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大阪地方裁判所 平成21年(ワ)18701号 判決 2011年3月18日

本訴原告・反訴被告

高砂市

本訴被告・反訴原告

主文

一  被告は、原告に対し、金一九六万九四六〇円及びこれに対する平成二一年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告は、被告に対し、金二九万七〇〇〇円及びこれに対する平成二一年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の本訴請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴及び反訴ともこれを一〇分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、主文第一項及び第二項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴事件

被告は、原告に対し、二八一万七八〇〇円及びこれに対する平成二一年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴事件

原告は、被告に対し、一三三万五四〇〇円及びこれに対する平成二一年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件事案について

(1)  本件は、原告所有、A(以下「A」という。)運転の救急車(以下「原告車」という。)と被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)とが衝突した後記交通事故(以下「本件事故」という。)によって、両車が損傷したことに起因する請求である。

(2)  本訴事件は、原告が民法七〇九条に基づき、被告に対し、原告車について発生した損害として、二八一万七八〇〇円及びこれに対する本件事故の日である平成二一年六月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(3)  反訴事件は、被告が民法七〇九条に基づき、原告に対し、被告車について発生した損害として、一三三万五四〇〇円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提事実

当事者間に争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる前提事実(以下「本件前提事実」という。)は、以下のとおりである。

(1)  本件事故の発生

日時 平成二一年六月一二日午後一〇時二五分頃

場所 兵庫県高砂市米田町米田九二七番地一四先米田交番前交差点(以下「本件事故現場」という。)

関係車両 原告車(車両番号<省略>)

被告車(車両番号<省略>)

事故態様 Aが、原告車を緊急車両として運転していたところ、本件交差点において、原告車と被告車が、衝突したもの(本件事故。なお、本件事故の態様については、後述のとおり争いがある。)。(甲三、七、乙一)

(2)  原告車及び被告車は、本件事故によって損傷した(争いがない)。

三  争点

(1)  本件事故の態様及び過失割合(争点一)[本訴・反訴事件]

(2)  原告の損害(争点二)[本訴事件]

(3)  被告の損害(争点三)[反訴事件]

四  争点に関する当事者の主張

(1)  本件事故の態様及び過失割合(争点一)について

(原告の主張)

ア Aは、救急患者を搬送するため、緊急指令を受けて赤色の回転警告灯(以下「赤色灯」という。)を点灯し、かつサイレンを吹鳴して走行し、東西方向で本件交差点に交差する道路(以下「東西道路」という。)を進行し、同交差点に差し掛かった。ここで、Aは、サイレンをピーポーサイレンからウーウーサイレンに切り替え、同交差点手前の停止線当たりで一時停止した。Aは、この位置で、交差する南北道路(県道第三四号、以下「南北道路」という。)を北上する車両のないことを確認した上で、徐行しながら進行し、さらに本件交差点西詰の自転車横断帯当たりまで進行して、再度一時停止をした。そして、北行車両のないことを確認したのち、ブレーキから足を離し、クリープ現象を利用して徐行しながら本件交差点に進入した。原告車は、北行車線の第二車線付近まで進行してさらに一時停止した。Aは、この位置で南行車線の車両の動向を確認していたところ、南下する車両が本件交差点北詰の停止線当たりで停止したため、これを確認してハンドルを右に切ろうとしたところ、被告車が原告車の右側面に衝突したものである。

このように、本件事故は、原告車が一時停止後に本件交差点に進入し、右折しようとしたところに、本件交差点の手前で一時停止すべきであった被告車が、これを怠って、青信号に気を許して漫然と本件交差点内に進入したために発生したものである。

イ 一般論としては、緊急自動車が交差点に進入するに当たって他の交通に注意すべき義務はあるが、上記の態様に照らせば、本件では、Aに注意義務違反はなく、本件事故は、被告の一方的な過失によって発生したものである。

ウ 被告の主張は争う。

(被告の主張)

ア 原告車が赤色灯を点灯していたことは認めるが、その余の原告の主張は争う。

本件事故は、原告車が本件交差点に進入する直前までサイレンを吹鳴することなく、本件交差点の対面信号が赤であったにもかかわらず、一時停止をせずに、左右の安全確認を怠ったまま、突然東西道路から本件交差点に進入したため、第一車線を走行していた被告車と衝突したものである。

