報には,以下の発明が記載されている。

A クランプ本体内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドと,そのクランプロッドの外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた3つのカム溝と,これら3つのカム溝にそれぞれ嵌合するように上記クランプ本体に支持した3つの鋼球からなるカム体とを備え,

B 上記3つのカム溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と縦溝とを備え,上記の3つの旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の3つの縦溝を相互に平行状に配置し,

C 上記の3つのカム溝が設けられた上記のクランプロッドの外周部について,その外周部を展開した状態における上記の旋回溝の傾斜角度を約23度に設定し,かつ,

D 上記の隣り合うカム溝の隔壁の最小厚さと,同上のカム溝の溝幅又は上記の鋼球の直径よりも小さい値に設定した,

E ことを特徴とする旋回式クランプ。

イ 本件特許発明3-1との対比

本件特許発明3-1は上記アの発明と一致しており,新規性がない。

(4) 進歩性欠如1

ア 主引例

上記(3)アと同じ。

イ 副引例

上記1【被告らの主張】(2)ウ(イ)と同じ。

ウ 容易想到性

仮に主引例の構成要件Dについて,「‥小さい値に設定し」たことまで看取することができなかったとしても,これは副引例で開示されている。

したがって,本件特許発明3-1は,主引例と副引例を組み合わせることで当業者が容易に発明することができたものであるから,進歩性がない。

(5) 進歩性欠如2

上記1【被告らの主張】(3)と同じ。

【原告の主張】

(1) 優先権主張の有効性

上記1【原告の主張】と同様に,本件特許3-1の優先権主張は有効であるから,スイングクランプLHの公然実施により本件特許発明3-1が新規性を欠くことはない。

(2) 上記【被告らの主張】(2)について

本件特許発明3-1と本件特許発明1とは第1摺動部分と第2摺動部分で緊密に嵌合支持しているかどうかについて明らかに相違しており,同一の発明ではない。

したがって,本件特許3-1は特許法39条1項に違反するものではない。

(3) 上記【被告らの主張】(3)について

乙18公報に構成要件C及びDが記載されていることは否認する。

(4) 上記【被告らの主張】(4),(5)について

争う。

4  争点4(本件特許3-2は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について

【被告らの主張】

(1) 新規性の欠如1

ア 優先権主張の無効

上記1及び3【被告らの主張】と同様に,原告は本件特許3-2について優先権を主張することはできない。

(ア) 構成要件Cの隔壁の最小厚さをガイド溝の溝幅よりも小さい値に設定するという構成は,各基礎出願の願書に最初に添付した明細書等に記載されていない。

(イ) 上記3【被告らの主張】(1)ア(イ)と同じ。

イ 公然実施

原告は,本件特許3-2の出願前にスイングクランプLHの販売を開始して本件特許発明3-2を公然実施したから,本件特許3-2には新規性がない。

(2) 特許法39条1項違反による無効

上記2【被告らの主張】(2)と同じ。

(3) 新規性の欠如2

ア 乙18公報には,以下の発明が記載されている。

A クランプ本体内にほぼ90度の旋回角度で軸心回りに回転可能に挿入されると共に軸心方向の一端から他端へクランプ移動されるクランプロッドと,そのクランプロッドの外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた3つのカム溝と,これら3つのカム溝にそれぞれ嵌合するように上記クランプ本体に支持した3つの鋼球からなるカム体とを備え,

B 上記3つのカム溝は,それぞれ,上記の軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と縦溝とを備え,上記の3つの旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の3つの縦溝を相互に平行状に配置し,

C 上記の隣り合うカム溝の隔壁の最小厚さは,隣り合う一方の旋回溝の他端部を他方の旋回溝の一端部の近傍に位置させることによって形成し,かつ,同上のカム溝の溝幅又は上記の鋼球の直径よりも小さい値に設定した,

D ことを特徴とする旋回式クランプ。

イ 本件特許発明3-2との対比

本件特許発明3-2は,上記アの発明と構成が一致しているから新規性がない。

仮に,乙18公報から構成要件Cを看取することができなかったとしても,これは何ら技術的意義を有しない構成であるから,やはり本件特許発明3-2と実質的に同一のものである。

(4) 進歩性の欠如1

ア 主引例

上記(3)アと同じ。

イ 副引例

上記1【被告らの主張】(2)ウ(イ)と同じ。

ウ 容易想到性

仮に主引例が構成要件Cについて記載していないとしても,これに技術的意義がないことは前述のとおりである。また,副引例ではこれが記載されており,本件特許発明3-2は主引例と副引例を組み合わせることによって,当業者が容易に発明することができたものであるから,進歩性がない。

(5) 進歩性の欠如2

上記1【被告らの主張】(3)と同じ。

【原告の主張】

(1) 優先権主張の有効性

上記1【原告の主張】(1)と同様に,本件特許3-2の優先権主張は有効であるから,スイングクランプLHの公然実施により新規性を欠くことはない。

なお,本件特許3-2について,少なくとも旋回溝の傾斜角度は特許請求の範囲となっていないから,この点について各基礎出願の願書に最初に添付した明細書等に記載がなかったとしても,優先権主張の効力とは関連がない。

(2) 上記【被告らの主張】(2)について

本件特許発明3-2と本件特許発明1とは第1摺動部分と第2摺動部分で緊密に嵌合支持しているかどうかについて明らかに相違しており,同一の発明ではない。

したがって,本件特許3-2は特許法39条1項に違反するものではない。

(3) 上記【被告らの主張】(3)について

乙18公報に構成要件Cが記載されていることは否認する。

5  争点5(イ号物件が本件特許権2の設定登録後に製造販売されたか。また,今後,製造販売されるおそれがあるか)

【原告の主張】

被告らは,本件特許権2の設定登録日である平成19年11月9日以降もイ号物件の製造及び販売を継続している。

したがって本件特許権2に基づくイ号物件の製造販売等の差止請求は認められるべきである。

【被告の主張】

(1) 被告パスカルトレーディングを除く被告らは,本件特許権2の設定登録前である平成19年10月にイ号物件の製造及び販売を終了し,設計変更により技術的に改良したロ号物件の製造販売を開始した。

したがって,仮にイ号物件が本件特許発明2の技術的範囲に含まれるとしても,本件特許権2の侵害行為は既に行われていない。なお,被告パスカルトレーディングは,そもそもイ号物件の製造販売に関与していない。

(2) また,被告パスカルトレーディングを除く上記被告らが,イ号物件の製造販売を終了したのは,上記理由によるものであるから,今後,これらの被告らが,イ号物件を製造販売することはない。

6  争点6(イ号物件及びロ号物件が本件特許発明1の技術的範囲に属するか)について

【原告の主張】

(1) イ号物件について

イ号物件の構成は,別紙原告主張イ号物件の構成記載(1)のとおりであり,本件特許発明1の構成要件を充足する。

構成要件BないしE,G,Hの充足についての詳細な主張は次のとおりである。

ア 構成要件Bについて

(ア) 「緊密に嵌合支持」とは,クランプロッドの第1摺動部分及び第2摺動部分とハウジングの第1端壁及び第2端壁との間に隙間があることを前提として,これらの隙間がクランプロッドの摺動機能や係合具(係合ボール)の機能を損なわない範囲内で,できるだけ小さな隙間となるように嵌合してクランプロッドを支持することをいう。

(イ) イ号物件のクランプロッドとハウジングのはめあいは,JIS規格のH7/f7の規格である。これは,いわゆる「隙間ばめ」と呼ばれるものであって,摺動用の用途に用いられるはめあいである。

したがって,文字どおり,隙間があることを前提として摺動機能を損なわないはめあいであるから,「緊密に嵌合支持」するものに当たる。

イ 構成要件Cについて

この構成要件は,係合ボールがハウジングの第2端壁に支持されるというものではなく,あくまで複数の係合具がハウジングに支持されるというものである。

したがって,本件特許1の出願明細書に,第2端壁の一部を構成する支持筒と第2摺動部分との間に,旋回溝及び係合ボールからなる旋回機構を設けたことにより作用効果を発揮することができる旨の記載があることや,原告が,本件特許1の無効審判手続においても同様の主張をしたこと(後記【被告らの主張】(1)イ)を前提としても,イ号物件は上記構成要件を充足する。

ウ 構成要件Dについて

(ア) クランプ装置は,ピストンやロッドを駆動するように組み合わせた種々の部材同士の間に,所定の嵌合隙間を必要とする。したがって,構成要件Dの「クランプロッドが傾くのを防止するように構成し」とは,「部材同士の間に嵌合隙間が不可避的に存在しながらもクランプロッドの傾きを可及的に小さくすること」を意味する。

(イ) イ号物件のクランプロッドの傾きは,被告らの主張を前提としても,0.052mmないし0.087mmにすぎない。これは,嵌合隙間が存在しながらもクランプロッドの傾きを可及的に小さくした傾きであるから,上記構成要件を充足する。

エ 構成要件Eについて

(ア) 従来の技術は,第1摺動部分の外周面とピストンの外周面とが,それぞれ緊密に嵌合支持されることにより,クランプロッドの傾きを防止するという構成のものであった。

これに対し,本件特許発明1は,ピストンの両端方向の外側でクランプロッドに第1摺動部分と第2摺動部分とを設けることにより,ピストンの嵌合隙間の存在にもかかわらず,軸心方向へ離れた二つの摺動部分によってクランプロッドが傾くのを防止することができるというものである。

したがって,上記第2摺動部分の技術的意義は,ピストンとは異なる部分において,クランプ時に加わる曲げモーメントを受け止め,第1摺動部分とともにクランプロッドが傾くのを防止することにある。

