大阪地方裁判所 平成21年(ワ)14809号 判決 2010年4月22日
原告
株式会社損害保険ジャパン
被告
Y1 他1名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇万七二七〇円及びこれに対する被告Y1については平成二一年八月二日から、被告株式会社Y2運送については同月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して一〇一万七二七〇円及びこれに対する訴状送達日の翌日(被告Y1については平成二一年八月二日、被告株式会社Y2運送については同月三日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二当事者の主張
一 請求原因
(1) 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時 平成二一年一月一六日午前八時〇五分ころ
イ 場所 奈良県大和郡山市櫟枝町一七九番地四先の西名阪自動車道天理インターチェンジの手前にある天理料金所のETCゲート付近(以下「本件事故現場」という。)
ウ 加害車 被告Y1(以下「被告Y1」という。)運転の中型貨物自動車(〔ナンバー省略〕)(以下「被告車」という。)
エ 被害車 株式会社a(以下「a社」という。)所有、A(以下「A」という。)運転の普通貨物自動車(〔ナンバー省略〕)(以下「A車」という。)
オ 態様 A車は、西名阪自動車道天理インターチェンジ出口のETCゲートに近付いたところ、ETCカードの入れ忘れ警告音が鳴ったため、ゲート手前で停止した。そこへ、後方から進行してきた被告車が追突してきた。
(2) 被告らの責任原因
ア 被告Y1は、本件事故の発生につき前方不注視及び車間距離不保持の過失があるから、A車に発生した損害に関し、民法七〇九条の不法行為責任を負う。
イ 被告株式会社Y2運送(以下「被告会社」という。)は、被告Y1を雇用しており、同社の業務執行中に被告Y1が本件事故を起こしたものであるから、A車に発生した損害に関し、民法七一五条一項の使用者責任を負う。
(3) A車に関する損害
ア A車の車両損害 九一万円(時価相当額)
本件事故によるA車の修理費用は合計一二二万九四三五円であるところ、A車の車両時価相当額が九一万円なので経済的全損である。
イ レッカー代金 合計一〇万七二七〇円
(4) 保険金支払による損害賠償請求権の取得
ア A車の所有者がa社であることを前提とした商法六六二条による代位(主位的主張)
(ア) 原告は、本件事故に先立ち、a社との間で、本件事故日を保険期間内とする自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。
(イ) A車は、a社が所有していた。
(ウ) 原告は、本件保険契約に基づき、a社に対し、A車の車両時価額一二〇万円及び臨時費用一二万円の合計一三二万円を支払った。また、原告は、本件保険契約に基づき、レッカー代金合計一〇万七二七〇円を支払った。
イ オリックス自動車株式会社(以下「オリックス自動車」という。)からa社への損害賠償請求権の譲渡を前提とした商法六六二条による代位(予備的主張)
(ア) 原告は、本件事故に先立ち、a社との間で、本件事故日を保険期間内とする自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。
(イ) A車は、本件事故当時、オリックス自動車の所有であった。
(ウ) オリックス自動車は、a社に対し、A車に関する損害賠償請求権を譲渡した。
(エ) 原告は、本件保険契約に基づき、a社に対し、A車の車両時価額一二〇万円及び臨時費用一二万円の合計一三二万円を支払った。また、原告は、本件保険契約に基づき、レッカー代金合計一〇万七二七〇円を支払った。
(5) よって、原告は、被告らに対し、商法六六二条、民法七〇九条、七一五条一項によって代位取得した損害賠償請求権に基づき、A車の車両時価相当額九一万円及びレッカー代一〇万七二七〇円の合計一〇一万七二七〇円並びにこれに対する催告日である訴状送達日の翌日(被告Y1については平成二一年八月二日、被告会社については同月三日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)記載の各事実は、いずれも認める。
(2) 同(2)は争う。
ETCレーンにおいては、その性質上、車線上で先行車が停車することは予定されておらず(料金所において停車することなく通過するために開発されたのがETCシステムである。)、後行車の運転者としては、先行車が通常の減速・停車措置をとる際に衝突を回避するように注意して運転すれば足りるのであって、先行車が違法な急停車措置をとることまでを予測して運転する義務はない。
被告Y1は、前方不注視もなく、A車が通常の減速・停車措置をとったのであれば衝突を回避することが可能な程度の車間距離は保持していたものであって、A車が違法な急停車をしなければ本件事故を発生しなかった。本件事故は、まさにA車の違法な急停車に起因するものである。
したがって、被告Y1には、本件事故に関する結果回避義務違反はなく、過失はない。
(3) 同(3)及び(4)は争う。
三 抗弁
(1) 過失相殺
ア Y1は、Y1車の車載器にETCカードを挿入せずにY1車を運転しており、ETCレーンを通行することができないにもかかわらず、漫然とETCレーンを通行しており、Y1には通行禁止義務違反(道路交通法八条)の過失がある。
イ また、Y1は、高速道路上で正当な理由なく停車しており、駐停車禁止義務違反(道路交通法七五条の八)の過失がある。
なお、Y1は、Y1車の車載器にETCカードを挿入せずにETCレーンを通行し、ETCゲートの開閉バーが開かなかったことから急停止したものであり、自招危難に該当するから、当該急停車は違法である。したがって、Y1車の停車に正当な理由はなく、道路交通法七五条の八の除外事由には該当しない。
(2) 損害の一部填補