イ 緊急自動車といえども、交差点に進入するに当たっては、他の交通に注意すべき義務がある。ところが、Aは、これに反し、漫然と本件交差点に進入したため、本件事故が発生したものであるから、道路交通法(以下「道交法」という。)三六条四項に違反するものであり、原告の過失も少なくない。

ウ 以上に照らせば、本件事故における双方の過失割合は、A、被告いずれも五〇パーセントである。

(2)  原告の損害(争点二)について

(原告の主張)

ア 本件事故により、原告車は、二五五万七八〇〇円の修理費用を要した。

イ 弁護士費用は、二六万円が相当である。

ウ したがって、原告の損害は、二八一万七八〇〇円である。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

(3)  被告の損害(争点三)について

(被告の主張)

ア 被告車は、本件事故により経済的全損となったが、本件事故当時の価格は一二一万四〇〇〇円を下回るものではない。

イ 弁護士費用は、一二万一四〇〇円が相当である。

ウ したがって、被告の損害は、一三三万五四〇〇円である。

エ 原告の主張は争う。

(原告の主張)

ア 被告車が本件事故により経済的全損になったことは認め、その余は争う。

イ 被告車は、初度登録が平成一一年の車両であり、本件事故当時の時価は、六九万円を上回るものではない。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様及び過失割合(争点一)について

(1)  本件前提事実、証拠(甲二、三、七、一一、一四、一五、乙一、乙二の一ないし六、乙五、証人A、被告本人[いずれも下記認定に反する部分を除く])及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件交差点は、南北に延び、北側三車線(以下、歩道寄りの車線から順次「第一車線」、「第二車線」及び「第三車線」という。)の南北道路(県道第四三号線・高砂北条線)と、片側一車線の東西道路(塩市・宝中前準幹線道路)とが交差する交差点である。

なお、本件事故現場周辺の状況は、別紙事故発生状況図記載のとおりである(位置関係は、必ずしも当裁判所の認定したとおりではない。)。

イ Aは、平成一八年四月に消防吏員として原告に採用され、平成二一年四月から救急車の機関員として、救急車の運転に従事していたものである。

ウ Aは、本件当日は高砂市美保里で救急患者とその家族一名を収容し、赤色回転灯を点灯させるとともに、ピーポーサイレンを吹鳴させて、高砂市米田町所在の病院に救急搬送するところであった。

エ 被告は、トラックの運転手であるが、本件事故当時は、仕事を終えて被告車で帰宅する途中であった。なお、被告は、本件事故現場周辺は、毎日のように走行しており、道路情況はよく知っていた。

オ Aは、東西道路を西から東へと通行して本件交差点に至り、対面信号が赤信号であったことから、同交差点手前でピーポーサイレンからウーウーサイレンに切り替え、南北道路に向けて右折をしようとした。そこへ、南北道路の第一車線を南から北に向けて進行していた被告車が青色信号に従って進入したため、原告車の右側方部に被告車の前部が衝突した。

カ 東西道路は、南北道路とは直角に交差しているものではなく、第一車線を走行していれば、本件交差点手前で東西道路を進行する車両を見ることができた。

(2)  事実認定の補足について

ア 本件交差点での一時停止

(ア) 原告は、原告車は、本件交差点に進入した際には、上記のとおり一時停止をしていた旨主張し、証拠(甲一四、証人A)中には、これに沿う部分があるが、これによれば、原告車は、上記原告の主張のとおり、本件交差点に進入する際に、少なくとも三回一時停止したというものである。

(イ) しかしながら、上記供述内容は、本件交差点内で三回一時停止したというものであって、慎重な対応ではあるが、後記のとおり、緊急自動車としては、一時停止義務はなく、他の交通に注意する以上は、徐行することをもって足りるとされていることに照らし、かえって不自然な感じを否めない。

また、証拠(乙一)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故については、本件事故直後の同日午後一〇時四五分から午後一一時四〇分まで、本件事故現場で、兵庫県高砂警察署警察官による実況見分が実施されたところ、その結果を記した調書(乙一、以下「本件実況見分調書」という。)の中ではAが、別紙図面記載①の地点(以下の各地点は、いずれも同図面記載の地点である。)で減速し、②地点で右方を見て、③地点でハンドルを切ったところ、④地点で最初に被告車を発見すると同時に衝突したとの指示説明をしていること、その際Aは、原告車が一時停止をしたこと及びその際の位置については、何ら言及していないことが認められる。原告車が本件交差点で進入する際に一時停止をしたのであれば、上記のとおり三回もの一時停止をしたことを詳細に述べるかどうかはともかく、少なくとも、一時停止に関して何らかの言及をしていたはずである。このこともまた、不自然といわなければならない。