そうすると,現実に摺動していなくとも,クランプ時の曲げモーメントを受け止める部分は第2摺動部分に当たり,その外周面の少なくとも一部が第2端壁に緊密に嵌合しておればよいことは,当業者にとって明らかである。

(イ) イ号物件のクランプロッドの下部をみると,摺動用の外周面より上の直径の小さい部分が第2端壁と摺動していないものの,クランプ時の曲げモーメントを受け止めることには寄与しており,しかも摺動用の外周面は第2端壁と緊密に嵌合している。

そうすると,第2端壁と摺動していない部分も第2摺動部分に当たり,これらの部分には旋回溝と直進溝からなるガイド溝が設けられているから上記構成要件を充足する。

オ 構成要件Gについて

(ア) 本件特許発明1の特許公報の図4ないし6の記載によれば,当業者において,「傾斜角度」とは旋回溝の長手方向における大部分の領域の傾斜角度を意味することは明らかである。

(イ) イ号物件におけるこの部分の角度は約20度であるから,上記構成要件を充足する。

なお,イ号物件の係合具は,アンクランプ時にも旋回溝の終端付近で停止し,旋回溝下部の直進溝まで移動することはない。よって,旋回溝とその下部にある直進溝との近傍点における角度を問題とする後記【被告らの主張】(1)オは前提を誤っている。

カ 構成要件Hについて

(ア) 上記特許公報の図1及び図3は,特段の限定をすることなく,溝の角部から角部までの寸法(溝の開口部の幅寸法)をガイド溝の溝幅としている。そうすると,当業者は,「ガイド溝の溝幅」とは,「溝の角部から角部までの寸法」を意味するものと認識する。

(イ) これを前提とすると,イ号物件では,隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは3.3mmであり,ガイド溝の溝幅は4.6mmであるから,隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さはガイド溝の溝幅よりも小さい。

(2) ロ号物件について

ロ号物件の構成は,別紙原告主張ロ号物件の構成記載(1)のとおりであり,本件特許発明1の構成要件を充足する。

ロ号物件の構成要件の充足についての詳細な主張は次のとおりである。

本件特許発明1では,現実に摺動していなくとも,クランプ時の曲げモーメントを受け止める部分は第2摺動部分に当たり,その外周面の少なくとも一部が第2端壁に緊密に嵌合しておればよいことは,上記(1)エ(ア)のとおりである。

ロ号物件のクランプロッドの下部をみると,摺動用の外周面よりも上の直径が小さい部分は第2端壁と摺動してはいないものの,クランプ時における曲げモーメントを受け止めることには寄与しており,しかも摺動用の外周面は第2端壁と緊密に嵌合している。

そうすると,第2端壁と摺動していない部分も第2摺動部分に当たり,これらの部分には旋回溝と直進溝からなるガイド溝が設けられているから上記各構成要件を充足する。

イ 構成要件B,D及びGについて

「緊密に嵌合支持」に関する解釈は,上記(1)ア(ア)と同じである。

ロ号物件のクランプロッドとハウジングのはめあいは,JIS規格のH7/f7の規格であるから,緊密に嵌合支持するものに当たる。

ウ 構成要件Cについて

係合ボールがハウジングの第2端壁に支持されるというものではなく,あくまで複数の係合具がハウジングに支持されるというものであることは,上記(1)イと同様であり,上記構成要件を充足する。

エ 構成要件Dについて

「クランプロッドが傾くのを防止するように構成し」との構成要件の解釈は,上記(1)ウ(ア)と同じである。

ロ号物件のクランプロッドの傾きは,被告らの主張を前提としても,0.057mmないし0.093mmにすぎないから,上記構成要件を充足する。

オ 構成要件Gについて

上記(1)オと同様に,ロ号物件における旋回溝の中央部分の角度は,上記構成要件を充足する。

カ 構成要件H

上記(1)カ(ア)と同様に,ロ号物件の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは,ガイド溝の溝幅よりも小さいから,上記構成要件を充足する。

【被告らの主張】

(1) イ号物件について

イ号物件の構成は,別紙被告主張イ号物件の構成記載(1)のとおりである。イ号物件は,本件特許発明1の構成要件BないしH(上記第2の1(2)ア(イ)で示した本件特許発明1の構成要件の分説による。)を充足しない。

ア 構成要件B,D及びGについて

JIS規格によると,はめあいには,①隙間ばめ,②中間ばめ及び③しまりばめの3種類があり,イ号物件のクランプロッドとハウジングのはめあいは,上記①の隙間ばめであるH7/f7の規格である。これについては,通常のはめあいに当たるとする文献(乙10)もある。

これらのことからすると,H7/f7は常用されるはめあいにすぎず,できるだけ小さな隙間ではないから,「緊密に嵌合」したものには当たらない。

イ 構成要件Cについて

本件特許1の出願明細書によると,第2端壁の一部を構成する支持筒と第2摺動部分との間に,旋回溝及び係合ボールからなる旋回機構を設けたことにより作用効果を発揮することができる旨の記載がある。また,原告は,本件特許1の無効審判手続においても同様の主張をした。

そうすると,構成要件Cの係合ボールは,単にハウジングに設けられればよいのではなく,第2摺動部分の支持か所と兼用できる部分,すなわち第2端壁に設けられなければならず,クランプ時には第2摺動部分に設けられたガイド溝と緊密に嵌合していなければならない。

イ号物件の係合具が設けられている部分は,クランプロッドの下部を嵌合支持していないから第2端壁には当たらないし,摺動用の外周面よりも上の直径が小さい部分も第2摺動部分には当たらない。

そうすると,イ号物件は,ハウジングのうちクランプロッドを嵌合支持しない第2端壁ではない部分に係合具が設けられており,クランプロッドの第2摺動部分には当たらない部分の直進溝と嵌合している。

よって,上記構成要件を充足しない。

ウ 構成要件Dについて

イ号物件のクランプロッドは,油圧が3MPaないし7MPaにおいて,0.052mmないし0.087mmの範囲で,わずかに傾くように構成されている。

したがって,傾くのを防止する構成ではないから,上記構成要件を充足しない。

エ 構成要件Eについて

(ア) 構成要件Bによると,第2摺動部分は第2端壁に緊密に嵌合支持され,かつ,ガイド溝を形成された部分である。

(イ) イ号物件のクランプロッドの下部は,摺動用の外周面とこれよりも直径が小さい上の部分とから構成されており,ガイド溝は両方の部分に設けられている。

そうすると,上記構成要件のうち「第2摺動部分に設けられたガイド溝」の構成を充足しない。

オ 構成要件Gについて

(ア) 本件特許1の出願明細書の記載によると,傾斜角度の技術的意義は,クランプロッドの旋回に必要なストロークを小さくして,旋回式クランプをコンパクトに造れるという点にあるから,旋回溝の傾斜角度は旋回溝の下端において一定角度でなければならない。

(イ) これに対し,イ号物件の旋回溝の傾斜角度は,旋回溝と垂直溝が接続する点の近傍で垂直の90度から所定の角度まで連続して変化するように設定されており,10度から30度の範囲内の一定の角度ではないから,上記構成要件を充足しない。

カ 構成要件Hについて

(ア) ガイド溝の溝幅は,係合具がガイド溝に接触する位置での円弧寸法をいう。

(イ) イ号物件のガイド溝はゴシックアーチ形状であるから,ガイド溝と係合ボールの接触点はガイド溝の角部ではなく,中間位置にある。

これらのことを前提とすると,イ号物件の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さはガイド溝の溝幅よりも大きい。

(2) ロ号物件について

ロ号物件の構成は,別紙被告主張ロ号物件の構成記載(1)のとおりである。ロ号物件は,構成要件BないしHを充足しない。

ア 構成要件B,C,E及びGについて

(ア) 構成要件Bの第2摺動部分は,「第2端壁に緊密に嵌合支持される」ように突出されたものであり,複数のガイド溝を有するものとされている。

また,構成要件Eは,上記ガイド溝について,それぞれ軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備えたものとしている。

(イ) ロ号物件のうち摺動用の外周面より上の直径が小さい部分は,第2端壁と緊密に嵌合支持されていないから,第2摺動部分には当たらない。

そして,摺動用の外周面には旋回溝の下部から上下方向に伸びる溝が設けられているのみで,旋回溝及び直進溝からなるガイド溝は設けられていない。

したがって,ロ号物件は,上記ガイド溝を有する第2摺動部分を有しない。

イ 構成要件B,D及びGについて

ロ号物件のクランプロッドとハウジングのはめあいは,H7/f7の規格であるから,上記(1)アと同様に「緊密に嵌合」したものには当たらない。よって,上記各構成要件を充足しない。

ウ 構成要件Cについて

ロ号物件の係合具が設けられている部分は,ピストンロッドの下部を嵌合支持していないから,上記(1)イと同様に上記構成要件を充足しない。

エ 構成要件Dについて

ロ号物件のクランプロッドは,油圧が3MPaないし7MPaにおいて,0.057mmないし0.093mmの範囲でわずかに傾くように構成されている。

したがって,上記(1)ウと同様に上記構成要件を充足しない。

オ 構成要件Gについて

ロ号物件の旋回溝の傾斜角度は,旋回溝と垂直溝が接続する点の近傍で垂直の90度から約17度まで連続して変化するように設定されている。

したがって,上記(1)オと同様に上記構成要件を充足しない。

カ 構成要件Hについて

上記(1)カと同様に,ロ号物件の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さはガイド溝の溝幅よりも大きいから,上記構成要件を充足しない。