ア 自動車登録事項証明書上、Y1車は、本件事故後、オリックス自動車から三共自動車株式会社(以下「三共自動車」という。)に対して所有名義が変更されている。
イ 三共自動車は、保険会社等から事故車を買い取り、これを事故車として自動車修理業者や自動車販売業者に転売することで利益を得る会社である。そして、Y1車の買い取り価格は一〇万円を下ることはないから、Y1車の所有者は、少なくとも一〇万円の利益を得ていると言える。
四 抗弁に対する認否
(1) 過失相殺主張について
ア Y1は、ブレーキを踏みながら時速約二〇ないし三〇キロメートルに減速してETCゲートに接近したところ、ETCカードの挿入を忘れていたため、車載器から警告音が鳴った。警告音を聞いたY1は、このままではETCゲートを通過できないと気付いて制動措置を講じ、普通に減速して停止したものであって、被告ら主張のように急停止したわけではない。
Y1は、ETCゲートの手前で停止し、左胸のポケットにETCカードを入れていることに気付き、ブレーキペダルを踏んだ状態で係員が来るのを待っていたところ、被告車が後方から相当の高速度で追突してきた(Y1車は、追突の衝撃でETCゲートを突破して二〇メートルほども押し出されたほどである。)。なお、Y1車が停止してから被告車に追突されるまでには、少なくとも三秒ないし五秒程度の時間が経過していた。
イ 被告らは、衝突場所が高速道路上である旨主張する。
しかしながら、たとえETCゲートの内側であったとしても、高速度の通行が予定される場所ではないから、被告らの主張は失当である。
(2) 損害の一部填補の主張は争う。
第三当裁判所の判断
一 本件事故における過失割合について
(1) 本件事故は、西名阪自動車道天理インターチェンジ手前の天理料金所のETCゲート内における追突事故であり、ETCゲートの開閉バーが上がらなかったのは前車運転者のAがETCカードを挿入し忘れていたことに起因するものである(甲一二、乙九、弁論の全趣旨)。
この事故につき、原告は追突車両の運転者(被告Y1)の全面的な過失に起因する旨主張するのに対し、被告らは急停止した前車の運転者(A)の全面的過失に起因するものであり、仮に被告Y1に過失があるとしても大幅に過失相殺されるべきである旨主張する。
(2) しかしながら、ETCシステム利用規程八条一項には「ETC車線内は徐行して通行すること」「前車が停車することがあるので、必要な車間距離を保持すること」とあり、ETCシステム利用規則実施細則の四条には「・・・徐行の際はETC車線内で前車が停止した場合、開閉棒が開かない若しくは閉じる場合その他通行するに当たり安全が確保できない事象が生じた場合であっても、前車又は開閉棒その他の設備に衝突しないよう安全に停止することができるような速度で通行してください。」と記述されており、ここに記述されている内容がETCシステム利用者の注意義務の内容を構成していると解するのが相当である。
したがって、ETCゲートを通過しようとする車両運転者には、開閉バーが開かないために前車が仮に急停止した場合であっても、これに追突しないような措置を講ずべき注意義務が課されている(その意味で、高速道路本線を走行中に急停止することに対する評価とは全く異なる。)と言うべきであって、ETCゲートの開閉バーの手前で停止している前車に追突してしまった場合は、上記規程や細則に違反した一方的な過失があったと言わなければならない。そうすると、開閉バーが上がらなかった原因が本件のようにETCカードの挿入忘れにあったとしても、追突した後車(被告車)側の過失割合が一〇割と認めるのが相当である。
二 A車の損害額等について
(1) A車の車両損害額は、修理費用(一二二万九四三五円-甲二)が時価相当額(九一万円-甲七)を超えるから、いわゆる経済的全損として車両時価相当額(九一万円)と認定するのが相当である。
(2) 本件事故によるレッカー代合計一〇万七二七〇円(甲四、五)は、本件事故と相当因果関係ある損害として認めるのが相当である。
なお、被告らは、A車がいわゆる経済的全損なのでレッカー会社から修理工場までの移動に要する費用は本件事故と相当因果関係がない旨主張する。しかしながら、いわゆる経済的全損とは事故車の車両損害額評価の一手法にすぎず、経済的全損であるとの一事をもって所有者が事故車を修理する必要性がないと断定するのは相当でない。しかも、経済的全損と評価する前提として修理費用額の見積もりが必要不可欠であるから、少なくとも修理工場への移動に要する費用は、本件事故と相当因果関係のある損害といわなければならない。
また、被告らはレッカー代が過大である旨も主張するが、レッカー業者が請求する代金であって、不相当に高額であると認められない限りは、本件事故と相当因果関係のある損害と認定するのが相当である。
(3) さらに、A車の所有者について争いがあるところ、①A車がリース車両であり、本件事故後、a社がオリックス自動車にリース契約中途解約弁済金一〇九万九三二五円を支払っていること(弁論の全趣旨)、②原告が本件保険契約に基づく保険金をa社及びレッカー業者に支払うことにつき、オリックス自動車が了解していること(甲一三)、③オリックス自動車が被告Y1に対して損害賠償請求する意思もないこと(甲一三、弁論の全趣旨)等の諸事情を総合考慮すると、A車の所有者はa社であると認定するのが相当である。そして、原告は、a社に対して保険金を支払っている(甲六)から、商法六六二条に基づいて、a社の被告らに対する損害賠償請求権を代位取得したことになる。
三 損害の一部填補
(1) A車は、本件事故後に三共自動車に対して売却処分され、その売却代金一万円が原告に支払われている(甲一四)。
(2) したがって、被告らに対する損害賠償請求権から一万円を控除しなければならない。
四 結論
よって、原告の本訴請求は、被告らに対し、代位取得した損害賠償請求権に基づき、一〇〇万七二七〇円及びこれに対する催告日(訴状送達日)の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
(裁判官 藤田昌宏)