(ウ) なお、証拠(証人A)中には、Aは、上記実況見分の際に、原告車が本件交差点に進入する前に一時停止をした事実を警察官に対して伝えたのに、警察官は、これを聞き入れずに、本件実況見分調書に記載してくれなかったこと、実際の衝突場所は、④地点ではなく、第三車線上の⑤地点であったとの部分がある。

しかしながら、上記のとおり、本件実況見分調書には、その他の原告車の動静に関する指示説明が記載されているのであって、警察官が、一時停止の事実のみ指示説明から除外し、また、衝突の場所をあえて、指示説明したのとは別の場所に記載すべき理由は、にわかに見いだしがたい。また、上記衝突場所も、同調書の記載とは異なるものであるところ、これについても、供述が変遷した理由は認めがたい。結局、上記供述は、不自然であって、にわかに信用できない。

(エ) 以上に加え、上記供述に反する証拠(乙五、被告本人)をも勘案すると、原告の上記主張に沿う上記供述は、にわかに信用することができず、他に原告の同主張を認めるに足る証拠はない。

イ サイレンの吹鳴

(ア) 被告は、原告車は、赤色灯は点灯していたものの、本件交差点に進入する際には、サイレンを吹鳴していなかった旨主張し、証拠(乙五、被告本人)中には、これに沿う部分がある。これによれば、原告車は、本件交差点に進入するのと同時くらいに、サイレンの吹鳴を開始したというものである。

(イ) しかしながら、前記認定のとおり、原告車は、救急患者を乗せて病院に搬送する途中であり、被告も同車が赤色灯を点灯していたこと自体は認めているところ、同車が当初からサイレンを吹鳴していない、あるいは当初吹鳴していたものが走行途中でいったんサイレンを切り、交差点手前において再び吹鳴するということは、不自然な対応といわなければならない。証拠(乙五、被告本人)中には、被告は、本件交差点に差しかかるまでは、原告車のサイレン音を聞いていないとする部分があるが、これは、被告がサイレンを聞き落としたことによる可能性もあるから、これをもってしても、上記結論を左右するものではない。

被告は、Aは、原告において救急車を運転するようになって日も浅く、運転に習熟していなかったと考えられるから、サイレンを切って走行した可能性がある旨主張する。そして、Aが本件事故当時には、救急車の運転を開始して後二か月の時点であったことは、前記認定のとおりである。しかしながら、そうであるからといって、Aが救急車の運転に習熟していないとは即断できないし、裏付けを欠くものとして、にわかに採用できない。

(ウ) 以上の認定・判断に加え、原告車は、本件交差点に進入する手前でサイレンの種類をピーポーサイレンからウーウーサイレンに切り替えたことはあるものの、サイレン自体は吹鳴し続けていたとする証拠(甲一四、証人A)をも勘案すれば、被告の上記主張に沿う上記証拠は、にわかに信用することができず、他に同主張を認めるに足る証拠はない。

ウ 被告車の走行車線について

(ア) 原告は、被告車は、本件事故当時には、第二車線を走行していた旨主張し、証拠(甲一四、証人A)中には、これに沿う部分がある。

(イ) しかしながら、原告の上記主張は、原告車が一時停止をしたかどうか及びその衝突位置と関連して出されたものとも考えられるところ、これに沿う証拠が、にわかに信用できないことは、前述のとおりである。これに加え、上記主張に反する証拠(乙五、被告本人)があることにも照らせば、原告の上記主張に沿う上記証拠は、にわかに信用できない。

(ウ) したがって、原告の上記主張は採用できない。

(3)  本件事故の態様及び双方の過失割合について

ア 以上の認定事実によれば、救急用自動車である原告車は、道交法施行令一三条一項一号の二に該当する緊急自動車であり、しかも、本件交差点に進入するに当たって、同施行令一四条に従い、サイレンを吹鳴し、かつ赤色灯を点灯していたのであるから、道交法三九条一項にいう緊急自動車に該当することが明らかである。