7  争点7(イ号ないしハ号物件が本件特許発明2の技術的範囲に属するか)について

【原告の主張】

(1) イ号物件について

イ号物件の構成は,別紙原告主張イ号物件の構成記載(2)のとおりであり,本件特許発明2の構成要件を充足する。

ア 構成要件B及びEにいう「緊密に嵌合支持」との要件についての詳細な主張は,上記6【原告の主張】(1)アと同様であり,イ号物件のはめあいは「緊密に嵌合支持」したものに当たるから,上記各構成要件を充足する。

イ 構成要件Cにいう「ハウジングに支持した複数の係合具」との要件に関する詳細な主張は,上記6【原告の主張】(1)イと同様であり,イ号物件の係合具はハウジングに支持されているから,上記構成要件を充足する。

ウ 構成要件Eにいう「クランプロッドが傾くのを防止するように構成し」との要件についての詳細な主張は,上記6【原告の主張】(1)ウと同様であり,イ号物件は傾くのを防止する構成を有しており,上記構成要件を充足する。

(2) ロ号物件について

ロ号物件の構成は,別紙原告主張ロ号物件の構成記載(2)のとおりであり,本件特許発明2の構成要件を充足する。

ア 構成要件B,C及びEにいう「第2摺動部分」との要件についての詳細な主張は,上記6【原告の主張】(2)アと同じである。

本件特許発明1では,現実に摺動していなくとも,クランプ時の曲げモーメントを受け止める部分は第2摺動部分に当たり,その外周面の少なくとも一部が第2端壁に緊密に嵌合しておればよいことは,上記6【原告の主張】(1)エ(ア)のとおりである。

ロ号物件のクランプロッドの下部をみると,摺動用の外周面よりも上の直径が小さい部分は第2端壁と摺動してはいないものの,クランプ時における曲げモーメントを受け止めることには寄与しており,しかも摺動用の外周面は第2端壁と緊密に嵌合している。

そうすると,第2端壁と摺動していない部分も第2摺動部分に当たり,これらの部分には旋回溝と直進溝からなるガイド溝が設けられているから上記各構成要件を充足する。

イ 構成要件B及びEの充足にいう「緊密に嵌合支持」との要件についての詳細な主張は,上記6【原告の主張】(2)イと同じである。

ロ号物件のクランプロッドとハウジングのはめあいは,H7/f7の規格であるから,上記(1)アと同様に「緊密に嵌合」したものに当たり,上記各構成要件を充足する。

ウ 構成要件Cにいう「ハウジングに支持した複数の係合具」との要件についての詳細な主張は,上記6【原告の主張】(2)ウと同様であり,ロ号物件の係合具はハウジングに支持されているから,上記構成要件を充足する。

エ 構成要件Eにいう「クランプロッドが傾くのを防止するように構成した」との要件についての詳細な主張は,上記6【原告の主張】(2)エと同じであり,ロ号物件は傾くのを防止する構成を有するから,上記構成要件を充足する。

(3) ハ号物件について

ハ号物件の構成は,別紙原告主張ハ号物件の構成記載のとおりであり,本件特許発明2の構成要件を充足する。

各構成要件の充足についての詳細な主張は次のとおりである。

ア 構成要件B,C及びEにいう「第2摺動部分」との要件については,上記6【原告の主張】(1)エ(ア)に加え,ハ号物件のクランプロッドの下部をみると,摺動用の外周面よりも上の直径の小さい部分は,第2端壁と摺動していないものの,クランプ時における曲げモーメントを受け止めることには寄与しており,摺動用の外周面は第2端壁と摺動していることからすると,上記(2)アと同様に,上記各構成要件を充足する。

イ 構成要件B及びEにいう「緊密に嵌合支持」との要件については,上記6【原告の主張】(1)アと同様であり,ハ号物件のクランプロッドとハウジングのはめあいはH7/f7の規格であるから,緊密に嵌合支持したものに当たり,上記各構成要件を充足する。

ウ 構成要件Cにいう「ハウジングに支持した複数の係合具」との要件については,上記6【原告の主張】(1)イと同様であり,ハ号物件の係合具はハウジングに支持されているから,上記構成要件を充足する。

エ 構成要件Eについて,ハ号物件は,クランプロッドの傾きを防止していないとする被告らの主張は推測に基づくものにすぎず,理由がない。

【被告らの主張】

(1) イ号物件について

原告主張のイ号物件の構成に対する被告らの認否及び主張は,別紙被告主張イ号物件の構成記載(2)のとおりである。

ア イ号物件は,本件特許発明2の構成要件B及びEを充足せず,この点についての詳細な主張は,上記6【被告らの主張】(1)アと同様であり,イ号物件のはめあいは「緊密に嵌合」したものには当たらない。

イ 構成要件Cの非充足についての詳細な主張は,上記6【被告らの主張】(1)イと同様であり,クランプロッドの第2摺動部分に設けたガイド溝に嵌合するようにハウジングに指示した複数の係合具という構成を有しないから,上記構成要件を充足しない。

ウ 構成要件Eの非充足についての詳細な主張は,上記6【被告らの主張】(1)ウと同様であり,イ号物件は傾くのを防止する構成ではないから,上記構成要件を充足しない。

(2) ロ号物件について

原告主張のロ号物件の構成に対する被告の認否及び主張は,別紙被告主張ロ号物件の構成記載(2)のとおりである。

ア 構成要件B,C及びEの非充足についての詳細な主張は,次のとおりである。

(ア) 構成要件Bの第2摺動部分は,「第2端壁に緊密に嵌合支持される」ように突出されたものであり,複数のガイド溝を有するものとされている。

また,構成要件Dでは,上記ガイド溝について,それぞれ,軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とを備えたものとされている。

さらに,本件特許2の出願明細書では,各ガイド溝が,螺旋状の旋回溝と直進溝とを上向きに連ねて構成されており,旋回溝の下部は上下方向へ延びる溝を介して上記クランプロッドの下面に開口しており,係合ボールは上記開口部を通してガイド溝に挿入可能となっている旨の記載がある。これによれば,旋回溝の下部から上下方向に伸びる溝は,ガイド溝を構成しない。

(イ) ロ号物件のうち摺動用の外周面より上の直径の小さい部分は,第2端壁に緊密に嵌合支持されていない。

また,摺動用の外周面には,旋回溝の下部から上下方向に伸びる溝が設けられているのみで,旋回溝及び直進溝からなるガイド溝は設けられていない。

したがって,ロ号物件は,上記6【被告らの主張】(2)アと同様に,上記各構成要件を充足しない。

イ 構成要件B及びEの非充足についての詳細な主張は,上記6【被告らの主張】(2)イと同様であり,ロ号物件のはめあいは,「緊密に嵌合」したものには当たらないから,上記各構成要件を充足しない。

ウ 構成要件Cの非充足についての詳細な主張は,上記6【被告らの主張】(2)ウと同様であり,ロ号物件の係合具が設けられている部分は,ピストンロッドの下部を嵌合支持していないから,上記構成要件を充足しない。

エ 構成要件Eの非充足についての詳細な主張は,上記6【被告らの主張】(2)エと同様であり,ロ号物件は傾くのを防止する構成ではないから,上記構成要件を充足しない。

(3) ハ号物件について

原告主張のハ号物件の構成に対する被告らの認否及び主張は,別紙被告主張ハ号物件の構成記載のとおりである。

ア 構成要件B,C及びEの非充足についての詳細な主張は,次のとおりである。

(ア) 上記(2)ア(ア)と同じ。

(イ) ハ号物件のうち摺動用の外周面より上の直径の小さい部分は,第2端壁に緊密に嵌合支持されていない。

また,摺動用の外周面には,旋回溝の下部から上下方向に伸びる溝が設けられているのみで,旋回溝及び直進溝からなるガイド溝は設けられていない。

したがって,ハ号物件は,上記(2)アと同様に,上記各構成要件を充足しない。

イ 構成要件B及びEについて

ハ号物件のクランプロッドとハウジングのはめあいは,H7/f7の規格であるから,「緊密に嵌合」したものに当たらない。

ウ 構成要件Cについて

ハ号物件の係合具が設けられている部分は,ピストンロッドの下部を嵌合支持していないから,上記構成要件を充足しない。

エ 構成要件Eについて

ハ号物件のクランプロッドもわずかに傾くように構成されているから,上記構成要件を充足しない。

8  争点8(イ号物件及びロ号物件が本件特許発明3-1の技術的範囲に属するか)について

【原告の主張】

(1) イ号物件について

イ号物件の構成は,別紙原告主張イ号物件の構成記載(3)のとおりであり,本件特許発明3-1の構成要件を充足する。

ア 構成要件Aにいう「緊密に嵌合支持」との要件については,上記6【原告の主張】(1)イと同様であり,イ号物件のはめあいは,「緊密に嵌合支持」したものに当たるから,上記構成要件を充足する。

イ 構成要件Cにいう「旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定」との要件については,上記6【原告の主張】(1)オと同じであり,イ号物件の傾斜角度は,上記構成要件を充足する。

ウ 構成要件Dの充足についての詳細な主張は,次のとおりである。

(ア) 上記構成要件のうち「上記隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さを,同上のガイド溝の溝幅」,「の直径よりも小さい値に設定した」という構成については,上記6【原告の主張】(1)カと同様である。

(イ) 次に,上記構成要件のうち「上記隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さを」,「上記の係合ボールの直径よりも小さい値に設定した」という構成についてみると,イ号物件は,所定の型式(例えば,PLV055型)では,隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さが3.3mmであり,係合ボールの直径は5mmである。

したがって,隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは係合ボールの直径よりも小さな値であるから,上記構成要件を充足する。

(2) ロ号物件について

ロ号物件の構成は,別紙原告主張ロ号物件の構成記載(3)のとおりであり,本件特許発明3-1の構成要件を充足する。

構成要件の充足についての詳細な主張は次のとおりである。

ア 構成要件Aの充足について,これは,「ハウジングに支持した複数の係合具」という構成を内容としているにすぎないから,後記【被告らの主張】(2)アには理由がない。その他については,上記6【原告の主張】(2)ウと同じである。

イ 構成要件Cにいう「旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定」との要件については,上記6【原告の主張】(2)オと同様に,ロ号物件における旋回溝の中央部分の角度は上記構成要件を充足する。

ウ 構成要件Dにいう「上記隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さを,同上のガイド溝の溝幅」,「の直径よりも小さい値に設定した」という構成については,上記6【原告の主張】(2)カと同様に,ロ号物件の隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さがガイド溝の溝幅よりも小さいから,上記構成要件を充足する。

【被告らの主張】

(1) イ号物件について

原告主張のイ号物件の構成に対する認否及び被告らの主張は,別紙被告主張イ号物件の構成記載(3)のとおりである。イ号物件は,本件特許発明3-1の構成要件A,C及びDを充足しない。

ア 構成要件Aにいう「緊密に嵌合支持」との要件については,上記6【被告らの主張】(1)アと同様であり,イ号物件のはめあいは,「緊密に嵌合支持した」ものには当たらないから,上記各構成要件を充足しない。

イ 構成要件Cにいう「旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定」との要件については,上記6【被告らの主張】(1)オと同様であり,イ号物件の旋回溝の傾斜角度は,上記構成要件を充足しない。

ウ 構成要件Dにいう「隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さ」との要件については,上記6【被告らの主張】(1)カと同様であり,上記構成要件を充足しない。

(2) ロ号物件について

原告主張のロ号物件の構成に対する認否及び被告らの主張は,別紙被告主張ロ号物件の構成記載(3)のとおりである。

ロ号物件は,本件特許発明3-1の構成要件A,C及びDを充足しない。

ア 構成要件Aの充足性に関する詳細な主張は次のとおりである。

(ア) 「3つ又は4つのガイド溝」と複数の係合ボールの技術的意義は,本件特許3の出願明細書における発明の詳細な説明の項の記載によれば,「上記クランプロッド5に複数のガイド溝26を設けて,これらのガイド溝26にそれぞれ係合ボール29を嵌合させたので,前記の支持筒13に上記の複数の係合ボール29を介して上記クランプロッド5を周方向でほぼ均等に支持することが可能となる。このため,クランプおよびアンクランプ駆動時にクランプロッド5の傾きを防止できる。その結果,前記アーム6に設けた前記の押ボルト8のクランプ位置及びアンクランプ位置の位置決め精度が向上する。」ことにある。

そうすると,本件特許発明3の係合ボールは,クランプロッドの傾きを防止できるものでなければならない。

これに対し,ロ号物件の係合ボールは,クランプ時にクランプロッドの傾きを防止することができず,本件特許発明3-1の作用効果を奏さないから,上記構成要件を充足しない。

(イ) その他は,上記6【被告らの主張】(2)ウと同じである。

イ 構成要件Cにいう「旋回溝の傾斜角度を10度から30度の範囲内に設定」との要件については上記6【被告らの主張】(2)オと同様であり,ロ号物件の旋回溝の傾斜角度は,上記構成要件を充足しない。

ウ 構成要件Dにいう「隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さ」との要件については,上記6【被告らの主張】(2)カと同様であり,上記構成要件を充足しない。

9  争点9(イ号物件及びロ号物件が本件特許発明3-2の技術的範囲に属するか)について

【原告の主張】

(1) イ号物件

イ号物件の構成は,別紙原告主張イ号物件の構成記載(4)のとおりであり,本件特許発明3-2の構成要件を充足する。

ア 構成要件Aにいう「上記ハウジングに支持した複数の係合具」との要件については,上記6【原告の主張】(1)イと同様であり,上記構成要件を充足する。

イ 構成要件Cにいう「隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは」,「同上のガイド溝の溝幅又は上記の係合ボールの直径よりも小さい値に設定した」との要件については,上記8【原告の主張】(1)ウと同様であり,上記構成要件を充足する。

(2) ロ号物件

ロ号物件の構成は,別紙原告主張ロ号物件の構成記載(4)のとおりであり,本件特許発明3-2の構成要件を充足する。

ア 構成要件Aにいう「上記ハウジングに支持した複数の係合具」との要件については,上記6【原告の主張】(2)ウと同様であり,上記構成要件を充足する。

イ 構成要件Cにいう「隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは」,「同上のガイド溝の溝幅」,「よりも小さい値に設定した」との要件については,上記6【原告の主張】(2)カと同様であり,上記構成要件を充足する。

【被告らの主張】

(1) イ号物件について

原告主張のイ号物件の構成に対する認否及び被告らの主張は,別紙被告主張イ号物件の構成記載(4)のとおりである。イ号物件は,本件特許発明3-2の構成要件A及びCを充足しない。

ア 構成要件Aの非充足について「上記ハウジングに支持した複数の係合具」との要件については,上記6【被告らの主張】(1)イと同様であり,上記構成要件を充足しない。

イ 構成要件Cの非充足について「隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは」,「同上のガイド溝の溝幅又は上記の係合ボールの直径よりも小さい値に設定した」との要件については,上記8【被告らの主張】(1)ウと同様であり,上記構成要件を充足しない。

(2) ロ号物件について

原告主張のロ号物件の構成に対する認否及び被告らの主張は,別紙被告主張ロ号物件の構成(4)のとおりである。

ロ号物件は,本件特許発明3-2の構成要件A及びCを充足しない。

ア 構成要件Aの非充足について「上記ハウジングに支持した複数の係合具」との要件については,上記6【被告らの主張】(2)ウと同様であり,上記構成要件を充足しない。

イ 構成要件Cの非充足について「隣り合うガイド溝の隔壁の最小厚さは」,「同上のガイド溝の溝幅」,「よりも小さい値に設定した」との要件については,上記6【被告らの主張】(2)カと同様であり,上記構成要件を充足しない。

10  争点10(損害額)について

【原告の主張】

(1) 被告らは,少なくとも平成17年9月1日から平成20年12月31日までの間に1500個のイ号物件を,同年10月1日から同年12月31日までの間に100個のロ号物件を,同年2月1日から同年12月31日までの間に500個のハ号物件を,それぞれ製造販売した。

これにより被告らが受けた単位数量当たりの利益は,イ号物件及びロ号物件につき各2万円,ハ号物件につき1万6000円を下らない。

したがって,被告らがその行為により受けた利益の額は,イ号物件につき合計3000万円,ロ号物件につき合計200万円,ハ号物件につき合計800万円であるところ,本件各特許発明を業として実施している原告が被告らの上記行為により受けた損害の額は,上記合計額4000万円と推定される(特許法102条2項)。

(2) 弁護士費用400万円は本件と相当因果関係のある損害である。

【被告らの主張】

否認又は争う。

11  争点11(補償金請求)について

【原告の主張】

(1) 補償金請求に係る本件特許発明2の内容について

ア 本件特許発明2の出願公開時(平成16年1月8日)における特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。

「ハウジングの第1端壁にクランプロッドの第1摺動部分を軸心方向へ移動自在に支持すると共に,上記ハウジングの第2端壁に上記クランプロッドの第2摺動部分を軸心方向へ移動自在に支持し,上記の第1摺動部分と上記の第2摺動部分との間で上記クランプロッドに入力部を設けて,その入力部が上記のクランプロッドを上記の第2端壁へ向けてクランプ駆動するように構成し,上記の第2摺動部分の外周に,旋回部分と直進部分とを上記の第2端壁から上記の第1端壁へ向けて連ねて設け,上記の旋回部分および直進部分に係合する係合具を上記の第2端壁に設けた,ことを特徴とする旋回式クランプ。」

イ 上記発明は,以下の構成要件に分説することができる。

A ハウジングの第1端壁にクランプロッドの第1摺動部分を軸心方向へ移動自在に支持すると共に,上記ハウジングの第2端壁に上記クランプロッドの第2摺動部分を軸心方向へ移動自在に支持し,

B 上記の第1摺動部分と上記の第2摺動部分との間で上記クランプロッドに入力部を設けて,その入力部が上記のクランプロッドを上記の第2端壁へ向けてクランプ駆動するように構成し,

C 上記の第2摺動部分の外周に,旋回部分と直進部分とを上記の第2端壁から上記の第1端壁へ向けて連ねて設け,

D 上記の旋回部分および直進部分に係合する係合具を上記の第2端壁に設けた,

E ことを特徴とする旋回式クランプ。

(2) 属否について

イ号物件の構成は,別紙原告主張イ号物件の構成記載(5)のとおりであり,以下のとおり,上記(1)イの各構成要件を充足する。

ア 本件特許発明2の構成要件Aないし同Eと,イ号物件の構成aないし同eとは,出願公開時の本件特許発明2で「第2端壁(3b)」とされている部分が,イ号物件では「a部分及びb部分」または「b部分」である点を除き,その他の構成は同一である。

イ この点,出願公開時の本件特許発明2の構成要件Aは,「ハウジング(3)の第2端壁(3b)に上記クランプロッド(5)の第2摺動部分(12)を軸心方向へ移動自在に支持し」とされている。

すなわち,「第2端壁」は,第2摺動部分(12)を移動自在に「支持する部分」を意味するのであり,第2摺動部分(12)を摺動自在に「支持する部分(支持筒13)」のみならず,第2摺動部分を「係合具」を介して「支持する部分」も当然に含まれるのである。

このことは,乙41の【0015】欄の「さらに,上記のハウジング3の下端壁(第2端壁)3bの一部を構成する支持筒13には,上記ロッド本体5aから下向きに突出させた下摺動部分(第2摺動部分)12が摺動自在に支持される。」との記載からも明らかである。