したがって、原告車の運転者であるAは、本件交差点に進入するに当たっては、道交法三九条二項に従い、対面信号が赤信号であっても停止する必要はなく、他の交通に注意して徐行するという注意義務を果たしていれば足りるものであったと認められる。

イ 前記認定によれば、南北道路を北進する被告は、サイレンを吹鳴し、赤色灯を点灯させており、しかも、第一車線の左方で東西道路から本件交差点に進入しようとしていた原告車を左方ないし前方に認識できたはずであるから、その動静を十分に確認して走行すべき義務があったにもかかわらず、対面信号が青色であったことに気を許し、前方の注視が不十分のまま、原告車を見落として走行した過失が認められる。

ウ もっとも、原告車の側にも、緊急自動車であるとはいえ、赤信号であった本件交差点に進入するについて、被告車の動静を十分に確認しなかったという点において過失がある。

エ 上記各事情に加え、道交法四〇条が緊急自動車の優先規定を設けていること、その他本件に現れた諸般の事情を総合勘案すると、本件事故における当事者双方の過失割合は、Aが三〇パーセント、被告が七〇パーセントをもって相当と認める。

二  原告の損害(争点二)について

(1)  証拠(甲二ないし六)及び弁論の全趣旨によれば、原告車は、本件事故によって、右側面及び室内設備等が損傷したこと並びに原告は、平成二一年六月二三日付けで兵庫日産自動車株式会社との間で、原告車の修理費用を二五五万七八〇〇円とする物品修繕契約を締結して修理を依頼し、同修理が同年八月下旬に完了したので、同月三一日に上記修理代金を支払ったことが認められる。

以上の経緯及びその損傷状況を勘案すれば、上記修理費用二五五万七八〇〇円は、原告の損害として認めることとする。

(2)  以上のとおり、本件事故については、原告にも三〇パーセントの過失があるから、これに相当する部分(七六万七三四〇円)を控除すると、残額は、一七九万〇四六〇円となる。

(3)  本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、一七万九〇〇〇円である。

(4)  したがって、原告の損害は、一九六万九四六〇円と認める。

三  被告の損害(争点三)について

(1)  本件前提事実、証拠(乙二の一ないし六、乙四)及び弁論の全趣旨によれば、被告車は、平成一一年三月初度登録のシーマであるが、本件事故により前部を破損し、修理費用が時価を上回る経済的全損となったことが認められる。

被告は、被告車の時価額は一二一万四〇〇〇円であり、修理価格を上回るものであるから、同金額の限度で損害と認められる旨主張し、証拠(乙四)中には、これに沿う部分がある。そして、証拠(乙四)によれば、上記価格の根拠は、社団法人全国市有物件災害共済会近畿支部宛の自動車車両損害調査報告書(乙四)に記載された金額であること、同報告書は、レッドブック標準価格六九万円に、ホイール四八万円及びタイヤ八万円等を含めたオプション装備品の取得価格に対して一定の消却率を乗じた五二万四〇〇〇円を合わせ、上記一二一万四〇〇〇円を算出したものであることが認められる。

しかしながら、上記オプション部品は、本来自動車に付随して一体として評価されるべき性質のものと考えられる。そして、上記認定の被告車本体の時価、上記報告書添付の中古車市場でも、被告車と同種の車両が、最高でも小売価格九〇万円で販売されていることをも勘案すれば、本件事故当時の被告車の時価は、九〇万円をもって相当と認める。

(2)  上記のとおり、本件事故については、被告に七〇パーセントの過失があると認められるから、上記価格からこれに相当する部分(六三万円)を控除すると、残額は、二七万円となる。

(3)  本件事案の内容、上記認容額、その他本件に現れた諸般の事情を総合すると、反訴請求と相当因果関係のある弁護士費用は、二万七〇〇〇円をもって相当と認める。

(4)  したがって、被告の損害は、二九万七〇〇〇円と認める。

第四結論

一  以上によれば、原告の本訴請求は、民法七〇九条に基づき、被告に対して一九六万九四六〇円及びこれに対する本件事故の日である平成二一年六月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。

二  また、被告の反訴請求は、民法七〇九条に基づき、原告に対して二九万七〇〇〇円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がない。

三  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中敦)

別紙<省略>

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