ウ よって,イ号物件の「b部分」は,出願公開時の発明の「第2端壁」に該当する。

(3) イ号物件の製造販売と被告らの悪意について

被告らは,本件特許2の出願公開(平成16年1月8日)後,遅くとも平成17年7月20日にはイ号物件の製造販売行為が出願公開された本件特許2の出願に係る発明の実施に当たることを知って,イ号物件の製造販売をした。

(4) 補償金額について

上記10のとおり,被告らは,平成17年9月1日から平成20年12月31日までの間に1500個のイ号物件を製造販売しており,原告が本件特許発明2の実施に対して受けるべき金銭の額は1個当たり1万円を下らないから,補償金の額は合計1500万円を下らない。

(5) 被告らの主張に対する反論

被告らは,補償金請求をするためには,イ号物件が平成18年3月14日付けの補正後の構成要件を充足しなければならないように主張する。

しかしながら,補償金請求権は,特許出願の公開の対価として認められるものであるから,出願公開時の本件特許発明2の技術的範囲に属し,また,権利行使時の本件特許発明2の技術的範囲に属する以上,補償金請求権が否定される理由はない。

また,仮に,補償金請求において,補正された後の本件特許発明2の技術的範囲に属することが必要であるとしても,イ号物件は補正された後の本件特許発明2の技術的範囲に属する。

すなわち,前記のとおり,「第2端壁」には,第2摺動部分を摺動自在に支持する「支持筒13」(イ号物件の「a部分」に該当)と,その余の部分(イ号物件の「b部分」に該当)が存在するのである。

よって,イ号物件は,構成要件Aの「第2端壁に・・・第2摺動部分の外周面を,軸心方向に移動自在に支持し」との要件を充足するし,「係合具を上記ハウジングの上記第2端壁に周方向へ間隔をあけて設けた」との要件を充足することも明らかである。

以上のとおりであるから,被告らの主張にはいずれも理由がない。

【被告らの主張】

(1) 被告らは,本件特許発明2について出願公開があった後に,原告から発明の内容を記載した書面を提示されて警告をされていないし,またイ号物件の製造販売行為が出願公開された本件特許2の出願に係る発明の実施に当たることを知らなかったから,原告の補償金請求には理由がない。

(2) 原告は,イ号物件が本件特許2の出願公開時の発明の技術的範囲に属する旨主張するが失当である。

ア イ号物件の構成についての被告らの主張は,別紙被告主張イ号物件の構成記載(5)のとおりである。

イ 原告は,「イ号物件の「b部分」は,出願公開時の本件特許発明2の「第2端壁」に該当すると主張するが,本件特許発明2の「第2端壁」に該当するのは,イ号物件の「a部分(ガイド部)」であり,「b部分(逃がし部)」ではない。

イ号物件の構成dは,出願公開時の本件特許発明2の構成要件Dを充足しない。

(3) また,原告は,本件特許権2について,別紙本件特許2の補正の経緯のとおり,出願公開後の平成16年11月16日付け及び平成18年3月14日付けで,それぞれ特許請求の範囲の補正をしているから,その補正の効果は出願時に遡及し,補正された内容で出願公開されたことになる。

したがって,補償金請求に係る本件特許発明2の内容は,後の補正である平成18年3月14日付けの補正による特許請求の範囲によるべきである。

ア 上記補正後の特許請求の範囲の記載は,別紙本件特許2の補正の経緯の平成18年3月14日付補正欄記載のとおりであり,以下の構成要件に分説することができる。

A ハウジングの第1端壁にクランプロッドの第1摺動部分を軸心方向へ移動自在に支持すると共に,上記ハウジングの第2端壁に,上記クランプロッドの前記の第1摺動部分の外径寸法よりも小さい外径寸法に設定された第2摺動部分の外周面を,軸心方向へ移動自在に支持し,

B 上記の第1摺動部分と上記の第2摺動部分との間で上記クランプロッドに入力部を設けて,その入力部が上記のクランプロッドを上記の第2端壁へ向けてクランプ駆動するように構成し,

C 上記クランプロッドの上記の第2摺動部分の外周に,上記の第2端壁から上記の第1端壁へ向けて連ねて設けた旋回溝および直進溝を有するガイド溝を,周方向へほぼ等間隔に少なくとも3つ設け,上記の少なくとも3つの旋回溝を相互に平行状に配置すると共に上記の少なくとも3つの直進溝を相互に平行状に配置し,

D 前記クランプロッドの前記の第2摺動部分の外周に設けた上記の少なくとも3つのガイド溝にそれぞれ係合具を係合させ,これら少なくとも3つの係合具を上記ハウジングの上記の第2端壁に周方向へ間隔をあけて設けた,

E ことを特徴とする旋回式クランプ。

イ 上記構成要件Aでは,「第2端壁(3b)に,…第2摺動部分(12)の外周面を,軸心方向へ移動自在に支持し」と特定されている。「外周面」を支持するのであるから,直接接触していることがより明確にされている。

よって,構成要件Dの「第2端壁」は,第2摺動部分の外周面に直接接触して支持するものでなければならないのに対し,イ号物件の「b部分(逃がし部)」は第2摺動部分の外周面には接触しないものであるので,イ号物件の構成dは,上記発明の構成要件Dを充足しない。

(4) イ号物件は,以上のとおり,本件特許発明2の出願公開時の技術的範囲にも,補正後の技術的範囲にも属しないから,原告の補償金請求は,いずれにしても理由がない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,原告の被告らに対する請求はすべて理由がないものと判断する。

まず,被告パスカルトレーディングに対する請求については,同被告が,イ号ないしハ号物件の製造販売に関与した事実を認めるに足りる証拠はないので,同被告に対する各請求は,いずれも理由がないものと判断する。

また,原告のその余の被告らに対する各請求も,以下に要点を示す理由により,いずれも理由がないものと判断する。

すなわち,本件特許1,同3-1及び同3-2は,いずれも特許無効審判により無効にされるべきものと認める(後記1ないし3)。

本件特許権2に基づくイ号物件に関する請求については,イ号物件が本件特許権2の設定登録後に製造販売された事実が認められず,将来,再度,製造販売されるおそれがあるものとは認められない(後記4)。また,また本件特許権2の特許法65条1項に基づく補償金請求についても,一部は失当であり,その余も特許法65条1項の要件が認められない(後記6)。

本件特許権2に基づくロ号物件及びハ号物件に関する請求は,ロ号物件及びハ号物件が,いずれも本件特許発明2の技術的範囲に属するものとは認められない(後記5)。

以下,被告パスカルトレーディングを除く被告ら(以下,単に「被告ら」という。)に対する請求についての判断を詳述する。

1  争点1(本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について

(1)ア  本件特許発明1の特許請求の範囲の請求項1には,「前記の第2端壁(3b)に緊密に嵌合支持されると共に上記の3つ又は4つのガイド溝(26)が設けられた上記の第2摺動部分(12)について,その第2摺動部分(12)の外周面を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定し,かつ,上記の隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,同上のガイド溝(26)の溝幅(W)よりも小さい値に設定した」との記載がある。

イ  以上の記載によれば,本件特許発明1は,3つ又は4つのガイド溝(26)が設けられた第2摺動部分(12)の構造について,①「第2摺動部分(12)の外周面を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定」すること,及び,②「隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,同上のガイド溝(26)の溝幅(W)よりも小さい値に設定した」ことを特定していることが明らかである。

(2)  本件特許1は,平成13年11月13日の第1基礎出願,同年12月18日の第2基礎出願,平成14年4月3日の第3基礎出願の各優先権(いずれも日本)を主張して,平成14年10月2日に出願されたものであるから,前記各構成①,②が,優先権主張の基礎とされた各基礎出願の願書に最初に添付した明細書等(以下,第1基礎出願のそれ(乙2)を「基礎出願明細書1」といい,第2基礎出願のそれ(乙3)を「基礎出願明細書2」といい,第3基礎出願のそれ(乙4)を「基礎出願明細書3」といい,併せて「各基礎出願明細書」という。)に記載されているのかについて,以下検討する。

(3)  上記構成①について

ア 基礎出願明細書1について

(ア) 基礎出願明細書1には,以下の記載がある。

a 【0011】【発明の実施の形態】欄には,「図1と図2は,本発明の第1実施形態を示している。」との記載がある。

b 【0015】欄には,「上記クランプロッド5の下摺動部分12と上記の支持筒13の内壁13aとの間にガイド手段が設けられる。そのガイド手段は,上記の図1と図2に示すように,次のように構成されている。その図2は,上記の下摺動部分12の拡大展開図である。」との記載がある。

c 【0016】欄には,「上記の下摺動部分12の外周面に4つのガイド溝(ガイド部分)26が周方向へほぼ等間隔に設けられる。各ガイド溝26は,螺旋溝(旋回部分)27と直進溝(直進部分)28とを上向きに連ねて構成される。上記の各ガイド溝26にボール(操作具)29が挿入され,・・・。上記の螺旋溝27と上記ボール29とによって旋回機構35が構成され,上記の直進溝28と同上のボール29とによって直進機構36が構成されている。」との記載がある。

d 【0021】欄には,「上記の旋回式クランプ2は次のように作動する。・・・上記クランプロッド5が前記の螺旋溝27に沿って平面視で時計回りの方向へ旋回しながら下降して・・・」との記載がある。

e 【0025】欄には,「前記クランプロッド5のガイド溝26は,4つ設けることに代えて,1つから3つ設けたものであってもよく,又は5つ以上であってもよい。前記の旋回機構35は,例示の螺旋溝27とボール29とを備えたものに代えて,カム状の溝とピンを備えたものであってもよい。」との記載がある。

f 【図面の簡単な説明】【図1】欄には,「本発明の第1実施形態を示し,旋回式クランプの立面視の断面図である。」との記載,【図2】欄には,「上記クランプに設けたクランプロッドの下摺動部分の拡大展開図である。」との記載がある。

(イ) 以上の記載によれば,第1実施形態として,旋回式クランプの下摺動部分12の拡大展開図が図2に示され(上記a,f),同図2には,「4つ」のガイド溝26の配設態様が図示されていること,上記「4つ」のガイド溝26は,周方向へほぼ等間隔に設けられるものであるから(上記c),図2に示された「4つ」のガイド溝26は,ほぼ等間隔に配置されたことを示す展開図といえることが認められる。

さらに,上記「4つ」のガイド溝は,螺旋溝27を有し,クランプロッド5を上記螺旋溝27に沿って平面視で時計回りの方向へ旋回しながら下降(上昇)させるものであるから(上記d),そのように旋回しながら下降(上昇)させるために,各螺旋溝27が所要の角度に傾斜されて設けられていることは明らかであり,そのように傾斜した螺旋溝27も図2に図示されていると認められる。

また,「4つ」のガイド溝26にはそれぞれ対応するボール29が挿入されたものであるから(上記c),各ガイド溝にボールを嵌合させるための所要の幅が存在すること,及び隣接するガイド溝とガイド溝との間に隔壁が存在することは明らかである。

そうすると,上記構成①に関し,基礎出願明細書1には,下摺動部分12に「4つ」のガイド溝26を設けることを前提として,下摺動部分12の外周面を展開した状態において,螺旋溝27に所要の傾斜角度を形成することが開示されていると認められる。

しかしながら,上記傾斜角度の具体的範囲については記載も示唆もなく,螺旋溝27の傾斜角度を「10度から30度」の範囲内に設定することが開示されていると認めることはできない。

イ 基礎出願明細書2及び基礎出願明細書3について

(ア) 基礎出願明細書2及び基礎出願明細書3にも,クランプロッド12の下摺動部分12の外周面に「4つのガイド溝26」を設けることが開示され,図2に「クランプロッドに設けた下摺動部分の拡大展開図」が示されているが,基礎出願明細書1と同様の理由により上記構成①が記載されているとは認められない。

(イ) 原告は,各基礎出願明細書の図2から,螺旋溝27の傾斜角度が「約20度」であることが読み取れ,当該「約20度」を中央値として「±10度」とすることで,「10度から30度」の範囲が設定できることは,図面および明細書の記載から当業者にとって自明な事項である旨主張する。

しかしながら,各基礎出願明細書の図2は,前示のとおり,クランプロッドの下摺動部分の拡大展開図,すなわち,4つのガイド溝26の配設態様を示した特許図面にすぎず,設計図面のように各ガイド溝に係る寸法値や角度値まで看取し得るほど正確に描かれた図面とは認められない。したがって,そのような特許図面から「螺旋溝27」の具体的な傾斜角度(「約20度」)を読み取ることはできないというべきである。

また,仮に,上記図2から,螺旋溝27の具体的な傾斜角度を「約20度」と読み取ることが可能であったとしても,図2は,螺旋溝27の傾斜角度を「中央値」として示した図とは認められないから,当該「約20度」を「中央値」と解すべき理由はない。さらに,そのような「約20度」を中央値と設定した上に,「±10度」することで上限・下限値を設定し螺旋溝27の傾斜角度の範囲とすることも,合理性はない。

すなわち,各基礎出願明細書に,「30度」を上限とし「10度」を下限とする傾斜角度の範囲が記載されたものと認めることはできないし,これを自明な事項とすることもできないというべきである。

(4)  上記構成②について

ア 基礎出願明細書1について

基礎出願明細書1の図2には,下摺動部分12に「4つ」のガイド溝26を設けた各ガイド溝の配設態様が図示されている。

そして,上記図2から,一の螺旋溝27の上側部分と,当該一の螺旋溝27に隣接する他の螺旋溝27の下側部分との間で隔壁の厚さが最小をなし,当該最小をなす隔壁の厚さがガイド溝26の溝幅よりも小さい各ガイド溝の配設態様が一応看取できる。

しかしながら,上記「隔壁の厚さ」と「ガイド溝の溝幅」の大小関係を一応看取し得たとしても,図2は,「4つ」のガイド溝26の唯一の配設態様を示したものにすぎないから,「隔壁の最小厚さ」の値と「ガイド溝の溝幅」の値とを比較し,「隔壁の最小厚さ」を,「ガイド溝の溝幅」よりも小さい値に設定するといった技術思想まで看取し得るものではない。

したがって,基礎出願明細書1に上記構成②が記載されていたとすることはできないというべきである。

原告は,各基礎出願の願書に添付された図面(乙2の図2など)は,当業者において設計図と同一視されるものであり,当該図面に接した当業者は,基礎出願発明のガイド溝が,どのような溝幅で設けられ,隔壁の厚さとの関係がどのようになっているかとの具体的な構成を認識し,隔壁の最小厚さを,ガイド溝の溝幅よりも小さい値に設定したという構成まで理解する旨主張する。

しかしながら,各基礎出願の図面(図2)は,前示のとおり特許図面であって,設計図面と同一視されるものではなく,さらに,仮に原告の主張するように,図2から「隔壁の厚さ」と「ガイド溝の溝幅」の大小関係が具体的な構成として認識し得たとしても,それは,「4つ」のガイド溝26の唯一の配設態様にすぎないものであり,「隔壁の最小厚さ」を,「ガイド溝の溝幅」よりも小さい値に設定するといった技術思想まで看取し得るものとおよそいうことはできない。

また,「3つ」のガイド溝を設けたものについては,発明の詳細な説明に「前記クランプロッド5のガイド溝26は,4つ設けることに代えて,1つから3つ設けたものであってもよく」(上記(3)ア(ア)e)と記載されているだけで,図示すらされていないことからすると(図面から看取し得る事項はない),上述した「4つ」のガイド溝を設けたもの以上に,上記構成②の事項が記載されているとすることはできない。

イ 基礎出願明細書2及び基礎出願明細書3について

基礎出願明細書2及び基礎出願明細書3にも,クランプロッドの下摺動部分の外周面に「4つのガイド溝26」を設けることが開示され,図2に「クランプロッドに設けた下摺動部分の拡大展開図」が示されているが,基礎出願明細書1と同様の理由により上記構成②が記載されているとは認められない。

(5)  以上総合すると,本件特許発明1の「前記の第2端壁(3b)に緊密に嵌合支持されると共に上記の3つ又は4つのガイド溝(26)が設けられた上記の第2摺動部分(12)について,その第2摺動部分(12)の外周面を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定し,かつ,上記の隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,同上のガイド溝(26)の溝幅(W)よりも小さい値に設定した」(構成①,②)との事項は,優先権主張の基礎とされた第1ないし第3基礎出願の明細書等に記載されていないことは明らかである。

したがって,本件特許発明1についての特許法29条の2,29条,39条の規定の適用については,優先権主張の利益を享受できず(先の出願の時にされたものとみなすことはできず),本件特許1の現実の出願日である平成14年10月2日が基準日となることになる。

(6)  そして上記第2の1(4)のとおり,本件特許発明1の実施品であるスイングクランプLHが上記(5)の基準日前に製造販売されていたというのであるから,本件特許発明1は,出願前に製造販売されて公然実施されたことにより新規性がないことになる。

すなわち,本件特許1は,特許法123条1項2号,29条1項2号の規定により特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,したがって原告は,被告らに対し,本件特許権1に基づく権利行使をすることができないから,原告の本件特許権1に基づく被告らに対する請求は,その余の点について判断するまでもなくすべて理由がないというべきである。

なお,原告は,被告らによる特許法104条の3の主張が,権利濫用であって許されない旨るる主張するが,優先権主張の基礎となる明細書等に開示されていた事項は上記認定のとおりであって,上記認定判断が特許法41条の趣旨を没却するとの指摘は的はずれであるし,またそのほかの指摘も,独自の見解に基づいて制度を批判し,あるいは被告らの防御権を否定するものであっていずれも失当である。

2  争点3(本件特許3-1は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について

(1)ア  本件特許権3の請求項1の特許発明である本件特許3-1の特許請求の範囲には,「上記の3つ又は4つのガイド溝(26)が設けられた上記のクランプロッド(5)の外周部について,その外周部を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定し,かつ,上記の隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,同上のガイド溝(26)の溝幅(W)又は上記の係合ボール(29)の直径(D)よりも小さい値に設定した」との記載が認められる。

イ  以上の記載によれば,本件特許発明3-1は,3つ又は4つのガイド溝が設けられたクランプロッドの外周部の構造について,①’「その外周部を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定」すること,及び,②’「上記の隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,同上のガイド溝(26)の溝幅(W)又は上記の係合ボール(29)の直径(D)よりも小さい値に設定した」ことを特定していることが明らかである。

(2)  そして,本件特許3-1も,本件特許1と同様に各基礎出願の各優先権を主張して出願されたものであるから,上記構成①’②’が各基礎出願の願書に最初に添付した明細書等に記載された事項であるのか否かについて検討すると,上記構成①’及び上記構成②’の選択事項である「隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,ガイド溝(26)の溝幅(W)よりも小さい値に設定した」ことについては,上記1(3)(4)の項で説示したとおり,各基礎出願明細書に記載されているとは認められない。

また,上記構成②’の選択事項である「隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,係合ボール(29)の直径(D)よりも小さい値に設定した」点についても,各基礎出願明細書には記載も示唆もなく,また,図面から,「隔壁の最小厚さ(T)」の値と「係合ボール(29)の直径(D)」の値とを比較し,「隔壁の最小厚さ(T)」を,「係合ボール(29)の直径(D)」よりも小さい値に設定すること,すなわち,ガイド溝の「隔壁の最小厚さ(T)」を,「係合ボール(29)の直径(D)」を基準として,それよりも小さい値の範囲で設定することまで看取し得るものではない。

したがって,各基礎出願明細書に上記構成②’の選択事項である「隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,係合ボール(29)の直径(D)よりも小さい値に設定した」点が記載されていたとはいえない。

(3)  以上からすると,本件特許発明3-1の「上記の3つ又は4つのガイド溝(26)が設けられた上記のクランプロッド(5)の外周部について,その外周部を展開した状態における上記の旋回溝(27)の傾斜角度(A)を10度から30度の範囲内に設定し,かつ,上記の隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)を,同上のガイド溝(26)の溝幅(W)又は上記の係合ボール(29)の直径(D)よりも小さい値に設定した」との事項は,優先権の主張の基礎とされた各基礎出願明細書に記載されていないことは明らかであるから,本件特許発明3-1についての特許法29条の2,29条,39条の規定の適用については,優先権主張の利益を享受できず(先の出願の時にされたものとみなすことはできず),本件特許発明3-1の原出願の出願日である平成14年10月10日が基準日となることになる。

(4)  そして上記第2の1(4)のとおり,本件特許発明3-1の実施品であるスイングクランプLHが上記(3)の基準日前に製造販売されていたというのであるから,本件特許3-1は,出願前に製造販売されて公然実施されたことにより新規性がないことになる。

すなわち,本件特許3-1は,特許法123条1項2号,29条1項2号の規定により特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,したがって原告は,被告らに対し,本件特許権3-1に基づく権利行使をすることができないから,原告の本件特許権3-1に基づく被告らに対する請求は,その余の点について判断するまでもなく,すべて理由がないというべきである(被告らによる特許法104条の3の主張が権利濫用にあたらないことは,上記1(6)で説示したとおりである。)。

3  争点4(本件特許3-2は特許無効審判において無効にされるべきものと認められるか)について

(1)  本件特許権3の請求項2の特許発明である本件特許3-2の特許請求の範囲には,「そのクランプロッド(5)の外周部に周方向へほぼ等間隔に並べて設けた3つ又は4つのガイド溝(26)」,及び「上記の隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)は,隣り合う一方の旋回溝(27)の他端部を他方の旋回溝(27)の一端部の近傍に位置させることによって形成し,かつ,同上のガイド溝(26)の溝幅(W)又は上記の係合ボール(29)の直径(D)よりも小さい値に設定した」との記載があるから,この記載によれば,本件特許発明3-2は,3つ又は4つのガイド溝(26)が設けられたクランプロッド(5)の外周部の構造について,①’’「隣り合うガイド溝(26)(26)の隔壁の最小厚さ(T)は,隣り合う一方の旋回溝(27)の他端部を他方の旋回溝(27)の一端部の近傍に位置させることによって形成し,かつ,ガイド溝(26)の溝幅(W)又は係合ボール(29)の直径(D)よりも小さい値に設定した」ことを特定していることが明らかである。

しかしながら,上記技術事項が,優先権主張の基礎とされた各基礎出願明細書に記載されていないことは,上記2で説示したとおりであるから,本件特許発明3-2についての特許法29条の2,29条,39条の規定の適用については,優先権主張の利益を享受できず(先の出願の時にされたものとみなすことはできず),本件特許発明3-2の原出願の出願日である平成14年10月10日が基準日となることになる。

(2)  そして上記第2の1(4)のとおり,本件特許発明3-2の実施品であるスイングクランプLHが上記(1)の基準日前に製造販売されていたというのであるから,本件特許発明3-2は,出願前に製造販売されて公然実施されたことにより新規性がないことになる。

すなわち,本件特許発明3-2は,特許法123条1項2号,29条1項2号の規定により特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,したがって原告は,被告らに対し,本件特許権3-2に基づく権利行使をすることができないから,原告の本件特許権3-2に基づく被告らに対する請求は,その余の点について判断するまでもなく,すべて理由がないというべきである。

4  争点5(イ号物件が本件特許権2の設定登録後に製造販売されたか。また,今後,製造販売されるおそれがあるか)について

(1)  被告らがかつてイ号物件を製造販売していたことは当事者間に争いがないが,被告らは本件特許権2の設定登録日である平成19年11月9日以前である同年10月にイ号物件をロ号物件に設計変更したとして,本件特許権2の設定登録後のイ号物件の製造販売を否認しているところ,イ号物件が本件特許権2の設定登録日である平成19年11月9日以降に製造販売された事実を的確に認定するに足りる直接的な証拠はない。

(2)ア  しかしながら,イ号物件の製造販売の事実についての主張立証責任が,その特許権侵害を主張する原告にあるとしても,事業者である被告らが,既に製造販売の実績がある製品の製造販売を止め,設計変更をした新たな製品の製造販売を開始するには,そこに何らかの合理的な理由が存することが当然であると考えられる。そうであるにもかかわらず,被告らが主張するイ号物件の製造販売を止めロ号物件へ設計変更したという経緯が著しく不自然不合理なものであるような場合には,そのことが,イ号物件が本件特許権2の設定登録後もしばらくは製造販売されていたとの事実関係を強く推認させるという見方もあり得るところである。

イ  そこで以上のような観点から,被告らがイ号物件の製造販売を止め,ロ号物件の製造販売を開始した事実関係についてみてみると,各項末尾に記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,① 原告は,平成18年3月10日付けで,被告パスカルに対し,被告パスカルの製造販売する「スイングクランプPLV型」が本件特許発明1の技術的範囲に属することを主張して,同特許権に基づき特許権侵害の差止めを求める旨の警告書を送付したこと(甲26の1),② 被告パスカルエンジニアリングは,同年10月23日付けで本件特許1の無効審判請求をしたが,平成19年7月31日付けで特許を維持する旨の審決がなされ,同年8月10日に,当該審決の謄本が被告らに送達されたこと(甲9,甲10),③ 原告は,上記審判の過程で,本件特許発明1の特許請求の範囲につき,「3つ又は4つのガイド溝(26)を外周部に形成した第2摺動部分」等,その範囲を減縮する訂正をしたこと(乙1),④ 被告らは,イ号物件のガイド溝(26)と大径部(g)とを分離する設計変更を行うこととし,平成19年10月10日には,改訂後の設計図を完成させていたこと(乙42の1,2),⑤ 被告パスカルエンジニアリングは,平成19年10月24日,上記設計変更の内容に基づき特許出願をしたこと(乙43),⑥ 被告らは,遅くとも平成19年12月3日には,その取引先に対しロ号物件を納入したこと(乙59ないし乙63),⑦ 被告らにおいて,ロ号物件はイ号物件と同じ型式番号を使い続けていること(乙59,乙60),以上の事実が認められる。

ウ  以上の事実関係に基づき検討するに,まずロ号物件についての特許出願が平成19年10月24日にされたという事実からは,それ以前に特許法29条1項2号の公然実施となってしまうロ号物件の販売がされていた事実はないことが認められる。しかし,上記認定の事実関係からは,その時期を確定的に認定できないけれども,少なくとも,その直後ころには被告らがイ号物件をロ号物件に設計変更してイ号物件の生産を中止し,ロ号物件の生産を開始したと認定することができる。

原告は,イ号物件の製造販売の停止からロ号物件へ設計変更するに至る経緯につき,同一型式が継続して使用されていることや,耐久試験の実施の点などを指摘して不自然不合理な点があると批判する。

しかし,この一連の経緯は,原告の特許権侵害の警告が契機となって特許権侵害を回避するため引き起こされたものであって,通常の新製品の製品開発の場合とは異なるものと認められることからすると,原告指摘にかかる点をもって被告らがしたイ号物件からロ号物件への設計変更等の一連の行動が必ずしも不自然不合理性であると断定することはできず,本件において,被告らが,本件特許権2の設定登録後もイ号物件の製造販売を継続していたことを推認させる事情は認められない。

したがって,被告らが,本件特許権2の設定登録後にイ号物件の製造販売をした事実は認められないというべきである。

(3)  また,イ号物件が,本件特許権2の設定登録後も製造販売されていた事実が認められず,他方,ロ号物件が特許権侵害を回避する目的で設計変更されたものと認められ,現に本件で原告から特許権侵害訴訟の提起を受けたという事情のもとでは,被告らが,本件特許権2の特許権侵害が問題となり得る期間中において,将来,イ号物件を再度,製造販売する可能性は認められないといわなければならない。

(4)  したがって,イ号物件は本件特許権2の設定登録後に製造販売された事実が認められず,また将来再度製造販売されるおそれも認められない以上,イ号物件が本件特許発明2の技術的範囲に属するか否かを検討するまでもなく,イ号物件の製造販売を理由とする本件特許権2に基づく差止請求及び損害賠償請求は理由がないといわなければならない。

5  争点7(イ号ないしハ号物件が本件特許発明2の技術的範囲に属するか)について

(1)  上記4で認定判断したとおり,イ号物件は,本件特許権2の設定登録後に製造販売された事実は認められないから,その侵害行為は問題とならない。そこで,以下においては,本件特許権2の設定登録後も製造販売されているロ号物件及びハ号物件が,本件特許発明2の技術的範囲に属するかについてだけ検討する。

(2)  ロ号物件及びハ号物件の構成については,被告主張ロ号物件の構成記載(2)及び被告主張ハ号物件の構成に各記載のとおり一部争いがあるが,これらの構成についての争いは,結局のところ,対応する本件特許発明2の構成要件B,C及びEの解釈の争いが反映しているものと解される。

しかし,上記の点をさて置いても,以下のとおり,ロ号物件及びハ号物件は,いずれも本件特許発明2の構成要件B,C及びEを充足するものとはいえない。

(3)  すなわち,本件特許発明2の構成要件Bによると,第2摺動部分は,① ハウジングの他端側の第2端壁に緊密に嵌合支持されるように上記ロッド本体から他端方向へ一体に突出される構成及び② 周方向へほぼ等間隔に並べた複数のガイド溝を外周部に形成した構成のものである。

そして,構成要件Dによると,上記ガイド溝は軸心方向の他端から一端へ連ねて設けた旋回溝と直進溝とによって構成されるものである。

他方,ロ号物件及びハ号物件について,いずれも摺動用の外周面が第2端壁と緊密に嵌合支持されていること,摺動用の外周面より上の直径の小さい部分が第2端壁と緊密に嵌合支持されていないことは,当事者間で争いがない。

また,摺動用の外周面には,旋回溝の下部から上下方向に伸びる溝が設けられているのみで,旋回溝及び直進溝からなるガイド溝は設けられていないことも当事者間で争いがない。

そうすると,摺動用の外周面より上の直径が小さい部分は,第2摺動部分には当たらないし,摺動用の外周面にはガイド溝が設けられていないからやはり第2摺動部分には当たらないというべきである。

したがって,ロ号物件及びハ号物件は,いずれも上記ガイド溝を有する第2摺動部分という構成要件Bを充足するとはいえず,さらに構成要件C及びEは構成要件Bを前提とするものであるから,これらも充足するとはいえない。

(4)  したがって,ロ号物件及びハ号物件は,本件特許発明2の技術的範囲に属するとはいえないから,両物件が本件特許発明2の技術的範囲に属することを前提とする本件特許権2に基づく被告らに対する請求は,その余の点について判断するまでもなく,すべて理由がないというべきである。

6  争点10(補償金請求)について

(1)  出願手続においてされた特許請求の範囲の補正は,その効果が出願時に遡るから,出願手続において特許請求の範囲が補正された特許の特許権者が,当該特許権の設定登録前に当該特許発明の実施行為をしていると主張する者に対し,その行為の全期間について特許法65条1項に基づく補償金請求をするためには,被疑実施品が,その被疑実施行為の当初段階における特許請求の範囲の記載に基づく発明の技術的範囲に属するとともに,特許請求の範囲を補正した後も,その記載に基づく発明の技術的範囲に属することが認められなければならない。また,被疑実施行為者が,前者の特許請求の範囲についても,後者の特許請求の範囲についても,特許法65条1項の要件を満たした警告を受けた事実が認められるか,少なくとも,上記特許請求の範囲について悪意であったことが認められる必要がある。

(2)  本件特許権2については,出願公開後の平成17年11月16日及び平成18年3月14日付けで,それぞれ別紙本件特許2の補正の経緯のとおり,特許請求の範囲が補正されている。

原告は,被告らによるイ号物件の製造販売行為を対象として,同行為が出願公開された本件特許発明2の実施行為であることについて悪意となったと主張する平成17年7月20日から平成20年12月31日までの期間についての補償金を請求している。しかし,本件特許権2が設定登録された平成19年11月9日以降の補償金請求は明らかに失当であるので,平成17年7月20日から平成19年11月8日までの期間を対象として検討すべきところ,まず平成17年7月20日当時の本件特許権2の特許請求の範囲の記載に基づき,イ号物件がその発明の技術的範囲に属するか検討する。

(3)ア  本件特許権2の平成17年7月20日当時における特許請求の範囲は,別紙本件特許2の補正の経緯の平成16年1月8日公開時欄記載のとおりであり,同特許請求の範囲に記載された発明は,以下の構成要件に分説することが相当である。

A ハウジングの第1端壁にクランプロッドの第1摺動部分を軸心方向へ移動自在に支持すると共に,上記ハウジングの第2端壁に上記クランプロッドの第2摺動部分を軸心方向へ移動自在に支持し,

B 上記の第1摺動部分と上記の第2摺動部分との間で上記クランプロッドに入力部を設けて,その入力部が上記のクランプロッドを上記の第2端壁へ向けてクランプ駆動するように構成し,

C 上記の第2摺動部分の外周に,旋回部分と直進部分とを上記の第2端壁から上記の第1端壁へ向けて連ねて設け,

D 上記の旋回部分および直進部分に係合する係合具を上記の第2端壁に設けた,

E ことを特徴とする旋回式クランプ。

イ  ところで,上記分説による構成要件Dにいう「上記の第2端壁」とは,構成要件Aにいう「第2端壁」を指すことが明らかである。

そして,構成要件Aによれば,ハウジングの第2端壁は,クランプロッドの第2摺動部分を支持するものであって,その支持は,クランプロッドの第2摺動部分を軸心方向へ移動自在とするものとして特定されているといえる。

一般的な用語の例によれば,「摺動」とは,「接触してすり動くこと。」(特許技術用語集 第3版)を意味するものとされおり,当業者も,そのような意味として理解するものと認められる。また,字義的に「支持」とは,「①ささえること。ささえて持ちこたえること。」を意味する(広辞苑第6版)ことからすると,ハウジングの第2端壁は,クランプロッドの第2摺動部分を支持する(ささえる)構造体をなし,また,支持される対象が第2摺動部分,すなわち「摺動」部分とされていることからすれば,その支持は接触態様にあるものと理解される。

したがって,構成要件Aにいう「第2端壁」は,クランプロッドの第2摺動部分を,接触して摺り動くように,軸心方向へ移動自在に支持する(ささえる)構造体を意味するものと解され,これは構成要件Dにおいても同様と解される。

ウ  他方,イ号物件の構成については,別紙被告主張イ号物件の構成記載(2)のとおり一部争いがあるが,構成要件Dに対応する構成dについては当事者間に争いがなく,その構成は「上記の旋回部分(27)および直進部分(28)に係合する係合具(29)を上記の「b部分」に設けた,」というものである。

しかしながら,イ号物件のハウジングの「b部分(逃がし部)」は,以下のとおりクランプロッドの「大径部(g)」を接触して摺り動くように支持することはできないことから,「第2端壁」に相当するものとはいえない。

すなわちイ号物件のハウジングの「a部分(ガイド部)」は,クランプロッドの「大径部(g)」を「H7/f7の隙間ばめ」をもって嵌合支持するものであるから,ハウジングの「a部分(ガイド部)」は,クランプロッドの「大径部(g)」を,接触して摺り動くように,軸心方向へ移動自在に支持するものと認められ,したがって,イ号物件の「a部分(ガイド部)」は,構成要件Aにいう「第2端壁」に,イ号物件の「大径部(g)」は,構成要件Aにいう「第2摺動部分」に,それぞれ相当するものといえる。

他方,イ号物件のハウジングの「b部分(逃がし部)」は,上記「a部分(ガイド部)」より大径に形成されていることから,クランプロッドの「大径部(g)」を接触して摺り動くように支持することはできないことは明らかである。

そうすると,イ号物件のハウジングの「b部分(逃がし部)」は,構成要件A,ひいては構成要件Dにいう「第2端壁」に相当するものとはいえないことになるから,イ号物件の係合具は,「第2端壁」に設けたものと解することはできず,したがって,イ号物件の構成dは,構成要件Dを充足しないというべきである。

(4)  また,本件特許2は,さらに平成17年11月16日付けの手続補正書及び平成18年3月14日付けの手続補正書(乙49)により補正され,その補正の内容は,別紙本件特許2の補正の経緯の平成17年11月16日付補正欄及び平成18年3月14日付補正欄各記載のとおりであるが,いずれも出願公開時の発明と同様に,ハウジングの「第2端壁」にクランプロッドの「第2摺動部分」を軸心方向へ移動自在に支持すること,及び「係合具」を上記「第2端壁」に設けることを特定している。

そして,上記各補正された発明においても,「第2端壁」とは,出願公開時の発明と同様に,クランプロッドの第2摺動部分を,接触して摺り動くように,軸心方向へ移動自在に支持する(ささえる)構造体を意味するものと解されるところ,イ号物件の「b部分(逃がし部)」は,クランプロッドの「大径部」を接触して摺り動くように支持することはできず,これをもって各補正された発明の「第2端壁」に相当するものとはいえない。

したがって,イ号物件は,出願公開時の発明はもとより,平成17年11月16日付けの手続補正書,及び平成18年3月14日付けの手続補正書により補正された発明の技術的範囲にも属するものとはいえない。

(5)  また,本件特許発明2は,特許される直前である平成19年10月4日にさらに補正されているが,被告らが,その補正の内容を知る機会が全くなかったことは明らかであるから,この発明の実施を理由とする特許法65条1項に基づく補償金請求も認める余地はない。

(6)  以上によれば,原告の被告らに対する本件特許権2に基づく補償金請求は,設定登録以降の請求は主張自体失当であり,最後の補正である平成19年10月4日にされた補正された内容の発明については,被告らがこれにつき悪意であったとは認められないから特許法65条1項の要件を充足せず,それ以前の出願公開時,平成17年11月16日付けの補正時,平成18年3月14日付けの補正時における発明については,それぞれ悪意であったか否かを検討するまでもなく,イ号物件がそれらの技術的範囲に属するとはいえないことから,特許法65条1項の要件を充足しないというべきである。結局,原告の被告らに対する特許法65条1項に基づく請求はすべて理由がないことになる。

第5結語

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件各請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森崎英二 裁判官 達野ゆき 裁判官 西田昌吾)

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